「ギリシャ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ギリシャとは

2022-07-05

anond:20220704224757

このタイミングロシアではなくて西側諸国(EU/NATO)の主導でウクライナ復興会議が開催されることの意味わからんのか?

既にかなり具体的な分担までどんどん決めているようだぞ。イギリスがここでドイツがここでギリシャがあそこでとか。

もしロシアウクライナ制圧するのなら、ロシアこそウクライナ戦後復興を考える必要があるんじゃないのか? 考えなくていいのか?

2022-06-26

anond:20220626062536

これは意地悪や罵倒じゃなくて親切で言ってる

増田は極端なバカから強く自己認識して自己防衛した方がいいぞ

もっともこのレベル自覚がないって多分ないと思うけどな

 

あと円安に加えて世の中はこういう流れだから ↓

[お仕事増田] それにしても日本人海外勢の格差

https://anond.hatelabo.jp/20220625181305#

 

極端に悲観的になる必要はないが財政危機後のギリシャみたいに「ただ生きているだけ」になりかねないので

https://jp.reuters.com/article/eurozone-greece-poverty-idJPKBN1620TW

 

結局はなるようにしかならんとは言え出来ることはしといた方が後悔は少ないぞ

世界の終りにおいて、世界を救った男テミストクレス(2)

anond:20220626003343


 十年の時が経った。

 満を持したペルシア軍の大遠征が始まる。十年前のマラトンの戦いの規模を遥かに上回る戦力(十五万人程度と言われている)を前に、ギリシア世界は当然のごとくパニックに陥った。

 しかし、ギリシア軍は自国陸軍主体を成す重装歩兵に絶大な信頼を置いており、特にギリシア連合軍の雄たる都市国家スパルタは、強大な軍事力を背景にペルシア軍に対する陸上決戦を提案し、その決戦をスパルタ自身に主導させようと画策する。しかし、テミストクレスがそこで動いた。

 テミストクレス海上決戦以外に活路が無いことを、十年前から看破し、その準備を着々と進めていた。そのため、軍事力を背景に陸上決戦を主張するスパルタ陣営を確実に抑え込む必要があった。また、スパルタの主張する決戦案は、バルカン半島南方コリントス地峡において、複数都市国家犠牲にすることによって最終的な決戦に持ち込む、一種焦土作戦の体を成しており、当然ながらテミストクレスはそのようなスパルタ立案を容れることができなかった。そのため彼は当時ギリシア市民に信頼されていたデルフォイ神託を利用することに決める。

 ギリシア諸侯要請に対してデルフォイから下った神託は以下のようなものであった。『陸上決戦を避け、木の砦を頼れ』。

 テミストクレスは、この『木の砦』こそが、アテナイが着々と準備を進めていた軍艦なのだと主張し、海軍によってペルシア軍を打倒する海上決戦案にギリシア諸侯意識誘導することに成功する。また、自軍立案妨害され立腹するスパルタに対しては、海上決戦の際の軍事的イニシアチブを譲ると確約することによって、何とか説き伏せることにも成功した。

(なお、艦船保有数の関係アテナイ海上決戦においてスパルタに対して大きな影響力を持っていたため、スパルタあくま形式的海上決戦の総司令官に任命されたに過ぎなかった)

 また、このデルフォイ神託は、恐らく事前にテミストクレス賄賂を贈ることによって歪曲された結果であると、後世の歴史家たちによって推測されている。


 以下は歴史の辿った事実の列挙であるギリシア連合軍は、陸路においてスパルタ陸軍、また海路においてアテナイ海軍が主力をなす軍隊を、それぞれ沿岸の主要な陸路海路に布陣させ、海峡と山際の隘路という大軍の利を発揮させにくい地形を戦場に選ぶことで、ペルシアの侵攻を食い止める作戦に出た。

 しかし、要衝であるテルモピュレーにてスパルタ軍は味方の裏切りに遭い、精強を誇ったスパルタ陸軍は時のスパルタであるレオニダ一世の指揮の下で壮絶に奮戦したものの、全滅を遂げる。その情報を聞きつけたギリシア海軍は、実質的指揮官であるテミストクレスの指示の元、南下、後退し、最終的にはアテナイに程近いサラミス海峡へと撤退することによって、当初の予定通り最終的な海上決戦にてペルシア海軍撃滅することを画策していた。

 しかし、ここでテミストクレスの元に悪いニュースが届く。

 テルモピュレーを突破したペルシア陸軍が急速に南下を続け、アテナイへと到達し、故郷が陥落したというニュースであった。

 ギリシア諸侯において絶大な信頼を誇っていたアテナイの陥落に、周囲からテミストクレスに対して注がれる視線は冷ややかであった。しかし、テミストクレスは冷静であった。事前に彼はアテナイ市民サラミス島やその他の土地疎開させていたため、人的な被害殆ど出なかったことが幸いした。テミストクレス諸侯に対して、アテナイ保有するギリシア海軍の半数以上に及ぶ軍船存在を主張し、未だアテナイはその国土を失っていないと説得すると、依然軍議における主導権を確保したままに、海軍を南下させ続けた。やがて、テミストクレス率いるギリシア海軍は、サラミス海峡の隘路に布陣し、静かにペルシア海軍の来襲を待った。


 ペルシア海軍の来襲と共に、膠着状態スタートする。

 この際、テミストクレスペルシャの首脳陣と使者を交わすことで内通していた。ギリシャ陣営の内部情報ペルシャへと流し続けていたのである

 テミストクレスは誰も信用していなかった。敵に対しても、味方に対しても、一切の信用を持たなかった。この内通が、ペルシア侵攻の初期の段階から行われていたという説さえ存在している。

 テミストクレスは膠着状態が続く中で、ギリシャ陣営内において撤退論、転進論が巻き起こっていることをペルシャであるクセルクセスへと伝えると、さらサラミス海峡の出口を塞ぐことができれば、艦隊撤退不可能となり、必ずやギリシア海軍撃滅され、ペルシア軍は勝利栄光に浴することができるだろう、とクセルクセスを焚き付けていた。また、テミストクレスクセルクセスに対して、海上決戦の際にはアテナイギリシア陣営裏切りペルシア勝利に手を貸すことを約束していた。テミストクレスの思惑通り、クセルクセスサラミス海峡へと向かわせていた七百隻の主力艦隊を二つに分けると、二百隻に海峡の出口を包囲させ、また残りの五百隻を以てサラミス海峡に立て籠るギリシア海軍撃滅しようとした。テミストクレスは謀略によって、まんまと敵艦隊を二つに分断したのである

