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はてなキーワード: 喚起とは

2021-06-16

anond:20210616184902

Twitter野間易通オタク多数派じゃないから一切必要とされていない。活動には来んな!もちろん偏見持ってます」[09/26]

https://awabi.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1411671042/1

自称ヘボヤー@heboya

僕はまあ、僕個人性格資質的な問題とかもあるのでアレなんですが、

その上でさらにはオタク層の人間なので言えるのだけど、ああいう「挑発による喚起」は、

やっぱり感情の瞬発力の高い人向きで、たいていのオタク層はそーじゃないのよね。

から手段として向いてない。

https://twitter.com/kdxn/status/515202390941642752

野間易通@kdxn

おまえら一切必要とされてないのに、なんの「手段」だよ(笑)

俺らがオタク挑発して引きこもうとしているという妄想をまず捨てろや

https://twitter.com/kdxn/status/515202390941642752

野間易通@kdxn

こういう勘違いが起こる原因は、

オタク自分たち多数派だと思ってるからだと思うけど、

オタク一切関係なく世の中動いていくんですよ。

自分たちは待望されている」という幻想を捨てろ。呼んでない。

https://twitter.com/kdxn/status/515202785155899392

小説想像することを楽しむ娯楽ではない

小説の情景描写には読者として苦労させられる。

具体名挙げてしまって著者には申し訳ないのだが「未来からのホットライン」の核融合炉の施設内部の描写がてんで理解できない。説明が緻密なのがむしろネックになってる感じで、キャットウォークとかトンネルとか配線とかの位置関係三次元的に脳内構成されていかないんだよ。本当に上下左右という程度の確度でしか把握できない。

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小説漫画とかと違ってイメージ押し付けられないのがいいという意見を聞くことがある。個人的にはこれはイメージという単語の前に「自分が気に食わない(特に人物容姿)」という文言が省略されているように思える。

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想像することって、はっきりいえば単に手間でしょ。小説想像することを楽しむものって手段目的が逆転してる感じで、本来は「筋書きを楽しむもの」だと思う。筋書きさえ面白ければ、そして挿絵とかが適切なら、想像しなくて済むのならそれに越したことはない。

くだんの小説建物の「構造」について図があるからといってイメージ押し付けられたと感じる人は例外的だと思うから文章で全て言い尽くそうとしないで見取り図ぐらい添付してもよかったと思うんだよね。

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私と同じ考え方っぽい人を二つ挙げとく

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情景描写小説は、すげえ小説だが、すげえ読みにくい

https://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2014/02/21/090746exit

小説風景描写が苦手なんだが

https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1514063554/exit

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そしてどうしてもこれだけは抜粋ときたい(5chのレスから)

既存文章を組み合わせるとか

文章だけで考えてると「この馬はどこから走って来てどこに行ったの?

なんでそんなとこから馬が走ってくるの?」

みたいな変な部分が必ず出てくる

読む側からしてもまさしくそういう感じで、結論としては始点と終点が一致したループだと言っていても、今までも風景説明から本当にそのことが導けるのだろうかという感覚になることがある。

各部分の描写から全体を統合できない感じで、整合性を認められないことがある。

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前記の小説施設見学するシーンでも各区画主人公たちの足取りに沿って説明していってるのだが、いつのまにか前いたところが主人公達の頭上にあることになっている。

かにエレベーターで地下に降りる描写はあったけど、上下関係で足取りが立体交差できるような文章だったか

区画という各部分の風景だけは十二分に頭に浮かび上がってくるんだけれど、ジグゾーパズルでいうならそれはピースの凹部や凸部があやふやになっている状態にたとえられる。

なのでそのパズルを組み合わせる=建物全体の構造を把握することもできないとなる。これが読後感にもやもやを生む。

そもそも自然言語というものねじれの位置とか含めた抽象的な位相関係表現するのに不向きなのかもしれない。

そうでないにしてもせめてPISAとかは単純な論理パズルで読解力を測るんじゃなくて風景説明文に対して、少なくともこれは与えられている文に矛盾しないという図を選択させる問題も導入してほしい。

ネックが読者側にあるかもしれないかもしれないのにその問題が十分には剔出すらされていないように思われるから

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そもそも情景(風景)描写側に難があるという場合もある。

「船べりに足をぶらぶらさせていた」文学事典に載ってるような作家の手になる表現だ。しかし「船べりに」とは一体どういう状況なのか。

「船べりで~」であれば人がデッキの手すりでも背にして寄りかかって片足をぶらつかせる風景が想定される。

この話は作家自身航海記であって大西洋を横断できるような鉄の船の話だから「船べりに」何かをするにはへりは高すぎると思われる。和船の小舟のように足をへりに置けるような状況じゃない。

たとえれば無理に腰よりも高い塀の上に片方の足を足の裏を外側に向けて乗せるイメージでただでさえ不安定姿勢から、せいぜいへりをかかとで擦るようなことはできても、重力に逆らってぶらつかせるとは描写として不自然と言わざるをえない。

思い込み文章を書くとそういうことになると聞いたことがあるからちゃんと正確に書いてほしい。

正確に書けば書くほど想像余地が少なくなるから小説としてつまらなくなる、というものではない。

想像する楽しみと小説の楽しみ方としては二次的なものだとは前にも書いた。限定的で端的な例だが、泥のように眠るという慣用句を小石のように眠るアレンジすることで生まれるような詩的な妙味を味わうことも小説の楽しみ方の一つだ。

酒などを希釈しないで飲むことを生一本といっても、水で薄めずにといっても、神の創りたもうたままにといっても、どれも全く「希釈しない」という全く同一の事態を指しているうえでにその同一性こそがその描写が正確であることを示す必要条件でもあるわけだが、こうした同義フレーズが畳みかけられている箇所にも、同じ事態概念への落とし込み方の多様さに面白みが認められるだろう。

俳句小説じゃないけれど、あれなどは兼題写真があるのが普通だ。写真というこれ以上なく正確な像を前提としているからといって、そこから派生される俳句の数々に「想像余地がないからつまらない」と批判する人間がいるだろうか。

しろ想像喚起を重視する人のブログとか見ると「容姿描写ほとんどされてないのを逆手にとってわざと金髪美少女イメージで読んだ」とか言ってるような人もいて、想像するのを楽しむというやり方は小説カップ麺の重しにするのと同じぐらいひねくれた本の使用法なのではないかとさえ思えてくるわけだ。筋書きを楽しむ、表現のものを味わうというのが文句なく一義的な意義であるとすればなおさらだ

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必要だと思ったとこだけ読み込んで不必要だと思ったところは読み飛ばせばいい、授業だって教師の言うこと全部覚えてない、それと同じだというような人もある。

しかし授業内容と違って小説は内容を問い合わせることができない点で致命的に異なる。

不十分だと思って読み込もうとした箇所も独力では一生かかっても理解できないかもしれない。

作者は思い描いた風景必死に文に落とし込もうとしたかもしれない。作者は情景を読者と共有したがってる。なのに十分に伝わらない。こんな悲惨なことがあっていいのだろうか。

小説には攻略本ITの専門書にありがちなサポートダイヤルもないんだ。

二重回しとか大島紬みたいな名詞の指すものが単に想像できないとかだったら画像検索すれば済むことだけど、実際に読んでてつまづくことが多いのは文や文章という総体がどういう具象や抽象を指し示しているかとことで、でもこうなったときには打つ手がない。

人工知能は与えられた文章イメージに接地させずに意味理解できるが、人間としてはイメージ還元できないことには文章を味わうことはできない。

もちろん読者側の能力問題かもしれないからそこは見極めなければならない。

先述のようなPISAなどの結果によりそういう能力が不十分と分かれば、出版業界小説には抽象的な構造に関して図解を挿入するよう働きかけるか、さもなくば教育刷新するか、そういう判断の指針が得られる。

教育刷新するというのは単に文章多読すれば読解力を身に着けさせられるはずだという今の態度が不十分という意味で、一つ文を読ませたらその文が一般的に指し示すことになる図を提示するといった訓練を導入するべきだと思うということ。

単文が示す風景(あえて情景とはいわないでおく)すらもまともにイメージできないようでは複文や文章の指し示す風景もまたイメージできるはずがない。

基礎(単文)を固めることでしか応用(文章)を扱えるようにはならないということではむしろ数学と同じだ。そういう心持で読解の養成には取り組むべきだ。

これはあくまで娯楽として小説を読むのに役立つのみではない。

たとえば百聞は一見に如かずといっても社会生活のうえでいつも文章が指し示す現物を持ってこさせられるとは限らないから、文章イメージ還元する力は実務的な能力でもあるわけさ。

2021-06-02

anond:20210524013538

元増田です。

トラバを読んで、思うところももあり、なんとなく返信。

性欲ではあるけれど根底は妻に"自分を受け入れて貰えた"と言う承認欲求から

たぶんすれ違っているのはここの認識なんだと思う。

性欲だけど、承認欲求。その通りです。

から拒否されるとツラいんだよね。

女側の承認要求として、「セックス提供しなくても受け入れて貰えた」ってのがあるから

どうあっても嚙み合わないんだろうな

このまま我慢を続けたら、最終的に妻の認識はそっちになりそうです。


なあ、クソガキだからからないんだけど 抱きしめてドキドキするなら撫でるだけとかじゃだめなの?やっぱ挿入しないとだめなの?

こちらもいい年なので、挿入しないのも可ではある。

が、「挿入しないこともある」というのは我慢できるが、「イチャついても一切挿入禁止」となるとちょっとツラいよね。


話し合いじゃないだろ。空気重たくしてどうするんだよ。話術で百合子を口説けるか? 無理だよ。

抱かれたいと思われなきゃいけない。例えば、女性男性権威性に惹かれることがある。他の女性含めて多人数から慕われているという状況が、いやーんこの個体になら抱かれてもいい、という感情喚起することがあるのだ。

まあとにかく、妻の警戒心を解くところから始めないといけないな。猫と同じだ。

その通りだと思う。

釣りバカ浜ちゃんのように、「合体しよー」とか明るく言えたらいいのに、と思うことはしばしばある。

が、とても言えない...。

「重くしてどうすんだよ、俺」と心では毎日思ってます



お酒を飲んだ後、旅先での温泉上がり、あるいはお洒落して出かけた同窓会から帰ってきたときとか、妙に色っぽい時ならガードが甘いことある

オナニーするところを見てもらって、気がのったら参加してもらう方式で久々にセックスした例を聞いたことがあるけど、そういうことできる間柄じゃないと嫌悪感増すよな〜。

こういうのもそうなんだが、一度空気重くしてしまうと、気軽にチャレンジできなくなる。

「また断られたらどうしよう、これ以上傷つきたくない」という防衛反応が働いてしまう。

というか、今更だが、客観的に見て、自分プライドが高いのかもしれないと思った。

バカを演じて、実利を取ることができない。

他にも、セックスレスに関するネット記事で見かける女性側の意見で、

セックスしたい時だけ、家の事を手伝ったり、猫なで声で優しい事言ってきたりするとと本当にムカつく

とかあるのだが、こんな風に思われるとなると、不用意に優しくすることさえ躊躇してしまう。


トラバを読みつつ、改めて、どうなれば自分は満足できるのかを考えてみた。

自分の望むのは、妻側から

あなた気持ちに気づかなくてゴメン。私もセックス大事だと思う。私もセックスしたい」

と言ってもらうことだ。

だが、これはまず起こりえないであろうことももわかっている。

それに、仮に言われたとしても、妻が状況改善のため仕方なく言っているだけ、と考えられるので、おそらくすんなりとは受け入れられないだろう。


セックスレス問題は、白か黒しかないので、必ずどちらかが我慢を強いられるとあるが、その通りだと思う。

そして、不機嫌になる理由をもう一度考えてみた。

結局のところ改善が難しいのがわかっているので、

自分がこれだけ苦しんでいるのだから相手にも少しは苦しんでもらいたい」と、思ってしまっているのかもしれない。

自分でそう考えているのかもしれないと気付いたら、俺って心の狭い人間だなぁ、と自分自身が嫌になってきた。

このままいって、

「今まで無理強いしてごめん。だけどもう貴方の傍に居るのも辛い。だから別れよう」

手の届かない他人になってしまえば、互いにこんな思いをする事も無くなる。

この結論にたどり着きたくないと思うばかりだが、そうならない自信はない。

諦めている内に枯れたって話しか見ないけど。

一番可能性が高いのが、これだが、これもまた悲しいなぁ…

日本夫婦もっとセックスすべきだよな。

どこかの政党が、

夫婦は月に1回以上のセックスをしなければいけない。セックスしない場合は双方の同意必要

とか法案化してくれないかな。

投票するよ。

PS.

どこかで読んだ記事だが、「中年になってセックスレスになるのは、若いから奥さんセックス好きにさせられなかった旦那の落ち度」とあった。

もっといろいろ努力して、頑張れば良かった。

くそう、時を戻して、やり直したい。

2021-05-28

anond:20210524013538

科学的に考えると、増田増田の妻を理解していないと考えられる。どうゆう性格でどういう時に笑いどういう時に発情する個体なのかを理解できていない。

元々発情しにくい個体なのかもしれないし、性行為が好きでない個体である可能性もある。

これは増田の性行為が下手だった、というこれまでの行いによって生まれた結果かもしれない。

では性行為するために必要なことは何か。

話し合いじゃないだろ。空気重たくしてどうするんだよ。話術で百合子を口説けるか? 無理だよ。

抱かれたいと思われなきゃいけない。例えば、女性男性権威性に惹かれることがある。他の女性含めて多人数から慕われているという状況が、いやーんこの個体になら抱かれてもいい、という感情喚起することがあるのだ。

まあとにかく、妻の警戒心を解くところから始めないといけないな。猫と同じだ。

2021-05-25

近所に住んでる猫缶に不凍液混ぜてるおばさん

念の為ぼかす。

一昨年、近所の庭のある1戸建てに一人暮らしのおばさんが引っ越してきた。

その家は前住居者が離婚して、家族が出ていき、その所有者がリフォームを施し貸家にしたものだ。

日当たりが良く、庭はその家と隣の家の間にあり南側道路に面していたので、日照権を得られなかった私の家族はその家を羨ましがっていた。道路に面した部分はフェンスと門扉で覆われているが、野良猫がそのフェンスをくぐり、その庭の間を通るのを昔はよく見かけた。

独居中年女性存在結構珍しく、母の仲間たちも「未亡人なのかね」「子供が独り立ちしてるのかもね」「ママさんバレー興味あるかな」と引っ越し当初は持ち切りだった。

しかし、あまり周りとのコミュニーケーションを取りたがるような人ではなかったみたいで、周りもソッとしていた。

近所に大きな駐車場があり、そこに結構な数の野良猫がいた。過剰に猫に餌やりをする女がいて、そのせいか野良猫のたまり場になっていて、近所に庭のある家は糞尿の被害にあっていて、夏場の臭いは酷いものだった。

おばさんの家の庭も例外ではなかったのが容易に想像はついた。おばさんは園芸が好きみたいで、庭にはプランターや木の入った鉢など沢山おいてあった。

その横に開封してある猫缶らしきものが置いてあったのが驚いた。庭を荒らされても平気な程、猫が好きなんだろうなと思った。

ある日、珍しくおばさんを庭先で見かけた。おばさんはしゃがみこんで、菜箸で猫缶の中身を混ぜていた。その横に青色の不凍液のボトルが置いてあり、チョビチョビと猫缶に不凍液を混ぜながらかき混ぜているのだ。

ギョッとした俺は、見て見ぬふりを通り過ぎた。

今まで彼女はずっと、野良猫に不凍液を混ぜた猫缶を与え続けていたのだ。

今朝、そういえば最近野良猫全く見なくなったね。と母が言った。去年はふん尿のニオイも無くて良かった。窓を開けて喚起ができたから。そういえば駐車場でも冬場に野良猫1匹も見なかった。保健所に連れていかれたのかもね。車運転する時、誤っていつか踏むんじゃないかと思ってたから、ホッとしたよ。

そんな話をしていた。

俺は猫は好きでも嫌いでもないが、野良猫に餌をやる行為は間違いなく誤りだと思う。動物を飼ったことのある人間ならわかると思うが、餌やり、トイレの世話、健康チェックから看取りまで、全てこなして飼育なのだ

去勢手術も施さず1番楽な餌やりだけやって猫を護った気になれるならそれは独善的すぎるし、なんなら雑食の猫の自活力を奪い、の不幸の連鎖を繋ぐ手助けをする悪魔的な行為だ。手えだすならしまいまでやれと、俺が子供の頃に働いていた湯屋で世話になっていた職人が言っていたのを思い出す。

おばさんが恣意的野良猫を殺したことは、褒められたことではない。しかし、おばさんを責める事は誰ができるんだろうか。地域猫としての処置をされた野良猫なんて1匹も居なかった。

愛護法に動物はみだりに殺してはいけないとあるが、おばさんは自分の家の敷地内に不凍液を混ぜた猫缶を置いていただけだ。近所を歩き回って叩き殺したわけでもなく、猫のいるスポットに毒餌を置いて回っていたわけでもない。「みだり」の定義に反するかは疑問である。猫いらずでねずみを殺す感覚に近いのかもしれない。

愛護法によれば猫の放し飼い虐待にあたるるしい。

俺にはおばさんを責める権利が見当たらなかった。

猫殺しの気味の悪い中年女の行為が、近隣住民QOLの向上につながった事を知っているのは俺だけなんだろうな、と今はもう猫缶が置いてないおばさんの庭先を通り、ふと思った。

2021-05-19

anond:20210519133531

不特定多数の男の性欲を喚起できるほどの魅力に富んだ子なんだね

他の男に取られないようしっかりね

2021-05-16

anond:20210516100353

ワイは人類が一斉にセックスへの興味を失って政府が性欲喚起放送をやるような世界が見たいで

2021-04-30

anond:20210429224659

ほんとにいい文章

ご指摘の通りだと思うし全件もれなくそのとおりだと感じる

しか申し訳ないのが、そのうえでたしかポルノ消費で第三者目線で掛け算しただけのBL二次創作ジャーナリズムと思しき誤解されそうな棚にあげておくのはよくないが

それをみてシコッてるキモい人たちのぶよぶよした肢体から流れ落ちる脂汗とそれが蒸発して壁にしみこむまでを想像するのが好きな私がいて申し訳ない

ご指摘の通りの知能ぶりでご指摘の話題喚起するその群れは

砂場で遊ぶ子供たちの姿のように

その無邪気にうごめく姿がミルワームのつまった箱を覗くように心地よい

画面越しだからこそ楽しめる危険や汚らわしさ、痛々しさなどこんなもの好きだと現実的には告白できないけれど

こうやってさらに指摘してくれることでさら気持ちがいい

最高に質の良いGrottyなコメントたちに星こそつけていないがそういった性癖醜悪な原因と結果を好んでしまって申し訳ない

2021-04-26

インターネットポルノ危険性と「オナ禁」について

ポルノを閲覧して性的興奮を得たり、自慰行為をして性的快感を得ることで、

脳内には「オピオイド」というアヘンに似た成分が自然分泌されます

もちろん、分泌量が適量であれば、その人は健康的な人間です。

しかオピオイド依存してしまい、オピオイドを大量分泌させるために一生懸命になり、

日常生活にまで支障が出るようになると、もう立派な依存症です。

アルコールタバココカイン大麻、その他のドラッグ類への依存状態とあまり変わりません。

 

以下の項目に当てはまるものが多いほど、ポルノ依存症の危険性が高いです。

 

ポルノ依存症の患者は、インターネットポルノの普及によって増加しています

インターネットが広がる前のポルノコンテンツは、探してお金を支払うことをしなければ入手できないものでした。

そのハードルの高さが、多くの人の依存症化を防いでいたと考えられます

しかし、インターネットポルノ無料で手軽に手に入れることができます

ポルノサイトをあえて探さなくても、一般サイトポルノサイトによる性的広告バナーが貼られていたりもします。

普通にインターネットをしているだけで、私たちは繰り返しセックスイメージ喚起させられます

たまたま嫌なことが起こったときに、気軽に性的興奮・快楽に逃げさせ、ついには依存させる仕組みになっています

 

この依存症の正式名称は「性依存症」です。性行為依存自慰行為依存が一つのくくりで語られています

行為依存は、タイガー・ウッズの多重不倫の例などが有名です。

行為依存の結果として、不倫以外にも性病、望まぬ妊娠売買春痴漢強姦性的虐待など数多くの問題が起こります

よって、精神医学会でも問題にされがちなのはこの性行為依存のほうです。

その影で無視されがちなのが自慰行為依存ポルノ依存です。

 

自慰行為によるオピオイド依存場合、人と関わらずとも依存対象を得られます

よって、ドラッグ治療施設のように依存対象からの完全隔離を行うことが出来ません。

ユタ州にある施設ではポルノ依存患者治療が行われていますが、

そこで得られた結論は、ポルノ依存治療コカイン依存治療よりも難しいというものでした。

ポルノコンテンツは、コカインのように身体から完全に出し切ることができません。

これまでに見てきたもの記憶の中に残っているからです。

 

人と関わらずに依存物質自力で生成できることは、依存の発覚の遅れにも繋がります

「なぜか不登校になり、ネットばかりするようになった」

「なぜか会社に行かなくなり、ネットばかりするようになった」

「なぜか人付き合いを絶ち、ネットばかりするようになった」

こうした「理由のわからない引きこもり化」で、混乱している家族が居ます

それらの原因のうちのいくらかは、ポルノ依存であることが考えられます

 

日本では「オナ禁」という流行があったようです。自慰行為自主的一定期間禁じるというものです。

オナ禁効果として「頭がすっきりする」「やる気が出る」「集中力がアップする」等がよく挙げられますが、

これは実際にはオナ禁効果ではなく、「ポルノ依存状態から脱却できている状態」…

…つまりそれが本人の「普通状態であることが考えられます

オナ禁をしても、何も変わらないという報告もあります。その方は、元々依存状態では無かったのでしょう。

依存対象に関わらず、何かに依存するとパフォーマンスは落ちます

落ち続けると社会生活に深い影響を及ぼします。ポルノもほどほどにね。

2021-04-24

anond:20210424193328

周囲が「女リーダーを落としたくてサボタージュ」は個人的確率が低そうな...

