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はてなキーワード: エピソードとは

2018-10-20

anond:20181020145935

奥田民生が作ってきた曲をスタジオで聞かせる時、再生して耳塞ぎながらすぐに部屋から逃げるってエピソードを聞いたことがある。

あのクラスミュージシャンでも自分作品を人に聞かせるのが恥ずかしいってことが分かってちょっと微笑ましかった。

まれから一度も自分で服をコーディネートしたことがない父

私は父が自分で服を選んで買うところを見たことがない。いつも母がイオン紳士服コーナーやユニクロ適当に買ってきたものを着ているし、コーディネートも母がやっている。

独身時代の父は自分のお母さんに服を買ってきてもらい、お母さんがコーディネートした通りに着ていたらしい。つまり結婚により父のスタイリスト役が父の母から私の母に受け継がれたというわけだ。

ある日、母に「なんでパパ自分で服選ばないの?おかしくない?」とさりげなく聞いてみたら、母は苦笑いし、「新婚の頃、父が未だに子供のような真っ白なブリーフパンツを履いていてびっくりした」という新たな仰天エピソード披露してくれた。まじかよ。

私だったら彼氏が白いブリーフ履いてたら嫌すぎる…。それどころか私と同年代の成人男性が生まれから一度も自分で服を選んだことがないと知ったらドン引きしまくる。

そんな私の父親なのだが、父が珍しいタイプなのか判断してほしい。

【父のスペック

・50代半ば会社員

・土日は昼寝に費やすおっさん

・服のことは気にしないが薄毛は気にしているらしく、毛の手入れには余念がない

みんなのお父さんもこんなもんなの?

2018-10-19

anond:20181019162637

俺はスティックダメになってきてる

ネットで調べたらよくある話っぽい

なんかGBエピソードとかのせいで任天堂製品は丈夫みたいな幻想あるけど

64のコントローラーとかすぐ壊れたもんなぁ

2018-10-18

anond:20181018142803

スティーブ・ジョブズも、社員を罵るエピソードいっぱいあった気がするけど…

それに比べれば随分と規模は小さいが。普通に穏やかな安定を求めていたら、会社経営なんかは出来ないような気もする。

ただ、本件は登場人物色々洗われて、表ざたになって裁きを受けろとは思う。

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-17

お前らは男のことを全然わかってない

anond:20181016023133

こういう話題を見るたびに思うんだけど

はてな民は男の性欲軽視し過ぎじゃない?

