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はてなキーワード: ソロとは

2018-12-08

推しを、誰かをdisる道具に使うな

自分とあるアイドルグループファンをしてる。特定の好きなメンバー、いわゆる推しはいるが基本的には全員好きだ。同じグループファンには、自分と似たスタンスの人が多いように感じるけど、もちろんそうじゃない人もいる。特定の誰か(ひとりとは限らない)だけが好きで、他のメンバーには興味が無い、って人。それは別にいいんだ、箱で応援するのが義務なわけでもないから。

でも中には、誰かを応援しながら他のメンバーアンチをしだす人もいる。それどころか、グループアンチだって自分にはこの時点でちょっと意味がわからないんだが。

残念なことに、私の推しファンには、こういう厄介なのが他のメンバーファンに比べて格段に多い。

こういう人たちは、想像に難く無いだろうけど、推し賛美と他メンdisを同時にするんだよ。息をするように。「(推し)はこんなに素敵!それに比べて(他メン)は……」って。いや、「こんなに素敵!」で終わらせちゃダメなん?

で、推しが他メン褒めてたとか、都合の悪い事実はもちろん無視。それだけじゃない。自分が思ってることを、推しが思ってることだってすり替えて大きな声で言いだすんだからびっくりする。「(推し)は○○をやらせてもらえてない」みたいなこと言ってるけど、推しがいつそれをやりたいって言ったのかな。心の中は知らんけど、少なくとも公言してないぞ。あと、推し自分の納得いくような取り上げられ方されてないと根拠もなく他のメンバーのせいにしだすこともあるよな。他メンが邪魔してるとか、贔屓されてるとか。推しと他メン、自分にはリスペクトしあってるようにしか見えないんだが、同じ光景を見てるのに価値観がこうも違うとむしろどんな思考回路してんのか体験してみたい。ごめん嘘、絶対体験したくない。

まるでモンスターペアレントだな。

あ、大前提として、自分には嫌いな芸能人は思いつかないし(好きじゃなきゃあとは興味無いから)、気に入らない誰かを悪意で叩くって行為ちょっと理解できない。

それに、嫌な気分になることに労力をそそぐことほど馬鹿なことはないと思ってるから、嫌いなものは徹底的に視界に入れずに存在しないものとして扱ってるし、推し関連だろうと嫌いなもの関連だろうとアンチスレなんかも見ないし、ひたすら何かをdisってるようなアカウントは目に入ったらすぐブロックしてる。たまに地雷踏むけど、そんとき自業自得から早く忘れられるように美味しいもの食べて自分労わってる。

だけど上に書いたように、推し賛美の中にしれっと他メンdis入れ込むのがモンペファン常套手段なんだよね。あとただ褒めてるだけの非ファンツイート引用して他メンdisったり。そういうの見ると普通誹謗中傷よりも怖いし、何より潜むdisに気づかずに拡散してる人の多さにゾッとするわ。自衛してても視界に入ってくるもんから最近推し純粋な目で見れなくなってきてしまったのが本当に辛い。「素敵だ」と思っても、「あのモンペファンたちまた文句言うんだろうな」とか、「また騒ぐんだろうな」とか。そんなことばっかが頭の中に思い浮かんでくる。

そいつらもただのアンチと同じようにほっとけよ、って思うよな。でもこのままほっとくと推し被害がいきそうなんだわ。事実モンペファン推しについてるってのが界隈でだいぶ有名になってきてしまってる。

てか実害は多分もう出てる。本人自身の耳に入ってるかどうかはわからんけど、本人たちの側には、モンペファン存在なんてとっくに伝わってるだろうし。CM契約が切れただけで抗議したり後続タレント批判しだすんだぜ?そんなファンがいるタレントを使いたいと思う企業がどこにあるってんだ。

推しソロ仕事ガーって嘆くのは勝手だけど、他メンdisってる自分たちのせいだっていい加減気づいてくれよ。自分自分の首絞めてんのにいつまで他人に絞められてる気になってるんだよ。

大体、他メンdisったところで(グループから完全に離れた)ソロ仕事なんて来ないよ。

何が「推しのため」だよ、あんたが気に入らないやつ叩きたいだけだろ。あんたのエゴのために推しを使うな。推しを何だと思ってんだ。

ついこないだなんて、推し誕生日に「グループ抜けて!」ってハッシュタグつけて呟いてる人がいてびっくりしたわ。アンチが抜けろって言うのはまだ理解できるんだけど、推しグループ抜けろとか、ジョークにしちゃ上手くないよな。

グループ活動がそんなに嫌ならグループ仕事見なきゃいいのに、わざわざ見て文句言うんだから物好きだよな。そんなに嫌な気分になるならもう応援するの辞めたらどうかな。あんたらのためだけに推し活動してるんじゃないし。お客様神様って、それ客が言っていいセリフじゃないから。



アイドル応援って楽しくするもんだと思ってたんだけどな。

本人大好きなのにファンが嫌で応援できなくなりそうだわ、このままじゃ。我慢できなくなったら、本当にファンやめるかもね。もうこの際、「その程度で辞めるとか(笑)」とか「本当のファンは~」とか言われてもいいわ。現状を体験してない人にはこのしんどさ理解できると思わないし。




あー、まとまらない。読みにくい文章申し訳ない。推し巻き込みたくなくてグループ名伏せたりしたけど、わかる人にはわかるよな。

自分も結局、気に入らない人たちのアンチしかないな。そんな自分も嫌だわ。

とりあえず推しの載ってる雑誌買って、推しが出てるCM公式動画再生回数増やしてくるわ。あと推しのいいところ呟いてくる。

今日推し推しグループ足枷にならないように気をつけます。

2018-12-06

ソロキャンプというか

パソコン持ってってテントの中で転がって開発したい。

2018-12-05

オンラインゲームってソロでひっそりできる?

チャットが苦手なんだけれど、ソロのんびりとやっていけるのかな?

2018-12-01

anond:20181201143239

ソロでそんな席を取る物好きは色恋とは無関係映画一直線の人物であろうから気兼ねなく隣席を取得しているのであろうな

2018-11-29

ボヘミアン・ラプソディへの賛否腐女子の今昔

先日、こちらのブログ記事を読んだ。

http://www.ishiyuri.com/entry/2018/11/25/bohemian-rhapsody_

こちらのブログ結構好きなのだけど、この記事にはううーんと首をひねってしまった。

特に『この映画がよくないのは、それらの価値観現代視点から洗い直したり、疑義をさしはさんだりする部分がひとつもないということ。』部分だ。

この映画はフレディの伝記映画であって、少なくともスクリーンの中には存在する彼の『現実』に、疑義をさしはさむべきだろうか?

