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2017-07-24

酒苦手だから酒苦手な人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

夫のことは大好きで、結婚自体に後悔とか、離婚とか、そういうのじゃなくてただの愚痴…というかなんだろう、心のもやもや

自分日常的に飲酒する人が苦手。(他人が毎晩晩酌していると聞いても気にしないけど、自分自分の夫だったらできたら日常的に飲まないでほしい)

自分の夫の好きなもの否定したくないから 酒がそんなに好きじゃない人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

長くてすみません

--

前提として、わたし(妻)一族は少なくとも祖父母の代から全員酒に弱い体質。

田舎ヤンキーな弟(中学でグレてタバコ吸いだした。今は20代半ばになり人格的には落ち着いた)も、缶チューハイ1本で顔真っ赤。

父親母親も350ml缶1本も飲めばヘロヘロ

まれから現在まで、お正月の集まりなんかで酒が食卓に出てきたことは一度もない。(みんな飲めないから)

※父や母が家で時々、年に数回、忘れたころに缶チューハイ1本くらい飲んでいることはあった。

わたし一族の中ではちょっと飲めるほうだけど、学生の時友達居酒屋行ったときについ飲みすぎて2回失敗してるので それから職場や友人の付き合いで1~2杯程度しか飲まない。顔真っ赤になり毎回心配される。(失敗:あるお店ではいろんなお酒3杯飲んで吐いた。別のお店ではサワーとか4杯飲んで倒れた)

対して夫の一族はみんな酒飲み。そして酒に強い。何杯でも顔色変えずに飲んでる。

正月にはお酒とかあるのが当たり前だし、なんなら毎晩晩酌してる。

ただ、父親が酒癖が悪いタイプだったようで、飲むとよく母親や他の家族ケンカをふっかける(?)人だったようで、それが原因で「夫と兄弟(夫は3兄弟末っ子)は酒が苦手」だと聞いていた。

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夫と付き合う前にも2人付き合ってる人がいた。

ひとりめは高校生から3年間くらい。3つ年上の人。

最初普通にしかったけど、別れる前1年間くらいは彼が仕事とかで鬱気味になって、病院で薬もらってた。

眠剤飲んだらすぐ寝ればいいのに、朦朧とした意識のまま電話かけてきて何故かずっと罵られた。

お酒を飲んで、馬鹿にされたり罵られた時もあった。

普段は優しかったけど、やっぱり時々馬鹿にしてきた。「こいつ馬鹿から絶対○○(当時ニュースとかで話題になっていた政治問題とか)とか知らんでw聞いてみなww」みたいなことを彼の兄弟とかに言われたりとか、あ~この人わたしの事見下してるんやなあ、って思ってた。

ある日、いつもみたいに夜寝る前に電話かかってきて罵られて、「死ね」って言われたらなんか気持ちがスーッと冷めて、そのまま彼が別れ話してきたか同意して別れた。

翌日からご機嫌取りされたけど、そのまま復縁せず別れた。

(色々罵られてたあの頃のことは今でも少しトラウマ。)

-

ふたりめは大学入ってから3年間くらい。バイト先(※彼は18から社員になったが)の2つ年下の人

すごく大切にしてくれたし、わたしもすごく大切にしたと思うし、いい関係だったと思う。

でも、自分でも理不尽申し訳ないと思っているんだけど、

ある日から彼がお酒を飲むようになってそれが嫌で別れた。(18とかで飲んでいても、職場の人もあまり咎めない…というか、飲酒をわりと勧められた。今思えばクソだね)

飲み会の後わたしを家まで送ってくれている途中、結構酔った彼はトイレに行きたくなったらしいけど田舎で無くて、そのへんに立ちションしだして。

その姿見たらなんだか サーーー と冷めてしまった。。理不尽だなと自分でも思う。

あと一人暮らしだった彼は仕事の後ほぼ毎日晩酌してたみたいで、ビールとか箱で買ってたんだけど、「そんなにお酒代かけるのもったいないなー」って思ってしまった。

もちろん酒は個人嗜好品から好きなら好きでしょうがないし、強制的にやめさせるーとかはおかしいかなって思ったか特に言ってない(自分バイオリン趣味だけど、「金かかるね。やめたら?」とか制限されたらいやだし)。

そんなことがひっかかってて、なんとなく好きかどうかわかんなくなって別れてしまった。

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22歳から現在まで働いている職場はみんな酒好き。

飲み会も以前はそれなりに多くて、若い女性社員だったわたしお金は払わなくていいけどお酌要因(?)でよく飲みに呼ばれていた。

でも酔った上司や先輩にお酌するのも、話を延々聞くのも苦手だったし、

お酒沢山飲めないかジュース飲んでれば「こういう時は飲めないやつも薄めた酒か、最低でもウーロン茶か水にするべきだ!!」と上司に言われるのが苦痛だった(その人はもう辞めたので、今はジュース普通に頼める)

酒癖あんまり良くない人も多くて、酔うと下ネタばんばん飛ぶし、仕事のこと説教されるし、しまいにはある先輩は毎回次の日「昨日は飲みすぎた~覚えてないw」と言ってくる。

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前置きが長くなったけど。

今までの人生のなかでわたしは、

日常的に飲酒するのはお金もったいないと感じる(酒は体に良いわけでもないし、太るというイメージがあるため。)

飲酒して人が変わるようなタイプはだいぶ苦手。

■育ってきた環境的に、日常に【酒】はなかった

■私個人は飲めないけど付き合い程度で時々飲む。ビール果実酒好き。

という価値観をもっている。

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夫とは21歳くらいのとき趣味の集まりで知り合った。夫は2つ年上。

わりとすぐに打ち解けて仲良くなり、何度かふたりで出かけて、夫から告白されて付き合って、数年後に夫からプロポーズされて結婚した。

今はもうすぐ結婚してから丸3年たつ。

大きな喧嘩などもなく、夫から大事にしてもらえて、夫婦はいいほう(だと思う)。子供はまだいない。

夫と付き合っていたころ、「親が酒癖悪いの見て育ったから、兄弟みんなそれを反面教師というか、飲めるけど酒好きではないんだよね。付き合いでは飲むけど」と聞いていた。

これまでの人生から結婚するなら【付き合いでは飲むけれど普段積極的に飲まない】って距離お酒と付き合ってる人にしよう。って思ってた。

かいことだけど、結婚って生活から そういう細かいところの価値観が似ている人のほうが二人ともストレス少なく長く一緒にいられるかなって思って。

お酒好きな人毎日だとしても、酒癖悪くなく節度もって飲む人)に、「お金もったいないし体に悪そうだしお酒飲まないでよ」なんてかわいそうかなって。

からそもそも毎日酒飲む人・毎日晩酌するような人とは結婚しない方がお互い幸せだと思って。

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夫とは時々デートで飲みに行ったけど、ふたりとも上記の価値観だった。

夫は梅酒とかちびちび飲む程度で、わたしのほうがむしろ仕事の後のビールおいしいよ!飲んでみなよ!」なんて言ってビール飲ませてたり。(弱いから1杯しか飲めないけどビールはおいしいと思う)

から結婚を決めた時、決め手の一つだった。【酒は付き合い程度な人】なのが。

(もちろん、それだけが理由じゃないけれど。でも日常的に飲む人なら 結婚しても幸せにしてあげられないかもしれないな、と感じて結婚しなかったような気がする)

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だけど、ここ1年くらいで、夫は酒好きになってしまった。

そもそも夫は体質的には飲める人。家族のことや、酒の味に慣れてなくてビール焼酎などが美味しく感じないからそんなに酒好きじゃない。って人だったらしい。

結婚前に転職した職場が毎月会議会議後に飲み会がある会社だったことで、酒の味に慣れた(ビールが美味しく感じるようになった)

実家友達と付き合いで飲み会するが、梅酒だけでなくてビールウイスキーハイボールが飲めるようになったことで もともと酒に強い体質なのもあり飲み会お酒を飲み続けられるようになった(前は梅酒サワーウーロン茶、みたいなかんじだった)

友達家族も酒好きが多い。集まればだいたい酒がついてくる。

こんなかんじで、お酒が好きになってしまった。

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スーパーに買い物に行くと、お酒コーナーを目で見ていたり。(「買う…?」と聞くと喜んで、1~2本だけ買って帰ることがある。)

時々仕事帰りに一人で買ってたり。

でも、わたし日常的な晩酌があまりきじゃない(お金もそうだけど、上にも書いたけど日常的な飲酒は体に悪そう、太りそうとあまりいいイメージがもてない)のを知っているので、「ほんとうは一緒に晩酌とか憧れるけど、あまりきじゃないの知ってるから」と遠慮してる。

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最近夫は太ったのを気にして、夕食のご飯を豆腐に置き換えたりゆるく糖質制限ダイエットしているんだけど、「そんなならお酒飲まなきゃいいじゃん。」と思ってしまう。

お酒控えて、ご飯はバランスよく食べたほうがいいんじゃないかと。(日常的に飲みはしないが、週末とかに友達実家家族と会うとけっこう飲む。)

飲み代だってけっこうかかるんじゃないのかなって思ったり。お小遣いの使い道はお互いの自由にしているけど、「たりないな~」とか思われているのかな…って気になるのはすこしストレス

