「SF」を含む日記 RSS

はてなキーワード: SFとは

2018-07-10

anond:20180709121615

 主語の大きさと世代無関係として、その上で意外と共感した。

自分無関係だと思ったら一言も発せず即座にガチャ切りするヤツが怖い」だろ?

 おお。こえーな確かに

IT機器SNSと紐付けるとSF的なディスコミュニケーションって感じが確かにするし(釣り?)論として面白いけど、飛び込みセールスインターホンブッチだとか接客不手際があると無言で店を出たりだとかエレベータ乗ろうと声掛けたら一瞬不審顔して目も合わせずに閉じるボタン押すような手合いだと思ってもいいよな。w

 色々な経緯や事情があるのかしれんし、一方的自分対話終了の選択権を持ってる場合に切り捨てるメンタル問題かもしれんし、もしかすると気付かなかっただけとか話し掛けるって行為自体に対する考え方の違いとかかもしれんが、「え?」って見てて思うのは分かる気がする。あ、あと常にそういう人なのかどうかってのも疑問だけどな。

 ……こえーな、確かに


 でも目を閉じてディスプレイの向こうを想像してみろよ?

日記を数行読んで無言でブラウザバックする奴はきっと凄く沢山いるんだぜ? 一説に何かを感じたとしても返信やコメントをする奴は100人に1人、いや1000人に1人だったか…?

 こえーな、確かに

からって見た奴全てに反応されてもこえーし、誰一人反応がなくても怖い。

 ニンゲンってのは厄介な生き物だぜw

2018-06-11

[] 理想安楽死とは?

人間寿命が来たらどっちみち死ぬわけですが、同じ死ぬなら苦しまずに楽に死ねた方がいいですよね?

もしも、安楽死で好きな死に方を選べるなら、皆さんはどんな死に方が理想的だと思いますか?

最低条件は「他人迷惑をかけないこと」

 

ぼくのかんがえたさいきょうのあんらくし

  1. 睡眠薬を飲んで、知らない間にポックリ逝く。
  2. 火星行きのロケット宇宙に行く。(地球に帰って来れない)
  3. 体を冷凍保存して、技術が発達した100万年後あたりに復活することに賭けてみる。(SF

2018-05-30

朝日新聞真人 経済成長永遠なのか 「この200年、むしろ例外

2017年1月4日 [脱成長論][成熟社会][定常社会]

 いつしか経済成長」は私たちにとって当たり前のものになっていた。だが、それは永遠のものなのだろうか。

 アベノミクス大黒柱である日本銀行異次元緩和はお札をどんどん刷って国債買い支えるという、かなり危うい政策である。にもかかわらず世論の支持が高いことが不思議だった。

 思えば「成長よ再び」という威勢のいい掛け声と、「必ず物価は上がって経済は好循環になる」と自信満々の公約に、人々は希望を託したのかもしれない。

 希望をくじいたのはくしくも日銀が放った新たな切り札マイナス金利政策」だった。昨年1月に日銀が打ち出すや世論調査で6割超の人が「評価できない」と答えた。いわばお金を預けたら利息をとられる異常な政策によって、人々がお金を使うようせかす狙いだった。これには、そこまでする必要があるのか、と疑問を抱いた人が多かったのだろう。

 政府国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度人生設計してきた。

 だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。ならばもう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府財政出動を繰り返してきた結果が世界一借金大国である

 そこで疑問が浮かぶゼロ成長はそれほど「悪」なのか。失われた20年と言われたその間も、私たちの豊かさへの歩みが止まっていたわけではない。

 その間、日本ミシュラン三つ星店は世界最多になったし、宅配便のおかげで遠方の特産生鮮品が手軽に手に入るようになった。温水洗浄便座の急普及でトイレは格段に快適になった。

 若者たちが当たり前に使う1台8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったか想像してほしい。ずっと性能が劣るパソコンは30万円、テレビ20万円、固定電話7万円、カメラ3万円、世界大百科事典は全35巻で20万円超……。控えめに見積もったとしても、軽く80万円を超える。

 スマホに備わるテレビ電話や会話する人工知能機能となると、25年前ならSF映画世界の話だった。

 ただ、この便益の飛躍的な向上は国内総生産GDP)というモノサシで測ったとたんに見えなくなる。80万円超の大型消費が、統計上はスマホの8万円だけに減ることさえあるのだ。

 そこで見えなくなってしまう豊かさの向上を考慮せず、「どんな政策手段を使ってでもとにかくGDPを膨らませよ」というのがアベノミクス思想である

 人間はそうまでして成長を追い求めるべきなのか。

 実は、いまのような経済成長歴史が始まったのは200年前にすぎない。長い人類史のなかでは、ほんの最近だ。GDP統計が初めて作られたのは、さらにずっとあとのこと。1930年代大恐慌、第2次世界大戦がきっかけだった。

GDP、語られぬ限界

 昨年夏、GDP統計をめぐるちょっとした論争があった。所管官庁内閣府日本銀行が「実態より過小評価されているのではないか」と問題提起したのだ。

 きっかけは日銀の若手職員が発表した個人論文。ただ論争には日銀上層部意向も働いていた。アベノミクスの主軸として史上空前の超金融緩和をしながらインフレ目標を実現できず、成長にも結びつかない。現実へのいらだちがあった。

 数字ひとつ財政金融政策を動かし、人々の景況感にも影響するGDP。その歴史は、長い人類史のなかでは意外と短い。

 世界で初めて国の経済全体の大きさを測ろうとしたのは英国。17世紀の英蘭戦争のためにどれくらい戦費が調達できるか知ろうとしたのだ。そこから現在のようなGDPになったのは、さらにあと。1930年代英国米国大恐慌対策を探り、第2次世界大戦に向けた生産力の分析を進めるためだった。(『GDPダイアン・コイル

 一般的には1760年代英国産業革命が成長の起点とされる。だが西暦1年~2000年代世界の成長を人口歴史資料から推定した経済学者アンガス・マディソンによると、1人当たりGDPがはっきり伸び始めた起点は60年ほど後の1820年ごろだった。

 その理由投資理論家で歴史研究家のウィリアムバーンスタインが『「豊かさ」の誕生』で分析している。1820年ごろになると、ようやく私有財産制度資本市場が整い、迅速で効率的通信輸送手段が発達。技術進歩や新しいアイデア評価する文化制度ができて、成長を後押しする基盤が整ったという。

■もとは冷戦期の産物

 社会思想家の佐伯啓思京都大名教授によると、国家が成長を必要としたのはもともと冷戦期に資本主義陣営が社会主義陣営に勝つためだった。「それだけのことにすぎない。なぜ成長が必要なのかという根源的な問いに、経済理論には実は答えがないのです」

 冷戦が終わったあとも成長への渇望だけが残った。むしろ成長の限界弊害について、以前より語られなくなったのかもしれない。

 1970年代初頭、世界科学者経済学者たちが集まる民間組織ローマクラブがまとめた報告書成長の限界』は、経済成長謳歌(おうか)する人類への警告だった。人口が増え、先進国経済が膨張しすぎると、資源の使いすぎや環境悪化などからいずれ限界が生じる、という問題提起だった。

 いつしかその問題意識は薄れ、成長信仰だけがひとり歩きしはじめた。

 佐伯氏は「ローマクラブが指摘した問題重要性は今も変わらない。これから無理やり市場を膨張させ、成長させようとする試みは競争格差を激しくして、人間にとってますます生きにくい社会にしてしまうのではないか」と話す。

■低成長容認社会に変化の兆し

 紙幣を発行し、金融政策をつかさどる中央銀行。その「元祖」は英国イングランド銀行とされる。もともと民間銀行の一つだったが1844年の制度改正中央銀行進化した。

 つまり1820年ごろに始まる「成長」とともに誕生した機能だった。

 いま世界経済の成長スピードが落ちている。2008年のリーマン・ショックマイナス成長に陥った先進諸国は、危機から回復した後も以前のような成長軌道に戻れていない。

 サマーズ元米財務長官は3年前、物質的に満たされた先進国簡単に低成長から脱せないという「長期停滞論」を唱えた。

 日米欧の中央銀行はまるで自分存在意義を確かめるように、ゼロ金利政策、量的金融緩和マイナス金利政策……と成長を取り戻すための異例の緩和策を次々と繰り出した。

 「これは長い目でみれば中央銀行の終わりの始まりだ」と言うのは日銀出身金融史にも詳しい岩村充・早稲田大大学院教授だ。

 中央銀行政府から独立する必要があるのは、たとえ政権が代わっても、お金価値が変わらない金融政策を続けることが経済の安定には大事からだ。岩村氏は「政府といっしょになって成長のために異常な金融緩和を進める。そんな今の中央銀行独立性はない。存在意義がなくなってしまった」と指摘する。

 経済史の泰斗である猪木武徳大阪大名教授は、成長を謳歌たこの200年間を「経済史のなかではむしろ例外的な時期」と言う。そのうえで無理やり成長率を引き上げようとする最近政策に異を唱える。

 「低成長を受け入れる成熟こそ、いまの私たちに求められているのではないでしょうか」

 成長の意義も認めてきた猪木氏が最近そう考えるのは、成長そのもの役割が変質してきたからだ。

 「かつて経済成長には個人を豊かにし、格差を縮める大きなパワーがあった。最近国家間の経済格差は縮まったものの、上っ面の成長ばかり追い求める風潮が広がり、各国の国内格差が広がってしまった」

 主要国の成長戦略金融政策は往々にして強く富めるものを、さらに強くさらに富ませる傾向がある。それがトリクルダウン(滴がしたたり落ちること)で中間層低所得層に広がるという想定だ。現実にはそうなっていない。

 19世紀の経済思想ジョン・スチュアート・ミルゼロ成長の「定常社会」を構想した。だが近代経済学事実上、成長ぬきには語られなくなった。いつしかあらゆる経済理論が成長の持続を前提に組み立てられるようになったからだ。

 むしろ現実社会に変化の兆しが出てきた。たとえば最近広がりつつある、買わずにモノを共有するシェアリングエコノミー。大量消費と一線を画す動きだ。

 四半世紀にわたるゼロ成長期を過ごした日本人の意識に変化もうかがえる。

 博報堂生活総合研究所定点観測調査によると、「日本の現状はこの先も、とくに変化はない」と見る人は昨年54%で、9年前より22ポイントも増えた。さら身の回りで「楽しいことが多い」人が増え、「いやなことが多い」人は減った。

 同総研の石寺修三所長は「人々の意識が定常社会を前向きに受け止めつつある変化がはっきり示されている。いわば『常温』を楽しむ社会です」と話す。

 いま世界が直面する低成長が「成長の限界」を示すものかどうかは、はっきりしない。ただマディソンの2千年の成長率推計を見れば、この200年の2~3%成長が、まるでバブルを示す急騰曲線のようだとわかる。

 成長の鈍化はむしろ経済活動の「正常化」を意味しているのかもしれない。少なくとも成長は「永遠」だと思わないほうがいい。(編集委員・原真人

元ページ(リンク切れ): http://www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

2018-05-17

我が母の与え給えし本(謎な奴)

https://srdk.rakuten.jp/entry/2018/05/16/110000

に触発されて。

幼少期の読書体験って、まあまあその後の人生に影響与えると思うんですよ。おかげさまでまあまあ本も読むし、公式趣味読書、と言っていい感じ(増田やら提督業やらとはいいにくいからね)です。SFもつまみ食い程度には読みます

あとはファミコンマンガ禁止ってのはでかかったと思うが、後者はなし崩しになりました。ジャンプ黄金期に追走できなかった嫌いはありますが。しかし、いまだにこの方針をぶち上げた我が母が、何だってこんなもん買い与えた謎な本がある。たぶんこれ以外もあるだろうけど、まあパッと思いつける範囲で3冊。

これで人生が変わったような、変わらなかったような。

エジプトミイラ(絵と文 アリキ)

初っ端からこれだよ。このタイトル絵本というのが意味が解らない。読み聞かせなんてぇ物があったかは覚えていないが、これはそういう絵本じゃないだろう。買ってもらった記憶は当然ないが、いつの間にかあった。ミイラ呪いか。

更に言えば、内容はリアルガチだ。古代エジプト人死生観宗教観に始まって、話はミイラづくりに至る。死んだファラオの鼻の穴にカギを突っ込んで脳みそを引きずり出す、なんてぇ描写ちゃんとある。絵のおかげでそうグロくはない。むしろ「墓をちょっと良くしたら死体が腐って困るようになった」という逸話ダメになった白骨さんが怖かった。あと脳みそ引きずり出し職人も怖いっちゃ怖い。もっとも、こいつらのせいで、長らく脳みそしわのところからほどけてうどん的なヒモ状になると信じていたのであるが、それはまた別の話だ。

エジプト旅行に行く時の入門書にぴったり。後年、本当にわが母とエジプト旅行(父は流石に第三世界に女一人で出すのは気が引けたらしく荷物持ち)に行くことになるのだが、それは10年近く後の話なのである。当時から行きたかったのかな・・・??

続々パイプの煙 團伊玖磨

正確には「与え給いし」ではなく、その辺に置いてあっただけなのだ・・・。家にあった子供読み物が終わった後に、その辺に転がってるからと言って読みだしたのがこれ。高学年とはい消防にゃ早すぎるんではあるが、止めもしなかった。いいエッセイですよええ。このほかにシリーズが何冊かあって、いずれも好きだったけど、なぜか巻が飛び飛びにしかなかった。これとこれもなぜか転がっていた「のらくろ少尉」「のらくろ決死隊長」のおかげで旧字体アレルギーが付かなかったのは幸運か。しかし、我が母、なぜ全巻頭から揃えようとしないのか謎。のらくろは何であったのかも謎で、カバーもないのでページをめくらない限り何の本かわからないという代物だった。どの版だったかも判然としない。今調べりゃいいんだけど。

まあとにかく、こっちの方から昭和戦後エッセイ方面マンボウ・狐狸庵等あだ名つけるシリーズ村上朝日堂あたりまでがその範疇にらんでいる)の攻略に乗り出すのである。ただしこれは血のなせる業か、マンボウ読んでも狐狸庵未読、みたいなずさんな揃え方をするのである

素晴らしく長く憂鬱な一日 椎名誠

ある年の誕生日プレゼントの一冊。中学生入ったかも。ちょっと記憶あいまいで、「わしらは怪しい探検隊」(外で焚火をするのも好きなんです、今もって)を読んでいたので、それで適当作者買いしたのかもしれないが、こっちが先だったのかもしれない。後者ならなんでこんなもんを、との思いが強くなるし、前者だとしてもあんまりだ。内容はというと、やや病的(当時椎名鬱病だったはずである)な男が新宿から帰宅する間に抱える妄想を含めてダダ流ししてある、という代物である文体は後の椎名SFを読むときの抵抗を減らしたような気もする。これとお約束星新一さら小学校にあった謎の子供用SFシリーズ零戦の亡霊が復活して子供教育を始めたり、ソ連!の科学者一家火星移住する話を憶えている)によって、SFつまみ食い癖が付いたようだ。

2018-05-05

anond:20180504153054

書くのも描くのも撮るのも大変だから

 昔、うるさ方が言ってたけどファンタジーは怠け者の逃げ場じゃダメなんだってさ。SFもだけど、現実とは違う世界って下手すれば何も調べなくても書けるじゃん。

矛盾とか出ても「これはそういう世界です」って言いきればいいんだから。それが見てられないくらい増える前に話を終わらせれば一応の目新しさは出せるし、恋愛でもイジメ復讐でもありきたりなつまらない願望の書きたい部分だけを書けるでしょ? 俺強えー、だっけ? とかでもいいし。何を言われても「魔法です」とか「超能力です」とか「気です」でいいんだから

 本当は現実とは違うからそそういう部分まで考えないといけなくて、完璧にやるのはゲームみたいに別の世界を一から作る大変さがあるけど、歴史モノとか海外モノに似てると思う。

調べても調べてもきりがなくて、仮にその世界で本当に生活してる人間でも分からない事ってあるし、現代現実と違う部分を混ざらないようにきちんと把握しなくちゃいけないから二つの世界なら二つ分の世界を把握してなきゃいけないじゃん。それが三つなら三つだし、四つなら――、って事だよね?

 魔力があるなら食事なんか必要いかもしれないし、そうなると目も歯も舌も耳も鼻も人間と同じである必要はないかもしれない。もっと言うと腕も指も消化器も呼吸器も同じ進化をする方が不自然で、空を飛べるなら足も同じになるかどうか疑問。脳もだし、それなら睡眠必要いかもしれないし、夢も見るかどうか分からないし、夢も見ない世界の生き物の夢を描く人の話はそれこそ夢みたいだよね。

 そういう生き物がどう恋をしてどう争ってどう死んでいく(かどうかも分からないけど)のかを書かなきゃいけなくて、けっきょくはごまかすしかないんだけど、下手するとごまかすのが上手い人だけが他の人の考えた部分を盗んで有名になっていくのが――、


 [例外0xc0000005が発生しました。アプリケーション強制終了します]

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2018-04-17

2018年春アニメ第1話視聴感想

重神機パンドーラ

ボアニメ。しかし漂う『ノブナガ・ザ・フール』臭、総監督ってことは河森さんは直接は関わってないってことだろうし…これはダメそうだ

具体的にはデザイン全般微妙、服のデザインとか、市長さん?のもってた丸いの、あれ扇子のつもりなんですかね?(って調べたら丸扇子ってのがあるとは知らなかった)

物語は悪くなさそうで観れないこともないからこそ、ズルズルと悪い所ばかり目立ってしまうような気がして、嫌なパターンになりそう

LOST SONG

キャラデザがなぜかモブっぽいというか…灰汁の無い、わざとらしいくらいに普通っぽいデザインというか。あえてなんでしょうけど

普通面白そうですが、劇的な幕開けとのギャップがあるのが何とも

銀河英雄伝説 Die Neue These

有名SF小説アニメ化原作は長いので読む気が出ないけど知ってはいた程度

ラインハルトの声を宮野さんがやると確かに青二才感があるというか、幼さが出てます

もっと自信満々なキャラクターだと思っていたのですがコレはコレで悪くない

逆に鈴村さんの演じるヤン・ウェンリーのほうが、確かな戦略に裏打ちされた自信からくる言動に感じられました

ウマ娘 プリティーダービー

ウマ娘の馬そのままな扱いに思わず吹き出しそうになり、ウイニングライブで笑っちゃいました(笑)今時の在りがちな要素をこれでもかと全部入れてくるとは…製作陣は売る気満々ですよ!

レース描写面白みは無いですが、やる気が感じられる分、普通面白くなると思います

魔法少女俺

面白くない。冒頭のメタ発言とか寒い

主人公のド根性アイドルは、恋が報われなさげでもめげなさそうで好感が持てる

寒いギャグよりも彼女の魅力が上回れば化けそう

宇宙戦艦ティラミス

原作既読スバル君のお尻が見れたよ!ヤホ~イ♡

しかテンポが悪いな。いっそ「てーきゅー」並みの勢いでやって欲しかった

お前はまだグンマを知らない

群馬に興味ないです

蒼天の拳 REGENESIS

ベルセルク悪夢再び。しかCGでもキャラの見映えは悪くない

けど、背景の作りこみとの差があるのが微妙

原作と違って主要キャラを同時に登場させ再構築する感じでしょうか?

「かくりよの宿飯」

神様はじめました』っぽい雰囲気だけど、アレよりも乙女向けの内容になるのかしら?

2018-03-28

ポリティカルコレクトネスってなんだろう

今日上位ブクマに来た記事で二つもやっとしたことがあった。

一つはこれ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/goldennews/archives/52032775.html

別にベガーとかサヨクガーとかやるつもりはない。

私の友人は頭が良くて仕事も出来る(と思われる)んだけれど、

吃音症でそれですごく苦労しているのを知っている。

人の口調を貶すというアクションが嫌い。

もう一つはこれ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/kai-you.net/article/50921

http://b.hatena.ne.jp/entry/361122698/comment/bornslippy

bornslippy アイドルを辞める子はみんな前を向いた綺麗な大人の女性になっていくんだけどお客は薄汚れたオッサンのままなのが時間SFみたいで切ない。

私はアイドルのことは分からない。

けど私の好きなアーティストは少し特殊からファンは皆メンヘラなんだろ?みたいなこと言われることもある。

本文も読んだけど、記事の中でお客さんは薄汚れたオッサンだなんてどこにも書いてなかったと思う。

このブコメにいっぱい星がついてた。悲しくなった。

少し考えた。

私は今回、この二つで嫌な気持ちになった。

けれどそれはたまたま私に関連していることだったからだ。

私の想像のつかないところで傷つく人も間違いなくいるはず。

そしてそういう人を私もどこかで傷つけているんだろう。

差別は嫌いだけれど、同時に私も差別をどこかでしているんだろう。

誰も傷つけることのないように生きたいと思う。

この気持ちを忘れないようにしたいと願う。

2018-03-17

上遠野浩平オタが非オタ彼女上遠野世界を軽く紹介するための10

まあ、どのくらいの数の上遠野オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、

世界の敵ではまったくないんだが、しか自分のMPLS能力肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らない統和機構世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」

ような、スキャッターブレインの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、上遠野のことを紹介するために読ませるべき10本を選んでみたいのだけれど。

(要は「VSイマジネーター」の正反対版だな。「恋をするのは人の勝手だ。私としてはそれが互いの精神の潰しあいになることを祈るだけだ」)

あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う30巻、40巻のシリーズは避けたい。

できれば単発として読める作品、長くても4巻にとどめたい。

あと、いくら上遠野的に重要といっても捻りを感じすぎるものは避けたい。

伊福部昭好きが『サロメ』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。

そういう感じ。

彼女の設定は

ラノベ知識はいわゆる「ライト文芸」的なものを除けば、西尾維新程度は読んでいる

クラスもC9だが、階級あくまでも目的を分けるためのもので、下は上に絶対服従というわけじゃねえ!

という条件で。

まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

ブギーポップは笑わない電撃文庫

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「ブギポ以前」を濃縮しきっていて、「ブギポ以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さも283ページだし。

ただ、ここでブギトーク・ポップライフ全開にしてしまうと、彼女との関係崩壊ビートかも。

この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて――我が身を必要最小限の“情報”に変えて、今、彼女に“報告”を送れる!かということは、上遠野オタ側の「真の俯瞰認識者(オーバースケール)」の試験としてはいタスクだろうと思う。

殺竜事件講談社ノベルス)、ソウルドロップの幽体研究ノン・ノベル

アレって典型的な「上遠野オタクが考える一般人に受け入れられそうな上遠野(そう上遠野オタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの

という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。

上遠野オタとしてはこの二つは“ミステリ”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

冥王と獣のダンス電撃文庫

ある種のSFラノベオタが持ってるポストアポカリプスへの憧憬と、戦場ロミジュリ的なボーイミーツガールへのこだわりを彼女に紹介するという意味はいいなと思うのと、それに加えていかにも上遠野浩平な

童貞的な鈍感ハーレム主人公」を体現するトモル

童貞的に好みな無口ツンデレ女」を体現する夢幻

の二人をはじめとして、上遠野オタ好きのするキャラ世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由

ぼくらは虚空に夜を視る(徳間デュアル文庫

たぶんこれを見た彼女は「ゼーガペインだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。

この系譜作品が『虚人』のその後続いていないこと、これが星海社から再版されたこと、徳間レーベルなら劇場アニメになって、それが日本全国で公開されてもおかしくはなさそうなのに、2018年でもこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

酸素は鏡に映らない(講談社ミステリーランド)

「やっぱり上遠野子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「はりねずみチクタ」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、このレーベルにかける宇山日出臣の思いが好きだから

断腸の思いで削りに削ってそれでも2000円(税別)、っていう定価が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「箱入り・クロス装」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから

ミステリーランドの価格を俺自身は高いとは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが角川や富士見だったらきっちり1400円にしてしまうだろうとも思う。

なのに、各所に頭下げて迷惑かけて2000円で作ってしまう、というあたり、どうしても「かつて子どもだったあなた」としては、たとえ宇山がそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを、彼女に、話してみたい――と思うか……?

しずるさんと偏屈な死者たち(富士見ミステリー文庫)

今の若年層で富士ミスたことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。

星海社版よりも前の段階で、しずるさんのトンデモ推理とかよーちゃんL・O・V・E!とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの「とってもミステリーで、ちょっぴり百合。」が富士見ミステリー文庫でこの時代に出ていたんだよ、というのは、別に自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく富士ミス好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる国道12号版でしかしずよーを知らない彼女には読ませてあげたいなと思う。

ビートディシプリン電撃文庫

フォルテッシモの「能力」あるいは「クレープ好き」を上遠野オタとして教えたい、というお節介焼きから読ませる、ということではなくて。

「この厳しい試練(ディシプリン)に死神ブギーポップ)は現れない」的な感覚上遠野オタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそアニメ版『ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom最終話浪人決定の卒業式以外ではあり得なかったとも思う。

能力バトル化したブギポを読む」という上遠野オタの感覚今日さらに強まっているとするなら、その「バトル寄せ」の源はディシプリンにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

戦車のような彼女たち(講談社

これは主砲だよなあ。主砲が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。

こういうファウスト系風味の恋愛をこういうかたちで単行本化して、それが非上遠野オタに受け入れられるか「太田が悪い」を誘発するか、というのを見てみたい。

涼宮ハルヒの憂鬱角川スニーカー文庫

9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にハルヒを選んだ。

ブギポから始まってハルヒで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、このラノ以降のラノベ時代の先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。

というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。

「……なァにが“上遠野オタ軽10”だ! そんなものはオレの増田で上書きしてやる!」という炎の増田は大歓迎。

こういう試みそのものに関する意見も聞けたらまあいいじゃん。

2018-03-16

anond:20180316231634

そうなんだ!ジャンルSFになるのかな。似たような作品があったら教えてほしい。

2018-02-26

anond:20180226000314

ダリフラSFの中身がスカスカなんじゃないかという不安元増田と一緒だけどダリフラは2クール24話だからそう思えばまだチラ見せしかしてなくても慌てるような時間ではないよね

02については「自分が死んでも次を見つける」という勘違い(じゃないかもだけど)はありえても「02は一人でフランキス操れる」って勘違いはここまでの情報からしてもありえないからそこはちょっとうーんだな

あと16が自分のことを肯定出来ない奴だったっていう印象はあんまりない 仲間相手にもいまだにちょっとリーダーみたいに余裕と自信を持って話すし

2018-02-25

ダーリン・イン・ザ・フランキスの何が気に入らないのか

正直に言うと毎週楽しみに見ている。

けれどもなんというか、もの足りない。

いろんなキャラ情動が、味の素というか、パッケージというか、レトルトパウチみたいな感じがする。

岡田麿里っぽいというか。

何でこう感じるんだろうなー。


SFとしてのディテールの出し方やテーマとの絡め方が弱い?

から登場キャラ達を生活者としてリアルに感じることが出来ない?


メインキャラが多過ぎ?

10人も居るこどもたちが常に出てくる時点でどうしても一人一人は浅くなる?


単にドラマの作りが下手?

これ自体は確かにある

たとえば6話のヒロの復活だって、ヒロの中の何が変わったのかよくわかんないもんな。

02が1人にされたら上手く操縦出来なくなる姿ってヒロにとって意外なものではないはず。

2人で操縦するもんなんだって02も周りも何度もそう言ってるし、

02が戦闘中相棒にダウンされて1人になって出血して弱ってる姿もヒロは見たことあるし。


ヒロが搭乗3回目になるあの出撃で死ぬ覚悟だったとしても、

まだ敵を倒してないうちにダウンしちゃったら02に迷惑掛けたり02も道連れにしたりしちゃうことはわかってたわけで

気持ちよく死のうとしてたら02が困ってる」っていうのは意外な光景でもなんでもない。

情報が何もない。


からヒロの心があそこでどう劇的に変わるのか、変われない。

ので、ただ突然蘇って身体侵食を治して「ウオオオオオオーーーーッ!」って根性出すになっちゃったから

ダリフラ好意的海外でもあそこは「ass pull」って結構否定的に言われてる。


あの展開にするならもっと02が弱みや裸なんかも見せたことなくていつもきれいにしてて、

ヒロは02と仲が悪いか強い不信感を持ってて、

「俺はたぶん使い捨てられて死ぬけどお前も勝手にやれよ、ケッ」ぐらいの感情持ってるようにしておけば

「グオオオオーッ」ってボロボロになって狂乱してる02を見て「やっぱりこいつを助けるんだ!」になるヒロに感動できたと思う。


もしくはヒロが自分仕事を完遂して

最後の一撃を02だけで出来るようにアレンジして託して、心置きなく使い捨てられて死のうとしたのに

02が動揺してヒロをセーブする方を優先して敵を倒せなくなって窮地に陥っちゃうとか。

これならやっぱり02の意外な一面を見て「勝手死ぬつもりじゃダメなんだ」ってなったヒロが根性出すのは感動できたと思う。


これらはすごくベタで単純な1案にすぎず、絶対これにしろって意味じゃないよ勿論。

(02のベタベタする可愛さとヤバさを前面に出すことで興味を引っ張ってきたアニメだし)

でもとにかく、

何の新情報も心の回転もないまま「ウオオオオーッ」の気合絶望的な状況を転回させちゃうのはまずいでしょ。

ドラマとしても戦いの駆け引きとしても。ass pullともいわれるよ。


どうなんだろう。

まりわりと一本調子っていうことなのかなあ。キャラの行動や心が。

人間関係SFも、伏せられた情報が次々開けられていく感じがあると興奮や快感があるもんね。

15もずーっと普通に最初から同じようにヒロが好きだし。

あのマグマエネルギー世界の設定はあまり面白い斬新な物は出てこないのが感触としてわかってしまう。


わからん…。

はっきりとはわからん

あと、なんか自由妄想させてくれるような余地が少ないかな。

作中情報量は多くてもずーっとガシャガシャワアワアやってる感じ(静かなシーンも)

見てるこっち側世界リンクしてガシッと想像妄想スイッチ回してくれるようなキーあんまりない、ような。


どうもぼんやりしてまとまりきらないな。

このへんがはっきり整理できると自分の役にも立ちそうな感触なんだが。

anond:20180224172136

SFっぽいw 断捨離症候群とかかっこいい名前つければいいよ。

 

ようやく筋トレファッションという身体性について考える余地物理的に)ができたんじゃない?がんばれ

2018-02-12

anond:20180211143325

自分は(娘だが)父親に「あしながおじさん」を進められたときはこういう恋愛小説に興味がなく、なんでこんな他人(年上のお姉さん)の手紙をえんえんと覗き見などしなければならんのだとおもった。

今となってはもちろん、ツンデレなおじさん(金髪碧眼の若い男性である執事ジャービス坊ちゃんとかよばれているええとこの子である)がとてもかわいいですねという生ぬるい目で見ることができる。

 

あと濫読家で妹がうるさい家だったので暇つぶしもかねて小学校中学校の900(日本文学世界文学)のあたりはありったけ読んだ。

3冊まで借りられたので、シリーズ化してあればなんでも読んだ。(全集でないのは毛色が違う取り合わせになるので選ぶのが面倒)

ねしょんべん物語落語全集世界創成童話南洋一のルパンシャーロックSF全集トリフィドコバルト文庫氷室冴子星新一も、まあ背表紙が同じ色の版型同一の本が棚に並んでいれば(そしてだれかに先に借りられていなければ)すべて読んだ。

しか他人の「心理」とか「日常」とかを追跡する面白さは大きくなるまでなかなか感じられなかった。夢野久作なんか心の中の話しかしてないけどおもしろいので小学校で読んでたらショックだったかもしれないな。いやそうでもないか

ルナールさんのにんじんオチはそれでいいんかい。でも、ちょっとわかってしまった。2chから流行った毒親文学の走りだね。

小公女ポリアンナアニメチャンネル権を主張する妹たちがいたために見ることはなかったけど、成人してから読むと強烈だな。「よかった探し」というミームをつくったのこいつやで。

赤毛のアンテレビで見れた。今見ると馬車とかやはり宮崎動画だけあって木漏れ日とか子供向けなのにめっちゃがんばってる(そして低予算なのでたぶん子供の時はわかってなかった)

やっぱり古典面白い。生き残る理由がある。

 

そのあとお小遣いが増えて漫画が買えるようになりSF少女漫画コバルト文庫も好きなだけ変えるようになり(少女向けsf漫画の出始め)、ウィングス創刊に立ち会った。ズッコケはたぶん自分高校ごろでそのあと怪盗ゾロリとかでて自分の子世代だとゾロリは全巻必修だったのかな。アンパンマンも地味な扱いだったと思う。今みたいなポケモンみたいなアニメ作画じゃない水彩っぽい絵本がぽつぽつとでてはいた。児童だとバーバパパ、あと長靴下のピッピ、マガーク探偵団(これもなかなか長い)(しか主人公不細工で絵も今いち)

 

結局、大人子供気持ちなんて忘れてしまう。

子供特定の本を選ばないのは「長い文章がいやだ」「ふりがながふっていない」「文庫本は字が小さい」「挿絵が怖そうに感じられた」といった些細な理由だと思う。

その後の進路は理系なので特に役に立ってはいないよーん。

あと文体はここではあえて男性用にしています

 

追記、そういえばクレヨン王国シリーズは妹がたくさん集めていた。自分誰も知らないさなシリーズ出てるだけ読んだくらいだなあ。

2018-01-26

[]金色機械

金色機械を読んだ。この小説面白いねえ。

伝奇ものであり、ファンタジーであり、SFでもあり、なおかつミステリー小説のような謎を散りばめてある。具だくさんの山盛りカレーみたいな要素の集まりになっているけど、読みやす文章スリリングな展開でもってぐんぐんと読み進められる作品だった。

内容に関して言えば、大筋が復讐物語であったように思う。善と悪の彼岸罪と罰について、人を愛することや組織の腐敗なんかの要素をそれぞれのキャラクターごとに振り分けてつつも、物語としては一貫して遥香復讐譚に焦点が当たっていたのがよかった。

最終的に復讐成就するものいい。最終部の大立ち回りはすかっとすること間違いなしの構成で、過激感想だけれど読んでいてとても心地よかった。

キャラクターとしていい味出していたのが、今作のタイトルにもなっている金色様だった。かなり可愛らしい。なんで江戸時代にいるの分からないけど、その出自ゆえの苦悩を鮮やかに描き切り、救済までもっていくのはさすがだなと思った。

柴本厳信の生き様も好ましく思える。そばにいると息苦しそうな人だけれど、素敵な人物であることは間違いない。あと熊吾郎立ち位置絶妙世渡り上手です。

同作者の作品は読後にいつも物悲しい余韻が残るけれど、今作品も類に漏れず美しくも切ない終わり方をしていた。あの後遥香がどうなったのかを想像するのは無粋だと思う。文末にもあったように、全てはほんとうの昔話になったんだろうから

少し気になったのは、先述した金色様が江戸時代にいる理由と、新三郎に危害を加えたものの正体について。他にも冬かむりの実態や、遥香や熊吾郎能力の源泉について未回収だったこと。ほとんど回収されないままほっとかれて終わってしまった。

ただそれが物語構成調和を乱しているかと言われればそうじゃない。説明されない不可思議が残っているからこそ、魅力的な世界観の醸成に一役かっていっていたのでこれはこれでありだと思った。

キモミカタモ、イズレハマジリアイ、ソノコラハムツミアイ、アラタナヨヲツクルデショウ。金色様は達観したことを申される。

そしてまた敵と味方が生まれて争い、誰かが傷ついてしまう。大きく見れば人間っていっつも同じことを繰り返してるんだろうなあ。大きく見たところで何ができるわけじゃないのもまたミソ。

2018-01-22

https://anond.hatelabo.jp/20180122193949

かに中高って、割とみんなキャラが立つ。

オレ教師なんだけど、その昔、とある田舎の弱小公立高校バスケ部の顧問をしていたところ、

 ・実力は県下有数のセンターでこれまで一人真面目に練習してきたが、何しろチームメイトに恵まれ無名ゴリラっぽい3年

 ・一年遅れて入部してきた、ちゃらい性格だがそこそこ実力あるPG(3年引退するまであまり練習に来なかった。のちキャプテンになる)2年

 ・次の年入部してきた「バスケ以外全く興味が無く普段はほぼ寝てるだけだがバスケだけはやたら天才的な」SF1年

 ・口と態度だけでかい、荒削り&同じ1年の天才SFに対抗心を抱くも実力が全くおいつかない、何かやらかしそうなPF1

……とメンバーがそろったところで、

 ・不良やってて部から離れていたが、顧問指導に打たれたらしく(?)「バスケが…したいです」と復帰してきた3ポイントの名手SG3年

……という極めつけにキャラの立った誰かさんみたいな奴がやってきて、マンガの神の悪ふざけかと思った。ちなみにこのチーム、次の地区大会では無名ダークホースとして勝ち上がるも、選手層の薄さはいかんともしがたくメンバー一名の怪我によって敗退した。

また、数年後別の高校にいってとある文化系部活顧問をしたら今度は

 ・黙ってれば美人だが無駄に行動力があって周りを振り回す不思議女子(訳の分からない企画を立てるのは大体こいつ)

 ・正当派可愛い癒し系女子(やたら愛想がいいが何を考えているのかよく分からない)

 ・メガネ図書委員女子一見無口で真面目そうに見えるが、話し始めると(日本語なのに)何を言ってるのか分からない)

 ・常に冷静な笑顔イケメン男子(なんでこんな部にいるのか分からない。愛想も良くスペック高いが恋愛とは無縁。)

 ・何のとりえもないただの男子そもそもなんで部活やってるのかよく分からない。)

という5人が運命のようにそろったので、早々にオレはあきらめた。こいつら卒業まで自由気ままにフリーダム活動を続けてた。

…どう聞いても嘘にしか聞こえないと思うが本当。中高部活動ってあなどれないよね。

2018-01-12

あーもーわからん

数年前にBLというものにハマり

CP二次創作を漁るのが日課になって

「私もすっかり腐女子だな…」なんて思ってたんだけど

考えてみたら私ヘテロラブストーリー百合も好きなんだわ

幼少期から小学生高学年くらいまでは少女マンガが好きで

中学校くらいか友達が持ってた少コミを読ませて貰うようになり

その後くらいかWJBL思考はなし)

高校大学らへんは青年漫画が好きで

男性向けエロ同人誌もケータイで読んでた(もう見てないけど多分違法サイトですごめん)

滅多に読まないけど恋愛小説結構好き

あと友達との間で話題になった恋愛ドラマも見たりしてた

二次創作についてはノマカプや百合を好んで見てたけど、BLはむしろ理解できなくて好きになれなかった

腐女子の人って妄想力すごいんだな…普通に友情しか見えないよ…と若干引き気味で思ってた

それがなんということでしょう

いまや毎日CPのことばかり考えている大人になってしまった

色んな方面にごめんなさい

ねほりんぱほりんに出てた人らはヘテロラブストーリーが嫌いだからBLに走ってたっぽかった

まれつきの性癖なんだ!という人もツイッターには結構いた

そこにはある種切実さのようなものがあった

その証左として恋愛遍歴の話や、anond:20180112001841言及されてた「自分とは何か」みたいな自己認識の話に繋がってくるんだと思う

でも私はただ単に面白ければ、エロければ、萌えれば、ヘテロだろうと百合だろうと何でも読む

ちゃんと試したことないけど多分人外でもいけると思う

私の場合は完全に趣味として楽しめてるってことなんだろう

私にとってはBL推理物、SF純文学、みたいな物語の一つのジャンルにすぎない

ただ、エロ漫画を読んでいることをおおっぴらにしないのと同じで、BLを好きになったことは周りには隠してる

でもほんとは「一次創作BL」は「青年漫画女性漫画」のストーリーについて語るのと同じように語ってもいいような気もしているのだ

私が今好きなのは二次創作である上、あまり周囲から理解を得られそうにないのでやめてるけれど。

色んなものを楽しめるって私だいぶ得じゃね?やったぜ!と思いつつ

じゃあ私は腐女子でなければ何なんだろうという疑問が生まれ

普通にオタクでいいの?

そしたら今度はオタクから腐女子オタク自称すんな」とか言われない?

それともイナゴとか?でもBLハマってからずっと同じCP(逆リバ×)推し続けてるから納得いかない

何が言いたいのか自分でもよくわからなくなってしまった

でもとりあえず、もうすでにBLカジュアルに楽しんでる奴はいるよ!ということはアピールしておきたい

・追記

描写含まないものブロマンスだと思ってた!勉強不足でごめんね!修正しました!

2018-01-08

starcraft2のodin

訂正 下記投稿は誤りです。

starcraft2が基本無料になったので遊んでいます

英語なので物語が良くわかりませんが、odinが出てから一気にリアリティが無くなったような・・・

巨大ロボットなんだけど、強すぎませんかね。

一体でガンガン敵を蹴散らすし、市民の車は踏みつぶすし、無茶苦茶な気がする。

SFなのでクロークつけて侵入とかその程度は一作目からあったけど。

2017-12-26

ストロングゼロってウォッカより安いんじゃないか

500mlのウォッカがざらっと調べて830円程度で度数で割って180円程度。

水で割ったウォッカより安いのかよ。

ウォッカ使ってるのに。

ストロングゼロ甘味料と炭酸も入ってるのに。

今飲んでる俺がヤベー訳だ。

これはヤバイ

けどこれは本当にウォッカなのだろうか。

原材料にはウオツカと書かれてる。

販売元はサントリースピリッツ(株)だ。

しかしたら何か魔法的なもので作られた物のものなのかもしれない。

またはSF的なもので作られたのかも。

よく小説転移魔法事故でとか、次元振動に巻き込まれ宇宙船がとかあるだろう。

あんな感じで主人公的な奴が金策で安い飲用アルコールを作ってだね、

そいつ名前が魚塚とかそんな辺りの名前ウォッカと誤認さする感じでこう。

そんで持ってそいつは2~3人の女性男の娘イチャイチャしながら一緒にやってきた男の兄弟か友人と

仲良く苦難を乗り越えたりなんだり。

後は犬とか。柴でもハスキーでもこうモフモフした感じの奴がいて。

そんな感じの奴が居てもいいだろ?ってストロングゼロを飲んでる俺は思うんだ。

2017-12-23

anond:20171223192558

それだとSFなっちゃうし、SFの中でもそういうちゃんとした異世界を描いたものは滅多にない。

2017-12-19

https://anond.hatelabo.jp/20080904210047

 これを書いてから、早いものでもう九年が経った。

>でもきっと、まだまだいろいろあるんだろうと思う。

 と当時書いた通り、驚くようなことがいろいろあった。長くなるけど、書く。

---

 北海道に戻って直後に開設していた、自分ホームページ。内容は、パソコン関係タイインド旅行記録だった。いわゆるテキストサイト

 その自サイト掲示板Teacup)にふらっとSF作家のOさんが現れて、常連になった。当時開設されたばかりのGoogle検索の性能の良さに二人で驚いたりした記憶がある(なにせそれまでのロボット検索ノイズまみれで使い物にならなかったので)。

 Oさんは、文章を褒めてくれた。

 ネタ系の駄文はいえ、褒められるのはうれしいものだ(この前、本人にこの話をしてみたらすっかり忘れていて拍子抜けしたのだけども、まあ褒められたほうは覚えていても褒めたほうはそんなものなのだろう)。

 で、こちらも試しにOさんの本を読んでみたら予想以上に面白く、すっかりファンになった。

 なんやかんやであれから二十年近くが経った現在、Oさんはすっかり著名なSF作家になっている。

---

 2008年祖母が亡くなり、その翌年の正月。十万円ほどのお年玉というか、遺産をもらった。

 どこかに旅行に行きたいと思っていた自分に、降って湧いたあぶく銭。いろいろ行き先を考えているうちに「自分北海道の端っこに住んでいるのだから、ここから青春18きっぷを使って鈍行列車に乗りまくれば一万二千円で日本縦断できるんじゃね?」というプランを思いついた。

 鈍行列車日本縦断すれば、今までネットを通じて知り合った全国の知り合いとリアルに会える。

 このプランmixi日記に書いたところ、青森東京名古屋九州などの知り合いが同調してくれた。Oさんに至っては名古屋から鹿児島まで同行するという。

 JailBreakして無理やり動画を録れるようにしたiPhone 3Gで、記録を取りながら旅行を楽しんだ。

 これが祖母遺産の正しい使い方はどうかは怪しいが、経験という意味では間違いなく面白かった。

 Oさんにリアルで会うのは初めてだったが、ネットでは結構長い。会った時だけ作家センセイとして持ち上げるのもなんか違う気がしたので、なかば意識的タメ口で通した。たぶんかなり失礼なことも言ったと思う。

 ただ、内心ではOさんの行動や会話の端々に出る、無限想像力好奇心に圧倒されていた。

---

 鈍行日本縦断旅行の翌年。2010年年末頃に、地元のバーのマスターに呼ばれた。

 行くと、何やら会合中だった。メンバー農家さん・公務員自営業などバラバラ

 世界一大きなでんぷんだんごを作ってギネス登録したいということで、ネット経由の手続きを頼まれた。

 でんぷんだんご地元に古くからある郷土料理、というかおやつだ。団子といっても串には刺さず、じゃがいも澱粉と金時豆と砂糖を熱湯で捏ねて、鉄板で平べったく焼き上げる。

 当時、ギネス社は公式サイト日本語の申込みフォームを置いていなかった。約六万円の申請費用を払い、Google翻訳を使った怪しげな英語でなんとかギネス社とやり取りをする。

 翌年の二月二十六日、巨大でんぷんだんごを焼くイベントを開催。十台以上のビデオカメラ撮影した証拠映像編集してギネス社に送ると、数ヶ月後に無事に認定された。

 だが、本当にすごいことはギネス登録とは直接関係なく起こっていた。

 もともとギネス登録にはメディア報道記録が不可欠。そのため新聞テレビ局にも来てもらっていたのだが、それが九州深夜ラジオでも放送されたのだそうだ。

 そしてそれを寝床で聴いていたのが、九州土産として有名なせんべい製造会社社長だった。当時は世界的に澱粉が品不足だったらしく、ラジオを聴いたその社長は「なんてもったいない使い方をしてるんだ!」と思ったとのこと。

 社長は翌日に町役場電話を掛けてきて、紆余曲折の末に、町の廃校改装してせんべい工場を作ることになった。雇用経済効果結構ものだ。

 この件では自分基本的に言われるままに動いただけなのだが、「まあやってみよう」から始まったことが結果的に大きな結果を出したことに、強烈な印象を持った。

---

 さて、自分自身は、というと。

 前回書いた小さな文房具屋のあとを継ぐことになるかと思いきや、家庭の事情もあり、店はあっさりと閉店。自分独立して隣町に引越し、かねてからやっていたパソコンサポート業やWeb制作業に専念することになった。

 そして前回の投稿でも書いた、東京時代からの友人であり、タイインドの一ヶ月強制放浪の発端になった男、T君。

 東京IT企業派遣社員をやっていた彼は、リーマンショックの余波で仕事を失い、別な仕事に着いていた。

 東日本大震災の直後、多少心配になって「こっちに来たら?」とメッセージを送ったところ、その年の夏ごろに本当にこっちにやってきた。変なところが身が軽い。自分基本的同類なのだろう。

 ノリと勢いで呼んだ割に未だに大した仕事も振れなくて少々申し訳ないのだが、T君は今もなんとかこっちでやっている。こっちで嫁さんまで見つけているので、まあ結果オーライということにして欲しい。

---

 で、時間は進み、2016年のこと。

 いつもの通りネットをだらだら見ていると、こんな記事が。

そう言えば2012年世界は一度終わりかけていたそうです、太陽嵐

https://www.gizmodo.jp/2014/03/2012_22.html

 なんだそれ、と思っていろいろと調べると「今後10年間で巨大太陽嵐が起こる確率12%」という記事も見つかった。

 なにそれ、危ないぢゃん! なんで大騒ぎになってないの? それとも自分が知らなかっただけ?

 そう思っていろいろと調べたが、学術的な資料は見つかるものの、あまりわかりやす解説はなかった。

 巨大な太陽嵐を喰らうと夜空には真っ赤なオーロラが出て、その後数年間に渡る停電が発生するらしい。

 怖いけど、なんというか、絵になるな。そう思った。

 今までこういう内容を書いた映画とか小説とか、無いのだろうか。そう思って一通り調べたのだけど、なぜかほぼ皆無だった。

 なんでこんな面白そうなネタ、誰も物語にしてないの? というか、これって学者さんだけじゃなくみんなが知っておかないとまずい話じゃないの?

 そう思い、実際に太陽嵐による災害が起こったらどうなるのかを調べて、その後の世界想像した文章を断片的に書いていった。

 この災害世界レベルでの停電が起こるからテレビ携帯ネットも一瞬で使えなくなる。

「何が起こったのか」すらわからないという状況から事態を探っていく姿を、災害に遭った主人公一人称で書く。この方針が決まると、迷わず書けた。

 毎日仕事が終わって寝る前に約二時間づつ、コツコツと書いていく。

 そういえば自分は絵とか写真とか映像とか、スキル活用した元手のかからない仕事を常に模索しているのに、文章に関してはなぜか仕事にしようと思ったことがなかった。実際、どこまでやれるのだろうか。

 どこに発表するかは、すぐに決まった。2017年3月末が締め切りの、SF小説コンテストだ。

 日本沈没などのディザスターものSFなら、これもSFと言っていいのではないか。そう思ったからだ。

 そして何より、このコンテスト審査員にはOさんがいた。賞を取れるとか取れない以前に、もしこれが最終候補まで残り、Oさんが読むところまで行ったら実に面白い

 そういういたずらのような動機で、Oさんに完全に内緒で応募した。

 さっさと結果を言うと、大賞は取れなかったけど最終候補には残った。初めて書いた小説の結果としては上出来だろうし、Oさんが読むところまでたどり着いたのだから一応目的は達したことになる。

(ただ、間抜けなことに、最終候補まで行ったという連絡を聞いた段階で「初めて書いてここまで来たなら、このまま賞取れるんじゃね?」と妙な自信を持ってしまい、発表当日には身内で待ち会までやっていたという……)

 その日の夜に電話でOさんに言われて初めて気づいたのだが、古くからの知り合いという時点で審査員としての客観的評価が難しくなる(対外的意味でも)。

 こっちはOさんがそんな贔屓をする人でないことは重々わかっているのでなんとも思わずに応募してしまったが、言われてみれば当たり前の話だ。

 結局Oさんは私の作品のみ、採点をパスしたそうだ。結構迷惑をかけてしまった。

(後日「なんでわざわざ不利になるようなことするの」と言われて笑ってしまった)

 なんやかんやあったけど落選したので、作った小説Webに放流して供養しようかと思っていた数日後。出版社から出版検討しているので公開は待って(意訳)」というメールが届き、仕事中にスマホで読んだ自分はその場で膝から崩れ落ちた(うれしくて)。

 後日、コンテストの講評を読んだ。大雑把にいうと「SFとは違うかもしれないがリアリティはある」という評価だった。

 そりゃそうだ、と思う。明日あるかもしれない災害を書いている上に、登場人物のほぼ全員が実在人物なんだから

 今回の小説では、自分の周りの人を名前だけ変えてほとんどそのまま出している。

 これは、書く時にものすごく良い効果があった。読ませたい相手がはっきりするのだ。

 モデルとなった地元の人・Oさん・そして、太陽嵐災害をしらないすべての人に向けて、書く。

 そのため、途中でほとんど悩まなかった。やっぱりモチベーションって大事だよな、と思う。

 そして、興味があることに関してとことん調べられるという意味インターネットはやっぱりすごい。知の高速道路と言われる理由もよくわかる。

---

 でんぷんだんご工場誘致の時にも思ったことだが、リアル世界って、自分が動けば動くだけきっちり反応があって面白い

 まさか四十も過ぎてからこんなことがあるとは思わなかった。もはや自分にとって、ファンタジーよりもファンタジーな展開がリアルに起こっている。ゲームとして見ても、これは相当面白い

 今日発売になる自分小説の帯裏には、同日に発売されるOさんの小説宣伝が載っている。

 これでほーんの少しは、恩返しできるかなあ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん