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はてなキーワード: ママとは

2019-02-19

才能とか努力とかと、美人の目が怖かった話

才能とかいうのはよくわからない。

まず定量化できないものから簡単比較できないし、私はこの言葉が嫌い。

私は子供のころ、ピアノクラシックバレエ乗馬フルート書道を習っていた。

教育熱心な親だ。

ピアノは大嫌いだった。先生が異常に厳しいのだ。最初はみんなでおなじ曲を弾いていたけど、私が少し弾けるようになると、先生母親を呼び出して、個人レッスンを勧めた。

私が褒められたと感じた母は、嬉しそうにそれを快諾した。

最初は楽しかったピアノがどんどん苦痛になってきた。家での練習さぼり気味になり、そうするとレッスンにどんどん行けなくなる。

運指、とか、フットペダルをどう踏むかとか、スラーがどうとか、楽典がどうとか(まあ、楽典面白かったけど)、そういうのが私は本当に苦手だった。聴いた音楽をなんとなく弾くことは人より得意だったけど、それだけ。

「どうしてちゃんとやらないの?」と先生に何度も聞かれた。そのたびに答えられなかった。

「才能があるかもしれないのに!」と先生は言った。それを聞いた母も同じようなことを言った。

私には姉がいて、同じ習いごとをしていたが、確かに姉に比べると少しだけ私の方がなにごとも得意だった。

でも、それは才能があるということとは関係ないと、子供ながらに思っていた。

姉は、ひたむきに努力できる人だった。思い通りに弾けない時、怒った母が「もうやめなさい!こんなこと!」と言ってピアノ教本を窓から放り投げた時も、

から泥だらけになった教本を拾ってきて、泣きながら「ママ、私頑張るからやらせてください」と言っていた。

これが才能でなくてなんだというのだろうか。私は姉がうらやましかった。

捨てられても、泣いても、縋りつけるくらい執着の持てることが私にはなかったから。


クラシックバレエ。これは結構好きだった。ピアノ生演奏で、ジュニアクラス先生は優しくて、バレエの日は姉と一緒に髪をお団子にして手をつないでバスに乗った。

小学校高学年になり、そろそろ中学受験のためにバレエを辞めるという話をしたとき先生が母に意外なことを言った。

「この子バレエに向いています。辞めさせるのは勿体ないです」

そんなこと、先生からも一度も聞いたことがなかった。母は少し悩んでいるようだった。

中学受験バレエの両立は、できなくもなかった。ただ、バレエというのはなかなか厄介なもので、休むと取り戻すのがすごーく大変なのだ

あんたがやりたいなら、両方やってみなさい」と母は言った。

もう暗くなったバレエスタジオで、いつもニコニコ先生が真面目な目で私を見ていた。

やれない、と私は家に帰ってから母に伝えた。

「そうよね、あんたに才能があるとは思えないし。それに努力もできないでしょ」と母は言った。

その時すでにピアノ教室不登校気味になっていた私に、その言葉ストレートにぐさっときた。


乗馬は、私が最も才能がある習い事だったと思うし、私がいちばん好きな習い事でもあった。もともと動物が好きで、通うのが楽しみで仕方なかった。

早く上のクラスに行きたくて、先生の言うことを真面目に聞いて、雨の日も、寒い日も通っていた。

でもまあ、運悪くというか、姉が落馬して怪我をした。

大した怪我ではなかったけど、それを機に兄弟全員が乗馬クラブを辞めさせられた。

私は泣いて泣いて懇願した。こんなに何かをお願いしたことはないんじゃないかというくらい。

私は馬から落ちたりしないから、落ちても怪我しないから、怪我しても勉強はするから、と、土下座もしたけど、「危ないから」の一言で全部なしになってしまった。

まあ、仕方ない。決めるのは親だ。


さて、長々と書いたのには理由がある。

相変わらずやりたいことも見つからず、器用貧乏な私に、ちょっとしたチャンスが舞い込んできた。

「とってもやりたい!」というほどのことではない。

「へえ、できたら楽しそうだな」くらいの感覚だが、興味はあった。

その話を持ち掛けてくれたのは、綺麗な女の人で、もともとその業界にいた人だった。

淡々と話を聞く私を、その人はじっと見ていた。

「やりたいってことでいいの?」、と聞かれ、

「そうですね、やってみたいです」と私は答えた。

その女の人はため息をついた。怒っているんだなと思った。

「あのね、やってみたいとかじゃないの。本当にやりたいのかどうかを聞いてるの」

出た、と私は思った。久々だなこの感じ。

「私はね、あなたが本気でやりたいと思うなら応援するし、なれると思う。才能があると思うから」と、その人は言って、すごく綺麗な目で私をじっと見ていた。

「でもね、才能だけじゃダメなの。努力しないと。本人がやる気ないのにお膳立てはできないの。」

「それはわかります

全然わかってない。この仕事はね、やりたいっていう人がたくさんたくさんいるの。努力して努力して、ほんの一握りの人が成功するのよ。今みたいにノホホンとしたまんまじゃダメなの。頑張れるでしょ?本当にやりたいのなら」

そこではい!と即答できるほど私はできた人間ではない。好きな映画である花とアリス」をなんとなく思い浮かべながら、曖昧な笑みを浮かべて、ひたすらこの「努力と才能の嵐」が過ぎ去るのを待った。


結局、私がどうしたいのかは自分で決めなければいけない、と言われた。

私は迷っている。なんで才能があると思われたのかも正直わからないし、そんなにすぐやりたいと思えるようになる自信もない。

普通に大学卒業して、就職するんだろうなと思っていたが、就職したくないなら、そっちの道に行くのもいいだろう。

でもきっとその世界では、みんながああいう目をしているんだろうな。

やりたくて選んだ道なんだからって、すぐ言われるんだろうな。

努力家の姉は、夢を叶え、ものすごく狭き門をくぐりぬけ、やりたい仕事をしている。

ピアノはたまに弾く。お遊びのようなものだけど、好きな曲を弾いていると落ち着く。

バレエは、大学に入ってから再開した。もちろん本格的にではないけど、姿勢がいいと褒められることはある。

やってきたことはたぶん無駄ではなかったけど、でも結局、努力する才能は得られなかった。

私はきっとあの綺麗な女の人に、「できません」と言うだろう。

私は甘ったれ子供から、すぐに弱音を吐いてしまうし、それを許してほしいと思ってしまうのだ。

才能があるとかないとか、そういうのはたぶん他人が決めることではない。

本人がそう思えない限り、才能は「ない」のだ。

甘えと言われても、何と言われても、あんなこわい目に晒されて生きていくことは、私にはできない。

それもまた一つの勇気ある決断ということで、ここはひとつ、勘弁してもらいたい。

結婚って就活としてやった方が良くね?

昔は永久就職なんていったが、今どきどんな相手でもトラブル起きて当然やろ。愛情どうのといったって、後半妥協してるのを以て愛情ってんなら最初から妥協したってええやん。

最初と条件変わらない分、愛情抜きで判断した方が平和じゃん。飽きたり目移りしてもトラブルになんないんだから

シェアハウスって思った方がずっとトラブル少ないだろ。だいたい浮気うんぬんも恋人関係じゃなければ怒る話でなし。家事労働折半や専門化、生活費の分担、色々ときっちり契約で決めて、恋人別につくるで良くね?

「じゃあママ彼氏のとこいってくる」

避妊せぇよ」

 

彼氏のとこいく日わるいけど子供のお迎えお願い」

うそーむりぃ」

 

これでいいやん。

隠れてやらんから予定立てやすいし、疑わしい時期のDNA検査にあっさり応ずるから血縁もめないし。血が繋がらん方の子供は妻とその彼氏生活費出さして、家事労働サービスとか決められるし。旦那の連れ子なら逆でいいわな。

就活も一生を分ける選択だし、結婚したって何割とか別れるじゃん。無理に色々求めるよりも、明文化しとけ。

増田たちは結婚なんてしないか関係ないのは知ってるが、どう思う?

2019-02-18

東京は悪だ

 全てを消したほうがいい。そしてここに新装オープンさせるのだ、その名も「ぺち風呂」。

コンテンツは、

 ア ママンとぷちくらお姉ちゃんいもうとざんぎ

 イ ベッドに寝て、ぺちのことを思う

 ウ 犯罪者刑務所という地獄風呂に叩き落す

 エ 悪い奴は会社強制労役

 これでいい。他には何もいらない。

2019-02-17

"ヘイトスピーチ" ”壁とリスニング

"ヘイトスピーチ" ”壁とリスニング” に一致する情報は見つかりませんでした。

thasami "マントヒヒ" 約 183,000 件 (0.50 秒)/ "人と水水" 約 40 件 (0.32 秒)ちょっとちがう?

マントヒヒはヒントママでは?

マントヒヒ” ”ヒントママ

10 件 (0.18 秒)

さな親切

今の今な話なんだけど御堂筋線で5歳くらいの女の子が「ママ、席ないねー」と言いながら乗ってきたので席を譲ってあげた。

笑顔でどうぞー言うて、今その女の子の前に立ち、2次ロリエロ画像めっちゃ見てる。

anond:20190216173158

小人閑居して不善をなす、みたいなことを言いたいんだろうな

言いたいことは分かるけど専業、シンママ兼業ママは一括りにはできない気はする

空いた脳にネガティブ情報を入れないようにするのが大事、というのは同意する

中国人って可哀そうだな

中国は1%の富裕層と99%の貧乏人で成り立っている。

中国貧困層は、非常に厳しい環境に置かれている。この地球で同時代に生きる同じ人間とは思えない劣悪な扱いだ。

 

中国共産主義のはずなのに全然平等になってない。一党独裁弊害自由がない分、自力生活改善することが阻止されている。

自由のない人間って可哀そうだ。自由を得て幸福になって欲しい。

 

中国政府の振る舞いは好きじゃないけど、だからと言って貧困で苦しむ中国人まで不幸になって欲しいとは思わない。

みんな同じ人間なんだから、せっかく生まれてきたのなら、幸福になって欲しいものだね。

 

中国少数民族少女が書いた「作文」が引き起こし悲劇的結末(北村 豊) | 講談社 http://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/59857

題名:涙

 

パパは4年前に死んだ。パパは生前私を最も可愛がってくれたし、ママ毎日私に美味しい料理を作ろうと頑張ってくれた。きっとママもパパの事を偲んでいたのだと思う。

 

ママ病気になり、“鎮(町)”へ行き、西昌市へも行ったけど、お金が無くて、病気は良くならなかった。

 

あの日ママが倒れた。ママが苦しそうなのを見て、私は泣いた。私はママに「ママ、きっと良くなるよ、私がママの世話をするから。私が作るご飯を食べて、眠れば良くなるよ」と言った。

 

二日目の朝、ママは起きることが出来ず、とっても苦しそうだった。私は大急ぎで出稼ぎから戻ったばかりの叔父さんを呼び、ママを町の医院まで連れて行ってもらった。

 

三日目の朝、私はママの様子を見るために医院へ行ったが、ママはまだ目覚めていなかった。

 

そこで、私はそっとママの手を洗ってあげたら、ママは目覚めた。ママは私の手を取ると、私の名を呼び、「ねえお前、ママは家へ帰りたい」と言った。

 

私が「どうして」と尋ねると、「ここは居心地が悪いけど、家は気分が良い」と言った。

 

私はママを家へ連れて帰ると、座って一息ついてからママご飯を作った。

 

ご飯が出来て、ママを呼びに行ったら、ママはすでに死んでいた。

 

『ある所に日月潭という淵があり、そこの水は娘が母親を恋しがって流した涙だ』と教科書に書かれていた。

 

