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はてなキーワード: 昭和とは

2021-05-08

anond:20210508014345

ウェルカム・トゥ・ディス・クレージーケイ

いかれた昭和にようこそ

ユーはたっぽいたっぽいたっぽい

2021-05-07

俺たちにも言葉の刃を握らせてくれ

拝啓ヒプノシスマイクくん。

ずっと君に伝えたかたことがある。どうか俺たちも、ラップでバトルをさせてくれないだろうか。

このことを言いたくて言いたくてずっとモヤモヤしていたので、今日匿名で吐き出せる場所をお借りして、ヒプノシスマイクくんへの思いを伝えたいと思います


ここ数日(いや数ヶ月)、ヒプノシスマイクオタク界隈はザワザワしている。バトルシーズンからだ。

今でこそ、界隈はそれなりにザワついている。けれどヒプノシスマイクくんはバトルシーズンの手始めに、高いクオリティと圧巻のパフォーマンス配信であることを生かしきった演出と、何より演じている方それぞれの魂がこもった素晴らしいライブを見せてくれた。

昨年3月コロナウイルスの影響によって配信にならざるをえなかったライブだって、もちろん素晴らしいものだった。でも今回のライブは、バトルであるという特性上「勝ちたい」という演者の方々の思いがビンビンに伝わってきて、その熱量とか気迫にグワッと心を掴まれものだった。画面越しなのに、こんなに熱くなれる、こんなに泣いて笑えるエンターテイメントがあるのか。そんな風に思わせてくれるライブだった。

この配信ではじめて聴くことになった新曲たちも、そのチームらしさが全開だったり、逆に今までにない曲調や歌詞だったり、心を鎮めないと冷静に聴けなかったり、逆に中毒になったように再生してしまったり、「待ってました!」と手を叩いて喜んだり、逆に「こんな風に来るの!?」と度肝を抜かれたり、どれも本当に最高だった。

それぞれのバトル曲も、言葉応酬と韻の踏み合いとそれぞれの信念のぶつかり合いを感じられて、どれも違う味わいながらも、たしかな満足の得られる仕上がりだったと思う。

視聴期間中、毎朝毎晩繰り返し観てもまだ足りないぐらい、プロフェッショナルによる最高のエンターテイメントを存分に味わわせてもらうことができた。関係者ご一同には、本当に頭が上がらない。早く円盤購入という形で感謝を伝えたい。

そしてここでは、観た人がどちらかのチームに一票を投じることができた。ひとつライブにつき一票。単純明快で、シンプルな仕組みだった。

「良すぎて選べない」という贅沢な悩みこそあれ、最終的に投じる票はひとつしかない以上、どちらかを選んでボタンを押すしかできなかった。

そしてこの時点で我々は、この一票が後に控えた投票形式での「一票」と同じ重みとして扱われるのかどうか知らなかった。(と、記憶している)いま思うと、それが不穏な空気前触れだったんだろう。

最高なライブの余韻の醒めないまま、現金投票券に換えてCDを積む形式のバトルが始まった。

前回のバトルでは、街からCDが消えたとか、相手チームのファンを装ったアンチ偽装工作をするとか、「〇〇のアニメイトにはもうCDがありません!」みたいな虚偽の情報が流れたりしたらしい。それは怖いな、と思っていたけれど、個人的な印象では、案外そうでもなかった。

から判明したところによると、「サイレント投票」といって、相手方に悟らせないように黙々と積むことが推奨されていたらしい。投票期間が終わると、「微力ながら〇票を投じました」というCDタワーの画像タイムラインに乱れ咲いていて、なるほどこれが令和のバトルか、と思った。

まあでも、外から見ている分には、比較的穏やかなまま過ぎていった期間だったように感じられる。

そのCD積みバトルが終わった段階で、中間発表をするのだと言われていた。

正直、なんでだろうとずっと不思議だった。戦いの火蓋が切って落とされた当時、我々は三次投票にあたる「VRバトル」の詳細を知らなかった。MAX一人6票らしい、というような情報はあったかもしれない。

とすれば、中間発表で僅差でも大差でも、ファンの母数が急激に変わらない以上、結果に大きな影響は与えられないだろうに。それなら、たくさんCDを積ませるためにライブでの投票が終わった時点でいちど結果を出せばいいのに。

不思議なことをするなあ、という疑念を抱きつつ、「VRで積めない可能性があるなら、実質CD勝負するしかない」と覚悟して積んでいる方々を見て、そういうものだろうかとアッサリ流していた。

で、中間発表があった。大差のついた戦いと、僅差の戦いと、逃げ切り/逆転を狙いたくなるような戦いがあった。(これ、あまりにも綺麗な分かれ方だったけど、ヒプノシスマイクくんの予想通りだったんだろうか)

そして中間発表と前後して、「VRでも積める」ことが判明した。しかも、一票あたりの単価が最もお得だ。(ライブはたしか四千円ぐらい、CDが二千円、VRは千円)そして、金額によって票の重みが変動することはないらしい。たぶん。

阿鼻叫喚、ってこのことか、と思った。タイムラインを眺めていると、めちゃくちゃに人間感情が乱高下していて、見ているだけで酔いそうな感覚になるほどだった。

すでに(単純計算で)十億円を超えるカネが動いていて、その上まだ、ヒプノシスマイクくんは人のカネと感情を動かすつもりらしい。

せめて少しでも巻き返したい、という気持ち

このまま圧勝したい、という気持ち

なんとか逃げ切りたかったり、猛追して逆転したかったりする気持ち

同じチームを応援する者同士の連帯感が高まる一方で、自陣への不信感を募らせたり、相手方への攻撃に転じたりする心情だってある。そして、今まで投じてきた票の意味を自問したり、疲れて何かが折れてしま気持ち

金銭によるバトルをはじめて間近で見る身として、ものすごい世界だなあと溜め息が漏れた。

中間発表の形式タイミングは、ここまできて振り返ると、それなりの合理性があったのだろう。

単に「VRも始めたからみんな観てね」って言うよりも、ずっと効果的に多くの人にアプリインストールプラットフォームへの会員登録をさせられる。

現金」や「CD」という物理空間での制約を受けない形式での投票は、よく言えばエコだし、わるく言えば金銭感覚をより麻痺させる。

中の人」を表に出して結果を発表するグロテスクだって結果的にはこの札束バトルを過熱させる要因のひとつになっている。

ごく個人的見解では、収益化のうまいコンテンツは見ていて信頼できる。そういう意味で、カネの集め方や人の心理誘導の仕方として、ヒプノシスマイクくんには一定の信頼を置いている。そのうえで、私は思うのだ。

ダッセーーーーー!!!!!

と。

ダサいあんまりにもダサい。やってることが格好悪い。ヒップホップってもっとイカした世界観じゃないのか?ここは昭和でも平成でもなくて令和、あるいはH歴じゃないのか?なんでこんなダサい商法を、君は性懲りもなく続けられるのか?答えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

ヒップホップとか、ラップミュージック歴史にあまり明るくない人間でも、少なくともこのジャンルは「富める者によって独占されるべき音楽」ではないんじゃないか突っ込みたくなってしまう。資本主義が一番偉いから、カネや地位権力のない人間は虐げられて一生地べたに這いつくばってるべきだっていう世界に反逆できなくて、何がペンは剣よりヒプノシスマイクなんだ?教えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

私には純粋に、それが疑問なのだコンテンツの維持にはお金必要なのは百も承知で、それでもなお、音楽(あるいは魂)の在り方と商法の相性が悪くて、これじゃああんまりにもダサいんじゃなかろうかと思ってしまうのだ。ダサすぎて仕方なくて、コンテンツとして廃れてしまうんじゃないだろうかと思って、そこに私はずっとヒヤヒヤしているのだ。


から、私は提言したい。せめて、俺たちもラップで戦わせてくれ!と。言葉がいまやマシンガンであるなら、ライムが脳漿をかき回せるなら、金銭以外のフィールドでも戦わせてくれないだろうか。

たとえば、CDを買ってシリアルコードを使って普通に投票すると、それは一票としてカウントされる。でも、リリックを添えて投票すれば、それが二票としてカウントされる。そういう仕組みはどうだろう。

こういう仕掛けなら、お金はあるけど時間のない人は、CDをたくさん買って黙々と投票すればいい。逆に、時間はあるけどお金のない人でも、リリックを練り上げることで力添えができる。今までたくさんヒプ生で学んできた知識も生かせるし、日本語母語としない人でも参加できるんじゃないだろうか。

日本語ラップ押韻判定が難しそうだけど、それを見極めるために人が雇われれば雇用の創出になるし、AI的なシステムを作ればラップの発展に貢献できるかもしれない。

今までプロとして歌詞提供してきた方々も、ひょっとしたら参戦してくれるかもしれない。それを見て、まだヒプノシスマイクに触れたことのなかったラッパーの方も、面白いと感じて参加してくれるかもしれない。総力戦である

こうなってくると、同じ「二票」になるのなら、CD二枚を買うのではなくてリリックを考えることを選択する人も出てくるだろう。演じている方への愛を伝える手段としても、体温のこもった一票を投じることができるというのは、悪い選択肢ではないはずだ。

それで、できれば、そうやって集まったリリックを選び抜いて、それを楽曲に使ってくれないだろうかと思うのだ。

それもまた、想像すら及ばないほど難しいものなんだろうということは、今まで世に出てきたヒプノシスマイク楽曲を聞いていればわかる。一連の曲の中で無駄フレーズなど一つもないほどに、リリックというのは緻密に組み上げられているのだ。

でも、たとえワンバースであっても、自分リリックが使われるかもしれないという可能性が見えていたほうが、ずっと張り合いがあるしドリームがあるじゃないかCD一枚、二千二百円に全身全霊をこめたリリックを乗せて票として投じて、それが「推し」のパンチラインになるかもしれない。そんなビッグドリームを抱けずして、何がヒプノシスマイクなのだろう。

ラップミュージックは、その人の人生を背負う音楽なのだという。だとしたらやはり、キャラクターへの愛やヒップホップへの造詣の深い人がより力を持つ投票の仕掛けとしても、リリックバトルをやってみてくれないだろうか。きっと面白いだろうから。それで盛り上がる世界を、私が見てみたいから。そんなムーブメントを巻き起こせるだけの力がヒプノシスマイクくんにはあると、私は特段の根拠もなく信じているから。

数年後には、「来たぜホンモノのDRB(絵文字) 燃やせ闘志入れてけよ気合い(絵文字) リリックバトルこれこそ新時代(絵文字)」みたいなフザけたお知らせとともに、本気でリリックバトルをブチ上げて欲しい。そういうヒプノシスマイクくんであってくれると嬉しいなと思っている、一人のファン気持ちでした。

なんだかんだ言いつつも、私はこのバトルシーズンをそれなりに楽しんでいるので、まずは今のバトルの結果を最後までキッチリ見届けたいと思います

価値がないのは戦後憲法

     戦後30年に高度で美しい社会が完成するまでは人気があったが、昭和54年に一度完成してそのタテマエしか守る意味はねえんだよとか

   昭和オヤジ警官刑務官発狂しだしてから一気に不人気化するも、昭和天皇が色々考えていたか昭和59年ごろまではまだタテマエに

    ついてくるものがあった

    しか昭和60年8月の御巣鷹山墜落で世間が、タテマエの最大の失敗に安心し、昭和60年から一気に反動化し、昭和61年~64年の昭和天皇死去前は

   悲惨ものだった

      平成に入ってからは悪以外の何物でもなく、平成を通じて、他の株式会社などに徹底的に滅ぼされた。平成18年からウソや誤魔化しを刷り込もうとしたもの

   平成若者から大反発を受けて平成19年頃に皇室攻撃が及んで一回消滅した

      現在でもほとんど価値がないクソ宗教して生き延びている

anond:20210507080446

そもそも昭和普通おっさんは「女はいざとなったら体で稼げていいな」なんて発想はしない

体を売るというのが今より遥かに「賤業」扱いであり、そこに行く女は相当の事情を抱えた最下層のみでもう人生終わったも同然だと皆認識していたからね

その発想が出てきたのって、女が体を売る事がカジュアル化して「別に生活に困ってる訳でもない女が遊ぶ金欲しさにやってる」って言説が出てきてからだよ

なので昭和にいるとしたら、そんな最下層の女ですら羨むくらいに生活に困窮している男、となるけど

そんなおっさん普通環境はいないだろうな

当時はネットもないから、あまりにも階層が違う人同士が接する場もないしな

anond:20210507074853

んなアホな

じゃあ、昭和セクハラおっさんは女はいざとなったら体で稼げていいななんて言ってなかったんか

anond:20200506231511

なぜつまらなくなったのか?それは

少子化漫画家を目指す人間が少ない。

ハイキューの作者が岩手田舎からやってきたとかいうが、かつてなら岩手出身というだけで門前払い差別をするのが当たり前だった。ところが、最近週刊少年ジャンプ差別をしなくなった。漫画家が集まらないのである。これは徹底的に差別をしたら誰もやる人がいなくなったクラシックジャズ業界そっくり

漫画連載の定義が全くない。

編集部が「面白い」といえば即採用だが、逆は採用されない。編集部審美眼が曇ってきたのは2000年代からで、インターネットで何でもつながってしまうために、田舎地方に住んでいる子供は、大学を目指すようになった。最初から漫画を読む風習のもの消滅している家庭もある。

アンケート結果は捏造できることを覚えた。

宗教団体あるいはカルト団体を動かせば、組織票簡単に集まりますそもそも昭和時代には面白い漫画でもどんどん打ち切りになっていたのですが、逆の立場から言えば宗教団体がつぶしていたのかもしれません。

漫画家の才能が定義できなくなってしまっている。

ネットもなく10コピーすら車で20分という田舎地方都市の実態を思い知った人間ならわかるのですが、才能を定義するのは極めて簡単です。宣伝すればいいだけ。まだまだファミコン時代は、田舎地方人間は何も知りませんし、東京人間だって美術素養のある人間ほとんどいませんでした。ところが、いまはスマートフォンで誰の絵でも見ることができます高校生でも萌え絵ならすぐ書けてしまます。「才能」を定義できたのはインターネットスマートフォンのない時代だけです。

コピペが罪に問えない。

スラムダンクの作者ですらコピペしても警察に立件されないのですから、誰だってやるのは当たり前でしょう。その結果、「鬼滅の刃」に至っては黄金期のパロディオンパレードになってしまっています

漫画家時代を牽引することがない。

手塚治虫は誰もが知ってましたし、石ノ森章太郎ですら全集がありますから、読んだことがなくとも名前くらいは知っていますし、今知らなかったらスマートフォンで調べればいいだけです。ところが、地上波へ恒常的に出演する漫画家がいなくなってしまいました。才能のある女性漫画家は、やはり頭がよくて美人なので結婚して辞めます

漫画伝統芸能のような存在になってしまっている。

漫画を描こうとする人は、誰に憧れて書くでしょうか?ハイキュースラムダンクの作者でしょうか?憧れの対象なんておらず、メディアミックスで手っ取り早いネタで儲けたいだけでしょ。これは芥川賞文学界新人賞構造そっくりなんですよね。最初から競争原理が全くありませんから、誰も真剣にやりません。当然つまらなくなるわけで、漫画だって同じです。

2021-05-06

anond:20210506224217

その点はそこまで心配ないと思うよ。

傾向として(もちろん例外はあるけど)弱者男性男性ホルモン少な目、それゆえ闘争心も少なめ、その結果他人を押しのけてまで高収入を得ようとしたり「トロフィーワイフ」を得ることに躊躇する。

その結果として弱者男性になっていくわけで。

ただ、

妻が自分より稼いでいても、

ここはいいとして、

から稼ぎがない事でマウントされても、(中略)平常心を保てるという才覚が必要

いやいや、これはいかんでしょ。昭和おやじが妻に「誰の稼ぎで飯が食えてると思ってんだ!」って言うやつじゃん。

それに耐えるのを「才能」とかにしちゃだめだよ。

主婦に対してもそういうことはダメ主夫に対してもそういうことはダメ

そういう風に持ってこうよ。

 

追記

一晩たってなんとなくわかってきたわ。

なるほど、やっぱ頭が昭和おじさんなんだわ。

女性?家庭に入ったほうが良いよね。仕事ってつらいよ?簡単に投げ出したりできないよ?いや~俺たち女性理解あるな~」って言ってたのと同じ。

本人たちの意思確認しようとせず、決めつけで向いてない理由を探し出し、やめさせようとする。

たぶんこの話題でたくさん書き込みしてるのって、思考昭和おじさんの生物学女性と、思考女性よりの生物学男性なんだな。そりゃ相性悪いわ。

anond:20210506213308

昭和が長すぎて話してる期間が違うんだろうな

君のは昭和60年代の話で元増のは昭和初期のことだろう

anond:20210506212818

そもそも昭和大学行ける女って「勉強する賢い子」じゃなくて「家が金持ちお嬢様」だが…

大卒女に就職先なかったんだから

庶民女は高卒短大卒で働いて、お嬢様大卒後に親のコネで腰掛就職orカジテツやってそのまま結婚して専業、って時代だよ。

anond:20210506212617

格好良かったんじゃなくて反発していたんだよ。

あと昔のヤンキー勉強もしていたんだよ。

大学行けるヤンキーごろごろいた。

平成ヤンキー昭和ヤンキーだったら間違いなく昭和ヤンキーのほうが成績が良かった。

よく知られてないけどね。

anond:20210506212100

属すのが嫌な人がヤンキーになってたのが昭和だよ

今とは想像できなくらい荒れていたからね

anond:20210505180057

昭和の半ズボン少年に異常な執着を見せるおじさんのブログを思い出した

希望する少年には送るので履いてください、写真を撮りに行きますとか書いてあん

あれは怖かった

anond:20210504195537

2021年にもなって暴走族なんているの?どうやってそんな昭和カルチャー現代まで継承してるのか逆に気になって仕方がない。

弱者男性問題批判すべきは女性フェミニストの他に居るのではないか?という話

この所弱者男性関連の話を追っていて「あれ?」と思った事が有るので記しておく。

 

弱者男性関連の増田ブコメを読んでると、やはり「弱者男性」という問題設定やそれが差別であるかと言う事について、否定的だったり抵抗感が有る女性コメントは有る、

ただ、この所(いや、最初からかも知れないが)弱者男性に同情的な人も出てきていて、「こういう事は良くない」という事を書いてくれて居る事も有る、本当にありがたい事だなと思う。(https://anond.hatelabo.jp/20210506114728 等がそうだ)

少しずつではあるけど、弱者男性の苦しみや境遇について理解は進みつつある・・・・・と言う事を考える内、違和感が有った。

 

そもそも弱者男性を嘲り差別し叩く人達は、女性フェミニスト以外の方が多いのでは?

 

これはコメントを大量に眺めるうちに至った実感だ。

勿論増田ブクマカ性別は見えない、しか性別が書かれている場合も有るし、ブクマカに関してはどこかで性別を明言してたので知ってる場合も有る。

改めて振り返って見ると(あくま感覚だが)普段から弱者男性モテない男性オタク等について酷い偏見言葉を投げ付けているのは、女性よりも男性が多いと感じる。(重ねてあくま感覚だが、女性アンチフェミ的な言説に反感を覚えつつも、男性差別的な言動については反対したり気を付けると明言する方が一定数居る)

既に「立ち向かうべきは強者男性だ」や「(童貞弄り等について)男性間で行われている事が多い」と言った指摘はあるが、ここで言いたいのはもう少しこの「はてな」と言う場にフォーカスした仮説だ。

まりはてなに多く居る左翼男性の事だ。

 

広い意味での弱者男性差別的な態度を取る所謂はてサ左翼男性について(あえて「リベラル」とは呼ばない、彼らは全くリベラルでは無いし、リベラルと呼ぶに至る経緯も正当とは思わないからだ)

心当たりが思い浮かぶ人も居るのではないかと思う。

もし弱者男性への蔑視差別主犯左翼男性に占められて居るにも拘らず、そこでうまれた反感が女性フェミニスト達へ向けられているとしたら、そんな事態理不尽だし、絶対是正されるべきだ。

女性フェミニストからすれば彼らは味方に見え、その言動が行き過ぎていたり男性差別的だと思ったとしても指摘しにくいかもしれない。しかしそのせいで生まれた反感が彼女らに向かうとすれば、それは非常にグロテスクだし、左翼男性女性フェミニストを盾に好き勝手差別的な言動を撒き散らしている、とも言えてしまう。こうした状況がもし有るなら、それは絶対に正しくない。

なので、確たる証拠の無い段階ではあるが仮説としてここに書く事にする。

 

はてなに多く居る左翼男性について、個々のプロフィールは良く知らない。

ただ例えば高齢左翼男性場合昭和的なマッチョイズムを持ち乍ら左翼である人は割と居たりする。実際何人かのブクマカコメントから昭和的なマッチョイズムを感じる事が少なくない。(私は平成生まれの為、そういう物を感じる度かなりの違和感に包まれる事に成る

度々指摘される事ではあるが、男性もまたミサンドリー内面化し得るし、それがマッチョイズムや家父長制、パターナリズムの形をとる場合はむしろ男性の方が内面化の度合いが大きいとさえ言える。

そうした彼らのミサンドリー弱者男性への蔑視差別を生み出しているとすればどうだろう?そうした状況への反感を女性フェミニストへ向けるのは間違いだという事に成る

 

非常に拙く、論理も明確に通って居ないと感じつつもこの文を書く私の目的は3つだ。

1つ、弱者男性や彼らに同情的な人達に向けて、彼らが批判するべき対象女性フェミニストではなく、左翼男性なのではないか、という可能性に目を向け、可能なら女性フェミニストへの敵意を解除して貰う事。

2つ、女性フェミニストへ向けて、少なくとも私個人女性フェミニストへ敵意は無い事を示し、その上でもし上記が適った場合は、弱者男性側の女性フェミニストへの敵意も解除・減少した事を知って貰う事。

3つ、左翼男性および強者男性に向けて、自らの内側にマッチョイズムが巣食っている可能性に目を向けて貰い、可能ならそれを解除して貰う事。

これ等が適う事で弱者男性問題解決するとは思わないが、理不尽な状況を是正する事は出来るのではないだろうか?

(また、弱者男性へある程度同情や思慮を寄せて呉れている女性フェミニストの方々へせめて少しでも報いる事は出来ないか?と考えた結果でもある)

 

最後に、左翼男性の方からすれば、この増田不愉快だろうと思う。けれどもあなた不愉快にさせる為にこれを書いている訳では無い事は知って欲しい。

「何故左翼だけなんだ?マッチョイズムや家父長制なら保守右翼の方が問題だろう」とあなたが思うとすれば、それは恐らく正しい。私自身、より問題が多いのは右翼だと思う。

にも拘らずここで「左翼」を選択する理由は、ここが左翼の多い「はてな」であり、またこの場に限っては弱者男性攻撃するメリット左翼男性の方が多いと考えるからだ。他の場なら「左翼男性」ではなく「強者男性」で括るほうが正しいだろう。

更に奇妙な話ではあるが、私があなた方をある程度信用している(信用しようとしている)という事情も有る。

右翼なら兎も角、左翼であるあなたがもしマッチョイズムを内面化しているとしたら、あなたはそれを恥ずかしいと感じ、是正するべきだと考えるだろう。

誰しも完璧ではない、男性ミサンドリー内面化する事も有り得る、その様な可能性にあなたは目を瞑らないだろう。私はそう信頼している。

この文章告発だとは思わないで欲しい。ただ穏便に、直して欲しいのだ。

男性もまた性役割に縛られるべきではない、弱くても、モテなくても、貧しくても、学が無くても、オタクでも、それを理由に蔑まれるべきでは無いし、差別されるべきでもない、それだけの事だ。それだけの事を理解する能力あなたに無いとは私は思わない。

私はあなた男性から降りて欲しいのだ。

あなたの中の呪いの解除を望むのだ。

あなたは例えばオタクについてどう思って居るだろうか?特に最近オタクについて。左翼男性の中にオタクヘイターが多い事は知って居る。ただ平成生まれの私には(それが関係有るのかすら良く分からないが)あなた方のその憎しみがどこから来るのか、正直に言って皆目分からない。

ただ、あなたオタク弱者男性を蔑むその理由は何だろうか?もう一度それを考えて見て貰えないか、そしてその理由は本当に適切だろうか?

私はあなたが誰も蔑まなくて済む世界を望む。

見合い結婚なんてしたくねーよ

したいやついるの?

マジで昭和時代はみんなイヤイヤ見合いしてたんでしょ?

anond:20210506143153

そういう女普通に沢山いるけど…

こういう人って、昭和からタイムスリップしてきたのかそもそも働いてないのかどっちなんだろう

anond:20210506142205

昭和時代に生きていた専業主婦は、男をあてがわれていた、と言いたいのか?

続・物語作家になりたい人たちへ

【1】

 まず、私の投稿に対して「こういう規則押し付け創作の芽を摘む」というような声が有ったので、以下ではその声に答えたい。

 日本では割りと「創作においては『論理』に頼らない『直感』こそが正義である」という信仰が強い。しかし、現実は逆である。きちんとした創作を生み出すためにこそ、創作家には規則論理必要なのである

 例を挙げよう。映画業界の話である欧米をはじめとする諸外国とは異なり、日本には映画に関する専門的な教育・訓練を行うまともな機関が無い。そのため、映画仕事を志望する人間は、専門的な教育や訓練を受けたくても受けられない。業界全体が、昭和時代と何も変わらない『徒弟制度』に頼りきりである業界志望者は、論理的・合理的ノウハウも身に着けられないまま、無駄に年月を重ねる。結果として、まともな監督脚本家スタッフも育たない。つまり「まともな作品」を撮れなくなり、現在日本実写映画は「まともなビジネス」として成立しなくなった。

 映画役者供給する演劇業界も、実写映画業界と似たり寄ったりである。大半の劇団は良い演劇をすることよりも、地方自治体を唆して税金寄生することや、稽古や親睦を名目にして性的関係を結ぶことの方に熱心で、肝心の本業である演技や演出学芸会レベルのままである

 日本実写映画業界演劇業界は、指導名目スタッフ役者に灰皿を投げつけたり暴力を振るう類いの人間たちが「名監督」や「名演出家」扱いされている始末である。片や出演する演技者の方も、演技の専門的な訓練を受けていないミュージシャンとかが大役をゲットする。こういう紛い物たちが日本映画業界演劇業界蔓延っているのは「論理的・合理的ノウハウの訓練を行うシステム」が無いかである論理的な指導ができない人間は、監督演出家を辞めるべきだし、演技の訓練をしていない人間は、演技の仕事を去るべきである

 それはともかく、漫画小説作家を目指す人間は、実写映画業界演劇業界が手遅れに近い状態になってしまっているのを「他山の石」として、まずは「論理的・合理的ノウハウ」を身に着けるように努めてもらいたい。

 そうすれば、日本実写映画ドラマで頻繁に見かける「よく考えもせずに『何となくそれっぽいから』という理由だけで、悪人たちが悪企みの会議をしている場面で部屋を暗くしてみた」とか「とりあえず竹中直人佐藤二朗ムロツヨシに滑稽な表情と動きをさせておけば、それでコメディっぽくなるだろう」といった馬鹿描写貴方物語作品の中でしなくて済むだろう。

【2】

 次に「セオリーから外れているけどヒットした作品も有る」というような声も寄せられた。これに対しても以下で答えたい。

 野村克也インタビューで言ったことで有名になった「勝ちに『不思議の勝ち』有り。負けに『不思議の負け』無し」という喩えが有る。論理に依らない成功の例は確かに有り得るが、それは謂わば「宝クジが当たる」ようなものである。もしも「宝クジに当たる人間も世の中にはいるのだから自分はあくせく働くのは止める」と言い出す人間がいたとしたら、その正気を疑うだろう。

 物語を書くこと、創作活動をすることは、宝クジを買うように運任せの行為なのか?それは違う。人間頭脳を使う営みなのである。ならば、創作活動において頭脳を使って論理規則活用することの、いったい何が悪いというのか?そんなに頭を使って書くのに抵抗を覚えるならば、いっそコックリさんに頼って自動書記でもしてはどうか?それは冗談だが、仮に偶然に頼るにしても頼り方が有る。

 蜘蛛という生き物がいる。その中でもコガネグモジョロウグモなど、網を張って獲物を捕らえる種類がいる。網に獲物が掛かるか否かは偶然であるしかし、網を張らねば偶然を捕らえることはできない。創作活動において論理規則活用することは、謂わばクモが網を貼るようなものなのだ理解してもらいたい。

【3】

 「とりあえず最後まで書くのが重要」という声には強く同意する。物語作家の志望者は、まずは作品を一本書き上げてもらいたい。しかし、そのためにこそ、論理規則有効なのである登場人物生命の息吹を与えて、物語を完走させる上で、論理規則活用することは、手助けにこそなれど決して枷にはならない。むしろ始めにきちんと考えないままで何となく執筆に着手してしまい、結果として執筆の途中でガス欠になって未完成で投げ出す人の方が、物語作家の志望者には圧倒的に多いのである。それを避けて最後まで書き切るためにこそ、論理規則活用して欲しい。

【4】

 「文章力画力があれば、何も起きない平凡な日常生活描写でも読者を惹きつけられる」というのは、嘘ではないが、しかし本当でもない。それだけの力を持つような文章力画力というのは「何を書く・描くべきか」を把握していなければ、物語作家志望者も身につけようが無い。そして、何を書く・描くべきかを把握するには、やはり論理規則に則った思考必要なのである。また、何も起きない平凡な日常生活は、無手勝流簡単に書ける・描けるものではない。観察力もまた出発点は論理規則である

anond:20210506003311

うちの会社独身出世してるな…正直「いわゆる昭和会社」みたいな話にしか感じられなくて、リアリティが全くないんだよな

2021-05-05

競馬ブログ見てると恐ろしくなってしまった

平成初期や昭和後期頃の競馬リアルタイムで見ていた人の書いたブログを見つけて、流石に何十年も前のことなんて知らんから面白く見ていた。

でもその人の比較最近投稿借金で首が回らないのでポイントサイトとかで貯めた100円分のポイント競輪に突っ込んでいるみたいな話が続いていて、しかも年齢が50超えてるみたいでギャンブルにハマることの恐ろしさを実感した。

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