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はてなキーワード: 文章とは

2018-04-23

anond:20180423014718

なぜ短い言及、時には文章になってすらいない単語言及

ここまでダラダラと返事を書くのだろう

溜まってるのだろうか

anond:20180423003649

からTwitterも見ないぞ。

見てるのはFacebookだけ。んでクソ意味のない

文章投稿する奴はミュートにしてる

完全よりも不完全を

もう何度目かわからないけど、やはり完全な文章必要ないんじゃないか

明らかに不完全だったら誰でも扱える

完全にみえ文章をつつける人は村にごく少数しか住んでない

そもそもが不完全なものツッコミを入れる場所だろう

自分意見を言えるから

不完全なことで関わるみんなが幸せになれる

から文章は不完全であるべきだ

2018-04-22

お前が最悪な本心を持っていること以外社会的には理解できん

次々に更新され、一々全部読んでる人がいるとは思われない増田なので

文章自体は、文章として読んでないし

その中で目に付く本音だけを事実と認めているので

要するに、今の日本って最悪だな、という評価があるだけ

怪文書

意味不明文章とか、不気味な文章みたいな意味で使うのやめてほしい。

まあネットでこういう指摘しても「言葉は生き物で〜」「怪文書警察」とか言って誤用を認めないんだろうけど。

お前らが最悪な本性を持ってて巧妙にネットにぶちまけてるのが認知できるだけで

文章怪文書

読んでない、本性を言うためだけに中身のない文章書いてるだけだし

マジクソ最悪

増田クソ長文の特徴を挙げてみたという話←まずこういうタイトルが多い

技術者はなぜ頑なにスタイルシート情報コピーしようとするのか

Web上の文章の内容をコピペするとき

そのままWordなどに貼り付けようとすると、スタイルシート情報が紐付いてしまう。

わざわざプレーンテキスト選択して貼り付ける操作必要になるのがいちいち面倒なのだが、この機能って必要

初心者向けの機能だとしても、余計な書式情報が紐付いてコピペされてしまうせいで、初心者が作ったファイルの見た目がさらに汚くなるだけだと思うのだけど。

なぜ技術者はかたくなに書式をコピーしようとするのか。

anond:20180422154919

小難しく書こうとするあまり情景が浮かんでこないし言いたいことが逆に伝わりづらくなってる。

良い表現や良い比喩というのは料理薬味を添えるように使うべきであって、君の文章薬味の盛り合わせのような文章だ。

ラノベばっかり読んでないで直木賞作家文体模写でもしてみたらどうだ。

誰か、僕の文章を好きだと言ってくれませんか

 最近、新しいパソコンを手に入れた。進級祝いだと言って、彼女が僕にプレゼントしてくれたものだ。こいつに慣れるためにも、これから定期的に日記を書き続けていきたいと考えている。

ここで終わってしまうのも味気ないし、自己紹介も兼ねて筆を進めて行きたいと思う。僕の性別男性、歳は二十代前半、大学生をしている。僕の不徳の致すところに依り、これから先数年は学生身分を続けなければいけないことになっている。文章を読んだり書いたりする事が好きな事の一つだ。尤も、僕の作文能力や長文に対する集中力は、近年流行った短文型SNSにすっかり毒されてしまっているみたいだけれど。

僕は言語を介さな思考というものに滅法弱い。図や数式といったものをそのまま扱い思考を進めることが出来ないし、スポーツをするとき身体の動きを文章理解しないと再現することが出来ない。なんとも生き辛い脳の性質をしている。文章であふれた場所は好きだ。疲れている時は思考力を使わないような低レベル文章に浸り続けるに限る。Twitter最高、Instagramなんてクソ喰らえである

大学になる前の憧れはモノ書きになることだった。若かりし僕は、大学生というものは、ヒマな時間を腐る程持て余し、自らの趣味に没頭するものであると考えていた。だから大学生になった自分は、上質な文章に触れ続け、いつかは自分自身で上質な文章を生み出すようになると信じて疑わなかった。しかし実際の大学生は勉学や部活動やその他雑務忙殺されてしまものであり、とても自らの趣味を極める余裕などないのである。少なくとも僕には難しい。

この話を聞くと、なんだ趣味時間も十分に取れないほど勉学や部活動に熱中することが出来て幸せではないか、と考える人もいるだろう。そんなわけないだろう、忙しいという感情が充実の証左たるわけがない。そのように考える人間はハムスターにでも生まれ変わり、回し車で走り続ければ良い、きっと幸せになれる。忙しさというもの絶対的時間を圧迫するだけではなく、ヒトが自由時間創造的な行動をする気力を奪う悪魔なのである

今日からの僕はこれまでとは一味違う。このはてな匿名ダイアリーという戦場で、忙しさという悪魔に打ち勝って自らの創造性を再獲得するのだ。

これくらい文章を書くと、生まれて初めてMacに触っても割と自在タイプすることができるようになることが分かったので、今日はこの辺りで筆を置きたいと思う。これからは気が向いたら何かしらのテーマを持った文章を書きたい所存であるので、今日のこの統合失調症文章にもブックマークしてくれると嬉しく思う。

私の弟も障害者

とりあえず以下の記事とまとめを読んで頂きたい。

https://kyodaishinde.hatenablog.com/entry/2018/04/15/172253

https://togetter.com/li/1219881

この記事を読んでブログを書いてみたくなった。

自分が持っているTwitterはてブロで書く勇気がなかったのでここで吐き出すことにする。

私もきょうだい児だ。年齢はブログ主とほぼ同世代20歳だ。

私の弟は重度知的障害自閉症と診断されている。知能は小学校低学年レベルだが一応会話はできる。

弟に殺意を抱いたこともある。こいつさえいなければ…とか。でも常にではない。

「姉ちゃん」とニコニコしかけてきたり、寝息を立ててスヤスヤと眠っている弟は可愛い

穏やかな弟なら殺意は覚えない。

弟は自閉症特有の「こだわり」を持っているが故に予定が狂ったりすると癇癪を起こす。

怒りの矛先は彼自身ではなく父、母、そして姉である私に向けられる。

癇癪を起こすと手当たり次第にそこらへんに置いてあるモノを家族に投げつける。

体当たりしてくる。

噛みついてくる。

引っ掻いてくる。

この他害行為家族しかしない。祖父母や親戚、知り合い、見知らぬ人など家族以外には手を出さない。人様に手を出さないだけマシなのだろうか。

自分顔面ゲーム機を投げつけられたこともある。刃物を持ってこっちに向かってこられたこともある。

家中に弟の泣き叫ぶ声、母親悲鳴父親の怒鳴り声が週5~6で鳴り響く。この世の地獄か。

酷い言い方だが暴れている弟は人間ではなくただの動物に見える。彼に理性はないのか。

殺してやろうと思ったこともある。消えてくれと思ったこともある。

思っていても行動に移してはいけない。が、実行する一歩手前まで来たこともある。

自分が今こいつの背中包丁で刺せば両親も楽になる。自分には将来なんてないし刑務所にでも入っておこう」と思ったこともある。高校時代のことである

BuzzFeedJapanの岩永直子氏の言葉を借りるなら、

善悪判断がつかないような身内に刃物を持って追いかけられても逃げることさえできない人たちは、苦悩や怒りを公の場で発信するのを否定する声が社会の中で幅をきかせるようになったら、どのような思いをして生きていけばいいのでしょうか。見直すべきは、家族の苦悩を省みて来なかった社会のあり方でしょう。」

結婚については心配していない。別の理由で多分できないしするつもりもないからだ。一時的ものでしょ?と思われるかもしれないがこの考えは一生変わらない。

もし、もし何かの間違いで結婚したとしても子供絶対に作らない。障害ある子供を産み育てる覚悟がない。両親のやつれた顔を見ると自分障害ある子供を育てるのは絶対に無理だと思った。両親と同じ苦労はしたくない。

出生前診断については否定しない。中絶することを選んだ人を批判してはいけないし、逆に中絶しないで産むことを選んだ人を批判してはいけないと思う。

結婚についてはあまり心配はしていないが親が年老い介護必要になる頃が心配だ。

親と弟の介護が重なったらどうしよう。親を老人ホームに入れたりヘルパーを頼むような金銭的余裕はないかもしれないし、地元以外で就職しようと考えているので自分一人が全員の介護は厳しい。仕事も辞めなくてはいけないのでは?辞めたら生活は?生きて行けるの?そして行き着く先は介護殺人…?

弟は施設に入れればいいじゃないか。それもそうだ。でもなかなか入れないのだ。

弟は現在施設入所待ち。待機児童問題はよく報道されているのでご存じの方は多いと思うが知的障害者向け施設も空きがなく待機者がそこそこいるのが現状だ。

入所は先着順ではなくポイント制で緊急度が高い人から入所する。親が亡くなってからやっと入所できるって感じ。

は?親が亡くならないと入れないの?

殺されそうになっても緊急度が高いっていえないんだ。へぇ

他の家庭も同じだから

殺されるかもしれない恐怖に24時間365日耐えろって無理だろ。

現在私は進学を機に親元を離れて一人暮らしをしている。「私だけ」は弟にモノを投げられたり理由もなく殴られることもなくなった。物理的に離れてるし。

つい最近から一本の電話があった。弟に刃物を向けられ刺されそうになった、と。

精神薬も限界まで処方して貰っても癇癪を起こして暴れるらしい。役所相談しても「他の家庭でもあることなんですからご家庭でなんとかしてください」と言われたらしい。両親も精神的に参っている模様なのでいつ心中されるか分からない。

どうにかならないかな。医療技術進歩で弟の癇癪が軽減されないかな。今の両親を見ていると辛い。










P.S.支離滅裂文章でごめんなさい。思ったことブワーしました。取材大歓迎です。まぁ増田だし連絡してくる人なんていないと思うけど。

anond:20180422130838

絵画のたぐいなら「これはアートだ」って誰かが騒ぎ出したらアートになる場合もあるが

文章活動だとなあ。

最低限本人に作家意識がないと

せいぜい自分で思ってるの「俺は正義活動家」とかだろ

anond:20180422101634

どういう気持ちでこの文章書いた?

自分より劣った人間を腐して気持ちイイ~って感じ?

anond:20180422103231

ご本人様登場かな?

文章のトゲトゲしさがそっくりだよ

anond:20180422091337

結婚の是非の前に、元増田は異性を好きになったことがあるの?

元増田文章を読んでいても、どうも人を好きになったこ自体が無いように思える。

同性の恋人に振られた話

タイトルのままです。レズビアンの要素を含むので苦手な方、嫌悪感をお持ちの方はブラウザバックお願いします。

※追記:わんわん泣きながら衝動のままに書きなぐったので文章めちゃくちゃだわ

半年近く付き合ってきた彼女に振られました。唐突距離を置きたいと言われたのが2週間前の話で、だけどその時点で別れるのかと不安がる私に「別れるかどうかは分からないけど、それを考え直す期間だから悲観的にならないで欲しい」「出来れば私も別れたくないと思ってるよ、だから距離を置くの」と伝えてくれたのでなら私に出来ることは信じて待つことだけだと思って、待っていたんです。

彼女とは、具体的な同棲の話も、結婚の話もしていて、早ければ来年にもお互い今の家から引っ越し同棲スタートするかという状況で、気軽に会うには少し遠い距離に住んでいる私たちは、月に一度のデートがやっとだったので、私は彼女との同棲をすごく楽しみにしていました。今年頑張れば一緒に住める、今のお仕事を頑張ってお金を貯めなくちゃって。

一昨日、?一昨昨日、?分かりません、彼女に、「私のことまだ好き?」と聞かれました。もちろん大好きに決まってるじゃないですか。

すきだよって答えた私に「そっか」って返事をくれた彼女に。嫌な予感がしました。

私と彼女は元々毎日頻繁にLINEで会話をし、空いた時間があれば電話をし、可能な限りの時間をお互いに使って来ました。私はそれがすごくすきで、幸せで、何より安心できて、例え早寝の彼女がそうそうに寝落ちて寝息だけが聞こえる通話になってしまっても、寂しいけど、でも、そんな穏やかな時間幸せだなぁなんて思っていました。私のあげられる限りの時間も、愛情も、全部全部彼女にあげたくて、彼女の為に生きていたくて、彼女いるから頑張れて、彼女がいてくれるから幸せでした。私の中の一番はいだって彼女で、少しすぎたワガママに困っても、それでも叶えられる限りは叶えたいと思えていました。友達大事にする彼女に沢山たくさん嫉妬しました。私の中の一番はいだって彼女なのに、彼女の中には大事ものが沢山あって、あくま恋人として大事なのは私でも、私が一番ではなかったから。そういうところで嫌と言うほど疲れさせちゃったんだろうなって思います。付き合ってた時は、面倒くさいことを言う私に面倒くさそうな反応をする彼女に「面倒くさい?」と聞くと「面倒くさい、でもいいんだよ、それで嫌いになったりしないから」って言ってくれてたのに。でも嫌いになったとは言われてないから嘘ではないのかな。

距離を置いて、関係を、自分気持ちを、見直した結果、彼女の中で私は恋人ではなくて友達だったらしいのです。友達の方がしっくりくる、疲れちゃった、恋愛感情とは違う、でもあなたのことは嫌いになったわけじゃないから連絡取れなくなるのは嫌だ、これまで通りLINEしたりあって遊んだりしたい、友達として付き合っていきたい、あなたの望むような恋人にはなれない、おはようおやすみも言わなくても私は平気なくらい薄情だったから別れようと思った、エトセトラエトセトラ、。

距離を置かれ初めてLINEの頻度が減った時点で、正直私はいつも通りを保てなくなっていました。

いつもならすぐに返事が返ってくる時間に全く返事がない、返ってきても返信までに今までに比べたら長い時間が空いている、毎日電話がない、「すき」と言われない、負担になるのが怖くて「すき」と言えない。文章にしてしまえばたったこれだけなのに、依存している自覚はあります彼女が好きだと言っていた曲がシャッフルでかかって泣いて、何もしていないのに気づいたら泣いていて、通知もないのにLINEを開いては泣いて、通知音に過敏に反応しては彼女からの連絡でないと泣いて、やっと来た彼女の返信がなんであれ泣いて、返信をしながら泣いて。もう何年も辞められていたリストカットに気がついたら手を出していました。泣きながら切ってはそんなことをしている自分が情けなくて、自己嫌悪に襲われて泣いて。眠りたいのに眠れなくて、食欲も無くて、ずっと胃がきしんでは少し気持ち悪くて。それでもたまにでもくる彼女からLINEが、おはようおやすみも言い忘れられていても、「うん」とか、「そっか」だけでも嬉しくて嬉しくて、信じて待とうって、ボロボロだけど、頑張ろうって、待ってました。

結局改めて恋人を辞めたいと告げられて、腐ったことばかりしか言えない私に「そういうのがストレスだった」「そういうところに疲れちゃった」なんて言われて、最後には「もういい、全部終わり」「あなたとのことを嫌な思い出にする気はない」「付き合えて楽しかったよ」「今までありがとう」。その後仕事に行った彼女からの返信はまだありません。2週間前のあいだ、気づいたら泣いているような、ぽろぽろと細くわずかな涙なんかじゃなくて、今も画面がよく見えない涙でいっぱいです。私まで今までありがとうなんて言ってしまったら本当に全部終わっちゃう気がして言えなくて、悔しくて、やるせなくて、しんどくて、つらくて、当たり散らすみたいに嫌なことだけLINEで送ってしまった私がいます。ごめんね、ごめん、本当に大好きなんです。大好きだったなんて言いません、大好きなんです、今後もずっと友達としていたいという彼女に「どんだけ残酷なんだよ」と思わず送ってしまったけど、「あなたはいいよね、」なんて調子のことしか言えてないけど、切り捨てられたんだなって思ってしまってるけど、それでも世界で一番大好きなんです。

付き合い始めたときに、「私の生涯を貰って下さい」って私、言ったよね。ずっとずっと、本気でした。私なんかいつ振られてもおかしくない、付き合ってもらえてるのが奇跡だって思う反面、あなたとならこのまま歩んでいけると、私の生涯をかけて愛したいひとだと、この先もずっとあなたといるのだろうと思っていました。伝えるのが下手だと前置きした上で、だけど愛されるより愛したいからきっと私の方がすきだよと伝えてくれたあなたが、だいすきで、付き合ってすぐの頃にはもう本気で同棲考えてる、重いよね、なんて言ったあなたに、酷く安心したのを覚えてる。だって、私、めちゃくちゃ重いもん。もらう愛も、重い方が嬉しくてたまらない私だよ、ネット友達オフで会うのを嫌がったあなたと揉めながら、結局わがままを聞いて私予定をキャンセルしたよね。あなたが喜んでくれるならそれでいいやって本気で思ったの。あなたがいてくれたら私はそれで充分幸せなのに。ごめんね、友達としてじゃ嫌なの、わがままだよね、わかってる、だけど、だってわたし、私のこと彼女にしてくれたあなたのことを一番知ってる。すきだよって言ってくれて、戯れにキスをして、はにかんで笑うあなたを知ってる。友達になったら、そんなあなたはもういないんだよ、。ゆっくり2人だけで過ごして幸せだねって笑って揃いの指輪を嵌めた手を繋いでカメラを構えたら私の肩に頭を預けて寄せてくれるあなたは、友達じゃなくて、恋人あなたでしょ。

ごめんね、ごめんね、たくさん疲れさせて、苦しい思いさせちゃったね、愛情って言葉で縛り付けて、自由を奪う選択肢を選ばせちゃってたね、たくさん愛してくれたのに、ずっと不安な私でごめんね、欲張りで我儘な私でごめんね、だいすきです、ずっと、今はまだ声を上げて泣くのが精一杯だけど、もう少し落ち着けたら、その時はたくさんありがとうって言わせてください。

悪意なき嫌味を吐ける女性記者と私

A新聞記者として働く学生時代の先輩がいる。彼女は今、アメリカ留学中で、昨今のセクハラ騒ぎを一昨日、知ったという。

同業他社女性記者が受けたセクハラ被害に対し、思う事をFBに書き綴っていた。

先輩もまた、女性記者として今まで受けたセクハラを受けていた。

しかし、私は正直な所、彼女が受けたセクハラ被害を読んで、「この程度の事がセクハラになるなら、私なんてもっと最悪なケースではないか。」と思う事ばかりであった。

私は、FBに「イイネ」や「酷いね」などのリアクションも出来ず、コメントも残せなかった。角の立たないコメントを書けなかったし、励ましたり同情する言葉が浮かばなかった。「女性の敵は女性」になっている自分が、嫌だった。

そうこうしているうちに、彼女FBに書き綴った内容の記事は大反響を呼び、改めて感謝の意や今後の抱負反省などで、彼女はこの話題を締めくくっていた。

私はその締めくくりの記事を読み、虐められていた時の自分と重なった。虐められていた理由は、

・偉そう

・高みの見物

・人を何だと思っているのか

・「ごめんなさい」と言えば許してもらえると思っている。

馬鹿にしているのが解る。

我慢している自分が偉いと思っている。

という理由だ。私は虐めを受けている当時は、全くわからなかった。謙虚低姿勢に、世間様と接しているのに、なぜ、その彼らにこの様な酷い罵声を浴びなければならないのだろう。

鼻につくという理由で、なぜ。

けれども、先輩の締めくくりの記事には、まるで当時の私そのものの様子が、書き綴られていた。それを読み私は思わず

「これじゃあ、風当たりが強いのも、無理はないな。」と思った。

反省している事、優等生の様な考え方、選民思想、そんな自分理不尽なことを耐えて「あげた」だけでも偉いのに何故。

その様な事が見え隠れするような、表向きの締めくくりの美しい文章に思わず勘違いした人間の間違った謙虚は、痛々しい」と感じてしまった。

ここで、先輩の文章を添付したりコピペする事は出来ないけれど、なぜ自分が虐めを受けてきたか、痛いほどよく解った。

虐めは悪い事だけれども、虐められる方も悪い。その理屈は近からず遠からずだと思った。少なくとも今の私だから自分の痛々しい優等生っぷりが公害であったと理解できる。これでは社会が受け入れてくれるはずがない(社会に馴染めるはずがない)し、邪険にされるのも良く解る。

具体的な話を書けず、抽象的な内容でゴメン。私が言いたかたことは、昔の私を引っ叩いて自分勘違い・自惚れ・思い上がりを先輩の記事を読ませて、不快感を通じて自分客観視させたいという事だ。

虐めの理由は、時がたてば突然、解るときが来るのかもしれない。そんなケースを私は身をもって体感した。

アニメ見てたら会話文に「鬱屈」なんて言葉が出てきた。普通会話で使うか?

ラノベ原作はこういう違和感が多い。知ってる言葉を無理に使いたがる傾向があるというか。

そういえばこの前ここにいたラノベオタクも「嚆矢」とか「あわい」とか使ってたな。まあそういう文章書くのは若い学生なんだろうけど、ああいうのも恥ずかしいと思ってしまう。文章の内容と選択した語彙のレベル釣り合ってないというか。要するにあまり深く言葉理解していない。

2018-04-21

これから手紙を書く

といっても誰かに渡したりはしない。ひっそりと、全く個人的な満足のために書こうと思う。こんなことをしても何も変わらないことは分かっているけれど。

どうせ見られることはないのだから、何から何までぶちまげてしまおう。いいんだ、どうせ見られないんだから人格を疑われるようなことも書いてしまおう。気が違っているようなことも書いてしまおう。ありったけの感情を、自分に出来得る限り書きつくししまおう。

書き終わった時、私は満足しているだろう。自分でも驚くほど、正直な文章を書くことができたと。そして、すぐに絶望するのだろう。どうしてこれを渡すことができないのか?自分は一生に一度たりとも、他人本心打ち上げることはできないのか?だけど、この手紙が私の手から離れていった瞬間、何としても私はこの手紙を取り返したくなるに違いない。そして、こんなものを書いたのは間違いだった。ここに書いてあるのは全て嘘っぱちだと決めつけるだろう。

から、私には誰にも見せない手紙を書く。安心しながら悲しんで手紙を書く。宛先も忘れず書いておこう……出すことはないけれど。

anond:20180421210039

引用元表記が間違っています

それはそのクソブログ文章ではないでしょう


ああ失礼、引用要件を満たしていないから「無断転載」か

anond:20180421184514

自分の好きな作者の文章を真似していこう!

文章が下手すぎて辛い

自分の書いた文章、後で読み返したらめちゃくちゃ読みにくい。あんなに読みにくい文章自分だったらすぐに閉じる。

教養を有するはてな民漢文に関する質問

漢文訓読における訓点は一体誰が付けているのか?

そして、その読みで正しいであろうことをどうやってチェックしているのだろうか。

それ以前に、漢文訓読によって日本語にした文章は原文と同じ意味を表しているのか。英語で直訳をしたとき意味がズレたり、理解不能になるようなことは起こっていないのか。

anond:20180421160504

結局そういうことなんだよな。

目に入った文字文章じゃない)を見て拾った単語について自分普段思っていること言うだけ。

anond:20180421143607

4月下旬に入った今日は天気も良い日であった。

から私が自然と振り回されてるなと思ったのは、

新聞を取りに外に出ると真向かいの家が朝早くから布団を干しているのを見かけたから。

私もそうしようと思って寝床に戻ってみるに、布団の上にはドスンと大きな体を丸めたいのだろうが丸めきれていないネコ

10年前くらいに野良でうろうろと彷徨っている所を拾ってきたが今ではそんなことあったけといった顔で目を閉じている)

ネコが寝ていたので、布団を干すのは来週にするかと、

このネコをどけることを露ほども考えていないことに気づいたかである。」


だいたい、こんな感じに分けて読み込んでいくんですよ。

それで最後に 「気づいたかである」のところで、え?気づいたからなんなんだ?と思って最初を読み返す。

まぁ、こんな長々しい文章駄文と呼ぶべきもので、こんなの1度で読めなくても良いと思う。

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