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はてなキーワード: 書き手とは

2020-06-04

軽率感想書き女が同人活動をやってみたら地獄を見た

二次創作オタクの道に迷いこんでから人生の1/3くらいになる。インターネットでは小説らしきものを書き散らかしていたが、同人誌は買うものしかなかった。

同人作家には感想を送るといい」という言葉を素直に受け取って、ありがたく読んでは神々に感想を送っていた。全員ではなかったが、買う時点でセレクションをかけていたのもあって半分以上の本には少なくとも原稿用紙1枚相当以上の何かしらをお送りしていた。

それからしばらくして、はまり込んだとある界隈、ある推しカプの威力があまりにも凄まじかった。私はとうとう読み専を卒業し、同人誌印刷することでサークル参加デビューを果たした。それが、1年程前のことだった。

初めてではあったが、本自体はなんだかんだ出せた。だが、同人活動はそこから先こそが試練だったということを、知らなかった。


最初の本を刊行するのにかかった時間は4ヶ月程。平日は仕事の後、休日日中の半分程度、原稿時間をコツコツと割いてきた。そのおかげで、人生で初めて出した本は文庫だが200pを越えたし、まあまあ満足するものができた。そんな本が印刷され、世に出たことによって、自分の想定程度には売れた。だが、感想ほとんど来なかった。

正確には、界隈の中で本当に仲がよい友人ふたり程、それに地方在住のおそらく主婦業をやられているフォロワーさんからは来た。この方々がいなかったらこんなもの書く前にさっさと同人誌のことは黒歴史にして畳んでいただろう。しかし、それ以外の、いわゆる同人仲間やフォロワーからは来なかった。

自分同人誌を読み捨てるタイプオタクだったら、まあそんなもんだろうと納得が行ったのかもしれない。

だが、今まで感想は書くものだと思っていたオタクにとって、この状況はまあまあキツい。通話しながらあつ森やポケモンではわいわい楽しんでいたフォロワーは、本は買ってくれたものの「良かったですよ」の一言すら来ない。こっちは付き合いも兼ねて読んで感想を送っているのに……と、最初感想が来るまでは恩着せがましい感情まで抱く程、ダークサイドに落ちかけた。

私一人が書いていた量よりも、自分で本を出版してもらった感想の方が少ないなんてことがあるのか。自分が良かれと思ってしていた経験復讐されるなんて、そんなのひどくないか。その思いに苛まれつつ、今日イベント中止にも負けず本を出してくださった方に感想を書いている。


ただ、この増田で書きたかたことの主題は、むしろ同人活動をしていると表明している人間が実際には「同人誌を描いてくれた方に感想を送る」という責務を果たしていないことにあるかもしれない。

このジャンルを仕切るいわゆる同人ガチ勢いかにも「わたしら誇り高き同人サークル、インターネットの木っ端とは違うんですよ」みたいな面を下げていながら、同人誌に対する感想についてはサボりまくっていることを臆面もなく表明しているのが、ここ最近精神的苦痛拍車をかけている。

この界隈には、いわゆる「ボス」的な立場にいる人間がいる。よくオンリーイベントアンソロジーなどの色々な企画を取り仕切ったり、学級委員として何かを回したりする立場人間と言えば、ほどほどの規模の界隈なら心当たりがあるのではないかオフライン活動がメインだと公言しており、インターネットで描いてた頃は反応すらなかったのに、サークル参加を表明してからは急に「あなたの書くものいいですよね〜ファンでした〜〜」と接近してきた。

ネットで送るよりも生の感想即売会で本人に伝えるのが醍醐味から」を言い訳に、この人が感想を書いているのは見たことはない。そして結局当日打ち上げで伝えてくる感想も「こないだのあの本めちゃくちゃ良かったですよ! やっぱり〇〇はかわいいですよね〜」くらい。

ボス程ではないが、同人活動ガチ勢」の中にはちょくちょくそのような人間がいる。Twitterでは自分原稿や界隈の中で行儀が悪い人への愚痴ほとんど。それなのに自分インターネット適当イラストを上げる時は「RTうれしいな」と言っている。もちろん他人イラスト小説ほとんどRTしない。

「作者の解釈をきちんと言語化して感想として送れるの、本当すごいですよね」と言いながら、この間まではポケモン自作刊行直後、TLはこれ一色だった。わたしのような木っ端な作家よりも世界タイトル話題になるのは当たり前だが、それが辛くてミュートした)、最近はあつ森の進捗をTwitterにせっせと上げている。

同人文化を支えていこう」などとお題目を唱えている割に自身の……率直に言って絵柄やストーリーが大して練られているわけでもない原稿時間を割いて、お友達以外の他者にはほぼ無関心なのは、彼らの言う「同人文化」もたかが知れているのではないか

界隈にとある方がいる。フォロワーは私の30倍以上、ボス10倍以上いる、いわゆる神絵師だ。でも、物腰は柔らかだし、私がインターネット投稿していた頃からちょくちょくお褒めの言葉を頂いていた。上で述べた友人……と、本当に今でも言っていいのか分からないが、恐れ多くも自分が出した同人誌感想をくださった方のひとりでもある。

その方がかつて、原作について非常に深い考察を繰り広げたものをまとめた、商業単行本並の厚さ・クオリティ同人誌を出したことがあった。ジャンルバレが惜しくなければ所構わず宣伝したいくらい、本当にすごい本だった。当時読み専だった私は、どうしたらいいのか分からずとりあえず長文の感想を送りつけた。その方はいたく感激してくれた……のが、少しずつ仲良くなることができたきっかけだったような気がする。

それから私は初めてイベントサークル参加し、Twitterで繋がっていた人たち中心に打ち上げに参加した。ボス企画してくれたもので、カラオケの一室を貸し切って(何故ならオタク女は人目を憚る話を大声でする必要があるため)わいわいと推しについて語りあっていた。

中盤に入ったあたりだった。ボスが思い出したかのように言った。

「〇〇(神)さん、こないだの本読みましたよ! あんなに(原作)をきちんと捉えてこれが出せるの、本当すごいですよね〜私の本でもそういうの大事にしてて〜」

それで終わりだった。後は自分の本語り。その本が出たのは数ヶ月も前のことだったのに。数人が神の本に話を戻したことで、とりあえずしばらくの間はその本について盛り上がることができた。

その方は、それでも微笑みながら受け止めていた。ただ、それ以降あまりボスイラストRTすることはなくなった気がする。

最近、神が主催する推しCPコンビアンソロジーへの寄稿を打診されたので喜び勇んで引き受けた。執筆者にはグループDMで連絡が来たが、同じCPがメインのはずのボスは参加していなかった。それを確認した時、私は暗い喜びを内心に感じながらも素敵なメンバーの皆様に挨拶をお送りした。

……と、まとめてみたら「これ、感想を書いて得してるのでは?」と気づいた。どちらかというと、感想書きのシンデレラストーリーとして自慢できることの方が多いかもしれない。それでも界隈でのさばっている奴らへの心象は悪いままなので、記念として増田投稿しておこうと思う。

猿山ボスへの愚痴が大半を占めてしまったが、逆に言えば感想コンスタントに書いている人はどれだけ書き手から感謝されているのか、忘れないでほしい。

この間の新刊にも原稿用紙5.5枚の熱い感想をくれた人のおかげで、今も生きている。ご家庭の都合でイベントには来られなくても感想をくれるあなたのために、次の新刊も頑張ろうと思う。

2020-05-31

自分バカからバカ説明するのは無理だと感じる

まず初めに言っておくと、以下の文章を読んだ人間は、「お前がバカだろ」と思うはずだ。それは別にどうでもいい。問題バカ説明するのは無理だとバカ自身も思っているということだからだ。


最初自分用の日記として書いた文章バカ誤読たから、それじゃあ丁寧に説明し直すかと思った。(なんで自分用の日記他人説明しなければならないのか?)

「これくらい常識から説明する必要もないだろう」と思っていた細かいことも改めて説明し、丁寧にかみくだき、無用レトリックは使わず、やさしい言葉で、ある程度長く書いてみたりする。

それで反応がどうかと言うと、やはりバカ誤読してしまう。

なんならむしろ誤読がひどくなっていたりする。

それでわかったのは、バカ文章が読めないということだ。

はてなにも大量に生息しているが、とにかくバカ文章が読めない。

広い視野で全体の論理構成が見渡せないというのもあるし、さらにひどい場合(というかこれが一番よくあるのだが)は一つの文の構造理解できていなかったりもする。

どれが主語でどれが述語でどの修飾語がどこにかかっているかとかそういう基本的なことがわかっていなかったりする。

もちろん修飾関係というのは曖昧場合があり、読み手にすべての責任を負わせることはできない。

そういった場合書き手はどの修飾語がどこにかかるかを限定できるような書き方を意識する必要がある。(言葉の順序を変えてみたりする)

自分もかならず実践できているとは言いがたい。バカからだ。

ただ、バカ文通りに読めば読解できる簡単構造の文ですら構造意識せずに雰囲気で読むから誤読してしまう。

こういうバカに何か複雑な事象を正しく理解させるというのは極めて難しい。

バカ理解した気にさせる方法としては「箇条書き」が重要である

しかも「肯定的に、極度に簡潔に書かれた箇条書き」である必要がある。

結局こういう結論に達した。

例えば、

・私はバカである

こう書いた場合バカでも私がバカだということを理解できる。理解できてすごい。まさに名文である

しかし、

・私は中の上のバカではなく、中の下のバカである

と書いた場合バカは私が中の上のバカなのか中の下のバカなのか理解できない。バカとはそういうことである

したがって、この場合は、

・私は中の下のバカである

と簡潔に書くべきだ。バカを惑わせるような要素は省いていくべきだ。ちなみに、

・私は中の上のバカではない。

・私は中の下のバカである

と箇条書きで二つを列挙するべきではない。ひとつめの文に「否定」という難解なレトリックが使われているため、これを読んだバカは私が中の上のバカなのか中の下のバカなのか迷ってしまうからだ。そもそもひとつめの文は中の上のバカではないことだけを否定しているので情報としてほとんど価値はない。

さらに例をあげる。

・私はいつでもかならずバカというわけではない。

などと書くと、バカは私がいつでもかならずバカだと言っていると捉えたりする。

この場合は、難解なレトリックを使わずに端的に次のように書くべきだろうか?

・私は一般的に言ってバカである

これでは不合格である問題バカが「一般的に言って」などの副詞句を正しく理解することが極めて少ないということだ(はてなですらこういったニュアンスまで正しく読み取れている人は少数である)。バカはこれが、

・私はバカである

等価に見えてしまう。バカからだ。

したがって、「私はいつでもかならずバカというわけではない」という趣旨のことを言いたければ、

・私はバカである

と書くことを推奨する。バカにはそれ以上複雑なことを理解できない。「私はバカである」と書けば、バカは「お前はバカなのか!」と正しく理解してくれる。正しく理解できてすごい。まさに名文であるコミュニケーション大成功である

もちろん本当はもっと深くて繊細なコミュニケーションをしたかったのかもしれない。でもバカ相手にはこれ以上のことは望めない。

かいニュアンスや条件などをつけるとバカには「逃げ」に見えるらしい。はっきり言えと。黒か白か、敵か味方か、外か内かどっちなのかという話だ。

バカはとても単純な世界観で生きている。愛すべきバカである

2020-05-29

anond:20200529171746

君さ、さっきから人の発言捻じ曲げんのやめてくれる?

おまえが突っ込まれるたびにゴールポストを動かしてるだけだろ?

そのあとに出たコンテンツほとんどが生き残れない。君は継続的に良質なコンテンツを作れば生き残れる!というがその金もさないから。長期的にやるというのが根本的にできない構造になってるんだよ。

実際には企業は金を使ってるよ。

まさかONE PIECEしろ進撃の巨人しろ過去遺産を食いつぶしてるだけなんて言わんよな?

いまでも出版社スピンオフコラボメディアミックス死ぬほど金をかけてるし

実際に単行本や関連商品は売れ続けてるんだが。

「一発当てたらあとは惰性にまかせて…」みたいな舐めた商売してる奴はいない。

おまえの目が企業への不信感で曇ってるだけでしょ。

まだ続ける気持ちがあって、権利も手元に置いておいて、うまいシェアードワールド化ができた方が長期的に生き残るね。

じゃあ、「シェアードワールド化」した強いコンテンツってたとえば何?

まずは東方

あとボカロ

他は?

企業の手から離れて二次創作コミュニティが主導権を握るってのは

まあ、ごくごく例外的現象だってわかるじゃん。

最近流行りはヒット作のスピンオフを大量に立ち上げるかたちで、

その手のやり方の嚆矢ガンダムだけど、

あくまプロクリエイターがそれぞれガンダム世界観表現してるだけ。

Fateガンダムに近くて、奈須きのこが作った設定をプロ書き手に委ねている。

FGOにかぎらずスマホゲーム複数ライターイラストレーターを起用して、

ひとつ世界観のもと、継続的イベントを開催し、新キャラを投入するようになってる。

いずれも企業こそが大金を投入して作品世界の広がりを維持しているわけだよね。

この役割二次創作コミュニティに委ねるのは難しいよ。

2020-05-24

anond:20200524195331

高校までのSTEMに絞れば少なくとも書き手気持ちを考える必要は全くないね

技術者文化もあるにはあるが、何かしらの形で合理性担保されてることが多いからそこまで気にはならないな

得意な現代文漢文(おおもとの思想が今の日本人とそこまで乖離してない)でセンター試験国語は間に合ってたが、文系卒の人間から聞く限りでは文系に行ったらやっぱ苦痛だったろうなと今でも思う

2020-05-20

裁判所 新聞社が最悪なことになっている理由

   終戦後は、もっと具体的で内容のあることが盛んに書かれていて、戦後憲法民法商法民事訴訟法行政法

   判例理論が蓄積したのもその頃だが、もうずっと前からダメ

     それでも、昭和時代文章病気だった頃も、背景があった時代は書くことに人気があったが、今は腐れ果てていてダメ

   朝日新聞読売新聞も、誰も読まないし、書き手もいなくなった

      大昔は凄かったが、今はその凄いところの面影もない

2020-05-19

anond:20200519193200

どの三國志か知らんけど、書き手史観主観がそれぞれいくらでも盛ってあるから。あと、現代感覚で当時の価値観は測れんしなあ。

2020-05-12

文章は長ければ長いほど良い

勘違いしている者が多いが、文章は長ければ長いほど良い。

ただしそれは、人に売れるクオリティ文章であればの話だ。

そして本来、そういう文章だけ読めば十分だ。人が学びのために触れる文章としては。

だがネットの人々は言う。長い、三行で、推敲しろ、と。

その結果、字数制限されたメディアが幅を利かせるようになった。

短さが求められる文章には2つの特徴がある。

1つが作文に秀でるわけでもない素人書き手による文章であること。

もう1つが、人を解った気にさせるための文章であること。

特に問題なのが後者だ。

このような文章を読み続ける限り、真似びの域を脱することができない。

知識や知恵を体系化して整理することのできる視野もつことが、真似びを学びへ昇華させるための要所だ。

その要所が、短い文章には含まれていない。

これが、ネット依存する人々が地獄の釜の中で茹だり続けている根本的な原因だ。

2020-05-11

id:DavitRice氏は詭弁が幼稚すぎるし、端的に言ってバカなのでは。

「叩いていい存在」を叩く行為と、ネット民幼児性について - 道徳的動物日記

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2020/05/09/123216

すごくバカっぽブログを見たので、

氏の主張を一つ一つ取り上げながらどうバカなのか解説していく。

長いけどさほど難しい文ではないと思う。

 

 

1.「調べてから批判するのは不自然で不健全

 例を挙げると、この記事を書き始める直前に、わたしのTLには「平田オリザWikipediaを読んだんだけど〜」と前置きしたうえで、彼が若い頃に世界旅行をしているのに世間知らずであることについて揶揄的に疑問を呈するツイートが流れてきた。…しかし、もしそのツイート主が平田オリザを叩くために彼に関するWikipedia記事をわざわざ読んだのであれば、わたしはその行為におぞましさを感じる*1。ただ単に人に対してネガティブ感情を抱いたからそれを表現した、という自然行為ではなく、相手について批判できるポイント自分から手間をかけて能動的に探しにいっているからだ。そのような行為健全ではない*2。

まず、叩く相手のことをきちんと手間をかけて調べるのはまともな方の人間である

はてなブックマークなんて叩きコメントつけてる奴も称賛コメントつけてる奴も

その記事書き手wikipediaどころか記事の内容自体を読んでないことがざらだ。

   

 

2.「黙っていた方がいい」は実は受けを狙った叩き

 また、自分が抱いたネガティブ感情を直接的に表現するよりも、自分という主体を感じさせない客観的論理的なテイの批判意見の方がウケるものである。たとえば「演劇業界はこの問題について総括すべきだ」とか「誰か身の回りの人が注意するべきだ」などと、第三者を持ち出してそちらに批判責任転嫁させる意見ウケるようだ。「しばらく黙っておくのが最善だ」とか「例え話は持ち出さない方がいい」とかの"戦略指南"風の意見ウケる

え、それを叩きとみなすのか。

演劇ファンからこそこの人はしばらく黙ってほしい、という意見ブクマにも多々あったがあれは偽演劇ファンだと断定するということだろうか。

noteブログ演劇関係者として実名で「困るなあ」という気持ちを書いている人もいたが、あれも叩きでやってる婉曲な手法だということなのか。

 

私も個人的に、自分がこの炎上してる人の部下だったらどう収拾つけるか、という妄想はよくするのだが、

一般人は何故この話が通じないんだ」と言いながら既にヒート買った論法を繰り返すのは最悪すぎる。

あれ見たら社長自己収拾は諦めてアカウントを取り上げてゴーストライティングする。

 

 

3.「平田オリザは叩きムードのせいで何を言っても不当に叩かれる状態

 そして、いちど批判ヒートアップしてしまい、渦中の人物の欠点失言をあげつらう機会や揚げ足取りをする機会を手くずねひいて待ち望んでいる人たちばかりとなると、当人が何かを言ったり発信したりするたびにマイナス効果が発生する負のループができあがってしまう。

いやこんな一般論擁護は今回の平田オリザには当てはまらない。

「知りもしない他業種のことを雑に持ち出すのはやめなはれ」

「他業種を引き合いにしながら自分達の業界特別視してるととられる表現はやめなはれ」

という最低限のアドバイス(これも悪意の叩きだと言い張るなら処置なしだが)を全く受け取れていなくて

しつこく同じ論法と似たような例え話を繰り返して例えがどんどん下手になるというザマである

 

普通会社ならボスがあれだけ錯乱していたら若い者が介護する。

平田さんの所の会社がどうなってるのかは知らない。

 

 

4.「オリザ批判はオリザの表現の機会を奪っている」

だが、ある人の発言表現の機会が「揚げ足取りをする機会を手くずねひいて待ち望んでいる人たち」のせいで失われてしまうということは、かなり悲しくて理不尽事象であることは間違いがない。

頭が温まってて失言を繰り返す人に

「落ち着いて」「しばらく黙って」と助言や懇願をすることが表現の機会を奪うことなんですか?

被害者ぶり方が力業すぎません?

 

最低でも「平田オリザ現在立場から放逐しろ」「無職しろ」のような運動が起きた時に初めて「表現の機会を奪っている」とか言っていいんじゃない

岡村からレギュラー番組全て奪おうと頑張ってるkutoo一味の運動ぐらいのことが始まってからだよ。

  

 

5.「オリザへの批判リンチいじめ

ネットをやっていて時おりギョッとなるのは、漫画映画などのフィクションにおける雑魚キャラクターがやるような行為を嬉々として行う人が大勢いることだ。パブリックエネミーとなっている対象を叩く」という行為自分品位を下げるだけであるし、そんなことを行う人間に対して好感を抱く人はそうそう多くないはずである

こういうのもずるくない?

平田オリザさんのどこがそんな弱者なんだよ。

ふとおい実家をもって行政とのパイプごんぶとでかつては首相スピーチライターやら相談役のような立場についたこともあり

省庁のプロジェクト座長やら複数大学教授やら大忙しであり

著名劇団ボスであり演劇界の重鎮であり潤沢な助成金の利を楽しむ身分の方ではないんですか?

(どこか間違いや古い情報があったら教えてください。批判対象をきちんと調べるのは不健全らしいから最終チェック出来てません。)

  

圧倒的な強者であり、流行りの言葉で言えば「上級国民」の側ですよ?

権力立場と言っても言い過ぎではないと思う。

 

このようなお方の見識をチェックし、批判を加えることがそんな

弱い者いじめリンチだみたいに言うのはそれこそ非常に不健全詭弁であり、権力への阿りとすら言えませんか。

 

 

6.「批判はみっともない。無益名誉棄損で自由剥奪。」

叩かれている人と叩いている人とでは後者の方がみっともなくて無益人間であるはずなのに、後者のために前者の名誉毀損されたり自由が奪われたりする。そんな事態は間違っているとしか言いようがない。

権力的な立場の人の見識や能力市民から批判されるのをこういう表現する奴ってすごくない?

じゃあはてなしょっちゅう見かける安倍批判してる人達も「みっともなくて無益人間」で、

安倍は彼らによって不当に自由を奪われる被害者なのかい

批判なき政治をお求めのネトウヨの方とかわんねえ論理大草原なんだが。

詭弁としても低レベルであり、はてなの古株らしいが相当頭悪いぞこいつ。

 

 

7.「演劇業界イメージ悪化心配するfujiponらも卑劣なオリザ叩き」 

↑ fujipon氏が書いた上記記事に関しても、記事の内容自体は丁寧で温かいものではあったのだが、「〇〇のことは嫌いでも〇〇を嫌いにならないでください」という定型句に内在する「媚び」や「卑屈さ」がこのテの事態問題点をあらわしているように思える*4。もしも「平田オリザ発言のせいで演劇に対するイメージが悪くなり、舞台演劇役者たちまでもが嫌いになった」という人が実在するとしても、まず責められるべきは、そんなことを言う人間の短絡さや思考能力の無さである。そのような人間を甘やかすべきではないのだ。

これも平田オリザという人がただのそのへんの2、30代の役者あんちゃんであるならばなんとか成立するような擁護しかない。

実際、それぐらいの年頃の姉ちゃんである山田由梨さんhttps://anond.hatelabo.jp/20200428220226

「我々は国家民度を担う特別階級であるぞよ」とか寝言ぶっこいてたとき

彼女を叩く人間はいても演劇業界がどうこうという話は出てこなかった。

 

平田オリザほどの大物が天丼寝言を垂れ始めたら

演劇ファンはそりゃ「やべえ、演劇自体が変な世界だと思われる!」という危機感も持つだろう。

(現にオリザ発言から一気に、「そもそも演劇業界なんて平時から成り立ってないやんけ」みたいな演劇のものへの懐疑がはてブでも増えているのである

 

 

8.「批判された側が釈明をするのはよくないし悲劇

 もそも、"叩かれている側"にいる人やその関係者などが"叩いている側"に対して下手に出て事情説明してご理解を乞う、という状況自体が生じるべきではない。

実際的問題としてそうせざるを得ない場合があるとしても、それが悲劇であることを忘れてはいけない*5。

そんな高尚な話だろうか。

よく知らない癖に他業種を例えに出す(しかも彼等の苦難や価値自分達より下に位置付ける使い方で)のはやめろ

とそれしか言われてねえ。

このアドバイス、もしくはクレームを容れて、オリザや演劇業界にどんな不自由が生じるのだ。

そのうえでいくらでも表現できるし窮状の訴えも出来るだろ。

これがどう表現自由を奪っていると? 

 

何が悲劇だいい加減にしろ

世間知らずなんだから言葉に気を付けろおっさん」と言われてるだけだ。

「すんまっせん!」と頭を掻けばそれで終わりなのになんで同じことを繰り返してるのか。

 

それで居直るなら演劇業界役者仕事に無神経なことや失礼なことを言われても受け入れて黙っとけよというだけの話である

非情バカバカしい相互主義だが、意味もない無礼を改めるのが嫌というならしょうがない。

失礼な振る舞いを改めたり釈明したりすることは悲劇だそうなので、

我々は無意味失言も詫びたりせずに、自然かつ健全に石投げ合戦をして生きるのがよいのだそうだ。

  

 

9「オリザのコミュニケーション能力欠如を指摘するのも悪意のいじめ

そして、コミュニケーション専門家なのにコミュニケーション能力がない」と、"能力の欠如"を指摘する形の批判ウケるであるこの騒動では、当初は「平田オリザ発言製造業に対する蔑視や悪意を示している」ということが問題になっていたはずだ。しかし、製造業に対する蔑視や悪意を取り上げてそのことに対する不快感を表明するよりも、平田オリザとその周りの人々の戦略能力に関する問題を"指摘"して"指南"する方が、賢くて気が利くように見える。だから、みんながこぞって指摘や指南を行うようになるのだ*3

まず、

製造業に対する無神経さへの不快感は既に大勢からさんざん表明されているので

こいつがちゃんと見ていないだけである

 

また、専門的プロであったりその分野の公的重要ポストに就いたりしながらその能力が無いというのは

普通に「なんだこれは」と言われて当たり前である

 

それを批判するのもダメであり、批判する側の人格問題だーというのは

これは暴論と呼ぶのもバカバカしい、もはや子供駄々である

こんな滅茶苦茶な論法が通るなら現IT担当相や現総理についても一切批判するなという話である

これに賛同しているはてサの某とか頭どうなってるのだろうか。

(まあ党派性回路のオンオフしかないシンプルスペックの脳なのだろうが。)

 

文部科学省コミュニケーション教育推進会議座長として活躍されている平田オリザ氏にコミュニケーション能力が欠落していたら困るだろ。

困ったらだめなのか。

疑問を持ったり非難したりしてはいけないのか。

そして、これだけ行政に深く食い込んでいる偉い人に権力性がないのか。

私もさきほど我慢できなくなって不健全にもwikipediaを読んだところ、オリザさんは来年には県立大学学長就任なさるらしいぞ。

 

こういう方の見識や能力をチェックするのが、人品卑しいネットリンチだと?

じゃあもう社会批判権力監視なんか存在できないねえ。

マジで今井絵理子じゃんこいつ。

 

2020-05-09

岡村隆史の件の踏み絵力の高さ

まず、4月30日放送分の岡村発言矢部の「結婚しろ発言への批判根本的に正しいという立場です。ただ、あちこちで流れてくる要約で知った気になるのはマジでやめた方がいいです。矢部岡村の会話に関してはホントに音声を一度聴くのをオススメします、最悪全部じゃなくてもいい、矢部岡村がどんな感じのトーンでどういう雰囲気の元、会話をしてるのか。その辺りの肌感を知ってないと発言ニュアンス全っ然つかめないです(って書いたあとに文章放置してたらもう聴けなくなってた。ごめんね)。

岡村ってこの放送中ずっと謝ってるんですよね。謝る以外のことが何一つできない地獄のような20分があり「あ、これはダメだ」と思った矢部放送乱入する。そしてそこからまた1時間近く、30年来のつきあい人間が、岡村人格分析を、ゆっくりと、ずっとゆっくりと続けるんですよ。この回、端的に放送事故ですからね? 矢部が部屋に入ってくる時の扉の音をマイクが拾ってるところとか、全部聴いた人ならわかるけどラスト10分のはがき職人大喜利コーナーで岡村はがきを読み上げるところの絶望的な空気感とか、本当にヤバいですからね?

それで、この放送ポイント岡村に横柄なところが全くないんですよ。本来ならまともなラジオトークの一つや二つはするべきところ、それすらもできなくなってる。とにかくマジで参った感じだし、ずっと謝りつづけてる。何より怖いのがここ。

なぜなら、矢部が一番最初に持ち出した岡村への指摘は「岡村さん、表でしか謝らへんのよね」という言葉からです。「まともに放送できないくらいに責任を感じている」けど「それをカメラマイクの前以外では出すない、出す勇気がない」、だから公開処刑のごとく生放送で伝えることしかできなかったという問題根深さ!

そこから矢部岡村言動を長年どう見てきたかを話す。岡村普段ちょっとした振る舞いの、ささいなことだけど違和感の感じたことを、ゆっくりと、一つ一つあげていく。

お茶持ってきたADさんにありがとうを言わない、鬱での休業の復帰回後に矢部に送られてきたメールが一行だけだったこと、そういった、本人が気づいていないレベルの「岡村がどう人間と接してきたか」、そしてそれらを矢部が素朴に「引いてしまう」こと、そういうのが滔々と語られる。

話題の中心は基本的に対女性関係のことになりがちだけど、矢部とのこととか仕事でのこととかも含まれてるので根本的には人間一般に対する態度、つまり岡村性格の話をしてる。会話の中でぼんやり示唆されてるのは、岡村他人に対する「甘え」が「対応が雑になる」かたちで出てるのではということ。ただし流石にそれは明言されない。間違ってるかもしれないしね。そう、その意味でも矢部は慎重なんです。岡村人格について断言はしなくて、基本的言動の話しかしない。もしかしたら、矢部自身はそのあたり自分で気づいてほしいと思ってるのかもしれない。だから言葉を慎重に選んでいる。

その中で語られる「結婚したら」って、もう色々なニュアンスが含まれてるんですよ。たとえば、矢部岡村の昔の会話で「彼女のご両親にご挨拶しに行ったことある?」「あるよ。高校生のころ」というやりとりに(いい大人が素でそういう[女性と遊んでる割にまともに結婚をふまえた挨拶したこともないって]答えする!?)と素で引いた、みたいなエピソードとか、スタッフメイクさんの女性と遊びに行くときに「宿代は出すよ」と岡村が話したりしたことに「飛行機代の方が高くつく」という不満なんかが本人ではなく矢部の方に飛んでくるみたいな話(後述しますが、この本人には伝わらないことが恐ろしい)、女優さんとデートする企画が振ってきたら「笑われるのが嫌だから」と自分は断り別の既婚者を推した話、そういう「女性デートには誘うし普通に関わりを持つのに、深い関係にならないし場合によっては逃げる」という岡村普段の行動パターンさらには矢部の「自分結婚したら妻へのリスペクトが増した」という実体験、そういった、放送中に出てきた会話やそのとき雰囲気全部込みでの文脈でのことなので「40代独身男性女性積極的に関わりたいと思うなら女性リスペクトして女性から逃げるな」くらいのニュアンスが多分に含まれてる。

そういう様々なあの場の質感が、発言箇条書きとか録音文字起こしだと全然からないのですよ……。

あ、一応言っておくと、そういうことを全部踏まえた上でも、「結婚したら?」発言はかなり唐突でしたし、乱暴発言ではありました。

それでですね、放送を全部聴いてやっぱり思うのは、「この岡村をこれ以上責めるの辛くない?」と思っちゃうし、反省の色を見せている岡村隆史をdisるのには少し違和感があるんですよ。

これは自分価値観問題がたぶんに含まれますが、人間ってどこかしら不道徳価値観を持ってるのが当たり前だと思って生きているんです。だから他者との関わりでは「それをどう隠していくか」(ここでの「隠す」は「他人を傷つけないために努力する」のニュアンスをかなり含む)が重要だと思ってて。人格がゆがんでても、人格がゆがんでることそのものが隠せてたら人間は生きててもかまわないんじゃないのかなっていう。それを露出してしまった以上批判されることに異論はないし批判されるべきだとは思うけど、でも少なくともどこぞの松江哲明やら大澤昇平やらに比べたらまだまともでは?とは思っちゃうんですよ。比較で善し悪しを語るのは良くないんですけど。

まあ時折「これ大丈夫なのか?」みたいなエピソード結構目にしてたので完全に隠してたわけじゃないけれど、それでもたとえば矢部が「カメラの前では謝る」みたいなエピソード聴くと、「少なくともカメラの前では取り繕えるくらいの価値判断は持ってるんだな」って俺は思っちゃうんですよね。30超えると人間は変われないと言われがちな世の中で、50でそこそこ取り繕えるってのは大事なことだと思うんですよ。それとも岡村さん社会的に殺します? 

なんでここまで岡村に甘めの感覚を持ってしまうかといえば、最近よく、どのタイミング自分社会的死ぬかわからないなあと思うんです。

岡村の件の何が一番怖かったかって、矢部が指摘したことの多くが「無意識言動」だったことですよね。自覚的に行動を変えようとしても、無意識言動は言われないと自覚的に変えられないじゃないですかもっと言えば認知がそこからゆがむ可能性もある。

たとえば、ここまで書きながら「女性視点での批判感覚が欠如してる」と自分で強く思います。この原因ははっきりしてて、自分男性として生きてきたから「女性がどう感じるか」についての直感共感が働くのが遅いんですよね。反射的に「別にしたことないのでは?」と思ったあとに、「いや、でも女性視点で見たらこれはこうだろう」という理詰めで価値判断を下す。たとえばですが、一応自分にも女性の友人はいから「この件、俺は岡村に同情してしまうけど、きっと彼女らは岡村に同情できる要素がないんだろうな」くらいの想像は、まあできる。でも、けど女性の友人が多いわけじゃないから、日々の生活女性への気遣い必要になる機会も、世間の人に比べると相対的に少ない立場だと思う。その意味で、女性へのリスペクトは忘れないように心がけてるつもりだけれど、でも結局のところ本当にできてるかはわかりません。他人自分欠点をおいそれと指摘してくれないからです。岡村隆史の放送が示したのってそういうことでしょ? 人は黙って去って行くんですよ。

から、今回の件は、「どのタイミング自分女性から批判されて、社会的制裁を受けることになるかわからない」という恐怖で、どうしても岡村共感してしまうんですよ。

そして、もちろん、この件は女性にとって「自分コロナ不況でいつ生活が困窮し、風俗で働くことになるかわからない」という恐怖の共感と反発の方がおそらく強く働くのだろうなと思います。これ、残念ながら男性には「我が事のように想像する」ことがなかなか難しい部分ではあるんです。なぜなら、「生活に困るから風俗で働く」というジェンダーイメージ女性だと根強いものの、男性だとそうではないから(純粋に男女のジェンダーで分けられない人のことは申し訳ないが一旦話から省きます。たとえば率直に思い浮かぶのはゲイ風俗ですがそれをこの件に絡めると「性嗜好の一致しない相手性的行為をする」ということの問題が絡んで話がややこしくなるのでその方面の話は当事者に任せた)。

から、この件って共感ベース立場を決めてしまうと、おおよそきれいに男女の立場で反応がわかれてしまうという、絶妙案件だと思うんですよね。これって伊藤詩織さんの件みたいに「加害者反省もしていない案件」とは全然様相が異なる。なまじっか反省しているように見える人間をどこまで責め続けるか。

「このような価値観を許していたら自分たちがいつ貶められるかわからない」という女性側の怒りはよくわかる。でもその反対にいるのは、「このように糾弾されるのを許していたら、自分たちがいつどのタイミング社会的に殺されるかわからない」という男性でもある。この間の溝を埋めるのは、並大抵のことじゃないだろうなぁと思いました。

書き手である増田本人は、少なくとも今回の件は岡村が悪いと思ってるし、「どっちの味方」につくかと問われたら共感ではなく倫理を優先して岡村批判します。俺にとっての「他者尊重する」とはそういう価値判断をしていくことだと思っています他者立場想像して、他人に嫌な思いをさせない。そこには必ずしも共感必要ではなく、共感しなくても他人尊重していく。

ただ、そもそも「どっちの味方」かという話をしている時点で、溝を埋めることはできないんじゃねえかなぁ、と思うんです。どちら側の人に対しても。なんか、この手の踏み絵ものすごく増えている気がする。踏み絵の後に待ってるのは処刑じゃないですかね。どちらの側にとっても。みんな、処刑合戦したいんです?

2020-05-06

批判みたいなものを受けてざわざわした話

最近とあるサイト文章を公開していた。

二次創作的なものだったので、人目につかないようにひっそり書いているつもりだったし、何より自己満レベルだったので堂々と書く気にはなれなかった。

でも、自己満ということはその文章にそれなりに満足していたのも事実で、ついさっき匿名批判みたいなコメントが来たときお腹のあたりがざわざわどくどくした。その内容は「内容が薄い」「なぜこのレベル世界中に晒そうと思ったのか」「書き手を辞めろ」みたいなやつだった。(無いと思うけど身バレとかやばそうだったら後で消す)

書き始めて最初コメントがそれかと思うとなんだか悲しい。けど、悲しいと感じることは、自分自分文章にある程度の評価を得たいと思っていたことの表れでもあるし、そもそも本当の自己満だったらこんなところに書かないよなと、自分承認欲求の高さにも落ち込んでしまった。てか、こんなところに匿名愚痴ってる時点で承認欲求のかたまりじゃんね、と思ったし投稿するのやめるか、って思ったけどこの辺で発散しておかないと今後二次創作だけでなく、ただのはてブロですら投稿するのが怖くなっちゃいそうなのでここで成仏してもらう。(批判に関しては、「こんな薄い内容」というのは自分でもわかってはいたので痛いところを突かれた感じもする)(あと、批判を買いやすいのは二次創作という限りなくグレーなジャンルのせいなのもあるよね)

もっと他人視線に強くてポジティブハートを作らなければ。

ハイパーリンク、なんてもう言わないか

タコタコは、

胼胝

って書くのか!ヨメネエヨ...

なになにそして魚の目は、

鶏眼

っていうのか!マヂデシランカッタワー

・・・ケータイ無料投稿小説を読んでると、書き手の独り善がり変換も、その場で読み方しらべられるから良い。

2020-05-02

アンティーカを救ってくれ

※この駄文にはゲームアイドルマスターシャイニーカラーズ」で現在開催中のイベントストーリーストーリー」のネタバレを含みます


アンティーカを救ってくれ。

他のユニットと同じくらい読んでて「面白い!」と思えるシナリオ彼女たちにも与えてくれ頼む。


ストーリーストーリーを読みました。

正直に言いますと、

まっっっっっっったく面白くなかった。

なんだあれ。あそこまで面白くないシナリオ作れるの才能か?????

お餅をつくやつも正直面白くなかたったけどまさかあれを更新するシナリオなんてある???なんで???


一回落ち着きます

私は一応アンティーカの幽谷霧子ちゃん推します最初からずっと彼女と「W.I.N.G」で勝つために戦ってきました。カードも少ない頃のシャニマスを何周もやって、初めてのW.I.N.G優勝もTrueEndも彼女でした。それくらい愛着がある子が所属してるということでアンティーカのシナリオも追ってきました。

ユニットメンバーシナリオは流石に引けてない限定P-SSRも沢山あるのでその辺りは触れず、基本的に全ユーザー平等に見れる「アンティーカ」のシナリオを見た上で話を進めようと思います




そもそも基本無料ガチャゲームで「限定SSRを見てないと面白くない、全ユーザーが見れるイベントシナリオ」を入れるのはナンセンスだろ。だったら月額制とかにしろって話なんですけどね。「見てた方がシナリオに深みが出る」とかならまだわかりますけど。





話がそれました戻ります




※ここからネタバレ込み、かつ長いです。




ストーリーストーリー

まず導入が面白くない。読み手に続きを読ませようという熱意がまるで感じない。なんだあのギャグ??あれだけ不穏()な予告したのに??

何が全米が泣いた映画じゃしょうもな。あの導入で「これから面白くなるから読んでくれ」ってさせるのは正直厳しいものがある。






正直この時点で読むモチベがほとんど消失したし「あぁ前回(お餅をつこう)みたいになんとも言えないシナリオなんだろなぁ」という気持ちになったので知り合いを通話に付き合わせて読むことに。今思えば完全に巻き込み事故でしたねこれ。






ここからアンティーカのテラスハウスみたいな生活の話が始まるんですが、まぁ正直にいうと見どころは特にない。4話まで本当になにもない。無。虚無。最後重要伏線なんかも当然ない。








ざっくり言っちゃえば

「恋鐘と三峰の次の仕事の為になるべく長く収録できるように頑張ろうーおー!でも番組側ががまみみと咲耶と霧子があんまりウケないかテコ入れかさっさと終わらせようとしてるみたい!いったい私たちの共同生活、どうなっちゃうの~!?

こんな感じ。ここまで全体の半分を使ってるのにほぼ進展なし。なんだこれ。一応フォローするなら4話の最後あたりでようやく話が動き出すがあまりに遅い。普通アニメだったらとっくに切られてるぞお前。






まぁ咲耶ちゃんと「番組取れ高のために頑張ってみたけどダメだった」と正直にメンバーに言えて相談できた点は良かったと思う。いや感謝祭シナリオ後と考えればそうであって当然なんだけども。






さて5話。先ほど述べた咲耶とまみみ、霧子たちが行ってた取れ高取れ高にはなってない)の映像を見て三峰がアドバイスをする。ただこれがあまりに正直かつストレートだったため番組側に意図しない方向に編集放送されてしまう。おまけに三峰が真のリーダーなんて意見SNSで現れてどうしましょう、というのが大まかなあらすじ。



ここが正直、今回のイベントで一番やらかしポイントだと思う。恐らく書き手側としては感謝祭シナリオ咲耶にように三峰を切り崩したかったのだろう。そして今回は意図しない番組側の編集SNS話題という2つの外的要因で崩そうとしたのだと思われる。




ただ悲しいかな、アンティーカには絶対無敵の最強ポジティブリーダー月岡恋鐘がいる。彼女がいる以上アンティーカが外的要因で切り崩されることはまずない。言われない中傷だろうが意図しない編集だろうが彼女がいる以上「それはなにも知らない人が勝手に言ってるだけ。ウチらはウチら。」と間違いなく言うしメンバーもそれに付いていくのは、今までのシナリオ及び月岡恋鐘というキャラクターを考えれば容易に想像がつく。




そもそも感謝祭シナリオ面白かったのは咲耶が1人で抱え込みすぎた結果起きたすれ違いであり、内的要因では月岡恋鐘の対応は後手になってしまうことを考えれば三峰もその方面で切り崩すほうが面白いシナリオになったと思われる。三峰結華という人物にも切り崩せそうな素材は沢山あるわけですし。(未だに信用してるはずのメンバーにさえオタクを隠そうとしてる性格とか。)

前と違ったアプローチで切り崩したかったというのもわからなくはないが、それでシナリオ面白くなかったら意味がない。特殊調理法を使って美味しくない料理ができるならシンプルで美味しい料理の方が絶対いい。





そんなこんなで6話と最終話。アンティーカは「この家でアンティーカで居れないならこの場所にいる必要がない」と家出を決意し、その後なんやかんやで戻って番組方向性自分たちなりの「ストーリー」として舵を切り直し、収録は上手くいくのでしたお終い。






なにこれ。

読了後の正直な感想だった。

やろうとしてたこともなんとなくわかる。わかるのだけど、ただただ面白くない。






ここも一応フォローするのなら霧子が「絵本ときみたいにストーリーを作ろう」「嘘があっても”本当”のアンティーカがないのは寂しいから」等の台詞は良かったと思う。(特に後者は、変わらない本当の自分を受け入れて進む決意をしたW.I.N.Gシナリオの後の幽谷霧子だからこそ説得力が増す台詞だった。まぁ今までそういう台詞がほぼなかったのも問題だが。)





さて、終盤の展開だがどうもどうも私のなかで言い当て妙な表現が思いつかなかった。それくらいの虚無で読んでいた。

そのためここではTwitter感想でよく見かけた「VS世界」という表現を使わせてもらう。







「VS世界」。行き過ぎた編集をした番組側の想定する「ストーリー」を自分たちなりの「ストーリー」にしてやろうということなのだろう。






は?


いや仮にそうだとして演出下手か?そもそもその「VS世界」みたいなやつは「薄桃色にこんがらがって」で既にやったし、もっと言えば「Straylight.run()」の時点で既にやっている。そして、前者は個々人の想いと、たとえ敵わないと思っても「それでも」と自分に正直に心のままに挑むシナリオ後者は「世界」側が想定してる理不尽フィールドで時には自分の想いとは違うこともある、それでもそんな理不尽に勝つために戦うための始まりシナリオ、という形できれいに、そして「面白いシナリオだった。







ストーリストーリー」にはそれがない。いや無くはないが正確にいえば「薄桃色」と似た切り口で「薄桃色」の焼き増しのようなシナリオになっている。

正直、「アンティーカの内的要因による切り崩し」は感謝祭と被るから避けたのに、「VS世界」の構図は焼き増しというのはちぐはぐな印象が強い。おまけに焼き増し元のシナリオより全く面白くない。最悪の2番煎じである。(そもそも2番煎じというのも「薄桃色」に失礼である







別に「VS世界」という構図のシナリオが悪いとは言わない。同じ構図で面白いシナリオゲームは沢山ある。結局は調理の仕方が恐ろしく下手なので、どこかで見たような面白くないシナリオになってしまう。今回の「ストーリーストーリー」がまさしくそれだった。これでシナリオには2重、3重でチェックが入っている(2周年記念インタビュー参照)というのだから驚きを隠せない。なぜ通した。もっとやりようはなかったのか。他のユニット話題になるほど面白いシナリオをもらっているなかで、アンティーカが好きなユーザーはどうすればいいんだ。






私は恐らく今後アンティーカのシナリオには一切の期待をしないと思うし、なんなら今回のシナリオで愛想がつきた。(もともと「お餅をつこう」が微妙だったことと、幽谷霧子ちゃんシナリオがあまりにも酷い内容が多いので冷めかけてはいた)

なのでこれを期に他に好きなアイドルユニットの方を優先すると思う。いくら愛着があるアイドルでもいつまでも面白くないシナリオばかり見続けるのは苦しい。別のアイマスシリーズで似た経験をしたのでもう沢山だ。





アンティーカを救って欲しい。きちんと「面白い」と言えるようなシナリオを書いて、他のユニットと並ぶくらいにしてほしい。





最後

これはあくまで書いてる私、個人の感想駄文で他の方の意見や考えを否定するつもりはありません。

こういうアンティーカが好きなオタクも居たんだな程度に思って頂ければ幸いです。

2020-04-25

anond:20200425103920

既出だが、

政府クールジャパンを唱える時代に、ホント何を言ってるんだろうね。

子供から髪の薄いオッサンまで幅広く読まれいるからこそ

書き手作品も、大量に生まれてくる。

その中から一握りの傑作が生まれて、アニメ化され

海外の子供やオタにウケて

外貨を稼ぎつつ、日本イメージ向上にも寄与するという目論見なのにね。

2020-04-23

anond:20200422192917

hagexから釣り判定されたなんて極上のエピソードがあるのに、

そこを掘り下げて書かないのはもったいないように思う。

匿名日記文章力と評される要素の多くは共感できるか否かで、

そのためには独自性リアリティ重要になる。

自分が好きでたまらないものについて言葉つくして熱く語ったり、

自分しか書けない体験について事実や心の動きをていねいに描写する。

このとき読者はもの体験共感するのではなく、心を追体験して共感する点に注意。

逆にありきたりなテーマでも、語彙や比喩選択次第で

書き手の生きてきた環境を浮かび上がらせてリアリティを出すことができる。

(「結婚物語ブログ」とか語彙と比喩面白さで興味ないテーマもつい読んでしまうよね)

文章力がほしいというような漠然とした大きなテーマなら、

それと対比するように象徴的で具体的で身近なエピソード

導入部に書いたりすると読者を引き込みやすい。

といったエッセイなどで使われる常套手段も嫌味にならない程度に使うと良いかも。

2020-04-20

anond:20200420110416

三番目の理由として、需要がない、もあるんじゃないか

本を読んで勉強するタイプの人が30万人の中に少ないだとか……。

 

いやしらんけどね。

あと、いないのは書き手のほうかもね。

2020-04-11

anond:20200411180959

そもそも同性のパートナーがいるのが嘘だし男じゃないのに男を想像しながら書いてるだけだぞ

男の描写リアルじゃないところから見るに書き手には同性どころか異性のパートナーもいないぞ

前半の仕事のくだりと酒のくだり、あと最後の行だけ現実であとは妄想

2020-04-07

anond:20200407205702

一理はあるのだが書き手が好んでいるという雑な括りで複数作品感想をまとめて記載するという手法増田は全くマッチしないのは明らか

せいぜい1作品を詳しく語るにとどめておいたほうが良い

それなら返事やブクマもつくこともあろう

2020-04-06

昔ながらの主観ばりばりのウィキペディア記事を見ると嬉しくなる

ウィキペディアって、もうほとんどプレーン文章ばかりになったけど、たまに昔のウィキペディアのような書き手主観バリバリの項目を見ると嬉しくなる。

たとえば、漫画家奥浩哉の項目がそう。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E6%B5%A9%E5%93%89

非常に特徴的なタッチの持ち味。

世間ではタブーとされている事柄などを描くことが多く、特に奥の短編『観察日記』は衝撃的ともいえるもの

『01 ZERO ONE』のクオリティ財産を使い果たす程の投資があったからこそ

こういうのを読むと、そうそうこれがウィキペディアだよな!って嬉しくなる。ファン主観で「世界から高く評価されている」みたいな曖昧な賛辞を入れちゃう文章

上の項目はこれまた昔はよくあった「自分が好きなエピソードを入れてみました」みたいなのが入ってて、ポイント高い。

微妙文章が下手で、中学生背伸びしたような感じになってるのも味わい深いよね。

今はこういう項目減っちゃったけど、ウィキペディアって昔はほんとにこういうのばっかりで気持ち悪かったんだよ!いや〜、懐かしいわ。

2020-04-01

anond:20200401083245

他の人が散々言ってるとかそんなんどうでもええわ

「つまらない」は書き手に伝わらない

具体的にどこがどうつまらないのか

改善点を少しでも示してやれよーーー

2020-03-21

益尾知佐子『中国の行動原理』を読んで

益尾知佐子『中国の行動原理』を読了

本編もかなり面白かったが、あとがきもまた輪をかけて秀逸だ。

ところでネット上のレビューを読むと、このあとがき賛否両論のようだ。

「めちゃくちゃ面白い!」

「これだけでも一読の価値がある」

という人もあれば、はっきりと嫌悪する人もある。特にアマゾンの、

あとがきで、女性の半生記を長々と読ませられるのはベリベリ白けてしまった。「中国の行動原理」は読みたいが、著者の行動原理不要である。」

「著者のファミリーヒストリーあとがきで書かれているが、少なくともこの本のあとがきとしては不要でしょう。」

このての感想はなんつうか、物事本質が分かってねえ貧しい輩だなと思う。

"本編は面白いけどあとがき不要"って……。いやいや逆でしょ。

こういうあとがきを書くような(或いは書かずにいられないような)人だから、こういう面白い本編が書けるんだよ!

本は情報を吸収する道具、著者は情報提供してくれる装置、では断じてないのだ。

真に面白い本というのは、どうしても書かずにはいられない、あるいはそのようにしか書けない、やむにやまれのっぴきならない著者だけの特殊事情がある。

かについて語るということは、それを語る自分が何者であるかを包み隠さず開陳すること同義

その一糸まとわぬ脱ぎっぷりのよさに、余人に真似できぬ面白さが宿るのだ。

そうせずに小手先マーケティングで書いたものなんて、いくら有益で新奇な情報を扱っていても面白さには程遠い。

これはなにも小説脚本の話だけでなく、学者の書くものだって同じことだ。

サイードは『知識人とは何か』の中で次のように言っている。

私的世界公的世界とは、きわめて複雑なかたちで混ざりあっている」

「いっぽうには、わたし自身歴史があり、わたし経験からひきだされたわたし価値観や、わたしの書いたものや、わたし立場がある。そしていまいっぽうには、こうしたことがらを吸収する社会的世界があり、そこでは戦争自由や公正について人びとが議論したり決断をくだしている。私的知識人というもの存在しないのは、あなた言葉を書きつけ、それを公表するまさにその瞬間、あなた公的世界はいりこんだことになるからだ」

「つねに個人的曲解があり、私的感性存在する。そして、個人的曲解なり感性が、いま語られつつあることや、書かれつつあることに、意味をあたえるのである

ジャン=ポール・サルトルバーランドラッセルの書いたものを読むとき強く迫ってくるのは、その論じかたではなく、彼ら特有個人的な声であり、その存在であるが、これは、彼らが自分の信ずるところを臆せず語っているかである。彼らが、顔のない役人ことなかれ主義官僚によもやまちがわれることはあるまい」

そう、だからパンツ脱がずに小手先情報だけで書こうとすると、必然的無難一般論官僚答弁に行きつく。誰が書いても同じなんだから

そうすると書き手洞察は深いところまで届かず、したがって読者に感動なり知的興奮なりを与えるような面白い本にはなり得ない。

話を益尾氏の本に戻すと、

なぜあとがきで「著者のファミリーヒストリー」を書くのか。

なぜ"東京北京"に収斂できない「女性の半生記を長々と」書くのか。

本編を読んでもその意味必要性が本当に分からない読者がいるとしたら、そいつはもう馬鹿しか言いようがない。

そういう人間機微がわからねーやつに社会なんかわかるかよ。

ちょっと熱くなってしまったが、走り書きなので言葉遣いが汚いのは許してほしい。

そもそも自分は「学者の書くあとがき」が好きなのだ。半分タレント化した人は別として。

学者場合小説家などの他の文筆業と違ってどうしても本編の制約が大きい。

たとえ一般向けであれ「学者の顔」で書く以上は、事実関係客観性を重んじるのは勿論、表題に掲げたテーマに何らかの結論を出すことが求められるから

それだけに、あとがきでは「学者の顔」に収まりきらない著者の顔がにじみでているのが、本編と相まってすごく味わい深く思えるのだ。

その意味で益尾氏のこのあとがきは、「学者あとがき」として大変面白かった。

自分が今まで読んだ中では、安丸良夫近代天皇像の形成』のあとがき彷彿とさせる面白さ(この意味が知りたい人は読んでもらえれば分かる)。

2020-03-09

anond:20200309102630

良質な書き手が突然投稿やめるのは、そんな理由があったのか・・・

(後からジャンルにはまり面白いところでエタってる作品ばかり見つける)

2020-03-07

anond:20200306004725

女性向けジャンル(ここで言う「女性向け」は元増田が挙げたような男性キャラ率100%のソシャゲ等のことです)のはずなのに公式顧客である女性への加虐性や性欲を満たすことを優先するのってわりとあるあるだよね

ドS男子が好きな女性向けにそういうキャラ付けをされているとかではなく女性読者をただただ不快にさせるような台詞を言わせたり

人気の男性キャラ作画は手を抜いて正直あまり人気がなく売り上げも見込めない男の娘女装子キャラ、下手すると通行人Aレベルモブキャラ女性作画に力入れまくったり

女の子を描けないストレスオカズにできない男キャラを描き続けるストレスが凄すぎてそうでもしないとモチベーションが上がらないんだと思う

お金儲けのために人気の男性キャラ露骨優遇する等安易人気取りに走るのもよくないけどそれすらも投げ捨てて優先される男の本能ってどんだけ強力なんだ

しろ“どちらかと言うと”男性向け寄りで

男性キャラ女性キャラどっちも出てくるような一般向けゲーム少年漫画青年漫画の方が書き手の嫌な加害性を垣間見ることが少ないと思う


意味全然伝わっていないので少し改変しました

2020-03-06

anond:20200306223420

合わない二次創作ってあるよね~

書き手に凸しない限りはどんな感想もってもいいと思うよ

今回読んでこの書き手自分と合わないなってわかっただけよかったじゃん

2020-02-28

anond:20200228153043

風邪・・・軽症なんでウイルス細菌特定はしないしする必要がない。何に感染たか最後まで不明のまま終了。免疫力偉い

超高熱が出たり、喉鼻以外の個別の症状が出たり、複数人が死んだりする、

定義リスト形式説明するのかと思ったら二つめはそうではない。

この時点で「読みづれえな」ってなるはず。

しかも「ウイルス/細菌特定はしない」という説明おかしくて正確には「原因の特定はしない」だよね。

「(気管支炎について)軽症の場合は原因の特定をする必要がない。多くはウイルス細菌が原因であると推測されるが、原因の特定はしないので不明のまま終わる。それを一般風邪と言う。」

という順番で説明するべきだ。

そして謎の矢印。

どういう意味の矢印か分かる?

軽症の場合はこう→重症場合はこう、という症状の進行の矢印かな?

超高熱が出たり、喉鼻以外の個別の症状が出たり、複数人が死んだりする、

ウイルス細菌特定する

でも、こっちは原因と行動の矢印だよね。

高熱が出たら→原因を特定する、という。

二種類の矢印が説明なく混在している。

超高熱が出たり、喉鼻以外の個別の症状が出たり、複数人が死んだりする、

ウイルス細菌特定する

その中のひとつ肺炎

相当おかしいよね。

肺炎」というのは「喉鼻(の炎症)以外の個別の症状」のうちの一つであって、

特定されたウイルス細菌」のうちの一つではない。

ウイルスについて説明したいなら「肺炎を引き起こすウイルス」と書くべきだよね。

逆に症状について書くなら「ウイルス性の肺炎」などとなる。

もちろん推測を働かせれば文意理解できるよ。

でも、あちこち説明が飛んでて整理されてないから、一つ一つを追っていくとぐちゃぐちゃなわけだ。

ついでにこっちの説明もすると、

人間の周りにはたくさんのウイルス細菌がある

でもほとんどは雑魚

病気になる原因ではないし、なっても大事には至らない

大事に至らないので正体を突き止めずに終わる、それが風邪、ここまではいいか

この文章だと「正体を突き止めずに終わる」の「正体」は「ウイルスの正体」という意味なっちゃうよね。

要約すると「人の周りにはたくさんのウイルスがあるけどほとんどは雑魚なのでその正体を突き止めずに終わる」だからね。

でも趣旨としては「病気の正体(原因)を突き止めずに終わる」と言いたいわけでしょ。

混乱してるよね。

ほんで中には大事に至るヤベーヤツがいる、なのでウイルス細菌特定する

そのひとつ肺炎状態に至る可能性の高いウイルス細菌であるし、

バイオセーフティーレベル4の施設管理されているエボラなどやな

単純に文章おかしい。

「それがAであり、またBである」といった形式に整えないと。

ほんで、肺炎状態に至ることも多いウイルスはヤベーやつとして風邪とは区別されている

ここで区別されているのは「ウイルス風邪」ではなく

肺炎引き起こしやすウイルス」と「風邪を引き起こすウイルス」だよね。

風邪悪化して肺炎になるのではなくて

肺炎に至る可能性の高いウイルス細菌感染したが進行が止まらなかったので

肺炎状態になっただぞ

そもそも新型コロナ感染したって軽症で済めば「風邪」として処理されるわけで。

「あらかじめ何のウイルス感染たか分かっている」かのように書いているのがおかしいよね。

言葉定義書き手が整理しきれてない。

2020-02-26

最近つまならくなってしまった書き手

ネット発で独特な低めの視点から発言を繰り返し、単著を出したらネット上ではわりと時の人扱いになって、本人もわりとその気になっているらしい感じなのだが、プロの物書きとして身を立てていこうとするにつれて、どんどんつまらなくなってしまっている書き手がいる。

どうしてこうなってしまったのだろうか。この人の創造性が痩せ細っていく過程他山の石として考えてみたい。

自らを繊細で、あいまいで、弱いが、やわらかい知性があり独特の視点をもった書き手として売り出していくことは、諸刃の剣なんだろう。

その人の発言書籍化されて、広い範囲の人々の共感を得るにつれて、書き手はもう弱者ではなくなってしまう。

自分発言根拠自分で掘り崩してしまうというか、読者から共感を得ていた理由自分自身で消去してしまう。受けていた鉄板ネタがなくなってしまう。書くことがなくなってしまう。

そのことを自分でも気づいており、年を取るにつれて独自視点が失われてしまうので、これまで何者でもなかった自分というあいまい状態を脱却して、プロ作家として身を立てようと、クリエイティブクラスタとの付き合いに移行する。

そうすると、自分書き手たらしめていたある種のアマチュアリズムますます失われてしまうので、自己イメージとしては作家であろうとしても、書くことはもうない。

自分コンテンツが痩せ細っていることは自覚していながらも、自己意識としてはすでに作家なので、イベントをしきりにやったり、書いたものにペイウォールを設けて読み手課金させようとするが、周囲の人間は興ざめししまって離れていく。

創造性とは、予期していないときに突然与えられる恩寵のようなものなのだろう。

さまざまなものを吸収していながら、それを外に出そう、売りに出そうと思っておらず、暇になったときに、不意に面白いものができることがある。

そんなふうに、泉が静かに満ちて滴り落ちるような瞬間を待つことができないのなら、もう覚悟を決めて、職業的に、自分毎日油種のようにして絞り上げて、書くしかない。

どちらもできず、自分オリジナリティがある、自分はほかの人がない物を持っている、と思って、クリエイティブな人と付き合って、自分クリエイターになった気持ちになっているだけでは、なにも生み出すことができない。

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