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はてなキーワード: 国立とは

2018-02-24

実質14浪で私大医学部受かりました

国立を諦めたのが4浪がダメだった時

金ないか医者の道はあきらめた

何もやる気が起きず職を転々としていたが、三十路を迎えてやはり諦め切れず

教務課に学生の懐事情も含めて相談に行ってみた

すると僅かだが、日本学生支援機構自治体奨学金大学独自奨学金を組み合わせて通っている亡者もいるらしいと分かった

もちろんあまり推奨される方法ではないとのこと

やはり諦められなかったので、受験勉強を開始して今年無事受かった

正直、浪人時代から予備校やもと学校担任には私立なら受かる学力は十分あるから

親や親戚も含めて良く相談してくれとは言われてた

余りにも遠回りしてしまったが、俺は医者になるよ

過去ネット相談をすると、罵詈雑言しか帰って来なかった

国立に行けず金持ちじゃないと医者を諦めないといけないと思い込んでる人は是非一度大学に足を運んで相談してみてくれ

ネットとは違いなんで出来ないかではく、どうしたら可能かを説明してくれるから

もちろんデメリットもふくめて

結果としては、俺と同じ立場の人も医者になれる

もし、諦めている人は頑張ってくれ

2018-02-23

浪人確定ガチャ現役国立受験生叫び

ヤケになった受験生の色々な方面への愚痴

支離滅裂文章になってしまっているので訳が分からいかもしれない。ただただ、僕の状況を思い出しながら書き連ねただけの文章

まず、僕の状況から説明する。某都道府県トップレベル進学校に通っている地方国立大理系志望の受験生。判定はセンターで無事爆死して、出願大の二次試験で満点かそれ以上の点を取ってやっとボーダーに乗るか乗らないかのところ。なお、私立大はMARCH受験はしたけれど受かっても行けない。親が行かせてくれない。現役ではダメ、と言われたため国立に受からなければ浪人早慶ならいいと言われたが残念ながらそのレベルには達せなかったため受験をしていない。

こんな所に書き込みなんてしてないで、最後最後まで諦めるな、って言われても残念ながら、この状況でいけると思えるほど強靱な意思を持ち合わせていない。

どう言っても敗者の言い訳しかならないから気にせず言うが根本的に高校選びから間違えたと思っている。

親、周囲の「できる限りレベルの高いところに行きなさい」という言葉の言いなりにしかなれなかった自分が悪い。自己分析が不十分で、頭のいいやつがいっぱい集まればその中での序列が更にできる、ということに気づけなかった自分がただ悪い。

中1の終わりの時点で義務教育分の学習はだいたい済んでいた。

僕は一小一中の地元学校に通って成績でトップ位置していた。先取りをして進める勉強は楽しかった。トップに居れることの快感からだと高校入学して気づいた。

高校の内容を学習し始めてからは進度が遅くなって中学卒業の時点での進度はぎりぎり高校二年の内容に入るか入らないかくらいだった。先取り学習の進度が実際の学年に追いついてしまった事が少し怖かった。

高校で様々なテキストを渡されて気づいた。常に渡された教材を解き続けることで勉強していた僕は一学年分の教材を渡されてどこから手をつければいいか見当がつかなかった。

今思えば、そんなの最初から片していけばいい、ということくらいすぐに思い至る。でも、当時の自分は通学時間も、周りにいるメンバーも大きく変わった状況で混乱していたのだと思う。

そして、高校にぎりぎり、滑り込み入学した自分は多分周囲から1歩か2歩出遅れていた。そこで勉強を始められていたら今が違っていたかもしれない。

僕はどうしたらいいかからなくなって勉強をやめた。やめたと言うよりはしなくなった、が正しいかもしれない。表現はともかく勉強時間ゼロに等しくなった。

勉強時間が無くなった僕と初めから少しリードしていて少しでも勉強時間を確保した同級生格差なんて一気に広がった。

模試の全国偏差値が初め65あったものが2年の夏には30まで落ちた。校内偏差値なんて気にするものではないと言うけれど、数字があるのなら気にしてしまう。

トップであることが勉強モチベーションになっていたような人間にこの状態から受験勉強普通に始められる、と思う方が失礼だがどうかしていると思う。

偏差値が最低を記録した2年の夏頃から鬱の様な症状などの心の方の不調が出た。特に親にも言わず、言えず、病院にも行かなかったから断言はできないが鬱だったと思うし、自律神経もおかしくなっていたと思う。2年の夏休み明けから学年が変わるまでは、大体保健室にいた。

3年に無事進級してから受験が迫ってきたこともあって荒療治に出た。自分勉強せざるを得ない状況に置いた。塾の授業の出席状況は親に筒抜けだったし、塾の希望制の特訓に参加したりもした。

はじめの頃は机に向かうだけで吐き気頭痛腹痛のオンパレードだった僕も調子に波がありつつも、休憩を挟みながらも一日机に向かえるようになった。

ちょっとやれば成績は上がる。その通りだった。V字回復とまでは行かなくとも『へ』の字をひっくり返したくらいの傾きで成績は上がった。模試の全国偏差値が55になるくらいまではすぐだった。秋以降になると伸び悩んだがまだモチベーションがあった。

冬になってセンターが終わった。数学で序盤にミスを連発したため数学だけで約80点を落とした。この時点で出願した大学に受かるのは絶望的になった。

僕は、進学と浪人、どちらでも選べるようにしたいと出願大のレベルを下げる事を親に提案した。親は僕の提案を認めて次の日学校先生候補大学を出して貰いなさい、ということを言った。

次の日、先生面談して幾つか候補国公立大学を出してもらって親に見せた。そこで、意訳するとこう言われた。

あなたセンター得点率で行けるような大学に行かないで。」

意訳ではある。もしかしたら違うことを意図して言葉を発したのかもしれない。でも、受け取る側の僕はこう受け取った。びっくりした。同時に今年度の試験に対するモチベーションゼロになった。

昨日と言っていることが違う。訳が分からなくなって僕はその日の話し合いを打ち切りにしてふて寝した。もしかしたらその場で真意を問うて意思疎通を図るべきだったのかもしれない。そうは言っても、センターが思わぬ結果に終わってショックを少なからず受けた受験生がそんなに冷静でいられるか。否である

自分の事は、他の誰よりも自分が分かる。僕は勉強の事で大きなスランプに陥ったから、そしてまだ完全に回復したわけではなくて状態に波があるから、どちらの選択肢も用意したくて提案をした。僕にだって無駄に高くはあるがプライドのようなものもある。出来ることならできるだけ上位の大学に進みたい。でも、心身の状態がそれを許さないことも起こり得る。最悪の事態にならないためにも避難先を用意したかった。

出願を行ったのも自身であったか勝手に出願先を変えることもできた。しかし、しなかった。できなかったのかもしれない。そんな親の言いなりになっている僕が悪いと言われるのならそうなのであろう。

親は自身体験から僕に苦労して欲しくないと思って様々な事を言ってくれている。そのことには感謝しているし、言う通りにすれば一般に言われるような幸せが訪れるのかもしれない。

でもその途上で僕の人生が絶たれたら?親が辿った時代現代事情が変わっていたりもする。親は親で、僕は僕だ。その先にあるものが万が一にも僕の幸せでなかったら?全てとはいわなくとも多くのモノが無に帰すのではないか

僕はリスクを減らしたかった。ぎりぎりまで行きそうになったことがあるから分かる。もし、もう一度心が壊れたら多分ダメ理系から院にまで進学もするつもりでいる。大学と別の院に進もうと思えばそれもできる。そういう選択肢も教えてもらった。先延ばしにして猶予が欲しかった。自分体制を整える猶予が。

残念ながらその機会は失われた。僕には、高い確率でもう一年死にそうになりながらやる道しかない。もう腹は括った。やるからには自分が許す限りやってやろう。

書いてみるとこうすれば良かったのではないか、というのが出てくる。でもそれは客観的に見た最善策であって当時の選べる最善策ではなかった。勉強の悩みなんて親に話せるはずもなかった。もし、話せたのなら理解もされただろう。日本語は通じるはずであるしかし、そんな事を許すような親ではないと思っている。僕から見るとそう見える。

他の人から見れば何をやっているんだ、と言われそうだが僕がその時に尽くせるベストを尽くした結果である

内容が飛躍するが、親への不満、入試の仕組みへの不満、何より自分への不満がとにかくある。

もちろん、親に関しては自分金銭時間投資をしてくれた事への感謝もある。けれどもいつかは不満を、一覧にしたものを、突きつけたい。突きつけられるようになりたい。自分意見をきちんと突きつけられるようになりたい。

出る杭は打たれるような所ではあるが打たれてなお出ていよう。自己で決定ができるようになろう。

かなり長い文章になってしまたから、最後まで読んでくれた方はいいかもしれない。もし、ここまで見た方が、この文を読まれたのであるならば感謝を伝えますありがとうございます

2018-02-22

anond:20180222203229

元増田です。コメントどうも。

早くから取捨選択できてていいですね。

自分ももっと早くできれば、面白かったのにと今ならおもいますが。

田舎で店も少なく、インターネットもない時代だったせいか、買い揃える環境が整っていなかったからかも知れません。

おこづかいもあまり、もらっていなかったので。

大学アルバイトをしたり、都会にでたりして、自分に余裕ができたから選べるようになった気がします。

この記事は、ノートの筆記に関することにだけ書いていたので、手紙などほかの用途にはふれていません。

ノートの筆記に関しては、という感じですね。

特に学生の板書ぐらいに限定した狭い話でした。

あと自分が、挟んだだけだとよくなくしやすかったので、貼っていました。

最後ぐらいには、四つ折りにして一面だけノートに貼って広げられるようにしたり、だんだん解決できました。

用途によって使い分けるというのは、とても分かる話です。

また、そちらのご友人のように、人によってはA4ノートも合う人いますし、目立つように書きたいとき、太く大きく書くのはわかりやすくていいですね。

なんとなくですが、国立受けるだけあってそのご友人は勉強熱心だったんでしょうね。

自分万年筆は好きなので、同じものでもペン先の太さが違うものを色々と買ったりして、楽しんでいます

文房具好きなので、こういう話は飽きないです。

2018-02-21

遺伝的に学力が高いと塾に金をかけずに国立医学部に行ける

遺伝ってすげえな

2018-02-20

anond:20180220110035

公立からなぁ。

入学からしばらくは慣らし期間で親と登校OKだったりするけど、その後は原則禁止

つーか国立とか、私立の多くの小学校でも親の送り迎えは原則禁止だと思う。

私立は全部は分からないけど、所謂名門系の学校は送迎禁止のところ多いよ

2018-02-17

奨学金は昔の制度に戻せば全て解決すると思う

昔の奨学金って、頭がよくて貧乏じゃないと借りられなかったんだよね

しかも、ほとんど返済しなくていい

「おまえは頭がいいか日本未来に貢献してくれるだろうから、金を貸してやる。一部は返さなくてもいい。その代わりに頑張れよ」って言われてた

実際当時貧乏で、大学なんて高嶺の花だった俺の父親が、国立一流大学には入れて、ほとんど金を返すこともなく、就職して働いていた

父は、奨学金にとても感謝していて、日本ありがとう日本のために頑張る!って本気で思ってた

実際そういう気持ち就職するから、だいたい一流エリートになってる

父の周囲の奨学金仲間も病気リタイアした奴以外は、一流企業だったり会社起こしたり、研究第一人者だったりで、成功している

それが、「頭のいい奴だけ勉強できるっておかしい! 教育権利平等にあるべきだ!」みたいな流れになって、誰でも奨学金を借りれることになったのが今

だが昔なら頭が悪くて大学に行けなかった層まで、奨学金大学に行くのだ。

返せるわけがないだろう。返せないかもしれないから、無利子とか、返済しなくていい、なんて大盤振る舞いじゃなくて厳しくする

だいたいさー頭が悪いんだから無理して大学行くなよ

大学できちんと勉強する気もなくだらだらしてててきとーな会社には行ってはらえませーん、なんて当たり前だろ

Fラン大学が溢れてるのがおかしいんだよ

とっとと潰せ

2018-02-13

anond:20180213104343

本命大学がどのレベルかしらないが、

就活難易度東大京大ならイージーモード、旧帝東工一橋早慶ならノーマルモード、それ以外は有象無象

一昔前の学歴社会と違って、中身重視()らしいからな今は。

東大って言ってもサークルやってません勉強やってませんじゃアウトだし、

無名Fランでも世界旅して、ウェブサイト開いて閲覧数10万超えだったら即採用だし。

就活における大学名は大学受験で言うところのセンター試験得点みたいなものだと思うのがいいかと。

ただ、私立国立に比べ生涯収入が減るというデメリットが。奨学金破産みたいな話も最近はあるし。

2018-02-11

非常につらい

国立二次まであと二週間なわけだが

この期に及んで何のために大学に行くのかわからなくなってしまった

いままでは勉強手段であり、目的だった

勉強それ自体がとても楽しいものだったから、大学に行って勉強をするために勉強をしていた

でもここ最近はまったく楽しさを見いだせない

ひたすら苦行でしかない

二週間このままの状態じゃきっと落ちる

もうどうすればいいいのかなにもわからない

辛い。

非常につらい

国立二次まであと二週間なわけだが

この期に及んで何のために大学に行くのかわからなくなってしまった

いままでは勉強手段であり、目的だった

勉強それ自体がとても楽しいものだったから、大学に行って勉強をするために勉強をしていた

でもここ最近はまったく楽しさを見いだせない

ひたすら苦行でしかない

二週間このままの状態じゃきっと落ちる

もうどうすればいいいのかなにもわからない

辛い。

2018-02-08

anond:20180205164423

知識ゼロがどれくらいのことを指してるかわからないけど、

自分会社Webサービス系)にも 30 歳で非エンジニアからエンジニア転向した人はいる(今の会社キャリアチェンジしたというわけではなく、昔在籍していた会社ではエンジニアキャリアチェンジ転職したという意味です)。

30 で転向から、どんなに必死こいて勉強したとしても、業務実績がないので、就活はだいぶ苦労したっぽい。

聞いた話だと、「給料は生きる最低限レベルでもいいので」くらいの感じで伝えて、何とか採ってもらったそうだ。

そこで(薄給ながら)必死こいて実績作って、今ではフリーランスエンジニアとして、世間的には安くない給与(というか報酬?)もらってます

その人は旧帝ではないけど国立出身で、今では信頼できる技術水準のエンジニアなので、働き方も結構自由で、週に2、3日出社してもらって、残りはリモート(自宅)稼働みたいな感じで、あとは好きにしていいですよみたいな感じで契約してます

ただ、薄給で死にかけてるから転向したいという話のようだから転向したら長期的にはわからないけど短期的には現状より下がる可能性はあるのと、

私の知り合いのそのエンジニアは、エンジニアリングが好きなので、会社に求められなくても自分で好きで勉強して何か作ってたりするので、

モチベが単に薄給な状況を改善したいだと、途中で息切れちゃうかもね。(もちろん、個人差あるから何とも言えないですけど)

2018-02-06

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃんと遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。

 恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

2018-02-03

anond:20180130234443

俺県立高校から国立医なんだけど、過去元カノ(国立医学部東大文系私立医学部)みんな母親毒親だった。。。

3人とも中高一貫出身で、特に東大ちゃんと私立医ちゃんは御三家卒。

ずっと公立校で過ごしてきた俺と環境違って驚いたし、話聞く限り私立医で親が毒親って人わりといるっぽくて生きづらそうだった。

医者なりたくないなら医学部やめればいいじゃん、って他人は言うけど、毒親から育てられてきたのにそんな簡単自分人生について意思決定できるわけないし、できないからこその毒親なんだよな。

別にモチベなくたって医師免許あればできることはあるから、なんとか国試まで頑張ってくれ。

2018-02-01

自分より評価されている他人馬鹿にせずにはいられない物書きの話

 最初に前提として私の性格を言っておこう。

 まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである

 そして、他人との比較による評価判断の重きを置く。

 極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。

 こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。

 私は二次創作小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である

 小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないか考察に走ってみることも楽しい。但しその考察目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一である盲目的に信じることもいけないと思う。

 話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。

 だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考ストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。

 けれど、そこで終われないのだ。

 書き終わった後作品コミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。

 その上、他人が書いた作品に付けられた評価自分作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。

 pixivを例に挙げると(実際私が今小説投稿しているサイトpixivではないが)、pixivには閲覧者があなた作品が好きですという感想マウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価システムがある。

 勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。

 そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである

 実際pixivではランキングという一つの評価指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。

 しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。

 にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか

 まあ多分、きっと、私の文章面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。

 でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。

 どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまたかというと、それは中高時代経験が多分にある。

 私は中学受験をして、世間からお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。

 小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。

 しか中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。

 初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。

 それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。

 けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。

 夏休み課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情自分だけ読み解けたこと、センター志望校過去問絶対現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。

 誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力たかと言えば泣きながら日本史熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。

 要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分馬鹿じゃない」と思い続けている。

 結果として大学受験センター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。

 「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなた文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」

「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」

「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなた文章が私の文章より評価されるの?」

 というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対自分よりも下流努力していない人間と決めつけて、自分付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。

 まず第一勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィット文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。

 第二に学歴文章判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。

 まったく評価基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。

 嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれ環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。

 誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。

 しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。

 作品に関しては宣伝もっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンル創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。

 人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。

 今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。

 何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。

2018-01-31

anond:20180131233655

そんなド底辺いかねえよ

国立センター利用で、いくつもりだったのに親に迷惑かけらんねえし

底辺と一緒にしないでください

anond:20180130234443

これから私大教官になる可能性もある旧帝出身の医者から思うが、

国立医学部に行く頭もなく、中堅国立大を並べてしまう程度の頭脳私大医なのかと増田書き込みを見て、改めてショックを受けているよ。

国立旧帝の医学部出身からすれば、別選択肢として並ぶのは東大の理一、理二だと思っていた。

かに私大出身でやる気もなければ、医者世界では肩身が狭いし一生コンプレックスの塊のままだろうから、無理にこのまま医学部にいる必要ないだろう。

退学すれば、という上コメも一理あるな。

これまで一緒に働いてきた私大医師私大出でも人格的にコミュニケーションが優れていたり、医者として不備を感じたことはないが、

やはり私大卒は地雷だな。

国立国立頭脳ばかりで医者の適正がない人が紛れ込んでくる問題が発生しているんだが、

私大場合はない頭脳に金を積んであまりよい医者にはならないだろう増田みたいなのが出てくるし、

アメリカのように、大卒メディカルスクールみたいな経路も検討してもよいんじゃないかと本気で思う。

anond:20180131002336

何も夢がないのに中堅国立に行ったら見つかるの?

根拠ない妄想じゃん、フリーターと変わらないよ

そして世の多くの親はそうでしょ

家庭により異なる、以上

ま、奨学金なりなんなり自力卒業してるのもいるけどね

結局はなんの変えようとする努力もしないで安全な所から文句いってるだけのお子ちゃまだな

自立できないうちは親の言うことをよく聞いとけよ

anond:20180131002154

そりゃ別にフリーターになりたいわけじゃないからよ

普通に中堅国立に行かせてくれって言ってるだけ、そして世の多くの親はそうでしょ

2018-01-30

毒親ってマジで理解されないし素直にぶちまけるとドン引きされるのな

かに俺が私大医学部で親に金払ってもらって東京に住んでるのは事実なわけ

でもそうなったのは俺の親が「医学部に受かるまでは100年でも浪人させる」って言われたからで俺は中堅国立の中堅学部卒で公務員とかやりたかったわけ

から親に感謝とかしてないしむしろさっさと死ねと思ってるし学費も払われて当然だと思ってる

そりゃ大学行きたくても行かせてくれないとかソマリアに産まれ戦災孤児とかよりよほど恵まれてるのかもしれないよ

だけど俺はこの人生になんの希望もないしめちゃくちゃ苦しんでるわけ

ってのを恵まれた家庭で理解ある親に育てられた彼女にぶちまけたら即刻ふられました

これってやっぱり甘えなんすかね

2018-01-28

フィンランド首相はアホだった

エスコ・タパニ・アホ(Esko Tapani Aho、1954年5月20日 - )は、フィンランド共和国政治家元首相。容貌類似からカンヌスのケネディ」とも呼ばれる。

