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はてなキーワード: 祖父とは

2018-07-20

anond:20180720121044

ジジババ世代の方でも意識が変わっていて、昔ほど孫育て積極的ではない

高齢化で親(孫から見て曽祖父母)世代介護に追われていることも一因

anond:20180720122353

祖父母宅の近くに娘夫婦が住む

を想定してる。

祖父母の方がわざわざ引っ越す意味ないでしょ。

そういう人普通に多いよね。

まあ祖父母宅が古くなってるとか子供出ていて広すぎるとかで

そっちを処分して老後でも住みやすマンションに、ってケースもあるけど。

anond:20180720121902

娘と一緒に都会に住んでるとは、どれを想定してる?

・娘夫婦と同居 ← 旦那さんが嫌がる

二世住宅 ← 土地建設代は?

・娘夫婦そばマンションかに祖父祖母引っ越してくる

2018-07-18

ハッピーシュガーライフ宮崎勤事件

宮崎勤事件というのがあって簡単に言うと小児性愛オタクが幼い女児連続誘拐殺害などなどをした事件で,世間オタク犯罪予備軍というオタクロリータに対する蔑視確立させた出来事なのだけれども社会学者大澤真幸犯人動機小児性愛ではなく幼少期の身体障害祖父の死に際する独特の認識に基づくものだというアプローチを取っていて,ここで犯人は「おっかない・甘い」という指標に基づき,これを絶対的ものとして犯行を行っていた.

ハッピーシュガーライフという母親から異常な形の愛を注がれた故に愛を知らずしかし執着し他人と付き合っても楽しいとは思わない主人公さとちゃんが何らかの成り行きでしおちゃん(知らない人の子供)の首を締めようとしている母親イーゼルで殺してノコギリで解体し,生き残った二人で楽しく甘い生活を送るパーソナリティ障害(シゾイド境界性)についてのホラーアニメでも主人公は苦い・甘いという指標に基づいて行動していてこれもなんだか似た構図が展開されている気がしたのですよ

cf: 山内春光 「今田勇子から宮﨑勤へ」https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/6081/1/01_%E5%B1%B1%E5%86%85.pdf

anond:20180718152216

???

この話だよ!

祖父ちゃん初孫誕生に大喜びで大玉スイカを持って見舞いに来て、切って大部屋のみんなに配ってくれた。産後の体の五臓六腑に染み渡り最高に美味しかった

こっちの方が何気にやばい美談扱いされてるけど。

病院に生もの持ち込みはNGしかも「産科病棟で」「周りに配る」って感染症リスク考えると相当危険行為

出産直後の産婦&新生児なんて免疫力めっちゃ落ちてるんやで?

から

フルーツ回復食で普通に出てたなあ。

から噛みあってないよね?

anond:20180718151325

この話だよ!

祖父ちゃん初孫誕生に大喜びで大玉スイカを持って見舞いに来て、切って大部屋のみんなに配ってくれた。産後の体の五臓六腑に染み渡り最高に美味しかった

こっちの方が何気にやばい美談扱いされてるけど。

病院に生もの持ち込みはNGしかも「産科病棟で」「周りに配る」って感染症リスク考えると相当危険行為

出産直後の産婦&新生児なんて免疫力めっちゃ落ちてるんやで?

anond:20180718144132

職場メロン丸ごとの上司バカなんだけど

真夏出産して産科入院してたとき隣のベッドの人のお祖父ちゃん初孫誕生に大喜びで大玉スイカを持って見舞いに来て、切って大部屋のみんなに配ってくれた。産後の体の五臓六腑に染み渡り最高に美味しかった

こっちの方が何気にやばい美談扱いされてるけど。

病院に生もの持ち込みはNGしかも「産科病棟で」「周りに配る」って感染症リスク考えると相当危険行為

出産直後の産婦&新生児なんて免疫力めっちゃ落ちてるんやで?

看護師何も言わなかったのか?レベル低い病院だな。気付かなかっただけかもしれないけど。

2018-07-17

実家が太い知人はなぜか祖父母が長生

実家が太いというのは実家社会資本文化資本が豊かという意味で使った。

俺の知人たち、なぜか実家が太い奴らは祖父母が長生である。対して、実家が細い奴ら祖父母はすでに亡くなってる。

2018-07-16

50歳強制安楽死制度日本を救う

現在日本が抱える様々な問題は、国民を50歳で強制的安楽死させることでその多くが解決されることに気づいた。

50歳強制安楽死制度下での日本国民の一生は大体以下のようになる。

0~5歳

まだ若い両親の寵愛を受けて育つ。

後述の通り両親はまだ学生であるため時間も体力もあり、全面的な愛を受けて育てられる。

6~12

小学生

現行の小学校とほぼ同様だが、来るべき中学生時代に備え恋愛セックスに関する踏み込んだ性教育実施する。

13~15歳

中学生

男女ともに中学校にて婚約相手を見つけて婚約第一子をもうける。

妊娠中は女子生徒は学校に通えなくなるので、e-larningや家庭教師などで国が全面的学習サポートする。

子育てはまだ若い双方の祖父母のサポートの元で行う。

16~18歳

高校生

それぞれ配偶者と2~3人目の子をもうける。

学習に伴うサポート体制中学時代と同様。

19~22歳

大学生

子供かわいい盛り。

大学生活を謳歌しつつ子供と遊び成長を楽しむ。

学生であるため長時間残業子供と接する時間が取れないなどということもない。

23~39歳

社会人(あるいは大学院生)。

社会人時点で子供小学生。両親は40歳弱。

後述するが両親はすでに退職間近であるため、子供の面倒を全面的委託することができる。

子供の面倒に気を奪われることなく、全身全霊を仕事に注ぎ込むことができる。

1日最低15時間、週休1日前後で猛烈に働く。

40~49歳

退職

40歳以上の人間仕事パフォーマンスが下がるため社会には不要。早々にリタイアする。

40歳とまだ若いため、十分に余生を楽しむことができる。

孫(概ね10前後)とも仕事を気にすることなく存分に触れ合うことができる。

社会人時代は身を粉にして働いたため、遊びに使う貯金も十分にある。

第二の青春と言って良いだろう。

50歳

安楽死

病気に苦しむことなく楽に逝くことができる。

仕事に遊びに子育てに、充実した人生であった・・・

これによって何が解決するのか

純粋恋愛結婚回復

初恋をしたのは中学生の頃だった」という人も多いのではないだろうか。

この制度下では中学生時代結婚するため、現在のような30歳を過ぎて男女ともに打算で行う醜悪結婚とは異なり、若い純粋な恋情をそのまま婚姻という形で実らせることができる。

高齢童貞処女問題の解消

今日恋愛自由主義化はますます加速している。それに伴い男女ともに恋愛結婚から取り残される人間が多く出現するようになった。特に男性高齢童貞社会に対して抱いている怨念は凄まじく、その存在自体が人々や社会迷惑を与え、中には直接人々に危害を加える人間まで出現する有様である

この制度下ではかつて共同体企業果たしていた「お見合い」の機能中学校代替する。これにより恋愛セックス結婚から漏れ落ちる人間がいなくなり、それは即ち高齢童貞消滅意味し、治安においても精神衛生の面においてもこの国が安定することに繋がる。

万全なる労働力の確保

40歳以上になると体力も低下し思考も硬直化するため、労働力としての価値は低下する。

この制度下では40歳退職となるため、20~30歳の働き盛りを労働力の中心に据えることができる。

完全なる女性社会進出の実現

女性生物学宿命により、妊娠出産のために最低でも1年近くは前線から離れることとなってしまう。一方グローバル社会での企業間の競争は日に日に激しくなり、どの企業産休・育休による社員前線から離脱容認できる体力がなくなっている。女性社会進出の意義を企業理解していても、どうしてもこの事情があるために女性社員雇用や重役に任命することに二の足を踏んでしまうのだ。

この制度下では新卒入社時点ですでに女性は2~3人の出産を終えており、また祖父母による育児サポートを得ることができるため、産休・育休による戦線離脱がない。これにより企業安心して第一線の企業戦士として女性雇用することができる。

グローバル社会での競争に勝つための競争力を得ることができる

24時間働けますか」とはバブル時代象徴する栄養剤のCMキャッチコピーであるが、この言葉通り資源のない日本は粉骨砕身の労働によって世界トップ経済大国に躍り出た。企業間の競争苛烈さは日を追うごとに増すばかりだが、それに反するように労働者の育児に関する休職・早退の問題も増してきている。この制度下では前述の通り現役労働世代育児問題に悩まされることはない。気を惑わされることな自分の取り組むべき仕事100%のエネルギーを注ぎ込むことができる。これにより日本競争力は高まりグローバル経済戦争覇者となるだろう。

ネグレクトから解放

両親が仕事忙殺されるがためにネグレクトとは行かないまでも十分に愛情を受けることができない子供も多くいる。特に専業主婦が少なくなり母親フルタイムで働くことが多くなった今日においてはどうしても子供が両親と触れ合う時間が少なくなってしまう。

この制度下では0~7歳くらいまでは両親に、1020歳くらいまではリタイアした祖父母と触れ合うことができるため、多くの愛情を受けて成長することができる。

少子化問題の解消

この制度化では中学高校時代になるべく多く子を産むことが奨励される。

まだ学生身分であるから仕事を気にすることな産休・育休を取得することができる(休暇中の学習は前述の通りe-larningや家庭教師サポート)。

また、すでにリタイヤ済みの若い祖父母に全面的育児サポートを受けることができる(両親は仕事に集中しているためまだ孫の養育には参加できない)。

社会としても少子化が解消されるし、仕事に熱中するあまり出産適齢期を逃して涙を流す人も減るだろう。

不妊問題の減少

卵子精子も加齢によって痛み、男女ともに年を取るごとに妊娠能力が低下する。

この制度下では生物学的な妊娠適齢期である中~高校生の間に妊娠出産を済ませるため、不妊問題は大きく減少するだろう。

高齢化の解消

50歳で安楽死するからこれは自明

リタイア後の人生の充実

現在日本社会では60歳定年制度すらも無くなり、65歳あるいは70歳までも働かせようとする動きがある。

70歳でリタイアしたとして、その老体でどのような第二の人生を楽しむのか?

この制度下では40歳という若い年齢でリタイアするため、旅行スポーツを存分に楽しむことができる。

10年という余生は短く感じられるかもしれないが、まだ若い中年時代10年の密度は後期高齢期間の数十年に匹敵するだろう。

破綻した年金制度廃止

50歳で安楽死するため退職~死までの期間は10しかなく、現役時代苛烈労働によって十分な貯蓄を行うことができるため、年金制度廃止することができる。

苦しい死の可能性の軽減

日本人の死因の1位はガンである

ガンの終末は苦しい。

ガンに限らず年を重ねるごとに重い病気によって死ぬ確率高まる

そうなる前の50歳という比較若い時点で安楽死することにより、苦しみの果てに臨終するという悲劇可能な限り避けることができる。

公務員の親父が新人時代うつ病になりかけた話

俺は地方公務員志望の大学生で、これを書いた数週間後、もう一度地元に戻って二次試験を受けることになっている。

公務員を志した理由は色々あるけど、「同じ地方公務員の親父の影響も多少はあるかなー」って思ったりする。

から書く話は、一次試験に受かった後で親父から聞かされた、過去の苦労と俺へのエールが入り混じった話だ。

俺の親父は地元を出て都内大学に入り、公務員試験に受かった後、地元県庁マンとして働き今に至っている。親や人としては、やや偏屈で口数が少ない点を除けば、家族思いで優しい真面目な人である

親父が大学三年だった当時、世の中はバブル真っ只中で、『景気がいいのに給料企業と比べて安い公務員になるなんて馬鹿馬鹿しい』というのが世間認識だった。

もちろん大学内でも同じで、親父が在籍してた学部の中で公務員を目指すヤツは親父含めてごくわずかだったし、その話で仲間や友達からよく笑われていた。「公務員とかやめてサラリーマンになりゃいいのにww」みたいな。

親父は『不器用自分絶対会社荷物になるから』という理由公務員を志したので、別に無欲という訳でも、未来予測ができるほど頭いい訳でもなかった。嫌な言い方をすると、逃げで公務員を目指していた。

そして大学三年の三月に、バブル崩壊が起こった。

先輩達(四年生)の内定は取り消され、進級した親父の仲間達も就職氷河期突入内定が取れない、就職先が見つからないなど、『バブル崩壊』で検索すれば出てくるような、大変という次元じゃないくらいの状況に巻き込まれた。

仲間達の非難や不満の矛先は親父に向かった。

「お前はいいよな。働き口で苦労しなくて」とか、

「俺らの税金で飯食えるなんてうらやましいな」とか、

就活がうまくいかないストレスを、嫌味や妬みと一緒にぶつけられた。

仲間からの心ない言葉で少しだけ病んだ親父だが、公務員試験には受かり、卒業後に地元に戻って県庁に入った。

それだけなら「よかった」で済む話だが、問題公務員になって最初に配属された場所だった。

税務課に配属された親父が県庁マンになって初めてやった仕事は『徴税吏員』だった。一言で言うと、テレビでたまにやっている税金Gメンみたいな仕事だ。場合によっては差押えたりもする。

この仕事が親父の精神を病ませるのに拍車をかけた。バブル崩壊による不況の波は当然、地元にも及んでおり、経営していた会社が潰れた人や、それで失業した人が続出してた。

その人達にとって親父の姿は、見ようによっては血も涙もない悪魔に見えてたかもしれない。業務立場上、滞納している税金差押えたり、それで暴言を吐かれたり、困窮した生活を見たりで、親父の精神はすり減っていった。

ただでさえ公務員に対する風当たりは強かったが、徴税吏員仕事内容もあって、親父の目から見れば、彼らから向けられた感情ほとんど殺意に近かったらしい。

上司や先輩達から叱咤激励を受けながら何とかやってこれたが、親父にとってこの仕事トラウマになっていて、

「幸い三年で異動になったけど、もう一年やってたら確実にうつになって精神が潰れていたかもしれない」

「あの仕事だけはもう二度とやりたくない」

と、こぼしてた。

大学時代のトラウマから友達にも「公務員になったけど辛い」と相談できず、親(俺の祖父母)に弱音を吐くこともプライド的な何かでできず、さら彼女もいなかった(まだ母さんと出会ってなくて、その時まで彼女なしだった)ので、事実上孤立無援状態だった。

『何で俺だけがこんな目に遭うんだろう』と毎日思ってて、食事が何日も喉を通らなかった時期もあったとも語った。

以上の自分語りをした後、親父は、

「これから先どうなるかわからないが、消防士が外で昼食とってクレームつけられたり、弁当の注文で通報されたりで分かるように、まだまだ公務員は厳しい目で見られると思う。

でも、公務員を目指す以上、そのような目に遭うことは覚悟をしなさい。それでも、どうしても辛くなったら、俺や母さんに言いなさい」

と言った。

公務員になってどんな仕事が待ち受けているのか、どんな目に遭うのか、それ以前に公務員試験に受かるかどうかもわからないが、親父の言葉を胸に頑張ろうと、強く心に思わせる話だった。

おばあちゃんの家にもっとお金使っておけばよかった

自分茨城なんだけど

311祖父母の家が壊れちゃてもう立ち入れなくなった

古い平屋で大好きだったのに

もう入れない

悲しいなあ

もっと祖父母が生きてるうちに、新しいエアコン買ってあげたりすればよかった

2018-07-15

整形したら父親から絶縁された

能面のような一重まぶただった。

よく、デリカシーのない人からちゃんと見えてるの?とからかわれる。笑ったら目ないじゃん(笑)とかも言われる。小さい頃からずっと、そういう屈辱さらされてきた。だからお年玉バイト四十万円貯めて整形して、並の目を手に入れた。

ようやく自己肯定感がわいてきて、視界が広くて、化粧が楽しくて、私はハッピーだ。母も祖母も(祖父他界している)、美人になったねと褒めてくれた。けれど父だけは違った。俺は今でも認めてないといって口を聞かない期間が続き、昨日、ついに縁を切ると言われた。意味がわからない。整形したくらいで親子の縁切るとか正気なんだろうか。あんたが密かに好きな某タレント女の子だって目をお治ししてるわボケ

モラハラ親やっべーなーと言いつつ、思いつつもちろん悲しいし傷ついてる。自己肯定感を取り戻したら父親を失うなんてさ。つらい。

2018-07-14

サヨクキモイから安倍さまと心中するぞの若者事実だとして)も大概だが

実際サヨクキモイのも確かで

 

安倍晋三のことを頑なにナントカ孫だの特殊呼び方連呼し続ける物知りぶったツイッターサヨクのおぞましさったらない

調べたら安倍祖父安倍寛というので「安倍寛孫」で晋三のことなのだそうだ

何そのトリビア

安倍政権の危険さを一般に訴えるためのツイートで、一読諒解性を下げてまでその知識を繰り返し披露する必要ある?

 

俺はサヨクを諦めた

ジャップを諦めた

2018-07-13

通販規制

日本小売業が衰退したのは、通販のせいだ。

ジャパネットたかた通販生活をはじめとした通販規制すべきではないか

そうすれば、デパートにも客が戻るはずだ!

軍人祖父受け売りだけど。

千羽鶴に付着した手の汚れが原因で、

ノロウィルス感染

今回の大雨からかろうじて生き延びた

祖父は帰らぬ人となった。。

祖父介護現在進行形

かれこれもう5年くらいになる。認知症介護

初期の頃はよくありがちな被害妄想や車での徘徊が多く、身体が元気なので家族負担が大きかった。車は懇意にしている整備士さんに協力してもらい、こっそりと物理的に破壊した。免許を取り上げてもなんの意味いから。

中期になると家中徘徊するBOTと化した。台所タバコを吸い、トイレに入り、洗面所で手を洗い、顔を洗い、目薬をさし、ベッドに戻り、またタバコを吸いに台所を目指す。この一連の流れを一生ループしていた。夜中とか関係ないし、蛇口は捻りっぱなしだし、タバコや目薬は速攻で無くなるし金が非常にかかった。

そしてちょうど1年前、山奥にある精神病院認知症病棟に入れてもらえた。認知症病棟は2つあり、(パワー系や徘徊系の病棟)と(植物系の病棟)がある。うちの祖父後者

今は目も耳も不自由なので、もはやコミュニケーションは取れない。ただ時々、あることばを発する時がある。「ありがとう」だ。

肩をトントンと叩いたり、手をさすったりすると言うのだ。ありがとうありがとう、と。

祖父は頑固な性格で、俺とは衝突しがちだった。俺には父親がいなかったので、男らしさを見せることにこだわりがあったらしく、とりわけ俺に対しては厳しく頑固だった。

掴み合い殴り合いの喧嘩もした。恥ずかしながら俺は24歳の頃に当時70後半の祖父に挑んでボコられたことがあり、以降ビビって挑まなくなった。そうして俺は勝てないまま、祖父祖父じゃなくなってしまった。

そんな頑固で、腕っぷしが強くて、俺をボコっていた、あの祖父が。車椅子に乗り、くそまずいおかゆ?みたいなワケワカラン食事をとり、ありがとうしか言わなくなった。

この前の週末も、病院くそまずそうな色つきの豆腐みたいなやつをスプーンで食べさせていたら、案の定言いやがった、「ありがとう」と。

礼なんて言わないでくれよ。ごめんな、こんなまずそうなもん食わせてしまって。ありがとうを言いたいのはこっちの方なんだけどな。もう言ってもわかんねえか…でも、ありがとうありがとうな、じいちゃん

2018-07-12

古い漫画のワンシーンに出てきた俳優名前

ん?と思って調べたらやっぱり自殺で亡くなった俳優だった

この漫画が発売された当時は今をときめくスター代名詞だったんだなぁと思いながら

自殺の原因を検索した

遺書もなく明確に理由が分かるようなものは残されていないが、借金があったとのこと

また、彼の親族の多くが借金自殺していた事実

まとめたサイトを読んだ

ふと自分小学校同級生を思い出した

自営で商売をしている家で

父親祖父自殺で亡くなっているのだという

ずいぶん大人になってから知った話だ

理由はやはり借金だったらしいと地元の友人が言っていた

借金を自らの命で返すなんて考えもできない

けどそういう手段をとる人はいるんだな

同級生の彼は家業を継いでいる

滅多な事がないといいが、と重い気持ちになった

2018-07-11

なんでも持ってるやつが鬱になってるとさ

知人が鬱になった。わけもなく涙が出て希死念慮があり、仕事ができず実家へ帰っている状態らしい。

俺はたまたまツイッターでつながっていたので、最初こそ見守ったり優しい言葉をかけたりしていたが、最近は嫌になってやらなくなった。なぜかというと、知人がなんでも保っているのを見てイヤになったかである病気心配してくれる優しい両親、経済的に豊かな実家長生きの祖父母。献身的に支える恋人、鬱に理解のある職場

俺が欲しくて、しかし手に入らないものばかりだった。俺はつい、こんなに恵まれ環境で鬱なんて甘えだろ俺はもっと不利な条件だが我慢強く生きてるのに。と一瞬考えてしまった。悲しい。貧すれば鈍すってやつか。

宗教家の母が死んだ。

といっても実際に亡くなったのは数年前のことで、彼女がはまっていたもの宗教と言っていいのかも微妙なところだ

誰にも言えなかったことを吐き出そうと思ったら長くなってしまった

私が物心ついたときから母はその手のものが好きだった。インドヨガマスター?の団体アーユルヴェーダ断食などに興味を持ちそのいくつかには私も参加したことがあった。家にはスピリチュアル自己啓発本が何冊もあった。

最終的に彼女が行き着いたのがある「教祖」だった。

私自身幼い頃なので詳しく覚えているわけではないが、彼の教団が形成される段階のうち比較的初期の方に出会っていたようだ。

したがって当初その関わり方はいわゆる信者ではなく弟子のように直接的なもので、なん家族かで彼の家に泊まりに行ったこともあった。彼の子供を含む歳の近いものたちで海に行ったり花火をした思い出もある。ならなぜわざわざ「教祖」と呼ぶのか。それは、母が金をつぎ込んでいたかである

たとえば彼の家の近くによもぎ蒸し風呂を作りたいという話。これは消防署から許可が降りず、出資した数百万円は水の泡になった。このようなことは何度もあった。母は専業主婦だったため独身時代貯金、父の収入、そして実家から借金をしていたようだ。この活動は命に関わる難病と診断されてからより一層激しくなった。

母とその仲間たちは彼に心酔していた。しかし私はそれに従いながらもどこかで疑問に思っていた。これは定かな記憶ではないが、ある日それが高じて母の日記を盗み見たことがある。そこには

今日は(教祖)先生の夢を見た。膝枕をされている夢だった。これが性夢だろうか。この先より高いレベルに到達したらもっと先の夢が見られると先生はおっしゃっていた」というようなことが書いてあった。耳年増だった私はその意味するところに思い至りすぐに日記を閉じた。

また、母は彼から叱責されたり冷たい態度をとられると泣いて塞ぎ込んだ。私との血縁関係よりも公的なことを優先しなければならないと言った。これはその先生の言う「この世の人のためのこと」を実践するという意味だった。

テレビ市販お菓子や肉食を避け、引越しをし、出資した。ある女性中学生の娘を祖父母の元に預けて家を出たと聞いた。合宿では朝昼夜にそれぞれ講義を聞かされた。通話ソフトを通じた先生講義中は子供たちも会話は許されず、座禅を組みながら聞くことを推奨された。母はこの世の人を救い、それによって救われるらしかった。私もそれを漠然と信じていた。先生理念を叶えるため事業につとめる母は苦しくも生き生きとしているように見えた。そのころには先生にも頼りにされ、上位幹部的な存在だった。

しかしある日母が死んだ。

死因は不明だが恐らく急性の心筋梗塞脳梗塞。まだ眠っているような安らかな死顔だった。

先生電話をかけたら泣いていた。彼の教えは母の、少なくとも物体的な命は救えなかった

母と私は療養のため普段は父と離れて暮らしており、久しぶりに家族全員で過ごしていたときのできごとだった。私はそのまま父の元で生活をはじめ、数年が経った。

その間ずっと私は母に複雑な思いを抱いていた。

私は母のことが大好きだった。母が難病だと知って、もし母が逝ってしまったら私も死のうと思っていたくらいだ。いい母だった。いろいろなことに挑戦させてくれたし、教団を通じて出会った同年代の友人とは今でもとても仲がいい。私の体を心配して、寝る前にはマッサージをしてくれた。病をおして出かけてくれた。強制することな学問素養をのばしてくれた。たくさん愛の言葉をかけて抱きしめてくれた。

それでも彼女不安定で、先生にすがっていて、私よりも世界の方が大事だと言った。世界を救うのと言った。母の温かさに直接触れられなくなってしまってからは、それがフラッシュバックして、日記を忘れられなくて、なにかに引け目を感じたまま生きてきた。

私は生活不自由したことはないし父にも母にも愛されて育ってきた。母がなくなったことを勘定に入れても恵まれているほうだろう。それなのにそんな気持ちを抱いてしま自分が嫌だった。

去年の終わりごろ、その先生と会った。母の死以来はじめて話した先生は痩せて酷く弱っているように見えた

彼は涙を流して謝って、母のことを本当に大切に思っていたと言った。私のことも娘のように思っていると言った。そして息子と結婚しないかと持ちかけて、帰っていった。

そしてその一週間後に彼は死んだ。

遺言のようになった縁談を、しかし私は断った。

この日記を書いたのは、その縁談相手から久しぶりに連絡が来たからだ。

彼は彼の信じるものに従って母の忘れ形見の私を守りたいと思っているのだろう。私の価値観とはズレるところがあるが、善き人であるのは確かだ。

気になって彼らの現在活動を調べてみた。とてもうまくいっているようだった。理念は変わらず、ホームページ表記宗教色はあるものの、自然派の人をターゲットにした事業で真っ当に成功しているようだった。口コミも不自然でない程度によかった。世界を救えるかはともかく、普通に面白い試みだと思えた。公式Twitterもそこそこ流行りに乗ってた。母のかかげた理想は、思ったほど馬鹿げてもなかったのかも。母の苦労は報われつつあるのかな。

今になって思えば私は母にとって絶対的に一番の存在になりたくて駄々をこねていただけなのかもしれない。彼女は私が求めるほど完璧ではなかったけど、けしてただ弱い人だけのじゃなかった。「この世の人」の中には私や父、母自身も含まれていたのだと気づいたのは最近のことだった。歳をとるごとに母の強さを感じる。

私はきっとその活動には参加しない。でも私自身が大人になりつつあること・その団体成功を知ったことで哀しい宗教家としての母は死んでいき、先見の明があって優しくて賢い大好きな母の姿をもう一度曇なく信じられるような気がした。そしていつか誰にも恥じずに母の話をしたいと思った。

うちの親、バカだった

ウナギ絶滅危惧種であるというニュースを聞いて親父が「ウナギいなくなっちゃうのか、じゃあ今のうちに食べなきゃね」と愚かな一般大衆典型的バカ発言をしたの見てやっぱりバカだったんだと思った。

母親も事あるごとにウナギ食べたくない?って私に提案してくる。

母方の祖父熱帯魚を家の近所の川とか湖に捨てるような、学習図鑑に書いてある通りの典型的ダメ人間だし。

2018-07-10

点滴異物混入事件で思い出したこと

かなり個人的感想だけど、患者不審死事件を初めてニュースで見た時から犯人はその病院勤務看護師しかいないだろと思っていた。

数年前、たまたまあの病棟みたいな終末期医療患者さんばっかりのところに一ヶ月ほど入院してた事がある。そこは救急も受け入れていたので突然の大怪我で運ばれてそのまま入院になったんだけど、退院する前に耐えられなくなって転院した。

とにかく病棟雰囲気殺伐としていた。看護師ヘルパーが無愛想なだけならまだいい。

仕事殆どが寝たきりのお年寄りの世話のせいかスケジュール通りの仕事以外は面倒って感じを隠そうともしない。何か頼みたくてナースコールしてもまともに来てくれた記憶がない。日々の処置も乱雑でモラハラに近いものがあった。看護師全員がそうじゃないにしても誰かに何か頼むのがすっかり嫌になってしまった。

病院じたいもあまり良くなかった。病室は狭く設備も古くて食事の内容もいくら病院食といってもこれはないわと思うぐらいの粗食。担当医師暴言多いし勤務時間の合間に病院の裏口で医師同士が喋りながらタバコ吸ってる(家族が何度か見たらしい)。

でも何より毎日世話になる看護師たちのやる気のなさが一番きつかった。看護師同士の仲もあまりよくないのか、引き継ぎの連絡もうまくいってなかった。

こっちは思うように体動かせないし立場が弱いか我慢してたけど、最後はもうこれ以上は無理ってなって泣きながら訴えたら旦那理解してくれた。

転院先のごく普通の小さな総合病院天国に感じた。

私のはやや極端な例かもしれないけど、事件看護師本人の資質に加え、その病院全体の雰囲気経営方針とかも関係あるだろと思う。自分の勤務時間中に亡くなると説明が面倒とか言ってたらしいし。

あの時大勢入院してた終末期の患者さんたちのご家族はどう感じてたかはわからない。寝たきりの祖父母や親を預けるだけなら問題は感じてなかったかもしれない。でも入院してた患者立場からするとただでさえ憂鬱入院が更に憂鬱になるような、かなり殺伐とした場所だった。今回の看護師逮捕ニュースを見て久しぶりにまたそのことを思い出した。

腰痛のひどい祖父がどこからかもらってきた名刺を見てみると、

以下のようなURLだった。

http://honbu-shizenkeitai.com/

ネット名前を調べてみると

以下のような研究所も構えているということで

やばみを感じた

https://hydrogenscienc.com/

その場では、病院に行く方が良いのでは?と

言っておいたが、強く止めたほうが良いのだろうか

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