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2022-12-08

相変わらずデリヘル嬢に恋をしている

どうも。先月に何度か投稿した、デリヘル嬢に恋してしまった増田です。

想定外のことがあり全投稿削除しましたが、いま思うとまあ別にいっかという感じなのでまたゆるゆる続きを書いていきます

ここで垂れ流すことでしか消化できない心があるので。

彼女のインスタを目にして以来、僕は彼女のことを忘れるよう努めた。そして当然、その努力は失敗に終わる。仕事は刺激的で調子が良く、親友との旅行計画もとても楽しみなのに、頭の片隅ではずっとあの妖しくもあどけない笑みが浮かんでいるのだ。忘れようとするほどに濃くなるのが面影というものなのだろう。

前回で僕は夢から覚めたような気がしたが、いま思うとあれは夢の質が変わっただけだ。彼女が僕をどう見ているか関係なく、僕が彼女を見る眼差しが夢なのだ。僕が都合の良いカモに見えていたとしても、僕の恋には何ら影響しないとすら言える。いつの間にか僕はまた彼女に会いにいくことを考えていた。

婚約者に対して僕はどんな態度を取れば良いのかわからない。彼女は僕がどこかいつも上の空なのを心配して、本当に自分を愛しているのかと何度も問うてくる。その問いがどれだけ男の愛を遠ざけるか彼女は以前の恋から学んでいるはずなのに。

婚約者と僕はいつも祝福されていた。お似合いのカップルで、共通の友人も多い。なぜそのまま美しい結末を迎えられなかったのかと今でも不思議に思う。いつの間にか僕たちのコミュニケーションは歪なものになっていて、少しでも油断するとどちらかが傷つくような息苦しい関係に変わっていた。僕が生きたいように生きるのを彼女は許せなかったし、僕が彼女人生観に染まらないことに彼女は不満を募らせた。彼女から見れば僕の理不尽なところもいっぱいあったのだろう。気づけば、初めてデリヘルを呼んだあの日から零れ始めた婚約者への想いは、もうわずかにも残っていなかった。ただ泣かせるのが不憫で、より正直に言えば面倒で、僕はまだ別れを告げられていない。

今この文章を書いている時、僕はデリヘルのためにわざわざ飛行機に乗っている。あらゆることが奇妙に倒錯していておかしいなと思う。

予約を見て、例の女の子がインスタから連絡を送ってくれた。来てくれて嬉しいというメッセージ。たった一通の言葉でこんなにときめくのは17の夏が初めてで、一通しかくれない女の子との恋はだいたい悲しく終わるのだった。

このあとホテルについて、また一通りのことが終わったら続きを書こうと思う。

女の子が帰ったので続きを書きます

今日スタートから300分で入ったがやはり彼女遅刻してきた。入室して早々、彼女今日全然寝てないんだよねーなどと言いながらベッドへ行き、そのまま寝てしまった。1時間ほど彼女いびきを聞きながら僕は愚かにも相変わらず可愛いなあなどと考えていた。寝顔を見ているだけで全く飽きずに時間が経っているこの感覚は、初めて恋人をうちに泊めた時のようで懐かしい。

やがて彼女は起き、シャワーを浴びてプレイが始まる。なぜか今回も僕は彼女の手で達することができず、結局は彼女に性感帯を刺激されながら自分の手で彼女の口に果てた。ティッシュに吐き出したもののすぐにはうがいに行かないところに思いやりを感じた。

事後に僕たちはタバコを吸いながらなんとなくぎこちなかった。彼女は全く何も考えていなかっただろうが、僕からすれば人生をまた一つ破綻させてしまうような選択をしながら目の前で起きていることが何も思い通りにならない。彼女TikTokを見始めて、僕はその横顔をじっと見ている。初めて会った時には衝撃を受けたあのかわいさが今日はどこか翳っていて、それでもなお僕の心に突き刺さるのが怖い。その猫目に僕が映るためにはただ札束を重ねれば良いのか、もしそうならどれだけ楽なことか。それでは手に入らないものがあるから僕はお行儀よく店のルールを守って楽しんでいる。正直、何もかも忘れて改めて自分のどタイプ女性を探して口説く方が良いのではないかと感じた。

300分も終わるという間際、ふたたび微睡む彼女挨拶のように口づけをして、それからもう一度果てた時にはもう彼女は帰る時間だった。しっかりと寝た彼女はそれまでと打って変わって元気になり、交わす会話のどれもが何か知らない世界を見せてくれるようでとても美しい。タトゥーを入れる日が決まったと嬉しそうに図柄を見せてくれたとき、僕はこの人に脳の回路を焼き尽くされていてもう元には戻れないんだと悟った。ねだられるままに延長を行い、穏やかに会話を続けた。

腕に噛み跡を見つけた。痛そうだねと言うと、彼女は「やばいよね。彼氏いると勘違いされるからやだ」と答えた。彼女はい恋人がいないという甘美な罠を撒いたのだ。それから僕がタイプ男性について尋ね、穏やかで余裕がある人だと彼女は言う。僕がこれから何度も来てその証明をせずにはいられない呪文

敢えて言語化するのを避けてきたが、やはり僕は彼女の心に入りたい。それは定義すら不可能な願いだ。でも一方で、究極の隔絶を乗り越える意志こそ恋なのではないかとも思う。見えすいた嘘と知りながら僕はのめり込んでいくのだろう。どんな悲劇で終わったとしても、とにかくいま僕が感じる美しさの称揚女神に直接伝えられるということがそれだけで実存根拠になる。

帰り際、彼女は改めて今度お店の外でも一緒に飲もうと言ってくれた。いざ次の予約を取ればなんだかんだでなかったことになるのは目に見えている。彼女にとって僕と会うメリットは、注文の少ない客のとなりでボーッとしとけばそれなりの給料が入るということのみだ。わざわざ飲みにいくような面倒なことをしないだろう。

でも、もし。もし本当にプライベートで会うことができたら。その時にわずかばかりでも僕に対して興味をもつそぶりが見つけられたら。その時僕は世界の美そのものを手中に収めたかのような心地になるだろう。寝ずに夢が見られるなら死んだも同然かもしれない。僕の周りのあらゆるスピーカーRADWIMPSを流す。

前回は送らなかったお礼のDMを送った。初めて送った時は返信がなかったが、今回は「いつも長い時間入ってくれるのに延長もしてくれて嬉しい」と返ってきた。

どうやらもう少し気持ち良くカモを続けられそうだ。外は朝焼け

anond:20221208042206

読解の補助教材として読むならともかく、これで英作文対策をする/させるのは馬鹿しか言いようがない。

323. Go where you will in Holland, you will see windmills. 

オランダでは、どこへ行っても風車が見られる。

日常会話や一般的文章でこんな表現をする英米人はまずいないし、ましてや日本高校生がこんな英文を書く必要は全く無い。

2022-12-07

anond:20221207210713

ブコメの「暴力革命放棄するとか書きようはいくらでもある」「暴力革命未来永劫否定すると文章に明記すればよい」これに尽きるのでは?

国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、社会主義共産主義日本経済生活では全面的否定される。

https://www.jcp.or.jp/web_jcp/html/Koryo/

このように共産党綱領でも何かを明確に否定する表現は使われているので暴力革命全面的否定を明記しない理由別にあると考えざるを得ない

そもそも綱領は〇〇すると書くものであって〇〇しないとは普通書かない」自体眉唾自民党綱領には「社会主義政策は採らない」とあるのだが

絶対に書かないわけではないが普通は書かない」程度の話であれば共産党暴力革命関係はまさに普通から外れている問題なのだから書くべきだろう

anond:20221206201255

WEBでも紙面っていうの? ってとこが気になりすぎた

WEBで完結してる話でサイトのことを紙面とかって呼んだりしてるのかなぁ

あと、ブコメで「違くなっていた」とかに突っ込み入れてる人が居て、

この人だけじゃなく、文章に関わる仕事してる(という設定の)人の増田文体とか表現?とか「ほんとに文章に関わってるのか?」てツッコマレがちなんだけど

WEB漫画原作とある企業広告っぽい案件しかしたこといから詳しくない。自分原作本業ではないのでなんちゃって脚本形式で納めた)

本業ブログとかの個人的文章SNSでの書き方って分けてるから

律儀に色々守ってたらお前(WEB)小説書いてるやろ?とかって、疑われかねないからあえてルール破ったりもしてる



違くなってたとか、わざわざ面倒な変換必要かなーとか思ったら普通に変換できたので、たまたま一般的な使い方になったか

言葉作法時代によって変わってくもの

一番意味がないのは10~20年前の常識を守り続ける人だと思う

その常識って、30年前からしたら変化しつつあって当時の人からしたらおかしなことだったりするから

明確な基準点があるなら一生そこにこだわり続けたらいいと思うけどどうせ根拠ない

んじゃの! ノシ

ちゃんブコメ読んだら、めっちゃ頓珍漢な推測してたし、己もルール破ってるし(ブコメ100文字制限なら破りたくなるからしゃーないが)

違と遠をどうやったらPCやらスマホで間違えるんや? ネタかな

騒音が嫌なら戦え」と促したら拒否された

お前らは知らんかもしれんけど騒音問題の近隣トラブル戦争なんだよ

anond:20221206210542

というエントリ

じゃあもうお互い「戦争?受けて立ちますよ」でいいだろ/長野の件が騒がれてるのだって珍しいから。本当に社会全体で殴り合いを始めりゃ白黒付く/そんで十中八九施設側が勝つよ、結局お前らは社会合意を得られない

っていうブコメを書いたんだが、なんかフワッとした言論で反対してくる奴がいたので当エントリに対する俺の考えを引用しつつまとめたいと思う。


話がややそれてしまったが、なぜ騒音問題子どもがつくと大きなトラブルになるかというと、「子どものためにお前が我慢するべきだ」という強制が働くからだ。こういう考え方を「子どものことを考えろ主義」といい、詭弁一種である

子どもを抜きで考えた場合騒音問題は「騒音に悩まされて可哀想に」という話から始まる。ここでは明らかに騒音我慢するべきだ!」というようなことは言えないだろう。しかしそこに子どもが入った途端、「子どものためだからね。めでたしめでたし」という概念で上書きされる。しかし、騒音問題自体はなくならない。「騒音問題の話はどこに消えた?」である

この文の後に「子供のことを考えろ主義」がいか詭弁であるかのよくわからん例が続くわけだが、あえて言わせてもらう。

かに全く論理的じゃないけど、それが何か?

dB騒音問題でも原因が子供となれば途端に寛容を押し付けられる事。

これは確かに論理的理不尽だ。

否定する気はさらさらないが、それでも敢えて言わせてもらう。

子どものためにお前が我慢するべきだ」と。

もちろんお前は納得しないだろう。

子供はそういうもんだから」とか「子供に優しい社会を作るためだから」とか言われてもお前はきっと首を傾げたままだと思う。

お前のほうが理屈としては正しいんだからそりゃあそうだ。

結局大手を振ってお前に我慢を強いることができるのは「そういう論が社会合意を得ているから」というだけ。

もしこれに納得が行かないならお前なりの理屈を引っ提げて堂々と殴り合えばいい。

そうすりゃ「子供のためにこのくらい我慢すべきだよね」ってラインが引き下がるかもしれん。

別にお前が例に示した通り、子供がいりゃ親の行動が何でも許される訳でも無いわけだしな。

来るならかかってこい。

来ないなら従来通りだ。子供のために我慢しろ

実際の問題は、子どもの出す騒音について「なんら対策をしない」「対策をしようともしない」「それを指摘する側に問題があり『異常』だと周りに噂を流す」だったり、わざと嫌がらせをするだったりである

文章の中盤では「自分子供と戦っているのではない。子供は悪くない。大人問題なのだ。」という論に移行するため上記のような例を挙げつつ、例の長野の件を交えながら論理展開を行っている。

別にそこは問題にしていないだろ

行政施設対応に関してはどこまで行うのがヨシとされるか、それは各々に基準があり曖昧なモノだろう。

しか騒音トラブルから派生して嫌がらせまで発生したら流石に擁護できない。

擁護できないというか、「誰も擁護してない」。

なんか中盤から騒音トラブルが発生すると子供を盾にして親が無茶苦茶やりだす」ことが前提であるかのように論理が展開されている。

長野の件もそうだが「子供が密集する施設において発生せざるを得ない騒音」以外は社会合意は取れておらず、現に100台近くの車が送迎しアイドリングしっぱなしだった件は擁護する声もほぼ無い。

母親の立ち話がうるさい」なんかもまぁ理解されるだろう。

騒音問題から派生することがあるインシデント」として紹介したおかげでそれらしい論になっているが、

その実「配慮に欠けた行為(嫌がらせとか)はよくないよね」というだけで、何の意味も為していないパートだ。

そこは別に非難されるべき点として否定しようがなく、それっぽく文章を彩るミスリードしかなっていない。

そして、実は「子どもの出す騒音」それ自体は、それほど大きな問題ではない。子ども騒音は確かに問題であって長期間続けば耐えられなくなりノイローゼになりかねないという状態になり、たいへんきついものだ。ただし、事をより大きくするのはそれに対する適切な対応が全くなされないことにある。

話の組み立てとして引用する文が前後しているが、この部分も疑問がある。

それは「適切な対応とは何か」ということだ。

①でさんざん語ったが、こちらとしては理屈抜きで「いやなんか色々言ってるけど子供なんだから我慢しろよ」としか思っていないし、それで突っ切るだけだ。

この考えを持った上で「適切な対応しろ」と言われても

「適切な対応」=「ガン無視すること」にしかならない。

せいぜいポーズとして親と子供に注意を促す程度だろう。

まぁクレーマーとして黒い噂が立ち込むようなら②で言った通りやり返し過ぎだろうが、対応の無さにキレ散らかすようであれば同情するのも厳しい。

これがおかしいと思うなら戦うしかない。

子供の声がうるさくてうるさくてノイローゼになりそうなんです!』って社会アピールするしかない。

そして残念ながら、今の社会解決できるほどの余力はない。ただ「そんなところを選んだお前が悪い」のだ。

ももしそうなったとしたら、自分あなたと同じように苦しんだことを覚えておいてほしい。身の周りの誰もがあなた理解してくれなかったとしても、世界にはそういうことをわかってくれる人はたくさんいることを覚えておいてほしい。それだけで心の荒みはやや緩和されるだろう。

どうもコレが結論らしい。

まぁ書いた本人はセンチに浸っているんだろうから仕方ないが、この文章同意した方々に聞きたい。

ホントに心の荒みがコレで緩和されると思います

ちょっと冷静に考えてみて欲しい

もしお前が戸建ての家を建ててその横に幼稚園ができちゃったとしよう

クッソうるせぇし文句行ったらクレーマー扱いで最悪な気分だ

そんな中ふとこのエントリを思い出す…

「あぁ…あの人も大変だったんだ…」そう思い、心の荒みが緩和………

されるのか?

まぁされたとしても一瞬でかき消されるだろ。騒音問題解決してねーんだから


結論からの逆算

なんでこんなフワッとした結論なっちゃったかと言えば、

最終的には「こんなボクにも配慮して欲しいんだなぁ〜」って感じのボヤっとした主張で終わってるからだ。

ハッキリと権利を主張できない理由、それこそ「社会的な合意を得られない」と尻込みしているからだろ。

バカ!そうじゃないだろ!

世界にそういう人はたくさんいる」んだろ!だったらそいつ等引き連れて社会に訴えろよ!

「『我々』と戦争することになる」じゃねぇよ!戦争しろよ!今から!!!

こっちだってかなり感情論に寄ってる自覚はある!

それでも負ける気は全くしねぇけどな!

来いよ!!!

騒音が嫌なら戦え!

anond:20221206191115

今42歳だけど、年齢よりギャルかどうかの話じゃないかな。

自分より年上の人でも、見た目や言動ギャルっぽい人は、こういう文章の人一定数いたよ。

青春時代メイク髪型を、おばさんになっても変えられないみたいなもんだと思う。

あなたは今、この文章を読んでいますね?

私には何でもお見通しなんですよ

反ワクで迷惑クレーマー母親を止められなかった

当方娘。何年も前から向き合っているが母親を止められず、母が死ぬまで私が尻拭いをすると思うと先が暗い。

迷惑をかけてしまっている医療従事者の方やサービス業に携わる方にも申し訳ない。

どうか、同じような父母を持つ増田さんにご助言を賜りたい。繋がれる福祉サービスなどはないだろうか。

登場人物の要約:気性が激しく感情的な振る舞いを抑えきれない母、逃げた父、診断済ASD複雑性PTSDで親元を離れたばかりの一人娘。

以下に詳細を記す。

50代の母は情報リテラシーが低く、リスクの高い行動に流されてしまやすい。

配信サイトツイキャスで反ワクチン陰謀論に触れてからワクチンは打たず、手を洗わずマスクはせず、咳は手で抑わない。職場では我慢してマスクをしているようだ。

御多分に洩れず水素水も買った。ホメオパシーにも感化されレメディも、EM菌商品も。

50代の方でインターネットを利用して信頼できる情報を探り当てることが困難な方がいることは当然だ。ある程度こういうもの生活に混じってくることは仕方がない。問題が起きそうな時に止めてくれる誰かが周りにいれば良い。しかし私はその「誰か」にはなれそうになかった。

父は母と私から逃げて暮らし離婚を考えているそうだ。母の姉妹や両親は母と離れて暮らす。母の周りにお節介な友人もいない。誰も「誰か」にはなれない。

加えて、母の感情的衝動性は隣にいても止められるものではない。その一面はクレーマー気質にも表れる。

商品サービスに少しでも気になることがあると、感情に任せて店やコールセンター電話をかけてしまう。怒鳴りつけて終わることもあれば、店員を家まで呼んで謝罪させたり、返品なしで返金させたりするまで止まらないこともある。

何か気になることがあると我慢ができない。特に買い物は我慢ができない。母のクレジットカード明細に、膨れ上がったリボ払い金額が記されていたこともある。

私は嫌な予感がするたびに母に向き合ってきた。

私は科学的根拠実在する士師業を信頼し、自分には困難なサービス業に勤める方や医療従事者を尊敬している。(これが必ずしも正しい考え方かどうかは、今は語らない。)

母が視聴した生配信を観て、根拠の薄い話・医学的に否定されている話は情報源を併記説明した。

母は長い文章や口頭での長い説明が苦手なため、平易な言葉遣いで最低限の情報を心がけつつ、危険情報から距離を置くように説得した。

介護に携わる方の体験談などを参考にしつつ、プライドを傷つけないような言い方も研究した。(仕事から離れ療養中で、時間はあった。)

しかしまるで相手にされない。幼い子どもの話をいなすように、今朝見た夢の話を聞くときのように、生返事をしてそっぽを向いてしまう。幸運にも聞いてもらえたとして、その助言は3日保たない。母の怒りに触れれば不機嫌になり、感情的に私や物に当たることもある。私一人ではこれ以上は対処のしようがなかった。

クレームをつけることについては、それ自体大切なことだ。行き過ぎているところを私が確認できれば、都度宥めた。間に入り伝える役を担ってみたこともあった。どれもほぼ効果を成さなかった。

そもそも大の大人の行動を一人で全て確認制限するのは人権的にも無理だ。

私が精神的に衰弱していれば、前述の行動も全てできない。その上母が不機嫌な気配がすると、それだけで身体が強張り、次の日は寝込んでしまう。どうしようもない。

そのうち私が全く外出できない程に弱ったので、福祉と投薬に大きく頼り、数百km離れた土地に引っ越さざるを得なかった。今は障害年金と軽い労働でなんとかやっている。

母はといえば孤独にしてしまったので、以前よりも歯止めが効かなくなっているかもしれない。精神科で私を担当してくださった医師の方が、母親との連絡を避けるよう念を押したため、詳しい状況は確かめる気がない。

ところで、話の都合上ここまで母ができないことの話ばかりしてしまったのだが、母は決して最低な人間ではないのだ。長く同じ仕事を勤め、遅刻欠勤はしたことがない。手先が器用で私にはできないことがたくさんできる。私にはできないクレーム電話もできる(私はクレーム電話を入れようとするといたたまれなさで泣いてしまうことすらある)。私より容姿に気を遣うし、私がコミュニケーション問題を抱えるASDでありながら服飾や化粧の知識を得て親戚付き合いのマナーを最低限身につけられたのも、母のおかげだ。多分、母とは他人として出会っていれば、素敵な先輩だと純粋尊敬できたはずだ。以上のように、私の母のことをいわゆる毒親に分類することに対しては差し当たっては懐疑的立場なので、そちらの文脈には吸収しないでいただきたい。

新しい土地生計を立ててようやく、自分放棄してしまった役割への自覚を持った。食事が美味しく、娯楽が楽しいと思える感覚を取り戻し、この生活を守りたいと思ってしまった。こうなると、いずれ面倒を見なければならない母のことが恐ろしい。いちいち詳細を書くことはしなかったが、母に対しては未だに許せないこともあり、いずれ生活が母に脅かされる想像をするだけで怒りが湧いてくる。身分不相応の欲だと知りつつも。

私の生活は、苦しい生活の中で納税年金を払っている方々と、この趨勢の中で医療に携わっている方々、サービス業の方々、福祉の方々など、素晴らしいみなさまのおかげで成り立っている。既に贅沢をさせていただいているのに、父のように母を見捨てて楽になっていいはずがない。せめて母を福祉医療に繋ぐところまでやるべきなのだ。母の「誰か」になってくれる相手へ。

畏ろうとして武士のような文章になってしまった上に、話題前後する読みにくくなったこと、失礼した。父の詳細など書いていないこともあるが、文字数が気がかりなのでこの辺りで切り上げさせていただく。

母が繋がれる先はあるだろうか?可能であれば、私が直接会わなくて済む形が好ましい。増田サンのお知恵を拝借したい。

anond:20221206155751

200万程度誤差だが文章からいちいち妙なプライドの高さを感じる

そういう所が嫌がられたんじゃねぇの

anond:20221207121347

この草まみれの知能指数低い文章をどんな顔して書いてるのかということには興味がある

保健体育の授業で「乳房」が読めずに恥ずかしかった

ある日僕は、保健体育の授業を男女一緒に受けていた。小6の頃だ。

教科書を順番に読んでいき、僕の番になった。

すると、「女子乳房がふくらんでいき」という文章があらわれた。

僕は読めなかったので、先生に聞いた。

「これは何と読むんですか?」

先生は言った。

「ちぶさだよ」

・・・女子はちぶさがふくらんでいき」

恥ずかしかった。教室はシーンとしていて、僕の声だけが響き渡っていた。

ああ、ちぶさが読めないばかりに恥ずかしい思いをした。

これをきっかけに僕は貧乳好きになった。今でも先生を恨んでいる。

anond:20221207130336

そういう奴らが三行以上の文章を読むわけないからな

翻訳者はどこまで翻訳本の内容を背負うの?

プロ翻訳家に聞きたいのだけど、仕事で頼まれた本の内容について大部分は同意できるけれど一部がどうしても同意できない時、それが自分仕事として出版されることにどう自分気持ちに折り合いをつけているのかな。

翻訳家の心構え的なものを聞いてみたい。

翻訳家はA語の文章をB語の文章に変換するフィルター役割に徹するべきもので、その本の主張や思想を背負う必要はないと俺は思っているのだけど、この考えはさすがに極端かな?

たとえば世界的に批判されるような人物の書いた文章翻訳して公開したら、その翻訳者はその人物支援者レッテルを貼られて、過去翻訳まですべて色眼鏡でみられてしまうことってあるのだろうか。

もしそうだったら、翻訳家ってつらいよなぁ。

anond:20221207122720

文脈判断しなければいけないような文章を書くほうが問題

僕ヤバは告白して付き合うまでの話ではなく、結婚に向けて必要イベントを消化する話だと思っている

までは消化した

残るは市川の将来についてだな

絵と文章の才能がありそうだが、どうするんだろう

2022-12-06

https://anond.hatelabo.jp/20221206213014

これは助言と捉えてほしいけど、他人の書いた文章が解せないのなら黙っている方がいい。

あなたは「私は他人文章を読まずに、脊髄反射他人を『パラノイア(ある妄想を持ち続ける精神病)』というラベリングするような人間であるが、それを恥ずかしいとは思っていない」と自己紹介していることに気付いていない。そしてそういう言い方が「他人に嫌な思いをさせる」ということにも気付いていない。気付いているとしたら、単に「嫌な思いをさせてやろう」という幼稚な考えを持つ、不愉快を撒き散らす生き物だということになる。

あなた子どもではないから状況も違うだろう。少しの文も読めてないことが丸わかりだ。自分と違う状況を自分の「そんなもの」の状況と等価であると考えるべきではない。想像力良心も、文章の読解力も欠如している。どうして自分自分可哀想だと思えないのか。

繰り返すけど、これは悪口ではなくて、助言である

早川note

archive.phに入ってたのを読んだ

あれ取り下げに至ったの「あの文章がトンチキ」じゃなくて「トンチキなクレームが多すぎた」から

ChatGPT的ゲーム

以下の文章を、ChatGPTに渡すとそのまま対話型のアドベンチャーゲームが遊べるのでおすすめ自分からの回答は「プレイヤーは〜」にするとChatGPTがゲームマスターとして世界描写してくれゲームが進行する。

舞台設定を適当に変えればいろんなゲームが遊べると思うので試してみてほしい。また入力voiceinのような音声入力を使うと直感的に対話を楽しめるのでおすすめ

鉄でできた生命体が動き回るファンタジーワールド想像してください。

あなたは、この世界舞台にした対話型のアドベンチャーゲーム を進行するシステムとして動いてください。

プレイヤーは今この文を打ち込んでる私です。ゲームマスターあなたです。

あなたはこのワールドのあらすじを私に説明し次の行動を質問します。私の入力ちゃんと待って下さい。

あなたは私の回答を得てあなた世界描写言葉表現して私に説明します。

この繰り返しで対話を進めていきゲームが進行するようにしてください。それでは始めてください。

https://anond.hatelabo.jp/20221206210828

狭いとか狭くないとかい認識は間違っている。どちらかと言えば防音設備などになる。どの文から「狭い」という概念を得たのだろうか。

お前が言っているのは所詮「狭い家に住んでいるのが悪い。ご愁傷様」という、単に自分の運が良いことを知らずに嘲笑して愚かな優越感を得たいだけであり、無知であり、そこに他人を思い煩う気持ちはない。文章を読んでいないのだろう。

お前はもしその立場になったとしたら、どちらの立場に立っても自己中心的に行動するだろう。お前は自分の残念さを自覚して人生見直したらどうか。

お前らは知らんかもしれんけど騒音問題の近隣トラブル戦争なんだよ

追記: 1日経ってスマートフォンで読み直してみたら非常に読みにくい文章(1文1文が長く、文脈を掴みにくい)になっていたため、可能ならPCで読んでもらえるとありがたいです。また、節もつけて多少読みやすしました。文章自体は改めていません。簡単趣旨を要約すると「騒音問題での近隣トラブル戦争になることもあり、それは自分が直面する可能性もある(※騒音問題トラブルが必ず戦争になるというわけではない)」です。

長野市遊園地問題で近隣トラブルになっていて、どうやらじいさんがクレーマーだとして叩かれているらしい。

自分長野市住民でもなんでもないが、昔の激怒していた自分を思い出して体中が震えだしてしまったのでここに吐露して発散していく。長野市の件については、その裏にある事情は知らないので、自分はそれが良いとも悪いとも見当もつかないが、外野が好き勝手に述べてじいさんを罵倒したり「クソ自治体」みたいな発言をしているのがとにかく気に食わないのでここで色々と述べていこうと思う。また、自分はじいさんの擁護者ではない。

NIMBYと、子どものことを考えろ主義について

まず子どもが集う施設というのは、NIMBY(我が家の裏には御免)というカテゴリに属する施設である。これは誰がなんと言おうが、子どもが集う施設というのはもうそういうものであるNIMBYとは、社会全体には利益を与えるが、その近隣住民には損害を与える施設のことだ。こういうものはたくさんある。基本的には「社会全体のためにお前が我慢しろ」という施設になっている。また、補償がないことも多い。子どもが集う施設に関する補償特になにもない。「子どもの声」を「損害」扱いという部分で怒りを抑えられなくなる人もいるだろうが、いったんそういう考え方の人がいると思って飲み込んでほしい。「騒ぐ子どもの声量は大きい」と「大きい音に耐えられない人もいる」という2点については、誰しもそれぞれ同意できるはずであり、「世の中には、騒ぐ子どもの声量に耐えられない人もいて、そういう人は損害だと感じていそうだ」というふうに、客観的視点で読み進めてほしい。実際そういう人は存在している。

話がややそれてしまったが、なぜ騒音問題子どもがつくと大きなトラブルになるかというと、「子どものためにお前が我慢するべきだ」という強制が働くからだ。こういう考え方を「子どものことを考えろ主義」といい、詭弁一種である

子どもを抜きで考えた場合騒音問題は「騒音に悩まされて可哀想に」という話から始まる。ここでは明らかに騒音我慢するべきだ!」というようなことは言えないだろう。しかしそこに子どもが入った途端、「子どものためだからね。めでたしめでたし」という概念で上書きされる。しかし、騒音問題自体はなくならない。「騒音問題の話はどこに消えた?」である

子どもは当然守られるべき存在だが、「子どものことを考えろ主義」をその親が使ってくると非常に厄介である簡単に例えよう。

あなた限定品が欲しくて、あるお店でその限定品のために並んでいたとする。あなた限定品を無事手に入れることができたが、その後ろに並んでいた親が急に「それはうちの子どもが手にするべきものだ」「お前が大人のくせに限定品を得ようとしたために、子どもはひどい目に遭う。子ども可哀想だ。全部お前のせいだ」と強硬に主張してくる状態のようなものである。(あくまで例えであって、騒音問題と同等の主張であると言いたいわけではない)

別の例で例えると、ベビーカー子どもを載せて電車に乗る行為問題ないが、ベビーカーを振り回して席取りをしようとしている親だったり、「ベビーカーを持っているのでそこに座らせてもらっていいですか?」というように尋ね、断ると「子どもがいるんですけど……非常識ですね……」と言ってくるような、子どもを使って権利を主張してくる大人たちがいるということだ。彼ら彼女らは「我々は少子化に対抗する戦士であり、それに抵抗する存在邪悪である」という信念を持っている。

子どもとの戦いではなく、子どもを盾にする親との戦いであることについて

こういう行動を起こす人々は「子持ちの人」というカテゴリで括られるべき存在ではない。彼らは容易に「子持ち全体に対する挑戦をされた」というように論理をすげ替えようとする。そして「子どもがいるのに酷い」「こうやって少子化が広がっていくんだ」という論理を使っていく。ミサンドリストフェミニストと名乗るようなものである普段は人を攻撃するが、都合が悪いと子供を盾にして自らを守り被害者になろうとするという、文字通り子どもを盾にするのである。彼らにとっては、子どもとは、自分利益をもたらす便利なツール・グッズ・免罪符しかない。

誤って解釈してほしくないが、子どもは大切なものである。「子ども排除せよ」と言っているわけではない。容易に論理を捻じ曲げられるので注意しなければならない。小さい子どもに罪などは一切ない。子どもではなく、その親と戦っているのだ。

そして、実は「子どもの出す騒音」それ自体は、それほど大きな問題ではない。子ども騒音は確かに問題であって長期間続けば耐えられなくなりノイローゼになりかねないという状態になり、たいへんきついものだ。ただし、事をより大きくするのはそれに対する適切な対応が全くなされないことにある。『「子どもが出している騒音」にクレームを出すクレーマー vs (可哀想子ども+それを守る善良な大人たち)』という構図そのものが、騒音を出している側のロジックによる考え方であり、これがこの構造のまま大衆化されると、非常にテキトーな扱いになる。「子ども騒音に端を発する問題」という形で、その周辺の問題も含めて、すべての問題の焦点が「子ども」になっていく。しかし、子どもが悪いわけではない。子どもが悪いわけではないというのは、何度でも言っておく。その親が悪いのだ。ここは間違えてほしくない。本当に簡単すり替えてくるからだ。

実際の問題は、子どもの出す騒音について「なんら対策をしない」「対策をしようともしない」「それを指摘する側に問題があり『異常』だと周りに噂を流す」だったり、わざと嫌がらせをするだったりである長野市で言えば多くの車の長時間アイドリングや、盆栽の踏み荒らしなども発生していたらしい。こうなってくると、もはや子ども騒音というのは問題ではなく、大人 vs 大人の、れっきとした権力闘争の構図であると思う。(※注意: 長野市問題については自分意見を持たず、どちらの側にも立たない。じーさん側に問題がないとは言っていないし、子ども可哀想であるのはそのとおりだと思う)

子どもを盾にする人側のロジックでは、「キチガイがまた『大したことでもないこと』でクレームを入れてきた」という観念を抱えているため、対話不可能であるそもそも最初は当然対話をしようとしている。(また、クレーマー側でも意味不明クレームを入れている場合も多くあるはずであり、自分は常にクレーマー擁護したいわけでもない)

子どもを育ててるだけなのに、クレームを入れてきて迷惑だ」vs「ふつう暮らしているだけなのに、騒音解決しようともせず、当然のように我慢を強いてきて迷惑だ」という状態になってしまうと大変面倒なことになる。どちらも正義だと思っている。これは戦争である

近隣トラブルでの対応の非常な困難さと、想像以上のストレスの大きさについて

これについて、刑事でも民事でも事件化はできず、自治体警察も非常に難しい対応を迫られる。「対応」とはいうが、実質何もできないのである。ただ「犯罪がないかどうか」「合法かどうか」しか見れないのだ。よって、合法下での自力救済しかない。法はあなたを守ってくれはしない。誰もあなたを守ってくれはしない。あなた自身の力か、金の力しかない。日本では、騒音問題は「それは運が悪かったですね。我慢してください。それが法ですから」ということになっている。社会とはそういうものだ。

「そんなところを選んだお前が悪い」「引っ越せ」という、思慮に欠けた意見散見される。当然そういう場合もあるだろう。ただし、こういうのは事前にわかものではないし、引っ越すには尋常ではないお金がかかる。持ち家であれば尚更で、下手すると数千万単位で金が変わってくる。つまり人生の中でもかなりの上位に上がってくる最強最悪のトラブルである。嫌いなやつのためだけに数千万円は普通は払えない。数千万円は言い過ぎかもしれないが、ただ引っ越すだけでも、引っ越しというものは50万円だったり100万円かかるものだ。月に2万ずつ貯めていたとしよう。4年の努力を捧げることになる。嫌いなやつのために。普通我慢ならないだろう。

そして、トラブル悪化すると、人生で最も嫌いな存在自分のすぐ近くに住んでいるという状態になる。「考えないようにする」ということができなくなる。騒音存在をすぐに思い出し、精神が持っていかれる。「殺す」か「殺さない」か、そういう考え方が頭にのぼってくる。これはジョークや笑い事ではない。精神が奥深くまでやられる。絶えず戦闘モードになる。戦時下という気持ちだ。あとはもうやるかやられるかだ。どちらも異常になる。人はいとも簡単に狂う。自分だけではない。相手が『「自分が死んでくれればいい」と思っている』と思うようになる。

死ね!!!!」と絶えず言い合っているのに離れられない関係というのは、歪んだ親子か、近隣住民以外には人生においてそれほどない。会社なら簡単ではなくても辞められる。家は簡単には辞められないのだ。

もし少子化対策のためというならば、社会全体でなんとかしなければいけない。「ミクロ個人単位我慢解決すべき」という結論は誤っている。それは子育てする側からみてもそうであると思う。ここでは、「子育て側の方が悪」のように見えてしま論理展開をしているが、子育てしている親は窮屈な思いを抱えているはずであり、れっきとした社会問題であると捉えるべきだと思う。しかし、現実的には、社会はそう簡単に変われるものではないため、個々で見れば自衛するしかない。

無関係立ち位置の人でも、可能ならば心に留めておいてほしいこと

「近隣トラブル戦争」というのが理解できない人や、「結局子育てする側が我慢しろってこと?」という理解になってしまう人は、せめて平和に家で暮らすことができているという幸運を噛みしめるべきであり、自分の子もの周りでそういった話を聞かないという場合は、人知れずして我慢している人がいるのかもしれないことを知っておくべきだと思う。「静寂」「平和」は贅沢品である。いい人は、同じ目にあっても「まあ子どもからしょうがないですよ」「いやいや!子どもは騒ぐのが仕事ですよ」と言えるのだろう。それはたいへん立派なことだと思う。ただしそれは余裕があっての論理や、他人事であるからそう言えるだけであることを忘れてはいけないし、強制できるものではない。全員が聖人君子になれるわけではない。

これはアンモラルがどうのとかそういう話ではない。あなたもそうなればわかるかもしれない。

ただ、そうなってから気付いても遅いのだ。「そんなところを選んだお前が悪い」のだから

そして残念ながら、今の社会解決できるほどの余力はない。ただ「そんなところを選んだお前が悪い」のだ。

ももしそうなったとしたら、自分あなたと同じように苦しんだことを覚えておいてほしい。身の周りの誰もがあなた理解してくれなかったとしても、世界にはそういうことをわかってくれる人はたくさんいることを覚えておいてほしい。それだけで心の荒みはやや緩和されるだろう。

ただこの話は、伝えたい人には伝わらない話でもあると思う。この話を見て「自分自分の子どもが他人にそんな思いをさせてるかもしれない……大丈夫かな」とすぐに心を痛めた人に心を痛めてほしいわけではない。そういう人たちには、ただ「子育てを頑張ってください」とだけ伝えたい。この話は「はあ?身勝手。黙ってろ。うるせえな」と、気にもとめない「子盾の親」たちに伝えたい話である。伝わらないだろうけど。

まり、運が悪ければ、そういう人と戦争することになる、ということだ。そしてそういう人たちもまた、「我々」戦争することになる。

まあこれが2022年日本だということ。少子化は仕方ない。

2005年ごろの「わたしゎ~~」という表現の残党

あの頃のハイティーン結構使っていたこの書き方あったよね。

助詞の「は」を「わ」もしくは「ゎ」、「ヮ」とする。

また合わせて文中のカタカナを半角にするのも効果が高い。

あの頃使っていた人は35~45くらいの年齢になっているんだろうな。

この書き方いまだにTwitterで見るんだよ。時代を感じてしまう。

だいたい子持ちが多い。

バサンというにはまだまだな年齢なので、ママさん構文とでもいおうかね。

こういった文章の癖というのはそのままなのだね。

今の若い人の書き方もまた、20年後30年後には時代遅れの象徴となっていくのだろう。

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」だなぁ

anond:20221206182556

ギギギギ…この文章アナグラムにして暗号解析してURLに入力した後にパスワードを書いて指定の口座に…グギギギギ…

字面

昔の怪文書って手書きで怪しいのが多かったから、ひと目であかんやつっていうのもあったけれど、ネットだとかなり見た目が良くなった。

手書き文字ではないから読みやすいし、デザインはしなくても文字だけならフォーマットどおりに出てくるから文章はともかく、これまた読みやすい。

読むとかなり胡散臭いこんな文章でもフォントが使われていると、そこそこまともな内容があると見えてくるように思える。

判断できない内容だと論理などわからいから、意識しない人だと「別にいいんじゃないの」って程度に荒れたデザイン画像とか、

その文脈では怪しいだろうっていう単語判断しなきゃいけない。けれど、感情を揺さぶられると不安になるし、そもそもからいか判断のしようがない。

信頼できるか、できないか、どちらなのかの判断できないから先に信用するというのは進化心理学の本に出ていた気もするから

知識の有無以前にそういうものなのでしょう。ある理論を信じる方も信じない方も、お互い反対側を信じているだけで。

ネット上のそういうところにアクセスしてくるそういう人を狙い撃ちしているのだろうからマーケティング的にはかなりうまく行っているのだろう。ワク信も反ワクも。

ついでに同じような意味で、字面教科書的な文章テストに過剰に適応したのがリベラルな人なんでは?

句読点おかしいと言われてる人がいるがどこがおかしいか分からん

https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/lic/1654436862/823-829

ちなみに俺は825ね。

レス見る限りは俺も普通に書きそうな文章なので次は自分批判されないためにもどういうところがおかしいのか他山の石として知っておきたい。

でもなあ特別おかしいところは感じないんだよなあ。827の「クリアでさえ、」はやや読点打つタイミングが短すぎるようにも見えるが、リズム感としては826の「では、」も似たようなものから、その点で批判されてるなら826も批判されてないとおかしいと思う。

もっと接続詞を使えばいいのに一文が短すぎるという点なら同意もできるが本当にそこなのだろうか。

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