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2017-06-19

高齢出産だけはやめてくれ

父は40歳母が36歳で自分を生んだ。

今25歳、家に帰ると公務員定年退職してずっとテレビを見て文句を言っている父と体力が無く夜8時には疲れきっている母がいる。


実家に住んでいる時点で自分収入レベルもお察しなの承知

でもそれなりに反抗したりせずに生きてきたとも思う。

もう父と母というより

祖父祖母なのだ


別に何が悪いってわけじゃない、感謝もしてる。

からこそ、自分もまわりもこれからって時にある緩やかな下り坂が異常にきつい。

もうすぐ介護で、結婚とかもできないと思う。

ほっておけばいいという人もいるだろうけど、家族ってのはどうゆうものなのだろうか。


追記

ごめん昨日家族で買い物に行って余りにも両親の高齢者感が強かったから書いてしまった。

友達とか恋人に会わせられるわけないって思っちゃったんだよね。

両親ともド田舎から上京してきたか常識が違いすぎるのが年取って露呈したって話。

長男のおれは介護を期待されているってだけ。

都会に文句言いながら生きてる年寄りに嫌気がさしたんだよ。

2017-06-17

増田に一匹だけいる女が毎日飽きもせず別れた彼と同人祖父のことを書いてる

2017-06-16

寿司を手で食わせろ

友人「箸だろ」

嫁 「手なんて汚い。箸よ。大体あなたは…」

父 「箸だな。手でなんて汚い」

母 「寿司嫌い」

祖父寿司寿司マクロが好きだ」

祖母「箸かしらねぇ」

上司「手だろ!」


上司!ラブ!

id:gabillブコメと☆つけてる奴等、〇したくなるほど腹が立つ

http://b.hatena.ne.jp/entry/kyoko-np.net/2017061601.html

gabill 一般人、二般人…十般人、百般人とランクアップしていって、最上級戦犯人というランクがありそこまでいくと靖国に祀られる。

リンク2017/06/16 Add Starumiusi45 (green)kenjiro_n64sgtnk

あの神社には戦死者が祀られている。

98歳で亡くなった祖父ボケてしま最後の数年まではずっと参拝しては涙を浮かべていた。


政府運営批判するのになぜあの神社侮辱しなければいけないのか。

あの神社には南の島で死んだ大叔父もいる。あの神社のそばには今は祖父もいると思う。


あの神社にいるのは国の為に散った人々で、その中の一部に戦犯とされた人もいる。

祖父はその人達排除するべきではないと思うと言っていた。

違う意見の人も居るだろう。議論をするのはいい。

しかしこのブコメはあの神社に祀られた人全員を楽しく侮辱する為だけのコメントだ。

議論でもなんでもない。


神社体制について批判議論もっているならそれはいい。

けれどもおもしろおかし侮辱して人の気持ちを踏みにじる権利あなたがたにあるのか。

そして何故その権利が現政府批判のために発動するのか。

70年以上前に亡くなった人々と2017年の新法案がどう関係あるのか。

靖国神社大事に思う人間はみんな敵なのか。

結構だ。こちらもあなたがたへの強い敵意が湧き上がった。

この連中が現政権を敵視するなら現政権は敵の敵だ。


あの神社とそこに心を寄せる人間などこの人達からしたら「不倶戴天の敵」であろうから

こんな抗議を見ても鼻で笑うのだろう。

こちらもこういう人間たちには断固として感情的敵対させてもらう。

この先どんな問題にも、興味がなくとも、お前らが嫌がるサイドにつこう。

地道にしつこく殴り返してやる。


適当気持ちで楽しく侮辱攻撃を振りまいておいて

その因果でどんな滅茶苦茶な反撃が来ても決して被害者ヅラするなよ。

目の前に居たら〇してやりたいぐらいの真剣な敵意を感じながらこれを書いている。

お前等が鼻で笑おうともこの気持ち絶対に忘れない。

2017-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20170614115023

世界中のお師匠さんの着物をうちが一手に誂えてるわけでもなし、もちろん同業他社で生き残ってる会社は他にもあるよ。むしろ横のつながりちょう大事業界

真似してってことじゃなくて、舵取りの上手・下手ってことだと思う。

市場が細ってもまったくゼロになることは案外なかったりするでしょ、そういうもんだと思うんだけど、私は経営には関わってないから詳しくは知らないけど

祖父は、商売を畳もうとしてたなじみの仕立て屋さんの相談に親身に乗っていたみたいで、後継者候補若い衆を紹介してくれて資金的援助をしてくれてと、仕立て屋さんのおじいちゃんが祖父葬式号泣しながら色々往時の話をしてくれたのが思い出に残ってる

そんな感じで助け合ったりするのも、舵取りのひとつなんじゃなかろうかと傍から見ると思うんだけど、真似してどうこうってことでもなかったりしないかな、こういうのは。

http://anond.hatelabo.jp/20170613210316

呉服屋の孫娘が通りますよ。

実家呉服屋も、私の母が子供のころからすでに当然のように斜陽業種だったらしいけど、祖父が店を継ぐ時に方針転換して、粋筋や芸事芸能関係の人が誂えるような少し特別ものばかりを扱う店に変えたんだって

呉服に関わる色んな職人さん、仕立て屋さん、洗い張り屋さんなんかも一流の職人さんに何とか続けてもらったり援助して後継者を育ててもらったりしてた

そして今でも生き延びてる。つーか他に頼める店がないってんで繁盛してるらしくて、祖父は亡くなったけど兄が継いでいる。

フィルム現像受注頼み、それも外注して利ザヤだけ取ってるようなお店は、そりゃ淘汰される側だってだけで、街の写真館でも生き延びているところもあるわけで

30年ぐらい前ですでに現像無料プリント一枚XX円!お安い!なんて過当競争状態だったんだし、デジカメが出る前からすでに生存戦略を間違ったのではと思う。

兄は酔うと、婚礼専門にしたところやB反を扱いはじめたところなんかは結局店を畳んだなぁ…じいさんは商才があったんだなってしみじみ言う。

2017-06-13

スマホのせいで写真屋さんはもうダメです

祖父経営してる写真屋が来月閉店するらしい

突然こんなこと言ってごめんね

でも本当です

そもそも写真屋さんって、増田を見ている人にはピンとこないと思う。

要するに、写真を紙に印刷するお店のこと。

もっとも、祖父言葉を借りると、写真プリント(現像)というらしく、印刷ではない。

今でこそみんなスマホで撮ってるけど、写真って、昔は技術のいる仕事だったらしい。

昔は、

からフィルムを預かる

それを現像(フィルムに定着させる)、

紙に引き伸ばしてプリントする。

これがひとまとめのセットだった。カメラも今みたいに優秀じゃないから、素人が撮った写真いか現像補正するかが写真屋さんの腕だったらしい。

何よりもめちゃくちゃ儲かったみたい。

写真屋さんはクリーニング屋さんに似てて、お店で現像することもあれば、外部の工場外注することもあった。

でも、どっちの場合にしても利益はめちゃくちゃ貰えたらしい。

原価はほとんどゼロで受付するだけで客単価は1500円くらい(?)。

上に書いたみたいに技術は要るけど、それも工場に出せば関係ない。

現像必要から写真を撮る人は絶対写真屋さんを利用しなきゃいけなかったし、そのぶん数があるから工場も安かったらしい。

おかげさまでうちの祖父も息子二人を大学に行かせられたし、実家も建てられた。お店も借金はない。

祖父の話によれば、大きく変わってきたのはデジタル時代になってから

現像しなくてもモニターで見れるようになって、紙にプリントする人が一気に減った。

それでも残ってた写真屋は学校写真プリント撮影で生き残ろうとしていたみたいだけど、スマホの普及で一気につぶれたみたい。

私自身、祖父写真屋をやってるから知ってるだけで、写真印刷したことなんて数えるほどしかない。

叔父写真学校に行って、写真館を経営して撮影をやってるけど、デジタル写真がメインになってからは、以前ほど撮らなくなったみたい。

私の母は次女だったこともあって、商売を継ぐこともなかった。

でも、もしかしたら、祖父の後を継いで、すでにオワコンになった写真の受付をしていたかもしれない。

私が子供の頃は、街中にたくさん写真屋の看板を見たけど、私の町でもだいぶ減った。

このまま人知れず消えていく業界なんだろうけど、ネットを見てても全然話題になったりしない。

私も写真屋なんて無くても困らないけど、このまま祖父のお店が無くなるのはさびしい気がする。

こんなものなのかな



ブコメ言及があったので追記

撮影数は増えたけど、プリントの枚数が減ってるのが写真屋の悩みみたい

今はスマホでも店頭で受付できるんだけど、若い子は10印刷したらいいくらい。

2〜3枚(100円くらい)すら今は印刷しない。

フィルムを使い切って現像しないと写真の出来がわからなかったから、20枚撮りくらいのフィルムをみんなが使い切ってたし、絶対写真屋に持ってきてた。

写真館は成人式写真撮影みたいな需要があるからまだやっていけるらしいけど、フィルム現像頼みだった祖父のような店は成り立たなくなっていく

追記

思ったよりたくさん見ていただいててびっくりしました。

ありがとうございます

確かに、スマホというよりデジカメの普及によるのかも

祖父のような古いタイプの人がデジタル対応できなくて、プリント離れに歯止めが効かなくなったんだと思う

ちなみに学校写真はまだ儲かる、とも言われてるけど、最近はそうでもないみたい。年を取ると、撮りにいけないしね

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-09

久々に遊びたいなと思ってた相手から誘われたのに

いざ通知をタップしてみれば、私が遊びたくないやつが会話参加してるやつからだった。

通知には遊びたいと思っていた相手名前しか出てなかったか勘違いしてしまった。期待して損した。

私はそのメッセをくれたその子とは遊びたいが、遊びたくないやつとはもう遊びたくない。

かれこれ半年以上そう思っている。

夢の国だって7000円もかけて付き添わなきゃよかったと思っている。

で、そいつは、私が避けるようになり遊ばなくなってからまたニート拍車をかけているらしい。

親に依存して、親の金で遊ぶのはやっぱり学生まででしょ。そりゃ、祖父母にdisられてもしょうがない。

アニメの影響なんですかね。働いてなくちゃニートども養えないじゃん。親の金ニート養うとかとんだクズだなって思うんだけど。

でもって金使い荒くてセーブできないのを自虐する割にはなおす気ないの見え見えっていう。

それに最近オタクな話も、世間話価値観も合わないし。

でも幼馴染だからって理由で周りからは仲がいいと思われてるし。

楽だからまとめて誘っちゃおうみたいな!?

そう思われてもしょうがないけど、やっぱ辛いな〜。

今回は断らないつもりだけど、次から自分で遊びたい相手を選んで誘おうと思った。

にしてもご近所すぎて遭遇しかねないわ。どうしよ。ただ、借りてるものは返さないとな。

これ読まれたらどうしようなんて思っちゃいない、借りてるもの用事が済んだら返します。

もう一年くらいは連絡も取りたくないか距離置いてください。お願いします。

2017-06-06

髪の毛を黒くした。

転職活動をしているので、髪の毛を黒く染めた。

私は地毛が黒ではない。

欧州系の血が混じっている祖父に似て、かなりの赤毛だ。

旦那

「見慣れてないからかもしれないけど、なんか変。顔に似合わない。地毛が黒じゃない人の黒って変なんだな」

外国人日本人に憧れて黒くしてるみたい」

「とにかくファッション的にとか元々黒じゃないけど流行りだからって黒に染めた様にしか見えない。」

とめちゃくちゃ言われた。

ちなみに旦那はなぜ私と結婚たか謎な、どちらかといえば黒髪信仰AKBにいそうな子結構好き/私はどちらかといえば若い頃当時のギャルっぽかった)な人間なのでびっくりした。

否定じゃなくて意見として言われましたよ、念のため。)

別にデザイン関係で小さい会社ばかり受けるのでいかにも就活生です、転職中ですって見た目しなくてもいいしポートフォリオと実務試験さえ完璧であればいいのだけど

一応転職だし、スーツ着るし、面接だし?と思って黒に染めた。

地毛を黒に染めるって確かに変な話だよなと旦那に言われて気づいた。

そういえば高校受験の時も黒に染めろと生活指導先生に言われたなぁと思い出した。

クォーターだけど割と外人顔の母親が「私の顔をご覧になっても、娘の髪の毛を黒に染めなければなりませんでしょうか?」と祖父若い頃の写真ハーフなのに超外人顔)とともに先生に抗議しに行ってたなぁ。

あの時は恥ずかしかったし一歩間違えればモンスターペアレンツかもだけど、もし自分子供赤毛になって同じこと言われたら同じことしちゃうかも。

母はその時「子供が嫌がってるのに髪の毛を染めるなんて虐待だ」とも言った。

私もそう思う。

天パの人がストパーかけてこいと言われるのと同じ感じかしら。

今までいた会社は友人が独立したとかクライアントデザイン部が発足したからとかでろくに就活したことなかったし、バイトも髪の毛の色をきにするバイトをしたことなかったからこんな問題にぶち当たったことなかったんだけど

逆に染めない方がよかったのだろうか。

2017-06-04

これはタイトルが悪い。奨学金問題解決を遠ざける。

奨学金600万円を抱え困窮する22歳女性 「親が自己破産してバイト漬けで鬱に、婚約も破棄されるかも」

https://news.careerconnection.jp/?p=36316

昨今話題奨学金問題に見せかけた記事

冒頭こそ

いまや大学生の2人に1人が借りている奨学金。借入総額の平均は312.9万円だが、人によっては600万円を超えることもある。

奨学金問題かのように見せている。

しかし読み進めていくと・・・

叔父は、勤めていた会社が30代の頃に倒産してからずっと無職でした。

(略)

叔父自分無職お金がないのに、保険適応外の治療祖父に施しました。その支払いのせいで、ボイラ整備士をしていた父は自己破産せざるをえなくなりました

(略)

実は親にはずっと『クズ』とか『死ね』とか罵られていました。

(略)

高校生の頃はお小遣いをもらえないどころか、バイトをして月1~5万円を親に貸していたという。

これは奨学金問題ではなく、一家族の機能不全がメインの問題だろう。

女性境遇が苦しいのは分かるし、奨学金の返済が重しになっているのも理解できるが、それを奨学金問題にまで発展させるのは違うだろ。

この女性の諸事情まで含めて奨学金問題としてしまうと、奨学金問題本質がぶれてしまい、結果的問題全体の解決を遅らせてしまうことになりかねない。

2017-06-03

おれの爺さんはニートだった

俺の母方の祖父昭和の初めに、群馬のド田舎から出てきて、まったくの素人なのに工場を立ち上げ100人規模の、町工場としては大規模な会社に育てた立志伝中の人だった

そのことは小さいころ一緒に住んでいたこともあり聞いていて尊敬していたのだが

一方の父方の祖父の話を最近詳しく聞いて驚いた

祖父観光地の氷屋を営んでいて紫綬褒章をもらったということしか知らず、なぜ氷屋が紫綬褒章をもらえるのかわからなかったのだが

実はもともと江戸時代に庄屋をやっていた家で曽祖父は村の助役まで務めた人だった、当時は世襲にちかい役職だったので地方役人の道を歩む予定だったが、曽祖父の弟が急に亡くなってその人がやっていた氷屋を継がなければならなくなったのだ

この辺が現代感覚だと全く分かりにくいが昭和初期はそういうものだったらしい

全くやる気がない祖父はそれを人任せにして庭いじりと消防団に熱中した、つまりニート

戦後、その任せていた人が転職してしまったのでいやいや自分が氷屋をやることになった

氷屋の仕事というのは現代の私が見ると恐ろしく簡単なことだ、

家の隣にあった(他の人がやっている)氷製造所から氷を買って冷蔵庫に入れておく、注文があったらその氷を切り出して配達する

基本これだけなのだ

そしてこの仕事は夏しかないため冬は庭いじりと消防団に熱中できるわけだ

恐ろしいことにこの仕事だけで家族7人を養いそのうち子供三人を大学までいれたのだ

そして消防団に熱中したためその功績で紫綬褒章を受けたというわけだ

今でいえば半ニートが受勲したということだ

この話を父から聞いて、当時は何と楽な社会だったのだろうと思った。祖父現在生きていれば110歳くらいなので今の老人の世代とも違うが、こういう社会は二度と来ないのだろうな

2017-06-02

子供が欲しくなくて夫と別居婚したい人の漫画を読んで

親が離婚してそりのあわない祖父母と同居して、だからこういう風に歪んだ結婚観になっちゃったんだなー、でも子供イラン別居婚なら結婚する意味なくね?と思ったら周りからめっちゃ似たようなことを言われて傷ついているらしく、いやでも歪んでんのは事実やないかなと思った。

こういうのネットで言ったら理解無い馬鹿みたいな扱い受けるけど。

2017-05-29

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民党前川事務次官について風俗店に行っていたことを問題にしているが、安倍自民党新藤義孝ソープランドへ行っていた。 以下引用

硫黄島玉砕した栗林忠道陸軍大将祖父に持ち、2年4カ月前まで総務相を務めた新藤義孝代議士(59)。安倍首相の側近として知られ、プライベートでは1男1女に恵まれ選良吉原を訪れたのは、1月10日のことだった。

この日に地元埼玉県川口市で行われた後援者の葬儀後、新藤代議士は自ら車を運転し、いわゆる吉原メインストリート「角町通り」沿いの超高級店へ。店員からヤマザキ様」と呼ばれると、入店わずか5分で部屋へと消えていった。週刊新潮 1月26日

サイリウム

小学校低学年の頃、祭り屋台で売られる流行り物として小型のサイリウムがあった。

祖父に連れられて地元花火大会へ2人きりで行った際、祖父から屋台のものなら1つ、なんでも好きなものを買ってやる」と言われた。

本当はサイリウムが欲しかったが、それを持ち帰った途端、親からしょうもないものを欲しがって」と言われるのが容易に予想できたので我慢していた。

親に怒られない程度の価格、内容のもので、さらには祖父も「買ってやってよかった」と思えるようなものはないかと思案していたが、

小学校低学年の私が隠している「本当に欲しいもの」など、祖父からすればおそらく簡単にわかってしまったのだろう。

なんども行き来したサイリウムを売っている屋台の前で祖父が足を止めた。

「これが欲しいんか?」

聞かれた途端に涙があふれた。我慢できなかった。

買ってもらえる喜びよりも、家に帰ったあとのことが心配だった。

結局それを買ってもらったので、帰るのが本当に憂鬱だった。

家に帰ると案の定母親は私に「こんなもん、いくらすんのや!」

「ま〜おじいちゃんやったら買うてくれると思ってからに甘えたらあかんのやんな」と言った。

いまとなっては姑として気を遣って出た言いわけや詫びの形の一つだったのかもしれない。

私は自分はもちろん、そんなものを買わせたことで祖父までもが母に責められていると思った。

祖父が悲しい顔をしていた。

うれしいけど、もうあんものを欲しいだなんて今後一切言わないでおこうと思った。

初夏の匂いにふと思い出した、30年ほど前の出来事

思えば子どもとは、なんと切ない生きものなのだろう。

大学の授業が薄っぺらすぎる

東大とかみたいにレベル高いところに通っているわけではないし、言ってしまうとMERCH以下の偏差値しか無い大学に居るので「お前が馬鹿からそう思うだけ」と言われたら説得力のある返しができないのだけれど、それでも大学の授業が薄っぺらいと主張したい。

今年で大学生活も3年目に入り、順当に行けば後期には単位の取得が完了するペースなのだが、得たものが一切ないといえるほど大学での授業内容が頭に残っていないのだ。

単位取得はしているけれど成績という観点から見ればC評価が多く、ギリギリ赤点を避けている現状なので授業内容が頭に入ってないんだろうとも考えられる。

けれども単位取得の肝を担っている学期末テストの内容が『授業中に再生した動画言及した企業マーケティング戦略は何だったか?』というのはひどすぎるのではないだろうか。

自慢ではないがマーケティングについては当大学内で比較した場合に限るけれど、ある程度の知識を私は持っていると自負しているが、流石に特定企業が行っていたマーケティング戦略なんて動画を見ていなかった私に解けるわけがない。

せめて、商品販売個数を計測する戦略とか書いてくれれば何となく当たりをつけることは出来るが一切とっかかりになる情報がないので授業出席者しか解けないのだ。

授業に出席しないものは、いかなる知識保有していようとも単位は上げませんと言っているようなものである

そもそもの話私が大学に行かないのは、授業時間90分のうち、教授雑談が半分以上を超えていてどのタイミングで本旨に触れるかわからいかである

教授ゼミ生と一緒に福岡に行った時に食べた食事がとても美味しかった話など、至極どうでもいいのでとっとと必要な話をして終わらせてほしいというのはおそらく講堂にいる生徒全員が等しく思っていることだろう。

