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2018-02-22

教育を利用する大人たち

anond:20180222125529

この増田見て、昔読んだキリストの性倫理の話を思い出したな。

中世キリスト教社会では性欲が忌み嫌われていたから、

小さい少年のうちから性欲の芽を摘み取るために、

老婆の入浴介助をやらせてたんだって

しわしわ垂乳根の骨と皮の老婆の裸を見せることで、性衝動を抑圧することができると考えていたそうだ。


大人子供に施そうとする「教育」って

一皮剥けばこんなんばっかりだな。

anond:20180222011145

男子フィギュアは体格が大いに関係あるんじゃないかと思ってる。

羽生結弦が、身長171cmと見映えよくなおかつ高過ぎず、二十歳を超えてもまだ少年っぽさの残る線の細さを維持出来てる事は彼の優秀な成績に大いに関係しているのではないだろうか。

一方、羽生選手の憧れの人エフゲニー・プルシェンコは、物凄い才能と高い技術を持っていたが、背が伸び筋肉が着いて大人の体格になってからは、ジャンプの精度を維持するのに身体に重い負担をかけ、実際何度も身体を壊し、幾度にわたる手術でもはやサイボーグの域に達している。身体故障を補完する為に筋肉必要で、筋肉がつくことにより更に自重が増しまた無理が必要になり、しまいには肉襦袢無しでもセッボンな、なんか色々大変そうなおじさんになった。

2018-02-19

タイトルが思い出せない、読んだこともない本

どこかの出版社ホームページで、簡単な紹介を読んだだけで

表紙すら見たことがなく、内容もうろ覚えの本があるのだけれど

心当たりのある方は教えてほしい。

・いわゆる「こじつけ」系ミステリー

 事実に何があったか問題ではなく、こうも考えられるよね→そんなの無茶だ→でも否定出来ないよね というタイプのヤツ。城平京虚構推理に近い。

キャラクターもの主人公は女。本のタイトルにその名前が入っていたような気がする。(xxさんはxxしない タイプタイトル

過去にどこかでシリーズ展開されておりその久々の新作?のような推され方をしていた、ラノベ寄り?

・「名探偵推理しない」ではない

・「鷲見ヶ原うぐいすの論証」ではない

・「月見月理解の探偵殺人」ではない

・「事件シリーズ」ではない

・「絶園のテンペスト」ではない

・「その可能性はすでに考えた」ではない

・「ミステリーリーグ」ではない

・「天久鷹央の推理カルテ」ではない

・「明智少年こじつけ」ではない

よろしくお願いします。

2018-02-17

anond:20180216151153

わかり手氏の例のツィートについて非常にモヤモヤしていた者として言及させていただく。

まず、氏の「魔女毒親」という見方的外れであることについては元増田同意である。ただしそれは、元増田の言うような「魔女集会タグイラストストーリーはない」からではない。むしろ魔女集会イラストは深い物語性をはらんでいるが故にあれほどの盛り上がりを見せたのだと考えているが、それについては後述する。

氏の抱いている「毒親」の概念は、「息子を溺愛し、子離れできずに子に害をなす母親」といったものだと思われるが、これは「毒親」の語源となったスーザン・フォワードの「毒になる親」やそこから発展した議論にみられる毒親像とはいささかのずれを感じる。そこで語られているのは、自身人格からして非常に未熟で、子供への愛情他者に対するものではなく自己愛に近い、それ故に子供独自人格意思尊重できず抑圧したり無視したりしてしまうという親の姿である。このような毒親にとって子供とは「彼氏」のようなパートナーとしての存在ではなく、自身社会に受け入れられ、社会で称賛されるための道具であり自分の一部であるとも言える。何より、こうした毒親子供の成長・成熟を望まないことも多い。子供いつまでも自分支配下にあることを望み、その望みに反して成長を遂げようとする子供に対しては敵意をむき出しにして虐待に走ったりもする。

これに対して魔女集会タグにおいては、大前提として子供は「自分を守るほどに強くたくましく成長する」ことを何より望まれている。「母を愛する子の当然の行為として母を守る」のではなく、母から独立した上で、自身意志として彼女を愛し守ることを選択するよう望まれているのである。この「自身意志として」という点が魔女集会モチーフの最大のキーポイントである。息子や娘としてでは意味がない。彼らが生みの親を愛するのは当然である(とされている)のだから。それは、養い子がほとんどすべての場合「捨て子」である要因にも通じるだろう。

魔女集会イラスト魔女たちはしばしば、ツンデレ言動をみせる。彼女が拾い子を養うことにしたのは、中には子を気に入って可愛がるために傍に置くことを望むケースもあるが、多くは「気まぐれ」であったり「ふとらせて食う」ためであったり「下僕としてこき使う」ためであったりと、「愛情動機ではない」ことが本人の口(モノローグ含む)から語られる。にも拘わらず、長じた子供は「自分意志で」彼女を愛するようになり、その愛によって恐ろしい魔女もついデレてしまう、というのが基本的な構図になっているのである。ここまででも、魔女集会モチーフに込められたストーリー性の存在は明らかである

さらに、「魔女」「捨て子」というキャラクター属性についても考えてみたい。まずは「魔女」についてである

上記のごとく、魔女たちはツンデレである。子を拾う以前から彼女らは孤独であり、人間社会から(時には同族社会からも)隔絶された存在である。そうした彼女らが子を拾って育てることを「愛情からではない」と殊更に強調するのは、彼女らが「愛情より子を育てること」を世界からあらかじめ禁じられているからに他ならない。白日の下を歩く人間にとって、魔女からの愛は呪いと同等であり、忌むべきものなのだ彼女らは人から愛されないと同時に、人を愛することも禁じられた、二重に孤独存在なのである

一方、養われる子の側もまた、孤独存在である。元より天涯孤独であったり、不慮の災難により親を失ったり、何らかの偏見から共同体を放逐されたりして、他者から物理的な庇護精神的な愛情の両方を失った状態にある。さらにそれは一時的ものではなく、将来にわたってもそのような状態にあることがあらかじめ定められた存在として描かれる。そのような状態で、彼はこの世でただ一人、自分を愛し守ってくれる可能性のある存在としての魔女出会うのである。失われた愛護魔女に求めるよりほかはないのは言うまでもない。魔女が親の仇であったりして表面上は魔女罵倒するシチュエーションもよく見られるが、彼が魔女庇護を受けなければ生きられない存在であることが動かせない以上、そのことは二人の関係性にスパイスを添える程度の要素でしかない。

愛を与えることを禁じられた魔女にとって、その禁にもかかわらず自分に対して愛を求める養い子の存在はかけがえのない存在となる。愛護を失った少年にとっても、禁を犯してまで愛を与えてくれる魔女はかけがえのない存在である。こうして互いにオンリーワンである二人が強固に結びつき、愛を与え合うようになる過程をBefore/Afterの2つの描写によって想起させること、それこそが魔女集会タグに込められたストーリー性なのである

なお、上記の論とは独立した別の要因として、「過程を描く」以上、不老であったり元からある程度の年齢であったり、せいぜい少し老ける程度である魔女を養い子の視点描写するより、子供から大人へのシフトが発生する養い子を魔女視点描写するほうがよりドラマ性を感じさせることになるだろう。そのため、作品群の多くは魔女視点描写されており、描写されるストーリー魔女側にやや傾いたものとなるようである

以上をまとめると、魔女集会で会いましょうというタグは、

「愛を与えることを禁じられた魔女が、その禁にもかかわらず自分に対して愛を求めてくれる存在出会い、彼の求めに応えて愛を与えることで彼を成長させ、その返礼としてより大きな愛を彼から与えられる」

物語である結論付けることができよう。

長文失礼。

2018-02-15

まあこの「19歳少年」はさあ

実際自分母親との関係性がこの作り話に投影されてるんだと思うんだよね

母親に裏切られた傷が癒えてないんだ

anond:20180215103457

わかる。遊具で遊ぶ俺っていうアピールはきつい。

彼女ハイヒールで(できるならあまり遊びまわりたくない)のに

自分さえ良ければ良いマスタベすぎて無理。無邪気で少年のような心を持った俺!!!ってのが最高にキモイ

2018-02-14

anond:20180212233657

超有名だけど萩尾望都の「イグアナの娘」は、小学生の時に読めてよかったと思う作品短編だけど何度も読み返している。

「抑圧する母と娘」という構造の全部が詰まっているといってもいいだろう。



高尾滋てるてる×少年」は主人公女の子と幼馴染かつ彼女に仕える忍びの少年との恋愛が主軸だけど、物語の核心には主人公母親関係があるんだよね。

少女漫画としておもしろいかおすすめ。そこそこ長いかも。



小説おすすめは、笙野頼子「母の発達」。学歴主義で娘をがんじがらめにする母と、落ちこぼれてなおもがく娘のほぼふたりしか登場しない。

なお母は序盤早々に死ぬ(娘に殺される)が、そこからぶっとんだ物語が始まる、まさに「おかあさんホラー」。

物語は抑圧ターンともがきターン、解放ターンだけでできてるのに、なんでこんなにおもしろいんだろう。



海外小説では、ジャネット・ウィンターソン「オレンジだけが果物じゃない」。

狂信的なキリスト教徒の母から英才教育を受けて育った娘の話。

母の解釈では、果物の中でオレンジけがキリスト教的に正しいたったひとつ果物。そういう話。



以上、毒親持ちじゃなくても、未だに母を呪いのように感じることもある、どこにでもいる娘からおすすめです。

2018-02-13

anond:20180212233657

歪んだ親子関係を書いたら鉄板山岸涼子

萩尾の残酷な神が支配する主人公少年だけど、弱い母親を庇って母親再婚相手から性的虐待にあう息子、性的虐待にあう息子から目を背け我が子を救わない母親という、かなり歪んだ母子関係おすすめ

二次創作の「パロ」への疑問

まず、この記事同人歴約一桁後半の腐女子ぼやきであることを念頭においてほしい。

二次創作における”パロ”。古今東西さまざまなものがある。

定番どころだとファンタジー作品の学パロ(学園パロディ)やBL定番吸血鬼パロ、最近ではオメガバースなんかもある。二次創作どころか、公式でパロものスピンオフや番外をやるタイトルも少なくない。

(型月のちびちゅきとか、進撃の中学校とか)

パロ自体は好きだ。読んだことも創作したこともある。魔法学校パロとか世代的にドンピシャ

そんな私が最近twitterで見かけて目が点になったものがある。

「前世設定で吸血鬼Aとシスター女体化Bが同級生の幼馴染なAB」

特定できないよう少しフェイクを入れたけどほぼ近い内容。ちなみにこのAとBは原作ではおっさん少年である

まり上記の一文には、設定だけで「前世吸血鬼、年齢操作性別逆転、学園モノ」の五要素が盛り込まれている。

正直、それABでやる必要あるの?と思った。

二次創作なんて全部捏造だとか、そもそもBLの時点で…とか、個人趣味なんだからとか、そういう「そもそも論」はとりあえず置いてほしい。

わかっている。そんなことはわかっているが、それでも二次創作は「キャラクター雰囲気を残す」からこそ面白いんじゃないか

上にも書いたがパロもの同人は好きだ。

けれど私にとってのパロとは、「そのキャラクターもつ特徴やキャラクター同士の関係性が、別の設定、別の世界観に投げ込まれた時に、何に置き換わるのか」を妄想するのが楽しみだった。

たとえば殿と従者なら、学パロなら生徒会長副会長リーマンなら上司と部下かなとか。このキャラはこういう性格からスリザ●ンに入りそうだなとか、そういうことだ。

まりに過剰に設定を盛り込みすぎて原型を無くすなら、もうほとんどオリジナルではないか

見た目も、中身も。


もちろん、例に挙げた前世吸血鬼以下略)でもそのキャラたちの面影、ABの関係性をきちんと残して素晴らしい作品になっているならすごいと思う。

けれど私にはどうにもそれが想像できない。

自分の頭が硬いのはわかっている。他人のことだし口を出す気はない。間違ってもオリジナルでやれとリプライを送るような真似はしない。

けれど、ABが好きな腐女子として言いたい。

あなたはAのどこに惚れたのか。Bのどこに惚れたのか。ABのどんな描写に、どんな関係性に、原作のどこに燃え滾って同人に手を出したのか。もう一度原作見直しながら思い出してほしい。

2018-02-12

俺が思う『少年っぽい存在ランキングベスト10、1位黒木智子

2位mol53

3位七松健司先生が描くショタ

4位大森靖子

5位YDIZZY

6位中原昌也の初期短編

7位丹生谷貴志

8位田村ゆり

9位フェリックスガタリ

10位トーマスベルンハルト

anond:20180211143325

少年探偵ものはたぶんマガーク探偵団(ペンペコなかよし5人組)

あとはエミール探偵たち、名探偵カッレくんのほかに低学年向けの「めいたんていネート」のシリーズ面白い)なんかもあります

寺村輝夫の王さまシリーズわかったさんこまったさんかいぞくポケットなんかは大人になって読むと話が行き当たりばったりすぎて面白くないけど、場面が次々と展開するのはゾロリと同じで子供には面白いんだろうな

低学年向けでも大人が読んで面白いのは丘修三とか、くまざわくんといぬうえくんのシリーズ(著者は「りっぱな犬になる方法」の人)など

2018-02-11

七松健司先生はこのままドンドンちょい不良少年&カッコいい系お兄さんモノを描きまくって欲しい

頼む!!!!!!

俺大好きなんだよ!!!!!!

そんでもって、みんながこういう作品を書きまくって欲しいと思う!!!!!!!!!

あと、大塚麗夏先生の『二人がけご飯』みたいな作品ももっと増えて欲しい!!!!!!!!!

小学生の頃にどんな本を読んでいたか

昼飯時に嫁さんとそんな話をしてた。夫婦ともに漫画好きなのでその頃の漫画の話が大半で、けっこう同じような漫画を読んでいたようだったんだが、普通の本となると男女でちょっと違っていた。

俺はズッコケ3人組、ホームズルパン乱歩あたりを好んでいた。それ以外にも海外少年探偵ものがあったはずなんだがタイトルも何も忘れてしまった。嫁さんは伝記や困ったさん、青い鳥文庫モモを挙げた。特にモモは何度も読んだそうだ。(俺は一度も読んだことがないのだがあきれられそうだから黙っていた)

自分としては別に男らしさなんて志向していないつもりだったけど、それなりに選書の時点でバイアスがかかっていたのかーなんて思った。それとも男女で好きな傾向は間違いなくあるのだろうか。

2018-02-10

ゲーム自分でやるより解説付き動画見てる事ばっかになってきた

ゲームの楽しさって「攻略」じゃん。

ここで言う(私の考えると読み替えてもおk)「攻略」は、システム分析して、ボスパターンを把握して、稼ぎ場を探してパターンを作り出して……そういった事の積み重ねからまれる「制圧」の快感みたいなもんかな。

でも自分ゲームやるといまいち攻略」しきれないんだよね。

パターン見きれてなかったりシステム理解しきれてなかったりね。

その状態で手探りで頑張って最悪レベリング暴力で叩き伏せるのが「下手くそプレイなりの攻略」であって、それはそれで「脳みそ使わず無理やり制圧した」って気持ちよさはあるんだけどね。

でもそれとは違う完全にゲームの内容を読み切って、最短ルートや超効率プレイで「完全制圧」してしまう「攻略」を見たくなる日もあるのですよ。

長年自分根性攻略ばかりしている反動か、そういった「完全制圧」の見たさがだいぶ溜まっているらしいんだよね。

からゲーム自分プレイするよりも他人完璧プレイを見るほうが楽しくなってしまった。

最近RTAブームとかはまさに「完全制圧」の極地みたいなもんだし、解説をしっかり入れてくれる動画も多いからとても助かってる。

そんでその動画に夢中になっているうちに可処分時間自分ゲームやるのに回せなくなってきた。

すっかりはゲームが「プレイするものから「見るもの」になってしまったのは自分の中での大きな変化を感じる。

スポーツ少年試合の観戦ばかりするおっさんになったり、プレイヤーからプレイングマネージャーを経てすっかりマネージャーになって現場に出る時はもっぱら監督役になって手を動かさなくなったりするような、そういう変化が起きてる。

それが悪いわけじゃないけど、人生に変化が起きていく程度には自分も年取って来てるんだなあとふと思ったよ。

自分はこんな理由動画を見てるから、凄い上手い人の徹底的に編集された動画が大好きなんだけど、世の中には逆に下手な人の生放送とかが好きな人もいるんだよね。

これは妄想の域をでないんだけど、そういう人は私と違ってゲームが上手くて自分で遊ぶと自然ゲームを「攻略」して「制圧」していけてしまうから根性攻略したりする姿を見るのに飢えてるんじゃないのかなと。

下手なりに上手くプレイ出来るようになったり、簡単パターンを見抜けずに何度もボコられて、最終的には特定攻撃回避は諦めてポーションがぶ飲みでボス戦を乗り込むようなプレイ体験しなれてないから、他人プレイ追体験したがるのかなと。

人間自分にないもの他人から補おうとする、的な。

いやあゲーム動画沢山あるのは本当に便利な時代ですなあ。

もこっちってなんであんなに色気があるんだろ

パッと思いつくだけでも

喪女的色気、少年的色気、小動物的色気、自意識過剰色気、天然色気、同性へのほのかな恋色気、結局どヘテロ的色気、規範への過剰適応的色気、不良的色気

これだけのものがあるわ。

これは主語デカくないと思うんだが、

存在のなかで一番色気があると思う。

2018-02-08

ゲーム嫌悪する人たちはい

ゲーム地位が大きく向上した昨今。

みんなゲームをやってたり、あるいはやってないけど別に嫌いじゃない人ばかりだと思っていた。

しかし実際それは観測範囲内での願望に過ぎなかった。

先日それが分かった。

ゲームが嫌いな人はいっぱいいる。

「この先心配少年」だけではない。(かの少年暇つぶしではするようなのでまだ寛容だ。)

ゲームをやってる人を嫌悪する人たちで溢れている世界もある。

ゲームをしてる人達は「それがどうした」と思えばいい。

ただ、そういう人がいることに驚き無駄ダメージを受けてはいけないということを言いたい。

2018-02-07

司書とは

図書館法がどうこうだからいつでも何でも誰にでもすぐに貸し出すべきとか

司書はいつでもにっこり微笑んで利用者の言うことを何でも聞く人であるべきとか

そういうこと考えてる人ってやっぱり多いんだろうな

図書館を利用するのはおとなしくて常識的で善良な読書オタク文学少年(文学少女)だけって固定観念があって

利用者司書塩対応された=マナーを守る善良なオタク理不尽な目に遭った!許せない!と義憤に駆られるんだろう

実際は、図書館読書好きな非コミュの憩いの場じゃなくて

ホームレスの溜まり場になってたりおばちゃんが大声で喋ったり

子どもたちが鬼ごっこを始めたり

性に目覚めた子どもが人体関係の本を見て陰毛精通!とニヤニヤしながら連呼したり

本を何週間も延滞するのが当たり前の人もいたり物を食べながら読んで汚す人もいたりウォーリーにマルを付ける人がいたり

色々だから何でもかんでもイエスと言うわけにいかなくて

時にはあなた迷惑行為をしていますよ、自覚していますか、って指摘しなきゃいけないこともある

それでもやっぱり増田たちに言わせれば「司書は誰にでも肯定的であるべき、たとえ延滞の前科か何十回ある人でも快く貸し出すべき」なんだろうか

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