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はてなキーワード: 価値観とは

2018-01-21

政治に興味がある層は潜在的に元ネトウヨが多い説

極右極左はさっくり非表示にしたけど、ネトウヨというか2chあたりで見に付けた価値観で止ってるような弱小アカウントはいくらでもでてくる、普段技術系の記事無言ブクマしている程度だけど政治話題になると未だに嫌韓嫌中コメを残していくタイプの人たち、多分団塊Jr世代と被ってて母数自体が多そうだし、はてブにおいても彼らがサイレントジョナティーなんじゃないのか。

anond:20180120222446

anond:20180121010319

お疲れさま。

いろんな価値観の人がいるなかで、そういう人もいるんだな程度でいいんじゃないかなと思う。

2018-01-20

左派価値観

anond:20180120220712

左派(あるいは革新)って思想的使命として守旧政策思想を変更していくわけでしょ。そのとき変更する方向をさだめる価値観として「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」っていう羅針盤を持っているわけよ。これはどうしたって必要なんだ。じゃないと「なんで既存方針を変更しなきゃいけないの?」っていう問に答えられなくなっちゃう(=存在価値がなくなる)から。「より良くするために変更しなきゃならない、そのより良さとはこういう未来ですよ!」っていうのが価値提示なわけね。

左派はそういう運動をするわけなんだけど、その思想価値があるってことを証明するためには、その価値観を全方向に向けなければならない。例えば保守政策Aにたいして「それは差別的で公平ではない!」と批判を加えている左派が、自分たち政策Bの差別性とか不公平性にだんまりしてたらダブスタでしょ? そんなことしてたら、左派のいうことは利益誘導しかなくて、正義はないってことになってしまう。これはゆるされない(実際にはそういうことも割とよくあるんだが)。

左派思想的な優越性を喧伝するためには、その思想的な潔癖さを他者と同時に自分にも向けなきゃならないわけだ。

それはつまり彼らの思想には構造的に「自分自身も、あるいは自分自身こそ厳しい批判対象にする」って言う特徴があるってことなのね。左派批判する代表勢力は、左派なわけ。

多くの学生運動共産運動内ゲバ(内部に党派が出来て互いに批判を繰り返す状況)になっていったのは、ゆえないことじゃなくて、左派思想にそういう性質がすでにあるからなんだよ。

もちろんこれって別に悪いことじゃない。反省したり自己改革できるのは、そうでないよりよいことだ。自浄能力ってのはある方が絶対に良い。

ただ、左派思想は、あんまりにも原理主義と相性がいい。

そもそも政治運動価値は「今の社会をより良い方向に一歩でもすすめる」ことにあるわけなんだけど、左派の唱える「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」って言う価値観を闇雲に信じる(=原理主義)になると、「唱えた正義を守るあまり社会は窮屈で住みづらくなる」「絶対正義断罪し過ぎで参加者全員血まみれで倒れる」みたいな状況が発生する。山荘での凄惨殺人とか、紅衛兵による自己批判処刑とかもそうだし、言葉狩りとか、行き過ぎたPCなんかもそれで、つまりそれらは目的を見失った原理主義の起こした悲劇なわけだ。

一方これらの行き過ぎた(=原理主義の)左派にたいする批判ってのも当然にある。気の狂った左派批判するのもまた左派役割から。まあ要約すると「加減しろバカ」って話だよね。

てなわけで、左派批判されている現在ってのは、実は全然悪い状況じゃないんだよ。批判を受けない思想なんて生かしておくと害悪のものだ。そもそも批判自由にできる環境」そのもの左派の求める人権的な宝の一端なわけで。「批判をたくさん受けて精錬されていくこと」は左派の望みなんだよ。

もちろん「叩きと私怨炎上の血に酔ってる人」なんてのは左右にかかわらずWebにいるわけだけど、多分そういう人らはこの記事読まないと思うし届かんのであん関係ないよね。

から左派は叩かれすぎ」なんて心配はいらなくて、むしろ「ばっち俺を叩いてくれ! その焰の中からリベラルは復活するんだぜぇ!」くらい言っといたほうが健康的だと思うよ。

失恋した。結婚する

夏くらいから密かに憧れていた人に失恋した。

会社の同僚。別部署でほぼ接点はないんだけど、二ヶ月に一回くらい仕事を頼まれる機会があった。好きになったきっかけとか覚えてないんだけど、たぶんものすごくタイプだったんだと思う。穏やかで多くは語らないけど、とても物腰の丁寧な人。たぶん。たぶん、とつけたのは、それほど彼のことを知らないからだ。ほぼ業務上のことしか話したことは無いけど、一度だけ二人で雑談をする機会があった。はにかみながら私の仕事に興味を持って質問してくれたり、仕事ぶりを褒めてくれたりしたので、私はそれはそれは舞い上がった。あと業務メールちょっと親しげだったこととかもあって、勘違いだろうなと思いながらも完全に期待していた。目で追う毎日。彼の部署の近くを通る時も社食で見かける時もすごくすごく意識していたし妄想の中で私は彼とたくさん話す機会に恵まれていた。自分でも気持ち悪いなと思うくらい仕事中も彼のことしか考えられないみたいな、いわゆる恋に落ちていました。

遡ること春先、私は学生の頃から付き合っている彼氏プロポーズをされている。嬉しくて泣きながらプロポーズを受けた。とても申し分の無い人だ。性格価値観もほどよく合うし一緒にいてとても楽だ。この人を一生大切にすると心に決めている。不満点をあげるとすれば、まあ、2年以上のセックスレスくらいだ。

指輪を決めたり式場を決めたり両家の顔合わせをしたり、結婚に向けての準備がどんどんどんどん進んでいく。私の気持ちはどんどんどんどん職場の憧れの彼に向かってゆく。心と身体が別の方向に進んでいって車裂きの刑みたいに引き裂かれるような感覚だった。進んでゆく結婚の準備に、心が全く追いつかない。恋人とは遠距離恋愛だったので準備のために二ヶ月に一度ほど会うのだけど、彼は私を求めてくれない。部屋から彼を送り出した後、わんわん泣いた。あー、女として求められないって悲しいんだな。この人と結婚したら私は一生セックスを諦めなきゃいけないのかな。一度でいいから、職場のあの人に触れられてみたいな。

もっと知りたい触れたい話したい抱かれてみたい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい

もう自分失望しか無かった。こんなに自分のことしか考えられない人間だったんだな。さらに最低なことに、私はこの婚約を覆すつもりは無かった。恋人恋人家族自分家族共通の友人が知ったらきっと軽蔑されるだろう。婚約を報告した段階でもう色んな人を巻き込みすぎているし、恋人のことはとても好きだし、周りの人間もとてもとても大切だった。それでも憧れの彼に、近づきたくて仕方がなかった。

から私は、彼とは意識的距離を取るようにした。業務メールの終わりに親しげな文章が入っていても無視ビジネスライク対応しかしない。極力目で追わないようにする…これはあまりできなかったけど。

元々接点があまりいから、接触しないようにするのは簡単だった。そうやって自分から距離を作って三ヶ月くらいかな、だんだん彼のことを考える時間も減っていった。妄想の頻度も減っていって、もう平気かもと思えてきた。結婚に対しても前向きな気持ちが戻ってきた。良かった、これで良かった私の判断は間違っていない。


そんな余裕を取り戻していた矢先、彼と仕事をする機会が降って来た。突然のことで気持ちの準備をする暇もなくどきどきしながら打ち合わせに向かった。あー自分心音が大きいな。気づかれませんように。

久々に間近で彼を前にして気づいたことがあった。



左手の薬指に、指輪を、している。



頭を棍棒で殴られたような、あまりにも衝撃が大きすぎて、ただただ混乱した。は?既婚者?今まで指輪してなかったよね…?ああ、最近入籍でもしたのかな。年頃だものね。そっかぁ。女性経験のあまり無さそうな大人しい顔をして、帰ったら奥さんを抱いているのか。そっかそっかぁ………

その場は頑張って普通対応をしたけれど、打ち合わせが終わってから一瞬で仕事が手につかなくなった。また脳内で彼のことしか考えられない状態が逆戻りだ。なんでだろう。胸が、とても、痛い。

ああ、私、失恋したんだ。

私に興味を持ってくれたと思ったのも、親しげなメール文章も、全部全部勘違いだったのか。って、こうやって書き出してみるとまじで仕事仲間としてしか接してないな。なんでこんな些末な出来事でこうも盛り上がれたんだろう。これが独り相撲ってやつ?あんなに妄想して一人でマリッジブルーになんてなったりしちゃってさぁ…そもそもあの人の意識の中に私はいなかったんだ。あーきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもい私って、本当に気持ち悪いな。

そういうわけで久しぶりの失恋が応えていて、ふとした瞬間に暗い気持ちが襲ってくる。胸の奥がツンと痛む。1ヶ月後には入籍を控えている。うん。これで良かった。何も無かった。私の心の中以外では。もし夫に先立たれたり、止むを得ない理由離婚することになった時、あの人も独り身になっていたりとか、無いかな。無理そうだな。そしたら来世で一緒になれたりしないかな。一度で良かった。一度触れて、失望して、嫌いになったりしたかった。妄想の中の憧れの人は、いつだって完璧だった。寿退職したらもう会うこともないだろうからあなた完璧なまま私の中に残り続ける。

とかなんとかポエムチックなことを散々言ってるけれど、そのうちきっとなんで好きだったんだろう?って思うんだろうな。恋愛なんてそんなものだ。恋はいだって盛大な勘違いから始まるんだ。あの時万が一、彼が私に好意を抱いてアプローチしてくれることがあったら本当に危なかったな。これから先も誰かに心を持っていかれそうになる機会は何度かあるんだろう。私に限らず、夫にもそんなことがあるかもしれない。そんな時にこの経験を思い出すんだろう。どうかこれから先も、目先の欲求に捕らわれて道を誤ることの無いように。


きっとそれが、正しい結婚っていうものなんだろう。

anond:20180120101421

 小室哲哉に対する記事から同情するべき部分があった.その同情から派生して「不倫=悪」と宣伝するのは不味いと言う記事があった.何か感覚が違うなと思っていたので,とりあえず不倫に対する認識を述べていく.

不倫に対する評価は「子どもの有無」で変化すると考えている.

子どもがいるのか.また義務教育期間を脱しているのか.18歳以上か.

 子ども権利的にも責任においても不完全な状態である.そのなかで,彼ら彼女らが不倫によって心身にダメージを追ったり経済的貧困に見舞われるのは避けたい行為である.またそれを助長するようなメディアの在り方も自粛すべきだと考えている.メディアが発するイメージ私たち価値観形成にも役立っている.

 子どもが18歳以上であり自立しているなら,親同士の権利責任による反中でとくに被害を被っていると考える必要もなくなる.

子どもがいない場合相手離婚申請をすでに行っているのか?

 すでに離婚申請を行っているが相手同意してくれない場合.この場合はすでに愛が冷めており契約本来意味合いがなくなっていると思える.したがって,これには特に罪だと規定する意味合いがない.子どももいないので特にかに迷惑をかけていることもない.

 離婚申請を行わず隠れて不倫を行うのは結婚契約意図に沿わないので原則として辞めるべきである.自信がないなら事実婚を選ぶべきだ.責任権利が発生する契約責任逃れは不味い.

さいごにメディアが行う.芸能人の「不倫報道の在り方」について書いていく.

過激報道で,事実を断片的にとった報道は許されるのか?

 許されないだろう.また市民メディア情報を疑って読むべきだ.だれが書いたかやどの会社出版したのかを考えて読む必要がある.情報は伝えられる際に必ず歪む.報道は「正しく事実を伝えること」にある.部分的に取り上げて印象を変えてしまうのはメディア本来意味をなしていない.

芸能人不倫問題についてメディアが口をはさむべきか?

 芸能人メディア露出して価値観イメージを変化させる主体である.そのため,結婚と言う「契約」を守れる信用できる人間なのかを判別するために必要である.そのため,彼ら彼女らが契約違反を起こしたことも交通事故を起こしたことも同じように,彼ら彼女らの意見を背景を持つと考えるために知る必要がある.影響力は権力であることを忘れてはならない.

メディア不倫についてどのように報道していくべきか

 不倫を減らすような告知はしていくべきだと思う.「子ども貧困」や「離婚」をせずに結婚契約違反を行うのは信用を失う.全体で見ても社会的な損失である

 また,不倫がどのようにして起こったのかを分解して,再発が起きないように周囲の変化に目を向けるのも良い.熟年離婚家庭内貧困にも目を向けるべきだし,不倫と言うより「愛情が無くなってしまった」場合の逃げ道が整備されていないのも問題である.このような家族人間関係の在り方を提案し,メディアの力で告知を行ってほしい.

 

子どもが成人したときに親の熟年離婚合理的であるし,何も咎められるものもなく互いにwinwinであると思っていた.

 わたしは「学校にいる人とは全員仲良くしなくてはならない」という考え方や「家族とは仲良くしなくてはならない」という考え方を,選択できる自由がない人間に言うべきではないと思っていた.また選択できない中で,「仲良くする=winwin」と考えている先生にも疑問を感じていた.彼ら彼女らが自由へと目を向けるように離婚に寛容な社会存在してもいいと考えている.

メディア報道されることの潜在的デメリットについて

 メディアの告知によって,相撲ボクシングなどの暴力的メディア放送されると同じような事件が起きやすくなる.自殺ニュースを挙げると増えてしまうという側面もある.そのため,不倫については「さわらぬ神にたたりなし」で見なかったことにしよう.という意見もあっていい.遠ざけて,わたしたちとは関係のない話だと蓋をするのも状況によってはありかと思う.

 余裕をつくって考えてみるといい.

シリーズ不寛容社会』0001 日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった

 日々、ネット世界悪人が仕立てあげられ、ネットバッシングネットリンチが繰り広げられている。確かに、叩かれるほうには否があり、叩くほうの意見に理がある場合が少なくない。しかし、バッシングが開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

 『他人非難してばかりいる人たち バッシングいじめネット私刑』(岩波 明/幻冬舎)は、こういったネット住民たちの多くは一見正義派」を装っているが、目的他人を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。

そうだとすると、なぜ、「バッシングすること自体自己目的化したバッシング」が横行しているのだろうか。本書によると、これには「世界が小さくなっていること」と「社会の変化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

 まず、「世界が小さくなっている」というのは、インターネットSNSが大きな役割果たしている。“隣人”の範囲が広がりつつあると共に、個人秘密を保つことが難しくなってきている。

新しいデバイスを得たことで容易に他人の弱みにアクセスし、付け込むことができるようになった。また、匿名性が声を過激にしている。

 「社会の変化」については、社会で「コンプライアンス」が重視されるようになってきたことを挙げている。昨今の「クレーマー」は、“普通の人”や“善人”が豹変する特徴があるといわれる。

なぜか。内面的には「他人を許せない」「非難せずにはいられない」という不寛容日本人が増えてきているからだ。背景にあるのが、社会の「コンプライアンス重視」らしい。

 社会で「透明化」が推奨され、会社などで「コンプライアンス」が強調されることを、マジメな日本人は表向き良しとしている。一方で、「コンプライアンス」によって、これまでの慣行が突如「悪」として否定されることがしばしば起きている。

コンプライアンスを遵守するということは、不自由煩雑手続きを伴うということだ。ルールが細かく決まっているほど、余裕がない現場では「違反」も生じやすくなる。もちろん、コンプライアンスは遵守すべきだが、「違反」が発覚したとき他者は「自分は守っているのに」という抑圧された気持ち反動で、バッシングの火を過剰なまでに燃え上がらせる、というのだ。

 「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。

閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団形成され、「微妙差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーン価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。

「アイツはどこか浮いている」「同期で能力はたいして差がないはずなのに、アイツだけ出世した」「あのガンダム作品好きが気に食わない」など、学校職場とかで生じる「妬み」や「憎悪」が「イジメ」や「ハラスメント」に発展しやすいのも、この日本人特性と深く結びついている、と分析している。

 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやす日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである

 バッシングをすることによって、物質的な利益を得られるわけではない。むしろ、相当の時間エネルギーを消費してしまう。非合理的な行動なのだ

本書によると、そもそも人の行動の多くは、合理性よりも「快、不快」あるいは「好き、嫌い」の感情で左右されるものだという。攻撃的で不寛容な人たちは、自らの感情に忠実な人たちという側面も併せ持つ。

 閉ざされた狭い島国において、似たような顔をしたものどうしがお互いを監視しつつ、ほんのすこしの差異のために競い合い、憎みそねみ合っている。

私たち日本人は、こういった状況を世界的にみて特別だと気づくこと、特殊だと認めることから始めるべきではないか、と投げかけている。

https://anond.hatelabo.jp/20180120162858

https://ddnavi.com/news/270886/a/

多神教って個人レベルで考えると別に寛容でもない

例えばラブライブ国よりも

アイドルが多いアイマス国は多神教寄りの国家と言えるだろう

 

だがプロデューサー(国民)は必ず一つの神や価値観(推し無し、箱推しも含め)を推す訳だ

そしてそのキャラdisる戒律は無条件で推し同士の怒りを買う

 

アイマス国の卯月教徒同士で

本田未央ゴリ押し不人気ブス神」と言っても何も起こらないが

本田教徒が言えば非難の嵐だ

 

逆にラブライブ国の西木信者同士で

小泉花陽渡辺曜下位互換」と言っても何も起こらないが

小泉信者(いるのか?)では内ゲバが起こる

 

結局のとこ、我々個人が本当に寛容になるのに

多神教一神教なんて関係ないし、

多神教の優位さを説いたところであなた自身が寛容な訳ではないのだ

anond:20180120113943

しろサブカルがメインになりつつある

元々2000年代からオタク文化体制寄りの価値観だし

メイン層が旨みを見出した頃から互いに歩み寄るのは決まってたようなもん

 

からオリンピック蜜月マックスになったあたりで

いよいよ打倒されるべき存在になると思う

 

歴史は繰り返す

anond:20180120164123

からどこからだらしないか

どこから神経質かなんて人それぞれな所じゃん

だらしない男はだらしない女と

神経質な男は神経質な女となら価値観が近く日々の生活苦痛が少なくすむわけで、恋愛ならともかく結婚相談所生活価値観が離れた人と結婚しようと無理する事は無いのでは

染み付いただらしなさや生理的苦痛レベルを変えるのは難しい

左翼的非モテ右翼的非モテ

非モテはふたつに分けられる。左翼的非モテと、右翼的非モテとにだ。

女性との接点が極端に少なかった俺ら非モテにとって、女性とはまさに黒船であり、異星人であり、つまるところ恐怖の存在しかない。

その恐怖と立ち向かうために、非モテがとれる手段はふたつ。ひとつは、(過激な)フェミニズムなどの女性側の価値観に過剰に追従し、自らを「生きているだけで女性を傷つける存在」だと卑下するパターン。ふたつめは、女性に対するアレルギー反応からミソジニーをこじらせるパターン。前者を左翼的非モテ後者右翼的非モテと呼びたい(なんとなく、雰囲気的に)。

当然ながら、どちらを選んでも、非モテ女性とうまくやっていくことはできない。左翼的非モテ一見悪くなさそうに見えるが、相手を傷つけないという考え方と、恋愛というものは水に油である相手を傷つけるリスクを負わず他人を愛することはできない。

オヤジ転がしのうまさと仕事の出来なさの関連性。

うちの職場若い女の子で、天才的にオヤジ転がしがうまい子がいる。酒の席の必需品といってもいいぐらいで、会話がどこに飛んでも上手いことキャッチして返してくる。正直仕事では得意ジャンルと苦手ジャンルの差が激しすぎて、あんまり上の人のご機嫌とりに使うのはどうかと思うんだけど、仕事が出来ないヤツが嫌いなはずのうちの上司は私を職場に置き去りにして、その子とその他のお気に入り宴会に連れていく。

オヤジ転がしの達人だけあって、オジさんたちと上手くコミュニケーションを取ることでスムーズに進む仕事に関してはよくやっている。が、数字を扱ったり、書類を調えたりする系の仕事になると途端にアホになってしまう。うちの職場お金の流れが複雑なので、最初のうち混乱するのはある程度仕方ないんだけど、何回か同じような仕事やらせても覚えない。「○○をするときには××する」というルールは覚えるんだけど、「なぜ○○をするために××をしないといけないのか」を考えたり人に聞いたりしないから忘れちゃうんだよね。だいたい仕事のやり方にはバックグラウンドとなるべき根拠があるんだけど、そこを知ろうとしないで、「自分はどんな作業をしないといけないのか」だけ考えて人に聞くから覚えないのだ。

人間感情理屈では動かせないし、あるべき論とかよりも「○○なときは××みたいなことを言ってあげると相手が喜ぶ」ということの蓄積が多い方が他人とうまくやっていけると思う。が、理屈とか根拠大事世界では、そういう一貫性のない相手によって対応を変えるみたいな方法ダメだということになる。コミュ力の高い人の価値観理屈根拠で動く世界価値観正反対ではないかと思う。時々コミュ力仕事能力が両方高い人もいることはいるんだけど、どうすればああいう風になるのか、コミュ力の低い私としては教えを請いたい。

母親に筆下ろししてもらえなかった時点で人生意味ないという価値観

だめだ、体調が悪くなると母子相姦物が読みたくてたまらなくなってくる

2018-01-19

35歳を過ぎて結婚していない人が難ありだと言われるのが辛い。

表題通りだ。私は29歳だから、まだ35歳ではないけれど、その上限が30歳の人もいれば、27、28でそう思う人もいるだろう。

私は、普通に生きていて、好きな仕事をして働いて、信じられる友達もいて、社外のビジネスパートナーもいる。毎日楽しいし、仕事向上心を持ってやってる。お母さんのことも、妹のことも大好きで、長期休みは毎回帰省する。そのたびに、地元友達と会うのが楽しみだ。地元を離れて5年ほどたつが、それでも変わらずに仲良くしてくれる友人たちがいること、帰省のたびに涙が出るほど嬉しくなる。

楽しんでいるのに、これまでの人生に満足しているのに、なぜ難ありと言われなければいけないのだろうか。難って、なんだ。

私は、このままの人生を歩んでいたら、結婚しなければ、社会腫瘍にでもなるのか?そんな暗い未来を頭の隅で考えながら生きていくなんてごめんだ。

はいま、人生を楽しんでいる。仕事を通じて、社会貢献もしている。

結婚は、いいものだと思う。

結婚したいと思える人がいるのは幸福だろう。

でも、だからって独身に対してひどい価値観を持ってる人が多過ぎやしないか

学生が終わるとき社会人になるのが怖かったけど、実際なってみたら楽しかった。

20代になるのも怖かったけど、なってみたら楽しかった。

長らく処女なのがコンプレックスだったけど、はじめてセックスをしたとき、「そんな、そこまで処女とか気にしなくてよかったんじゃん」と思った。

大人になるほど、今のところ人生はどんどん豊かになってきている。

これから、30代で独身のままだとそうはいかないのか?本当だろうか?本当に?

これから先の人生も、もっと明るい未来が待っていてほしい。

親の教育がクソで死ねって思って爆死寸前に

俺の親は共働きだった。

父親公務員

母親事務


俺は小さい頃からロボットみたいにいうことを守ってきた。

門限を気にし、起床時間、親の言う事、親の価値観を気にしてきた。

守らなかったら、怒声を食らった。

から怒鳴られ、旅行先で怒られ、俺はいつも怯えていた。

もちろん、ムカついてもいたが、守っていれば褒められたので、

嬉しいときもあった。


親は世間には良いかっこして、悪く思われないようにと必死だった。

気に食わないことが在ると、世間を見下すことによって自分たち肯定していた。

俺もその「相手を見下す」方法でもって叱られた。

自分の考えをバカにされ、「今のお前にはわからない」と言われてきた。


親は口癖だった。

「好きにすればいいじゃん。」

「好きにすればいいじゃん。」


何を言っても同じだから、悩みを相談たことは一度もなかった。

そして俺は好きに生きなければいけないという価値観に縛られていた。



もう一つ口癖があった。

「人様に迷惑をかけるな。」


ならいうだろう。でも、言われた俺はもうよくわからなかった。

迷惑をかけず、好きなことをするなんて、できなかった。

親のいう人様なんて9割自分たちのことだ。

親に迷惑をかけずにできる好きなことなんて、オナニーぐらいだった。


親は「お金が無くても幸せと感じて欲しい」と願って教育してきたようだ。

俺はその願いを遂行しなければいけないと思っていた。

学校はいろんな言葉を習った。

「恒産なくして恒心なし」

一定職業財産を持たなければ、しっかりとした道義心や良識を持つことはできない。)

「衣食足りて礼節を知る」

(人は生活に余裕ができて、初めて礼儀節度をわきまえられるようになるということ。)


大人になった時、俺は就職せずに社会にでた。

大多数が就職するように教育されてきただろうが、俺は違った。

就職がわかんなかったから、お金がなかった。

衣食も足りてなかった。

親の教えに沿って生きてきたが、俺は圧倒的に不幸を感じていた。


はいわばコンピューターだった。

そして、親のプログラミングで動いてきた。

親は「幸せ」に向かうように設計したつもりだと思う。

しかし、俺は不幸だった。あきらかにエラーだった。


教育に正解は在ると思う。

教育って、出してほしい結果があって、そこにたどり着かせたいからするんでしょ。

子供に限ったことじゃない。

新人教育だって、なんだって、同じ。

別にすげえ人間を育てられたら正解とかじゃなくてな。

目的を達成するかどうか。


批判したいやつが批判してくるポイントもわかるけどね。

ただ、批判したいヤツは、初めから親の言う事を守るように設計されてないんだよな。

別に珍しい話じゃなくてさ。

感情派は否定してくる話なんだよ、これ。

感情派は「スタートそもそも違うんだよ」って話してもわかんないみたいなんだ。

でも、ロジカルオナニー野郎はわかってくれるよな?


もう爆死だ。

地獄で、絶望だ。

(ちなみに爆死も、地獄も、絶望自分が感じたらソレ。

誰も他人の爆死も、地獄も、絶望も図れやしない。)

全部、嘘デタラメだった。

コード全消去だ。

色々考えたけど、こればっかりはもう無理だ。

解決できない。


だけど、地獄の世の中で、1個だけ伝えたいことがある。

親も所詮男と女しかない。


タリーズでくっちゃべってる金髪の女、

スーツ来て口臭そうなおっさん

ロン毛でタバコ臭いバーのマスターみたいなヤツ、

クラスでいけ好かなかったあいつ、

うるせえ女子

鏡の前にいる自分

そういうなんかどっからどうみても不完全な人間一人ひとりが

結婚して子供を育てて死んでいく世界だ。


ソレを思えば、ロジカルオナニー野郎にも、少しは心の余裕が持てる。

俺に聞くな

自分価値観ぐらい自分で決めろ

ハリウッドよ、最後ジェダイでもう懲りただろ

いい加減、日本人含む不細工アジア人

むやみに映画に出すべきではないということを

 

 

彼らの自閉症ダウン症じみた幼稚な顔が

世界美的価値観に及ぼす害は計り知れないものがある

西洋価値観崩壊もつながる

 

私はハリウッドの美しい世界

日本人アジア人の小汚い顔に埋め尽くされる様を見たくはない

退廃芸術ポルノアニメで充分だ

AVの出演強要

AV仕事の話が出た時点で逃げないのは、可哀そうだけど、やはり馬鹿なんだと思う。

馬鹿なのは、本人の責任もあるが、そもそも教育の失敗なのだろう。

義務教育で、芸能界AV売春に関わる人間に、まともな奴がいないことを叩き込んでおくべき。

 

優柔不断で断ることができない=意志力が弱い。

自分価値観がなくて、周りに流されて生きているだけ。

 

女性に限らず、自分価値観意志をもっていない、ロボットのような人が多いことに驚く。

みんなで罵り合うのでなく、賢者になれるように有益情報を共有しよう。

anond:20180118145602

恋愛結婚自体がそんなに歴史があることではないけれど、それで結婚してきた世代にしてみれば、それが自分たち常識なんだろうね。

一緒に居たらドキドキして寝られないみたいなのと、一緒に居たら落ち着いてよく眠れるというのとどっちを結婚相手に求めるかは個人価値観他人が押しつけるものでは無いよね。

anond:20180119005902

現在男女平等社会先進国には強力な淘汰圧がかかっており、子どもを残せていません。

あと100年もすればムスリムなど男女不平等の人しか残っていないでしょう。

なぜなら子孫を残せない価値観は滅ぶしかいから。

放っておいてくれ

放っておいてくれ、と最近よく思う。

細かく言うなら、よく知りもしないし、知る気もないことに口を出すぐらいなら、いくら怒ろうと悲しもうと、放っておいてくれ。

私は宮城県南部に住んでいた。内陸部だ。仙台に行くより福島に行く方が近かった。

当然、原発事故無関係はいられなかった。

原発事故における福島県内部と県外の被害のあり方はすこし違うように思える。

福島県内部は県内原発を抱えていたから、影響は当然大きく、放射性物質は「あるもの」として対策を打つところから始まった。

県外は違う。まず影響があるかないか政治が決める。見て見ぬ振りをするか、対策をするかだ。私の住んでいた地域農村部だった。放射性物質なんて、農作物商品価値にとっては致命的だ。

地域の人は、みんななかったことにしたがった。

みんな、と書いた。

それは違う。価値観が違う。

しか農作物のために、騒ぎ立てたくない人が圧倒的多数だった。

しかし、安全性をウリにしていた農家や、小さい子供を抱える母親は違った。

原発事故による最も大きい影響は、人間関係に及ぼされた。

家庭内で、職場で、自治会で、農協で、学校で、放射能に対するスタンスの違いは、深刻な対立を生んだ。

事故当初の線量は、小学校の砂の校庭で地上1.5mで約0.8μsv/hくらいだったと記憶している。これは5月頃のことだからヨウ素よりもセシウムの影響のほうが大きかったはずだ。畑や競技場はもう少し高かった。

ちなみに、現在除染基準は0.23μsv/hである

でも当時は、除染基準もっと高く、そして政府ただちに影響はないとしか言わなかった。

みんな葛藤があったと思う。

生計を立てるべく売りたい農作物保証されない安全内部被曝外部被曝の複合的な影響は?この山菜は食べていいのか?自分たちの今までの生活はどこへ行ったのか?この川魚を孫に食わせていいのか?

それでも地域住民の大多数は「風評被害」を生まないために沈黙を守るべきだとした。

見えないし匂いもないものをみんな気にしなくなった。

知ろうともしない人は、当事者意識すら持たなかった。

でもそうではない人もいた。

近所の人に、本当の理由を告げられぬまま、私たち引っ越した。自主避難だった。

あれからもうすぐ6年が経つ。

勘違いがないように言っておくが、もうおおよその農作物安全だ。

放射性物質ほとんど検出されていない(きのこ山菜はまだ基準値以上のものが出たりする。まれに)。

あのとき近所に住んでいた人たちがガンになったとか、そんな話も、幸い耳には届いていない。

けれど、あの時の私たち判断を、誰が責められるというのだろう。

WHO基準より遥かに高い、政府提示した当時の基準値

内部被曝のことまで考慮されない言説。

進まない除染、広がらない検査

6年。

その間にいろいろな言説を目にした。

ただ今、どうしても気になるのは、こういう地元葛藤を一切意に介さず、遠くの安全から声高にそして意気揚々と、口汚く意見してくる声だ。

放射脳風評被害が広まる?

ふざけるな。ふざけるなよ。

科学見地蔑ろにし、被曝を気にしすぎる人はたしかにいる。

それでもあの当時、何も信頼できるものがないあの状況で、我々がした判断は間違っていたか

結果論じゃないのか?

線量の落ち着いてきた今ならまだわかる。

けれど事故当時にすら、放射脳と、呼んではばからない奴はいた。そこらじゅうに。

あなた方は、私たち当事者の、その中の多数派意見に味方し、少数派を徹底的に叩きのめす。

それで正義のつもりになってるんだ。

あなた方は、私たち当事者が抱えざるを得なかった葛藤を知らないし、知ろうともしない。

下手をすると、放射線の影響や、過去の事例、現場がどれくらいの線量なのか、それすら知らずに、声が大きい当事者たちの味方をして気持ちよくなっている。

それなら何も言わないでいてくれ。

頼むから

地域共同体としての我々は、意見対立からズタズタに引き裂かれてしまった。

もしあなたたちがここに来て、本腰を据え、じっくりこの問題に取り組み、当事者の1人になってくれるなら、いくらでも意見を聞こう。

でも、そうじゃなかった。

非難の声はだいたい的外れだった。放射脳と叫ぶ声だけでなく、危険危険だと叫ぶ声もそうだった。何も知らないんだろうな、と思った。

これは一例だ。

絶対に許さない一例。

そしてその無責任乱暴な声は、落ち着くどころかどんどん声高になっているようにすら思う。

沖縄基地問題原発の再稼働問題、そして福島第一原発事故

辺境」に押し付けなければならない問題を扱うとき安全からモノを言うのはやめてくれ。

沖縄基地問題、反対派の抗議活動に、「県外の人間仕業地元民はみんな賛成しているのに、邪魔」とか、賛成派のインタビューに、「政権側の印象操作。反対派が大多数だ」とか、見ていてものすごく苦しくなる。

どちらもいるに決まってる。

そしてどちらが多数派からと言って、少数派を徹底的に叩いて排撃していい理由にはならないのだ。

部外者にはわからない、わかるはずのない葛藤がそこにはある。

再稼働問題もそうだ。「どうして対岸の都市が口出しをするんだ」とか、「援助金をもらっているか文句は言えない」とかもうやめてくれよ。

援助金が第一ではない人間もいる。

そもそも援助金がもらえる自治体けがリスクを負えばいいかもしれないが現実そうじゃなかった。

放射性物質自治体境界を越え風に乗り山に飛びそして海にも拡散されてゆくと、知らないのだろうか。

知らないだろうな。

だってあなたは、当事者意識を持っていないんだから

口出しするなら、せめて当事者意識を持ってくれ。

我々の葛藤を意にかけてくれ。

少数派だからといって口汚く罵るのはもうやめてくれ。

多数派応援をすることは絶対正義ではないとわかってくれ。

この世界水戸黄門ではない。善悪二元論は成立していないのだ。

残念ながら。

2018-01-18

anond:20180118220801

キリスト教価値観としては、人間を含むすべての生物は神の創造なのだから、神の意志に背いて人間意志で殺めることは許されない、というロジック

イスラムについてもほぼ同じであり、「全てはアラーの御目示し」という考え方らしい。

仏教日本神道については、よくわからない。

anond:20180118200305

あっちの人はミンストレルショーの差別過去があるから黒塗りはダメかいうけどそれはあっちの人の歴史的経緯だし、そういう文化を共有してない我々に

我が国ではけしからんからお前らもけしからん」って価値観押し付け思想信条強要じゃね。そんなものに対し我々にはノーという権利があるはずだ。

くだらないものが好きなだけなのに

「私は本物の楽しみを知っている」ってマウント取ってくる人なんなの。

いや、別にあなたが絶賛するもの人生を豊かにして時間を良いものにしてくれるのはわかるよ。

ただ自分はくだらないものが好きなの。

ポプテピピックの話。

はっきりいうけど、くだらねーよ。多分、人生を豊かにしないし、その時間を良いものにしない。

そりゃポプテピピック見てる少しの時間筋トレに当てたほうが数倍有意義だと思うよ。

でも自分にとってはそういうくだらないものを見ることが楽しくて仕方がない。

それなのにそちらの価値観だけで自分が好きなものを上書きしてくるの本当にやめてほしい。

美味しい料理なんて食べなくても最低限の食事が出来ればいい人がいるように、最高級のコンテンツを求めてる人ばかりじゃない。

仮想通貨神様の仇になった話

あなたは昨年末仮想通貨ビジネスに参入する」と発表してちょっとした話題を呼んだ某芸能人をご存知でしょうか。

ご存知でもご存知でなくてもこの後に続く話を読んでいただくのに特に支障はないかと思います

これから書くのは彼のことがとても好きだった人間の話です。

私はそこそこ長い間、彼のファンでした。

ファンクラブ入ってからどれくらいになるのかなあ。

ソロ活動始めてからしばらく経ってからだったので、古参とかそういう話をするなら

私より長く彼を応援している人だってそれはもうたくさんいるはずですが、

少なくとも15年以上は経ってるはずなのでまあそれなりに長い間と称していいんじゃないかなと思います

当時の私は音楽芸能人にまるで興味がありませんでした。

けれどふとしたきっかけで彼の歌を聴いた時、一発で心をわしづかみにされたのです。

なんて綺麗な声で、なんて綺麗な曲を歌うんだろう!

なんて魅力的な歌を書くんだろう!

なんて素敵な世界観を生み出す人なんだろう!

彼の作品はいつも独特の世界観形成し、それを表現するために

音楽映像文章美術演劇といったありとあらゆるアプローチを行い、

本人のみならずバンドメンバースタッフまでその一部として役割を与えられるものでした。

エンターテイメントとしての密度と完成度が尋常じゃなかった。

一度、彼のファンでもなんでもない友人をライブに連れて行ったことがあるのですが

演出や作り込みがすごいか特に事前情報仕入れていなくても引き込まれたし楽しめた」

みたいな評価をしてもらえたので、本当に総合芸術としてよく出来ていたんだろうなあと思います

そんな類いの作品に触れたことさえなかった私はもう夢中でした。

たこともない夢や幻想の数々、それが彼の作品でした。

CD雑誌メディアライブも、彼の発信するものは全て見聞きしたかった。

可能な限りそうしていたけれどまるで満足できなかった。

それがもどかしくも嬉しかった。

インタビュー言葉ひとつ取っても彼はとても魅力的で、

彼の語る言葉を読むたびに新しい価値観自分の中に形成されていく気さえしていましたし、

この先どんなことが起ころうとも彼に憧れる自分のこの感情は決して変わることはないだろうと信じ込んでもいました。

あの頃、彼は私にとって間違いなく神様だったのだと思います

そして、そんな彼のソロ活動20周年を間近に控えた2018年最初に齎されたイベント開催告知の内容は、

ファンクラブ会員向けの仮想通貨事業に関するトークイベントでした。


あっ、だめだ、と思ったのはその時でした。


予兆はいくらでもありました。

なんか最近曲の系統が全部同じように聞こえるなとか、カバーアルバムとかコピーバンドとかが目立つなとか、

内輪向けイベント多いなとか、昔こういうことはやらないって言ってた内容の活動してるなとか。

だけど私は、彼には夢を見させる力があると知っていたしそれを信じていたかった。

今はたまたま私の好みではない展開を行っているだけで、彼が彼の世界観表現していることは変わらないのだと。

いずれまた流れが変わって私が夢中になるような夢をまた見せてくれる日もきっと来ると信じていたかった。

事実、心が離れかけて今回で最後にしようかなと思いながら出向いたライブでまたドカンと衝撃受けて

魅了されて大泣きしてやっぱり私はこの人の作品が一生好きだ……と惚れ直させられたこだってありました。

惰性になっているのでは?と自問自答しながらもファンクラブ更新を切る気にもなれなかった。

でも、アーティストでなく実業家を名乗って、年齢も本名も公開して、そんな姿を見たら流石に

「ああ、きっと彼はもう夢を見せる仕事をするつもりがなくなってしまったんだな」

理解せざるを得ませんでした。

ゼロから何かを創作するということには途方もない労力が必要でしょう。

それをエンターテイメントとして大衆に届けるためには、また更に大きなエネルギー資本必要になってくるでしょう。

それをずっと続けるというのはあまりに困難な道でしょう。

その道から逸れて違う歩き方を選ぶ人を責める権利は、この世の誰も持っていません。

まあ綺麗事ばっかり言っても仕方ないというかね。

ぶっちゃけその夢を見させるための土台のところでいろいろ大変なんだろうなあっていうのも

かるというかね。ニュースになったこととかもあるしね。

「やりたいのにやれない」みたいなことは絶対にあったと思うし

こっちも展開されたグッズとか毎回必ず買ってたかって言われるとゴメンナサイって感じなので

ホント彼の方向性かに難癖つけたいわけじゃないんです。

仮想通貨も私にはちょっとからないけどある程度勝率とか将来の展開図とか見越したからこそ

あれだけ派手に打って出たんだろうし上手く軌道に乗るといいねえって思ってる。

間違っても彼に対して「裏切られた」みたいな感情を抱いているわけではないんです。

ただ私の神様はもういなくなってしまったんだなぁという実感を覚えてしまたことがひたすらにさみしくてかなしい。

アイドルを追いかけた経験はないけれど、推していたアイドルに「普通の女の子に戻りたい」って言われた時の

ショックや悲しさやそれらに交じる僅かな自責とこの感情は似ているのかもしれないと思う。

生きているあなた偶像でいてくれなんて願うことがとんでもない傲慢だということは理解しているけれど、

それでも私はあなたという偶像が好きだった。


それだけの話でした。ここまでお付き合いくださいましてどうもありがとうございました。

願わくば彼の進む道の先が彼にとって望ましいものでありますように。

でもあのファンミ案内はどこからどう見ても芸能人使った怪しい投資セミナー詐欺勧誘しか見えなかったからもうちょっとどうにかした方がいいと思う。

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