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はてなキーワード: 客観的とは

2017-06-29

わかってたけれども。

教員仕事が大変だっていうのはわかっていたよ。

授業も部活も校務分掌がきついことだって

生徒だっていう事聞きゃしないやつだっていることだって

知っていてなったはずだ。

でも、自分現場客観的に見ることができるはずだし

だめでも、コツコツやってみようと思っていた。

けど今すごく疲れてるんだよね。

校務分掌仕事を先輩から引き継ぐ間もなくとりあえずやってみよう

からの、部活動練習試合とか予定をうかがって(ちなみに未経験運動部メイン)

からの、夜授業準備。多分、優先順序がおかしい。

ただ校務分掌仕事は今やらなきゃ職員全体に響くしマスト作業が多いところだ。

自分効率が悪いのかな・・・と思う。

しか分掌仕事確認をお願いすると手直しは当然でるし、でも締め切りには間に合わせると。

で、会議謝罪もしなきゃ。

初めてだから仕方ないよね。っていう点もあるけど、

部活動相手側の都合があるので優先して電話をする時間をとる。

終わらない仕事をずっと抱え、なおかつ進捗が遅い、なんたっていろんなことを重複してやらなきゃいけないから。

から仕事が一切おわった気にならず、今も授業をこれから作るけど

自分がこういうことで「はぁ」とため息をつく日が来るとは思わなかった。

それに、そんな授業をしてるからかな、斜に構える生徒だっている。「あいつ何?」と。

そういう生徒がいて当たり前だと思う。

けど、こっちも人間だ。何回もそういう態度をとられ続けると落ち込むのも事実だ。

生徒がいったことだから気にしない、ことを微妙にまだできていない自分は、人格否定されてる気分になり下がる。家でね。

大人じゃなくて子ども否定的なことを言われるってそれだけなんだろうけど

やっぱり悪いことって言われたくないし思われたくないんだ。誰でもって思う。

授業改善しなきゃ、そして自分もかかわっていかなきゃ、と思うとまた体力の摩耗に気づいたりする。

おそらく、こういう「しなきゃ」で動いてしまえば、子どもの目にもそう映ってしまうのだろうに。

悪循環を飛ばすために、休む時間必要だ。

支離滅裂になったけどとても疲れてるってことを書きだしたかった。

じゃないとどっかで、ネジ飛びそうだ。

とりあえず金曜日をどうにか乗り越えてゆっくり寝てることを期待している。

4月からはじまって土曜日まともにゆっくり休めるのは今回は2回目だから、うれしい。

なんなら連休がここにきて初めてだから、うれしい。テスト期間ようやく・・・

仕事って大変だね。みんなこうやって生きてるんだ。

奄美空港-バニラ・エア問題

ここでは航空会社側についてのみ書く。

車椅子客について書かないのは、法的に間違いを犯したわけではなく、個人倫理観問題になるので客観的意見を述べるのが難しいからだ。

バニラ・エア(とバニラ・エア業務委託された空港職員)の姿勢は一貫していなかった

関空奄美線では、自力で歩けない車椅子のお客さまから事前に連絡があった際には搭乗をお断りしていた。」

http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/28/vanilla-air_n_17315034.html

→つまり事前連絡では乗れず、搭乗を断る

関西国際空港での搭乗時、「奄美空港ではタラップを上り下りできない人は乗れない」と説明された。「同行者の手伝いで乗降する」と話して搭乗し、奄美空港では知人が木島さんを車椅子ごと担いで降りた

https://mainichi.jp/articles/20170628/k00/00e/040/292000c

しかし、事前に連絡がなかった場合は搭乗を断らなかった

行きの便の時点で認めたのにもかかわらず、帰りの便でそれを覆したというわけだ。

奄美空港側は、車椅子客が降りた事を知っていた

当然ながら、空港車椅子客が降りたことは空港側は知っていたはずだ。

5日、今度は関空行きの便に搭乗する際、バニラ・エアから業務委託されている空港職員に「往路で車いすを担いで(タラップを)下りたのは(同社の規則違反だった」と言われた。

http://www.asahi.com/articles/ASK6H4HCWK6HPPTB004.html

3日の降機時点で空港側がストレッチャーを用意していれば帰りの搭乗はスムーズだった。なぜそれができなかったのだろうか。

ストレッチャーの準備に時間がかかるから? ならば、規則を遵守した場合この車椅子客は奄美に数日閉じ込められることになる。

この状況では、車椅子客は無理矢理でも登場しなければならなかった。

ちなみに(アシスト)ストレッチャーとはこういうもの

http://i.imgur.com/LaaNeCR.jpg

上記の画像のような空港専用のものではないが楽天でも売っていて、そちらは15万程度。

誰が悪かったのか

搭乗を認めた関西空港職員

 規則が「安全上の理由であるなら搭乗時点で断るべきであったし、特例を認めるならば奄美空港ときちんと合意を得るべきだった。

バニラ・エア

 上に書いたとおり、ストレッチャーは15万という代物だが、車椅子客だけではなく怪我をして歩けなくなった人の搭乗にも利用されるものだ。いくら格安航空会社からといって、このレベル設備すらないのは疑問。この過ちは会社側も認めている。

同社は「関空奄美線では、自力で歩けない車椅子のお客さまから事前に連絡があった際には搭乗をお断りしていた。搭乗を想定した対応をすべきで専用のストレッチャーを導入して改善した。今後も階段昇降機を導入していく」としている。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/28/vanilla-air_n_17315034.html

また、車椅子客が復路でもバニラ・エアを利用することは事前にわかっていたはずなので、トラブルが起きないよう事前対応をすべきだった。

2017-06-28

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

2017-06-27

小林麻央美談化は、癌当事者からすると理解不可能

小林麻央話題が取り上げられて、癌患者睡眠薬処方量が増えている、具体的な数字統計をどなたか出してくれませんか?

 なぜ、こんなに自己顕示欲が強くて、頭の中がお花畑の人が、美談として祭り上げられるのか、理解に苦しむ。同病の人間からすると

「やっぱりステージ4じゃ無理なのね」という、焦燥、諦め、落ち込み、動揺の̠感情しか植えつけなかった。

結局、治療経過の詳細は明かさずに逝った。標準治療を拒んだから悪化したと言う。

豪華個室、湯水のごとくお金を使った民間療法。一切の客観的詳細を排除した、ポエムブログ

はっきり言おう。小林麻央祭り上げる人は、当人が癌じゃない。患者だったら、癌患者家族だったら、

こんな報道ブログはやめてくれと思う。死が怖い。睡眠薬が無いと眠りにつけない。

2017-06-25

リベラルって、感情的だよね (続・リベラルオタクに嫌われる理由)

リベラルオタクから嫌われる理由

https://anond.hatelabo.jp/20170621180734

これを書いた増田です。

  

今回のタイトルにした「感情的」とは、喜怒哀楽が激しい、口が悪い、論理性が欠けているという意味ではありません。

好き嫌い感情をそのまま政治信条に用いるということです。

  

私が「オタクリベラルを嫌う」と書いたら、ブコメの方ではなぜか、「オタクリベラル不支持」と誤読されていました。こんなふうに誤読されるのは、「嫌悪感情」→「不支持」と結びつけて考えている人が多いからでしょう。

しかし、人は自分感情だけに従って政治信条を決めるのではありません。ときには自分感情に逆らって、正しいと思うことを支持する場合があるはずです。

ゲスの勘ぐりになりますけど、「嫌悪感情不支持イコールで結びつけるのは、あなたたちがそういうタイプ人間からじゃないですか?」と言ってやりたくなります

  

これはリベラルに限ったことではないから、あまり悪口みたいにして言いたくはないですが、好き・嫌い、快・不快感情に衝き動かされて政治活動をしている人は多いでしょう。

リムジンリベラル」に感じる欺瞞の一つは、多分そこにあって、セレブたちはリベラル思想を主張するのがさぞかし快感だろうなと思うのです。華々しい壇上でスピーチすることで、セレブたちはきっと自己肯定快感を得ているはずですし、自分を売りだすための商業宣伝にもなるから一石二鳥です。

(これは前回に書いた話で、リア充が得意げにリベラル思想を語ってみせる問題にも共通です。)

  

  

  

だいたい、トップブコメもひどかったです。

id:agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

これはスターの付きまくっている人気のコメントなんですけど、「しぶしぶ」「いやいや」って何? それ、あなた感情ですよね?

オタク自由制限する側に立っているリベラルが、自分自身のやろうとしていることに反感を持っているのです。それなのに、自由制限される側にいるオタクが反感を持ったらダメだなんて、そんなふざけた話がありますか。

  

他には、こんなブコメもあって、これなんかはほんと、人のふり見て我がふり直せの典型例です。

id:IkaMaru自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

リベラルの中には、「オタクリベラルに逆らってきたから、俺たちはオタクを助けてやらない」と言っている人たちもいます。そこまで露骨ではなくても、オタクのことを嫌っていて、助力することには消極的になってしまう人もいるでしょう。

これはまさしく、感情に流されて政治を選んでいる事例です。

自分感情的になっていることは気づきにくく、他人感情ばかりが目につくのは、人間心理がよく陥ってしま陥穽です。リベラルの論者にもその傾向は少なくないと思う次第です。

  

例えば先日のクジラックスの件に触れておくと、警察漫画家個人宅を訪問して異例の"要請"をおこなったことの是非と、表現規制の是非は、それぞれ別の問題です。

表現規制必要という立場の人は、本来ならば法律ガイドラインを作ってそれを行うべきという道理を曲げ、今回の警察のやり方を容認やすい傾向にあります。また、もし警察のやり方を容認しない立場を取るのだとしても、抗議の声をあげることには消極的になってしまう傾向があります。これは感情に流されて政治方針を変えたせいです。

もちろん、警察のやり方は違法ではないからと、それを容認する立場もあるでしょう。今後はいかなる場合もこの道理を通し、オタク以外の者がこれと同じ仕打ちを受けてよいというならば、それはそれで感情では揺らがない一貫性があると言えるかもしれません。

  

(私はべつに「感情的からダメだ」と断ずるものではありません。感情に流されて政治方針を変えることの是非だとか、感情政治信条の決定に際してどう影響するかとか、そのへんの問題を論じるだけの力はないです。そこはパスさせてもらいます。)

  

  

  

もう一つ、「お前はリベラリズムを正しく理解していない」というコメントも多かったです。

例えばこれ。

id:tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

id:daisya リベラル定義が間違ってるんじゃねーの、私もよく知らんけど。自由っつーなら昔の大金持ちはめっちゃくちゃ自由に生きとっただろう、人を殺しても問題にならないぐらいに。

いわく、リベラル自由放任主義と違って、社会的公正の概念を用いる。

自由同士が衝突するときは調整するべきだからリベラルにとって表現の自由絶対のものではない。

  

――それくらいのこと、百も承知ですよ。前回のエントリ釣りっぽく書いてしまったのも悪かったですけど、リベラル自由放任主義なんてことを言っていません。私はリベラルが「自由」の価値を重んじていると書いただけです。

  

例えば社会的公正にしたって、自由同士が衝突したときの調整機能にしたって、リベラルがなぜそんな厄介な方法を用いるかと言えば、真の意味での自由を実現するためにそれが必要だと考えているからでしょう。

自由放任主義はかえって自由を阻害するからダメ、というのがリベラル立場です。

これは結局のところ、リベラル自由価値を重んじていて、その価値について熱弁をふるう性格を有するということなんです。

  

  

  

id:Arturo_Ui 「"自由"を無制限拡張すれば他者の"自由"と衝突してしまう。何をどこまで認めるか、社会的議論必要だ」って前提を共有できないなら、問題は「リベラル不寛容」ではなく、「オタク側のヘタレぶり」じゃないの?

これは立場によって、物の見え方が違ってきます

リベラル自由調停者として誠実にふるまっているつもりなんでしょうが、それによって自由制限される側は、どうしても調停を受けること自体を嫌がる傾向にあります意見をまったく聞いてもらえずにバッシングされるんじゃないかという危惧もありますヘタレと言われようが何だろうが、それならば調停拒否してゴネる方が得策です。

しかたらこの点は、リベラル立場にいる論者は見落としてしまうことかもしれませんけど、リベラルが主張しているその"前提"とやらを、社会のすべての構成員従順に受け入れるとは限りません。極論を言うと、「リベラル勝手に唱えている"前提"なんか知らないよ」と言って黙殺する政治的立場もあります

あるいは、おおよそは基本的にこの"前提"を共有している人だとしても、いざ自分利益が損なわれるとなると、猛烈に反発することの方がむしろ普通だと思います調停をする側・される側が多少はおたがいを分かり合えることはあったとしても、完全な調和同化はできないのです。

  

それから、「自由同士が衝突しあって調停必要なほど深刻な事態になっている」という現実認識にも根本的な差異がありますオタク自分たち一方的イチャモンをつけられたと思っているので、自由調停するだの、そのために議論するだの、現時点ではそんな必要がないと考えているわけです。

リベラルが言うところの「自由同士が衝突したときには調停必要だ」という一般論が正しいとしても、「今がその状況だから調停必要なんだ」という現実認識が常に正しいとはかぎりません。

リベラルは、特に問題ないようなことを大げさに騒ぎ立てているチンピラとは何が違うんですか? 例えば、あるリベラルの論者が自分自身のことを誠実な調停者だと思いこんでいたとしても、客観的に見れば、そいつ調停不要のところに因縁をつけているだけのチンピラという場合もありえます調停者がチンピラから話を聞いてもらえないのか、それとも調停を受ける側が身勝手理由でゴネているのか、どちらの側に道理があるのかは一概に言えません。ケース・バイ・ケースでしょう。

  

月並み結論になりますが、リベラル調停者になるために誠実性をもっと追究しなくちゃいけませんし、オタクリベラルが正しい事を言っているときには"社会的議論"に応じなければなりません。おそらくそれが、(リベラル的な意味では)最も理想的なあり方です。

しかし、相互信頼関係が欠如しているし、リスペクトが欠如していることも多いから、そういう形にもっていくのは難しいと思います

  

  

  

余談

ところで、一部のオタクは「表現の自由」を絶対的ものだと叫びまくっていて、リベラルから表現の自由戦士」と揶揄されているようです。私もああいう連中のことは理解できません。

  

そもそもオタクは、すでに表現規制を受けています。性描写のあるものは成人指定になっていてゾーニングしないといけないし、商業誌には自主規制があるので、そこで出版できないもの同人誌に追いやられてしまます

実在する人物団体馬鹿にするような漫画を作ると、それは名誉毀損で訴えられる恐れがあります

街や職場でところかまわずポスターを貼ったとすれば、景観条例やら、セクハラやら、そういった法律にひっかかって処罰対象です。性器表現にはモザイクがかかっているし、青少年健全育成条例やら何やらがあるので、いろいろと国家権力から規制されまくっているんです。

  

自分たちがこの規制の枠内にとどまることで社会共存できているという現実無視して、表現の自由絶対的もの表現規制はすべてが悪いものだと主張しているオタクは、いったいぜんたい何のために戦っているのか意味不明です。

また逆に、リベラルの論者が既存規制について評価・再検討するというプロセスをすっ飛ばして、いきなり「規制必要」とかいう話に持っていこうとするのも度々見かけますオタクが完全に野放しの猛獣だとでも思っているのでしょうか。現状認識を怠っているという点では、これも同じくらいにアホだなって思います

  

  

  

追伸

id:coldsleepfailedid:quick_pastid:tick2tackid:IkaMaruid:agricolaid:k-takahashi ←前回のエントリ内で、追記を書いて返信ました。

くたびれはてこid:kutabirehateko のことは、別のエントリを立てて書きました)

  

  

  

追記 6/25 22:48

id;quick_past レイティングやゾーニング表現規制だと言われるともう話のしようがない。完全なる自由は誰かの自由を奪うという矛盾がはらんでいる以上、あとは住み分けを目指すしか無いって事以上おいらには出せない。

え、こいつは何を言ってんの? レイティングやゾーニングは、まぎれもなく表現規制一種じゃん。

  

あいいや。仮にそれらを規制ではないという話にするなら、リベラルの中から出てくる「"規制"が必要だ」っていう意見は本当に恐ろしい。

なぜって、オタク側がめちゃくちゃ頑張ってゾーニングの成果を出してみたところで、リベラル側はオタクが"規制"を受け入れたものとして評価してくれないんですからね。この理屈でいくと、オタク表現活動をやめるか、表現物の内容を変えないかぎり、規制派のリベラルオタクを許さずに非難してくるってことになります

手の平返さない事が偉いと思ってる奴らいるよな

アホかよ。

事実客観的分析できなくて感情論で生きてますしそれが正しいと僕は信じてますそうじゃない人達は間違っています、と言って回ってるようなもんだぜ?

恥ずかしくないのかね。

入力された情報に変化があれば出力が変化するのは当然だろ。

アウトプットしたらそれ以降インプットは打ち切るのが私の信じる正義ルールだ、ってなんじゃそりゃ。

まあそういうのって小中学生なんだろうけどさ。

今はスマホネット簡単に見れるから子供も沢山ネットやってて子供みたいな言動してんだろうな。

そういうのに優しくしてやらなきゃって気持ちゼロじゃないけど、時々こうやって吐き出したくなっちゃうのもまあしょうがないよね。

2017-06-24

就活生へのたった一つのアドバイスは、「就活を語る奴を信じるな」だ


就活アドバイスをもらうこと」は限りなく無意味だ。

もし意味があるとするならば、それはそいつがどんなポジショントークをしているか

あるいはどの程度自身客観視する能力があるかを測ることが出来るという程度のものだ。

就活必要なのは誘導性のない客観的情報」と「自分客観視するためのほんの一部の利他的な助言」であり、

必勝云々だの絶対云々だの面接官に響く云々だのには目もくれないことだ。

そして無論、このように聞かれてもいないのにアドバイスを始める胡散臭い輩も冷静に見つめ、

その行動で誰にどんな利潤が生じるのか、その利潤の対価は何なのかを常に意識しておくことだ。


就活というイベントはおおよそ考えられる人間の闇をせっせと集めてくったくたになるまで煮込んだ汚泥のようなもので、

そこに群がり、それを積極的にかき混ぜようとするやつらも当然その汚泥の一部である

自分スタンスをわきまえ、真に学生の力になろうとしているほんの一部の人種はまだいい。

しかしそうした人たちは自分にとっての利得にならない範囲主観客観を切り分けた情報提示してくれる稀有存在であり、

大半の汚泥は耳障りの良い言葉阿呆学生鼓舞し、金払いの良いベンチャーブラック企業にせっせと学生斡旋していくのだ。

そもそも就活というのは大半の学生にとっては今までの人生の中で最も大きな意思決定の場でありながら

今までの人生の中で最も激しい情報の非対称性に投げ出される場でもあるのだから、人の人生斡旋して飯を食う汚泥に捕まるのも無理はない。

「あのおじさんは色々なアドバイスをしてくれるし、企業まで紹介してくれる素晴らしい人なんだよ!」などと

目をキラキラさせる学生のなんと世間知らずなことか。

そうしたイメージを与えておきながら裏で儲けを数えてほくそ笑む汚泥のなんと醜悪なことか。

更に性質が悪いのは就活を終えたのち、こうした立場へ身をやつす学生一定存在することだ。

彼らはそうした資本主義搾取構造理解したうえで、それを再生産するシステムに自ら身を投じていく。

後輩の夢を後押ししたいとか何とか言って一般性に限りなく乏しい成功体験饒舌に語り、承認欲求を満たしていくのだ。

就活恋愛のようなものなどという手垢でべとべとの、しかも的を射てもいない持論をぶちまけ、

自らの利己的な動機にすら気づけないレベル自己分析をもって感覚的なアドバイスを繰り返す。

全ては説明会学生を押しこむことで貰える報酬と、人脈作りという名のセフレ探しのためだということに君は気付いているか

そんな汚泥どもに、利己的でありながらそれをひた隠そうとする汚泥どもに、一度しかない人生ふいにされていいのか?

憧れと好奇心が殺すのは決して猫だけではない。



自分で考えて自分で決めろ。それが君の人生を生きる君の義務だ。

ベストベンチャー100って糞ザルの肩書き

去年までいた会社ベストベンチャー100とやらに選ばれていた。

ベストベンチャー100の他の会社で、確かにイケイケっぽいいい感じのベンチャー企業だなぁと思うところもあるのだが、何より自分のいた会社が糞すぎた。

残業パワハラは当たり前だし、給料も低い。

そもそもベンチャーとか言ってるくせに、別に新しい価値を生み出しているわけでもない。ただ単に今あるパイの取り合いに参加しただけだ。

そのパイの取り方が新しいわけでもない。単に「成長したかったら働くよね?」という圧力時間をかけて頑張っているだけだ。

その他色々な客観的情報からしても、ベンチャー企業というよりは、中小企業と言った方が正しいんじゃないかと思う。

中小企業というと響きが悪く、新卒が入りづらいから、ベンチャー企業を名乗っているんじゃないかと思う。

本当に会社というのは、求職者以上に取り繕うことができてしまう。

在籍していた期間で散々糞会社だと思っていても、外に出る情報だけを見ると、それなりの会社に見えてしまう。

真剣に早く潰れてほしい。

間違って入社してしま被害者が今後増えないように。

アイドルファンは一体何を見ているのか

あるいは何も見えていないのか。

そもそもアイドルにあまり興味のない自分からすると、アイドル、というかAKBグループ活動内容を客観的に見て一体全体どうして「信じて応援しよう!」という気持ちが起きるのかが謎で仕方ありません。

だって考えても見て欲しいんですけど、恋愛禁止なんですよね?だったら当然ファンとも恋愛禁止ですよね?でも一部のファン恋愛感情を抱いていますよね?そしてアイドル側も明らかにそれを分かっていますよね?

ということは、確実に報われない、不毛な想いであると分かった上で、その好意を利用して不特定多数の異性にお金を貢がせているわけですよね。これって、世間一般では間違いなく不誠実と捉えられる行いだと思うんですが。

百歩譲って握手会への参加のみであれば、ファンとの交流を大切にしているだけだ、と言えなくはないですが、総選挙出馬し、あまつさえ投票を呼びかけるようなメンバーに関してはもはや擁護不能でしょう。「頑張ります!」って、一体何を頑張るんですか?頑張るのはファンでしょう?「次は1位になります!」って、「ファンは今の○倍金出せよ」って意味でしょう?それとも、あと一年ファンが激増するような画期的プランがあるんですか?ないんでしょう?あったらとっくにやってますよね?

今日とあるエントリで見た「夢に向かって頑張るなら、恋愛してる暇はない」という意見。尤もらしいように聞こえますが、それらが絶対に両立できないようなものであるとも思えませんし、もっと言えば、その考えを持っていながら、なぜAKBのような低スキルアイドル応援するんですか?全員とは言いませんが、歌は口パクダンス素人レベル活動内容は他人任せで他にないような独自の才能を持っているでもなく、恋愛する暇が無い程忙しいとはとても思えないんですが。確かに、広いアイドル界の中には何か一つを極めようと、あるいは他人にない個性を獲得しようと必死で頑張っている子もいるでしょう。そういった人は確かに恋愛する暇もないかもしれませんし、私自身もそういった人がもっと評価され多くのファンを得るべきだと思いますあなた応援しているアイドルは、本当にそんな人ですか?

女優になりたい」「歌手になりたい」立派な夢ですが、彼女達が今やっていることが、本当に夢への近道になっているかは正直疑問です。「歌手になりたい」と言いながら平然と口パクしてるようなメンバーも居ますアイドルだって歌手一種でしょう?今、貴重な実践の機会をみすみす無駄にし続けて、どうしてソロであればやれると思うのでしょう。

「夢に向かって、青春を投げ捨ててまで、一心不乱に頑張る」人は、当たり前ですがアイドルにもアイドル以外にも存在します。アイドルがそうでなければならない、とあなたが考えるのは勝手ですが、そのアイドルが本当にそうなのかどうかは、あなた自身判断してください。思考停止しないでください。あなたの人を見る目の無さを棚に上げないでください。

ついでに言うと、年齢が若いほどアイドルとしては価値があるように見なされがちですが、一方で年齢が若いほど人として未熟である(=ルールを破る)可能性が高いことも頭の隅には置いておくべきです。

あとこの際だからもう一つ気になる点を。AKBグループの(主には握手券付属するシングルCDに関して)楽曲製作に関わっているクリエイターの方々は、どんな気持ち印税を受け取っているのか常々疑問です。もちろん、楽曲のものへの評価と売り上げとがイコールでないことは分かっていますが、この場合の売り上げにはAKBメンバー握手に対するものが多分に含まれていますよね。個人的気持ちとしては幾分かはメンバー還元してあげて欲しいなと思います

とにかく、「神聖」とか「偶像」といったアイドルイメージに関して、余りにもかけ離れた「不浄」なイメージアイドル特にAKBグループ)には多過ぎるように感じます。それでも応援する奇特ファンについては、まあ別に個人自由ですから良いんですけど、せめて裏切られた時に醜い悲鳴や汚い罵声を上げないようにして欲しいです。だって、そういったアイドル殆どは「私は無神経で不誠実な人間です」って日頃から自分で言ってるようなものであって、その通りになっただけなのですから

(追記)

このエントリを書くきっかけになったツイート

https://twitter.com/gofin20/status/876784223771701248

https://twitter.com/tigerhouse1978/status/876448624627941376

ちなみにこの子AKBグループの中でもトップクラスダンスが上手いそうです。

色々書きましたけど、AKBにも応援する価値のある人はいると思いますよ。本当に言いたかったのは、(推す相手を)間違えるなってことです。少なくとも、真っ当な努力もせず将来へのビジョンもなくファンの過剰消費のみに頼って芸能界のし上がろうなんて人が、「夢を売る商売」だなんてちゃんちゃらおかしいってことです。

https://anond.hatelabo.jp/20170623113810

これは当たってると思う。

根拠としては、自分の今までの経験と、ふたばちゃんねるだ。

ふたば二次裏mayに定期スレとして「1987~1988年まれスレ」というのが立つ。

例えばこれなど。

http://futalog.com/470516060.htm

定番スレ画があり、しかも立てばいつも結構な人気になるスレだ。

また、このスレ以外は年齢制限スレはほぼ立たない。

最初自分はこの年代のある1人が執拗スレを立ててるだけかと思ったが、見ていると違うようだった。

そしてこの増田を見て確信に至った。

1988年あたり生まれネット人口が最も多い。間違いない。

若い若いと叫んでるのは老気取りたい中途半端中年だ。客観的統計を取れば絶対この年代が突出してるはず。

2017-06-23

2ちゃんねる増田もそこまで客観的でもないし

発言者属性フィルターはされてると思いますけどね

ただ匿名から客観的であるという信心があるだけ

名前を出して発言してもそれお前のポジショントークじゃないの?って疑われるような発言

名前を隠しても結局疑われていると思います

2017-06-22

共感する人いますか?こんな症状

人の目を見れない

なぜなら自分の目から邪悪な何かが発していると思ってしまうから

基本的にどこでも居づらい、いたたまれない

ねたら多少スッキリする

統合失調症で言われるようなはっきりとした幻聴はないが、常にいろんな考え、フィーリングが浮かんできて止まらない

十分に歩いて軽くアルコールが入ったとき(つまり今)に自由を感じる

(1人で居ることは絶対条件)

他人と接すると即座にその人が自分をどう思うかに全ての意識がいってしまい、しばらくはそれが抜けない

大勢の中にいるとまるでストーム 全く自分意思を持てない

周りでガヤガヤやっていると羨ましいが、自分が巻き込まれると急に冷淡になる

十分に1人になった時に、キラキラした何かを感じる

1人になると自分思考検閲し始める

客観的に見たら何も起こっていないのに、自分だけでヘトヘトになってしま

寝ると多少回復する

休日はずっと寝てしま

用事があると憂鬱

いつも、自分のことを考えるのが難しい

風呂温泉神社廃墟回復する(MP?)

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

うつ病になって死にたい死にたいと思っているうちに自殺未遂もした。

過去を思い出しての独り言も多い。風呂トイレ以外にも車の運転中とかよく過去に飛んでしまう。

それでも以前に比べたら最近は色々なんとかマシになってきた。

ノートに書きだすというのは認知行動療法技法にもあるけどちゃんとやり方が工夫されてる。

ただ書き出すだけだと傷口広げたり過去から戻れなくなるだけなので、自分感情や行動を客観視することを目的としている。

ちなみにマインドフルネス瞑想)も認知行動療法一種自分客観的に視るトレーニング

これらはダイエットみたいに長期的に自分を良い方向に訓練するのであって、今日明日や一週間で効果を期待するとがっかりする。

即効性なら

死にたい」と思ったなら「死にたいと思っている」と言い換えてみる。

死にたい」はただの感情だが「思っている」と付け加えるだけで客観的解説言葉になる。

これだけで結構ラクだよ。

過去を思い出すのをいきなり止めるのは難しすぎる。

フラッシュバックで泣いた時もそのうち感情が静まっていくだろうから、ころあいを見計らって

「なになにを思い出してフラッシュバックしていた。今回は12分間だった」

みたいに客観的言葉に置き換えておく。もしくは口に出しておく。

本にもなってるけど、以下の動画は僕は参考になりました。日本語字幕もついてるし短いから観てみてはどうでしょう

ガイ・ウィンチ: 感情にも応急手当が必要理由

https://www.ted.com/talks/guy_winch_the_case_for_emotional_hygiene?language=ja

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

フラッシュバックになるとは、叱られたショックが死ぬほどにつらいと過剰に傷ついているのかな。

ショックは「死ぬほどツラい」と仮定して、その原因は「叱られた行為問題性の過大評価」と考えた経緯と、その対処法(新しい傷を増やさないためにできること)を以下を考えた。

増田は、叱られると「フラッシュバックがあるくらい辛い」から、きっと叱られるような不快なことをしてしまった相手は「自分と同じくらい辛い」と考えて、そんなに酷いことをしてしまった自分はなんて悪いことをしてしまたか、とより深く傷つき、負のループに入っているのかもしれない。

でも、叱られた行為は、「自分が殺される程」や「その人が自殺する程」の悪い行為でない。そういう取り返しのつかない重大なことではなく、悪いことをしたと謝ったら取り返しが効く程度だと思う。

(謝ったら取り返しが効くと考えた根拠は、取り返せない程度であったら、周りの人はもっと早くにとめるか、あるいは二度と声をかけない結果になっているのが、自然かと。)

もし、この「問題性の過剰評価」が正しいとしたら、対処法は過剰に評価しないこと。つまり、本当はどれくらいが適当問題性であったか(つまりその叱られる行為が、相手にとってどれくらい不快なことか)、意識的言葉にしてみてはどうだろうか。

不快度を言葉にするというのは、例えば「2度と関わり合いになりたくない」という重さから、「コーヒー一杯おごって」の軽いものまで色々な表現があるはず。

客観的な「相手不快さ」を推量する作業をすることで、自分の失敗の問題性を自覚し、そんなにショックを受けなくてもいいと、考え方を変えられるかもしれない。

この不快度の推定量は過少でも過多でも良くないので、自分以外の視点もあると良いように思う。より客観性を高めるため、信頼できる家族友達を使うのも手だけれども、カウンセラーが使えるはず。

カウンセリングを受けるときに、「叱られたことがフラッシュバックする。それは自分では𠮟られたショックが死ぬほどつらいからで、死ぬほどと思う原因は相手不快度を過剰推定しているからだと思うけれども、どう思いますか?」と切り出せば、話に乗ってくれるかも?)

この一連の仮定が正しく、自分が過剰に傷つかなくなることができたとしたら、古い傷のフラッシュバックはあれども、新しい傷を増やすことはなくなるのではないかな。

古い傷のフラッシュバック対策は、PTSD関連だと思うけれども、詳しくないので分からない。

以上。最近に読んだコーピングリストからヒントを得て、素人勝手きままに書いてみた。

https://anond.hatelabo.jp/20170621180931

なんでそれをフラフラしてると見るかな。

客観的判断できる」ことが要件なんだから、当然そうなるだろ。

電車で前に立っている女のパンツの中に手を入れて「これはラッキースケベです!」で通るか?普通に痴漢だよ。

ラノベレーベルから出してりゃラノベのつもりに決まってんだから、本人が違うと言っても、ツンデレツッコミ待ちだよ。

で、ラノベ単独よりレーベルの方が意見割れにくいのは当たり前。

ラノベ単独に比べて、レーベルサンプル数が理屈の上では出版された点数(実質はそのうち判定する者が読んだ点数)だけある。

サンプル数が多いほど情報平準化されるので、判断は分かれにくくなる。「数学的に」というのもおこがましいほど、自明理屈だ。

それでも意見が分かれるようなら、それはノイズなので無視する。結局分かれる可能性がある、とは言っても、ラノベラノベでないかの二択なので、結果として分かれない可能性のほうが高かったりするんだけどな。

何か疑問は?

https://anond.hatelabo.jp/20170621171642

なんじゃそら。そんな言葉遊びみたいなことしてねぇんだけど。

わかってねーなー。

俺は「ラノベ」を網羅的に定義しようとしてるんじゃねーぞ。

客観的に見て、少なくともこれくらいはラノベ範疇に入るだろうという、限定された範囲を示しているだけだ。

何度か書いたけども、端的に言えば

ラノベレーベルだと認知されているレーベルから出版する作者は、その作品ラノベだと認識して書いた蓋然性が高い」

「本人がその意図である認識され、かつ明確な反証がない場合は、本人の意図通りラノベとして処理するのが常識的対応

という常識に沿った理屈を言っているわけ。

からもちろん、ラノベレーベルかどうかの判断に迷うような出版元は、ラノベかどうかの判断はできないし、

ラノベレーベル以外のラノベもあるだろう。

しかし、少なくともガチガチラノベレーベルだと認識されているところから出版されたものについては、ラノベと認めるのが妥当という話をしているだけだ。

高学歴第二新卒自己PR

自分の取り柄は頭がいいことだと思っている。

ただしそれを証明する客観的根拠となると、学歴以外のものはない。

ただ単に勉強ができただけのやつではなく、ちゃんと頭がいいやつではあると思っている。

勉強をするにあたってわからないことがあるときに、なぜそれがわからないのかを考え分析し、わかるようにしていくことでより汎用的な学力を身につけるように意識していた。

これはおそらく他の分野にも通ずる能力で、単に原因を一つ一つ潰していくだけではなく、それに類する原因も含めて潰していく考え方ができると思っている。

2017-06-20

相手に非があることが客観的にも確定している

②その証拠を押さえている

①②が揃った状態で、もはや怒髪天をつき、怒り心頭に発し、穏便な交渉や良好な関係の維持は望んでおらず、ただただ自分の怒りを相手に知らしめ、泣いて土下座するまで追い詰める!これは合戦じゃ!合戦の始まりじゃ!!螺貝の代わりに!!!

まりの合図だ!!

高らかに響け!!!

「「私がなんで怒ってるかわかる?!?!?!?」」

https://anond.hatelabo.jp/20170620231154

まあそりゃ主張よりも実態判断されるわな。会社でも「総合的なソリューション提供します!」と謳っていても、ネジの売上が大半ならネジ屋さんだと思われるし、本人がITコンサル自称してても、実質作業員ってこともあるし。

実態評価するのに、「ラノベレーベルから出す」以外の客観的指標があれば考慮するけど。

あ、ちなみにレーベル基準にしてるのは、レーベルについては比較意見割れにくいので、基準として使いやすいからだよ。なので、ラノベレーベルかどうかで意見割れときは使えない。

(究極的にはアンケートとれば判断はつくんだが、それは作品それ自体についてアンケートとっても同じことだしな)

https://anond.hatelabo.jp/20170620180053

いやぶっちゃけリアルタイムでは主人公叩きが大半だったよ。

ジャンプラブコメ史上で最も嫌われた主人公と言っても過言ではない。

登場人物を罵るというのはかなり客観的行為なんだが、

それでも「自分だと思っていたんだ」と主張するならそりゃ錯覚だったんだよ。

せいぜい「俺の好きなヒロイン好きな人から根性見せてほしい」くらいの気持ちを「自己同一視」と勘違いしてたんだ。

発達障害あいさつも出来ないんですか

過日。会社内の自動昇降機のなか。「なか」というと、つまりこれは箱型であって、いわゆるエレベーターというメカなのだが、その内部にて。

人事総務部の方がおられた。私よりも若輩であった。私は律儀マンなので「おつかれさまです」と挨拶をした。

いや。うそ。「おぅれっす」みたいな感じで言ってしまたかも。故に通じなかった。私の挨拶は虚空に消えたのだった。

ということは、しかし、これは客観的に見てシカトされたということになるが、まぁきっと私の発語の仕方が悪かったのだろう。

まり声も大きくなかったので耳に入らなかったのかもしれない。

でもEV内は私と彼のふたりだけの世界だった。で、聞こえないボリュームではなかったはず。

ということは彼は私が壁や空気に向かって「おぅれっす」と言う趣味、またはそういった癖がある人だとおもったのだろうか。やばい変人だと思われた!

さらに過日。ってゆうか本日のことである。また彼と一緒になった。ふたりだけの世界第二幕。

私の被害妄想で「前に挨拶失策している。ここは明瞭に挨拶をしよう」と思った。私は「おつかれさまでーす」とちょっとポップにキャッチーに言った。無視された。

これを会社事務方を勤める50歳くらいのおねいさんに相談してみた。「おれ、見えてます?」と。

そしたらどうやらやはりこの姿、俺は世界顕在しているようだった。安心した。

が、これは意図的シカトされたということである

なんて日だ!と憤慨さめやらぬ感じで、っていうのは嘘なんだけど、大きなクエスチョンマークを小脇にかかえながら先ほどの事情を語った。

おねいさんが語るにはこういうことだった。つまり彼は発達障害を持っているとのことだった。

なるほどな。とは納得できなかった。あいさつくらい出来ませんか。ふつう。とあえて私が嫌いな「ふつう」という単語使用させていただきました。

発達障害からふつうじゃないんですか。そうですか。でもさ、発達障害からってそれにあぐらを掻くのはやめようぜ。

発達障害だってわかってんならふつうになる努力しようぜ。それができないか発達障害なのかしら。いや、ごめん。それはわけわからん

いままである程度生きてこれたのなら、あいさつだってできるでしょ。いままでさんざん言われたんじゃねぇのかよ。

正味な話をさせていただきたい。さいきん発達障害多すぎ。で、それを報告する奴多すぎ。

ごめんだけど、だからなに?ってなる。それでどうしたの?免罪符ほしいの?ってなる。

発達障害って障がい者枠なの?ちがうっぽいですね。ちゃんと一般のお給料が支払われているようですね。

じゃあみんなと同じですわ。だからみんなとおんなじことはしましょう。と思います。ってか挨拶くらいできるでしょう。

発達障害を拗らせて、それを盾にするのはやめていただきたい。と私は彼に申し上げたいけれども、たぶんリアル世界じゃそんなこと言えない。

なぜならみんながそれに寛容なアティチュードをとっているから。みんな優しいな、と思う。発達障害なんだね、そうか、たいへんだね、なんて言っている。

この世界も捨てたものでもない。だから俺もまわりと雷同する。

ほんとみんな優しい。でもね、発達障害さん。俺は思う。お前らは情けで生かされているぜ、なんて思う。みんなの同情だよ。

発達障害を乗り切るために!みたいなブログもよく拝見する。頑張っている人がいることも知っている。

ただ、それも発達障害免罪符にする活動しか見えなくなってきた。

心の底にある気持ちを言ってしまえば、おまえら欠陥人間だろ。それを周りに理解させて、認めさせて、自分の生きやす世界を作ろうとしてんじゃないよ。と思う。

みんなそれなりに自分欠点を補って生きているんだよ。その補填を周囲の人間の優しさ頼っている行為だ、ただ君たちがやっているのは。と思っている。

発達障害にも各種症状というものはあるだろう。がんばってもどうにもならないことはたしかに、ある。

でも、がんばってもどうにもならないことって発達障害じゃない人にもあるんだぜ。

時代の風は「頑張らない、無理しない」という塵埃を含んでいるけれども、がんばってどうにかできることはちゃんとしようぜ。

あいさつなんて出来るだろ。とりあえず発達障害からあいさつしないってのは無しだと思う。

2017-06-19

私には 無理だったね 研究室大学院生(字余り)

結論から申し上げますと,就活はもう終わらせられます

内定をいただいたのであとは明日にでも内定承諾書ポスト投函するだけ.

一方で何が起こったかというと学会が飛びました.

これで晴れて僕はノー学会就職失敗.教授からは鬱陶しく思われるゴミ院生です.

やる気?何もないよ.モチベーションなんてどこにもないよ.

なりたいと思っていた自分の姿なんて研究の難しさ,自分の頭の悪さ,能率の悪さの前に全部ふっとんだよ.

とおおおおおおっっくのとうに無くなってた.

一方で色々なことを確実にしっかりこなす,同僚の姿,同期の院生の姿を見て自分を対比して情けなく思うわけだ.

なんていうか,もう研究室来たくないなあ.

何を目標にしてやればいいのかもう分からない.修了を目指す?そんなんもう適当にやってればできるんじゃない,と思えちゃうよね.

就活だって研究だって,なあなあでここまでこれちゃったんだもん.一過性の恥と後から思い出して少しだけ引っかかる後悔を

少しだけ我慢できれば自分はいずれ就職して,お給料貰ってる生活があるんだもん.そう思うようになっちゃったよね.

なにこいつwゴミじゃんwって思う人もいるかもね.

でもたぶんその感覚はもう自分にはないからそういう風に煽られても「何こんな場末まで来てんの?研究しろよw」っていうふうに返すんだと思う.

環境のせいにするな.今までなんの積み重ねもないのはお前のせいだ.」とか言われても脳内でニヤケてるぐらいだもんな.

もう駄目になってるんだよね.教授に少し怒られた所で「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の最強の札切ってるから,痛くも痒くもない.

雑魚やんw)って思ってる自分がいるんだよね.いやほんと雑魚だよ自分は.

もう自信なんてないや.スマブラ研究で使ってるプログラムなら同じ学科の奴には負ける気がしないけど,そんなん教授のおっしゃるコミュニケーション能力」の前には全ッッッッぜん関係ないですもんね.ワロス.

いか学部4年で理系院進を考えてるやつに言うぞ,3年間を振り返って,自分に変化が1つでも起こせなかった奴.言われたことしか聞かず単位を取ってきた奴.「真面目」が良さだと思ってる奴.逆にそこそこの変化を経験してここまで来れたと思ってる奴.そこそこの成績でそこそこの楽しさしか経験してこなかった奴.

院進に関してはもう一度よく考えろ.「周りが」「親が」「ネットが」「世間が」「学歴が」の地獄の5段活用判断するのはやめろ.

お前自身問題だぞ.自分にできること,自分にできないこと,そういう向き不向きは誰にも必ずある.そしてそれは多くの場合変わらないし変えようと思っても大抵手遅れだ.

辞めること,逃げることは恥じゃない.無知と意地と見栄で突っ込んで時間と金精神をすり減らすなら挑戦なんてしないほうがよっぽど良い.

まあ結局院生にならなくっても就活には失敗してたしセワシ君の言ってた「なるようにしかならない」は経験できたよ.

もう一度言うよ.院生に向いてない奴は確実に一定数いる.院生学生じゃない.お金を払って給料のもらえない大学に通う社会人トイレ光熱費ネット環境,冷暖房書籍ほとんどタダ)で,研究は「仕事」だ.自分はこのコトに気づけ無かった.それが今だ.情けないし,これから生きていく中できっと何度も後悔する.図書館でこれ書いてるけど正直泣きたくなってきた.

自分ブログに書こうと思ったけど,特定されるとなんか恥ずかしいしまだ院には8ヶ月ぐらいはいるしなあなんてまだ今後の生活を考えて割り切れないゴミだ.建設的な考え,失敗から次の方向を決めること,データ客観的な整理,ごちゃごちゃしてきたgithubの整理,汚いデスク

自分理系院生だ.でも,正直もう何もないというかいらん.院生としての実績も,研究室の居場所も,研究方針も.

いか適当研究終わらせて,さっさと研究室引き払って死にたい

あと8ヶ月のモチベーションなんてないって言ったけど,修了していなくなる時,自分の作ったソース自作モジュールクラスNASgithubローカルから全部すっぱ抜いて去るこれだけはやってみたいなあと思ってる.

2017-06-18

先日ひどく情けないことがあった。



今まで家族以外の女性との触れ合いや関わり合いがほとんど無いままでここ数年で成人になった私に女性と二人きりという状況が訪れた。

その女性とはその日初めて会ったのだけど、二人きりになるのは私がアプローチしたとか誰かの計らいとかでもなく

とあるイベントに参加し終えた後の自然な成り行きで帰宅までの時間潰しでしかなかった。

相手女性は私と同世代で、容姿客観的評価ではおそらく普通女性だった。

私の好みではすこし可愛らしいと感じる人だった。


私たちはしばらく話をして、それから昼食を食べた。

昼食をとった後解散した。


それだけしかしていないのに

私には女性と二人で食事をしたり、相手の目を見てお話をしたりするのはとても新鮮でドキドキした。

話しをするとき相手と目を合わせるのはマナーとして当然とはいえ、

向き合ってしばらく話し合うというのは私は滅多にしない経験だった。

お互い目を見るという行為健全ものであるはずなのに、私には官能的に感じられてそれがまた背徳的だった。

恋愛対象とする性別相手と目を合わせるということは、エロいことだとつくづく思う。




食事を終えて解散するとき私は股間に妙な感触を覚えて内心、んなアホなと思ったのだけど、

後でトイレに入って性器確認すると案の定カウパー液で濡れていた。

たいして勃起をした記憶もないだけに、どうしてかよくわからないし本当に情けなかった。

女性と会話しただけでこの有様ではと、ありそうもない未来デートことなんかが心配になる。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617081724

客観的にみれば、それはブラックに間違いないが、

一般人認定を受けても通らなかった人たちにも生活があるわけで、

そいう社会落ちこぼれのような存在の受け皿となる会社必要なんですよ。

どいう人間と働いているか?よりも、どんな仕事をしているか?だけを考えて勤めてみては如何でしょうか。

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