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はてなキーワード: 縄文とは

2022-07-01

劇場版ゆるキャンはおもんない大人を描いたおもんない映画だった

あーあ。

俺はさ、ゆるキャンが大好きなんだわ。アニメ化する前からいかけてきて。ゆるキャンのためだけに芳文社マンガしか読めないアプリに月数百円払って。お前らの誰よりもゆるキャンが好きなんだわ。でも今回の映画マジで最悪だった。

ぶっちゃけさ、映画をやるって聞いたときは嬉しかったけど、「映画大人になったなでしこ達を描きます」って発表があったときはモヤっとしたよね。お前らもそうだろ?

原作差し置いて何未来の話描こうとしてんの?って

大人になったなでしこ達なんて見たくないんだが?って

でも考え直した結果さ、すばらしい出来のアニメを作ったスタッフなんだから良いものを作るはずだろう、って思うようになったのよ。

大人になったなでしこ達なんて見たくないけど、このスタッフなら大丈夫だろうと思った。

原作差し置いて大人になったなでしこ達登場させてでも描きたいものがあるんだろうなって思った。それはさぞ素晴らしいものなんだろうって思った。

から楽しみな気持ち100%で見に行ったんだわ。

でもダメだったわ。有給を取ってワクワクしながら上映初日に見に行ったけどクソつまらなかった。

なでしこ達が大人になってるからキレてるんじゃない。単純に1本の映画としてクソつまらなかった。ゆるキャンからどうという話ではなく1本の映画としてダメだった。

ここから先はネタバレから注意してくれ。正直俺はゆるキャンが大好きだから、お前らみたいなゆるキャンが大して好きでもなんでも無いカスどもに俺の怒りを消費されるのは我慢ならないんだが、それでも否定的感想を書かずにはいられなかったわ。

致命的なのがキャンプ場のテーマの「再生」。これがまったくダメだった。

初めに「再生」をコンセプトにすると言い出した理由って、古いドラム缶撤去するのに金かかりそうだからとか、鳥かごがなんとなく素敵だからとか、その程度の理由じゃん。浅すぎる。鳥かごはコンセプトとか関係なく普通に残して、ドラム缶は県から予算引っ張ってきて撤去しろよ。

なんとなくコンセプトが必要な気がしたから「再生」に決めただけで、再生をコンセプトにする動機が何も無い。

ドラム缶撤去するのが金かかりそうだから」って理由も悲しすぎる。なんて貧乏なんだ。大垣さあ、県主導のプロジェクトならそのくらいの予算は引っ張ってこいよ。お前にはそのくらいお茶の子さいさいだろ?

百歩譲って労働力ボランティアに頼っていることにやりがい搾取っぽさを感じるのはいいとしても、ドラム缶くらい税金撤去しろよ。錆びたドラム缶をそのまま残して誰が喜ぶんだ?ドラム缶じゃなくて例えばナショナル看板ブリキ人形ならレトロで風情があっていいねとなるかもしれないが、朽ちたドラム缶が置いてあっても誰も良い気持ちにはなンないんだわ。貧乏で寂しくて悲しい話だ。

せめてさ。せめて「私はリンちゃんからキャンプの楽しさを教えてもらった。その私が下の世代キャンプの楽しさを教える。これって"再生"だよね。だから再生ってすばらしいんだ。ボロいだけにしか見えない朽ちたドラム缶にも中古遊具にも誰かの思いが詰まっているから私は大好きで、リンちゃんがやってくれたように、私はドラム缶遊具も全部再生したいんだ」って展開にできなかったの?

こういうセリフがあれば納得感が出るんだけど、無いよね。無いから「ドラム缶邪魔!せや、再生ってことにして撤去費用浮かそ!」ってやってるようにしか見えねンだわ。

縄文時代遺跡を「再生」するのもおもんなかった。それ土器が出ちゃってキャンプ場を作れない流れになっちゃったからしょうがなく、妥協案として、本当は縄文なんてあってもなくてもどっちでもいいけどしかたなくキャンプ場のコンセプトに入れたんでしょ?大垣たち自身縄文文化に興味を持っているわけではないし(リンだけは後々興味を持つけど)、アニメスタッフ縄文文化に一切の興味を持っていないよね?

俺も別に縄文時代に興味は無いけど、縄文時代暮らしって、ちゃんと調べれば絶対面白いはずじゃん。狩猟採集をしていた縄文人は、小麦奴隷になってしまった俺らと違って、豊かな信仰ユニーク世界観を持っていたはずだろ?その文化は今の日本人に少なからぬ影響を与えているはずだろ?月の満ち欠けや季節の変化に"再生"を感じて、生まれては死んでいく自分たち人間死生観共通点見出していたはずだろ?縄文人は小麦以外のおいしいものも不味いものも食べていたし、信じられないくらい遠くの人間交易をしていたかもしれないし、俺にはわからない芸術性を土器見出していたはずだし、独自言葉を持っていたはずだし、歌もあったし踊りもあったはずだろ?

ゆるキャン映画で描かれる縄文はただの舞台装置しか見えないんだわ。

最後に完成したキャンプ場で、みんなでキャンプをするシーンさ。縄文関係描写ほとんど無かったよね?本当に悲しいラストシーンだったわ。縄文をコンセプトにしたキャンプ場を作った彼女たちはそもそもほとんど縄文時代に興味がないし、縄文キーワードアニメを作るアニメスタッフもおそらく縄文時代ほとんど興味がない。だから完成したキャンプ場にも縄文ほとんど登場しない。

ただただ「工事を始めると土器が発掘されて工事まりがち」というあるあるネタを登場させて笑いを誘うための噛ませ犬として、そしてリンたちに立ちはだかる障壁として土器が登場する。悲しい使い方だ。おもんある大人絶対縄文をそんなふうには扱わない。俺はおもんない大人から縄文に興味は無いけど、おもんある大人縄文を決して軽んじないだろう。

一番センスが無くてびっくりしたのは「富士川松ぼっくりキャンプ場」とかい名前

いや再生どこ行ったの!?!?!????!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??????

コンセプトが"再生"なんだからキャンプ場の名前にもそれっぽいワードを入れないとダメでしょ。意味わからん。なんで松ぼっくり

かにゆるキャンには松ぼっくりが頻繁に出てくるけど、リンって別に松ぼっくり特別好きなわけじゃないよね?火種として優秀だからゆるキャンにはよく登場するけど、リン別に松ぼっくりにそこまでの思い入れは無いじゃん。富士川松ぼっくりキャンプ場のそこらじゅうが松ぼっくりだらけなわけでもない。少しくらい松ぼっくりは落ちているけど、松ぼっくりを推すほど松が生えているわけではない。

キャンプ場の名前に「松ぼっくり」って入れる意味が本当にわからなかった。マジでセンス無いと思う。原作で何度も出てくる松ぼっくりってワードを入れときゃ喜ぶだろ、という陳腐ファンサービスしかない。リン性格や心情をなにも考えていない。

あれもキツかったわ。ちくわ土器の破片を掘ってくる展開。ちくわ土器の破片を拾ってくるのはまあいいんだけどさ。その後千明が「ちくわが拾った破片について一応上司に報告したんだけど・・・」とか言い出したところで引いちゃった。

いやいやいや!

大垣千明、お前、なに報連相してんの?????????

お前はそういうキャラじゃないだろ?ちくわ土器の破片を拾ってきたら、「土器埋まってそうだな!私たちで掘り起こそうぜ!」って言ってシャベルでそこらを掘りまくるタイプだろ???そういう破天荒なところってお前の欠点ではあるけど、いいところでもあるだろ。なに報連相してんの?確かに報連相社会人常識だけど、大垣、お前は常識にとらわれる女じゃないだろ。大垣、お前は報連相のできる立派なオトナになったけど、同時につまんない大人なっちまった

別に報連相するなと言ってるんじゃないんだよ。してもいい。してもいいけど、土器調査他人に丸投げすんなよ。お前の知的好奇心はそんなもんなのか?自分で調べよう、自分で掘ろうとは思わないのか?筋を通すのは別にいいんだよ。ただ筋を通すこととおもんある大人であることは両立するだろ?もし土器ザクザク出てきたらそれ以降は専門家に任せるべきだけど、最初くらいは自分で掘ろうよ。DIYを描いたアニメでありながら、そういう"自分でやってみる精神"が欠如しているのもこの映画のつまらなさの原因だったわ。鉄腕DASHを見てるとワクワクするのにゆキャンキャンプ場づくりには何一つワクワクがなかった。土器調査草刈り技術も、どれも自分で調べずに他人に任せきりだったからだ。いや、実際はいろいろ調べているのかもしれないが、その過程描写されていない。たとえばなでしこパワーショベル免許を取ってくる展開は良かったが、免許を取るまでの過程は一切描写されない。DASH村だったら教習所TOKIOパワーショベル操作に苦戦しながら徐々に上手くなっていく描写絶対入るだろ?DIYは結果ではなく過程楽しいのに、この映画過程を描かない。

大垣に限らずみんなつまらない大人になってしまった。俺はそんな彼女たちを見たくなかった。近所の人に言われるがまま草刈りをする斎藤(お前は泥臭い作業なんて1秒もせずにググって良い草刈り機を見つけてポチるタイプだろ?)、ドラム缶再利用しようとか言い出す犬山(捨てろよ)、ソロキャンにあまり行かなくなったリン(毎週行け)。どれもこれも見たくなかった。みんなつまらない大人になってしまった。

高校生の頃よりもおもしろ大人になっていたのはなでしこだけだ。なでしこアウトドアショップ店員が似合いすぎる。大人になったなでしこ独自スタイル接客をしているシーンは大好きだし、ジムニーを買ってアウトドア好きに拍車がかかっているのも良い。登場人物の中でおもしろ大人になったのはただなでしこ一人だ。さすがはキャプギアメーカーCEOになる女だ。なでしこ、お前は面白い。残りは全員クソつまんない大人になってしまった。

しか彼女たちは責任を果たす。報連相をするし筋を通すしちゃん書類を回すし法律を守るし上司の言うことに逆らわないしセンパイ迷惑をかけない。でもそんなのは俺でもできることだ。それなりの社会人なら誰だってやっていることで、そこの描写面白みはない。立派になったなあ、オトナになったなあ、とは思うかもしれないが、その立派さを得るために彼女たちは何かを犠牲にしている。

ああ、本当に彼女たちはおもんないオトナになってしまった。おもんないオトナを描いたおもんない映画だった。それでもゆるキャンは好きだから映画のことは忘れてこれから芳文社マンガしか読めないアプリに月数百円払おうと思う。俺が一番おもんない大人なんだ。

2022-03-22

anond:20211222134652

いいですか?

継体天皇なんですよ、初代天皇は。

AD507年に即位した継体天皇こそ初代天皇なんです。

いいですか? 季刊誌「Yaponesian」第3巻ふゆ号がですね!発行されました!

http://www.yaponesian.jp/topic00251.html

素晴らしい!素晴らしいことです!

2020年以降、東アジアにおける古代ゲノム研究が次々に発表され、この地域における集団形成に関する大まかなシナリオが描かれるようになっている。

縄文人ゲノムからは、彼らがアンダマン先住民などと類縁関係を持ち、東アジアに展開した集団から早い時期に分岐したこと示唆されているが、報告によっては異なるルーツ示唆しているものもあり、確実な結果を得ることはできていない。

しかし、縄文人起源を、二重構造モデルが想定する東南アジアとすることは、集団形成プロセス単純化しすぎていることも分かってきた。

一方、渡来系弥生人起源に関しては、最近研究では、稲作農耕民と雑穀農耕民が朝鮮半島流入し、そこで在地の縄文系遺伝子を持つ集団と混合することによってあらた地域集団形成され、その中からまれ渡来系弥生人が三千年前以降に日本列島に到達したというストーリー提唱されている。

現状では稲作の起源である揚子江中流域の古代ゲノムデータがないので検証はできていないが、渡来系弥生人主体を、北東アジアの西遼河を中心とした地域集団と考えており、二重構造モデルと概ね一致している。

また、二重構造モデルが予想する渡来系弥生人寒冷地適応は、EDAR遺伝子大陸北東部での時代的な変化によって説明できる可能性が示されている。

先史時代において、考古学的に渡来人がやって来た可能性が高いと考えられているのは、弥生早期前半、前期末の2時期、そして古墳時代中期です。

ここでは年代が変わらない古墳中期を除く弥生時代について、年代順ではなく渡海の可能性が高い順に説明します。

もっと可能性が高いのは前期末の前4世紀前葉で、中国東北部起源もつ燕の鉄器韓半島の円形粘土土器が出土するようになることをあげられます

弥生最初鉄器炭素量の高い鋳造鉄器で、鋳型に融けた鉄を流し込んで作る斧を代表します。

鋳型構造からみて、韓半島ではなく中国東北部の燕系のものである可能性があります

また、円形粘土土器もやはり中国東北部出自があることが指摘されていますので、韓半島南部だけではなく中国東北部から人がやって来ている可能性を指摘できます


クマネズミハツネズミ有史以前人類ユーラシアの移動に随伴することで現在地球レベルの広範な分布域を手に入れた。

これらのネズミ類の歴史を辿ることは文字に記されていない人類の移動の歴史を知ることでもある。

このことを今から50年前に想起した国立遺伝学研究所の森脇和郎(もりわきかずお)は世界各地から野生ハツネズミ収集し、米川博通氏とともに遺伝子の解析を行った。、北方系亜種のMUSはイラン北部起源地より、1)中国西部砂漠地帯(15000年前)、2)黄土高原(10000年前)、3)中国東北部(7000年前)、4)朝鮮半島(5300年前)、そして、5)日本列島(3000年前)へと順次東方移動したこと示唆された


東アジアから俯瞰する二重構造

本講演では、大陸から稲作を携えてやってきた渡来系弥生人が、1)どこからやってきたのか、2)どのくらいやってきたのか、という問いに対する知見を、最新のゲノム解析の結果を踏まえて一般向けに紹介しました。

渡来系弥生人遺伝構成についてはOsada and Kawai(2021)や機関誌Yaponesian3巻はる号で詳しく解説しているのでご一読いただけたらと思います

Hanihara(1991)では渡来集団が東シベリア中国東北地方およびモンゴル集団形態学的には似ていたと述べられています

これまでのいくつかの東アジア現代古代人のゲノム解析から渡来系集団現在北方東アジア集団に近かったという結果が出ており、この予想と概ね一致します。

本講演ではさらに、考古学言語学証拠考慮に入れ、3500年前ごろに遼東半島近辺に居住していたが紅山文化の中心地からは外れたひとびとが、稲作とともに朝鮮半島を南下してきたのではないかという仮説をあげさせていただきました。

次にふたつ目の疑問、どのくらいやってきたのか、という問題について、Hanihara(1991)で用いられた手法を使い、より新しい歴史人口推定値を用いた結果を発表いたしました。

Hanihara(1991)では、日本列島人口弥生開始期に約7.6万人、古墳時代の終わりに約540万人という推定値が用いられています

埴原先生は、この値をもとに計算された自然人口増加率が年あたり0.43%である、という値がありえないほど高いと考えていたようです。

この前提に基づき、Hanihara(1991)では、どれくらいの渡来人が来ればおよそ1:9である縄文弥生遺伝成分を説明できるかというシミュレーションを行っています

驚くべきことは、埴原先生が当時の形態データから推定した1:9の混合率という推定値が、現在の全ゲノムを用いた推定値とほとんど変わらないことです。

渡来人推定方法比較的単純でありますがエレガントなものとなっています

年あたりの大陸から移入数を一定仮定したモデルでは、毎年約1500人、およそ1000年の間に約150万人が渡来し、自然人口増加率が0.2%であれば日本列島における人口増加量の説明がつくという結論に達しています

これがいわゆる100万人渡来説の論拠となっています

本講演では、Hanihara(1991)の方法に基づき、歴博による新しい年代観やより新しい人口推定値を用いてその評価を行いました。

たとえば、弥生の開始期を更に600年古くすると、1500年の間に人口が59倍に増加したことになります

その場合、年あたりの移入数の推定値は約1000人と減りますが、1500年の間には約146万人と、埴原先生による推定値とほとんど一緒になります

ただし、自然人口増加率は年あたり0.12%となり、かなり現実的な値に近づきます




これはですね、もう!天孫族渡来人であり、渡来人朝鮮半島からやってきたということは揺るがしがたい事実でしょう!

anond:20211121124146

論文紹介2

神澤秀明(A02班研究分担者 国立科学博物館人類研究部)

トランスユーラシア語族は農耕とともに拡散した

論文タイトル:Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages

掲載誌Nature (2021年, 599巻, 616-621頁)

著者:Robbeets M., Bouckaert R., Conte M., Savelyev A., Li T., An D., Shinoda K., Cui Y., Kawashima T., Kim G., Uchiyama J., Dolińska J., Oskolskaya S., Yamano K, Seguchi N., Tomita H., Takamiya H., KanzawaKiriyama H., Oota H., Ishida H., Kimura R., Sato T., Kim J., Deng B., Bjørn R., Rhee S., Ahn K.-D., Gruntov I., Mazo O., Bentley J., Fernandes R., Roberts P., Bausch I., Gilaizeau L., Yoneda M., Kugai M., Bianco R., Zhang F., Himmel M., Hudson M., Ning C.

要約

ユーラシア集団において、日琉語族朝鮮語族、ツングース語族モンゴル語族、およびチュルク語族などのトランスユーラシア語族起源と初期の拡散については、もっと議論されている問題ひとつです。

重要問題は、言語拡散農業拡大、人口移動関係です。Robbeetsらは、遺伝学、考古学言語学の広範なデータセットから統一的な視点で解析することにより、この問題に取り組みました。

それにより、トランスユーラシア語族共通祖先最初拡散は、初期新石器時代以降に東北アジアを横断した最初の農耕集団に遡ることができ、それらは青銅器時代以降の広範な文化交流によって覆い隠されてきたことが示されました。

これら3つの分野が大きな進展し、その証拠の組み合わせることによって、トランスユーラシア語族の初期の拡散が農耕によって推進されたことが明らかになりました。

研究概要

最近古代DNA研究ブレークスルーによって、ユーラシアにおけるヒトと言語文化拡散の関連が見直されていますが、依然として西ユーラシアと比べて東ユーラシアのついての理解は乏しいのが現状です。

研究で着目する内モンゴル黄河遼河アムール川流域、ロシア極東朝鮮半島、そして日本列島を含む北東アジアについても、遺伝学に重点を置いたものや、既存データセットのレビュー限定したものなどのいくつかの例外を除いて、北東アジア対象とした学際的なアプローチほとんどありません。

トランスユーラシア語族(「アルタイ語族」として知られる)の言語的関連性は、有史以前言語において最も論争が多い問題の一つです。

トランスユーラシア語族とは、ヨーロッパ北アジアに広がる地理的に隣接した言語の大きなグループを指し、5つの言語族(日琉語族朝鮮語族、ツングース語族モンゴル語族、チュルク語族)を含んでいます

この5つのグループ単一共通祖先から派生たか問題となるのですが、長年に渡って、言語継承されたのか、それとも借用によるものなのかが議論されてきました。

最近では、これらの言語間の共通性の多くは確かに借用によるものだとしても、トランスユーラシア語族は信頼できる確かな系統グループだとする証拠も示されています

この系統グループを受け入れた場合、これらの時間的深度や場所文化アイデンティティ拡散ルートなどの新たな疑問が生じます

そこで彼女らは、トランスユーラシア語族の初期の拡散紀元前4000年紀に東部ステップで始まった遊牧民拡散だとする従来の「牧畜民仮説」に対して、これらの拡散が「農耕/言語拡散仮説」の範囲である「農耕仮説」を提唱することで、課題解決を試みました。

これらの課題言語学の枠を超えているので、考古学遺伝学を統合した「トライアングレーション」と呼ばれるアプローチで取り組んでいます

言語からは、98のトランスユーラシア語族について、方言歴史的変化を含んだ254の基礎語彙を示すデータセットを用いて、ベイズ法による系統解析を行っています。原トランスユーラシア語族は9181 BP(5595–12793BP, 95%信頼区間)、原アルタイ語は6811 BP(4404-10166 BP)、モンゴルツングース語は4491 BP(2599-6373 BP)、日本韓国語は5458 BP(3335-8024 BP)を示しました。

また、トランスユーラシア語族空間的な拡大をモデル化した結果、これまでのホームランドとされていたアルタイ黄河内モンゴルの大興安嶺山脈アムール盆地などではなく、初期新石器時代の西遼河流域がトランスユーラシア語族起源であることを支持する結果を得ています

さらに、再構築した農耕牧畜の原語を用いた定性分析によって、たとえば新石器時代に分離した共通祖語では耕作や雑穀に関する語彙を継承するなど、特定地域・時期の祖先原語集団文化的項目が特定されました。

一方で、コメ・麦の栽培、牛・馬などの家畜などは青銅器時代の人々の言語交流による借用とされました。

よって、言語から牧畜民仮説ではなく、農耕仮説を支持しています

考古学からは、255の遺跡文化類似性によってクラスタリングしたベイズ解析の結果を示しています

北東アジア新石器時代植物栽培はいくつかの中心地から拡大しており、そのうち9000年前に西遼河流域で始まったキビがトランスユーラシア語族にとって重要となります

解析の結果、新石器時代の西遼流域に文化クラスターがあり、そこから雑穀栽培に関連した2つの分岐韓国のチュルムン分岐アムール、沿海、遼東にわたる新石器時代分岐)があることがわかりました。

このことは、雑穀農耕が 5500 BPには韓国に、5000 BPにはアムール川を経由して沿海州に伝播したことを示すこれまでの知見を裏付けています

さらに、西遼河地域青銅器時代遺跡は、韓国の無文遺跡日本弥生遺跡クラスター形成しており、4000年前の遼東-山東地域農業パッケージが、米や小麦で補完されていたことを反映しています

これらの作物は、初期青銅器時代(3300~2800 BP)には朝鮮半島に、3000 BP以降には日本に伝わりました。

遺伝学では、アムール韓国日本九州琉球列島23体の古代ゲノムを取得し、先行研究古代東アジア人および現代ユーラシア大陸集団ゲノムデータ統合して解析しています

西遼河地域では初期新石器時代ゲノムは欠くものの、西遼新石器時代雑穀農民アムール遺伝要素をかなり含んでおり、時代とともに徐々に黄河流域のゲノムに移行しています

解析の結果から、このアムール遺伝要素は、バイカル、アムール沿海州、南東ステップ、西遼河を覆う新石器時代以前(あるいは後期旧石器時代)の狩猟採集民の本来遺伝プロファイルであり、それがこの地域の初期農民に引き継がれていると考えられます

アムール遺伝要素は日本語や韓国語話者にまで遡ることができることからトランスユーラシア諸語の話者共通する本来遺伝的要素と考えられます

韓国古代ゲノム解析では、朝鮮半島南岸新石器時代人で縄文遺伝要素がみられました。

一方で、同じく南岸新石器時代のAndoでは縄文遺伝要素は見られませんでした。

このことは新石器時代朝鮮半島南部では縄文人の祖先が不均一に存在したことを示しています

時代が下って、青銅器時代韓国西岸部の瑞山市にあるTaejungniには、縄文遺伝要素は見られませんでした。

また、現代韓国人への縄文人的遺伝要素の寄与限定であることから新石器時代から現代にかけて減少していることが見て取れます

Taejungniに縄文遺伝要素が見られないことは、縄文遺伝要素を持たない初期の集団が稲作を伴って朝鮮半島に移動し、縄文遺伝要素を持つ新石器時代集団に取って代わったことを示唆しています

ただし、サンプルサイズ対象範囲が限られていることから、この仮説の検証にはもう少し多くの人骨のゲノム解析が必要です。

私の意見を述べるならば、私たち分析した韓国南部大邱市の南東部にある三国時代の完山洞古墳群の出土人骨のDNAも、現代韓国人と同程度に縄文遺伝要素を受け継いでいることから、完全に入れ替わったとする考えには賛同しかます

以上よりRobbeetsらは、朝鮮半島への農耕の伝播は、新石器時代雑穀栽培の導入は紅山文化青銅器時代の稲作の導入は夏家店上層文化というように、アムール川流域と黄河流域からの異なる遺伝子流動の波と関連づけることができると述べています

以上の言語学的、考古学的、遺伝学的証拠から、これらの分野の間に明確なつながりがあることがわかります

これらの統合により、トランスユーラシア語族起源は、新石器時代東北アジアにおける雑穀栽培の開始と初期のアムール祖先集団にまでさかのぼることが示されました。

これらの言語の伝播には、農耕や遺伝子の拡散と同様に、大きく分けて2つの段階を含みます

第一段階は、トランスユーラシア語族における主要な分裂に対応し、新石器時代前期から中期にかけて、アムール遺伝要素を持つ雑穀農耕集団が西遼河から隣接する地域拡散した時期に該当します。

第二段階は、5つの言語族間の言語接触対応し、後期新石器から青銅器鉄器時代にかけて、アムール遺伝要素を持つ雑穀農耕集団黄河や西ユーラシア縄文人と混血したときに、稲作や牧畜などを農耕パッケージに加えました。

研究では、東北アジアにおける雑穀栽培の二つの中心地が、黄河流域のシナ・チベット語族と西遼河流域のトランスユーラシア語族起源と関連していると示唆しています

朝鮮半島に関しては、紀元前6000年頃に黄河流域および西遼河地域の各農耕集団沿海州に拡大して混血し、それが朝鮮半島に持ち込まれたと考えられます

その後、3300 BP遼東山東地域の農耕集団朝鮮半島移住して米や麦をもたらしました。

この農業パッケージが3000年前に九州に伝わり、本格的な農耕への移行と縄文系と渡来系の混血、および日琉語族への言語的転換が起きました。

2022-03-10

anond:20220310151308

しかし、文献だけに頼る従来の研究ではなく、先人たちが残した文化遺産に光を当てると… われわれがこれまで信じさせられてきたのとは全く違う。壮大なストーリーが見えてきます

多くの学者は、文献だけに頼ることにより、この大切なポイントを見落としてしまますさらに残念なことに、美術知識がないため、いざ実物を目にしても、そこから何を読み取ればいいのか?がわからないのです。

考古学から神話を見直す」実は地上にあった「高天原」…国譲りと天孫降臨の謎

東西神話類似性に迫る」日本古代史に見え隠れする“ユダヤ人”の存在

戦前日本原爆開発に成功していた」北朝鮮小島で行われていたこと…ソ連北朝鮮の核開発を躍進させた日本秘密研究

日本侵略戦争ではなかった日中戦争」本当に戦争を望んだのは誰だったのか? 複雑な対立構造… 裏で得をした組織の正体とは?

国連提唱SDGs…実はその起源縄文文明にあった」灯台下暗し日本人が立ち返るべき最高のお手本とは?

中国由来の文献や、左翼思想に染まった大学教授により、正しい歴史が全く教えられていない。そんな実態危機感を抱き、田中教授西洋中心だった研究日本中心に転換。

お前のハードル高すぎない?

2022-03-09

anond:20220309162044

日本語がどこか列島の外から来たなどという与太話はもうやめよう

日本語起源ツングースでも朝鮮でもマレー・ポリネシアでも中国でもドラヴィダでもチベットでもない

大和言葉ほとんどは日本列島の中で独自発明され、それどころか縄文語由来の単語が周囲の各言語へ借用されているのである

縄文人が3万年も前から他の全ての地域人類に先駆けて定住生活を開始したという事実

これこそがすなわち日本語世界最初に広く人々に共有される言語として出現したこと示唆するのである

2022-02-16

anond:20220214174556

いいですか!日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したのはもはや定説なんですよ!

なんか!勢いと!おふざけで!書いたら!書いたらですよ!意外にブクマが付きました!

なので!なのでですよ!お返事いたしましょう!

lli ツリーの謎のテンションはなんなんだ笑

type-100 どういうテンションで書いてるんだ、この一連のトラバ

せいやせいやせいやせいやーーー!!!

いいですか!日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したのはもはや定説なんですよ!

せいやせいやせいやせいやーーー!!!

nt46 朝鮮半島日本ライフスペース。いいですか、それは継体天皇勝手なんですよ。

Tmr1984 ここから発展して、朝鮮半島は元々は日琉語族土地エルサレムを熱望するユダヤ人のごとく日本人は朝鮮半島高天原)の奪還を望んで良い、とならない?日本南洋ルーツ説も太平洋戦争の時にどう使われた?

いまこそ!いまこそですよ!国土回復運動レコンキスタ☆彡!を行うべきです!

朝鮮語族に支配された!支配されたですよ!高天原を!奪還するのです!

c_shiika 「AD663 村」と書かれたチョコレート女の子から貰いたいだけの人生だった

くらえぇぇぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇえぇ!!!ハッピーーーーー!!!!!!!!!!!ヴァレンタイーーーーーンンーーーーーーーー!!!!!!

tigercaffe 先行研究史料提示を。せめて索引くらいつけて欲しい。この3つのない歴史記事は読み物以上の価値はない。

先♥行♥研♥究と史♥料♥の♥提♥示!!?!?!?!?!?!?

こーーーれだーーーーー!!!!!!!!!!!!!ここの参考文献でも読んでろやーーー!!!!!

https://anond.hatelabo.jp/20211121124146

ええええ?????

だってだってこれって「日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」」ってのに反論してるんでしょ~~~???

馬鹿馬鹿馬鹿イワン馬鹿

いいですか!この増田はね!「まったくの素人」さんはね!

トランスユーラシア疑義を呈しただけで、日琉語族列島から流入してきたってことは否定してないんですよ!

というか!むしろね!むしろですよ!

この「まったくの素人増田さんもね!「日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来した」ってのには賛成ないし、賛成寄りになるはずですよ!

Nfm4yxnW8 定説とまではいわないけど日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したというのは一番可能性が高い学説だと思う。あと10年もすれば定説になるかも。「大王たちのルーツ」は地理的意味ならYES国家という意味ならNO 歴史

そやな!大王たちのルーツのくだりは勢いやで!なんせ考古学的な証拠があらへんのや!

Cunliffe 日琉祖語の単一起源説はまだちょっと保留かなあって思ってる。クレオールだっていう仮定結構魅力的なんだよね。

そやな!クレオール可能性は高いな! しかしな!「どこで」クレオールになったかというと、列島外でクレオールになった可能性が高いんやないかと思うわ!

https://anond.hatelabo.jp/20220215160324 に書いた通りや!

nagaichi 「定説」という言葉が強すぎるだけで、それほど奇抜なことを言ってるわけではない感はある。 ネタ 古代

そやな!ネタからな!

death6coin “そしてAD663年の白村江の戦い大王たちのルーツであった伽耶任那百済が滅亡したこときっかけに「日本」を名乗るようになるのです。”あー、そういう説の本を読んだことはあるな。通説とは思えんが。

そやな!「大王たちのルーツであった伽耶任那百済」はネタや。しか白村江の戦いの敗北がきっかけで「日本」と言う概念ができた!これは事実なんや

unakowa 記紀歴史書的信用はもっと議論されるべき。少なくとも記紀真実かのように皇位継承問題議論するのは愚の骨頂。

そやな!まあ神はおらんでも宗教には価値はあるんで!いんやない!

まあ天皇陵らせんはいかんがな!

anmin7 よしんばそうだとして君は何を求めているのかね? 現状の何を変更したいのかね。

そやな!「名前を隠して楽しく日記。」が目的やで!そう怖がらんでもええんやで!

El_Fire “縄文人遺伝子を最も強く受け継ぐアイヌ言語日本語と全くの別系統である説明がつかないわけですよ。”縄文時代の長さと広さを考えると、異なる語族と判定せざるを得ない変化が起こっててもおかしくないのだが

な!なにーーーーーー!!!!!日本語とアイヌ語を同系論だとーーーーー!!!

そ!それは!さすがに無理があろうかと思われます!試しに!試しにですよ!

何でもいいので学術論文を探してみるんだ!そこは!そこは!まともな学術論文が一つもない魔境ですぞ!!!

the_sun_also_rises この投稿に賛成する者も反対する者も裏側に現在政治性を帯びていることが問題。1500年以上前のことはアカデミアに任せそれに対して政治性を帯びさせてはならない。こんな投稿をしても今の日韓関係は何ら変わらない

そやな!わいは!わいは!政治的なこと触れたつもりはなかったんやが!なかったんやが!それでも政治的に見えたんか!?

実際はおんどれの!おんどれの眼鏡に色がついとるんやないか!?

ysync で?既存資料チェリーピックしたエビデンスに欠ける定説通説に何の意味が?新資料をもとにした珍説奇説の方が面白いだけマシだな。 /過去出来事教訓としての歴史はおもろいが、現在に影響与えるものでもなかろ。

おりゃーーーー!!!!!!!!!チェリ~~~~~ピックピックピック

でもな!定説ネタやけど!ネタなんやけど!「日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来した」ってのは最も可能性が高いもんやで!

逆にそれ以外の学説は圧倒的に信頼性が低いんや!特に縄文語ってのは超超激激やばやばやで!

memorystock ponponなんとか先生が諦めきれずにまだやってんのかな?ああいう人の動機って反転ネトウヨと言うか韓国ネトウヨと言うか、結局は民族主義レイシズムなんだもん。

ちがうで!わいはponponではないで!

2022-02-14

anond:20220214181219

いいですか!日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したのはもはや定説なんですよ!

そして!「トランスユーラシア語族」という主張自体には疑義があるのも事実なんですね!


そして!なんと!なんと!なんと!岩波書店が発行する「科学」でこれに関連する記事が載ります!!!

ヤポネシアゲノムプロジェクト研究者たちが寄稿しています!!!

https://www.iwanami.co.jp/kagaku/KaMo202202.html

縄文遺伝子×考古学:新たな展開と謎

土器DNA――伊勢湾沿岸地域における水田稲作民と採集狩猟民……藤尾慎一郎

弥生人とは誰なのか――古代ゲノム解析で判明した遺伝的な多様性……篠田謙一

朝鮮半島にも残る「縄文遺伝子」――古代ゲノム研究からみた朝鮮半島古代人……神澤秀明

縄文墓制研究現在――注目すべき新資料の紹介と人類学とのコラボレーションについて……山田康弘

埴原和郎の二重構造モデル論文発表から30年……斎藤成也



これは!

これは!これは!

これは!これは!これは!

もう買うしかないのではないでしょうかねえ!!!

2022-01-06

縄文人が復活してAIアシスタントを操り縄文ファースト世論形成をもくろむとしたら

第一歩目はやはり年功序列だろうか

2021-11-21

anond:20211121224311

ありがとうございます

もう夜遅いので、最後自分の考えを箇条書きでまとめておきます



最終的には中国朝鮮半島で考古遺伝学が発展することによってパズルが埋まるように結論が出ると強く信じています

2021-11-18

ダイレクト出版オカルト歴史本好き

https://in.renaissance-sk.jp/skrs_2104_ppc_gdn

あなたは、こんな歴史の“謎”をご存知だろうか?

卑弥呼の“謎”

中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された、日本史初の女王卑弥呼。「邪馬台国」を支配し、中国皇帝からも認められた「倭国の王」であるしかし不可解なことに、、卑弥呼に関する記録も、お墓も、日本では全く見つかっていない。

一国を支配するほどの権力者であれば、死後、地域神社で祀られるのが普通だが、、日本各地の神社にも、遺跡にも、卑弥呼存在した痕跡が一切見当たらないのだ…(*日本では、聖徳太子菅原道真平将門など、国を直接治めていない偉人でさえも、鎮魂の祈りをささげるため、神社がつくられてきた伝統がある)

また、“邪馬台国の人々の顔や身体には刺青がある”と「魏志倭人伝」には書かれているが、当時の遺跡遺物いくら調べてみても、刺青をしているような痕跡ほとんど確認されていない…

ちなみに、著者の陳寿という中国人は、実は日本に来たことはなく、伝聞のみ。つまりフィクション小説”として、この作品を記したようだが、、

一体、卑弥呼とは何者だったのか? 本当に邪馬台国存在していたのだろうか?

ユダヤ人埴輪の“謎”

長い帽子、伸びた髭、豊かなもみあげ。明らかに日本人とはかけ離れた風貌の「埴輪」が、千葉県茨城県など関東地域で出土されている。実は、これらの埴輪は、日本から遠く離れた場所にいたはずの、「古代ユダヤ人」に酷似しているのだ…

古代日本で、ユダヤ人そっくり埴輪が見つかるのは、単なる偶然なのか? それとも当時の日本ユダヤ人と深い関係にあったことを示唆しているのだろうか?

君が代」「ソーラン節」「相撲」など…実は、ユダヤ人言語日本語には、似たような共通点が多数存在伝統・習慣でも類似点があるなど、両者には何らかの関係性があると見ることもできる。

果たして、遥か昔、ユダヤ人日本にやってきていたのだろうか?

日本人の起源の“謎”

近年、最新のDNA分析によって、日本人のルーツとされる縄文人DNAが、周辺アジア民族とは“ほとんど一致しない”という事実が明らかにされた。

これまでの通説では、中国朝鮮東南アジアのいずれかの民族縄文人起源と考えられていたが、、それらとは全く異なるタイプ民族が、すでに日本存在していたことがわかったのだ...

では、いったい縄文人とは何者だったのか? そして、われわれ日本人の祖先はどこからやって来て、どのような変化を遂げてきたのか?



教科書では、縄文から弥生時代まで、日本人は原始的生活を営んでいた。そこに大陸朝鮮半島から稲作や文化が伝えられ、日本はようやく発展の糸口をつかみ、日本という国家形成された。という歴史けが当たり前のように教えられています。 

しかし、文献だけに頼る従来の研究ではなく、先人たちが残した文化遺産に光を当てると… われわれがこれまで信じさせられてきたのとは全く違う。壮大なストーリーが見えてきます

元来、日本という国は外敵がやってこない島国であり、「信頼」を土台に共同体をつくってきました。よって、絶えず民族が移動し、争いごとの絶えない西洋大陸とは違い、文字必要としなかったのです。よって、当時の先人たちの生活ぶりや、思いを読み取るには、神社文化遺産といった形あるものの解読が必須になってくるのです。

多くの学者は、文献だけに頼ることにより、この大切なポイントを見落としてしまますさらに残念なことに、美術知識がないため、いざ実物を目にしても、そこから何を読み取ればいいのか?がわからないのです。

日本には文明がなかった」・・そう言われることがありますが、それはありえません。遺跡を紐解けば、日本最初国家ヤマト政権」よりも、卑弥呼がいたとされる時代よりも遥か昔から日本では高度な文明が栄えていた。その中心は、関東東北であり、そこには大きな“国”があったのです…”

<目次>

日本人の「記憶」を旅する~新・日本古代史~

特集日本歴史を問い直す>

「米機密文書が明かす戦中日本原爆研究日本には“核兵器国”としての資格能力がある

陸上自衛隊小平学校副校長矢野 義昭

中国世襲への否定は何を生み出したのか~日支比較文化論~

愛知教育大学名誉教授北村 良和

日中戦争史の真実」〜中国共産党とソ連の暗躍〜

立命館大学名誉教授北村

東京裁判・七十五年後の総括

東京大学名誉教授小堀 桂一郎

日本人が知らない「ルネサンス」の本質

国際美術学会 副会長田中 英道

スペシャルインタビュー:「戦後とは何か?」〜「近代」という問い〜

田中 英道&岡島 実(弁護士

こいつあいかれてやがるぜ!

2021-11-14

anond:20211114031904

3000年前に朝鮮半島から日本へ到達したとして白村江の戦いって西暦663年やで。1500年以上も違う時代出来事をくっつけてどないすんねんな。


いい質問ですねぇ!まずは結論から書こか

第一渡来人 すごくむかし 縄文人

第二段渡来人 弥生時代(3000年前) 弥生人

第三段渡来人 3世紀前後 古墳

この中の古墳人ってのが朝鮮半島南部伽耶任那諸国ルーツを持つ集団なんや

ほんじゃあ次に、ちょっと詳しく説明しよか

そもそも現代日本人は列島先住民系と渡来系が混血して誕生したって説は、1994年に埴原和郎が提唱した二重構造モデルに端を発しとる。

これが論文やな。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1993/102/5/102_5_455/_article/-char/ja/

日本列 島の最初居住者は後期 旧石器時代 に移動 して きた東南 アジア系集団で, 縄文 人はその子孫で ある。弥生 時代 になって第2の 移動の波が北ア ジアか ら押 し寄せたため, これ ら2系 統 の集団列島内で徐 々に混血 した。

埴原は渡来人単一グループで、その時期も一度と思っとったんやね。

しかし、これはどうやら間違っとったらしいっちゅうのが2010年代研究で分かってきた。

もちろん「先住民系と渡来系が混血して誕生した」ってのは変わってへんしかしこの渡来系というのがどうやら遺伝的にも年代的にも二つに分かれるというのが分かったんや。

これは国立遺伝学研究所とか国立科学博物館研究のおかげやな。

日本人の「完成」は古墳時代だった? DNA分析ルーツに新説 https://www.asahi.com/articles/ASP9K55ZJP9JULBJ00Z.html



もっと詳しく書こうか思ったけど眠いわ。

まあ興味あったら http://www.yaponesian.jp/ を読むんやな。

2021-11-11

anond:20211111231157

どちらかというと、稲作などを海外から持ち込んで弥生時代きっかけを作った人々の方が数の点で劣勢で言語的には現地(縄文日本人)に同化していったと思われる。

逆で同化されたのが縄文

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2019/6431/

現代人のゲノムから過去を知る~Y染色体遺伝子系図解析からわかった縄文時代晩期から弥生時代にかけておきた急激な人口減少~

縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり、気温が下がったことで食料供給量が減ったことが、急激な人口減少の要因の一つではないかと思われる。また、その後人口が増加したのは、渡来系弥生人がもたらした水田稲作技術によって、安定した食料供給可能になったためと考えられる。

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/7056/

都道府県レベルでみた日本人遺伝集団構造縄文人と渡来人の混血がもたらした本土日本人内の遺伝異質性

本土人のゲノム成分の80%程度は渡来人由来である推定されているが、近畿地方四国地方には、さらに多くの割合渡来人流入したのかもしれない。

また、地理的位置遺伝構造に影響していることや、沖縄県遺伝的に近い九州地方東北地方が互いには近縁でないことから渡来人との混血時に縄文人は遺伝的に分化していたと考えられる。






縄文時代には現在日本語日本列島では話されていなかった

弥生時代になって流入した渡来人言語日本語祖先

最後にこれは別に俺が主張しているわけではなく、日本人研究者以外にも世界中の研究者論文を書いてる

anond:20211111230103

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00008&fileid=00000001&/Yaponesian_Vol2summer_online.pdf&disp=inline

言語学第二座談会(~前半の部~)

千葉大学にて1月開催

発言者遠藤光暁、青山学院大学教授中国語音韻史・方言学、アジア地理言語学

    木部暢子、国立国語研究所副所長、日本語方言

    風間伸次郎、東京外国語大学教授アルタイ言語言語類型

    福井玲、東京大学教授朝鮮語

    吉川佳見、国立国語研究所非常勤研究員アイヌ語

    児倉徳和、東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所准教授ツングース満洲語学

...................

福井:ただ日本語と唯一関係があるかもしれないと思っているのは、河野六郎先生や李基文先生など多くの方が扱ってきたいわゆる高句麗語あるいは濊語、つまり高句麗地名から推定される言語で、それが日本語に近いというのはほぼ間違いない。最近伊藤英人先生も注目すべき発表をなさっています

遠藤:ええ、だからこのヤポネシアゲノムプロジェクトでも日本以外の言語学証拠で一番確かな根拠は、いわゆる「高句麗地名だと狙いを定めて、初年度から重点的にやっています。実際にはたぶんそれが全体として「高句麗語」を反映するというよりも、倭人半島部で先住民として当時になるとモザイク化して居住していて、倭系の地名を残したとか、そんなイメージではないかと思うんですけど。

福井:そうですね。それを河野六郎先生がはじめて歴史的資料の中に出てくる濊人の言語ではないかということを言い始めた。その一番きっかけとなった大きな証拠は、もともと朝鮮日本人のことをなんと呼ぶかというと、jej(예)ですね。これが「濊」の字音(jej)とまったく一致します。その一方で、日本人の呼称普通倭人字音「倭(waj)」となるはずなんですが、中期朝鮮語資料の中ではそれではなくて、jej(예)と呼ばれている。そこから発想されたのかなと思うんです。

遠藤:それが現在中国東北部、古い時代の「夫余」の地域あたりまでJaponicで解ける地名があると以前から言われています

...................

風間:2つほどあります別に私が言い出した事ではなくて、以前Vovinさんらが日文研から刊行した日本語系統についての本にも書かれていますが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説です。先ほど遠藤先生中国語などと比べると日本語全然違ったタイプ言語であるとおっしゃっていましたが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説を考えていく必要はあると思っています。昨日も木部先生がおっしゃっていましたように、古代日本語の語はほとんど一音節です。一方、母音の数は現在よりおそらくもうちょっと多かった。助詞自体にも個別の声調があって、現代のテ形のテの部分などにも独自の声調があった。つまり膠着的ではなく、文法要素も独立した語の性格を持っていて、孤立語的だったということです。助詞助動詞には自立語起源説明されるものがかなりたくさんあり、声調があって単音節、という事になると、まるで孤立語であるということになります

遠藤:ええ。それは歴史時代の話ですよね。

風間はい、今まさしくそ歴史時代日本語の事を考えなくてはいけないんだと思います。それを考えるとやっぱり孤立語だったという可能性についてよく検討していくべきではないかと思います

...................

遠藤:文献言語史的な証拠から言うと日本語はせいぜい1500年前ぐらいしか遡れないですね。あるは『魏志倭人伝』とかの頃ですよね。高句麗かいろんな北方民族の記録については中国側の正史などの東夷伝とかもありますが。考古学の方からするともっと古い情報がわかって、宮本一夫先生の説によると、まず日本語を話す人たちが朝鮮半島に入ってきて、そのあと朝鮮語を話す人たちが現在でいう中国東北部から朝鮮半島に入ってきた、といったことが先史時代に起こっている可能性があるので、そうすると日本語朝鮮語ツングース語を話す人たちっていうのは中国東北部先史時代に非常に密接な接触をしている可能性があることになりますね。われわれは普段そういうことを考えないんですけど、そういうのはどうでしょう。かのアルタイタイプ諸語のTurkic、Mongolic、Tungusic なども地理的な分布範囲歴史時代先史時代ともかなり移動しているんじゃないでしょうか。

福井考古学との関わりという意味ではやはり今後参考にすべきところはいろいろあると思います。昨日の私の話だと主に韓国語から日本語への借用ということを中心にお話しましたけど、まあその逆の場合もありうるわけで。日本朝鮮半島の間で考古学的な遺物共通している場合があります。これは歴史学の人から聞いた話ですけれども、例えば日本式の甲冑韓国のある一部の地域でかなりたくさん出てくるとか、その時期そのあたりで接触があったということは明らかであるし、前方後円墳朝鮮半島でも見つかっていて、それは歴史をやっている人たちからするとむしろ日本から渡ったものではないかという説もあります

遠藤古墳時代ぐらいになるとそういう方向もあるみたいですね。遺伝学的な根拠からしても半島南部のところで縄文DNAが見つかったとかいうこともありますしかし、文献言語史で考えるくらいのタイムスパンだと日本列島には既に日本語が入っていて朝鮮半島朝鮮語が優勢であってツングース語はシべリアから中国東北部にいた、といった現代の状況を投影して考えがちですが、もっと全然違った居住地域で一緒に雑居していて遥かにドラスティック言語接触を考えてもいいんじゃないかってこのプロジェクトに入ってから思うようになりました。言語学的にそれを証明することは非常に難しいと思うんですが。語族単位でやっていると非常に細かい違いが目に入ってくるかもしれませんが、もっと大きいアジア全域といったマクロ範囲で見るとやっぱりアルタイタイプ諸語の共通性が際立って見えるんですね。

.....

風間:もう1つ目についてお話しするには今日はもう残念ながら時間が残っていないと思います。先の話の続きですが、やや推論の上での推論ということになりますが、孤立語だった日本列島言語を話していた人々を大陸から来た別の集団征服して、それが上層言語となり、下層言語孤立語ものだったけれども、最終的に日本語がSOVで膠着的なアルタイ型の言語文法タイプに再編成されたという可能性はあり得ると思います

遠藤縄文語(諸語?)が孤立語タイプで基礎語彙がそこから継承されて、弥生時代大陸から入ってきた膠着語タイプ言語によって文法が組み替えられたというわけですか。私などは『三国史記』で半島大陸部にJaponic地名存在するということからして、むしろ日本語半島とか大陸にあった時代に非常に密接に接触するチャンスがあったのでは、という仮説に傾いているのですが。

風間大陸接触してから列島に入ってきたということでもいいとは思いますが、その支配者層はそれほど多くの人数でなかったとしてもかまわないと思います

遠藤漢語について言うと、遣隋使遣唐使が行って、ごく少数のエリートが本をもってきて、仏典も含めてずっと勉強していく過程日本列島舞台として日本語の中の漢語の中の比率が増えていくわけですよね。そういう事は文化語彙については英語などでもギリシャ語ラテン語フランス語が大量に入るといったことは起こりますが、言語の中核的な部分で民衆言語まで浸透するためには、そういう文化的な学習だけじゃなくて日常的なレベル普通庶民バイリンガリズムとかの状態になっていないと、そういう風な組み換えは起こりにくいんじゃないでしょうか。あるいは完全に支配者の言語に取って代わられる例っていうのは中南米スペイン語とか枚挙にいとまないですけど。

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00009&fileid=00000001&/Yaponesian_2_%E3%81%82%E3%81%8D%E5%8F%B7_1120_ALL_online.pdf&disp=inline

言語学第二座談会(~後半の部~)

...................

風間ゲノムをはじめとする他の学問分野での推定とどのような関係にあるのかはわかりませんが、言語学シナリオとして唯一あり得ると考えられるのは、日本語孤立語タイプから現在膠着語的なタイプへと、何らかの理由で変化してきたという可能性ではないかと思います。それを示唆するような痕跡的特徴は日本語にある程度存在するのではないかと思います。その中でも一番問題になるのはアクセントもしくは声調と呼ばれる現象さらにはその両方が日本語にあるということだと思います。ただ、アルタイ諸言語がどの言語弁別的アクセントを持たない、ということもあり、私は日本祖語は無アクセント言語だったのではないかという仮説に深く関心をもっています山口幸洋さんをはじめとする何人かの研究者提案されている仮説です。

...................

木部:これから先は想像世界ですけども、古くは日本列島各地に今の大和ことばではない言語、何語であるか分からないような言語日本列島にいっぱいあって。

遠藤:たぶん縄文時代とか。

木部:縄文時代縄文語かもしれない。それが無アクセントであったという事はあり得るとは思います。そのあと、大和琉球共通祖語、日琉祖語が上にかぶさって、元の言語は日琉祖語に取り替えられたけれども、アクセントにはサブストレータム(基層語)としてもとの無アクセントの特徴が残った地域があって、現在、各地に点々と残っているということはあるかもしれません。元々、声調の区別をもっていなかった言語が新しい言語を受け入れたときに、アクセント区別をしなかったという事はあると思います。無アクセント言語アクセントのある言語から借用語を取り入れるときに無アクセントで取り入れるという事はよく起きています

...................

遠藤:それで、九州の無アクセント地域と二型アクセント境界線のあたりにABOの血液型境界線がひかれるんですね。A型瀬戸内海から関西にかけて特に多くなって、その周りに別のタイプがあって、その境界線がちょうど無型アクセントになるあたりなんですね。それから他にも斎藤先生のおっしゃる三段階説または内なる二重構造、イエナのマックスプランク研究所の人は新幹線モデルといっていましたが、関西から山陽新幹線がはしっている辺りから九州にかけて、身長が高くて、首と胴体の比率が7頭身に割合近いといった形態的な違いもあるそうですね。それで、服部四郎が『アクセント方言』の中で、北九州の辺りから関西にかけて移住が起こったかもしれないと書いていますね。もしかしたら朝鮮半島からも繋がっているかもしれず、弥生人北九州にもたらした日本語アクセントをもっていたが、周辺部ではアクセントがなかったとかいたことがもし想定できるとしたら風間先生とか狩俣先生とか、もっと早くは山口幸洋が言っているようなこともあるかもしれませんね。つまり一言語内部の比較言語学的な考察からすると対立が少ないところは分化条件が与えられない限り必ずや合流を経たとせざるを得ないので、ウルトラCのような離れ技として民族的ないし言語的なsubstratumを想定に入れないとダメになりますね。ヤポネシアゲノムが始まる2年前までは我ながらこんなことを言い出すなどとは思いもよりませんでしたね。もう40年ほど前から日本語系統論っていうのは、本当に危ない分野なので手出しせずに実証的な研究に没頭すべきだと考えてきた世代なので。

anond:20211111152229

substratum が縄文語で superstratum が弥生時代海外から持ち込まれた新しい要素で、現代日本語にも縄文語の要素が多く残っており、

現代日本語の方言の多くは東京アクセント中国地方九州の大半も)であって関西アクセント地域が島のように残っていることからも、

関西アクセントこそが弥生時代に持ち込まれ渡来人たち(天孫族?高天ヶ原族?)の言語の要素の名残りという見方が有力。(小泉保などを参照)


「substratum が縄文語で superstratum が弥生時代海外から持ち込まれた新しい要素」に関しては同意

しかし基層言語(substratum)と上層言語(superstratum)のいずれが軸となったかについては、弥生時代流入してきた上層言語の方というのが通説。

また縄文語という一つの言語があったということも証明されてはいない。

そして「縄文語の発見 」で知られる小泉保の研究現在では否定されている。

はっきり言って、まともな研究者なら顔をしかめるレベル相手にされていない。

日本語起源」論の歴史展望: 日本語起源はどのように論じられてきたか

10章 ゲノムデータ言語データ関係

p.257

このほか、かつて小泉保(1998)は日本語起源縄文時代のはじめにあるとし、日本語琉球語分岐年代縄文時代のかなり早い時期だと主張しているが、現在研究では否定されている。

そもそも小泉(1998)の本の中核となっている、日本語方言のなかでは一型アクセント(無アクセント)が古いというアイデアは、山口幸洋が以前から日本方言学会提唱していたものだ(山口幸洋 [1998]を参照)が、なぜか小泉山口の業績に全く言及していない。

このあたりの経緯は、山口(2002)に記述されている。

過去研究に目を配り、関連する文献にはきちんと言及するのが、研究者の取るべき態度であろう。

両人ともすでに鬼籍に入られたが、日本方言研究における汚点として指摘すべきであると考え、ここに記すことにした。

anond:20211110102825

うそやぁ

substratum が縄文語で superstratum が弥生時代海外から持ち込まれた新しい要素で、現代日本語にも縄文語の要素が多く残っており、現代日本語の方言の多くは東京アクセント中国地方九州の大半も)であって関西アクセント地域が島のように残っていることからも、関西アクセントこそが弥生時代に持ち込まれ渡来人たち(天孫族?高天ヶ原族?)の言語の要素の名残りという見方が有力。(小泉保などを参照)

どちらかというと、稲作などを海外から持ち込んで弥生時代きっかけを作った人々の方が数の点で劣勢で言語的には現地(縄文日本人)に同化していったと思われる。

トランスユーラシア言語が農耕と共に新石器時代拡散した

マーティン・ロベーツの新論文出てるじゃん

https://www.eurekalert.org/news-releases/934103?language=japanese

Peer-Reviewed Publication

MAX PLANCK INSTITUTE FOR THE SCIENCE OF HUMAN HISTORY

ドイツマックスプランク人類史科学研究所を中心にした、中国日本韓国ヨーロッパニュージーランドロシア米国研究者を含む国際チームが11月10日Nature誌に発表された論文は、

言語拡散の「農耕仮説」を学際的に支持し、トランスユーラシア言語最初拡散東北アジアにおける新石器時代前期のキビ・アワ農耕民の移住と関連すると結論する。

新たに解析された中国韓国および日本の古人骨ゲノム、広範な考古学データベース、および98言語の語彙概念の新しいデータセットを使用して、トランスユーラシア言語祖先コミュニティ時間の深さ、場所、および分散ルート三角測量分析した。

言語学、考古学遺伝から得られる証拠によると、トランスユーラシア言語起源は西遼河地域のキビ栽培の始まりおよび初期のアムール遺伝プールまでさかのぼる。

研究チームの考古学的な結果は、約9000年前にキビの栽培を開始した西遼河流域にも焦点を当てる。

.....

その後、そのクラスター韓国石器文化およびアムール沿海地方遼東の二つに枝分かれした。

さらに、青銅器時代朝鮮半島イネムギが追加され、約3000年前に日本にも伝えられた。

韓国の欲知島 Yokchido 遺跡出土の女性人骨のDNAが95%縄文という結果が得られた。

年代新石器時代中期、紀元前3500―2000年と推定する。

欲知島 以外の二箇所の韓国新石器時代遺跡サンプルも、1020% の縄文DNAを持ったことが解明された。

半島ではこの縄文DNAが少なくて6000年前までに遡る。

これは九州などの縄文文化との交易によってできたか、元々縄文系のヒトが半島にいたかどうかは今後の研究必要とする課題である

今回の研究では、北部九州弥生時代遺跡福岡県安徳台および隈・西小田を二箇所DNA分析して、今までより弥生時代の「渡来人」の遺伝的な位置けが解明された。

ゲノムレベル大陸から大型移住があったと結論する。

今回の研究では、初めて沖縄から古代DNAゲノムが得られた。

サンプルはマックスプランク人類史科学研究所マークハドソンが発掘した宮古島の南嶺の長墓遺跡パインミヌナガバカ、以下、長墓遺跡から出土された人骨である

長墓遺跡近世および先史時代の2つの時期がある。

近世の人骨は現代沖縄人とほぼ同じ約20%の縄文DNAを持つ。

言語学や考古学の結果と合わせると、中世グスク時代)に九州からたくさんのいわゆる「本土日本人」が農耕と琉球語を持ちながら、琉球列島移住したと推定できる。

この結果は、沖縄人が縄文人の系統を引くと結論する埴原和郎の「二重構造仮説」と矛盾する。

一方、長墓遺跡の先史人は100%縄文という結果が解明された。

これは従来の先島先史時代の人々が台湾またはフィリピンなどから由来した「南方説」と矛盾する。

宮古島先史時代縄文系の土器などの物質文化確認されていないが、ゲノムレベルでは縄文の人々であった。

八重山の先史人も縄文系かどうか、あるいは台湾からについては今後の分析必要が、今回の研究では縄文文化と縄文ゲノムが必ずしも一致しないことが一つの大きいな結果である




アルタイ語族否定されアルタイ諸語となり、古人骨ゲノム研究の成果によりトランスユーラシア語族(Transeurasian languages)へと発展するとは面白いことだ。

やはり遼河流域は黄河長江に劣らぬほど、東アジア歴史にとってキーポイントなのだ

Transeurasian
├── Japano‑Koreanic
│   ├── Japonic
│   └── Koreanic
└──Altaic
       ├── Tungusic
       └── Turko‑Mongolic
               ├── Mongolic
               └── Turkic

2021-10-13

anond:20211013142359

縄文弥生ははっきりした線引きがされているわけではないが、

紀元前3世紀ごろが過渡期としている説が多いと思う。

学校教育でも以下のように紀元前3世紀ごろまでが縄文、と教えていることが多い。

https://www.homemate-research-junior-high-school.com/useful/20100_junio_study/1_history/jomon/

2021-08-09

anond:20210809113459

縄文の血50%以上のアイヌが誇るならわからなくもないが、

1割以下の現代日本人が彼らを誇るのは間抜けだよなあ。

そういう連中はアイヌ尊重する気持ちもなさそうなあたりが特に

anond:20210809113429

土器文化文明と呼ぶのはそいつらくらいだけどな。

縄文だって単に見つかった土器文化の最古ってだけで、今後更新される可能性はあるし。

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