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2024-05-24

これね、共同通信だけの問題じゃないけど、そういうことだよね。ミスインフォメーションキャンペーン

[B! 上川陽子] 【内部文書入手】上川陽子「うまずして」切り取り報道の共同通信「全くひるむ必要は無い」差し替え経緯も判明

共同だけの問題じゃないというのは、共同通信に乗せられたとしても、各社一斉に

出産を願ってもできない人への配慮に欠けるとの指摘」で揃ったこと。いかにも日本的な乗せられ方だ。

これは欧米ミスインフォメーションキャンペーンと呼ばれるもので、誤報による世論誘導だ。

ミスインフォメーションキャンペーンとは、世論有権者の行動に影響を与える目的で、意図的に虚偽の情報や誤解を招くような情報を流すことを指す。こうしたキャンペーンは、民主的プロセスに対する信頼を損ない、地域社会を分極化させる可能性がある。誤情報は、ソーシャルメディアマスメディア口コミなど、さまざまなチャネルを通じて拡散される。フェイクニュース作成したり共有したり、事実操作したり、問題を誇張したりして、有権者の間に疑念や混乱を生じさせるような戦術がとられる。

その目的は、選挙結果を左右したり、政敵の信用を失墜させたりすることだが、ひいては選挙制度に対する国民の信頼を低下を招くため、このようなキャンペーンは、選挙結果に対する有権者の信頼や民主主義全体の健全性に影響を及ぼす可能性がある。

これがいかヤバいことかのメディア自身自覚のなさが、世界報道自由度ランキング70位という結果にも反映しているんだよ。

今回の場合、完全に誤報を流したというより、もともと解釈に幅がある、どちらにとられてもおかしくない表現だったことが特徴だ。

それは、女性たるもの出産すべし、と解釈できる、そういう解釈しか思いつかない人が一定数いる、というのは、この記事がでてもなお、上川発言に非があるとするブコメが少なくないことでわかる。

上川氏が女性役割に対して固定観念を持っている、という指摘はありうると思う。ただ、最初からそういう指摘をする報道だったら、ここまで炎上しなかったのではないか

しかし、これが炎上したのは、実際の各社の報道が「出産を願ってもできない人への配慮に欠けるとの指摘」だったからだと私はみる。

ジェンダーロールの偏見の指摘と弱者への配慮欠如の指摘は必ずしも同一のこととはいえない。

今回のメディア場合不妊で悩む女性を主に念頭に置いたのかしらないが、そういう方々が可哀そうだと、感情的正義に訴えたわけだ。

上川氏の潜在的差別意識を指摘するのとちがって、この訴え方は、「出産を願ってもできない人」というデカ主語を据えるものだ。


出産困難者というのは、もやっとしたイメージだ。人それぞれ「出産を願ってもできない人」のイメージが違う。

子育て環境制度的な脆弱さを思い浮かべるひともいるだろうし、家族親族からプレッシャーとして理解するひともいるだろう。

女性出産役割自己実現価値見出している人もそうでない人も含めて、かなり多くの人が感情的共感の網にかかってしまう。

まり上川叩きの味方を増やす効果があって、上川からすれば、保守から批判されうるし、フェミから批判されうるという状況に置かれてしまたことになる。

今回の誤報キャンペーンでは、感情的共感をより広く、網を張り、特定ターゲット層に的を絞らない戦略が功を奏し、同町圧力の強い傾向のある日本で、あとに続くメディアを一斉に吊り上げ、ばっちりと効いてしまったというわけだ。

その意味で、上川氏がすぐに発言撤回したのは賢明だった。

出産を願ってもできない人」への配慮、という形で大衆感情を煽ったのが今回のミスインフォメーションキャンペーンだったといえるだろう。

問題は、これが選挙に影響を与えかねない、ということを報道機関が自覚しているかどうか。

それに対して「全くひるむ必要は無い」というのが、共同通信スタンスなのね。確信犯であることがよくわかった。


とはいえ共同通信だけでなく各社報道機関は、「出産を願ってもできない人」への配慮を犬笛として使いたかったのかもしれないが、その副作用についてはやっぱり少しは考えてもらいたい。

出産を願ってもできない人」への配慮を訴えたつもりでいても、出産を願ってもできない人々を一つのカテゴリーとして固定化することで、そのグループが常に特別配慮必要とする、社会的に弱い立場にあることが強調され、固定観念が強化されることもありうる。

これって女性の弱さ傷つきやすさについての別の意味偏見が強化されるってことでもある。

社会的に弱い立場であるとの認識が広まれば広まるほど、社会的に敏感なトピックになり(タブー化)、それついて話す際に、他者感情意見を過剰に気にすることになる。これにより、人々は自分発言自己検閲し、無意識のうちに自らの意見抑制するようになる。

兵隊さんご苦労さん」みたいな、何気ない表現大衆戦争に巻き込むプロパガンダとして一番効果があるのと似た話で、こんな配慮や遠慮、忖度の積み重ねで、誰かが傷つくのを恐れて何もいえない社会にどんどんなってしまう。

これに対して、いやいやむしろ偏見解消は積極的キャンペーンをやるべきだ、女性に対する偏見が解消されて、社会全体としてハラスメントが減るならそれは結構な話じゃないか、といわれるかもしれない。


