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はてなキーワード: 近代とは

2017-10-22

https://anond.hatelabo.jp/20171022072708

バークも言ってるけど経験主義リベラリズム専売特許じゃなくてむしろ保守主義バックボーンだろ

しろ人権とか自由かめちゃくちゃ形而上学的な概念じゃん

近代科学の始まりだってロックから、っていうほど単純じゃない

デカルトやらガリレイかいんだろ

この話の科学的とか経験的みたいななんかよさげ属性をとにかくリベラリズムに帰する様はよさげ商品を手当たり次第に買い物かごに放りこむのに似てる

リベラリズムって、単に経験主義や「科学主義」のことなんじゃないの

昨今、議論するほど取っ散らかって、結局ちっともまとまらないリベラルとは何か、ということについて

皆さん自由はもちろん、権利や、公正や、分配のことだと言うんですよ。でもね、それって本当にそうですか?そもそもなんでそんな考えが出てきたんですか?

遡るとリベラリズムジョン・ロックという人に行き着きます。ここまでは普通です。彼はイギリス経験論の人でした。そう、この時代までに経験哲学が生まれ、同時にそこから近代科学誕生したのです。

ロック氏は経験論を根拠に、国王統治権王権は“神”に与えられたものではなく、各人の持つ自然権を守るために委任されたものだ、という思想発明します。これがリベラリズム誕生です。本当です。

これってさ、科学じゃん。観測に基づいた帰納と仮説じゃん。リベラリズム自由の生みの親は、経験主義科学思考方法論なのです。

ロックから始まるリベラリズムは、この仮説をもとにして以後、市場経済功利主義ロールズ正義や公正などを発明していきます。また、自由科学知識をもった者は産業革命を担い、社会そして個人生活科学技術的に豊な方へと変えいきました。

でも私は思うんです。いつの間にが、現代リベラリズムからは「科学主義」が失われているんじゃないか自由のための公正や分配もいいけど、まずそれらを科学的に考えることがリベラルなんじゃないか

リベラリズムの遠戚である共産主義には、最初科学がありました。そしてその頃までは栄えていました(笑) これはリベラリズムにも言えて、現在低調と言われたりするのは、科学手法科学技術を援用し政治することが足りてないからなのではないのか!?

翻って日本リベラルを見てみると、どう思いますか。あれ、自民党の方が「現代経済学に根差し金融政策」してませんか?なんで理系ギーク系が自民党支持なんてすか?自民党リベラルと言うのは、なしです(笑)

日本、または世界リベラルが低調なのは、きっと保守科学手法を上手く使われているかなのだと、私は思いますリベラル革新的な利点そのものが無くなりますからね。必ずしもナショナリズム感情時代から、ではないのです。マイナンバー制度の根幹はIT技術です。IT技術であるツイッター世界でも保守言論がよく使っています

からリベラルは、ごちゃごちゃとリベラルとは何だなどと議論する前に、現代科学議論に基づいた政策と、科学技術振興策を取ってください。

そして物理科学社会科学者と科学技術者の信頼を取り戻し、本来科学進歩的リベラルに戻っていただきたい。 枝野さん、お願いしますよ。

2017-10-17

もし日本のお隣が○○国だったら…

日本人を劣等民族扱いして何度も虐殺植民騎士団派遣される。

次第に戦争が激化、大阪の戦いに辛勝したが国内1000万人単位戦死者が出る。

戦後経済大国になってデカい面。

今も仲が悪い。

鎌倉モンゴル幕府の成立時に、後白河法皇をはじめ皇統が全員殺され断絶。

日本人による室町幕府が一時モンゴル人を放逐したが、江戸モンゴル幕府によって再び潰される。

今も仲が悪い。

博多五島列島勝手城塞を築かれ、数え切れないほどの侵略を受ける。

近代に入るとシーレーンを封鎖され、有形無形の嫌がらせをされる。

今も仲が悪い。

猛烈な伸長を受け、皇統の遺児が関東亡命政権を立てる。

近代に入り領土を取り返したが、大阪以西はトルコ化が進んでしまった。

今も仲が悪い。

古代以降、冊封体制によってギチギチに縛られる。

たまに楯突くと大軍に潰され三跪九叩頭の礼をさせられる。

今も仲が悪い。

隣の国とは仲が悪くなる。

私は教育という投資について考えたい。

私は教育という投資について考えたい。

投資は余剰資本によって行われるべきである。この一般論異論を挟む余地はないように思われる。しかし持たざる個人にとってこのような正論は役に立たない。はたして、余剰資本を持たない貧乏人は投資に参加すべきではないのか?ここで、この国において貧富の差を問わず参加の権利を認められている投資活動について考えたい。教育である

教育とは投資である教育投資における余剰資本を考えよう。たとえば金銭的、血統的、文化的資本が考えられるだろう。実家の太さはこれらを包含する象徴的な資本の例である。持てる個人にとっては、これらを余剰資本として子の教育投資に用いることができる。これは論を待たない。では持たざる個人にとっての教育投資不可能なのだろうか?

ここで教育投資が持つ独特の構造に注目したい。種々の投資の中で教育投資を特徴づけるものは何か?受益者負担者が異なるという点であるしかしながら、これらが一致するような教育投資不可能ではない、と私は信じたい。受益者たる本人が同時に負担者となる場合を考えるのだ。負担できる資本を持たない個人は如何にしてこの投資ゲームへ参加すればよいのか?残念ながら諦めることもその1つである。いわゆる「地方」においては極めて一般的選択の一つである

持たざる個人ー自らに教育投資を行おうとする者ーの戦略は、どこかでこの持てる者の手続きに割り込むことにある。たとえば宝くじを当てて金銭資本を獲得することができる。たとえば独学ー負担者によらず受益者自らが負担を負う覚悟責任をもった自己教育ーを実践することができる。たとえばはじめから優秀に生まれつくこと(これは定義により天才であるとする)ができる。どれも極めて厳しい道である近代日本では、身分可能性として開放されたが、階層は依然としてゆるやかに固定されているのだ。

ここで資本としての「優秀さ」を考えてみたい。優秀さは高い給料、良い職場人間関係、豊かな教養などの形で資本へと交換することができる。通常、これらの資本は子への教育投資となる。しかし、優秀さは自分自身への教育投資資本とすることもできるのだ。就業前の学生においては、通常の優秀さではなく、「際立った」優秀さはこのような異なる価値を持つことを主張したい。際立った優秀さは給付金サイドビジネスと言った形で金銭資本時間的資本へと換金が可能である。これを元手に自己への教育投資を行うことができる。

ひとたび優秀さを手に入れることで、持てる者と同じ正のスパイラルへと入ることができる。むしろその後天的経験は強みですらある可能性がある。しかしながらこのような、負担者と受益者が一になるような自己教育を、戦略的に発生させることは可能だろうか。どのような制度設計が、このような自己駆動的な自己教育を誘発することができるだろうか。

2017-10-15

近代ナショナリズムってさ

とにかく五体満足に生まれさえすれば男は兵隊・女は産む機械価値があった時代の話だよな

この21世紀に同じこと言ったってしょうがねえだろ

2017-10-13

https://anond.hatelabo.jp/20171013210019

日本欧米のようにいったん近代民主主義確立した国と比べるダメなんで、中国みたいな感じとみればわかりやす

https://anond.hatelabo.jp/20171013111617

ざっくりいえば右は封建主義専制主義の傾向、左は自由主義社会主義の傾向が強い

といっても多くの国ではそれも近代民主主義範囲の中での傾向で、そこをはみ出すと極右極左ってことになる

たとえば自民党改憲案は近代民主主義人権概念から逸脱して後退しているので、右じゃなくて極右

極右が右くらいにみえるのなら、その人は右傾化しているし、極右がまん中にみえるなら、極右化してるわけだ

2017-10-12

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



2017-10-08

東工大のアーチの何が面白いのか解説する

https://togetter.com/li/1158748

これについて。

面白いから良いんだよ!」「必要ないことをするのが芸術だ」というのは確かに正しいです。

ただ、そこから先、「なぜ面白いのか?」「建築において必要って何?」ということを考える上で知っておくとより楽しめる基礎知識について、建築の見るだけファンが少し書いてみます

そもそもアーチってなんのために存在するの?

ついこないだ、鉄筋コンクリート発明されるまでの西洋建築は、石(とサブで脆弱な木)だけでいかにかっこいい建物を建てるかの歴史でした。

今でもそうですが、かっこよさに重要なのはそのデカさです。石を適当に積んで泥で固めるだけでも、そこそこの家は作れますが、でかい建物になると梁や柱にかかる負担が大きくなって限界がありました。

そこで古代ローマ発明されたのが、東工大建物にも採用されているのと同じあの扇形のアーチです。

科学館とかの遊具で試したことがある人も多いと思いますが、アーチという構造は、他の方法で組むよりも何倍(何十倍Wikipediaに答えが書いてありそうな気がしますが見ずに進めます)も強度を高めます

主要な部分の強度が何倍かになれば、建物デカさ(≒かっこよさ)は何十倍にもできるわけで、このアーチという構造ローマ以降近代までの建築で猛威を振るいます

たとえばコロッセオはアーチ状の窓がたくさんついてますよね。あれはアーチが頑丈なお陰であんなに大きいのに今まで残ってるわけです。

それからは1500年くらいアーチをいか効率よくかっこよく使うかという問題建築にとってかなり(もっとも?)大きなテーマになっていました。

たとえば「大聖堂」で画像検索してみればわかりますが、(ルネサンス以降、ローマから1000年以上経っていても)アーチを数学的に多数組み合わせることであれだけ巨大でかっこいい建物を作っているわけです。

余談ですが、近代になってトランプのような暇な大金持ちが出てくるまでは基本的にかっこいい建物といえば教会でした。

人間はかっこいい建物をみるとすげーって思って宗教的ものを感じるので、かっこいい教会を建てるのは営業的にかなりプラスでした。

他にはすげー建物を建てるインセンティブがあってそれだけの余裕がある人はあまりいなかったので、近代までのすげー建物基本的宗教がらみです。最近新興宗教でもすげー建物を建てる傾向は健在ですね。余談終わり。

鉄骨とコンクリートの登場

さて、これまでは石を積んで建物を作る=かっこいい建物を作ろうと思えばアーチを使わざるを得ない、という状況だったわけですが、20世紀に入ってから鉄骨やコンクリートという技術建築に使えるようになりました。(たぶんWikipediaに詳しい説明があります

たとえばエッフェル塔は鉄骨を使うことで、それまでの石積みアーチでは間違いなく崩れるほどの高い=かっこいい建物を作り上げたわけです。

鉄骨とコンクリートを使えばアーチなんて使わなくてもでかい=かっこいい建物を作れるぜ!ってことでアーチを廃したやたらカクカクしてでかい建物が作られる(作れる)ようになりました。

今のビルマンションにつながるムーブメントですね。「モダニズム建築」で画像検索すれば雰囲気はわかると思います

ここまでが20世紀前半のことですが、20世紀後半になると「カクカクしてるのダサい」「いやいいでしょ」「むしろアーチが逆にいい」など色々な意見が出てきます。これが「ポストモダン建築」です(いまではほぼ思想用語ですが元は建築用語でした。当然ながらこの説明めっちゃ雑なのでWikipediaも見てください)。

ポストモダン建築としての東工大のあれ

はい。ようやく例の東工大建築まできました。

私の解釈ではあれは、「もともとアーチは必要不可欠だったが、建築技術進歩不要になった。しかし今でも伝統として無意味なアーチを採用している建物が多い。そもそもなんでアーチが存在するのかみんな忘れてない?」という意図を持って造られたのではないかと思います

その意味で、「なんかアーチが無意味面白い」という感想はまったく製作者の意図通りだったのではないかと。そして建築を専攻する学生であれば当然上記のような知識は知っているので、更に思考を進める役に立つのではないでしょうか。

冒頭で書いたとおりわたし建築素人なので、「もっとこんな意味が」とか「もっとここ書けば面白いのに」などは、詳しい人が記事書いてくれたらいいなーと思います。単純に間違ってる場所トラバブコメで指摘くれれば反映します。もっとネット建築関連の非専門家向けの記事増えろ!

2017-10-04

月がきれいですね」「死んでもいいわ」は大嫌い

こんなに月がきれいな晩にいうのも何だが、

いわゆる「月がきれいですね」のくだりオマージュが大嫌いだ。

何か物語があり、何かのカップリングがあると、すぐどいつもこいつも、

男「月がきれいですね」 女「死んでもいいわ」 ラブラブEND みたいな掌編マンガドラマを書き始めるが、

あれはなんだ。



嫌いな理由

月がきれいですね」は漱石(が言ったことになってる)の気の利いたジョークであり、

その意味を汲めないやつが消費的に使っていること。

I Love Youをまんま和訳すると、当時の日本人には直接過ぎる。

から月がきれいですね」という当たり障りのない事を「そうですね」とやり取りすることで、

2人の気持ちは通じ合っていることを確認するから愛の告白なのだ

だぁから、間違っても返す言葉は「死んでもいいわ」じゃない。

「そうですね」とか「私もそう思います」だ。それで2人は見つめ合うーーーなら良い。いいじゃないか

それ以上言葉はいらない、心はもう通じ合ってるじゃない!

なのにさあ…なんなん…


嫌いな理由

月がきれいですね」と「死んでもいいわ」はまったくニュアンスが違うし、情の質も異なる。

なのにそれを無視して、無視して、ただ近代文豪が言ったという権威に乗っかってキメラにして、

それでいてなお、ちょっと自分作品文学・詩的にしようとしてる姑息さが嫌いだ!

「死んでもいいわ」は二葉亭四迷ツルゲーネフの「片恋」を訳す際に用いた言葉だが、

はい、もうこの時点で何人かは、「エッこれ漱石言葉じゃないの!?」とか言ってるからな、ここで!)

ヒロインのアーシャが主人公に抱きしめられて返した言葉だ。唇が主人公の胸元に触れるか触れまいか

ところで、アーシャがぽろりと漏らした言葉がこれだ。

アーシャは主人公に、片思いしてるわけ。そんな主人公に熱い抱擁をされて、

彼女はきっと、熱に浮かされたように頭に血が上り、緊張し、そして幸福絶頂を味わったんだよ。

だ・か・ら・こ・そ、「死んでもいいわ…」なんて言うわけ。もう今の幸福を例えるなら、

死んでも惜しくないほど幸福だと。

分かる? 「死んでもいいわ」はなんなら、I Love Youあなたを愛しています なんて生易しい沸点言葉じゃないの。

暴走ギリギリ感情表現しているわけ。

これで「月がきれいですね」と「死んでもいいわ」の言葉の取り合わせがいいわけないよね?でしょ?

ほら。

ね、みんな嫌いになったでしょ?

なんか安っぺえええ、浅い知識いかにもこざっぱりした和風純情を出そうとしてるせこい演出だと思わない?



はあ、言いたいこと書いた。気持ちよかった。ではまたこんど。

2017-10-01

古代[ソース編集]

日本における相撲の記録の最古は、『古事記』の葦原中国平定の件で、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣に対して、出雲建御名方神タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を摑んで投げようとした描写がある。その際タケミカヅチが手を氷柱へ、また氷柱から剣(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲起源とされている。

人間同士の相撲で最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日 (旧暦)にある野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」(「すまいとらしむ・スマヰ」または「すまい・スマヰ」と訓す)での戦いがある(これは柔道起源ともされている)。この中で「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」とあり、試合展開は主に蹴り技の応酬であり、最後宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、更に倒れた蹴速に踏み付けで加撃して腰骨を踏み折り、絶命させたとされる。これらの記述から、当時の相撲は打撃を主とする格闘技であり、既に勝敗が決した相手トドメの一撃を加えて命までをも奪った上、しかもそれが賞賛される出来事であった事から見ても、少なくとも現代相撲とはルール意識も異なるもので、武芸武術であったことは明確である[2]。宿禰・蹶速は相撲の始祖として祭られている[3]。

さらに『古事記』の垂仁記には、

ここをもちて軍士の中の力士の軽く捷きを選り聚めて、宣りたまひしく、その御子を取らむ時、すなわちその母王をも掠取れ。髪にもあれ手にもあれ、取り穫む隨に、掬みて控き出すべし。とのりたまひき。ここにその后、かねてかその情を知らしめして、悉にその髪を剃り、髪もちてその頭を覆ひ、また玉の緒を腐して、三重に手に纏かし、また酒もちてその御衣を腐し、全き衣の如服しき。かく設け備へて、その御子を抱きて、城の外にさし出したまひき。ここにもの力士等、その御子を取りて、すなはちその御祖を握りき。ここにその御髪を握れば、御髪自ら落ち、その御手を握れば、玉の緒また絶え、その御衣を握れば、御衣すなはち破れつ。

とあり、初めて「力士」(ちからひと・すまひひと と訓す)の文字が現れる。以降の記紀六国史においても、相撲に関する記述散見される。

相撲節会」を参照

奈良時代から平安時代にかけて、宮中行事の一つとして相撲節会が毎年7月頃に行われるようになる。毎年40人ほどの強者近衛府により選抜され、宮中で天覧相撲をとった。最初の記録は天平6年(734年)のものであるが[4]、節会を統括する相撲司の初見養老3年(719年)であることから8世紀初頭に定着したものと思われる。相撲節会は当初は七夕宮中行事の余興としての位置づけであったが、後に健児の制が始まると宮中警護人の選抜意味を持つようになる[5]。時代が下るにしたがって相撲節会重要宮中行事となり、先例が積み重なるとともに華やかさを増した。然し同時に、健児選抜という本来趣旨は次第に忘れられていった。12世紀に入ると律令制の衰退、都の政情不安定とともに相撲節会は滞るようになり、承安4年(1174年)を最後に廃絶となる[6][7]。

神事相撲」を参照

一方、神社における祭事として相撲をとる風習が生まれた。これを神事相撲という。農作物の豊凶を占い、五穀豊穣を祈り、神々の加護感謝するための農耕儀礼であり、これは一貫して現代にまで続いている[8]。

中世[ソース編集]

武家相撲」を参照

相撲節会に求められていた実践的な意味での相撲は、組み打ちの鍛錬として、封建制を成立させた武士の下で広まった。これを武家相撲という。武士棟梁となった源頼朝特に相撲を好み、鎌倉を中心に相撲が盛んに行われた[9]。

日本礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年

土地相撲」を参照

続く足利幕府は、相撲奨励には消極的であったが、戦国大名は熱心に相撲人の養成に力を注いだ。また、応仁の乱以降都落ちをした貴族とともに京都相撲文化地方に伝わり、民衆の間に相撲が定着、相撲生業とするものが現れる。これを土地相撲、または「草相撲」という。[10]。

近世[ソース編集]

「勧進相撲」を参照

江戸時代に入ると武家相撲はその存在意義を失い、土地相撲興行化して民衆一般に広がる。興行主はこれを神事相撲の「勧進」にことよせて勧進相撲と称し、また武家相撲力士大名の抱えとすることでその名残をとどめた[11]。

近代[ソース編集]

相撲を取る皇太子時代昭和天皇

大相撲」を参照

明治文明開化相撲をはじめとする伝統芸能は軒並み危機に陥るが、明治天皇の天覧相撲が繰り返されるなどによりその命脈を保つ。大正14年1925年)には幕内最高優勝者に授与される天皇賜杯が下賜され、また東京相撲大阪相撲合併することにより日本相撲協会誕生、勧進相撲大相撲に一本化された。

平成に入って、日本ビーチ相撲連盟というアマチュア組織が結成された。また、義務教育武道必修化の必修科目として、相撲剣道柔道の三種を基本として加味された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/相撲

兎に角臭そうなので相撲は撲滅するべき

殺人競技ルーツにする相撲人権違反で即刻廃止するべき

そう言う事を言いだしたらオリンピック競技殺人競技ルーツにする種目がたくさんあるのでオリンピックを即刻廃止するべき

2017-09-27

トランプ大統領、腹心バノン氏を更迭 米メディアが報じた3つの理由とは?

http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/18/bannon_n_17786602.html

バノンってこのバノンって人かな

さらにバノン氏は、トランプ大統領軍事作戦可能性を示唆していた北朝鮮について「軍事的解決などない。忘れてしまえ。開戦30分でソウルの1000万人が通常兵器で死亡するという難題を一部でも解決しない限りは、意味不明だ」と主張していた。

近代半端ない

2017-09-25

anond:20170925121914

ファシズムってなんだっけイタリアかどこかで手斧に巻いた紐帯語源ファシスト党と言うのが近代イタリアから出てきてでどうのこうので

なんだっけ

2017-09-21

https://anond.hatelabo.jp/20170920153914

尊敬する人は、アケメネス朝キュロス大王だ。

アケメネス朝ペルシャの王のなかで、キュロスとダレイオスは大王と呼ばれ他の王と区別されている。

彼らは、アケメネス朝ペルシャだけじゃなくて、人類史上別格の王だった。

キュロス大王はバビロン捕囚の解放者として有名だけど、ただユダヤ人を開放しただけではない。

あらゆる民に、服従と引き換えに身の安全財産保全信教の自由保障すると宣言した人だ。

それまでの王朝は、征服したら皆殺しか奴隷だった。

ほとんど気まぐれに開放することもある程度だった。

大っぴらに、王の宣言として、そんなことをした人はそれまでいない。

許すことを覚えた最初の王だった。

服従という新しい選択を与えられたからこそ、近隣国戦争ではなく服従を選ぶようになり、空前絶後大帝国をつくることになった。

戦争にあけくれたキュロス大王では、ぼんやりとしたただのポリシー宣言だったけれど、ダレイオス大王時代制度として固定された。

レイオス大王はたぶん人類史もっとも有能な王で、また別の機会に書くかもしれないが、ここでは省略する。

とかく、信教の自由というのは、日本においてはあんまりピンとこないけど、徹底してる。

古代から近代まで、有能な王であるほど、徹底してそれを行う。

アレキサンドロスが敵であるレイオス3世(大王と呼ばれたダレイオス1世とは別人)とその遺族に礼を尽くした。

ローマ皇帝ウァレリアヌスシャープール1世に敗北し捕虜となった後も、捕虜にも関わらず宮殿が与えられたという。(近年まですぐ処刑されたとされていたが、実際は厚遇されていたらしい)

ある意味現代よりもその辺の意識は高い。

ダムフセインから民衆を開放した一方で、サダムフセインに対しての敬意が不足しているように思う。

憎き相手でも、敬意を払う、自分自身もそうありたい。

私はリア充が嫌いだ。

爆発しろはいわないが、半額弁当を漁る寂しい老後を一人で暮らせばいいのにと思う。

互助会もっと嫌いだ。

ゴミみたいな記事をまき散らすゴミは、AmazonGoogleからハブられてしまえばいいのにと思う。

ソファを家に置くような人間ははもっと嫌いだ。

爆発すら生ぬるい。

爪切りで1mm間隔で切り刻まれ死ねばいい。

しかし、私は彼らを受け入れられるようになりたい。

相手が悪だから、なにをしてもいいという考えは危険だ。

幼児ポルノを見たことがある人間は、金属バットフルスイングされても文句は言えないのはわかってる。

しかし、殴られることで罪を償った人間を、さらに叩くのは正義ではない。

追記

告白するが、最近彼女が出来た。

リア充の仲間入りかもしれない。

そのせいで少し、リア充のことも許せるようになった。

しかし、ソファだけはダメだ。

彼女が「増田君、ソファ買いなよ」という。

別れたい…

2017-09-19

57 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイWW ab6e-z7GF) :2017/09/19(火) 02:53:19.76 ID:zzNbqPjn0

これは内藤湖南勝海舟もいってることだが、中国というのは歴史的国家人民とがばらばらで結びついておらず

それはイエの延長としてクニがあるような集団主義ムラ社会伝統国家にまで敷衍するジャップランドとは

そもそも人々のクニに対する認識と関わり方が全然違う

現実中国人と接すればよくわかることだが、中国人ってのは全然空気」を読まないし、

杓子定規形式に堕したコミュニケーションを嫌うし、儒教を生んだ国であるにも関わらず

ジャップとは「秩序」に対する考え方がまったく違う、ということがよくわかる

もちろんこれは「中国人ルールを守らない」みたいなバカネトウヨレイシズム肯定する意味でではなく

単純に中国人ジャップよりもっと本質的意味において「自由」な人々だということ

現代的なICTスタートアップ競争においてジャップ中国人にかなわないのには理由があるわけだ

こうした大陸的な気風ともいうべき、中国人の「自由」は、国家に対する無頓着な態度として現れるがゆえに

近代においてはおもにジャップによって苦しめられるという危機を招いたわけだが、しかし、いやむしろ

そのように無頓着であることによって、歴史的中国は常に多民族国家としてまとまりを維持することができたし

近代以前の封建体制下においても常に中国人商人として成功してきた

もし中国人国家に捕らわれているというのなら、どうしてあれだけの数の中国人が新しい生活を求めて移民

また歴史的にもそうし続けることによって、華僑世界中に産んできたのか?

国家民族と人々の生活が密接して分かち難く絡まり合っていると考えるジャップ的なイエ国家からすると

なるほど、国家のあり方は人々のあり方を規定し、その「食い違い」は、深刻なカタストロフを生むようにみえ

抑圧的な体制は、人々を現実生活世界のさまざまな微細な局面においても抑圧すると考えがちになる

まあ中国政治的な抑圧が存在しないとは到底いえないので、それは必ずしも間違いではないのだが、

しかジャップとその社会が、本来自由民主主義的な国家政府と、自由民主主義的な権利保証された人々によって

統治されているにも関わらず、なお全然自由」ではなく、むしろ場合によっては中国人よりも

不自由であることが多いように、国家と人々のあり方もまた常にジャップ観念通りではないと知るべきだろう

中国人は、ジャップのように必ずしも統制されなければ生きていけない人々ではない、というわけだ

2017-09-18

anond:20170918165058

帝国っていうのは、古代専制帝国しろ近代植民地帝国しろ、「多民族・多領域」を支配していなくてはならない。

大日本帝国歴史帝国として扱われているのは、彼らがそう名乗ったからではなく、朝鮮台湾南洋など(もっといえば北海道琉球)を支配たからに他ならない。

正義が生まれるのは、そこに不正義があるとき不正義として最も指弾しやすいのは、不公正である

多民族・多領域を一つの帝国支配しようとすれば、どこかに不公正が生じやすい。というより、不公正を生じさせることこそが支配を容易にする(分断統治という)。

不公正かつ不正である帝国必然悪役となり、正義の味方に滅ぼされる運命を背負う。

2017-09-16

差別する自由」はある

イスラム教モスクに、酒や豚肉を持ちこもうとしたら拒否されるだろうし、女性露出の多いファッションで入ることも拒否されると思う。

ここではイスラム教価値観絶対視されていて、それにもとづく作法強制されている。異教徒は客人として扱われ、その作法に従わないとき排除されるだろう。これは「差別である

  

私は他者危害にならないかぎり「差別する自由」を擁護する。イスラム教徒モスクの中で異教徒差別してよいと思っているし、それは当然だ。

同様に、キリスト教教会キリスト教徒のために存在し、仏教寺院仏教徒のために存在すればよい。そこに市民社会ルールを持ちこむべきではない。

  

大切なのは政教分離の徹底と、信教の自由である

「嫌なら出ていけ」「差別されたくないなら退去せよ」というのが原則だろう。

  

参考

差別から自由」は「差別する自由」に優先する。よって「差別する自由」などというものはない

  

しいたげられたしいたけ

http://www.watto.nagoya/entry/2017/09/11/220000

  

追記

そういえば真木よう子コミケ出展騒動で、一部のリベラルが「オタク不寛容だ」とか「オタク差別主義者だ」と言っていたけれども、もし皮肉冗談で言っているのでないならば頭が悪すぎる。

文化されているかどうかにかかわらず、村には村のルールがあるんだから、それを守らない者が排除されるのは当然だ。

コミケ独自ルールはたしか理解不能で、オタクのやっていることはキモいと思うが、まあそれだけの話だろう。そこに「差別」があろうとなかろうと、リベラルがしゃしゃり出るべきではない。

  

  

追記2

トラバのほうに書いたけれども、宗教施設の内部でおこなわれているマナー作法強制は、「差別」と呼ぶべきものである

もしそれが差別でないとすれば、私たち公共空間で起こりうる差別を「差別」と呼べなくなってしまう。

モスクでは、性別という「本人の力ではどうにもならない物」を根拠にして、人のファッションを厳しく制限している。

例えば女性けが露出の多い格好をしてはいけないとか、スカーフを顔につけないといけないとか……。これは差別じゃないの?

そういえば仏教神道だって女人禁制修行場とかあるぞ。

そもそも特定宗教団体が定めているマナー作法なんてものは、まったく合理性がない。それを強制するということは、他宗教の人たちへの差別となる。

宗教団体施設内でこの「差別」をやっているだけならば、私たちはひとまずそれを自由として尊重するべきだろう。しかし、国家権力がそんな差別行為に加担してはいけないし、学校職場では差別を固く禁じなくてはならない。

  

すなわち、宗教趣味のような私的コミュニティは、その内部においてのみ「差別する自由」を有する。

からこそ逆説的に、学校職場のような公共空間における差別禁止可能になるのだ。

  

  

追記3

モスクが様々なルールをもうけていることに対し、「差別ではない」というブコメが多くて唖然とした……。

べつにこれはイスラム教に限らないけど、宗教教義とか、作法やしきたりが差別を含んでいるのは明白だ。そこに差別があると感じ取らない奴は、さすがにちょっと頭がおかしいと思う。

そのうえで、宗教団体はその差別的方針に基づいてコミュニティ運営してよいが、国家運営学校職場においてそれをやることは許されない。要はそれだけの話なのに、なぜこんなに反発されているんだろうか?

(もちろん公共空間と、非-公共空間の境目はわかりづらく、厳密に考えていくと厄介な問題になるとは思うが。)

  

  

追記4

id:taka37564 なんで差別問題になると、こうも頭の悪いことを言う人が出てくるんだろう。お前は「差別」を「殺人」や「強姦」に置き換えても同じ事が言えるのか?

え? 同じことが言えるわけねーだろ?

はてなリベラルって、こんな頭のおかしいヤツばっかりだなww

  

モスクの中で殺人強姦をする自由はない。だが、差別をする自由はある。

例えば、「女は露出の多い格好をするな、顔にはスカーフを着用しろ。この命令に逆らった女は排除する」などというルールは、まぎれもなく女性差別だ。しかし、イスラム教徒モスクをこのようなルール運営することを、われわれは彼らの自由として保障するべきである

  

無論、このために世間から女性差別という評価を受けるだろうが、それはイスラム教がそういう宗教だということにすぎない。

彼らが改革をして近代的な宗教としてアピールするもよし、昔ながらの閉鎖的な古臭い宗教としてやっていくもよし、どちらの道をとることも我々は容認するべきだと思う。

2017-09-12

anond:20170912011747

古くから拓けてた土地にありそうなイメージある

近代になって他所から人が集まってきたベッドタウン住みだとよくわからん

2017-09-10

anond:20170910071646

「誰かがこれが正しい」と言ったもの

近代科学以前はそれ以外なかった。

そして、科学は、要因が多く絡むものは取り扱いづらいから、心関係はまだ宗教や昔の聖人が言ったから正しい、に頼らざるを得ない側面も強い。

もっとも、聖人と言われている人はみんなこの世にいない。有名宗教なんか特に

から書籍だけで十分で、おかしもの自分の考えで取捨選択するのが良いぐらいでいいと思う。

ブッダも、ブッダが死んだあとどうすればいいのか?という質問にで、自灯明法灯明(自分判断と、この世の法則と言われる教えに従いなさい)と言っている。

仏教ジャイナ教神道と混ざってだいぶ変わったけど、元々は、人がどうすれば楽になるか、よく生きれるかについての話。

2017-09-05

不祥事を起こしたら挿げ替えるというのは、最初からまり人選を考えなかった証拠ではないのか。

仕事責任者という立場最初から、替えはいくらでも居る、というような考えを持つという事は、人をきちんと事前に評価する事もしなければ、自分が与えたどんな小さい仕事意味があるという事を曖昧にし、謂わば仕事をサボっているからではないのか。

周りの目を気にしすぎてないか

現代科学技術時代であるが、果たしてその仕事は後世にどう評価されるのだろうか。仕える側もきちんと真面目にやらなければいけないが、自分仕事がある大きな仕事重要ピースであるという認識なしにどんな職業的な卓越の道があるのか。

人が死ぬから残業は短くしなければならないのか。違うだろ、その人が仕事にとって重要から少しでも健康でないと困るのである

感情論理を司る脳が発達したのは前近代だが、近代になってから計算という脳の発達が先行しているようだ。果たして計算という脳の一部は何を神とするのだろう。金で天上へのエスカレーターを用意して何に裁かれる気なのだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20170905162720

ネイティブ部族にはあるんじゃないの

近代になるにつれてなくなっていくが

2017-09-03

ジャップさあ

古代には中華文明に影響を受けて

近代には西欧文明の教えを受けた

なのにこの体たらくだよ

中華の狡さも西欧の賢さも無い

ただの土人

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831190316

神の僕の定義は「自分の理性の外のもの抽象的に扱うツール

たとえば、山の木を伐採しまくったとする。今でこそ科学検証の積み重ねで、木の根の保水作業や、土壌保持能力が失ったと言われてるが、昔はそんなのわからない。

から山の神」というのを仮定して「それの意にそぐわないことをしたから怒った。木を大切にしないとならない。」という流れ。

対人関係も悪行ばかりしたことも、細かく分ければ、それぞれの個人が怒ったり、噂が流れて助けられるものが助けられなかったりで、

その結果、なにか不幸なことが起きたとして、「天罰」すなわち、神が罰を下した。と抽象的に取り扱うがゆえの存在

ニュートン近代科学の祖と言われるが、神学者でもあり「神が作ったこの世の理を明らかにする」という動機付けで行われている。

そして、科学検証が行われて行って、科学検証が馴染むようなもの科学の手に委ねてきた。しかし、要因が多く絡む要素。再現が苦手な要素については科学は苦手とする。

科学で立証しづらく立証されてないものはどうなるか?とすると、たとえば、根拠に基づく医療エビデンスレベルで、

エビデンスレベル分類 Level 内容

1a ランダム比較試験メタアナリシス

1b 少なくとも一つのランダム比較試験(RCT)

2a ランダム割付を伴わない同時コントロールを伴うコホート研究(前向き研究、prospective study, concurrent cohort studyなど

2b ランダム割付を伴わない過去コントロールを伴うコホート研究(historical cohort study, retrospective cohort studyなど)

3 症例対照研究(ケースコントロール, 後ろ向き研究

4 処置前後比較などの前後比較対照群を伴わない研究

5 症例報告、ケースシリーズ

6 専門家個人意見専門家委員会報告を含む)

の6、つまり、その道に詳しい人の意見となる。

その道に詳しい人というのは昔の聖人と呼ばれる人。

西洋イスラム圏だとみんなアブラハム宗教で、その聖人たち。

東洋だと、儒教仏教

特に幸福論とか、どういう生き方がよいかなんてのは科学に馴染まんから、まだ宗教担当なだけ。

と言っても、儒教仏教開祖こと、孔子ブッダは「怪物乱心を語らず(孔子)」「毒矢の例え(ブッダ)」で挙げられるようにこの世に在らざるものに非常にドライ

ただ、儒教仏教がもともと「わからんものを取り扱うための手法」「先祖礼拝」の道教ジャイナ教神道と混ざって、この世に在らざるものを取り扱うようになった。

まあ、日本においてはGHQ道徳関連がみんな教育から消え去ったのもあったのが一回りしての新興宗教ブームだとは思うね。

本来あん新興宗教に頼らなくても、良い生き方はそれ以前の書籍には数多く取り扱われてる。

と言ってもどうせ孔子もブッタもこの世にはいないんだ。今その教えを伝えてるという人も書籍によらざるをえないから、宗教団体に属する必要性はないね

それでも[自分が信じないものは信じないでいい」という前提で色々書籍で読んでみるのは良いと思う。

2017-08-29

夜の会

TLに、クリスマスコフレの話が流れてきた。

「また8月なのにね」

「もう9月だよ」

今年もきらびやかなケースとコスメ話題になるのかな。

私はもう27になるけど、クリスマスコフレなんて、まだ買ったこともない。百貨店に近寄るのも、まだ慣れない。

彼と話すうち、化粧品デザインの話になった。きらきらしてかわいいものは多いけど、プラスチック製の素材は、どうにも女児玩具っぽくて、私は受け付けない。

ロココ調を目指しているであろうラデュレの花びらチークを見せながら、「いい線いってるけど、惜しいよねえ」と私が呟くと、

もっと本物の素材を使ってるブランドはないの?」

と、デザインよりも材質を重視する彼が、呆れたようにこぼす。

いろいろ探して、資生堂の復刻版の白粉とか、オイデルミンの瓶とかを見つけた。これはかわいい

それから伊勢半の板紅。画像と、ケースの材料を見て、彼も深く唸っていた。

「本物は.....すごいな.....」

「これは、娘が成人した時にあげてもいいレベルの贈り物だと思うよ」

「そうだね.....」

それから現代でも彫刻品としてきれいな化粧品ケースの文化は、香水瓶に受け継がれてるんじゃないかって話になった。

近代建築のようなブルガリのオムニア

上品で慎ましく、伝統を感じさせるペンリガン

彼は、ガラス製の瓶が好きらしい。

エジプト香水瓶の存在今日初めて知ったらしく、「デキャンタできるかな?」なんて言ってはしゃいでいた。

サンタマリアノヴェッラのマッジオウォーターは、5月まれの彼のために選んだものだ。ずっしりと重いガラス瓶で、底に刻印がしてあるしっかりした作りだ。

「なつかしい。昔家族で行った、リゾートホテル香りがするよ。」と、今でも気に入っていて、時々つけてくれている。

そうしてだらだらと話しながらネットサーフィンをして、ゲランの「夜間飛行」を見つけた。

作品のコンセプトと、洗練されたデザイン

これには、二人で画面の前で唸ってしまった。

流石に手が出せる値段じゃなかったけれど、でも、とてもかっこよかった。20世紀前半のデザインが、そのまま残っている。

「すごいね、かっこいいね」と二人してはしゃいでしまった。

「そろそろ寝ますよー」と諭されて、今こうして布団にもぐっている。スピーカー越しに寝息が聞こえる。向こうはもう寝てしまたかな。

会話するほどに、互いの好みを深く知ることができて、とてもたのしい。

遠距離恋愛、たのしいですよ。

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