元増田に限らず、はてなではよく

男は女の人格を軽視しているので男は女を肉オナホとして見て、性的搾取している

みたいな話がエピソードつきでてくるけどさ

そもそも男が女の人格を軽視しがちになってるのは何故かって

その根本的な部分が言及されることが少ないんだよな

言及したとしても社会的文化的背景が云々だとか過去の家父長制が云々とか

ややこしい話ばっかり

実際は根本的にはそんなややこしい話じゃなくて

単に女を肉オナホとしてしか見れなくなるほど男の性欲が強すぎるってだけなんだよ

漫画アニメギャグシーンで

極度の空腹に襲われてる登場人物の目に、動物動物系のキャラクターがこんがり肉のような食べのものに写ってしま

みたいな演出があるがあんな感じだ

もちろん性欲には個人差もあるし

女でも性欲が強い人間というのはい

が、(性欲のベクトルが違う気がするので単純に比較できないが)通常の範囲において性欲の強さというのは

女は50か80かで性欲の強弱が決まるのに対し男は400か900かで性欲の強弱が決まるようなものなのである

女にすれば男の性欲は強弱に関わらず異常なレベルであり

表面的に見える男の性欲ってのは

性欲の強弱というより理性等の強弱によって決まっている

まり男は根本的に性欲モンスターであり

ゆきずりの異性から性的に求められるということは基本的に「嬉しいこと」なのだ

元増田へ「デブスとか言いながら求められるくらいの容姿なんだろ」ということを言っている人がいるが、これも勘違いしてる人間が多いように感じる

前述したとおり男は性欲モンスターであり、「セックスしてもいい相手」のハードルめっちゃ低い

空腹さえ満たせれば「こんがり肉」の形が多少違おうが構わないのだ

実際性欲モンスター同士でカップリングするゲイコミュニティにおいてセックスまでのハードルは著しく低い

ジェンダー論、特に男性女性性的搾取しているという問題を語るとき

この性欲の差を考慮しないと一生議論平行線

なぜなら男からすれば異性から性的搾取されることは羨ましいことであり

女が性的搾取に「苦しんでいる」ことを本能的に理解できないからだ

貞操観念(性欲)が男女逆転した世界男性向けポルノの時点で

いくら女性性的搾取にこれだけ苦しんでいる」ということを主張しても加害者となる男性にはまったく無意味なことは理解できるかと思う

anond:20181017194220

ライディーンは一部の各話エピソード

最後の方はかなり楽しめたが

どうだろう

テレビタレント「させていただき」過ぎ問題

[エピソード編]

小さい頃からTVで見させていただいていた大好きな俳優さんに、

この前挨拶させていただく機会があったので、

「ずっとファンです」と伝えさせていただいたら、

「今度ごはんでも」とおっしゃっていただいたので、

先日お誘いさせていただいたところ、

本当に楽しい時間を過ごさせていただきました〜!

[番宣編]

今回出演させていただいているこの映画は、

原作もすべて読まさせていただいている大好きな作品で、

なるべく物語世界観を壊さないように演じさせていただきました。

ぜひ劇場でご覧ください!

毒親に育てられた自覚

毒親から逃げられた記念に書かせてほしい。

毒親エピソードはたくさんあるけども、一番大きなものは「ママが正解」の呪いだった。母は私を育てる上で「何事も自由に選ばせた」と思っているだろうし、表面上はそうなっている。しかし実際は母が望んだもの以外を選べばたちまち気分を害し、相づちがおざなりになり、もしその後私の選んだものに少しでもケチがつけば「やっぱりママが正解だった」と笑った。

この「やっぱりママが正解」は今でも私の根底に残っており、何かを選ぶ時(特にその選んだもの・ことを母に見せる予定がある時)には母の反応を必要以上に気にしてしまう。また、母の望んだもの以外を選択した時にはひどい罪悪感、人でなし感に襲われ、何かあると「やっぱり母の言うことが合ってたんだ」と思ってしまう。そんなの気にしなくていいと笑われるだろうが、幼少期から刷り込みなのでもう一生振り切れないだろうと諦めている。今となっては実害もないし。

そんな中で私が唯一幸運だったのが、「自分母親おかしい。そしてそれは周りの人に気づかれない方がいい」という自覚があったことだ。毒親という言葉もない時期に、早い段階でそれに気づけて本当によかった。無事に逃げられたのもそのおかげだと思う。というのも、大人になって気がついたのだが、私の母のような過保護タイプソフト毒親に育てられた人は一定存在する。ただ、それを口に出すかどうかで周囲からの印象は大きく変わっていく。

私が最も気の毒だと思ったのは、以前勤めていた職場40歳近い女性が「門限があるからごめんなさい」と飲み会への参加を断っていたのを見た時だ。ごめんなさいと言われた幹事男性は「◯◯さんちはお母さんが厳しいからなぁ」と笑い、女性は「そうなんですよ、もう」と困り笑いで返していた。

ごめんなさい、母が。

ごめんなさい、母が。

飲み会以外の話題でも、彼女は毎回毎回繰り返してきたのだろう。その結果、彼女職場で「少し変わっている」というポジションにおさまっていた(もちろん大人なので皆あからさまにはしないが)。

また、この女性は「映画を観に行ったら上映直前で母から電話があり、帰らなければならなくなった。しかたないか映画あきらめた」というかなりパンチの利いたエピソードも持っていた。それを笑い話として職場で話してしまうのもまた彼女の不運であったように思う。

私も毒親持ちとして、彼女の話にああ〜わかるわかると思ったことが何回もある。しかし、私がひそかに共感する部分でほかの人々は「えー!?」「それはやりすぎだ」と驚いていた。これは推測だが、彼女は母の話をして周囲から驚かれるのをどこか特別なことのように感じていたのかもしれない。

姉御タイプの同僚が時々彼女に言っていた。

「そろそろ独り立ちしなくっちゃ!」

軽い口調だが、それは真剣忠告だった。

しかし、私はそれを聞くたびに彼女がその忠告を受け入れて独り立ちすることはないだろうと確信していた。なぜなら、彼女の中には私と同じく、そしておそらく私より強く「やっぱりママが正解」の刷り込み存在しているはずなのだから

何かを決める時、親が基準になっていませんか?何かを断る時、親を理由にしていませんか?周りにいる人々は、あなたとおなじくらい親の話をしていますか?親子仲がいいのは悪いことではないし、毒かどうかの基準は人それぞれだ。職場彼女だって、望んで母親そばにいるのかもしれない。

それでも、自覚なく縛られ続けている人々が少しでも減ってくれればと思う。

とんねるずの木梨のやばいエピソードを教えてください

ネットで、世間イメージと違って、石橋より木梨のほうがやばいみたいな話を見たのだけど。

anond:20181017115911

すまん、思い出した。完全にキリコのせいでエピソードねつ造されてた。

その回はブラックジャックが匙を投げたで正しいわ。

anond:20181017115618

怒ったのはキリコだろ。(なんか別のエピソードの話な気がしてきたが)

2018-10-16

anond:20181015232547

俺の中ではキラキラとHUGは逆かな~

あとフレプリはせつなが仲間になるまでの話は全プリキュア中最高のエピソード

総合1位はプリンセスプリキュアですけどね。

2018-10-14

カズレーザーについて

お笑い芸人カズレーザーがめちゃくちゃ好きなんだけど好きと言える人が周りにいないのでここに書く。

ヒーローコブラが好きで高校時代からずっと赤い服・金髪を貫いていて、

年間150~200冊くらい本を読んでいる長身の色白マッチョで、

顔は基本尾藤イサオ氏似だけど映りによってはそこそこキレイな顔をしていて、

バイセクシュアル(男相手にはネコである

キャラ渋滞とよく言われるように漫画みたいなエピソードや特徴をいっぱいもっていて、

上に挙げた以外にも、Mr.ビーンbotを手動で運営していたり、極度の偏食だったり、特撮オタだったり、重度のさだまさしファンだったりする。

手先が器用で、日常会話程度なら英語を話せて、プログラミング知識があって、歌もそこそこ上手い。

運動はそんなに得意じゃないみたいだけど、カズレーザーは概ね何に対しても平均以上のことができる。

何より抜群に頭がいい。

私はお笑いについて全然詳しくないミーハーなので、カズレーザーを好きになったキッカケも、

カズレーザー名言を目にしたのがきっかけだった。

カズレーザークリニック」というお悩み相談番組的で、将来が漠然不安だと話す東大生相手に、

カズレーザーのしアドバイス名言としてSNSでバズっていた。

人間どうせ幸せになるのよ」

ハッピーエンドに決まってるのになんでバッドエンドにしたがるの?」

理由を見つけて自分が不幸だなと思おうとしているだけで思わなければずっと幸せからね」

カズレーザーあくまでその東大生一人に向けてしたアドバイスであって、誰にでも当てはまるものじゃないと後のインタビューで語っていたけど、

先行きにただただ不安を感じてるような、毎日息苦しいような人達には良い言葉で、実際、私にもこの言葉はすごく響いたのだ。

薄っぺらきっかけと言われたらそれまでだけど、私はそれからカズレーザーの出る番組を見まくるようになった。


番組を見まくっていて気付いたのは、カズレーザーがぜんぜん、天然ものじゃないことだった。

カズレーザーは売れていない時代から毎日最低一本はネタを書いていて、安藤なつコンビを組んでM-1で売れた。

今はめちゃくちゃ勉強してクイズ番組で結果を残しまくっているし、バラエティ番組での切り返しの精度も上げてきている。

カズレーザーは素のメンタルが強いばかりでなく、鬼のよう努力をする人なのだ

その上で売れたのは「運が良かったからだ」と言う。

カズレーザーを色んな媒体で追ううちに、なんとなく、カズレーザーってこんな人っていうのが私の中で見えてきた。

好きなものへの探求心が強く、色んなジャンルに興味を持っているからその分深堀度がものすごい。

息を吸うように努力をするのが当たり前で、プロ意識が高く、売れるための努力を何もしていないのに口ばっかりで行動に移さない人や、高望みする人に対しては厳しい。

そのかわり、一生懸命努力している人たちへの面倒見はものすごくいい。

自分のことを冷静に見つめていて、過小評価に感じられるくらい、自分お笑いの才能をこれっぽっちも信じていないかわりに、

周りの芸人仲間に対しては深い愛情をもっていて、仲間たちが売れることを自分のことのように無邪気に喜ぶ。

子ども相手でも大人相手でも、上からでもなければ下からでもない、同じような一定距離感で接する。

感情が無いとかサイコパスっぽいとか言われるけど、そのフラットさの中に情がないわけじゃないんだということも分かってきた。

カズレーザーに何でこんなに惹かれるのか、私もまだよく分かっていないけど、とにかくスゴい人だ、と思っている。

欠点も山ほどあると思うけどそれ以上に目が離せない。

型にハマらないとか自由だとか飄々としているとか、色んなカズレーザー評を見てきたけど、まだ自分の中でカズレーザーをどういうカテゴライズにしていいのか分かっていない。

ただ、息苦しい気持ちになったときにこの人のことを思い出すとちょっと息継ぎができるような、私にとってはそういうスゴい人だ。


今後も芸能界でのカズレーザーさんのご活躍をお祈りしています

漫画アニメで、女スパイとか訳ありで男装してる設定が好きで男装してるのがバレてしまうのがとても性癖に響くが、その後が問題なのである

よくあるエロゲーギャルゲーまたラノベとかは、攻略キャラの一部となってしまうため本来の雌の姿いわゆるかわいい女の子の格好をしたり、そういう服やしぐさをするエピソードばかりになり男装の魅力が半減されてしまうのである。話の都合上仕方がないことだが、話の最後まで男装を貫いた女の子が登場する作品を、知りたい。

anond:20181014022245

6時間前、某ラジオパーソナリティの荻田さんがツイートしたそうです。6年前に片田議員ラジオで対談した時のエピソードです。

なぜ今頃になって荻田さんがそんな話を持ち出すのかは意図不明ですが、内容は片田議員が初対面で卒業大学のことを聞いてきたそうです。

片田議員あなたのundergraduateは?」

荻田さんは最初意味が分からなかったそうです。しばらくして意味了解し「成田大学です」と荻田さんが答えると

片田議員「やっぱりね。だからえがお坊ちゃんなのね」

荻田さんは炎上を狙っているのでしょうか。これから政局に注目していきたいと思います。以上、現場から東海林がお伝えしました。


※この小説フィクションです。

2018-10-13

最近、「女は顔が良ければ人生イージーなんだから専業主婦してろ。」みたいな雑煽りツイート引用RTで叩くツイートが流れてくることが多くなってきた。

いや雑も雑だろと思ってホームを見ると「2018年10月登録」。

件の大放火事件がちょうど1日か2日くらいだから騒動中に作られた垢ってことか。

確固たる根拠があるわけじゃあないが、

bioがやたら反フェミなのに対しフォローしてるのがbts関連やらchantoやらやたらフェミニンってところや、やたらツイートが少ないとこを見るとFの者のマッチポンプなんだろうなぁ…と。

まぁ思想を持つには人の数だけいろんな背景もあるし、フェミがいいとか悪いとかそういう話じゃなくて、

こういう落ち目好戦的クラスタが陥落瓦解する直前にはなんかこういう分かりやすマッチポンプで身内の溜飲下げる特有芸能が発生するのかなぁって。

というのも、例の弁護士大量懲戒請求に関連してハングル板なんJ民が侵攻仕掛けたことがあったじゃん。

そのときに出てきたエピソードに「在日を騙ったコテハン荒らし論破していく姿に熱狂するハン住民」みたいなのがあって…それを上の芸で思い出したんだよね。

こういうのは情けないなぁ恥ずかしいなぁ惨めだなぁってとこなんだけど、

思想における敵(そもそも思想に敵なんているのか?対抗する相手がいるとしたらそれは未来の協力者ではないのか?)を仮想的にやっつけてみせることで鼓舞するのは

どこか古典世界に出てきそうだし、想像してみたら結構スッとするかもしれないし…明らかに不利な状況で不安解消するにはてきめんだろうし…気持ちはわかる。

大量懲戒請求した人たちと同じく、今回乗じてポリコレゲシュタポポリコレアインザッツグルペンを演じてしまった人たちも、お馬鹿ではあったにしてもどこか同情できるんだよな。同意は出来ないが理解はできるってやつ。

お偉い先生様も参加するあたり、やっぱり学級裁判で冴えない男子ボコすのは一大娯楽なんだなって。

ただやっぱ「性的消費」とかあいまい言葉を使いたがるけど、その辺の定義しっかりしないと今回と同じこと繰り返すし、

日本ポリコレだけでもルールブックとしての何らかの文書必要だと思うんだよね。資本論とかああいう感じの。

今回は私刑裁判だったけど、私刑も刑なら法があるはずだからさ。そういうところをちゃんとすれば、お望み通りリンチしても拍手喝采になるんじゃないかなって。雑感。

あと、それはそれとして去年のゆらぎ荘とか今回もそうだけど例の人はそろそろちゃん落とし前くらいはつけとかないとあかんのとちゃうか?Fクラスタの顔に泥塗ったわけだしさ。

2018-10-12

とびないさんの話

30を過ぎた頃から、泣く頻度を減らすようになった。減ったのではなく減らした。たとえば映画を見て泣くとき、涙の分だけどうしても自動的に加点されてしまうことや冷静な判断力を失うことが嫌だったし、何より安直な涙は思慮が浅く頭が悪い印象が強かった。

飛内源一郎さんは、私にとって別格だった。「久保みねヒャダこじらせナイト」の最終回で飛内さんが自らの手紙音読するのを聞いたとき、私の中の何かが強烈にゆさぶられて、嗚咽レベル号泣が止まらなくなった。

飛内さんは青森旅館を営む一般人だ。「とびない旅館」の宴会場は、飛内さんがこれまでに収集した昔のおもちゃで溢れかえっていて、宿泊客80年代漫画アニメ、かつて流行したおもちゃのことを息つく間も無く話しかける。

かつてはクリエイターとして妖怪祭りプロデュースしたり、活躍していたらしい。だけど日のあたる場所には人間関係軋轢も多く、活躍に対して心ない声もあったようだけどそれはよく知らない。

(多くのテレビ製作者は、きっとその詳しいエピソード下品に掘り下げネガティブBGMをつけて感情移入材料として存分に活用するんだと思う。経緯はわからないけど「そんな飛内さんに対し、心ない声も。」の一言さらっと終わらせた久保みねヒャダの番組構成がとても良かった)

最終回手紙は、ひたすらに出演者たちに対する感謝と労いの言葉でうめつくされていた。

自身先生たちとの関わりが「カンダタに垂らされる糸のよう」と表現されたその手紙は、武骨な文字とともに彩り豊かな優しい絵のようだった。

母の介護を経たこと、番組出会たことで起きた奇跡について。

詩的だけど率直という不思議手紙に、抑えても抑えても止まらない涙があふれた。

察して余りあるような経験を経て、60近くになってそれでもこんな言葉を紡ぐことができる人がどれだけいるんだろう。それはどれだけ社会的成功するよりも困難なことのように思えた。

からかけられた心ない言葉や、介護という現実ですりへる部分は確実にあると思う。それでも、心の中の宝石のような部分を大切に守ってこられたのは、飛内さんが何かを好きでいることをやめなかったからなのかと思った。人を恨み心を閉じるようなやり方で自分を守ろうとしなかったから起こりえた奇跡なのかもしれない。

青森旅をふりかえって久保ミツロウと能町みね子が「とびないさんにはハッピーオーラがあふれてる」と言ってたのが最高の表現だと思う。)

変わり者まるだしの風貌で、周りへの感謝と思いやりにあふれた言葉をまっすぐに伝えるとびないさんを見て私が感じた気持ちは、多分憧れという形容が一番近いんだろうなと思った。

カメラを止めるな」の監督

主演のおっさんかと思いこんでいたがぜんぜん違うやないか

監督親子エピソードとか全部あのおっさん想像してたわ

anond:20181012090959

こういうかわいそうなエピソード共感しつつ、

厄介な人を排除村八分なすると平気で言う人達ネットでは目立つから、新しい環境オフラインイベント行くのがすっかり怖くなってぼっち生活拍車がかかってる。

anond:20181012090959

Twitterならミュートする案件だと思うけど、なんのSNSだったんだろう。

まさかわけわからんオッサンLINE IDなんて教えないでしょ?

これ性別関係なく、内気な人が積極的な人に絡まれてペースが合わなくてウンザリしたってだけじゃないんかな。

どうも具体的なエピソードが書いてないんでよくわかんない。

ヒルクライム女子Twitterとか見てると性別年齢問わずいろんな人と楽しく絡んでるけど、増田はそういう社交的な性格じゃなかったということよね。

なんか、どこ行ってもうまくやれないタイプに見えてしまう……。

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-08

異端方法で勝ち上がって既存常識を塗り替える話

がすごく好きなことに気付いたので知っているエピソードがあったら教えてください。

スポーツでもゲームでもいいです。

より優れた手法発見するものでもいいし、対戦環境の隙を突く「地雷」的なやつでもいいです。

ぱっと思いついたもの

スポーツ

棒高跳びの背面跳び

ボウリングの両手投げ

水泳バサロ泳法

ゲーム

ニコニコ大百科の「メタゲーム」の記事にいくつかそれらしいのがあった。

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

今の版には載ってないけど

ポケモンのLV1ドーブル

MTGのヤソコン

・UMVCのクソルチーム

とか好きです。

もっと全般的な話だとゲームRTAは日々ブレイクスルーに溢れていて面白い

自分がやってきたゲームだと、

麻雀の手役軽視・スピード重視

なんかは『科学する麻雀』以降、大きく常識が変化したと思う

beatmania IIDXの1048式

は、当初変な運指扱いされていたけど今やプレイヤースタンダードになっている

2018-10-07

残酷作品動画(暴行殺害解体等)を見てると勃起する

なんか凄い興奮してしまう。

別に加虐願望があるってわけじゃないと思う、というかそう思いたい。

今まで人を殴ったこととかないし。それどころか中学の時なんか部活内で虐められて逆に殴られてた。

でも人間が打ちのめされて破壊されていくの見ると鳩尾の辺りをギュッと掴まれるような違和感と共に性的に興奮する。

まるで性に目覚めた中学生みたいな速度で勃起してしまう。

原因?に思い当たることが1つある。

僕の父親(元父親になるけど)はDVマシーンみたいな男で僕は小学生の頃に両親が離婚するまでずっと母親居間やら台所やら寝室やら風呂やらとにかく家の色んな所で手を替え品を替えてボコボコにされるのを日常的に見てた。

一番鮮烈な記憶として残ってるのは、これは行為というよりエピソードだけど居間ソファに座ってる僕の目の前で父親母親を殴りつけながら「お前はこの女のケツの穴からうんこと一緒に産まれてきたんだぞ」って言われたこと。今考えるとケツの穴ではないだろ、と冷静にツッコミ入れてしまう。

でもDVを見てた時は母親可哀想だと思ってたし泣いてばっかで興奮なんて欠片も起こらなかった。

でもその経験が今の僕の状況に何か影響してるような気もする。というかそれ以外だと先天的ものってことになるのか。

これ病気なのか。

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