「昭和」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 昭和とは

2020-06-02

東大法学部平成18年から悪化した理由

  わたくしは平成15年に東大文Ⅰ採用され、17年に法学部に進学したが、17年までは東京成功していたので初期講義に当たっていた

   憲法1部の腐れ健治も試験適当だったし、憲法2部の高橋和之試験小学生作文問題だった

    刑法1部の佐伯駒場東大の近くに家があり、900番講堂でまったり判例講義をしていた、昭和時代司法試験を目指していた昭和ジジイ

  900番講堂にいるなどいい時代だった。刑法2部の西田も、こんな時代刑法など勉強するな、と言っていた。

    民法第一部の森田宏樹も、私がわるうございましたなどと言っていたが、試験で3割不可にしたので学生からまれた、能見喜久の試験はそうでもなかったと

  思うが、内田貴民法3部は、債権法は民法エベレストなどといって相当徹底してやった上に定期試験問題も滅茶苦茶で、

    ひとこと「担保不動産収益執行」などと書いてあったので学生はいらついたし3割不可は当然だったと思う。

     商法試験は手抜きだった、民訴法も厳しくなかったが、主に、最初主犯は、民法森田宏樹と内田貴であると思う。鬼と言われ非常に厳しい試験実施学生から

嫌悪された

    平成18年に米山豪憲殺害事件が起きる等世情が悪化してから東大法の教授犯罪組織化、まず講義に関わっていない太田匡彦という行政法教授が、当時ではほとんど

活用していなかった東大法学部学生懲罰委員会を復活させ、平成女学生恫喝していたし、神戸大卒東大法に特別に招かれたことでイキッていた行政法の交告の

 講義が最悪、試験も3割不可は当然、二回目試験でも可以上の成績はとれないということで学生から非常に恨まれた。

    このような世情の中、学部長で講義担当していなかった悪名高き高橋宏志が、ロースクール制度を創設し、法文1号館内部も滅茶苦茶に改装司法試験の道を閉ざした。

      平成の文才で東大文Ⅰ採用された素晴らしい学生ダメにして腐らせた主犯名前と罪名は

   民法物権法の森田宏樹     罪名   星野英一人格なし 講義ゴミ  試験が最悪

      債権法の内田貴      罪名    ゴキブリ民法教授 試験が最悪

   行政法 太田匡彦         罪名    学生への恫喝

   行政法  交告           罪名    神戸大卒なのに東大法の名誉教授  講義ゴミ 試験最悪

   刑事訴訟法  川出敏裕     罪名     昭和40年代の最悪な男

   民事訴訟法  高橋宏志     罪名     司法試験改悪 ロースクール設立

       

   日本人はもともとママで、超絶激臭膣であって、ブサイクがいなくなって悪くて臭い子供の女だけの社会に戻した方が面白くなるというような

意見も分からないではないが、わたくしが、平成時代東京大学法学部卒業しており、わたくしの30代世代は、東京大学文Ⅰに入るために

書いて書いて書きまくって素晴らしい時代があったことも知っているから、ブサイクが悪いものと一概に葬り去ることができない

      

平成18年に東京大法学部法律講義担当した先生に関しては、憲法高橋は昔はすごかったが講義はクソだったので嫌いだったし

かろうじて善良だったのは刑法佐伯西田だけ。刑訴法の川出は、採択の判例も最悪、講義も最悪で、学生から嫌悪されていた

    川出は、昭和時代の暗黒を凝縮したような最悪な男の刑訴法教授であり、昭和40年代の最悪なところを体現したような奴だったか女子供学生に嫌われた

   民法物権法を教えている森田宏樹は、星野英一我妻栄などのいいところは何も残っていないただの経済オタクだし、不法行為法などを得意とする能見喜久

大正時代が大好きなカス明治が枯れててつまらんやつだった。債権法を教えていた内田貴最近法務省に行った奴も当然、明治時代に一番初めに債権法を研究した

我妻栄のいいところなど残ってない、昭和45年の相殺制度に関する最高裁法廷判決が大好きなゴキブリ

     親族相続法を教えている道垣内も、講義能力がない。

  商法に関しては、江頭憲二郎が教えていたが、何を言っているのか聞き取れない、最近では企業における相乗効果シナジー効果)などがありますなどといっていたが

講義古典的で非常につまらなかった

  民訴法は、ネクタイ教授で有名な伊東眞で、レックでも参考書が人気があった奴から受けたが、民訴法の神髄は第一条の目的規定にあると思いますとか

相殺の対当額の「対当」という字には気をつけねばいけませんなど、既に小学生の授業になっていたので誰も受けてなかった

   

   天皇制警察ヤクザが、ブサイクがやってきたというのは、日本人のことに関して的を得ていると思うが

   天皇制が一番初めに始まったとき別に犯罪で始めたわけではなく、非常に偉い先生学者など錚々たるメンバーがおりその後も

成功したことから否定するのが難しい。

   仮に否定するとすればそのブサイク集団が初代裁判長のたまのよ文を自殺させた黒歴史があることと、大正から戦前までは警察が最悪だったか警察を叩くなら分かる

 昭和40年代以降の田舎黒歴史があるが、昭和時代の上級国民はおおむね、やばい人ばかりで成功していたし、敗戦後は最悪だったから、40年代以降下の方が最悪になった

といえ、上級国民昭和天皇が死去まで素晴らしい人ばかりだったか否定するのは困難。

      平成天皇が悪いことをしていたから、仮に叩くなら昭和天皇意思を引き継げなかった平成天皇平成警察に対し、平成4年頃に日本人の激臭膣が批判してれば

当たっていたが、平成18年頃に間違った人を叩いて失敗。

少女漫画俺様キャラがいまの時代批判されやすいっていうけどさ

あれって暴力ヒロインと一緒なんだよね

昭和少年漫画主人公エッチセクハラをしてヒロインが怒って暴力ふるう

読者から批判を受けて主人公からセクハラ属性が減るがヒロインは人気のためそのまま

何もしていない主人公暴力をふるうヒロインだけ残る

の構図と一緒(最近暴力ヒロインも減ってきたが)

昭和少女漫画主人公って遅刻するわとんでもないミスするわで周りに迷惑かけまくる女なんだよね

(そうすることで話が進む)

で、そんな主人公を叱責する男キャラとただ優しいだけの男キャラだったら

前者に惹かれるだろ

でもそんな失敗だらけの迷惑主人公なんて読者に嫌われて

だんだん失敗しない、むしろ周囲の人間より優れてる主人公が増えてきた

でも叱責する男キャラは人気があったからそのまま

ただ優しいだけの男キャラ批判はないからそのまま

そうすると普段失敗しない主人公ミスを責める嫌な俺様キャラ

頑張ってる主人公を優しく褒めて見守ってくれる好青年キャラとなり

俺様男子批判をくらうようになり

ただ優しいだけだった男は好青年ともてはやされるようになったわけ。

anond:20200602125826

昭和だと激務だと例えば佐川とかでも一財を為せたわけだから

平成にそんなところはなくなった

anond:20200602125826

もう忘れられてるだけで昭和戦後焼け野原から大事業を興して活躍した人が大勢いた時代だしなあ

anond:20200602124838

なんでそういうとこって昭和の昔からアップデートできないんだろう

怒る世代だってもう平成世代だろ?

anond:20200602013107

お、おい、、 昭和大恐慌大学は出たけれどで娘を売りに出す農家続出で治安維持法日独伊三国同盟戦争の影で、、 そういう時代だよ?

我が国最高裁法廷が持つ法令違憲判決権が実際に実行されたことはほとんどない

 昭和ほとんど終盤に差し掛かる昭和48年に刑法200条(尊属殺重罰規定)が憲法14条1項に違反するとされたものがかろうじて最高裁法廷もの

考えたといえるにとどまるものが、その内容も積極的刑法200条を違憲とするものではなく、回りくどい内容であってあまりすばらしいものではない。他に有名なもの

最高裁法廷昭和50年 4月30日判決

・ 薬事法6条2項(薬局距離制限規定)が憲法22条1項に違反する。

 があるが、このときには最高裁はもう終わっていたし、薬事法行政法であって、昭和50年にはまだ行政法が生きていたと解する余地があるにしても、文章を読んだ限りではもう終わっていたし大した判決ではない。

 最高裁法廷昭和62年 4月22日判決

・ 森林法186条(共有林の分割制限)が憲法29条2項に違反する。

  この時代にはもう法は終わっていたのでどうしようもなかった。

 最高裁法廷平成14年 9月11日判決

・ 郵便法68条及び73条(郵便業務従事者の過失により発生した損害賠償責任免除)が憲法17条に違反する。

 

  この時代は誰も裁判所を知らなかったのでどうでもいい判決だし、出たときも誰も認識していなかった。

 最高裁法廷平成25年 9月 4日決定

・ 非嫡出子法定相続分嫡出子の2分の1であるとする民法900条4号ただし書前段は,遅くとも平成13年7月の時点では憲法14条1項に違反するに至っていた。

・ 民法900条4号ただし書前段は憲法14条1項に違反しないとした最高裁法廷平成7年7月5日決定を変更。

 これも同じ。

   他に、終戦後にでたいくつかの適用違憲判決があり、そちらの方には内容がある可能性もあるが、戦後憲法におけるわが最高裁が、法令違憲判決に関して、素晴らしい仕事したことは一回もない。

ポリティカルポルノアディクションって保険適用しても良いと思うよね?

日本語でいうと何だろ?正義依存症?

たぶん馴染みなさそうだから簡単に言うけど、依存症の一つで、他人ミスや考え方の誤りが許せなくて攻撃的になることらしい。

潜在的には人口の三割が考え方の違いを許容できず、トラブルを起こしてしまうんだそう。

よく言う「政治宗教野球は話すな」ってやつ。正義の怒りを我慢できない人が三割いる。スゲー数字だよね実際。アメリカ差別反対の規則を入れるまで、大卒白人差別是正されないことを理由退職するなんてのもいた。

その割にデモ参加者が少ないのは、その三割の人たちも自分の興味のある分野しか反応しないってことだね。

身近なこと、あるいは身近に感じられることが舞台になる。

日本ではアベガーとかネトウヨとかで本気になってる人たちか。

昭和にも少し話題になって「チャンネル回すパチンコ」なんて言ってたけど覚えてる人いる?

アメリカではかなり昔から認知されてた。黒人公民権運動過激に阻止しようとする連中を、白い目(比喩)で見てた人がポツポツでたらしい。リベラルからノンポリからも、白人至上主義者からすらも。

まぁ当然で、当時の黒人家畜ではあっても敵じゃない。黒人平等は嫌だけど、それはそれとしてやり過ぎ、ということらしい。

日本では戦中の「敵性語禁止」があげられる。日本正義依存ピアプレッシャーと密接な関係があるね。昭和天皇の喪に服すとしてあれこれ禁止されたの覚えてるかな。

タバコ迫害の狂想曲も大きかったね。分煙増税は良いにしても、喫煙所撤廃や昇任の評価にいれるなんて不合理なとこまで行った。

過剰な取り締まりを行おうとする末端の憲兵暴走としては、西側よりもむしろ東側で良く見られた。

微小なものなら日常で色々経験すると思う。

こうした正義依存症の特徴はいくつかあるけど、DSM何とかによると「否定による合意を取ろうとする」ことが大きいんだって。ちな孫引きな。

ピンとこないよね。俺もこない。

戦争反対」「差別反対」「人権侵害やめろ」「ノーヘイト」「ストッ環境破壊

パッと見て、現状の否定ばっかなのわかる?

平和普及」「平等推進」「人権保護」「グッドラブ」「環境保護」でも良いはずだし実際にあるんだけど、怒ってる人は「反対」がどうしても多い。環境保護をうたってるひとも怒ることくらいあるけど、あくま依存症の人ね。

具体案を出すと当然ボロが出るから、完成品を否定する。「予めこういう基準で作れ」ってめったに出さない。

あくま否定することが本丸で、具体案を提案するとまとまりがなくなる。

この依存症の厄介なことは、本人はもちろん周りにも依存症って意識がないこと。正しさはアルコールより良く回る。

あと本人が不快なんだよね。不快なことって依存しうるわけ。DVする伴侶から離れられない、わざわざDVする人を恋人に選ぶ、なんてのもある。身近だと辛いもの好きとかかな、辛さって単に痛みらしいよ。美味しいのに。

不快なことを探しにいっちゃうあたり、本人にも苦痛なわけよ。アダルトショップまで行ってラブドールに怒ったり、「R18 真空パック」とかでググったりね。

何より信条が違うともう親の仇。ギャンブルドラッグ依存症って、集まると居心地良い。でも正義依存だと同じ正義じゃないと厳しい。政治系だと比較的集まり易い。現政権否定すればとりあえず一緒に怒れるからね。

不快でたまらないことを不快になりに探しにいく。んで怒り狂うわけ。

怒るということも快楽から脳内麻薬とんでもないけどやっぱ精神衛生上よろしくない。

依存症重要になるのは、快楽の強度じゃなくて快不快の落差なわけよ。タバコニコチン中毒で禁断症状から解放されるから中毒になる。他にも依存の形があるけど一つの理由ね。

不正義を探して怒る、これは本人の精神衛生にもよくない。怒りたいが為に支離滅裂な主張になることも多いし。っていうかほとんどの人間は理路整然と何かを主張できないよ。自分価値観を補強したいだけ。

正義感の強い人って大概がこの正義依存症なんだよね。とくに不正義に怒る人。正義と怒りは本来別なのに、不誠実に対して怒ることの快感に屈してる。

あと結構いるのが「自分が怒ってるのは不正義が存在するから」ってタイプね。

下手すると機嫌が悪いだけで周囲が間違ってることになる。俺みたいなぺーぺーならどうでも良いけど、部下をもつ上司だとヤバいよ。子供オムツ上手く替えられなかったから、書類不正義があるはず、ソースは勘、みたいな。

でもこういう人の治療には保険適用して良いと思うんだよ。

だってアニメから小説から漫画から道徳から、みんなして悪に怒れって教育するわけじゃん。

「怒るほどの悪ではない」って話はたくさんあるよ。創作では増えたよね。でも悪なら怒って当然ってことになる。

いや怒って良いんだよ。人は理不尽不愉快なことに怒って良い。

でも怒らなくても良い。怒るか怒らないか自分の都合で決めて良い。探しだして正さなくて良いのね。

他人や世の中じゃなくて、感情っていうのは自分表現するためにあるんだから

生真面目な人ほど、怒るべきって強迫観念かられてる。んで怒りすぎて依存症だよ。世の中って不正義で溢れてるからね。

さすがにこれは社会のせいでしょ。

少なくともパチンコよりよっぽど本人悪くない。

病織がまずないし、投薬やカウンセリングで必ずしも治るわけじゃない。でも治療しないよりマシ。

どう思う?やっぱ正義だし仕方ないと思う?

  

思ったより長くなっちゃったけど読んでくれてありがとう

ちなみに全部俺の創作から真に受けないでね。

💩プリプリ

追記

難しい😣

いくら修正

それっぽさを増すよう協力しろクズども。

2020-06-01

平成司法試験における民事訴訟法問題民訴法114条の既判力の問題を繰り返し問うたのが嫌われた理由

  終戦後の20年間、学問が盛んだった時代は、民訴114条の既判力が裁判所の界隈で人気があり論じていた時代もあったけれども

   平成時代に入り司法試験の界隈でずっと注目されてきた既判力に関する争点効などというのは、司法悪化した時代に登場したもの

  民事訴訟が活発だった戦後復興期に裁判所において特段既判力が問題になった判例などは見当たらない

    民訴114条の既判力に関する判例が陸続したのは裁判所がどうでもいいこととか悪いことをしていた時期のものであり、受験生から意味がないとして嫌われた

  終戦後に既判力が問題になった判例事例としては以下のものがある程度で、争点効や、もっと難しい論点が出てきたのは司法にどんどん人気がなくなった昭和後期から

  平成時代における司法問題であり、とにかく民事訴訟法には人気がない。

  判決の既判力は、判決主文包含される訴訟物たる法律関係のみについて及ぶのであって、所有権に基づく登記請求を認容した判決が、理由中で所有権存在確認していても、所有権の存否につき既判力は及ばない。 (最判昭30・12・1民集九・一三・一九〇三、 民訴百選Ⅱ )

我が国最高裁公共の福祉についていかなる見解をとっているか

  終戦直後昭和20年代には、公共の福祉の外在的制約論(人権とは別の公益という概念によって人権制限できる)とみえるような

    判例もあったが(賭博罪合憲判決)、昭和30年代に入り、明確に、内在的制約説とはいわないまでも、チャタレー事件判決などにおいて

  人権公共の福祉により制限されるとの具体的な文章が出てくるようになった。

   昭和40年代以降の憲法判断は既に悪化していたから必ずしも評価しないが、次のような二重の基準論などというものも出てきた。

46 】 個人経済活動自由に関する限り、個人精神的自由等に関する場合と異なって、社会経済政策実施の一手段として、これに一定合理的規制措置を講ずることは、憲法が予定し、かつ、許容するところである。 (最大判昭47・11・22刑集二六・九・五八六 〈小売市場事件〉 憲百選Ⅰ[四版]九九)

47 】 職業自由は、それ以外の憲法保障する自由殊にいわゆる精神的自由比較して、公権力による規制要請が強く、憲法二条一項が「公共の福祉に反しない限り」としたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。 (最大判昭50・4・30民集二九・四・五七二 〈薬事法距離制限違憲判決〉 憲百選Ⅰ[四版]一〇〇)

   

   しかしわたくしが以上の判例を読んでみても、あまりよろしくないものであって、我が国最高裁が、公共の福祉概念論についてどのような立場をとっているかは明確ではないが

  わが最高裁が、公共の福祉に関してもっと本領を発揮したのはチャタレー事件最高裁判決における次のものであって、昭和2、30年代には色々と正義判決も陸続したが

その後の容体があまりよくない。

 憲法保障する各種の基本的人権は、それぞれに関する各条文に制限可能性が明示されていると否とにかかわりなく、憲法一二条、本条の規定からしてその濫用が禁ぜられ、公共の福祉制限の下に立ち、絶対無制限のものではない。 (最大判昭32・3・13刑集一一・三・九九七 〈チャタレー事件〉 憲百選Ⅰ[四版]五八)

団藤重光の化けの皮がはがれた瞬間

 昭和57(し)101  電汽車往来危険威力業務妨害被疑事件についてした逮捕状及びそれに基づく処分に対する準抗告棄却決定に対する特別抗告

昭和57年8月27日  最高裁判所第一法廷  決定  棄却  広島地方裁判所

    において、最高裁第一法廷裁判長担当していたときに出した、次のそっけない決定のときであろう。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/279/050279_hanrei.pdf

   学者の間では、刑訴法の他の条文の類推適用などにより、逮捕に対する準抗告を認めるべきだとの議論平成に入ってから陸続しているが、団藤は裁判長として

最高裁において、準抗告はできないとの判断を示した。

   最高裁刑事部の癌化は昭和40年代以降、着々と進んでいるが、耄碌して最高裁暇つぶしをしていた団藤が、決定において、明確に、逮捕に対する準抗告

認めなかったことにより、昭和の法の何かが決定的に終わったと言える。

   

警察官逮捕に対し準抗告ができるかどうかの問題

  戦後刑事訴訟法作成したとされるのは東大法学部教授だった団藤重光だが、団藤は、刑訴法199条周辺の条文において

    警察官による逮捕行為に対して裁判所準抗告ができるかに関し明文を設けなかった。そして、団藤が最高裁判事をしていた

昭和57年、裁判所刑事部社会から必要とされなくなり、病態が進んでいたときに、おそらく団藤の判断で、逮捕に関する準抗告許可されない

という最高裁としての判断を示した。

 逮捕については、準抗告は許されない。 (最決昭57・8・27刑集三六・六・七二六、 刑訴百選[五版]一一五)

    この点については平成時代にも判決が陸続しており、刑訴法学者の間でも色々と論じられているが、いずれにしても悪質であることに変わりはない。

我が国行政公法私法一元論に堕した理由

   戦後行政法学の権威であり、終戦後の古き良き行政法実務を知っている塩野宏の本によれば、戦後行政法においては

公法私法峻別する二元論支配的であったが、低成長時代以降に経済社会支配的になる中で、以下の最高裁判決(といっても

昭和59年には最高裁は既にカスだったのでほとんど価値はないが)がでたことにより公法には公法世界があるという戦後のれっきとした

風情はなくなってしまい、経済的都合に合致するならなんでもござれという矛盾的で腐敗した風潮が昭和40年以降、最高裁において加速し

  民法511条の相殺制度に関する非論理的ご都合主義判例変更が出たのも、最高裁が何もかもご都合主義になっていた昭和40年以降

特に顕著である

  公営住宅使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定し得ないが、入居者が使用許可を受けて事業主体と入居者との間に公営住宅の利用関係が設定された後は、両者の法律関係基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはない。 (最判昭59・12・13民集三八・一二・一四一一 〈都営住宅明渡し事件自治百選[三版]五〇)

民法相殺制度に関する昭和45年最高裁判例が嫌いだった

 法学部の界隈では、最高裁法廷裁判官が8対7の僅差で決定したとして、有名と言われているが、昭和39年判決内容を

変更したこ時代にはもう我妻栄星野英一などの民事法の傑物がいなくなっていた悪化した時期にあたるものであり、むしろ

戦後民法の星であった昭和39年の最後判例を変更したものとしては極めて悪質である

 判例変更後の昭和45年大法廷判決文章2)の具体的内容は検索すれば出てくるがやたらに煩雑であり条文の指摘も難解で

とにかく初見で見たときに嫌な感じがした。

 もちろん判例変更前の昭和39年判決がやたらに論理的に過ぎるという批判もあるが、明治民法の中身が終わる最後判決でもあった。

我が国民法はもう相当前に利益主義に走って終わっており、わたくしは昭和45年大法廷判決における判例変更が決していいものとは思わない。

(1) 甲が乙の丙に対する債権差し押さえ場合、丙が差押え前に取得した乙に対する債権の弁済期が差押え時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、丙は右両債権差押え後の相殺をもって甲に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは、丙は右相殺をもって甲に対抗することができない。

2 】 (1) 債権差し押さえられた場合、第三債務者債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権差押え後に取得されたものでない限り、右債権及び被差押債権の弁済期の前後を問わず、両債権相殺適状に達しさえすれば、第三債務者差押え後においても、右反対債権を自働債権として被差押債権相殺することができる。

改訂版)「課金する」で占う性格診断

課金する」って言葉は元来、文字通り課金する側視点言葉のはずなんだけど、今や課金される側がカネを払う行為を指して「課金する」って言っちゃうよね!

これってすごく気持ち悪いと思いませんか? 思わない? 人による? ですよねー!

・・・というわけで、この今様課金する」に対する態度で、ズバリあなた性格診断してみましょう。

下記Aからはじめて指示にしたがって選択肢をたどっていくだけだよ!(どう選択肢を選んでも煽られるのでご注意ください)

A 言葉時代とともに変わるものだと思う  Yes→Bへ / No→Cへ / わからない→Gへ

B 「課金する」の意味も変わっていいと思う  Yes→Dへ / No→Eへ / わからない→Fへ

C 「課金する」という言葉を使う  Yes→【1. 保守ハト派】 / No→【2. 保守タカ派

D 「課金する」という言葉を使う  Yes→【3. 革新タカ派】 / No→【4. 革新ハト派

E 「課金する」という言葉を使う  Yes→【5. 中道ハト派】 / No→【6. 中道タカ派

F 「課金する」という言葉を使う  Yes→【7. なんとなく流されちゃう系】 / No→【8. なんとなく反抗しちゃう系】

G 「課金する」という言葉を使う  Yes→【9. 考えるの面倒くさい系】 / No→【10. ガラケー

タイプ別典型的人物像》

  1. 保守タカ派 → 低学歴なのに自己主張したがり。昭和団塊おやじに多い。未だにファミコンとか言っちゃう
  2. 保守ハト派 → 低学歴自己主張したがりだが、低学歴ゆえ言うことがコロコロ変わって一貫性がないタイプ。そのことを指摘されると怒りだす。
  3. 革新タカ派 → 厨二病。「課金するって誤用やでーw」と指摘されるのを待っているタイプ反論早口聞き取りづらい。
  4. 革新ハト派 → 知識人気取り。低学歴はてなブックマーカー想像すればだいたいあってる。
  5. 中道タカ派 → 一般人だけど少し世の中にモノ申したいことがあるタイプ自分のことを情強ロジカルスマートだと思っているが、それっぽい意見に流されてるだけなことに気がついていない。典型的はてなブックマーカー
  6. 中道ハト派 → 一般人中道でも別にバランス取れた見識の持ち主というわけでもなく、お互いかける言葉配慮が足らず無用対立・争いを招くことが多い。
  7. なんとなく流されちゃう → マイルドヤンキー
  8. なんとなく反抗しちゃう → 学歴コンプ
  9. 考えるの面倒くさい系 → DQN
  10. ガラケー → いまだにガラケー使ってる人。

https://anond.hatelabo.jp/20200601164129

 明治昭和が「よかった」というのは、なにも、今の悪質なものよりも美しかったとかい意味ではなく

   特別神様のような趣味のよいすごく偉い人が主導していたとか、参加するとメリットがあったから、応募が殺到して人気があったとか、

 自慢できたから、伸びたとか、そういう意味でよかったと言ってんだよ

   今はそういうところが何もない。東大法学部講義内容もガラクタだし、法務省作成司法試験も、国家試験も全てガラクタ

     安倍政権になってから東大法学部や国は、日本人とは思えないほど理解不能気持ち悪い方向に走って人気がなくなり終了した

anond:20200601163810

偉いこと言ってた先生が作った問題でしょ

色々楽しい時代の応募者が過去ガラクタ裁判官でしょ

弁護士裁判官としてのセンスがない奴らが問題を作ってるからでしょ

今のセンスない時代を作ったのは、昔のセンスない人たちじゃん

昭和の良かった頃に司法試験やら関わっておいて、こんなクソみたいにして反省したら?

https://anond.hatelabo.jp/20200601163020

 いねーよ。法務省HPに公開されている新司法試験問題も、短答式はただの知識問題論文式試験も非現実的もの

趣味も何もない。短答法律教科書に書いてある基礎知識を知っているか過去ガラクタ裁判官が出した判例内容を知っているか

  論文試験は、過去に完成し終わった論点を暗記しているか勝負が決まる。弁護士裁判官としてのセンスとか才能などは一切問われない。

    国家1種試験も、論文式試験を軽視し、事務処理問題を増やしたせいで嫌悪されて終わった。

   司法試験にも国家試験にも、昭和のよかったところは何も残っていない。

https://anond.hatelabo.jp/20200601160055

   今の裁判官補や検察官は、物書きとしては低能で才能がなく、明治昭和ハイセンスな物書きとは比較にならないか

      昔は、試験答案に書いた文に意味がないとか、センスがない、何も考えていなさそうな才能がないバカは、試験考査委員の偉い大学教授から

     不可にされて泣いていた受験生も多く、逆に、Aとか優の成績を得た受験生は肩で風を切って法曹界に進み、裁判官矯正区長の将来の席は

     約束されたも同然というような法学界が非常ににぎわった時代もあったが今はそんなところが何もないから。国家試験問題司法試験問題クズ

      昔を知っている本物の文章家にキレられ安倍晋三バカ政権になってから誰もそういうところに行きたがらなかった

        平成時代東大採用された我々の時代も、同等に相当に自主修行を積んでレベルの高い答案を作成しなければ東大には合格できない現実があったが

    都合が悪いからそこを語る者がいない。

最近時代感覚おかし

オンライン会議とかスマホで買い物とか普通になって

自粛で誰もいなくなった街はSF

電車通勤を避けようと電動自転車を買っていやこれ未来乗り物!って思ったし

急に未来に連れて来られた感が強い

でもコロナスーパーデパート銀行郵便局が早く閉まるし今後学校土曜日もある

これ昭和

平成飛ばしてる感もある

なんかいろいろバグってる

https://anond.hatelabo.jp/20200601022933

 わたくしに東京大学法学部法学士の学位があるから無理。

    法学部オワコンなのは、主に、大正戦前昭和40年以降の田舎底辺ガラクタ、および平成時代であって

   明治時代と、昭和東京終戦後の田舎昭和50年代司法上層部は華々しいものがあったし、法が、いつの時代古色蒼然としていてつまらなかったわけではない

      明治時代の法は革命的なものがあったし、その後に腐ったが、戦後最高裁は何か正義で何か悪か、15人の最高裁判事が最高裁会議室激論をしていた

     終戦後の田舎裁判所新聞社と共同し、活気があった

    主に昭和40年代から田舎底辺判事補レベルのところで癌化ガラクタが始まったわけで、概ね昭和60年までは法は社会支配していた

     平成の法がカスだっただけで、明治昭和の法は素晴らしかったし面白かったりしたのだ、今の国が、法のガラクタなところだけみせてて、超絶色々考えていたやばいやつ

偉い奴は非公開にしているだけ。

2020-05-31

東大法学部が爆死した理由

  平成15年にも、明治昭和の偉い人みたいな者を採用していたが、法学部教授がただの勉強カス人格もなく

  開講されている講義に立体性もなく、H18年の東大法学部長で民訴法が専門の高橋司法試験を滅茶苦茶にしたせいで

  当時も文Ⅰ採用されていた偉い学生からキレられて終わった

    文Ⅰ学生自体明治学者昭和裁判官みたいな才能のある人もたくさんいたが、教授ガラクタでFランだった。

      今はそのことを隠そうと必死である

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん