はてなキーワード: シバとは
ひろゆき氏は無作法だからイカン派らしい、調理されたものは出されたまま食えと。
彼の住むフランスのレストランでは卓上に塩コショウが必ず置いてあるが、彼はあれをなんだと思っているのだろうか。
年齢、性別、体調、職業、出身地、好む塩分濃度が人によって違うのは当たり前。
コーヒーをブラックで飲む人もいれば砂糖やミルクを入れる人も居る、同じ人でも日によって違っったりするが、ありゃ味変ではないのか?
提供する側がベストな砂糖とミルクの量で給仕し、出されたほうが黙って飲むべきなのか。
百歩譲って「日本の話」と区切るとして、日本独特の文化を守り続ける意味あるのか
彼いつもそーゆーのに突っかかってない?
とか考えてて、現実問題として我が家はこのローカル文化摩擦が今後厄介案件になるので思考や方針を整理しておくためのメモ
俺の妻は外国人でありあちらは戦勝国でこちらは敗戦国の三等国民なので基本的には妻のカルチャーに従っている、しかし子育てしているのは日本で、あちらの文化に慣れてしまうと息子が小学校にあがってから文化的摩擦が生じたりそこから自己肯定感の低下にも繋がりかねないと心配している。
日本人にバカにされたら「黙れ敗戦国の劣等国民め、ここ半世紀で経済成長率が我が国よりも上だったのはたったの5回しかないのだぞバーカ」とでも返してやれと教えてはいるが。まぁそれはいい。
日本では必要な分量を小皿に差して使う、残さないように注意する
結婚当初はやんわりと注意していたが戦勝国様は意にも介さないので諦めた。
どちらが正しいのか俺自信明確にジャッジできないのだ
だが、正しさの前に最低限のマナーを身に付けなければその所作で人物評価されてしまう
これが厄介なのだ
論理的な正しさで言えば醤油が貴重品だった時代はとうに終わり、大量生産、合成醤油の時代にチビチビ使う合理性は無い、ちょっと多めに注いだところでたかが数円、数十円。
ものを大切に、人を大切に
ところがである、彼女の国の方が遥かに人やモノを大切に扱ってる。
人生そのものを有意義に生きている、議論の余地が無いほどに大差で日本が負けている
社会のルール、抑圧、正しさへの隷属、そーゆー息苦しさが自殺率の多さだと思うのね
そういえば思い出した、妻と電車に乗っていて目の前で人が倒れたことが二度ある。
妻は助けるのが当然なのだが、俺は二次的なトラブルに巻き込まれることを想像して躊躇する、そして周りの日本人も全員同じ。
優しい日本人、ふーん
まぁいい
楽しく食事するときに細かいマナーなど気にせずに日本では無作法だろうが楽しくお話して醤油の配分なんぞ歯牙にもかけない、ええじゃないの
とは思うが、息子が小学校で無作法とバカにされた時に冷静に論理的に反論できるか?
できねぇわなぁ
ちなみに息子は超絶猫舌、アチアチを好むのは日本と韓国くらいしか無い
妻は子供の食事を十分に冷ましてから与えるため熱いものが食えなくなってしまっている
こーゆーのもどうしたものか
無数にあるんです
困ったなぁ
結論先送りで
バカすぎて笑う
ROの段階でインターネットは「まあ韓国にも面白いコンテンツはあるよな」と「でも韓国人はゴミカスのクソチョンだよな」を両立させるスタイルだったんだが?
ニダーを張りまくって韓国を散々笑った後に「今日ラグオルでさー」と話出す二枚舌の気狂いだらけ。
ブルアカのおかげで目が醒めた?
は?
バカか?
でもそうはならなかった。
それは不運か?
違うね。
お前は言葉の暴力で他人を傷つけることが大好きなクソ野郎で、そして他人を皆で苛めるのが好きな卑怯者だっただけだ。
でも段々とネット世論の中では過激化する嫌韓についていけなくなり、自分たちまでシバキの世界に巻き込まれるのはゴメンだとぬるい人間から抜けていった。
お前みたいなさ、新年もなく『楽しいから』だけを理由に差別をするような正真正銘のカス野郎が次々抜けていったんだよ!
お前は何も変わってない!
お前はずっと同じだ!
ROという素晴らしいゲームを生み出せるなら韓国人だって同じ人間なんだと信じられたはずの人生を手放しておいて、界隈の韓国イジメが冷めてきたらブルアカが私の心を救ってくれたと身勝手なストーリーを垂れ流す!
今も昔もお前は何も変わってない!
なんの信念も理性も理念も善性も身に着けちゃいない!
ある作品で「首都が国土の中央部にないのはおかしい」というツッコミが入ったという。
だが、そもそも首都は国土の中央部にあるものだろうか。現代を舞台に検証してみよう。(シンガポール、モナコのような都市国家は考慮しない)
お手本のように中央部にある国といえばまずここだろう
そもそも北部のフラマン語(オランダ語)圏と南部のフランス語圏の中間に作った都市なので
アフリカ大陸の南東にある世界で4番目に大きい島+付属島を国土とする島国である。
・ベラルーシ(ミンスク) ・スロベニア(リュブリャナ) ・ラトビア(リガ) ・バングラデシュ(ダッカ) ・イラク(バグダッド) ・チリ(サンティアゴ) ・エチオピア(アディスアベバ) ・コロンビア(ボゴタ) ・パナマ(パナマシティ) ・ナミビア(ウイントフック) ・ナイジェリア(アブジャ) ・コートジボワール(ヤムスクロ)
厳密な中央はヌベールあたりか? ともかくCatBは初手がここであるからお察し。
厳密にはもっと内陸へ行ったところだと思うけれど、海洋国家だし。
厳密な中央はもう少し南西だと思う。
北島と南島が主な国土で南島の方が広い。首都のウェリントンは北島の最南部。
中央はもう少し南だとおもうけれど、まあ。
・メキシコ(メキシコシティ) ・セルビア(ベオグラード) ・チェコ(プラハ) ・スーダン(ハルツーム) ・カメルーン(ヤウンデ) ・ペルー(リマ)
・アメリカ合衆国(ワシントンDC) ・カナダ(オタワ) ・ロシア連邦(モスクワ) ・ドイツ(ベルリン) ・イギリス(ロンドン) ・ノルウェー(オスロ) ・スウェーデン(ストックホルム) ・フィンランド(ヘルシンキ) ・デンマーク(コペンハーゲン) ・オーストラリア(キャンベラ) ・中国(北京) ・韓国(ソウル) ・インド(デリー)
・日本
日本の四大島と付属島が均一な平面であるとすると、重心の場所は能登半島と佐渡島の間の海上になるらしい。
・インドネシア
島国はこういうときは分かりにくい。日本と同様に重心を出すとスラウェシ島あたりになりそうな気がする。
・イタリア
シチリア島とサルディーニャ島まで含めて考えれば、ローマは中央付近か?
国土が三日月型の国も難しい。首都のザグレブは割り引けば中央付近かも?
マレー半島部だけを見ればクアラルンプールは中央の範疇かもしれないが、カリマンタン島部を含めた重心は大ナトゥナ島あたりだろうか? ただし、大ナトゥナ島はインドネシア領である。
まとめ
・巨大な大陸国家では、水運(特に海運)の都合上どこかの海岸や大河沿いが首都になりやすい(アメリカ合衆国、ロシア、中国、オーストラリア、インド等)
・一方向でしか海に面していない国も、海運の都合上その海岸線近くが首都になりやすい(アフリカのギニア湾沿岸で顕著。あと北欧)
夜空メルという著名なVtuberが守秘義務違反かなんかで怒られが発生しクビになった
そして名前を調べて気付いたのだ
さて、何が言いたいかというとインターネットでくだらないゴシップ騒ぎに興じている連中は、この、
『天才ヴァンパイアは催眠なんてかからない(本当)』を全員買うべきだということだ
マジで当たりなんだよねコレ
ヒロインに催眠をかけて好き勝手にしようとした竿役が、催眠の効かなかったヒロインに逆に催眠をかけられ逆レイプ!(逆が多い)
催眠はヒロインに噛まれると射精するが噛まれないと絶対に射精しないというもの
この催眠により、竿役は一週間の射精管理の後に徹底的に絞られることになる
マゾにはよく知られた話だが、マゾ向けエロコンテンツはレベルが極めて低い
「このレベルでそんなに持ち上げられてんの?」ってクリエイターが結構デカい顔をしている
筆者も微妙な作品で射精して「また安いオナニーをしてしまった」と後悔することは多い
そんな中本作品は可愛い絵柄で十分に濃いエロをやっていて、一般エロコンテンツの中でも良質な類に入る
そもそも論の話になるのだがマゾという単語は雑に使われている。
ムチでシバかれるような古典的なSMが好きな奴も、ただ女にリードされるのが好きな奴もまとめてマゾなのだ。
本作品は痛みがあるようなプレイはなく、本番中心のソフトマゾ向けの内容となっている
エロが薄いものが多い。ソフトハードとかの前に抜けねぇ!!ってものが多い。
本作品が秀逸なのは攻め自体はソフトなのにエロが濃い目な点だ。
めっちゃ絞られる。
「べろちゅーは本番よりえっち」
俺の中でやっぱり子供は学校に行かなければいけないという結論に至った。
14歳で東大合格レベルの灘高生や開成高校の子も高校に行く無駄な時間を削って高認でとかもいいと思ったけどやっぱりダメだ。
かったるい時間でも18までの時間はあの窮屈な教室に通う時間を過ごさないとダメだ。
自分なりの処世術と言うか、感情が崖から落ちない落とし所を探す為の時間。
引きこもり→高認→高学歴を何人か見てきたが、身近な人間との関係なら何とかやれても取引先とかちょっと遠いけどこちらから気を遣わないといけない人間関係は思春期の子供みたいに全然ダメな人が多い。
自分の感情を守りつつ周囲と軋轢を生まないための訓練が圧倒的に足りていない。
実家にも久々に帰れたし積んでた本も読めたしで最高だった。
でもね。
明日から始まる仕事は去年の終わりにはもうデスマ確定が見えてたの。
他の工程から仕事が回ってこないと動き出せないから今日まで休んでたけど、多分あっちはフライングで仕事始めてメールボックスにバシバシ途中経過を送り込んでると思う。
それを必死に捌くので2月までは多分終わり。
2ヶ月の間に色々溜まったつけを払うので3月は終わり。
4月から編成が変わって新人が来るらしいけど、その代わりにベテランが一人持ってかれる。
新人とベテランの交換なので雑用を除けば戦力的に「-1人+(-0.5人)」って感じかな。
夏休みの頃までに落ち着くかどうか怪しいから下手したら夏休みは返上。
つまりもう俺の2024年は仕事仕事仕事ウワアアアアってなる可能性が高いんだよね。
終わったわ。
俺さ、仕事あんま好きじゃないから忙しいほど楽しいとかなくて、忙しいとただただただ辛いんだよね。
でも今年はもう休日にゲームなんてやってないで平日に溜まった家事を片付けて寝るだけでもう終わりかも。
俺の2024年、もう死んでるのかも。
辛いなあ。
なんでこうなっちゃったんだろうな。
実家帰って思ったんだけど、親は最低限以上に俺を育ててくれてたし、俺もちゃんと勉強や就活してたはずなんだけどな。
なーんか気づいたら好きでもないことを死にそうになりながらやる生活が染み付いてる。
まあ長期休暇あっただけマシかな。
4 :名無しさん:2008/05/14(水) 18:08:58
スイートルームのような広い部屋で、誰かが「お風呂パーティーやろうや」と言い出し、「帰りたい」というと、「もう、終電ないだろ。空気読めよ」と怒鳴られました
私たちは服を脱がされ、今田さんたちも裸になって、7人全員でお風呂に入りました。
今田さんは女の子たちにお湯をバチャバチャかけながら、「楽しいやろー、楽しいやろー」と大ハシャギでした。
お風呂を出たあとは自然にセックスする雰囲気になり、私は宮迫さん、18歳のコは入江さん、今田さんは20歳と17歳のコと3Pをすることになりました。
入江さんは「今田さん、17歳はヤバいっスよ」と心配顔でしたが、今田さんは一向に平気で、「ええやろ、17歳でも俺が捕まるときはお前も一緒や」と軽口を叩いてました。
ところが、そのコが「私、カレ氏がいるんでセックスはしたくない」と拒もうとすると、今田さんは「俺がカネ出して、ここまで来たのに、お前はなんや!」と怒り出し、彼女を押し倒すと、ゴムもつけずに挿入したんです
私たちは全員、同じ部屋にいたので、今田さんがしていることは丸見えでした。
下になった彼女は「痛いーっ!痛いーっ!」と泣き叫んでいました。
それなのに今田さんは、彼女の声を無視して、腰を動かしながら「俺とお前のレベルを比べてみろ。
2023/11/04(土) 02:26:17.14ID:5Fn1sR9N
今思い出しても身の毛がよだちます。私も宮迫さんとのセックスで酷い目にあわされました。
宮迫さんは「俺はこうせんと興奮せんのや」と平手で私のお尻をバシバシ叩くんです。
これはもう15年位前の話で、裁判は終わってる。被害者の女性が証言しようと
背景の知識やら物語だとか、他人の解釈だとかを仕入れてエンタメや芸術作品を鑑賞する教養主義的なのって無粋だろと思ってた、というか今でも割と思ってる。
じゃあ何でもいいじゃんって話になるから。
楽しめないのは感性やリテラシーが乏しいから、とか言い出したらもう何でもアリじゃん。盆栽を退屈となじるのがそうなら、大怪獣のあとしまつをこきおろすのも同じことじゃん。
他人の(主に否定的な)感想を解像度が低いとかいって小馬鹿にしてる人をインターネットで見るけど、そのご立派な解像度で以てして道端の石ころに宇宙の歴史とロマンでも感じてろ、勝手に感動してろクソボケがって思う。
それは話が違うだろ、イイものはイイんだ。変な意地張らずに認めろよ、って感覚的な話だったらまあ分かるけど、それは別に何の理屈にもなってない。
物差しを決めてあとは理詰めでイイものを決めたとて、その物差しそのものの妥当性を問うたらやっぱり感覚的な話になってくるだろうから。その道の専門家が良しとしたからイイってのも何の理屈にもならないし。
別に全てに理屈を立てなきゃいけない道理なんかないけど、それならそれでオレは教養を以てしてロジカルに、的確に作品と向き合ってるぜ、みたいな事はあんま言えないんじゃねって思う。そんな事言ってる人はあんまおらんか。
今手元にある事実を元に組み立てた理屈では説明がつかないけど、もしかしたら本当にイイものを定義づける何かがこの世に、というか人間の頭の中にあるのかもしれない。絶対的ではなくとも、傾向レベルでは見える事くらいなら現時点でもあるのかもしれない。それが何かはあんま知りたくないなって思う。
知ったら脳ミソだけ残して幸せ汁に浸すのが至上の幸福だと言われて否定のしようがなくなってしまう気がする。
まあでも教養主義的な鑑賞を実践してみるとやっぱり面白いのは面白い。映画の小ネタに気がついたりだとか、他の作品からの影響を感じ取ってみたりだとか程度でも面白さは結構高まる。
でも額縁や解説じゃなくて絵で感動させてくれよ、言葉の先でおれの琴線をバシバシ叩いてみてくれよ、心を激しく揺さぶってみてくれよって気持ちがある。
巨人の肩に乗るなんて言うけど、今や人間の寿命に対して巨人デカすぎなんじゃないかって思う。巨人の肩に乗ってみるのもいいけど、自分の目線でも見たいし。自分の目線じゃ何も見えないかもしれないけど、一生巨人の肌ばっかり見つめながら肩目指して登っていく羽目になるかもしれない。バランスって事なんだろうけど。