適当面白みのない授業を展開する教授ばかりではないのはだが、どちらが多いかと言われれば上記のようなゴミ教授ばかりである

こうやって教授批判するかの言葉を連ねると「彼らは有名大学を出ていて高知能、その話を楽しめないキミは低知能」とマウントを取られる。

しか東大を出ているとか、有名大学の院を出ているとか私からすればどうでもよいことなのだ。授業がつまらないという事実は私の中で変わることはないのだから

やっていることは市販されている本(自著であることが多い)を朗読しているだけで、自宅で必要な部分は覚えられる。そんな「教授いる?」と感じるような講義内容でどこに「教授は頭いいなぁ」と感じる要素があるのか。私が異端なだけで世の中の人資格肩書だけで知能を判断する、判断基準が外部にしかない人ばかりなのだろうか。

つまるところ大学というのは教育ビジネスであり、肩書を得られるのを対価に金を払って、脳死しながら授業を消化し続ける場所なのだ

私が声を大にして言いたいのは「大多数の人間にとって大学は一切必要ない」ということ。

企業大卒要求していて、大卒給料が高いかしょうがないので大学に行って卒業しようと考えているだけで、そこで何を学べるかはどうでもいいのだ。

しかし私はそこまで割り切ることができず、大学を学ぶ場所と考えてしまったいたからこうして不満が爆発しているのだと思う。

私は運がいいことに文系大学に進学しているが、小さい頃にパソコン祖父から貰い、そして2つ上のいとこがネット関係に非常に強かったため影響を受けIT関係に強くなった。

そして大学ではこれまた運がいいことにビジネス精通した人間たちと仲が良くなり、今後の希望を得た。

情報量を多くする気はないのでこれを読んだ奇特な人は「騙された人間」と私を罵るかもしれないが、それはどうでもいいことだろう。

私の周りは大学に通うことを強く勧めたが、結局それは私に合わず、彼らに合わなければ日々鬱屈とした思いを抱えながら、ただ授業を消化する人生を歩んでいた。

アドバイスに従った結果、得られたのは大学と私が合っていなかったという知見だけである

このことからアドバイスと称して意見をぶつける人間は、個人を見ていない」というのが判明する。

彼ら助言をする人間最大公約数的な、大体の人間にとってベストではないがベター程度にはなるはずという意見をぶつけることで自身人生正当化をしつつ、悦に入ってるだけなのだ

確かに最終的に選択をしたのは私であるが、どれだけの人間が周りの人全てが自分と反対の意見を述べている中、自分の考えを押し通すことが出来るのか。

私は大学生になり人に恵まれたおかげで、本当の考えを通せたのであって、高校生の頃であれば貫くことはできないだろう。

結局、大学の授業が薄っぺらいというのはこの「多様性を認めず一般論を勧める人間」が大学への進学を勧めているかなのだ

から教育という存在はまるで利権を貪る団体のように怠惰でありながら肥大してしまった。

大学というのはそもそも専門性の高い話を学び、その専門的技術社会のために使うのを目的とした教育機関だ。

特に能のない私のような人間大学に行ったところで卒業したという事実を抱えて企業に入り、一切学んだことを使わないで終わるのが関の山である

学歴社会は確かにフィルターとして有効な部分もあるが、その企業学歴フィルターをかけているのが世間にバレればまるで現在検索エンジンがハックされるようにそこに向けて最適化されてしまう。

まり大学進学するものは優秀で専門性の高い人間から採用するというのが前提にあって学歴フィルター機能していたのに、そこがハックされてしまったがためにバツグンな効果を発揮するとはならなくなった。

ハックされていない採用基準意図した人材を取得できるため優秀であるが、認知されてしまえばそこに注力できる人間採用する弱い基準となってしまう。意図しない人材を確保することになる。

起業家の話を聞いてみると「東大生のほうが統計的に話がわかる」と語る。

まり学歴フィルター大卒区別するのでなく、東大生などの超難関校とそれ以外で区別するようにしたほうが建設的だ。(給料も含め)

そうすれば無駄大学に通う人間も減るし、ビジネス大学も少なくなる。大卒枠を争って貧困に悩む人間も減る。

私が問題提起したいのは以下の2点。

・何も考えずに一般論で「大学はいったほうが良いよ」と個人を見ずに語るやつは口を閉じよう

企業大卒学歴フィルタリングしても効果が薄いので、給料から難関大学基準はMERCHかそれ以上?ここはわからない)とそれ以外で分けるべき。もしくは意図した人材採用できてかつハックされていない新しい採用基準を見つける。

こうして大学が少数精鋭になれば教育者も生き残りをかけて力を尽くし、怠惰で肥えた教授も減ることだろう。

私はとにかく薄っぺらくて意味のない授業が大学から消滅してほしいので、教育機関こそ激戦のビジネス社会のように苦しみながら競争して欲しいと思っている。

確かに科学の力というのは重要だとは思うが、現在私の身の回り生活に欠かせないと思うものを作っているのは企業であり大学で教鞭をとる人ではない。私が知らないだけで企業にその教授も協力しているのかもしれないが、それなら大学ではなく企業研究させてもらえばいい。

まり「安定してるー」とアホ面下げて年に数回、偉そうにゴミみたいな本を書きながら教壇に立つ輩は荒波にも稀ながら淀んだ精神を磨き上げるべきだということ。

そもそも大学はいま腐るほどあるわけだけれど、その全てが科学において必要ではないだろう。それならばなおのこと競争化させて精鋭化させなければいけない、なぜ「研究」という話になった途端嫌儲精神が発作的にでてくるのか。

何度も書いている気がするけれど、その大学競争化をする上で最も邪魔なのは一般論を振りかざして大学に行かせようとする無能な働き者と大卒フィルタリングする企業だ。

個人を見ないで、自分人生訓を元にとりあえず精神アドバイスするやつは総じて糞だし、対してその人を案じているわけではない。

こうした一般論で武装した人間に対して、正論に感じようが自分感性と考えを元に対抗できるように成長することが、幸福につながるだろうしひいてはこの薄っぺら大学の授業の減少につながる。


以上が大学の授業が薄っぺらいと感じたことから私が考えたことでした。

2017-05-27

俺の母は幼い 精神年齢がだ

母は70をこえてなお仕事をしており、同年代と比べてもかなり元気な方だ。脳みそもはっきりしていてそこそこの知性はある。ボケてもいない。しかし、精神年齢はそれとは対称的だ。精神疾患専門用語を避けると「精神的に未成熟」と言っていい。心は子供身体は老人。

具体的な例をあげようとしてもうまくいかないのはしかたない。自分自身で母の言動表現しきれるのは無理だと思っているからだ。ただし会話をしていると以下のような傾向が見れる。

あげるとキリがない。古臭い表現では自己中となるだろう。とにかく怒りっぽい上に論理的な話が殆ど通じず、言葉暴力相手ねじ伏せることしか頭にない。客観的事実相互理解ではなく、自身主観こそが何よりも正しいと思っている。そのくせ警察等の公権力客観的事実には勝ち目がないとわかっているらしく、それらを避け続けている。

彼女が爆発するのは特に家の中だった。私の祖父母を持ち前の言葉暴力によって完全に支配し、実質的家庭内ヒエラルキートップであったのだ。手を出せば噛まれると知って、不用意なことをしなかったので彼女はずっとその地位にいた。

彼女の夫であり30年近く連れ添った理解者であり家族であり、つまり私の父親は「彼女出会った当初から精神年齢が)幼い様子だった」と語ってくれた。つまり結婚する前から彼女にはその性質があった可能性があるのだ。半世紀も前にこんな怪物が街なかで今よりも元気に活動していたと思うと悲しくなる。

彼女の弁護をすると、彼女は嫁ぎ先である我が実家借金返済のために多額の財産を手放したと聞く。それは父親も認めており、幼かった私自身もそのゴタゴタに巻き込まれものだ。だから彼女が嫁ぎ先とその人間をよく思っていないのは物心ついた時からわかっていた。

なにせ、彼女自身旦那さえも名字で呼ぶのだから高橋家ならば「高橋さん!」と呼ぶ。激高すると名前を忘れるらしく、息子である私さえも「高橋くん!」呼ばわりだ。

彼女にとっては、自分と家の人間は完全に区別されるものらしい。

はいっても、母の言動は極めて異質だ。モンスタークレーマーモンスターペアレンツ典型例を犯したこともある。機嫌が悪いという理由レストラン店員小一時間も怒鳴ったのは今でもおぞましい記憶として残る。

つい先日も野良猫の餌に関して母はトラブルの渦中にあった。野良猫に餌を与えている女性を母が注意(※本人談)したのだが、母は猫のエサ以上に自身侮辱した相手女性言動の方が気に食わないらしい。私が相手を泳がせて情報を聞き出そうとしても、その様子を自身への裏切り行為と捉えたらしく激高していた。自分が気に入らないことはなんでも食って掛かる。どんなにコンセンサスを取ろうとしても自分主観を曲げることは決してない。わがままも1時間となえれば通じるとおもっているようだ。

彼女は強い。自身主観で捉えたことを徹底的に相手押し付け喚き散らすこと。これが彼女の唯一の武器であり、誰も崩せない鉄壁の防御だ。論理的攻撃もなにもかも捻じ曲げる。自身が不利になれば悲劇のヒロインを演じて相手を別の角度から侮辱する。誰も攻略できない。

だが、問題は私の方にある。

そんな母なので心療内科に通わせることは不可能だ。明日天皇制王政になったほうがまだ現実的だと思えるくらいに。だからそんな母に対しては、周りの方が適切な距離感を持って接する必要がある。相手が変わらないならばこちらがどうにかするしかない。相手の安い挑発に乗って口喧嘩に発展してしまうことが最も危険行為なのだ

それが自分にはできていなかった。血脈なのか私も母のような性質を受け継いでいるのか、冷静で理知的なことができない場面が多い。

どうしたらいいのか。

朝、目が覚めると自分の姿を目の前にして天に昇っていたらいいのにと思っている。

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525143506

祖父の代から富裕層してればその通りだろうけど、世の中には一代で富裕層入りしたばかりの新参者結構いるんですよ。

2017-05-23

結局のところ、人間として不良品だって

つらい。つらい。どうにもつらい。

なにをどうがんばっても今よりより良い状態に辿り着ける気がしない。今まで今までなりにがんばってきただろうにそれでどうにもならなかったので今更どうにもならないとしか思えない。生きる才能がなかった。生きることに向いていない。その才能がない。本当に向いているなら今はもっとよりよいじょうたいに或るはずである。そうでないということはつまりこれから生きていても無駄なのではないか

なにか大義のためであったりそうでなくても今よりほんの少しずつ物事をよくしていくために人間は生きているはずなのであるがそれがない。だったら生きている意味などないのではないか? おそらくない。ならばなぜこんなに辛い気持ちを味わってまで生きていなければならないのか?

この辛さがいつか報われて今よりももっとよい状態をいつか手にできると信じられるからこそひとは辛さに耐えられるのではないか。あるいはよほど辛さに前向きに鈍感であるかだ。わたしにはそれがなく今の人生は延々続く責め苦に感じる。自分人生がこれから面白いものになる期待が持てない。どうせ今までがんばってきてそれもなにひとつうまく料理ができなかったのだ。

わたしは凡百の才しか持たぬ。いや凡百以下である就活で失敗したのは、就活という枠組みに適応できなかったという理由なのではきっとなかった。単にひととして劣っているので雇い口がなかったのである自己評価が低いのではない。能力が低いからこそ、評価が低く、評価が低いからこそ、自己評価が低いのである。それほどまでにどうしようもない人間であるからして、生きているだけでそれは無駄なのであろう。

こんなにつらいならきっと死んでしまったほうがまだマシだ。そうであるのに、死ぬとそれはそれでいろんなひとに迷惑がかかる。親は紛いなりにも悲しむだろうし、それはそれとして、昨年祖父葬式があったが、それがひどくめんどうだった。それに親族知人に自殺者が出るというのはたぶんかなり気分の悪いものだろう。中学生の頃に自殺未遂をし、弟に死にたい気持ち吐露したら、親に「そういうことは弟には言わないで」と言われた。当然だ。弟には申し訳のないことをした。愚痴や弱音、希死念慮吐露他人にとっては害だ。わたしは生きていく価値のない人間であるから他人に害なすことは道理に合わない。生きる責め苦から逃げ出したい。けれど他人迷惑をかけることなくこのゲームから降りることは許されない。

ああどうせ死ぬならそのまえに、死ぬ気で好きなことをやってみろって? もうやった。やった。でもなんにもうまくいかないんだよ。なんも楽しくない。映画を見てる最中楽しいけれど、その後はなんにも残らない。結局のところ創造的な営みでなければひとは快楽を得ることはできないんだよ。でもその創造的な営みには才が要る。気力が要る。体力が要る。それがなんにもないんだよね。時間はきっと作ればあるはずなのにね。自分自分を楽しませてやれない。死にたいわ。労力に対して、脳内で分泌される快楽物質の量が圧倒的に不足している。要はコスパが悪いんだよね。でもうつではないと思う。だって毎日自炊をして、出勤してる。要はつまり、単にわたしは生きるのに向いていないってこと。生き物として間違っているということ。

運動?やってるよ。毎日自転車通勤してる。野菜?食ってるよ。大量にたまねぎ人参を刻んで煮込んでスープストックつくって、それにしめじほうれん草カドカ入れて毎日食ってる。瞑想?してるよ。じゃなきゃ、もうとっくに潰れてる。でもね、だめなんだなぁ、これが!

やっぱり、低級市民。やっぱり、負け組。みんな優しいから、そんな君も生きていていいんだよと言ってくれる。でもみんな、やっぱり、わたしよりよほど立派な人間なんだよね。

2017-05-22

本音と建前

母親祖父葬式が続いていた時期、遠方なのでできる限りのことをやっていた。

から、遠いかしょうがないよ、子育て頑張って、と優しい言葉をかけられ申し訳ない気持ちはあったが安心していた。

姉は跡継ぎではないが一時的実家に戻り今は実家の近くに住んでいる。介護葬儀書類親族や客の対応もとにかく色々やってくれた。

帰省の度、ありがとう、大変だったね、と言ってくれた。姉の方がよっぽど大変だろうに。ねぎらったら、とにかくたくさん帰ってきてほしいと言っていた。

今日、私が、末っ子から書類最後にくるムカつく、と言ったら姉が切れた。お前がなにをやった?私はやったよ。と言われた。

そんな風に思ってたんだな、と思った。その後、ひとりで落ち着いてから書類末っ子から最後にくるんじゃなくて一番何もしてないか最後にくるんだ、ということに気づき納得したら、姉の怒りももっともだと思った。

ただ、その流れで出た本音がショックだった。本音と建前が、難しい。もう関わりたくない。

2017-05-21

ハゲ教員ハゲ教員によるハゲ教員のための生き方

私はハゲである。そしてほんまもんハゲになりつつあり、ハゲではなかった時代がある。

遺伝子的に見ても、どの角度から見ても禿ない要素はない遺伝子である。親父もハゲているし、祖父ハゲている。母方の伯父も叔父も禿ている。ハゲ遺伝子の塊である

ちなみに書きにくい話だが、我が息子はハゲサラブレッドである。なにはともあれ30までに結婚することを推奨したい。

こう書いているとハゲであることを克服しているように見えるであろう。でもそうではないのだ。ハゲはじめて8年足らず。まだまだ、自分ハゲていることを乗り越えていない。その証拠にここまで書いていて、けっこう心が痛む自分がいる。ハゲである自分を見つめるのは、小学校の頃に不細工である自分に直面し絶望したそれに近い。

ハゲであるという事実』は不思議なことに『ハゲててもいいじゃないか』という合理的な思いとは別次元のところにあるようだ。コレによる傷はなかなか癒えない。そして残酷なことに小学校教諭である私は、このハゲである自分と常に対峙させられ、ハゲである自分を十分に活かしきって生きなくてはいけないさだめにある。

たとえば、教卓で漢字ノートの丸つけをしている。すると目の前の比較的親和度の高い女子が真面目に「先生ハゲを見るのが心苦しいので顔を上げて頂けませんか」という。申し訳なさそうに。だが言葉を知らないストレート表現で。

たとえば階段。あがっていった先で子どもが待ち構えている。何も言わないがハゲの心は「ハゲで笑われるのではないか」と思う。実際笑われたというオヤジ殿の過去経験を聞いたりする。

高身長自分河童ハゲなので、下から見上げられてもハゲが分かりにくい。だが、上から覗かれると無残だ。ギャップも激しい。

そうするとどういう対策を取るか、が重要となる。そう、ここからは「ハゲ教員ハゲ教員によるハゲ教員のための生き方」だ。まさに秘中の秘。大学では教えてくれないハゲ小学校教員の正しい身の処し方だ。

まず方向性として隠すのはよくない。ほんとに隠してはいけない。

子どもたちは思うだろう。

「隠すほどに気にしている、ハゲ程度で。大人のくせに。頼りないハゲだ」と。

これは教員として致命的である。『お前ら禿たことないくせにハゲの苦しみが分かるのか!隠せるものなら隠したいのは人の情!』そう言いたい、叫びたい気持ちをグッとこらえて、あえてさらけ出していこう。ハゲを。しょうがないのであるハゲから。心にグサグサくるけれどあえて戦う。なぜならハゲ性癖でも性格でもなく、単なる身体的な特徴だからだ。結構な数の男がなるものからだ。隠してはならぬ。

教員として、その姿は見せねばならぬ。

次。

その上で叫ぼう。

先生自分ハゲているという事実に傷ついている」と。「なぜだか分からぬがハゲるということは結構心にくるものだ、君らに分からいかもしれない。先生にも分からない。子どもの頃に自分特別ではないと感じたあの時のような、あの絶望感にも似たものを今、先生現在進行形で味わっているのだ」と。人間として当たり前の情が先生にもあるのだ。こうして傷つきながらも先生はそれを隠さない。その姿勢を感じて欲しい!!との心意気で。

子どもたちはドッカンドッカン笑いながらも「ん?もしかして本当に傷ついているのかな?」と思い始める。

ここからハゲ積極的に前に押し出していき、ガンガンハゲネタで攻めていく。理科の光の実験ときは「先生は鏡なくても大丈夫」とか、暑い日差しときは「先生帽子被らないとハゲ日焼けして皮がめくれるんだよね」とか、テスト時間にシーンとした中で「ペチンペチン」と頭を叩いてリズムをとってみたりする。

ポイントはその度に酷く落ち込んで見せることだ。「またハゲネタにしてしまった」と。たまに学級通信で「ハゲネタにしているけれど、言いながら結構傷ついているんだ」とかサラッと書いておく。

そのうち子どもがきっと言う。「先生ははげー」と。たぶんかまって欲しくて寂しくて何とかこっちを見て欲しい、そんな子が言う。たぶんあんまり能力がない、コミュ能力も含めて。

そういう時は「そうだね。とっても傷ついたよ。○○君が先生を傷つけようとした気持ちはちゃんと受け止めたよ。うん痛かった。」と悲しい目をして伝えてあげよう。怒ったりしてはいけない。淡々と。静かに。理由ハゲを隠さな理由と一緒。

たぶん、二度としてこない。もし繰り返したときは周りの子が止めはじめる。

ネットで調べていたら「ハゲ」と「チビ」は同じ漢字が当てられるらしい。「禿げ・禿び」である。そんなネタを見ていたら、ついうっかりハゲ自撮りしてしまった。

明日はこの話「禿げと禿び」の漢字を朝のお話にしようと思う。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519121446

両親祖父母親戚に、高血圧による脳梗塞心筋梗塞その他で死んだ者はおらんかね。

必ずしも 減塩料理=味が薄いというわけじゃないけど、健康的な塩分量を摂れる食事を目指すと、薄味になってゆく。

それから奥さんを傷つけない方法だが、

今まで言えなかったごめん・・・ダメだ。

なんだか以前より味の濃いものが苦手になってきた。年を取ったのかなぁ・・・的に味覚の変化を理由にして

薄味が好きになってきた感を醸し出そう。

http://anond.hatelabo.jp/20170519024441

全てがそうとは限らんな。

「家が貧乏ネグレクト受けてた」みたいな金持ちを僕は知ってるし、うちは祖父母が地主で、親も年収1000万あったけど、姉も俺も姉弟揃って安月給。

生育歴が将来に与える影響は大きいと思う、親が金持ってたほうが質の高い教育を受けさせて貰えるし、その方が成功する確率は高い。貧乏人の周囲の人間貧乏人ばっかりで、金持ち周囲の人間金持ちばっかり。人間性って周囲の影響かなり受けるから貧乏人家の子金持ちになるハードルは確かに高いし、金持ちの家の子の方がアドバンテージはある。実際、統計上も親の年収は子の年収比例してる。

ただ、貧乏から金持ちにのし上がった人の根性は素直にすげーって思うし、そういう根性、正直持ち合わせていない上に、今に状態から自分金持ちにのし上がるには、同じくらいの根性ないと無理だわって思ってる。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170517224249

他人の行動ばかり監視して、他人の話ばかりする人間

女だとこれはよく分かるんだけど(というか都会でも女ってのはそういうもんだ)、男でもそういうもんかね?

自分もド田舎出身だけど、親父や祖父が寡黙だったせいか他人の話をする田舎の男像ってのがよく分からんわ。

まあ他になんにもないから、近くの事件が唯一の刺激みたいなことになるのはわからんでもない。

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