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2020-05-29

朝比奈みくるキョンの妹同一人物説についてSF読者が思う。

増田は何者?

大学生時代に「涼宮ハルヒの憂鬱ブーム経験した三十代。当時はひねくれた人間だったので、ハルヒ流行っている真っただ中に、原作ではなくそ元ネタとなった「ハイペリオン」に手を伸ばした。当時の自分きらきらとした学生生活にあこがれていたくせに、そういう青春テーマにしたラノベを避けていた。みんなと同じものを読むのが嫌だったのと、そういうきらきらしたものを読むと、自分灰色生活と引き比べてしまうからだ。そういうわけで、「涼宮ハルヒの憂鬱」の知識は、書店で一気読みした第一巻と、ウィキペディア情報、断片的に見たアニメの数エピソードに頼っている。おそらく粗があるので、話半分に聞いてもらいたい。

増田目的は何?

そもそもハイペリオン」って何?

ハイペリオン」とはダン・シモンズ1989年に発表したSF小説である邦訳1994年出版された。ヒューゴー賞ローカス賞星雲賞を受賞している超大作で、登場人物である長門有希が読んでいる。

ジャンルは一応スペースオペラなのだが、あえて言うならばSFジャンル英米文学ごった煮である。というのも、七人の登場人物がそれぞれの身の上を語るのだが、それぞれがホラーだったりサイバーパンクだったり時間SFだったりで、しかもそれぞれの出来がいい。

続編として「ハイペリオンの没落」「エンディミオン」「エンディミオン覚醒」がある。作者の思想がややうるさいところもあるが、絵になる場面が多くて楽しい。また、人類の各文化多様性を高らかに褒めたたたえているのが、やや西洋アメリカ中心主義ではあるが、気持ちがいい。

長門と「ハイペリオン」の共通する設定

長門は「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」であり、言い換えるならば「宇宙人が作った人間の形をした存在」ということになる。「情報統合思念体」には「主流派」「急進派」「穏健派」「革新派」「折衷派」といった派閥存在し、それぞれの思惑ごとに動いている。

一方、「ハイペリオン」には、英国詩人ジョン・キーツ人格再現したサイブリッド(人造人間みたいなもの)が登場する。これは、人類に様々な助言をするAI群「テクノコア」によって、ある目的のために作られたものである。彼は長門ほど万能ではないが、この背後にいるテクノコアには「穏健派」「急進派」「究極派」が存在していることが共通している。ちなみに、それぞれの立場としては、当面は人類とは共存する、さっさと人類を滅ぼして自分たちが覇権を握る、人類自分たちも滅んでもかまわないので究極の知性を創造する、である。このAIたちはとっくの昔に人類を超えており、人類を裏切ろうとしている。というか、作中ではすでにある方法人類をひどく搾取しているのだが、これは読んでみてのお楽しみだ。

設定の上ではよく似ているけれども決定的に異なるところがたくさんあり、よくできたオマージュだと思う。

ハイペリオン」にみくるのような未来人は登場するのか

結論から述べると登場する。そもそも舞台となるハイペリオンという惑星には「時間の墓標」なるものがあり、そこの封印が開くと未来から様々な事物情報が送られてくる。同時に「シュライク」という殺戮マシーンが封じられているが、シュライクは時折人間の願いを叶える、とされているのだ。七人の登場人物ハイペリオンまで巡礼に向かうのもそれが理由だ。

ここで未来と述べたのだが、実は未来は確定していない。「テクノコア」が作り出す究極知性が宇宙支配するか、人類の集合意識が生んだ究極知性が覇権を握るか、この二つの間で揺れ動いている。ここでいう究極知性とは神と言い換えてもいい。つまり、遠い未来で行われる人類テクノコアの戦いが、現代にも影響を及ぼしているのだ。なんといったって彼らは神なのだから、なんでもありなのである

この状態は、まさに朝比奈みくる(大)の周囲の事情とよく似ている。現代干渉し、自分たちの望む形の未来を確定させようと活動している点が近い。

みくるキョンの妹は同一人物か?

涼宮ハルヒの憂鬱」の全てを読破したわけではない自分が、本文から有効証拠をあげることはできない。というか、いくつかのブログでそれを示唆する記述が十分に述べられており自分が付け加えることは何もない。

よって本記事では、「ハイペリオン」で行われたテクニックを間接的な証拠として用いたい。以下、「ハイペリオン」のネタバレに触れる。読みたくない方は引用部分を読み飛ばしてください。

ハイペリオン」の七人の登場人物は、旅の無聊を慰めるため、それぞれの出自を語る。一人はフィドマーン・カッサードという兵士である仮想訓練の度に謎の美女モニータと遭遇し、そこでむさぼるように体を重ねるが、彼女とは仮想空間とでしか会うことができなかった。やがてアウスター(人類連邦所属しない宇宙の蛮族)の襲撃を受けるが、そこで彼女と再会し、殺されかける。カッサード彼女との再会を目指している。

もう一人の人物はソル・ワイントラウブという学者である。彼は娘である赤ん坊を抱えて巡礼に来た。彼の願いは、娘であるレイチェルの病を治すことであるレイチェルはかつて学者としてハイペリオンを訪れた際、シュライクによって年齢を逆行する呪いをかけられてしまった。父と同じ聡明学者であったレイチェルは日に日に幼くなり、とうとう赤ん坊にまで戻ってしまった。レイチェルが「誕生」の日付を迎えるまで、あと数日しかない。

さて、結論を簡潔に述べよう。レイチェルの病は癒される。そして彼女未来世界へと連れていかれ、そこで再び大人へと成長する。やがてレイチェルはモニータと名乗り、カッサード出会うのである

まり、「涼宮ハルヒの憂鬱」のオマージュであるハイペリオン」では、意外な二人の人物が同一人物であった、そしてその片方は未来人であった、というギミック存在するのである

もちろん、年齢遡行までオマージュしているのかどうかはわからない。記憶に蓋をしているだけかもしれない。ただ、妖艶な美女と無邪気な赤ん坊が同一人物であった、という驚きを、朝比奈みくる(大)とキョンの妹が同一人物であった、というかたちで本歌取りしている可能性は、検討される余地はある。

どうなのだろう。キョンの妹は小五だが低学年にしか見えないという記述もあるので、実は成長がストップし、年齢が逆転し始めているのかもしれない……。

長門みくるは決別するか

鶴屋さんは「宇宙人未来人だったら、どっちがいい? そろそろ決めといたほうがいいかもにょろよっ!」と発言したそうだが、これは今後の展開を予測する大きな鍵となる可能性がある。というのも、「涼宮ハルヒの憂鬱」が「ハイペリオン」をどこまでなぞるかははっきりしないが、もしも設定を強く意識しているのなら、「ハイペリオン」で「テクノコア」が人類を裏切ったように、「情報統合思念体」が最後には人類敵対する可能性があるからだ。そして、みくる人類と「情報統合思念体」との争いの中で、少しでも人類に有利な未来へと導こうとしているのではないか。となると、長門みくるの決別は避けらないことになる。みくる長門を幾分苦手としている描写を考えると、興味深い。

ついでに古泉超能力について

少しだけ触れておく。「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」のなかには、超能力は出てこない。出てくるのは「エディミオンの覚醒」以降であり、主人公たちがある能力に目覚めることで、クライマックス人類の命運を大きく変えるのだが、これも読んでみてのお楽しみだ。

それからハルヒ能力について

ハイペリオン」であらゆる願いを叶えるとされるのは殺戮者シュライクである。実に気まぐれな神なのだ。そういうと、ハルヒが悪役シュライクだということになってしまうのだが、自分は違うと思う。明るい青春ラノベにこの設定は似合わない。願いが叶う、ということだけを拝借したのだろう。とはいえ物語全体を通しての謎の一つ、ということは決定している。

それと、実はシュライクの正体は作中でも若干ぼやかされている。テクノコアが作った殺戮マシーン人類側がのっとったことが示唆されているが、時間を行き来できるのだから時系列がはっきりせず、筆者の記憶も確かではない。

キョンにまつわるいくつかのこと。

エンディミオン」「エンディミオン覚醒」の語り手はいたって普通青年ロールであり、彼は破天荒少女アイネイアー守護者に任命される。とはいえ物語の大半は奔放な彼女の振り回されながら進む。それこそ「涼宮ハルヒの憂鬱」の本編のように。

しかし、ロールとアイネイアー最後にはひどくつらく悲しい別れ方をしなければならない。この設定が本編のキョンハルヒ関係に輸入されていないことを願う。

それと、ジョン・キーツジョン・スミスではないが)のサイブリッドは二つ存在し、片方が殺される運命にある、とだけ述べておこう。

おまけに、ダン・シモンズ最近作品について

彼は「ハイペリオン四部作ののちに「イリアム」「オリュンポス」を発表している。トロイア戦争世界、遠未来の没落した人類機械知性たちの話が入り組んでいて、文学SFマッシュアップ具合が楽しいのだが、残念ながら「ハイペリオン四部作で述べた人類多様性を寿ぐ姿勢から後退し、明確なイスラム嫌悪が出ているのはいただけない。さらに、邦訳されていない最近シリーズは、ヒラリー・クリントン大統領になったパラレルワールドで、国民皆保険で怠け者になったアメリカ人が薬物におぼれているというすごく政治的偏向した作品なので、翻訳されないんじゃないかな……。

