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2021-08-03

ひきこもループ

僕の部屋は春夏秋冬いつでも22度だった。ワインセラーの様に一定に保たれた室温は、外の世界へ羽ばたこうとする僕のやる気を削ぎ、やがて窒息させた。

梅雨明け太陽に照らされたアスファルトを窓から眺めていると、3人の家族が歩いていた。この眩しさはあの3人の為の物なのだと思い、壊れかけのカーテンを強めに締め、定位置に戻る。こうして外の世界を見てしまったあとは、僕を母親の胎内のように優しく包み込む羽毛布団を愛して離せなくなった。

ぬるい室温で育ってきた僕は、働かなければ死ぬという当たり前にすら直視出来ずに死んでる様に生きていた。多分そう、これからもそうなんだ。

ある日の早朝、僕は一匹の野良猫出会った。出会ったというには少しだけ遠く、分厚い壁を隔てていたが僕の認識では確かに会っていた。

窓の外から見た黒猫はニャーニャーとおばあちゃんの手に頭をこすっていた。昔テレビで見た知識だが、猫が人間の足や手を孫の手のように使っているという事を僕は知った。

なんとも落ち込む話ではあるが、眼前に映るおばあちゃんと猫は確かに愛し合っているように僕は感じた。

猫を撫でる柔らかさと温かさを想像You Tube補填してみたが、予想通りに可愛いし愛くるしい。

想像できてしまうから、僕は外に出ないんだ。どうせ面白くないと飲み会を断り、どうせ俺なんかと女の子の誘いを断り、どうせ続かないと何一つ始めない。

被災者でもないのにシェルターに逃げ込む自分今日は不健康に思えて仕方なかった。

そんなことを考えていると、内から鍵をかけたはずの扉が勝手に開いた。僕はいつの間にか扉の向こうにいた。

手探りで人間模倣をする怪物のように、歯を磨き、顔を洗い、髭をそった。想定を超えて伸びた頭髪は、ツヤもなく、パサパサとしていて普通にキモいなと思った。

洗面所を出て、久々に見たリビングには僕の分の椅子もある。僕はパンを焼いた。母親が買ってきていたのであろう6枚切りの食パンブルーベリージャムを塗りたくった。何となくコーヒーも入れようと思い、ポットでお湯を沸かし、クルクルと注ぐ。

サクサクパンブルーベリーの甘さがたまらなく美味しかった。多分ブルーベリーの青さがそうさせている。僕の視界はずっと白黒だったから。

コーヒーは黒くて苦い、でもパンには合った。コーヒーの優しさに気づいた僕は、勢いのまま友人にラインを送ってみた。

「お疲れ。今日飲まない?」

となると、このままでは怪異だ。僕は髪を切らなければならない。僕は、父親から貰ったポーチに財布と2年間読みかけ文庫本いれた。

さて、準備完了だ。多分このときの僕は一般人間と比べると不快で、不清潔でだったと思うけど僕なりに身なりは整えていた。

靴箱から自分の靴を取り出すと、数年越しに仕事を貰えた靴が生き返るようにホコリを散らした。パンパンホコリを払うとシャープロゴがカッコいい。

玄関の扉に手をかけるが扉が開かない。押しても引いてもビクともしない。怖いから?違う、鍵がかかっていただけだった。

僕は扉を開けた。

「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」

太陽セミマラソンじいちゃんが夏に燃えていた。

外のエネルギーはとてつもなく、ずっと家にいた僕は打ちのめされた。しかし、このエネルギーと僕は戦うんじゃない、夏と一つになるんだ。

僕も夏になる為に、少し激しめに靴をトントンした。

近所の遊歩道を目指して歩いていると、犬のウンチを片付ける老人と、ウンチなんかしてませんよ?みたいな顔でリードを引っ張る柴犬が格闘していた。

俺も負けてらんねえな。と思い負けじと僕も住居の庭から伸びている葉っぱを千切り対抗する。

しばらく歩いていても猫ちゃんの姿はなかった。自販機コーラを買い、公園のベンチで飲みながら上を見上げた。久々の木漏れ日は、白熱電球の明かりしか浴びていなかった僕にとっては気持ちの良いものだったけど、「木陰ってこんなに暑かったっけ。」と呟くほどには暑かった

公園時計を見てみると7時半をさしていた。30分ぐらいしか外には出ていなかったし、猫を見つけることもできなければ、美容室に行くことも、文庫本を読むことすら出来なかったけど、下手くそ時間割りでも外に出られただけで僕の一日は輝いた。

空き缶をゴミ箱に捨てるとカランと良い音が鳴った事に、いや、この散歩の間に起きた事象全てに感慨深くなる。最早そこにこそ生きる意味見出していた。

Tシャツがベトベトになる事を、不快と思わずシャワーを浴びる理由と考えるだけで人生が楽しかった。

そんなことを考えながら、僕は帰宅した。

早速Tシャツジーンズ洗濯槽にいれる。夏にジーンズは無かったなと今になって思いながら、ほぼ冷水シャワーを浴びる。ガシャガシャと頭を洗っていると、耳の裏からでっかい皮脂みたいなのが取れて自身の不清潔さにゾッとした。 

体を泡で洗っていくと、風呂場の温度で体が温まっていくのを感じ、再び冷水シャワーで体を流した。

ほぼ震えながら体を拭く。下着の棚には僕の物もあり、僕の部屋着も入っていた。当たり前なんだけど、僕は家族と4人で暮らしていたんだ。

コップに氷を3粒落とし、麦茶を入れて飲む。TVをつけるとニュースがやっていて、今は新型ウイルスによる未曾有の事態の只中にいるという事を思い出した。そういえば、外出している人はみんなマスクをしていた。自分が引きこもっている間に時代が変わってしまったんだな。と思った。

タイムスリップ開けのテレビは新鮮で、食い入る様に見ていると、母親の寝室の扉が開く音がした。コツコツと階段を下ってくる。いつもなら刑務所の看守に怯えるように息を潜めるが、驚く事にリビングのドアが開いたとき僕は、「うぃー!おはよ!」と気持ちの良い挨拶かましていた。

「はあぁ!」と腰を抜かす母親自分温度差に、自分ニートだった事を思い出す。そりゃそうだよな。

「良かったね。」母親が泣いていた。僕も「うん、猫が・・・」と言いそのまま泣いてしまった。

とある扁桃炎闘病記録

これはインフルエンザもかかったことがない自分記憶史上最大の大病を後世に残すために記録するものであるオチとかない。

1日目

4時ごろ喉の痛みに気付いて目覚める。風邪でよくある咳が出る系の痛みではなく、飲み込むとき違和感と強めの痛み。口にライトを当てて鏡で見ると、左の扁桃腺らしきものが明らかに赤黒く腫れ上がっている。その奥の喉も血管が太く赤くなっているが、扁桃腺に由来するものだろう。熱はなさそう。

コロナが少し頭をかすめる。コロナの症状的には「喉の痛み」もあるらしいが、咳に関連するものじゃないかなと自分をむりやり安心させる。嗅覚はある。

痛むとはいえ食事が若干つらい程度。味覚はある。

普通に活動でき、普段の1日を送る。

念のため、夕食後に体温を測ると36.7度だったが、就寝前は37.2度。あれ、やばいかも。明日医者に行こう。

2日目

36.9度

痛みはあいかわらず

午前は休みを取り、かかりつけと自分では思っているが10年ぶりくらいの内科へ。額で測定する体温計で37.4度だったが、すでに暑くなった時間に移動したせいじゃないのと思う。コロナ検査はできないと言われる。「扁桃腺が炎症を起こしてますねえ」との診断。知ってるし。何か他に症状はというから、痰が出やすいというと、色を聞かれて無色と答える。「抗生剤、炎症止め、解熱剤を出しておきますね」でおしまい。かかりつけやめるぞ。解熱剤はにわかに有名になったカロナールだった。

帰って測ったら36.9度。だから接触体温計とか信用できないんだよ。

午後は普通に出勤。この頃まで元気。

午後遅くなって頭が回っていないことに気づく。あと重い。幸い体温計を持ってきていたので測ると37.4度もしかしてあれは予知能力のある体温計だったのか、とか思いながらさっさと帰ることにする。熱とかあったらすぐ休めという柔軟性のある会社で良かった。

夕食には早いしとりあえずベッドに潜り込む。

20時ごろ目が覚め、測ると37.9度。これはやばいぞ。コロナ心配もふたたびよぎる。

夕食はなんとか食べ切れたが、あとから思えばかなり喉の痛みに堪えながらだった。処方された薬もちゃんと飲む。

21時ごろやはり37.9度。解熱剤を飲んで就寝。

就寝と言っても、途中何度も目覚め、連続した熟睡はない。痰がとても多く、それを気管から引っ張り出すのに喉が痛み、いちいち立って吐き出しに行けないので、それを飲み込むのに喉が痛む。一度に飲み込めなかったらやり直し。つらい。

3日目

6時ごろ37.4度

朝食のトーストを食べるのがつらい。なるべく小さくかじって何度も噛んで牛乳も追加で含んでドロドロにしても、飲み込むのに決死覚悟必要で、覚悟してても痛いものは痛い。食べなきゃいけないのに大きな苦痛。これ拷問になりませんかね。吐き気まで感じてきたので1枚で切り上げた。いつもは2枚食べるのに。足りないカロリーを補えそうなものはと冷蔵庫を見たら、何年も放置していたゼリードリンクを見つけた。やっぱり痛いけど喉に優しい。

疲れてしばらくまた寝る。

11時ごろ、そうだコロナ検査しようと思い立ち、都道府県ホームページ検査可能医療機関一覧を見つけ、割と近くの耳鼻科に連絡して事情を話す。「発熱感染疑いがある場合は診察と検査は屋外でしますが大丈夫ですか、熱中症対策してきてください」と言われかなり不安になる。

着いたら指示どおりインターホンを押して待つと、看護師が出てきて、医院の裏口の脇に連れられ、そこの椅子に座って問診票書いて待っててくれと言われる。ここで診察・採取会計するんだと。ここ、陽が差してるやん。屋外とは聞いたがテント的な屋根くらいない?普通しかエアコン室外機2台も唸ってるやん。こいつが吐き出した熱のおかげで、室内の他の患者人達涼しいってか。

持っててよかった折りたたみ傘。日傘代わりにさしながら、喉のことや薬のことを問診票に書いて渡し、医師を待つ。医師が来て喉を見せると「左の扁桃腺に炎症がありますねえ」。知ってるし2回目。「重症の」。そうか、だからあんなにつらいのか。薬は今出てるので十分に見えるが足りないのはないか確認される。症状に変化があったり薬を飲みきっても治らないようならまた来てと。何も考えず近さでここを選んだけど、たしか耳鼻科のほうが喉の専門だよな。

次は会計最後検体採取。綿棒の痛いやつかなと思ったら唾液だった。容器の一目盛分唾液を溜めて渡しておしまい。結果は夕方以降に電話でもらえるらしい。

返る途中、ポカリの大きいのとゼリードリンクを購入。

ちょっと横になってから遅めの昼食。毎回だがつらい。1食分食べるのに時間のかかること。

37.9度。解熱剤を飲む。

寝ていてつらいことの一つが痰の処理。飲み込むのが痛くてたまらない。意を決して、洗面器に水を少し入れてベッド脇に置き、ここに吐き出すことにした。そうすると、痰に関するストレスからは大きく解放された。

起きている気力はないので、ほぼ横になりっぱなし、たまに水分補給トイレで起き上がるくらい。

そうこうして外が暗くなった頃に電話が来る。本人確認して、「結果は陰性、マイナスです」と。淡々と礼を言い、電話を切る。安堵。

ベッドに横になったり四つん這いでうずくまったり座ったり。何をしても楽になれない。

遅い昼食に引きずられて遅い夕食。

38.1度。解熱剤を飲んで就寝。処方された3回分を飲みきったけど明日からどうしよう。

4日目

夜中は何度も目覚める。喉だけじゃなく奥歯まで痛く感じるし、頭も痛い。つらい。

とても遅い朝食。食パンまた1枚と牛乳ゼリードリンク

しばらくベッドで苦しみながら過ごしたが、解熱剤は必要なのでドラッグストアへ。近くにあって本当に助かる。たしかアセトアミノフェン系は見事に品切れ。まあなんでもいいだろうと店員扁桃炎の熱と痛みに効くのはあるか聞くと、やはりどれでも大丈夫だと。このへんがおすすめですよって最後さらっと指したのはめっちゃ高いプレミアムEXスペシャルクイックみたいなやつらだった。で、選んだのは、イブAと同成分の一番安いやつ。

空腹は避けたほうがよさそうなので、まずは昼食。これも完食できる気がしないのでいつもの半量程度にした。それでも食べるのに1時間くらいかかる。食後、解熱剤を飲む。37.8度

食べ疲れたのでベッドに倒れ込む。ときどき寝入ったりしながら検温したりとりとめもないことを考えたりする。ふと気づいたのが、そういえば喉が痛くなってから勃起してないぞってこと。朝立ちというが朝だけじゃなく浅い眠りのときはたいてい勃起してるのにそれがまったくない。痛みとか熱と関係あるのだろうか。エロ勃起するかしないかは今は試す気すらしないが。

夕方37.2度。珍しく少し下がった。イブAもどきが効いたのかな?あれ、そういえば痛みも少し和らいでる気がする。奥歯とか頭まで痛くなってない。このまま治っていけばいいがそう甘くはないかな。

甘くはなかった。遅い夕食頃37.7度。痛みもぶり返した。昼と同じくらいだけ食べるので精一杯。

就寝前に解熱剤を飲み横になる。何分くらいで効果が出るのか興味が出てきたので、頭痛が引くのを期待しながら待った。20〜40分のあたりで効果だんだん出てくる感じがわかって満足した。この薬は痛みも止めてくれる、このことで気持ちに余裕ができた。

5日目

7時ごろ36.6度。お、薬の効果がまだ続いてるにしては長いな。回復した?

朝食は食パン2枚食べられた。1日目の痛み程度かもしれない。ちょっと食べ過ぎ感がある。胃が小さくなったかも。

仕事に行けなくもない体調だが、少なくとも午前中は様子を見よう。

もう例の洗面器は必要ないだろう。何度か交換するのにそのままトイレに流していたが、ちょっとした好奇心が頭をもたげる。

痰の物性を知りたい。まずつまんでみる。痰部分と水部分がある程度分かれて1回分ごとのシマになっている気がする。まあそりゃそうだろう。ザルでも使えば水とある程度分離できそうだが、そんな用途に使えるザルはない。今度100均で買っておこう。今できそうな実験シマがなくなるように全部混ぜることくらいなので、指を突っ込んでぐるぐるかき混ぜたら、なんと結構な粘度の(アダルト意味での)ローションと同様の物質ができてしまった。痰そのものよりも水の方がはるかに多くてこの粘度であるムチン恐るべし。感染症があると痰の粘度も上がるらしいからその影響もあるか。

ではこの痰ローションはその目的に使えるのか。つまり前とか後ろに塗りたくればいつもの一人遊びに使えるのか。これはさすがに実行できなかった。まだ賢者だ。これ以上の実験は諦めてトイレに流した。とたん、熱耐性が気になった。実用のためには殺菌が必須だが、加熱殺菌が一番簡単からだ。ムチンはペプチドに糖鎖がいくつも生えている構造らしい。ペプチドが熱変性して物性が変わると困る。次の実験は決まった。あ、冷凍耐性も調べなきゃ。

こんなことを考えられるのも元気になってきた証拠だ。

昼食は少しの違和感がありながらも、問題なく食べられた。

36.8度大丈夫だとは思うが、大事をとって今日仕事休もう。

夕食はほぼ問題なし。

就寝するも寝入りは良くなかった。なんか夢と覚醒がぐちゃぐちゃに頭を駆け巡る感じがかなり続いた。

6日目

勃起した。

処方された薬はあと1日分あるから、念のためこれは飲みきろう。

扁桃炎でググるもっと高熱に苦しんだ人も多いらしい。今後苦しむことになる人はこの記事をみつけてくれるだろうか。もしみつけてくれて、経過の一例と少しでも快適にするための工夫を提供できたなら幸いである。

以上。扁桃炎闘病記録おわり。

2021-08-02

anond:20210802221857

化粧水乳液洗顔料クリームなどを900円のものを使ってたら2000円のものに変える

日焼け止めを700円のものを使ってたら1800円のものに変える

3000円の椅子を使ってたら25000円のものに変える

デッドスペースサイズをはかってピッタリサイズ収納ネットで探して通販する

マットレスを買い替える

タオルを全部捨てて全部新品に入れ替える

4Kディスプレイと良いヘッドホンを買う

家に唯一ある座面が接地していない椅子が大便器しかない

座椅子持ってきて大便器の蓋閉じてその上にラップトップ置いてトイレ仕事したりしてる

2021-08-01

[]anond:20210801190355

夫が外食しようよ!というので準備をして出かけた。

1歳の下の子の準備は当然私がした。

お店に入ったら当然のように小学生の上の子の隣に座ってメニュー見始めた。

私が下の子用の椅子を探して持ってきて、着けるのくらい手伝ってよと言って手伝わせて下の子は私の隣に座った。

夫は自分が食べたい子供は食べられないメニュー頼んで、私は下の子と分けられるようにうどんにした。でも下の子うどんの気分じゃなかったようで全然食べず、私は食べたくもないうどんで腹を満たした。

なんとなくうどんを食べながら、眠くてぐずり始める下の子あやしていたが夫は悠長に好きなものを食べていた。

食べ終わって帰り道に夫が本屋に寄りたいというので行った。上の子と本見てるからと下の子ベビーカーを預けたら、「いやそっちが下の子見てよ」だって。「面倒くさいからって押し付けないで」って言ったら黙り込んだ。いつものいじけパターン

帰り道に「あーどーせ俺が悪かったよ!もう外食しようとか言わないよ!」だって。何にもわかってない。

お前は仕事ミスしたやつからミスするんでもうこの仕事やりません!」って言ったら、こいつ反省してるな!って思うんか?

会社なら退職勧奨なり解雇なり手段はあるが夫婦だとそうもいかない。ましてや子どももいる。

まだ話し合う気にもならん。

送迎バス子どもが残ってないか確認するシステム

ただし、後付けできる仕組みで。

ちょっと考えてみた。

監視カメラ

最近SIMが入る監視カメラがあるので、こういうのをつけてしまって確認する。

安いタイプだと数万円から、月額千円くらいから導入できるが、どうしても死角ができるし、人間確認するので結局忙しいと気づけないままという話も。

原因究明に資するだけなら、既にある車内録画ができるドラレコを入れればいいはず、であれば1,2万円からだが、事故は防げない。

これにモーションセンサーつけて動いているものがあると警告するとかできたら・・・既にありそうな気もするな。

モーションセンサー

文字通り動いているものがあると警告を出すセンサー

子どもが眠っていたりすると検知しない欠点が。眠ったままだとそのまま目覚めずに……と言うことがありうる。

ただ、起きた時には検知できるから無いよりはいいか

お値段は結構安くて、センサだけなら数万円で行けると思う。

AIカメラカウント

人数のカウントくらいなら今時エッジAIでも十分に可能なので、カメラを付けて、入った人数と出た人数をカウントし、ズレがある場合に警告する仕組み

下ろし忘れということはなくなるはず。

正確にカウントできなくても、異常さえ検出できればいいのでよい

たぶん1,2万円で造れる。

感圧パット

上になにか乗ると検出する感圧パット椅子に仕込んで、子ども子どもが乗っているかどうかを確認するもの

ただたぶんコストがすごい高くなる。三十間円は超えちゃうと思う。

でもおそらく一番確実だと思う。

タグ利用

忘れ物タグのようなもの子どもに持たせて、中にいるかどうかを検出する。

たぶん普通RFID系でもやりようはあると思う。

工場向けの在庫管理タグシステムを応用できるはず。

シンプルな仕組みなら十万円ちょいぐらいで車載器はつくれるんじゃないかな。

手の込んだ仕組みにすれば送迎バスに限らず、幼稚園保育園全体で安全管理に使えそう。

人数カウントから、それ以外の危険箇所に子どもいるかどうかの検出などに使えるので現実的だと思うけど、プライバシー問題や、忘れたときどうする、どうやって確実に持たせるか、等々の問題がある。

2021-07-28

経済学のお偉いっぽい人が転売容認してたけどさ、本体だけ売れても全然売上はあがんないってことに気づいてないのか

それとも視野が狭すぎて大事な所を見落としてるのか、一瞬の爆発的な売れ方で経済が回ったなんてアホみたいな事を言ってるのか知らんけど

マジね、先の見えてない人が偉そうにつぶやくのは止めて欲しいんだよなって。

つーか、この程度も見えてないのに経済を語ってんのかって呆れるんだよ。

ろくに物を売ったことのない輩が経済を語るから日本経済がうまくまわらんのでしょ。

結局、椅子に座ってるだけの人には何もわからんのよ。オタク馬鹿にすることしかできないの。

2021-07-24

ぐったりと椅子に沈み込む老人を見た。

このくたびれた老人は何だろうと思った。

中学卒業式のことを思い出した。

在校生のみんなが見ているんだから、背筋伸ばして座れって、背中に定規をつっこまれたりしたな。そういえばあの怖い学年主任体育教師だった。まぁそれは、いまは話が逸れるけど。

 

世界中配信されてるって、みんなが見ているって、わかっていてこの姿勢になれるのか。

人前で、深く深くくつろいで腰掛けるのは、失礼なんだと思っていたな。

目上だと設定された人間は敬えって、

仮に心の中で敬っていなくても敬ってるように見せろって、

社会ってそういうルールじゃなかったのか。

 

世の中はめんどくさい。

めんどくさいと思いながら面倒を分け合って成り立たせているのが社会なんじゃないのか。それぞれ個人の中にある大小のルールや、ズルや、そういうものをなんとか綯い交ぜにして、成り立たせている社会じゃないのか。

自分だって性格が良いとは言い難いし、ときどきはズルをするし、仕事では根回しだってするし、そりゃあ、清廉潔白ではないけれど。

それでも、自分だって、嫌だなと思っていたって、顔だけは笑って仕事をしている。社会をやっていくことを自分で選んだ人間の、最低限の態度として。


あーぁ。


書ききれないほどある政治的暗部のことは、とうに諦めている。いまさら書き立てる気力もない。

ただ、その席は、この国の象徴かいう面倒な概念を生まれついての血縁関係義務付けられ、避けようもなく重い責務をつつがなくこなしてくれている方の、その隣の席は、お前が座りたくて座った席なんじゃないのか。

お前は、お前が選んで、その席にいるんじゃないのか。

 

まらなそうに腰掛けるな。

嘘でも、背筋を伸ばして座ってくれ。

  

  

でも、どうでもいい。

どうでもいい。

よくないけど。


とにかく、あの15秒にも満たない開会の映像は、自分の中にあった規範意識だとか、もしかしたらなけなしの郷土愛だとか、そういう類の何かを折った。

からといって、別に、何か自分の行動を激しい方向に変えるわけではないし、自分はそれなりに働き盛りで、それこそこの1年弱は本当に、目の前のことで精一杯だ。これから法律ルールを破る気はないし、払うべき税金は払うだろうし、道で困っている老人がいれば手を貸すだろうと思う。

これは愚痴なので、別に意見とか答えとかを自分の中で出すつもりもない。

ただの2021年日記として書き捨てる。


嫌な絵面だったな。

これからも、自分たちの世代は、老人共の昭和の後片付けや死に際の夢に付き合わされる。

諦めている。ただ、こんなにも背筋そのものが抜き取られるような虚しさは、二度と味わいたくはない。

たぶん、これを虚無感と言うんだと思う。

忘れない。

●今回、特に酷い性虐待エピソードとして紹介された小山田さんの以下の発言

ジャージになると、みんな脱がしてさ、でも、チンポ出すことなんて、別にこいつにとって何でもないことだからさ、チンポ出したままウロウロしているんだけど。だけど、こいつチンポがデッカくてさ、小学校の時からそうなんだけど、高校ぐらいになるともう、さらデカさが増しててさ(笑)女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして。」

この発言は「孤立無援のブログ」で紹介されていますが、これに続く以下の小山田さんの発言を同ブログは削除しています

「でも、もう僕、個人的には沢田ファンから、『ちょっとそういうのはないなー』って思ってたのね。……って言うか、笑ってたんだけど、ちょっと引いてる部分もあったって言うか、そういうのやるのは、たいがい珍しい奴っていうか、外から来た奴とかだから」(『QJ』vol.3 本文58p)

素直に読めば、この性虐待エピソード小山田さんとは別人の犯行です。小山田さんは周りで笑いながら引いていた、というポジションです。そして、この「笑ってた」という小山田さんを責める資格、少なくとも私にはありません。

沢田君が、透明な下敷きの中に石川さゆり写真を入れてきて、隣の席の小山田さんがツッコミを入れるエピソード(もちろん沢田君はボケて自覚なし)。個人的にはまさに青春、という良いエピソードだと思いますが、「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文58p)。

高校生になってエチケットに気を付けるようになった沢田君。ポケットティッシュがすぐなくなってしま沢田君に、小山田さんは首にかけられるようにビニール紐を通した箱のティッシュプレゼントしました。それ以来、沢田君は自分で箱のティッシュを買うようになったというエピソード。これも「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文60p)。

小山田さんのインタビューの合間に入るM氏の文章

いじめ談義は、どんな青春映画よりも僕にとってリアルだった。恋愛クラブ活動けが学校じゃない。僕の学校でも危うく死を免れている奴は結構いたはずだし、今でも全国にいるだろう」(『QJ』vol.3 本文61p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

SNSがなくて学校外に居場所を作りづらかった時代感覚なので、今の若者にはピンとこない文章だと思いますが、M氏が「いじめ自慢を並べる、鬼畜記事」を意図していたとしたら、あまり必要のない文章に思えます

ここで、沢田から村田仮名)という人物エピソードへと話題は移ります

高校修学旅行留年した一コ上の先輩「バカな渋カジ」と、村田と、小山田さんという「かなりすごいキャラクター(笑)」の3人が、「好きなもんどうしが集まったとかじゃ全然な」いのに同じ班に集められて、修学旅行に行くことになった、というエピソードが「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文63p)。

●この修学旅行出来事として、「バカな渋カジ」が先導した性虐待エピソードが登場します(筆者注:以下、読むと気分悪くなります。ご注意ください)。

「ウチの班で布団バ〜ッとひいちゃったりするじゃない。するとさ、プロレス技やったりするじゃないですか。たとえばバックドロップだとかって普通できないじゃないですか? だけどそいつ(筆者注・おそらく村田)軽いからさ、楽勝でできんですよ。ブレンバスターとかさ(笑)。それがなんか盛り上がっちゃってて。みんなでそいつプロレス技なんかかけちゃってて。おもしろいように決まるから「もう一回やらして」とか言って。

それは別にいじめてる感じじゃなかったんだけど。ま、いじめてるんだけど(笑)。いちおう、そいつにお願いする形にして、「バックドロップやらして」なんて言って(笑)、”ガ〜ン!”とかやってたんだけど。

で、そこになんか先輩が現れちゃって。その人はなんか勘違いしちゃってるみたいでさ、限度知らないタイプっていうかさ。なんか洗濯紐でグルグル縛りに入っちゃってさ。「オナニーしろ」とか言っちゃって。「オマエ、誰が好きなんだ」とかさ(笑)そいつとか正座でさ。なんかその先輩が先頭に立っちゃって。なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。そうすると、僕なんか奇妙な立場なっちゃうというか。おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。「ここはヤバイよな」っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて。「オマエ、誰が好きなんだ」とか言って。「別に…」なんか言ってると、バーン!とかひっぱたいたりとかして、「おお、怖え〜」とか思ったりして(笑)。「松岡さん(仮名)が好きです」とか言って(笑)。「じゃ、オナニーしろ」とか言って。「松岡さ〜ん」とか言っちゃって。」

この発言は「孤立無援のブログ」で紹介されていますが、これに続く以下の小山田さんの一言を、同ブログは削除しています

「かなりキツかったんだけど、それは」(『QJ』vol.3 本文64p)

ここに意図がないとはとても思えません。

沢田君と比較し、村田とのエピソードはそれほど多くありません。

次に、「いじめっていうのとは全然違って、むしろ一緒に遊んでた奴」である朴(仮名)の家庭が厳しかった、というエピソード

小山田さんの母校では、他の学校特殊学級にいるような子が同じクラスにいたという話。

母校の近くに養護学校があったので「小学校の時からダウン症って言葉、知ってた」という話などが披露されます(念のため、小山田さんが養護学校の生徒をいじめていたというエピソードは、記事内にありません)。

こうやって元記事を再読すると、記事の中で大きいのは沢田君の存在で、村田さんと朴さんのエピソードとは比重が違います。が、「孤立無援のブログ」だけを読むと、この事実はまったく伝わってきません。

そして沢田君、村田さん、朴さんに、M氏が小山田さんとの対談を申し込んで断られるエピソードへと話は移ります。M氏が手を尽くしても、村田さんと朴さんには連絡がつきません。そして、肝心の沢田君。

取材当時、沢田君は学習障害で「家族とも『うん』『そう』程度の会話しかしない」状態だったことが明かされます。M氏は沢田君の家の最寄り駅から電話をし、沢田家に上がって取材依頼をします。

孤立無援のブログ」では、この時のやりとりを紹介しています

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。家の中で知ってる人にばかり囲まれいるから。小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

寡黙ながらどっしり椅子に座る沢田さんは、眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。ちょっとホーキング入ってる。

ーー(小山田と)対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんのほうを見る)」

ーー小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

 数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。(『QJ』vol.3 本文67p)

話が脱線しますが、当時の私ではなく現在の私は、この「ホーキング入ってる」はいかがなものかと思いますよ。〉M氏

この沢田からの「対談NG」を聞いた小山田さんの反応は、「孤立無援のブログ」で削除されています(ここが、この読み物で一番大事なところなのに!)。

この沢田君への小山田さんから言葉が、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」という記事全体のクライマックスです。この記事の末尾に記事全体の画像を貼っていますので、みなさんぜひ実際の記事を読んで確かめてください。

少なくともこの「いじめ紀行」という記事だけで、第三者が「小山田さん=障害者暴行した加害者」「沢田君=暴行被害を受けた障害者」という単純な関係性だったと決めつけるのは、あまり乱暴ではないかと私は思います

そして、卒業式当日の沢田君と小山田さんのエピソード披露され、記事本文は終わります最後に、沢田君が小山田さんに送った年賀状の実物が掲載されています

●誌面に沢田君の年賀状掲載されていることについて、「孤立無援のブログ」は(今回の騒動後の)2021年7月18日に、「小山田圭吾が障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑する」というタイトル記事公開しています

タイトルの「爆笑する」が示す箇所が特定できないので、このタイトル自体がずいぶん粗雑だと思いますが、本文の方も(「孤立無援のブログ」にしては珍しく)粗い印象操作になっています。急いで公開しようと焦ったのでしょうか。

ここから、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」が「沢田君の年賀状」を掲載している理由について、自分なりに推理していきます

まず本文56pに、この年賀状について、以下の小山田さんの発言があります

「それで、年賀状とか来たんですよ、毎年。あんまりこいつ(筆者注:沢田君)、人に年賀状とか出さないんだけど。僕の所には何か出すんですよ(笑)。」

ここで、沢田君が小山田さんに年賀状を毎年出していた(沢田君は小山田さんを友達だと思っていた)ことが分かります

そして、ポイントになるのは、この年賀状画像が、記事本文を読み終わってページをめくったところに掲載されている、ということです。

不肖・私、26年前は使い物にならないダメ編集者でしたが、それからずっと編集稼業を続けてきました。現在の私がこの「沢田君の年賀状」がなぜこの位置掲載されているのか、その編集意図を推測するとこうなります

記事本文のラストは、現在沢田君が学習障害になってしまったと知った小山田さんがショックを受け、「沢田とはちゃんと話したいな、もう一回」と思っていること、卒業式の日にお互いにサヨナラの挨拶をしたエピソードなどが、感傷的なトーンで綴られます

その本文が終わってページをめくったところに、突如ドドーンと現れるのがこの「沢田君の年賀状」なわけです。

ということは、この画像象徴しているものは「小山田さんと沢田君が、かつてクラスで席を並べて過ごしていた時間」です。そこに、部外者簡単に決めつけられるような関係性ではない何かがあったはずだと、読者に連想させるための画像、のはずです。