1990年中央党の党首となり、1991年には首相就任、36歳での首相就任フィンランド史上最年少で、1995年まで務めた。

2000年に行われた大統領選挙では社会民主党タルヤ・ハロネン候補に敗れ、その後はアメリカハーバード大学留学した。2004年にはフィンランド国立研究開発基金(Sitra)の総裁就任し、在任中に欧州委員会の依頼で「革新的ヨーロッパ創造」と題したレポートを発表した。総裁2008年まで務めた後、ノキア取締役に転じた。

エスコ・アホ - Wikipedia

anond:20180128183231

国立だけど、うちも似たようなもの

教授の数と学生の数が合ってない。

2018-01-25

モテない女の新手の男女分断工作だな

女性専用車両国立女子大学など、ただでさえ女性優遇男性差別だと批判される今、女だけの街を作るとか何とかの話をすればどうなる。

男側の猛反発を招くだろうことはわかっていることなのに、わざと男性嫌悪増長することを言うような無神経な人間は一体誰だろうか。

それは、消去法で考えると、モテない女しかいない。

モテない女は、本来自分よりも上位の美人攻撃すればいいのに、それをやる勇気は無い。

から男性嫌悪を煽る言説を振りまいて、男女間の分断を図ろうとしているだけ。

そもそも、女だけの街を作ったとしても、ブスは「女」のカテゴリーから排除されて、美人可愛い女だけの街になる。

これはモテない女の自爆テロみたいなもの

中学生から数学が出来なさすぎて一生やりたくないか国立諦めたのに

こないだ就活ガイダンス文系でもSPI言語7割は取っといたほうがいいって言われた

未来は暗い

2018-01-24

国立大学教授手取り約700万円は高い?安い?こんなもん?様々な意見

国立大学教授手取り約700万円は高い?安い?こんなもん?様々な意見が集まる「これが日本現実」を読んだ。

兄が中部地区私大教授だが、総額約1200万円、手取りだと900万程度らしい。次兄はカナダ准教授、ただしまテニュアではないが1600万程度もらっている。従兄弟東京で同じく私大教授だが、副業込みでなんだかんだで16000万程度になるという話を聞いた。分野にもよるのでしょうが、さすが東京副業がいろいろあるようです。その従兄弟の奥さんは某アジア大学10年近く教員をしたのだが、給与1000万から1500万だが生活費全般が安い、家事メイドさんですごく楽だったらしい。東京に戻ってきてから生活の質が下がったとのこと。某アジア国に勤務当時、大学のある街にて買ったマンションが5倍以上に値上がりして、億り人である

 かくゆう私は、某旧国立地方駅弁講師研究自体には金のかからない分野です。兄弟や従兄弟に比べると、給与は低いです。手取り700なんてとんでもない。昭和官舎に住み、親子3人で慎ましやかに生活しております。年に1度ていど、東京実家に帰りますが、兄や次兄の娘さん達の来ている服に比べて、我が娘、地味ですね。安定してるから良いって?。とんでもない、10年後、自分の専攻科があるか、分かりませんよ。クビにはならないが、何処かの専攻に寄生して、隅っこ暮らしの厄介オジの扱いかもしれません。研究できてるからいかって言われるかもしれないが、科研や助成金を得るために、自分の興味関心ではなく、世間受けしそうな適当研究をしてるだけ。大学から頂く研究費、図書費なんか、これでどうやって研究室を維持するのっていう額ですよ。

正直なところ、東京に戻って、アホな理事一家のいないリベラル系の私大に入りたい。

2018-01-23

anond:20180115155656

横だが、「医者になる能力があって、周りより成績も良い」のだったら国立行けよ。

平均的な学校で「僕周りより成績良いんだ!」って言ったって、上から見たらただのアホだろうが

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