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はてなキーワード: 卒業とは

2017-08-21

https://anond.hatelabo.jp/20170821205008

そうやって、夏休みと言われてカッとするのも当事者しかいないんだけどね

学校卒業するとわかるよ

英語が話せない帰国子女の話。

匿名で書けるという事なので、今まで誰にも話せなかった事を書いてみる。

私は、小学3年生〜中学卒業まで、父親仕事の都合で海外生活をしていた。

海外では、日本人学校という、先生は皆日本人学校に通っていたし、友達も皆日本人だった。

日本語が喋れない外国人先生との英会話の授業はあったものの、それ以外は基本的日本語で会話をするので、英語は身に付かず。マクドナルドで注文が出来るくらいだ。しかもちゃんとした文章で話せるわけではなく、ワン、チーズバーガー、アンド、ワン、オレンジジュース、みたいに単語を言うだけの注文である

その程度の英語力だったので、日本帰国後、日本高校に通っていたが、出身中学の話は全くしなかった。

帰国子女だという事がバレれば、英語喋れるのすげえ!とか喋ってみて!とか言われるんじゃないかと思い、怖くて言えなかったのだ。

高校の後輩には、英語ペラペラ帰国子女がいる。多分一度も海外に行った事のない日本人の中には、この後輩のように、帰国子女英語が喋れる、と思われている方が結構いらっしゃると思う。

ただ、そうではない奴もここにいるんだよ、という事だけ知って頂ければ幸いである。

博士課程は面倒くさい

何もかも面倒くさい。

投稿論文を書くのも、D論を書くのも、学会に行くのも面倒くさい。

研究について指導教員相談するのも面倒くさいし、実験をするのもデータをまとめるのも面倒くさい。全然おもしろくない。

今年でD論書かなきゃ博士号とれないし卒業もできない。今年で卒業できなきゃJASSO奨学金も切れる。だから今年で出なきゃいけない。

ああー面倒くさい。

今年で出るってことは来年から就職しなきゃいけない。JASSO奨学金返還も始まる。正直すごく面倒くさい。

博士を出たらアカデミアに残りたい!研究者になりたい!みたいなモチベーションなんて無い。

ただ朝仕事しに家を出て、夕方仕事を終えて家に帰るような穏やかな毎日を過ごしたい。

仕事は正直よっぽど辛くなければ何でもいい。お金くれれば何でもいい。

でも職探しするのも面倒くさいなー。

最近こんな感じで嫌になってて夜も眠れないんだけど、これっていわゆる「病んでる」ってやつ?

この歳になってまた風俗で働くのかぁ。

関西の方にはばばぁでもまだ働けそうな所あるらしいんだよね。

債権者に行けと言われた。

最初に働いたのは音大卒業して間もない時。

私の親はいわゆる「毒親」、特に母親

女の子が欲しくて私が産まれたので幸い一人っ子だけどね。

着せ替え人形が欲しかったとはっきり言われた。

母親に対して何も言えず、自分で考える事をせず言いなりだった。

さすがに高校生の頃、父親に何かおかしいよと訴えてみたものの何とかうまくやってくれよと言われたよ。

考えたらお互いがいいか夫婦なんだよね。

学生の時つき合ってた人の会社がトラブってしばらく連絡取れなかった時、言い寄ってきた同年代の男がいて、親に言ったらそっちの方がいいんじゃないと言われたかその男とつき合い始めた。

同じ学生だったけど、しばらくしたら大学辞めてプーになるわ、さいたま出て同棲したらいっぱい借金してるわで、何とかしなきゃと風俗で働き始めたんだ。

でも段々首が回らなくなって、仕方なく親に打ち明けたらスルーだよ。

どうにもならなくなってちょっと病み出した頃、学生時代元カレに寄り戻してって頼んだけど断られた。

その頃には前から借金もどんどん膨らんでたし、もうプーとは別れてたけど、昔の同級生何人かに元カレを助ける為だと嘘ついて借金して回った。

しばらくして友人の一人が疑問に思って、そんな事実あるのかと元カレ電話してきたらしい。

それで全く知らないし、言い寄ってきた男とくっついたよって話しになって嘘がバレて怒られた。

そんな時、カレがケガした子猫を拾ったの。

私も動物好きだし、元カレとの繋がり断ちたくないのもあってその猫飼うって言ったんだ。

でも何年経っても同級生への借金返せないし余計苦しくなってきて、もう生きていてもしょうがないと思い始めて猫を安楽死させてくれる病院探したの。

何軒回ってもそんな病院なかった。

行き詰まって何年も連絡ひとつ取ってなかった元カレに、猫を殺して自分死ぬと泣きついた。

そしたらお前なんかどうでもいいけど、自分で飼うって言ったんだから最期まで責任持って面倒見ろってとんでもなく怒られたよ。

家賃も払えなくなってたから、元カレ会社で使ってた部屋に住まわせてくれた。

元カレには引っ越した事くらい親にも言っとけと言われたけど、なかなか言えずに3年くらい経っちゃって、こっちの立場も考えろって事でようやく親に話した。

元カレが親と話したら、過去は問わないし見捨てないって言ってるし、それなりに親も心配してるから俺も親身に事情聞くからって事になった。

借金の事は元カレには話してなかったけど、私の様子が変だったみたい。

それで同級生に嘘ついて借りたお金の返済迫られてて、親にももう頼れなくて困ってる事を打ち明けたんだ。

で、元カレが色々人に聞いてくれて親とも相談して妥協案を探してくれたの。

しかった。

本当に何年ぶりかで希望が持てた。

でもしばらくしたら突然急にやっぱりできないと話しひっくり返されたんだよね。

そこで関西風俗に行く事になると思うって話したけど、やればいいと言われたしむしろ推奨された。

それで債権者同級生たちが、何でひっくり返してんだ?しか風俗の事もスルーってアタマおかしいじゃん!と親に対してとんでもなく怒り心頭なっちゃってるんだ。

しか母親は、借りたお金返してないこちらの方が悪いのに債権者の事を罵倒する始末。

今まで迷惑もかけたけど、今回風俗行くって言っても止めてもくれないし、見捨てられたと実感。

寂しい。

まだ話してないけど、親切にしてくれた元カレにも関西に行く事ちゃんと言わなきゃ。

年齢別浴衣姿のガイドライン個人見解です)

10代前半以前

君達は何をしてても可愛い子供から

10代後半

不思議な程に可愛さしかない。子供っぽい可愛さじゃないのにただひたすら可愛い

着崩れても、丈やおはしょりおかしくても、足元クロックスでもサンダルでも可愛い

慣れてない感じも頑張っておしゃれした感じがあって可愛いし、キッチリ着付けてあっても当然可愛い

洋服だと決して「可愛い」に分類されない子でも断然可愛く見える不思議ゆかたすごい。

髪型もとりあえずまとめてあれば適当なひっつめ髪でも可愛い存在が華やかだからヘアアクセとか無くても支障が無い。

ただスニーカーだけは避けた方がいいと思う……。

20代前半

足元クロックスから卒業してもいい頃合い。下駄にこだわらなくてもいいかサンダルミュールに移行してはどうか。

それでもまだまだ可愛さが勝る。多少おかしくてもそこは愛嬌でやり過ごせる。

小物で遊ぶならこのあたりが一番しっくりきてる気がする。派手なヘアアクセも一番似合うような。

20代後半

悲しい事にこの辺からぐっと粗が目立つようになってくる。

おはしょりは多少ぐちゃっとしててもいい。ただ丈だけは、とにかく丈はくるぶし近くを徹底すべき。もう短い丈が可愛い年じゃない。

まとめ髪は必須だし、そろそろ下駄を買おう。意外と高くもないよ。

若さからくる華やかさは無くなるけど、ポイントを抑えれば別の魅力が出て来る年頃。

30代前半

お遊びは程々にしてセオリーは抑えてもいい年。残酷だけどおしゃれしてる感だけで可愛い年じゃない。

帯締めはまぁやり方次第という事にしても、重ね衿は流石に可愛くない。帯揚げも暑苦しいかな。それやりたいなら夏着物着よう。

浴衣から多少の皺は問題無いとしてもぐっちゃぐちゃのおはしょりもそろそろなんとかしよう。丈が短いなんて論外。

出来ないなら着付けを頼んじゃえ。

20代前半に買った着物はここらが限界のはず。

30代後半

問題無く着れないならいっそ着ない方が好印象。

10代じゃないんだからだって着付けだってお金解決しような。自分でできなくてもどうにかする方法はあるよ。

まとめ

着てるだけで可愛いのは20代まで

若さ尊いミスすら可愛い可愛い正義

30過ぎたら1020代と同じ土俵で戦う事は不可能。別の土俵に上がれ。その道が浴衣にはある。

2017-08-20

推し卒業をすることについて

SKEチームS

大矢真那

推し卒業を、受けて卒業までに何が出来るのか1人考えていました。

私はアイドル卒業はとても大切なものとして扱っています

アイドルという存在でいて、笑顔を見せてくれた、例えば公演に行けなくても、握手に行けない時期があっても、そこで彼女笑顔でいてくれた事はとても大切で尊いことだと思っています

私は山口百恵さんの事が好きだけど、産まれた時に彼女はもうアイドルをやっていなくて、芸能界引退していました。

同じ時代に生きれない。というのは後で延々とCDを回すしかない、ということです。

自分にとって大切な推し卒業する姿を見れるのと、同じ時代を生きている事、見送れることがどれほど貴重で尊い事でしょうか。

AKBGの子の、たくさんの卒業を見てきました。

元祖神7と呼ばれるような子達から研究生の子まで卒業ソングもひと通り聴いていると思います

たくさんのアイドルを見送った事で、私はアイドル卒業する時にとても大切な事がたくさんある事を知りました。

アイドルは、私たち学校に通って友人と遊んだり、はたまた色めいた年頃になってもその時間の全てをアイドル活動に捧げて居ます

それがどれほど尊い時間か、想像に難くないと思います

その煌めきと同じだけの物を貴女は残したのだと、きちんと推しに伝える事、それが卒業までに推しにすべき事だと思っています

その方法として、推し卒業までに出来るだけ多くの機会をあげる事、チャンスを増やすこと。

推し卒業までに、出来るだけたくさんの事をした方がいい、と考えています

残した軌跡は多い方が、アイドル自分意味がわかると思います

卒業ソングを貰い、卒業コンサートをしてファンコールされて、惜しまれて卒業をする事が私はアイドルにとって最高の卒業だと思っています

アイドル多忙だし、なにが、どのくらい自分のうちで残せたのかは、本人からは見えない。

から、オタが言ってあげなきゃ。

今まで笑ってくれていてありがとう。歌もダンスも最高だった、来れない時も画面の中で笑っていてくれたこと、悲しいこともあった、その9年は真那ちゃんのこれから人生もっともっと輝かせる鍵になる。

卒業はそれを示す場所

どのくらいあなたが愛されて必要とされていたか、惜しまれて卒業していくのか。そしてみんなみんながあなた幸せを祈ってる。

3万票は伊達じゃない。あなたの残りの人生の中にも、そのひとつひとつが残っていることを、落ち込んだ時に、あなたを忘れたファンなど1人もいない事を、思い出して、また笑顔で。

終わったいじめはどう裁くのか

終わったいじめ、つまり卒業就職環境を離れ、実質いじめから解放された状況のことである

多くの人が理解しているように、そのいじめ精神的・物理的なものにかかわらず、

一度いじめられた記憶トラウマはその後のキャリア人間関係にも多大な影響を与える。

対人恐怖症、依存症、各種のコンプレックス…それによって恋愛結婚、進学や就職といった規定ライフイベントが妨げられるのは、これを読む全ての人が分かっていることだろう。


現在いじめは在学中でしか裁くことができない。

現状起きているいじめの方が重大な問題であるのは理解できる。

確かに、未来が不確定である子どもたちのほうが、事実上終わってしまった問題を抱えた僕たちよりもずっと重要だ。


だが。

一見健全社会人をやっていたとしても、上にあるように、本来ライフイベントや想定していたプランから大きく外れてしまった人は多い。

そういった人々をどうやって救済すればいいのだろうか。

言い換えれば、「どうやって元いじめっ子を法の日の元に引きずり出して脳天に鉄槌を下すか?」という問題だ。

終わったいじめにはまず証拠がない。

レコーダー子供でも気軽に持てるようになったのはごく最近の話だし、10年以上経った場合は物的証拠証言曖昧になってしまう。

仮に証拠があったとしても、「現状やっていけているのなら、問題はないのでは?」で終わってしまう。煽り代わりにセラピーを勧められて終わりだろう。

相手だってまず覚えていないケースが多い。

泣き寝入りするしかないフラストレーションを収めるには、やはり違法な行動にでるしかないのだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20170820122550

卒業後もなんでも頼ってくれって言っていた既婚の高校教師卒業後に進路相談で飲みにいったらお前のこと女として見ているとか言われた挙句ホテルに誘われたけど全く引きずってないわ

知人が落ちぶれてネトウヨ化してた話

何かネトウヨがどうこうって流れになってるから、ふと思い出した話

嘘松とか言われるかもしれないが、あまりにも衝撃的な出来事だったので備忘録に書いておく

自分には腐れ縁に近い知人がいる。

付き合い自体はかれこれ10年になるだろうか。

自分が言うのもなんだが、そりゃもう「お前はどこの乙女ゲーや俺tueeeアニメから飛び出て来たイケメンリア充エリートだよ」というくらい輝きに満ちたリア充スポーツ万能、成績優秀、オマケにさわやかで誰に対しても仲良くなれる、とんでもない完璧超人だった。

自分なんかとは比べ物にならない輝きを放って、将来を当然嘱望されていて、大学卒業してから暫くあってなかったが、最近実家帰省すると会う機会があったので会ったら(そもそもなんで東京で働いてたのに戻って来てるんだ?と最初に思った)

どうも引きこもり気味で働かなく(けなく)なり、挙句の果てに言動が滅裂になっていた

陸上で鍛えた精悍な体や顔つきは、体型が崩壊するほど激太りしていたし、髭も眉毛も髪の毛も整えなくなったのかうっすら繋がっているくらいになっていた

話を聞いてると、主張的にどうやら「ネトウヨ」っぽいのにかぶれているようだった。

先に言っておくが、自分自身政治思想とかそういうのはどうでもいいし、寧ろそんな難しい話なんて偉い奴等に任せておけばいいという程度の認識しかない。

大学卒業した後に入った企業で、周りが優秀過ぎてついていけなくなった末に、心身を病んでそのままドロップアウトしてしまったらしい。

それ以上はいたたまれなくなって詳しく聞かなかったが、彼が言うにはどれだけ幸せ人生を歩んでも「朝鮮人と化した奴等(朝鮮人メンタル感染してブサヨになった奴等?みたいなことをいっていた)は自分のような幸せ人生を歩んでいる人間を見つけては嫉妬ルサンチマンで神経戦やテロを仕掛けて来てなすすべもなくやられてしまう、だから軍事的技術必要だ」という主張だった。

それまで人と喧嘩もしたことがないほどだった彼は、警棒を買い、ミリタリーショップベスト?のようなものを買って武装して部屋で警備員警棒操作ビデオマニュアルや、古流剣術分析して訓練をしているらしい。

誇らしげに、天道流の小太刀二刀流といって警棒を二本持ち、まるで盆踊りのような型?を披露する彼の動画を、彼自身が私に見せていた時、何というか凄く悲しいというかむなしい気分になった。

あくまで武装しているということを示すことが重要で、それで人に危害を加えるつもりはないと彼は言っていたし、あんな大きいものを持ち歩けば警察にすぐ見つかって捕まるだろうから心配はいらないのだろうけど…

ねえ、そんなことして何になるの?今まで人と喧嘩もしたことがないのにさ、警棒だの、剣術だの教えてくれる人や練習する場所もないのに持ってて何になるの?親すごい心配してるよ?

そもそもちょっとならいざ知らずさ、その悪い奴等と戦うっていってるけど、そんな激太りした身体で何ができるの?剣術とかする前にダイエットでもしたらいいじゃないのさ

そう色々突っ込みたくもなったが、そういう話をしているときの彼だけは、昔のような面影を残していたので、言えずじまいだった。

からその拠り所を社会が奪ってしまえば、もう彼は自殺をするか、部屋にずっと引きこもるしか選択がなくなってしまうのだろうか

はてなでもネットでも、ネトウヨっぽい人たくさん見かけるけど、こういうのを実際に間近で見てみると、心が弱ったり人生のレールから弾かれた人間にとっての一種信仰なんだろうなと思う。

国や日本国防とか彼はいってたが、その根っこは自分いじめた奴が近づかないように「俺は強いぞ!」と見せかけるための理由付けに選んでいるだけじゃないのだろうかと

もちろん、本当に日本を憂いているって人もいるだろうけど、リアルで見た知人や、ネットでの彼等の言動を見る限り、とてもじゃないが、ただ自分が上手くいかないのを他人のせいにしているだけの、幼稚な子供しか思えてならない。

2017-08-19

頭が悪いのが原因で社交不安障害になって人生詰んだ

現在26歳、県内底辺高校卒業後、2年間予備校に通い辛うじて県庁合格

ここまでは良かったが、働き始めてから絶望的に頭が悪い事に気が付いた。

今まで自分勉強できなかったのはやる気がなかっただけだと思ったが学習意欲はあったのだ。

絶望的に、頭が悪いだけだった。

例えば横一列でスタートしたはずの同期達が10聞いて7、8のアウトプットをしている中、自分だけ頭の中が「?」マークだらけで1程度のアウトプットしかできない。

もはや何がわかならいのかもわからないような感じだった。人の声が頭からすり抜ける。言葉の受け取っても情報処理ができない。

研修中の同期の遠くから聞こえる「頭良い人だと思ってた。」という声が今でもこびりついて離れない。

先輩に「◎◎さんに××の件で電話して」と言われた。

××の件の意味はなんとなくわかるのだが、××の制度内容が全く理解できていなかった自分パニック気味になった。

自分いまいち理解していないのを察した先輩が丁寧に説明してくれた。

自分がわかったことといえば制度についてではなく、先輩が丁寧に説明してくれたことと、先輩の困惑だった。見かねた別の先輩が連絡してきた。

周りに頭が悪いと思われた。周りに頭が悪いと思われた。頭が悪い癖にそのことばかりで頭がいっぱいになっていた。

悩みに悩んで精神科に行って検査した。案の定知能指数は健常者の中では最下層だった(動作言語性の差に開きはなく大体80前半、つまり発達障害ではない)

社交不安障害だと診断され、ワイパックスが処方された。

医者からは「一つの事を一つずつやりましょう」と言われた。一つのことすら処理できないとき、どうすればいいですか先生

朝起きるたびに恐怖と不安で頭がいっぱいになりワイパックスを流し込み無理やり口角をあげてみる。

通勤中の車の中で恐怖を掻き消そうと大声を上げる。

そんなことを続けていたら半年ほどでノイローゼになる仕事を辞めた。

色々疲弊してそのまま2年ほどニートになった。親の疲れた顔が辛かった。

このままじゃ不味いと思って一念発起してライン工バイトを始めた。

しかミスが多く仕事の覚えが酷く遅く、優しかった職場の人たちの態度までも急変させてしまった。

気にかけてくれてた優しい人たちを怒らせ、呆れさせ、疲れさせてしまった。

次第に職場に向かうのも息が苦しくなり、またワイパックスに頼るようになった。

それでもだんだん視界に白みがかかるようになり、頭がボーっとしてきて、もう限界だと感じ辞めた。

今は休職中だが、正直自分がどんな仕事なら続けられるのか本当にわからない。

仕事をしていない今、40分のジョギングと、瞑想と、野菜をとる生活は心掛けているが何か変わったかといえばあまり変わらない。

最近よく小さいころの夢を見る。

小学生の頃の夢だ。

2時すぎの晴れた日に窓から覗く晴天を横目にみんなで授業を受けていた。

みんな楽しそうだった。きっと僕はこのころから大して授業を理解できていなかったのかもしれない。

勉強が好きじゃない

もう、アラフォー

気が付いたら学校卒業して20年近い

毎日意味もわからないまま黒板に書かれた文字を追っていた

真面目なのに馬鹿だった

勉強は、楽しくなかった

コンビニの前でパックのジュースを飲みながら自転車に小石を入れてかき氷〜とか言っていた

本気で馬鹿過ぎて遊びの楽しさもわからない

ただ、時間がなんとなく過ぎて

一日が終わる

もし、何か勉強でも遊びでも心から楽しめる何かがあったら良かったのに

からでも間に合うだろうか

追記

ただの言い訳に付き合ってくれてありがとう

僕が死んでも何も変わらない気がする

鏡を見ると大人になった自分の顔が映る。

卒業から10年以上たった小学校の頃からまり変わっていない顔。

僕はあの頃からどれだけも変わっていないのかもしれない。

今もあの頃と同じ実家に住んで、仕事を辞めてダラダラしている。

誰も僕を責める人はいない。仕事で頑張りすぎて倒れたんだ仕方ない。

都合のいい事実を、都合のいいように利用して、同情を集める。

ただ単に僕が弱かっただけだ。

遠距離彼女は責めることはしないけれど最近、僕に少し愛想を尽かしてきたみたいだ。

最初は、少し仕事を休むだけと言い訳をした。

そのあと、今の仕事しんどいから休んでいる間に新しい仕事を見つける、と言い訳した。

結局いまは、自分に合う仕事が見つかんなかった、もう少し休んで考えるよ、なんて言い訳を続けている。

自分に合う仕事、なんて言葉使う僕は最悪だ。

そもそも能力がないのに合う仕事なんてあるはずないじゃないか

僕は鬱な素振りをみんなにしている。

そっと扱わなきゃ壊れるんじゃないか、ってみんな思ってるらしい。

ただただ何もしたくないだけなんだけど。

不安感もない。

不安感が湧いてきたころにまた何か始めようなんて甘えている。

本当に僕はどうしようもなくて、困るような、困らないような。

僕はクズだ。

どうしようもない。

ぬるいところで生きていたいのだ。

死にたいなんて考えたこともない。

でも僕は社会にとって死んでも変わらない存在のような気もする。

2017-08-18

高等教育無償化

高校卒業後すぐ大学に進学するという流れに無批判な人が多すぎる

一旦社会人になってから入学でもいいじゃないか

23区内での定員増は半数を社会人枠にするとかさ

リカレント教育も増やしてよ

https://anond.hatelabo.jp/20170818113440

どこまでもへったくれも、差別差別する側が気持ちいい程度の利益しかないし非合理的なんだよ。

例えば大学進学率で言えば、全国最高の東京は男73.4%女72.1%、全国最低の鹿児島は男40.8%女29.2%。

この数値を差別的に受け止めたら、東京都民は男女共に生れつき知能が高く努力家であり、鹿児島県民は生れつき知能が低く怠惰である特に鹿児島県民の女は日本の中でも突出して知能が低く努力が出来ない。

となる。

から大学卒業した鹿児島県民でも基本的に愚かで差別してもいいと思い込んで行動に移したら差別になる。

会社がより高度な人材を確保したいなら鹿児島県民は避けるべきであり、大学進学も出来ない愚かな子供を産みたくないなら鹿児島県民とは結婚するべきではない。

統計でもそう出ており論理的な行動である

こういう考え方は全く利益がない。

大学選ぶときに「くらきまいいるか立命館」ってのを割りとほんきで考えてた時期があった

でも計算したら自分入学と同時に卒業するらしいことがわかって一気に冷めた

でも推薦で入れるってのはかなり魅力的に感じた

結局滑り止めの私立地元を受けた

うーん私立合格発表まったく記憶にない・・・一応受かったはずだけどやっぱ国公立受かったインパクトのほうが強かったせいか

2017-08-16

なんかもやもやするはなし

なんか、人の価値観ってそれぞれだけど

学生時代にかかわっていた学生団体の「自由に生きる、なんでも挑戦する」至上主義みたいな人達価値観が苦手だった。

卒業した後も、OBOGとしてかかわる機会はたくさんあるのだけどもどうしても足が遠のく。

なんとなくもやもやするから、整理することも兼ねて書き留めておきます

なんていうか、私は学生時代目標があって、そのためにひたすら勉強をしていたのだけども(その学生団体にも勉強になるかと思って参加していた)

勉強理由団体イベント等を欠席したり、参加している人達と話をするとどうしても「お前はそればっかりでつまら人生を歩んでいるんだな、もっと〇〇をしたらいいのに」とか

もっといろんなことに挑戦するべきだ」とか言われる機会が多かった。その度に、何となくもやもやする。

なんでかなって考えたときに、思ったことがひとつあった。

その団体には、「バックパック一つで世界を旅した」とか「トラウマを克服した」とか結構ドラマチックな人生を歩んでいる人とか、いろんな団体を掛け持ちしている人が多かった。

もちろんそういう人たちばっかりじゃないから、私も含めてそうじゃない人たちもいる。

でも私にそういうエピソードを望まれることもあったし、そういうエピソードがある人が尊敬されて、ない人はそういう人たちよりも下という価値観があった。

なんか、こういうのが苦手だったのかな。

なんていうか、確かにそういう目に見えて凄い経験をしている人たちって本当にすごいし尊敬するけど

からといって、そうじゃない人たちが立派じゃないなんていえるのかなあ。

いろんなことに挑戦して、大きなことを成し遂げるのも立派だし

つのことを黙々と続けていく人たちだって立派だし

学校行ったり、働いたり、生きていくだけでも立派だと思う。

かといって、そうじゃない人が立派じゃないと言ったらそうじゃない。

ただ純粋にこの人、すごいなあ、立派だなあ。って思うだけでいいのに

どうしてそれ以外の人を立派じゃない、とかこの人よりすごくない、この人みたいにこうすればいいのに、とかなっちゃうのかな。

例えば、私がやってみたいことがあって足踏みしているところに

こうしてみればいいのに、とか背中を押してもらえるのはとってもありがたいけど

まったく別の部分で、背中を押されることに抵抗があるのかな。

なんなんだろう。

私が頑固なのか、よくわからなくなってきました

うーん。

長いし、文章稚拙だけども

読んでくれた方がいらっしゃったら、お付き合いいただいてありがとうございます

あなたはどう思いますか。もしよければあなたの話も聞かせていただけませんか。

SPEEDみたいな低年齢アイドルは、やっぱり児童搾取だったんだな。。。

最近SPEED関連のニュースを見ていると、小中学生の頃から若さ武器アイドルとして活動して、十分な教育を受けられないようにしてしまうのって、保護者や周りの大人による児童搾取なんじゃないかと思うようになった。

自分では十分な判断ができない年齢で仕事に就くことになり、その後の人生もずっとそれに縛られ続けるというのはあまりに重い。

本人たちは、自分たち意思でやっていたというかもしれないけど、ちゃんと将来を見据えた判断ができるようになるには、少なくとも高校卒業程度の教育や同年代とのコミュニケーションの蓄積が必要だと思う。それまではお金をもらってアイドル歌手として仕事をするのを風営法みたいな法律禁止すべきなのではないか

こういう実際の児童による低年齢アイドル規制し、低年齢という属性好きな人2次元アイドルにその趣味を向けたもらう方がこういった不幸な事件は減るような気がする。

anond:20170816102537

劇場版で描かれた、春香の本懐としての「私は天海春香から」というセリフが、自分の中では決定的なものですね。

天海春香というキャラクターを、公式が「描ききった」という感覚がいまでも確かにあります

寂しいものではありましたが、物語キャラクターを強くすると考える自分としては、とても心強くもありました。

「みんなのアイドルからアイドルマスター象徴」としてクラスチェンジした、という話はかなりしっくり来ます


「デレミリが765のような確固たる形を持っていない」、「それでは継続型のアイドルたりえない」、

「765が消費型から継続型へのシフトで完成していたとしても、ソーシャル型ではキャラが多すぎて難しい」、

自分は元の日記で書いていました。

勢いで書き出してましたが、あくまで765がたどりついた完成形にこだわるという前提なら、結構的確かなーと思います


で、今度は「私は天海春香から」というセリフにデレミリアイドルがたどりつけるか? という考えをしてみました。

でも多分、そういった「キャラクターの完成」という形はたぶんソーシャル型のPは望んでいないのではないのかな、と思いました。

おそらく、より長く、劇的にアイドルとの距離が縮まったからこそ「デビューから引退まで」と言いますか。

もっと大きなスケール感というか、物語のなかだけでは留まらず、それこそ中の人事情引退するまで続くのが望まれてるのかなと。

実際に時代が変わってみないとわからないものですが、リアルにより深く溶け込ませているからこそ、今度はそれをやってほしいなとも思います

自分が765アイドルをずっと観ていたいと思うように、デレミリの方々も同じような願いを持っていると思うのですね。

きっとまた新しいアイドルは出して来るでしょうが現実的ものとして、デレミリは(765も含んでますし)ずっと続いてほしいです。


気づきかもしれませんが、自分アニメから入った遅めな人です。

ニコマス楽曲はずっと好きで、たぶん09年くらいには熱心に観ていたのですが、お金まで使うようになったのはアニメ制作された後です。

自分キャラクター以上に物語が好きで、始まりと終わりを明確に描くことで「寿命」を作ってしまうのだとしても、やはり物語に裏打ちされた強いキャラが好きです。

天海春香をカッコいいと思うようになったのも、ニコマスで転んだり閣下したりのヮのしたり、ライブをいろいろ見たからではなく、アニメを観たからこそです。

二次元アイドルに「生き様」を見出し自分としては、「消費型」から継続型」にシフトする瞬間が、自分にとって一番だったのだなと考えがまとまりました。

今までこの辺が曖昧で、日常生活のなかでずっとモヤモヤしていましたが、今後はキレイな目でデレミリを見ることができそうです。


キャラクターの軽薄さをソーシャル性で補完するにしても、新しい感覚すぎて孤独自分はついていけねえ!」とは思いますが、まぁ外巻きでもそれは楽しいかなぁと。

自分は今年で大学卒業という比較若いとこにいるはずで、世代としてはデレミリど真ん中のはずなのですが、そういった点もやや切なさ増幅要因ともなってます

アイマスの話を振られて当然のようにデレミリ前提されたとしても、自分はきっと強く生きて行けると思います。書いてよかった…。 


デレミリは本当にどうなっていくのでしょうねー。765でひとつの完成の形を見たので、何かゴールがあると思いがちではあります

そんな考えばかりの自分としては、やっぱり前述したように「ずーっと続いていく」のかなぁと。

765は00年代10年代ネット環境シンギュラリティで落ち着きましたが、今後はしばらくそういったこともないでしょうし。

キャラは成長するからこそ面白いものですが、それを曖昧にすれば、ずっと「成長(?)」を続けられますし。

早々にアニメ化したのも、ある種の「枷」を取っ払うことを意図してたのかなぁという実感もあります。前述した物語ゆえのハードルというか、そこをうまく越えたのかなと。

からこそデレミリsideMでは何をどうするのかなー、という不安もなきにしもあらずで。まあでもうまいことやってくれるでしょう。

これから先50年100年、というと本格的に神話性が増してきますが、765もデレミリsideMも、ずっと長く続いてくれることを祈っとります。


またちょっと考えることができました。トラバありがとうございましたと思います

26歳大卒職歴なし、もう取り返しがつかないと盆休み上海旅行

就活、これは自分には無理なもの、という確信大学3年の12月に抱き、以後なにもせず卒業して4か月ニートやって、観念して非正規雇用工場行って単純作業時給900円、それを丸3年やりました。その間に他の仕事を探したことは一度もありません。

自分からなにかしなければなにも起こらないってのはわかってるけど。

職場で会話をすることはありません。挨拶すらしません。

能力的にはカスみたいな人間だらけだけどその中でも人と話ができないというのはまあ本当に人としてカス以下のガイジ中のガイジなんだなとしみじみ感じております

それはそれとして

牛乳石鹸みたいなイメージ会社がああいうのやるの本当にアレ。そこまでしてアレアピールしなきゃ気が済まないのマジで病気だよ。嫌ならやめろ。

洗っても洗ってもよお、落ちねえ汚れがあるんだよお、落ちねえよお、落ちねえよおつって手が血まみれになってるCMならギャグにもなるが。

中小企業求人出しても人が来ないとかいう話聞くけどそれでも俺が行って採用されるとは微塵も思えないので職探しする気が起きない、

結局営業と、接客だろ、死ぬほど向いてないやつじゃん、他ならむいてるというわけではないが。

人がいない人が来ないとか言いながら俺が応募したらすげー渋い顔して御断りしてくるんだろうなという確信があるので職探しをする気が起きない。

挨拶すらできない、公立小学校中学校クラスに一人はいガイジがまさか自分だとはね。

自分がなにもしなかったせいだとはいえ、なんかそういうのって貧乏くじ引かされたなーみたいな気持ちしかない。

なにもしなければなにもおきない、ここ10年で死ぬほど身に染みて感じてるけどだからといってなにかしようと思うようになるわけでもない、なぜなら今までなにもしたことがないのでなにをどうしたらいいかからないしなにもする気が起きないから。

その点、インターネッツはすげえよな。マウスキーボードクレジットカードパスポートさえあれば一言も発さずとも航空券買えるし。

一言も発さずとも空港行ってパスポートとEチケット印刷したやつ出せば海外行けるし。

まあただの3泊の旅行なんだが。

就職というアレもそういうところ見習ったら?

21歳、童貞である。生まれてこのかた彼女はいない。

しか不思議彼女を欲しいともセックスをしたいとも思わない。別にゲイでもない。だから厳密には困ってないのだが、同じように思っている人が周りに全くいないと、自分けが社会から隔絶されたような気持ちになる。

何故かいつも遊んでいる友人たちはみんなモテて、次々に童貞卒業している。別に焦りはないが、話題彼女セックスのことになると私は黙るしかない。羨ましいとも思ってないので、非リア達の僻みにも参加できない。ずっと蚊帳の外である

童貞や非リアである自分が恥ずかしいのではなく、ただ普通になりたいだけだ。けれどこの溝はいったいどうやって埋めたらいいのだろう。

僕と認知症祖母

地元に帰ると基本的祖母に会いに行く。

しかし住んでるのは、家は家でも老人ホームだ。

僕は老人ホームに行くのが嫌いだ。

正確に言えば、『認知症の進んだ祖母のいる老人ホーム』に行くのが。

今年で96歳。

あと1年半ほど生きていれば、大正昭和平成、そしてその次と、4つの時代を生きていることになる。

10年前までは普通に一人暮らしをしていたけれど、ある日偶然足を骨折してしまった。

年のせいでなかなか回復せず、やっと治った頃には筋肉の方が衰え、どんどん動けなくなった。

これじゃ一人暮らしはもう無理だということで親戚の家に移ることになった。

最終的に、介護する余裕のある伯母(祖母からすりゃ娘)の家に住むことになり、割と裕福な家庭だったので段差を無くしたり手すりをつけたりするようなリフォームなどもしていた。

しかし伯父と伯母も70過ぎで、どちらかと言うとそろそろ介護される側だ。

だんだん余裕がなくなり、近くにある老人ホームに移ることとなった。

それ以前にもデイケアでお世話になっていた所なので安心ではあった。

しか他人ばかりの、自分で好きに出来ない施設に送られるというのはどうにもモヤモヤするものがあった。どうにもできなかったけど。

1年ほどは普通に過ごしていた。

でも、老人ホームに入り2年目になったあたりでボケ始めた。



確か大学2年生の夏休みだろうか。

車椅子にこそ座っているが、至って元気そうな姿を見て安心した覚えがある。

僕の顔も名前も覚えていた。

でも、ちょっと舌が回っていないようだったし、母と祖母の2人にしかからないような話をしていた様子だったので、僕は横で微笑むしかなかった。

祖母はしきりに

『伯母夫婦が私の貯金勝手に使っている』

という旨の話をしていた。

僕は

『世話をしていたとはいえ、勝手に使うのはなあ』

と、少し伯母夫婦に不信感を覚えた。

僕はバカだった。

足腰以外は至って健康だと思っていた祖母は、既にボケていたのだった。

だって、2人にしかからない話をしていたのではなく、優しく話を合わせていただけでしかなかった。


次の帰省で会いに行った時、

残念ながら症状は進行していた。

僕の顔を見て、

『〇〇かい?(別の孫の名前)』と言った。

正直、親戚の家に移った8年程前から半年に1度ほどしか会っていないし、仕方の無いことだと思った。

この辺りからは杖を使って歩くこともダメになっていた。

車椅子から職員に肩を抱えられベッドに移る姿は悲しいものだった。

この時は、話している途中で僕のことを思い出したようで、すると

タンスにお菓子仕舞ってあるから出そうね』と言って立ち上がろうとして、隣にいた職員に止められていた。何度も。

もちろんタンスにお菓子などない。

その時、祖母の頭の中では、自分はまだ自由に動けて、僕はまだ小学生くらいの小さい子供だったのかもしれない。

切なくて涙がこぼれた。

感動映画とか、ドラマとか、漫画とかを読んでも基本泣かない人間なのにだ。




そして今回。

まり帰省出来る金がなく、1年ぶりの帰省となってしまった。

僕は大学卒業して社会人になった。

祖母の中では僕がどう映っているかからないが。

もう、祖母が僕のことは露ほども覚えていないことを覚悟して向かった。

顔を合わせると、

『どちらさまですか』と言われた。

娘と孫だ。

前までは名前を言えばなんとか思い出せていた。

しかダメだった。

僕はむしろスッキリしたのかもしれない。

その後も、ずっと祖母は見知らぬ人間と話すように、敬語を使い続けた。

しかし、途中から

『見覚えのある方ですね。どこでお会いしましたっけ?』と繰り返すようになった。

中途半端希望的な言葉を言われ、ここまでこらえていた涙が出てきた。



すこし話はズレるが、

僕は日本一泣ける歌はPV込みで

ミドリカワ書房の『恍惚の人』だと思っている。

僕の祖母もこの歌の歌詞みたいに、

一番関わりのある(面会に来る)伯母の名前だけを覚えている。

でも、自分の娘だということはよく分かっていない。


僕はこれからも、祖母と顔を合わせるたびに泣いてしまうだろう。

そして、きっと祖母が死んだときは、それほど泣かないのだと思う。

理由は、はっきりと言うのはあまりに非倫理的であるように思われるので

心のうちにとどめておきたい。匿名であってもだ。

親孝行 したいときには 親はなし」

こんな言葉があるけれど、今では亡くなるのではなく、

無くなってしまうのだ。記憶が。思い出が。

寿命は延びたかもしれないけど、やはり五体満足である期間は短い。

子供の作文の締めくくりみたいになるけど、

やはり親も先は長くないし、出来ることは今のうちにしなきゃいけないなと思った。

2017-08-15

Lovers In Japan

本日終戦記念日戦争で亡くなった人々に思いをはせる日だ。

でも今年は、先日伯母からきかされた祖父母の話が、ずっと頭から離れない。離れないのでちょっと書いてみようと思う。

88歳で亡くなった私の母方の祖父は、歯医者だった。でも現役時代の姿を見たことはない。なぜなら私の母が生まれた時に祖父はすでに50歳、私が生まれた時には80歳だった。

祖父東京歯科大を卒業した後、開業はせずに歯科医院を転々としていたらしい。今は歯医者といえば個人開業する人が多いが、当時はそうでもなかったようだ。祖父40代後半で20歳以上歳の離れた嫁(=私の祖母)をもらい、48歳の時に伯母、50歳の時に私の母が生まれた。しかし私の母を産んで間も無く祖母病気になり(たぶん肺結核)、終戦直後食糧事情が悪いのも重なり、母が2歳の時に亡くなってしまう。祖父は男手ひとつで伯母と私の母を育てることになった。とにかく娘ふたりを食べさせなくてはならない。彼らは知人のつてを頼りに高知県とある漁村疎開田舎のほうが食べ物があったからだ。以前から母はその当時のことをたまに話してくれることがあった。

「あの頃は食べることには困らなかった。父が村の人の歯を診てあげて、その報酬食べ物をもらっていた。毎日新鮮な野菜や魚をおなかいっぱい食べていた。田舎で贅沢なものは何ひとつなかったけど、辛いと思ったことはない。毎年夏は採れたてのトマトを丸齧りするのが楽しみだった。」

う~ん、なんかこれ今書いてて初めて気づいた。まるでとなりのトトロじゃん!!

そんなわけで母は自分出身地高知県と思っている。実際は違うけど高知故郷だと。

長年私が祖父について知っていたのはここまでだった。あと、若くして亡くなった祖母については旅館で働いていた仲居さんだったということ、祖父は初婚ではなく再婚だったということぐらい。

しかし今回とあることをきっかけに、祖父母について、ある事実を伯母から初めてきかされた。

私は祖父若い頃の写真を見たことはない。しかし伯母によると、そんな親子ほど歳の離れた若い女ですら簡単ものにできてしまう程だから、かなり容姿は良かったという。「おじいちゃんは鼻が高くてねー、すごい男前やったんよ」と伯母は言っていたが、祖父にとって祖母との結婚は、なんと4回目の結婚だった。

3回目の結婚でも子供ができなかった祖父は、その結婚生活最中にひとりの女と出会う。それが私の祖母で、祖父は泊まった旅館仲居をしていた彼女一目惚れしたようだ。そして最初所謂お妾さんに近い形で彼女の面倒をみていたらしい。そして奥さんと離婚してから彼女正式に妻とした。

こんな話、平成現在ではありえないので、きいた時はびっくりした。でも祖父母の話は昭和初期、戦時中のこと。人々は生き抜くだけでも精一杯だった時代倫理観とか恋愛観も今とは全然違ったろうし、これぐらいは珍しい話ではなかったのかもしれない。いや、わからんけど、少なくとも今よりは。

祖父は50歳でやっとまともに家庭を持てたのに、あっというまにその妻は亡くなり、ひとりで2人の娘を育てることになった。祖父は、さすがにもう再婚はしなかった。娘たちを食べさせるため高知田舎にひっこみ、やがて娘たちの進学や就職にあわせて神戸うつった。

私の記憶にある祖父はシワシワのおじいちゃんでしかない。高齢になってからは伯母がおじいちゃんをひきとり、私の家へは孫の顔を見るため、たまに遊びに来ていた。接する機会が少なかったかあんまり詳しく覚えてないけど、わりと物静かな普通の老人といった感じで、若い時(と言っても50歳近い頃だが)にそんな風に祖母結婚したとはとても信じがたかった。

伯母にしたら祖父母の話はあまり語るべきでないものという認識があったようだし、母にしても当然あるのだろう。しかし墓にまで持ってくもんでもないかな…というぐらいの感覚で話してくれたのだとは思う。

まぁもう昔の話だからね~。そんなこともあったのねって感じやね~と伯母は笑っていた。

当たり前だが、戦争で亡くなった人々より生き残った人々のほうがはるかに多い。無念の死を遂げた死者の話も大事だが、生き残った人々が戦後をどう生きたのか、どうやって次の世代に命を繋いだのか、今はどちらも同じぐらい大事に思える。その結果、ここに私が生きていて、また次の世代を担う子供たちを育てている。

で、祖父母の話をきいて思い出したのがColdplayのあの曲だ。タイトルもそうだが歌詞もなんとなく合ってる気がした。

時には正しい(とされる)ことが誤っていることもある。まさにそれは戦争のことで、戦後の状況の中で自分の道をつき進んで2人の娘を育てあげた祖父は最高にかっこいいと思った。

から今年のお盆は久しぶりに祖父のお墓参りへ行こうと思ったけど、県外の遠方だし、この暑さなので、秋のお彼岸には必ず行こうと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

インターネットエモ文

初めてインターネットに触れたのは小3の時でした。地元児童館インターネットに繋がって自由に使えるパソコンがあり、年上の人たちからフラッシュを教えてもらって見ていました。らさいととか。当時はGBA全盛期でプロアクションリプレイとか流行ってたし面白い環境だったと思う。今思えばあのころからそういう系(プログラミングとか)に全振りしておけばよかったと思う。

中学に上がって引っ越しをして、ハンゲームニコ動字幕.inメイプルとかに嵌り始める。ハンゲではメルアド変更でアバター抜かれる詐欺(?)にも会ったし、メイプルでは・・・お察しください。悪い経験ではなかった。いい経験ではないけど。

当時2ちゃんねる存在は知っていたけど検索してもNHK教育についてしか出てこなかった。それに関してはラッキーだった。知ってたら絶対中卒ヒキニート一直線になってた。今もその方向に行きそうなのは変わらないのがなんともいえない。

中高一貫だったのでオタクもいっぱいいたし、当時はニコ動の勢いがすごかったのもあってオタク文化的なものは楽しめた。けどラノベだけは今も無理。文体が無理。

中高の間ではツイッター自分の中では大きかった。マイナー音楽が好きで、当時自分の周りにそういったもの好きな人間がいなかったので、遠い土地のそういった人たちを知れたり、音楽を通じたサブカル文化ちょっとかじることができた。それもあって今自分オタクでもなければサブカルでもない、ド級陰キャみたいな感じである。○○大の闇みたいな存在です。友達学内はいない(何故か彼女はいます

ツイッター恩恵がもう一つある。当時自分が大好きだったバンド地元拠点活動していて、バンドメンバーの方とツイッターを通じて会うことができた。(自分は男で、バンドメンバーの方も男です 念のため)そのバンドライブを初めて見た時に次いで、今のところ自分人生ハイライトです。いわゆる地方文化を作ろうとしている人たちで、もし30になってまともに生活できてたら自分も参加したいと思う。地元はいいぞ。

んな感じでインターネットを使ってきたわけです。そんな中で今のインターネッに思う事を一つだけ。憎悪が多すぎる。そういう意味ツイッターの一部は最悪。雑多な中にあるわくわく感がすべて失せてしまった。

ニコニコ見てみてください。BB合作を作る人々はもうどこかへ行ってしまった。

社会法律利益構造インターネットフィットさせることを覚えて、それをそっくりそのまま受け入れさせることで時間金銭を得ようとする仕組みが多すぎる。アフィ、NAVERまとめユーチューバーひろゆきの「うそを~」は本当に同意するしかないなと。ひろゆき信者無能感がすごい(自分無能であることはここでは棚に上げさせてください)から正直あまり同意はしたくないが金言だと思う。今やその嘘を見破るための真実さえわからないんだけど。

文化としてのインターネットはもはや残りカスしかないのではと思うこともある。淫夢とか完全なネタ切れでしょ。多分もうこのレベルの大きなインターネットミームは生まれないと予想していますユーザー側の社会的な余裕もないし、社会的な断絶が起きすぎている。

ギークハウス関連とかは恐らくインターネットという文脈根本にない。フランス哲学者サロンとか昭和文化人交流とかああいう奴を現代に引っ張ってきたときインターネット属性としてあるだけだという印象。

もはや凡人にはインターネット現実社会における不満からユーザー搾取する事がメインになっていると思う。実は前からそうだったのかもしれない。いろいろ見るようになって初めて気づいたのかもしれない。分断を超えてコミュニケーションが取れるいくつかサービスを除いて。

いい加減インターネット卒業しなきゃ でも今更抜け方がわからないよ 人生の半分以上ここで過ごしてと人生観を身につけてしまったので。 

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