で、注目すべきは、この年賀状の内容です。「手紙ありがとう」と沢田君は書いています

ここで、本文でずっと匂わされていた「実は小山田さんと沢田君は仲良しだったんじゃないのか?」ということの、物的証拠が初めて示されます。つまり、読者はこう発見するのです。

小山田さんも、沢田君に手紙を書いていたんだ…(やっぱりふたりは仲が良かったんだ…)」

記事ラストとして上手いなと思います

しかも感動的なのは取材時に「社会復帰はしていない」沢田君ですが、この年賀状を書いている過去沢田君は「三学期も頑張ろう」なのです。つまりここにあるのは未来に対して前向きだった、小山田さんと仲が良かった頃の沢田君の姿なのです。

以上、記事現物を素直に頭から読めば、どう考えても「沢田君の年賀状」はこういう解釈になります。それを「障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑」というタイトルで紹介するのは、いくらなんでも悪意のかたまりだと私は思います

なので、ここまで読んでくださったみなさんはぜひ、今web上やメディア記事で「『いじめ紀行』読みました!年賀状さらものにするのなんて最悪だと思います!」と書いている人は全員、実際の記事を読んでいない(確定)という、リトマス試験紙に使っていただければ幸いです。

と、ここまで確認してきて分かるように、たとえば7月21日朝日新聞」の天声人語欄にこうありますが。

「(筆者注:小山田さんが)小中学校の頃、同級生障害者にひどいいじめをしていた。20代半ばになって、それを雑誌で得意げに語っていたことが問題となった」

この天声人語執筆者は本当に元記事にあたったのかどうか、私には甚だ疑問です。しつこく確認してきたとおり、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」の現物記事を読めば「《得意げに》語っていた」という言い回しには絶対にならないはずなのです。

他にも「いじめられっ子にアポなし突撃取材」と言われていたり(元記事を読むかぎり、アポなしではなくM氏は事前に電話をしているようです)、あまりにもいろんな罵詈雑言が飛び交っていて、ここまで炎上すると下手に近づくと自分も丸焦げになるに決まっているわけですが、少なくとも私は私の気づいたことを知らせるべきだと思ったので、火の粉を被る覚悟の上で「元記事記述はこうですよ」ということを報告しました。

あと、こういう微妙事柄を書くと「なんでこの文章をそういう意味に受け取るの……???」という人が必ず出てくるので、しつこいくらい繰り返しておきますが、私はこの文章で「小山田圭吾さんはいじめ加害者ではない」と言っているわけではありません。

早とちりされないように強調しますが、小山田さんはいじめ加害者です。だって小山田さん自身謝罪文で「いじめ行為をはたらいていた」と認めていますからそもそもいじめ紀行」という連載にゲスト出演しているわけだし)。

ただ、小山田さんがいじめ加害者だったという事実があるとしても、報道SNSで言われていることは、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」の記事現物と照合すると、ずいぶん小山田さんにとってアンフェアな傾きがありますよ、と言いたいわけです。

で、実は私の話、これでまだ前哨戦なのです。

話が長くて恐縮ですが、次がいよいよクライマックスです。

今回指摘したポイント些末なことで、元記事を再読した私が一番驚き、世の中に伝えたいと思ったことを、最後に書きます。ここまで読んでくださったみなさんは、どうか次回も読んでください。

では、また後ほど。

(次回7/23更新、「最終話 「いじめ紀行」はなぜ生まれたのか」)

anond:20210724084501

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

2021年07月31日 夕方公開終了

取材&文=北尾修一(百万年書房

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※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。

前回、書き洩らしていたことがありました。

小山田圭吾さんが「いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)はじめ、さまざまな雑誌記事内で語っているいじめ暴力行為。これが事実だとするならば、オリンピックパラリンピックの開閉会式クリエイティブ小山田圭吾さんが一旦引き受けたのは、自分にとって俄かには信じがたい行為です。

これは、もちろんこの記事大前提です。

ちゃん調査せずにオファーした大会組織委員会もうかつすぎますが、それを引き受けた小山田圭吾さんは、「うかつ」という言葉では括りきれないかと(小山田さん……一体どうしてしまったんですか……と)。

そう思っている筆者が書いている原稿だという点を踏まえた上で、ここから先が前回の続きです。

====

実は私は問題記事いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)を、刊行直後の26年前に読んだきり、これまで一度も読み返したことがありませんでした。

で、さら脱力する話で恐縮ですが、私の手元には現在、『Quick Japan』vol.3がありません。

なので、この原稿を書くにあたって、みなさんと同じく、記事こちら(「孤立無援のブログ」)で再読しました。

で、このブログを読んで、自分記憶とのギャップに、まず驚きました。

「……え。こんな酷い内容の記事だったっけ?」

というのが、最初の率直な感想です。

前回書いたとおり、自分の中では、あの記事は(自身も壮絶ないじめサバイバーである)M氏が、雑誌ロッキング・オン・ジャパン1994年1月号で小山田圭吾さんがいじめ加害者だったと発言しているのを発見し、自分の中のサバイバー生還者)としての記憶駆動し、以下のような切実な問題意識を持って立ち上げた企画だったと記憶されていたからです。

いじめについて新しい角度から考える、自分しか書けない記事が作れないか

いじめ絶対悪とみんな口では言うけれど、それなのに、なぜ世の中からいじめはなくならないのか?

そもそも自分は本当に《いじめられて》いたのか?

ところが、上記の「孤立無援のブログ」で確認する限り、そんな企画意図はみじんも感じられない。露悪的で、読んだ誰もが気分の悪くなるような内容になっています

※「孤立無縁のブログ」は、当該記事編集を施した上で紹介しているので、実際の記事を読むと少し印象が違うのかもしれませんが、まあでも、きっと内容の大筋は変わらないと思うので、ここでは細部に拘泥せずに話を進めます

これはどう読んでも「加害者いじめ自慢」もしくは「いじめエンターテインメントだと推奨する記事」にしか思えない。

当時の自分は、これをスルーするほど感覚が狂っていたのだろうか……?

ただ、ここで正直に言うと、どうも何かが引っかかるんです。

ちょっといくらなんでも、何かおかしくないか。このブログ自分記憶が、あまりにも違いすぎるぞ」と。

90年代悪趣味鬼畜ブームで、そのど真ん中におまえはいたわけだから、この記事の酷さに気付かないほど感覚麻痺していただけだろ!」という全員から突っ込み、実は「90年代悪趣味鬼畜ブームで~」という括り方自体にもいろいろ言いたいことはあるのですが、そちらは本筋ではないので今は置いておくとして。

もちろん当時の自分感覚は、現在と違っていたと思います

当時の自分が「やべー、笑えるー」という軽薄なノリで、小山田さんのいじめエピソード面白がっていた可能性、高いです。

ただですね、正直に話を進めたいので、できれば最後まで聞いてほしいのですが、それでも自分の中では完全には納得できない部分が残るわけです。

「いや、自分は昔から行方正ではないし、行儀の悪い冗談だって好きだし、その可能性がゼロだとは言いません。ただ、それにしても、いくらなんでも、さすがにこの原稿は度が過ぎている。ここまで酷いと当時の自分も引いたはずだし、そもそもほとんどの読者から非難轟々になると思うんだけど……」と。

ここから、いろいろな考えが頭をよぎりました。

●誰か雑誌Quick Japan』vol.4のお便りコーナーを調査してくれないでしょうか。当時の『Quick Japan編集長A氏は、賛否両論どちらの感想無作為掲載していたから、次号のお便りコーナーを見れば、この記事がどれくらいの比率賛否両論で受け止められていたか、おおよその目安が分かるはず。私の記憶ではこの記事、読者から非難轟々だった記憶はそんなにないのです。これが自分記憶いかどうかを、まずは確かめたい。

●もちろん、当時の雑誌Quick Japan』読者が(鍵括弧付きの)「90年代悪趣味鬼畜ブーム」に乗っていた人たちばかりで、そのバイアスがかかっている可能性はあります。vol.4のお便りコーナーに否定的意見が少なかったとしても、だからといって、この記事が当時の社会規範OKだったということには、当然ながらなりません。

●ただ、自分は悲しいほど記憶力が悪いので取材当日のことを覚えていないのですが、少なくとも取材現場自分が「小山田さんって酷い人だなあ」と思った記憶はないんですね。

●で、先ほどの繰り返しになりますが、同じように、発売当時にリアルタイムで「いじめ紀行 小山田圭吾の回」を読んだ時に、「気分が悪い記事だなあ」と思った記憶もないんです。

ものすごく良い記事でも、ものすごく酷い記事でも、度を越したものは読むといつまでも覚えているので、そう考えると、この記事はおそらく当時の自分にとって「(企画としてはセンセーショナルだけれど)テキストとしては可も不可もない、それほど刺さらないものだった」という可能性が高いんです。

と、頭がぐるぐるしたのですが、何にせよ記事現物を読む手段がないので、腑に落ちない気分だけが残って、それを解消する手段がない。

一番ありそうな線としては、M氏が最初に話してくれた企画コンセプトだけが記憶に残っていて、それと実際の記事が私の頭の中で差し替えられてしまった。だから、実際に掲載された記事はもともとこんな酷い内容だった、ということ。

かにその可能性は高いですが、でも、ここまで酷いと覚えているはずだけどなあ……というモヤモヤした気分。

ちなみに、後にライターから編集者に転身したM氏にとって、いじめサバイバーという経験は間違いなく「作品を作るとき武器」になっていて、それが後に押見修造志乃ちゃんは自分の名前が言えない』という傑作マンガ(M氏が編集担当)に結実したりするわけですが。

まだこのライター時代のM氏は「武器」の使い方を知らなかったということなのかなあ。どう読んでも、これじゃ企画意図が伝わるわけがない。というか、90年代だろうが2021年だろうが、こんな記事が許されるわけがない。100%ダメに決まってるじゃないか。M氏だけじゃなく、編集長A氏もよくこんな原稿掲載したなあ。

と、ここまで書いたのが、ちょうど一昨日。

この原稿、ここから一気に転調します。

昨日の午前中、もう何年も会っていない旧い知人から、弊社宛にいきなり郵便物が届きました。

封を開けると、なんと今一番読みたいと思っていた「いじめ紀行 小山田圭吾の回」のコピーと、旧い友人から手紙

私信なので一部だけ引用しますが、手紙には以下のような文言がありました。

「この問題鬼畜的要素の固有名詞カットアップして短文化し、あたか鬼畜に仕立てあげ脚色されたもの。作ったやつは誰か?  これは調べあげた方がいい。」

自分も罠にハマるところだった。バックナンバー引っ張り出して読んで良かった。」

…………え。どういうこと?