追記】最新作ではないのだが、2011年の「Flashback」という作品シリーズではなかった。失礼。

【もう一つ追記】その薬物は、いつでも自分人生の最高の瞬間を追体験できるというしろものだ。そして、世界ほとんどがイスラム過激派支配されている。経済日本に牛耳られ、南西部の州はメキシコギャング支配され、作中では地球温暖化否定されている。アメリカ保守的世界観を煮詰めたような感がある。

ヒラリー・クリントンについての記述記憶いかもしれない。ただ、イスラム嫌悪が強いのは間違いない。

と、こここまで書いてネットを探していたら

みくるとモニータの類似性について述べた記事があった。

https://sosbrigade.miraheze.org/wiki/ハイペリオン

最後

おそらく、ハルヒ全盛期の頃に、こうした議論は出尽くしていると思う。だが、検索をしても類似した意見が見つからなかったため、ここに記録した。

それから、ろくに原作を読んでいないのに、そして記憶もいい加減なのに、好き勝手言ってどうもすみませんでした。

追記

多数のコメント感謝しております。また、「全部読んでいないのに書くなんてずうずうしい」との指摘、まったくもってその通りです。ファン気持ちを逆なでするような行い、お詫び申し上げます。また、立ち読み迷惑でしたね。未成年の頃とはいえ、今にして思えば赤面ものです。

自分としては、「ハイペリオン」を読んだ人間からは、「涼宮ハルヒの憂鬱」の設定はこう見える、と伝えたかったのです。笑ってやってください。また、類似した意見ネットになかったので、記録しておこうという思いもありました。

ただ、ブクマカにもあるように、ジオシティーズインフォシークヤフーブログなどの一斉削除が原因の可能性のほうが強いですね。はからずもアーカイブ問題にも思いをはせることになりました。

それでは、失礼します。

2020-05-10

All Right, All Right

バイト先の「ふぃよるど」というノルウェー料理店がコロナの影響で閉店することになって、全員で乃木坂まで閉店作業を手伝いに行った。全員といってもおれ自身を含めてバイト学生の3人だけだったが、小さな店の厨房設備什器を回収業者トラックに運び込むにはその人数で十分だった。

夕方には作業が終わって、最後に3人でご飯でも行こうかということになり、平林の車に乗って南青山六本木方面に行ったはいいが、どこも営業自粛中で閉まっている。

「どうする?」とおれが訊くと、「どこでもいいよ、ラーメン屋でもなんでも。ちょっと調べてみる」とディキンソンがiPhoneを取り出す。ディキンソンは女子大英米文学科に行っていて、本名別にあるのだが、エミリー・ディキンソンかい詩人について卒論を書くつもりらしい。理工学部平林経済学部のおれはその方面に全く無知だったので、詩人名前の響きだけで衝撃を受け、以来店では彼女をディキンソンというあだ名で呼んでいた。

車内では爆音日本語の歌がかかっている。バブル期ぐらいの日本音楽を集めるのは平林趣味で、とくにアイドル音源偏愛していた。高校まで競技水泳をやっていた平林運転席でイカリ肩を揺らしながら酒井法子?の歌に合わせて All Right, All Right と裏声で歌う。


All Right, All Right

恋を失くした

友達にこれしか言えないの

悔しいけど


「あった、開いてるとこ。オメガラーメン麻布十番。どう?」ディキンソンが後ろの席から画面を差し出す。青山霊園を走る車の中で、平林は相変わらず All Right, All Right と裏声で歌う。「ちょっと、うるさい」とディキンソンが平林の頭を押さえつける。おれは助手席からiPhoneの画面を覗き込む。「いんじゃないかな。あとは車停める所か、探してみる」

オメガラーメンは空いていた。というか客はおれたちしかいなかった。カウンター6席ほどの店で、3人並んで座るとけっこう密だったが、今日いっぱい密だったので、いまさらどうしようもないよなと話しながら座った。

「えいらっしゃい」と店主らしき人がカウンターごしにメニューを置くが、オメガラーメンと一行書いてあるだけだ。3人ともオメガラーメンを頼んだ。

出てきたのは真黒なラーメンで、独特のぬめりがあるスープから肉の塊らしきもの突き出している。ビーフカレーのようにも見えるが、中央に配置された白髪ねぎ小山ラーメンらしい外観をかろうじて保っていた。

味はなんというか、微妙だった。3人とも無言で平らげて店を出た。

代々木上原に住むディキンソンを途中で降してから赤羽実家がある平林田端に住むおれは北へ向かった。

「また3人でこうやって会うこと、あるのかな」

ぼやきに近いおれの問いかけに、平林は一瞬黙ってから答えた。

「どうかな。まあ、あるんじゃないかな。当面、全員日本にいることになりそうだし」

「どういうこと?」

「咲は、あ、ディキンソンは、秋からアメリカ大学留学が決まってたんだけど、話が流れちゃったらしい。コロナのせいで先行きがわからいからって。それでけっこうがっかりしてたんだ」

「そうなのか」としか言えなかった。

なぜおれは知らないのか。なぜ平林は知っているのか。なぜディキンソンの下の名前を言ってからディキンソンと言い直したのか。

坂下交差点で降してもらい、セブンイレブンに寄ってからアパートへ向かうあいだ、胸に覚えのない異物感を感じ続けていた。それは甘すぎたオメガラーメンによる胸焼けなのか、ディキンソンにこれまで自分が何かを感じていたことにたいする動揺なのか、わからなかった。

2020-05-09

anond:20200425144157

詩というのは、自分が見ることのできない情景を思い浮かべながら読むものだと思っているんだけど、

TVたかだか20インチのちっちゃな画面でしか見られなかったのが今は50インチとか普通にあるし、

パソコンスマホネット検索すれば、いくらでも美麗な景色がすぐに確認できてしまう。


いや、風景だけじゃなくて詩の物語性が・・・という人もいるかもしれんけど、

ネットにはあらゆる物語が溢れている。

一人の詩人が、その人生経験を詩に表現する間に、インターネットでは、

何億人もの人間創作したり、体験談を書いたりしてる。


詩の言語的な表現技法が素晴らしいのだ・・・と考えるのは、もう文学オタク

文学専攻の学生くらいで、一般人はそこに関心を示さない。


詩はもう社会において役割を終えた表現方法なんだと思う。

ポエム(笑)みたいな風潮問題

ポエムという言葉マイナスイメージがつき始めたのはいからなんだろう。

アニメキャラとかでは、夢見がちなキャラ付けにポエムを書く趣味設定とかがベタになってるし。

個人的詩人は、日々のあわいだとか感情だとかを文字に出来るのは、すごい事だと思うし、なかなか自分にはできないな、という畏怖すらあるような存在

からポエム(笑)メンヘラ(笑)

みたいな揶揄する風潮にどうにも違和感

マジでポエムという言葉復権を願う。

2020-05-01

ミュージシャンでないのに良い作詞をする人っている?

プロ作詞家でも音楽家でも詩人でもないのにナゼか詞がうまい人っている?

2020-04-29

anond:20200429115522

まあ、貧乏人でもセレブってことはじゅうぶんに有り得るんだわな。画家とか詩人とか宗教家とか。

この場合はそれでも一応話が成り立つからどっちでもいいんだけど。

2020-04-28

anond:20200428115601

実際に「杜黙という詩人が詩を作った」という意味から字面だけはインテリだよ。

2020-04-26

詐欺捏造・偽作

台湾誌(1704年

ジョルジュ・サルマナザールはフランスまれ白人だったが、ウィリアムイネスという牧師の協力を得て「キリスト教改宗した台湾人」になりすました。「台湾人の先祖日本人である」「香草をまぶした生肉を食べている」などデタラメ風習を広め、独自の「台湾語」まで作りだした。当時のヨーロッパでは台湾ことなど全く知られていなかったので、サルマナザールは25年ものあい台湾専門家と見なされ、彼が執筆した『台湾誌』は知識人からも信頼されていた。しかし、ハレー彗星で知られるエドモンド・ハレーが、『台湾誌』に掲載された星図などから矛盾を見つけ出して突きつけたため、彼はついに自らの虚偽を告白した。

ベリンガー事件(1726年)

数学教授デリック図書館司書エックハルトは、横柄な態度のヨハン・ベリンガーに腹を立て、悪質ないたずらを仕掛けることにした。二人は石灰岩に細工をして、カエルミミズ化石彗星太陽の形をした化石、「ヤハウェ」という文字が刻まれ化石などを作り出し、ベリンガー化石採集していた山に埋めておいた。当時は化石が生まれる原因が分かっておらず、神秘的な力によって形成されると考えられていたので、いま見ると明らかにおかし化石でも、ベリンガーは本物だと信じこみ、図版を収録した書籍まで出版してしまった。話が大きくなって慌てた犯人の二人は偽造であることを明かしたが、ベリンガーはそれを中傷だと考えてまったく取り合わなかったという。

コック・レーンの幽霊(1762年)

コック・レーンにあるリチャード・パーソンズの家に、ウィリアムケントとファニーという夫妻が下宿していた。しばらくしてファニーは天然痘で亡くなったが、それ以来、パーソンズの家では何かを叩くような音や引っかくような音がたびたび聞こえるようになり、パーソンズは「ファニーの幽霊に取り憑かれた」と主張した。ファニーの幽霊は、自分ケントに毒殺されたことを訴えているのだとされた。幽霊のことはロンドン中の話題になり、見物客が連日のように集まってコック・レーンを歩けないほどだった。しか調査の結果、パーソンズ自分の娘を使って、木の板を叩いたり引っかいたりさせていたのだということが分かり、彼は共謀罪有罪となった。

トルコ人(1770年

ヴォルフガング・フォン・ケンペレンは「トルコ人」という名の人形を完成させた。それは完全な機械仕掛けチェスを指し、しかほとんどの人間より強いというものだった。「トルコ人」はヨーロッパ中を旅してチェスを指し、その中にはベンジャミン・フランクリンナポレオン・ボナパルトなどの名だたる人物がいた。多くの人間がその秘密を暴こうとしたが果たせなかった。ケンペレンの死後、「トルコ人」はヨハン・メルツェルのもとに渡りアメリカなどで大金を稼いだが、1854年火事によって焼失した。その後、最後の持ち主の息子が明らかにしたところでは、やはりチェス盤のあるキャビネットの中に人が入っていたのであった。

首飾り事件(1785年

宝石商シャルル・ベーマーは、自身が持つ高額な首飾りを王妃マリー・アントワネットに売りたいと思い、王妃の友人だと吹聴していたラ・モット伯爵夫人仲介を依頼した。伯爵夫人は、ルイ・ド・ロアン枢機卿を巧みに騙して首飾りの代理購入をさせ、王妃に渡すと言って受け取った首飾りをばらばらにして売りさばいてしまった。その後、事件が発覚して伯爵夫人逮捕された。かの有名なカリオストロ伯爵も巻き添えで逮捕され、のちに無罪となっている。また「王妃はラ・モット伯爵夫人同性愛関係にあった」「この事件王妃陰謀だった」といった事実無根の噂が流れ、マリー・アントワネットの評判は貶められた。

ヴォーティガンとロウィーナ(1796年

19歳のウィリアムヘンリー・アイアランドは、父親を喜ばせるためにシェイクスピア手紙文書を偽造するようになった。多くの専門家がそれを本物だと鑑定し、ジェイムズ・ボズウェルなどは「我らが詩人聖遺物を生きて見られたことに感謝する」と祝杯を上げたほどだった。ついにウィリアム戯曲の偽作まで行うようになったが、その戯曲「ヴォーティガンとロウィーナ」はあまりにも悲惨出来栄えだった。また、その頃にはエドモンド・マローンによる批判も広まっていた。ウィリアムは罪を自白したが、世間はそれをウィリアム父親が息子に言わせているものだと受け取った。当の父親も、無能な息子がそんなものを書けるわけがないと、死ぬまで贋作であることを信じなかった。

プリンセス・カラブー(1817年)

イギリスで異国の言葉を話す身元不明女性保護された。ある船乗りが「言葉が分かる」というので通訳となった。船乗りによれば、彼女インド洋島国王女ラブーであり、海賊に囚われていたが逃げ出してきたのだということだった。彼女地元の有力者たちのあいだで人気となり、またその肖像画新聞掲載されて広まった。しかし、その新聞を見た人から通報があり、彼女メアリー・ベイカーという家政婦で、架空言語を作り出して、カラブー王女のふりをしていただけだということが判明した。

ポヤイス国(1822年)

イギリス軍人グレガー・マクレガーは、中南米で実際に功績を上げたのち、イギリスに戻って「ポヤイス国」への移住者募集した。ポヤイス国は南米の美しい楽園で、土地は肥沃であり、砂金が採れると喧伝された。ポヤイス国の土地役職通貨などが高額で売りに出された。それを購入した二百七十人の移住者グループが船で現地へ向かったが、そこにポヤイス国など存在しなかった。荒れ地に放り出された移住者たちは次々に死んでいった。マクレガーフランス高飛びし、そこで同じ詐欺を働こうとして失敗した。さらベネズエラへと逃げて、そこで英雄的な軍人として死んだ。

ピトケアン島の独裁者1831年

アメリカ冒険家だったジョシュアヒルは、ハワイ移住しようとして失敗した後、タヒチ島からピトケアン島へと渡った。ピトケアン島は、イギリスからタヒチまで航海したのちに水兵たちが反乱を起こしたという「バウンティ号」の生き残りと、その子孫たちが暮らす絶海の孤島だった。ヒルは、自分イギリス政府から派遣された要人だと嘘をつき、独裁者として君臨した。逆らう者には容赦なく鞭を振るい、恐怖で島を支配した。それから6年後、通りすがりイギリス海軍の船に島民たちが助けを求めたことで、ついにヒルは島から追放された。

ティッチボーン事件1865年

イギリスの名門ティッチボーン家の長男ロジャーは、1854年南アメリカ沖で海難事故に遭って亡くなっていたが、その10年後にオーストラリア肉屋を営む男が「自分ロジャーである」と名乗り出た。翌年、ロジャーの母である未亡人と「ロジャー」はパリで面会した。華奢だったロジャーとは違い、「ロジャー」は体重100kgを超える粗野な男だったが、未亡人は彼こそがロジャーだと認めた。貴族を名乗りつつも労働者であった彼は、イギリス庶民からも大いに人気を集めた。しか未亡人が亡くなった後、裁判において彼は偽者であるとの裁決が下され、14年の懲役刑を課されることになった。

カーディフ巨人1869年

ジョージハル進化論を支持する無神論者だったが、聖書に登場する巨人実在について口論となり、それがきっかけで巨人化石捏造することを思いついた。石膏を巧みに加工し、毛穴まで彫り込んで、いかにも偶然発見たかのように装って大々的に発表した。専門家たちはすぐに偽物であることを見抜いたが、キリスト教原理主義者の一部は進化論への反証としてこれを支持し、また全米から多くの見物客がやってきた。フィニアス・テイラーバーナムが同様に巨人化石見世物にしはじめたことで、ハルバーナムを訴えるが、その裁判取材していた新聞記者がハルの雇った石工を突き止めて自白させたため、ハル観念して偽造を認めてしまった。

ケーペニックの大尉1906年

ドイツの靴職人ヴィルヘルム・フォークトは、古着屋で軍服軍刀などを購入し、「プロイセン陸軍大尉」に変装した。彼は大通りで立哨勤務をしていた近衛兵に声をかけ、十数名の兵士を集めさせると、ケーペニック市庁舎に踏み込んだ。フォークトは、市長秘書らを逮捕し、また市の予算から4000マルクほどを押収すると、兵士たちにこのまま市庁舎占拠するよう言いつけ、自分は悠々と駅に向かい新聞記者から取材に応じた後、列車に乗り込んで姿を消した。彼はすぐに逮捕されたが、ドイツ全土で人気者となり、時の皇帝によって特赦を受けた。

ピルトダウン人(1909年

イギリスピルトダウンでチャールズドーソンによって発見された化石は、脳は現代人のように大きいが、下顎は類人猿に似ている頭蓋骨だった。ドーソンはこれをアーサー・スミス・ウッドワードと共同で研究し、人類の最古の祖先として「ピルトダウン人」と名付けて発表した。当時は大英帝国繁栄期であり、人類発祥の地がイギリスであるという説は強く関心を持たれた。しか1949年フッ素年代測定により、ピルトダウン人の化石捏造されたものだと断定された。捏造犯人は未だに分かっておらず、『シャーロック・ホームズ』の作者であるアーサー・コナン・ドイル真犯人だという説まである

エチオピア皇帝事件1910年

後に作家となるヴァージニア・ウルフを含む6人の大学生たちは、外務次官の名義でイギリス艦隊司令長官に「エチオピア皇帝艦隊見学するので国賓として応対せよ」と電報を打ってから変装をして戦艦ドレッドノートが停泊するウェイマス港に向かった。ぞんざい変装だったにもかかわらず正体がバレることはなく、イギリス海軍から歓待を受けた。彼らはラテン語ギリシア語を交えたでたらめな言葉を話し、適当ものを指して「ブンガ!ブンガ!」と叫んだりした。ロンドンに帰った彼らは新聞社に手紙を送って種明かしをし、イギリス海軍の面目は丸潰れとなった。

コティングリー妖精事件1916年

コティングリー村に住む少女フランシスグリフィスとエルシー・ライトは、日頃から「森で妖精たちと遊んでいる」と話していた。ある日、二人が撮影してきた写真に小さな妖精が写っていたことに驚いた父親は、作家アーサー・コナン・ドイルに鑑定を依頼した。そしてドイルが「本物の妖精」とのお墨付きを与えて雑誌に発表したため、大騒動となった。50年後、老婆となったエルシーは、絵本から切り抜いた妖精を草むらにピンで止めて撮影したと告白した。しかし、フランシスもエルシーも「写真は偽物だが妖精を見たのは本当だ」と最後まで主張していた。

アルバニア王オットー1世1913年

ドイツ曲芸オットー・ヴィッテは、アルバニア公国独立の際に「スルタンの甥」のふりをしてアルバニアへ赴き、嘘がバレるまでの五日間だけ国王として即位した。ただし、そのような記録はアルバニアにもなく、当時からオットー証言は疑わしいものとされていたが、オットードイツ国内でよく知られており、新聞などでは人気を博していた。オットーが亡くなったとき、その訃報は「元アルバニア王オットー1世」に対するものだった。

アーン・マレー(1943年

オーストラリア現代詩誌『アングリーペンギンズ』に、25歳で亡くなったという青年アーン・マレーの詩が、彼の姉であるセルから送られてきた。『アングリーペンギンズ』誌はこれを大きく取り上げて天才と称賛した。しかし、これは保守派詩人であるジェームズマコリーハロルドスチュワートが、現代詩を貶めるためにつくったデタラメものだった。この事件によりオーストラリア現代詩壇は大きな損害を蒙ったが、1970年代に入るとアーン・マレーの作品シュルレアリスム詩として称賛されるようになり、以降の芸術家に大きな影響を与えるようになった。

タサダイ族(1971年

フィリピンミンダナオ島で、文明から孤立したまま原始的暮らしを続けてきたという「タサダイ族」が発見された。彼らの言語には「武器」「戦争」「敵」といった言葉がなかったため「愛の部族」として世界的な話題になった。彼らを保護するため、世界から多額の寄付が集まり居住区への立ち入りは禁止された。しかし15年後、保護地区に潜入したジャーナリストは、タサダイ族が家に住み、タバコを吸い、オートバイに乗っているのを目撃した。全ては当時のフィリピン環境大臣マヌエル・エリザルデJr.による募金目当てのでっちあげだったとされた。

ソーカル事件1994年

評論雑誌ソーシャルテキスト』は、「サイエンス・ウォーズ」と題したポストモダニズム批判への反論特集に、アランソーカルから寄せられた『境界侵犯すること 量子重力の変換解釈学に向けて』という論文掲載した。しかしそれは、ソーカルがのちに明かしたとおり、きちんと読めば明らかにおかしいと分かるような意味不明の疑似論文であり、ソーカルはそうしたでたらめをきちんと見抜けるかを試したのだった。それはポストモダン哲学者たちが科学用語濫用かつ誤用している状況に対する痛烈な批判だった。

2020-04-22

[]ポートースター

エドガー・アラン・ポー誕生日である毎年の1月19日ポー墓参りをする謎の人物のこと。

ポートースター」は「ポー乾杯する者」という意味で「ポエテイスターへぼ詩人」と掛けている。

彼はポー記念碑の前に立ち、コニャックで乾杯し、そのボトルと、三本のバラと、ときどきメモを残していく。

黒い服につば広の帽子銀色の杖、白いスカーフを身にまとい、顔を隠していた。

最初の目撃談は1940年頃で、彼が1998年に亡くなるまで墓参りは続いた。

1999年に残されたメモに、最初ポートースターが亡くなったので、息子が後を継いだとあった。

息子は、父親ほどこの行事に熱心ではないとみなされ、長年のファンから失望された。

2010年ポートースターは初めて姿を見せなかった。

2009年ポーの生誕200周年だったので、それが区切りとなったのだろうと考えられた。

エドガー・アラン・ポー博物館学芸員だったジェフジェロームは、

1976年以降のすべての来訪を目撃しており、ポートースターが行う「秘密の合図」を知っていた。

故に、2011年に四人の偽者が登場したときもすぐに見破られ、やはり本物は現れなかった。

2012年にも現れなかったことで、ジェフジェロームは「伝統が終わったのだろう」と宣告した。

2015年に、メリーランド州歴史協会は新たなポートースターを選出し、2016年1月にこの「伝統」を復活させた。

2020-04-14

COVID-19 ソリューション主義解決策にならない

COVID-19の疫病は特異な歴史的コンテクストに現れました。まず、グローバル資本主義自由民主主義の折り合いをつけるには他に解決策(ソリューション)がないと30年間も信じてきた後で、人類は自らに課した昏睡状態からしだいに目覚めつつあります。状況が改善するかもしれないが、急激に悪化するかもしれないという考えにもはや誰も驚きません。

他方で、これまでの4年間、ブレグジットトランプ大統領当選ジェレミー・コービンの登場と失脚――じきにバーニー・サンダースも同じ運命をたどることになりました――といった出来事からグローバル資本主義がかなりしぶといものだということが見えてきました。世界主義から排外主義へ、ネオリベラリズムから社会民主主義へ、イデオロギーがたんに変わるだけでは、社会的経済的な諸関係は変わりませんでした。資本主義の完全な作り直しという課題に直面して、かつてはあれほどラディカルに見えたイデオロギーが無力で陳腐ものであることが明らかになりました。

現在健康上の緊急事態をどう考えるべきでしょうか。COVID-19の引き起こし危機世界を変えて開放する可能性に希望を抱く人は、すぐに失望することになるかもしれません。私たちの期待が過剰だというのではありません。ユニバーサルベーシックインカムグリーンニューディール政策妥当だし、まさに必要ものです。ですが、私たちは現行のシステムのしぶとさを過小評価し、また同時に、思想が堅固な技術的・経済的インフラなしで世界を変える能力過大評価しています。そうしたインフラがあってはじめて思想作動させることができるのに。

ソリューション主義国家

ネオリベラリズム」のドグマ諸悪の根源とみなされることが多いですが、このドグマであらゆることの説明がつくわけではありません。知的には「ネオリベラリズム」には似ているものの、これとはまた別の悪について、10年ほど前から私は指摘しています。それは「ソリューション主義」といいます

このイデオロギーは、ポストイデオロギーであることを標榜しており、グローバル資本主義が生み出す問題矛盾解決しながらこれを動かし続けるために、いわゆる「実践的」な、個別対応策をまとめたものを勧めます。そして驚くべきことに、こうした対応策には美味しい利益がついてくるのです。

ソリューション主義もっと有害帰結は、スタートアップではなく私たち政府がもたらします。ソリューション主義国家とは、その前の時代監視国家人間的になりつつもより巧妙化したもので、二重の使命を帯びていますイノベーションを引き起こす人々(デベロッパーハッカー起業家)は御しがたい存在ですが、これらの人々がその能力既存リソースを〔現在グローバル資本主義とは異なる〕他の社会組織を作る実験に用いないよう、ソリューション国家は気をつけていなくてはなりません。AIクラウドコンピューティング恩恵を十全に受けたいのなら、資金的に余裕のあるスタートアップを作らなくてはいけないようになっているのは、偶然ではありません。逆にそれは意図的政治的努力の結果なのです。

その帰結。非商業的なしかたで社会を編成する制度を生み出す可能性があり、既存体制転覆するおそれのある試みは、頓挫する。そういったものは胚子の段階で殺されます。そういうわけで、ウィキペディアの流れをくむ団体はもう20年以上現れていません。とにかくデータが欲しい多国籍企業世界を完全にデジタル化してゆく時代に、国家自分の分け前を手に入れようと目論んでいます監視が完全に行き渡ったことに加えて、企業世界デジタル化してきたことで、諸国政府市場を利するかたちでソリューション主義的な数々の介入を進めることができるようになりました。

ナッジ (nudge)の技術ソリューション主義の完全な実践例です。ナッジのおかげで、問題の原因は変えないまま、取り組みやす作業の方に集中することができる。それは、個人の行動を不可変の現実(それいかに残酷現実であっても)に「合わせる」という作業です。

ソリューション主義者のみなさん! COVID-19はソリューション主義国家にとって、9/11テロ監視国家にとって持っていたのと同じ意味を持っていますしかし、ソリューション主義民主主義的な政治文化に対して示す脅威は、〔監視国家よりも〕陰険はいわないまでも、より微妙ものです。

COVID-19の危機にさいして中国韓国シンガポールがとった独裁主義的な戦略評価されました。3国ともに、市民が何をしてよいか、してはいけないか決めるために、アプリドローンセンサーの展開をトップダウンで決定しました。西洋民主主義的な資本主義擁護者を標榜する人たちは予想通り、すぐさまこれらの国を批判しました。

エリートの臆見をもっとも雄弁にうたう詩人たるユヴァル・ノアハラリがファイナンシャルタイムズコラムで表明した代替案は、シリコンバレープロパガンダマニュアルからそのまま出てきたようなもので、知識によって市民自律的にしよう! というものでした。

人道主義的なソリューション主義者はみんなに手を洗ってほしいと思っています。それがみんなにとって、社会にとってよいことだと知っているからです。中国政府暖房電気を切るぞと脅したように、みんなを力ずくで束縛するよりは、そのほうがよいと思っているのです。このような言説は、政治アプリ化〔アプリ市民監視し行動を制限する方向性〕にたどりつくだけです。手洗いの奨励をめざして作ったアプリがその人道的な見地によって報酬を受けたとしても、そうなるのです。

認知行動的な介入によって市民自律的にしようというハラリの呼びかけは結局のところ、キャス・サンティーンリチャード・セイラー代表されるようなナッジ擁護者が推奨するステップとたいして変わりません。こうして、過去数百年で最大の健康上の危機への政治的対応は、石鹸や手洗い槽の自販機というかたちで「実践的な」言説に還元されてしまます。これはサンティーンセイラーが〔共著の『ナッジ』で事例として紹介しているアムステルダム空港の小便器の形をめぐる思考〔小便器の底に蠅の絵を印刷するというナッジにより、男性利用者トイレの床を小便で汚す率が大幅に減るというもの〕の系統にある発想です。

ソリューション主義者の想像の中では、あらゆる中間団体制度は、歴史と同様、政治のシーンからほぼ消えてしまったので、他にできることはあまりないのです。ハラリやサンティーンのような人たちにとっては、世界本質的に、消費者としての市民企業政府で成り立っています労働組合アソシエーション社会運動、そして感情連帯で結びつけられたあらゆる共同的制度のことをこの人たちは忘れているのです。

知識による自律化」というお題目古典的リベラリズム根底にあるものですが、今日ではひとつのことを示しているだけです。もっとソリューション主義を、ということです。だから諸国政府は、去年私が「生存のための技術」(survival tech)と名付けたもの(つまりスペクタクル(見せ物)としての資本主義が、その主要な問題を緩和しつつ続くようにするデジタル技術の総称)に大金投資するものと予期しておかねばなりません。そうやってソリューション主義国家自分が「中国の道」は採らないことを標榜しつつ、自己正当性を強化することになります

ポストソリューション主義政治のために

この危機から脱するためには「ポストネオリベラリズム」の政治必要なだけでなく、とくに「ポストソリューション主義」の政治必要です。まず、スタートアップか、中央集権的な計画経済か、といった人為的二項対立はもうやめてもいいでしょう。この考え方は、私たち今日イノベーション社会的な協力を考える仕方を規定しています

新しい政治的議論の中心となる問題は、「社会民主主義ネオリベラリズムのどちらの勢力市場で競合する力を制御できるか?」ではなく、「社会的な協力と連帯の新しいかたちを追求するうえで、デジタル技術がもたらす巨大な機会をどの勢力が活かすことができるか?」でしょう。

ソリューション主義」とはだいたいのところ、「他に選択肢はない」(There is no alternative)というマーガレット・サッチャーの有名なスローガンを応用したものにすぎません。このようなロジック残酷実践できるものではないことを、左翼思想家は過去40年間にわたって明らかにしてきました。とはいえ、〔このサッチャー的なロジックが〕破綻していても、政治的権力を持つようになるうえで支障はなかったのです。結果的に、私たちの暮らす技術的な世界は、市場支配する世界秩序を逸脱するような試みはぜったいに制度化されることがないようにできています私たち議論輪郭〔つまり議論の組み立て方〕そのものが、そのような〔逸脱の〕可能性を排除してしまっています

COVID-19への技術的な対応策を考えるさいに直面する困難は、ポストソリューション主義的な政治方向性私たちにどれほど必要か示していますイタリアのような国では――私はローマで外出制限の3週間目に入るところです――提案されるソリューションは酷いほどに野心を欠いたものです。私生活公衆衛生あいだで妥協点をめぐって議論が繰り返されており、さらには、これはハラリが示した方向性に従うことですが(「反抗または生存」を参照)、「生存のための技術」を使ってスタートアップイノベーション引き起こしやすいようにしなくてはいけないという議論になっています

他の選択肢はどこに行ったのかという疑問が浮かぶのはもっともなことです。なぜ公衆衛生のために私生活犠牲にしなくてはならないのでしょうか。テクノロジー企業通信事業者が作った現在デジタルインフラが、それを提供する会社ビジネスモデルにかなった利益をもたらすようにできているからなのでしょうか。

現在デジタルインフラは、私たち個別消費者として識別し、ターゲティングを行うようにできています集団の行動についてマクロレベル匿名情報提供するようなインフラ実装する努力があまりされてきませんでした。なぜでしょうか。そのような〔匿名データ分析をする必要について検討した政治的プロジェクトがなかったからです。非商業的なしかたで社会を編成する形態の中でも、とりわけ〔社会主義的な意味での大規模な〕計画ネオリベラリズムが用いる手法ではなかったからです。社会民主主義を信奉する人たちのなかでも、そのような手法を用いるべきだと主張する人はいませんでした。

現在デジタルインフラは残念ながら個人が消費活動をするためのインフラであり、相互扶助連帯のためのインフラではありません。デジタルプラットフォームと同様、現在デジタルインフラは、アクティヴィズム、人の動員や協力といったさまざまな目的に使うことはできますが、そのような使い方は、たとえそう見えていなくても、高くつくことになります

ネオリベラリズム的でもなくソリューション主義的でもない社会秩序の基盤としては、これはじつに脆いです(さらにこうした基盤には、消費者スタートアップ起業家とは違う働きをする人が必ずいなくてはなりません)。アマゾンフェイスブック、あるいはあなたがお住まいの国の通信事業者提供するデジタル基盤のうえにこの新しい秩序を建てる誘惑にもからますが、そうしてもろくなことにならないでしょう。それは良くてソリューション主義者が跋扈する新しいフィールドになるか、悪くすれば、監視と抑圧に基づく全体主義的で押し付けがましい社会となるでしょう。

この危機事態権威主義的な体制よりも民主主義がうまく収拾できると熱く説く声が、左翼方面からさかんに聞こえてきます。このような呼びかけは無意味ものに終わる可能性があります現在民主主義民主主義的でない私的権力行使にとても依存しているので、名ばかりの民主主義になっているからです。これぞ「民主主義」と考えるものをほめたたえることで、潰れかかっているスタートアップの見えない持ち分を意図せずほめたたえたり、スタートアップほどには無害でなくソリューション主義国家構成するテクノクラートの持ち分をほめたたえたりすることになります

もしこの生ぬるい民主主義がCOVID-19を生き延びることができるのなら、私企業権力から完全に自由になるためにポストソリューション主義の道をまず選ばなくてはならないでしょう。そうしなければ権威主義的な体勢への道へまた踏み出すことになります。それは「民主主義価値」、「規制機序」、「人権」について、以前にもまして偽善的なエリート支配を許す道です。

エフゲニー・モロゾフ

Covid-19, le solutionnisme n’est pas la solution

*ナッジとは、「行動経済学行動科学分野において、人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語」(株式会社日立総合計画研究所

2020-04-10

「”ポエム”って言葉馬鹿にする意味で使うな」っていうけどさ

ぶっちゃけ今の状況作ったのは詩人たちの怠慢のせいなわけじゃん

みんな違ってみんないい、とか、谷川俊太郎とかみつをとかさ、あと短歌だとサラダ記念日?とかさ

そういう日々のあわいを素朴に歌い上げて共感〜〜〜みたいなんに乗って売ってきたんだろ?

欧米で詩が文化的尊敬される地位を一応保っているのは、社会世間とむきだしで戦ってきたからだよ

日本詩人たちはそういう気概がないでしょ

から誰にも尊敬されないし相手にもされない

そりゃバカにされるでしょ「ポエム」なんてさ

悔しいなら言葉の力世界でも変えてみれば?

2020-03-22

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 1

https://anond.hatelabo.jp/20150214223556

( ・3・) クラシック好きの上司ジャズを聴きたいと言いだして、から数か月後――

ある朝の会話

その朝、彼が職場に着くと、クラシック好きの上司は目を閉じて見えないオーケストラの指揮をしていた。腕の動きが激しさを増し、握った拳が垂直に振り下ろされる。1、2、3、4、5、6、7、8、9、1011

おはようございます」と彼は上司に声をかけた。

「なんだ、来ていたのか」と上司は目を開いて言った。「春の祭典の第二部なんだが、どうにも縦の線が揃わなくてな。リハーサル不足だ」

空想オーケストラにもリハーサルがあるんですか?」

「高度に発達した空想現実と見分けがつかないくら不自由ものだ。ティンパニ奏者とシンバル奏者はもう何年も口をきいていない。――それはそれとして、ボブの件、明日の日曜はどうだ?」

ボブというのは、ボブ・ディランのことだった。上司の娘さんが英語の授業で「はげしい雨が降る」を習ってきたらしく、それ以来、上司は彼にディランについてのレクチャー要請しているのだった。彼が娘さんに教えるのではなく、彼が上司に教え、上司が娘さんに教える。ディランことならパパに任せなさい、と目論んでいるのは明らかだった。

明日。彼は断ろうとしたが、適当な口実が見つからなかった。高齢の親戚はひと通り殺してしまっていたし、このあいだ死んだ祖父にもう一度死んでもらうには、まだ少し時間必要だった。

「じゃあ、決まりだな」

事の次第

こうして、彼は休日をつぶして上司の家を訪ねることになった。どの作品を題材にするべきか迷ったが、一日でディランキャリアを追いかけるのは無理だと割り切って、彼自身ディランを聴き始めた高校生のころに感銘を受けたものを選ぶことにした。『ブラッド・オン・ザ・トラックス』だ。このなかの数曲を検討するだけでも、一日まるごとかかってしまうだろう。たくさんのアルバムを持っていかずに済むのが救いといえば救いだった。

駅に到着

最寄駅に着くと、もう上司は車で迎えに来ていた。大きな声で名前を呼ぶので、きまりの悪い思いをしたのをわたしはよく覚えている。車に乗り、しばらく走ると、左手惣菜パンの店が見えてきた。看板にはアルファベットDELI BAKERY と書かれていた。

デレク・ベイリーCD今日こそは返していただきます」と彼は言った。

「そんなことを気にしていたのか」と上司は笑った。「大丈夫。おまえは持ってきたもの以上を持ち帰ることになるだろう」

おまえは持ってきたもの以上を持ち帰ることになるだろう。それはまるでデルポイの神託のように聞こえた。彼は運命うねりが身に迫ってくるのを感じた。しかし、現実物語とは違う。成就しない予言。読まれない遺書。途切れる伏線。それが現実だ。

デレク・ベイリーというのは、あのヴェーベルン風のギタリストだな?」

「そうです」

「あれをかけると、猫たちが爪とぎを始めるんだ。何か感じるものがあるのかもしれないな」

「猫たち、とはどういう意味ですか?」

「猫たち、とは」と上司は言い、長めのフェルマータを置いた。「猫の複数形だな」

「また拾ってきたんですか?」

「いや、拾っていない。拾ったのはちーちゃんだけだ」

「猫の方から入ってきた?」

「いや、入っていないし、出してもいない」

「じゃあどうして増えるんですか?」

「さて、どうしてでしょう」

家に到着

ちーちゃんベルリオーズリムスキー=コルサコフストラヴィンスキーお客様にご挨拶だ」と上司居間の扉を開けて言った。居間には母猫のちーちゃんと、三匹の子猫たちがいた。上司公園で拾ったときちーちゃんはすでに出産を間近に控えていたのだ。

「お母さんとは名前方向性が違うようですが」

里子に出すまでの幼名だよ。正式名前里親がつければいい」

猫たちは来客には関心がないようで、ストラヴィンスキーリムスキー=コルサコフに背後から跳びかかり、ベルリオーズは伏せの姿勢でおしりを振りながら取っ組み合いに加わる間合いを計っていた。

「みんな元気だな。よし、そっちに掛けてくれ。いまコーヒーを淹れてくる」

ブラッド・オン・ザ・トラックス』までのボブ・ディラン

( ・3・) まずはバイオグラフィからだな。ボブの経歴をざっとまとめてくれ。

――いえ、それをやっていると時間がなくなるので、今日は『ブラッド・オン・ザ・トラックス』というアルバムだけを聴きます

( ・3・) それにしたって、そのアルバム位置づけくらいは踏まえないと。

――では、Rate Your Music のページを見てください。

https://rateyourmusic.com/artist/bob-dylan

――アルバムが発表順に並んでいますね。デビューしてまもなく、1963年最初ピークが訪れます。このころのディランがお手本にしていたのはウディ・ガスリーで、ギターハーモニカ、歌というフォークスタイルで世に出ました。

( ・3・) 「はげしい風が吹く」か。

――「はげしい雨が降る」と「風に吹かれて」です。ディラン1941年まれなので、22歳前には代表作を発表していたことになります

( ・3・) 詩人早熟なんだよな、たいてい。

――1965年から66年にかけて、二回目の、そして最大のピークが訪れます演奏フォークからロックへ変わり、詩の内容も変わります

( ・3・) どう変わるんだ。

――初期の詩は、一言でいえば真面目で、真面目な人たちに支持されるものでした。そこに、散文的な感覚では理解できない要素が入ってきます。「イッツ・オールライト・マ」「デソレイション・ロウ」「ジョハンナヴィジョン」といった大作が次々に書かれるのがこの時期です。

( ・3・) 理解できない要素というのは?

――たとえば、「ジョハンナヴィジョン」はこんな感じです。

Inside the museums, Infinity goes up on trial

Voices echo this is what salvation must be like after a while

But Mona Lisa musta had the highway blues

You can tell by the way she smiles


( ・3・) 「ダビデの職分と彼の宝石とはアドーニスと莢豆との間を通り無限消滅に急ぐ。故に一般東方より来りし博士達に倚りかゝりて如何に滑かなる没食子が戯れるかを見よ!」

――どうしました?

( ・3・) 西脇順三郎だよ。よく分からない詩には、よく分からない詩で対抗だ。

――なぜ対抗しなくてはいけないんですか?

( ・3・) ただなんとなく。

――はい。続けますが、1960年代後半は、ロックが急成長する時代です。しかし、ディラン自身は、その運動の先頭に立とうとはしません。1969年の『ナッシュヴィルスカイライン』は、カントリーアルバムでした。

( ・3・) 帽子に手を添えてにっこり。

――捉えどころのない人である、というディランイメージは、このころにはできあがっていたと思います。そして、三回目のピークが訪れるのは、1975年

( ・3・) 『ブラッド・オン・ザ・トラックス』だな。

――録音は1974年なので、33歳のとき作品です。

( ・3・) 33歳。――それだけ?

――伝記的な情報はいろいろあるのですが――というか、常に伝記を参照しながら語られる作品なのですが――今回は知らないふりをします。「この女性は誰々がモデルから」といったアプローチとりません。捉えどころのない人、謎めいたよそ者であることを行動原理にしている人が、久しぶりに本気を出したらしい、くらいで結構です。

( ・3・) そう、じゃあ聴いてみようか。1曲目は――

――1曲目は後にして、2曲目から始めましょう。「シンプル・トゥイスト・オブ・フェイト」。「運命のひとひねり」という邦題がついています

( ・3・) なんで? 有名な曲なの?

――ほかの曲より易しめだからです。ディラン重要な曲を挙げるとしたら、おそらく50位以内には入ると思いますが。

第一タン

オーディオ

https://youtu.be/sGnhyoP_DSc

歌詞

https://www.bobdylan.com/songs/simple-twist-fate/

They sat together in the park

As the evening sky grew dark

She looked at him and he felt a spark tingle to his bones

’Twas then he felt alone and wished that he’d gone straight

And watched out for a simple twist of fate


――ディラン歌詞は本人のサイトで公開されているので、それに基づいて進めていきましょう。では最初のスタンから、どうぞ。

( ・3・) 訳すの? 俺が?

――訳ではなくてもいいので、どういうことが歌われているのかを説明してください。

( ・3・) 夕暮れの公園男と女がいた。女に見つめられると、男は体の芯に火花が走るのを感じた。彼が孤独を感じたのはそのときだった。彼は思った。まっすぐに歩いていればよかった、運命のひとひねりに気をつけていればよかったと。

――はい特に難しいところはなかったと思いますが。

( ・3・) そうだな。恋人たちがいい雰囲気になっているのかと思いきや、なんだか雲行きが怪しい。急に孤独を感じちゃったりして。

――人は恋に落ちると孤独を感じるものではありませんか?

( ・3・) そうなの? で、まっすぐに歩いていればよかった、というのは比喩的表現だな?

――もちろん。

( ・3・) われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き公園なかにありき――

――?

( ・3・) ともかく、この男はあるべき道を見失って、運命の力が自分に働きかけているのを感じているわけだ。でも運命って、注意していれば回避できるものなんだろうか?

――回避できたら運命ではないような気もしますね。

( ・3・) 運命からねえ。

脚韻について

――次のスタンザに進む前に、脚韻の形式を見ておきます。2小節ごとに改行を加えると、以下のようになります

They sat together in the park

As the evening sky grew dark

She looked at him and he felt a spark

Tingle to his bones

’Twas then he felt alone

And wished that he’d gone straight

And watched out for a simple twist of fate


( ・3・) 1行目・2行目・3行目の park, dark, spark で韻を踏んでいるな。4行目・5行目の bone(s), alone もそうだ。それから6行目・7行目の straight, fate も。

――はい。この形式は次のスタンザ以降も同様です。

サブドミナントのひとひねり

https://twitter.com/kedardo/status/1241415360672219137

――ついでにコード進行確認しておきます。これは実際に鳴っている音ではなく、説明のために簡略化したコードです。元のキーはEですが、ここではCに移調しています。 [1]

( ・3・) いったい誰に対する配慮なんだ。

――まずは1小節から8小節目まで。何か気づいた点はありますか?

( ・3・) 見たままじゃないか。ド、シ、シ♭と半音ずつ下がっていって、ラに落ち着く。

――はい。ラはサブドミナントコードであるFの構成音です。しかし、まだラは終点ではありません。

( ・3・) 半音下降は続くよどこまでも。

――Fの次のコードFmです。どの音が変化しまたか

( ・3・) Fの構成音は「ファ・ラ・ド」で、Fm構成音は「ファ・ラ♭・ド」だ。長三度のラが短三度のラ♭になる。なんだか言うまでもないことを言わされているようだが、どこに誘導しようとしているんだ?

――ラからラ♭へ半音下がることによって、コードに影がさします。その箇所ではどんなことが歌われていますか?

( ・3・) 「彼が孤独を感じたのはそのときだった」

――はい。彼が孤独を感じるのは、サブドミナントコードメジャーからマイナーに変化するときなんです。

( ・3・) ああ、それが言いたかったのか。つまりコード進行歌詞の内容とが結びついている、と。

――そうです。それから、もう一点。この曲は、コードが頻繁に変わる曲でしょうか。それとも、あまり変わらない曲でしょうか。

( ・3・) また誘導が始まった。1小節から10小節目までは、2小節ごとにコードが変わる。C7からFへの進行を除けば、コード構成音のうちのひとつ半音下がるだけだし、曲のテンポゆっくりだし、あまり変わらないんじゃないか

――はい11小節から12小節目、"and wished that he'd gone straight" と歌われるところはどうでしょう

( ・3・) ここは2拍ごとにコードが変わる。あまり動かなかったコードが動きだす感じだな。

――"and wished that he'd gone straight" の "straight" は、この曲の旋律で最も高く、長く、強く歌われるところです。コードの動きと旋律との関係を見ると、11小節目に助走が始まって、12小節目の頭で大きくジャンプするようにできています

( ・3・) ……ハーモニック・リズムと言えば済む話じゃないのか?

――その用語は使わず説明していたのですが。

( ・3・) いったい誰に対する配慮なんだ。

小休止

( ・3・) はっさく食べる?

