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はてなキーワード: 卒業とは

2018-10-22

anond:20181022120512

「そんなんじゃモテない」とか正直どうでも良くない?一人に愛されれば良いじゃん。

だったら「女捨ててる」もどうでもいいじゃん。

自分が「捨ててない」って自覚あったらさ。

童貞」って卒業したら言われなくなるでしょ。「女捨ててる」は誰にでも言える。

童貞でなくても「童貞」って言われるんやで。

相手童貞と断定したら勝ち」なカルチャーは根強い

anond:20181022120354

「そんなんじゃモテない」とか正直どうでも良くない?一人に愛されれば良いじゃん。

童貞」って卒業したら言われなくなるでしょ。「女捨ててる」は誰にでも言える。

2018-10-21

ゲーム実況者のリアコです

とっくに成人しているが、この歳でとあるゲーム実況者にガチ恋した。さすがに自分でも痛いと思っているが、吐き出すところがないので増田に書く。

YouTuber(笑)にハマるのは小学生だけだと思っていたが、それはあながち間違いではなくて、コメント欄を見ると大抵が子どもだ。今までYouTubeゲーム実況は暇なガキが見るものと思っていたが、転職して再就職まで時間ができてしまい無銭で延々楽しめるしいい暇つぶしになると思って見始めたゲーム実況でどハマりした実況者がいた。

いろいろ好きなところはあったが、一番は発言のところところで自頭の良さを感じられたところ。大学卒業しているらしいところにも好感が持てた。実況自体はあまり上手くないと思うが話すテンポリズムが好きだった。

そんな中、その実況者が彼女存在を匂わせているような話を聞いた。というか、彼女の方が匂わせて実況者も状況的にグレー、的な感じ。

ショックだった。そんな馬鹿なことすると思ってなかった。頭がいい人だと思ってたし、モデルなんかと付き合うような人だとも思ってなかった。ちょっと調べればぽろぽろと情報漏れてくることに乾いた笑いが出た。しかそもそもゲーム実況者にカノバレ炎上もクソもない。そりゃ無銭のガキにはどうでもいいことだよな、と思いつつ、誰にも共有できず胃が痛くなった。いっそ大きく燃えてくれたらすっきりしたのかもしれない。

なぜこんなに傷ついているかからない。いくら実況者という非業界人であっても、自分が繋がれるなんて思ってはいなかった。拠点は知っているしよく現れるらしい場所も知っているけど、会ったことはなかったし会いに行こうと思ったこともなかった。ニコニコチャンネル費以外ほぼ無銭だし現場もない。なのにどこかで「ひょっとして」という気持ちがあったらしい。今までアイドル俳優推してきてこんな気持ちになったことはなかっただけに本当にわからない。でも好きだ。つらい。でもどうしてほしいのかわからかいし、自分がどうしたいのかもわからない。

穴を卒業しま

クソみたいな気持ち成仏させるために書いたらとんでもなく長くなってしまった。便所の落書きよりひどい。









大学卒業就職して今日に至るまでの7年間、上司不倫関係にあった。ドラマ映画、巷に溢れる不倫イメージとはだいぶ違う関係だった。いや、していたことは一緒なんだけれども。とにかく今、唯一の連絡手段LINEで彼をブロック削除した。

月1、2程度セックスする関係だった。連絡が来たら私の家でセックス、2時間弱でさようなら。一番初めに一度だけ食事をしたが物は何もあげていない、貰っていない。私から連絡したことはない。LINEでのやりとりは、今から会える?→大丈夫です/今家にいませんごめんなさい/今生理中ですごめんなさい。それ以外のやりとりは0。

初めて関係を持った日の明け方、頭に叩き込んだ。何も求めない。穴だけ差し出せ、余計なことはするな。私に求められている役は、使いたい時いつでも使える無料の穴だと承知済み。だから話す時は必ず敬語名前職場と同じように◯部長と呼ぶことを徹底した。

家に来る度いつもスマホを躊躇いなくスクロールして、写真を見せながらご家族の話をしてくれた。公園でお子様の自転車練習を手伝う美しい奥様、旅先ではしゃぐかわいいお子様。

このかわいさ、親バカかもしれないけどキッズモデルになれると思わない?性格が俺に似てるんだよ、余計いじらしくて。彼氏とか絶対許さんよ(笑)一人暮らしさせるのも不安、変な虫がつかないようにしなくちゃ。大学の頃、仕送りどのくらいだった?嫁も仕事復帰してくれて教育資金貯めてるけどなかなか大変で、もっと頑張らなくちゃいけない。

嫁とは社会人2年目で結婚したよ。美人?よく言われるけど実は外見は俺の好みのタイプとは違うんだよね。結婚の決め手?性格ものの考え方、特に家族に関する考え方が俺と同じでさ、この人と一緒に生きていきたいと思ったんだよね...

写真に写るお子様はとてもかわいくて、才色兼備の奥様を心から羨ましく思った。恨み辛み妬み嫉み僻みその他負の感情は一切抱かなかった。いや、抱けなかった。勝ち負けもなかった。土俵が違った。なにもかもがダメな私とあらゆることが違いすぎた。

ないものばかりの私にないものが全てあるのは勿論、一際輝くものを沢山持っていらっしゃった。生得的なものも、努力で手に入れたものも、何もかも眩しかった。

から自分は穴でしかないと毎回確認できた。私は人間ではないのだと理解できた。

余計な口は一切聞くな。生きている穴に徹しろ。醜く貧相な顔と身体のせいで彼が萎えしまわないよう一所懸命演技をした。ごくたまに私の私生活へと話題を振られた時は、昔付き合っていた男性との話を小分けにして話した。時には友達との思い出を男性との思い出のように話した。そもそも穴の話など誰も興味はない。自分から発話する時は極力主語が"私"にならないよう心掛けた。

穴はあなたに執着していませんよ。恋愛感情なんてないですよ。形に残るものも、何もあなたに求めませんよ。誰にも話していません。誰も私みたいな奴がこんなことしていると思っていないですし。SNSにも匿名の場にも私の痕は何一つ残しません。なので、使いたい時いつでも安心して使ってください。なるべく便利な穴でいられるよう頑張ります

そういう態度を7年間取り続けた。だから7年間も続いてしまった。

しかし、彼の気持ちが私に全くなく、彼にとって私が穴でしかなくとも、そしてそのことを私が承知していても、既婚者とセックスしているので私と上司とは民法上の不倫関係にある。そんなことより何より奥様やお子様がこのことを知った時どう思うか。気持ちがないからマシだという話ではない。どんな気持ちにさせてしまうか。どれだけ傷つけるか。

家族がまだ知らないからこの愚かな行いを続けるのか?一生かけても癒えないかもしれない深い傷をつけるのか?どの口で憧れだなんてほざくのか。家族の待つ家に家に帰るのを2時間弱遅らせ、その分"お父さん"の時間を奪っているのは紛うことなきこの関係、私が自らの意思で続けている関係だ。

幼い頃、平日は父におはようしか言えないのが寂しかった。深夜お手洗いに目を覚ましてもまだ父は帰って来ていない。翌朝早起きして仕事に出る父を見送った後、お父さん昨日は2時に帰ってきたんだよ、お仕事大変だったのと母は言う。そんな職種じゃないのに。

受験のため通い始めた塾には、帰りが早くなった父が毎回迎えに来てくれていた。父は毎回必ずコンビニに車を停めて、ちょっと待ってねと私に声をかけた後聞いたことのない優しい声でどこかに電話をかける。最後には必ず、また明日と名残惜しそうに言って電話を切る。その後、お菓子アイスを買ってくれて静かな車内でそれを食べながら帰宅していた。これから家に帰るんだから母ではない。部下にはいつも詰問口調だし祖父祖母とも違う。電話相手は一体誰なのか、毎回疑問に思っていた。ただ、決して誰なのか聞いてはいけないということだけなんとなく分かっていた。

最近久しぶりに思い出して、あれは不倫だったとようやく分かった。家族での外出中、鳴り止まない携帯の着信を無視する父に母が激昂していた姿も思い出した。あの頃寂しかった私がこれ以上こんなことを続けてはだめだ。

上司仕事が出来、優しく余裕があり、仕事の話もプライベートな話もとても面白い。初めて顔を合わせて挨拶した瞬間、ああこの人のことを好きになるなぁと何の根拠もない直感が走ったが案の定、一緒に働き始めてからすぐ上司を好きになった。周りから、×さんのこと◯部長が褒めていたよと話を聞くと浮かれた。あまりにもベタパターン。私の目はハートマークを隠せていなかっただろう。思い返すと苦笑しか出てこない。だからプライベートの連絡先を聞かれて嬉しかった。一緒に食事をとっている時、これは夢なのかと思った。

ネジが外れている大馬鹿女だから、ご家族の話を聞くとますます好きになった。こんなに素敵な人だからこんなに素敵なご家族がいるんだ、いや、素敵なご家族がこんなに素敵な人を作っているんだ。そんな人が、好きな人が、身も心も醜い私の穴を使ってくれる。せめて求められた穴役だけは完璧に、穴でいいから求められていたい。気持ち悪いことを考えていた。

しかし頭の悪い私に自分コントロール出来るはずもなく、毎晩泣いていた。何もかも違いすぎる、あまりにも遠すぎる。だからこそ好きで好きで仕方がない。自分にないものを持つ上司勝手に引力を感じてしまう。上司自分の欠けた部分を埋められるような錯覚に陥ってしまう。自分馬鹿さに呆れる。穴として求められることに必死にしがみついている、惨めで哀れな救いようのない馬鹿

私が断れば終われるのに断れない。会えるのが嬉しいから。たくさん自分自分言い訳をしたが、結局自分が会いたいかっただけだ。自分卑下すれば許される訳でもないのに。自分勝手気持ちに蓋ができなくなる度、深夜汚い声でわんわん泣きながら人気のない場所まで車を飛ばした。

仕事後、その後予定もなく真っ直ぐ家に帰ってもメイクは落とさなかった。連絡が来るかもしれないから、2時までは極力起きておく。友人と出かける時もずっと携帯が気になって仕方がなかった。アロマが好きだったが炊かなくなった。万が一匂いをつけてしまってはいけないと思ったから。私に興味を持ってくれた人からの誘いを断り続け1人の世界に閉じこもった。

私がそうしているうちに、遠方の友人から恋愛相談は結婚の報告とお式への招待へとだんだん変わっていき、気付けば友人の半分以上が結婚し家庭を築いている。残りの友人も、恋人同棲をしていたり、趣味にいきいきと取り組んでいる。何も変わらず空っぽのままの自分が惨めで恥ずかしい。

両親からのいい人はできた?という質問祖父祖母からの×ちゃん花嫁姿が見たいなという言葉、全部笑って誤魔化してきた。ごめんなさい。本当にごめんなさい。7年間ずっと彼のご家族をご家族の知らないところで傷つけ、誰にも顔向けできないことを自分意思で続けてきた。加害者自分からもう目をそらしてはいけない。そして正直、毎晩泣くことに疲れた

本当は最後にもう一度だけ連絡を待って、世界一好きだったと伝えて終わらせようと今朝まで考えていた。でも、そんなことをしたら気持ち悪がらせてしまう。引き止められる可能性もまあ0%ではない。何よりこの期に及んでも自分に酔っている気持ち悪さ。

慰謝料のための貯金目標金額に達した。奥様やご家族が求める裁きをきちんと受ける準備をする、自分の罪と向き合う。

それから私なんかと関わりをもってくれている人達幸福をしっかり大切にできる、人間にならねばいけない。人間になりたい。それには私が悪行を断たなかった7年間以上の時間必要だろうと思う。

家族と一緒にどうか世界幸せになってほしいと思う。私なんかが願わずともそうなるのだろうと、いやもうとっくにそうなのだろうと分かっている。というかそもそも上司もご家族も私なんかに願われたくないだろう。我ながら気持ち悪い。それでもどうか心の中で願うことだけ許してほしい。

業務の引き継ぎに必要で、私の資料に書いてくれた直筆のメモが嬉しくて、こっそり写真に撮って時々眺めていたが、これは連絡先と一緒に消した。残ったのは私の頭の中の記憶とこの文章だけだ。話してくれたことはどんな些細な内容だって全部覚えている。忘れたくなくて何度も繰り返し思い出してしまう。これもやめなくては。

たくさんごめんなさい。世界中の誰より何より好きでした。さようなら

大学受験失敗、自業自得人生努力できない病

私は大学受験に失敗した。第一志望校に受からなかったとかそんなことではない。受けた大学全て、そう、全落ちしたのだ。

話は高3の4月からになる。同い年の友人が急死した。他の共通の友人は皆悲しんでいる様子だった(当然だ)が、私はその時ひどく冷静でいた。友人たちに対し適度に元気付けるように行動したり、死んだ彼女の分精一杯努力して生きようと意気込んでいた。今思い返せば自分無意識に空元気の状態だったのかもしれない。

そんな前向きな状態は長続きしなかった。夏休み明けから登校拒否になった。原因は分からないが、自己分析すると高校受験の時からの溜まり溜まったストレスが、友人の死をきっかけに爆発したのではないかと思う。それに部活での人間関係受験への不安etc、私の高校生活はかなりストレスフルだったと今改めて思い返す。母親に泣きつかれ父親に蹴られても学校には行けなかった。早期の時点で大学受験は諦め、とにかく卒業を目指すことになった。なんとか出席日数ギリギリ高校卒業することができた。

卒業後、私は学習塾に通い(予備校ではない、この時点でやる気のなさが伺える)大学を目指すことになった。周りに流されるままに。そう、私は一浪の末全落ちしたのだ。理由簡単、全く努力をしていなかったのだ。4月5月毎日ドラクエ7をやっていた。ドラクエを全クリすると今度はひたすらネット動画を観ていた。誰も叱る者はいなかった。親も塾講師も腫れ物に触るように私を扱った。志望校はたった2校だった。どっちも私立だったのでセンター試験すら受けなかった。当時私は大学に行きたい気ではあまりなかった。どうせ行っても上手くいか中退する未来しか見えなかったからだ。私は幼稚園の頃からずっとしくじり続けた。対人面でも勉強面でも。だからまた失敗するんだという固定観念に縛られていた。結果は一方は即不合格、もう一方は補欠候補に入った後不合格。当然の結果である

そして今年の4月からバイトを始めた。週4、5回4.5時間〜7時間働いている。だが仕事中色々思い詰めてしまって集中できない。何を考えているのかというと、何故頑張れなかったのか、底辺でも大学に入っていた方が良かったのではないかもっと早くストレスへの対策を出来たのではないのか、人生この先どうなるのか、などということだ。それから10月から通信制大学をはじめたがもう溜まっている。子供の時から何も変わってない。進〇ゼミや〇会や公〇、全部溜めて辞めていった。無駄にした親の金は一体いくらなのだろうか。

世の中の悩める人たち、安心したまえ。私よりクズ人間はいない。自信を持ってくれ。それしか私に出来ることはない。今日も私は全人類の引き立て役をする。

anond:20181021200626

いい加減そのゲス週刊誌読者みたいな感性の人ばかりで世の中できてるっていう世界認識から卒業したら?

私の好きだった彼女の話

数年前、私には好きだった人がいた。その話をしようと思う。

別に特別出会いをしたとかそういう訳じゃなくて、同じ学校の同じクラスだったかちょっとしかけただけだった。いつも本を読んでる子で家柄もよくてお嬢様タイプの子だったから、あんまり関わる気は無かったけど、一年かけて少しずつ仲良くなって次第に私が一方的に好きになっていった。

彼女と私は傍目から見ても多分すごく仲が良くて、彼女も私のことを好いていてくれた。でも私は彼女依存めいた恋をしていたんだと思う。女同士ということもあって、彼女からはただの友達しか見られてなかったけど。

私の価値観彼女がどうなるか、どう思うかだけでできていたし、敵を作りやす彼女絶対的な味方として私は振る舞った。

もしも世界が終わるとしたら、私は迷わず彼女に会いに行ったと思う。

まあ、一言で言うとメンヘラだった。正直、あの頃は結構精神がキてて自殺視野に入れてたくらいだったし。だけど彼女出会たから、どうにか生きながらえたのも本当だった。もし私が死んだら彼女が悲しむだろうし、そんな顔を見たくない。でも、彼女に私というものを深く刻めるのならそれもまた良いかもしれないと本気で思いかけた。今では全部過去の話。

私は彼女と進路が違くて、卒業したらもうほとんど会えなくなることを知っていた。タイムリミットが迫る中で私は彼女への思いをどんどん擦らせていった。

私にとっては彼女は一番大切な存在だった。でも、彼女はにとっての私は多分、学生時代にいた多くの友達の中の一人止まり。私にとってはこんなにも大切で、この先もずっと抱えていくにも関わらず、彼女は私の知らないところで私よりも大切な存在を作る、ということが辛かった。いつか私は忘れられてなかったことにされる、彼女の中で私は死ぬ、ということが恐ろしくてたまらなかった。

彼女に会ったことで私は数多くの幸せを貰ったし、辛いことも沢山あった。この感情名称を私は恋以外に知らなかった。私は彼女に恋をしていた。誰にも伝える気は無かった。あの苦しみや喜びは全部余すことなく私だけのものだし、たとえ彼女だって知られたくなかった。

もうすぐ卒業、そんな時。何をしていた時だったかも忘れてしまったけど、彼女がふと私のことを好きだと言ってくれたのだ。恥ずかしがる彼女が愛しくて、好きだと行ってくれたことが嬉しくて一気に顔が赤くなった。でも、彼女が私に向ける好意と私が彼女に向ける好意の違いを知っていたから、軽々しく私も好きだとは言えなかった。

もしも私が彼女と同じ意味好意を共有できていたなら、好きだと応えられたはずだったのだ。私は罪深くも彼女に恋してしまたから、彼女の望む私にはなれなかった。あの時、嬉しいと笑って誤魔化してしまたことを今でも後悔している。

卒業式の日には、私は彼女さよならが言えなかった。言ってしまったら、もうほとんど会えなくなることを突きつけられる気がしたから。


今ではあの頃の思いは色褪せて、全然思い出せなくなった。私の中で徐々に彼女彼女に向けたはずの思いが消えていくことに気がついた。多分彼女も私のことを忘れていっていて、もしかしたら私のことは少しも覚えていないのかもしれない。

昔の私はそれを何よりも恐れたけど、今では私は何とも思っていない。そのことに一番恐怖している。それは、自分が思っている以上にあの頃の思いを忘れてしまっていることに他ならないからだ。

ここに書こうとしたのだって、書き出して思い出そうと思ったことと、大衆の見ることのできる文章に起こすことで軽くしてしまって忘れてしまおうとしたことからだ。それに、これを読んだ人も時間が経てばすぐに忘れるし。

きっと、あの頃の誰にも渡したくないという思いは、今の私が忘れることで完成する。実際私はもうほとんど思い出せなくなっている。それが少し寂しくて、胸が苦しくなる。本当は、出来ることなら私はあの思い出をずっと心にしまって行きていたい。だけどそれはきっと叶わないのだろう。

もう1つだけ叶わない願いを挙げるなら、私は彼女の弾くバイオリンを聴いてみたかった。

先日家族写真を撮った。

家族写真と言ってもたいそれたものではなく、テーマパークなどで記念に撮る簡単ものだ。


私の実家九州田舎にあり、私は高校卒業九州を出て本州へ。

当時は都会へのあこがれと、将来やりたかたことがありその勉強がしたくて九州を出ることを決めた。

しかし当時の私は反抗期真っ只中。親から逃げたかった気持ちも正直あった。

進学後、そのまま就職して、いつか九州に戻れたらという思いのまま1,2年程経った夏のある日、母から連絡があった。

母方の祖父が亡くなったという連絡だった。

丁度帰省する1週間前の事。

このタイミングで帰ってしまうと長期休暇中帰ることができなくなり、

トンボ帰りにもなってしまうので父と母の判断葬式には出席せず、帰省後お線香を上げに行くことになった。

今でもその時のことを覚えている。

ショックで、悔しくて、悲しくて、どうして自分はすぐ駆け付けれるところに居ないのだろうと仕事中何度も泣きそうになった。

流石に泣くと仕事に支障が出るので頑張って耐えたが、帰省し、祖父遺影を前にすると耐えることが出来なかった。

本当に死んだんだ。と実感してしまって。

祖父は無口で、厳しい人だった。よく私とも喧嘩をしていたのだが、その分たくさん可愛がってもらった。

春先に会いに行ったときは元気で、まだ仕事も現役だったので本当に突然の訃報だった。

この夏もまた会いに行って皮肉を言い合うんだと思っていたのに。

人の死ってこうも突然なんだな、と始めて実感して、またこうやって駆け付けれなかったときはと考えると怖くなった。


元々転職を考えていて、この出来事が後押しして決心。

これから半年後くらいに会社を辞め、九州に戻った。

今もまた、実家を出ているがそれでも九州内なので実家に帰るのも容易で、また両親がこちらへ来るのも容易だった。

そして、先日両親が遊びに来てドライブに行き、冒頭に戻る。

本来私は写真に写る事が苦手で、記念撮影なども避けるのだがこの機会を逃したらまたいつ撮れるかわからない。

そう思うと「別にいか~」と言ってる父母を引き留めて写真を撮ってもらった次第。

後悔してからでは遅い。というのは祖父の事で思い知り、もっとたくさん撮っていたらよかったなんて思わないよう、これから写真は撮っていきたいと思っている。


お父さん、お母さんどうか長く元気でいてください。

次は私から家族旅行をプレゼントしたいな。

anond:20181021141106

脚本家が求めた、と言うのもあるだろうけど

新垣結衣サイドによる「そろそろ『可愛いだけ』を卒業してイメージを変えよう」と言う意図もあるんじゃないか

そろそろ「可愛いだけ」は通用しない年齢だし

話題社長大学の後輩

いま話題、ビ・ハイアの社長と同じ大学卒業した。数年後輩にあたる。友達の友達のそのまた友達、みたいな遠さだ。

あん田舎のしょぼくれた大学から全国的に有名になる人が出てきて驚いた。

出身大学は、以前からあった短期大学を4年制に改組する形で1995年に開学した大学で、あの社長の年齢だと2期生に当たると思う。

キャンパスはずいぶん田舎の湖畔に位置し、冬の風の強い日はキャンパススロープを暴風が吹き抜けていた。田舎自然ダイナミックさを学んだ。

私立大学のような多種多様人間が集まるわけでもなく、偏差値で輪切りにされた人たちと、ほんの少しの地元高校からの推薦枠から来た学生がいる程度で、おとなしい人たちが多かった。手近な遊び場は駅前ショッピングモールしかないんだから仕方ない。環境が人を選ぶのか、環境が人を作るのか。

研究者の質は高くて、私のいた当時は引退されていたもの日高敏隆先生もご存命で集中講義をされていた。休憩時間中にタバコをプカプカふかしておられたのを覚えている。「レポートを5行以上書いたら成績を下げられるらしい」という噂が流れたのの、5行以上書いてもそれなりの成績をもらった。その他、謦咳に接する機会はなかったが、脇田晴子さん(文化勲章受章)や黒田末寿さんも現役だった。

だけど世間的な評価は必ずしも研究者レベルと一致するわけではない。就職状況の悪さがそれを物語る。

偏差値的には産近甲龍関関同立の間ぐらい。しかし人数も少なく歴史もなかったので、私の在籍していた当時でも就職状況はさんざんだった。産近甲龍よりも悪かったんじゃないか就職支援室でOBOG就職先一覧をみたとき、ずいぶん危機感を覚えた。公立大学なのに地元役所や有力企業への就職すら、ほぼなかった。地元出身学生は「県外には行きたくない」と言っていて、毎日県外から通っていた私には衝撃的だった。そんな狭い世界で満足するのか、と。

私は県外のそれなりの職場就職したけれど、同じ大学出身者はおろか、「出身者を知っている」という人にすら会ったことがない。

一般的な県下出身であの大学卒業した人間は、東京なんかで企業することなど考えない。ギラギラした向上心はなく、のんびり暮らせたらいいや、という人がほとんどだ。

ここから先は完全に妄想だけど、あの社長は県下2位の大都市で生まれ育ったようなので、将来への危機感があったのかもしれない。結果、ベンチャーの立ち上げに参加して、自分も小さな企業を起こした。だから世間的な常識」を学ぶ機会がなくここまで来てしまったのかもしれない。起こした結果はひどいものだし、身の丈に合わなかったことをしたんだなと思う。

働きだしてから初めて見た「活躍するOB」があの社長だった。次は誰だ。生きている間に現れるのか。

死んだことにしている父親からの連絡

自分誕生日兄弟誕生日卒業やら入学の時期やらにLINEがくる 連絡を取ってくるのは私だけ

10年くらい前に自己都合で出て行かれ、それからずっとおめでとうがくる

出て行く前にはいい子じゃないからと誕生日プレゼントもなかった

ただ一緒に住んでいるお金のない仲のいい大人だった人が敬語で気を使いながら誕生日にかこつけて近況を知りたがり写真を欲しがるのが辛い 意地が悪いので母が写り込んだ写真を送る自分の幼稚さにも苛立つしそれじゃないやつと要求されるのはもっとムカつく

今でも腹の立つところはあるけれど、ただ駄目な大人であっただけで好きだったのは確かなので切り捨てる気はない

死んだことになっている父や祖母のことを笑い話として母と話せるくらい時間は経ったのにズルズルと緊張する時間が続くことに疲れた

ウミウ「生きるのに疲れたう」

ウミウウミウだう」

ウミウ「まず初めに、おことわりしておくう

ウミウ「この日記は、その辺にいる適当大学生が『けものフレンズ』に出てくるウミウの口調を借りて愚痴日記だう」

ウミウ「一応、ウミウデザイナーかい職業副業でやってるう」

ウミウ「てことで、まあその辺のことを踏まえながら読んで欲しいう」

ウミウ「で、ウミウは何を言いたかったんだう」

ウミウ「……」

ウミウ「…………」

ウミウ「……そうだう、生きるのがつらいってことう」

ウミウウミウ最近、生きるのがつらいう」

ウミウ大事なことだから二回言ったう」

ウミウウミウがこうなったのは、たぶん高校卒業間際の冬のことだったと思うう」

ウミウ「その頃、ウミウの家庭事情ボロボロだったう」

ウミウ「母はアルコールニコチンに溺れ、父は神経過敏で物音一つにも激怒し、モノに八つ当たりしてたう」

ウミウ「それを力で押さえつけてしまってはご飯も食べさせてもらえなくなるう。住む場所もなくなるう」

ウミウウミウは無力だったう」

ウミウ「そんな中、ウミウの唯一の救いだった高校というモノが卒業を間近にしたのだう」

ウミウウミウ高校は良かったう。絵を描ける人がいたう。文章を書ける人がいたう。音楽を作れる人がいたう。いろんな学問で全国トップレベルの人がいたう。いろんな趣味を極めてる人がいたう」

ウミウ「彼らはみんな、ウミウにいろんな刺激を与えてくれたう」

ウミウウミウは、そんな日常が大好きだったう。そんな日常があったから、人生に生きる意味があると思っていたう」

ウミウ「でも、高校3年生も終わりに差し掛かりつつあった頃、だんだんと授業も減り、周囲はみんな受験モードへと切り替わっていって」

ウミウウミウは、行き場をなくしたう」

ウミウ「つらかったう。ハッキリ言って、地獄だったう」

ウミウ「一番落ち着けるはずの我が家が一番落ち着けない、というのは案外つらいものう」

ウミウ「その頃、ウミウ毎日首を吊ることだけを考えてたう」

ウミウ「毎晩、家のベランダから空を見上げて、コーヒーを飲みながら死後の世界について考えていたう」

ウミウ宗教科学ウミウを救ってくれるのか、考えたこともあったう」

ウミウウミウ浅薄知識片手に、ウミウはいろんな文献を漁って、いろんな人に話を聞いたう」

ウミウ「でも、ウミウは救われなかったう」

ウミウ「どうしてこの世界は生まれたのか? どうしてウミウは生まれたのか? どうしてウミウはこんな境遇にあるのか?」

ウミウ「その答えを出してくれるものは何一つなかったう」

ウミウ「当然受験には失敗したう。だって勉強なんて全くしてなかったう」

ウミウ「そうやって悶々としてるときウミウは『けものフレンズ』というアニメ出会ったう」

ウミウウミウは感動したう」

ウミウ「こんなクソッタレ世界のどこかにも、ジャパリパークみたいな世界がある」

ウミウウミウはそう思えたんだう」

ウミウ「それが、ウミウの唯一の希望だったんだう」

ウミウそれからウミウはいろいろと頑張ったう。この世界には何か答えがあるはずだ、そう思って」

ウミウ「生の意味を知るために生物系の大学を目指したう。将来どうやって生きるか考えて、一番自分に合ってると思ったデザイナーのまねごとを始めたう」

ウミウ「あと、少しだけけものフレンズ二次創作をやったりもしたうね」

ウミウ勉強仕事の両立は、案外大変だったう。けど、つらくはなかったう」

ウミウ「何かに打ち込める、何かを目標にできる、人から必要とされる」

ウミウ「それがとっても嬉しかったんだう」

ウミウ「そうこうして、ウミウ大学浪人生活は終わったう」

ウミウ「どうにか第一志望の大学には受かって、ウミウは期待に胸を膨らませたう」

ウミウ大学ではどんなすごい人がいるんだろう? どんな風に自分は成長できるんだろう? どんなことが学べるんだろう?」

ウミウ「そう思っていたう」

ウミウ「だけど、大学に入って、1ヶ月が経ち、2ヶ月が経ち」

ウミウウミウは、ある種の絶望感を味わったう」

ウミウ「誰一人、『ついていきたい』と思える人がいなかったんだう」

ウミウ「もちろん、人間として素晴らしい人はたくさんいるう。とっても精力的に活動している同級生研究サークル活動に没頭して成果を出している先輩たち、世界的に有名な教授陣」

ウミウ「彼らは、ウミウとは大違いですごい人種だう」

ウミウ「だけど、ウミウが求めていたのはそういう人たちじゃなかったんだう」

ウミウウミウは、圧倒的な実力で凡人を殴るような天才世界生命意識や……そういうふわっとしたものたちを大真面目に考えて頭を狂わせるような奇才」

ウミウ「そういう人を、求めていたんだう」

ウミウ「でも、そういう人種はいなかったう」

ウミウ大学というのは日本における最高学府だう。そんな素晴らしい機関の中にだったら、きっとそういう人もいるんだ、答えを貰えるんだ、いや貰えなくても論じ合えるんだ……と思っていたのに」

ウミウウミウは悲しかったう」

ウミウ「せっかく浪人間中頑張って勉強して入った大学がこんなんだったんだと」

ウミウ「だからウミウは思ったう」

ウミウ自分が全力で頑張っていれば、きっといつか答えは見つかるって」

ウミウ「そう思ったんだう」

ウミウ「頑張っていれば、いつか何かが起こるだろうって」

ウミウ「そう思って、ウミウはがんばったう」

ウミウウミウは今までの仕事のほかに、いくつかバイトをかけもちしたう。サークルは4つ入って、ほぼ毎日大学に寝泊まりするような状態になったう。同人活動ももっと本格的に始めていって、夏コミにも出たう。講義も真面目に受けて、まあまあいい感じの成績を取ることも出来たう」

ウミウ「そしたらある日、ウミウは手のしびれを感じたう」

ウミウ最初は血の流れが悪いだけかな?と思ったう。だけど痺れはなかなか取れなくて、ウミウ病院に行ったう」

ウミウウミウは、神経系病気頸椎ヘルニアを患っていたんだう」

ウミウ「このまま頑張ってたら、いつか半身不随になるぞって、お医者さんに言われたう」

ウミウウミウは怖くなったう」

ウミウ「結局、バイトほとんど全部やめたし、サークルは1つを残して全部やめたう。しかも、ちょうどその頃は大学夏休み間中で、講義もなかったう」

ウミウ「てことで、ウミウはヒマになったう。そしたら、そこに生まれたのはただの虚無だったう」

ウミウ「また、何も拠り所がなくなった……そう思ったう」

ウミウ「だけど、ウミウにはまだ希望があったんだう」

ウミウウミウは、けものフレンズ同人活動をやっていて、その中で1つ出来た、少し大きめのグループがあって」

ウミウ「そこはすごいんだう。たくさんのクリエイターがいて、たくさんの賢い人がいて」

ウミウウミウ心機一転、そこで頑張ろうって思ったう。もちろんもうムチャは出来ないから、出来る範囲で、だう」

ウミウウミウは……まあがんばった、んだと思うう。一応、なんとなーくリーダーっぽい感じのポジションに収まったりもしたう」

ウミウ「そしてある日、ウミウはそこのみんなに聞いたんだう」

ウミウ「『フレンズにはどんな死生観があると思う?』って。『何か、そういうものを訴えかけた創作物が作れないかな?』って」

ウミウ「さあ、どんな答えが返ってくるんだろう、どんな議論が出来るんだろう……ウミウは楽しみに思ったう」

ウミウ「だけど、返ってきた答えはみんな、『けものフレンズはそういうのじゃない』『求められているものは違う』『グロとか暗い展開とか無理』みたいな答えばっかりだったう」

ウミウウミウがっかりしたう」

ウミウウミウは……ウミウは、いったいどうすればいいんだう」

ウミウウミウは、どうすれば答えを得られるんだう?」

ウミウ「『けものフレンズはそうじゃない』? けものフレンズはそんな浅薄コンテンツじゃないと思うう。少なくとも、そこを議論しなきゃ深みのあるモノなんて出来ないと思うう」

ウミウ「『求められているものは違う』? ユーザーニーズ分析なんて仕事で腐るほどやってるう。二次創作って、そういうニッチなところを攻められるものなんじゃないんだう?」

ウミウ「『グロとか暗い展開とか無理』……。まあ、死生観を語らせる上で、フレンズの1人や2人死ぬのは仕方ないだろうし、暗い展開になるのは致し方ないう」

ウミウ「だけど、そこから目を逸らして何が生まれるんだう?」

ウミウ普段お前たちが食べている食べ物動物死体だう。お前たちが着ている服も動物死体だう。お前たちが生きている環境には、動物の死がごまんとあるう」

ウミウ「けど、動物は何も語らないう。ただ静かにまれ、静かに死んでいくのみだう」

ウミウ「それが、言葉を発し、意識を持って動き回るようになった。それがあの世界の意味であり、意義であって」

ウミウ「当然、フレンズたちもそこは疑問に思ってしかるべきだと思うんだう」

ウミウ「なのに、そこからみんな目を逸らす。なんでだう?」

ウミウ「……ウミウは、どこに行けばいいんだう。ウミウは、どこを拠り所にすればいいんだう?」

ウミウウミウは、今月か来月くらいでそのグループを抜けることにしたう。ウミウがそこにいることへ、意義を見出せなくなったんだう」

ウミウウミウはお道化を演じることに疲れたんだう」

ウミウウミウは本格的にひとりぼっちだう。何もすがるものはなく、何も生きる意味はなく」

ウミウ「ただ、そこにウミウがいるだけだう」

ウミウウミウはもう、疲れたう」

ウミウ「たぶん、少し前だったら『ジャパリパークに行きたい』って切に願いながら、きっとどこかにある桃源郷を夢見て首を吊っていたんだと思うう」

ウミウ「だけど、それすら出来ないほどウミウ世界絶望したんだう」

ウミウ最近ウミウは、ジャパリパーク動物から人間に対する壮大な仕返しにしか思えなくなってきたんだう」

ウミウ「ヒトの汚さ、狡さ、私利私欲

ウミウ動物は、きっとジャパリパークを通して、そういったものを際立たせて。人を絶望させているんだう」

ウミウ「もちろん、それは正当なことだう。人は今まで、どれだけの動物を苦しめてきたんだう?」

ウミウウミウは、希望を失ったんだう」

ウミウウミウには、もう何もない……いや、少なくとも心はからっぽだう」

ウミウ「きっと、ウミウは恵まれてるんだう。こうやって、生きる意味について考えられるほどには」

ウミウ「だけど、心はからっぽになってしまったう」

ウミウウミウはどうやって生きればいいんだう?」

ウミウウミウは……もう、疲れたう」

ウミウ「ふと空を見上げたら、お月様がこっちを見て嗤ってるう」

ウミウ「悔しいほどに、綺麗だう」

2018-10-20

anond:20181020174511

アイカツなんかのアイドルアニメが幼い女の子に人気なのを持ち出して

「ほらみろ女の子アイドルは大好きなんだぞ!」とか言いたがるオタク

そういう女の子はもうちょい成長するとアニメ卒業して韓流に行く事実を知ったらどう思うんだろうか

anond:20181018191725

普通はそれでいいんだよ。幼児だって小学生になったらアンパンマンはだいたい卒業するだろ。俺は中学生になってもドラえもん楽しみだったし、全然卒業できてないかオタクなんだけど。

anond:20181018191725

子供向けの娯楽はそろそろ卒業したらどうだ?

2018-10-19

anond:20181019120757

いま抵抗するしんどいかもしれないけど、しんどくても精神科医かいろんな助けを借りて抵抗しよう。妊娠しちゃったら懲役23年だよ……(妊娠に約1年、大学卒業まで22年)増田人生を取り戻すことを願う

2018-10-18

これはダブル不倫なのだろうか。

29歳 とある地方都市会社員 子持ち

最近男同士の恋愛ドラマに出てたやつに似てるって言われる。名前は忘れた。

浮気をしてしまった。いや、もう2年もこの関係を続けている。不倫だ。しか相手も既婚者だ。

彼女は同じビル内の別会社で働いていて、松下由樹を縦に伸ばしたような顔をしている。便宜上、ユキとする。

俺はとあるプロサッカーチームファンで、財布にはそのチームのマスコットキャラクターをつけている。ファンこそあまりいないがキャラクター知名度は高く、これをきっかけに雑談が盛り上がることもある。彼女との出会いも、これがきっかけだった。

その日は先方の都合で午後の早い時間に来客がある予定だったため、少し早めの昼食をとりにオフィスを出た。乗ったのは俺一人だった。何を食べるか考えていると、途中で一人の女性が乗り込んできた。扉が閉まる。突然、「それ、サンチェくんですよね!」と狭いエレベーター内に声が響いた。「ええ、ファンなんですよ」と答えると、彼女は何か悩んでいるような様子だった。言葉を待っていると、彼女は意を決したように「今週末の試合友達と見に行く予定がキャンセルされちゃって!よかったら、一緒に見に行きませんか!いや、一緒じゃなくても、チケットが余っちゃって!」と慌てたような口調で話しかけてきた。今思えば、この時からユキに少し惹かれていた。ラインを交換している際、既に俺の頭の中では、嫁への口実が用意されていた。「どうせなら一緒に見よう」と誘ったのは俺の方である

試合当日。ユキは、サッカー観戦をするには浮かれすぎているような、白いワンピースで待ち合わせに現れた。その日、俺たちの応援しているチームは負けた。負けてなんとなく物足りない気持ちが二人を引き止めた。お酒を呑んだ。白いワンピースのファスナーを下ろす俺の手がぎこちなくて、ユキは笑っていた。

2ヶ月に1回が俺たちのペースだった。趣味の話で盛り上がって、美味しいお酒を呑んで、気持ちよくなる。お互いそれ以上のことは求めなかった。

1年が過ぎた頃、知らない番号から電話があった。名前を聞いた瞬間、全てを察した。ユキの夫からであった。終わった。仕事終わり、喫茶店で頭を下げた。写真確認してもらいたい、人のいる場所では出しにくい、とそれだけ言われ、彼の用意していたホテルの一室に行くことになった。きっと殴られる。

ホテルの部屋でなぜかベッドに横並びに座り、小さなテーブルを引き寄せた彼は、カバンから封筒を取り出した。探偵を雇ったのだろう。しかテーブルに置かれた写真プロが撮ったにしては不明瞭で、写真に顔を近付ける。あ、違う。これ、俺は、こんな黄緑のiPhoneケースじゃない。違う。これは?そう言おうとして、隣に座っている彼の方を振り向くと、彼の顔が驚くほど近い位置にあった。固まった俺の視界がさらに狭くなって、唇に何かが触れた。

何もわからなくなった。不倫相手の夫にバレた。でも写真に撮られていたのは俺じゃなかった。この人は俺とキスしている。わけがからなくて、頭が少しも働かなくて、見開いた目は何も見えていなくて、くらくらと目眩がした。唇がつながったまま、彼の手が俺の背中を撫でて、その手がとても熱くて、その熱さがなぜか俺を落ち着かせた。くらくらした感覚がどきどきに変わっていて、おそるおそる抱きしめ返すと、優しく頭を撫でてくれた。大丈夫から。と彼は言った。ベルトを外そうとする俺の手が震えていて、彼は笑っていた。

ユキの夫はバイだった。様子のおかしい妻の不倫を疑い、探偵に依頼すると、すぐに特定された。不倫相手はあの後輩だった。

俺は高校生の頃、同性の同級生と付き合っていた。その噂は好奇心を伴って、学校中に広まっていた。

俺は彼のことを知らなかったが、一個上の彼はその噂で俺を知った。彼は卒業するまで、後輩の俺に片思いをしていた。

2ヶ月に1回、彼と会っている。最初浮気を許すつもりなどなかったが、高校時代に心を捧げた相手、妻も悔しながらセンスが良い、と彼は言っていた。どんなに複雑な心境か俺には想像もつかない。俺の不倫は、いまや1ヶ月に1回だ。

世間は狭すぎる。俺は、嫁も、ユキも、彼も、変わらない気持ちで好きだ。もちろん、一番大切にしているのは嫁だ。この状態を何と形容してよいのかわからない。これはダブル不倫なのだろうか。

女の子と付き合ってた話

私、高校の頃大大大好きな女の子と付き合ってたんですよね。

付き合ってるというより奴隷

私の世界一お姫様(本気でそう思ってた)のためならなんでもできたし

お姫様のために身体張ってる自分が好きだったんだよね。

なんか愛の証明?みたいな(?)

女の子と付き合ってたくせにLGBTとか難しいことわかんないけど

あのとき誰よりも何よりも大好きだったんだけど

まりにも私自身を雑にゴミみたいに扱ってきたことと

母親のこと馬鹿にされたことと

嘘つかれすぎたのに耐えかねて

高校卒業のあと強引に音信不通にしたんだけど…

マジで世界一可愛いわたしの姫!って思ってたし姫に頼りにされる私に悦に入ってたよね。

向こうはただ便利な奴隷には思ってたよね。

ほんと私自分のことゴミに扱われても平気みたいに生活して...

限界きたよね...つら...もうやだ...馬鹿女........

でも優しかったときもあったんだよ…

死に...死にたい......もうやだ

初めてキスした時、うれしすぎて本当に壁に激突したし(爆笑された)

胸とか触られた時、頭真っ白になってそのあとの記憶ないんだよね。

幸せだったなー...

今ちょうど付き合ってた人と別れて(すごい優しい人だけど色々な事情で別れることになった)

なぜか急に思い出してしまったんだよね。

1番好きだったんだよな。

早く忘れたい。

毒親だと思っていた

これから書くことは、たとえ増田だって書く気はなかった。なぜなら、今毒親に苦しむ人を殴る文章からだ。

だけど、ビ・ハイアの件を知って考えが変わった。

毒親だと思っていた、この一言に尽きる話をこれから書きたい。

私の母は子供を殴る母だった。本人は躾だと言っていたが、例えば弟がした悪さなども姉である私が監督していなかったのが悪いという理由で殴られた。

から子供の頃の私は母が背後を通るだけで殴られるかもしれないと思って肩をすくめる生活をしていた。私の背丈が母に追いつく頃になると殴られなくなり、以前殴られたことを訴えると母の記憶からそれは消えていた。

私は殴らない父が大好きだったが、殴る母を止めなかった時点で同罪なのだと気付いた時、父もまた嫌いになった。

私は両親の悪口を口はばからない10代に育った。両親は私の口から周りの人へ伝えられる悪口に何度苦虫を噛み潰したことだろう。だが、私は両親が大嫌いだったのだ。悪口を言うことを何も悪いことだとは思っていなかった。

また、両親、特に母とは何度も怒鳴り合いの喧嘩をした。特に私の進学についての喧嘩は深刻だった。両親は女の私に勉強をして欲しくはなく、高校進学でも大学進学でもぶつかった。その度に私は両親を納得させるだけの材料を(嘘でも)用意した。高校進学の時は、大学には行かないから好きな高校に行かせてくれ、と。大学進学の時は、入学金だけ用意しえてもらえれば後の学費生活費は自分でなんとかする、と。

そして私は大学進学を機に家を出た。

自分も怒鳴らず、母の怒鳴り声を聞くこともない生活は初めてで、アルバイトと授業で忙しかったが、非常に穏やかな生活だった。最初の頃は。

スーザン・フォワードの「毒になる親」という本に出会ったのは多分この頃だったと思う。涙を流しながら読んだ。非常に得心のいくことばかり書かれていたと思うが、その内容は今となっては正直あまり思い出せない。

私の穏やかな大学生活はあまり長くは続かなかった。精神調子を崩し、授業に出るのが困難になった。生活がかかっているのでアルバイトだけはなんとか続けていたが、それすら休みがちになってしまった。

精神科にかかり、主治医はこの現状を両親に連絡するべきだと主張した。

私はそれを拒んだ。両親に、やっぱりお前には無理だったと言われるのが嫌だった。しかし、現状は困窮していき両親に病気のことを明かすことにした。

連絡は父にしたが、私は冷たい一言覚悟していた。だが、父はゆっくり直していけばよい、と予想外の返事をしてくれた。

そして私は投薬治療を受けながら、両親から金銭的援助も受けて6年かけて大学卒業した。

だが、大学をなんとか卒業できても就職はできなかった。私はその頃一人で生きて行く気力もすっかり失っており、卒業後は実家に戻り両親の元に身を寄せることにした。

あんなに嫌いで飛び出した家にまた戻ることがとても皮肉に感じられた。

そう、私はここまで両親に支えられててもまだ両親のことを受け入れることができていなかった。

しろ両親のせいで精神病になり自分の送りたかった人生から程遠い人生になってしまったと嘆いていた。

それから7年ほど、引きこもり、良くなったと思って働いては調子をまた崩して引きこもることを繰り返し、最終的に自殺未遂までして入院もした。

その長い間、両親とは時々ぶつかりつつも私は親に甘えて実家暮らした。何度仕事で失敗しても、帰る家があった。でも、親に対する感謝気持ち暮らしていたのではなく、この家にいるから私は治らないと思って暮らしていた。

そんなある日ネット何だか奇跡を起こしてくれて、私のここまでのどうしようもない身の上を承知の上で結婚してくれる相手を見つけることができた。そして私はまた家を出た。

それから一気にとは行かないが、パートナーの支えもあり上り調子回復し、今では幸せ生活を送っている。

そんな環境になって思うことは、私の両親は私が思い込んでいたほどの毒親ではなかったということだ。自分が辛かった時はあまり気づいていなかったが、肝心なところでちゃんと支えてくれていたのは両親だった。私が結婚して家を出ると言った時も心配こそしたもの最後には快く送り出してくれた。

正直な話、これをもって私の両親はちゃんとした親だったとまとめるつもりはない。子供を殴り、事あるごとに自尊心を削ってくる親であったことは事実だった。

しかし、私の人生の全てを邪魔するほどの親ではなかったこともまた事実だ。

少なくとも、私は私の両親をもう毒親だとは呼べない。

この感情を何と呼べばいいのかわからない。許しでもなく納得でもなく受容でもなく、でもその間にある何かだ。あえて名付けるなら、解毒かも知れない。

私の辛さは無かったことにはならない。でも、それを恨む心は消えた。

もちろん最初から何も辛いことがなかった方がずっといい。けれども、私は両親を毒親なのだと思うことによって余計な寄り道をしたような気がしてならない。

留年内定取消大学9月卒業NNTからの、やっと就職先が決まった現在

両親に会ったり働いてる人を見たりするたびに感じてた後ろめたい気持ち自分底辺だって感覚も本当にしんどかった

留年勉強しなかった・余分に単位取らなかった自分のせい、長いNNTはしばらく現実逃避してろくに就活しなかった自分のせい

というのは前提だけど、やっぱり一度挫けた人間社会は厳しいなと痛感する日々だった

NNTでなかなか就活に取り組むモチベーションがない、というか向き合うのが辛い他の子たちの気持ち痛いほどわかる

みんなの苦しみが早く明ければいいのに

なんてそんなに周りのことを考えていられるほど余裕があるわけじゃないんだけどね

不安ばっかりだけど、同い年のひとたちに追いつかなきゃ

学校ってなんで批判しかされないんだろうか

ふと思っただけなんですけど、ネット見てると"学校"ってボロクソ言われすぎだと感じるんですよ。

授業だめ、教師だめ、組織としてだめ、そんな話ばかり。確かにそれらが実在するのは本当だと思う。

自分経験したことあるし。

からといって塾や予備校のほうが断然マシというのもちょっと違うと思うんだよな。

そもそも学校と塾予備校性格が違うものだし。大学研究機関の側面が強いので置いておくとして、小中高は知識を得るためだけの場所ではなくて、人間としての在り方を試行錯誤するための場所なんじゃないですかね。

多種多様人間が一堂に会して、体当たりでぶつかって、ある程度の失敗が許されるのって、小中学生までじゃないですか。

そこで失敗することで、ひとつひとつ精神的な発達をしていくんだと思う。

もちろん、度を越した言動児童生徒がしたときには教師指導する必要があると思う。

その部分に関して言えば、大抵の塾や予備校では指導されないですよね。

あと、小中学校までは義務教育で、高校義務教育ではない。すなわち、中学校卒業した段階で社会人とも言えると思ってて。

からこそ、中学卒業するまでにはある程度の人間ができているような、学校はそんなふうな教育をする場であるんじゃないんですかね。

もちろん家庭がするべきこともあるが、例えば集団としてどうするべきかだとか、教科の枠には収まらない教養的なものだとか、そんなものを学んでいく場なんじゃないですかね。

言いたいことこんがらがってきたが、要は学校というものが余りにもボロクソに言われすぎだと感じるから、少しくらいは擁護する意見だってあっていいんじゃないの、という話でした。

2018-10-17

2.5次元コンテンツ燃えさかっている話

引用抜粋お断りしますリンクタイトル貼付は可です

※ふわりと批判も書きましたが、新キャストに期待していますし新作公演も観に行く予定の人間が書いた記事です

燃えている燃えさかってるよねこれは燃えているよね燃えていますね。

2.5次元コンテンツ、つまりあんステあんさんぶるスターズ! オン・ステージ)」のことです。「あんステ」はアプリゲームあんさんぶるスターズ!」がメディアミックスして生まれ2.5次元舞台シリーズ総称。これまでに4作舞台公演があったほか、2018年9月に「あんステフェスティバル」として初のライブ公演がありました。

アプリゲーム略称は「あんスタ」、そのメディアミックス2.5次元舞台シリーズ略称が「あんステ」です。ちなみにキャラクターバーチャルモデルが踊り声優さんが声をつけたライブイベントは「スタライ」、声優さんが登壇してのライブイベントは「スタステ」です。

今回燃えているのは「あんステ」です。主に運営キャスト変更に関する部分への苦言が目立ちます

本題の前の基礎知識として、あんステ原作であるあんスタは夢ノ咲学院舞台としたアイドル育成ゲームであり、舞台に登場するのはアイドル達です。アイドルは数名でユニットを組み、主人公位置の「Trickstar」、学院王者fine」、次点に君臨する「紅月」などのユニットがあります

燃料その一として、9月あんステフェスをもって「fine」と「紅月」の初代キャスト卒業という発表がありました。あんステはそれまでに事務所都合や引退等、事情事情でのキャスト変更はあったものの、まだまだ演じ続けられるという意志のあるキャストを交代させるということはありませんでした。しかし、卒業という形を取るというのはそれがシリーズ方針になるのだろうということで、ひとまず納得がいきました。ただ卒業キャストの人たちの言葉の端々から運営から卒業の打診や説明について十分になされていないのではないかという印象を抱きました。

fineフェス前にキャス変があり、弓弦役が野嵜さんから渡邊さんに変わっています。彼は続投です

つづいて燃料その二として、あんステフェス公演後の応援上映会(東京京都で各複数回実施)のプログラムがあります。これは、大千秋楽映像での応援上映後、キャストトークがあるというプログラムでした。当初はその二本立てだった予定なのですが、ここにキャラクター扮装をした新キャストのお披露目の時間が追加されました。この辺りで運営の采配の悪さにいらいらしてきた人が多かったと思います卒業キャストトーク回もあるにもかかわらず、まだなじんでいないキャラクター扮装で客前に立たなければならないというのは、新キャストにとってもかなりのプレッシャーではなかったかと思います。実際観に行ったときはかなり皆さん緊張されていて差し出されたマイクにも気づかないくらいかちんこちんになっていましたし、客席も卒業公演の応援上映で大洪水になった顔と卒業キャストトークでめちゃくちゃつらくなった頭を抱えて、(そうか次はこの人たちか)と寂しさと不安を抱えて力なく舞台を見つめることしかできなかった人が多かったのではと察します。最高の状態キャラクターを演じてくださった卒業キャスト最後の最高のパフォーマンスを見た後で、どうしてキャラクター扮装の新キャストを見なくてはならないのか、ということに腹を立てた人もいたようです。

わたし東京の新キャスト披露初回と、京都の土曜昼の回に行きましたが、新キャストさんは緊張されながらもコメントされていて、悪い印象は抱きませんでした。どの方も緊張への対処コメントの仕方を考えられたと思いますし、内容が回毎で違っていたか、同じだったか、どんな様子で話したか、などは、緊張しているだろうけど、がんばってほしいなあと思うくらいで、批判対象として言及するまでもない程度に感じました。

個人的には新しい解釈キャラクターを見るのが楽しみな気持ちでいますし、卒業キャストの全員が原作キャラクター生き写しだったわけでもありません。卒業キャストそれぞれが自分の演じるキャラクターと向き合い、自分なりに最大限表現した結果が私たちに受け入れられているというだけの話です。だけの話といっても、そこが何より大切な部分であり、卒業キャストの素晴らしかった点であるのですが……。新キャストさんにはぜひ自分なりのキャラクター解釈を見つけていってほしいと思うのです。

さて、第三の燃料です。応援上映会がすべて終わり、翌日に新作のキャスト発表が行われました。新作の登場ユニットは「fine」、「紅月」、「Ra*bits」、「Valkyrie」の4ユニット総勢13名。fine、紅月からは弓弦(渡邊さん)が続投&6人代替わりで新キャスト(うち渡邊さん演じる弓弦はフェスからのキャス変)、Valkyrieは初登場のユニットなので2人が新キャスト、そしてRa*bitsは4人が続投(うち奥井さん演じる光はフェスからのキャス変)と思われていました。しかし、そこでもう1人キャス変がありました。Ra*bitsの創(櫻井さん)がそのとき初めてあんステ卒業と明かされたのです。正確にはあんステ運営ツイートだけでは新作のみの代役か、キャス変かが判断できませんでした。しかし同日投稿された櫻井さんのブログにて、あんステを実質卒業することが綴られていたのです。

あんステフェスという大きな舞台で、fineと紅月はユニット卒業という発表を受け、そうした脚本演出で演じ、新曲パフォーマンスをすることができました。私たちは会場で、彼らがこの曲を歌うのはこれで最後なんだ、と思って聴くことができましたし、彼らも最後という立場で歌ってくれていると想像することができました。しかし、Ra*bitsの創に関してはそうではありませんでした。櫻井さん演じる彼が、この次もRa*bitsの1人として舞台に立ってくれると信じて、これからもっと楽しみだなと幸せRa*bitsの演技やパフォーマンスを見ていました。

他の多くの2.5次元舞台キャスト変更は、そうしたサイレントものが大半なのかもしれません。しかし今回の場合卒業という制度があり、その対象となる役者キャラクタークローズアップされた演目となっていました。それだけに、櫻井さん演じる創のサイレントキャスト変更に対して、ファンは不意を突かれたものと感じたのです。運営はなぜもっと早く発表して、ユニット単位での卒業演出は難しかったとしても、せめて彼のフェス出演をわたしたちに「これが最後なんだ」という特別な目で見させてくれなかったのか、と。

そんな中、ある新キャストの方のツイートが悪い意味で注目されてしまったのは、不運かつ、ご本人の良くない手だったなと思います

この話題の前提として、わたし応援上映会での彼のあいさつを聞いて、新キャストさんのなかでもえんぴつみたいに(※)緊張せずにゆったりあいさつしてくれる方がいてこちらもほっとするな、と感じていました。

※(緊張した自分たちが)えんぴつみたい、というのは新キャストさんの1人がツイッターで呟かれていた内容。かわいいです。好きです

会の後、レポなどを検索していて毎回同じ内容だったというのを知っても、あ、緊張していなかったわけではなくて、もしかしたら緊張ゆえにああして話すことを決めて板の上で口ごもることのないように「演じて」いたのかなとも思いました。個人的には、そんなに悪い印象ではなかったのです。

しかしながら、ツイッターでは悪い印象がそこそこ広まっていました。実際に行って聞かれた方が不満などを呟くのは自由だと思いますしかし、ただでさえここまで書いてきたような内容で敏感になっていたあんステファンはその不満を拡散させ、ご本人の耳に届くようになってしまいました。ご本人がここでそういう意見もあると受け止め、無言をつらぬいて公演で示すか、あるいはツイッターでひとこと、意見を受け止め稽古に励む旨コメントすればよかったのではなかったか、と今では思いますが、実際には後者を選んだようでいて、その文末で荒っぽい表現を使うことを彼は選びました。彼に対して悪い印象のなかったわたしでも、あの表現を目にしたときは、なんでこんなことを言われなくてはならないんだろう、とぞっとして傷つきました。それだけ多方面暴力的に伝わってしま表現であると考えます。本当に良くない手を使われたと感じました。

こうしたあたりが、燃えさかりの理由であったり、経緯であったり、心情であったりするかと思います燃えるのはわたしとしては理解できます。ただし、いまだにご本人に悪罵を投げつけているアカウントが多いのは、それはまた悪質であると感じます。傷ついたから、間違っているか相手を無闇に無制限に殴っていいというのは大きな間違いです。それに彼の発言に訂正や謝罪を得たいならば、彼自身ではなく、事務所姿勢推し量る方が優先されると思います悪罵ではなくあくまで冷静に問い合わせることで、あのツイートファンやお客さんに向けたものとして適切であったか、ご本人や事務所に考えていただけたらいいなと思います

この頃炎上をよく目にしますが、叩けると思った相手に群がる匿名アカウント疲弊させられることは本当に恐ろしいなと思います。少し話がずれますが、正直あんスタ公式スカウト予告やイベント予告にぶらさがるツイートもかなり程度が低いですよね。恐怖です。

散漫な文章になってしまいましたが、わたしMoM、観に行きます仙台千秋楽良席をつかみに行きます。初回公演も絶対とってやります。演じるうちにみるみるうちに変容していくキャストさんが観たいからです。わたしフェス横浜初公演で初めて渡邊さんの弓弦くんの歌を聴いて、がんばれ! なんとか歌いきってくれ! と思ったド緊張転校生だったのですが、応援上映神戸千秋楽の彼の歌を聴いて、本当にすばらしく声が伸びるようになっていて感動したのです。そういうキャストさんが観たいのです。それにマリオネットは私の推しの友也(宮崎さん)が大活躍なはずです。絶対観に行きます

まだまだサイレントキャス変の恐れのある舞台に震えていますが、ひとまず自分の考えをまとめられて落ち着きました。なんとかMoM、いい公演に成ってくれたらいいなと思います(誤字ではありません。今は不安要素が多すぎるので)。日程・キャパが予定されていた刀ステからの流用という噂は本当なのでしょうか…… たしかにそれっぽいけど……

本当に散漫になってきましたが、新キャストさんたちが演じるキャラクタースカウトで出しているのを見るのが本当に好きです。にこにこしてしまます。でも課金はほどほどにして、無理せずキャラクターを好きになってもらえたら嬉しいなと思います。色々な解釈で演じられるキャラクターが好きです。新作、とても楽しみにしていますチケット無事とれますように……!

年齢から考える医学部医師勤務

ストレート医学部入学卒業すると24歳、臨床医師として働くなら初期臨床研修をやること(ほぼ必須)でプラス2年。

この時点で26歳だ。

26歳で、スタートライン。人が死んでもいい地域なら、その状態医師でもありがたがられるが、些細なミスでたたかれるような地域病院じゃこの時点ではまず使い物にならない。

専門診療領域個人による差も大いにあるが、最低3年はかかるのではなかろうか(後記研修医も大体3年だろうか)

仮にそうだとしたら、その時点で29歳。

大学院進学や専門医取得のためのローテーションなどの選択をすれば、さらにながびくだろう。

社会人経験者や長すぎる多浪をすごせば、ようやっと働き出せるまでになるのがさらに高年齢になる。

何をするのにも遅すぎるということはないが。

しかし、体力はどうだろう。

医者は当直をする仕事だ。夜勤じゃない。当直なんだ。

名目上、働いていない時間だ。働かない時間病院で過ごすだけだから、その日中・翌日は普通に働く。名目上は夜病院に泊まるだけ。

もちろん本当に寝ているだけの科もあるだろう。翌日対応すると決めれる状況が多い科だ。

しかし、そういう選択ができない科も多い。深夜だろうがその瞬間に対応をしなくてはならない科だ。

日中働き、当直へ。一睡もできず近況した状況のまま夜も働き、その翌日も働く。

それを月に何回もする。

それとは別に休日も働く。

入学したときは大体いいが、専門を決めるような年齢になると上記のことは皆理解している。

それに加え、個人生き方として、趣味や家庭に自分時間比重をおきたい人も当然いるだろう。

そうなると、夜寝れないような科は選ばれない。

少ない人数で回さなきゃならなくなる。

鬱や燃え尽きた人が増える。

そんな現状のなかでも、国民休日夜間も大した増額分もはらわず入学時年齢や性差について議論する。

寝れずに廃人になる医者人権議論にもならない。

私立コンプレックス

関東圏でも関西圏でもない田舎で育って、田舎大学に進学して、東京で働いている。

もう高校大学卒業してしばらくたったが、上京してからずっと私立コンプレックスをかかえている。

自分自身地方の国公立で小中高大を過ごした。

中学同級生などは大学学者自体が数えるほどしかいない。女は看護師保育士学校教諭水商売サービス業が大半である

新卒上京してからこれまで、いくつか渡り歩いてきた会社では、中高大の全てまたはいずれかが私立の人が圧倒的に多い。

都会では中高私立というのは特別ではなさそうだと頭ではわかっている。

でも都会だろうと田舎だろうと私立は国公立に比べて圧倒的にお金がかかる。

親の所得レベルが都会と田舎で違うのもわかっている。

そもそも私立の生徒数の方が多そうだということもなんとなくわかっている。

親の愛情教育にかけたお金は比例しないのもわかっている。

金額学問経験の質が比例しないのもわかっている。

私立お金だけじゃ入れないのもわかっている。

でも、当たり前に私立に行って、留年浪人をして、奨学金という名のローンも負っていない人が、過半数以上の職場ばかり見ていると、たまにドッと疲れる。

理由はよくわからない。

公立奨学金も一人で返済してることを認めてもらいたいのか。

親孝行だと言われたいのか。

私立に行ってた人は親の資金力という下駄を履かせてもらってずるいと思ってるのか。

女の私にお金はかけられないと言われ、自力で国公立に行く努力したことを褒めて欲しいのか。

一度、「俺も奨学金自力で完済した」という国立出身上司がいたけど、中高は私立だった。

貧しくは無かったけど私立を選ぶ選択肢がなかった私は無い物ねだりなだけなんだろうか。

からといって人生やり直せたら私立に行きたいというわけではないし、学校では得難いものを得られたと感謝しているのだがずっともやもやしている。

まり観測範囲私立出身者ばかりなのでとりあえず吐き出した。

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