「ノンフィクション」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ノンフィクションとは

2019-03-20

anond:20190319153621

ワンダフルライフバージェス頁岩生物進化物語』 スティーブン・J・グールド

 

カンブリア紀生物についてのノンフィクションエッセイ的な本

著者は古生物学界および進化学界の重鎮で、長く同ジャンル一般向けエッセイを書き続けた人であり、クオリティ折り紙付き

今割と有名なアノマロカリスとかオパビニアとかハルキゲニアとかのカンブリア生物を、広く世に知らしめた本である

と同時に、グールド最後の本ともなった

ちょっとでも古生物に興味があれば知らないわけないレベルの本だが、元増田の挙げたジャンルとは被らないので紹介してみる

日本ではギリ90年代に出てたので紹介できて良かった

2019-03-13

つけび村に関わりのある人間だけどさ

とあるnoteノンフィクションがバズっているようで、その作者の人が浮かれてまた取材に行こうかなとか言っているけれど正直勘弁して欲しい

被害者には家族がいて、親族がいて、そしてその人達はまだ同じ町に住んでいるんだ

村のいじめだ、被害者達は悪い奴だ、かつをはかわいそうだ、という声が出る度に、気持ちが重くなる

あの村に住んでいたわけではないが、あの村の人は知っている

殺された人も知っている

あの村に関わりのある人たちが今何をしているか、どこにいるかも知っている。全員じゃないけど。

殺された人たちは悪かったのかもしれないし、田舎は酷いのかもしれないが、まだ被害者の子供や孫達は働き盛りの年齢なんだよ

あの村で生まれた人たちは、ほとんどがあのへんぴな集落を出て行ったけれど、でもまだまだ周囲にはたくさん住んでいる

あのジャーナリストにとっては飯の種で、お金が入って嬉しいのかもしれないけど、その気持ちジャーナリストなら当然なんだろうけど…

お願いだからそっとしておいてほしい。…と、いっても無理なんだろうな。止める権利なんてないしな…

2019-02-21

恋愛ってフィクションではないのか

二十数年生きてるが恋愛というものにぶち当たったことがない

フィクション上の出来事ではないのか

まじで恋愛してるやついんの?!フィクション上の出来事では?!みたいな気分になるが、周りを見るとバラ花束プロポーズを受けてる友達がいたりする

フィクションノンフィクションの境がわからん

2019-02-16

小説を読むための英単語帳が欲しい

英語の本を読んでいて気づくことに、フィクションノンフィクションでは出てくる語彙の頻度が結構違う。

市販されている単語帳はノンフィクションを読むときには役立つが、小説に頻出する語はあまりカバーされていない。

例えばnostril(鼻孔)は小説だと頻出するが、SVLでは12(最上級レベル)である

narrow one's eyesといった感情表現なども重要だ。

フィクションによくでる語彙がまとまったボキャブラリ本が欲しいと常々思う。

2019-02-06

anond:20190206150909

その彼氏エロ漫画AVノンフィクション勘違いしてるヤバイ奴だと思うが、そんなのを旦那にしたと想像すると割と絶望感あるな

2019-01-25

anond:20190125091741

アメリカフィクション映画で「アメリカバンザイ!」をやるのはいいんだが、

ノンフィクションが元の映画でも最終的に「アメリカバンザイ!」をやるのがな…

『13時間』も淡々アメリカ公館襲撃事件を描いてくれりゃーいいのに

最終的にアメリカ賛美のプロパガンダ映画なっちゃ

2019-01-22

腐女子カースト底辺同士のマウント合戦~」のこと 1

1.はじめに

(前のエントリを削除して分割します。ご了承ください)

私は漫画を描きます

BLではないですが、好きな作品ファンアート二次創作)も描きます

友人には腐女子の方も、そうでない女オタクの方も居ます腐男子も男オタクも居ます。どちらの性別にも属さない方も。即売会にもほそぼそとスペース参加しております

今回において「腐女子カースト底辺同士のマウント合戦~(COMIC維新りあら)」という漫画作品脅迫的な批判をするつもりはありません。法律条例抵触するかどうかを語りはしません。ただ少し倫理的に問うことは一つ二つあります

また、各配信サイト無料試し読みで設定された話数が、出版責任者が「つかみ」と判断した範囲とみなし、その中で感じた所感だけにとどめることを事前に断っておきます

匿名場所にこうして文書を上げるのも、私自身の「顔」や「作品」や交友関係などのプライベートを見たがる人達に対する、防衛だと了承していただければ幸いです。いかなる名品名作であっても、つつけば必ず「粗」が見つかり賛否がわかれる物だと私は考えております。私は自分作品を愛していますが、悪意をいちいち気にしてしまう繊細さも自覚しておりますし、大事な友人達迷惑はかけられません。

なのでこの文書は、ある漫画書きの、ごく個人的感想として見て頂ければと思います

誰にでもわかるようにと書いた結果長くなってしまいましたが、よろしければお付き合いください。

=====

2.前提として物語作法戦略について知り得ること

まず私は、自由創造性、表現というもの尊重したい人です。

同時に読者は面白くないと思ったもの面白くない、酷いと思えるものを酷い、ノットフォーミー(自分向けではない)な作品はそうだと言える自由も有ってほしいと思います。彼らの感想もまた創造性を持つ表現行為からです。

そして作品流行することによって起こる「意見封殺」と文化の断絶は、人々の自由に害を与え、文化を停滞させるものであるため、避けるべきだと思っています

この文章は、それが起こってほしくないがために出す私の意見なのです。

以下の諸々の前提について、あなた再確認する必要がないと思ったなら3.まで飛ばしてください。


今やWEBでの作品公開は、電子化された過去の名作や現代の人気作と同じ土俵で戦うことになるため、無料公開しても「時間電池もったいない」と思われては不利です。戦略的に失敗に陥りやすいです。時事ネタについても個人の公開速度には叶いません。

ただただ露悪的な本はただただ露悪的で、熱心ではない、無駄お金を出したくないライト層だけに消費されて消えていきます私自身がそれを好んで読み、染まっていた時期が長らくあったために、それらの寿命が如何に短いのかをよく知っております

外側に居ても内側に居ても不明瞭です。

その文化の多様さや精神性、変容の歴史を、長く迫害を受け分化してきた巨大宗教のようなものだと今の私は捉えております

そうした点と、物語を見る目が肥えていることも含めて、漫画で描くには「気を付けるべき題材」であると考えています

 

今回の作品腐女子カースト」にはエッセイというジャンルが振り当てられています

もしも仮にあなたが「作品ジャンルが実録エッセイなら、ヤマ・オチ意味のない物語でも成立するのだ」と考えているのであれば、それは読者への甘え、ひいては全てのエッセイ作家への侮辱となることでしょう。

そのように考えて行動した時のリスクを、自身のために想像しなくてはいけません。

エッセイとは自らを省みる内観であり、自らの魅力でもって読者を個人的生活に惹き込むものです。『私小説』『ドキュメンタリー』『ノンフィクション』に連なる伝統的なジャンルです。

そこに登場人物を増やすのであれば、名前を出さな通りすがりの人であっても、存在しない架空人物であっても、最大限に配慮しなければなりません。

エッセイ漫画は「画力が伴わずとも描ける」としばしば思われていますが、それ以外の部分での構成力と魅力を問われるものなのです。

エッセイからと言って、醜い本音を受け入れてもらえると思ってはいけません。空費させてはいけません。

エッセイからこそ『第一話』の初対面で『印象良く』見えるように、深く考えなければ、思った通りに読んでもらえないのです。

それは化粧にも似ています。化粧に作法手順があるように、漫画第一話にも作法があるのです。

 

現実とずれた部分、主人公の欠落した部分、作者個人主観があるなら、それもまた、納得を得て面白くするために、最初のフックの時点で、注意深く描写するべきなのです。

共感できる相手だけを狙って描くのも間違いではありませんが、共感できない者でも楽しめる工夫、そして+αで得る物が無ければ、買って読むまでもない孤独見世物的な内容になってしまます結果的に長続きはしません。

誰もが作品アップロードできる現代では、心の底から叫びを見つめ続けた尖った『自主制作作品』が作者本人の手によってすぐに届けられるのです。それと競争することを考えても、エッセイますます難しいジャンルになっています

 

足すべき部分は足し、引くべき部分は引かなければなりません。本当に面白漫画はたったの1コマでも、読者を満足させるのです。

技巧や経験とは必ずしも正比例しません。作家が描くべき時に描いた時に輝くのです。

面白くないと感じながら、面白くないと言われながら描くのはとてもつらいことです。それは作家がするべき我慢ではありません。感覚麻痺してしまます

最初から捨てるつもりの名義だったとしても、それを描いたという傷は全人類記憶喪失でもしないかぎり一生描いた本人に残ります

本当に面白作品で、届くべき人の所に届けば、口コミで売れていくという強みが電子書籍にはあります

そのためには、読者の目を甘く見てはいけませんし、読者の声を額面通りに受け取らないように注意すべきです。

作品作家自由であるためには、正しい戦略を立てなければ、生き残ることは難しいのです。


3.率直なる感想は『想像力の狭さ』

作品内の第一話、即売会イベントへ向かう電車内で、ノーメイク女性二人連れに主人公が心の中でツッコむシーンがあります

この時の主人公の思慮の浅さは、エッセイ漫画としても致命的ではないでしょうか。

表情や服装から即売会という目的地を同じにしていると確信しているからこそ、ノーメイク女性を「同志だ」と確信して、その気を抜いた姿と能天気な様子に、イベントへ向けて気合いを入れて来た主人公は憤慨しているのかもしれません。

しかし、続くコマはただただ妄想の中で、相手が言いそうな言葉言い訳だと否定し、持論を展開するだけで、相手のことを考えていません。

取材力想像力ともに範囲が充分でありません。狭いのです。自分の中で完結してしまっています

たとえば化粧を禁止されている、お小遣いギリギリ学生かも知れない。

遠征電車高速バスが遅延して時間がなかったのかもしれない。

身バレ可能性があり、恥を忍んで素顔に近い顔で来たのかもしれない。

経済的に苦しくて、自分に合う化粧品ファッション出会えずにいるかもしれない。

家庭事情経済事情もさまざまです。また、障害を持つ場合もあります

化粧をしない理由はそれぞれです。

それぞれが努力によって対策可能だったとしても、皆がそれを完璧にこなせる訳ではありません。

私が考え過ぎで、素顔で出歩くことに特に理由がない人もいるでしょう。普段から化粧をする必要がない仕事に就いているのかもしれない。それを「ろくでもない仕事」だと考えることは職業差別です。

しかしたら彼女達は「ノーメイクで行く」という行動と、互いの美醜を互いにイジらないという暗黙の了解によって、目に見えない友情を確かめあっているのかもしれません。私はそれを尊いと感じます。決して馬鹿にはできません。その感情に、外見も性別関係ありません。

素顔で出歩く女性を、腐女子というだけで見下してしまうのであれば、もしも、彼女達が会場前の駅に降りず、手前で降りたなら、あるいは過ぎ去ったならどう感じたでしょうか?

腐女子について話すためにここまで考えなければならない理由がわかるでしょうか?

「格好がバラバラ集団がいたら高確率腐女子」という有名なネット上の言説があります。これはオタバレの指摘でありながら、腐女子文化を捉えることができる好ましい例なのです。

化粧やお洒落のものが大好きで趣味とする女性は居ます。それと同じくらい、化粧とお洒落をしない、できない女性は決して珍しくありません。この二者は普段生活では交わらない存在です。それでありながら、ただ「腐女子」「オタク」「アマチュア作家であるというだけで、同じものが好きというだけで、SNS作品を通して同志となり話し合えるのです。

本当に「腐女子カースト」は存在するのでしょうか。色眼鏡をずらして、少し観察すればわかることです。実際に腐女子の集まりを見て、外見の美しい人にそうでない人が付き従ってるように見えましたか

なぜ、かような形で消化してしまったのでしょうか? なんのフォローもなく、嘲笑して終わってしまったのでしょうか?

私は想像力が狭いまま物を作り続ける人間に対して「そのままでは続けられないよ」と教える以上のことはできません。

想像力を鍛えるには『違う価値観』と対話インプットしなくてはなりません。他人との会話でもいいです。怖いなら文学でも好きな漫画でも、アニメドラマ映画音楽。なんでもいいです。時間がある時に良質だと思う作品に、幾度も視点を変えて触れてみてください。でなければ、他人を知ることが出来ず、それゆえに自分を正しく見つめることも出来ず、自分だけの世界に閉じこもってしまます

インプットをしないまま作品を描けば、描くほどに、ただ自らが傷つき続けることになるからです。

4.最低限の礼儀って、何ですか?

また作者は最低限の身嗜みを礼儀と捉えているようですが、その最低限ライン上記理由で人それぞれだと想像できなければなりません。好みの服装もそれぞれ、地域文化仕事もそれぞれです。

主人公が綺麗でかわいいと感じた『神』の多くも、自分や買いに来た人の姿を気にしていません。コスプレイヤーだってキャラに入っていない時の自分の姿は出来れば注目されたくないのです。懸命に作って共感を求めた作品ではなく、日常の延長で作った「最低限の礼儀」の姿を褒められても、彼女達は嬉しくありません。そこがそういう場だからです。

腐女子オタクが「恥ずかしい趣味だ」という感覚最近では少なくなってきています

オタク向けのイベントに行くなら、張り切ってグッズを身に纏って「オタクの姿」をすべきだと判断する人もきっといるでしょう。それもやはりその人なりの身嗜みなのです。

またイベント外なら、服装の奇抜さだけでオタクかどうかを判断する材料にはなりません。ゴス原宿系等、日ごろから周りに迎合しない、自分自身を出したお洒落を好む人々が存在します。似合うか似合わないか他人判断基準で彼らは服を選びません。オタク文化と重なる部分も多いですが、その文化オタクと一括りにするのは、私は違うと思っています

そもそも即売会は『交流』のためのものです。街の本屋さんとは違います。売り手と買い手の信頼で構成された、本来技術の見本市なのです。この辺りは運営委員会ガイドラインなどにも書いてある範囲でしょう。

会場において相手の姿を気にする時間はありません。イベント会場はまさしく「戦場」なのです。時には顔すらも覚えておりません(これまで自分のスペースに来てくれてる方、すみません)人気壁サークルでなくとも、友人に頼んで売り子を立てる作家さんも居られます

時間が限られているのに、車の試乗会で車を見に来たのに、同時にディーラーの外見をいちいち品定めしてチェックしますか?

自社のために技術を持つ小さな会社契約したあとで、社長ブログに自慢が書いてあっただけで「そういえばあの社長不細工だったな、嫁さんも不細工だろう」などと、いちいち思うのですか?

それらを書いた冊子を、彼らの職種を冠したタイトルで売ったらどうなるでしょうか。

まさにそれこそ、礼儀を欠いた行動ではないでしょうか。

表現自由の下であっても、不快になった当事者には怒る権利があります

ここまでの説明によって第一話のあの一連の流れが如何に的の外れた低俗な「笑い」であるか、理解できたでしょうか。

ありとあらゆる多様な価値基準無視して、己が良しとするものだけに迎合する。そこを頂点に据えて妄想の中でカースト構成する。

腐女子を冠して発表するには、あまりにも浅く、無防備なのです。

5.悪意の扱いについて

そして、何分の一か、ほんの一部だけ、この作品主人公のように他人を品定めししま人間も、腐女子は間口が広いがゆえに存在しているのです。

主人公と同じ悪意を秘めた女性達は、この作品を読めば共感するでしょう。

ひっそりと楽しんでいた人もいたのかもしれません。

しかし、この「腐女子カースト底辺同士のマウント合戦~」はつい最近無料公開分がツイッター投稿されました。現在アカウントごと消滅しております

範囲の誰もが評論できる場所に出してしまえば、本を共有してしまえば、彼女達の罪悪感を無理矢理抉り出すだけの結果になってしまます

安易な形で発表し、コントロール不可能批判を浴びたことによって、彼女達は愛想笑いを続けて、怒れる友人と一緒になって作品を叩かなければいけません。作中で一般人擬態する主人公のように、怒れる腐女子としてその社会の中で信頼を維持しなければなりません。腐女子という世界の中にカースト存在しなくても、社会存在しています愚痴垢や捨て垢で陰口を叩いて共感しあうのとは全く違います

そうして作品を叩くうちに作者を、版元を本当に憎悪していくか、あるいは交友関係を切って何もかも忘れてしまうというような極端な行動しか取れなくなります

彼女達をますます孤独にしてしまったのです。

作品は、発表の仕方まで気を使わなくてはいけません。これもまた貴重な顧客を失う『失敗』なのです。

この主人公のように、見た印象だけで人を判断して遠ざけて来た記憶が、私にもあります作家デビューした相手嫉妬したこともありました。自分と交わらない人間人生を、いかに踏みにじってきたのか。それを考えるたびに私は後悔と反省を繰り返しています

つづきます。(https://anond.hatelabo.jp/20190122052653

2019-01-17

[][] とうとうこの日が来てしまたか…。

この人、中国暗殺されないか心配です。

今の日本中国批判する本を書いたら、出版差し止め裁判どころか、中国からヒットマンが送り込まれてくるのでは?

(あるいは、アジア分断統治を進めるアメリカが、日本人に反中を煽るために、中国による暗殺と見せかけた偽装工作をするとか?)

とりあえず本屋立ち読みしてみるかw

 

"拙著日本のIT産業中国に盗まれている」 実名でハッキリと書きまくったせいか紀伊國屋先行販売も良好で増刷で三万部発行となりました。感謝です!

明日から全ての書店に並びます

裁判差し止めされる前にお早目にお求めください(・_・;… https://t.co/RnGEaiKi6n"

 

本書は、さらファーウェイをはじめとする中国企業の世界に張りめぐらされたスパイ網を暴き、ITへの無知が国を滅ぼす現状に警告をならすノンフィクション大作。

中国のやっているのは技術移転ではない。中国技術泥棒国家だ!

日本にはスパイ防止法がない、いまや中国技術盗掘の草刈り場だ。

トランプ対中貿易戦争開始でハイテク技術米国から盗めなくなった中国。これからの標的は日本だ。

 

中国サイバー軍とは、中国電子戦部隊

主に中国人民解放軍総参謀部第三部二局中国人民解放軍61398部隊(PLA Unit 61398)を指すとされる。

2014年存在を指摘された61398部隊上海市浦東新区高橋大同路208号にあり、2007年に完成した12階建てビル拠点を置く。

英語に堪能な要員数千人を抱えて活動している。

2019-01-12

胸糞悪いもの読みたがり

胸糞悪いものに惹かれる。

何故なのか自分でもわからない。胸糞悪いようなものを見て、もっとやれと思うわけはないし、許せないという正義感が沸き起こるわけでもないし、だからなにかを発言するわけでもない。ただ、そういう類のものを目にしたとき、「うわ、ひどいな(怖いな)」と思うだけ。至極フラットに。もしかすると、このフラット原始的感情になれる感じを求めているのかもしれない。

北九州事件ルイ17世Wikipedia、嫌な話のコピペみたいなネット上のコンテンツとか、鬱漫画映画と呼ばれるもののもろもろとか、フィクション/ノンフィクションの別なく、そういうものを見たくなる日がある。こういうものを見ると落ち込む。でもわざわざ好んで見ている。それで、うわぁと思っている。

こういう人間にとって、いま話題になっているNGT事件、言っちゃなんだが最高にネットを読み漁る甲斐がある。最低だ。

加害者憶測される人物炎上しているが、そこになんのコメントも残すわけでもない。推測されている事件の経緯も胸糞悪くて、炎上してる人のコメント欄も胸糞悪くて、それをこまめにただ読むだけ。そして、嫌だなというフラット感情享受している。

もうやめたい。自分みたいに臭い屁をわざわざ嗅ぐのをじわっと楽しんでいるような人間は、フィクションだけを消費するべきだ。そう、もうこれは消費なんじゃないのかと思うんだよ。

正義感に駆られて、怒って、加害者容疑者過激コメントぶつけてる奴の方がまだマシなんじゃないのか。

胸糞悪いものを消費する自分も胸糞悪い。最悪だ。でも、自ら戦う土俵に上がる必要のまったくない「うわぁ」ってドン引き気持ちって、どうしてこんなに平らなんだ。

からない。

2019-01-06

SPA記事っていつものことでしょ

なんで今回の記事だけいきなり上がったのかわからない。

しかもこの手の記事読み手もある程度フィクションってわかってる前提で読んでいるはずなんだけどな、

AVと同じ世界観というかなんというか、、しかもギャラ飲み自体言及はなし?

もしノンフィクションだとしたらギャラ飲み自体否定はなし?

ギャラ飲みや相席居酒屋男性お金を多く払わせてるでしょ?

そこにも言及して女性側もそういう場に参加すべきではないという記載併記して語るべきでは?

ワンイシューの方が人の目を惹きつけるのは分かるけど、

なんか一意見拡大解釈しすぎてるように見える。

SPAも良くないけど、こういう多少の下品理解してあげないと男性

どこで性的好奇心を発散すればいいんだろう。

(発散しないという選択肢動物としてありえない)

2018-12-22

俺の場合、どういうわけか電子書籍より紙の本の方が、没入感が強い

小説とか漫画ノンフィクションドキュメンタリーなんかもそう

単に長年慣れてきたのが紙の本だからなのか、それ以外の要因があるのか

電子ネイティブ世代はその辺、どうなんだろうな

フェミがあれこれ男に注文出すのって男性に対してフィクションノンフィクション区別がついてないんじゃないの

それ言われたら男性の性はなにかね?っての多いもん

2018-12-21

[][] 日本IT産業中国に盗まれている

マジかよ!?

そうとうヤバイな!

 

日本IT産業中国に盗まれている | 深田 萌絵 | Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4898314791/

2018年12月1日ファーウェイ創業者の娘・孟晩舟がカナダ逮捕

それを聞いた著者・深田は「やっと、この日が来た!」と、思わず体が震えたという。

というのも、彼女は8年前にファーウェイから、散々な目に遭遇していたからだ。

その体験手記「ファーウェイとの八年戦争」を「ウイル」(2019年2月号)に発表。

本書は、さらファーウェイをはじめとする中国企業世界に張りめぐらされたスパイ網を暴き、ITへの無知が国を滅ぼす現状に警告をならすノンフィクション大作。

 

中国のやっているのは技術移転ではない。

中国技術泥棒国家だ!

日本にはスパイ防止法がない、いまや中国技術盗掘の草刈り場だ。

トランプ対中貿易戦争開始でハイテク技術米国から盗めなくなった中国

これからの標的は日本だ。

 

私がこの目で見たこと、調査した結果を語ると、決まって「そんな話、聞いたことがない」と驚かれることに逆に驚かされてきた。

IT半導体産業従事する人々は何も気が付いていないか、自社企業に浸透した台湾中国から報復を恐れて誰も何も語ろうとしない。

中国は、インテル社長ですら辞任へと追い込む政治力を持っている。

自分のような未熟な若手がおこがましいと思いつつ、自分が語らなければ、業界人人生を懸けて彼らを告発することはないだろう。

つの間に社会派コンテンツになったの?

ヒプマイコミカライズ解釈違い問題を取り扱ったブログがバズってる事で外野が「へぇ、ヒプマイファン解釈違いはこれが原因なんだね」みたいなファンの総意扱いされている事が地獄なんで書く。この日記での要点は

・ヒプマイってそもそも女尊男卑を取り扱った超社会派コンテンツって謳ってましたっけ?

・それ以前にファンタジーに現実尺度を持ち出す人間とは分かり合えない

の二点である。件のブログがバズった後で今更だと思うが、それでも黙ってはいられなかった。

あと、外野の人が読んでるか分からないけど、外野の人は件のブログは一個人意見であってあれが総意ではない。もっと言えば解釈違いに関する個々の意見が多すぎてファンである私ですらこの点が解釈違いと言われているとピンポイントでまとめきれないのが現状であることをご理解いただきたい。

要点の女尊男卑設定問題現実尺度はについて重なっている部分が多いので纏めて書く。

女尊男卑というデリケート描写に触れてしまった公式は確かに安直だと思う、というのは私も同意である

ただ、そもそもこのヒプノシスマイク自体HIPHOP×二次元というプロジェクトである

そう、だから「取ってつけた」あるいは「ガバガバ」な女尊男卑設定でもある意味間違いではないと思うのだ(間違っていないけど正解でもない、というニュアンスです)。

ここでHIPHOP×二次元×超社会派プロジェクトまで謳っていたらそりゃブチ切れるのも仕方ないと思う。

そんな中、件のブログで引っかかるのは第三次世界大戦西暦日本という設定だけで現実世界未来として扱っている様な書き方だった。

いや同じ西暦だし日本だけど、私たちが生きてる現実とは違う歴史を紡いでいたとかそういう補完でいいんじゃないのかなって…。ヒプマイってノンフィクション作品でしたっけ?

あと女尊男卑ガバガバ設定として「女尊男卑といいながらも税金10倍とられることと中央区に入れないだけ」という旨を述べているけど、彼ら参政権が無いんですよ。政治女性しかいない中央区しかやらないから。(『アニメージュ2018年1月号参照)

アニメージュまで読んで無いというのならこっちからしたらそれこそ「取ってつけた」非難しか受け取れない。参政権が無いことについて描写がーという反論もありそうだけれど、設定はありますよという説明であって、描写云々は別の問題

他に散見するガバガバ設定として、看護師とウェイターを女性がやっていることについてだけれど、その点を言及している人たちは無意識に「現実では看護師とウェイターは女性仕事」と思っているか言及するのかな?というのが私の所感。

あと女尊男卑ガバガバ設定について言及している人はあなたの考えるヒプマイ女尊男卑設定の詳細を教えてほしい。煽り抜きでそれはそれで読んでみたいので。

…ここまで書くのにとても労力を使って疲れたので件のブログの人凄い。半年からすでに設定ガバガバじゃんwwwwと笑っていたのにコミカライズされた途端1ページずつ懇切丁寧に自分の気に入らない箇所を説明していくんだもん。その根気と熱意に対しては脱帽する。

全くまとまりの無い文章申し訳ないが、今回の騒動で私が思った事は以上である

2018-12-14

旦那が実録ウェブ漫画を描いている

私の旦那Twitterに実録ウェブ漫画をアップしている。

そこに妻として私も登場している。しかしそれが嫌で嫌でたまらない。


旦那漫画は毎回バズっていて、Twitter経由で仕事も増えて収入も増えた。そこは良いことだとは思う。

でも、漫画の中の私は脚色されすぎていてもはや私ではないのだ。

世間に対してハッキリバッサリと物言いをして旦那同様、聡明物事を深く様々な視点で見つめている」

というキャラになっているのだが、別に私はそんなキャラじゃない。

漫画の中で、旦那の考えを補強するための都合のいいキャラになっているにすぎない。


生活の中でも明らかに漫画意識していて、

「~についてどう思う?」

と聞かれると、このやりとりをネタにするんだろうな…というのが透けて見えて嫌になる。


また、言ってもないことを描かれることがどんどん増えてきて最近ではほぼフィクションになっている。

「私を漫画に出すのをやめてほしいんだけど。こんなキャラじゃないし、こんなことも言ってない」

と一度言ったことがあるのだが、

「そうは言ってもこれがウケてるんだし、利益も出るんだし、キャラクターとしても人気出てるよ。どんな漫画だって脚色はあるんだから認めてほしい」

と言われてしまった。


かに嘘はどんなノンフィクションにもあるだろう。

本屋に売っているコミックエッセイも、ネットでの漫画にも、インスタ映えライフを載せる主婦にも、ユーチューバーにも多かれ少なかれ嘘があるはずだ。

でも私は嘘が嫌でしょうがない。嘘をついてまで得るお金や称賛に価値はあるのだろうか。何だか最近けがからなくなってきた。


あと、漫画の中でかっこいい自分演出したいのはわかるが、漫画に見えないところもしっかりしろよ!と思う。

口が臭いんだからしっかり歯磨きして歯医者に行けよ、とかトイレ座りションしないなら掃除しろよ、とか

くしゃみがうるさすぎて周囲に迷惑かけてることに気付け、とか。

そういう、漫画はいちいち描かない積み重ねが人間形成していくと思うので、かっこいい部分だけ見せてそれが自分のすべてだと思っているところにも嫌気がさしてきた。


きっと旦那にとってはそういう日常はつまらないもので、ネット上で人気のある自分価値があるのだろう。私も嘘をついてまで楽しくなるような何かを探すべきなんだろうか。

というか私のほうがおかしいのだろうか。


最後ひとつ、脚色するんだったらもっと美人に描け。

2018-12-13

anond:20181213161624

グレイテスト・ショーマン見てあれを「真実ドキュメンタリー」とか「ノンフィクションドラマ」だと表現する奴はアフォだろという話をしているのだ。

多分あれ、「史実ベースに作ったファンタジードラマ」位の収まりだぞ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん