「曖昧」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 曖昧とは

2018-10-18

話題会社インターンしていたときの話(フィクション

※この話はすべてフィクションです。実在企業人物とは関係ありません。

9年前、私がとある会社インターンしていたときの話です。

9年も前なので私の記憶違いもあるでしょうがショッキングなことが多く、その後何度もフラッシュバックしているので大筋は間違っていないと思います

インターンについて

当時、その会社では新卒営業職を募集しており、私を含めた数名が、選考過程で在学中にインターン営業の実務に携わっていました。

インターン自体は珍しくないと思いますが、この会社では「職業体験」ではなく、「採用条件」でしたし事実上の「労働」でした。

採用過程

私のときはこういう過程だったと思います

  1. 説明会エントリーシート持参)
  2. 社長面接
  3. インターン

リーマンショック直後だったので当時の就活はみんな必死でした。

この会社説明会にも大勢集まっていた記憶があります

ただ、ES選考で大半の人がふるい落とされて、面接まで行った人はごく一部だったようです。

面接会社事務所で、社長と一対一でした。

社長は大柄で存在感はありましたが、話してみると関西弁の軽快な口調で物腰柔らかく、第一印象は悪くなかったです。

アニメ漫画雑談が中心で、面接通過の連絡をもらったときは、どこで合格が決まったんだろう?と不思議でした。

 

私の代はインターン制度の2年目だったと思います

私は大学3年の冬にインターン入りしたので、ひとつ上の学年にも4年生で在学中の内定者が3,4人いました。

私の同期は最初6,7人くらいいたと思いますが早い段階で抜けた人もいたので正確な人数は覚えていません。

 

仕事内容

インターンの主な仕事は以下でした。

  1. 営業電話をかける
  2. 会社主催する業界交流会への招待・運営
  3. 業界内の会社同士のマッチング
  4. 求人広告営業

2も3も最終的な目的は4です。

今はわかりませんが、当時の会社事業求人広告がメインだったと記憶しています

(他にもクリエイター支援ゲーム攻略サイトなどもやっていると説明会で聞きましたが、私たちノータッチでした。)

 

営業電話

会社リスト電話マニュアルを手にひたすら電話

1日に数十件かけるのは当たり前でした。

電話個人携帯を使うので、電話代も本人持ち。

電話代は申請すれば出るみたいな話もあった記憶がありますが、(当時はかけ放題プランが無かったので)電話代の請求額に青くなった覚えもあるので、本当に電話代を貰えていたかどうか曖昧です。

事務所から電話することもありましたが、出先でも自宅でもどこからでも電話をかけてました。

初めての会社宛でも社長と知り合いであるような調子でかけるよう指導された覚えがあります

 

業界交流会への招待・運営

上の営業電話の流れで、会社不定期に開催している業界交流会への案内をすることが多かったです。

どこかパーティー会場で交流会をやっていたそうですが、私は運営に参加できなかったので詳細を知りません。

 

業界内の会社同士のマッチング

「こういうことができる会社と知り合いたい」と言っている会社に他の会社を紹介する仕事です。

私自身に何も伝手がなくても、上司には名の知れた会社との付き合いがあったので、このマッチングは喜んでいただけることも多く、やりがいがありました。

 

求人広告営業

一番大事仕事ですが、安くはない金額契約なので一番苦労しました。

ここで成果を上げることが採用の条件でした。

なので、広告を出してもらうことが事実上ノルマだと解釈していました。

 

業務請負契約

インターンは全員、会社業務請負契約を結んでいました。

全員に契約書を渡されてその場で印鑑を押しましたが、ちゃんと読む人はいなかったですし、詳しい説明もなかったと思います

 

条件で覚えているのは、日給+成果報酬制だったことです。

日給はたしか1000~2000円くらいだったと思います

時給ではなく日給です。

成果報酬は、求人広告が成約したときにもらえるものでした。

この当時は貯金がどんどん目減りしていた記憶があります

 

人間関係について

社長

先に書いたように第一印象は悪くなかったです。

私たちに気前よく食事を奢ってくれることも多く、客先に同行してもらうと大抵の交渉も良い方向に進みました。

ただ、気に入らないことがあったときの身内への当たり方はすさまじかったです。

それと、当時から読書量は自慢の種でした。

 

幹部A

社長大学の同期。

当時は会社ナンバー2だったと思います

仮に小上さん(仮名)とします。

私のイメージでは社長とまったく同じ思想・行動原理の人で、社長よりむしろこの人のほうが私たちに厳しく当たることが頻度でいえば多かったです。

当時の印象しかないので、この人が社長反旗を翻すとは思ってもみませんでした。

 

幹部B

社長や小上さん(仮名)よりも数歳年上の男性幹部

先の業務請負契約などはこの人の担当だったと思います

この人も社長同様に激昂型でした。

特に男性に厳しかった印象です。

同期の男性がめちゃくちゃに怒鳴られている現場に何度か居合わせたことがあります

今はこの会社にいないのでしょうか。

 

新卒メンバー

新卒の1つ上の先輩だった人が副社長になっていたので驚きました。

9年前の時点でリーダー立場だった覚えはありましたが、小上さん(仮名)より上になっているとは思いませんでした。

 

同期は良い意味個性的な人が多かったです。

アニメ漫画などの趣味オープンにできる環境だったので、最初から打ち解けやすかったです。

知り合うタイミングが違えば親友になれていたのかもと思う人も多かったです。

なんで辞めたのか

まず、営業電話件数広告の獲得も事実上ノルマがありました。

フルタイムもこなすのが困難なくらいなのに、大学に通いながら達成するのは厳しかったです。

電話代や交通費など金銭的な負担も大きかったです。

 

ただ、それでも同じような趣味をもった同年代の人たちと仕事できるのは楽しかったし、あこがれのアニメを作った会社自力アポをとって行けたときの喜びも大きかったです。

あの会社に入っていった人たちはそういう気持ちが持続したんでしょう。

でも私は途中でその気持ちが途切れました。

 

内定者の先輩の中にいきなりいなくなった人もいました。

「他の仕事に就くため」と説明された気がしますが、入社間際に急にいなくなるなんておかしいと他の人と噂しました。

同期もどんどん減っていきました。

その様子をみて「あの人たちはこの程度で辞めてしまって情けない、私たちはこんなに頑張れているのに」と思ったこともあります

 

私もノルマ達成できずめちゃくちゃに恫喝されました。

 

私の人生であれだけの恐怖を覚えたのは後にも先にもありません。

まず、社長幹部普段と全く違う表情でにらみつけてくる。

その時点でパニックです。

直接的な暴力は振るわれません。

代わりに、わざとらしく大きな音で机や物を叩く。

社長の大柄な姿から威圧感が放たれるので、その拳や脚が自分身体に直接向かってきたら……と思うと頭が回りません。

何を言われたかもよく理解できず、自分罵倒する言葉にただ「はい」としか返事できない。

彼らにとっては日常だったのでしょうが、私にとっては生涯忘れられないトラウマです。

 

これだけ恫喝されても「もっと頑張らなきゃ」と思った人たちもいます

同期は恫喝された後にもっと重いノルマを達成するための誓約書を書かされたそうです。

私には無理でした。

いろいろな負担がかかっていたところに恫喝でとどめを刺されました。

 

なんで今、増田で書いたのか

怪文書の類なら増田かなと。

というのは冗談ですが、前々からこの会社について書こうと思っていました。

いつか書こうと思いつつ自分の中でうまく消化しきれずにいました。

 

私はあの会社に傷つけられましたが、争ったり告発したりすることはしませんでした。

この9年間、彼らと距離を取り続けていただけです。

一種PTSDなんでしょうか、ネット上でたまに彼らの会社名やサイト名を目にすると思考が止まってしまうことがありました。

何かの拍子に当時のことを思い出し、怒りや恐怖が心が満たされることが、9年経った今でも時折あります

 

ただただ、距離をとっていました。

いくらなんでもあの当時よりはまともな会社になっているだろう、と心の隅で期待していました。

私の頃は新卒採用を始めたばかりで、いろいろな仕組みづくりが追いついていないのだろうと好意的解釈していまた。

 

もちろん、今回背中を押されたのはOさんの件がきっかけです。

私はOさんと同期で、もちろん面識もありました。

とてもいい子でした。

 

今回、9年ぶりに彼女名前を目にしたときのショックは言葉にできません。

私もOさんのようになっていたかもしれない、という恐怖よりも、私に何かできたんじゃないか?という悔しさが先にありました。

 

当時、ただ距離をとるのではなく、たとえば労基署とか、駆け込むべきところに駆け込んでいれば少しは彼らのめちゃくちゃな行為に歯止めをかけることができたのかもしれない。Oさんの件も防げたのかもしれない。

たらればの話に過ぎないのはわかっていますが、そう考えると無念でなりません。

 

今回の件がどう展開するにせよ、最終的な結果が出るまでかなりの時間がかかると思います

世の中にはいろいろな事件が起きています

時が経つうちに、今回のニュース自然と忘れられてゆき、彼らはまた何事もなかったかのように誰かを追い詰めてしまうかもしれない。

この件が簡単に風化してほしくありません。

それでこの文章を書いて公開した次第です。

 

記事には目を疑うような記述が多く載っていますが、(あくまで私個人の感想では)いずれもありえる話だと思いました。

 

後になって気づいたことですが、彼(ら)は社内に常にスケープゴート役になる人物を用意して自分たちの怒りのはけ口にしたり、他のメンバー優越感の材料にしていたんじゃないかと感じました。

Oさんの話を読んでいてそのことを思い出しました。

当時の私もそうなっていたのかもしれません。

私自身、いちばん追い詰められたときには自殺を考えました。

 

先に書いたように、私は小上さん(仮名からも厳しい言葉を受けたことがあります

当時の小上さん(仮名)もいわゆる洗脳状態にあったのだとしても、彼に対する個人的な不信感はぬぐえません。

なので、単純にどちらが正しくてどちらが悪いか判断はつきません。

両者の言い分に差異があるようですし、それは今後明らかになってゆくことでしょう。

 

ただ、事実がどうあれ、あの会社の発信しているメッセージ違和感を覚えている人は多いようです。

個人的には、会社側の文章最後に書かれた、実名にせよ匿名にせよ虚偽の情報を流した人物には訴訟を辞さない、という旨の記述に恐怖を覚えました。

この機に乗じて会社のことを告発するなんて許さないぞ、と私たちに向けて恫喝しているように感じました。

彼らは今も自分たちにとって都合のいいスケープゴートを探しているのかもしれません。

 

最初に書いたとおり、この文章フィクションです。実在企業人物とは一切関係ありません。

具体的にどの会社のどの件を指して書いたのかも明言しておりません。

何かあればまた追記します。

オリンピックボランティアに対する疑問

東京五輪ボランティア最近ずっと(ネット上では)批判を集めていた。(結局かなり集まったようだ)

しかし、何故そこまで批判されているのか未だに私は理解できていない。

報酬がないことに対する批判が多いようだが、そもそもボランティアってそういうものではないのか?

もし東京五輪で、「無報酬強制的に働かされている人」がいるのならば批判は尤もだ。(少なくとも自分はそういう境遇の人も少なからずいると思うし、その人が東京五輪ボランティア批判をするのならば当然の権利だと思う)

また、「世界でも日本においても有数の大きなイベントなのに、その準備にボランティアという責任所在曖昧な人々を雇うのは如何なものか」という批判理解できる。(さすがにボランティア活動の範疇ということで、ボランティアで集まった医師の方々含めそこまで大がかりな仕事は任せられないとは思うが。)

しかし、「元々参加すらするつもりもなく、強制的に参加させられているわけでもないのにボランティア活動に憤っている人」がどうしても理解できないのだ。

ボランティア活動というのは、「報酬がないため、参加を強いることはできないがそれでも良いのなら」という名目募集されているものだ。

そこに強制力はなく、嫌なら参加しなければ良いという自由がある。

再三言っている通り、もし強制的に参加させられている立場の人からしたらたまったものではないと思う。そういった人々のために憤り、批判をするのはまだ分かる。

では、インターネット上で一定数いる「無報酬であるという事実のものが許せない」という人は何故怒っているのか。

嫌ならば参加しなければ良いというただそれだけの問題ではないのか。

どうもインターネット上の、いわゆる炎上の熱気にあてられて「理由は分からないが、ボランティア活動そのもの唾棄すべき悪である」という方向に進んでいないだろうか。

そして中には、「ボランティア活動に参加するのは政府に踊らされている情報弱者」「ブラック企業に働かされているようなもの」とまで言い出す人もいる。

何度もいうが、自由参加ではないのか。

インターネット批判炎上の波に乗せられて、自分が何故怒っているのかきちんと整理できなくなっているのではないか

私はその辺の理由がどうにもわからない。

長くなってしまったが、要するに私は「参加自由の、無報酬ボランティア活動そのもの批判されている」理由が分からない。

何度か考え直してみるつもりだが、納得のいく答えは出るだろうか。

ピンふり偉人名言

まだノベライズ買ってない(そのうち買う)からしかしたらそちらにはきちんと収録されているのかもしれない(ノベライズ担当原作者令丈ヒロ子は内容を大幅に変えてしまったと脚本吉田玲子に謝ったらしいので入ってないかもしれない)が、みんなピンふりピンふり言う割に名言ネットに残していない。名言好きっていう属性は事前告知チラシにもピンふりのプロフィールとして載っているが映画若おかみは小学生!」でピンふりは4つしか偉人名言を喋っていない。

「私はこの社会に いやこの宇宙に衝撃を与えたいの」by スティーブ・ジョブズ

「習わしは万物の王」 byロトドス

「汝の心に聞くな 心に教えろ」by トルストイ

「夢見ることができれば、それは実現できる」by ウォルト・ディズニー

この中で世の中(≒ネット)にある言葉そのままなのは一番最後ディズニーのものだけである。ヘロトドスのものは若干言い回しが違う。トルストイはこの名言のものがあまり広まっていない(≒検索しても見つからない)。スティーブ・ジョブズ名言も前半はジョブ自身が言ってるわけではなさそうだ。ただそれだけに、ピンふり本人は自分言葉を言いながら偉人名言を思い出しているのではないかとも思われる。ちなみに4つの名言のうちヘロトドスを除く3つまでがおっこに対して使われた言葉であり、もてなしに行くおっこを送った際に励ましに使ったディズニーのものを除く2つは学校教室で話している言葉である。「わたし普通ってものに埋もれたくない」と言って「時と場所にふさわしい衣装」なるもの否定した割にはTPOには敏感とも言える。なお「普通」という言葉に関しては関峰子もまた「普通なんて曖昧ものさしでお客様を計ってはいけない」と否定している。花の湯温泉でおかみとして働くには「普通」に反するこだわりは必須のものなのだろう。

追記:

家に帰る途中で青い鳥文庫ノベライズ買ってきた。挙げられてる名言全部あった。

「我の心に聞くな 心に教えろ」by トルストイについてははてブで指摘あった通り「汝」の聞き間違いだったのでそこ直した。あとは少々違うところとか、実はこの人の名言じゃないよとか書かれたとことかあるけどノベライズ=脚本でもないしそのままにしとく。気になる人はノベライズをどうぞ。

anond:20181018122720

なるほどなー

高校教師なんかがあるから教師と生徒って昔からもっとタブーだったのかと思ってたけどそうでもなかったのね

まもちゃんうさぎちゃん中学スポーツカーで迎えに来てたよね

冷静に考えると色々おかしいけど少女からの憧れがあるからアリなのかなーなんて思ってたわ 思ってたの当時なのであれも今初めて読む人には違和感あるのか

自分感性時代に即して変わってきてんだな、不思議

昔の漫画って大人の男が女の子ちょっかいかけると本人または第三者からのやや過剰表現での鉄拳制裁みたいなお約束もあったと思うんだけど、あれはいつごろなんだろう?

いつごろというかもしかしたら特定漫画表現だったりするのかな、曖昧……

あれがないからなんか違和感ってのもあると思うんだよね あれの是非もあると思うけども

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、ふた月が過ぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

20年以上前子供の頃にイギリスにいた時の話

馬鹿がびっくりするほど多かった。

地方の元炭鉱町ということもあってか、基本的知的水準が低かった。

10歳で掛け算が曖昧な友人が何人もいた。

そもそも授業が妙だった。

8歳の頃はひたすらエジプト歴史文化を習っていた記憶がある。

その時ですら「なんでエジプトなんだ。もっと他に順を追って習うことあるだろ。自国歴史とか。」と思ってたけどひたすらエジプトだった。未だに謎だ。

算数は進捗別に何班かに分かれて、プリントが配られてそれを解くという方式

どれも簡単なのだけれど山程問題があるので時間内ですべて解きることのはできなかった。

クラスの4分の1くらいが所属する一番下の班はもちろんまだ四則演算だ。

パソコンの授業もあったが、授業というよりパソコンに触れることがメインだった。具体的にはゲーム

原始的なエアシュミレーターと、文字入力で進めるアドベンチャーゲーム。一台しかないので時間制限あり。

生物の授業はビデオを見て感想を書く。内容は面白いのだけれど、難しい英単語が多くて理解に苦労した。

そして級友がイラズラしてきて邪魔でうるさい。

自分英語勉強を一切させられずに地元学校に放り込まれたのでコミュニケーションには難儀した。

言葉が通じないので、異邦人へのちょっかいには暴力で返す。泣くまで蹴る。親が何度か呼び出された。

それでも最終的には友達が何人もできた。英語は大して上達しなかったけれど。

あの年代男子はみなフットボールの上手い下手でカーストが組まれていた。

フットボールの上手なやつは上位カーストで、それ以外の価値あんまりなかった。

女の子馬鹿だった。学力的には男よりも馬鹿だった。ときどきパンツを見せて見た男子からかっていた。

その割に実際のエロいことには奥手で、実際女子に対してパンツを覗くなどのエロ行為を働くと友達から英雄視された。

キリスト教的な性に対する教育が家庭で行われていたのかもしれない。

教会の息子も友達にいたけれど、平均よりも少し頭が良いくらいで、まあ馬鹿だった。

「僕は大人なったら父のあとを継ぐよ」と言っていたけれど、あの程度でなんとかなるものなのだろうか。

中国人の子供の一人は算数がずば抜けてできるらしく、飛び級していた。それを全校生徒の前で褒められていた。

イスラム系の子供は全員シカトあるいはイジメにあっていた。

気のいいやつもいたけれど、話をすると周りからシカト対象になるのでほどほどにしていた。

性格の穏やかなユダヤ教徒とやつと仲良くして、他の生徒との橋渡しをしたら先生にえらく褒められた。

当時は宗教的価値観がわからなかったので「あいつはジュー(ジュイッシュ)だからやめとけ」という友達言葉意味がわからなかった。

まあ言った本人も何がダメなのかわかってなかったと思う。聞いても回答がなかったから。たぶん親から何か言われたんだろう。

一番仲が良くてナイスガイフットボールの上手い友達がいた。

家も裕福だったし、あの調子ならたぶんフットボール選手になっただろうと思って検索してみたらチーム所属中に性的スキャンダルを起こしていた。

彼らは今や30代半ば。

そんな彼らの住む国が明らかに頭の悪い動きを示しても、何もおかしいことはないんだ。

2018-10-17

anond:20181017160534

つまるところ、「ダサい(かもしれない)独自性」を求めるか、「クール模倣品」を求めるか。

日本は前者を選んだという事であり、定義曖昧デザイン性より1から作り上げるクリエティティに美しさを求めたのだろう。

残念ながら増田は、デザイン以外の要素にも美しさがある事を知らないようだ。

anond:20181017150121

定義曖昧からこそ飛び交ってる便利な言葉から注釈は無理だな。

「『常識』で考えて」「『大人』なんだから」と同類の、他者もっともらしく弾圧するための単語から人によって意味は違うし、違う方が都合がよい。

ワールドトリガー感情描写が下手なだけ

anond:20181016205553

要はこれって、あの作者は感情を絵にするのが上手じゃないという単純な話だと思う。

感情表現っていっても、ワンピース僕のヒーローアカデミアみたいに泣き顔をドアップで見せろとか、感情優先で頭の悪い展開をやれってな話じゃないよ。

ワールドトリガーって意外に感情で動くシーンも多い。というか、ストーリーの楽しみってのは感情的なもので(数式や理屈だけで展開するもの物語とは言わない)、そこを異常に毛嫌いする方が変なんだけど。

増田の書いている三輪もそうだし、そもそもチカを守ろうとするメガネくんや借りを返すためにそこに着いていく木虎とか、戦略的な見せ場でありながら戦いそのものを楽しんでいたランバネイン、自滅するエネドラなど、感情で行動するシーンもキャラもそれなりにある。

なのにその印象が弱いのは、作者がそこを強調出来てないからなんだよね。(エネドラはかなり強調されていたと思うが、逆にエネドラくらいじゃないと印象的な感情描写をしないともいえる)

展開に感情起因のゴタゴタがなくてストレスを感じにくいのはいいんだけど、それと引き換えに肝心のクライマックスでも読者の感情を煽るような絵と演出になってないってのは、やっぱりちょっと弱い。

ドラゴンボールの有名な場面も「ギャルパンティおくれー!」「クリリンこのことかー!」「バカヤロー!」「バイバイみんな」、

ハンター×ハンターも「今すぐ君を壊したい」「余はこの瞬間のために生まれてきたのだ」など、全部感情的な瞬間。キャラ感情描写ってのは少年漫画では凄く重要なわけ。

漫画を書くならまずはキャラの表情を最低20種類は書けるようにしようという指南もある。

他のメジャー少年漫画と比べればすぐわかるけど、ワールドトリガーそもそも喜怒哀楽その他の表情がものすごく乏しい。顔だけじゃなくて、体も感情表現をしていなくて、ある種棒立ちと言える描き方が多い。

キャラ主体となる少年漫画としてはかなり異色の作画で、ただの新人なら真っ先に直されるところだ。そこが許されてるあたりが、この作品ストーリー構成非凡さの証明でもあるんだけど。

ピンチになってキャラがあせってる場面でも、非常に形式的な表情しか書かれていないので、「うわー大変だメガネくんどうなるんだ」と読者の感情をあおる力が弱い。人によっては、ただ答え合わせを読まされているような白けた気分にもなると思う。やはり読者はキャラと一緒にドキドキしたいのだ。

過去の回想で姉の助けを求める三輪も、涙を流してこそいるが、なんていうか物凄く曖昧な表情だ。これでは三輪が姉の死を悲しんでいることは理解できても、共感しない読者が出てもおかしくない。

印象的な場面として記憶に残らないので、三輪いくらネイバー憎悪をむき出しにしようとこのシーンが頭によぎらないのだ。こういう点が辛い。

感情描写が薄いところも含めて「それが味」といえなくもないけど、ネームはそのままに人物作画や表情を少し変えるだけで劇的にプラスになると思うので、これは欠点と言っていいと思う。面白いんだけどね。

2018-10-16

曖昧基準表現自粛に追い込む前例重ねると宗教が参戦したらヤバい

もし日本宗教原理主義者が

公共放送NHK)が真っ昼間から神の教えに反する同性愛肯定的に取り上げる番組を流すことは、我々の教義公然侮辱する信仰への迫害だ、少なくとも子供悪魔の誘惑に晒されぬようにゾーニングせよ」

文句を言いだしたら、どうするんだろうね?

このクレームは、形式的にはフェミニスト

公共の場オタク向け萌えエロセクシズムステロタイプ表現露出することは、集団としての女性の権利侵害なので自粛せよ、少なくとも子供が見ないようにゾーニングせよ」

という主張と同じなので、フェミの主張でキズナアイ(あの衣装のまま女性ステロタイプを演じる)のNHK出演が自粛に追い込まれるなら、宗教原理主義者の主張にもNHKは屈するしかないと思うんだけど。

これは別に現実的思考実験じゃないんだよね。既に欧米ではあちこちで起きてる問題だし。学校教育進化論を教えるべきではない創造論も教えるべきとかね。

日本でも徐々に外国人ムスリムの長期在住者が増えていて、インドネシアマレーシアから観光客もしばらくは増え続けるでしょう。

その中のほんの一部ではあっても、「日本では書店テレビ公共の場信仰へのあからさまな攻撃で溢れているので、マイノリティである我々はとても生き辛い」と言い出す日はそう遠く無いと思うんだ。

そういう敬虔信徒の彼らにとっては切実な抗議にどう応答する? 心底嫌そうな顔でゲイを「気持ち悪い……」と指差す我が子の傷つきやすい幼い心を守りたい親心日本社会はどう向き合うべきか?

日本には表現の自由って物があるんだから、お前らカルト定量化できない被害の主張(=お気持ち)に耳を傾ける義務こちらには無いんだよ! このホモフォビアどもめ!」で書店テレビ局は突っぱねるべき?

だったら「お前らフェミ定量化できない被害の主張(=お気持ち)に耳を傾ける義務こちらには無いんだよ! この退廃芸術禁止したナチ末裔ファシストどもめ!」と突っぱね続けないとね!

2018-10-15

anond:20181015192238

そうなんだけどそもそも日本ネットがとりあえず理念無しに金目的で発展しちゃったせいで

どこが公共の場でどこが公共の場じゃないのかが非常に曖昧なのが難しい問題

anond:20181015162742

理詰めする。

例えば「君はホントセンスがないね」といわれたら、なぜそのようにおもったのか、センスがない・あるの基準はなにか、またその基準を決めるデータはなにかって言っていけば、なんとなく、イメージ空気感かいう答えしか出てこないからそれを繰り返す。

そして「曖昧なことしかいいませんよね。しっかりと基準をもってくれませんか。」とカウンターマウンティングするだけ。

 

データ数字をもってマウンティングされたら諦めろ。

あー!もう好きだ!!告白する!!

どんなに断られても好きなんだよ!忘れられるわけないだろ、優しくすんな!嫌いならLINEの返信するな、ブロックしろ

期待してしまうだろ。バカ

「今好きな人ますか?」って聞いたら

「いまへん。ドントウォーリー」って答えが返ってきた

なんじゃそら?

何がドントウォーリーなん?いい意味に捉えるぞ?

曖昧な態度とられても好きなんだよ!

3年間片思いしてるから多分、一生好きだわ。バカ

好きだ!好きだよ!彼女にしてよ!!大好きだぁー!!

2018-10-14

絵が描けないか小説を書く

二次創作をする文章書きの常套句だ。

かく言う私もそのうちの一人である

最初は絵を描いていた。

自分の頭の中にある妄想を、どうにか表現出来ないか試行錯誤した。

でも描き続けることは出来なかった。姉のほうが、私よりも絵が上手くてセンスもあったからかもしれない。そもそも絵を描くことが好きじゃなかったかもしれない。

とにかく絵は諦めた。今も全く描いてない。

次に手を出したのは小説だ。

最初に書いたものは、とても小説とは言えないものだった。

地の文に何を書けばいいかからなくて、誰と誰が話しているか曖昧な会話ばかりが増えていく。

語彙が乏しいから同じ表現しか出てこない。

登場人物がどこにいるのか判然としない。

オチワンパターンで終わった気がしない。

欠点を探し出すとキリがないくらいだ。

小説を書くのは難しいと思い知った。

今でも小説を書けているのか全く自信がない。

思い通りのものが書けなくて、書こうと思っても何も浮かばなくて、書きたいもの自由に書けない自分が腹立たしい。苦しい。辛い。悔しい。

反対に、作品を書き上げるのはとても楽しい自分妄想表現するのが心地よい。いつもオチに困るのは、自分の中に広がる世界に終わりがないからだ。

そんなことすら思ってしまう。二次創作オタクの分際で。

書くのは楽しいし、書けないのは辛い。出来るならずっと書いていたいし、いつか書けなくなる日がくるのが怖い。

このサイクルをもう十年も繰り返している。

絵は諦めた。上手く描けなかったから。

小説はまだ書いている。上手く書けないのに十年も。

ここまでくると、本当は小説を書くほうが好きだったのかもしれないとすら思う。きっかけが、絵が描けないからというつまらないものだっただけで。

単に二次創作をしたいだけなら、他にたくさん方法がある。

でも小説を書いている。諦めて次にいくこともせずに。

今も書けなくて、でも書きたくて、エディタを閉じたり開いたりしている。

結局書けないのでここにきた。自分の心象なら書けるかもしれないと思ったのだ。

しかし書けない。ようやく捻り出したのはこれだけだ。

もっと書けるようになりたい。というか、何故書けないのかが知りたい。

自然言語曖昧さに耐えられない

本を読んでいると書いた本人にしかからいであろう用語が登場することがある。辞書一般的定義を調べても理解できない。そうなると前後文章から著者の意図を推測するしかない。このようなことが毎回のように起きると読書が辛くなる。

世の中には人間言葉コンピュータ理解させようとしている人がいるが使う人によって意味が異なる言葉をどのように理解させようとしているのだろう。数式で意思疎通ができればいいのに。

白黒

から白黒決めつけるのが苦手だった。

これは嫌い。

あれは好き。

この食べ物が嫌い。

この食べ物が好き。

の子が嫌い。

の子は好き。

そうやってはっきり決めつける子を見ると、すごいなと思うと同時にもったいないと思ってた。

嫌いと決めつけてしまうと、その物事の一切を遮断してしまって、その物事可能性を見れなくしてしまうと思ったから。

から私は可能性を信じて、嫌い、と決めつけることなく生きてきた。

なんとなく嫌な人でも、ちょっと苦手だなと思うくらいで嫌いとまでは断じなかった。

そうやって生きてきたからか、曖昧人間になってしまった。

自分感情というものふわふわしてて、鈍感な人間

深く物事を考えない。

良くない。自分でもよく分かってる。

激しい感情を持っていなくて、色彩で言うなら淡い色しか持っていない。

原色のような激しい感情がない。

いや、あるはあるけど、それに蓋をしてしまってる。

激しい感情を持つことを自分自分に禁じてしまってる。

理由は、たぶん、昔の自分が激しい子供だったから。

我儘で自分中心。

思い通りにならないと喚き散らす子供だった。

本当に嫌な子。

だけど優しいおばあちゃんが亡くなってからわたし自分のことばかりで、全くおばあちゃんのことを気に掛けていなかったことに気付いた。

困らせてばかりいた。

本当に嫌な子。

それからだと思う。

周りをよく見て、激しい感情を抑えるようになったのは。

優しい子だとよく言われるようになった。

でも親しい子には、冷たいね、と言われた。

鈍感になってしまたから、盲目的になってまた肝心なことに気付かなかった。

結局、自分はどれだけ足掻いても、自分中心なのだ

優しい子を装っても、根は自分のことしか考えてない。

三つ子の魂百まで。

こんな卑しい自分と付き合っていかなければいけない。

ひたすら理想人間になれるように、フリをするけれど結局どこかで粗が出る。

純粋な優しさを持ってる、打算も何もなくても人から好かれる子が羨ましい。

鮮やかな感情を持つ子が美しく見える。

自分感情をしっかり持ち、大地に根を張っている。

そんな生き様が眩しい。

白黒決めつけなかった自分は、自分灰色世界をしてしまったんだろうか。

そういえば、シンデレラって灰かぶりって意味だっけ。

わたしもいつしか感情を曝け出して好きになれる人が現れるのかな。

今まで燃え上がるほどの好きと言う感情すら持つことがなかった。

友達恋愛で泣いているのを見ても、私にはその感情100%理解できることはなかった。

何人かと付き合っても、泣いて別れるなんてことはなく、あっさりとしたものばかりだったから。

物語で見る激しい感情に憧れる。

わたしに降り積もる灰を全部燃やし尽くしてくれる人がいつか現れないかと思うほどには、わたし少女ちっくな部分はある。

灰は燃えない。

でも高熱処理をし続ければ鉄のように気化する。

だけどそんないるかも分からない王子様を待ってたってしょうがない。

そういうのは性に合わない。

自分自分を変えなければいけない時なのかもしれない。潮時とも言うかな。

都合の良い〝良い子〟はそろそろおさらばだ。

あなた自分感情をただ封じ込めて良い子を演じてるだけの人形

良いと思われる子の言動コピーしているだけ。

うそろそろヒビも割れてきてガタがきて、チグハグだ。

それじゃ、生きていけない。

生きるために、我儘で嫌な子をそろそろ人形の中から出してあげないと。

今なら制御出来るだろうから

大人になったらね、あなた必要になってしまったんだよね。

anond:20181014121043

そうだなぁ〜、ちょっと長いけど考えてみた。

・例1:メタ視点の導入NG情動レベルで話を済まそうとする

会社にて、Aさん、Bさんの間で問題が起こっている時、Cさんが仲裁するとしよう。

 

実際は業務システム問題があるにも関わらず、Cさんはそういう俯瞰した視点の持ち出しは避けて、

「Aさんにも家庭があるんだから」や「Bさんもわざとやったんじゃないんだから」と、同情を煽って曖昧に済ますという選択を選ぶ。

ちなみにシステム上の問題なので、問題は繰り返される。そしてこの仲裁も繰り返される(扇情バリエーションは増えるかもしれない)。

 

・例2:「空気」「同調圧力」に合わせる

面白くない上司冗談に笑わなかったら冷遇されるので、顔の筋肉を動かす。

もしくは、全員冗談言ってる場合、横並びのために冗談をいう。

これはあんまり説明しなくてもいい気がする。

 

・例3:権力内面化

上の立場のひととやりとりする際、敬語謙譲表現がこれでもかと盛り込む。

ごますり

正直、コミュニケーション冗長になり、消費エネルギーが爆増する(疲れる。。)。

 

 

しろ、こんな一生懸命理由を考えちゃってること自体が、アホっぽい気もするんだけど、、、

しかし、笑わずに読んでくれると嬉しい。

線引き

いじめの線引きってなに?

ヤジと応援の線引きってなに?

虐待愛情の線引きってなに?

おせっかいと世話好きの線引きってなに?

世界曖昧すぎる。

2018-10-13

anond:20181013125559

コレもっと単純に、能力差があるのに同じ仕事させて誰が得すんだ? でよくね?

 本当に違うかどうか知らんし、そもそもそこから議論すべきってきもするけどさ、体力差は明らかだから肉体労働比率を同じにしろって誰も言わないじゃん。

乳母さんに男がいないのは不平等じゃなくて、できないからだろ? 産婆とか保母とかはできなくもないだろうけど、向いてない気はするんだよ。

 いわゆる一部の頭脳労働がどうなのかってのは、ちょっとからないけど差があるんなら同じ話じゃね? そこをハッキリさせないと言い争っても無駄じゃね?

仕事場合は体調もメンタル関係してくるから、そこと女性優位な点をトレードオフして考えるっつーかさ。

 あらゆる面で男が勝ってるワケねーし、逆もそうなんで、適材適所ってだけじゃん。

で、個人差があるから一般的資質判断の一つとして(根拠曖昧な)性別による判断をされているのが問題、って事だろ?

 よく分かんねーけどこの辺でも読んでから議論し直したら?

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3295598/

 こっちは分かり易いよ?w

https://en.wikipedia.org/wiki/Neuroscience_of_sex_differences

【1】2018秋、ベトナムホーチミン

<< この旅行記の先頭へ


anond:20181013111225





Day 1



1日目 成田ベトナムの翼、タンソンニャット


羽田深夜便だった前2回の旅行と違い、今回は成田発で、昼出発。

しかもややメンタルに不調を抱えているとあって、余裕を持った出発を心掛けたかったが、時間勘違いして、ギリギリ成田エクスプレスに駆け込み、その上方向を間違えて折り返すという失態を演じてしまった。

南国ホーチミンに行く前に国内でもう汗ダクだ。

肝心な時には何かバタバタする傾向がある自分なので、「またやってしまったー」と思ったが、どうやらチェックインには間に合いそうで、成田エクスプレスの車窓から畑を眺めながら、「この旅行に行って何になるんだろう」と愚にもつかない事を考えた。

別に何が起こるわけではない。

ただ若いからずっとボンヤリあった心象風景、雨のベトナムで川を眺めながらお茶料理を食べる、その画をこの目で見て来るのだ。

メンタル不調なんて、ボンヤリするのに格好の舞台装置じゃないか


前回の香港旅行では、事前に広東語フレーズをいくつか覚えて行ったが、「話せるものの聞き取れない」という致命的な見落としがあり、結局中学校時台成績2の片言にもほどがある英語と、メモによる筆談で乗り切ることになった。

ベトナム語も広東語と同じ声調言語(音の高低と発音意味が決定する言語)であり、しかもその声調というのが「コブシを効かせるようにいちど下げて上げる」「波のようにうねって上げ下げして上げる」という難解極まるモノで、もう「ありがとう」「これください」「トイレはどこですか」以外のコミニュケーションは投げている。

今回も筆談翻訳機とGoogle mapが頼りだ。


今回搭乗したベトナム航空は、ベトナムフラッグシップのようで、エコノミークラスといえど、タイガーエア台湾香港エクスプレスとはモノが違う。もちろんTGATやHKEXが悪いって訳じゃないけど、地上職員日本語ができるし、機材も大型で安定していて、シートには枕やブランケットが用意され、機内食も出る。

さらに、シートにはモニターが設置されていて、映画その他も見られる。

海外に行くときはその地のポップカルチャーを予習して行きたいのだが(香港前に発見したアガサ・コンは最高だった)、ベトナムはまだYoutubeでの情報が少なく、これと言った映画アーティスト発見できずにいた。

そこでモニターポチポチやっていると、果たして良さげなベトナムアーティスト(多分)を発見したのだった。

ホアン・ティエン・ミン・トリ

英語詞の曲とベトナム語詞の曲が半々。音楽性はR&BEDMダブステップの様な強めじゃないムーディーなやつ)とジャズを掛け合わせた様な感じで、ジャスティン・ティンバーレイクを思わせる。

これでラップが入ってきたら完璧だ。

機内では検索できないので、あとで調べよう。

朝飲んだ安定剤が効いているのかな、憂鬱な気分が後退してきていい感じだ。


ややあって、海外旅行なら一度は聴いてみたい、「pork or fish rice ?」というフレーズと共に機内食サーブされた。

ベトナム航空会社なのに機内食和食が出るという不思議仕様でもっぱら噂のベトナム航空だ。

ここで「fish」と答えれば和食が出て来る事は間違いなく、折角の海外旅行しかも出発便の機内食和食というのもどうかという事で、「pork」と答えると、豚の唐揚げ煮物チャーハンぶっかけたようなご飯と、海鮮春雨サラダパンデザートが出てきた。

春雨の方はヤムウンセンとかそれに類するもので明確にアジア料理だが、ぶっかけご飯の方はなんだか分からない。

付け合わせが椎茸煮しめだったり、桜の形に型抜きされたニンジンである事も地味に混乱する。

味はというと、エコノミーでこれだけの物が食べられれば充分満足で、その後、暖かいコーヒーサービスがあったり至れり尽くせりだったのだが、あれはベトナム料理だったのだろうか。

カラトリーがまとめられた袋の底に、スパイスの小袋が入っており、「甘利香辛食品株式会社」と書いてあった。京都伏見会社であるという事だった。


機内食で腹を満たし、少し微睡む。

眼が覚めると機内は消灯されていた。

英語スポーツチャンネルを見ながら、「早くホテルで横になりたいな。でも何を楽しめるんだろう?テレビをつけても何言ってるか分かんないだろうし」という思いが浮かんで来る。

チャンネルでは、MTBアーティスト大木バランスボール建築物ワインディングロードなど様々な障害をキッカーにしてトリックをキメていた。インスピレーションを色々なものから受けて、驚くべきビデオやショーを生み出すらしい。

他の人から無意味に見えるもの価値見出して楽しみ、アートを生み出している。

意味不明に見えるけど羨ましい。

普段自分もそういうキャラなんだけど、ダメかもなぁと感じてしまう。

多分、朝飲んだ安定剤が切れる頃合いだ。

自律神経失調症で襲って来る不安無力感安定剤を飲んで感じる旅行への期待。

正常と狂気の境は曖昧だと思っていたが、こうして自分のものだと思っていたものが揺れ動くと、もっと根本的な、「自分」や「個性」というものが虚ろなものに思える。

深追いはしないでおこう。

しばらくして血糖値が安定すれば、少し収まって来るに違いないから。

今日はまだ頭痛は襲ってきてない。


「間も無く、当機はホーチミンに到着いたします。到着は19:30、ホーチミンの気温は38℃です。」

機内アナウンスに耳を疑った。

今年の異常熱波関東平野都市化が高気圧をブーストしており、バンコクより気温が高い、なんだったらユーラシア大陸で一番高いとさえ思っていたが、勝手思い込みだったようだ。飛行機を降りると湿った空気を感じる。日本人の歪んだプライドは常夏のホーチミンの湿った熱波が吹き飛ばししまった。


19:50、国際空港入国審査というのはどこか陰鬱雰囲気ものだが、イミグレーションを抜けてもタンソンニャット国際空港は静かだった。

思った以上に質素空港

香港国際空港羽田と比べると、まるで石垣空港みたいだ。

改めて旅程について説明しておくと、3泊5日というのは、帰国便がこのタンソンニャット国際空港 6:25発であり、ホテルのチェックアウトが当日では到底間に合わないので、前日にチェックアウトして空港で出発便をまつ、という事だ。

帰りはここで夜を明かすんだろうか。

そう思って建物を出て驚いた。

なんと半解放の広大なスペースに待合ベンチが設置されている。

軒を並べる飲食店、溢れる活気、びっくりするほどの騒がしさ。

タンソンニャット国際空港はこの半野外のスペースも含めての空港だった。

こんな空港日本ではまずない。

「ははは、スゲーな!」薬が抜けてるに決まってる時間帯だが自然に笑ってしまった。

たことがない光景だ。やっぱり先生の言う通り、この街に来て正解だった。


【2】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 1|ベトナムの名誉 へ >>

日本人として誇りに思う」の違和感

日本人世界的に活躍した時に語られる、

日本人として誇りに思う」というフレーズ違和感を唱える人がいる。

おそらく、この文は二つの捉え方

A「同じ日本人でありがたい(感謝)」

B「同じ日本人である私はすごい(自慢)」

ができて、後者(自慢)の捉え方をした人が「違うだろ」と違和感を唱えているように思う。

日本人として誇りに思う」は、主体曖昧フレーズなため、

誤解を受けないようにするためには、

海外活躍したあなたを誇らしく思っているのであって、

 自分自身を誇らしく思っているわけではないんですよ」

という点を明確にしなければならない。

2018-10-12

転職をしたかった公務員感想

きっかけ】

1.公務員という存在そもそも馴染めなかった

2.出世すると裁量がむしろ狭まることに耐えられなかった

3.中高大学と恵まれしまったためとにかく優秀な人と過ごしたかった

顛末

・Mイダ

A社、広告関連のベンチャーSEでも営業でもいいよと雑多な募集。初めて面接を受ける。裁量労働制で魅力的だと思った。営業内定をもらうが年収50万円は下がりそうだったのでのちに辞退(承諾せず)。

サービスのコンセプトは面白いが、いかんせん聞いたこともねえよという中小企業や、「サービス系」企業が多い。他の求人サービスもそうだが、人材紹介会社保険営業求人が多くて「アッ」であった。

・Rナビエージェント

B社、Rクルー出身40代いかにもマージンベンチャー事務で応募。一次面接は余裕で突破するも、いかリクな感じが微妙だったのと、新規性を感じなかったこと、SPIを受けるのが面倒だったことがあり辞退。

求人量は豊富だが、書類応募勧奨が激しすぎる上に一次面接辞退はほぼ不可。初めて転職しようとすると書類が通過する案件が意外と多くて詰む。給料アップ案件公務員のせいかほぼ提示されず。エージェントと話したことはない。最初キャリア面談みたいなものコンパスになったかなと思う。

・Dーダエージェント

C社、比較的長めの中小広告関連企業。一次面接でうまく受け応え出来たかと思ったが、あえなく散る。

エージェントとは何度か話したがどうにもこちらのキャリアプランが伝わっていないような案件ばかり。公務員から年収ダウンかついかにも「事務員」の仕事ばかり。担当エージェント時短勤務で、フルタイム勤務の自分にはちょっと相談出来る時間帯が険しかった。案件豊富だがRの方が豊富かもしれない。あとメール多すぎてウザい

・Wークポート

特に何も受けず。エージェント案件数も微妙おすすめしない。

・Bズリーチ(エージェント利用)

D社、エージェントから紹介で受けた新規サービススタートアップ。なかなかいいと思ったが、いかんせん一次面接までに御社のことをあまり勉強できず、自分キャリアビジョン曖昧アピール不足。当然落ちる。

E社、エージェントから紹介で受けた通信ベンチャー。D社と同じような敗因。1日で複数面接を受けるのはいけない。

F社、エージェントから紹介で受けた教育IT関連中小企業筆記試験(敬語算数ペーパーテストドン引き)はあるし、同日の一次面接では「2人目のご予定は?」となんでてめえに答えなきゃいけねえの? という質問多数。配偶者仕事も事細かにエージェント経由で聞き出そうとしてくる。辞退。

Bズリーチエージェントも良し悪しだけど基本的上から目線感があってめんどくさかった。書類通過しないと企業の人と直接やり取り出来ないのも残念。案件の質は他より高いが何でもかんでも受けられるわけではなく、ポテンシャル採用的な扱いを受ける公務員には不向きかもしれない。

・Bズリーチ(自己応募)

G社、Fintechスタートアップ。ここら辺まで来ると自分なりのキャリアビジョンを話せるようになってきており、マッチングしてますアピールを大切にしてみた。コーポレート系のある職種内定。辞退する。

H社、G社の同業他社。この業種は魅力的だが、魅力的でなくなるのも一瞬かもしれない、というのが両者の共通点。さまざまな事件は大した問題ではないが、今後ワクワクしない系業種になるかもしれないあたりが不安であった。コーポレート系のある職種内定。辞退。

エージェントに比べて博打ではあるが、ピンポイントで業種を狙えば内定まで行けることが分かった。ジョブチェンジポテンシャル扱いで転職に挑む場合意外とBズリーチ自己応募は穴場かもしれない。セクハラしてきそうな会社も避けられる。

・Wンテッドリー

I社、Fintechスタートアップ。H社G社とは別業態。自社プロダクトへの愛や、メンバー温度感空気感から惚れ込む。正直、ハッタリかました部分も大きいが、やっていきたかった。コーポレート系で内定年収100万円近くアップオファーもあり承諾。

ココロオドってしまって悔しいが、スタートアップがいいかなと思い始めてから使ったので有用だった。会社の人とカジュアル面談出来るのはやはり楽。SNSシネー。まあ条件提示とか一切ないまま受けたけど、公務員からスタートアップいきたいとなるとそのくらい雑な方が良かったと思う。

感想

公務員から何になりたいのかによる、というと身も蓋もないが、演出は大切だと思った。元からガジェットやらWebサービスやらに興味があったことと、情報系の学部を出たこと、公務員生活法令数字に強くなったことを訴求できたのが、自分ジョブチェンジ成功ポイントだろう。

公務員から民間なんて技術資格もないし無理だと去年くらいまで思っていたが、割となんとかなってよかった。書類通過して面接受けた企業だけ書いていて、書類落ちや書類通過から面接辞退もありますフォーカスのない転職活動は消耗しまくるだけだとも学べた。

公務員生活愚痴はおいおい。以上。

anond:20181012132922

そうなんだ?映画とか音楽とか、公共の場所で流してお金取るなら著作権料払えよ!って感じだから、それと同じだと思ってたよ。

もちろんそこもグレーで、じゃあ友達に貸すのと何が違うんだよ!とか店で映画流してるけど、それに対して金とってるわけじゃねえよ!って反論があって極めて曖昧だとは思うだけど、店でゲームとか映画で釣って時間単位で金とるのはグレーながらほぼ黒って認識だと思うんだよね。

から度が過ぎれば逮捕される「こともある」的な。

それに対して、中古販売業逮捕された人見たこと無いから、世間的に見たらそれはグレーだけど白認識なんじゃないのかなと思ったんだ。

anond:20181012110907

英語でも全く同じ曖昧さがある

英語・句レベル曖昧性についてー英語暖昧表現の諸相皿一』(tps://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20181012120049.pdf?id=ART0001124066)

anond:20181012104826

いや、句点問題ってのは正確ではない。

日本語あいまいなところは、語順無視してもオッケー、という点に尽きるんじゃないかな。

man on a yellow bike 黄色自転車に乗っている人

yellow man on a bike 自転車に乗っている黄色い人

こうならいいわけだろう。

これはどちらかといえば、日本語曖昧というより、イギリス語がカッチリしてるんだが。

あとよく言われるのは、日本語主語目的語無視しても大丈夫なのが曖昧、とかね。

これがハッキリしてれば議論できるかというとそうでもないとは思うけどね。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん