はてなキーワード: 新人賞とは
増田の友人に自営業で複数の事業を展開していた友人がいる。その彼が2年前に結婚相談所を始めたことをFacebookで知った。
彼は元々爽やかでコミュ力の高い人間だった。Facebookの投稿も奥さんや子供との日常を投降したものが多く、幸せそうだった。
けど、そんな彼のFacebookが結婚相談所を開業してから変わった。
最初は加盟した結婚相談所連盟での研修を受けた時の様子や連盟から貰った新人賞の賞状とかを投稿していた。
けど、そうした投稿が終わると、なんというか、上から目線の投稿が増えた。
「うちの結婚相談所は大手○○に加盟している。入会すれば結婚できるんだから、費用をケチって入会を渋るなんて結婚できない男の思考だ」
「ものごとには投資が必要。会費をケチっている人間になんて結婚なんか一生できない」
「何かを成し遂げるには投資が必要なんだ!!それを決断できない人間には結婚でも成功できない」
こんな感じの投稿が増えていった。正直、独身の増田にとってはあまり気分のいい投稿ではなかった。
そして先月、ふと気になって彼の結婚相談所のHPを見てみたら、閉鎖されていた。加盟していた結婚相談所連盟のページからも情報が消えていた。
大学の漫研で友人だった現知人が連載を持ってるのは知ってたが、彼の漫画がドラマ化していたのを最近知った。
ツイッターでもたびたびバズっており、デビューして10年以上になるが今でも連載を持っており、そこそこ売れっ子のようだ。
大学ではよく他の友人とあわせて5~6人でつるんで遊んでいたが、今では日常的な連絡はとっておらず、俺の結婚式に呼んだり他の友人の結婚式で顔を合わせたりする程度の付き合いだ。
もともとは俺が先に漫画・・・とはいえないようなイラストを描いてて、彼のほうが後から描き始めたのだが、漫画適正とやる気があった彼はメキメキ上達し、漫画家のアシスタントの道へと進み、そこから新人賞を取りプロデビューした。
俺はといえば、大学生のうちはダラダラとイラストを週に何枚か描く程度で、漫画家への憧れはあったものの(今でもある)プロの道に進むための努力もやる気も、就職を捨て漫画の道を選ぶ勇気もなく、大学卒業前に公務員試験に受かったので地元に帰り県庁職員になっている。今でも漫画を読むのは大好きだが、自分の手を動かすことは年に数回程度になってしまった。
自分の人生に不満はない。10年前に結婚して、子も産まれ、妻と子と俺で幸せな家庭を築いている。
でも、たまに、漫画を読んでハマったとき、彼の漫画を読んだとき、彼の漫画の話題をネットで見たとき、心の中にモヤモヤと醜い嫉妬の感情が浮かんできてしまう。
漫画家として成功した彼がうらやましい、俺が今ハマってる漫画の作者と交友している彼がうらやましい、漫画という形に残る作品を世に残すことができてうらやましい、自分の作った作品が人から求められ喜ばれる彼がうらやましい、と。
組織の中の歯車として、社会にとってはいなくなっても何の問題もない、明日死んでも身の回りの数十人程度にしか知られず十人程度にしか悲しんでもらえない自分と違って、彼は大勢の人に知られている。
俺が後世に残せるミームといえば我が子くらいだが、彼は漫画の単行本という自分の思想や技術の分身を多く残すことができる。
それは彼の才能と努力の結果なのだから当然なのだが、それでも羨ましい、という醜い妬みが心に出てくる自分が嫌になる。
今から漫画家を目指す?うん…このコンプレックスを消すにはそれしかないかもしれない。
でも仕事と家事と子育てと忙しい毎日で、漫画を描く時間なんて取れない。いや、スマホゲームやる時間を漫画を描くのに充てればいいんだよ。やる気がないのを環境のせいにするな。
そういう点も含めて自分のみっともなさが嫌になる。
あっていいかどうかなら当然あっていいし、個人的にはすごく刺さる漫画だったけど、いくつかの点で技法として弱い箇所があるのもたしかなんよ。
まず、台詞が徹頭徹尾直截的すぎる。それ自体は悪くないけど、時々上滑りしてたり、演出が甘かったりする。上滑りしてる一番の例は「未成年にある決定権ってなんだ」かな。あれは「作者の思想を語るために言わされてる」感が強い。しかも、それがかなり冒頭に来てるのがつらくて、後半の展開の色々な部分(レイプされて泣き寝入り、同級生の「エロ(笑)」など)も「作者の思想を語ることを目的に、キャラクターをひどい目にあわせたくて用意した展開」という印象を強く植えつけてしまってる。
あと、もったいないなと思ったのはラスト2ページ。この辺の種明かしはすごくエモくもっと尖らせること出来そうなのに、最終的に「友達になれてよかった」でおさめるのはかなり期待外れ。大事なところで大事な言葉を明言するの、やり方さえ間違えなければめちゃくちゃ刺さるんだけど、台詞があっさりすぎる。
総じて惜しいんだよ。自分が創作やるとき同じことやるから本作は肌に合って好きだし、そういう台詞回しにしちゃう気持ちもよくわかるんだけど、だからこそもったいない作品だと思った。
冠婚葬祭以外でスーツもろくに着たことのない人間が、まともな職業に転職することは可能ですか?
「レビューの高い順」
で検索しても、某作品のレビューの高さってありえないレベルなんですよね。
ほんとグロいことするやつがおるわ…。
私が今指摘しても黙殺されるだけだが、時間をかけて明らかにしよう。
確認したけど、やっぱありえへん水準
黙殺させない方法は今も一応あるっちゃあるけど、こういうのはちゃんと改善に繋がる方法でやらないと意味がない。
ちょっと調べたらわかる話だから、私以外の誰かがそのうちやるかもしれんし、私以外がやってくれるならその方が気楽なんだけど…
俺個人が許せないんじゃなくて、
「こんなの誰がやっても許しちゃダメでしょ」
もう一回言うけど、俺がやりたいことではなく、
と思ってる話ね。
正直俺は「できればやりたくない」
中の下ぐらいの音声のクリエイターさんが
みたいなこと言ってるところ見つけちゃって『地獄かな?』ってなってる。
最近、粗製濫造みたいなクリエイターさんが音声界隈に増えたせいで
「過去作・直近の売上チェックしないとサンプル聞く価値もない」
みたいな基準ができてる
ルーキーは除くよ?
でも、けっこう声優で出てるのに4桁行かないとか、
50以上作ってるのに1万以上のヒット作がないとか、
『よっぽど好きな性癖・とにかく聞いてほしくてサンプルをめっちゃ開放してくれてるみたいなのがないと足切りかな』
って人が結構いるのよ…。
音声は粗製乱造をどうにかしないと、界隈が崩壊すると思うのだが…
自分が
最大手のテグラユウキですら作品が多すぎると1つ1つの売上減るのに、なぜかテグラユウキでも無理な方に行こうとする
今年の音声は(去年AI作品が増えた時期からの傾向だった)魔境っぷりが加速して、よりおかしくなってくと思うけど…
これほんとどうするんだろ?
今の状態はレビュアー・フリーク泣かせだし、ライトなファンは安全な老舗に固まるだろうから…ますますより良いルーキーが開拓されにくくなりそう
ASMR界隈の話なんか、私がどうこう書いても
という話になってくるからいいねもRTもされないとは思うけど…
ファンに対して作品量と鑑賞時間が多すぎる問題は、絶対に全員が損することになるやろなぁ…。
ある意味チャンスでもあるけど
まぁ、最近營業の本を読んでも
みたいに言われるので、正しさの話をいくらネットの隅っこで書いても意味はないのだが…
色々見てて思うところがふつふつ湧いたらさすがに書くわ。
正しくないものを見るとモヤッとするし
これに1つ付け加えたいことがあったからもう1つだけ。
自分らがクリエイターでいたいだけで、作品や案件を回せることだけプロ名乗ってるような連中なんて
「いなくても困らない」
のだよ。ファンを金づるとしか思ってないのが透けて見えるし、本当は好きなものもないような連中なんかプロじゃないよ
そういう人を何人か知ってるから
「粗製乱造なんかプロのやることじゃないし、そいつ等について言っても君にはいいことはないぞ」
とキツく忠告する。
ほんとねぇ…呆れてるんだよ。
見ないようにしてるのに、わずかに目に入った情報が全部クズすぎてさぁ
なるものが、正直ほしい。
正直、作品が多すぎて、人で判断するしかないのだが、人数多すぎていちいち覚えてられないから、最近新規開拓する時に余計な時間がかかってしゃーない。
もう自分のために欲しい。
格付けデータベースがほしい
音声検索する時に、エクセルに調べたサークル名とクリエイター名書きなぐって、格付け書いとけばいいのか。
50作品以上に関わってる人だったら、そうそう格付け変わんないからデータベース一度作れば、かなり対応できるようになりそう。
S…超おすすめ。見かけたらチェックしたほうがいい。
A…信頼できる。聞く価値あり。
B…標準的な実績。聞いて損なし
C…実績不十分。期待せず聞け
D…実績不適格。多分ゴミ
F…お気に入り。実績以上のよさあり
ってとこかな
→Aにはほぼ入らない。Aはヒット(1万DL以上)の割合が5%以上のクリエイターの枠
問題が発覚しているクリエイターやその人と関わりがはっきりしてる人間
→問答無用でJ。
ぼくの中では
おすすめ順
S<F<A<B<C<D<E
取得難易度の難しさは
A<S<F<B…
です。
作品数多い人見ても1万超えの作品の割合が5%はけっこうすくない。
正直、3%超えてたらいい方。
A入る時点で、めっちゃ上澄み。
これ、Fを高いランクにしたことは「Fラン」が世の中で悪口になりがちだから
「あえてフェイバリットのFを作りたい」
という感情があったのと、
ということで、A〜Cの中でもF要素あるやつはSに入れる。
Jは「JUNK」の略です
俺は間違ったこと何も言ってないのに
全然バズらない。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 下」
「地球の歩き方 E03 イスタンブールとトルコの大地 2019-2020 【分冊】 1 イスタンブールとその近郊」
「A20 地球の歩き方 スペイン 2024~2025 (地球の歩き方A ヨーロッパ) 」
宮下遼『物語 イスタンブールの歴史-「世界帝都」の1600年』★★★
先月たくさん行ったしこれでOK。
満州国については通史でしか知らなかったので、こうして改めて本で読み返すと得るものが多い。
釘貫亨『日本語の発音はどう変わってきたか 「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅』
今井宏平「トルコ現代史 オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで」★★
維羽裕介、北國ばらっど、宮本深礼、吉上 亮「岸辺露伴は叫ばない」
Jam「続 多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。 孤独も悪くない編」
田澤 耕「物語 カタルーニャの歴史 増補版-知られざる地中海帝国の興亡」★
今井むつみ、秋田喜美「言語の本質: ことばはどう生まれ、進化したか」
安藤 寿康 『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第9巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第9巻 下」
旅先の歴史についての本や、旅先でも読めるくらいの軽さの本を読んでいる。岸部露伴は地中海を飛び越える飛行機の中で楽しんだ。
言語学の本を少し含んでいる。
なお、イスタンブールのドルマバフチェ宮殿には美術館が併設されており、そこにも行ったのだが流し見だった。今回の旅行のテーマは絵画ではなく建築だったからだし、軍事博物館のイェニチェリの演奏を聞きたかったからだ。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 10巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第10巻 下」★★★
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行 第S4話 露出狂時代」
飯村周平『HSPの心理学: 科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
きい著、ゆうきゆう監修「しんどい心にさようなら 生きやすくなる55の考え方」。
堀晃 他「Genesis されど星は流れる 創元日本SFアンソロジー」
小川一水 他「Genesis 時間飼ってみた 創元日本SFアンソロジー」
「トルコ共和国建国100周年記念 山田寅次郎展 茶人、トルコと日本をつなぐ」
柞刈湯葉も柴田勝家も一度読んでから「しばらくは読まなくていいかな」と思ってしばらくしてから読みだした。柞刈湯葉は表題作が普段のクールというか知的なアイディアを軽やかに扱う感じではなく、意外な側面に驚かされた。柴田勝家はVtuber文化と死後のアーカイブを肯定的に表現していたのが大変面白い。
ブアレム・サンサルはもう何年も前にWIERD誌が紹介していたので読書メモに載せていたので読んだ。数歩遅れて読むことなどよくあることだ。僕は最先端を追うことにそこまで興味がない。
フレドリック・ブラウン「フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ」
柴田勝家「ヒト夜の永い夢」
フランチェスコ・ヴァルソ (著), フランチェスカ・T・バルビニ (編集)「ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス」
高水裕一「時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて」
フレドリック・ブラウン「フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが」
トーマス・S・マラニー「チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史」★★
SFが多くを占めた。面白いが徐々に飽きてくる。新人賞の作品は読んでいるそのときは面白いんだけど、新しい思考の枠組みや発想に触れて、それが後まで自分に影響を与え続ける作品ってのは少ないのかも。
逆に星新一の源流の一つ、フレドリック・ブラウンなんかは、古びたアイディアと今でも色褪せないアイディアの両方がある。
タイプライターの歴史も面白く感じられた。あとは、純文学が少し恋しい。
他に読みたいのは歴史の本かなあ。それか、第二次世界大戦を舞台とした小説か。「火垂るの墓」とか「野火」とかいい加減に読まないとと思っている。
池田利夫訳・注「堤中納言物語 (笠間文庫―原文&現代語訳シリーズ) 」
フレドリック・ブラウン「フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人」
成美堂出版編集部「いちばんわかりやすい 家事のきほん大事典」
池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 第10巻「能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵」★
フレドリック・ブラウン「フレドリック・ブラウンSF短編全集4 最初のタイムマシン」
木村光彦「日本統治下の朝鮮 - 統計と実証研究は何を語るか」☆
エリック・H・クライン「B.C. 1177 古代グローバル文明の崩壊」☆
日本語の活字についてや、日本の植民地政策について読み始めたのは、先月の中国語タイプライターの本に、日本製の中国語タイプライターについての記述があったためだ。
楊海英「日本陸軍とモンゴル 興安軍官学校の知られざる戦い」☆
小倉孝保「中世ラテン語の辞書を編む 100年かけてやる仕事」★★
宗美玄(ソン・ミヒョン)「女医が教える 本当に気持ちのいいセックス」★★★
木村泰司「人騒がせな名画たち」
なし
読んだのは全体的に近現代史が多い。
第二次世界大戦についての本は通史を何度か読んだが、テーマごとに読むとまた面白い。歴史は技術史とか思想史とか文学史とかの別の軸で見直さないと立体的に見えてこない。とはいえ、少しは立体的に見えたとしても、知らないことが無数にあり、出来事すべてを頭の中に残しておくのは難しい。歴史は誰と誰が知り合いかとか、活躍した時代以降にどう生きたかがわかってくると更に面白くなるんだろうが、あいにくそこまで行っていない。
12月は当たりが多く、上位3冊を選ぶのに悩んだ。ほぼすべてがオススメ。
来年からは方針を変えて、すべての本を★1つから5つまでの段階で評価してもいいかもしれない。
一年を通してみると、「昆虫記」のウェイトが大きく、それから第二次世界大戦の本を多く読んでいる。それに並んで平安時代、江戸時代などを扱った新書が多い。外国の歴史の本は少ないが、旅先のイスタンブールとバルセロナの歴史を扱った本が印象深い。
SFの新人賞を数年分まとめて追いかけるのが習慣なのだが、もう少し純文学を読みたい。学生は岩波や新潮の古典ばかり読んでいたのにどうしてだろう。
人権関係で読みたい本が多数ある。とはいえ、悲しい気持ちになるので元気のある時にしか読めないし、いつ元気になるかは予測ができない。
ここ最近は美術展に行っていないなと思いきや、振り返るとほぼ毎週行っている月があったので、まとめてみるのは大事だ。秋以降は少なかったが、これは理由がわかっている。
以上。
ハルタ,2021vol88 900pマイクリレー、宇島、久米田を参考にした
プレイボーイ,2011no48 109p この漫画がパネェでじょしらく紹介
月刊少年マガジン,2018vol3 40回月マガ新人賞グランドチャレンジにコメント
コミックビーム,2010vol10 夜は千の眼を持つ、さよなら絶望頓智
(追加、分割)ヤングマガジンサード,2016vol5 クリアファイルのみ
(訂正、追加)ヤングマガジンサード,2014vol3 おわり人間ギャルとルーズ
★重複(廃棄、希望あれば)
(訂正、分割)ヤングマガジンサード,2016vol5 本体のみ
(削除)少年マガジン,2014vol32 巻末赤松コメント、323p青春相談マガジンの回答
かくしごと ひめごと
全曝し展 缶バッジ
アニカン,2008vol50 俗絶望MAEDAXインタビュー
きゃらびぃ,2016vol372 アニメ店長トリビュートに久米田
きゃらびぃ,2017vol392 かくしごと描き下ろし、はじめてのあにめいと
読売新聞,20110914 赤松畑映画対談、久米田上映に言及
ハヤテ99巻
★その他
(削除)夜想bis+ 新房監督インタビュー番外篇,小冊子のみ
(削除)ヤンデレ大全
都内在住のアラサー 小説家になりたいと思い始めたのは高校生ぐらいから
俺は大学生の時から小説をシコシコ書いて賞に応募していた。学生の時は、短編は一次通過するけど長編は棒にも端にも、みたいな、まあよくあるワナビーだった。
それでもめげずに、なんとかつづけた。
二十代半ばから、出したらだいたい通過するようになった。二次まで通るようになったので、何回か編集部側からコメントがもらえたりした。
そんで今年、初めて最終選考まで通過した。もちろんうれしかったけど、地獄みたいな時間だった。
一カ月も結果を待ってなきゃいけない……ただそれだけなんだけど、落ちたらどれだけ落ち込まなきゃいけないんだろう、みたいなことを延々考えてしまって、意識を保っていること自体苦痛だった。
一回目は正直本命の賞じゃなかったから、つらかったけど、落ちたあとはわりとケロッとしていた。
問題は二つ目。今年二回も最終に残ったんですよ。働きながら。すごない?
けどこれが本当に本当に地獄すぎた。毎日結果のことを考えて泣いた。起こってもいないのにすでに絶望していた。
前回の賞と違って本命度が違ったというのが大きいと思う。賞金もちょっとした年収ぐらい出る。書籍化も約束されている。名だたる作家を輩出している名門の新人賞。
もしこれでデビューが決まったら……めちゃくちゃ楽だよなあ……そう、思ってしまう。そんなふうに思ってしまう自分の心の弱さに、また涙がでる。その繰り返しだった。毎日毎日。
俺は一年に一本長編小説を書いていて、500枚ぐらい(15万字ぐらい)になるので一年がかりの大がかりの作業だ。これがもうものすごく疲れる。
会社員ではないが仕事をしながら執筆しているので、普通に忙しい。バイトではなく自営なので、繁忙期は仕事してるだけでわりとハードだ。
仕事して金稼ぐ方が圧倒的に楽だよなあ、と。
あたりまえのことだがデビューしていない人間の書く原稿に原稿料はいっっっっっっっっっっっっさい発生しない。あたりまえだ。
あたりまえではあるのだが、仕事をする一時間と原稿を書く一時間で生み出すものの差を思うと泣きそうになる。
もちろん金のことを言い出すのは言いっこなしだと思う。でも、何年もやっていると、どうしても、バカみたいな時間だよなあ、と思ってしまう。
学生の頃、小説を書くだけあって俺には全く協調性がなく、みんなと一緒に頑張って何かをする的なことが全然できなかった。そういう自分の性根をわかっていたので、就活をしながらも(小説家にならないとどっかで人生詰むだろうな)と思っていた。実際会社員を数年やっていたが全然ダメダメだったし、給与もキャリアも全然上がる見込みがなかった。
けど独立してみたら案外イケた。一人親方で仕事をする分には俺はわりとうまくいく側の人間だったらしい。月70万~90万ぐらい、バッと稼げるようになった。会社員の時は手取り25万とかだったのに。
手取り25万の会社員の頃、仕事へのモチベーションは皆無で、(まあでも俺小説家になるっていう切り札隠し持ってますし?)(賞獲ったら一気に出し抜くぜ)と思ってどうにか、キャリアを積めそうにないことをごまかしていた。同世代たちが中間管理職になったり後輩指導したりしてるのを、すごいなあと思いながらも、自分がどうやらそこにはいけなそうなことにないことに絶望したり、バリバリ働いて稼いでいるらしき同世代らに対して醜いコンプレックスを感じたりしていた。小説家になりたい、と思っている一方で、同世代よりは年収稼ぎたい、とか、出世してみたい、とか、そういう世間一般に即した野望も捨てきれずにいた。要するにすごくどっちつかずだった。
会社を辞めたのにはいろいろ理由があったのだが、辞めたら適性があっていたのか会社員時代よりいろいろうまくいった。
仕事内容も自分の得意分野だしやってみたかった憧れの仕事だった。ものすごくあっさりと年収が上がったし、お金を遣える幅も変わった。
そうなったとき、あれ?と思った。俺小説をわざわざ苦しんでまで書かなくても楽しくない? と。
話は戻る。最終選考の結果、落ちた。振出しに戻った。
あーーーー自殺したい、と心から思った。それを実行するには成功率がものすごい低いらしいと知っているので試しもしなかったが、何をしても、もう、楽しくない、と思った。
落ちたことよりも、落ちたということはまた最終選考に残って、はらはらするひと月を過ごすこの地獄みたいな体験を繰り返さなければいけないのかということが、とんでもない苦痛に思えた。今も思う。一応原稿は書いてるけど、今後どうしていいかよくわからない。
二回も残るってことは才能があるんだと思う。でも、ここ継続できるかどうかも才能の一つだ。ここでダメなら小説家になれたとしても続かない。
みんな、やたらと頑張ってって言ってくれるけど、努力している人を応援することで夢に乗っかりたいだけなんじゃないのかって最低なことを思ってしまう。
小説を書くことだけじゃない。夢を見続けるのにも体力がいる。
最終選考どころか選考通過もせず、小説誌の選考結果ページに自分のペンネームがないことに絶望してはしょげかえっていた学生時代の自分に言いたい。
どうにかここまではこぎつけた、でも、ここはここで地獄だぜ、と。
AV女優とかお笑い芸人とかが小説書いて出版してるのみると正直発狂しそうになる。俺も何か突飛なプロフィールあればカドカワあたりが拾ってくれるんだろうか、とかね。
読書ぐらいしか好きなことないから金は売るほどあるし人生それなりに楽しい。
それでも俺は小説家をこれからも目指すんだろうか。今はもうよくわからない。疲れてるから小説家目指してるとは思えないぐらいの駄文だけど小説家なりたいワナビに届いてほしい。
都内在住のアラサー 小説家になりたいと思い始めたのは高校生ぐらいから
俺は大学生の時から小説をシコシコ書いて賞に応募していた。学生の時は、短編は一次通過するけど長編は棒にも端にも、みたいな、まあよくあるワナビーだった。
それでもめげずに、なんとかつづけた。
二十代半ばから、出したらだいたい通過するようになった。二次まで通るようになったので、何回か編集部側からコメントがもらえたりした。
そんで今年、初めて最終選考まで通過した。もちろんうれしかったけど、地獄みたいな時間だった。
一カ月も結果を待ってなきゃいけない……ただそれだけなんだけど、落ちたらどれだけ落ち込まなきゃいけないんだろう、みたいなことを延々考えてしまって、意識を保っていること自体苦痛だった。
一回目は正直本命の賞じゃなかったから、つらかったけど、落ちたあとはわりとケロッとしていた。
問題は二つ目。今年二回も最終に残ったんですよ。働きながら。すごない?
けどこれが本当に本当に地獄すぎた。毎日結果のことを考えて泣いた。起こってもいないのにすでに絶望していた。
前回の賞と違って本命度が違ったというのが大きいと思う。賞金もちょっとした年収ぐらい出る。書籍化も約束されている。名だたる作家を輩出している名門の新人賞。
もしこれでデビューが決まったら……めちゃくちゃ楽だよなあ……そう、思ってしまう。そんなふうに思ってしまう自分の心の弱さに、また涙がでる。その繰り返しだった。毎日毎日。
俺は一年に一本長編小説を書いていて、500枚ぐらい(15万字ぐらい)になるので一年がかりの大がかりの作業だ。これがもうものすごく疲れる。
会社員ではないが仕事をしながら執筆しているので、普通に忙しい。バイトではなく自営なので、繁忙期は仕事してるだけでわりとハードだ。
仕事して金稼ぐ方が圧倒的に楽だよなあ、と。
あたりまえのことだがデビューしていない人間の書く原稿に原稿料はいっっっっっっっっっっっっさい発生しない。あたりまえだ。
あたりまえではあるのだが、仕事をする一時間と原稿を書く一時間で生み出すものの差を思うと泣きそうになる。
もちろん金のことを言い出すのは言いっこなしだと思う。でも、何年もやっていると、どうしても、バカみたいな時間だよなあ、と思ってしまう。
学生の頃、小説を書くだけあって俺には全く協調性がなく、みんなと一緒に頑張って何かをする的なことが全然できなかった。そういう自分の性根をわかっていたので、就活をしながらも(小説家にならないとどっかで人生詰むだろうな)と思っていた。実際会社員を数年やっていたが全然ダメダメだったし、給与もキャリアも全然上がる見込みがなかった。
けど独立してみたら案外イケた。一人親方で仕事をする分には俺はわりとうまくいく側の人間だったらしい。月70万~90万ぐらい、バッと稼げるようになった。会社員の時は手取り25万とかだったのに。
手取り25万の会社員の頃、仕事へのモチベーションは皆無で、(まあでも俺小説家になるっていう切り札隠し持ってますし?)(賞獲ったら一気に出し抜くぜ)と思ってどうにか、キャリアを積めそうにないことをごまかしていた。同世代たちが中間管理職になったり後輩指導したりしてるのを、すごいなあと思いながらも、自分がどうやらそこにはいけなそうなことにないことに絶望したり、バリバリ働いて稼いでいるらしき同世代らに対して醜いコンプレックスを感じたりしていた。小説家になりたい、と思っている一方で、同世代よりは年収稼ぎたい、とか、出世してみたい、とか、そういう世間一般に即した野望も捨てきれずにいた。要するにすごくどっちつかずだった。
会社を辞めたのにはいろいろ理由があったのだが、辞めたら適性があっていたのか会社員時代よりいろいろうまくいった。
仕事内容も自分の得意分野だしやってみたかった憧れの仕事だった。ものすごくあっさりと年収が上がったし、お金を遣える幅も変わった。
そうなったとき、あれ?と思った。俺小説をわざわざ苦しんでまで書かなくても楽しくない? と。
話は戻る。最終選考の結果、落ちた。振出しに戻った。
あーーーー自殺したい、と心から思った。それを実行するには成功率がものすごい低いらしいと知っているので試しもしなかったが、何をしても、もう、楽しくない、と思った。
落ちたことよりも、落ちたということはまた最終選考に残って、はらはらするひと月を過ごすこの地獄みたいな体験を繰り返さなければいけないのかということが、とんでもない苦痛に思えた。今も思う。一応原稿は書いてるけど、今後どうしていいかよくわからない。
二回も残るってことは才能があるんだと思う。でも、ここ継続できるかどうかも才能の一つだ。ここでダメなら小説家になれたとしても続かない。
みんな、やたらと頑張ってって言ってくれるけど、努力している人を応援することで夢に乗っかりたいだけなんじゃないのかって最低なことを思ってしまう。
小説を書くことだけじゃない。夢を見続けるのにも体力がいる。
最終選考どころか選考通過もせず、小説誌の選考結果ページに自分のペンネームがないことに絶望してはしょげかえっていた学生時代の自分に言いたい。
どうにかここまではこぎつけた、でも、ここはここで地獄だぜ、と。
AV女優とかお笑い芸人とかが小説書いて出版してるのみると正直発狂しそうになる。俺も何か突飛なプロフィールあればカドカワあたりが拾ってくれるんだろうか、とかね。
読書ぐらいしか好きなことないから金は売るほどあるし人生それなりに楽しい。
それでも俺は小説家をこれからも目指すんだろうか。今はもうよくわからない。疲れてるから小説家目指してるとは思えないぐらいの駄文だけど小説家なりたいワナビに届いてほしい。
大学生とか、あるいは氷河期世代のオジオバとか、「こんなに優秀な私が採用されない(されなかった)のはオカシイ!」とSNSで叫んでいる奴多いが、企業の採用活動というのは、才能や能力を見い出す場所ではないのよ。
ぶっちゃけ、採る側から見れば、誰でもいいわけ。入社後、仕事をこなせる人材であれば、A君を採ろうと、B君を採ろうと、どっちでもいい。ほんとどっちでもいい。
もちろん、採用される側から見れば、その会社に受かるかどうかで人生が変わってくるから、大問題なんだけど、会社から見れば、何の問題もない。
なんか企業の採用を、オーディションとか新人賞とかと勘違いしている人がいるんだよね。
芸能オーディションなら、落とした人材が、他社に拾われて、大スターになれば、落とした側の能力が疑われるし、
小説の新人賞なら、落とした作品が他社で出版されて大ベストセラーになったら、これも問題。
進撃の巨人という漫画が、最初持ち込んだ編集部に落とされたことも、ずっと言われているよね。
でも、企業の採用で、問題になるのは、採用した人のパフォーマンスが悪かった時のみ。
逆に、採用で落とした人が、その後、億万長者になろうとも、総理大臣になろうとも、採用が間違っていたということにはならんのよ。
だからこそ、学歴フィルターというものが機能しているわけで、たとえば東京一工早慶という超ハイレベルな学歴フィルターを設定したとして、もちろん、それで阪大でガチ優秀な人は取れないわけだけど、それでも全く問題ないわけ。
東京一工早慶という学歴フィルターで採用した人よりも、落ちた阪大の人のほうが優秀で、他で大活躍することだって、十分にあり得るが、会社としては何の問題もない。
入社した人が、期待したパフォーマンスを出してくれれば、それでいいだけだから。
良くあるMARCHラインでフィルターかけて、採用した法政の人より、不採用になった明治学院の人のほうが、もしかしたら優秀かもしれないけど、それでも何の問題も無い。
何度も言うが、採用が問題になるのは、無能を採った時だけで、優秀な人を取り逃がしたことは、企業の採用活動で何にも問題にならないから。
実は、これ、大学入試も同じで、東大落ちた人が、総理大臣になろうと、ノーベル賞取ろうと、東大入試が間違っていたということにはならない。