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はてなキーワード: 三浦とは

2017-06-20

将棋で礼節を覚えるってどうにもうさんくさい

本日6/20加藤一二三九段現役引退が決定した。現役が最も長かった最年長棋士ということもあり、思うところはあるのだろうが、投了後駒の片付けもせず(駒の準備片付けは上位者が行うことになっている)帰ってしまった。マスコミに何も喋りたくない、撮られたくないといった気持ちもあったのかもしれない。感想戦がないのはよくあることだし、それも構わないが、最低限のやるべきことすら放棄してふてくされるのはいかがなものか。

将棋ファンの間では加藤九段レジェンドであり、この所作にも顕名で不平を言う者は見当たらない。私だって、何か言ったらフルボッコにされるだろうという恐怖すらあり、増田に書いている(なんて意地汚い!)。将棋ファンなんてこんなもの・・・

解決したとなっている三浦九段冤罪の件でも、渡辺竜王は一応は本人に謝罪したが、一番大元の発起人である久保九段王将奪取後に後日このことについて説明するといっているが、結局動き無し。恐らくこのまま何もしないのだろう。将棋ファンは都合の悪いことは時と共に忘れてくれる。投了で終わることすらできないのだ。

将棋が教えてくれることとは、一体。

2017-06-14

三浦 義隆が書いた、スマホながら危険運転助長しかねない有害記事は削除されるべきだ

三浦 義隆が書いた、スマホながら運転助長しかねない有害記事は削除されるべきだ。

自動車事故により車内外で年間約4000人が死亡しており、交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転手

自動車は一瞬にして大勢の人命を奪う爆弾や銃と同等の凶器なことを三浦 義隆は忘れている。

あのような有害記事を野放しにしたら、三浦義隆本人や三浦義隆の知人や家族が、携帯ながら運転ドライバーに加害され死傷される恐れも高くなる。

警察へのヘイト、憎しみをつのらせ、そういった自動車の年間約4000人も死亡している害について思いが至らなかったとしか思えぬほど愚かだ。

あのような論法ならば、自転車走行中や歩きながらでも「スマホは手に持ってるけど注視していないから!」などという幼稚な言い訳でのそれらが増える恐れがあるというリスクについても考えを至らせるべきだ。

2017-06-05

鎌倉戦国時代に燦然と輝く北条家は、日本史教科書では分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

日本史教科書いくら見ても本当のところは理解できないんですよ。

なぜ北条家が坂東武士の頂点に立ち、鎌倉幕府頼朝が作ったにも関わらず、北条がその後の支配権を握り続けたのか。そして戦国時代に「後北条家」が、北条家と特に関係がないのに成立し、関東盟主足り得たか源氏とは、北条とは何か。

北条は、坂東平氏の家柄である坂東平氏とは、桓武天皇の血を引く、関東にやってきた平氏総称であり、その五世である平将門新皇自称して、朝廷に対して関東支配権を主張して反乱を起こし、敗れた後に祟りを起こして神となったことで、関東に決定的な影響力を及ぼすようになった。

平将門は神である。そこを間違えてはいけない。平将門怨念とされるものは畏敬の対象として、現代人に対しても深く印象づけられているが、関東ではほぼすべての神社平将門を祀っていたほどに力があった。坂東武士たちにとっては、平将門は実際に神であり、朝廷反旗を翻し関東独立した政権を、坂東平氏が頂点となって打ち立てることは坂東武士の念願であった。平忠常というそのへんの平氏関東で反乱を起こしただけで一大ムーブメントになってしまうぐらい、平氏関東支配朝廷から独立するという夢は坂東武士の間に広がっていた。元記事に書かれている関東の有力豪族千葉氏上総氏は、平忠常の子孫とされている。

そこにやってきたのが源頼朝である源頼朝清和源氏事実上嫡流である清和源氏桓武平氏といった用語を知らない人のために説明すると、天皇家は偉いわけだが、子孫がいつまでも皇族だと皇族が際限なく増えてしまい、現代で言う宮内庁予算が際限なく増えてしまうので、どこかで平民になってもらわなければならない。平民になる時に、皇族には名字がないので、名字を与える必要がある。その時に、源、平の名字が与えられた。天皇の血を引くスゴイ人たち、という意味が源、平という姓には込められている。清和源氏清和天皇の子孫で源姓を名乗った人たち、桓武平氏桓武天皇の子孫で平姓を名乗った人たちである

たとえば足利も、徳川も、本姓は源である。源尊氏源家康が本名だ。なぜ足利とか徳川というかと言えば、源が増えすぎて区別必要が出てきたというのもあるが、源というスゴイ名字を出すのは気が引けたから、という要素が大きいように思う。本当の名字は避け、住んでる所を名字にする、といったことをして、木曽義仲とか、足利尊氏とか、あるいは自分でっち上げ徳川という名字を使った家康のような人もいる。これを説明するには、武士にとって本名いかに大切であったか述べなければならないが、面倒だ。武士の下の名前は諱(忌み名、呼んではいけない名前)とされていたということを考えれば、上の名前もそれなりに大事だということはわかると思う。(そして信長様~とか秀吉様~とか言っている時代劇が全部嘘っぱちだということも分かるだろう)

平忠常の乱を平定しようとした、桓武平氏嫡流平直方は、乱の平定に失敗するが、清和源氏事実上嫡流である源頼義を婿に迎え、領地であった鎌倉を譲り渡す。この時、鎌倉坂東源氏拠点であると同時に、平氏源氏嫡流が交わった聖地という意味が生じた。そこから八幡太郎義家が生まれ源氏の声望が高まり、その嫡流である頼朝権威づけていく。

ここまでくれば、坂東平氏である北条家が頼朝を婿にとり鎌倉本拠地に据えた意味が分かるだろう。平家源氏が交わり、鎌倉拠点とするというのは故実に則った神聖儀式なのだ。ちなみに、北条家が坂東平氏の由緒正しい血筋だというのはおそらく自称であり、フィクションである。だが坂東武士は将門の祟りの方が怖いので、血筋の細かい所は気にしないのだ。

鎌倉に作られた幕府は初めから天皇を中心とする朝廷対立関係にあり、承久の乱勝利することで朝廷の上位に立ち、皇位継承操作するまでになった。それはなぜかといえば、平将門朝廷から独立志向していたかである平将門怨念が実際に実を結んだのが鎌倉幕府である頼朝の下で働いた北条梶原三浦和田千葉熊谷などは、みな坂東平氏である。そして役割を終えた源氏はどこかに消えて、坂東平氏北条家による支配が行われた。

そして戦国時代、後北条家の話になるが、後北条家は伊勢新九郎盛時、北条早雲によって立ち上げられる。伊勢氏室町幕府政所執事の家柄で、ものすごく偉い。ちなみに桓武平氏である

室町幕府というのは北条家に牛耳られた鎌倉幕府を倒して出来た政権である鎌倉幕府内の源氏で最高の血筋だった足利鎌倉幕府を倒し、北条家はほぼ滅亡してしまう。そして源氏である足利京都朝廷とベッタリの幕府を作った。平氏による独立志向関東幕府から180度の転換である

史実ではものすごく偉かった伊勢新九郎盛時であるが、実家室町幕府の偉い家柄で、関東を牛耳りに来たというのは、いかにも坂東武士には都合が悪い。仕方ないので、先祖を辿れば同じ坂東平氏という縁にあやかって、北条の名を名乗ることにした。ちなみに名乗ったのは息子の氏綱の代である。そこで、おそらく後北条家のプロパガンダによって、歴史改変が行われ、謎の素浪人北条早雲が、下克上嚆矢となり関東に覇を唱えたという、我々のよく知るストーリーが現れる。よく調べると、全てデタラメである

これにより、なぜ後北条家が秀吉と争い、滅亡への道を歩んだかも分かるだろう。秀吉関白天皇代理である天皇と対抗する存在である坂東武士にとって、秀吉に降ることは、平将門祟りを招きかねない決断であった。そのため、天下の趨勢が決しても、徳川伊達の援軍が得られなくても、単身で秀吉と抗い、滅びたのである。それだけ将門の祟りへの畏れや、坂東武士の誇り、天皇家という存在に対する対抗心が強かったのだ。

平将門武士の始まりであり、武士スピリット体現する存在である武士は武装し土地を守り、権力に抵抗する存在であると同時に、一族で争い、殺し合う存在である。その構図は徳川家康武士を飼いならすことでご破産になり、そこにあった本質は見えにくくなってしまっているが、武士を知りたければまず平将門を見て欲しい。

2017-06-04

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

山川出版の日本史いかに凄いかについて情熱的に説明する」

http://blog.tinect.jp/?p=40198

はてなブックマークの人気記事だったので開いてみたのですが、驚くほど中身のない記事でした。

これ、おっさん居酒屋でしゃべっているレベルですよね??

『詳説日本史』を引用するなり参照するなりして、具体的にどこがどうすごいかを語ってほしかったです。

僕も10代の頃はあれが本当に理解できなかった。けど今ならああい教科書が作り続けられる理由がよくわかる。物事を語るにあたって、中立を維持しようとするとなると、事実しか語れなくなるのである

ストーリーというものは、基本的には何らかの価値観を元に構築されるものである日本民族いかに優れているかという視点で歴史を分析すると、それは右翼的な記述にならざるをえないし、平等であろうとすれば、それは左翼的価値観を元に記述せざるをえなくなる。

客観的な記述がされている、左右に偏向していない、中立だからすごいゾ、という感想には呆れ果てました。

いったい全体、どこが情熱的ですか? 教科書を読み返さず、いい加減な記憶をもとに語っても、多分これくらいのことは言えると思います。 

  

クソ記事を読んでしまい、あんまりにもムシャクシャしたので、私が自分で『詳説日本史』を引っ張りだしてきて調べました。

例えば「源平の騒乱」という項目は、次のように記述されています

平清盛後白河法皇幽閉し、1180年に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団中央貴族・大寺院のなかには、平氏の専制政治に対する不満がうずまき始めた。この情勢を見た後白河法皇皇子以仁王と、畿内に基盤を持つ源氏源頼政は、平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける王の命令(令旨)は諸国の武士に伝えられた。

これに応じて、園城寺(三井寺)や興福寺などの僧兵が立ち上がり、ついで伊豆に流されていた源頼朝信濃の木曾谷にいた源義仲をはじめ、各地の武士団挙兵して、ついに内乱全国的に広がり、5年にわたって騒乱が続いた(治承・寿永の乱)。

平氏は都は福原(現・神戸市)へと移したが、まもなく京都にもどし、畿内を中心とする支配を固めてこれらの組織に対抗した。

しかし、畿内西国を中心とする養和の飢饉や、清盛の死などで平家の基盤は弱体化し、1183年(寿永2)年、平氏北陸で義仲に敗北すると、安徳天皇を報じて西国都落ちした。やがて、頼朝の命を受けた弟の源範頼義経らの軍に攻められ、ついに1185年に長門の壇の浦で滅亡した。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

ここには明らかに編者の歴史観と、因果関係説明が詰め込まれています

  

まず、平清盛後白河天皇幽閉したこと、安徳天皇即位させたことは、この教科書では「平氏の専制政治」と評されています

当時の人たちがそう感じていたのか、それとも教科書の編者がこの評価を下しているのか、どちらなのか判然としませんけど、ともかく本書はこの評価にもとづいて記述がされています

  

次に、この「平氏の専制政治」が地方の武士団中央貴族・大寺院の不満につながって、 以仁王源頼政はそういう情勢を見たので挙兵したと書かれています

これはまさしく因果関係に言及しているわけです。

  

このように、教科書は単なる事実の羅列ではありません。歴史に対する評価因果関係がしっかりと述べられているのです。

そこにどういう学問的な裏付けがあるか、歴史学に無知な私はよく知らないです。あのブログ記事ではそのへんの話を説明していると思ったのですけど、まったくの期待外れでしたね。

  

なお、この教科書とおなじ編者がつくった参考書『詳説日本史研究』(山川出版社)によると、次のように説明されています

治承・寿永の乱は、一般には源氏平氏の戦いといわれている。しか歴史学的にみた場合、この全国的な動乱を単に源氏平氏勢力争いとみるのは正しい理解ではない。以仁王挙兵以降、軍事行動を起こすものが相次いだ。美濃近江河内源氏若狭越前加賀の在庁官人、豪族では伊予の河野氏・肥後の菊池氏である。彼らはあくまでも平氏の施政に反発したのであって、はじめから源氏、とくに源頼朝に味方したわけではない。彼らの背後には在地領主層があり、在地領主たちは自己の要求を実現するために各地で立ち上がったのである

彼らの動向をまとめあげ、武家棟梁となる機会は頼朝以外の人、例えば源義仲源行家、あるいは平宗盛にも与えられていた。頼朝が内乱に終息をもたらし得たのは、彼こそが在地領主層の要望に最もよく答えたからである。この意味で幕府の成立は、時代の画期ととらえることができる。

教科書である『詳説日本史』では、これがたった一文にまとめられているのです。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

こういう史観が妥当なのかというのは、私にはちょっと分からないんですが、この点を強烈にプッシュしているのが『詳説日本史』の特徴と言えるでしょう。

他の教科書を読んでみても、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)を除き、この史観はあまりプッシュされていないと感じました。

  

【参考文献】

山川出版社『詳説日本史』(日B 001)

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

東京書籍日本史B』(日B 004)

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

桐原書店新日本史B』(日B 011)

(このエントリは上記7冊を参照しています。いずれも平成22年ごろ購入。)

  

  

  

余談:教科書の読み比べ

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

伊豆に流されていた源義朝の子・源頼朝も、妻・北条政子の父北条時政とともに挙兵して南関東を掌握し、10月には源氏根拠地鎌倉に入った。頼朝は父祖以来の結びつきを背景に、三浦千葉上総氏などの有力な東国武士主従関係を結んで御家人とし

頼朝の挙兵が、東国武士との「父祖以来の結びつき」を背景にしていたものだったということは、他の教科書ではなかなか分からないと思います

三浦千葉上総という武士名前が沢山出てくるのもおもしろいですね。(三浦氏名前が出てくる教科書は多いですが、それはこの時点ではなく幕府成立後、十三人の合議制か、宝治合戦ときに唐突に登場します。)

[寿永二年十月宣旨から義仲滅亡までの]この間、鎌倉の頼朝は没収した平氏の所領(平氏没官領)を法皇より与えられ、経済基盤を固めていった。また御家人を統制する侍所を設置し、その長官である別当には和田義盛を任命した。これに加えて、行政裁判制度を整えるための公文所(のちに政所)・問注所がおかれ、その長官にはそれぞれ京から招かれた朝廷の役人である大江広元三善康信就任した。前後して、義経軍らは一の谷・屋島平氏を追い、1185(文治元)年に壇ノ浦平氏を滅ぼした。

[]は引用者註。

この教科書の特徴は、幕府の政治機構の形成過程を、治承・寿永の乱の進行に併記していることです。

鎌倉幕府の成立が1192年(いいくに)なのか、1185年(いいはこ)なのかという論争は、世間でよく知られているぐらい有名になりました。どちらが正しいかは諸説あるとしても、ただ一つ言えることは、どこかの時点でいきなり幕府が完成したというわけではありません。治承・寿永の乱が続いていた期間に、徐々に幕府の政治機構が形成されたのです。この教科書はその史観が反映されています

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

北条時政の援助によって挙兵した頼朝は、東国武士たちに支持されて、富士川の戦い平氏を破ったが、その後は鎌倉にとどまって、東国地盤を固めることに専念した。これに対して平清盛は一時、都を福原神戸市)に移して態勢を立てなおそうとしたが、まもなく京都に戻り、1181(養和元)年に病死した。一方、義仲は1183(寿永2)年、北陸方面から急進撃して、平氏一門を京都から追い出した。しかし、義仲は後白河法皇対立したので、法皇は同年、頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め、義仲追討を命じた。頼朝は弟の範頼・義経らを上京させて、義仲を討たせた。範頼・義経さら平氏追討に向かい、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏一門を滅ぼした。

この教科書歴史用語の詰めこみを回避しているようで、内容は簡単、文章としても平易です。

上記引用でも分かるとおり、「頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め」という記述があるくせに、寿永二年十月宣旨というキーワードがありません。治承・寿永の乱、一の谷、屋島の戦いなどは年表に記載されていますが、本文中に記載なし。養和の飢饉、平氏都落ち安徳天皇を伴ったことも言及なし。

というわけで受験生には不向きですが、他の教科書にはない特色もあります

  

鎌倉将軍に尽くして家人となった武士のことを、鎌倉御家人といった。鎌倉御家人になる目的は、将軍面接して(見参)、先祖伝来の所領を承認してもらい(本領安堵)、さらに勲功のあった者は新たな所領を恩賞としてうける(新恩給与)ことにあった。

教科書の中では唯一、桐原書店けが「見参」を掲載しています。これは鎌倉幕府の権威の構造がどういったものであったかを知るための手がかりになるかも。

(他の教科書ではこの用語がないどころか、「将軍面接して」という説明も省かれています

  

["新恩給与"についての註]

土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権を与えられるのが普通で、そのおもなものが地頭職であった。

これは「職の体系」のことを言っています。他の教科書とは違って、地頭をあえて「地頭職」と見なす視点を紹介し、その意味するところを簡潔に説明しているのがすごい!

所有権が重層的に重なりあっていたというのは、中世土地支配構造を知るうえで一番大切なポイントだと思います

なお、山川出版の『日本史B用語集』には「職の体系」という用語は不掲載で、かわりに「職」の項でそれを説明しています

職(しき)②:一般に職務に伴う土地からの収益とその職務自体を指す。荘園場合、有力者への寄進が何回も積み重なり、下記のような複雑な職の改装秩序を生じた。

本家職①、領家職②、預所職②、下司職②、荘官職①

  

[引用者註:丸の数字はこの用語を掲載している教科書の数]

山川出版『日本史B用語集』より

この説明は悪くないと思いますが、桐原書店は「土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権」のことと明記しているので、その方が的確です。

しかも、いかんせん、『日本史B用語集』は「職」の用語説明を「院政期の社会文化」のページに掲載しているので、これと鎌倉時代の地頭職との関連が全然分からないです。そして「鎌倉幕府の成立」のページにある「地頭職」の用語説明は、次のようになっています

地頭職(じとうしき)⑤:職とは役職に伴う権益意味。地頭職は御家人が地頭に任命されて認められた兵糧米の徴収や免田(給田)経営などの権利

  

山川出版『日本史B用語集』より

これは間違っていませんけど、この説明を読んで、重層的な土地支配構造があったことを理解できますか? 絶対に不可能ですよね?

せめて「職」「地頭職」という用語同士を紐付けて相互参照させてほしいです。ふざけんなってかんじです。

  

さて、桐原書店教科書に話をもどすと、欄外にこういう豆知識も載っています

幕府とは、近衛府の唐名であるが、転じて近衛大将の居館のことをいった。のちには近衛大将とは関係なく、武家政権意味する語となった。頼朝は1190年に上洛し、右近大将に任ぜられたが、まもなく辞任した。

[ふたつの源頼朝像]

Aについては南北朝時代武将とする説もあり(伝・藤原隆信筆,京都神護寺蔵)、Bも注目されるようになった(山梨甲斐善光寺蔵)。

とてもユニークですね。受験には使えないかもしれませんが、知っておいて損はないです。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

養和は平氏政権が用いた年号で、これを認めない頼朝の支配する関東では、ひきつづき治承の年号が用いられた。

網野善彦著作『東と西の語る日本の歴史』に、たしかこの話があったと思います

他の教科書には載ってませんが、ピンポイント東大入試に出題されました。

  

源氏鎌倉の関係は、源頼信のころに源氏氏神となった石清水八幡宮を、前九年合戦の際、子の頼義が相模国由比郷に勘請して鶴岡若宮八幡宮前身)を建設したことから始まった。鎌倉は前面に海をもち、三方を山にかこまれた要害の地で、切通によって外部と結ばれていた。

鎌倉という土地をこれだけ情熱的に語っているのは、東京書籍教科書だけです。

上記引用とはまた別に、「コラム 武家の都鎌倉経済流通」というのも掲載されています

東大入試では、「院政時代から鎌倉時代にかけての京都と鎌倉都市の発展」について論述させる問題が出されたことがありますが(1990年)、この教科書はその答案を書くうえで非常に役立つものだと思います

  

  

  

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

こののち、後白河法皇義経を重んじ、頼朝追討の命令を下したが、これに失敗すると、頼朝はその責任を追及し、逆に義経追討の命令を得た。さらに頼朝は義経をかくまっていた奥州藤原氏を滅ぼそうと朝廷に追討の命令希望したが、法皇がそれを拒否すると、1189(文治5)年に頼朝は追討の命令を待たず、大軍をもって奥州藤原氏を滅ぼした。ここに全国を平定し、その後、法皇死後の1192(建久3)年に頼朝は念願の征夷大将軍に任じられた。

頼朝の悪人っぷりがこれでもか!?というぐらい強調されています

あいつは自分の野望を実現するため、ときには法皇に逆らって圧力をかけたり、朝廷命令無視して独断専行する奴だった、ということを言いたげな記述です。

  

それはともかく、奥州藤原氏を守ろうとした法皇朝廷側と、それを潰そうとした頼朝の厳しい対立がわかるのは、この教科書だけでしょうね。

両者のぴりぴりした緊張関係が伝わってきます

関西にある政権東北地方を使って、関東独立の動きを牽制するというのは、日本の歴史において繰り返し出てくるパターンなので、この視点を漏らさず記述しているところはアッパレ

  

  

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

平氏安徳天皇を奉じて西国に落ちていったが、後白河法皇は京都にとどまり、新たに後鳥羽天皇をたてて政権を維持した。法皇は義仲には平家追討を命じるいっぽう、頼朝には上京をうながして、京都の義仲に対抗させ、武士たちをたがいに牽制させて政局の主導権をにぎろうとした。しかし頼朝は、東国の安定に意をそそいでみずからは鎌倉を動かず、弟の範頼・義経を上京させて、1184(元暦元)年、義仲を討たせ、源氏一族の長となった。ついで義経らは、その当時勢力回復して都にせまっていた平氏を一の谷・屋島などの合戦でやぶり、さらに翌1185(文治元)年にはこれを長門壇ノ浦に追いつめて滅亡させた。

この時代に2人の天皇が同時に存在していたとする視点を取り入れているのがナイス

都落ちした平氏はそのままあっけなく滅んだわけじゃなくて、京都にいる天皇とは違う天皇を奉じて勢力を盛り返していたのです。

どちらの天皇が正統かというのは、つまるところ結果論にすぎません。この教科書はそんな歴史観に基づいて書かれています

  

ちなみに、この教科書の編者は、大半が関西教育機関に属する人たちみたいです。後白河法皇平氏を主軸にした書き方は、編者の関西びいきが反映した結果なんでしょうか。(笑)

例えば奥州合戦について、「奥州進撃のために頼朝は東国だけでなく西国武士もひとまず鎌倉に動員し、これを機会に国ごとに御家人組織の整備をいっそうすすめた」とありますさら西国御家人東国御家人とどう違うかを説明しているのもおもしろく、この教科書関西中心っぽい史観は独特です。

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

……って、おい!? 増田がここで文章を掲載できなくなったんだが??

せっかくこの先が本番なのに、文字数の上限なのだろうか。

つづき→http://anond.hatelabo.jp/20170605001028

2017-06-01

はてブトップと新着、マジにドブ臭くなったよな

公式の悪さ系

公式広告広告タグが見えたり見えなくなったりする怪しいムーブ上場企業ならいい加減にやめろよ)

公式ステマ(同上 常に見えるように広告タグを表示しない限りお前等のやってるのは悪質なステマだ)

公式おすすめカテゴリ」(これはただのおすすめなので広告タグをつけなくていい、という謎の体裁


ビジネス

互助会グループトップを狙う

スパムアカウントで3ゲット系(露骨なのに取り締まられない奴は公式と話がついてるのかも)

シノギを掛ける三浦弁護士

・「本当は教えたくない取っておきの~~店」(教えたくてしょうがない側が恩着せがましくするな教えたくないなら口閉じて死んどけ)


・どうでもいい古参馴れ合いトップに表示

・こいつらの結婚報告離職報告はトップ必要

・すぐ不倫報告と自殺予告する例のおっさんエンタメ性あるだけまだマシ(この中ではというだけ)

・orangestar先生更新は必ずトップに押し上げねばならない

・繊細に猛り狂うkyoumoe(そんだけ暇なら内職でもしてろ)


政治

・同じような政治ネタ毎日毎日トップに表示

・中身は延々汚い呪詛や罵り

はてなスターウォーズ(激寒)

・こいつらと入れ替わって技術カルチャークラスタは大半が去ってしまった

日本死ねで味を占めて増田にまで政治臭いのが激増


ドブと言ってもこれほどのドブもなかなかねーわ

http://anond.hatelabo.jp/20170531183621

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO17145150R30C17A5DTA000/

2017-05-29

弁護士三浦義隆氏の出自について

痴漢関連のエントリ書いて懐疑的なリプが来たら怒って「ネトウヨ」とか言い出したり

個人的印象ではちょいキナ臭い人だなーって感じ


けれどもそんなんどうでもいい

実は彼は一目見たときから少し気になる存在なのだ

っていうのもね!

この名字名前この方は三浦氏嫡流に近い後裔なのではないだろうか?


この方ぐらいの若さで義隆はちょっと古めかしい名前だし

通字である義のチョイスと合わせて偶然でない意図を感じてしま

桓武平氏良文流マニアとしてはこのフルネームだけで脳裏に少し引っ掛かってたんだけど

今日このエントリhttp://anond.hatelabo.jp/20170528232611と合わせて

三浦弁護士のお住まい流山市http://miurayoshitaka.hatenablog.com/だと気付いて

あ、いよいよ坂東平氏っぽいなと


全然関係なかったらすみません

2017-05-05

三浦瑠璃安倍総理愛人なのか。だから必死アッキード事件の幕引きを画策

それを裏付けるように安倍晋三愛人三浦は「森友事件は物的証拠がないか野党が負け」などともっともらしく幕引きを図っていたが、刑事事件ではないので、物的証拠がなければ追及できないというのはおかしい。

しかもよい悪いは別として状況証拠有罪となるケースもまれにではあるがある。先日木島香苗被告死刑が確定した。最高裁が上告棄却によるものだが、この事件では物的証拠はなく、状況証拠死刑が確定した。

もちろんそのことについては議論はあるだろう。

 ただ、森友事件をめぐる国会での攻防は安倍総理がどの程度関与していたかが焦点。刑事裁判ではない。

財務省森友学園とのやり取りの文書を破棄していたとしたり、総理夫人付の職員の谷さんが財務省との折衝をうかがわせるような文書を籠池氏に渡していたことなど、安倍総理夫人の関与なしには無理なことが発生している。

このFAXひとつとっても谷さん個人判断というのは無理がある。このような状況にあるにもかかわらず、強引な幕引きを図る三浦瑠璃は明らかに事実隠蔽しようとしているとしか思えない。三浦所属する東京大学 政策ビジョン研究センター税金も入っていると思われる。税金を使って安倍総理不正を隠すのでは何のための政策研究機関なのか。

 メンバーを見るとまともな人もいるようである三浦瑠璃東京大学 政策ビジョン研究センターをつぶそうとしているのか。

2017-05-04

なぜ保険会社は低額の提示をしてくるのか - 弁護士三浦義隆のブログ

はてなブックマーク - なぜ保険会社は低額の提示をしてくるのか - 弁護士三浦義隆のブログ

諸悪の根源には弁護士が大きく関わってるのになんでこんな偉そうなこと言えるんだろう。

ただ単に、自分弁護士特権階級、損しません、バカは損してて可愛そうですねえ、って言ってるだけじゃん。


任意保険基準どうこう言ってるけど、それ、そもそも弁護士基準を見て、弁護士相談しながら決めてる基準でしょ。

被害者提示して、被害者弁護士費用をかけるのと、さらにその手間とかを考えた上で、ちょうど引き下がる様な金額統計的考慮して決めてるわけで。

一番悪いのは、その差を見ても被害者がなかなか弁護士に頼む気にもならないようなレベル金額搾取する、さらにはその手間を複雑にしてる弁護士だ。

しか情報が十分に公開されてない。


もし、本当に正義ぶるのであれば情報を十分開示すればそれだけで弁護士なんて関係なく保険会社は払う様になる。

だけどもし弁護士をつけなければ、保険会社側はこれまた弁護士をたてて素人相手に徹底的に裁判でやりくめようとする。


そこで弁護士を立てれば両方の弁護士がただただ得するわけだ。


まり、どこを見ても弁護士が得する制度しかなってない。しかもノーリスクハイリターン。


それを何様気取りで偉そうに言ってるのか、やはり弁護士という人種は最悪だ。


弁護士なんて今の時代情報さえ十分に開示されれば全くもって必要のない職業なのに、なぜ未だにあれだけ偉そうに闊歩してるのか、

その辺の制度を変えようとしないのか、本当に意味がわからない。

2017-05-02

三浦瑠璃安倍総理愛人なのか。だから必死アッキード事件の幕引きを画策

それを裏付けるように安倍晋三愛人三浦は「森友事件は物的証拠がないか野党が負け」などともっともらしく幕引きを図っていたが、刑事事件ではないので、物的証拠がなければ追及できないというのはおかしい。

しかもよい悪いは別として状況証拠有罪となるケースもまれにではあるがある。先日木島香苗被告死刑が確定した。最高裁が上告棄却によるものだが、この事件では物的証拠はなく、状況証拠死刑が確定した。

もちろんそのことについては議論はあるだろう。

 ただ、森友事件をめぐる国会での攻防は安倍総理がどの程度関与していたかが焦点。刑事裁判ではない。

財務省森友学園とのやり取りの文書を破棄していたとしたり、総理夫人付の谷さんが財務省との折衝をうかがわせるような文書を籠池氏に渡していたことなど、安倍総理夫人の関与なしには無理なことが発生している。

このFAXひとつとっても谷さん個人判断というのは無理がある。このような状況にあるにもかかわらず、強引な幕引きを図る三浦瑠璃は明らかに事実隠蔽しようとしているとしか思えない。三浦所属する東京大学 政策ビジョン研究センター税金も入っていると思われる。税金を使って安倍総理不正を隠すのでは何のための政策研究機関なのか。

 メンバーを見るとまともな人もいるようである三浦瑠璃東京大学 政策ビジョン研究センターをつぶそうとしているのか。

三浦瑠璃安倍総理愛人なのか。だから必死アッキード事件の幕引きを画策

 それを裏付けるように安倍晋三愛人三浦は「森友事件は物的証拠がないか野党が負け」などともっともらしく幕引きを図っていたが、刑事事件ではないので、物的証拠がなければ追及できないというのはおかしい。

しかもよい悪いは別として状況証拠有罪となるケースもまれにではあるがある。先日木島香苗被告死刑が確定した。最高裁が上告棄却によるものだが、この事件では物的証拠はなく、状況証拠死刑が確定した。

もちろんそのことについては議論はあるだろう。

ただ、森友事件をめぐる国会での攻防は安倍総理がどの程度関与していたかが焦点。刑事裁判ではない。

財務省が盛り友学園とのやり取りの文書を破棄していたとしたり、総理夫人付の谷さんが財務省との折衝をうかがわせるような文書を籠池氏に渡していたことなど、安倍総理夫人の関与なしには無理なことが発生している。

このFAXひとつとっても谷さん個人判断というのは無理がある。このような状況にあるにもかかわらず、強引な幕引きを図る三浦瑠璃は明らかに事実隠蔽しようとしているとしか思えない。三浦所属する東京大学 政策ビジョン研究センター税金も入っていると思われる。税金を使って安倍総理不正を隠すのでは何のための政策研究機関なのか。

三浦瑠璃安倍総理愛人なのか。だから必死アッキード事件の幕引きを画策。

三浦瑠璃安倍総理愛人なのか。だから必死アッキード事件の幕引きを画策。

それを裏付けるように安倍晋三愛人三浦は「森とも事件は物的証拠がないか野党が負け」などともっともらしく幕引きを図っていたが、刑事事件ではないので、物的証拠がなければ追及できないというのはおかしい。

しかもよい悪いは別として状況証拠有罪となるケースもまれにではあるがある。先日木島香苗被告死刑が確定した。最高裁が上告棄却によるものだが、この事件では物的証拠はなく、状況証拠死刑が確定した。

もちろんそのことについては議論はあるだろう。

ただ、森友事件をめぐる国会での攻防は安倍総理がどの程度関与していたかが焦点。刑事裁判ではない。

財務省が盛り友学園とのやり取りの文書を破棄していたとしたり、総理夫人付の谷さんが財務省との折衝をうかがわせるような文書を籠池氏に渡していたことなど、安倍総理夫人の関与なしには無理なことが発生している。

このFAXひとつとっても谷さん個人判断というのは無理がある。このような状況にあるにもかかわらず、強引な幕引きを図る三浦瑠璃は明らかに事実隠蔽しようとしているとしか思えない。三浦所属する東京大学 政策ビジョン研究センター税金も入っていると思われる。税金を使って安倍総理不正を隠すのでは何のための政策研究機関なのか。

2017-04-30

朝生。。。

少々、“高慢ちき”な女子が好みだ。

三浦瑠璃、抱きたい♥♡

目が手へ。

指輪。。。

ん、けっこんしてたのねー。。。

意外に。

2017-04-22

このようにFAXひとつとっても谷さん個人判断というのは無理がある。であるにもかかわらず、強引な幕引きを図る三浦瑠璃は明らかに事実隠蔽しようとしているとしか思えない。三浦所属するは税金も入っていると思われる。

税金を使って安倍総理不正を隠すのでは何のための政策研究機関なのか。

もし、仮に安倍総理自民党意向に沿うためにうそ情報テレビで流したのならば、訂正謝罪の上、講師を辞任されることを要求する。また安倍総理自民党関係してるならば、安倍総理自民党議員の辞職を求める。なおこの文章メール送信するため下書きを作成する際、突然画面が消えかかる(真っ暗になる)などの不可解な、事象が起きている。三浦さんや安倍総理自民党による言論弾圧の一環であるならば、もはや中国批判できないほどの深刻な政治状況と言うほかない。

もし、仮に安倍総理自民党意向に沿うためにうそ情報テレビで流したのならば、訂正謝罪の上、講師を辞任されることを要求する。また安倍総理自民党関係してるならば、安倍総理自民党議員の辞職を求める。なおこの文章メール送信するため下書きを作成する際、突然画面が消えかかる(真っ暗になる)などの不可解な、事象が起きている。三浦さんや安倍総理自民党による言論弾圧の一環であるならば、もはや中国批判できないほどの深刻な政治状況と言うほかない。

2017-04-09

「私、シリコンバレーVCに抱かれました」について思いを馳せる

既に削除されたが、先月「私、シリコンバレーVCに抱かれました」という暴露記事が出た。

本当であれば許されざる行為だと思う。なぜかはてブ女性を叩いているコメント散見されたけど、個人的には理解できない。事実であればセクハラの最たるものだと思う。

ただ、このブログ記事が本当かどうかを第三者判断することはできなくて、それが怖い。

上記の記事では相当に踏み込んでいて、知識のある人であれば誰のことか特定出来る程であるようだ。もし自分が全く身に覚えの無いことをこのような形で書き立てられた場合、それを否定することはできない。悪魔の証明だ。そして残念ながら、世の中では噂が一度立ったらそれが明確に否定された後も信じ続ける人が存在する。将棋三浦九段事件で、いまだに三浦九段不正をしたと思っている人が一定数いるのが良い証拠だ。

なので本当に恐ろしい。どう対応すればいいのだろう。

…と考えながらWebをあさっていたら、上の記事に対しての反論と思われるFacebookポスト投稿されていた。

https://www.facebook.com/anis.uzzaman.37/posts/1224717764290413

怖い怖いと言ったけど、なんだこの低レベル反論は。これなら反論しない方がマシじゃないか

日米で外部の協力も得て調査した結果、この匿名ブログを発信された場所を含めた詳細が特定できました。それは、日本ではなくシリコンバレーのある場所でした。また、それを書いた人物女性ではなく男性だということ、シリコンバレー在住の日系のVC業界の方であることもわかりました。

そんな調査簡単に出来るはずない、というのが真っ当なエンジニア感覚だと思う。何らかの方法IPアドレスを割り出してそこから場所特定することまでは出来るかもしれない(どうやってIPアドレスを割り出すのかはさっぱりわからないが)。でも「それを書いた人物男性VC業界の方」と特定することは不可能に近い。

要するに、この「特定した」という発言は、現状だと嘘である可能性が極めて高いと言わざるを得ない。そうすると記事全体も嘘ではないかという疑念も極めて高くなる。

最初暴露記事を読んだ時は眉唾ものだな、自分ターゲットになったら怖いな、と思っていたのだが、この反論を読んで「う〜ん」となった。もし本当に訴訟検討しているならば是非するべきだと思うし(事実であるにせよ無いにせよ、特定出来る形で書いている以上名誉毀損は間違いないと思う)、別に訴訟をしないにしても「どうやって特定したのか」をはっきりさせた方が良いんじゃないかな、と思う。

しかし、こんなポスト投稿しなければ自分はこのVCにたどり着けなかったのになぁ。

2017-03-05

もう将棋界なんかどうでもいいんだけど俺も一つ言いたいことがある

橋本八段が謝罪(手のひら返し)して三浦九段が白だと述べた時、フラグが立ったような嫌な予感がした奴が大勢いたはずだ。

彼あからさまに裏目引きそうなタイプからさあ。

将棋片上大輔六段が嫌いだ

少しほとぼりも冷めただろうから書き殴らせてください。

三浦九段事件が起きる前から片上六段が嫌いだった。

いろいろな事情があって、あんまりいうと身バレしそうなので一つだけ。


数年前に電王戦リベンジというイベント大晦日にあった。

場所は当時原宿にあったニコニコ本社ビル

私はその観覧に当選し、朝9時に現地に向かったのだけれど、入場できなかった。

会場のキャパ以上の当選者を出していたからだ。

入場できたのは並んでいた人の半分ほど。

明らかに運営ミスだったと思う。

係員から説明では、帰る人がでれば入れるとのことだったので、待つことにした。

私の後ろに並んでいた人は金沢からこのために出てきたそうで、帰るに帰れず涙目になっていた。

コンビニに行って温かいコーヒーでも買いたかったのだけれど、

運営に「列を離れると最後尾に並びなおし」と言われて絶望

その日は特に寒い日で、手や足の先がかじかんで辛かったことを覚えている。

並び始めて一時間したときだった。

片上六段が会場の外に出てきたのだ。

彼は並んでいる私たち一瞥をくれたのみで、携帯を取り出し、ニコニコ本社の外観に貼られた電王戦ポスター写真を取り出した。

そして、ドワンゴ社員とニヤニヤしながら話をしていた。

(ごめんなさい、ニヤニヤという表現感情が入っています

そのまま私たちのことは無視し、そのまま会場に戻っていった。

あのにやけ面が忘れられない。

彼に怒るのは筋違いだとわかってる。

でも、あれだけ電王戦自分の手柄のように話していた彼が

運営の不備で入場できずに凍えていた私たち無視したことに

当時の私は怒りがおさまらなかった。

彼は人の気持ちが分からない人間だろうと思っている。

から今回の事件についても、何が私たち将棋ファンを怒らせているのかわかっていないのだろう。

から被害者のようにふるまえるのだろう。

彼のTwitterでのこれまでの発言で、あの大晦日ときに私が抱いた彼への印象は間違っていなかったと確信した。

願わくば私の好きな将棋世界をこれ以上踏みにじらないでほしい。

2017-03-04

女のタカ派

あれってのは単に戦場で戦う男に対して、共感を感じられないってだけじゃないの?

三浦のことだけど。

野火」とか読んでも「男は大変そうね」とか思ってそう。

2017-02-28

http://tamarunoboru.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-3696.html

三浦九段不正をしたと、今でも思っているのか」というB棋士の厳しい質問には、渡辺竜王は何も答えませんでした。

http://anond.hatelabo.jp/20170228083120

三浦で思い出したけど、

ロス疑惑三浦和義三浦九段と同じ三浦姓で、クロだと思われていながら証拠不十分で無罪とされている点も共通しているね。

http://anond.hatelabo.jp/20170228083120

三浦森友学園みたいなもんだ

限りなく怪しいけど逃げ切ってしま

ドヤ顔で「李下に冠を正さず」とか言ってるけど

正気か?どう考えても疑いを勝手にかけてるヤツの方が悪いだろ。

じゃあお前らの中ではやっぱり三浦が悪いってことか?

この故事成語自分が心がけるもので、他人が人に疑いかけといて言うことじゃないだろ。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227140822

いや、被害者が望んでなくても調査・究明は必要だろ。

そもそもイナゴと化した一部の将棋ファンが「三浦も望んでない」で渡辺叩きをやめると思うか?

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