しかし、実際のところ、偏見というのは、配慮すればなくなるというものでもない。

強さや傷つきやすさの男女差というのは、いってみれば偏見なんだけど、悟りを開けば自分偏見を解消できるわけでもないし、

言論警察よろしく配慮に欠ける発言バッシングすれば解消できるわけでもない(公言しないようにすることは可能だとしても)。




近代黎明期に、イギリスから隣国で起きているフランス革命で、反革命派が断罪されている様をみたエンモンドバークは、

なんでも理性的判断できる、偏見を解消できると考えちゃう傾向はヤバいと考えた。

偏見なんてなくならないんだから偏見をなくそうという発想をやめて、偏見を生かそうという考えを進めた。

それが保守の出発点なんだけど、世の中が保守一辺倒というのもそれはそれでどうしようもない社会だ。伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとだっている。

さすがに、公平性については、制度が、最低ラインとして補助線というか設計図を引かないと、いつまでも伝統的な価値とか懐古的になっててもしょうがないだろう。

ということでまあ、ジェンダー問題は、極力、制度としての公平性、機会としての公平性という観点限定して話をするように注意しておくのがいいってことかな。

もちろん、制度機会平等理性的に討議したとしても偏見がなくなるわけじゃない。

偏見はなくならないけど、制度の普及・概念進歩に伴い、ひとの意識は変わっていくだろうと期待する。それだけでよく、それ以上のことはあえてしないほうがいい。

ひとはすべて進歩した価値観にもとづいて幸福を追求しなければならない、みたいなのは押しつけがましい左翼傲慢からだ。

伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとがいる」一方で、伝統的な価値観で自己実現をしたいひとだっているんだよ。

進歩的な価値観に基づいて偏見を解消しようすると、社会のどこかで肩身の狭い思いをする人が出てくる。

「世の中はいつも変わっていくから頑固者だけが悲しい思いをする」(中島みゆき、世情)というわけだ。

から言わせると、そういう進歩史観を押し付けようとするところがもっとサヨクのムカつくところなんだよ。

かつて反戦フォークの全盛期、学生運動が最高潮を迎えていた時期、中川五郎の「主婦ブルース」のなかにこんな歌詞がある。

機動隊学生の衝突が テレビニュースで映される

息子は今夜も帰らない 私は心配で眠れない

息子は私に議論を吹っかけて 沈黙共犯だと責め立てる

だけど私は家庭が一番 真面目に生きるのには疲れた

おお 人生は悩みよ ちっとも楽しくない 恋なんてしない間にふけちゃった

わびしい夢に はかない楽しみ 思い通りには何もならない

安保世代では親ですら論破すべき守旧派だった。しかし、学生運動は結局、どの社会階層とも連帯できずにスピンアウトしてゆく。1968年に作られたこの歌はそれを暗示しているかのようだ。一方、中島みゆきの「世情(1978)」は、この10年後の70年代世界がうたわれたものひとつ前の安保世代情熱新左翼へと変遷、空回りしてゆくさまを見せつけられたシラケ世代からみると、左翼残党はあたか守旧派とさして変わらない頑固さでイデオロギー打破を訴えている、という皮肉な構図になる。


今回の場合でも、産みたくても産めない人が可哀そうだなどと感情的正義で持論を補強すると、そうした表現タブー視が蔓延し、出産自己実現見出している人まで遠慮しなければならない、という空気をつくるかもしれないし、他方で、女性の傷つきやすさを過度に強調することで、女性が弱い存在であるという潜在的差別意識助長されるおそれだってある、みたいな妙な副作用が現れる。


かつて、なだいなだが、ケシカラニズムといって、理性的正義感情的正義区別し、自分のことでもないくせに感情的共感によって主語がでかくなるのが感情的正義の特徴だとした。そのことで人々がプロパガンダに流されやすくなる、という趣旨のことをどこかで書いていたのをひさしぶりに思い出した。

たまにはケシカラニズムに陥っていないか自己点検でもするか。フェミニストさんも自分偏見を認めたほうがいい思うんだよね。

制度的に不幸になっている者は救済する、しかし、偏見ある社会のなかで生きている者の幸せ自己実現否定しない、という具合のバランスがちょうどいい。

男性社会にあって嫁として母として子供を育ててきた誇りある人生否定するのがフェミではないと思うし。

そういう意味じゃ、左翼保守主義のマインドも頭の片隅に入れておく必要があるし、保守派も制度的な公正について左翼の主張に耳を傾ける必要がある、といったところか。

2024-05-23

anond:20240523185924

なんでも釣り認定してくるの、日本近代民法近代法をやったことがない無知花畑脳って感じ

マイルドに装飾しないと意見を受け入れてもらえないよ!的なマチズンへの迎合が染み付いてるというか

anond:20230303205857

生主義とは「産まないより産んで虐待する方がマシ」という思想である


多分出生主義者っていないぜ。

オマエが反出生主義で、出生主義と戦いたいからだろうけど、単に「自然」と逆らうバカ近代人の霊長ってだけだから

いないもの喧嘩するのはマジでバカリベサヨフェミさんと一緒。

バカだと自覚して、口を慎むように。

2024-05-22

政治家パーティしろ声優不倫しろ昭和だったら見逃されてたもの問題になるのは、日本人近代的な倫理観が備わってきたと前向きに捉えるべき事案なんだろうけど、それが少しずつじゃなくて、ここ数年で急激に進んでいることで、昔の価値観成功してきた人が足をすくわれるのは、あんまり見てていい気分じゃないなぁと思ってしまうのが、昭和おじさんの限界なんだろうね。平成令和世代は頑張って昭和おじさんを駆逐して、清廉潔白な世の中を作って欲しいね。多分、私はそんなきれいな空気では生きていけないだろうけど。

2024-05-21

読み応えのあるWikipedia7選

三毛別羆事件は内容が削られてたので選外。

八甲田雪中行軍遭難事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

1902年明治35年1月日本陸軍第8師団歩兵第5連隊青森市から八甲田山田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した事件。訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという日本冬季軍事訓練において最も多くの死傷者を出した事故であるとともに、近代登山史における世界最大の山岳遭難事故である


ルイ17世

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A417%E4%B8%96

フランス国王ルイ16世王妃マリー・アントワネット次男8月10日事件以後、国王一家と共にタンプル塔に幽閉されていたが、父ルイ16世処刑により、王党派名目上のフランス国王(在位:1793年1月21日 – 1795年6月8日)に即位したものと看做した。名目上のナバラ国王でもあった(ナバラ国王としてはルイス6世)。しか解放されることなく2年後に病死した。


地方病 (日本住血吸虫症)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E7%97%85_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BD%8F%E8%A1%80%E5%90%B8%E8%99%AB%E7%97%87)

山梨県における呼称であり、長い間その原因が明らかにならず、住民らに多大な被害を与えた感染症である。ここではその克服・撲滅に至る歴史について説明する。


4千年紀以降

https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E5%8D%83%E5%B9%B4%E7%B4%80%E4%BB%A5%E9%99%8D

3001年以降の予測


小林ハル

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E3%83%8F%E3%83%AB

日本瞽女。生後3か月で失明し、5歳の時に瞽女修行を開始。数多くの苦難を経て晩年に「最後長岡瞽女」、「最後瞽女」として脚光を浴びた


カルロスカイザー

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC

ブラジルポルト・アレグレ出身の元サッカー選手

経歴詐称や仮病などの手段を駆使して「故障療養中の優秀なサッカー選手」のふりをすることで、実際には1試合しか出場せず、長年にわたってプロサッカー選手としての報酬を得ていたことで知られる。


珍しい死の一覧

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%8D%E3%81%97%E3%81%84%E6%AD%BB%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

古代から現代までに記録された死の状況のうち、信頼できる情報源が「通常と異なる」ものとして言及した死の一覧である



(はしがき…Safari日本語のURLコピペしたら自動記号に変換してくれるようになってたので記念日記です。前から?)

他にあったら教えてね!

2024-05-18

anond:20240518154242

多様性を認めない近代以前の住人の女性愚痴いってる情けない男なんて棒で叩き殺されても文句言えないんだが、そこまでの覚悟なんてないだろう?

2024-05-17

anond:20240517151417

猿や猿人類で既にオスメスで関節の柔らかさが異なりますが、いずれも後背位による交尾であることを考えると、

正常位の方が後から発見された可能性が高いと考えられます

また、正常位については、一部で「宣教師体位」と言う名で呼ばれていることから分かる様に、比較近代になってから普及した体位であるとも終われています

anond:20240517115739

農村部では近代まで下着など履いてなかったか普通に成人女性立ちションしてたという記録があったとおもうが

都市部だって例のデパート火災飛び降りられず焼かれて亡くなったのはその当時まで和服女性下着を履いてなかったからためらったという伝説があるよね

2024-05-13

攻撃魔法よりサポート魔法のほうが強いのではないか

即死魔法云々で近代兵器に対して優位性取れないって話になってたけど

攻撃魔法近代兵器を超える殺傷能力持ってる魔法ってあんまないな。

単体攻撃ならどう考えたって銃火器の方が手軽だし、

範囲攻撃でも爆発物やガス兵器ミサイルロケット、連射系の銃火器に比べて優位性が高いか疑問符が付く。

まぁ、事前に武器を手にする必要がないという点では、潜入性や手軽さで優位性が高いが。

もろちん、どこからともなく雷や火や氷を現出させるという能力現代科学では再現できないが

それを使って"相手を打ち倒す"という事象に関しては再現可能なのではないか

 

逆に防御、保護系の魔法回復魔法なんかは明らかに現代技術を遥かに凌駕してる。

なんかふわっとした全身を覆うバリアドームを張ることである程度の攻撃を完全無力化する魔法が頻出するが、

これは防弾、防刃スーツプロテクトアーマーで機動性を捨ててもまだまだ再現できない。

防弾、耐熱ガラスとかである程度の再現可能だけど、素早い展開、格納は難しい。

回復魔法も同様。あの超スピードで傷を塞いで体力まで回復させるのは現代医療の域を超えてる。

あとは転移魔法やスロウスピードアップ系の魔法現代技術で結果の再現不可能

現代人が事前にあらゆる準備をしても対抗できない。

 

から現代魔法が来る系の設定にするんだったら攻撃系は現代武器守備回復系を魔法にするのが

バランスがいいのではないだろうか。

2024-05-12

ニンテンドースイッチゲームまた50本遊んで感想書いたのでまとめ

1年前に50本遊んで感想を書いた記事を書いたのですが、

あれからまた50本遊んで感想を書いたのでまとめ記事です。

前回のブコメオススメしてくださったゲームは遊んでいるものもあれば、遊んでいないものもありますが、どれも参考にしていますし、いつか遊ぶと思います

なので、また何かオススメがあれば書いてくださると嬉しいです。


51〜65はこの記事

66〜85はこちら

86〜100はこちら

51〜100の部門別ランキングはこちら


1〜22はこちら

23〜47はこちら

48〜50はこちら

1〜50の部門別ランキングはこちら


好き好き大好き超愛してる

ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期

ダンガンロンパシリーズ完結作で、突然集められた超高校級の才能を持つ面々が殺し合いゲーム強要されるデスゲームものにして、その殺し合いの加害者クロを見つける学級裁判で謎を解くミステリゲーム

テキスト主体としたゲームとしては3作目とマンネリし始めるナンバリングだが、全くもってそんなことはなく「嘘」テーマにした幾つかの事件を今まで以上の絶望さで描いている。

特に超高校級総督王馬小吉にまつわるエピソードは圧巻で、歴代作品を踏まえて「絶望希望」は「嘘対真実」の言い換えだと無邪気に信じていた気持ちを粉砕させられた。

ダンガンロンパシリーズはこの作品以降はファンディスクのようなものしかリリースされていないが、なるほど確かにこの後に単純な4やV4をリリースするのは難しさがわかるのもシリーズファンには賛否がわかれる内容だった。

このシリーズアニメ版の「3」で絶望して少し身を引いていたのだが、改めてこのV3を遊んで、やっぱりダンガンロンパは最高だなと思いを改めた。


SeaBed

公称ジャンル百合要素を含むミステリーで、物静かで落ち着いた女性のサチと、元気で朗らかなタカコのカップル関係値の変遷を追うノベルゲーム

日常動作食事自然の豊かさ、季節感などなどの風景や情景の描写に文量が大きく割かれているのが特徴的で、淡々と進む中で彼女たちが何を感じたのかを、咀嚼するように読み解いていく。

そんな平和楽しい内容が、あるタイミングで突然ガラッと風景を変え、死と向き合うことの難しさ、生き続けることの意味などを問いかける哲学的幻想的なストーリーに変化していく。

ものすごく大好きで愛してる作品だけど、面白いというよりは、考えさせられるというか、このキャラ達のことをずっと延々に頭の隅で思い続けることになっているような、それぐらい大きな作品だった。


アーキタイプ・アーカディア

文明崩壊した世界で何故か稼働中のVRMMORPGアーキタイプ・アーカディア」を遊ぶ人達思想がぶつかり合う、火傷しそうな熱意が伝わってくる熱血ノベルゲーム

ゲームは遊んでおらず食糧も水も希少な世界必死暮らしているルストと、その妹でラスモス・ゾティーラ・トゥーラッカという独自挨拶ゲーム内で仲間を増そうと頑張っている妹のクリスティンの二人で始まった旅がどんどんと広がっていく壮大さが魅力的。

テーマの「ゲーム楽しい」を伝えるために様々なプレイヤーと対決していくのが、まさに楽しいゲームで、ゲームを遊ぶゲームというメタ構造になっている云々と言った小賢しい理屈を跳ね除ける沸る激情が最高に楽しいゲーム

可愛いヒロインも沢山登場するのでそういう方面でも面白く、特に僕はコロネちゃんダントツに大好きで、専用ルートのその先を妄想して悦に入ることがある。


魔法使いの夜

1980年代後半近代化が進み発展する街「三咲町」を舞台に、電話すら知らないほど田舎から引っ越してきた静希草十郎が、魔法使い自称する二人の少女出会うボーイ・ミーツ・ガールものノベルゲーム

まず目を引くのが非常に作り込まれルックで、立ち絵と背景絵、その上にかぶさるテキストウィンドウという一般的ノベルゲームでありながら、表現の幅がとても広い。

ストーリー田舎に住んでいた主人公が、街に慣れることを通じて、近代的な社会とそうでなかった時代を浮き彫りにしていき、当たり前に享受している一般的水道電気貨幣すらも、近代化恩恵であり当たり前ではないエピソードが手を変え品を変え繰り返し語られるのが、情緒的な染みるように楽しい

この情緒的ながら近代日本では当たり前のストーリーと、新伝奇ものらしい魔術を使った異能バトルのストーリーとが、静希草十郎にとっては同じだけ異質なものなのが、面白かった。

(なお、ちょうどまさに今このときスマートフォンで遊べるガチャ形式運営ゲームFGOで、彼女たちのアフタストーリーが読めるそうなのだが「ガチャ我慢する」という脳の回路が焼け切れ、貯金や手を付けてはいけないお金をあっさり使い込んでしまった過去があるので、僕は遊べないのがモドカシイ


AMBITIOUS MISSION

怪盗、探偵警察、盗人、泥棒正義と悪が入り交じる登場人物たちの中、ハートとため息を盗む怪盗ミスアルテ共に盗みを行っていくクライムサスペンス

フィクションらしい痛快さに振ったリアリティラインながら、この世界観の中でも丁寧に盗みを行う段取りを立てるパートがあるのが非常に好印象。

自分たち犯罪者であることを認めながら、法では救えない大切な人のために死力を尽くす怪盗たちの生き様が格好よくて滾る最高に面白い作品

そんな怪盗たちですら挽回不可能に思えた最後の盗みの仕掛けは、まさにハートとため息を盗まれた爽快さで、思わずコントローラを握る力が強くなりすぎて、スティックを壊してしまうほどだった。


○大好き

Dear My Abyss

陽気なミスカと陰気なスバル対照的な二人の友人関係が、無垢人形のようなルウが転校してきたこから大きく変化することになるノベルゲーム

学校熟成される閉鎖的な人間関係と、思春期らしい堂々巡りを続ける自己言及を、丁寧な心理描写と情景が伝わってくる幻想的な精神世界の問答で文章を魅せるタイプ作品

女の子同士の三角関係のように見えて、早々にミスカの好意は豪快に空回っており、スバルミスカのことを全く好きではないと、二人の視点シーン毎に同じエピソードを描くことでそれがわかる構成が読んでいて辛い。

楽しいとか面白いような前向きな感情で読める作品ではなく、思春期女子高生自己問答の末に得られた後ろ向きで退廃的な選択が、三人の関係値を歪めていく悲劇を読ませる作品だった。


アカイイト

父親実家がある田舎帰省した羽藤佳が、その田舎にまつわる伝説とそれを取り巻く異能のものたちと交流していく、和風伝奇ジャンル女の子同士の恋愛表現するノベルゲーム

まず伝奇ものとしては、歴史にまつわる蘊蓄衒学趣向的なやり取りが多いが、それが少しづつ大きな設定の開示に繋がっていくのがワクワクする。

主人公の羽藤佳は異能こそあるものの直接的な戦闘能力はないため、ヒロインたちに頼ることになる恋愛の導入が、アカイイトらしさだ。

バッドエンドの豊富さも面白く、バッドと言いながらメインルートとは異なる選択を魅力的に描いており、最初から最後まで飽きずに楽しめた。


夜、灯す

琴を演奏する筝曲部の熱血部活ものパートと、数十年前の女生徒同士の心中事件を追うサスペンスパートが混ざりあったノベルゲーム

仲間との和を大切にする鈴と、演奏技術に重きを置く有華の二人の女性対立しながらも関係値を育てていくのだが、こちらのパートは琴の演奏に関するやり取りが多く、甘い恋愛の要素は少なめ。

対して、数十年前の心中事件の方は、終わりが心中からこそ、はっきりと恋愛の要素があり、そこに至るまでの過程は辛いシーンもあれば、甘いシーンもある。

主人公保護者であり老齢の尼、十六夜妙蓮さんの大活躍はすごく印象に残り、もう一人の主役といっても過言ではないだろう。


帰ってきた名探偵ピカチュウ

ポケットモンスター世界観をテキスト主体アドベンチャーゲームに仕立てるシリーズで、2018年名探偵ピカチュウから5年ぶりの続編にして、完結作品

バトル以外の生活の場におけるポケモンの生息が魅力的で、それを映像でなく文章で楽しめるのは唯一無二だ。

これはもう他の作品と違って客観的評価は完全に捨てるしかなく、ポケモン実在する、ポケモン生活したいなどと、ポケモンへの思い入れがあるからこそ楽しめる作品

肝心のストーリーについては、実写映画版が先取りしていたせいで、サプライズ展開がサプライズになっていないのが気になるし、これほど間が空いてしまうと期待度も相応にあがってしまう、可能なら短編を定期的にリリースしてほしいが、難しいかなあ。


ATRI -My Dear Moments-

海面上昇が止まらず住む場所を失った人が多くいる近未来日本離島舞台に、超エリート校に通っていたが夢破れて戻って来た斑鳩夏生が、アンドロイド少女アトリと交流する恋愛ノベルゲーム

主人公斑鳩夏生はめちゃくちゃ優秀で頭の良いカシコなのだが、とある事情により左足がなく、精神的にも不安定なので、生きづらい描写が開幕からは続く。

しかし、美少女アンドロイドのアトリによりそこが一変し、彼女が左足を補い、精神的な不安定さも補いとサポートすることで、どんどんと前向きになり、社会基盤が大きく変化した田舎町でその頭脳を活かしていくのがワクワクする展開。

この頭脳で手の届く範囲の人たちを救っていくシーンは非常に前向きかつ地に足がついた展開で、大好きな丁寧さだった。


死噛~シビトマギレ~

ダンジョンRPGの老舗エクスペリエンスが送るホラーアドベンチャーシリーズ第三弾で、怪異の噂を横スクロールのような探索パートで調べてからRPGボス戦のような怪異との対決パートに挑む構成で、テキスト主体アドベンチャーゲームらしくない画面構成になっている。

死印の直接的な続編で、主人公や他の登場人物共通しており、ストーリー的にもそれを踏まえての悩みや成長が描かれるので、必ずそちらを遊んでから遊びたい。

前々作では怪異に振り回されてばかりの主人公だったが、今作では一転して、怪異と立ち向かうことに強い哲学的な回答を持つことになる。

ホラーの恐ろしさや恐怖を煽る部分に着目しがちだったが、ストーリー的に感動するポイントが多くあり、とてもおもしろかった。


NG

ダンジョンRPGの老舗エクスペリエンスが送るホラーアドベンチャーシリーズ第二弾で、怪異の噂をDRPGのような探索パートで調べてからRPGボス戦のような怪異との対決パートに挑む構成で、テキスト主体アドベンチャーゲームらしくない画面構成になっている。

前作とは同じ世界ではあるが、登場人物は異なっているので、設定を飲み込めるなら今作から遊んでも問題ない。

アウトロー自称する鬼島空良とその仲間たちが怪異と戦うストーリーだが、単純な腕力では倒せないので、現場操作証拠品を集めて、知恵を絞って敵と対峙するシリーズの骨子は共通している。

前作よりもブロマンスな傾向が強調されており、主人公の鬼島空良と、親友にして反社勢力の天生目聖司との持ちつ持たれつの関係値が面白かった。


マヨナカ・ガラン

キャラポリゴンが常にステンドグラスが透けて見える、特徴的なルックが目を引く、キャラクタの演技主体アドベンチャーゲーム

閉鎖的な隠れキリシタンの村の中で、正道とは大きく変化した異質なキリスト教テーマにした、宗教にフィーチャーした作品

前半こそ村人との楽しい交流名産品に舌鼓を打つ展開などコメディ要素も多いが、中盤から宗教を信じることの覚悟を問うような重苦しい展開が続く。

タイトル意味がわかる、とあるキャラ慟哭シーンは、思い出すだけでも気が重たくなる悲しい作品だった。


ワールズエンドクラブ

全国の小学校から落ちこぼれだけを集めたガンバレ組の面々がデスゲームに巻き込まれることから始まる、アクションゲームテキストを読むパートが融合したアドベンチャーゲーム

息をつかせぬ展開が魅力で、一転二転、七転八倒、とにかく次から次へと設定の根底をひっくり返すような、サプライズ展開が目白押し最後まで遊べる。

そんな中でもガンバレ組の絆の深さ、彼らが分かつ事ができない強い関係であることを信じれるようになってからは、痛快なストーリーが続くのも楽しい

アクションゲームは若干とってつけた感があるとも思うが、ガンバレ組の得意な能力ゲームっぽく表現できているとも言える、かも。


ワールドエンド・シンドローム

転校生主人公複数美少女たちと恋愛しつつ、100年に一度死から蘇る謎の現象を追う伝奇サスペンスの要素もある、ノベルゲーム

恋愛部分は正直前フリ感が強く、伝奇パート関係が薄いヒロインたちのエピソードは薄めで、関係が濃いヒロインは濃いと、濃艶がはっきりしているのは好みが分かれそう。

から蘇った人間は周りの人間記憶整合性操作しながら生きながらえるため、どうやってその蘇った人間を見つけるのかのフーダニット段取りが、ミステリしていて面白い

設定こそ新本格作家アニメ化もした某作と似通っているが、ゲームならでは仕掛けやミスリードがあり、しっかりとノベルゲーム翻案できている良作。


頂き女子りりちゃんプロイセンフリードリヒ2世思想

啓蒙思想」とは18世紀ヨーロッパで生まれ思想で、従来の封建主義宗教的権威主義悟性(理性)で対抗しようとする考えだ。

その思想を取り入れた統治者を「啓蒙専制君主」と呼ぶ。その初期の代表者プロイセンフリードリヒ2世だ。

そして、頂き女子りりちゃんプロイセンフリードリヒ2世思想は同じトポロジーを持つ。

第一に、フリードリヒ2世は、「人民支配のためなら何をしてもいい」というマキャベリ主義批判し、悟性使用による支配肯定した。

りりちゃんは、「おぢの搾取のためなら何をしてもいい」というパパ活主義批判し、信頼関係の構築による頂きを肯定した。

第二に、フリードリヒ2世支配は、「君主の方がより悟性が高く、人民幸せになれる」という理由肯定された。

りりちゃんの頂きは、「頂き女子の方ががより意味のあるお金の使い方をでき、おぢは幸福になれる」という理由肯定された。

第三に、フリードリヒ2世は、「良い国家家族のようである」と述べ、「君主人民幸福共通である」と主張した。

りりちゃんは、「お金を渡したことを後悔させないように力いっぱいの信頼関係構築コミットをしてあげて幸せを与えてあげてwin-winになるようにしましょう」と述べ、「頂き女子とおぢの幸福共通である」と主張した。

啓蒙専制君主としてのフリードリヒ2世のふるまいは近代への過渡期として重要であったが、「より悟性が高い君主支配によって、人民幸せになれる」という考えに基づき、人種差別植民主義が横行した。

フリードリヒ2世を崇めた権力者は多い。その一人がアドルフ・ヒトラーである

2024-05-10

anond:20240510123929

弱男が女をあてがえデモを起こしたら「現状変更のため政治行動をする近代市民だな、ヨシ!」って言ってくれるのかなあ

anond:20240510173942

雑に考えても日本における神社って4種類くらい思いつくもんね

 海とか巨木とか滝とかでかい岩とかが、これはすごいぜ!と祀られた結果、神社になってる

 古事記日本書紀に名前が出てくる神様を祀ったもの人格がある程度はっきりしてるので神様らしい神様 

 古代だとわりとタタリ神を祀る(菅原道真とか)だけど、近代だと普通偉人もこれに入る、野木神社とか東郷神社とか

 先祖代々なんか祀っていた謎の神様、大きいところだと八幡様とか、小さいところだと田舎にぽつんとある個人管理してる謎の神社とか

anond:20240510000324

Domino-R まあ実際こういう人は多くて、デモとかストとかに積極的に反対するってのはこういう心情なのだと思う。法とか正当性とか関係なく「現状変更の試み」自体が心底嫌いな人w 近代市民とは何か、つー問題かなw

元増田文章を「現状変更の試みが嫌い」と解釈する宇宙人もいまぁす。

2024-05-07

anond:20240506174540

ふと好きな夏目漱石俳句「菫ほどな 小さき人に 生まれたし」には自我があるなと思う

要は短歌でも俳句でも近代的自我を入れ込む流行があるということじゃないか

近代的自我というのは「死にたくないし」とか「俺はここにちゃん存在するし」というような意味で言っておく

自我確立文芸上の重要テーマになったのは近代から、という意味

子規が四方喧嘩売ってたのも近代的自我流行らせようとしてたんじゃないかなって

匿名ダイアリーって初めて書くけどこういういい加減な感想を言えるね

anond:20240506225329

夏花の王様ダリアじゃないか

近代には一大ブームがあった

東京の民家の庭先なんかに特にありそうだ

2024-05-06

anond:20240506174540

それは高浜虚子以降のホトトギスデマなんだよね

そもそも近代俳句の祖の正岡子規俳句短歌も両方詠みまくっていた

ところが虚子の代で「客観写生」とかいトンデモスローガン汚染されて、つまら風景ばかり詠むようになった

芭蕉は「見えたる光いまだに心に消へざるうちに言ひとむべし」といって心の中を重視していたし、一茶の俳諧なんか情念的といってもいい

2024-05-05

「虎に翼」で昭和初期の女性ビールを飲むのはおかしいという論評

「虎に翼」はパルワールドポリコレアフロディズニーみたいにいくら火付けしても表自が怒らない作品

昭和10年女子は本当に「ビールを飲んでいた」のか…朝ドラ『虎に翼』の根幹につながる「違和感

>4/27(土) 9:02配信

>第16話、ヒロイン寅子が大学の本科に進んだのをお祝いして、家で祝杯を挙げていた。

>寅子の母もビールを飲んで少し酔っているようだった。

>はて。

昭和10年に、男たちと同じように女性が酔うほどビールを飲むだろうか。

>はて。はて。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3f7838613cba09c314c67667d21f40e034684fb2?page=1

ビールを愛した近代日本の人々

雑誌制作息抜きビールを嗜んだ女性解放運動家・平塚らいてう

>(ひらつか らいちょう)1886-1971/東京都出身

彼女らは打ち合わせや仕事のあとに、息抜きとしてしばしばビール洋酒を楽しんだ。珍しい洋酒を一目見たいという好奇心からバービアホールへ出かけることもあったという。そして、そこで供される黄金色にきらめくビールや、比重の違う5種類の洋酒によってグラスに色とりどりの層をつくる「五色の酒」などに目を輝かせた。こうした色鮮やかな西洋の酒の中に、新時代空気を感じ取っていたのかもしれない。

https://museum.kirinholdings.com/person/kindai/26.html

明治女性はすでにビールを飲んでいる

女性向けっぽい作品に対しては急に表現の自由適用されなくなり火付けするなと普段騒いでいる人たちが見て見ぬふりをする

虎に翼もそういう枠に入っちゃってる

2024-05-04

hang up が「電話を切る」という意味なのは違和感がある。電話を切るなら受話器は置く (down) から

実をいうと壁掛け電話時代の名残であり、スマートフォン時代には受話器すら思い浮かばないので忘れられる違和感である

急速に発展した近代自然科学。その代表である通信技術にまつわる単語には短いながら濃厚な歴史がある。

https://english-kanazawa.com/phrasal-verbs/hang/hang-up/

2024-05-02

anond:20240502043845

カッペ東京に集まってくるからフツーにガンガン東京文化を壊してるとは思う

地方でも移住者が騒いで、鐘撞きや祭りをやめさせるがあるが、東京でも割とある。あと産業の移り変わりで、家しか無くなる地域や、クリーンになってチェーン店しかない地域もある

 

あと、ほか増田が散々言っているように、東京はロクに部屋に物が置けないし、

コロナ禍以降は人気の展示とかだと、入場制限あったりで、美術館も予約や待たなきゃ入れねーし、

どこ行くのにも、人人人人で、移動距離は数キロから10キロ程度でも、入場・入店までに、1時間または以上掛かるはザラ

こんなんでどんな文化が生まれるっちゅーねん

 

ただし、異常な人口過密は近代問題とはいえ地方から上京してくる人が多いのは江戸時代からそうなので、

カッペのせいで無くなる文化は、その程度のもの(文化にも寿命がある)だった感はある

2024-05-01

anond:20240423093412

https://ameblo.jp/kamosikaneko/entry-12409589412.html

皆ケ作 遊郭

2018-10-04

 

建物も多く残っているのが「元皆ケ作地区こと船越町

京急田浦駅の海側に元海軍造兵本部があったので・・さぞかし賑やかだったと思われます

写真多数)

 

http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/kanagawa_data/kaigasaku_file.htm

皆ヶ作 花街 長浦港に面した旧カフェー

三浦半島追浜横須賀の間は平地が少なく入り江の地形のため、国道16号線と京浜急行が並走し、トンネル連続する。そんな入り江地形の一つ、横須賀の北、長浦港に面する皆ヶ作という町がある。横須賀近代軍港として栄えた町であり、3つの遊郭があった。一つは軍港の開設にともなって置かれた「柏木田」、新開地として整備された「安浦」、そして規模は小さいが田浦追浜の間の皆ヶ作である

京急田浦駅を降り、国道16号線を100mほど横須賀方面へ歩くと、左手海側に「仲通商店街」のアーケードが見える。アーケードは今や寂れた商店街だが、そこから左右の路地に入ると住宅街の中にかつて花街時代建築が残っている。昭和30年では、40件ほどの店を数えたという。

銅板貼りやモルタル吹き付けの看板建築伝統洋式建築が細い路地に面してポツポツと建っている。比較的大きい割烹料亭もあった(現在営業しているか不明)。建物デザインは、玄関周りや窓周りに人目を引くための独特な意匠が施されているので、注意して見れば単なる住宅建築ではないことは分かる。かつては港に近接し、港近くの飲食店がひしめいていたような場所があったが、港が埋め立てられたため今や必然性のない不思議場所になっている。

 

http://sasabarikenta2019.blog.jp/archives/6127575.html

神奈川県横須賀船越「皆ヶ作カフェー街」201203・201808

  

前回は安浦の旧赤線跡を取り上げたが、横須賀にはその安浦の他にもう一か所同様のカフェー街があった。

それが今回紹介する「皆ヶ作」、現在地番横須賀船越、最寄り駅は京急田浦だ。

『全国女性ガイド』によれば、

安浦よりちょっと落ちるが、田浦追浜の間の皆ヶ作にも四十三軒ほどあり」

という。

 

この「皆ヶ作」の近く長浦港には戦前海軍工廠造兵部があり、戦後東芝に変わっていた。

恐らくはそこで働く労働者兵士などで賑わっていたのだろう。

おもしろいのは、割烹料亭のような建物が残っていたことで、恐らくは芸者もいたのだろうと思われる。

完全に私娼街の安浦とは違い、ここはカフェーや銘酒屋から転じた赤線と、花街の両面を持ちあわせていたのだと思われる。

実は、皆ヶ先には二度訪れている。

ネット情報などによれば、北側に行くと更に遺構が残っているというのだ。

その確認のため、5年後に再度訪れた。

(略)

写真多数あり

 

https://bonzin529.exblog.jp/10068182/

古い文献には現在船越町6丁目方面花屋敷と呼ばれた花柳界存在し、戦争法律変更等で、時代に合わせて業態変更を繰り返していったのだと思います。なんと言っても横須賀市は軍港の町です。現在船越町1丁目にある仲通商店街周辺に、昭和香りを感じられる建物が多く残っています

 

2024-04-26

anond:20240418235750

普通に三英傑とかで良いよな。

後は頼朝尊氏家康の三将軍とか。

近代縛りで色々な制約付けると誰?って感じの小粒になっていくから嫌だわ。

anond:20240418235750

わかる。

あと近代人物は生々しい。その人の歴史知ったらモヤッとすることもありそうなのであまり知りたくない。

風景とか植物とか動物とかがいいな。

2024-04-25

インフレバトル漫画近代ゲーム

80~90年代ジャンプってバトル漫画全盛期だったじゃん?

そこではインフレし放題といわんばかりに次の章に進めばより強大な敵が!みたいな流れが主流だったわけよ。

でもさ、インフレ展開だって万能じゃない。そのうち読者も気付くわけよ。

これキリがなくね?って。それに次の展開をインフレばかりに任せているとワンパターンになって、強大な敵が現れるものの最終的には主人公が倒すってなる。

延々同じことするなら、続きやる意味ある?

からバトル漫画における安易インフレ展開は次第に忌避されるようになって、今では二次的な価値見出している。

作中で各キャラクターを深堀して設定を緻密にしたり、、群像劇を見せたりなんかしてストーリーをより面白く、見応えのあるものにしているわけだ。

それに対してゲームはどうだ。

もちろん、すべてのゲームに対して言えるわけじゃない。けど、一部のゲームは未だに映像クオリティを上げて、アクションシーンを派手にすれば受ける!なんて思ってる新作ゲームもあるんだよ。

そういうのって、バトル漫画インフレと同じだと思うんだ。

今は凄い!ってなってもあと数年すればもっとリアルものが出てはすぐに凌駕され、売りとなっている良さの部分はすべて駄目になってしまう。

映像リアル!迫力ある戦闘アクション次世代音響

なんて謳い文句ゲームのその特徴は時代と共に廃れてしまう。

だったらそこ以外の、たとえゲーム映像が後に格段に進化しようとも「あのゲーム凄いよね」って言われるような、インフレ化しない面での工夫があるようなゲームを作るべきんなんじゃないのか!!

そんなことを、今度発売するとあるゲームPVを観て思いました。

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