私は蛍光ペンを持ちつつ、「孤立無援のブログ」で紹介された部分をマーキングしながら、送られてきた記事コピーを読み進めました。

※本テキストの末尾にその画像を添付しています。「孤立無援のブログ」は、2006年11月15日から2021年7月18日までのあいだで合計4回、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」紹介記事を公開しています緑色のマーカーが「2006年11月15日公開 小山田圭吾における人間研究」、ピンクのマーカーが「2012年8月12日公開 小山田圭吾いじめ次世代に語り継ぐ」、青色のマーカーが「2021年7月18日公開 小山田圭吾障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑する」です。各記事で重複して紹介されている箇所は初出記事のマーカーとなっています。「2012年9月18日公開 小山田圭吾ダウン症」は、既出の紹介記事と重複する部分の引用しかなかったので、マーカーを付けた箇所はありません。

マーカーを引きながら読み進めるにつれ、やばい、動悸が早くなってきた。

だんだんモヤモヤの正体が目の前に……。

引っ張る気はないので、さっさとネタをばらします。

この「孤立無援のブログ」の「いじめ紀行」記事の紹介の仕方が、ものすごく奇妙なんです。

いわゆる普通意味での「記事の要約」になっていない。

記事テキストのものは改変していないのですが、マーカーでチェックしながら読むと、意図的にエピソードの順番を入れ替えたり、小山田さんの発言の一部を削除したり、記事本文の途中で注釈内のエピソード挿入し、それに続けてまた別の場所記事本文につなげたり……よく言えば「繊細な編集が施されている」ですが、悪く言えば「元記事文脈恣意的に歪めている」。

ただ、それらのカットアップとつなぎがあまりに巧く、スムーズに読めるので、普通に読んだらまったく気にならない(私みたいにマーカーを引きながら照合しないと気付かない)。

このブログ運営者、素人じゃない。

私と同じ職業の人だと直感しました。

映画動画編集インタビュー構成をやったことがある人にとっては常識ですが、元のエピソード(素材)が同じでも、順番を入れ替え、意図を持って構成し、文脈をつけて並べるだけで、受け手にまったく別の印象を与えることは可能なんですよね。

で、ここから先に進む前に、あらためて強調しておきます。この後、読む人によっては「おまえは小山田圭吾擁護するつもりか!」といきり立つようなことを書きますが、繰り返します。まったく擁護していません。

「※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。」この文章を再度ご確認の上、先へお進みください。


たとえばM氏が原稿冒頭で書いている「まえがき」、ここは「孤立無援のブログから丸ごと削除されています

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part1】

僕(筆者注:M氏のこと)は『月刊ブラシ』というミニコミ編集している。

インタビュー中心の雑誌で、二二の時に創刊して、もう二年が過ぎた。今までにインタビューしたのは、爆弾製造青年、五年間顔を合わせたことのない隣人、日本語学校の生徒、駆け出しの探偵、等々。特に決まったジャンルとかはないので、今は閃いたことを全部やるようにしている。

インタビューをしてると、相手が「マンガみたいな現実」を語ってくれる時がある。例えば、爆弾製造青年高校の時に友達から「不良にからまれから爆弾作ってくれ」って言われたりとか、「探偵学校に潜入する時は用務員のフリをする」とか、そんな話にはメチャクチャシビレる。

M氏は「マンガみたいな現実」が好きだと自己紹介し、その「マンガみたいな現実」の具体例をいくつか挙げた後、そのひとつとして「そんな僕にとって、“いじめ”って、昔から凄く気になる世界だった」と、「孤立無援のブログ」にUPされている部分(以下参照)につなげているんです。

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part2】

そんな僕にとって、”いじめ”って、昔からすごく気になる世界だった。例えば

*ある学級では”いじめる会”なるものが発足していた。この会は新聞を発行していた。あいつ(クラスいじめられている男の子)とあいつ(クラスいじめられている女の子)はデキている、といった記事教室中に配布していた。

とか、

*髪を洗わなくていじめられていた少年がいた。確かに彼の髪は油っぽかった。誰かが彼の髪にライターで点火した。一瞬だが鮮やかに燃えた。

といった話を聞くと、”いじめってエンターテイメント!?”とか思ってドキドキする。

だって細部までアイデア豊富で、なんだかスプラッター映画みたいだ。(あの『葬式ごっこ』もその一例だ)

 僕自身学生時代傍観者で、人がいじめられるのを笑ってみていた。短期間だがいじめられたことはあるからいじめられっ子に感情移入する事は出来る。でも、いじめスプラッターには、イージーヒューマニズムをぶっ飛ばすポジティヴさを感じる。小学校の時にコンパスの尖った方で背中を刺されたのも、今となってはいエンターテイメントだ。「ディティール賞」って感じだ。どうせいじめはなくならないんだし。

M氏がいじめサバイバーだと知っている私がこの原稿を読むと、最後段落を書いているときのM氏の気持ち想像するだけで胸が詰まるのですが、それはともかくとして。

この「part1」は、いじめとは関係のない内容なので、「孤立無援のブログ」が削除した理由はもちろん分かります。ただ、この「part1」があるのとないのとでは、「part2」を読んだ時の印象がずいぶん変わると思いませんか?

まり、この「いじめ紀行 小山田圭吾の回」は、意図を持って構成が練られた、全体で22pにわたる長編読み物(=起伏のあるストーリー)なのですが、「孤立無援のブログ」はその文脈無視し、煽情的語句情報)だけを切り取った上で、読んだ人の気分が悪くなるように意図的に並べ替えた上で公開しているものなんです。

たとえるなら、「ビジネス書はたくさん読むけど、小説や詩は生まれから一度も読んだことがない人が作るまとめ記事」みたいなものです。

以下、私が記事コピーと「孤立無援のブログ」を照合して気付いた点を列挙します。

いじめられていた人として「学年を超えて有名」だったと記事の中で紹介されている西河原さん(仮名)の、以下の証言が「孤立無援のブログからは削除されています。「(筆者注:小山田さんからは)消しゴムを隠される程度のいじめしか受けていない。」(『QJ』vol.3 本文55p)

●「この対談、読み物としては絶対面白ものになるだろうし、僕も読むけど、自分がやるとなると……(苦笑)」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

当初の小山田さんは、この企画に引き気味です。今回の報道で多用された「いじめ自慢記事」というレッテルに、少し疑問が湧いてきませんか?

●「小山田さんによれば、当時いじめられてた人は二人いた。」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

かい点ですが、「いじめてた人」ではなく「いじめられてた人」という表現が気になります。というのは、後述しますが、この二人のうちのひとり沢田君(仮名)と小山田圭吾さんの関係を、当事者ではない第三者が「いじめ被害者」「いじめ加害者」と決めつけていいのか、再読して私にはかなり疑問だったからです。

で、元記事では、最初にその沢田君のエピソードが語られます

●「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生くらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで。いじめっていうよりも、僕は沢田ファンなっちゃってたから。」(『QJ』vol.3 本文57p)という発言が「孤立無援のブログからは削除されています

高校時代沢田君と小山田さんがずっと隣の席だったこと。小山田さんはクラス友達がいなかったので、お互いアウトサイダー同士で沢田君とは仲が良かったという発言が、「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文58p)。

●今回、特に酷い性虐待 Permalink | 記事への反応(1) | 08:45

2021-07-23

前に座ってたヤツが椅子を思い切り下げてたみたいなんだが

クソ快適

子ども入院する時はどんな感じなのか

怪我事故ではなく病気場合

うちの子たちがRSや、1年以上の入院を要する病気になって入院した経験あり。

最近ガンガンRSが増えてるらしいのでとりあえずRSの時のことを記す。

生後1ヶ月でRS罹患

症状としては

熱は無し、

とにかく鼻水がひどくて授乳時に息ができなくて飲めない。

生後1ヶ月は母体からもらった免疫があるはずだが、保育園児の上のきょうだいから感染したと思われる。

ちょうど金曜のことだったため、週末は病院混むし早めに薬でももらっとくか、と軽い気持ちで近所の小児科へ。

症状を見てウーーーンと医師一言検査しますねと。

隣の処置室に連れてかれて鼻に綿棒つっこんで検査。その数分後にRSと診断。

乳児のうちに罹患すると肺炎喘息に発展するとのことで、このまま今すぐ紹介状を持って最寄りの総合病院へ行きなさいと指示される。

入院なんておおごとで、真っ青になる。

家に一旦帰って着替やミルク…など考えをめぐらせる余裕もなく、病院直行

移動しながら動けそうな家族に連絡してミルクオムツ着替えを準備するよう頼む。

この病院場合乳児の着替えは院内着を貸してくれたので助かった。

付添者の使えるシャワーコインランドリーは無し。

総合病院ではあるが大学病院ほどの規模ではなくそんなに重症の子は来ないので、その程度の期間なら親は自分でどうにかしろということらしい。

そのため1-2日おきに短時間帰宅して(その間、誰か交代要員にきてもらう)シャワーを浴びたり、おしりふきで身体を拭いたりした。

効果効果、私は産後一ヶ月だったため仕事心配はしなくて済んだ。しかし完全一人ではだいぶキツイ

入院後は検査処置のために少なくとも2時間は絶飲食になり、飲みたい盛りの子どもは泣いて叫んで叫び続けて大変だった。

でもこんなのは病院的には日常なので特に何もしてくれない。我慢以外に手立てはない。

おしゃぶりを貸してくれたが効果なし。

付添者が寝る場所は無くて、部屋の長椅子(座面を上げると中が収納になってる)で横になって寝た。

後に何度も入院した経験から思い返すと、子ども入院って普通に親が添い寝できるので(厳密な感染管理が無ければね)ベッドで添い寝したら良かった。

たった1週間の入院だったが勝手も分からないし、いちいち今は何の時間なのか状況が把握できず疲れる。

RSの場合感染症のため患者本人は室外に出たらダメ

付添者は室内でガウンを着る。

面会は当時はできたし付添も2人までOKだったが、

今はコロナなので基本不可。付添は1人。

荷物の受け渡しはできるがロビーなどですること。

付添者が看護師さんに院内コンビニで買い物を頼むなどはまず無理だと思う。

退院まで大体1週間。

こんなもんでした。

2021-07-22

金持ち旅行したメモ

一代で百億以上の資産を築いた人と旅行に行ってきた。金持ちっぽいなと思ったこととかをメモ

  1. 東京からヘリでくる。現地にはアルファード運転手
  2. 会社自分が乗ってるのは軽バン
  3. 別荘の玄関においてある石ころが50万円。椅子が一番安いので一脚20万円
  4. 私がやめろと言ってもどうしようも無い投資先の社長を見捨てない
  5. スリッパがないので聞いたら「気に入ったのがないので作らせてる」とのこと
  6. iPadは画面が割れたまま一年は使ってる
  7. ギャラリーに連れてってくれたのだけど、本人が欲しいのがない。しかしせっかく来たからと30万の絵を私に買ってくれる
  8. 食事無駄にしないのでソフトクリームは「カップ代は払うからはんぶんこして」と店員に頼む。名物アンパンも半分に切ってもらった
  9. オリンピックチケットスポンサー企業からもらえる。開会式サッカーの決勝をもっていた。ただし行かないらしい

なかなか貴重な体験だった。

金持ち旅行したメモ

一代で百億以上の資産を築いた人と旅行に行ってきた。金持ちっぽいなと思ったこととかをメモ

  1. 東京からヘリでくる。現地にはアルファード運転手
  2. 別荘の玄関においてある石ころが50万円。椅子が一番安いので一脚20万円
  3. スリッパがないので聞いたら「気に入ったのがないので作らせてる」とのこと
  4. ギャラリーに連れてってくれたのだけど、本人が欲しいのがない。しかしせっかく来たからと30万の絵を私に買ってくれる
  5. 飯に行くと私に気を遣って「一番美味しいのはどれ?」と店員に必ず聞く
  6. 食事無駄にしないのでソフトクリームは「カップ代は払うからはんぶんこして」と店員に頼む。名物カレーパンも半分に切ってもらった
  7. オリンピックチケットスポンサー企業からもらえる。開会式サッカーの決勝をもっていた。ただし行かないらしい

なかなか貴重な体験だった。

anond:20210722123622

風呂椅子の下になんで穴が開いてると思うとるんや

創作銭湯の描画をしたいんですが

男湯には入れなくて分からなくて教えて欲しいんです。

銭湯にある腰掛けに座るとき

自分のお尻でタマキンを踏んじゃって悶絶するってシーンはありでしょうか?

またそうならないように

もしかして銭湯の男湯の座る腰掛けって、私が知らないだけでデフォでスケベ椅子が置いてあるのが当たり前なんでしょうか?

そうなると座っても自分のお尻でキンタマを踏まなくて済むみたいだと思うんですが。

実際はどうなんでしょうか?

2021-07-21

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 12

anond:20210721001728

いじめられっ子に会いに行く

事実を確かめなきゃ。

小山田さんにいじめられっ子名前を教えてもらった僕は、

まず手紙を書いた後、彼らとコンタクトをとっていった。

何かロードムービーの中に入り込んだような感覚になる。

4月6日

村田さんの家に電話する。お母さんが出た。

聞けば、村田さんは、現在パチンコ屋の住込み店員をやっているという。

高校和光を離れて定時制に。

お母さん「中学時代は正直いって自殺も考えましたよ。

でも、親子で話し合って解決していって。

ウチの子にもいじめられる個性みたいなものはありましたから。

小山田君も元気でやってるみたいだし」

住込みの村田さん家族とも連絡がとれないらしい。

パチンコ屋の電話番号は、何度尋ねても教えて貰えず、

最後は途中で電話を切られた。

4月28日

沢田さんに電話してもお母さんが出た。

電話だけだとラチが開かないので、アポなしでの最寄り駅から電話

「今近くまで来てるんですが……」

田園調布でも有数の邸宅で、沢田さんと直接会うことができた。

お母さんによれば"学習障害"だという。

家族とも「うん」「そう」程度の会話しかしない。

現在は、週に二回近くの保健所書道陶器教室に通う。

社会復帰はしていない。

お母さん「卒業してから、ひどくなったんですよ。

家の中で知ってる人にばかり囲まれてるから

小山田君とは、仲良くやってたと思ってましたけど」

寡黙ながらどっしり椅子に座る沢田さんは、

眼鏡の向こうから、こっちの目を見て離さない。

ちょっとホーキング入ってる。

―――対談してもらえませんか?

「(沈黙……お母さんの方を見る)」

―――……小山田さんとは、仲良かったですか?

「ウン」

数日後、お母さんから「対談はお断りする」という電話が来た。

5月1日

朴さんは、電話してもマンションに行っても違う人が出た。

手紙も『宛て所に尋ねあたりません』で戻って来た。

next: anond:20210721200054

改変内川コピペ (自作

まずは元ネタ

本拠地横浜スタジアムで迎えた中日

先発三浦が大量失点、打線も勢いを見せず惨敗だった

スタジアムに響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年は100敗だな」の声

無言で帰り始める選手達の中、昨年の首位打者内川は独りベンチで泣いていた。

WBCで手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト・・・

それを今の横浜で得ることは殆ど不可能と言ってよかった

「どうすりゃいいんだ・・・」内川は悔し涙を流し続けた

どれくらい経ったろうか、内川ははっと目覚めた

どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚現実に引き戻した

やれやれ、帰ってトレーニングをしなくちゃな」内川は苦笑しながら呟いた

立ち上がって伸びをした時、内川はふと気付いた

「あれ・・・?お客さんがいる・・・?」

ベンチから飛び出した内川が目にしたのは、外野席まで埋めつくさんばかりの観客だった

千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのようにベイスターズ応援歌が響いていた

どういうことか分からずに呆然とする内川の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた

セイイチ守備練習だ、早く行くぞ」声の方に振り返った内川は目を疑った

「す・・・鈴木さん?」 「なんだアゴ、居眠りでもしてたのか?」

「こ・・・駒田コーチ?」 「なんだ内川、かってに駒田さんを引退させやがって」

石井さん・・・」  内川は半分パニックになりながらスコアボードを見上げた

1番:石井琢 2番:波留 3番:鈴木尚 4番:ローズ 5番:駒田 6番:内川 7番:進藤 8番:谷繁 9番:斎藤隆

暫時唖然としていた内川だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった

「勝てる・・・勝てるんだ!」

中根からグラブを受け取り、グラウンドへ全力疾走する内川、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった・・・

翌日、ベンチで冷たくなっている内川が発見され、吉村村田病院内で静かに息を引き取った




改変

首相交代、コロナ禍で迎えた1年遅れの東京オリンピック2020は

殆どの会場での無観客試合が決定、頼みのワクチン効果もあまり出ず内閣支持率も下がり続けていた

政府自民党内に響く閣僚党員のため息、どこからか聞こえる「衆議院惨敗だな」の声

無言で帰り始める議員達の中、総理大臣 菅義偉は独りベンチで泣いていた

第二次安倍内閣で手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるマスコミ報道・・・

それを今の自民党で得ることは殆ど不可能と言ってよかった

「どうすりゃいいんだ・・・」菅は悔し涙を流し続けた

どれくらい経ったろうか菅は はっと目覚めた

どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚現実に引き戻した

やれやれ、帰ってパンケーキを食べなくちゃな」菅は苦笑しながら呟いた

立ち上がって伸びをした時、菅はふと気付いた

「あれ・・・?お客さんがいる・・・?」ベンチから飛び出した菅が目にしたのは、玄関まで埋めつくさんばかりの観客だった。

千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのように自民党の党歌が響いていた

どういうことか分からずに呆然とする菅の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた

菅さん記者会見頼みます」声の方に振り返った菅は目を疑った

「あ・・・安倍さん?」  「なんだガースー、居眠りでもしてたのか?」

「た・・・谷垣幹事長?」  「なんだ、かってに谷垣さんを引退させやがって」

「二階さん・・・」  菅は半分パニックになりながら閣僚名簿を見上げた

内閣総理大臣安倍 財務大臣麻生 厚生労働大臣田村 外務大臣…岸田 官房長官…菅

暫時唖然としていた菅だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった

「勝てる・・・勝てるんだ!」

加藤から原稿を受け取り、官邸へ全力疾走する菅、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった・・・

翌日、官邸椅子で冷たくなっている菅が発見され、吉村村田病院内で静かに息を引き取った。

anond:20210720192107

80年代末にカナダの理工科大学女子学生10数名が殺害される事件があった。犯人はこの大学受験に失敗した男で、「女が男の椅子を奪ったか自分は落ちた」「女は高等教育を受けるべきではない」という考えの元に、事件を起こした。

「元々オレのをパクったんだっただろ!?」というセリフでこれを思い出した。これが京アニ事件犯人意識したセリフだというのはわかっているんだけど、タツ先生は、犯人を造形する上で、カナダ事件を多少なりとも参考にしていたんじゃないだろうか。犯人バックグラウンドは「大学に落ちたことをきっかけに精神を病んだ」とかではないんだろうか。だとしたら、藤野犯人を憎まないのは不自然な気がするな。藤野も女なんだから、そんな逆恨みは受け入れられるはずがないだろう。

2021-07-20

anond:20210720153953

本質的には椅子取りゲームなんですよ。

限られた雇用をどっちが取るか?

限られたゴールドを誰が一番獲得するか?

2021-07-19

マンガを描く人たちへ。マンガ描くのやめろ。

マンガを描く人へ

 あなたの描くマンガが箸にも棒にも掛からないような、おもしろい・つまらない以前に何が描いてあるんだかよくわかんないような駄作で、それでも描くのが楽しいと思うなら描いてください。でも、あなたマンガがほんの少しでもおもしろくて、読者に何かを残せるものなのだとしたら、お願いします。

 マンガ描くのやめてください。

 

飽食時代

 ときマンガ飽食時代です。ある程度のテンプレが完成し、まあまあおもしろマンガが大量に生産され、そのほとんどが無料で読めます

 私はマンガが好きなのでお金を払って読みますが、マンガをそこまで好きではない一般人なんかは本当にマンガを買わないでしょう。ていうか、無料だって読まないんです。進撃の巨人が全巻無料になっていても、バキが全巻無料になっていても、読まない人は読まない。わかりますか? マンガは飽和しているんです。

 これ以上マンガが増えたら困るんですよ。

 

時間は有限だから

 人間が読めるマンガの数には限度がありますちゃおなかよしりぼんも全部買ってるなんて子供ほとんどいません。少年ジャンプの読者アンケートの「おもしろかったマンガ」には3つまでしか記入できません。わかりますか? あなたが描いたマンガのせいで日の目を見ないマンガがあるんですよ??

 ねえ!!!!!! あなたが「マンガ描こうかな~」なんてふにゃふにゃした意思で描いたマンガ時間を取られたせいで手が回らなかったマンガがあるんですよ!!!!!!! マンガ描くのやめろ!!!!!!!!!!!!

 

もはやマンガは噛みしめるものじゃない

 140ページのクソおもしろ読み切りマンガを朝の10分で読破し、夜には消化しきって思い出しもしない。これが現代人のマンガのたしなみ方です。

 ひとつ作品を何度も何度も繰り返し読んで噛みしめるなんてのはイマドキじゃないんですよ。マンガスルメに例えた時代は終わり。今は、板前がその場でさばいた生イカを生きたまま踊り食いする時代なんです。それがどうしてかわかりますか? 噛みしめる時間を、他のマンガが奪っているんです。

 だから私は思います。ああ、マンガ家、激減しねーかなって。

 

マンガ家、1/4くらいに減ってほしい。

 ワンピースくらい読まれているマンガ家なら、マンガ家志望者に夢のある応援言葉を贈ることもできるでしょう。だってライバルになんかならないんですから

 でも、中堅~ド底辺漫画家はそうしません。かなり厳しい話もするがマンガを描くのはたいへんだ甘くないぞ覚悟がないならやめておけ俺より先に寝てはいけない資格取れ手に職付けろ高校は出ておけと脅しまくりますライバルを増やしたくないからです。少子化のこの時代、読者人口物理的に目減りしていく以上、これより更に「読者」という取り分を減らすわけにはいかないのです。

 そして、ライバルどうこう以上に、私にはマンガ家を増やしたくない理由があります。「マンガを読む人」が、「マンガを描く人」だけになったら、業界おしまいからです。

 

客がいないと商売にならない

 マンガを描いてるヤツに、マンガを読むヒマはない。

 これは間違いありません。しかし、これだけだと「高橋留美子大先生は現役マンガ家だけど『ちいかわ』とか読んでますよ!」とかクソリプされてしまいそうなので補足します。

 マンガを描いていてもマンガは読める。でも、マンガを描いていない方がもっと読める。

 

マンガ描くのやめろ

 あなたが本当にマンガを愛しているなら、自分では描かずに、人のマンガを買って読んでください。それがいちばんマンガのためです。

 描くのやめろ。

 家にある道具ぜんぶ捨てろ。売れ。絵が描けそうな紙も全部捨てろ。ノートスケッチブックキャンバス原稿用紙も捨てろ。ペンタブは売れ。ソフトアンインストールしろクリスタは解約しろ。家にある絵が描けそうな紙はぜんぶ捨てろ。言い訳をするな。どうせおまえの絵なんか何が描いてあるんだかもよくわからないんだから捨てろ。絵を描く用のペンも捨てろ。ボールペン替わりにするなカスコピック蛍光ペン代わりにするなゴミ。はやく捨てろ。鉛筆なんかいらねえだろ死ねマジで描くのやめろ。

 

ここまで言っても描くヤツは描く

 本っっっ当にしぶといことに、ここまで言っても描くヤツは描きますゴキブリ

 ヤツら、同級生に「あいつ絵ばっかで付き合い悪い」と言われても、教師に「それじゃ友達ができない」と指摘されても、先輩からいじめられても後輩にバカにされても、親からマンガなんか描いてないで勉強しろと怒鳴られインターネット制限されてマンガをすべて没収されて、サボったら小遣い抜きとか言われても数学ノートシャーペンでがりがりマンガを描きやがる。キチガイですよ。

 

クリエティティという寄生虫に脳を支配された傀儡

 ここまで言っても描くヤツは描くので、あなたに向けた私の文章がすべてムダになった可能性があるのですが、もしあなたキチガイではなくまともな人間であるのなら、お願いします。マンガ描くのやめてください。

 あなたマンガを描いてよろこぶのは、読者だけです。その読者だってあなたマンガに救われているわけじゃないんですよ。

 

あなたマンガ世界を救わない

人生が変わる一冊」なんて無いんです。物事は積み重ねなんです。一撃必殺とか一騎当千とか一発逆転なんて無いんですよ。その積み重ねにあなたじゃないものが入っても、そこそこ上手くいくかもしれないじゃないですか。むしろあなたマンガ時間を浪費したせいで、運命の一冊に出会えなかったのかもしれませんよ? 読者が何だって言うんですか? 続き楽しみです!とコメントした直後、読んだことさえ忘れて二度と振り返らない。その程度かもしれないじゃないですか書籍化うれしいですと言うだけ言って、自分では買わない。その程度かもしれないじゃないですか。アイツら、あなたが週休の2日かけて描いたマンガを5分で流し見して、他の時間友達遊んだ恋人と会ったり家族交流したり一人でまったりしてるんですよ。エサ喰らうだけの家畜ブタども。でも、そのブタものほうがよっぽど良い生活してるじゃないですか。マンガ家なんて虚業、やめたほうがいいんですよ。

 

「でも私は描きますよ」

 ここまでわかっていても描くヤツは描くんですよね。

 でも、そんな継続けが取り柄の熱血主人公みたいなヤツさえありふれていて、そんなヤツらが食い扶持すら稼げずに破滅していくのがマンガ道です。

 

他人意見を聞くと、他人にとって都合のいいことばかり言われる

 ちなみに、べつにマンガ家の話だけではなく、人間社会椅子取りゲームなので、何をやっても他人の枠は奪いますあなた大学受験すれば定員をひとつ奪い、就職活動すれば雇用ひとつ奪い、かと言って生活保護者になれば福祉の枠をひとつ奪い、入院すれば病床をひとつ奪い、結婚すれば人間ひとつ奪います友達と3時間電話すれば、友達時間を奪うでしょう。その時間本来なら100ワニの興行収入を上げる3時間だったかもしれません。

 マンガを描くのをやめても、あなた存在が誰かの邪魔をすることは変わりません。なのに、どうして私はマンガを描くことだけこうも止めているのか?

他人意見を聞くと、相手にとって都合のいいことばかり言われる」

 この増田は私に都合がいいプロバガンダであり、あなたのことを考えたものではありません。

 

総括

 あなたが描いたマンガのせいで日の目を見ないマンガがあるんですよ?? それは私の描いているマンガ「〇〇〇〇〇」かもしれません。

 ねえ!!!!!! あなたが「マンガ描こうかな~」なんてふにゃふにゃした意思で描いたマンガ時間を取られたせいで、私のマンガまで手が回らなかった人がいるんですよ!!!!!!! マンガ描くのやめろ!!!!!!!!!!!!

2021-07-18

多分大人の発達障害ってやつなんだろうけど医者行くのめんどい。っていうか発達障害頓服薬はあるのかもしれんが基本治らんと聞くし医者行く意味ないやーん。

じっとしてられなくて在宅勤務じゃ集中できなかったけど、椅子バランスボールに変えたら多少改善した。ローカルビルド中に跳ねてる。ただ前使ってた椅子捨てるのめんどくせー。

片付けできないのはどうすりゃいいんだ?とりあえず捨てまくって荷物リセットしてミニマリストにでもなるか?こういう0か1かみたいな思考よろしくないよなー。ま、汚部屋の現状よりはマシか。

コミュ障はなぁ…友人も恋人もおらんしま他人と目を合わせられん。VRAVおっぱい見ずにずっと目を合わせる練習でもする?機材買うのたりー。

2021-07-16

木屋町にあるキャバクラ黒服仕事をしていた その3

 この体験を経て、私はある理解を得た。「正しい戦略は、その時々の環境文脈空気によって異なる」ということだ。世の中にはいろんなルール常識、慣習があるけれども、それらをストレート適用すべき場合もあるし、必要ならばかなぐり捨てないといけないこともある。

 アブラハム・マズロー欲求の五段階ピラミッドの人)の『完全なる経営』にこんなことが書いてある。

‟彼らの心理学によると、最善の思考や最善の問題解決ができるかどうかは、問題を含んだ状況を、期待や予想、憶測などを交えることなく、この上なく客観的な態度――先入観や恐怖、願望、個人的な利害などを交えない、神のような態度――で見ることができるかどうかにかかっている。…(中略)…解決すべき問題とは目の前に存在する問題であって、経験によって頭の中に蓄えられた問題ではない。頭の中に蓄えられた問題は、昨日の問題であって今日問題ではなく、また、両者は必ずしも一致するものではない‟ p.129-130

さら範囲を広げれば、家庭生活、すなわち妻や夫や友人たちとの関係についても、この方法を当てはめることができる。各状況における最善の管理方法とは、各状況において最もよく機能する管理方法のことだ。どの方法が最善であるかを見きわめるためには、予断や宗教的な期待を排した、完全な客観性が求められる。現実的な知覚は現実的に行動するための必要条件であり、現実的な行動は望ましい結果を生むための必要条件なのだ。‟ p.132

 マズローは、物事ありのままに見つめて、現実的に考え、行動することが成功への鍵だと言っている――と私は解釈した。

 イケメン先輩は結局、条件付きの免職処分になった。黒服が嬢と付き合った場合の店への罰金50万円と、Tちゃん彼氏への慰謝料として50万円、計100万円を返済したら辞めるという処分だ。店長は、翌日のミーティングの席において、みんなの前でイケメン公言した。「約束を破ったら組に売る」と。店に対する裏切り行為は許さないという態度を明白にしたのだった。

 これと、上の引用文がどう関係あるのかというと……この後すぐ、私と同学年のアルバイトの子が、S店の備品を盗んでいたのが判明した(立命館大学に通っていたので、以下リッツとする)。定期的に、ヘネシーなどの高級酒(そのうち廃棄される飲みかけ。キッチンに置いてある)や、午後の紅茶炭酸水チーズその他をくすねていたらしい。その犯行を見つけたのは、皮肉にもイケメン先輩だった。

 そのリッツは、イケメン先輩の時と同じく、閉店後に一番奥の席につかされた。最初の数分は、あの時と一緒だった。坦々とした、もの静かな事情聴取だ。その近くにM主任が座っていたのも同じだ。

 違ったのは、私も主任と一緒に丸椅子腰かけいたことだ。リッツ普段の行動に関する参考意見を述べることになっていた。

 別にリッツは、良くも悪くもない、普通の奴だった。口数は少なかったけど、まあ真面目かなという印象だった。サボっている様子はないし、店の女の子に声をかけるなどの御法度もないし、当日遅刻や欠勤もなかった。

 でも、人間とはそういうものなのだ。裏で何をしているかからない。人間言葉ではなく行動で判断すべきという金言があるが、それでも不十分だ。どんな人間にも裏がある。

 10ちょっとが経過した。私の供述も上の通り述べていた。その間、盗んだ物の確認と弁償代の話をしていたように思う。お店で無くなったとわかっているもの時価8万円相当(私の個人的計算では3万円~4万円相当)とされて、ほかにも盗まれた物があると仮定して、倍額の16万円を1か月以内に弁償すれば警察被害届は出さないという内容で決着した。

 最後店長は言った。「リッツ君。今日最後の勤務日だ。もう来なくていい。けど、ほかのお店に情報共有とかしないから、働きたかったら別のキャバで働いてもいいよ。今回は残念だったけど、また成長したあなたの姿を見たい。それで、いつかまたお客さんとしてうちに来てくれたら嬉しい」という言葉でお開きになった。

 当時の私は、「おかしいのではないか!?」と思った。当時のS店の黒服に課せられる罰金額は、記憶の限りでは以下のとおりだ。

・当日遅刻 5,000円

・当日欠勤 10,000円

窃盗その他の犯罪 250,000円+被害

・嬢と交際した場合 500,000円

・店の売上に影響するトラブルを起こした場合 時価(これが上記慰謝料

 リッツ規定どおりの罰金を科されなかった。被害額のみだ。しかし、イケメン先輩は規定どおりの罰金のうえボコボコにされている。

 当時の私は腑に落ちなかった。後に推測したことだが、店長には以下のような思考順序があったのではないか

リッツを殴って、25万円+16万円を請求したうえで脅す(イケメンと同じ対応

リッツ立命館大学学生課もしくは先輩もしくは親に相談する

相談先が交渉の窓口になる

罰金は減殺される可能性が高い。警察通報されたら逮捕リスクあり。

 上記①~④が成り立つならば、リッツに対して甘い対応をするのが正しい。そう読んだのではないか

 でも、店長性格を考えると甘すぎる。店長は、自他の権益に対してストレートな人だった。取れるモノはきっちり取っていく。悪く言えばがめつくて、善く言えば組織のことを考えている。

 今回の件だと、警察被害届を出してもS店には一銭も入らないし、リッツ問題行動を起こしたことをほかの店に情報共有するメリットはないし、彼がほかの店で問題を起こしても当店には関係がないし、リッツが負い目を感じていれば社会人になってからS店でお金を使うかもしれない。

 ※社会人になった今では、このような考え方は極めて短期的かつ自己本位的なものだと感じる。木屋町風俗営業を行うすべての店の利益を考えれば、リッツ警察に突き出すべきだったし、他店にも情報を共有すべきだった。こうした当たり前のことができないほどに、風俗業界というのは生存が厳しい世界なのだ

 憶測だが、店長には過去に痛い経験があったのかもしれない。16万円でも十分に得をしているからそれで済ませる。そういうことだ。

 一方で、イケメン先輩は、いわゆる「身分がない」タイプ社会人だった。だからルールに則った対応を採る(暴力のうえ正規罰金を課す)のが正しかった。

 私は今、地元広島地方公務員をしている。この仕事は、公平とか中立とか平等が叫ばれる業界ではあるが、確かに市民企業を公平に扱わないことが正しいケースがあるのだ。例えば、地元を盛り上げる活動をする部署が大きいイベントを開催する折には、成功キーパーソン及びその所属団体に対して相応の便宜を図る。近年の例だと、「全国菓子大博覧会」や「広島てっぱんグランプリ」といったものだ。

 上記の「成功キーパーソン及びその所属団体」について、関係者を良好な立地に出店させたり、相応の額の契約を用意したり、行政組織要職に就けたりする(教育委員など)。

 一般市民企業不公平に扱いたいからやっているのではない。公平に扱うのが長期的には一番正しい戦略なのはわかっている。これは、組織目的を達成するために必要不可欠な過程であると上の人間下の人間も判断たからそうなっている。

 反対に、戸籍課や税務課や医療課などの住民対応を行う部署においては、「融通が利かない」などのクレームをどれだけ食らっても、ひらすらに法律や要領に従って仕事をやり続けるのが正しい戦略ということになる。特定の人をひいきしても自治体にとってのメリットは薄いし、逆に訴訟リスクがあるからだ。

 キャバクラでの仕事は正直キツかった。嫌なお客さんには絡まれるし、たまに一気飲みを要求されるし、人が殴られるのを見ることがあるし、ホールに立ちっぱなしで足の裏が痛いし、キッチンものすごく忙しいうえに鼠とゴキブリだらけだ。

 でも、勉強になった。夜の歓楽街での仕事が、今の地方公務員としての自分の糧になっている。あの時、求人情報誌を開いてよかったと今では思える。



大学回生

 この春から時給は1,800円になった。昇給の際、店長からは、「お前以上の時間給をもらっている大学生は木屋町にも祇園にもいない。お前を評価している。就職活動中もシフトに入ってくれ」と言われた。※多分これが目的で時給を上げたのだと思う。これまでと違い、昨年比で増えた仕事もないからだ。

 この辺りからシフトに入ることが少なくなった。これまでは、週に4日、たまに5日という具合だった。でも、公務員試験勉強もしないといけないので週に3日の勤務になっていた。

 時間はあっという間に過ぎていって、夏が終わる頃に内定を得た私は、「自由だあああぁぁ!」とばかり、夜の街で遊びまわるようになった。

 私には小さい名誉があった。木屋町先斗町のいろんなバーに行ったが、S店で黒服をしています、付け回しの仕事を任されていますと言うと、大抵の店員さんや夜の街の常連の顔つきが変わるのだ。「こいつはやばい奴だ」という顔をする人もいれば、軽蔑した視線を向ける人もいれば、逆にすり寄ってくる人もいた。

 バーにはよく行ったが、キャバクラにはほとんど行かなかった。S店で働いているとわかったら追い出されるリスクがあったからだ。それに、私はKFJ京都風俗情掲示板)のお水板において、当時木屋町で№1とされていたS店で何年も働いている。お客さんに「おごってやるから来いよ」と誘われて他店に行ったことはあるが、なかなか満足がいかなかった。S店の子接客されたことはないが、それでもわかる。歴然とした『差』があった。

 今思えば、承認欲求というやつが足りていなかったのだろう。シロクマさんの本で言うと、「認められたい」というやつだ。当時は、自分をスゴい奴なんだと思いたかった。実際はぜんぜんそうではなかったし、逆に、本当にスゴい奴ほど自分を大きく見せたがらない。

 そういう人は飽きているのだ。ちやほやされることに。褒められることに。子どもの頃から自分パフォーマンスの高さを周りに認められるのが当たり前だった。だから調子に乗ったり、偉ぶったりしない。それだけのことだ。

 11月になった頃だった。M主任退職することになった。時期は来年の3月。田舎に帰るらしい。

 トラブルを起こしたわけではない。円満退職だ。夜の業界で7年も働けば、体はボロボロになる。普通は3年もてばいい方だが、M主任はそこまで働いて、十分すぎるほどの結果を出していた。私は「今までありがとうございました」と、お店の終わりに2人だけになったところで伝えた。

 この時のM主任言葉脳裏に刻んであるし、忘れた時のために日記にも取っている。重ねて言うが、この記事でところどころの描写がやたらと詳細なのは大学生当時の日記ベースにしていることによる。

 以下、M主任言葉になる。

「おう。〇〇ちゃん、お前もな、元気でな。ええけ?(※方言が入っている。いいか?の意味)〇〇ちゃん仕事ができる奴になれよ。仕事ができんかったらな、人間は終わりやぞ。どこに行っても生きてかれんようになる。仕事だけはな、ちゃんとやって一流になれよ。お前もこの店で何人も見てきたんやないけ、どうしようもない根性なしの連中を。ええけ? お前は悪い奴じゃない。でもな、どっか気が抜けて、間抜けなところがある。そこが好きなんやけどな。とにかく、仕事ができるって言われるようになれ。俺からお前に言えるんはそれだけや」

 呑みに行きましょう、と誘うつもりだった。でも、誘えなかった。私の中で、M主任はそれだけ偉大な存在だった。神だった。神を呑みに誘うことはできないのだ。

 その翌日。営業時間中の夜10時くらいだったか店長ともう1人、灰色スーツを来た人が紙袋を携えてS店にやってきた。「ちょっと時間あるか」と、上の階にある事務所に連れて行かれ、その人から名刺を渡された。

 このS店の母体である芸能事務所の人だった。取締役ナントカ部長だった。ソファに座らされてからの話の内容は端的で、「私を社員として採用したい」という話だった。

 部長の話には説得力があった。説得力要諦とは、ロジックにあるのではない。本人が持つ、その考えや判断への自信や信仰、そして意見を伝える際の胆力や粘りの強さが、本人の口を通して迫力となり、相手に伝わることで説得力生まれる。

公務員はこれから厳しい時代になる。お金問題ではない。本質的意味で割に合わなくなる。

あなた就職する自治体初任給は16万円だ。うちは基本給だけで26万円出す。

・S店での働き次第では本社に来てもらう

日本芸能界を盛り上げる一員になってほしい。それだけの才がある。

・お客さんも仲間もあなたを支持している

 今思えば典型的リップトークだ。なぜかといえば、上の内容の半分以上は私をほかの人に置き換えても、ちょっと修正するだけで通用するからだ。

 でも、当時の私は大学生だった。この時すっかり、S店で働こうか、それとも地元公務員になろうか迷い始めていた。もし、これが公務員試験を志す前であれば、この会社で働いていたかもしれない。

 特に最後にやつ。あれにはやられた。部長ソファの脇に置いていた紙袋から手紙を取り出した。十枚ほどの。小封筒に入った、そのひとつひとつを私の前にゆっくり差し出すと、それが――すべて嬢から手紙であることがわかった。

「〇〇君。試しにひとつ開けてみて」

 ある嬢からの簡潔なメッセージが入っていた。「これからも〇〇さんと働きたい」「〇〇さんに店長になってほしい」「卒業してもいなくならないで」。こんな言葉が認められていた。

「もうわかるね。〇〇君はみんなに慕われている。社会あなたを認めている。こんな大学生、ほかにいないよ」

 部長はA4サイズの用紙をボールペンとともに手渡してきた。

 『雇用契約書』とあった。裏面には雇用条件的なものが書いてある。これを片手に取って私は、ボールペンを握りしめた。

 右上に日付を書いて、ずっと下の方にある住所欄に個人情報を書き始めようとする。ボールペンをあてどなく前後に振って、書くのを静止しようとする脳と、書くのをやめたがらない右手が小さいラリーを繰り返していた。

 私は思い切って、ボールペンを紙面に押し付けた。そして、インクが紙に付いた途端――心臓から流れ出た血が、冷たい何かとともに押し戻されて、再び心臓へと逆流するのを感じた。私の指先は動くのをやめた。

 その場で立ち上がって私は、「残りを読んでから決めます」と告げて、手紙を抱きかかえてS店に帰ろうとしていた。事務所の扉を開けて出る時、舌打ちのような音が響いた。

 手紙ほとんどはテンプレートだった。ひな形がきっとあって、嬢はそれらを真似ている。そういう罠だった。手紙はぜんぶで11枚あって、その中でテンプレでないのは3通だった。そのうちひとつを挙げると、ヘタクソな文章で、私のこれまで4年間の行動や仕草がつらつらと書いてあった。

 私に対するポジティブ言葉も、ネガティブ言葉もあったけど、この3通の手紙には共通していることがあった。「地元に帰っても頑張って」。そんな内容だったかな……? 初めに読んだ1通はTちゃんからだった。

 彼女ハーフで、日本語がそこまで上手くはないのだが、それでも一生懸命な筆跡だった。何度かミスって修正液で消した跡があった。Tちゃんらしくて、不器用だけど愛が籠った手紙だった。

 一昨日それを読み返した時、ふいに涙が零れた。

 あの部長姑息な手を見抜いてから一週間後、私は2月末でS店を辞める旨を店長に告げた。残念そうにしていたけど、これは当然の結果なのだ

 私は地元公務員として働く道を選んだし、芸能事務所だって私が本当に欲しかったわけではなく、おそらくはM主任の代わりとしてだった。もし本気ならば、大学4年生の春までには声をかけている。

 最後の勤務日は静かだった。普通職場だと、辞める人には花束贈呈とかがあるんだろうけど、S店にそういった慣習はない。ただ普通に、最後の客が帰って、照明の光度を上げて、ホールキッチンを片付け始めて、嬢がみんな帰って……。

 最後に、このS店に初めて来た時に見た、この分厚い扉を閉める際に、「お疲れ様です」と小さく呟いた。私は、夜が明けてほんのりと水色の空が見える河原町通りへと歩みを進めていった。

(次が最後です)

 https://anond.hatelabo.jp/20210716220545

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