「曖昧」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 曖昧とは

2018-07-17

昨日、ステーキ焼いたんですよ

レシピもなにもみずにね。

フロン加工のフライパンにんにくスライスして、オリーブオイルと一緒に熱した後、肉を片面60秒づつ焼いて、アルミホイルに包んでしばらく放置している間に、油とにんにくが残ったフライパンでは、細切りにしたじゃがいも2個を塩胡椒して炒めてね。

 

からレシピ読むと、肉は叩いておくとか、キッチンペーパーで水分を吸い取るとか、切り込みをいれて塩を振っておくとか、常温に戻すとか、そういうのいっぱい出てきた。

でも、正直くっそ曖昧に焼いたけど、めちゃくちゃおしかったです。

色々細かく考えて作ったら美味しいんだろうけど、そんなの全然肉食べワイルドボーイのやることじゃないとおもう。

ありがとう

2018-07-15

anond:20180714203618

日本では法的にも可能なイトコ婚を近親婚に含め、タブー視する国もある。人間感覚なんて曖昧もの

2018-07-14

特に目標を示されず、とりあえず「結果出して」みたいな指令のほうが良いというのは全くわからない。目標を明示された指示のほうが互いにとって良いではないか

「指示されたほうが気持ちよく動ける」じゃなくて、指示してる人の指示が指示になってない、目標提示してないってだけのほうが多い。

勝手目標を決めてそれが上手く指示者側とハマる人は運が良い。ああなるほど、そういう能力空気を読めるということか。

ていうか、指示者は目的があって仕事を任せるのに、なんで理想目標を出せないんだろう。と書いたところで、指示者も目標曖昧わからんのだと思った。

目標があっても、手持ちの武器がまったくなく「あとお前で考えといて」みたいなの。手持ちの武器を出してくださいよって言っても出してくれないとかよくある。

人間しんどい。やはり滅びればよいのではないか

昔好きだった人の夢を見る

昔好きだったといってもおそらく今も気になっているのだろう。

好きになったのは小学5年の時、今から20年も前だ。自分でもなぜここまで引きずるのかわからいくらい昔の話だ。

何でか付き合ってるみたいな噂がたてられたりしたがそうなることを望んでもそんな事実はなかったという思い出がある。

クラス役員を一緒にやっていたりで割と付き合いは多いけどそういうのを冷やかされるような空気があったので男女で遊ぶようなことはあまりなかった。

好きになる前にその人の家でみんなで遊ぼうという話があったのだが男子自分以外全員ばっくれて非常に気まずい感じになったことがあるくらいか

その気持ちを伝えることができていればよかったのだろうけど、それができずに卒業して中学は別々。

その後別の人を好きになったものの深い関係を気づくことなく終わり、ある機会に再開することになる。

といっても特に話したりすることもなく終わったのだけれど。

それから高校専門学校女性とは無縁の生活を送る。

最後の再開が成人式の日である。つまり10年ほど前。

向こう側から声をかけてきた。その声に反応して見たらとてつもなくきれいな女性になっていた。

好きという感情抜きにしても今までで見た女性の中で一番きれいな人だっただろうと思うくらい。

少し話をして別の人に声をかけ始めたのでその場を後にすることに。正直とんでもないヘタレだなと。

連絡先を聞くくらいできていれば結果はどうあれ悩むことはなかっただろう。

それからしばらくして、ほとんど諦めている所に夢に見ることになる。

もはや顔も思い出せないくらいなのに、「昔好きだった女性」という属性けがついて出てくるのだ。

この夢を見た時はとても幸せなのだが夢であるという事実がとても辛い。

さらにしばらくしてからもたまにそういう夢を見たのだが何度か見るうちに夢という曖昧ものの中で

「好きな女性」というものが昔好きだったその人と強く紐づいているだけなのだろうと認識し始めた。

それからは「好きな女性」という概念として存在するようなものとなっていた。

はいえ今でももしばったり会えたらいいなとか考えたりするのだけれど。

そして今日、また夢をみた。今回は明確に「昔好きだった女性」という属性をつけて。

なぜか友達と遊ぶ中でしれっと告白して付き合うことになっているのである。辛い。

その女性のことを思い出すたびに、自分がこれから女性と付き合うことなく生涯独り身として暮らしていくのだろうと考える。

もはや呪いであるとすら考えている。忘れたくとも今も「好きな女性」というのはその人のことを指すのだから

後悔するのは小学卒業までにケリをつけなかったこと。成人式で再会した時にもケリをつけられなかったこと。

ケリをつけていれば何か変わっていただろうなと。生涯独り身なのは変わらなかったとしても。

まだこんな飲み会があるんだよ

とある士業の資格を取り地元に帰って独立開業した。

地元田舎だが電車で30分程度でそこそこ賑わっている政令市に行けるので不便などは特に感じない。

独立開業してある同業者団体に加入した。

そこの諸先輩方は事務所運営やら営業活動について包み隠さず教えてくれた。また、その方々の事務所にも招待され全てを公開してもらった。

全てを公開しても影響が無いという自信とその諸先輩方の厚意に感動し、この団体に加入して本当に良かったと思っていた。

飲み会の前までは。

加入して数ヶ月後、歓迎会として飲み会に誘ってもらった。諸先輩方が自分を気にしていることが嬉しく二つ返事で参加を決めた。

初めは静かな飲み会て、仕事の話を中心にしていたと思う。思うとしたのは記憶曖昧から

諸先輩方の酔いが回ると自分相撲の優勝会見でしかたことない大きな盃が渡された。そこに先輩方が日本酒の一升瓶を持って嬉しそうに注いでいく。一升瓶が空になっている。

当然一気飲み。途中で盃から口を離してしまったが、先輩方は飲み干していた。次々と空けられていく一升瓶。

それが延々と続いたが記憶が無い。朦朧とする意識死ぬかもしれないとうっすら思っていた気がする。

気がついたら駅のベンチで寝ていた。

その日は一日動けなかったが諸先輩方は朝の7時から元気に仕事をしていたらしい。頭おかしい。

まさか30歳も半ばを過ぎたからこのような飲み会に参加するするとは夢にも思っていなかった。

おかげさまで事業は順調だが、定期的に行われる飲み会憂鬱だ。

参加しなければいいのだが、諸先輩方はその業界では有数の先進的な取り組みをしている事務所運営しているので教えはこれからも請いたい。

早く後輩入って来ないかな…

anond:20180714004955

これなんかわかる。

欲しいもの万引きで手に入れるとか、そのための手法とかをニヤニヤ誇りに思ってるとかの、オタクにもリア充にも見える曖昧立ち位置中高生みたいな連中が

そのまま大人になってそのキチガイっぷりをネット世界で炸裂させてる感じ。

2018-07-13

anond:20180713152932

いやそれが大変なんだよ

そもそも長文といっても、例えばその辺のオタクが書くような、ただ自分の知ってる情報適当に並べてみました的な長文とは根本的に違う

あいつら女のクソ長文というのはそんなんじゃない

「〇〇でトレパクが発覚しました」→「その時私は悲しくなりました」とか、「ライブに行ったらこんな人がいました」→「だから私は傷つきました」みたいに、隙あらば自分の私情を挟み込まないと気が済まないんだよ

事実を述べているのか、自分の心情を語っているのか、そこの境界が恐ろしく曖昧でもうごっちゃになってるわけ

ガキの読書感想文かよって感じ

http://b.hatena.ne.jp/zeromoon0/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E4%BC%9A%E5%A2%97%E7%94%B0/

とりあえずこの辺の文章読んでこい、男オタの長文とは別の意味でげんなりくるから

あの文体を真似しようとしても、そこまで自意識過剰じゃないから、同じような文章が書ける気がしない

anond:20180713120043

SEって色々あるよね

System|Service|Sales Engineer

System Engineerって名乗るとさらになんの仕事をするのか曖昧だよね。

いわゆるSlerとかのコードは書かないけど設計や調整はする立ち位置なら

Engineering DirectorService Engineerと名乗って欲しい

2018-07-10

anond:20180710231606

どちらとも取れる。もともと曖昧な文で、増田は間違ってない。

ただああいうのが店に出てると欧米人は「日本人だけ」と解釈しがち。

それは店に入ってくるところに出てるからだし(店の入口にありそうなメッセージとして「日本語のみ」と「日本人のみ」だったらどちらがありそうか?)、アメリカでは白人専用というメッセージが店に出てたような時代が実際にあったというような歴史的事情関係してるかもしれない。

もちろん英文法的には「日本語のみ」と読んでも間違いじゃない。店に出てると「日本人のみ」と読んでしまいがちだということ。

anond:20180710155824

低能先生事件も、わりとはてならしいと言えばはてならしい気もする。敵認定曖昧なんだけど、一度敵認定しちゃえば本当にメチャクチャ憎悪して煮詰まちゃう感じが。

anond:20180710154625

運営協会批判」と「日本代表全敗を願う」と「邪魔してやろう」の差はかなり大きいと思うけど、そういう区別曖昧にしてどんどん悪者扱いしていくあたりが、同じくはてな民らしいと思いました。

anond:20180709220739

俺も新参だけど、あれは盛ってる・創ってるのは百も承知文体の勢いとか馬鹿馬鹿しさを楽しむコンテンツだと思ってた。

いわゆる嘘松みたいな、嘘とわかった瞬間に主張が揺らぐとか、共感した読者が損した気持ちになるとか、そういうのとは違うでしょう?

逆に、ホントウソかを故意曖昧にしているからこそ読み手想像力が刺激されるところもあるよね。ていうか、そここそがあのブログ独自性であり魅力だと思う。そういう意味ではだいぶハイコンテクストではあるけれども。

たとえばフィリップ・K・ディックなんかには「現実虚構境界曖昧な様子を描いた虚構」がよくあるじゃん。浮遊感とか遊離感、不安感を楽しむというやつ。それを1レイヤー現実側に引き寄せたのがフミコフミオスタイルなんじゃないかな。ごめんほめ過ぎた。そこまでじゃない。

anond:20180710081153

人類は外宇宙進出できるくらいの技術発達ができるだけの素地がある

物凄く基準曖昧だし、どう考えても工学者が言い始めたことじゃないと感じる

基準曖昧と言うのは外宇宙に行けないかもしれないし、それを大幅に超えるかも知れないという意味

予言予知みたいなトンデモ論だ、科学者予測しかしない

anond:20180710074523

お前が元増田で書いてた内容をもとにやる内容だよ。

教育ででも完全に防げない」と言ってる以上も曖昧ものだし、そもそも、これは倫理教育受けてたら防げるたぐいのものではないと俺は見てるがな。

anond:20180710070742

わざと「どうすればいい」って結論曖昧にしてどうにでも逃げれるようにしてるバカが居るというのは知ってる。

2018-07-09

から愛されたくてしかたがない。

投稿です。

から愛されたことがない。

そして人の愛し方が分からない。

からも誰からも愛されたことがない人間なのだから仕方がないのかもしれない。

そもそも、私が、性同一性障害他者から恋愛対象として見られず、また、女性に惹かれることが多いため、女性として過ごしてる私は、出会いがないからなのか。

私が機能不全家族の出であることがいけないのだろうか。

私が発達障害やBPDの症状を軽度ながら持っていることがいけないのか。

死ねば楽になるのかな?

精神崩壊しそうだ。すでに崩壊してるのかもしれない。

助けて欲しい。


=====

以下は、乱文であるが、私の過去を書かずにはいられなくなったので、ここに書こうと思う。(多少のフィクションは含んでいるが。)

私は男→女の性同一性障害の現役大学生である

日常生活女性として暮らしていて、初対面の人と話したり、ショッピング空港等で元男性と見抜かれることはほぼ無く、また容姿もそこそこいい方であるという自負はある。(ガタイ無駄にいいのはコンプレックスだが。)

幼稚園児のときに母と父が離婚した。その時の母と父の喧嘩記憶していて、私にとっての一緒に暮らしいたこのろの父親像は母親に向かって怒りをぶつけているところと、仕事で疲れて寝ているところしか残っていない。そして、離婚後、親権母親に移った。

そして、仕事に一辺倒になった母からは面倒を見てもらえず、妹と共に子供会保護者祖母に面倒を見てもらっていた。

祖母は優しい人ではあるものの、愛情表現をする人ではなく、また同じ家にいたわけではないので一緒にいる時間は限られいた。

私はこの頃、植物に興味があり図鑑をよく読み漁っていた。また、ピーターラビットシリーズを好んでいたことを記憶している。

小学生に上がったときピアニカの色やランドセルの色が"私の望む色"出なかったことを記憶していている。

小学生2年生になると強迫性障害の症状を起こすようになった。ともかく、家の外のすべての物が不潔に思えた。1度病院に連れて行かれた記憶がある。幸い、小2のうちにだいぶ良くなり日常生活に支障をきたさなレベルには回復した。ただし、潔癖症自体中学生くらいまで強い意識が残った。

また、この頃から学校オカマとヤジされることが増え、友人は決して多いとは言える状況にはなかった。

この頃でも父親とは電話を通して時々話しており、またたまに合うことがあった。(よく上野国立科学博物館鉄博に連れて行ってもらった。)

ただ、一度、ファインディング・ニモに連れて行ってもらった。はじめての映画館で見た映画だったのだか、個人的に楽しめなく、父はそれに対して非常に怒っていたのを記憶している。

また、この頃から母親父親の間で伝言を伝えるような役割となり、お互いの悪口を聞かされ、また経済状況についてと揉め事を聞く立場となっていった。

小3になった時、母親再婚した。

相手子供が3人いたが1人はインフルで亡くなっていた。(ただし、継父に親権はなく未だに継姉・兄と顔を合わせたことはない。)

母はTVを厳しく時間を決める人であったが、継父はそうではなくよく妹や従姉妹テレビを見せていた。それについて、母親と揉めることが多く、私がママっ子であったため母親側についた事により、私は継父から見せてもらえなくなり、次第に顔を合わせるだけで睨まれるようになった。

小4になると母と継父の間に子供が生まれ、何もしない継父と仕事しかしない母の代わりに祖母と私と妹がよく面倒を見ていた。

そして、この頃から、継父と私の関係は更に険悪になり、私が継父から身を隠すように家で過ごすようになった。

幼稚園児のころから高いところから飛び降りたらどうなるのだろう、という気持ちはあったものの、この頃には明確に死にたい、という気持ちがあった。

また、夢の中で継父を刺し殺す・絞め殺す夢を見るようになるようになった。(この夢は大学生1年の頃あたりまで続いた。)

小5になると母親仕事軌道に乗り始め、経済状況は一気に良くなるが、継父との関係は最悪になり、一度私が勉強机の下に逃げたところを継父に顔を蹴り飛ばされたことがあった。(ここらへんの記憶曖昧で正確な時期を覚えてない)

また、私は元々書物を読む子供であったが、学校男子からオカマや(容姿を指して)キツネと呼ばれ、女子から女子の中心グループ犬猿の仲だったため、更に書物を読み漁るようになった。(ハリーポッターを1日の放課後で2冊を読みきる勢いだった。)

小6では学校はだいぶ落ち着いてきたもの、継父との関係は相変わらずだった。

また、妹もこの頃から継父との関係悪化してきており、不登校気味となっていった。

中学では寮生の少人数の学校に入った。これにより、家族とも同級生とも離れることができ、私にとっての人生の転換点てなった出来事であると思う。

ただ、男子野球部に、女子バレー部強制的に入部であり、内心でバレー部に入りたいと思っていたが、叶わぬ願いであった。(幸い丸坊主は避けれた。)

中2になると寮の中で私が最年長となったためリーダーシップを取ることとなった。

完璧主義だったため自他ともに厳しく、今では後輩にもっと優しく接すればよかったなと感じる。

中3では男子として野球することが嫌で地元中学に戻り、そこで小学校の時の数少ない友人と家庭科部をしていた。

またそれ以外については受験勉強をする日々であった。受験に関してはもともと勉強はできていた為もあってか、地域公立高校の2番めに良いところに合格できた。

家での生活はこの頃、継父は単身赴任であったため、実家が一番平和な時期となっていた。(また、妹も私のいた寮にはいった。)

寮で過ごしたことにより、色路学べたおかげもあってか、継父と小学校の時ほどは酷い関係ではなく、お互いに最低限以外の会話をする程度にはなっていた。

高1では理系クラスであったため、いわゆるオタクが多く、私にとって天国のような環境であった。また、寮の時の後輩と文通をよくしていた。(寮は電話メールは基本禁止だったため。)

また、中学生の頃から留学に興味があり、そのための準備をし始めた。

高2で、海外高校に転校し、海外生活が始まった。

高2,3ともそれなりに優秀な成績で学校生活も楽しめたが、学校福音派学校でありLGBTに対して差別を行うというほどではないものの、聖書引用して厳しい態度をとったこと、食事が不味いこと、男子寮で生活すること(アメリカ大学では基本寮生活)にストレスを感じ、アメリカ大学受験はしなかった。

進路は迷ったもの帰国した年度中に大学工学部合格しそこに入学することとなった。(親元にいたくなかったので実家から通えない距離大学のみ受験した。)

大学学業については、アメリカの授業の進度が遅く苦労はしたものの、なんとかついていくことができそこそこの成績を収めることができた。

ただ、1年目に男子寮に入ることとなり、それで精神病み、このままでは学業に支障が出たり自殺しかねないという事で、精神科(ジェンダークリニック)を尋ねた。

また、この頃に同じ性同一性障害彼女遠距離であるができた。(ただし、どちらかというと共依存のほうが近い関係であったと思う。)

B2になるとアパートぐらしに移り、またホルモン注射をするようになったため、見た目も女性的になりつつあったため、精神的に非常に安定するようになった。

学業についても学科の上位1割に入っており、勉強の遅れを鑑みれば非常に良い結果出会ったと思う。

ただ、この頃に彼女との関係共依存に近いものであったこともあり、それが崩壊し分かれることとなった。

大学3年生の現在自己労働力頭脳以外の"人間としての価値"を自分自身で見出だせなくなってしまった。

他大の友人との交流もあり、より良い環境の院に行きたいし、自分のやりたい研究仕事もある。けど、それ以外の人間的な将来について何も想像ができないし、強い希望を持つことができない。

自分自身の事なのに自分だけではにもできない事でつっかかかってしまった。

来年までに戸籍の変更もできるだろう。だいぶ恵まれている方だ。

けど、戸籍を変更したら私は結婚という選択肢を捨てることとなる。(そもそもパートナーなぞできないが)

変更しなければ就活で奇異の目で見られ苦労し、キャリアに影響が出るだろう。

なのにどうしたらいいのか分からない。

ホルモンバランスの崩れのせいもあるのだろうが、また自殺願望が湧いてきてしまう。

薬物への知識も多少あるため合法な乱用の仕方も知っている。そこに逃げてしま可能性が否定しきれない自分が怖い。

精神科・心療内科に行ったところで薬が出るだけだろう。それで一体何になる。

根本解決はできないじゃないか

肉体的快楽に身を任せりゃどうなのかと思ってしまう。

どうしたらいいのか。

助けて欲しい。

2018-07-08

から本を読んでいて

自分の中で些末な情報と本筋の区別が余りないことに気づいた。

読み終わった後大事な筋が頭にどうも残っていないのではないかと疑問に感じた。

本を読むとき情報を入れるとき)にどんなレベル情報もそのまま受け取ってしまっている。

まり重み付け(優先度)が付いていないから数日も経てば、読んだ内容が霧の様に失せてしまう。

自分の中で曖昧知識曖昧なままにしているのではないか。噛み砕いて理解し、その構造を把握するまで至っていないのではないか

だとすると今まで無駄時間を過ごしてきたことになる。いやさ曖昧知識何となく脳に眠っているだろうが効率の悪い情報収拾をしていたのだなとおもう。

そのこと自体自分能力の不足だから仕方ないことだが、これから情報入力の際気をつけなければならないと思った。

せめて要約ぐらいは意識して行ったほうがいいのだろう。これが自然にできる人と出来ない人では同じ読書体験でも大きな差が出るだろうな。

活字全ての構造が明快でわかりやすければそんなことはないだろうが、読みづらい文章は幾らでもある。

そう言う文を駄文として一切近づかない姿勢もあるのだろうが、私はそうはとても思えない。

公開処刑

麻原の死刑のことを公開処刑と言ってる人を見たけど、公表と公開の意味曖昧なのか?

三島由紀夫金閣寺」について


金閣寺』という小説が何を表しているのか、単刀直入に語るとすればどのような言い方になるだろうか? それについて敢えて率直に語る事はすまい。

 とは言え、勿論その文章の中心的な部分は割に簡単言葉で表す事ができる。つまりは「美しさ」と「地獄」という二語によってである。ただし、これだけだと余りにも簡単説明でき過ぎてしまう。実は、金閣寺はこの二語のみによって説明できる小説なのであるが、それではあまりにもざっくばらんすぎて、説明が詰まらなくなってしまいかねないのだ。その為、少しだけ読者を焦らす事にする。


 金閣寺1956年雑誌新潮』に掲載され、年内に単行本化し15万部のベストセラーとなった――また、現在に至るまで文庫を中心に300万部以上を売り上げる日本の伝統近代文学の内の一つである海外においては複数言語翻訳され、日本文化を緻密に描いた三島由紀夫文章は各地で絶賛を浴びた作品でもある。しかし、無論この小説には難しい部分がたくさんあって、一朝一夕で読み解くにはハードルが高い。

 しかし、繰り返すようにこの小説は二つのポイントをさえ押さえるならば十分に理解することができる。

 つまりは「美しさ」と「地獄である

 この言葉はあまりにもこの小説を語る際に便利過ぎる。

 金閣寺は美しさの象徴であると同時に地獄象徴であった。これが三島由紀夫がこの小説において語ろうとしていた全てである小説金閣寺』は1950年に発生した、青年僧侶による「金閣寺放火事件」を下敷きにしており、三島由紀夫はこの青年僧の犯行根底に「美への反感」があることを読み取った。そして、そのコンセプトを元に書き上げられたのが、当の大作『金閣寺』なのである


「美への反感」。

 つまり、人は美しいものを時に憎むのである。そのような感情一言に言って地獄の現出に他ならない。

 何故ならば、人は美しいものに中々なれないかである

金閣寺放火事件」の主犯となった青年は幼少より吃音の症状を呈しており、恐らくそ吃音症は彼の人生に薄すらとした重たげな影を投げかけていた。

 吃音症は美しいか否か、と語るとするならば、恐らく人は吃音症を称賛するよりも嘲笑するだろう。いや、これもまた偏見なのかもしれないが、少なくとも三島由紀夫はその吃音の症状一つ取るに、青年僧の人生に降りかかる薄すらとした影の姿をまざまざと感知したのであった。そして、青年僧は自身が美という観念からはやや隔たった存在であることを自覚すると共に、美に対する拭い難い憎しみの存在を抱え続けることになるのである。――自身の美への憧れの象徴として、自身父親から長く「美しい」と語られていた金閣寺存在を、憧れと同時に、憎悪対象とし始めるのである。やがて、青年僧は最終的に犯行に及ぶ――金閣寺放火し、その美の象徴たる美しい建造物を、焼き払ってしまうのであった。

 美に対する憧れ、そして憎しみ、そのような薄すらとした影が、青年僧の人生には降り掛かっていた――これが、この金閣寺という小説を書くに至って、著者である三島由紀夫本人が青年僧に対して抱いていたイメージ重要な箇所であるだろう。そして、もはやこれは自明のことであるとは思うのが、その薄すらとした影――つまりは「美への反感、憎しみ」――とでも言うべき影は、三島由紀夫人生のものをも固く包み込んでいたのである

 三島由紀夫本名平岡公威(ひらおかきみたけ)は1925年に父、梓。母、倭文重(しずえ)の元に生を享ける。

 幼い頃は虚弱体質であった三島が、長じてからは肉体強化のトレーニングに励んでいたことは周知の事実であろう。

 三島心中いかに「美」に対する執着と、そして同時に反感とが存在していたか推して知れることである小説仮面の告白』においても語られていた通り、三島由紀夫心中には鬱々たるものがあった。そして同時に、そこには複雑な、文章によって表現することの憚られるような感情が幾つも幾つも存在していた。恐らく、彼はそのような歪な感情存在する理由を、人生において追究していたに違いないと思われる。

 でなければ誰があん小説を書こうとするであろうか?

 ともかく、三島由紀夫はその人生において複雑な美意識を持っていたし、同時に、その美意識に対する反感を抱き、自分自身感情を飼い慣らすことに苦労していた――そこには美に対する憧れと、同時に美に対する反感、そして美を中心とした地獄があった――これはおおよその三島由紀夫研究者が抱いている彼に対するイメージであろうと思う。三島由紀夫は彼の小説において、彼の人生のものを率直に表そうとしていた。彼の人生というものは、恐らくは彼の書いた小説以上にわかやすものだったのかもしれない。


 金閣寺の作中において、柏木という名の登場人物が現れる。この人物は跛足であり、つまりは歩行に困難を抱える身体障害者であった。

 そして、小説金閣寺』においては明確にこの人物が、当小説における極めて重要な部分を語る鍵となっているのである

 作中における柏木キャラクターについてはここでは敢えて詳細に語らないが、しかし彼が主人公青年僧に対して口にしていた、『金閣寺』という小説の根幹を成す極めて重要台詞について語ることにする。それは、以下のような台詞であった。

地獄の特色は、すみずみまで明晰に見えることだ。しかも暗黒の中で!」(文庫金閣寺、p.129)

 柏木というキャラクターはいわば「地獄」に関する伝道者としての役割果たしている。「地獄とは暗闇の中で一切が明晰に見えることである」。この言葉意味曖昧模糊としている。そこには、語るまでもなく明らかな矛盾がある。暗闇の中では一切が曖昧で、決して明晰になど見えはしないのだ。しかし、このような矛盾物語の後半において一挙に解消されることとなる。そう、ここにおいて柏木の語った一節は、当小説重要テーマである金閣寺の「美的側面」、ひいては、金閣寺の「地獄としての側面」に対して、判明な解答を与える重要キーワードであるのだった。


 飛んで、物語の後半。主人公青年僧は、ついにその目的を実行に移そうとしていた。

 彼の中にある美への憧れの根源――金閣寺存在のものを一挙に焼き払おうというのであるしかし、時刻は夜であった。そこは全くの暗闇であり、暗黒であった――。しかしそれでも主人公の目には、暗闇の中にある筈の金閣寺がまざまざと視認され始めるのである

 そう、正に「暗黒の中で」「すみずみまで明晰に」金閣寺が浮かび上がったのだ。

金閣寺は雨夜の闇におぼめいており、その輪郭は定かではなかった。(p.318)

が、私の美の思い出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になった。(p.319)

ついには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはっきりと目に見えるものになった。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隈々まできらめいて、私の眼前に立ち現れたことはない。(同)

 そう、ここで暗闇の中で明晰に知覚できたのは、美の象徴として語られる金閣寺の姿そのものだったのである

 金閣寺はここにおいて、彼の記憶に根差した「美」の象徴として語られている。そして、同時に、かつて語られた柏木警句が浮かび上がらせるのは、金閣寺の「美」としての側面と同時に立ち上がってくる「地獄」としての側面だったのである


 小説金閣寺』は、青年僧の中に存在する「美」への屈折した感情を描き切った名作であった。そして彼はその「美」をも、「地獄」をもまた共に焼き払ったのであった。

 そこには、純粋な憧れと同時に、地獄としての大きな側面が描かれていたのである

2018-07-07

敬語文化ってアスペルガー的だよね

敬語の使い方が曖昧だろうが、相手に敬意があるかなんて普通の人は感覚的に認識できるけど、

厳密な言葉の使い方を規定してそれに合致しないと敬意を認めないってのは

ルールにこだわり相手の気持を読めないアスペルガー的な性質だよね。

そういう意味ではある意味日本敬語文化アスペルガーでも社会に組み込めるように作られた

多様性配慮したマニュアルといえるのかもしれない。

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