家族が好きなもの嗜好品は嫌な顔せず用意してあげたいのに、自分ビールは好きなはずなのに、最近は【酒】がちらつくとなんだか嫌な気持ちになってしまうのがすごくいや。

こんな気持ちを抱きたくなかったから酒好きじゃない人と結婚したつもりだったのに、結婚後に酒好きになっちゃた。もちろんそれだけが理由結婚したわけではないけど。

優しい夫は酒好きになってもわたしに遠慮して家ではあまり飲まない。

我慢させてるのがすごく申しわけない気持ちになる。

こんな気持ちになりたくないのに、もやもやしてしまう。

2017-07-23

https://anond.hatelabo.jp/20170723191201

偏見じゃなくて、話振ったのにリアクションいか

かわいいね」「なんキロで産まれたの?」「目元がお母さんそっくりだね」って適当に流してればいいんだよ

大体の人は親友兄弟の子供でなければ本当は興味ないよ

2017-07-22

ゲームの遊び方

って基本教わることはない

兄弟友達ネットやゴロツキからなんとなく汲み取ってみるか

もしくは自分勝手に遊んでいるうちに見つけていく感じか

どちらにしてもその遊び方は間違っているのかもしれない

遊び方に間違いも糞もないだろうってのは全くの正論ノー反論

それでも面白く味わう遊び方を実践する前に糞認定されちゃあね

糞と叫ぶ人と神と崇める人の断絶はどこだろう

スプラトゥーン2が発売された。

我が家スプラトゥーンが大好きだ。

スプラトゥーン2が発売される頃にはSwithが売り切れているだろうと思った私は、本体発売日に、嫁に頼んでゲットしていた。

ヨドバシカメラスプラトゥーン2を発売日にと遂げてくれるというので、それを信じて予約した。

子供達には、前日にポストに届いてるかもしれないかポストに入ってたら始めてていいよと伝えた。

準備は、万端なはずだった。

大人になって、やっとゲーム中古じゃなくて、新品を発売日に買えるような、素敵なシティボーイになったはずだった。

家の帰りにお留守番をしている子供達に届いたか確認すると。

ポストスプラトゥーン2は届いていた。

ヨドバシカメラ約束を守ってくれた。

しかしながら、次男が、ソフトを逆差しして抜けなくなったと言っている。だってソフトの指し方を知らなかったからだそうだ。

仕方ない。

最悪、任天堂に修理依頼かなとせっかくここまで準備したのに発売日にゲームができないのか?思ったが、ソフトはなんとか抜く事ができた。

問題なくゲームを始める事ができ、子供達が1台のテレビにかじりついてゲームをやっている。くにおくんをみんなで集まってやっていた時のようだ。なんとも微笑ましい。

そして、そこに僕の姿は無い。

昨年、スプラトゥーンが発売された頃、子供達はゲームがそこまで上手くなく、パパ手伝ってと言って来た。それが今や、兄弟だけでヒーローモードクリアーしている。未だにコントローラーを握ることができていない。

発売日にゲーム買ったのに。

やっぱり、自分専用のSwitch を用意すべきだった。

ソードマスタースマホ

ツッコミ不在のボケ倒しアニメ世界スマートフォンの楽しみ方が分からないオタクセンスがない。

テンプレ率99%の展開とたった1%しかないオリジナル要素であるスマホの配合を楽しめないなんてかわいそうだ。

あれなのか?初代トランスフォーマーギャグアニメではなくて普通ロボットアニメだと思って見ていた口か?

MUSASHI-GUN道-の作画崩壊に気づかずモンキーパンチ普通アニメだと思って見れちゃったような輩か?

モンスーノやヘボットカブトボーグを見て爆走兄弟レッツ&ゴー!!と同じタイプアニメだと思えたようなセンスの持ち主か?

このアニメおかしい!→おかしすぎて面白いwwwwww

そういうアニメ見方を知らないピュアボーイか?

オタクじゃないなら別にいいんだが、オタクの癖にそういう物の見方が出来ないなら将来性ゼロだな。

ナンセンス理解できない奴にオタクは向いてない。

2017-07-21

親という存在について

俺は一人っ子で周りにいたのは両親とその親戚のみ

勿論古くからの旧友もいるが、実家暮らしているとなるとやはり長い時間会っているのは家族の方だ

小さい頃からいろんなところに連れて行ってもらっていたり、習い事もいろいろやっていたりしていた

だが、それは自分意思で動いていたわけではない

全て親による憶測と考えで「これならできるんじゃないか」という思いでやってきた

ただクラシックギターの弦を遊んでいただけで1週間後何故かギター教室に通うことになったり、サッカークラブを辞めて運動不足になったことが原因でやりたくもなかった剣道クラブに入らされたりと

「いったい自分は何をやっているんだろうか」と思ったことは数多くあった

これは親のエゴなのかそれともその親の期待に応えようとしているのか、そこには「自分自身」という感覚存在しなかった

なんとなく自分学校に通ったり、そういった習い事をする全ての原因は親の意見を優先して聞いてきたからなのかもしれない

初めてアルバイト履歴書といった大事書類作成する際も「間違っていると相手に失礼だから見せなさい」と言ってきたことがあった

俺はその意見を反対し「親がそんなところまで干渉してきたらどこがいけなかったのか分からなくなるだろ!」と返した

最近だと就活にまで親と同伴する姿もあるらしい

個人的にはそういうのはあまり流行ってほしくない

22歳にもなってどうして母親が自立しようとしている息子の横についてくるのか理解できない

しかしたら兄弟のいる世帯が減って、一人っ子世帯が増えた影響がここにも少なから関係していると思ってる

これから何十年と生きていくのは若い人達であり、上の世代あくまでそういった人達サポート的な立場であるべきだ

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720051507

けっこう前から一人旅をするようになった。

誰の気兼ねもなく食べたいものを食べて、行きたい場所に行き、道を間違えても自分のせいだから逆に楽しめる。急な予定変更も自分一人だから納得できる。

から誰かに気を使うのがうまくできなくて、おそらくそれで気づかないうちに嫌われてしまうのだろう。喋るのがうまくないから、何を言っていいかからない。ジョークのつもりが変な言葉になる。

それで二度ほどトラウマ級の別れを経験した。一度めはあいつらも悪いと思えたけれど、二度もあったらもう充分。おかしいのはこっちだと気づいた。三度めはもう経験したくない。

その時から、誰かと深く仲良くなることはなくなった。深く仲良くなってもまた嫌われると思ったら怖い。

なので誰かと出かける時は家族とだが、その時もあそこに行きたかったのに、あれを食べたかったのに、と我慢を重ねている自分がいるのがわかる。

一人が楽だ、と心から思うようになった。もちろん寂しくないかと問われたら寂しいが、ぽつぽつこうしてネット言葉を流していれば満足する。誰かの言葉を読めば楽しい。口ではうまく言えないことも、書けばいいのだと気づけて良かった。

動物がいてくれればもう言うことはないと思う。両親を看取ったら、兄弟が手の届かない土地に消えようと思う。家族すら重い時がある。葬儀も何もかも一人で済ませたいと願うけれどどこまでやれるかはわからない。負担にならないようお金は残しておくつもりだ。

一人で車を飛ばしたり、高速バスに乗ったり、新幹線に乗ったり。知らない場所で、自分が満足する時間を過ごすのは楽しい飛行機はまだない。けれど大丈夫じゃないかな。

積極的一人ではないけど消極的一人はこんなふうに生きている。

2017-07-19

価値観

私の父親長野に生まれた。8人兄弟末っ子だと。父の父も8人兄弟らしい。まさにサマーウォーズ世界のようで、お盆になると皆が帰省して、長テーブルで揃ってご飯を食べていた。これだけいると、正直従兄弟もたくさんいすぎて会ったこと無い人もいる。しかも、父は養子に出されて奈良田舎に嫁いできてたので余計にだ。私の従兄弟には布袋寅泰の後ろでギターを引いていた人もいるらしいのだが、正直布袋寅泰あんまり知らないのに、その後ろの人となるといたのかどうかすら定かではない。氷室京介ではないと思う。

奈良田舎からお盆の時期に毎年長野に行くのは、子どもなりに楽しかった。でも今思うと、見知らぬ兄弟の中で大量の食事の準備を手伝わされていた、母は大変だったんだろうなーと思う。

(明日に続く)

2017-07-18

https://anond.hatelabo.jp/20170717145213

自分名前字画を調べると、どのサイトでも「大吉」と出るので、

「へー、ちゃんと考えてつけてくれてたんだなー」って感心したけど、

下の兄弟2人は吉とか凶なので、

おいwww最初だけかよwwwってちょっとウケた

これは自分たちと両親の関係が良好なので好意的解釈できてるわけで

たとえ自分が凶であったとしても

「ああ、別にその辺はこだわってなかったんだな」って好意的解釈したと思う

子供を3人持つと生活水準が下がる社会

小生都内の3人の子持ち。子供への出費は惜しまないようにしているが、とはいえ同程度の所得でも一人っ子よりも確実に生活水準を下げないと暮らしていけないのがちと辛い。

夏の旅行子供が1人だったら沖縄ぐらい行けたはずが、5人で伊豆旅行

家:子供が1人だったら新宿まで10分のところに住めたはずが30分。とはいえ60m2の家で5人は住めない。

なおこれは稼ぎによってはタヒチ旅行グアム旅行になったり伊豆旅行ジャスコになったりするんだろうが、下がるという事実は変わらないはず。

思えば出生率が高かったころは、単純に生活水準が下がらなかっただけではないか農家であれば家のスペースの心配不要中学卒業と同時に上野駅金の卵として出荷すればそれで終わり。むしろ家の手伝いという点からすればプラスだったはず。

人口を維持するためには、出生率2.07必要らしい。ただ2割程度はライフスタイルから生まないと仮定して0.8で割り戻すと2.58。3人兄弟が過半を占めないと達成しない。それを埋めるぐらいの手当がないと達成しないだろうな。

2017-07-17

大したことじゃないんだが、バリバリ男尊女卑だと思ってた祖父が実は女尊男卑思考だったことが衝撃的だった。

から祖父は俺や従兄弟に「家事が良くできて気の利く、子供が沢山産めそうな嫁さんを貰え」と言い聞かせていた。

祖母祖父の言う通りの、三歩下がって夫に付いていく女性

従兄の一人は35歳の婚活中で、親戚で集まった時に良い相手がいないと愚痴っていた。

従兄の理想20代の若くて家庭的で共働き希望で…とテンプレみたいな理想だったんだが、それを聞いた祖父が大激怒。「お前みたいな年寄りにそんな嫁が来るか!そもそも嫁を働かせるとは何事か!」と怒鳴 った。

従兄は「男は年を取っても魅力が増す。今は共働き普通。」と反論

それに対して祖父は「男の価値は働いて女を養うことしかない!お前は若者よりも10年分価値が下がった男だ!」とさら反論

そこから祖父が語ったこと曰く、

  • 女は家事出産育児に加え、仕事も出来ないこともない。男は外で働くしか能がない。
  • 男は気遣いが出来ないから家の中を任せたら滅茶苦茶になる。
  • 唯一男が家庭に対して出来るのは妻と子の話をよく聞いて取り纏め、責任を負うことだけ。
  • 責任を負うからと好き勝手に振る舞ったら妻も子も離れていく。会社だって同じだろうが。
  • 老後に妻が世話をしてくれるのは若い頃に男が出来る限り尽くしたからだ。

よく考えてみれば祖母はいつも身綺麗にしていたし、祖父が建てた家も祖母希望が沢山取り入れられている。

「お祖父ちゃんが昔一生懸命働いてくれたから、今でも美味しいご飯を作ろうと思えるのよ」と祖母は頷いていた。

から価値がないなんて言われたらムカつくけど、同じ男から言われるとそれなりに納得できる。

ちなみに従兄は納得できなかったらしく、その後婚活パーティー出会った若い子に付き纏って警察沙汰になった。

https://anond.hatelabo.jp/20170716233306

"ブロス"という名乗りからも2体が兄弟(或いはそれに類する関係であることがわかる

マリオルイージ兄弟に強烈なライバル意識をもって対抗しているのだろう

2017-07-16

父と息子の物語

ハリウッド映画でも、大作ゲームでもそうなんだけど、なんでアメリカ産エンターテイメントって「父と息子の物語」が多いんだろうか。

(沢山あるけど、とりあえずスターウォーズEp4辺りを想像してください)

通過儀礼としての父殺し」、つまり父親を超克することによって共同体で一人前と見做されると言う神話的原型があるのは分かるけど、神話の数多い形の一つなわけで。

父と娘、母と息子、母と娘、の組み合わせはあまりにも少ない。

そして「父と息子の物語」における母親存在感希薄だ。離婚しているのは上等な方で、すでに死んだと語られるか、下手すると語られもしない。

そして「息子」に姉妹のいることも稀で、兄弟いるか一人っ子

こう言う物語が多いと言うことは、アメリカ人にはウケるのだろうけど、なんでアメリカ人は「父と息子の物語」が好きなのか、スッキリとした説明が欲しいのだけど見つからない。

どなたか分かりますか?

昔、私をいじめから救ってくれたヒーローがいた

思うところがあって、お礼の手紙を書いてみたいと思う。

すごく長くなったけど、どうしても全部吐き出したかった。


子供の頃、ヒーローに会ったことがある。

毎日小学校いじめられていた私の狭い世界を、一瞬で壊してくれたその人は、有名なスポーツ選手だった。


いじめが始まったのは、小学校中学年。たぶん、三年生の後半だったと思う。

いじめの内容は、スタンダードものだった。

バイキン呼ばわりして、私や持ち物を避ける。

机の上に筆箱を出しっぱなしにしていると、休み時間に奪われて、それで菌のつけ合いがはじまる。

遠足の時の写真教室に張り出されると、私の顔だけポスカで塗りつぶされる。

風呂に入ろうが何しようが、臭いだの汚いだの言われる毎日だったけど、途中からエイズとか言われるようになった。

その時期、ニュースエイズが取り上げられるようになったから、男子面白がって言いはじめて、クラス中に広がった。

みんなが口を揃えて言うには。私はどうしようもないブスで、そのうえ吐き気がするほど汚くて、誰も友達になりたいと思えない、世界一気持ち悪い女ということだった。


学級会的なこともあったけど、ほとんど意味がなかった。

から、三年生から六年生までずっといじめられていた。


きっかけはよく思い出せない。

から身体が小さくて、いまで言ういじられキャラみたいな感じだったのが、ゆっくりいじめに変化していった感じだった。

それまでは、体が小さいくせに運動が得意で、女子より男子と遊ぶことが多かった。

から、男女とか言われることも多かった。

もしかして、それも一因かもしれない。

いじめられて一番辛かったのは、休み時間に誰も遊んでくれなくなること。

集団で遊ぶことが好きだったから、ドッチボールに入れてもらえなくなって本当に辛かった。


そんなある日、学校のみんなが夢中になるブームがやってきた。

三十代の人は、記憶があると思う。

Jリーグブームだ。

Jリーグが始まってから休み時間サッカーをする人が増えた。

いつもそれを指を加えて見ていたけれど、兄弟友達に誘われて、地域サッカーチームに参加することになった。

チームには、もちろん毎日いじめてくるクラス男子もいた。

でも先輩にあたる前述の友達や、コーチ達の前ではいじめられることがなく、普通にサッカーができた。

心にはモヤモヤするものがあったけど、一緒に遊べるうれしさがそれを上回っていた。


学校はいじめられて。

その鬱憤を晴らすように、土日の練習に参加した。

でも、あんまり上手くなかった。走るのは得意でもボールコントロールが下手だった。

試合はいつも補欠。

まともに出たことはないけど、一回だけ偶然にシュートを決めたことがあった。

あれは本当に気持ちよかった。


そうやって、子供なりにストレスコントロールしていたけど、気持ちは徐々に苦しくなっていった。

もうダメだ。学校行くのをやめたい。そんな風に思っていた。

この時期、うちの親は転校を考えていたようだ。

ちょうど子供自殺が、全国的に騒がれはじめた頃合いでもあった。

まかり間違っても我が子に死なれたくない。学校行きたくないと言い出したら、しばらく休ませるか隣の学区に転校させよう。

そう考えて、情報を集めているところだったらしい。



そんな一番辛い時。

冗談抜きで死にたいと思っていた時に、私はヒーローに会った。

あの時のことは、生涯忘れることはないと思う。


参加していたサッカーチームが、とあるイベントに参加することになった。

首都圏にあるサッカーチームが集まって試合をするというイベントで、なんとそこに人気のJリーガーが来るということだった。

移動のバスでは、みんなでワクワクソワソワしていた。

事前にカズが来ないと知らされたけど、超有名な選手10人くらい来ると聞いたので、テンションは下がらなかった。

移動中に諸注意が伝達されて、真っ先にサインをねだることは禁止された。

ブーブー言いながら、なんやかんやとイベント試合をこなして、ようやく選手とふれあえる時間がきた。


コーチ達に、さあ行っておいでと言われた時には、すでにすごい人だかりができていた。

憧れの選手達がいるのに、とてもではないけど全員と話ができそうにない。

サインどころか、握手してもらうのも難しそうだった。

どうしようか……と立ち竦んでいた時、緑のユニフォームが目に入った。

読売ヴェルディユニフォームだ。

当時、一番好きだったチームのとある選手が目の前にいた。

衝動的に人だかりに入っていって、夢中になってユニフォームを目指した。

きっと握手は難しい。

でもせめて、あのユニフォームにさわってみたいと思ったんだ。

他のチームの子をかきわけて、やっとのことでそのユニフォームを握った。

その時、頭に大きな手がやってきて、グイと顔を上げさせられた。


「あ、やっぱり女の子か」


目指していた選手は、私の顔を見てそう言った。

首都圏のチームには、ちらほらと女の子が混じっていたけど、まだまだ数が少なかった。

からしかったんだと思う。

最初ショートカットにして日焼けで真っ黒になっていたのに、よくわかったなと驚いた。

次に、ものすごく緊張した。

だって私は、みんなが言うには世界で一番気持ち悪い女だ。

どんなに洗っても、臭いと避けられるバイキンなのだ

あっちに行けと言われたらどうしよう。

そんな風に考えて、一瞬で泣きそうになった。

しかしたら、ユニフォームが汚れたと怒られるかもしれない。

さわろうと思わなければよかった。

イベントに来なければよかった。

急に怖くなって、逃げようとした。

でも頭はガッチリつかまれてるし、前後左右は人だらけで移動なんかできそうになかった。


緊張で固まっていると、その選手は私を見て笑ってくれた。

逆光だったから、笑った時に見えた真っ白な歯が、なにより印象に残っている。


「がんばってね」


その選手は、ひとこと励まして頭をなでてくれた。

たったそれだけだったけど、私の狭い世界を壊すにはそれだけで十分だった。


嫌がられなかった。

臭いと言われなかった。

気持ち悪いと避けられることもなかったし、それどころか笑ってくれた。

周りがみんな敵という状態だったから、好意的に受け入れてもらうという体験が新鮮で、心の底からうれしかった。

しかもその相手は、あの読売ヴェルディの超有名な選手だったのだ。


冗談抜きで、世界が壊れた。

もちろん良い意味でだ。

私は別に汚くも気持ち悪くもない、普通の一人の子供なんだ。

あの笑顔と励ましは、ちゃんとそれを教えてくれた。


この日からいじめられても大丈夫になった。

もちろん辛い時もあったけど、根っこの部分が補強されたから挫けることはなかった。

どんなに汚いと言われても「でもあの選手は、そんな風に思っていない」と思えた。

クラスメイトの言う「みんな」が、本当の意味での「みんな」じゃない。

その証拠に、あの人は私をなでてくれたじゃないか

からいまの悪口適当発言だ。

私はバイキンなんかじゃない。普通の子供なんだ。そう考えられるようになった。


自信が回復したためか、この時期から奇妙な変化も起きた。

学校はいじめられるけど、放課後になれば遊んでくれる友達ができたんだ。

しかも、何人も。

その人達は口を揃えて「学校では○○さんが怖いから一緒に遊べない」「クラスでは△△君が見てるから、話ができない」と言った。

本当に自分を嫌っているのは、クラスでたった二人。

他の人達は、その怖い二人の顔色をうかがっていただけだったらしい。


学校では相変わらずだったけど、放課後になれば楽しい日々がやってきた。

その二人は遠い団地に住んでいて、放課後に私が住んでいる団地に来ることはなかったから、存分に遊ぶことができた。

小学校卒業すれば、あの二人に会わなくなる。

それだけを頼りに、毎日学校に行っていた。


想像はあたっていて、小学校卒業して中学校に入ったら、徐々にいじめは止んでいった。

しばらくはいじめを続行しようとする人もいたけど、中学卒業するまでに気がつけば全部終わっていた。

高校に入って、家の近くのコンビニバイトを始めると、あの時のクラスメイトがお客としてやってくることがあった。

みんな店員が私だと知ると、一瞬気まずそうな顔をする。

でも私はがんばって、できるだけ普通にしかけた。

そうしたら、みんな照れくさそうに話に応じてくれた。

買い物が終わって出ていく時に、「あの時はごめんな」と謝る人もいたし、それには触れずに「バイトがんばってね」と言う人もいた。


いじめというのは、本当に狭い世界の話だった。

どういう理屈かしらないけど、あの狭くて小さな世界は人を狂わせる。

でも一度外に出てしまえば、みんな普通に戻る。

私は、あの選手に会えたことで外に出ることができた。

本当に幸運なことだったと思う。

なにしろ日本代表として活躍して、それこそ日本中サポーターがいた選手に、ほんの数秒のこととはいサポーターになってもらえたんだ。

そんな経験はめったにないことだと思う。


あれから色々なことがあったけど、胸にはいつも「がんばってね」という言葉があった。

社会に出て、結婚して、子供を生んで。

いま、人並みの幸せというものを噛み締めながら、あの人に会えてよかった、自殺なんかしなくてよかったと思っている。


昨日の夜、旦那子供が遊んでいるのを見ていて、ふとお礼がしたいなと思った。

私の人生を救ってくれたあの選手に、ありがとうを伝えたいと思いついた。

いまさら気恥ずかしくて、とてもメールなんか送れないけど。ここに書くことで、いつか偶然にでも目に入ってくれればうれしい。




私のヒーローであるあなたへ


何万人もの子供応援されてきたあなたは、私を覚えていないと思いますが、私はあの日のことを絶対に忘れません。

あれから、やっぱりサッカーは上達しなかったけど、いまも家族Jリーグ応援しています

旦那出会い、影響されてとあるチームのサポーターとなり、時々スタジアムに足を運んでいます

あんなにヴェルディっ子だった私が「緑は大っ嫌い♪」と歌う日が来るとは思いもしなかったのですが、いまもサッカーは大好きです。


あの時は、本当にありがとうございました

おかげさまで、とても幸せ毎日を過ごせています

あなたは、きっとこれからサッカー人生を歩んで行かれることでしょう。

そんなあなたを、遠い場所からではありますが、これからもずっと応援し続けていきたいと思っています



あの時、いじめられっ子小学生だった、あなたサポーターより。

ラモス瑠偉選手へ、感謝を込めて。


2017-07-14

ちょっとお聞きしますが

ちょっとお聞きしますが、兄弟姉妹と話をする時と友人と話す時って感覚違いますか?

勘違いかもしれないんですけどね同い年(双子)の姉妹がおりまして、

まれてこの方、彼女と話す時と同じ感覚でずっと同い年の友人と喋っていたのですが、

それは距離感を履き違えていたのでしょうか。

というのも同い年の友人ができなかったからこういうことを言っているのですが。

あと、学校先生に怒られるのが嫌だという感覚と親に怒られるのが嫌だという感覚は同じでしょうか。

私は親に怒られる(悪い所を見せる)より学校先生に怒られる(悪い所を見せる)方がマシなので、

どっちかというと親より学校先生の前で悪さや甘えをだしてしまうのですが、

これも距離感を履き違えているのでしょうか。


個性範疇なのかもしれませんがちょっとお聞きしたい。

2017-07-11

10才になるかならないかの頃。夏。都心部

10才になるかならないかの頃。夏。都心部

塾通いで電車を利用していて痴漢に遭った。

と、いうことを知るのはそれから推定5年後。

ローティーンのワタシは混み合った電車内で、

N字のリュックを前に回してるのにも構わず

「前」を執拗に触ってくるオジサンに対して、

場所を間違っちゃったのかな、かわいそうに。

だってエッチなのはオシリかオッパイでしょ。

って余裕で哀れみながら思っていたのだった。

  \ブッブー!/   \大間違い!/

っていうことを知った高校の保健の授業の後、

女の人の「前」に性的意味があると知った。

気持ち悪くなって早退しそのまま数日休んだ。

だいぶいろいろ試みて親兄弟先生を困らせた。

そこからかなりの年月が経っているけれども、

未だに自分身体や心の迂闊さと脆弱さとに、

折り合いを付けられないけどやっと生きてる。

免罪事件って騒がれてるけども社会的抹殺も、

心身の感覚自殺も大きな問題だと思ってて、

少年誌の性表現問題表現の自由軋轢より、

ワタシと誰かの身体と心の仕組みについてを、

生物学心理学脳科学の最新の知見をもって、

ココロとカラダとワタシとアナタ達っていう、

授業を道徳/保健/理科の周辺でできないかな。

あと体育の代わりに身体性ではなくルールを、

重んじるゲーム授業あると政治経済も解るし、

ネトゲ勢もボドゲ勢も主役になれるかもって。

2017-07-09

https://anond.hatelabo.jp/20170709154334

「漢」という大きな国で「黄巾の乱」という農民反乱が起きる。

朝廷は各地に将軍派遣してようやくその乱を鎮める。

そのあと董卓っていう奴が独裁者になって暴れるんだけど、部下の呂布という奴に殺される。

朝廷はぐちゃぐちゃで統制が効かなくなってしまい、各地の将軍たちが独立して戦国時代みたいになる。

そのころは大陸の北の方が豊かで人口も多く、その覇権を巡って曹操袁紹という二大勢力が戦って、曹操が勝つ。

曹操日本戦国時代で言えば織田信長みたいな冷徹天才タイプ

北半分を手中に収めて圧倒的な勢力を持つようになった曹操

しか大陸の南東のほうで勢力を拡大していた孫権という奴に「赤壁の戦い」で大敗する。

孫権徳川家康みたいな地域密着型の苦労性タイプ

また、孫権に協力していた劉備という奴が、その戦いのあとの隙をついて大陸の南西の方を占領する。

劉備豊臣秀吉…と言いたいけどわりと違くて、やたら仁義忠義にこだわる良い子ちゃんタイプ

実は西遊記三蔵法師に近いんじゃないか

北半分を得た曹操の「魏」、南東を得た孫権の「呉」、南西を得た劉備の「蜀」。

この三国が鼎立するから三国志演義」。

特に劉備主人公格で、義兄弟関羽張飛と共に、紆余曲折を経て国を打ち立てるまでが前半。

でも建国した矢先、関羽は呉と戦って殺されてしまい、張飛も部下に裏切られて殺されてしまう。

義弟たちを殺されて怒り狂った劉備は呉に攻め込むんだけど大敗して死ぬ

そして劉備軍師であった諸葛孔明が、劉備亡きあと、圧倒的な力を誇る魏に対してさまざまな奇策を持って挑む、というのが後半のストーリー

既に曹操も死んでいるから、魏の将軍司馬懿という奴が孔明ライバルになる。

孔明は魔術的な天才軍師として描かれ、司馬懿相手連戦連勝する。

しかし彼我の戦力差はいかんともしがたく、やがて孔明死ぬ

孔明の死後は、後継者姜維を中心に、蜀も粘るんだけど、ついに魏に降伏することになる。

具体的に言うと、鍾会という野心旺盛なエリート姜維を釘付けにしているあいだに、鄧艾というドモりが酷いおっさんが間道を通って蜀の首都を攻め落とす。

でも鄧艾のことが気に入らない鍾会は、鄧艾の勝手な振る舞いを讒言して殺してしまう。

さら姜維に唆されて、鍾会は蜀の地で独立してやろうとするけど、あっさり発覚して鍾会姜維は殺される。

この頃の魏は、司馬懿の息子たちがすっかり権力を握っている。

そいつらが蜀の滅亡の後に魏を乗っ取って、「晋」という国をつくる。

この晋の名将に羊祜という奴がいて、最後に残った呉をいつ滅ぼそうかと手ぐすねを引いていた。

しかし、このときは呉にも陸抗という名将がいた。

二人は国境を挟んで互いのことを認め合い、手紙や酒を送りあうほどだった。

この頃の呉は、晩年に耄碌した孫権が、悲惨後継者争いを引き起こして国力が低下。

陸抗の力によってようやく保っている有様だった。

やがて羊祜も陸抗も亡くなったあと、羊祜の後継者となった杜預という奴によって、ようやく呉は滅ぼされた。

魏も呉も蜀も消え去り、晋が大陸統一したのだった。

おしまい

ひがみ。

旦那家族に頼ることができる。特に義母は世話焼きな人で旦那質問したら何かと調べたり沢山情報LINEで流してくれたりする。

しかし私の家族は違う。親は基本携帯ガラパゴス携帯)を使い慣れていないから電源が切れたままで全く繋がらないし、かと言って家電もない。兄弟殆ど連絡がとれない(メールの返信がない、電話も折り返し来ない)。