 敵艦隊が二手に別れたことを知ったテミストクレスは、ギリシア諸将に対して海峡が包囲されていると伝えると、撤退や転進は不可能であり決戦のみが活路であると諸将を誘導した。そのようにして諸将の士気を奮起させたテミストクレスは、海峡へと侵入してくる五百のペルシア艦船を静かに待ち受けた。


 当初、ペルシア海軍海峡の奥深くで待ち受けるギリシア海軍発見した際に、攻撃を急がず機を見計らっていた。内通者であるテミストクレス情報通り、アテナイが離反しギリシア海軍が劣勢に立たされるのを待ったのである

 しかし、ペルシア軍の目に映ったのは異様な光景であった。ギリシア陣営の旗の上に、戦意鼓舞するための戦場ラッパの音色が鳴り響き、そしてギリシア艦船が淀みなく戦陣を整え始めたのである

 それでもペルシア軍は攻撃を保留し続けた。ペルシア軍は最後までテミストクレス情報に踊らされ続けた。


     ◇


 テミストクレスの号令一下、突撃を開始したギリシア艦隊の前に、ペルシア軍には動揺が走った。テミストクレスが離反するという事前の情報との乖離も影響した。密集体形で海峡の奥深くへと侵入していたペルシア艦隊は、有効な機動を取ることができず見る見る間に壊走を始める。更には、後方から押し寄せたペルシア艦隊の援軍までもが、ペルシア前衛艦隊撤退を妨げることとなった。

 ペルシア海軍は大混乱へと陥り、急速に戦闘能力を喪っていった。ギリシア海軍勝利が決定づけられたのである


     ◇


 主力艦隊の大部分を喪失したペルシア軍は、このサラミス海峡の戦いの敗戦を重く受け止め、海上部隊の撤退決断する。テミストクレスが当初画策していた、海上兵站を寸断する計略は成功し、ペロポネソス半島への侵略を行っていたペルシア陸軍も急速にその影響力を喪っていった。最終的に、ギリシア連合軍の反撃によってペルシア陸軍ギリシア世界から追い出され、十年を費やしたペルシア帝国の大遠征は失敗に終わり、ギリシア世界の完全勝利となったのである


 当然、この勝利立役者となったのは英雄テミストクレスであった。テミストクレスはまさしく英雄であり、一度は終わってしまった世界、喪われた故郷を彼は取り戻した。ペルシア戦争の勝利はひとえに彼の超人的な洞察力、長期的な戦略立案能力、謀略や陰謀を駆使し敵と味方をコントロールする政治力、それらの能力によって成し遂げられた勝利であった。

 とは言え、テミストクレスはあまりにも優秀すぎ、また、あまりにも自分能力を過信し過ぎていた。

 最終的に、テミストクレスギリシア世界にとっての危険人物である判断され、政治的指導者地位から失脚させられ、かつての仇敵であるペルシアへと亡命している(相変わらずペルシアと内通を行っていた)。その後、ペルシア軍によってギリシア攻撃責任者へと任命されるのだが、母国に弓引くことをよしとせず、毒を呷って自決したと言われている。

 テミストクレスは間違いなく英雄であり、凡庸人間とは違う視野を持って生きた人物であった。とは言え、狡兎死して走狗烹らるという言葉の例に漏れず、自国から危険視された英雄最期は、あまりにも物悲しい。

世界の終りにおいて、世界を救った男テミストクレス(1)

 ギリシャ世界ペルシア軍の大遠征において黄昏に瀕していた。

 空前の規模を誇るペルシア軍団紀元前480年、テルモピュレーの戦いにおいてギリシア陸軍の主力であるスパルタ軍を激戦の末に破り、スパルタの王であるレオニダ一世戦死させた。スパルタ軍という防波堤を失ったギリシア本土容赦なく侵攻され、ギリシアの中心都市であるアテナイペルシア陸軍によって陥落するに至り、アテナイ軍人テミストクレス率いるギリシア海軍絶望していた。「帰る国が無いのに、このまま戦ったところで何になる?」と。

 しかし、彼らのリーダーであるテミストクレスだけは絶望していなかった。

 絶望に染まる軍人たちの中で、彼は唯一希望を手放していなかった。彼は言った。「さあ、世界を取り戻しにいこう」と。


     ◇


 ペルシア戦争の戦乱の始まりをどこに求めるかは諸説あるが、紀元前480年以降のペルシア軍の大規模侵略より10年前、先駆けて起こったマラトンの戦いにおいて既に戦端は開いていた、とする説が有力である

 紀元前490年、マラトンの戦いにおいて沿岸に押し寄せたペルシア軍を、アテナイ軍を主力とするギリシャ連合軍完膚なきまでに破った。二倍に比するペルシア軍に対して、旺盛な士気原動力に戦ったギリシア連合軍は、5000人以上にものぼるペルシア軍の戦死者に対して、僅かに戦死者200人足らずに留まる圧倒的な戦果を以てペルシア軍を退けたのである勝利に沸くギリシア民衆は口々にギリシアの精強な陸軍を讃え、自らの勝利を誇った。それほどまでに完璧勝利だったのである

 一方、自軍主力の三割を一挙に失ったペルシア軍は撤退を始める。ギリシア世界アジアに対する完全な勝利であった。

 しかしただ一人、アテナイ政治家であり軍人でもあるテミストクレスだけは絶望していた。

 いずれギリシア絶対に負ける、と


     ◇


 アテナイギリシアの中心都市であるが、しかしこの都市が円熟を迎えるまでに辿った経緯は涙を誘う。ギリシアはいわゆる都市国家と呼ばれる、一つの都市国家を成す統治形態政治が行われていたのだが、これら都市国家が成立する以前の、ギリシア暗黒時代においてはギリシア半島ペロポネソス半島)には大量の異民族流入しており、戦乱の嵐が吹き荒れていた。

 そのような戦乱のさなか、開闢におけるアテナイいかにして生き延びたのか?

 それは、あまりにも乏しい資源によってであった。

 アテナイは極めて痩せた厳しい土地であった。地中海性の気候の中、雨量は少なく、養えるだけの人口は決して多くない。要するに、戦乱の時代においては重要性の極めて低い土地だったのである。そのため、アテナイ暗黒時代における異民族侵略において、常に見逃され続け、戦乱からは遠ざけられ、その地盤と地歩を少しずつ伸長させてきた。最終的には、ギリシアにおける最も優秀な文化都市としての地位確立するに至ったのである

 さて、そのような経緯もあり、スパルタアテナイ、あるいはテーベといったギリシアの主要都市基本的に国力に乏しく、幾ら軍制を整えたところで養える軍隊には限界があった。当時のアテナイ人口については諸説あるが、最盛期における人口は十万人程度だったと言われ、まともな軍隊として機能する人員は精々一万人を上回る程度だったであろう。


 一方、ペルシア現在におけるアフリカ中東中央アジア南アジア北部にまで跨る大帝国であり、根本的な軍事力、そして人口においてはギリシアに対して天地の差があった。そのような地政学的要因をテミストクレス紀元前480年以前から看破しており、このまま仮に戦争継続すれば、最終的にギリシアが間違いなく敗北するという未来を予見していたのである

 しかし、テミストクレス絶望してばかりではいなかった。来るべきペルシア本軍の大遠征に向けて、着々と準備を開始した。

 彼が最初に行ったのは、海軍備の増強である。これは正に慧眼であり、ギリシア絶望的な状況を打破する最善手にほかならなかった。

 無論、軍事力が精強なペルシア海軍備は相当なものであり、実際、ペルシア戦争が激化した際の艦船保有数は、ギリシア保有する400隻足らずの軍艦に比べ、ペルシア軍のそれは3倍から4倍の1500隻以上(輸送船を含む)に達していた。ギリシア軍は結局のところ、陸軍備においても劣り、海軍備においても劣っていたのである。そのため、不足している海軍備の増強に多少着手したところで、いずれ来る黄昏を打破する目覚ましい一手にはなり難い――そう目するギリシア市民政治家も決して少なくはなかった。というか、そもそもギリシア軍は精強な陸軍を抱えているのだから海軍備の増強は不要であると楽観論に耽るギリシア市民が圧倒的だった。テミストクレスは頭を抱えた。


 テミストクレスは異常者であった。常に真実を見ることしかできない目を持ち、常に真実しか思考きぬ頭脳を持ち得ていた。

 テミストクレスは十年に渡って、世界の終りをただ一人、真摯に見据えていた。やがてギリシアは滅びる。しかし、その寿命を一秒でも長く保つこと、その呼吸が、須臾の間なりとも長く伸びることを目指し続けていた。また、テミストクレス軍人である前に政治家であった。そのため、テミストクレスは数多くの権謀術数を駆使することを厭わなかった。彼の謀略が活かされるのは、決して外敵に対してばかりではない。むしろ、同じくギリシアに属する味方勢力に対して、しばしばその陰謀は向けられていた。 

 ともかく、海軍備の増強に前向きでないアテナイ首脳部を説き伏せるためにテミストクレスは一計を案じる。海軍備の増強に消極的であったアテナイ首脳を説得するために、テミストクレスは同じくギリシア海洋都市国家であるアイギナと呼ばれる都市国家の脅威を説いたのである

 アイギナはギリシア世界においては珍しく、海軍備を主体とする軍制を整えた都市国家であった。地理的にはアテナイの属する沿岸からかに南下した地点に位置しており、当時のアテナイ首脳や市民にとっては、遠くアジア大国ペルシア帝国よりも、海洋国家アイギナはよほど身近な脅威に映っていた。テミストクレスはその心理を利用したのである。まずはこの手近なライバルとなり得るアイギナの脅威を喧伝することで、テミストクレスは徐々にアテナイ首脳の意識海軍備の増強へと向けさせることに成功した。

 さて、この時アテナイ新造した艦船の数は200隻程度で、かつて備えていた旧式の軍艦の凡そ十倍にあたる新型の艦船を建造しおおせたのである。とは言え、先述の通りそれでもなおペルシア軍の海軍備に比べれば、アテナイの所有していた軍艦の数は圧倒的に劣っていた。それでも、テミストクレスの企てた長期的な戦略は間違いなく最善のものであったと言えた。結果的に、海軍備の増強という手段以外にペルシアを打倒し得る勝ち筋は無かったのである

 何故か。


 ペルシア軍は強大な軍事力を動員するだけの国力を備えていた。軍事力インフラを整備する技術力、そして、兵士を養うために必要な兵糧を創出する農業力、それらの総合力において、ペルシアは明らかにギリシアの力を上回っていた。しかし、そのような強大な力は、反面ある種の脆弱性を抱えることにもなる。テミストクレスはそこに目を付けた。

 テミストクレスが着目したのは、ペルシア軍における高度な兵站戦略であるペルシア軍は圧倒的な数の軍隊を抱えるが故に、その大軍を支えるための兵站戦略を整備していた。中継都市本国から創出した食料を、効率的前線へと運び届けるインフラを整備し、兵の士気が低下しないための細心の注意を払っていた。

 しかし、ギリシアが属するバルカン半島並びにペロポネソス半島海岸線は長く、その補給路は長大に達し、沿岸陸路は決して効率の良い輸送ルートとは言えなかった。陸路における兵站戦略が決して最善のものでないことを、ペルシア軍は理解していたのである。したがって、ペルシア軍の兵站必然的海路依存していた。

 艦船による食料の輸送は、陸上のそれに対して圧倒的に効率的である大軍を支えるために行われる、ペルシア軍の必然的兵站形態を、実際にペルシア軍が襲来する十年前の段階で、テミストクレス明察していた。更には、そのペルシア軍が抱える唯一の弱点を攻撃するための、唯一の手段を十年前から整備し続けていたのである

 つまり海上兵站破壊し、ペルシア陸軍機能不全にすること。それが、それだけがギリシアペルシア軍を打倒するための唯一の方策であった。

 そして、それを理解していたのはテミストクレスだけであった。


     ◇


anond:20220626003448

2022-06-20

anond:20220619224358

昔のギリシャ奴隷結婚も私語も許されてたりしてわりとゆるかったが

1500年経ってアップデートされた結果、より効率的植民地時代奴隷制が生まれたんだよな

2022-05-27

ギリシャイカロス

ザーメンで固めた鳥の羽

両手に持って飛び立った

2022-05-26

日本終わりというけれど、失業率の高いヨーロッパはどうなんやギリシャスペイン若者は二人に一人就職できないらしいじゃん。

2022-05-25

20カ国以上見てきた俺が決める、国ガチャ当たり外れランキング

留学出張旅行(含バックパッカー)などで20カ国以上自分の目で見てきた。

大学職場でも欧米インドアリカなどだいぶ多様な人たちを接してきた。

国際政治経済歴史をずっと勉強してきてる。

そんな俺が決める国ガチャランキング

この国ガチャランキング、上位0.1%富裕層に生まれるか一代で0.1%に食い込めるすごい才能を持ってるかで大きく変わるので0.1%になれる場合とそうじゃない場合で分けた。

国のチョイスは俺の主観から入れるべき国があればコメで教えてくれ

上位0.1%富裕層場合

S: アメリカ中国アラビア半島サウジUAEカタールバーレーン

 ※金があればとにかくやりたい放題。上流階級一般市民は完全に別世界楽園暮らしができる

A: 日本イギリスフランスオーストラリア韓国香港

 ※比較的しっかりした国だし、金があれば上流階級ならではのさらに良い暮らしが待ってる

B: ドイツ北欧・その他西欧シンガポールニュージーランドカナダ

 ※国の水準は総じて高いが、金があるからと言って上流階級ボーナスが多いわけではないし娯楽も上位国に比べたら少なめ

C: スペインイタリアトルコイランギリシャロシア戦争前)・東欧

 ※生活水準は上位国に比べ劣ってくるが楽しく暮らすことはできる。金があるなら困ることはない。

D: インド中東南アメリカ東南アジア

 ※貧民層も多いし危険もつものだが金があれば王様のような暮らしができる。治安も金で買える。

E: 中央アメリカアフリカ上位国(南アフリカエジプトナイジェリアなど)

 ※金があれば良い暮らしができるが治安や娯楽、インフラには限界がある

F: その他アフリカ

 ※金があっても国として大変なところが多いのであまり楽しい暮らしは期待できない

上位0.1%以外の一般人場合

S: オーストラリアカナダシンガポール

 ※圧倒的な治安生活水準の高さ。娯楽も十分にある。

A: 北欧西欧フランスドイツ以外)・ニュージーランド

 ※生活水準は非常に高く安定感は抜群、だが娯楽に若干欠ける退屈な場所

B: ドイツ日本フランスイギリスアラビア半島サウジUAEカタールバーレーン)・韓国

 ※生活水準治安国家安定性、娯楽などのバランスが良いが貧困の影が見え隠れしている

C: アメリカ中国スペインイタリアロシア戦争前)・トルコギリシャ東欧香港

 ※問題なく暮らすことはできるが貧困治安問題政治問題と向き合う量は多くなる。

 ※アメリカ中国だけは特殊。中の上ぐらいの階級ならBクラスに入るがそれ以下だとD以下まで落ちるため平均してCになる

D: インド中東南アメリカ東南アジア

 ※中流階級はどうにかまともな暮らしはできるが、治安の悪さは中流階級にもかなり迫ってきてる。自衛暮らしの一部。

E: 中央アメリカアフリカ上位国(南アフリカエジプトナイジェリアなど)

 ※インフラ治安政府問題中流階級でもまともな暮らしができないことがありえてくる。

F: その他アフリカ

 ※インフラも娯楽も足りない、治安も悪い、政治も安定しない。どう生き抜くかのサバイバル術や処世術ものを言う世界



追記 [5/26 8:34]

ブコメで指摘あったが韓国は0.1%以上はかなり良い暮らしができる階級社会なのでAランに格上げした。

ついでに香港を忘れてたから入れといた。中国政治問題を除外すると香港0.1%以下でもBだったかもしれないが政治影響が大きすぎるためC行き

2022-05-14

anond:20220513133250

日本は落ちぶれるといいながらいまだに東南アジアを見下してんの草

東南アジアは平均年齢も若いしこれから日本を追い抜いていく側だよ

俺らが向かう先は過去に栄華を誇ったが今は見る影もないスペインギリシャあたりのEU圏の落ちぶれ国家側だろう

2022-04-30

ギリシャ危機」のときギリシャ人と今の日本人感覚として同じ

日本だけは大丈夫と思っているところが何とも

2022-04-23

日本もよくコロナのせいで外国人が来ないって言ってるけど

じゃあ観光主体国家って死んでる…?

またギリシャデフォルトしたりして。

2022-04-15

最近海外投資家たちの話で日本人能天気というのが話題

これだけ財政赤字にも関わらずばら撒け、消費税削減とか言ってる日本人能天気心配になるという認識

あの頃のギリシャ国民と同じだと

2022-04-01

キエフキーウに、チェルノブイリがチョルノービリに

現地の読みに(というよりロシア語読みを避けるためだと思うが)合わせたようだが

それなら他の国々の呼び名も現地の読みに合わせた行くべきでは

ドイツドイチュラント

オランダネーデルラント

スペインエスパーニャ

ギリシャヘラ

ジャパンニッポン

等々

2022-03-26

今こそギリシャウェイ

味わって吐いて味わって吐いて味わって吐く

2022-03-13

anond:20220312204919

EU加盟国、旧ユーゴ圏で加盟が認められているのはスロベニアクロアチアだけだけど、それがスラブ民族差別だと言うのは全く理屈が通らない。

スロベニアクロアチアスラブ人であり、ただし、カトリックが多いと言うだけだ。正教会差別と言うならまだしも、EU加盟国でもギリシャブルガリア正教会なのでね。

単純に、他の旧ユーゴ圏は加盟水準を満たしていないだけだ。スラブ人でもカトリックならばスラブ人ではないのか?

からロシア人ポーランド人チェコ人に酷いことをしても気にもしていないのか?

一人当たりGDPだけとっても、セルビアスロベニア33%でしかない。EU最貧国ブルガリアの7割でしかない。しか法制度等もセルビアはまったく追い付いていない。

EU加盟国に関するこのロシア人が言っていることは妄想水準で出鱈目だけども、こんなのに乗せられる日本人おバカさんもいるものだね。

2022-03-08

anond:20220308150638

はい増田君に宿題です。

以下のリスト全てに、「先に仕掛けたほうが負けた」かどうか回答しなさい。

1904年1905年 - 日露戦争

1911年1912年 - 伊土戦争

1912年 - 第一バルカン戦争

1913年 - 第二次バルカン戦争

1914年1918年 - 第一次世界大戦

1917年1922年 - ロシア内戦

1917年1921年 - ウクライナソビエト戦争

1918年1919年 - ウクライナポーランド戦争

1918年1919年 - ハンガリールーマニア戦争

1919年1921年 - アイルランド独立戦争

1919年1921年 - ポーランドソビエト戦争

1919年 - 第三次アフガン戦争

1919年1922年 - 希土戦争

1921年 - コト戦争

1922年1923年 - アイルランド内戦

1926年1949年 - 国共内戦

1931年1933年 - 満州事変

1932年1938年 - チャコ戦争

1934年 - サウジイエメン戦争

1935年1936年 - 第二次エチオピア戦争

1936年1939年 - スペイン内戦

1937年1945年 - 日中戦争

1938年 - 張鼓峰事件

1939年 - ノモンハン事件

1939年1945年 - 第二次世界大戦

1939年1940年 - 冬戦争

1941年1944年 - 継続戦争

1941年1945年 - 独ソ戦

1941年1945年 - 太平洋戦争

1945年1949年 - インドネシア独立戦争

1945年1954年 - 第一次インドシナ戦争

1946年1949年 - ギリシャ内戦

1948年1971年 - 印パ戦争

1947年1949年 - 第一次印パ戦争

1965年1966年 - 第二次印パ戦争

1971年 - 第三次印パ戦争

1948年 - 第一次中東戦争

1956年 - 第二次中東戦争

1967年 - 第三次中東戦争

1973年 - 第四次中東戦争

1948年~(継続) - パレスチナ紛争

1948年~(継続) - ミャンマー紛争

1949年~(継続) - 東トルキスタン紛争

1950年1951年 - チベット紛争

1950年~(継続[1])- 朝鮮戦争

1954年1962年 - アルジェリア戦争

1955年1972年 - 第一スーダン内戦

1956年 - ハンガリー動乱

1959年 - チベット動乱

1959年1962年 - 中印国境紛争

1959年1975年 - ラオス内戦

1960年1965年 - コンゴ動乱

1960年1996年 - グアテマラ内戦

1960年1975年 - ベトナム戦争

1961年 - ピッグス湾事件

1961年 - ゴア併合

1961年1962年 - 西イリア紛争

1962年1969年 - 北イエメン内戦

1962年1963年 - ベネズエラの反乱

1963年1968年 - アルジェリアモロッコ国境紛争

1963年1964年 - キプロス内戦

1963年1966年 - インドネシアマレーシア紛争

1964年~(継続) - コロンビア紛争

1965年 - ドミニカ内戦

1965年1979年 - ローデシア紛争

1965年1984年 - チャド内戦

1967年1970年 - ビアフラ戦争

1968年 - プラハの春チェコ事件

1969年 - 中ソ国境紛争

1969年 - サッカー戦争

1969年1998年 - 北アイルランド紛争

1969年~(継続) - フィリピン紛争

1970年 - ヨルダン内戦

1971年1992年 - カンボジア内戦

1971年~(継続) - カシミール紛争

1973年 第四次中東戦争

1974年 - キプロス紛争

1975年1989年 - ナミビア独立戦争

1975年1990年 - レバノン内戦

1975年 - インドネシア東ティモール侵攻

1975年2002年 - アンゴラ内戦

1976年~(継続) - 西サハラ紛争

1977年1979年 - ウガンダタンザニア戦争

1978年1988年 - オガデン戦争

1979年 - 中越戦争

1979年1989年 - ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻

1979年1990年 - ニカラグア内戦

1980年1992年 - エルサルバドル内戦

1980年1988年 - イランイラク戦争

1980年~(継続) - ペルー紛争

1982年 - フォークランド紛争

1983年2004年 - 第二次スーダン内戦

1983年 - グレナダ侵攻

1983年2009年 - スリランカ内戦

1979年1990年 - 中越国境紛争

1986年1987年 - トヨタ戦争

1987年~(継続) - ブルンジ内戦

1988年1994年 - ナゴルノ・カラバフ戦争

1989年2001年 - アフガニスタン内戦

1989年1992年 - 第一南オセチア紛争

1989年 - パナマ侵攻

1989年1990年 - エチオピア内戦

1989年1996年 - リベリア内戦

1990年1994年 - ルワンダ紛争

1990年1991年 - 湾岸戦争

1991年2001年 - シエラレオネ紛争

1991年2000年 - ユーゴスラビア紛争

1991年 - 十日間戦争

1991年1995年 - クロアチア戦

1992年1995年 - ボスニア紛争

1999年2000年 - コソボ紛争

2001年 - マケドニア紛争

1991年2001年 - ジブチ内戦

1991年2002年 - アルジェリア内戦

1991年~(継続) - ソマリア内戦

1991年~(継続) - カザマン紛争

1992年 - オセチアイングーシ紛争

1992年1994年 - アブハジア紛争

1994年 - イエメン内戦

1994年1996年 - 第一次チェチェン紛争

1995年1998年 - ハニーシュ群島紛争

1996年1998年 - 第一コンゴ戦争

1998年2000年 - エチオピア・エリトリア国境紛争

1998年2002年 - 第二次コンゴ戦争

1998年2001年 - ポソ宗教戦争

1999年2009年 - 第二次チェチェン紛争

1999年 - 東ティモール紛争

1999年 - カルギル紛争

2000年~(継続) - インドネシア紛争

2001年~(継続) - パキスタン紛争

2002年2003年 - コートジボワール内戦

2003年 - リベリア内戦

2003年2011年 - イラク戦争・Category:イラク戦争

2003年~(継続) - ダルフール紛争

2004年~(継続) - サリン紛争

2004年~(継続) - タイ紛争

2004年~(継続) - ワジリスタン紛争

2006年 - 東ティモール内乱

2006年 - イスラエルガザ侵攻・レバノン侵攻

2006年 - エチオピアソマリア侵攻

2006年2009年 - スリランカ内戦

2008年 - 第二次南オセチア紛争グルジア紛争

2008年2009年 - イスラエルガザ紛争

2011年 - シナ紛争

2011年 - リビア内戦

2011年~(継続) - シリア内戦

2012年~(継続) - マリ北部紛争

2013年 - スールー王国軍によるラハダトゥ侵攻

2014年 - ISISによるイラク内戦

2014年 - イスラエルガザ侵攻

2014年〜(継続) - クリミア危機ウクライナ東部紛争

2014年2020年 -2014年リビア内戦

2015年〜(継続) - 2015年イエメン内戦

2017年 - マラウィの戦い

2020年 - 2020年ナゴルノ・カラバフ紛争

2021年 - パンシール紛争

2022年 - 2022年ロシアウクライナ侵攻

2022-03-05

ウクライナ語固有名詞日本語表記について

2年前に「ロシア語の表記揺れはなぜ起きるのか」っていう増田を書いた増田だけど、みんな覚えてるかな?

今回は最近話題ウクライナ固有名詞日本語表記についての話をするよ!

иは「イ」か「ウィ」か

ロシア語やその他の多くの言語で、иは「イ」の音を表す文字だよ! でもウクライナ語では違うんだ!

手元の教科書を見てみると、「ゥイー 母音字。[イ]より奥に舌を引き,唇を横にして出す」(『ニューエクスプレス ウクライナ語』10頁)って書いてあるよ! そうだね、日本語表記する上ではロシア語のыみたいになるんだね! ローマ字ではyで表記することになってるよ!

問題は、「ウィ」って表記するとややこしいことだね! 人名のМикола (Mykola)を「ムィコラ」と書くか「ミコラ」と書くかってことだね! きちんと数えたわけじゃないけど、ロシア語のыよりもウクライナ語のиの方が使用頻度高そうな気がするよ! 原語に敬意を払って「ウィ」と書くか、日本語の読みやすさを取って「イ」と書くか、究極の選択ってやつだね!

ちなみに「ムィコラ」はロシア語でいう「ニコライ」のことだよ! ロシア語の「ダニイル」はウクライナ語では「ダヌィロ(Данило)」、「ウラジーミル」は「ヴォロディムィル(Володимир)」になるね! 「ダニロ」や「ヴォロディミル」とどっちがいいと思う?

そういえば、ロシア語のыは日本語では「ウイ」って書くことも多いね! 「チェルノブイリ」も、Чернобыль (Chernobyl’)のыを「ウイ」って書いてるね! それに倣うならВолодимирも「ヴォロディムイル」って書くべきかな? うーん、チェルノブイリを「チェルノブィリ」と書くようにした方が早いかな! ちなみにウクライナ語ではЧорнобиль (Chornobyl’)だから「チョルノブィリ」だね!

またもや忘れられるь

ьの説明を覚えてるかな? そうだね、同じ文字ウクライナ語にもあるけど、ロシア語と同じで無視されやすいんだね!

ロシア語苗字でよく見かける語尾に「~スキー(-ский)」っていうのがあるけど(本来形容詞の形だね! 個人識別するために「○○の」っていう形容詞をつけてたのが苗字として定着したのかな?)、ウクライナ語だと-ськийになるよ! そうだね、ьがあるから「ス」じゃなくて「シ」になるんだね!

ということは、ウクライナ語的に表記するなら「~シキー」か「~シクィイ」になるべきだね! иをどう表記するかは上に書いたように色々な考えがあるけど、少なくとも「~スキー」にはならないね! 「~スキー」って書いてる時点でロシア語読みだね! Зеленськийは「ゼレンシキー」か「ゼレンシクィイ」だね!

ウクライナ語はロシア語だとьが入らないところにьが入ることがあるよ! 東部都市名前も、ロシア語だと「ドネツク(Донецк; Donetsk)」や「ルガンスク(Луганск; Lugansk)」だけどウクライナ語だと「ドネツィク(Донецьк; Donets’k)」に「ルハンシク(Луганськ; Luhans’k)だもんね!(ウクライナ語とベラルーシ語ではгはガ行じゃなくてハ行になるよ!)

цьは「ツィ」か「チ」か

ロシア語だとあんまり見ないけどウクライナ語だとよく見かける綴りがцьだね! ツァ行の子音цにьがついてるから「ツィ」って書くべきなんだろうけど、言いづらいよね! 学術論文とかでは「ツィ」と書くべきだと思うけど、新聞とかの一般向け媒体で「チ」って書かれてても仕方ないかな!

語末のв

語末に置かれたв (v)はロシア語でもウクライナ語でも無声化するよ! ロシア語ではこれを「フ」って書くことになってるけど、ウクライナ語だと「ウ」の音になるから「ウ」って書いた方がいいね!

からロシア語で「ハリコフ(Харьков; Khar’kov)」と書かれる地名ウクライナ語だと「ハルキウ(Харкiв; Kharkiv)」になるんだね!

語末とかで無声化したvを「ウ」って書くことになってるスラヴ系言語は、他にスロヴェニア語やスロヴァキア語があるよ! ベラルーシ語そもそも綴りを変えてў (ŭ)って書いちゃうから逆に迷わないね! ベラルーシ語だとハリコフじゃなくて「ハルカウ(Харкаў)」になるね! なんでそうなるのかについては「なぜアザレンカはアザレンカなのか」も読んでね!

їを棒引きで表記するか否か

ウクライナ語にはїっていう文字があるよ! この文字はйのうしろにіを続けた発音を表すんだ! йは半母音/j/で、іは母音「イ」だね! つまりїは/ji/の音を表すわけだよ!

母音/j/ってのは、要するに日本語のヤ行の子音にあたる音だね! ということは、їは日本語でいうとヤ行イ段の音ってことになるね!

……それ「イ」じゃね?

ただ、いちおう「йのうしろにіを続けた発音」なわけだから、「イイ」や「イー」と書くという考え方もありうるんだよね! そう書くと元の綴りがわかりやすくなるよね! іを「イ」で、їを「イー」で書くことにすると元の綴りがわかりやすいかも?

実はウクライナ国名ウクライナ語だとУкраїнаなんだよね! їを「イー」で書くなら「ウクライーナ」にすべきなんだけど、「ウクライナ」が定着しちゃってるから「ウクライーナ」と書くのは違和感があるね!

キエフ? キーウ? クィイーウ?

じゃあ、ここでウクライナ首都名前を見てみようか! ロシア語ではКиевで、これはそのまんま「キエフ」で問題いね

ウクライナ語ではКиївって綴るんだ!

ここまで書いた色んな論点が詰まってることがわかってもらえると思うな! иは「イ」か「ウィ」か? їは「イ」か「イー」か? 語末のвは無声音の「ウ」だけど、発音よりも原綴を重視して「ヴ」と書くべきか?

仮に「иは『ウィ』、їは『イー』、語末のвは『ウ』」で書くなら「クィイーウ」になるね! 「иとїはどっちも『イ』、語末のвは『ウ』」とするなら「キーウ」だね!

仮に「チェルノブイリ」のようにиを「ウイ」と書くなら「クイイウ」とか「クイイーウ」もありかもね! ごめん、やっぱなし! さすがに不自然すぎるね!

個人的には、日本語母語話者発音のしやすさを考えると「キーウ」が一番いいんじゃないかと思うんだけど、表記法には好みってやつがあるからね! どうしても「クィイーウ」じゃないと、という主義の人もいるかもしれないよね! 日本語表記をめぐる議論は最終的には不毛な争いになっちゃうからね!

はてなーの居る場所は既にウィキペディアン2000年代に通過した場所だッッッ

実は、ウィキペディアでは十数年前にウクライナをめぐる喧々諤々の論争があったんだよね! ウクライナ関係記事表記ウクライナ語で表記しよう! という動きが出てきたんだけど、иを「ウィ」で書く派の人が主導してたもんだから日本語母語話者には発音しづらい項目名ばかりになった頃があったんだ!

たとえば、みんなも世界史の授業で「フメリニツキーの乱」について習ったことがあると思うんだけど、乱を起こしたフメリニツキーウクライナ語ではХмельницький (Khmel’nyts’kyi)って綴るんだ! そう、иを「ウィ」で書くと「フメリヌィツィクィイ」になるんだよね! 読みづらいね! 一時期ウィキペディアウクライナ関係記事はこんな感じの表記だらけだったんだ!

さすがにこれは、ということで今は「フメリニツキー表記になってるけど、これもおかしな話だよね! 記事には「ボフダン・フメリニツキー」って書いてあるけど、それ何語なのかな? Богданを「ボフダン」と読むのはウクライナ語だけど、「フメリニツキー」はロシア語だよね! ちゃんぽんになってるね! せめて「ボフダン・フメリニチキー」か「ボフダン・フメリニツィキー」だよね! ちゃんぽんにするくらいならロシア語で「ボグダン・フメリニツキー」って書いた方が幾分かマシなんじゃないかな?

増田中二病をこじらせてた頃は「は~? ウクライナ語の『и』は『ウィ』ですが~?」みたいな感じで「フメリヌィツィクィイ」みたいなややこしい表記推してたんだけど、最近一般人にとっての可読性も大事だよな……」という気持ちになることも増えてきたよ! だから「クィイーウ」に「フメリヌィツィクィイ」じゃなくて「キーウ」や「フメリニツィキー」でもいいと思うよ! でも「クィイーウ」「フメリヌィツィクィイ」派も間違ってるわけじゃないよ! 音楽性の違いってやつだね!

どこまでウクライナ表記を貫徹させるか

法的には、ウクライナ国家語はウクライナ語だよ! そこには疑問の余地はないね! だからウクライナに属するものはすべてウクライナ語で書くべきだというのはひとつの見識だよね!

一方で、ウクライナ住民の何割かはロシア語母語にしているんだ! 彼らも代々のウクライナ住民だよ! っていうか、ゼレンシキー大統領母語ロシア語だよ! ある意味ロシア語は「少数言語」という立ち位置なんだよね! 島国じゃなくてだだっ広い平原から、どういうふうに国境を引いても内側に少数派が残っちゃうんだよね!

ロシア語侵略者言語であると同時に、ウクライナの少数派の言語でもあるんだ! 「ウクライナに属するものはすべてウクライナ語で書くべき」というのは、ちょっと意地悪な言い方をすればウクライナナショナリズムの主張なんだよね! たとえば、在日コリアンの李さんや金さんが、自分は「い」や「きむ」だと言っているときに、「ここは日本なのだから日本語読みで『り』『きん』と表記すべきだ」と主張する人がいたとしたら、みんなはどう思うかな?

もちろん、何度も言うけどウクライナ語で貫徹するという方針も間違ってないよ! ロシア語での表記ロシアナショナリズムロシア中心主義じゃないの? と言われたら反論できないしね! ただ、「ロシア語読みを使うべきじゃない」みたいな強い言い方を目にしちゃうと、ん? それってどうなの? とは言いたくなるよね! まあ、増田は色々考えた上でだいぶ前からキーウ」って書くことにしてるけど、今頃になってロシア語読みはけしからんとか言い出した人たちについては眉毛によだれビチョビチョにして見ちゃうよね!

あ、「キーウ」は現代の話ね! たとえば歴史上のキエフルーシかについては、「キエフ」でいいと思うんだよね! その頃はまだ東スラヴ系民族は「ルーシ」という比較的同質性が高い集団で、それがロシアウクライナベラルーシ・ルシンに分かれていったのは近世近代以降の話だからね! 本当は教会スラヴ語のКꙑѥвъに準拠した表記にすべきなのかもしれないけど、教会スラヴ語には詳しくないから読み方がわからないや!

ちなみに「ロシア」も「ベラルーシ」も「ルーシ」が語源だよ! 「ルーシ」はこれら諸民族にとって共通過去なんだよね! 雑な喩えになっちゃうけど、ロシア人にとってのキエフ東日本出身者にとっての奈良みたいなものだと考えるとわかりやすいと思うよ!

ところで、昔はウクライナのことが「小ロシア」と呼ばれてたわけだけど、これはもともとは蔑称じゃないよ! 古典時代ヨーロッパには、近い方を「小」、遠い方を「大」と呼ぶ用法があったんだ! 東アジアの「大小」の感覚で考えてはいけないんだね! アナトリア半島が「小アジア」と呼ばれるのはヨーロッパから見て「近い方のアジア」ってことで、グレートブリテン島の「グレート」はフランスブルターニュ半島より遠くにあるから、つまり「遠い方のブリタニア」ってことだよ! 現在ポーランドには「マウォポルスカ県」と「ヴェルコポルスカ県」があるけど、それぞれ「小ポーランド」に「大ポーランド」って意味だよ! なのでかつてルーシの中心だったキエフの辺りは「小ロシア」って呼ばれてたんだね! まあ、近代以降は侮蔑的ニュアンスなっちゃってるみたいだから、使わない方がいいけどね!

最後に、戦争について

正直めちゃめちゃ憤ってるよ! 今回のプーチンの行いには欠片の理もないよ! 侵略どころか、ウクライナ人という民族存在否定しようとするなんて、ウクライナ人を民族として認めたソ連よりも退行してるよ! 70近くになって怪しい歴史認識に目覚めるとか、実家の親なら笑い話になるかもしれないけど核保有国独裁者だとちっとも笑えないよ!

ロシアから見てNATO東方拡大は脅威なんだ、だからロシアウクライナ侵攻は仕方ない、と言ってる人たちもいるけど、どう考えてもおかしいよね! 仮にそれを是とするなら、日本にとって中国軍拡は脅威なんだから韓国親中政権ができたら日本韓国に攻め込んでもいい、みたいな話になっちゃうよね! 狂ってるよね!

でも、その憤りをロシア人やロシア文化に向けるのは絶対に間違ってるよ! 拉致問題への憤りをコリアンコリア文化に向けてる人たちと一緒だよ! 普通に人種差別だよ! そういう人たちはプーチンの行いを非難するのもいいけどまず自分差別意識と闘うべきじゃないかな?

ロシア文化ウクライナ文化も、どっちも尊重されるべき文化だよ。ウクライナ文化擁護ロシア文化否定じゃないよ。ウクライナ人やウクライナ文化存在否定しようとする侵略者否定されるべきだけど、それがロシア人やロシア文化への否定に繋がってはいけないよ。

増田はどちらの文化も好きだよ。だから本当にこんな事態になってしまって悲しいし、ロシア若者非道侵略戦争に送り込んだ連中には相応の報いがあることを祈っているよ。

追記

ブックマークコメントに応答するね!

yiみたいな発音ロシア語についてもЕは正確にはyeなんだけど、日本語的に普通なエとなるЭよりも頻度高いのをいちいち日本語で言いづらいイェと表記するのクッソしんどいみたいな話に帰するよね…

国際的な転写法でも、Еは普通にeで、Эに特別記号を当ててることが多いもんね! иは頻出するから扱いが難しく、一律で「イ」にしちゃうというのも可読性の面から合理的なんだよね!

BBC,CNNとか見てるとキエフキーウって言うようになったのはいいけどウクライナをユークラインって言ってて、これだから英語話者は…、ってなる。

英語話者ウクライナユークレインって呼ぶのは日本ジャパンと呼ぶようなもんだから、そこは気にならないかな! そんなこと言ったら、日本人も「スペイン」「ポーランド」「クロアチア」「ギリシャ」「オランダ」「アルメニア」「メキシコ」って言えなくなっちゃうしね!

日本人があーだこーだ言ってても始まらん。駐日大使かに、決めてもらったら良いんじゃないか? 国名とかは基本的に、相手からの申し出があって初めて変更って手続きだし。

これは「日本語母語話者ウクライナ語の音を表記する上で、どういう仮名遣いが適切か」って話だからウクライナ人じゃなくて日本人の問題だよ! もちろんウクライナ人には口を出す権利があるけど、基本的には日本人が主体になって決めるべきことだよ!

ちなみに駐日ウクライナ大使館ウクライナ表記の指針を出してるけど、これまで日本ウクライナ研究者たちが使ってきた慣用とは明らかに異質で、可読性も微妙からぶっちゃけ専門家あいだでは黙殺されてるよ! 慣用表記トップダウンで決まるものではなくて色々な議論を経て徐々に決まっていくもので、「明らかな間違い」は排除されるべきだけど「間違いではない表記」は何種類も存在するんだよね!

っていうか、国名の変更は、あくまでも「政府在外公館名称として定める国名」を法文上どう書くかという話であって、民間の慣用表記とは無関係だよ! たとえば、日本外務省は長らく「ヴィエトナム」って表記を使ってきたんだけど、日本の慣用表記は一貫して「ベトナム」だったよね! つまり外務省呼称とその社会における慣用表記はまったく別なんだね!

国名表記の移り変わりについてはいくつもの研究があるけど、たとえば、「ロシア」などの主要な国名表記がどんなふうに成立してきたかを論じた『外国地名受容史の国語学研究』っていう本が面白かったよ!)

キエフ大門」は「キーウの大門」になるんだろうか

ベニスの商人』が『ヴェネツィア商人』になったという話は聞かないから、芸術分野での慣用表記はまた別なんじゃないかな!

あっ詳しい人が居たから教えてエロい人!お菓子屋のMorozoffはどうしてMorozovじゃないの?あとgoncharoffも。

昔は綴り無視して発音に忠実なfって書いてたってことだと思うよ! 「転写」と「翻字」の違いだね! 詳しくはググってね!

言語に忠実に表記しようとする努力議論があるだけで偉いよ。英語はめちゃ乱暴やし。ウクライナユークレインハルキウカルキヴ、クリミアクライミア英語アルファベットで読むだけ。

クリミアクライミアでもいいんじゃないかな! ロシア語だとクルィム(Крым)、ウクライナ語だとクルィムかクリム(Крим)、クリミア・タタール語だとクルム(Qırım)だから、「クリミア」って時点でもう西欧呼び方なんだよね!

2022-02-28

anond:20220228155440

どうせSFするんなら、もうちょっと考証しとこう。

 

なんで出産兵が、ギリシャ時代に、ナポレオン時代に、第二次大戦時に、アフガンやベトコンゲリラに、必要とはされなかったんだよ。

 

それらと現代先進国との違いは何。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん