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2017-06-28

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170625221504

足を隠すって概念が薄い世界なんだろう

作品商業的な要請は置いといて、特にそう変な話でもない

だってビキニとかホットパンツとか有るんだし

2017-06-25

リベラルって、感情的だよね (続・リベラルオタクに嫌われる理由)

リベラルオタクから嫌われる理由

https://anond.hatelabo.jp/20170621180734

これを書いた増田です。

  

今回のタイトルにした「感情的」とは、喜怒哀楽が激しい、口が悪い、論理性が欠けているという意味ではありません。

好き嫌い感情をそのまま政治信条に用いるということです。

  

私が「オタクリベラルを嫌う」と書いたら、ブコメの方ではなぜか、「オタクリベラル不支持」と誤読されていました。こんなふうに誤読されるのは、「嫌悪感情」→「不支持」と結びつけて考えている人が多いからでしょう。

しかし、人は自分感情だけに従って政治信条を決めるのではありません。ときには自分感情に逆らって、正しいと思うことを支持する場合があるはずです。

ゲスの勘ぐりになりますけど、「嫌悪感情不支持イコールで結びつけるのは、あなたたちがそういうタイプ人間からじゃないですか?」と言ってやりたくなります

  

これはリベラルに限ったことではないから、あまり悪口みたいにして言いたくはないですが、好き・嫌い、快・不快感情に衝き動かされて政治活動をしている人は多いでしょう。

リムジンリベラル」に感じる欺瞞の一つは、多分そこにあって、セレブたちはリベラル思想を主張するのがさぞかし快感だろうなと思うのです。華々しい壇上でスピーチすることで、セレブたちはきっと自己肯定快感を得ているはずですし、自分を売りだすための商業宣伝にもなるから一石二鳥です。

(これは前回に書いた話で、リア充が得意げにリベラル思想を語ってみせる問題にも共通です。)

  

  

  

だいたい、トップブコメもひどかったです。

id:agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

これはスターの付きまくっている人気のコメントなんですけど、「しぶしぶ」「いやいや」って何? それ、あなた感情ですよね?

オタク自由制限する側に立っているリベラルが、自分自身のやろうとしていることに反感を持っているのです。それなのに、自由制限される側にいるオタクが反感を持ったらダメだなんて、そんなふざけた話がありますか。

  

他には、こんなブコメもあって、これなんかはほんと、人のふり見て我がふり直せの典型例です。

id:IkaMaru自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

リベラルの中には、「オタクリベラルに逆らってきたから、俺たちはオタクを助けてやらない」と言っている人たちもいます。そこまで露骨ではなくても、オタクのことを嫌っていて、助力することには消極的になってしまう人もいるでしょう。

これはまさしく、感情に流されて政治を選んでいる事例です。

自分感情的になっていることは気づきにくく、他人感情ばかりが目につくのは、人間心理がよく陥ってしま陥穽です。リベラルの論者にもその傾向は少なくないと思う次第です。

  

例えば先日のクジラックスの件に触れておくと、警察漫画家個人宅を訪問して異例の"要請"をおこなったことの是非と、表現規制の是非は、それぞれ別の問題です。

表現規制必要という立場の人は、本来ならば法律ガイドラインを作ってそれを行うべきという道理を曲げ、今回の警察のやり方を容認やすい傾向にあります。また、もし警察のやり方を容認しない立場を取るのだとしても、抗議の声をあげることには消極的になってしまう傾向があります。これは感情に流されて政治方針を変えたせいです。

もちろん、警察のやり方は違法ではないからと、それを容認する立場もあるでしょう。今後はいかなる場合もこの道理を通し、オタク以外の者がこれと同じ仕打ちを受けてよいというならば、それはそれで感情では揺らがない一貫性があると言えるかもしれません。

  

(私はべつに「感情的からダメだ」と断ずるものではありません。感情に流されて政治方針を変えることの是非だとか、感情政治信条の決定に際してどう影響するかとか、そのへんの問題を論じるだけの力はないです。そこはパスさせてもらいます。)

  

  

  

もう一つ、「お前はリベラリズムを正しく理解していない」というコメントも多かったです。

例えばこれ。

id:tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

id:daisya リベラル定義が間違ってるんじゃねーの、私もよく知らんけど。自由っつーなら昔の大金持ちはめっちゃくちゃ自由に生きとっただろう、人を殺しても問題にならないぐらいに。

いわく、リベラル自由放任主義と違って、社会的公正の概念を用いる。

自由同士が衝突するときは調整するべきだからリベラルにとって表現の自由絶対のものではない。

  

――それくらいのこと、百も承知ですよ。前回のエントリ釣りっぽく書いてしまったのも悪かったですけど、リベラル自由放任主義なんてことを言っていません。私はリベラルが「自由」の価値を重んじていると書いただけです。

  

例えば社会的公正にしたって、自由同士が衝突したときの調整機能にしたって、リベラルがなぜそんな厄介な方法を用いるかと言えば、真の意味での自由を実現するためにそれが必要だと考えているからでしょう。

自由放任主義はかえって自由を阻害するからダメ、というのがリベラル立場です。

これは結局のところ、リベラル自由価値を重んじていて、その価値について熱弁をふるう性格を有するということなんです。

  

  

  

id:Arturo_Ui 「"自由"を無制限拡張すれば他者の"自由"と衝突してしまう。何をどこまで認めるか、社会的議論必要だ」って前提を共有できないなら、問題は「リベラル不寛容」ではなく、「オタク側のヘタレぶり」じゃないの?

これは立場によって、物の見え方が違ってきます

リベラル自由調停者として誠実にふるまっているつもりなんでしょうが、それによって自由制限される側は、どうしても調停を受けること自体を嫌がる傾向にあります意見をまったく聞いてもらえずにバッシングされるんじゃないかという危惧もありますヘタレと言われようが何だろうが、それならば調停拒否してゴネる方が得策です。

しかたらこの点は、リベラル立場にいる論者は見落としてしまうことかもしれませんけど、リベラルが主張しているその"前提"とやらを、社会のすべての構成員従順に受け入れるとは限りません。極論を言うと、「リベラル勝手に唱えている"前提"なんか知らないよ」と言って黙殺する政治的立場もあります

あるいは、おおよそは基本的にこの"前提"を共有している人だとしても、いざ自分利益が損なわれるとなると、猛烈に反発することの方がむしろ普通だと思います調停をする側・される側が多少はおたがいを分かり合えることはあったとしても、完全な調和同化はできないのです。

  

それから、「自由同士が衝突しあって調停必要なほど深刻な事態になっている」という現実認識にも根本的な差異がありますオタク自分たち一方的イチャモンをつけられたと思っているので、自由調停するだの、そのために議論するだの、現時点ではそんな必要がないと考えているわけです。

リベラルが言うところの「自由同士が衝突したときには調停必要だ」という一般論が正しいとしても、「今がその状況だから調停必要なんだ」という現実認識が常に正しいとはかぎりません。

リベラルは、特に問題ないようなことを大げさに騒ぎ立てているチンピラとは何が違うんですか? 例えば、あるリベラルの論者が自分自身のことを誠実な調停者だと思いこんでいたとしても、客観的に見れば、そいつ調停不要のところに因縁をつけているだけのチンピラという場合もありえます調停者がチンピラから話を聞いてもらえないのか、それとも調停を受ける側が身勝手理由でゴネているのか、どちらの側に道理があるのかは一概に言えません。ケース・バイ・ケースでしょう。

  

月並み結論になりますが、リベラル調停者になるために誠実性をもっと追究しなくちゃいけませんし、オタクリベラルが正しい事を言っているときには"社会的議論"に応じなければなりません。おそらくそれが、(リベラル的な意味では)最も理想的なあり方です。

しかし、相互信頼関係が欠如しているし、リスペクトが欠如していることも多いから、そういう形にもっていくのは難しいと思います

  

  

  

余談

ところで、一部のオタクは「表現の自由」を絶対的ものだと叫びまくっていて、リベラルから表現の自由戦士」と揶揄されているようです。私もああいう連中のことは理解できません。

  

そもそもオタクは、すでに表現規制を受けています。性描写のあるものは成人指定になっていてゾーニングしないといけないし、商業誌には自主規制があるので、そこで出版できないもの同人誌に追いやられてしまます

実在する人物団体馬鹿にするような漫画を作ると、それは名誉毀損で訴えられる恐れがあります

街や職場でところかまわずポスターを貼ったとすれば、景観条例やら、セクハラやら、そういった法律にひっかかって処罰対象です。性器表現にはモザイクがかかっているし、青少年健全育成条例やら何やらがあるので、いろいろと国家権力から規制されまくっているんです。

  

自分たちがこの規制の枠内にとどまることで社会共存できているという現実無視して、表現の自由絶対的もの表現規制はすべてが悪いものだと主張しているオタクは、いったいぜんたい何のために戦っているのか意味不明です。

また逆に、リベラルの論者が既存規制について評価・再検討するというプロセスをすっ飛ばして、いきなり「規制必要」とかいう話に持っていこうとするのも度々見かけますオタクが完全に野放しの猛獣だとでも思っているのでしょうか。現状認識を怠っているという点では、これも同じくらいにアホだなって思います

  

  

  

追伸

id:coldsleepfailedid:quick_pastid:tick2tackid:IkaMaruid:agricolaid:k-takahashi ←前回のエントリ内で、追記を書いて返信ました。

くたびれはてこid:kutabirehateko のことは、別のエントリを立てて書きました)

  

  

  

追記 6/25 22:48

id;quick_past レイティングやゾーニング表現規制だと言われるともう話のしようがない。完全なる自由は誰かの自由を奪うという矛盾がはらんでいる以上、あとは住み分けを目指すしか無いって事以上おいらには出せない。

え、こいつは何を言ってんの? レイティングやゾーニングは、まぎれもなく表現規制一種じゃん。

  

あいいや。仮にそれらを規制ではないという話にするなら、リベラルの中から出てくる「"規制"が必要だ」っていう意見は本当に恐ろしい。

なぜって、オタク側がめちゃくちゃ頑張ってゾーニングの成果を出してみたところで、リベラル側はオタクが"規制"を受け入れたものとして評価してくれないんですからね。この理屈でいくと、オタク表現活動をやめるか、表現物の内容を変えないかぎり、規制派のリベラルオタクを許さずに非難してくるってことになります

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624191449

こんだけハードルが下がれば元増田がいう「強い」WEB漫画とやらは商業の方に流れちゃうよな。

オーシャンまなぶみたいのも原作者として食い込む道を探せば良いわけだし

2017-06-22

pixiv論文問題オタク立場から考えてみた

 1ヶ月が経とうとしているpixiv論文問題ですが、皆様もそろそろ忘れてきた頃合いでしょうか。

 備忘録として、書きたい。

 問題の経緯や、研究上の・法的な問題、および女性オタクの側の事情についてはだいたい下でまとまっている。

https://anond.hatelabo.jp/20170525145352

https://anond.hatelabo.jp/20170527202448

https://anond.hatelabo.jp/20170528113521

https://anond.hatelabo.jp/20170530031948

https://anond.hatelabo.jp/20170531012221

 前提として書いておくと私はヘテロ男オタで、全年齢向けの二次創作一次創作同人好きな人であるR-18にはあまり触れることはない。最近はめっきり海鮮になったがちょっと前に二次創作小説を書いたことがあり、即売会でも売ったことがある。ついでに言うと研究者の端くれでもある。そういう立ち位置

 なのでやっぱり、そういう立場としては、腐女子の側をどうこう言う前に男オタの側の過去を振り返ってみる必要があるだろうなと思う。キチガイじみた腐女子叩きに加担したことはさすがにないけど(ていうかそんな腐叩きが蔓延ってたことも、後になって知ったくらいだ。けどまあ、知らなかったことは言い訳にならんよな)、腐女子文化に対する偏見蔑視のようなもの自分の中にあったことは否定できない。それは女性差別同性愛差別の複合だという主張ももっともで、実際の行為に加担したわけでなくとも黙認・許容することでそういう連中が跋扈する土壌を作ってきたことは、謝るほかない。

 けれど、今回の件で、一部のオタク(これは男女を問わない。ヒステリック論文側を叩いていた男オタ、一山いくらってレベルでいた)が、著作権法について何もわかっていなかったり、引用表現の一部なんだという大原則を忘れて表現規制を主張したりするのは、本当に醜悪光景だったと思っている。

 そして学問の側からは、文化人類学だのといった喩えも飛び出す始末で、なんというか、オタク尊重している風でいてオタク尊厳を傷つけている人が多いなって思った。ていうか、オタクの側から同人商業と一緒にしないで! という主張が出てくるのが、ほんと残念だった。

 私は、いくつものジャンルで、私を夢中にさせてくれる、そこいらの商業作品よりも全然おもしろい、二次創作同人小説を読んできて、そのたびに心が踊った。ワクワクしながらページを繰った。読み終えて長い余韻に浸った。そういった経験があるから二次創作だろうが商業作品だろうが、良いものは良いし、アニメだって漫画だって、主流派カルチャーとなんら劣るところのない、遜色ない芸術表現だと信じている。

 でも、世間一般では、それは単なるオタク二次創作だ。マトモな文化人や識者は鼻にもかけない。最近だとライトノベルだんだん市民権を得てきつつあるが、二次創作はそうじゃない。それにオタクの中にも、まあ、でも、所詮俺らのやってることは二次創作だしな、っていう意識一定数ある。

 そんななかで、そんななかでだよ?

 著作権法は、いっさいの差別をしていないんだ。

 いったん公表した著作物であれば、村上春樹だろうがピコ手エロ同人だろうが、同じ枠組みで保護し、同じ枠組みで義務を与えてくれているのは、大げさに言えば著作権法だけだ。

 著作権法は、村上春樹小説を無断で全文アップロードすることが違法なのと同じ理由で零細同人作家薄い本を無断でアップすることも違法なのだ、と言い切ってくれる。著作権法は、誰かが勝手村上春樹作品自分が書いたと偽って発表してはいけないのと同様にBL二次創作の著者名義を勝手に騙ってはいけないのだ、と保証してくれている。そして、今回問題になったように、村上春樹小説が好き勝手引用されていても拒否できないのと同じ理由で、合同誌に書いたヘボ小説引用されあれこれ分析されても諦めなさい、と告げてくれる。

 これは、考えようによっては、すごく誇らしいことなんじゃないか

 法律に守られた著作者である、というその一点で、私たち村上春樹と対等なのだ。同じ地平に立っている。少なくとも、著作権法という枠組みの中では。

 私はオタク文化は主流文化と対等だしそうであるべきだと強く信じている。けれど、著作権フェアユース規定がなかったり、オタク蔑視が残っていたり、オタク側の自虐自己防衛もあったりして、なかなか対等だということになっていないのも受け入れている。それはもう、仕方のないことだと思う。

 でも、だからって、既に得ている法的な対等の地位を捨て去ろうなんて主張に、頷けるわけがない。同人商業と同列に考えるな、って主張は、一見もっともらしいけど、でも、「立場の弱い作品」として保護しようとか保護してもらおうっていうのは、対等じゃなくなるってことだ。かつて私の胸を揺さぶったあの感動が、商業作品よりも面白いと思えたあの作品が、「しょせん同人」になるってことだ。

 創作の楽しさと苦しさを知る者として、それは、やっぱり嫌だ。創作は胸を誇れる素晴らしい趣味で、あらゆる作品は同じ地平に立っているんだと私は信じたい。私の書いたヘボ小説や、私を作ってきた素晴らしい二次創作小説を、私は貶めたくない。下手くそだ、と言われるのは私がヘボ字書きってことなので甘受するけど(くやしい! 次はもっといいものを書いてやる!)、そもそも商業とはまるで別物のお遊びなんだよ、と言われることは悔しい。だってそこには、紛れもない、本当の感動があったんだから

 だから、私は、同人小説だろうが好き勝手研究報道引用していいんだよ、と強く言いたい。これ引用していいの……? とためらっている研究者がいたら、いいんだよ、と背中を押してあげたい(もちろん、不安なら許可取れば? とアドバイスはするだろうが)。だって村上春樹小説は、好きに引用していいんだから私たち文化が主流文化と対等であろうとするならば、そうされることを受け入れるべきなんだ。

 私たち文化は、「保護」を与えてもらわないといけないほど、か弱く、脆弱で、稚拙ものではない。私たち文化は、そんなに惨めなものではない。

 同人作品には商業作品と違った研究倫理著作権に関する考え方を適用すべきだ、という主張は、オタク権利向上に反する。だから私は、オタクとして、その主張を否定する。

 私たちは、オタクは、もっと強くあるべきだ。

2017-06-21

デレステモバマスの差について

デレステ配信当時からずっとずっと話題になっている、本家モバマスとの差異

今回のLMBGの件で更に議論する人が増えたように思う。

ここで私からは1つ、生まれキャラギャップについて、視点提供したい。

まず、アイマス大元であるバンダイナムコエンターテインメント企業だ。それを最初理解してほしい。取引すべき相手企業がおり、賃金を支払わなければならない従業員がたくさんたくさんいる、一般的大手企業だ。

そして、提供されるアイドルマスターシリーズは、商品だ。

一人一人がいくらそのキャラクターに対して思い入れようと絶対に変わらない関係である

そして、企業にとって商品商業価値を持たなければならない。

当たり前のことだ。顧客を獲得し、お金を稼がなければならない。

モバゲーアイドルマスターシンデレラガールズはそれに成功した。

そしてこのコンテンツさらなる商業価値をえるため、アニメ化、そして音ゲーアプリ化を果たした。

言い換えれば、生産した商品が売れたので、更にたくさん売れるよう、新たなターゲットの獲得を試みたのだ。

当たり前だが、新たなターゲット既存顧客では商品に求めるものがズレてくる。

既存顧客ニーズに応えていては商品価値はそこでストップする。売り上げも伸びない。ユーザーも増えない。

そこで、更に多くのユーザーを集められるよう、元々のシンデレラガールズからもっともっと大衆向けに、キャラは可愛くわかりやすリメイクされたものデレステ版だと考えている。

漫画ドラマ化などでもありがちな話だ。

ターゲットに合わせて作品を、商品を変化させていく。

ここで皆が憤慨してる件について立ち返ってみてほしい。何の話でも結構だ。そのキャラクターは、「わかりやすく」されたんじゃないだろうか?

お嬢様わがままに、個性的キャラキャラ付けをしてる設定に。

それらの変化は、アイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツが新たな市場音楽ゲームアプリ)へ飛び出すにあたり、より多くのユーザーに受け入れ、理解されやすいよう生まれものではないだろうか?

ハンバーグの味付けがだし醤油香りから照り焼きに変わったような、多くのユーザーにより大きい範囲で愛されるためのシフトチェンジではないだろうか。

「このキャラはこんなんじゃない!」

シナリオライターどうなってんだ?!統一しろ!」

という声ももちろんわかる。

しかしながら相手プロだ。コンテンツ作成で多額のお金を稼ぎ、多数の社員を雇っている企業だ。

から、今一度商業価値市場の変化から起きたものとして、考えなおしてみてほしい。

この考えが受け入れられなくてもいい。他に理由を探してもいい。

でも、デレステではそれは起きてしまった変化で、これからもずっと続いていく変化だと思う。

どうしても受け入れられなかったら、悲しいけれどモバゲー版だけ触る方が精神衛生上いいだろう。

でも、デレステだってせっかく好きなコンテンツからまれゲームなんだから、どこかで「こういうことなんだな」と思えるようになった方が幸せだと私は思う。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620233441

レーベルで分けると意見割れにくい」って絶対嘘だと思うよ。

レーベル移籍とかノンレーベルとか非商業作品とかややこしいファクターがあるし、

そもそもソノラマ・コバルトあたりでさえ意見割れからな。

意見割れにくさだけで言うならイラストが付いているかどうかのほうがまだいいと思う。一目瞭然だし。

絵師自殺ブーム

最近絵師自殺流行っている。

ここ数年、絵師自殺はある種のブームになりつつあり、結構な数の絵師が嬉々として命を絶つようになった。

もちろん、肉体的な意味ではない。

社会的に、というか一般的に「絵で仕事をする人」としての自殺である

DMもしくはLINE晒し案件

「こんな腹立つDMが来ました」とか「こんなひどいDMが来て傷ついてます」と言った感じのDM晒しが時折ツイッターでバズっているのを見る事があるだろう。

多くのまともな会社出版社は、バズってる当人ブラックリストにそっと突っ込んでおく。

何故か?それは、その呟きの真偽がどちらであろうとも、社会的に信用しづらい人物になるからである

嘘をついて自己顕示欲を満たしたい、というなら論外、嘘つきとビジネスなんてできないのはお分かりだろう。

そして本当だったとしても、DMLINEのやり取りを平気で世の中に晒せてしまうような人とはビジネスなんてできないのだ。コンプライアンスガバガバ企業と一緒だね。

嘘松

論外。ちなみにどれだけバズろうが、人生経験豊富人達から見れば嘘だって丸わかりなんでこれもまたブラックリスト入りです。新しいお仕事は来なくなります。あと企業じゃなくても、そこそこ頭のいいお友達にはバレてます。色んな意味で緩やかに自殺してるので諦めましょう。

中途半端知識で物申しちゃう(白ハゲ啓蒙とか、社会への風刺自称する偏見丸出しの漫画とか)

中途半端知識で物申す、という行為は、その人より知識のある人から見たら不愉快まりない行為なのだ

ツイッターバカが多く、ある程度の画力漫画を描けばバズってくれたりするので絵師勘違いしがちだが、会社の上の方の人達ってのはこういうのが一番嫌いである。もちろんこの人達さようなら

ちなみに、フォロワーに詳しい人が居たりするとひっそり切られたりすることもある。

時々商業作家もやったりする行為だけど、田中圭一みたいにちゃんとそういうキャラが出来てる人以外がやると今後の(ちゃんとした会社からの)新しい仕事はめっきり来なくなります

自殺してしまった人はどう対策すべきか

諦めましょう。まだどことも仕事してないとか、顔が割れてないとかならまだアカウント消して転生して大人しくすれば可能性はあるかも知れないけど、そういう人は大体おとなしくできません。

それにそういう人は自己顕示欲が強いので、コラボイベントでの顔出しをして居ないケースの方が少なかったりします。

一度死んだ絵師が再起するのは無理です。なんせこうして死ぬ絵師中途半端画力しかありません。代わりは掃いて捨てるほどいるレベル領域で、自分から奈落へ落ちていく馬鹿にかける情けなんて、無駄でしょ?

https://anond.hatelabo.jp/20170616171312

バカって言うかさ、コメント欄マウントキチガイなだけだよね。お文学やコーショーな思想に憑りつかれてるゾンビの群れで(笑)

 追記読むとハッキリするけど、ゲンロン云々じゃなくてファンタジーとか歴史モノみたいのを日本のコウキナチスジでやっちゃっていいの? くらいの感じ? でなきゃマジレスの嵐に退いちゃったか

こうやって創作の間口って狭まっていくんだなぁ、ってよーーーく分かるよね。ww

 共産主義者な俺だけど、中でも飛び抜けて一番イヤなのがアスペがどうとか決めつけて教養ガーとか言っちゃってるヤツな。


もう教養なんてないの。みんなで滅ぼしたでしょ? 少年ジャンプ世代を超えた教養だって言ってた人もいたでしょ? 貴方は挙げられてるゲームアニメをどれだけご存じなのよ?

 思い出せもしない、掘り起こしもしない、若い人達自分から手に取って語りたがりもしない資本商業の都合で朽ち果てていく明治から昭和のお文芸を振りかざして唾を吐きかけるのはいい加減におやめなさいな。

本当の教養があるならどうしてそれを拡め伝えていこうと口を開かないの?

受け入れられない人に唾する事が貴方教養なの?

 やっている事は同じだと思う。誰かの育まれた揺り籠の物語が拡まって受け入れられるかどうかは、その人が認めて貰えるかどうかに依存する。

人が認められれば氏族や血族の物語になり、やがてそれは歴史になり、積み重なれば神話になっていく。

 歴史解釈が揺れ続けるように、人となりの判断は変わり続け、紡がれた神話も争いを伴って感染していく。

誰かを悪し様に言うのと血族を否定する事の根は同じでしょう?

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/1064052.html

 貴方は何を伝えたくて、死にゆ文人達の崇拝者は何をすべきだと思う?

少なくともここで通ぶって匿名で半可通を誹る事じゃないと思うな…。

https://anond.hatelabo.jp/20170620084444

 現代ライトノベル価値観から言えば「ブギーポップは笑わない」「ロードス島伝説」「イリヤの空、UFOの夏」などを挙げたい。

 まずブギーポップ作品評価のものは一段落ちるが、当時ファンタジー全盛の商業文学ジュブナイル業界においてこのような作品が許される、という前例をぶち上げた点として小説のもの電撃文庫合わせて評価されるべき作品として推薦できる。奈須きのこ西尾維新が打って出る決心に影響を与えた功績もある。

 次にロードス島伝説ロードス島“戦記”ではなく“伝説である。よく名作として戦記が挙げられるし、お題としては知名度観点から戦記の方が適切かもしれない。しかし今一度読み直せばその評価思い出補正に過ぎないことは明確だ。そしてその思い出は伝説で具現化されている。完成度の高いファンタジー小説一角として推薦した。

 最後イリヤであるが、青春小説として読後感もよく、完結作品として非常によくまとまっている。ただ感性が若く豊かでなければ素直に評価しづらいという部分はあるのは否めない。中学生までに読むことができたかどうかで評価が別れる(個人の感想です)僕は中学生の時に読めて幸せです。

 そして「ソードアート・オンライン

 これは間違いなく、誰もが認める名作扱いしてもよいだろう。だがちょっと待ってほしい。この作品ライトノベルか?

 別に定義論争をシたいわけではない。僕は「あなたがそうだと思うものライトノベルです」派だ。その立場から言わせてもらう。

 SAOWEB小説です。異論は認めるWEB小説としては「無職転生」に並ぶ誰もが認める名作だろう。だが断じてライトノベルではないのだ。これだけは主張したかった。

 次点として「銀河英雄伝説」「デルフィニア戦記」といった有名作品、ややお題からずれるところとして「星の大地(冴木忍)」「傾物語西尾維新)」「帝国の娘(須賀しのぶ)」「聖刻シリーズ千葉暁)」「とある飛空士への追憶犬村小六)」「ROOM NO.1301新井輝)」など推薦したい。

 またライトノベルWEB小説は別の文化であるということを踏まえた上で、WEB小説側としては「ソードアート・オンライン」「無職転生」「本好きの下剋上」、次点として「異世界迷宮の最深部を目指そう」「レジェンド・オブ・イシュリーン」を挙げたい。

韓国原発新設を白紙化 文大統領宣言 寿命も延長せず

2017年6月19日 13時50分

 【ソウル=境田未緒】韓国文在寅(ムンジェイン)大統領は十九日、「新規原発建設計画を全面白紙化し、原発設計寿命を延長しない」と述べ、原発中心のエネルギー政策を転換して、脱原発を推進することを宣言した。南部釜山郊外にある古里(コリ)原発1号機の稼働停止に合わせた式典で演説した。

 文氏は大統領選挙から脱原発公約として掲げていたが、1号機の運転終了を受け、「脱原発は逆らえない時代の流れ」と強調。時間をかけて原発を徐々に減らしていく脱原発ロードマップや、環境配慮した新エネルギー政策策定する方針を打ち出した。

 古里1号機は、韓国最初原発として一九七八年に商業運転を開始。設計寿命を迎えた二〇〇七年に十年間の運転継続が認められたが、故障が続出するなどして一五年に廃炉が決まった。

 文氏は、東日本大震災による福島原発事故被害や昨年、韓国原発集中地付近震源地として発生した地震言及現在設計寿命を延長して稼働している月城(ウォルソン)1号機は、電力需給の状況を考慮しつつ、できるだけ早く閉鎖するとした。

 建設中の新古里5、6号機は、工程率や投入費用補償費用、電力設備予備率などを総合的に判断して早い時期に、社会的合意を導き出すと述べた。

韓国原発> 韓国では原子炉19基が日本海側に集中。古里原発使用済み核燃料の火災を伴う事故が起きれば、日本でも西日本を中心に最大2830万人が避難を余儀なくされるとの試算もある。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵パク・クネ)両政権原発依存を高める政策を取り、朴政権は2029年までに36基に増やす計画を立てた。 (共同)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017061990135030.html

西日本人はムンジェンインに感謝するべきだな

まあ使用済み核燃料は乾式キャスクに入れるのも10数年冷やさなきゃならんらしいので

廃炉はなかなか険しくあるがまあ

2017-06-19

ねとらぼ反省の弁を多少なりとも掲載したら良かったのに。

この見解を読んで。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

大元記事アーカイブを見てみました。

http://web.archive.org/web/20160304110112/http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1603/04/news140.html

編集部としては「例外的に復帰する可能性は否定していないが、商業漫画から基本的撤退」「漫画自体から引退ではなく、今後は同人など商業漫画以外の場へとシフトする」と受け取り、そのように記事化しました。


これ見ても、ねとらぼの言う「そのよう」な記事になってないよね。

例外的に復帰する可能性とか、今後は同人など商業漫画以外の場へシフトするとか、記事中に書いてないですよ。

この内容で「そのように記事化しました」って、言い訳にもなってないと思うよ。

ここは、「そのような記事としたつもりでしたが、読者によっては誤解を生じさせる結果となりました」とかしとけば良かったのに。

佐倉氏がブログ掲載した「お礼漫画」の中に、作者と編集者関係示唆する表現があったことから引用元を明示したうえで、ブログの一部を撮影したスクリーンショット掲載していました。

この引用って必要だったの?

単に画面が文字ばっかりで寂しいか適当画像貼り付けたかっただけじゃないの?

「お礼漫画」で作者と編集者関係示唆されているのであれば、そのことに触れた上でないと、画像引用する必然性がない。

しかも、引用してる部分を見ても「作者と編集者関係」なんてわかんないし。

引用する理由がないとみなされたら、それは引用じゃないですよね。

もっとも強く問題視している部分で、描かれているやりとりの大半が事実と著しく食い違っています。実際のやりとりは次のようなものでした。

これって、お互いに「言った、言わない」になっちゃうから、こんな書き方は悪手だと思う。

編集部の言い分としては断定したいんだろうけど、第三者自由検証できる証憑(会話の録音データとか)を公開できないんだったらどっちもどっち、って評価しかならんでしょう。

編集部としては冷静な対話を心がけたつもりだが、佐倉氏にはそのように受け取ってもらえなかったことは残念だ」とか「丁寧に説明したつもりだったが、佐倉氏にはかえって冗長説明となってしまったようだ」って感じで、「最善は尽くしたんだけど、理解してもらえなかった」っていう姿勢の方が信頼できちゃう事実はどうか知らんけど。

ってことを思ったので、自分職場で同じような見解を発表するときは気をつけよう。

https://anond.hatelabo.jp/20170619104209

かぐや姫の物語レッドタートルを「やーいジブリのくせにコケコケた」とメディアがはやし立てたりしたのもそういう世間意識によるところがありそう。

映画祭って商業要素の少ない鑑賞会っていう役割ビジネスとしての見本市っていう役割が表裏一体になってるけど、

鑑賞会で褒めてもらったっていうのをビジネス的なセールスポイントにするっていうことに違和感が出てきてるのかもね。

審査員は娯楽作の売り込みをしようと思ってるわけじゃなくて良いと思ったもの推挙してるだけだし。(いろいろあるのかもしれないけど建前ではね)

映画批評がちゃんと機能してれば日本でも他人の推薦するものを見に行くスタイルができてたのかもしれないけど、

批評家が信頼されてないから、なんとなくすごい賞とったか野次馬根性でみんな見に来いみたいなプロモーションなっちゃうんじゃないだろうか。

世界三大ファンタスティック映画祭存在意義をわかってくれる人とか今の日本でそんないないのかもしれない。

https://anond.hatelabo.jp/20170619132854

商業色が強くなると「ありあっしたー!」って笑いながら去っていくのになんでブレーキ作らないんだろうな

2017-06-18

refer to drawer

refér to dráwer

商業】 振出人回し 《銀行不渡り手形などに R/D または R.D. と略記する》.

rural delivery

rúral (frée) delívery

名詞】【不可算名詞

《主に米国で用いられる》 地方無料郵便配達 《略 R(F)D,R.(F.)D.》.

天地無用

天地無用最新刊で「天地無用がなろう小説ありがちな世界転移チートものの冒頭をやってるー!(ガーン)」って思ったけど

そもそも天地無用と関連作品はだいたいなろう小説みたいな話だった

四半世紀前から商業でなろうみたいな話をやり続けてる梶島正樹ってヤバい

2017-06-15

元増田意図していなかっただろうけど、ここが最大のすれ違いだと思う

俺は表現の自由を常々主張しているが、一元的内在制約説(+αは若干ある)的な「公共の福祉」に基づく表現の自由の制約は当然あると思っている。だから

元の増田id:kamayan1980がどう考えていたのかはわかりませんが、私はゾーニング年齢制限なども表現の自由への制限だと思ってます

一般表現の自由というのは創作活動のものだけでなく創作物公表流通も含むものとされています

ここまでは同意する。問題は次だ。

なので、許されない表現などないというとき、それは単に創作物作成だけでなく流通への規制も一切ないという意味だと考えています

真面目に表現の自由を主張している人でそこまで主張している人はまずいない(実は1人心当たりがなくもないのだが)。

満員の劇場で”劇場火事だ!”と叫んで逃げ出す人々を生み出すことも現代アートです、と主張することは不可能ではないが、この場合劇場への業務妨害が当然に成立するし、

創作物において、実在事件無罪になった人を犯人扱いしたことが名誉毀損罪になった事例は存在するが、公共の福祉における当然の制約だと思う。

現代社会で、アダルト物や暴力表現過激であるものゾーニングされていたり年齢制限がかかっているのは、そういったものについて自由流通は許されないと大多数が考えたからですね。

違いますか?

実のところ上で書いた例と比較した時に『有害から子どもエロ暴力を見せたくない』というのは本当に内在制約と言えるのかは若干の疑問がある。

俺は子無しであるが、流石に子どもに無制限エロを見せても良いとは思わない。ただ一方で、『エロを見せることは本当に子どもの発達に有害なのか』という研究はおそらく存在しない。というか流石にそんな研究は人道上許されないのは明らかだ。

この場合子どもの成長への実際の害というよりも「子どもエロをできれば見せたくない・ある程度コントロールしたい親の権利」との衝突で年齢制限がかけられていると一応俺は思っている。(規制実態がそうなっているか、はまた別)

単純に考えて欲しいんですけど、「許される」派の人たちは深夜番組CGのスナッフムービーが流されても問題ないと思ってるんですか?

テレビで、というのは若干の疑問がある。それはどうしてもTV電波は有限のリソースから新聞雑誌商業的に成立するかどうかを抜きにすれば無限存在することが可能だが、TV電波無限ではない)ある程度のバランス必要になるとは思う。

ただその上で、増田は、気に入らないならチャンネル変えれば良いじゃないかと思う。

この例え自体現実味がないから考える価値がないというのであれば、かつて放送されていた深夜のアダルト番組がなくなったのはどうしてだと思ってますか?

「許されない」とされたからじゃないんでしょうか?

少しでも許されないと考えたもの存在抹殺しようとする人がいて、そういう人による炎上を恐れたことによる商業理由じゃないかな?

で、タイトルにも少し書いたけど。

~~~

規制派「クジラックスマンガにも表現の自由はあるだろ」

規制派「お前は子どもレイプされるエロマンガを一切の制約なく流通させて子どもが見ても良いと思っているのか」

規制派「別にそんなことは言っていないが」

規制派「だってお前、表現の自由だと言ったじゃないか!」

~~~

この会話はフィクションだがこれに近い流れになることは多いし、実際に

自由主義(自らの自由と同様に人の自由も最大限尊重する)的な意味での表現の自由を主張する人に対し、自由(一切の制約なし)の意味だと受け取る規制派とのすれ違いがこの手の問題根本にあるように思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170615122554

https://anond.hatelabo.jp/20170615212658

教育困難校と呼ばれるレベルのアホ高校は確かに無くていい。

そのレベル高校行く連中は、中学卒業後に三年間勉強するだけの意味なんてないから。

早く社会に出て働いた方が本人たちにとっても有意義だろう。

商業工業高校なくして、より実践的な職業訓練をさせる機関があったらいい。

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614120233

配慮要請って「レイプはいけないことですとどこかに書いておけ」ってだけで、

活動の萎縮に繋がる根拠がよく分からない。

アルミ缶に「お酒は18歳になってから」って書いたら酒屋が萎縮するとは思わないし。


あと非商業同人誌頒布の建前が「仲間内活動」なせいで、犯人とは全く無関係だと突き放すのが少し難しい気もする。

https://anond.hatelabo.jp/20170614180424

LOって雑誌はそういう警告が過剰なまでに盛り込まれてるらしいね

https://anond.hatelabo.jp/20170614155030

でも、問題同人誌商業じゃ過激すぎて出せないからあえて同人で出したんでしょ?

で、結果こんな騒ぎになってると。

http://anond.hatelabo.jp/20170614083434

お前さん頭大丈夫か?

商業作家からって出版社に「警察だがクジラックスの連絡先を開示しろ」って要求したら

出版社は平伏して開示するとでも思ってるのか?

出版社のこの場合の模範解答は「件の小誌は同人誌との事で、弊社が出版に携わっていない以上、任意聴取で回答はしかねる」だぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170614081413

ふつーに犯人がそう言ったんだろ

商業出版誌ではなく、同人誌だったわけだが

ではどこから本人宅を割り出したんだろうね。

捜査令状の取得などの法的正当性担保したものがなければ安易にたどり着ける情報ではないはずなんだが。

印刷を請け負った印刷会社?会場に搬送する輸送業者?いずれも顧客情報を令状など無く提供はしないはずなんだが。現代日本では。

2017-06-13

撤退」と「引退」ねとらばのセンス

結局、記事センス問題だ。

あんなん、どー考えても誰かから声掛けてほしげなお嬢さんじゃん。

恋愛が大嫌いですとか、異性に興味がありませんとか不潔とかそういう訳じゃ無くて、

ものすご〜く辛い経験をして「今はちょっと誰とも付き合いたくないの・・・」でしょ。

ブコメとかまとめとか、ねとらば側に立ってる連中が朴念仁ばっかりでビビった。

から撤退だっての。

記事タイトルを付けるっていう、ラベリングには繊細な感覚必要なんだから、そこはよく考えようよ。

文章上の表現で「商業から撤退」は「引退ではない」てのは、記事タイトルでは通用しない。

誰も気安くナンパできなくなっちゃうじゃん。

おまえはこの作者を潰したいの?

ってなるでしょ。

別な例えをすると、ねとらばは民事再生申請をした企業について、「破産」の報道をしたような状態

実際は、支援を受け、再生計画を築いて会社を建て直す場合もある。

この場合、「破産」「倒産」といった報道支援再生計画障害になる。社会的信用を毀損する結果になる。

から最近は「民事再生申請」とかそういう見出しでしょ?第一報の段階では、会社を潰して精算するか、再建なり買収なりは未定なんだよ。

精算にしても、可能な限り資金を回収する残務整理が必要なわけ。どーかなって思う。

2017-06-09

あれそこまで「女性差別」言われるタイトル

基本的に客舐めてるプロモーションには怒る立場なんだが、

ごめん、

俺女じゃないけどマーキュリー計画って言われて何のことか言えんかったわ

でもそれ知性の問題? 

宇宙開発に興味あるかどうかじゃね? 

おれ坂東平氏歴史とか税法とかならめっちゃ詳しいけど宇宙とか物理とかマジでわからん 文系だしな


広告会社に「お前等マーキュリー計画ピンとこんやろ」っていわれてるんだけど

自身はその通りだったからなんもいえねーし

女を舐めてるっていう批判は更によくわからん 

これ性差問題か?

男の間では常識と見做される知識なのかマーキュリー計画


なんで「私達のアポロ計画」なのかというと

アポロ計画が最も有名で評価も確定した宇宙事業からでしょ

さすがに俺でもアポロ計画はなんとかわかるもの

俺みたいな奴でも「ああ、宇宙映画なのね、女性主人公なのね」ってわかるタイトルだわ

センスがいいかはともかく


まとめ

1.「客を無知と見做してる」

その通りだろう

ただ俺は無知だったのでなんも言えねえ

言える人は叩いてもいいだろうけど、それ商業的に多数派なの?


2.「女を見下してる」

いや、今回はそれはマジで関係なくない?

https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/dream-apollo

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/dream-apollo

http://anond.hatelabo.jp/20170609095718

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