2020-03-09

詩人になりたい

想いを言葉にして文字に起こす

目に映るのはただの記号ではない

そこにメッセージがある限り文字は無くならない

奈良平安鎌倉室町江戸明治大正昭和平成令和と時代が移り変わってもその意味は失われない

徒然草便所の落書きネット掲示板コメントを見てもそうだ本質は変わってない大体の事が口に出しては言えないことばかり。

面白いものだ。

次は何を媒体にしてこのメッセージが繋がっていくのだろう。

2020-02-18

anond:20200218233104

痴漢なんて所詮は半額弁当万引きした程度の罪なのに

痴漢と名指しされてるだけの人を袋叩きにして警察に突き出すべきみたいな変な常識になってるよね

冤罪だったら詩人逮捕正当性がなくて単なる暴力なのにな

つうか本当に痴漢だったら性欲モンスターから小柄だとしても腕力強者だろうに

2020-02-16

anond:20200216144002

この場合だと、児童が将来その詩人となんらかの形で接触して、仮にアムウェイ勧誘をされたときに信用しやすいとか。ただまあアムウェイ自体違法でもなんでもないからなあ

某所でのハッピーシュガーライフ感想まとめ、および個人的感想

きっとちがうよ

だって私は わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから

それはきっとちがうんだよ ちがったんだよ

それはきっと あいなんかじゃないよォ…

――鍵空とみやき「ハッピーシュガーライフ 第7巻」

某所より気になった感想抽出し、思いついたことを書いていく試み

171 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 13:48:11 ID: f8xlQvMm3b

あさひもしょうこも(てかこの作品のほぼ全員)私が生きるためにあの人に生きてほしいを地でいくキャラだったからあの結末は残念でもないし当然

あさひはこれからのこと考えると可哀想だがしょうこは裏切ったうえに盗撮までして友達の私を信頼してはほんと無理だったから死んでよかったよ

生かしてると絶対警察にチクってたしな

173 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 15:30:33 ID: 6m5ZAUyP0F

友人思いのあつかましさや正義感が仇になってさとうを裏切り殺されたしょうこ

大人の女性からセクハラを受けまくって気が狂いしおからも見捨てられて廃人化した太陽

から変態性に加えさとうを詮索してやり込めようとして失敗し逮捕された先生

さとうに何だかんだ振り回されているバイト

太陽暴力をふるいしおを誘拐しようとして目潰しされた男たち

DVを受けていたとはいえしおを拒絶して全ての元凶になった母親

まだ幼い子を強姦DVをやった末、毒殺された父親

絵のモデルとしてさとうを招きしおに対するさとうの気持ちを察するや自分の望むさとうでなくなることに怒り、手を挙げて殺された部屋の主

さとうと愛の形で対立しつつも結局最後までさとう達に協力して逮捕された叔母さん

必死に妹を思い自分自分母親の元で幸せに生きさせようとしたが、最後にはしおの心を完全に奪われたあさひ

愛の形を証明心中を受け入れるも、結局しおを生きながらえさせて、しおを自分の愛の結晶としてこの世に残すことに成功したさとう

幼児退行や記憶障害は治ったが、さとうの愛に完全に共鳴して強い意志を持って傾倒する狂人となったしお

登場人物で本当の幸せを掴んだのは実はさとうだけかもしれない、しおは客観的に見ると環境が災いして人格を塗り替えられた不幸な子だと思った

182 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 05:10:48 ID: CEiFINjjYU

一見人魚姫みたいで綺麗な終わり方だけど冷静に見ると、さとうがおばさんにされて嫌だった「愛ってこういうものだよ、とても素晴らしいよ」の押し付けを結局しおにも繰り返してるだけっていうのがなんか考えさせられる

表面は綺麗だけど、しおもかつてのさとうみたいに歪んだ愛の価値観に縛り付けられて生きると思うと…

185 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 11:23:57 ID: VrrOXonf2W

>>182

しおはさとうの愛で満たされてるけど

さとうはおばさんの愛を真似ても全然満たされてないし(しおに会う前のさとう描写より)

「同じ価値観押し付け」という言葉で括るのはちょっと違う気がする

190 3543

2018/10/02(火) 09:27:55 ID: PTz4syDQ1u

こういう話は因果応報とは無縁の話だと思ったら、しお以外は因果応報の形になったのが意外。だが単純に法とか、一般的善悪道徳を元にした勧善懲悪因果応報じゃないのがミソだな。

から普通なら報いを受けそうにない立場のしょうこも、勝手な「ごく真っ当な価値観」のままさとうに迫り、信じると言いながら結局目を逸らしてしまたことが、致命的な罪となって、その裏切りの報いとして死んだ。

単に犯罪たからだけじゃなく、自分価値観を押しつけ続けて相手を碌に見なかったり、何より愛に真摯じゃないキャラは報いを受けた訳だ。

しおに関しては、さとうと限りなく噛み合っていたが、共犯者の面もあるし、最後に庇ったさとうの愛が本当の愛なのかしおへの裏切りなのか、あの結末が救いなのか呪いなのかわからんはいい感じだと思う。

206 ななしのよっしん

2018/10/15(月) 17:02:35 ID: MYkV3cCihu

さとうはあらん限りの意志の力によって、

しおにある意味死ぬまで一緒にいて愛し合うことを実現した

ある意味、恋の夢である愛する人ひとつになる」を実現してしまった

人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで、

内面には複数の「分人」がいるわけで、その一つとしてミニさとうがしおの人格インストールされた

だが本当に恋の夢が実現されたとしてそれは本当にいいものなのか?と思わされる

意志の強烈な輝きと同時に、それがもたらす災厄も描かれてる

強い意志というのは、結局高確率目的を果たす魔力はあるけど、被害も生むことを示してる

個人的にも、意志によって目的は果たせたけど、意識してなかったものを失った経験はいくつかしてるので、

キャラ怪物ばかりだが内容は真実だと思う

214   

2018/11/14(水) 00:15:54 ID: DvW+BJx4zX

この作品、ほぼ同時期に映像化(向こうは実写化だけど)された監禁モノ作品と決定的に違う所がある

社会的言い訳を一切してない。

これこれこういう可哀想な目にあったか容認すべき・同情すべき、という風な作品トーンにしてない。あの純真そうなしおちゃんも含め、出てくるキャラが(一部以外)殆ど全員自分エゴの為だけに動いてる。

そういう意味ではアウトレイジ等のバイオレンスモノに近い作品なのかも


さて、感想

わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから」という叫びで自らと登場人物すべての罪を糾弾たこ言葉

では、いったい何が愛だったのか、どうすれば愛だったのか、愛は何故減るのだろうか(ニヒリズム)


「お互いの事を思いあい助け合い、真に理解しあう」が、「プロレスは本気で戦っている」と同様のお約束であることは肯ずるところだろう

富めるときも貧しきも、病める時も健やかなる時も、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います

本作でも繰り返し述べられる誓いの言葉だが、やはり難しい

貧すれば鈍する、衣食足りて礼節を知る

満たされない人間愛について理想を掲げ、存在しないものを追い求める様は悲喜劇である

「お前が掲げる愛、そんなものはない」のである

残念ながら、愛というのは幻想入りしている


では何が存在するのか、現実日常に耐えられるだけの実在性を担保できるのか

逆説的だが、まさにそれこそが愛、つまり個々人の中にしか存在しない幻想だと思われる

相手は分かってくれくれるかも知れない」「自分を救ってくれる誰かがいるかもしれない、そんな時が来るかもしれない」「これこそが愛の本質なのかもしれない」という期待、幻想思い込み

それに従って相手志向し、期待し、求め、望み――そして、拒絶され、断罪され、絶望する

その果てに関係性を何度でも再構築し、自分自身の幻想・信念ですら変えていく

自分に合わせて現実を変えるのではなく、圧倒的な実在性(=他者性)のある「現実世界」に打ちのめされ、変わらされていく

他者論という観点から見れば、「誰にも否定されない絶対的な真理」を作り出すことは不可能である。一方で「他者」は、単に真理への到達を妨害する忌むべき存在というわけではなく、「私」を自己完結孤独から救い出す、「無限可能性」でもある。いかなる哲学科学数学を作り出しても、必ずその外部から「違う」と叫び叩き潰してくる、理解不能で残酷な「他者」が現れる。「他者」が現れるからこそ、自己自己完結して停滞することなく、無限に問いかけ続けることができる。

――エマニュエル・レヴィナス(Wikipedia)

 然し、真理といふもの実在しない。即ち真理は、常にたゞ探されるものです。人は永遠に真理を探すが、真理は永遠に実在しない。探されることによつて実在するけれども、実在することによつて実在することのない代物です。真理が地上に実在し、真理が地上に行はれる時には、人間はすでに人間ではないですよ。人間人間の形をした豚ですよ。真理が人間にエサをやり、人間はそれを食べる単なる豚です。

(中略)

 もとより、私は、こはれる。私は、たゞ、探してゐるだけ。汝、なぜ、探すか。探さずにゐられるほど、偉くないからだよ。面倒くさいと云つて飯も食はずに永眠するほど偉くないです。

 私は探す。そして、ともかく、つくるのだ。自分の精いつぱいの物を。然し、必ず、こはれるものを。然し、私だけは、私の力ではこはし得ないギリ/\の物を。それより外に仕方がない。

――坂口安吾「余は弁明ス」



人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで」

という言葉正鵠を射ているように、人間はそれ単体で存在し得ない

人のすむところ。世の中。世間。人が生きている人と人の関係世界。またそうした人間社会の中で脆くはかないさまを概念的に表すことば。

――人間(Wikipedia)

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

――夏目漱石草枕


人が期待を以って作り上げる物、それが幻想である

永遠に求めるが手にし得ないものを、その霊台方寸のカメラにおいて捉える故に、他者必要とし、そしてそれに打ち倒される

揺るがない物理存在としての肉体がその繰り返しを支え、人を生き長らえさせている

それ故に何度でも人間は変わり、裏切られ、それでも生きていく

今日、愛の不在を叫んだ神戸しおも、その10年後には同じ気持ちいるかは分からない

「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」は、決して絶望言葉ではないのだ

BPDの症状が年齢経過で落ち着いてくるということと似ており、時はすべてを均してくれる

凡人に身をやつすことは、救いでもあるのだ

【2/18追記アムウェイの人、小学生道徳を説く

私の友人の配偶者は、アムウェイ生活の中心になっている自営業男性である。一応、本職は詩人(!)らしいので、ここでは彼をポエットと呼ぶことにする。

私とポエットは「友人の配偶者」以上の関わりは一切ないのだが、それにしては私はポエットのことを実によく知っている。というか知らされている、SNSを通して。ポエットはSNSに非常に熱心なのだが、これはポエットに限らず、おそらくマルチ商法系の人たちの特徴ではないかとおもう。(いか自分が良い仲間に囲まれて、良い生活をしているかをカモにアピールする必要があるのだろう)

そんなポエットのSNSを怖いもの見たさ半分、ひそかにヲチしている私なのだが、先日の投稿はさすがにモヤモヤキャパを越えたのでここに吐き出したい。

簡潔に書くと、ふだん詐欺のような商売コミットしてゴミみたいな詩を売りつけているポエットが、小学校道徳の授業にゲストとして登壇し、あろうことか子供たちに人生を説いていた。そして、それはおおむね成功だったようで、ぜひ他の小学校にも自分を呼んで欲しいとアピールしていたのである

まず本題の前提として、このポエットは詩人詩人でも、路上詩人であった。路上詩人。すでに若干の懐かしさをともなう響きだが(まだいるんですかね?)、彼は路上相田みつをのような詩を、相田みつをのような字で書いて売っていた。一枚1000縁とかで。

ちなみにこの「路上詩人」という全国で同時多発的に発生したかに見えるムーブメントには仕掛け人がきちんといて、月亭方正の元相方てんつくマン軌保博光である

話が少しそれるが、現在このてんつくマンという男はありとあらゆるマルチ商法に関わっていることで有名な反社会的人物マルチジャンキーとも言うらしい)である。このてんつくマン相田みつを風の応援歌のような詩を路上で描くスタイルをつくりあげ、路上詩人スクールを開講し、その生徒達が全国の路上に座った。ポエットもそのひとりであった。

ここまでの説明で、ポエットがどんな詩を描くのかはだいたい察しがついていることと思う。

「君の目が輝いているのは、君には自分のやることが見えているから。君が歩いた先に道は続いていく」

う~ん、ゴミ

まあどれをとっても、だいたいこんな感じである(これは私の創作です)

冗長になってきたので、ここからはポエット(アムウェイ)が教育の場に立つことについて、率直に思ったことを箇条書きにする

・なんだこの授業。なにが悲しくてアムウェイディストリビューターから人生を学ばなきゃならないんだよ、アホか。(もちろんアムウェイということは伏せて、詩人という扱いで登壇しているのだが、その詩もクソだろ)

教員裁量が大きいのも考え物だ(どうやら教員独自判断でポエットを招待した模様)。教員トンデモだと、拡散力がやばい。決められたことだけ教えていたほうが、教員にとっても生徒にとってもラクだし安心ではないか

・つか、こんな「生きるについて考える」といったふんわりしたテーマの授業しかできないなら道徳いらない。その時間算数でもやらせよう。

ちなみに教員がその道徳時間中に、生徒たちに「生きるってなんだとおもう?」と聞いたら、「神様から宿題かな?」という返答があって、その教員は痛く感動したそうです。オエーーーーーーー

おわり

追記:ちな大阪小学校。見てきたように書けるのは教員とポエットの双方がそれぞれ詳細をSNSにアップしているため。

この授業、ただの道徳の授業ではなかったようでその後、他校の教員たちの前で研究発表する機会もあったらしく、それも本人談によると大好評だったらしい。外ヅラだけなら日本一百戦錬磨アムウェイディストリビューターに、ピュア教員たちが丸めまれる様が目に浮かぶようである

というわけで、小学校に経歴が謎の胡散臭い詩人がやってきたらそいつからヨロシク。

さら追記】みなさんブコメありがとうございます。かねがね→おおむねに修正しました(恥

リーから。ほんとに。今後このポエットは「教育現場からお墨付きをもらってます」つって活動していくんだろうなあ、と思うとイライラしてくる。

ちなみにこのポエットは相当やり手なようで、芸能人(Jpop系。武道館ライブできるレベルの)にもツテがかなりあるっぽい。よくある下っ端のディストリビューターが「芸能人と一緒に写真撮っただけで友人面」というレベルではなく、公式コラボグッズを作ったりするレベル。まあそのタレントアムウェイなんでしょうけどね。

ポエットが特に親しくしているタレントなかにRIZEJESSEがいて、彼の投稿記事にも頻繁に登場していたんだけど、逮捕されてから一切言及がなくなってたのは少し笑った。

ブコメから。「"ガッカリ感が一線を越えた" ってのがよくわからなかったんだけど」

文章がうまくないから、伝わりづらくて申し訳ない。

いままでの、このポエットの投稿記事において、モヤモヤしたりガッカリさせられるものはいくらでもあって(というか基本的には詐欺師とカモの観察記みたいな様相なのでそんなのばかりだが)、そのガッカリ感を味わうこと自体ヲチ醍醐味でもあった。

だけど学校の授業という子供にとって選択余地のない場所にポエット(アムウェイ)が進出してしまった&これからもどんどん進出したいという意思表示をしていることが自分にとっては一線を越えて、増田を書くに至ったという感じです。

【2/18追記

ブコメから。「アムウェイ売りつけて生活してるって事は話術はプロレベルなんだし講演が好評だったなら詩人の素質ある気がするけどな。」

詩人の素質は?だが、話術がプロレベルなのは確か。ポエットには数回しか会ったことないけど、会うたびに話術だけでなく「こんなに気がきく男性はなかなかいない」と行動の全てに驚かされる。人当たりは最高で、世間的にはイケメンの部類。アムウェイ以外の、なにか営業職をやらせても成功していただろうな、と思わせられる。アムウェイ成功する人ってこんな人なんですね。

それに対比するかのように、ポエットを囲んでいる信者は「アムウェイしか場所がないんだろうなあ」みたいな冴えなさである

ブコメから。「てんつくマンか。漫画家山田玲司が一時期心酔してて、てんつくマンマルチ商法宣伝に関わってたりしたな。懐かしい」

てんつくマンの最盛期ってもう10年くらい前になるのかな。たしかこのポエットがてんつくマン出会って、路上詩人スクールに通ったり、てんつくマンアフリカ植林したり、てんつくマンカンボジア井戸掘ったりしてたのも約10年前の出来事だったきがする。てんつくマン10年前に全国に蒔いた種がいま、こういう形で花開いてるわけですね。オエーーーーーー

ブコメから。「詐欺ネズミ講認定されない限り断罪されないのでネットリンチ我慢しな。あんまり正義が勝たないのが現実さ。」

これは本当にそう。ツリーにもあったけど、アムウェイ違法ではない以上、これらの活動についての批判は「なんか気に入らない」というお気持ち以上の正当性はないんだよね。

2020-02-09

新しいものが叩かれるのは今に始まったことじゃない。

哲学などと言って若者を惑わす奴は死刑

歌舞伎は風紀を乱すので追放

落語学生に悪影響。

詩人堕落

絵画は狂乱。

おもちゃ凶器

数学などバカのすること。

子供学校に通わせると馬鹿になる。

小説を読むと馬鹿になる。

映画けしからん

野球ペテン師を育てる。

サッカー卑怯者のスポーツ

ジャズ動物としての人間の動きではない。

自動車悪魔乗り物

ロックは脳神経をマヒさせる。

ラジオ中毒になる。

格闘技をやると暴力人間になる。

プロレスを見ると馬鹿になる。

マンガ子供発狂させる。

テレビ白痴を育てる。

アニメを見ると馬鹿になる。

ゲームは脳を殺す。

携帯電話電磁波は脳を発狂させる。

インターネット子供社会性を崩壊させる。




他にもまだたくさんあると思うので、だれか下に追記してくれ。

俺の貧しい知識ではこの程度だった。

2020-01-17

[]バイロニック・ヒーロー

詩人バイロン作品にしばしば登場する、バイロン自身モデルにしたような主人公像のこと。

・若く美しい

・高貴で誇り高い

孤独で物憂げ

・斜に構えて反抗的な態度

・謎めいた過去と罪の意識

などの特徴を持つとされる。

2019-12-21

人の世は住みにくい。

人の世は住みにくかろうが、人でなしの世はなお住みにくかろう。

人の世から住みにくさをとりのぞいたのが詩であり、画である

私の前途は死ぬか、宗教に入るか気狂いになるしかない。

詩人的な実在は罪である

罪とは絶望である

絶望とは分裂である

2019-12-19

ノストラダムス

ミシェルノストラダムス(Michel Nostradamus、1503年12月14日 - 1566年7月2日)は、ルネサンスフランス医師占星術師[注釈 1]、詩人。また料理研究著作も著している。日本では「ノストラダムスの大予言」の名で知られる詩集を著した。彼の予言は、現在に至るまで非常に多くの信奉者を生み出し、様々な論争を引き起こしてきた。

本名ミシェル・ド・ノートルダム (Michel de Nostredame) で、これはフランス語による。



待ってこれノストラダムス本名カッコ良くない?

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