から家族に頼れる旦那が羨ましい。そして嫉妬する。旦那義母旦那の実母)と結婚すれば?とさえ思う。

醜い僻みだ。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170707153741

そういう連中って子供が生まれたら苗字の取り合いするつもりなんだろうか

兄弟姉妹で姓を半分こさせて、兄はうちの子妹は向こうの子ってか

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706183717

あれはやりたくてやってるんだよ

最近ジャニーズはほぼ自薦だし

親や兄弟が送った場合でも面接に行くかは自由意志

さらには下積み(ジュニアからデビューできるわけではないか

自分でやりたいわけじゃない人はその間にやめてる

父と母

最近、というかここ数年、父が母に大して疲弊しているのが分かる。

根本的に性格が合わないんだろう。

おしゃべりで人の話を聞かない母と、どちらかといえば寡黙で理屈っぽい父。

父は帰宅が遅い日には、一人で夕飯を食べている。

そこに母がやって来て、仕事愚痴を大声で喋る。

父はテレビを観ながら気のない相槌を打つ。

それを見ていると、私はなんだか居たたまれなくなる。

父は夕食くらい静かに食べたいんじゃないか

他人悪口なんて聞きたくないんじゃないか

から愚痴を聞いたことなんて無い。どんなに仕事が忙しくても。

母はきっとそれに気づいてもいない。

この前、何かの拍子に、「離婚されないだけ有り難く思え」と母が言った。もちろん冗談めかして。

私は父が「じゃあ離婚しよう」とでも言い出すんじゃないかと気が気じゃなかった。

そんなことはなかったんだけど。

うちは3人兄弟で、社会人大学生なのに全員実家暮らし

なので「もしこのまま全員家に残ってたらどうする?」と聞いたら、父は「その時は俺が出ていく」と言った。

子供が全員社会人になったら、両親は、ていうか父は、どうするつもりなのかなあ。

2017-07-05

海外に暮らす兄弟結婚するそうで、そちらと日本の両方で式を行うらしい。

相手のご両親はどちらの式にも出席する気満々で、兄弟としては我々一族からも誰かしら今の拠点での式に出席して欲しいとのこと。

わかる。わかるけど色々難しい。

まず我が家には父親がいない。もう随分前に死別していて、母はそれから再婚せず今に至っている。

そして母は旅が苦手で少々変わり者だ。

これは私の憶測だけれど、父亡きあとの母は子どもをまっとうに育て上げることに全神経を注いでいたふしがあり、その中で「母はこうあるべき」が凝り固まってしまったように見える。きまじめというわけではないが、子に対して対等の人間としての振るまいが出来なくなっているように見えるのだ。

そういったことを考えると、母が単身ないしは責任を持たなくてはいけない対象(私や兄弟)と初めての海外旅行をする、というのはかなりハードルが高い。

父が生きていたら「いい機会だから両親で行っておいでよ!」と言いやすいのになあ、なんてたらればをいっても仕方がないのだけど。

双方の意見を聞きつつ良い落としどころを見つけられると良いな。

結婚して、もういい歳で、子どもを期待されるようになった。

子どもを持つことをリアルに考えると、当然のように親と関わってきた記憶を頼りに想像することになる。

色々なことを想定してみる。自分兄弟ががやったあんなこと、こんなことを自分の子どもがしたら、自分はどうするか。

どうしても、子ども感情に振り回されないように、事務的に、突き放して、淡々とこなしてしま自分しか想像できない。ただ、子どもを産んだ責任を取ろうという事ばかり考えてしまいそうな恐怖ばかりが先立つ。

親がそうだったかというと、わからない。母親は私や兄弟を世話してくれたし躾けてくれた。それは生半可な気持ちでは出来ない事であることは十分過ぎる程理解している。けれど、では愛されていたかと言われると、わからない。いや、子育てなんて愛がなければ出来ないのかもしれないから、愛されていたのかもしれない。産んだ責任を取ろうとしていただけかもしれない。

よく考えれば、私は母親父親人間的な部分をよく知らない。好きな食べ物も知らない。友だちがいたのかも知らない。趣味も知らない。余暇があったのかも知らない。何を考えていたのかもよく知らない。知ろうともしなかった。親に対してそういう接し方があるという事も知らなかったから、聞くこともなかった。親の事を嫌いだババアだクソ親父だと罵るのと同じ口で、際限なく欲しいものをねだったり迎えを要求したり遊びに連れて行って貰ったことを自慢する同級生がよくわからなかった。親に対してどうしてそんな失礼が出来るのかわからなかったし、嫌いと豪語する相手に甘える心理理解できなかった。

私の親は私を世話してくれた。ご飯を作ってくれたし、洗濯をしてくれたし、養ってくれたし、色々お金を払ってくれた。それは事実だ。けど、じゃあ子に対して向ける愛情とはどのようなものかと考えると、途端にわからなくなる。私は、子どもを死なせないように世話するだけの人間になるような気がする。ただ、産んだ責任を取ればいいと考えるような気がする。勿論、それを実行できるだけでも十分過ぎるくらい偉い。それはわかっている。

けれど、そうやって育てると、私のような人間がこの世にまたひとり増えてしまうのではないかと思ってしまい、どうしても子どもを持つことを躊躇ってしまう。子どもを愛する自信がない。世話だけすればいいって絶対に考える。

まれた事を後悔してる訳じゃないが、どうせ私のようになってしまうのならば生まれてこない方がいいんじゃないか…

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