                       柳彝 2015年6月20日

anond:20190216173158

わかるわー。

自分は夫側の人間だけど妻が軽く病んだ。

もともと怖がりな性格だったけど

育児に関して極度に安全志向になり

2chママSNSに入り浸ってわざわざ「不安になるよう」情報を集めてた。

ママトラブル!」みたいな話ばかり読んで、自分は警戒して安全保育園を過ごしたいの!と言いつつ、周りのママは全て敵と思い込んでた。周りのママ達は仲良くなって子供達も休日にいっしょに遊んだりしてるのに、トラブルになるから子供を家に閉じ込めてる。そのくせ仲良くなれないのはあいつらが悪いと悪口を家で聞かされるんだよ。知るかボケ

ワクチンにも軽く染まりかけたからそれは本気で止めたが、この変な宗教に染まったような状態を治す方法誰か知りませんかね?

2019-02-16

オールスター幼児退行歌合戦

バブ~♪アァハハハ♪だぁ♪だぁ♪ママ~、ママ~、お銚子1本追加ねー!

anond:20190216005348

クイーンリバイバルしたせいで、ママァ!うぅぅぅってグズる奴がちょっと盛り返してきた

そいえばオタク幼児退行ブームみたいなん

気が付いたら消えたよね

流石にこれはやばいって気が付いてしまったのかみんな

追記

俺の増田人生、最バズりがこれって、せつねえな

ママーーー!!

2019-02-14

ニートだけどママからチョコもらった

とっても苦いゾッ

塾に行かせる金がないか地元公立

子供にはちゃんとした教育を与えたいとは思っているんだけど、いかんせん金がない。夫婦で年600万ぐらいしかない。勤め先が小さい会社なもんだから昇給ほとんど期待できない。


そんな中、上の子来年小4に上がるんだけど、周りは中学受験の話で持ち切りになっている。

ネット情報自分地域の4分の1が中学受験するっていう情報は知っていた。まあうちは受験とは無関係だとは思っていたんだけど、周りのママさん情報によると、自分の知っているお母さん方の子供たちの全員、100%が中学受験を目指して4年から塾に行かせることが判明した!ネット情報古すぎでしょ!


早いところはもう2月から始まる塾もあるらしくてそれに乗り遅れないように皆さん必死で塾情報を集めているご様子。

なんだかメッチャ焦る。

本当は我が子も進学塾に行かせてお受験させて私立中のいいところに行かせた過ぎる。


けど金がないから無理だわ。子供一人だったら何とかなったかもしれないけど二人だし。受かったとしても私立学費無理だし。

収入格差教育格差格差の固定だね。


というわけで、うちの子供たちは玉石混交地元公立で揉まれて強く生きてほしい。

地元公立スーパー教師陣配属して公共教育レベル上げてくれる政治家いたら絶対票入れるわ。頼むわ。

anond:20190214140016

家建てるからってポンと100万出してくれるパパとママが近くにいればそんくらい貯まるだろ

anond:20190210195422

モンペママが「うちの増夫ちゃん勉強しないざます学校管理がなってないざます!」って

教務課に殴りこんでくるからな。

DQが5ベースアニメ映画化だそうだが

3DCGな時点でアニオタのウケは悪そう

原作知らないオタク男や腐女子が釣れるような内容にもならなそう

非オタの親子鑑賞狙いにしても今時の子供はDQ知らんし5に限ったらますます知らんし

・つまりDQ5知らない人の動員は望めそうにないが、「DQ5をやった事があって更にそれが好きな大人」に限ったら対象範囲狭すぎじゃね?

しかビアンカルートにするしかいかフローラヲタ激怒も確定

・5丁目の夕日や3Dドラ的なお涙頂戴ストーリーにするらしいが、DQ5世代は5丁目的な話で喜ぶほど歳食ってないだろうしドラほどの知名度は元々ないし

ってんで爆死するとしか思えない

せめて

・ヨシヒコのような実写パロでネタ鑑賞&俳優ファン狙い

・5に限定しない(DQヒーローズのような)キャラ多数出演型にしてDQファン総狙いか2Dアニメにしてアニオタ狙い

DQ世界観の子供向けの完全オリジナルストーリー(かつ原作ネタを散りばめる)で非オタ親子鑑賞狙い

辺りにしておけば良かったのに


追記

5丁目は素で間違えたすまん(敢えて直さない)

DQ5絶賛時期の人がパパママになってるしソイツらにとって3Dとか2Dとかマジどうでもいい。

自分DQ3世代だけど5世代もっと下で子供はまだ幼児の人が多いはずだし

(ちなみに自分中学生の時にやってFFの方が面白いわーDQ負けたな、と思った世代。周りも皆そうだった。中学生からしたらFFの方が面白いわな中二っぽいし)

幼児と一緒に見れる内容にはならなそうだが。

ドラえもんなら幼児でも見れるけど(そもそもの子供にも普通に人気あるし)。

それにパパだけでママにはあんま人気ないだろあれ。女性人気は4の方があると思う。

かつDQって何だかんだでライトユーザーが多くて、「子供の頃好きだったなー懐かしいなー」程度の人は多くても

映画化絶対見る!子供が楽しめるかどうかなんてどうでもいい、俺が見たいんだから見るんだ!」なんて熱烈なパパは少なそう。

個人的には、うちの小学生11やってて(親=自分自分の為に買ったものをやっただけ)DQの基本は知ってるので

オリジナルストーリーなら子供と見に行ったかも。

俺たちは無能フォレストガンプだ、っつー増田を読んだ

anond:20180224163548

ある時、テレビ映画フォレストガンプ」が放映された翌日、学校でセンセイが俺に言い放ちやがった。「お前は無能フォレストガンプだな」って。その時は腹が立ったけども、よく考えたら当たってた。そうだよな、映画じゃ主人公フォレストガンプは知恵遅れだけど、底抜けの優しさと脚の速さで皆から愛された。少なくとも才能があった。卓球だってアメリカ代表になるくらい強かった。

あぁ、わかるよ。とにかく愛されないんだ「俺たち」は。

ちなみに、製作者はフォレスト・ガンプをどう思っていたんだろうな。結論から言うと、彼らはガンプを愛したが、知的障害者は愛していなかった。監督ロバート・ゼメキスDVD副音声でこう言ってる。

IQが低い男の映画なんて作る気はまったく起きなかった」

監督が求めたのは、自分意思がなく、状況をただただ受けいれるだけの純粋無垢キャラクターだった。90年代映画にしてはちょいと古くさい知的障害者像だ。

じゃあさ、「フォレスト・ガンプ時代現実知的障害者たちはどうだったの?」っつー疑問が浮かぶわな。そこで調べたんだが、1950年1990年アメリカ知的障害者にとっても激動の時代だったことがわかった。

1950年

劇中、フォレスト・ガンプ少年IQの低さから公立小学校への入学拒否されかけたのだが、ママ校長にファックを決めたおかげで難を逃れた。

愛する息子を守るため、裏技に手を出すのも当然だ。当時、知的障害者施設にぶち込むのが当たり前だった。そして、施設はひどいなんてもんじゃなかった。

1965年ウィローブロック州立学校という知的障害児の施設リークされた。

潜入リポーターが残した記録によると、4000人しか収容できないにもかかわらず、6000人にものぼる障害児が押し込められ、服を着ていない人や、ほとんど介助されず放置状態の人など、人間生活する環境とはとても思えない状況だった。

このニュースアメリカ全土に衝撃を与え

とにもかくにも、この時代知的障害であると判定をされたら終わり。その先に人間尊厳はない。

1950年代には知的障害者の親たちが施設への批判を始めたという動きもあったらしいので、ガンプのママが知っていても全然おかしくない。

ちなみに、映画では校長から特別支援学校への入学をすすめられ、ママが「そんなところでタイヤの修理方法勉強させません」なんて言い返している。

個人的には、史実に基づいたやり取りなのかという点でちょっと疑ってる。

というのも、当時の特別支援学校には簡単には入れなかったらしいからだ。教育を受けられる障害者は全体の5人に1人程度。軽度だからほいほいと入れるのだろうか。

それに、修理工の授業なんてあったのだろうか。卒業後、施設にぶち込まれるのであればそんなもの必要ないわけで。ここは有識者コメントを求む。

■1960~1979年

ガンプがベトナム戦争英雄になった1960年代

血の日曜日事件アラバマ州舞台でありながら公民権運動スルーしたことで、白人礼賛の保守映画認定されがちな本作であるが、1960年代黒人だけでなく障害者にとっても革命的な時代だった。

1963年には脱施設化の転機である精神病及び精神薄弱に関する大統領教書(ケネディ教書)」が発表され、

1972年には、Wyatt vs. Stickneyの訴訟で、軽度の知的障害のある人たちは入所施設収容されるべきではないという判決が出された。

公民権運動だって知的障害者に大きな影響を与えた。アメリカ障害当事者団体の中で一番強力な権利擁護運動団体といえば「ADAPT」だ。(まあ、身体障害者向けの権利団体なんだが)

設立者のウェイド・ブランクはガンプのお膝元アラバマ州公民権運動にかかわっており、その運動のノリでADAPTを設立したってわけだ。

個人的には、ガンプがキング牧師に会わなかったことより、ウェイド・ブランクスカウトされてないほうが疑問なわけだ。

■1980~1990年

アメリカ全体が脱施設化に向けて動きはじめたのはいいが、「じゃあどうやって地域で暮らすの」というのが目下の問題だった。

ガンプは走りたいから走っていたが、現実知的障害者たちはそういうわけにはいかない。

結局デモなりなんなりで、「地域暮らしていいよね!」、「俺たちにだって権利があるよね!」と市民了解を得るしかない。

というわけで長い年月がかかったわけだが、1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」という決定的な法律が成立した。障害による差別禁止する公民権法だ。ダン中尉政府おっぱい限界です的な裏事情はあるものの、いよいよ連邦政府障害者の権利を認めたのだ。

実はこの法律ハリウッドにも大きな影響を与えている。

「マイレフト・フット」、「レナードの朝」、「ギルバート・グレイプ」、「フィラデルフィア」。

90年代ハリウッドでは障害肯定的に捉える映画がたくさん作られた。フォレスト・ガンプもこの延長線上にあることは間違いない。

革命なのは2000年代ファレリー兄弟だろうな。いよいよ障害者ご本人が登場しちゃうんだもん。

さて、冒頭のロバート・ゼメキスの話に戻る。彼は障害肯定的に捉える映画企画が通りやすい状況を苦々しく思っていたのかもな。

だって俺、興味ねーし」っていう。

結局ADA法に逆行するような、意思のない愛されキャラフォレスト・ガンプが作られたし、世間もそれに乗った。

まあ、素の「俺たち」は苦々しく思われているわけだ。

知的障害者だって苦々しく思われてる、それは同じだ。それでも権利を主張してきたし、いくつかは勝ち取ってきた。

今じゃグループホームなんかで暮らしながら、地域生活エンジョイしてる知的障害者もいる。

日本の話だけど、この前バリバラ地域子育てしてる知的障害者夫婦が出てたぜ。ハロー1950年代、これが2019年だ。

から、俺は無能な「フォレスト・ガンプ」をやめて、こいつらを参考にすることにした。権利があるんだって言いつづけてやるさ。

俺にだって自由希望を持つ権利があるし、

俺にだって、周りから尊重されていいはずだし、

俺にだって、平均的な経済水準を保証されていいし、

俺にだって普通地域普通の家に住んでいいんだ。

当然のように、俺たちにはその権利があるんだ。

2019-02-13

anond:20190213231709

若くしてえらくなれる、ってのはやっぱ海外が魅力なのかな、とは思うが

その能力いからやっぱ消去法で日本仮名、ってなるな俺の場合

有能は外に出るほうがいいのか、今のママがいいのかはちょっと想像がつかない

社内の人を「さん付け」して呼ぶのは"日本語"だから

これは「なんで社内の人を「さん付け」して呼んじゃダメなの?」へのひとつの応答だ。

だが、これは応答であって回答ではない。

 

この文章は社内の人を「さん付け」して呼んじゃダメ理由説明ではないからだ。

ただ、「納得する理由が欲しい」という増田一言に対しての応答である

 

それは日本語には特定場所言葉視点が移動する現象があるからだ。

ちょうどいい論文がある「日本語の親族呼称・人称詞に見る自己と他者の位置づけ─ 相互行為の「場」における文化的自己観の考察 ─

抜粋しよう。

 

ある時、電車が駅につき大勢乗客の入れ替わりがあった。多くの人の動きの中、ある老婦人自分の隣りの席を叩きながら、「ママここにいらっしゃい」と叫んだそうだ。すると乗客の中から赤ん坊を抱いた若い娘が現れて老婦人の隣りに座ったという。つまり、ここでは、赤ん坊母親をその老婦人が「ママ」と呼んでいたということだ。要するに、この老婦人は孫である赤ん坊視点に立って自分の娘を「ママ」と呼んだと言うことになる。これらは日本人感覚からするとさほど驚くことではないが、西洋人からすれば何が何だかからないという現象であろう。つまり日本語で誰を中心に、誰の視点親族名称が用いられているのかということは、西洋から見ればかなり複雑なことであり、さっぱりわからないということになってしまうようだ。

これらの例で見られるような視点の移動現象鈴木(1973:168)は、共感的同一化(empatheticidentifi cation)と呼んでいる。

 

日本語はその人の呼び方がその場でかなり変わる。なぜなら誰が中心になるかが言葉遣いを支配しているからだ。

これを踏まえて、なぜ取引の場で社内の人の呼び方が変わる(「さん付け」する)のかと言うと、社外の人に言葉視点が移動したからだ。

少なくとも、上の例と増田の件のどちらでも誰もが対等でお互いに「さん付け」するような場では無く、誰かが中心になっている。

 

それに、上の「ママ」の例ではそう呼んだ老婦人はその赤ん坊母親を本気で「身内」だと思ってはないだろう、ただ視点の移動が起こったら親族に遣うのと同じ呼称が現れてくるのが日本語なのだ

 

もちろん、商習慣としてこの言葉遣いを続けるべきかということは別問題だが、追記にあるように増田の周りでは「さん付け」している人が"普通に"いて「さん付け」しても"恥かかない"環境にいる増田がなぜそこまで強くそこまで憤っているのかが私には謎であり、内(自社)と外(他社)の間で起こる視点移動の話になぜその"内"の内部構造社員会社、そして働き方など)が後半の主題になっているのかも不思議で仕方がない。

 

しかし、日本語ではそのような現象があり、それは視点移動ということで説明ができ、業務の場では取引相手側に視点に移動することで「さん付け」で呼ぶのであり、それは現状の日本語からするとそこまで不自然じゃないというのが、私からの応答である

さら日本語にはなぜそのような現象があるのかと問うことも出来るが、それは私も知りたい。

 

---

増田を読み始めたときは以上のような日本語の話かと思ったけど違った。

次に、他人言葉遣いを強制されて憤ったのかな?と思ってたけど、追記を読むとそうでもないようで混乱した。

実際、特に恥かかないよ。先輩も上司も言ったりするし。社外の人も普通に言うよ。BtoB仕事ってのも理由にあるかもね。

それなら最初から問題ないじゃん!むしろ増田言葉遣いを他人強制したいんじゃないの?

最終的には会社個人話題になってびっくりだよ!

少なくとも今回の言葉遣いの件についてはそこは関係無いと思うが……だって第三者視点を移すタイプ言葉遣いにおいて自分と同僚や上司との関係性なんてどうでもいいし。

それに、取引相手との場で社内の人を「さん付け」したからって上司自分会社と対等になるわけでも働き方が変わるわけでもないしなぁ。

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