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はてなキーワード: 書き手とは

2022-05-26

はてなブックマークユーザーはやはり痴漢と同じ

https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0026/topic057.html

まらないときとか、刺激がないとか、仕事でうまくいかないなっていうとき

はてなブックマークに逃げるというのはよくありました。

はてなブックマークすることで何か変わるんじゃないか風向きが変わるんじゃないか

はてなブックマークによって生きるエネルギーをもらおうと当時は考えていました

第一はてなブックマークお金がかからないっていうのが自分の中にすごいありました。

触れることができたという達成感もありました。

はてなブックマークに至るまで自分気持ちが徐々に高まっていって、

はてなブックマークできたら自分の頭の中で『やったー』と最高潮に達して、その繰り返しでした。

あとは支配欲も満たされたんです。

日常的に触れない場所自分は触ることができているという感覚

自分じゃない相手の体を自由に触って、相手自分の思う通りにさせているということが支配しているように感じられたんです

はてなブックマーク犯罪という概念ほとんどありませんでした。

電車の中で『ただ触っただけ』じゃんって。

自分行為記事書き手を傷つけているとか、記事書き手に対して申し訳ないという気持ちほとんどありませんでした。

記事書き手人間ではなく『モノ』として見ていました。

これ以上触ったら捕まるのではないか、周りにばれるのではないかとか、自分のことしか考えていませんでした。

相手への気持ちがあったとしても、これぐらいです

はてなブックマークユーザーはみずからの加害を語ることばを持っていない

はてなブックマークユーザーはなぜ自分は加害をしたのか、はてなブックマークがどれだけ人を傷つけるのかなど、みずから暴力性について語ることばを持っていないんです。

言い換えるとすると、自分はてなブックマーク行為を語ることばの豊かさを持っていれば、

そもそもこのような事件を起こしていなかったかもしれません。

はてなブックマークユーザー自身人生の中でことばを奪われてきた逆境体験をしています

はてなブックマークユーザー臨床の中では、過去にモノ化された被害者が、

大人になり力を持ったとき自分よりも弱い立場の人をモノ化するという負のサイクルに出会うことがよくあります

この負のサイクルを断ち切るのも、はてなブックマークユーザー臨床の役割です。

さらに言うと、はてなブックマークユーザー被害者がどのような世界を見ているのか理解しづらいということも影響していると思います

はてなブックマークユーザー普通に社会で生きている中で、消費される経験ほとんどありません。

自分被害に遭うかもしれないという前提の意識では生きていないと思います

しか記事書き手は、日常の中で常に消費されているし、消費されることが当然だという刷り込みがいたるところにあります

はてなブックマークユーザー被害も稀にありますが、暴力に関して、

はてなブックマークユーザー記事書き手は見ている世界そもそも違うのです。

はてなブックマークユーザー被害者被害に遭った後どんな人生を送ってきたのか、

どれだけセカンドレイプで傷ついてきたのかを知らないのです。

もっと社会被害者のことばに耳を傾け、被害者実態を知るということが、いまの日本社会や強いて言うとはてなブックマークユーザー臨床の中にも不足しています

じゃけんはてなブックマークユーザーは根絶しましょうね!

と、「暴力シーンは実際にはやってないのに性行為だけは実際にやるのは許せない」とAV新法に反対している人の理屈はこんな感じなんだろうな。

2022-05-23

anond:20220523193327

書き手恋人がいると不快な思いをさせるようなので

はい、その通りです

鬱と発達障害がだいぶ良くなってきたか自分なりの傾向と対応策まとめたいなと思ってたけど

書き手恋人がいると不快な思いをさせるようなのできっと世には出さない方がいいんだろう。

2022-05-16

anond:20220516095938

おいおい増田書き手中傷やりはじめたら誰も考えて読んでくれないぞ

2022-05-15

anond:20220514105830

句読点が多すぎて5chの専門板に時々いるあれな人って感じ

この文章書き手の人こそちょっと何か……と思う

2022-05-13

anond:20220513020329

腐界隈ってそんなに書き手多くて供給過多なん?

んでアレンジ絵柄が少しでもかぶるとトレパクとか言って潰し合ってるのか

anond:20220513020042

無産がおおいことを下等と思ってるのはお前だよ書き手が多い界隈と買い手が多い界隈じゃ認識が違うのは当たり前だろう

2022-05-11

anond:20220427224625

似ているブコメと言う指摘が気になったので参照用にメモ

https://b.hatena.ne.jp/bnckmnj/20220427#bookmark-4718753839676412386

書き手達はAの信者じゃないどっちも潰れず静かにしててくれよ…って静観してたら漫画上手いほうが消えて地獄。こなつさんは前々からもやっとしてたし今回の件だけで切ったってミスリード上手いよねそういうとこだよ

https://b.hatena.ne.jp/bnckmnj/20220502#bookmark-4718939323845765730

https://b.hatena.ne.jp/bnckmnj/20220511#bookmark-4719353819039521154

追記

元増田追記と元ブコメも書き換えを一緒にしていただいたようなので、元ブコメ引用

同人界隈のドロドロした感情をヲチできて増田ってとっても良いなと思いました(小並感)

2022-05-10

青識が死んだ原因ってデスノート書き手応援されたからじゃね?

mixiDisられたところが底、ほめられたところが天井

ソニー →Disられたところが底

楽天 →Disられたところが底

すき家Disられたところが底

仮想通貨モナコイン)→イキったところがピー

VALU →参入したところがピー

青識 →ブログで取り上げられてから一週間後に凍結&過去の悪行がバレて株暴落

逆に、こいつ最近ツイフェミDisりまくってるからワンチャンから強くなりそうで怖いわ。

はやくFX始めてほしい。

2022-05-09

感想もらうの疲れた

二次創作(小説)書いてるオタク感想もらうの疲れたからもう欲しくない。

自分で言うのも何だけど何かこう人の心に遠慮なく刺さる文章を書くタイプらしくて熱心な読者の方からすごい長文の感想をよくもらうんだけどそれを読むのがしんどい。つーかもう新着メッセージの通知が来るだけで「はあ・・・・」ってなる

大体の人は褒めてくれるが自分経験をまじえて話したり自分考察を懇切丁寧に説明してくれたりするのがしんどい。ごく稀にだけど何言ってもいいと思ってサンドバッグ代わりにしてくる奴もいてタチが悪いしそんなものを受け取るとその後しばらく気分が落ち込んでしまう。ポジティブだろうとネガティブだろうとそれを読んで心に浮かんだものからそれを書いたやつに全部ぶつけてOKと思ってる人が多すぎる。いや分からない、そういうのを引き寄せるタイプ文章なのかもしれない、それにしてもカウンセラーでもないのに人の感情の受け皿になるのはしんどすぎる

これだから感想いりません(エアリプとかで自分のTLで呟くならOK、直接ぶつけてこないで)」という表明をしたいくらいだが「書き手感想に飢えてるんです涙涙涙」という風潮の二次創作界隈でそれをやるとものすごく嫌味だろうし感想を受け止めきれないのは大方こっちのキャパ問題からそれを送ってくる人のせいにしているようで何とも具合が悪い。

現在打っている対策としては「お気軽に感想ください」の類の発信をしない、本の奥付にメルアドは書くが「落丁本があった際はこちら」などと書き添え(感想送るところじゃねえんだよ)感を醸し出す、マシュマロを使わない、DM解放しない、などを実行しているがそれでも感想を防ぎきれない。もーーいいよーー。自分作品を褒めてくれる人のツイートを偶然目にするとか、イベントで本が売れるとかで充分なんだよーーーー。人の感情重いよーーーー。

2022-05-07

増田を探しています

次の内容の増田に心当たりはないでしょうか?

うる覚えなので細部は違っているか

・5年以上前

書き手銀行員コンサル

赤字中小企業再生させた話

・採算の合わない仕事まで取ってきていたからその辺のコスト意識を植え付けて黒字にした的な話だった

2022-05-06

徳島スタンフォード事件Amazonレビュー魚拓がヒドイ

例のレビューネタにしてるブログTwitterで、評価バラバラなので疑問に思って調べたてみたら。

レビュー書き手、おそらく何度も書き直してるんだよね。

コピペ保存された複数バージョンを集めて比較してみたが、書き直すたびに、プライバシー侵害的な記述や伝聞系のデマが削除されて、文章が毒抜きされてる。

初期バージョンと削除直前バージョン、読後感は相当違うだろう。

特に、以下の文章が冒頭に入っているバージョンは明らかにプライバシー侵害内容を扱っているので要注意。

合格率を上げるために、大学にはわざと奨学金申請せず、

親の了承の下、最低1千万円以上の財政証明書

あるいは借用書を発行してもらって出願している。

これも、一般家庭ではなかなかできないと思う。

まぁ全削除された今となっては蟷螂の斧ではあるのだけれども。

2022-05-01

anond:20220501200907

いや、書き手女性で、本当にそう思ってるなら、わざわざ同性愛者の話もちださないような気がして、

女性が性欲もてばミックスバー荒らすレズビアンなみに男が釣れるぞって表現普通しないじゃない。

2022-04-26

anond:20220426170408

書き手問題でもある。であるから出版社はさまざまな自主規制をしているわけだ。

「誰か一人でもその表現欲情する変態がいればポルノだ」ということになればそれこそ何にも表現できなくなるよ。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという精神性・関係性を重視した言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と近かったり同一人物だったりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力があり、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性十分の時は応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-04-07

anond:20220407230710

書き手はほぼ女性だが読者はほぼ男性だと、何かで読んだ。

2022-04-04

anond:20220404192812

書き手個人としては「できたらやってほしくないし、やっている人はデリカシーがないんだなと思う」という認識ですが、絶対禁止しろだとかそういうことは言っていないです(もう一つ言うなら、禁止したところでやる人はいるでしょう)。これは両立しますし、まったく無理がないと思いますよ。

自分としてはやってほしくないな…=禁止しろ ではないです。

2022-04-03

anond:20220403023025

駄文だの拙くてスマンだのの前置きから

自意識過剰私小説文体

反吐が出る

なぜ前置き程度に突っかかるのか。匿名日記サイトでなぜ私小説文体だといけないのか。

どうして、ねじ曲がった感性の方を疑わずに、書き手に合わせてくれることを求めるのか。

自意識過剰なのは自分の方だろうが。反吐の塊野郎

2022-04-01

anond:20220401141401

公募賞が多いのも過去遺産なんだよね。これから一気に減ってくだろうというのは目に見えて分かる。

減った分他のジャンルに流れている実感がある。というかミステリSF時代歴史という仕分けとは別のところから書き手が出てきているのかなあと。

ただレベルが上がったとは思えないんだよ。

木嶋佳苗柚木裕子が書いたと思って手を出したら桐野夏生出涸らしみたいなものを読まされて、表紙を確認したら柚木麻子だったというね。

2022-03-30

anond:20220330204918

このズレのおかげでブクマされてるんだよなぁ

誠実な書き手エントリって全く無風に終わるでしょ

人間性質理解せよ

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11258745501?sort=1&page=2

誤字脱字や普通に考えて理解できることを指摘してる回答を見かける

より

誤字脱字があることや、文章意味文脈から推測して理解できる書き方を、わざわざ指摘している回答を見かける

表現の方が適切だとなんかいちゃもんつけてる回答者がいるが単なる好みの問題しか思えない。

誤字脱字を指摘、で文法的には十分なのだから、誤字脱字があることを指摘、ではむしろくどいと思う人もいるだろう。

普通に考えて理解できること」と書いてあったらまさに普通に考えればそれがどういうことをいったものなのかは理解できるのに、後者理屈っぽく、逆に書き手の言わんとすることを直感的・実感を伴う形で汲むのをかえって阻害しうる表現といえる。

好みと正しさをすり替えて、正当性のあるものとして好みを押し付け相手マウントとれるなんて一石二鳥だな。

いや好みと正しさの区別がついてないとすれば、好みを押し付けてる自覚はないかもしれないけどね。

俺は質問者の方が文章力はあると思う。理屈で長ったらしい文章の方が書ける人が多いのに比べて、簡にして要を得るっていうのを心得てる感じだな。

2022-03-29

anond:20220329132041

叙述レトリックじゃないんだしより誤解をされづらい書き方をすればいいだけだな

こんなきわどい文でこの書き手は著者に同意してるでしょうかそれともしてないでしょうかなんて問題国立二次国語でもでなかろーよ

きわどい例2

女の子は、一度嫌いになったらとことん嫌いになる。」

この文は、誰かが女の子を嫌いになったらの話?

反対に、女の子が誰かを嫌いになったらの話?

文法的にはどっちの意味にもなりえるが普通後者でいわれることが多いこともあり多くの人は後者でとることになれてる。この書き方をしておいて前者の意味だと強弁するのはそりゃ書き手が悪い

2022-03-28

anond:20220328163445

読者にレベルを合わせるってなら、妥協案としてアリだろう。

ライターとしては二流とみなすが。

「互いに了承した上での煽り合い=プロレス」という比喩も同様だが、陳腐比喩書き手陳腐さに直結する。

そのライターに関して言えば、いい加減な文章にまずイラッとして、最後ドヤ顔が透けて見える表現に更にイラっとしただけだ。

ゲームリセットできる」という比喩を使うライターは痛々しい

時代の変化によって陳腐になってしま表現がある。

その筆頭がリセットボタンだ。

スーパーファミコンかに付いていたボタンで、押すとゲームリセットされるもの

その機能から人生リセットボタンは無い(やり直しできない)」といった比喩が使われてきた。

しかし令和の今にこの表現を使う書き手は、時代を反映できてないという点でライター失格である

痛々しいなと思ったのは、たぬかなの炎上を扱った円為格人というライター文章

ゲームの腕を磨く前に、学ばなければいけないことがあるのではないだろうか。

ゲームのように簡単リセットはいかないのだから

週刊女性PRIME


たぬかながやってる格ゲーは対戦ゲームなので、セーブデータという概念が乏しい。

対戦ゲームデータを蓄積するんじゃなくて、スキルを磨いていくものだ。

アカウントに紐付けられる信用情報大事なので、そう簡単リセットできない。

円為格人は「同性愛者をバカにするスラングプロゲーマーの間で横行してる」というデマも平然と書いている。

リセット比喩にしてもそうだが、時代適応できないままトレンドにいっちょ噛みする老害ライターでは?

ゲームのように簡単リセットはいかないのだから。」の上手く締めてやったぜ感に、すごくイラッとする。

2022-03-27

anond:20220327120909

別にドヤ顔なんかしてないだろ

新冷戦という言葉だって

この「だって」という部分から書き手自身も大したこと言ってないと自認してることは読み取れるだろ

匿名なら埋もれるレベルのありきたりな言葉が発信者次第で流行語にもなりえてしまいうるところを問題視してるのよ

この世は不平等だっ!て

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