最近オフショアの流れ

 →外から見た「まじめな日本人イメージ」を崩すまでのメリットがあるのか...

 →過去プロジェクト仕事ベースで次の仕事が来るとしたら「他の奴がサボタージュしていても、”自分キャリアに傷つける”覚悟」が「日本人ホモソーシャルにある?」とかになって腐女子喚起しそうだし...

現実には、個人一人で影響力はいくつかありえそうだけど...

・「プロジェクト予算決めのボス日本場合は、高齢者男性)」からの中止警告...

 ・直受けの業務方向変更による廃止対象となってしまうばあい

・開発競争になってしまい、エンジェル口説き落とせなくて資金注入が遅延した場合...

2021-04-19

[] #93-4「栄光の懸け箸」

≪ 前

「この持ち方が正しいのは箸が食べ物を掴む食器としての役割があるからだ。その持ち方で支障ないって言ってるが、それじゃあゴマ小豆をつまめないだろ」

「そのあたりは掬い上げるような取ればいいんすよ」

「そんなことするんだったらスプーンでいいって話になる。刺し箸で食べる奴もいるが、それもフォークの方がいい。逆さ箸や合わせ箸とかだって衛生的に問題があるからだ。マナーとかそういうのを抜きにしても分かるだろ」

正しく持てている側だからポジショニングトークをしたいわけじゃない。

これはセオリー問題だ。

箸に限らず正しいのには理由があるが、個人的無視していいこともあるだろう。

けれども“無視していい前提”で語ってくるなら、それはさすがに違うと言っておかなければならない。

でなければ、まるで正しい側が間違っていると認識されかねない。

「確かに、カジマのその持ち方は箸の機能をロクに使えていないね。数ある食器の中から箸を使う以上、ロクに機能を活かせていないのは合理的じゃない」

「それにマスダは作法を抜きにしてもと言ったが、実際は作法大事だぞ。もし親戚が亡くなったとして遺骨を壷に入れる時、そのクセだらけの持ち方で本当に支障がないと思っているのか」

「えー、味方がいない。タイナイとウサクもそこまで言えるほど上等な持ち方じゃないっしょ!」

「まあ、それは確かに

「む、よほどのことがない限り、他人にとやかくいわれる筋合いはないぞ」

「この持ち方は僕らの勝手だ」

「おいおい……」

人間ひとつやふたつ直したい癖はあるものだ。

でも直さずに生涯を終えられるなら、それはそれでいいとも思っていたりする。

たまに指摘された時にブーたれて切り抜けられるなら、そっちの方が遥かに楽なんだ。

から“そんなの個人勝手だろ”とか、“他人にとやかく言われる筋合いはない”と便利な言葉で突き放したがる。

「箸の正しい持ち方を教育したり、喚起したりするのは抜本的ではない。正しく持てていない者が現状たくさんいるのだからシステム側が現代人間に合わせるべきだ」

「ウサクって、よくシステム側の問題って言いたがるよな」

「……なんだか含みのある言い方だな」

だって個人レベル問題を大局的な施政から解決しようってのは、むしろ遠回りだろ」

それに、皆やいのやいの言う割に“最も大きな理由”を隠そうとするのもヤキモキした。

「今さら箸の持ち方を矯正するのは面倒なんだよ」って言いたがらないんだ。

改めて考えてみると、俺たちティーンエイジャーの段階で1万8千回くらい食事をしていることになる。

その内の何割くらい箸を使っていたかまでは分からないが、1日に1回は使っていると見積もって約6千回。

いざ箸の持ち方を矯正するにしても、この6千回を取り戻すのは生半可なことではないだろう。

これの意味するところは、身も蓋もないことをいえば“面倒”という言葉に集約される。

だけど彼らがその言葉を使わないのは、それでは罷り通らないであろうと思える程度の通念はあるからだ。

事故で指を失ったとか、のっぴきならない事情で出来ないとかではない。

ただただ使いこなすのが難しい、今さら矯正が面倒くさいから、そのままでもいい理由にすがるんだ。

次 ≫

2021-04-12

anond:20210411235620

無職からそんな煩わしい職場関係は気にしなくても済むんだ。えっへん。

上層部から喚起メールくるなら匿名を装って相談するわ。

時間4000円ぽっちで数か月も就業不能になるって効率悪すぎw

2021-04-10

ポカリCMもそうだけど倫理まで広告に持ちこんじゃうのかあ

昔みたいに水着のお姉さんが出てきてサブリミナル的に需要喚起させられるのもいやだし

こんな細かいことまでこだわってます、みたいな「通は違いが分かる」的な情報を喰わせる系の宣伝もいやだけど

ポリコレ支援優等生的です!みたいな、倫理を売り物にするのもなんだかなあ、と思うんだよね。

倫理に値段をつけてるように見えるし、倫理本質的にもってる強制力てきなものを感じてしまって息苦しくなっちゃ

「この企業ポリコレから買ってあげよう」とかい消費者の行動も、倫理取引した非道徳的な行動にみえちゃう

広告なんて大衆操作の知見のかたまりで、人間工学的に効果的だからやってるんだろうけどさ、何か禁忌匂いをかんじるよ

2021-04-08

「シン・仮面ライダー」が「シンカ・MEN・ライダーである事を誰も指摘していない

庵野カントク十八番言葉遊び意味深喚起の得意技ではあるのだが、いかんせん皆飽き飽きしてる感じなのが非常に残念。

anond:20210408132814

好きにはならないよ。

でも性欲は喚起されるよ。

容姿が好みから外れてるくらいなら

セックスしてえ」と思ってしま可能性はあるよ。

さすがに老人には興奮しないと思うけど

ババア専もいるからそこは否定しきれないよ。

anond:20210408131604

好きにはならなくても性欲が喚起されるからだよ

2021-04-07

anond:20210407025835

心理学で言う単純接触効果はあるんじゃないですかね。

見合い婚活交際における吟味プロセス自体が、接触効果による好意喚起している面は否定できないんじゃないかなと思います

「情が移る」等の言葉もありますし、「好意を持ったから一緒にいられる」「一緒にいたか好意を持つ」はグラデーションではないかな。

配偶者マッチングの成否は両者の性格相性のみによって決まる、という前提も極端すぎるかなと。

人間社会的動物なんで、隣人を好きになるバイアス生来的に備わっていると考えるのは妥当と思います

2021-03-18

anond:20210318075905

高校進学率は90%を越えるけど

大学進学率は50%を越えるのがやっと

共有体験喚起するのに大学選択すると40%の母数をみすみす捨てることとなる

そもそも作り手側も大学行ってない問題もある

大学であることを活かそうとすると大学特性を出さざる得なくなる

そうなると専門性が強くなって同じ大学すら共有体験にならない

からたいていの大学サブカル部活の延長であるサークルが中心になる

でもサークルにしてもバイト恋愛しろそれ高校で良くね?って話になって

大学舞台として選択されにくいんだろう

想像するだにこんなとこやろ

2021-03-15

雑誌映画秘宝』の記憶」の増田から(続報)

昨日2021/03/14速報として投稿しましたが、とある女性の方がご自分Twitterアカウントで「21歳の時に『映画秘宝』の人間から受けた被害」を告発なさいました。

ただし、2021/03/15現在、当該ツイートは見られなくなった状態です。

重大性に鑑みて情報を要約して紹介します。紹介する理由は、同様の被害を受けた方が他にも多数存在するかも知れないこと、新たな被害者が発生する可能性が有ることから未然にそれを防ぐのに注意を広く喚起する事にあります

【要約ここから】(※印は私の推測です。)

(1)この方が今よりも若い頃に『映画秘宝』の人間通りすがり侮辱してきた。

(2)その『映画秘宝』の人が最近「すばらしいお詫びの文章」を書いていたから驚いた。(※)推測:おそらく、奈良さんに被害を与えたパワハラ加害者四人組のうちの一人。

(3)しかし、最近になってその『映画秘宝』の人間の「昔の悪行」が掘り返されていると知った。数年で人間は変わらないと思った。(※)推測:「侮辱」されたのは比較最近の「数年前」の出来事。「昔の悪行」云々は、おそらく吉田豪による町山智浩へのインタビュー(雑誌『BREAK Max掲載)が再び注目されたことを指す。

(4)彼らの「政治的に正しい言動」は「他人攻撃するための『手段』」に過ぎない。

(5)自分よりも弱そうな相手しかイキれないのではないだろうか。

【要約ここまで】

もしも、このツイートに書かれた出来事が本当の話だとすれば「町山智浩ら四人を中心としていた『映画秘宝』は、若者、それも特に女性を標的にセクハラパワハラを行う常習者ではないか?」という疑いを、いっそう強くします。

そういえば以前『映画秘宝』の寄稿者が集う飲酒会合があった際、常連寄稿者の一人である男性作家カラオケPerfumeの曲を歌ったところ、他の寄稿者たちから露骨に舌打ちと嫌な顔をされたという話を聞き及んでいます

そういう話と併せて考えると、やはり町山智浩らを中心とした『映画秘宝』のホモソーシャル集団内部には「年齢が下の女性に対する憎悪」が強く存在していたことが窺えます。おそらく「女性しか特に年齢が下の世代」を事更に憎悪したり、嫌悪したり、侮蔑してみせることで「自分が如何に『映画秘宝』的な人間であるのか」を互いにアピールして競い合うような、悪しき風潮が有ったのではないでしょうか。そうでも無ければ「通りすがり若い女性侮辱する」と云う乱暴狼藉を実行は出来ませんからね。近年、話題になる「路上でわざと女性にぶつかって来る男」等の同類だと思います

上に挙げた女性の方は、ツイートで次のようにも書かれていました。

「仮に自分が『若い女性』でなかったとしても、その人は同じ事をしただろうか?」と。勿論これは『疑問』ではなく『反語表現』でしょう。

何故ならば、恫喝DM事件奈良さんへのパワハラ事件を見て既に分かったように、町山智浩らを中心とした『映画秘宝』のホモソーシャル集団は、女性(特に年下)を標的に選んで横暴な振る舞いに出ていた疑いが濃厚だからです。

同様の被害を受けた方が他にもいらっしゃるかも知れません。ひょっとしたら、恫喝DM事件を知って、被害を訴えたくともそれを躊躇っているかも知れません。

そのように「被害者が声を上げにくい」社会を「声を上げ易い」ように変えていくべきではないでしょうか。「たか映画ライターたちのヤンチャ如きで」などと、被害矮小化して見過ごすことはもう止めましょう。 

女性人間扱いしない町山智浩らに対しては、いい加減「NO!」と言いましょう。

2021-03-13

左派だけど政治腐敗の問題に怒りが沸かない

たぶん公正さや公共性に対する意識が低いのだろうけど、これはどうしようもない。

一応自分左翼で、過労自殺とか技能実習生とかコンビニ問題とかヘイトスピーチとか、そういう問題に対する怒りはかなり強いけど、モリカケ桜を見る会総務省接待問題などにはあまり興味が沸かない。かつての天下り談合かにしても、むしろバッシングされている官僚地方土建の人たちに同情した。

もちろん悪いことはわかるし、頭ではわかっているつもりだけど、同じ左派の人たちが菅政権問題で連日怒気に満ちたツイートをしているのを見ると、逆に引いてしまう。世論喚起するための運動の一貫してやっているつもりだとしたら、自分のようなタイプ人間には明らかに逆効果だと伝えたい。

パソナ関連のことは自分も非常に腹が立つけど、あくま公務員を削減して非正規労働者に入れ替えている(さらには竹中平蔵がそれを「経済学」で正当化している)からであって、働いている人がこれまでの公務員と同等の待遇だったら怒りも大して沸いてないと思う。

2021-03-11

左派だけど政治腐敗の問題に怒りが沸かない

たぶん公正さや公共性に対する意識が低いのだろうけど、これはどうしようもない。


一応自分左翼で、過労自殺とか技能実習生とかコンビニ問題とかヘイトスピーチとか、そういう問題に対する怒りはかなり強いけど、モリカケ桜を見る会総務省接待問題などにはあまり興味が沸かない。かつての天下り談合かにしても、むしろバッシングされている官僚地方土建の人たちに同情した。


もちろん悪いことはわかるし、頭ではわかっているつもりだけど、同じ左派の人たちが菅政権問題で連日怒気に満ちたツイートをしているのを見ると、逆に引いてしまう。世論喚起するための運動の一貫してやっているつもりだとしたら、自分のようなタイプ人間には明らかに逆効果だと伝えたい。


パソナ関連のことは自分も非常に腹が立つけど、あくま公務員を削減して非正規労働者に入れ替えている(さらには竹中平蔵がそれを「経済学」で正当化している)からであって、働いている人がこれまでの公務員と同等の待遇だったら怒りも大して沸いてないと思う。

2021-03-07

@nabeteru1Q78弁護士運動部経験が乏しいのでは

渡辺輝人

@nabeteru1Q78

鬼滅の刃』を読んでいて個人的に一番気になるのは、女性の扱いでも、残虐性そのものでもなく、

間内の平手打ちビンタ)とか鉄拳制裁の類の多用。

(作者の出身という意味で)九州にはああいう習慣があるの?

小学校の頃、親には殴られたことないのに特定教員に何度もビンタを張らたので気になる。

まず全体的に意味不明だし、

個人的な恨みを地域性に結び付けて晴らしたい話のように見えるし、

そういう動機なら鬼滅に絡んでないでその特定教員出身門地家柄でも調べてろよと思うんですが、 

 

 

それはそれとして鬼滅の中のいろんな描写の中で

あの程度のビンタが一番引っかかったこだって言うのは

それはその人の体験の偏りの方に原因があると思うんです。 

  

 

1.ビンタの辛さは下位

渡辺輝人@nabeteru1Q78 21時間

鬼滅の刃に話を戻すと、一巻で「判断が遅い」で鱗滝さんにいきなり頬を叩かれるシーンがあるが、あれ読んで、正直ビビったんだけど、みなさん、そうでもなかったですか。あの場面だけでなく、この漫画では重要なシーンで何度か平手打ちが出てくる。

まずこれは明確に言えることなんですが

炭治郎に「鱗滝さんとの思い出でキツかったことは?」と聞けばあのビンタなんて絶対10位にも入らないんです。

もっと辛いこと、痛いこと、怖いことがやまほどあったはずだから

 

ちょっとした強豪運動部でもこれは絶対にあります

準備運動のような体力補強運動だけでも人を泣かせること吐かせることは可能です。

本当に限界、もう無理、怖い、というところまで自分を追いつめます

自分で追い詰められない人は指導者が追い詰めます

何度もやってるうちにそれに慣れてきます

体力が向上して負荷が大したことなくなるというのもそうだし、精神的にも当たり前のことになります

 

真剣運動したことがある人はしたことない人よりも遥かに肉体的な辛さや苦しさに強いです。

死ぬほど苦しい目に遭わせてその中でもフォームが崩れない、というようなことはトレーニングの基本だからです。

  

 

2,訓練の方がはるかに辛い

普通男性は70キロぐらいのバーベル担がせて正しいフォームで8回スクワットやらせるだけで泣きます。 

限界まで辛さに耐えて筋肉の方が動かなくなって潰れる、という潰れ方が出来るのは精神力の鍛えられた人です。

これだけでもものすごく苦しくて辛くて怖いです。 

(作者の出身という意味で)九州にはああいう習慣があるの?

こういうカジュアル質問が許されるのであれば、

@nabeteru1Q78弁護士はキツい運動とか一度もやったことない頭でっかちもやしくんなの?

という疑いは持てます

 

 

そういう運動経験がある人とない人は基本的に話が全くかみ合いません。 

価値観の前の体験が違うからです。

きつい運動部ではビンタなんか怖くも苦しくもない。

ビンタでその日の訓練を加減してくれるなら幾らでもビンタしてくれよって思ってます

 

まずい指導者と言うのは単なる怒り任せに暴力を振るったり精神虐待に走るのがまずいのであって

きちんと抑制された指導者ビンタ1発が問題だという人はガチ運動部経験者にはほぼいないと思います。(そういう本音を隠すことはあっても)

   

 

3,虐待と言うならば

炭治郎はIHを目指す運動部どころではない、超人的な戦士になる為の修行をしています。 

殺し合いのための訓練ですからさらに苦しみの追求と心の鍛錬が行われたことは間違いありません。

 

鱗滝さんは殺し合いを生き延びた歴戦の戦士で、子供に殺し合いを教えるやべーやつです。 

このレベルエクストリーム運動部でのビンタ指導者によるガン詰めのちょっとしたバリエーションしかないんです。

「いつもより少し怒ってるぞ」とか「注意を喚起してるぞ」と言う程度のことです。

 

出会いでいきなりビンタから入ったのも、一般人少年を数年で鬼と戦う戦士に育てるための速成意識変容の一歩目でしょう。

判断が遅れたら即痛み。

実戦だったら鬼に手足を吹っ飛ばされる。

くわえて炭治郎少年場合は妹が一般人殺傷する状況にも備えなければならない。

脊髄反射即断ビンタで学ばせられるなら安いものです。

問題ないですよね?

  

 

4,体験が偏っていると反応も偏る 

鬼滅が問題だというなら

子供戦士に育ててること」が問題だし、

炭治郎たちに対する虐待があったというなら

戦士になれるほどの訓練を課したこと」こそが当人達にとって最高に苦しかったはずです。

 

そういう常識的判断力がない、

その判断ベースとなる自分の肉体を追い込んだ経験がない、

から@nabeteru1Q78弁護士ビンタという部分的な変なところに反応したのではないでしょうか。

 

ビンタされたことだけはあるから

小学生時代ビンタけがこの人にとってリアル想像できる痛みと恐怖だから

それ以上の肉体的な苦しさ怖さを自分に課したことがないから。

 

そりゃ話が通じるわけないですよ。 

 

 

…と言う風に

大半が死ぬような戦いに子供を駆りだす世界観漫画

ビンタ」を問題にしてものすごく食い下がる人、

どういう半生の人でどういう認知とどういう判断の人なんでしょう

とか考えるとただの鬼滅いっちょ噛みでも色々想像できて面白いと思いませんか。

 

 

5,鬼滅作者は何かガチ運動経験があるかも

ついでにいえば鬼滅の作者はなんらかの運動部経験がある気がします。何故か? 

善逸が訓練に音を上げてエスケープして師匠ポコポコ殴られてたでしょう。

@nabeteru1Q78弁護士が作者なら、「殴られて痛いから訓練に戻る」描写になるかもしれません。

 

でも善逸は殴られるままで、「練習に戻ります」と言いませんでした。

訓練が苦し過ぎるから逃げだしており、ビンタゲンコなんて安いんです。

あれは苦しみの測り方が正しく、運動でかなり苦しい思いをしたことがある人の描く描写に見えます

 

   

 

ついき

Arturo_Ui 日本以外で「日本漫画アニメは気軽に殴りすぎ」という点が問題視されているのは事実。加えて、世界的にスポーツ界でのパワハラいじめetc.の根絶へと動き始めているのに、「運動部」は免罪の理由として不適切マジレス 2021/03/07

まずこの人絶対ろくなエビデンスもなく今思いついたことを出羽守ムーブで書いてるだけだと思う。

問題視されてるソース出してみな?って言われたらおぶおぶ言いながらフェードアウトする。

もう可哀想からソース出してみな?とは言わんけどね。

一生そうやって適当な作り話しては外国なすりつけとけ。

 

んでそういう怪しい「問題視されているのは事実。」レベルでいいなら

海外オタクが「気軽に殴り過ぎ」って文句言ってるのはかつて見たことあるね。

こっちはあんたみたいな作り話じゃなくマジで

「女キャラが男を気軽に殴り過ぎ」だってさ。

 

そういえば炭治郎が鬼殺隊から受けた一番激しい暴行も「鱗滝からビンタ」なんかではなく

「倒れているところへカナヲから振り下ろされた容赦のない蹴り」での顎骨折からね。

ナヲの姉貴格の女も同僚の目を足に仕込んだ刃物で狙ったりするような女だった。 

弁護士先生が「九州では女がこんなに暴力的なんですか?」って聞かないのは不思議だね。

村上春樹文章は「うまくはないが読みやすい」(補足あり)

https://note.com/historicalmoc/n/n284957b96801

出したな! 俺の前で! 村上春樹文章の話を! 

村上春樹作品はほぼ読んだので大体同意だけれど、肝心の文章について全く語られていないのは片手落ちしか言いようがない。こういう何かを語っているようでその内実がわかりにくい言葉を並べるからハルキストだのなんだの揶揄られるんだ。ファンなら真面目にやれ。村上春樹以外の人間村上春樹の真似したら中身がない駄文しかならないって小学校で教わらなかったのか。

つーか村上春樹文章別にうまくねえから。特徴的で読解大好き人間ほいほいってだけ。

  1. リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)
  2. 比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない
  3. めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

というこの3点が村上春樹文章もっとも印象に残る要素である。本気で語るなら時期によっての文体の変化とか、もっといえば情景描写についてもまとめたいのだけれど、とりあえず書き散らす。なお、3に関しては他作品に関する読解を含み、ひとによってはネタバレ解釈しうるものも混じるので注意。

1.リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)

実例を挙げてみる。

四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセント女の子とすれ違う。

正直言ってそれほど綺麗な女の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだし、歳だってもう若くはない。もう三十に近いはずだ。厳密にいえば女の子とも呼べないだろう。しかしそれにもかかわらず、3メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

1文1文が短い。技巧的な表現を使うわけでもない。文章から浮かんでくるイメージ閃烈鮮烈なわけでもない。日常語彙から離れた単語を使うこともない(「閃烈鮮烈」とか「語彙」といった単語が読めない人間は思いの外多いからな。ここでの「外(ほか)」とか/悪いATOKに頼りすぎて誤用なの気づいてなかった。指摘ありがとう)。ただただ「シンプル」だ。わかりやすい。

また、冒頭の1文の次にくるのは「~ない」で終わる文章連続だ。テンポがいい。あと、どのくらい意図的なおかわからないが、↑の文章音読していみると適度に七五調がまじっているのがわかる。そして、大事なところで「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断言を入れる。リズムで読者を惹きつけた上ですっと断定されると、その一文がすっと印象的に刺さってくるのである

まり別にうまい」わけじゃないんですよ。ただ「読みやすい」。それにつきる。読みやすい以外の褒め言葉あんまり信用しちゃいけない。「うまさ」って意味なら村上春樹をこえる作家なんてゴマンといるし、村上春樹の「文章」がすごいなんてことは絶対にない。うまいとか下手とかを語るならナボコフあたり読んだ方がいい。

とはいえ個人的な所感だと、この「読みやすさ」は村上春樹発見あるいは発明した最大のポイントだ。「リズムがよくわかりやす文章で圧倒的リーダビティを獲得する」という、一見してみんなやってそうでやっていない方策村上春樹が徹底しているせいで、誰でも座れそうなその席に座ろうとすると村上春樹と闘わなければならない。

2.比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない

で、そのあとにくるのが「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。」という文章である村上春樹比喩表現は独特で、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を適当パラパラめくって見つけた表現として、「不気味な皮膚病の予兆のよう」「インカの井戸くらい深いため息」「エレベーターは訓練された犬のように扉を開けて」といったものもあった。この、比喩表現の多様さは彼の最大の持ち味であり、真似しようにもなかなか真似できない。

そして何より、「100パーセント女の子である。何が100パーセントなのか、どういうことなのか、この6ページの短編ではその詳細が説明されることはない。ただ、語り手による「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断定だけが確かなもので、読者はそれを受け入れざるをえない。それはこの短編に限らない。「かえるくん、東京を救う」におけるかえるくんとは。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における〈世界の終わり〉とは。「パン屋再襲撃」はなんでパン屋を襲うのか。「象の消失」で象はなぜ消失するのか。「レーダーホーセン」でどうして妻は離婚するのか。羊男ってなに。

こういった例には枚挙に暇が無い。文章単体のレベルでは「読むことはできる」のに対して、村上春樹小説比喩モチーフ物語様々なレベルで「言っていることはわかるが何を言っているかがわからない」ことが、ものすごく多いのだ。

3.めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

じゃあ、「村上春樹作品ふわふわしたものを描いているだけなのか?」と言えば、そんなことはない。村上春樹作品には「答えがある」ものが、地味に多い。

たとえば、「納屋を焼く」という作品がある。ある男が恋人の紹介で「納屋を焼く」のが趣味だという男性出会いふわふわした会話をして、ふわふわとした話が進み、語り手は時々恋人セックスをするが、そのうち女性がいなくなる。読んでいるうちは「そうか、この男は納屋を焼いているのか」という、村上春樹っぽいよくわからないことをするよくわからない男だな……という風に、読んでいるうちは受け入れることができる。

だけれど、この作品問題は、「納屋を焼く」とは「女の子を殺す」というメタファー可能性がある……ということを、うっかりしていると完全に読み飛ばししまうことだ(あらすじをまとめるとそんな印象は受けないかも知れないが、本当に読み落とす)。それが答えとは明示されていないけど、そう考えるとふわふわとした会話だと思っていたものが一気に恐怖に裏返り、同時に腑に落ちるのである

その他、上記の「レーダーホーセン」においてレーダーホーセンが「男性にぐちゃぐちゃにされる女性」というメタファーでありそれを見た妻が夫に愛想をつかした、という読みが可能だし、「UFO釧路に降りる」でふわふわゆきずりの女と釧路に行ってセックスする話は「新興宗教勧誘されそうになっている男」の話と読み解くことができる(『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は阪神大震災地下鉄サリン事件が起きた1995年1-3月頃をモチーフにしている)。

勿論、これらはあくまで「そういう解釈可能」というだけの話で、絶対的な答えではない。ただ、そもそもデビュー作『風の歌を聴け自体断章の寄せ集めという手法をとったことで作中に「小指のない女の子」の恋人が出てきていることが巧妙に隠されていたりするし(文学論文レベルガンガン指摘されてる)、「鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」と書かせた村上春樹がその小説の中で実は死とセックスに関する話題を織り込みまくっている。近作では『色彩をもたない田崎つくると、彼の巡礼の年』で○○を××した犯人は誰なのかということを推測することは可能らしい。

何が言いたいか

まり村上春樹は信用できないのである

たとえば、『ノルウェイの森』で主人公自分のことを「普通」と表現する箇所があったが、村上春樹作品主人公が「普通」なわけない。基本的信頼できない語り手なのだ。信用できないからしっかり読み解かないといけないようにも思える。

(なお、なんなら村上春樹自分作品について語ることも本当の部分でどこまで信用していいのかわからない。「○○は読んでない」とか「××には意味がない」とか、読解が確定してしまうような発言はめちゃくちゃ避けてる節がある)

ただ、勿論全部が全部そうというわけじゃなく、羊男とかいるかホテルって何よとかって話には特に答えがなさそうだけれど、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』あたりは何がなんだか全くわからないようにも見えるし、しかし何かを含意しているのでは、あるいは村上春樹本人が意図していないことであっても、読み解くことのできる何かがあるのではないか、そういう風な気持ちにさせるものが、彼の作品なかにはある。

このように、村上春樹メタファーモチーフには、「答えがあるかもしれない」という点において、読者を惹きつける強い魅力があるのである

増田も昔は村上春樹を「雰囲気のある作家」くらいの認識で読んでたんだけど、『風の歌を聴け』の読解で「自分作品ちゃんと読んでないだけだった」ということに気づかされて頭をハンマーで殴られる経験してから村上春樹には真面目に向き合わないと良くないな」と思い直して今も読み続けてる。

……なお、それはそれとして、セックスしすぎで気持ち悪いとか(やれやれ。僕は射精した)、そもそも文章がぐねぐねしてるとか(何が100パーセントだよ『天気の子』でも観とけ)(なお「4月のある晴れた朝に~」が『天気の子』の元ネタひとつなのは有名な話)、そういう微妙な要素に関して、ここまで書いた特徴は別にそれらを帳消ししてくれたりする訳じゃないんだよね。

たとえば『ノルウェイの森』は大多数の人間経験することの多い「好きな人と結ばれないこと」と「知人の死を経験し、受け入れること」を描いたから多くの人間に刺さったと自分は思っているが、だけどそれが刺さらない人だって世の中にはたくさんいるのは想像に難くない。

から、嫌いな人は嫌いなままでいいと思う。小説は良くも悪くも娯楽なんだから

余談

マジで村上春樹論やるなら初期~中期村上春樹作品における「直子」のモチーフの変遷、「井戸」や「エレベーター」をはじめとした垂直の経路を伝って辿り着く異界、あたりが有名な要素ではあるんだけれど、まあその辺は割愛します。あと解る人にはわかると思いますがこの増田元ネタ加藤典洋石原千秋なので興味ある人はその辺読んでね。

文章うまい」に関する長い補足(「小説文章」に限定

「うまくない」って連呼しながら「『うまい』のは何かって話をしてないのおかしくない?」 というツッコミはたしかにと思ったので、「この増田が考える『うまい』って何?」というのを試しに例示してみようと思う。村上春樹に対する「別に文章うまくない」とはここで挙げるような視点からの話なので、別の視点からのうまさは当然あってよい。

小説家の文章が読みやすいのは当たり前だが、「文章が読みやすい」なら「文章が読みやすい」と書けばいいのであって、わざわざ「文章うまい」なんて書くなら、そこでの文章」は「小説じゃなきゃ書けない文章であるはずだ。

じゃあ、増田が考える「(小説の)文章うまい」は何か。読んでる間にこちらのイメージをガッと喚起させてくるものが、短い文章のなかで多ければ多いほど、それは「文章うまい」と認識する。小説のなかで読者に喚起させるイメージ情報量が多いってことだから

具体例を挙げてみる。

 長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。

 そのころのマコンドは、先史時代怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。

ガルシアマルケス百年の孤独』の冒頭。大佐子どもの頃を回想して大昔のマコンドに話が飛ぶ際、「先史時代の」という単語を選んでいることで文章上での時間的跳躍が(実際はせいぜいが数十年程度のはずなのに)先史時代にまで遡るように一瞬錯覚する。

津原泰水バレエメカニック』1章ラスト昏睡状態のままで何年も眠り続ける娘の夢が現実に溢れだして混乱に陥った東京で、父親世界を元に戻すために夢の中の浜辺で娘と最期の会話をするシーン。

「お父さんは?」

「ここにいる」君はおどける。

彼女は唇を尖らせる。「五人兄弟の」

「さあ……仕事で遠くまで出掛けているか、それとも天国かな。お母さんがいない子供は いないのと同じく、お父さんのいない子供もいない。世界のどこか、それとも天国、どちらかに必ずいるよ」

 彼女は君の答に満ち足りて、子供らしい笑みを泛べる。立ち上がろうとする彼女を、君は咄嗟に抱きとめる。すると君の腕のなかで、まぼろしの浜の流木の上で、奇蹟が織り成したネットワークのなかで、彼女はたちまち健やかに育って十六の美しい娘になる。「ああ面白かった」

 理沙は消え、浜も海も消える。君は景色を確かめ自分腰掛けていたのが青山通り表参道形成する交差の、一角に積まれ煉瓦であったことを知る。街は閑寂としている。 鴉が一羽、下り坂の歩道を跳ねている。間もなくそれも飛び去ってしまう。君は夢の終焉を悟る。電話が鳴りはじめる。

作中の主観時間にしてわずか数秒であろう情景、ありえたかもしれない姿とその幸せ笑顔から夢のなかで消えて一瞬で現実に引き戻すこの落差、そこからまれる余韻の美しさですよ。

あるいは(佐藤亜紀小説ストラテジーから受け売りで)ナボコフ「フィアルタの春」という小説ラスト

フィアルタの上の白い空はいつの間にか日の光に満たされてゆき、いまや空一面にくまなく陽光が行き渡っていたのだ。そしてこの白い輝きはますますますます広がっていき、すべてはその中に溶け、すべては消えていき、気がつくとぼくはもうミラノの駅に立って手には新聞を持ち、その新聞を読んで、プラタナスの木陰に見かけたあの黄色自動車がフィアルタ郊外巡回サーカス団のトラックに全速力で突っ込んだことを知ったのだが、そんな交通事故に遭ってもフェルディナンドとその友だちのセギュール、あの不死身の古狸ども、運命の火トカゲども、幸福の龍どもは鱗が局部的に一時損傷しただけで済み、他方、ニーナはだいぶ前から彼らの真似を献身的にしてきたというのに、結局は普通の死すべき人間しかなかった。

ふわーっと情景描写ホワイトアウトしていって、最後にふっと現実に引き戻される。この情景イメージの跳躍というか、記述の中でいつの間にか時間空間がふっと別の場所に移動してしまうことができるというのがナボコフの特徴のひとつである

散文として時間空間が一気に跳躍して物語世界を一気に拡張してしまう、この広がりを「わずかな文章」だけで実現していたとき増田は「文章うまい」と認識する。自分村上春樹文章を「うまくない」って書く時、そのような意味での「小説としての文章」を判断軸にしてた。

村上春樹は下手ではない。村上春樹に下手って言える人いるならよっぽどの書き手だし、その意味村上春樹に関しちゃ言うことはないでしょう。しかしごく個人的私見を言えば、「文章」って観点だと、文章から喚起されるイメージに「こちらの想像を超えてくる」ものがめちゃくちゃあるわけではないと思う。

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない。平易な文章を徹底しつつその内実との間に謎や寓話モチーフを織り込んで物語を構築するところがすごいのであり、そこで特段褒められるべきは構成力や比喩表現の多様さだろう。その際に使うべきは「構成力がうまい」でも「比喩表現うまい」であって、「文章」などという曖昧模糊とした単語で「うまい」と表現することはない。小説=散文芸術において「文章うまい」と表現しうるときもっと文章としてできることは多いはずなので。そして、このことは、村上春樹がしばしば(「小説」ではなく)「エッセイ面白い」と言及されることと無関係ではない。

ちなみに、増田津原泰水ナボコフ文章技巧には翻訳村上春樹じゃおよぶべくもないと思ってるけど、面白いと思うのは圧倒的に村上春樹ですよ。技巧と好き嫌いは別の話なので。

ここで書こうとした「うまさ」は佐藤亜紀がいうところの「記述運動」を増田なりに表現したもので、元ネタ佐藤亜紀小説ストラテジー』です。

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