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はてなキーワード: リズムとは

2018-09-19

便所の落書き

毎晩辛くて寂しい気持ちお腹ギリギリ痛む。

朝になるまで眠くならないけど、頑張って眠ろうとして、つい昔のことを思い出してしまう。

何故かわからないけど、辛い思い出しか頭に浮かばない。

人生で楽しかたこともあった気がするけど、なんで思い出せないんだろう。

家族に味方がいなかったから?

人間関係トラウマがあるから

今も付き合ってくれる友達が少ないから?

何もかも忘れたいと思って楽しいことだけ忘れてしまった?

今辛いのは全部自分勇気や頑張りが足りなかったせいなのはわかってるつもりなのに、心のどこかで人のせいにしてばかりで自分気持ち悪い。

もう何年も前に成人してるのに、本当に子供みたいだ。

できるだけ家族と関わらないように、できるだけ人と親密にならないように、できるだけ貸し借りは作らないように、できるだけ怒られないように、できるだけ求められる対応をするように、ミスしないように、できるだけ仕事を振られないように、

そんなことしか考えられないから、人と関わる時はいつも辛くて友達相手でも脂汗が出るし、自分孤独になっていくのを感じる。

辛いのに、何故か人と関わる仕事を任されやすくて、毎日いつも下痢が止まらない。

やっと寝て起きると頭痛と一緒に頭が凄くぼーっとして、深夜に頭が起きてくるまで何も考えられない。

今だけはこんな生活でもぎりぎり許してもらえてるけど、何もやる気が出なくて成果もない。

趣味のお誘いがあっても、なんだかとても辛い気持ちになって全然参加できない。

そのくせに誘ってくれる人との関係はこれ以上崩したくない。

趣味だって何もしてないのになんでだろう。

お酒タバコも体にダメージ以外何も感じない。

こんな人間がまともに社会生活送れるのかな。

何もしてない、何もできない、体力もない、生活リズムも作れない。

なんのために生きているんだろう。

2018-09-18

[] 第18話「ノーコンセプト ノーバズり」

2018年 9月18日 天気:今年は敬老の日ロリババァでシコらなかった事に気づいた

睡眠時間 よく考えたら生活リズムがバレるとリアバレに繋がりかねないな……

だが知ったことか。

21:00~06:00 喰らえ!9時間睡眠連続

前回までの増田 8エントリー 1ブクマ

トラバ結構ついたけどブクマがつかない

何故だ!って気分になってくるね

俺に日記を書くのをやめさせようとする何者かの意思を感じる


この日記にもそろそろコンセプトが必要だと思った

せめて、増田の中でくらいコンセプトのない日記必要だと思った

この世界意味を求めすぎて余裕を失っている

インターネットSEOで覆い尽くされて、就活人間関係すらどこかでナンバー1、ナンバー2になっていなけりゃ駄目だと急かされる。

職場じゃただの歯車なのに、自分だけの強みを持てなきゃ居なくてもいい奴だから簡単ボコられる。

一芸に秀でる事と自己肯定感はいだってセットだ。

ふつうのことがふつうに出来ない人間ほど一芸に秀でて無ければ居場所を失う。

そんな世界で、せめて増田の中でくらいコンセプトのない日記必要だと思った

anond:20180917202443

ありがとうございます」は、「ありがとう・ございます」と2拍のリズムで一気に発音すると「Thank you very much」とそんなに発話に必要な労力変わらないと思う。

母音が多くて発話しにくい」という点は、それが日本語からしか弁明のしようがないけど。

大抵の日本語ネイティブは、むしろ子音が多い言葉が苦手で発音に労力つかうから、まあ、お互い様だよね。

anond:20180917202443

勘違いをしている。

まずは、各国の言語圧縮できる情報量表音文字より表意文字のほうが大きい。

次に、君はもろびとこぞりてという一例のみを以て判断しているが、木を見て森を見ず、という過ちを犯している。また、聖歌であるため翻訳問題がある。原曲を最大限尊重した上で歌曲イメージを損ねない翻訳が求められる。そこらへんの困難さは、日本アニソン海外の人々が自国語に翻訳して同じリズムに乗せて歌ったときにどうなるか、というのを見てみればいい。

あと、RTATASやってる人にでも聞けばいいだろう。ゲームテキスト量の差、それが即ち時間の差と直結している界隈だ。程度問題、各国語訳の差は生まれるため、傾向としか言えないが、彼らはまず「日本語でやったほうが早い」と答えるだろう(それが記録として承認されない――日本語のほうが早くても英語のみ記録として受け付ける等――ことがあった、今がどうかは知らん)

但し、誤解してほしくない点として、日本語を学習するのがコスパが悪いという結論には、強く同意する。箇条書きにするが、

はてな英語話題になると「またあとで読むタグつけて二度と読まない無言ブクマの山か」だの「英語なんかより中国語相手を知って日中友好」だの「日本語もろくに使えていないのに英語なんか無理。日本語教育をもっとしろ」だの言う有象無象が湧いてくるが、そんな連中は無視して真剣英語を学ぶべきだ。自分の国が衰退していき、何も残せず滅んでいくのが嫌なのであれば、英語を身に着け、英語で喋り、英語で書き、残すべき、伝えるべきものをしっかりと英語で伝えるべきだ。

2018-09-17

[] 第17話「Zero

2018年 9月17日 天気:ブラック企業社員が20時に帰って三連休全部に休めるとかお前それさばんなちほーで言えんの?

睡眠時間 22:00~06:00+12:00~13:30 合計で9時間ハ↑ン↑~~~~(トネガワのアニメ版ナレーション風)もっと寝たいけど無理な寝だめは生活リズムが完全破壊されるのでこれぐらいで勘弁してやる

昨日の釣果 0

2018-09-15

小学生の娘が万引きした

盗んだのはクラブで一緒の友達の持っていた、価格にして500円ほどのものクラブの帰りにスッと万引きするような感じで盗んできたようだ。買った覚えのないものが娘のカバンにあったので問い詰めたら、白状した。お友達とご両親には、娘と一緒に謝罪と弁償をした。幸いにも、相手さんとご両親は子供のやったことだからと許してくれた。弁償したお金は私が立替えて、お小遣いから返済していくことになった。

娘と話し合った。娘の心がどうなのか他人である私に100%分かりはしないが、動機があるとすれば「魔が差した」というやつだろうか。別にそのオモチャがすごくほしかったわけではない。そういう「チャンス」が来たので手を出した。改めて人権尊重とか、犯罪と罰とか、そういうことについてじっくり話した。どことなぼんやりとして不安定に見える。もちろん、この年代自分の心の状態説明するとか、コントロールするなんて無理な話だろうが。

お父さんには言わないでと泣きながら懇願された。父親夜勤のある仕事で、同じ家にいても寝ていたりして、娘とは生活リズムが違うためすれ違い状態になることが多い。娘は父親が大好きだ。私では力不足だと強く感じる。それでも父親にもやはり言うべきだろう。ただだまし討ちのようにはしたくないから、娘には父親に伝えると言ってから伝えるつもりだ。

父親失望させたくないと思っているように見えるから、更生や反省余地はあると、思うことにした。

トイレありがちなミス

さっきのウォシュレット初心者彼女には素直に飲み込んでもらえたみたいでよかったんだけど、

疑問に思った人もいるかもしれないので、一応解説しておきます

素朴な質問だったと思うんだけど、あれは実はトイレでよくやられがちなミスなんだ。

1. ウォシュレットを使うとき肛門括約筋を緩めて水を入れる…

これは決してやってはいけない。なぜなら便を排出する能力が弱まるからだ。野菜の取らなさ過ぎで便がゴロゴロになりいまいち出にくいとき、あるいは逆に野菜を取り過ぎて消化しにくい食物繊維が固まって便が停滞しているとき。そんなとき頼りになるのがウォシュレット。勢いを最強にして腸の中にお湯を入れ、水と共に一気に排出してスッキリ。このような方法は排便能力を衰弱させる怖れがある。人間の腸は食事睡眠リズムで蠕動運動、便を押し出す働きをしており、これを外部の力、浣腸ウォシュレット洗浄で代行することは腸の働きを弱体化させることに繋がる。過去に船酔いで死んだ人間はいないが、便秘で死んだ人間はいる。腸に構造上の異常がないのに理由なく便が詰まる症状ーー単純性イレウス。これのために多くの猫が死んでいる。あのこらは自分の毛を飲み込むので仕方ない側面があるが、人間ときおりこれにかかる。ある女性便秘にかかって二週間、トイレで便が出なくなりそのショックで死んだ。最期にはそのお腹妊婦のように膨れ上がり、(これは解剖ののちわかったことだが)便の先は大腸により水分を吸われ過ぎてコンクリートのようになっていたらしい。彼女トイレでこれを掻き出そうとしていたのだ。指で。浣腸もだが、このような不自然強制排泄手段あくま緊急時にのみ用いるべきだ。そしてまたウォシュレットの水が小腸まで入ると、過敏性腸症候群にかかる怖れがある。オナラ下痢が止まらなくなる病気だ。急行に乗れなくなるのだ。便意が怖ろしくて。君にはわかるか? ディズニーランドのある舞浜駅プラットホームから降りたのちにホームに戻れなくなる気持ちが。トイレから離れるのが怖くてたまらない、階段のように後戻りできないから、エスカレータに乗れないんだ。乗る勇気が出なくてウロウロしていると、改札からたくさんの人たちが押し寄せてくる。男女のペアも多かった。何人かは白い目で見ていただろう。なんなんだろうあの人は。プレッシャーで腸はさらに敏感になり、恐怖がいや増す。最悪の日だ本当に。この過敏性腸症候群小腸に雑菌が繁殖する(訂正・ことで起こる)病気である小腸大腸と違って普段は無菌なんだ。だけど菌が入ってきた。どこから大腸からウォシュレットで。

2. 残尿ボタン(残尿ポンプ)…

もうひとつありがちなミスは残尿ボタンとして近年広まった。会陰部ーー睾丸のすぐ下の場所を、おしっこ後に押すと、残っている尿がすべて出せる。このライフハック発見は、加齢からくる残尿に悩まされている男性にとって朗報だった。だがこれも同じ理由ダメだ。癖になりついつい押してしまうが、尿を切る筋肉の力は使わないと弱まりやすいようだ。ボタンはすぐに効かなくなる。ズボンしまったあとに、ダラダラ出る。

あとひとつは?

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

anond:20180913143949

文章リズムじゃね

自分リズムがあって、それに合うように単語と文を選んでる

増田の文はとてものっぺりしてて、しか早口で、何も伝わらない

まず自分リズム確立するところから始めよう

アウトプットあるのみです

凡人は書きまくりましょう

2018-09-13

つのことにしか集中できない

長期的なスパンで考えたときに、「英語勉強毎日して、これこれのなんたらを達成するために継続的に何かをする」という計画をたてて、途中でそれなりに飽きつつも目標を達成させるというのが理想なんだと思うけど、どうしても目標達成に向けて何かをするという行為を散発的にやってしまう。

というのも、ある1つの行為をしていると、別の分野の何かに興味がうつってしまって、「こっちを継続したほうがいいのにな」と思いつつ、その別の分野の何かに熱中して、最初に考えていた目標がおろそかになってしまう。別に最初に考えていたものをやりたくなくなったというわけではない。そういうふうに、次から次へと新しい分野のものを見て「これはおもしろそう!」「これはおもしろそう!」とばるたび、他のものがめちゃくちゃになる。熱中することによって生活リズムもめちゃくちゃになる。

理性ではまず継続してこれをやるべきだということはわかっても「それよりこっちだ!」と感情の赴くままに行動してしまう。つらい

anond:20180913103511

そうだよ。舌の動かし方、頭を振るリズム、痛くない吸い込み圧、腰を動かすリズム

終わった後の掃除の仕方

逝くときは逝くということ

ラブホテルの照明スイッチオンオフ

風呂の溜め方、そのタイミング


ぜーんぶ、先生に習っている。


同級生元カレ試行錯誤して、上手くいかないなりに工夫したならまだ納得できる。腹立つ)

あるナンパ師の話を書くね

特定されると怖いから少しぼかしながら書くんだけどさ。

まだ今ほどナンパセミナーなんて胡散臭いもの跋扈してなかった牧歌的時代の話。

大学時代友達と飲んだ帰りに友達ナンパしようぜって話なった。

男ばっかりでつるんでたから。

俺はナンパなんて全然経験もなくて、「お姉ちゃん飲みに行かない?」みたいな事言って撃沈してた。

だけど友人の一人が声をかけると明らかに女性の反応が違ったんだよね。

最初はそれこそ俺と同じ感じで、少し声をかけてはあしらわれていたんだけだけど、数人に声をかけるうちに女性が足を止めて話を聞いたり、連絡先を交換したり、挙句の果てには俺たちを置いて女性と二人で飲みに出かけたんだよね。

後日詳しく話を聞くことにしたんだけど、言ってることが意味不明なんだよね。

まず相手を選ぶときにはオーラが出てる人と出てない人がいるとか、目があった瞬間に脈のありなしが分かるとか、あとは少し会話をしたら相手ボディランゲージ視線や声の抑揚でイケるかどうか分かるって。

彼はあんまり経験が無いって言ってたけど、俺からすると理解不能だった。

よくいる大学生で、特にトークうまいわけでも、イケメンなわけでもなかった。

服装だって俺と大して変わりがない。

それでもたまに街に出てナンパをすると、彼は必ず成果を出してくる。

そのままワンナイトときもあれば、彼女を作ってしばらくナンパに付き合ってくれなかったこともあった。

ナンパ遊びをはじめて日が経つと、彼は服装や立ち振舞いが変わってきて、それに伴って更にナンパが上手くなった。

会話も俺たちや大学サークル内の人相手でも、自然言葉を引き出したり、伝えたいメッセージが明確に伝わるようになった。

サークル女の子も彼に惹かれる人が何人か出てきてたみたいだけど、サークル内で付き合ったりって話は聞かなかった。

何度も彼のナンパを眺めていると、ぼんやりと彼のやっていることが分かるようになってきた。

言葉相手コミュニケーションを取るんじゃなくて、音のリズムだったり、距離感だったり、非言語的な部分で同調するのがとても上手かった。

ただ、何度聞いてもコツは教えてくれなくて、相変わらず雰囲気がどうとか、バランスとか、リズムみたいなことを繰り返すだけだった。

同じ場所ナンパをしていると、スカウトだったり同じナンパをしている人と一触即発になることや、逆に仲良くなることもある。

俺は数撃ちゃ当たる戦法のヘボナンパ師だだったけど、友人は違った。

別のナンパからも一目置かれていた。

他のナンパ師が撃沈した相手でも、彼が声をかけると足を止める。

彼の噂を聞き、人が集まるようになり、その地域ではナンバーワンって言われるようになっていた。

芸能人をゲットしたり、誰もが認める超一流企業(激務なところ)の美人彼女を作ったりしていた。

でも彼はあるときナンパをやめた。

飽きたって言ってたけれど、本当かどうかは分からない。

彼はナンパ世界に帰ってくることはなかった。

俺は彼とは少しずつ疎遠になり、大学でも顔を合わせることはなくなった。

彼が大学に来なくなったこともある。

大学院を卒業する頃には、彼はぼくの知る世界には居なかった。

ヤバい人の女に手を出したとか、事業に失敗したとか、イベンター大成功して得たお金投資家やってるとかよく分からない噂だけは聞いたけど、真相は分からない。

彼はフラっとナンパで一番になって、フラっと見えないところに消えてしまった。

でも、俺が見た彼の魔法のようなナンパだけは未だに忘れることができない。

もういい歳のオッサンなんだけどさ。

よくいる強引なナンパじゃなくて、本当に空気みたいにフワッと相手の心に入り込んでたんだよ。

彼は元気にしているだろうか。

生きているといいし、幸せだといいな。

あんまりぼかせてないから、当時のことを知る人は読むと想像がつくかもしれないな。

あ、そうそう、一番ヤバイなって思ったエピソードが、たまたま歩いてて横を通った女性を彼が捕まえたんだけど、匂いでイケると思ったって言ってたのが意味不明だった。

それでも、ものの数分で出かけてその日は帰って来なかったから、俺は一生足元にも及ばないんだろうなって思った。

あとマッサージがすげーうまかった。

2018-09-10

ビルメン公務員の二択で迷っています

どちらの方がQoLが高いのでしょうか?

公務員就職難易度に対して社会的地位信頼性が高く雇用も抜群に安定していて給料の着実な上昇も見込めますが、サービス残業が多すぎて実質時給は結果として低くなるでしょう。また、残業の多さから私生活時間も取れず、仕事内容も人の役に立っている実感が持てない上にコンプライアンスガバガバなのでストレスが多い割には実りが少なそうです

対してビルメン基本的薄給ではあります業務形態からサービス残業は少ないし資格等を身につければ昇給も期待でき時給で比べるのならば公務員にも劣っていない結果となりそうです。また、働いた分の休みはしっかり取らせてもらえることに魅力はあるのですが、宿直勤務の多さから一時的睡眠不足慢性的生活リズム崩壊に苦しめられそうですし、仕事内容もIoT等により複雑化していくことや雇用獲得競争の激化により業務ストレスは今後増えていきそうです。

どちらがオススメでしょうか?

ちなみにただ今両方から内定を頂いており、少し待ってもらっています

2018-09-09

大地震の混乱に乗じて研究所から逃げてきた

 二年前、私は下校途中に誘拐されました。高校一年生だった私はその日も部活が終わるといつも通り友人と学校を出ました。乗り換えの駅で友人と別れるとき、「また明日ね」と小刻みに手を振ったことを今でも覚えています。私の家は駅から遠く、しばらく歩いていくと左右にとうもろこし畑が広がります。見通しの良い閑散とした田舎道です。季節はまだ梅雨入り前、夕暮れの風に吹かれるとすこし寒いくらいです。地味なセーラー服高校ですが、夏服は生徒たちの間でも案外評判がよく、駅の人混みに入ると自分たちが注目されているような気がして高揚感に舞い上がりました。

 私はそれに全然気づかなかったです。両側の畑に目もくれず、私は淡々と道を進んでいました。私はブラスバンド部所属していたのですが、その日の練習のことを振り返り、ああでもないこうでもないと考えを巡らせていたのだと思います。だから気配を感じた瞬間にはもう私はガムテープで口封じされていて、お姫様抱っこのように抱えられると、抵抗という抵抗をする暇もなくあっという間に白いワゴン車に放り込まれていたのです。男たちは三人。私をワゴン車に放り込んだ男はグレーのTシャツに明るい色合いのデニムという格好の腹の出た小太りの中年でした。あとの二人は髪も短く整えられ、高そうなスーツと革靴で、とても誘拐犯には見えませんでした。

 私は小太りの男に座席に押さえつけられていました。そのときにはもう自分に何が起こったのかを理解していたので、口をガムテープで封じられながらも叫び続け、手足もじたばたさせて必死にもがいていました。しかし周囲に人はいません。私はそのまま連れ去られました。小太りの男はずっと私を押さえつけていましたが、ときどき顔を近づけて私の顔を味見するようにすこし舐めました。そういった行為を続けているうちに劣情を催したのか、男はもぞもぞしはじめ、私のスカートの中に手を入れて、それから下着の上から性器を撫でてきました。初めての体験に私は大混乱していよいよ全力で抵抗します。そんな攻防戦を繰り広げていると助手席スーツが小太りの男を叱責しました。

大事な売り物だ。それくらいにしておけ」

 私の性器の上に置かれていた小太りの男の手の動きが止まりました。しかしじりじりと震えていたように思います。彼の中でのせめぎ合いがあったのでしょう。しかし数秒の硬直時間の後、彼の手は私の下着から離れて行きました。「大事な売り物」とはどういうことなのかと不安になりましたが、次に起こったことが衝撃的すぎてそんなことを考えている余裕はありませんでした。小太りの男は私に手を出すことを諦めざるを得なかったのですが、一度盛り上がってしまった劣情を完全に沈静化させることは難しかったらしく、彼はデニムパンツを一気に膝の下まで引き下ろすと、赤や黄色の混じった派手な柄のトランクスから男性器を取り出して右手でこすり始めたのです。私は目の前の光景に怯えていました。初めて見る男性器です。取り出したときにはすでに勃起していて先端の海綿体は張りに張って光沢があるほど。小太りの男は息遣い荒く、慣れた手つきで右手を高速で動かしています助手席スーツは大笑いしていました。私は恐ろしくて声が出ません。小太りの男が低い声でうなり始めました。すると今度は私の顔をまじまじと見つめるのです。顔は真っ赤で、血走った目で私を凝視しながら、勃起した男性器を音が出るほど強くいじっています。私は彼からすこしでも逃げようと後退し、ドアに体を寄せます。そして彼は果てました。びゅっと音を立てて飛び散った白濁液スカートを汚し、プリーツにとろりと入り込みました。激しい勢いで飛んだ白濁液の一部は私の頬にもかかり、重力を受けて顎まで垂れていくと大粒の雫となり、ぼとっとスカートの上に落ちました。頬にはかたつむりの通ったようなぬめぬめした跡が残り、私はそれを手の甲で拭くこともできず、ただじっとしているしかありませんでした。助手席スーツが身を乗り出して、小太りの男の頭を叩いて叱っていましたが、同時に彼は腹を抱えて笑っていました。

 短時間のうちに大きなショックを受けた私は心がからっぽになり、もはや抵抗気持ちはなく、この状況を受け入れて順応しようとしていました。うとうとしながら車が山道に入っていくのを見ていました。そしていつの間にか眠ってしまいました。

 助手席スーツに起こされました。すでに日も落ちかかっていて、あたりの状況から山奥だとなんとなく察せられました。目の前には無機質なコンクリートの大きな建物があります。といってもワゴン車の中からでは張り巡らされた有刺鉄線付きの頑丈で高い壁と狭い入り口の奥にそれらしき建物が見えるだけでしたが。周囲は鬱蒼とした木々ですが、研究所の周りだけは舗装されていて異様な雰囲気があります。狭い入り口は三台のカメラ監視されていて、後からされた説明によると、壁には隠し機能として機関銃が配置してあり、不審者発見された場合システムが起動してオートで射殺されるようです。私たちが脱走しないようにという牽制意図もあるようでした。

 白濁液で汚れていたはずの私は起きたときにはきれいになっていました。ワゴン車の認証が済むと、狭い入り口の鉄柵が開き、するすると中に入って行きました。中はかなり広く、外から見えた以外にも区画ごとに大小いくつもの建物が立ち並んでいて、さながらそれはひとつの町といったものでもありました。居住区画やら実験区画やら開発区画やら、他にも私が最後まで立ち入ることが許されなかったエリアなどいろいろあります

 ワゴン車は敷地を通り抜け、一番奥にあった二階建て比較的こじんまりとした建物の前で止まりました。車を降りるように命じられて、私はがくがくした足を何とか動かし、ドアを開けます。一歩外に出るとそこが山奥だということは空気でわかりました。それに高い壁に覆われてはいても、高く育った木々の青々とした葉が残照の中で揺れていました。小太りの男が私の腕をつかみます

「来い。こっちだ」

 そういって小太りの男は私の腕を力強くつかみます。私は声を振り絞り、一人で歩けるといい放ちました。助手席スーツ運転していたスーツの二人は先に建物の中へ入って行きましたが、私のことを振り返ることはありませんでした。私はすでにその状況に順応しかけていました。まるでこれが生まれからずっと毎日欠かさず繰り返してきた当たり前のルーティーンであるかのように。

 案内された部屋に入ると、そこには高そうな木製のデスク書類を睨みつけている男がいました。片桐さんと呼ばれる四十代の男は、洗いざらし白いシャツベージュハーフパンツ、足元はサンダルといった格好で、胸元には金のペンダントが重く光り、両腕には大きな腕時計が巻かれていました。

片桐さん、連れてきましたよ」助手席に座っていたスーツ半笑いでいいました。

 片桐は私をまじまじと見つめ、何度かうなずき、それから一言合格」といいました。そしてすぐ元の仕事に戻り、その部屋にはもう自分一人しかいないといった様子でした。三人の男たちからは安堵のため息が出て、何が何やらわからない私もなぜかほっとしていました。なぜだかわかりませんが、これで終わったと思ったのです。もちろんこれは始まりにすぎません。私はこの研究所に二年間監禁され、実験されることになるのですから。男たちが部屋から出ようと踵を返したことに気づかずぼうっとしていると、すぐ後ろに控えていた小太りの男に腕をぐいと引かれました。私を連れてきた三人とはそれっきりになりました。運転席と助手席にいたスーツはその建物を出たっきり(彼らはタバコを吸いに行ったようでした)、小太りの男の方は私を居住区画の担当者に引き渡すと、私の顔を見下ろしながら舌打ちをしましたが、それが最後でした。

 私の部屋には二段ベッドと五段程度の安作りの棚が窓際に置いてあるのみでした。二人部屋ということですが、私は当初一人で生活していました。居住区画のスタッフ警備員は十分な数いましたが、私の担当田中と名乗る三十代の痩せぎすの男でした。もちろんそれが本名なのかどうかは私にはわかりません。こんな言い方もなんですが、田中さんはいい人でした。脱走した今となっては、管理責任を問われて田中さんがひどい目に遭っていないか心配です。私は田中さんになぜこんなところで働いているのかと聞いたことがあります。そのとき田中さんはとても辛そうな顔をして、しかし自嘲めいた笑いを浮かべながら、仕方ない、仕方ないと繰り返していました。

 実験体(私たちはそう呼ばれていました)は特殊衣服を与えられました。簡単説明すると簡素な白いワンピースなのですが、二つの乳房位置がくり抜かれ、股の間に深いスリットが入っているものです。私たち下着類を身につけることを許されていなかったので、手で押さえでもしなければ歩くだけで陰毛がちらちらと見えるような構造になっています。初めての朝は部屋まで田中さんが来てくれました。初日だということで施設を一通り案内されました。田中さんは私のことを日本救世主だといいました。もちろん私は冗談だと思って聞いていたのですが、後にこの言葉が本当だということがわかります。いえ、正確に言えば、彼らが本当にそうだと信じているということが私にも了解できたという意味ですが(もちろん私は彼らの計画馬鹿げたものだと思っています)。荒唐無稽計画は思ったよりも大規模なもので、私も何人かの国会議員と会ったことがあります研究所はその計画の要であり、極めて重要役割を担っているようでした。

 私たちの使命は実験体として協力することです。実験区画には体育館のような開放的建物がいくつかあり、午前と午後で場所を変えて異なった実験を受けることになります。二日目には私も実験に参加させられました。ひとつ建物に十人程度の女の子たちが収容され、Xの柱に手足を縛られ、乳首女性器にローションが塗られます女の子たちはほとんど抵抗もせず何本ものコードが繋がったヘッドギアをさせられていきます実験スタッフ装置管理する技師の他に発動者と呼ばれる私たちの体を刺激する男がいました。ひとりの女の子に対して技師と発動者のふたりという割り当てになっています大人の男ふたりだけでも私たち女子高生を思い通りにするには十分だったのでしょう。

「新顔だな?」私の担当になった発動者がいいました。

はい

「そうか。なら、慣例として説明しておこう。きみは昨日誘拐された……」

「一昨日です」

「そう、きみは一昨日誘拐された。なぜだかわかるか」

「いえ」

「きみが美少女からだよ」

「そんなことありません」

「きみはとてもかわいいよ。そして我々にはきみのような美少女必要なんだ。もっと具体的にいうと、きみたち美少女絶頂エネルギーがね」

 男はヘッドギアを振ってコードをうねうね動かして見せました。

「きみはまだ知らないだろう。この日本が今まさに未曾有の危機に直面しているということを……。もっとも、《未曾有》すら読めない国会議員もいたがね」

「はあ」

韓国北朝鮮は水面下で手を取り合っている。両国はいずれ和解ムードになり、日本一般大衆も知るところとなるだろう。だが、もうひとつ重要事実がある。韓国北朝鮮連携して極秘に開発しているという新時代超兵器だ。その兵器の詳しいスペックはわかっていないが、様々なデータから概算すると、日本列島の半分が数時間のうちに消滅してしまいかねないほどの火力なのだ。我々はこのような危険まりない隣人を持ちながらただ黙って見ているだけでいいのだろうか。無論それはありえない。とある国会議員が中心となり秘密結社が作られた。そして結社の肝心要が、東大の優秀な科学者たちを引き抜いて立ち上げたこ研究所であり、誘拐されたきみたち美少女なのだ東大頭脳が精妙な理論隣国を上回る兵器を作り上げ、きみたち美少女には兵器を動かす力になってもらう。簡単にいうとそういうことなのだ。わかってくれたかな」

あなたたちは狂ってる」私はもがきましたが、Xの柱に両手両足を縛られていました。

「きみは国のために命をかけたいと思わないのか?」

 私は男と数秒睨み合いました。男は視線を外してあたりをうろうろしながら話を続けます

「まあいいだろう。きみくらいの年齢の少女にわかるはずもない。あまりにも現実離れした話だからな。しか事実事実。我々は朝鮮半島超兵器に対抗する兵器を完成させ、朝鮮半島を消し飛ばさなければならない。そうしなければこの国の未来はないのだ。きみにも愛する家族恋人がいるだろう? きみが力を貸してくれなければ、いずれきみの愛する人たちも朝鮮半島超兵器に殺されることになるということだ。ふふふ、きみに拒否権はないよ。体は素直だからね。これが何かはわかるはずだ」

 発動者は技師から手渡された器具を私に見せました。それは長い取っ手があり、先端は丸く、スイッチを入れると振動するという機械でした。

「なんだ、わからないのか。うぶな娘だ」

 男は私の前まで来てしゃがみ、陰毛を撫でてきました。ワンピースの股間は元から裂けていて、Xの柱に縛られた時点で私の性器を守るものはもう何もありません。男の手は陰毛クリトリスへ、そして膣と順々に撫でていきます。野卑な性的関心というよりも整備士技術的関心といったようなもので、人差し指にローションをつけて調べるようになぞっていきます

「んっ、んっ」

「どうした、感じるのか?」

「感じてなんか……」

 ゔぃいいいいいんという音を立てて機械振動しはじめました。発動者が機械の先端の丸い部分を私のクリトリスに軽く当ててきます技師ヘッドギアから送られてくるエネルギーコンピューターリアルタイム観察しています

 少しすると周りの実験体たちから喘ぎ声が上がり始めました。顔を真っ赤にして声を出さないように頑張っている子もいれば、逆に思いきり叫んで全てを解放している女の子もいます

「いや、やめて」

 私は懇願するようにいいました。しかし発動者は答えませんでした。機械を様々な角度から異なったリズムで当てるなどの試行錯誤研究者然としていて、なるべく効率的に私を絶頂に導こうと真剣に思案しているのが見て取れました。私が我慢強かったのか、しばらくすると発動者はおかしいなといった様子で機械スイッチを止めました。今度は私の後ろに立ち、抱きかかえるように両手を回して乳首をつまんできました。私は巨乳ではありませんが、それなりに胸はある方です。揉んでいくうちに発動者も気を良くしたのか耳を舐めてきました。

「ひゃ」思わず声が出てしまいました。

「なるほど」

 発動者は私の耳を集中的に舐め始めました。

「いや、耳は、耳はだめ」

 体は熱を帯びてがくがく震え、だんだん意識ぼんやりしてきました。頭が熱い。死んじゃう。性器がじゅくじゅくに濡れているのがわかります。攻め時だと見たのか、発動者はふたたび機械スイッチを入れ、クリトリスに当ててきます。ゔぃいいいいいんゔぃいいいいいんという音に私の思考は飲み込まれ自分自分でなくなるような、真っ白な世界に飛んで行ってしまいそうな……。

 技師OKサインを出しています。私の絶頂エネルギー閾値を超えて観測され始めたようで、ヘッドギアコードにつながった消化器のようなエネルギー一時保存電池が青いランプで点滅しています

「ああ、ああ、だめ」

気持ちいいんだろ? おいこら、どうなんだ」

「ああ、ああ、ああん

 不意に私は高まりを感じました。そして一瞬のうちに絶頂に達し、体はいうことを聞かずに暴れ、弛緩の波が来るとXの柱にだらりと垂れ下がった形になりました。

「イったのか、おい、イったのか」

 発動者はモニターを観察していた技師確認すると満足そうにして去りました。私はXの柱から拘束を解かれましたが、しばらくその場に倒れてがくがく震えていました。

 そのような実験がひたすら続くことになります私たち誘拐された美少女毎日性的絶頂に導かれて、その絶頂エネルギーを吸い取られます。そのエネルギー結社が開発している兵器に使われるというのです。

 二ヶ月が過ぎた頃、私の部屋に新人が入ってきました。とてもかわいい子で本土からヘリコプターで連れてこられたようです。だいぶ怯えていましたが、自分と同じ年頃の私を見るとほっとしたのか彼女は泣き崩れました。

 麻衣ちゃんはいろいろなことを話しました。好きなアーティストの話や、学校友達の話などはもちろん、実験のことも話しましたし、将来のことなども。麻衣ちゃんは私とは違って、この環境にはなかなか順応しませんでした。抵抗運動なども密かにしていて、脱走しようとしたときなどは懲罰で鞭打たれていました。実験ではあえなくイってしまうのですが、それでも麻衣ちゃんの心が結社に屈することはありませんでした。しかし、そういう勝気な性格が災いしたのか、さらに数ヶ月が経ち、自分たちの現状がどうにも変えようにないものだということが確信に変わってくると、目に見えて麻衣ちゃんは心を病み始めました。そして事件は起きました。

 ある日、結社構成員である国会議員先生方が研究所を訪れるというのでおもてなしをすることになりました。私たち実験体には新品のワンピース支給されました。もちろんあの特殊な加工が施してあるワンピースです。先生方が到着すると私たちは長い直線のメインストリートに整列させられ、性器を見せて挨拶させられました。先生方は一人ずつ確かめるように乳を吸い、指を膣に入れ、堪能されていきました。私もじっとこらえました。もうその頃には陵辱されることにも慣れていましたから。しか麻衣ちゃんはそうではありません。いまだに自尊心を保ち続け、羞恥心も怒りも研究所に来たときのままなのです。実験体のほとんどはそういった感情はとっくに失っていました。人間らしい感情を失わず抵抗を続けた子は病んで使い物にならなくなり、《処分》されるか自殺するか、私たちの生きていた世界とはそういうところなのです。

 麻衣ちゃん国会議員先生に平手打ちしました。一度だけでなく二度も。先生やれやれ困った子だねと笑っていましたが、プライドだけはこの上なく高い国会議員が平手打ちを食らったままただ笑っているなんてありえません。研究所スタッフたちは青ざめました。罰として全員《処分》されることも考えられましたから。しかし最悪の事態はなんとか免れることができました。結社幹部からこそ先生研究所重要性を誰よりも理解していて、秘密厳守のこの組織人員を削って新たに補充することのデメリットまですぐに計算したのでしょう。この娘を連れて行けとだけ言ってその場は終わりました。それから二日間私たちには仕事がありませんでした。大人たちが麻衣ちゃん処遇について議論しているのだと噂されていました。

2018-09-07

ネコナデーション

コッソリシッポサワリズム

社会不適合者の呟き☺︎

こんなサービス存在しているなんて知りませんでした。

ネットだと増田さん?とか呼ばれていて有名らしいけど…

たまたまネットサーフィンしていたらはてな匿名ダイアリー記事を見つけて、「ほ〜こんなサービスがあるのか〜」と驚き、はてなアカウントも持っている事だしせっかくだから書いてみることにしました。

表題からもわかる通り、読み手の皆さんに有益情報は一切書けませんので、そこはご了承いたただけるとありがたいですね。

というかそもそも読む人なんているのかな?笑

私は小学生ぐらいの頃から日記をつけるのが好きで、授業用に買ったノートの余りやスマホメモ欄に日記をよくつけていました。

その日あった嬉しいことや悲しいこと、イラいたこと、趣味についての話、、、

自分気持ち文字にする事で、意外と気持ちの整理がついてすっきりしますよね。だから日記を書くのって私にとっては意外と大切だったり。

気持ちの整理のために書いているわけで、言ってしまえば私の完全なる自己満足文章なので前述の通り有益情報はないし、人によっては気分を害されるかもしれない。それは申し訳ないです。

ネット上に自分気持ちを公開しようと思ったのは、ただの興味。それと、もしかしたら誰かが見てくれるかも!という自己顕示欲かなぁ。

ただ、いくら匿名ダイアリーとはいえ、どこから特定されるかもわかりませんし、誰かを傷つけて良い訳でももちろんないので、そこは。常識を持って書いていければいいなぁと思います

以下の文は多分センチメンタル中二病です。^^

突然ですけど、「いいないいな 人間っていいな」って歌、あるじゃないですか。

それを聞くと最近湧いてくるのが、人間って本当にいいのかな?という疑問。

人間はその頭の良さで色々な技術を生み出し、野生の動物と比べるとはるかに豊かな生活を送っているのは確実ですよね。

ですが、豊かな生活や頭の良さが仇となって、余計な心配事も増える。

マズロー欲求階層説というやつでしょうか。

深い知識は持っていないのでわかりませんが、社会で生きていくのがつらくて自殺する動物人間以外にいるのか?と聞かれると、いない気がします。

私は幸い日本一般家庭に生まれたので、親のおかげで衣食住には困らず、学費も出してもらっています

幸せなことですよね。

でも、なぜだか私は幸せには感じない。

いや、頭では幸せで恵まれていて感謝しなければいけない環境にいることがわかっているのに、心は幸せではないし荒んでいます

生理的欲求安全欲求が満たされると、愛情が欲しくなったり、他者から承認されたりしたくなってしまう。

私は、なぜ自分が生きているのかわかりません。

自ら望んだわけではないのに「人間として生きる」事を強制されている気がします。

もちろん、死ぬことが良い選択肢ではないことぐらいわかるので死んだりはしませんが。

それにせっかく人として生きていかなければいけないなら、ある程度の努力はしてある程度の生活を送りたいとは思います

ですが、何が楽しくて毎日を過ごしているのかわかりません。

突然自分意思とは関係なく人間として生きる事を決められ、それに抗えないから仕方なく努力をする毎日

最近そんな毎日がつまらなくて、そして憂鬱で仕方ないのです。何のために生きているのかわからないのです。

そもそも、何のために生きているのかを意識しながら生きている人なんてほぼいないのでしょうけれど、、

それでも、私はなぜ生きなければいけないのかわからない。

母親お腹を痛めて産んでくれて、両親が大切に育ててくれた命を無駄にしてはいけない。それは痛いほどわかります

ですが、何のために生きているのかもわからず、「死んではいけない。だから私は生きなければいけないんだ。そして生きるからには大学に進学して就職して結婚しなければいけない。そのために今から努力しなければいけない。」という「〜しなくてはいけない。」に縛られて毎日をこなしていくことに疲れてしまいました。

「なら、〜しなくてはいけない。という考え方をやめればいいのでは?」

それはごもっともです。

しかし、私は頭にこびりついたその考えを止めることができなくなっていました。

自分ができないことを、他人のせいにして逃げるのは汚いし最低な手段です。それはわかっていても、私は今までの環境が私をどうしようもないぐらい卑屈な人間に育て上げたのだと思ってしまます

自ら望んで妊娠して自ら望んで出産したくせに、言うことを聞かないと「お願いだからいなくなって。あんたがいるからこの家がおかしくなる。」という親。私だって好きでこんな所に生まれてきたわけじゃないのに。あなた勝手に私のこと産んだくせに。なんでそんな事言われなくちゃいけないの。そう思って今までを過ごしてきました。

ですが、何を言われても親子です。酷い仕打ちを受けたこともありますが、大切にされているのだと感じる時もあります。何をされようが今まで十数年間育ててくれた恩があります感謝をしなくてはいけないと頭ではわかっています

そして何よりも、無理だとわかっていても愛されたいし認められたいのです。

から、私は「良い大学に行けば親が認めてくれるかも」と思い、受験勉強を始めました。色々な動機があったにせよ、元をたどると確実にこの考えにたどり着きます

逆に、良い大学に行かないでまともな就職先につけないと、我が家では居場所がありません。実際私の親は、私の今在籍している高校のことを「犯罪者予備軍と発達障害集団」と呼びます

それが、その環境で十数年間生きてきたことが、私の自己肯定感を大きく低下させたのだと、私はどうしてもそう思ってしまます

から、「〜しなくてはいけない。」の考えから逃げ出すことはできないのです。だって、〜しないと私の価値は無くなってしまうから

そんな毎日が嫌で、何もしたくなくなって、この先何十年も続く人生を考えたくなくて、1日を無気力のままに現実逃避して過ごしていると、その逃避中はいものの、ふと我に帰ると「努力しなければいけないのにそれに背いてしまった」という猛烈な罪悪感に襲われます

しかし、私はもう何もしたくない。

何もしない→つのる罪悪感→忘れるために現実逃避さらつのる罪悪感、、、

無限にこのループをしています

そうすると、ますます自分の生きている意味がわからない。

社会に全く貢献出来ず、そのくせ向上心も持たずにずっと現実逃避をしているだけ。

本当に生産性のない、消費しかできない迷惑人間です。

先程死なないと書きましたが、死にたいと思う時はたくさんあります

ですが私は今のところ死にません。絶対に。

だって死ぬのは怖いから。

なんのために生きているのかもよくわからず、生きているのがつらいのに、死ぬのは怖いのです。これは本能です。本能には逆らえません。

私はこれからどうするべきなのでしょうか。

とりあえず、こうして馬鹿みたいに答えの出ないことを永遠と考え続けるのは返って辛くなるだけなので控えようと思います

最早考えるのが癖なので、控えるのはなかなか難しいとは思いますが。笑

あとは、この時間ブログを書いているぐらいですから生活リズムはただ崩れです。それも改善するべきなのは明白ですね。

自分を責めず、まずは出来るところから少しずつ始めていけば良い。

頭ではわかっています

ゆっくりと、力を抜いて、生きていけたらいいな、と思います

最後に。

せっかく親から与えられた命に対してとても失礼なことを書いてしまいました。深く反省しています

私が生きている今日は、昨日亡くなった方がどうしても生きたかった明日です。

やはり命は大切です。そう決められているのです。それが本能です。そして生きとし生けるものルールです。

私はそう思います

もし私みたいに、生きるのがつらいと思っている方がこの文を読んでいたとしたら、それでも絶対に死んではいけませんよ。

なぜなら、どんなに冷酷でも残念ながらそれが決まりからです。

でも、生きていたら少しは良いことがあるかもしれない。もちろん悪いことだってあるでしょう。でも、いつか「生きてて良かったなぁ」と思う日が来るかもしれません。

どうせ生きなければいけないのです。そう決まっているのです。絶対に死んではいけないのです。

だったら、つらいことなんか全部忘れて見ないふりをして、好きなように生きたっていいじゃないですか。

そう思ったり。思えなかったり。



中二病全開の語り口調で痛いのなんの。

見ているだけでこちらが恥ずかしくなるわ!というような文章でしたが、もし見てくださった方がいるのであれば、ありがとうございました。

(ちなみに私の中二病永遠に治らないと思います馬鹿につける薬はないってな♡)

同感を求めたり同情して欲しくて書いたわけではありません。ただ、自分気持ちを書きたくなっただけです。これが私の気持ちです。

では。

2018-09-05

佐藤ママの元に生まれたかった

子供4人全て東大合格させる育児

子供生活リズム勉強習慣、悩み

そういうの一緒に寄り添って考えてくれる親すごい

俺は情報弱者高卒親の放置子だった。

から大学受験勉強方法からなくて苦しんでた。

当時、図書館書店受験参考書問題集かきあつめて(必死に稼いだなけなしのバイト代で)は……理解できなくて行き詰まって無駄なことしてたよ

担任はいじめられっこの俺のこと無視してたし孤独だった

誰にも相談できないって本当につらかった

もちろん受験失敗

親はばかにしてくるだけだったな

[]

土曜は雨だったから夜だけ会社往復

日曜は朝夜往復 でも昼間寝ちゃってた

月曜

昼前から夕方前まで自転車で少し遠出

お気に入り中古ショップが日曜で閉店したってことでショック

日光が暑くて夏並みでかなり暑くて日に焼けた

帰ってから時間寝てしまった

夜会社往復

火曜

お昼から夕方前まで自転車であちこち

でも月曜より日光はなかったからまだラク

昼にホットケーキ食べすぎて気持ち悪い

帰ってからも寝ない

夜会社往復

日中起きて夜寝るリズムはできてきたけど、

夜が2,3時間寝たら起きてまたうとうとしてを繰り返してしま

運動してからだ疲れさせてるはずなんだけど

2018-09-03

わかりみが深いという表現

あんまりいい表現ではないけどもなんか好き。リズムがいいんだと思う。

2018-09-02

排便のリズムが崩れてきている

こんな時間にまとまったウンコが出るとは。

恋人だと思ってたのは自分だけだったらしい

付き合って7年、同棲して3年

生活リズムの違いからお互い別々の部屋で寝ている

もう恋人らしい行動は一切なく何ならデート食事にも行かない

最近相手仕事の忙しさや昇進して部下ができた関係もあってか

キャバクラなどで楽しんで朝方帰ってくることも増えた

休みの日彼はずっとYouTuber動画を見ているかソシャゲをやっているようだ

もしくはパチンコに出かけていきお金がなくなったと不機嫌で帰ってくる

たまに家で一緒に食事を食べる時に話しかけても上の空の返事で

会話もあまりない空間バラエティ番組の明るい笑い声だけが響く

それでも付き合った年月の長さから情もあり自分相手のことを好きだと言えるし

相手も当初ほどの愛情は無いにしてもまあまあ好きでいてくれているものだと思っていた

しか今日ソファーに寝転がってスマホをさわっている相手に少しだけちょっかいを出してみたら

(横腹をツンツンと突くようななんでもないイタズラだ)

彼は大きなため息をついて触るなと言った。冷たい声だった

薄々感じてはいたけどなんだ、もう本当に好きなんて感情微塵もないのだなと分かった

付き合いたての時に優しくしてくれた姿を思い出して悲しくなった

どこにも出かけないのも話しかけてもうざったそうにするのも疲れているからだと思おうとした

もっと早く気付けば良かったなぁ ほんとにまさしくうんち案件

勝手選択掃除してくれるだけのお手伝いさんと思われているのか

それとも本当にただもう煩わしいだけの存在なのか

きっとキャバクラの綺麗な女の子には笑顔で接しているんだろうな

2018-09-01

ゆらゆら帝国まどかマギカ

まどかマギカテレビ放送が終わって間もない頃に、東浩紀弟子たちを交えた飲み会配信で語っていたが、

エロゲラノベがやっている最先端表現を、テレビ向けに分かりやすパッケージングしたのがまどかマギカだそうだ。

 

エロゲラノベが実際に高度な表現をしているかどうかはさておき、この話を聞いた俺はゆらゆら帝国を思い出した。

ゆらゆら帝国ファンの九割は角谷美知夫や宮沢正一を知らないし、ピンクフロイドジミヘンをろくに聴いたこともないだろう。

まどかマギカエロゲ的な想像力蒼樹うめの絵でキャッチーコーティングしたように、ゆらゆら帝国一般的リズムを用いて、

先人たちが築いたサイケロックを分かりやすパッケージングしたことで、若いロックファンを虜にしたのだ。

2018-08-30

貧乏ゆすり

電車カフェ図書館などで読書中に、隣が貧乏ゆすりマンだと本の内容が全く入ってこない。

そいつ貧乏ゆすりリズムに振り回されるだけ。

2018-08-29

チョウセンメクラチビゴミムシってただでさえリズム感あふれる声に出して読みたい日本語なのに、実在する昆虫名前ってところがポイント高いよね。

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