といっても私はクイーンについてはまったく知らないので、私がもやもやしたのは、私自身を投影たかである

私はもう20年以上腐女子だ。

腐女子になった理由は逃避だ。現実がしんどかった。家族がしんどかった。自分自身を愛せなかった。フィクションに救いを求めた。

かつて栗本薫中島梓の名義で『コミュニケーション不全症候群』という本を出した。1991年だ。その本の中で著者は『(自己愛の発露と解釈されることもあるが、現実には)彼女たちは自分を愛してなんかいないのだ。』といったことを書いている。その一文は私の胸を貫いた。また栗本薫が受け取ったファンレターには、彼女が描くBL小説主人公になることだけが自分の望みだ、と書かれていたという話もある。

まり誰もかれも自分自身を愛せなかった。そこには女性性の否定が強い人もいるだろうし、とにかく自身への嫌悪が強いという人もいるだろう。理由割合もそれぞれだ。ただ辿り着いた場所けが同じだ。自分自身を愛せない。別人になることで得られる愛に一時の救いを求めた。そうしなければ生きていくのは苦痛しかなかった。

……しかし、1991年には大勢腐女子賛同を集め救いとなったこの本も、例えば今ツイッターに載ったりしたら、ボコボコに叩かれるのだろうなあと思う。

今の腐女子の間では『腐女子はただの性癖だ』というのが大勢賛同を集める。ただの性癖から現実逃避だとか自己否定だとかそういう理由はないそうなのだ。実際に、そういう人が多数派なのだろうし、1991年だっていたのだろうとは思う。

思い出すのはねほりんはほりんで腐女子テーマだった時だ。BL現実逃避といった類の答えに、ツイッターでは反論が渦巻いていた。

いわく、あんなのは10年以上前偏見だそうだ。

そういわれてしまうと、いやあなた達にとっては偏見であり抑圧であっても、それが真実人間だっているんですよと言いたくなる。

話を映画に戻そう。

私はクイーンはまったく知らない。映画を見ただけだ。

からもし、クイーンメンバーがこの映画を『フレディはこんなに孤独ではなく、もっと幸せだった。この映画ゲイへの偏見に基づいた創作的悲劇だ』と批判したなら、受け取り方はまったく違っただろう。

しかメンバーはこの映画好意的だ。それはブライアン・メイツイートからも感じられる。

孤独に苦しむゲイステレオタイプ偏見だという。

現実逃避で腐女子になるのは一昔前の偏見だという。

でもそれが真実な人だっているだろう。

私がそうであるように。

私が私の人生を描いたらきっと一昔前の古臭い偏見に基づいた腐女子像といわれるのだろう。この偏見現代価値観 ─── 腐女子性癖であってそれ以上でも以下でもない ─── をさしはさんで改めて見つめるべきだといわれるのだろう。

お断りだ。

ステレオタイプ真実の人だっている。それを、そうではない幸福人間否定されたくない。

ちなみに。

私は映画を見て彼の孤独自分を重ねて泣いたけれど、エイズ可哀想だと思ったことは、そういえば、映画を見ている間、一度もなかった。

にゆく彼を可哀想だとか、そういう感情はまるでなかった。

私はただ、ライブの発する熱量に圧倒されていた。

あの映画のどこからも、泣かせるための病気だという意図を感じなかった。

私が一番見ていて辛かったのは、ソロ活動を始めた後、馬鹿騒ぎをする来客たちがいる中で、二階でフレディが一人で座っているシーンだ。

ゲイだろうがヘテロだろうが関係なく孤独になる。孤独は辛いが孤独を感じない人間は一人もいない。

それこそ、友達が全員結婚して子供もいる中で、シングルでいる腐女子だって孤独を感じるのだ。

フレディの孤独はあまりにも露わに描かれていて、私は始め、この映画批判されていると聞いたとき、てっきりスター孤独ステレオタイプに描きすぎだ、という批判なのかなと思ったくらいだ。

2018-11-27

anond:20181127173840

KPIしゃかりきになってない体制問題からなー

セキュリティ施策による逸失利益ナンボでセキュリティ事案のリスク較正してナンボなんで施策は続行/廃止妥当っすねというソロバン弾いてる機構が無いことが問題

極論すれば社員パフォーマンスを落としまくる施策ガンガン入れてもそれで会社が回るという理屈立てがちゃんとできるならそれも一つの経営手法なわけで

でも今の上層部はそんなこと考えてないしできてないし回ってないよね? ってのが問題だと思う

2018-11-23

推し距離を置くという話

推し距離を置きたい。まずはその考えに至った経緯を話したいと思う。

SNSってめちゃくちゃ便利だと思う。簡単情報が手に入るし、それこそ推し情報を得るためには今や欠かせないものだろう。ただそれと同時に自分の見たくないもの、知りたくなかったものまで目に入ってしまう。

私は推しパブサをよくしてしまうのだが最近推し活動がひろがりその評価が知りたくいつもにましてTwitterパブサ。結果は酷評だらけ。もともと推し活動というか界隈というか…まあ推し活動内容って一部ではめちゃくちゃ嫌われてるものでその中でも推しアンチがかなり多い方。アンチが多い理由は色々あるけど1番は昔の彼の作品の出来があまりにもひどかったというものだろう。そして今回はそれ以来ソロでは久しぶりに推しに同じようなオファーが来た。その時に比べて推しは実力がぐんと上がったと思うし他担もそう言う人が多かった。が、結果は酷評。さっき述べたようにもともと彼にはアンチがめちゃくちゃ多かったというのもあるが批判の嵐だった。『上達した、上手くなった』という意見も見られたがやはり否定的意見が目立つ。ファンの私はやはり辛かった。それからというもの推し事を純粋に楽しめない。自分が良いと思っても『これ本当はあんまりよくないんだな』と穿った見方をしてしまうことが増えた。さら推し相方が褒められると相対的に私の推しが貶されてるように感じた。

推し事が楽しくない、辛い。そう思ってしまう。だから少しの間推しから離れてそれでも好きならまた応援しようと思う。SNSでは推しフォローを外した。パブサも辞めた。今月は推しシングルが発売ということだがそれは予約したもののみ受け取りそれを最後に完全に距離を置こうと思う。

正直めちゃくちゃ好きだけど今はあまりにも辛いので仕方ないだろう。

戻ってきてもまだ推しのことが好きだといいなと願う。

友達って作ろうと努力して作るもんでもないと思うし

維持しようと努力して持つもんでもないと思う

自分は人付き合いには消極的だし、ほとんど友達もいないか

今いる友達関係大事にしようと思ってたけどさ

ダメなのよ、疲れるの

兄弟ですら疲れるのに他人なんて疲れるに決まってんの

なんだかんだで数少ない友人には

こちから連絡しなくなったし、連絡あっても億劫積極的に返すことはなくなった

友人関係を求めて始めた趣味活動はどれもソロプレイで極める方向にいくか、程なく辞めるのどちらかだった

基本的に向いてないんだと思う

真面目に仕事して社会生活をまっとうにこなす良い社会人ならそれで十分よ

今はそう思ってる

2018-11-22

ライセンスカードタッチをお願いします。」

リーダースマホをかざして電子音を鳴らす。

周りでカードを持っている人はいないのに、カードと呼ぶのは不思議だ。

色々なアプリの保存マークフロッピーディスクのままなのと同じ理由だろうが。

"便宜上"などと言い訳して新しい概念を正確に取り入れることを拒んだ先人の堕落だ。

あいっか。今日ビールを飲みながらサッカーを見るんだ。店を出る。

 制度が変わってからだいぶ経つが、ライセンスを持っている人は意外と少ないようだ。

わざわざ役所に出向いて丸一日つまらない動画を見なければならない上に、

くだらない引っかけ選択問題テストを受けて合格しなければならない。

本当にくだらないと思う。くだらないことに時間を割く苦行こそが"ふるい"なんだろう。

あいっか。今日は楽しくサッカーを見るんだ。一本目を開ける。

 そういえば、この間のライセンス更新の時に、交付所の前で酒盛りしてたおじさんたちがとても楽しそうだった。

初対面の相手でも肩を抱き合って歌って飲む光景は、はちみつ酒が好きな陽気な人のようだった。

しかし、そのうちの一人が「酒の一滴は血の三滴」とかなんとかで献血をしていると言っていて驚いた。

さすがに汚い。酒呑みの道理にそぐわないのは承知しているが、さすがに汚いと思ってしまう。

かわいい娘に輸血の必要が生じたときに酒呑みの血が使われるなんて想像しただけでホルムアルデヒドが酷い。

あいっか。娘も妻も疑似三次だし。

 家に着いて、通知に気付く。スマホ確認はしていたが、正確な年間摂取量の通知ハガキだ。

会社ではあまり飲んでいないことになっているから、勧告が出ない範囲に納めなければならない。

大丈夫。超えてないはず。破れない程度に力強くシールをめくる。健康診断勧告

もういっか。ずっとひとりで。毎週末ソロキャン行くか。

 冷蔵庫からストゼロを全部持ってくる。俺は酒を飲むのが好きなんだ。

からといって、暴力をふるったり、突然嘔吐したりなんてしない。

夜に酒を飲みながら散歩するのが好きなんだ。酒を飲んで歌うのが好きなんだ。

酒を飲みながらサッカーを見るのが好きなんだ。

変にイメージが悪くなったせいで、酒が好きだと言っただけで頭のおかしい人だと思われてしまう。

会社の先輩は勧告通知で転属になった。同僚には鼻で笑われ、中には分かりやすく避けている人もいる。酒なだけに。

学校先生警察やお母さんの飲酒に比べれば風当たりが弱いとはいえ

いい歳をしたおっさんが酒呑みと知られれば結婚はできないだろう。

もういいや。勧告までくれば2~3回公道飲酒で捕まっても受診指示までいかないだろう。

 2本目のストゼロを開けて半分ほど一気に飲み、インスタのプッシャーさんに手押ししてもらった

脱法スピリタスを贅沢に流し込む。マイレシピの「ストゼロ・改」だ。

繁華街と違って、この時間住宅街バビロンほぼほぼいないが、念のためボトルホルダーに入れて散歩に出る。

夕方の雨がまだ路面に残っている。肌寒い。澄んだ空気。贅沢なシチュエーションだ。

一口飲む。くはっ。めっちゃきく。最高かよ。寒い。飲む。くはっ。きく。

何の己が桜だよ。酒があるとなんでもきれいに見える気がする。

ちょっとお兄さん話聞いてもいいかな。すこしお兄さん匂うね。何飲んでるの。

ボトルの中かがせてもらっていいかな。お酒の缶だね。車の中で話聞かせてもらえる。

強いお酒入ってるみたいだけどどこで買ったのかな。ライセンス持ってないの。住所と名前は。

記録には強いお酒を買った記録が残ってないみたいですので、詳しく調べさせてもらいますね。署まで一緒に来てもらえますか。

もういいよ。

ソロキャンプの何が面白いんだよ

こっちは毎日ソロセックス楽しんでるっつーの

ソロキャンプの楽しみ

夜中にこっそりテントの中でオナニー

一切、ビデオ、本、テキスト等を使わず、己の想像力と手の動きのみ。

大自然との一体感を感じる。


最後の瞬間はテントの隙間からペニスのみ出して、

野外に思い切り精子飛ばし、大地を妊娠させる。


どこぞの未開部族に、森にこもって、最後に地面に穴を開けて精子を注ぎ込む儀式があったが

それの現代


やってみ、征服感と一体感がたまらない。

2018-11-21

最近テレビオーケストラ演奏見るんだけど

楽器弾いてる人達ちゃんと指揮見てるように見えない

厳密に言うとチラチラ見てる人もいる、特にソロパートがある人は割と見てる気がするけどほぼ楽譜見てない?

気のせいなのかな

2018-11-20

見栄切ってクリスマスホールケーキ予約しちゃった

近所の洋菓子屋がクリスマスケーキの予約を始めた

カットケーキを予約しようと思って行ったのに、チラシがホールケーキしか書いてないから思わず見栄を切ってホールケーキを予約してしまった

ホールケーキなんて一人で食べきれるわけない

財布にも大ダメージ

もうこうなったらクリスマスに飲む酒でも探そう

ローストチキンも買ってとことんソロパーティで盛り上がるぞ

anond:20181120104658

ポケモン交換しないのにポケモンやってもつまらんだろ

大人ユーザーも増えた今ならソロプレイでも楽しめるような作りになってるかもしれんが

初代の頃は「友達いない人がやってもつまらん」ってのが定説だったぞ

2018-11-17

アイドルを好きでいることを辞めました

以下ただの愚痴自分用の吐き出しなので軽く読み飛ばして欲しい。

私には人生で一番好きだったアイドルがいた。学生の頃に何気なくネサフしていたらそのアイドルグループ楽曲が引っかかったのである推しカプのイメソンに使えるのではという安易な考えでその楽曲を聞いたら衝撃を受けた。とにかく歌が上手かったのである。それと曲が好みだった。しかも本人達の顔も良かった。天は二物以上与えてるじゃねーか!!ってキレた覚えがある。

「歌上手いなー」というイメージからFCに加入するくらい好きになるのは坂から転げ落ちるくらい早かったし簡単だった。

しかし、しかしだ。好きになるということは自ずと好きな人に対しての情報が増えていくのだ。そして私は知った。え、こんな人だったの?と。

私が好きになったのは某2人組アイドルである。二人の番組も見てきておらず唐突に好きになったので、ファンになった直後は過去に遡るのが楽しくてしょうがなかった。私が生まれていない頃の楽曲があったり昔の番組で体を張っている二人を見てとても楽しかった。もちろん今現在の二人も好きで出演する番組があれば全力で定時で帰ったり録画したりワクワクしながらテレビの前で待機したりしたし、新曲発売があれば泣いて喜び発売日までドキドキしたりもした。コンサートチケットも中々当たらないけど応募するだけでもめちゃくちゃに楽しかったのである

しかし今は楽しくない。何に関しても胸がズキズキする。不安になる。モヤモヤする。

なんでだろう、という悩みから1年経って今日やっと分かった。私はもうこのアイドルグループを好きではないのである

これには理由があった。まず片方の酷すぎるアンチファンアンリーと呼ぶらしい。まぁ酷い。アンチは総じて言葉が酷いがそれを表に出して、ましてや本人も見るかもしれないネット上でよく誹謗中傷死ね!など言えるなと思った。芸能人人間だぞ、貴方死ねと言われて傷付いたり怖くなったりしないのか?と思うし、もし自分好きな人がそう言われていたらどう思う?……アンチにはこういった言葉すら届かないんだろうな。だからもう何十年ものさばっているのだ。呆れる、アンチするより好きな物褒めとけや。

それからもう一つ、私の好きなグループは二人組だが、片方のタレントに不信感を抱いてしまったのである雑誌グラビア撮影には真顔、まるで笑わない、動かない、何か指示を出されても適当な動きしかしない。インタビューでもソロの話をする。番組でも適当な動きをする。ソロ仕事では一度も適当したことないよね?そんな姿ばかりで私は「えっ?」と思った。いや、イチャコラ営業されるのは求めていないが、周りからエンターテイナーストイックと呼ばれている人が仕事に対する働きがこれなの?と驚いた。トドメは今でも覚えている。ある昔のコンサートで二人組の片方がアンリーに苦言を呈したのだ。グループを愛してくれと、そう伝えてくれたのだ。しかしもう片方は何も言わない、動かない。もうこの対称的な二人を見て私はモヤモヤしかかばなくなった。そして今年、その推しの行動、言動自己中心すぎて耐えきれなくなった。好きなアイドルが愛してくれと伝えてくれたグループが、好きではなくなったのである。それに片方が嫌いになるってそれアンチと何が変わらないんだろうと思ったのもある。二人組だから尚更なのかな…、それでも不信感なんて持たず好きなままでいたかった。

まだ、片方は好きなのだ。愛しているのだ。しかしその好きな推しが大切にしているグループが愛せなくなってしまった。推しが大切にしているファンの域からはみ出てしまった。それがとてつもなく苦しくて、辛い。

一度好きだったものを嫌いになるって凄く苦しい。好きだったから。ずっとずっと好きだったから。でもこれ以上嫌いになりたくないから、私は嫌いになることを選択した。

話は変わるが、ある人に「一つだけのジャンルが好きだといつか苦しくなった時につらくなるよ」と言われたことがある。まさにそうだなと。ただただ苦しかった。醜い感情を持ちながら嫌いにはなりたくなくて足掻いていた。そんな自分とは今日でおさらばだ。これを書いて発散しようと思う。それと、嫌いになったけど、何十年かして、もう解散していたりするかもしれないけれど、グループ楽曲を聞いて好きだったなぁ……と穏やかな気持ちで聞けたらいいな。そう、なりたいな。

私は今日アイドルが好きな自分を捨てることにする。

2018-11-14

[]ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

すごいぞなんと140点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんでサントラ買いたいくらいには良かったです。

ただその一方で実はこの映画感想を書くつもりは当初なくて、というのも自分クイーンリアルタイム応援してたファンではないからなんですよね。もちろん日本人普通に暮らしていればCMやら飲食店の店内楽曲クイーンの曲は耳にしてるし聞けば、あああれね! くらいのことは言えるんだけど。

でもどうせファンの人がたくさんレビューを書くと思ってたんで自分が書く必要はねえでしょうと、思ってました。

フィクションでええやないか

んだけど、実際見てみてその周辺の感想とか聞くと、もやもやした気持ちが募ってきたわけです

やはり133分という限られた尺の中では出来事を省略する必要もあったり、感情動線設計エピソードの順序入れ替えなどは行われているわけです。そういう意味でこれはノンフィクションではなくて、エンドロールにも書かれているようにフィクションです。

本国広報プロデューサーもそうフィクションだと発言しているんだけれど、コアなファンであればあるほど史実との違いが目につき、ニコニコ笑いながら(多分なんの悪気もなく)貶すという光景がなきにしもあらず。実在人物フレディ・マーキュリーの伝記的な映画でもある以上仕方ないのだけれど、正解/不正解という視点がついてきてしまう。

オタクオタクであるゆえ仕方がない心性で「かー。しょうがないな、この部分もうちょっとこういう描きを入れてほしかったな。かー」「よくやってるけど30点!(地獄のミサワの顔で想像してください)」的な、本当は大好きなクイーン映画がすごく良い出来で嬉しいのだけれど一言わずにはおれないような。そういう反応多いのです。

気持ちはすごくわかるのだが、ソロで鑑賞にいったこ映画の後ろに行ったカップル男性が「あいクイーンのことになると早口になるよな」とかで、なんか、すごくいたたまれなかったりもする。キミのその愛情彼女さんには全く通じてないし、むしろ映画の感動いまどんどん減らしてるよみたいな。

からこのレビューでは物語フィクション)としてこの映画おすすめします。

若い人もクイーン知らない人もちょっとしか知らない人も寄っといで。これはとても良い映画だったよ。知識なんていらないよ。単体で物語としてよかった。だから観るといいよ。そういうレビューです。

何もないという窒息

映画はフレディがクイーン前身バンドであるスマイルメンバーに声をかけるあたりからまりますデビュー前のフレディは当然まだ若く、瞳だけがギラギラした挙動不審青少年で、当たり前の話だけど何も持ってないわけです。

何も持ってないというのは、金も実績も名声も持ってないし、家庭ではなんだか居心地が悪いし、将来の確固たる保証もないということで、その何も持っていないという閉塞感が初っ端から強烈に描写されます

それがすごく良かった。

それは、この映画ロック界のスーパースター伝説偉人フレディー・マーキュリーを崇める映画ではなくて、何にも持ってないチンピラのフレディから始める映画だっていう鮮烈な意思表示なわけですよ。

野心を持った若者っていうモチーフ映画でも小説でもよく出てくるモチーフなのだけれど、若者は野心を持つってわけではなくて、それは全く逆で、財産らしきものは他に何も持ってないから野心ぐらい持たないと惨めでやってられないってことですよね。

作中で描かれるフレディがまさにそれで、デビュー後彼はすぐさまオレ様キャラを発揮し始めるのだけれど、最初デビュー前のシーンでは内気で繊細な少年なわけですよ。オレ様ってのは虚勢だとすぐわかる。スカウトの前でも音楽プロデューサーの前でもでかいことを言うけれど、それは「いまは何者でもないチンピラだ」ってことを当の本人たちが痛いほどわかってるからにすぎない。

かに伝説バンドクイーンメンバー全員が稀有な才能を持っていて音楽に愛されていたのかもしれないけれど、でもそれは人間的な弱さを持っていなかったことは意味しないし、何も持ってないし、何も確かなことがない。将来何になれるかわからないし、不安だけど、弱みを見せるわけにも行かない。それって、青少年普遍的鬱屈だとおもう。そういう意味で、スクリーンの中のフレディは、たしかに観客席と地続きだと感じました。

生存戦略としての虚勢

から無駄に見栄を張り無駄喧嘩を売ってオレ様は天才なので何をやっても大成功なんだぞー! と嘘でも吠えなきゃならない。それは文字通りの意味で虚勢なのだけど、フレディはその意地を張り通して段々とスターへの階段を登っていくわけです。

生存戦略としての見栄と意地で、それがある程度以上に通用成功する。

からこそフレディは問題解決する手法として去勢音楽しか持たないわけです。下手に成功しちゃったから。そして、バンド内で揉め事が起きても、スポンサー揉め事が起きてもこのふたつで解決していくしかない。他のノウハウはびっくりするほど何もない。

でもその問題解決手法アーティストとして成功するために最適化されているために、フレディ個人内面の寂しさや煩悶を癒やす役には全く立たない。

溝ができつつある恋人であるメアリーとの間をなんとかつなぎとめようとするフレディのやり方は、小学性みたいに真っ直ぐすぎて、純真ではあるのだけれど多分恋愛検定で言うと偏差値43くらいでとてもつらい(っていうかお前隣り合った家の寝室の窓から明かりのオンオフ相手確認するとか昭和少女漫画クラスやぞ)。

バンドメンバーとの関係傲慢ワンマンが過ぎてギクシャクしていくが、こち解決傲慢&虚勢に仲間に対する甘えをトリプルでどん!! しているわけでお前よくこんなんで空中分解しないな?(とおもってたら分解した)という感じで、これまた辛い。こっちは偏差値41くらい。素直でない分2低い。つらい。

全体的にコミュ力中学生レベルでしょう(つらい)。

自分性自認ヘテロなのかゲイなのかで悩むフレディは、その鬱屈がたたって恋人メアリーとは距離を置くことになってしまうし、それをきっかけとして私生活が荒廃していくわけです。周辺に金をばらまき、ドラッグ乱交パーティーに溺れていくけれど、それで内面の寂しさは癒せない。

そもそも音楽&虚勢という生存戦略アーティストとしてのし上がることに特化しているので、私生活を豊かにするには役に立たないわけです。それどころかスターダムにのし上がればのし上がるほど、マスコミの下世話な視線に晒され、心無い詮索で私生活崩壊していく。仕事音楽)に逃げ込もうとするその弱い心が、事態を決定的に悪化させてしまう。

バンド危機だし、フレディは仲間からも「キミって時々本当にクズ野郎になるよね」といわれてしまう。スクリーンを見ながら「せやな」と言わざるをえないわけですよ。

フレディは、フレディの才能に殺されつつあるわけです。

でも、やっぱり、救いはある

この映画ふたり大好きな登場人物が居て、そのひとりはバンド精神的なリーダー?であったブライアン・メイ(演グウィリムリー)。この人の演技が、めちゃくちゃ良かった。特にセリフにならない表情の動きみたいなもので、映画の深みを何層も掘り下げてくれました。

喧嘩をした直後に浮かべる「仕方ないなあ」というような許容の表情や、ラストライブシーン中の「言葉にしなくてもわかってるよ」とでもいいたげなさりげない承認の表情など、どんだけバンドが砕け散りそうでも、メンバー音楽に対する愛を、演技だけで表現してのけた。ぶっちゃけすごい。

朴訥な、言葉は悪いけれど垢抜けない田舎者風のキャラ構築だけど、静かな思いやりと知性が感じられるっていう難しい役だったのにね。

もうひとりはジムマイアミハーバー。このひとは、当初クイーンというバンドプロデューサーから紹介された弁護士として登場します。契約面でクイーンを支えるためのスタッフのひとりでした。

出会ったその最初のシーンで(ヤング傲慢な)フレディからジムという名前はつまらないんでマイアミに変えろ」くらいのことは言われて笑いのもととなり、つまりコメディキャラ位置づけです。

でも物語中盤、フレディは誤解と癇癪からマネージャーであるジョン・リードを一方的にクビにしてしまうわけです。そしてフレディは、後任のマネージャーを「次のマネージャーはきみだ」のひとことで、その場に居たジムマイアミハーバー押し付けちゃうわけっすよ。

そんなの嫌でしょ。自分なら引き受けたくないです。だってクイーンの連中は音楽やってるとき以外は飲んだくれてるか喧嘩してるか女といちゃついてるかで、偉そうだし、わがままだし、人の話聞かないし、どう控えめに評価しても糞ガキ(主にフレディ)だもの

でも、ジムマイアミハーバースタジオ演奏しているクイーンを見て、引き受けてしまう。「わかった、やるよ!」といってしまう。それがすごく胸に詰まるシーンでした。

だってさ、たしかクイーンは(主にフレディ)は人の迷惑を考えないクソ野郎だけど、音楽の才能は本物で、それ以上に音楽と観客に対して真摯なのは見ててわかるんだよね。そこだけは本気で一切手抜きしないで、いいものを作ろうとしてるのがわかるのだ。

ジムマイアミハーバー弁護士としてのキャリアもあるし、こんなワガママ集団のお守りなんかしなくても十分生活できるはずでしょ。一方、クイーンマネージャーを引き受けるっていうのは彼らのツアーもついていくだろうし、各方面からの問い合わせやスケジュール管理もしなきゃいけないわけでしょう。それは控えめに言って、人生を捧げるってのとほぼイコールですよ。このわがまま集団を守って、彼らの盾になり続けるという意味だ。

立派な大の男の人生進路変更させてしまう、クイーン音楽のちからってのは、別段彼らの業績を知らないスクリーンこちらの素人にも、やっぱり分かるんですよ。そこで迂闊にもホロリと泣けてしまった。

(あとで調べて、彼ジムマイアミハーバー本人は最後までマネージャーを続けて、この映画制作にも関わったことを知って二度泣けました)

チャンピオンは誰だったのか?

フレディは前述の通り、性自認問題やら持ち前の癇癪から疑心暗鬼になって、「家族」とまで思っていたバンドメンバーを遠ざけて孤独になり、その孤独がつらくてより酒におぼれて生活がぼろぼろになっていく。

でもそういう最悪の時期を、元恋人メアリーの助言で断ち切ってバンドメンバーのもとに戻るわけです。

そこから映画クライマックスへ、復帰のための厳しいレッスンから1985年のライブエイドに向かっていく。自分HIV罹患していて余命がいくばくもないこと。でもそれでも「同情はゴメンだ。俺の望みは残りの人生音楽に捧げることなんだ」とフレディは仲間に言うわけです。

それに対する仲間のアンサーが「お前は伝説だ」と。

でもフレディは「俺たち全員だ」と応えてライブへとつながってゆきます。幾つもの和解があって、ライブ当日、フレディは素晴らしいパフォーマンスを見せる――というのがクライマックスの展開なわけです。そこで立て続けに流れる名曲の数々ですが、やはりひときクローズアップされているのが"We Are The Champions"という楽曲です。

おそらく誰もが耳にしたことがあるこの曲が名曲だってのはもちろんあるんですが、やはり、この物語の中では、すごく重いです。そして良かったです。

この曲は確か公開当時「傲慢歌詞だ」という批判を受けたはずなんだけど、実際映画館で、物語の中で聞くと、ちっともそういう曲には聞こえないんですよ。歌詞のものは「俺たちはチャンピオン勝利者)だ。今まで色々やってきた結果勝利者になった。敗北者に用はない。俺たちはこれからも挑むんだ」というもので、なるほどそう要約してみれば、傲慢にも聞こえます。とくに大セールスを記録した世界アーティストのそれともなれば、そういうやっかみを受けるかもしれない。

でも、そういうふうには聞こえなかった。

しろ、今まで自分たちがやってきた努力や行動のすべてを自分たちは自分たち自身に胸を張っているけれど、それを周囲には理解してもらえてない、“未だ自分たちは最終的な何かを何も受け取っていない”若者である自分が、自分自身に対して「俺たちは勝利者だ」と励ましているような、自分友達鼓舞するような、そんな曲に聞こえるのです。

しかに名声も金も手に入れたけれど、でもだからといってそれがゴールだなんて思わない。今現在環境は決着ではない、だから敗北者に用はない。もっともっとおれたちは目指す何かに向かって、求めていた何かに向かって手をのばすんだ。そんな歌詞に聞こえてしかたがないわけです。

人間人生の何処かのシーンで、自分を励まさずにいられない心境になるってどうしようもなくあると思うんですよ。

苦境にあっても、自分は間違っていない。今まで歩いてきた道は愚かだったわけではない。それを証明するために現在という試練を超えて、未来で何かを手にしたい。

そんな気持ち世界アーティストであろうともそこらに兄ちゃんおっさんであっても、抱くことはある。むしろそこらのおっさんやおばさんだからこそ、自分応援する必要がある。多くの観衆のそういう内面祈りのような感情を、本人に変わって歌い上げるからこそ大スターになれるんじゃないかと思うわけです。

から"We Are The Champions"という曲におけるWeは、フレディでありクイーンメンバーであり、ライブエイドの観客であり、そしてこの映画を見ている人間でもあるわけです。

それがとても良かった。この映画自分に関する物語として見れることが、とても良かった。

これらのことは別段クイーン情報を知らずとも、楽曲に対する知識がなくてもこの映画を見るだけで十分についていけます

この映画は、伝説バンドクイーンというのが居てその偉業にひれ伏すためのものではなく、かと言って歴史的事実に対して○×クイズをするための出題でもなく、音楽に深い愛を捧げた内気な少年プライドと虚勢を頼りに世界と戦った――そして最後には家族の元へと戻り偉大な勝利を得た。

そういうビルドゥングスロマン映画であって、あるいは中途半端知識のあるファンよりも、何も知らない世代や人々にこそ深く刺さるものだったと思います

デレ6th会場限定CDのあれ

夏恋 -NATSU KOI-のソロ松永涼だけ異次元の歌で草

三人verだとめちゃくちゃ音絞られてんのかな

2018-11-13

anond:20181113231812

セーラールックビキニを外してマストに飾ったりしてるしもうめちゃくちゃ

まあソロ徒党組んでるかの差はある気がする

2018-11-12

anond:20181112095208

算数で習っていることのうち半分ぐらいは数字っていう言語の扱い

もう半分がソロバン的な計算能力

[]11月11日

○朝食:朝マクド

○昼食:なし(散歩中にいいお店があったら入ろうと思ってたのだけど、お店があるような道を歩かなかったから……)

○夕食:親子丼自分作ってみたとはいえ鶏肉と卵をめんつゆで煮ただけなんだけどね)、サラダ(これは買ってきた)

○間食:柿の種

調子

はややー。

このコーナーは挨拶と、今日やれたことと、明日やりたいことリストにないことを書きたいので存続です。

今日は新コーナーを作った影響もあって割とゲームもできたし、散歩もできたしで、いい休日だった。

かなり久々に休日満喫できた気がして、とても嬉しい。

3DSDS互換

ポケダン

エンテイライコウスイクンホウオウダンジョンクリアして、さらホウオウを仲間にして、ミュウツーダンジョン解放

これで、僕が仲間にしたいポケモンダンジョンは全て解放した。

ニャース二匹、ヨーギラス三匹、キバニア二匹で進化元は全て揃うので、これが終わったら次は進化のための経験値稼ぎだ。

これまた面倒そうだ。

iOS

グラブル

天司武器を全てSSR化できた。

割と目に見えて強くなれて嬉しい。

次の目標はどうしようかなあ、やっぱクラスIVなんだろうけど、モチベがとても低い。

とりあえずデイリーの周回をしてよ。

今日やれたこ

・1.掃除

 床拭くのは力でなかったので、ゴミをまとめただけ。とはいえ、だいぶスッキリできて嬉しい。

・2.散歩(三時間ぐらい)

 予定より一時間長く四時間ぐらい散歩した。

・3.グラブル(島H、マグナガブリエル自発、討滅戦マニアック二週、共闘デイリーイベントデイリー

 全部こなせた。

・4.ポケダン青(主人公イーブイレベル上げ(目標は50)、ニャースを仲間にするためほのおの だいちイナズマだいち、きたかぜの だいちはるかなる れいほうを攻略する)

 全部こなせた。

・総括

 このコーナー初日なので意識して全部こなした。

 やったぜ。

明日やりたいこと

・1.仕事ちゃんと行く

当たり前だし、今年はほとんど突発的に休んでないけど一応ね。

・2.ゴミ出し

・3.ラジオ聴く

 ラジオは常に聴いてるんだけど、この日だけは真面目に正座して聴くのがあるから

・4.グラブル:島H、マグナ(火、闇、光)、天司のソロ、討滅戦マニアック二週、共闘デイリーイベントデイリーをこなす

 平日は三凸が揃ってない属性マグナだけ周回しようと思う。

 とはいえスキル餌も欲しいから周回できるようなら、他の属性もしときたい。

・5.ポケダン青:ニャースを2匹仲間にする

2018-11-11

学生時代勉強友達に教われなかった奴は駄目

もうすぐ就活シーズンが始まるので学生諸君には知っておいてほしい。

学生時代に友達から勉強を教わった経験があることはとても重要だってことを。

友達だけじゃなくて先輩や後輩でもいいし、先輩にも後輩にも同級生にも先生にも親戚の叔父ちゃんにも勉強を教わりましたってなるとなお良い。

更にはその学会の有名な先生質問に行った経験勉強会で知り合った人と今でも定期的に質問をしあっていたりすれば大変素晴らしい。

世の中にはたまーに「全ての問題自分の力とテキストだけで攻略するのが100点満点で、他人の力を借りるたびに評価が下がる」と思っている人がいる。

これは間違いだ。

しろ自分の力だけでは解決できない問題他人の力を借りて解決したという経験を積まなければ100点満点は上げられないとすら言っていい。

なぜなら、自分の力だけで問題解決しようとすると今の自分の力で解決できる範囲問題しかトライしないからだ。

いざとなったら他人の力を借りるという前提で自分に出来るかどうか分からない問題に挑み、その問題解決する途中で他人の力を借りるために今自分がどこで詰まっているのかを言語化したという経験学生時代に積んでもらう必要がある。

社会に出れば全ての業務完璧マニュアルが用意されてはいないし、本当にケースバイケースとしか表現しようがないような状況対処のやり方だってとっていくことになる。

そういう時に、自分が今何が分からなくて他人に何を補ってもらえればそれが解決できるのかを他人に伝わる形で表現できないようでは困るのだ。

からないことを他人に聞いた経験があるのは非常に重要なんだ。

そこを分かってくれないソロプレイ至上主義みたいな修行僧じみた子がたまにやってくるのだけど、悪いけどそういう子はウチでは雇えないのでお帰りいただくことになる。

単にウチの職場と合わないだけで、他の職場では全てを1人で解決することが求められる所もあるんだろう。

きっとあるはずだ。

ボーカルソロ活動曲って好きなバンドでも全然食指が動かないよね?

でも聴いてみると結構良い曲あるんだよねえ。

でもバンドライブじゃやらんのだよねえ。

何もかもが空虚なんだよねえ。

2018-11-09

アイドルライブに行ってマサイに怒りを覚えた話

私は女性アイドルが好きだ。

彼女たちが歌やダンス真剣に取り組み、パフォーマンスをする姿が好きだ。

からPVを見たり曲を聞いたりするのは勿論、彼女たちの披露する生歌が聞けて、トークが聞けて、パフォーマンスを直で見られるライブに行くのが好きで、度々足を運んでいる。

ある時、某女性アイドルグループ(以下、Rとする)のライブに行った。

Rは最近気になり出したグループで、ライブに行くのはこれが初めてだった。

どんな雰囲気なのかドキドキしたけれど、演者パフォーマンスは予想以上に素晴らしかったし、推しグループの他の子もすごく可愛かった。

セトリセットリストライブでやる曲目)も良かった。楽しかった。

ただ一点だけ不満があった。

それが、マサイの存在だ。

マサイとは、アイドルライブイベントで見境なくピョンピョンジャンプする人のこと。

跳躍力が優れていることで有名なマサイ族になぞらえて、そう呼ばれている。

当然、アイドル達が壇上に居る時に飛ばれたら、後ろの人は視界が遮られてしまい、せっかくのアイドルが見えなくなる。

故に、運営や会場によっては迷惑行為として禁止されたり、「マサイをしたい人は、迷惑にならないよう後方へ行くように」とアナウンスされている場合もある。

このマサイが、Rのライブには存在していた。

それまで行ったことのある他のアイドルライブでは(今思うと幸運なことに)一度もマサイを見たことがなかった。

Rの姉妹グループや同じ事務所所属するアイドルライブには複数回行ったが、いずれも目立ったマサイ行為はなかった。

場合によってはアイドル自身がマサイ行為禁止を呼びかけており、ファンもそれに従っていた。平和だった。

から、いちアイドルオタクとしてマサイという言葉は知りつつも、実際にどういう行為なのかは知らなかった。

だが、実際に目にして、どれだけそれが不快行為なのか思い知った。

整理番号が前だったり、マサイより前の位置に立っていれば問題はなかったかもしれない。

しかし、不幸なことにその時の私の整理番号は、会場キャパから考えても後ろの方だった。

そして、更に不幸なことに、その会場では最前列近くに複数人のマサイが居た。

ただでさえ後方で、人の頭の合間を縫って、ようやくアイドル達の上半身が見えたり見えなかったりするレベル

それ自体は混雑しているから仕方ない。自分は背が高くないし、よくあることだと我慢できた。

けれど、そんな狭い視界の中で、ようやくソロパートを歌う推しが視界に見えたと思ったら、見知らぬ野郎の頭が下から飛び出して、推しの顔が見えなくなる。

これが複数回繰り返された。

その結果、私は否応無く怒りを覚えた。

腹わたが煮えくり返り、キンブレ(キングブレードという市販サイリウム。15色発色可能推しメンバーカラーを点灯させるのに便利)を持つ手が震えた。

出来るならば、能天気ジャンプしているその頭をキンブレで殴り倒してカチ割ってやりたい。そんな暴力的衝動すら浮かんだ。

だけど、私とマサイ野郎たちの距離は数メートル離れているし、人がごった返していてそこまで移動することも困難だ。

何より、もし自分のすぐ近くにマサイが居ても、注意して揉めたりするのが怖いチキンなので、実際には何か言うことすらできなかったと思う。

まり現実はただ黙ってマサイの暴虐に耐えるしかなかった。

会場やRのメンバーからマサイが明確に禁止されていないのも、辛さに拍車をかけた。

こんなに迷惑に感じているのに、自分が出来ることは何もない。

無力さを感じながら舞台を見つめた。

誤解されそうだが、ジャンプする行為を一切やめろと言いたいわけではない。

曲によっては、演者が観客に「みんな一緒にジャンプしてね!」と呼びかけるものがあるからだ。

他にも、振り付けアイドルが一斉にジャンプする時、観客もタイミングを合わせて一緒に飛ぶことが恒例になっているナンバーもある。

そういった、いわゆるお決まりジャンプパートでは、私も飛ぶし周りの人も飛んでいるが、それを不快に思ったことはない。

しろ、みんなで一斉にジャンプすることで、一体感が感じられて楽しいし、会場の雰囲気も盛り上がる。

だが、マサイは上記の「みんなで楽しむためのジャンプ」とは違い、「自分けが楽しむためのジャンプ」だと思う。

自分が楽しければ、平気で後ろの人の視界を遮る。周囲の観客に迷惑をかけても御構いなし。

自分さえ楽しければいい。その自己中心的な考えが嫌なのだ

ただ、後で知ったのだが、マサイを迷惑行為だと思わずに行う人もいるようだ。

ライブが終わって憤懣やる方なかった私は、インターネット上のファンコミュニティを見ていた。そこにはライブ感想が書き込まれることがよくあったので、自分以外の観客の意見が知りたかった。

すると、自分と同じ公演に行ったと名乗っている書き込みの中に、

ライブを盛り上げる為にマサイをした」

というものがあったのだ。

信じられない言い分に目を疑った後、沸々と怒りが湧いてきた。

ライブを盛り上げるために?マサイをした?はぁ〜???

あのな、お前は目の前の奴にピョンピョン飛ばれたら嬉しいか

アイドルを見に来たのに、よく分からないマサイ野郎に視界をチラチラチラチラ何度も何度も遮られて嬉しいか

気持ちが盛り上げるか?「フゥ〜〜!」ってなるか?

なるワケねーだろ馬鹿野郎

ただただ迷惑に感じてイライラするだけだよ。

美味しい食事を食べたいのに小蝿がまとわりついてウザいのと同じ。邪魔迷惑なだけ。

それなのに、まるで会場にいる観客のため、アイドルのためを思ってマサイをしたかのような恩着せがましい言い方をしないでいただきたい。

お前がマサイをしたのは、「自分の」雰囲気を盛り上げるためだろ?

自分が」テンション上げて楽しむためだろ?

日本語は正しく使えこのマサイ野郎

だいたいな、マサイなんぞ居なくたってライブは盛り上がるんだよ。

今まで行ってた他のアイドルライブは、マサイが居なくたって充分に盛り上がってたし楽しかった。

Rだってパフォーマンス自体は魅力的なんだし、観客だってRを見たくて来てるわけだから、仮にマサイが居なくなったところで会場の盛り上がりにそこまで影響するとは思えない。

そもそも最前列のマサイがあまりにウザくて忘れかけてたけど、全体としてマサイなんてせずに見ている観客の方が多かったんだよ。

正確な人数比は分からないけど、300人くらい入ったライブハウスで、マサイやってたのは10人足らず程度だったと思う。

人数としては大したことないんだ。ただその10人足らずが見境なくピョンピョン飛んで視界に入ってくるからウザいだけで。

からマサイをやる人が居なくなったところで、ライブが盛り下がるわけではない。

しろ、マサイが居なくなった方が、余計なことに気をとられずライブに集中できて盛り上がれると断言できる。少なくとも自分はそう。

それだけマサイの存在は鬱陶しいのだ。

自分たちが盛り上げてるなんて思い上がるんじゃねえぞ、このマサイ野郎

というわけで、結果的に、Rのパフォーマンス自体はすごく良かったものの、ライブのことを思い出すと、あの時マサイに視界を塞がれたイライラ不快さまでもが一緒に蘇ってしまい、単純に「楽しかった!」と言い切れない複雑な気持ちになる。

好きなアイドルライブに行ったのに、アイドル以外のことに気をとられて不完全燃焼になってしまったのは、正直言って本末転倒だと思うし、こんなに気にする自分は心が狭いのかもしれないとも思う。

それでもウザいのだ。嫌なのだ

マサイをやる奴は、ライブ前後左右を自分より身長の高いマサイに囲まれて、いくら飛び上がっても周りのマサイが壁になってステージが見えない無間マサイ地獄に落ちればいいのにと考えてしまう。

ただ、マサイが明確に禁止とされていない以上、今後もRのライブからマサイがなくなることは恐らくないだろう。

から、私がマサイを止められるわけではない。

個人的にはマナー違反だと思うが、明確なルール違反ではない以上、マサイをやっている人に「やめろ」と言える筋合いもない(言いたいけど)。

ただ、こうやってマサイによって被ったストレスを吐き出すくらいはさせて欲しい。

というか、散々マサイに対する恨みをぶちまけておいて今更だが、そもそもマサイという名前自体がマサイ族に対する風評被害だし失礼である

どうせなら珍走団みたいな、もっと格好悪い名前にしてほしい。ピョンピョン族とか。

2018-11-06

ハルヒの歌きいてる

やっぱりけいおんよりこっちが先だよなあ

ストマイミュージック好きだわー

ギターソロはクソだけど歌自体は好き

つかギターソロまじでなんなんだよあれ

ハルヒがひいてるって考えるしかねーよな

長門だったらめちゃくちゃ機械的に超絶テクニックで弾くはずだし

でもギター1本だよなあ・・って考えると長門がひいてんのかな・・・うーん

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