「信心」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 信心とは

2019-06-11

ネットでイキリ散らす漫画家大先生

書籍化した漫画結構確率全然売れてなくて草生える

ネットではあれだけ信者囲ってるのにみんな買ってくれないとか信心足りなさすぎとちゃいますか?笑

2019-06-01

anond:20190601191719

信心が足らんかったんや

人類が正しい教えを信じればええんや

2019-05-17

三途の川六文銭についての覚書

精神ボロボロなので、昔聞いた話をここに吐き出して安定を図ろうと思う。


表題にある「六文銭」というのは、正しくは「冥銭」という。

入れる理由は「あの世で金に困らないように」あるいは「三途の川の渡し賃」が大体主だろう。

前者の考えは死ぬ=俗世から離れる、という考えの仏教にはあまり合わない考えなので、日本では後者一般的

生前の罪を反省し、仏に帰依信心する。そういう現世から次の世界に進む通過儀礼意味合いが強い。

なので昔はよほどのことがない限りは必ず文銭を入れていたし、現代でも印刷紙など代替品によって風習は続いている。


ところが、この六文銭を一時期入れない集落があった。

それも不思議なことに、地域の名士だとか知恵者、優れた人ほど入れない傾向があった。

一見仏道に反しているかのようだが、これには理由があったのだった。

払う代金がなければ三途の川を渡れない、そうなれば現世に戻ってくるしかないだろう。

そんな一方的道理であれど、集落中にこの考えは染み渡っていたらしい。

あるいは一気に優秀な人々がいなくなって困窮した結果かもしれないが。

そんな経緯でこの風習は半世紀ほど続いていたんだが、ある年それで本当に生き返った人がいたらしい。

まあ死人がまた復活したら喜ばしいやら仰天するやらで大騒ぎ。しかしその人は浮かない顔で、もう六文銭を抜くのをやめろと言う。

村人が理由を聞くと、どうかもうやめてくれと必死懇願されてここに戻ってきたのだと。

三途の川には罪の重さを量る「懸衣翁」と「奪衣婆」という鬼の夫婦がいるんだけれども。

どうやら六文銭がない分は彼らが自腹で払っているらしい。

一人一人の額はそれほどでもないが、増えれば途方もない金額になる。

ただでさえ飢饉やらなんやらで身も削られているのにわざとやられたら敵わないからやめてくれ。

そう泣きつかれたのだという。

それから今までの反省も加味して、十文銭を入れるようになったその村は「十文村」と呼ばれたとか。


まあ、うちの地元に伝わる古い古い民話なんだけどな。村の名前も読みこそ同じだが、漢字は既に別のものに変わってしまったし。

妙に世知辛いというか、あの世の手前まで結局は俗だという考えが出てきて個人的には面白い

こういう俗な目線で書いた物語が出てくるとほっこりするよな、という話でした。

2019-05-14

南無妙法蓮華経とか祈ってみたんだけどさ

願いを込めて祈ってみたんだけどさ

宝くじが当たりますように!宝くじが当たりますように!

宝くじが当たりますように!宝くじが当たりますように!

って。

で、当たらなかったって言うと、信心がたりないっつーんでしょ?

あほかと思うよなあ。

2019-05-12

anond:20190512131144

それ以上を必要としない人それ以外へ注力したい人へのテンプレートしてはかなり優秀だよね

信心とかじゃなくてそんな敬虔ものじゃなくて丸投げ

しかすると宗教の薄い日本はその辺りのテンプレがないか

その分余計なこと考えていろんなところの効率が悪かったりするのかしら

2019-04-01

そういえば創価学会って叩かれなくなったな

俺がネットを始めた頃だと諸悪の根源の如く叩かれていたのに、そもそも最近名前すら見かけないんだが

からでも信心したら絶対幸せになれますかー?

2019-01-31

有り難い神託クレーマーと言うのはいいけど、神様だということを忘

我々お客神は慈悲深いから優しく神託を与えてやってるんだ

それを、ね?クレーマーって言うのはまあ神として許してやろう、ネット晒したりとかね?

疫病神でも邪神でも破壊神でも祟り神でも、それでも畏れられるべき「神」なんだわ

あーあ、神罰だね、粛清だね、大天使メタトロンは逆らう者をすべて串刺しにしたって逸話を知らんようだなこの神に逆らう不信心者は

というわけで神罰だ、カウンターとして個人情報晒されるか、店の評判を地に落とされるか、なにがいいかい?神は慈悲深いから好きな神罰選んでね

2019-01-26

バジュランギおじさんから見る非現実的な愛と現実的な愛

インド映画ってバーバリ代表されるようなダンスアクション&(キスシーンも許されない宗教性による)純愛っていうイメージだった

バジュランギおじさんなんていうオモシロ邦題からそういうハジけ方を期待して観に行ったんだけど全然内容違ったよね

結論から言ってこの作品は取り敢えず見ろ、溢れ出る感情をそのまま曝け出してこいって感じ

ご都合主義ではない現実的ストーリーテーリング最後のほんのちょっと奇跡を許してくれるそんなストーリーだった

大まかに言って

1.主人公パワンの人となり

2.チャーンドの加入による変化

3.迷子を送り届けたその後

に分かれるのだが一つ一つの構成が素晴らしい

1.主人公パワンの人となり

主人公のバジュランギおじさんことパワンは、日本人感覚(無宗教もしくは八百万の神が暮らす神霊信仰)としてはあまりにも愚直なおっさんである

まるで子供のように正しい事を正しい事として、ハヌマーンへの誓いである「嘘をつかず正々堂々」を貫こうとする

子供に好かれる姿や婚約者(とヒンドゥー的に言っていいのかわからないが)ラスィカーとの信頼関係など人との関係から彼がいかに"イイ奴"なのかがはっきりと描写されていく

そんなおっさん密入国という手段でもって少女を家まで送り届けようとするわけだが初っ端から「嘘をつかず正々堂々と密入国」というオメェ何言ってんだ?という展開から始まるのだ

うその時点で視聴側は「あ、絶対この人色んな所で損するやつだ」と今後の展開を察しちゃう

期待を裏切らず"正しい事を正しい事として"(法律上の)罪を敢行する姿はまさに愚直と言っていい

少なくとも嘘も方便であるとか思いやりの嘘だとかそんな当たり前の事すら出来ず、なんやかんやで勾留される姿は愚かで真っ直ぐとしか表現できない

愛すべき、失ってほしくない、周囲が守ってやりたい、そんな愚かで真っ直ぐな姿がそこにある

2.チャーンドの加入による変化

そんな姿を見てもう一人のおじさんであるチャーンドが加入し、以降は彼が嘘を担当していく

その嘘によってハプニングが起きるのもパワンの"正しい事を正しい事として"のスタイル肯定する要素として効いている

中盤に「ついに嘘をついたな」とチャーンドが茶化すシーンも序盤の流れをうまく利用してパワンの正しさと変化・成長を示唆している

とはいえ正しいだけでは実際何も解決せず、同情し手を貸してくれる人々の手助けも虚しく迷子の家は見つからない

そんな当たり前で現実的な流れの中で神頼み的な展開になるのだが、元からおじさんは「ハヌマーンが導いてくれる」という姿勢なので唐突性も「都合のいい時だけ神神言いやがって」感もないのだ

そしてハヌマーンか、はたまたアッラーかの導きにより家が見つかる細い糸のような手掛かりにたどり着くわけだが、コメディ以外でのご都合主義な展開はここが作中唯一の部分である

唯一であるが故に、おじさんが信心深く正しかったが故に、このご都合主義が正しく"導かれた"ように映るのが本当にシナリオ計算高さを感じるのだ

更に言うならこの導きは細い糸のような手掛かりであり、その手掛かりをモノにしたのはあくまでおじさん達の行動によるものなのだ

決して奇跡が起きたわけではなく人事を尽くして天命を掴み取った結果をご都合主義とは呼ぶまいという事である

3.迷子を送り届けたその後

中盤でパワンは「自首してテレビに映ることで迷子を見つけよう」とさらっと言い出すのだが、そもそも密入国だったわけで迷子は送り届けられるが無事逮捕と相成る

大事になった手前、収まりがつかないからか彼をスパイということにしたい軍?警察?上層部だが、チャーンドの「そら当然そうするわな」という当たり前の行いにより民衆の声が動き出す

この民衆の声は本作を観ている視聴者の声をそのままに代弁してくれる舞台装置であり、その後の展開を作り出す「そらそうなるわな」という舞台装置でもある

正に最後まで"正しい事を正しい事として"貫いた結果を描ききった傑作である

現実において正しい事をした奴が必ず報われるなんてことはない

"正しい事を正しい事として"貫いた結果、損をしただけなんてこともザラだろう

からこそ数多の主人公たちのようにおじさんたちの姿が輝いたのだが、本作の素晴らしい所は一貫して自然であったことだろう

規則を守らなければならない人たちは規則を守らせようとする

眼の前に困っている人が居れば手を差し伸べようとする

現実は出来すぎた偶然なんか起きない

そんな当たり前の事が当たり前のままに進み、そして"導き"によって得た機会を掴み取るという自然な展開こそが本作の素晴らしさだ

パワンという非現実的な愛と誠実さに溢れたおじさんが居なければ起き得なかった旅

チャーンドが共感し行った「自分立場ならそうする」という当たり前の行動なしには起き得なかった結末

当たり前の行動によって心動かされた民衆現実的な愛によって起き得た無理を通す力

ご都合主義奇跡に頼らず人が人として愛をもって行動した結果の物語、是非ともご覧頂きたいものである(上映時間159分だそうです。長ェ)

2019-01-24

神は利用するものだ、って言ったら信者さんに怒られたし、不信心者だというようなことを言われたりもした。

信じているから利用するって考えが出るのに、どうして信じていないと思うんだろう。

anond:20190124174508

その宗教団体内では「はしかにかかったのは信心が足りなかったから」みたいな話になるのか

それとも単純に「ワクチンを接種していればはしかにかからなかった」という話になるのか

書かれているような「運が悪かった」という話で終わってしまうのか

どうなんですかね

2019-01-18

anond:20190118230625

唱題してれば家庭円満のはずやのにな

信心が足らんのやろなあ

2019-01-13

anond:20190113212557

なんでやAdobe様に対する信心が足らないのではないだろうか

2019-01-11

差別感情の無い人間っているのかよ

クラスに数人はいた印象。ほんとに彼らが差別感情がなかったかどうかは知らない。外から見てるだけだからな。高校ぐらいが一番フラット大学くらいから逆に感化される人間も出てきて、別の意味で増えちゃったみたいな。

彼らをざっくり見ていたらなんとなくの類型はあったような気がして。

・育ちがいい

一言で括るとアレだし、育ちが良くてもいじめっ子みたいなのもいるので、イコールではないが、金持ち喧嘩せずなのか、教養の差なのかあまり差別感情が目立ってなかったな。

宗教心が強い家庭

差別心もそうだけど、その他のことも割と距離があるというか。自分信心深くもないので、彼らの世界はよう知らんけど、差別心という意味においてはそじゃないか

大家族

なんか差別というより貧の要素が強く、雑事にかまってられないような気ぜわしさがあったような

公務員特に教員

なんかストレートにそうだったような

逆に差別感情の強い子供が出ているところでいうと

・古い家柄(≠育ちがいい)地域ドン

固定観念が強いような。まぁ子どもたちはたいていそれ見て逆になったりもするものだけど。

自営業で金に敏い(≠ 町の商店主)

成り上がっていく人たちは得てして、意見が強いからね。まぁ子どもたちはたいていそれ見て逆になったりもするものだけど。

ふと思った事。

2019-01-10

anond:20190110231225

金になるかは結局信心に拠るところが大きい。

「結局は神社はじめ神道において制定しているだけ=要は信じなければ影響はない」

そういう等式が立ってしまえば信者が離れて金どころではない、危ういバランスの上に立っていると思うのですが……

まあ実際に起きていない以上私の見当違いに過ぎないわけで。

2019-01-05

anond:20190105103828

人と同じ動作してるだけで信心深いのではないのでは。

anond:20190105111746

実際宗教だろ型月厨は

教祖たる菌糸類御本尊言葉を神の御言葉と崇め 新興宗派ぐらんどおぉだぁ教を信心が足りぬ解釈を違えていると馬鹿にしてる

過去にふぇいと教を月姫教が同じ様にしたのに 今はその二流派がな

anond:20190105100448

手水で手は洗うが口は洗わんな、氏子に恵まれいる神社でも

鳥居の中に入ったらまずはお辞儀自然にしている年配の方がいて、作法として正しいかは知らんが、信心深い人たちも自然に隣におるのだなと思った

初詣で人を観察して思ったこ

クソ寒いのに全員あの手を洗うやつ律儀にやってる。信心深い人こんなにいるんだな。

2019-01-02

神様。私は信心深くなかったので正しい祈り方というものは知りません。

ですが私のくそったれな人生復讐する勇気をください。

この願い聞き入れられないのであれば、二度と貴方に祈ることは無いでしょう。

2018-12-26

たまに「無縁仏になるぞ」的な脅しをかましてくる人いるけど、無縁仏ってそんなに脅しになるほど嫌なものか?仏教徒の人前提で。

教徒無宗教の人ならともかく、仏教徒の人相手でもそこまで効果ある脅しとは思えないんだよな。

天国と地獄概念があるとしても、無縁仏だと天国行きに時間がかかるだけで全く行けないとかは無いわけで。(地獄行きの人は別として)

私は特に自分宗派に熱心とか信心深いわけでもなく、普通に仏教神道信仰しているけど、家の墓なくてもいいと思うし、無縁仏でも不都合は無いと思う。

100年どころか50年もしないうちに、更新しなかったりとか寺が潰れたりして墓が撤去されたら、それこそ実質無縁仏みたいな扱いになるわけだしね。

寧ろ無縁仏の方がある意味合理的な墓に思えるけど、そんな事言ったら他の信者と坊さんに怒られるし困るから無理だよな。

2018-12-17

アサシンクリードオデッセイ古代ギリシャ的な世界基本的にみんなすごい当時の神々に対してとても信心深いのだけど その中で「なんかひどい目にあった結果神を全く信じられなくなり、マフィアのようなものを作ってひどいことをする人」が出てくるんだけど こういった人物海外作品だとよく登場するような気がしないでもない。

これが欧米的な宗教観なのかなあと思う。 「この世界に神は存在しない」というのはまあ事実であるわけだけど、「神はいない!だから何をやってもいい!」という方向に行くことが多いから それを抑えるために宗教があるというところまでがある程度は共通認識としてあるのではないか

日本的価値観では神がいないという事実ショッキングものとして扱うことはないだろう。 でも日本人にとっては「無神論=虚無主義」ではないだけで、虚無的な精神状況になることはもちろんあるのであまり変わりはない。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん