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はてなキーワード: 中退とは

2018-02-24

安倍首相に感じる不信感

今年現役で受験を終えた。

そんなに裕福ではないので予備校はいかなかったが、バイトもしながら志望校には受かった。

はてなに書いたらバカにされそうだが、安倍首相出身である成蹊よりは上位に位置する大学だ。いわゆるマーチ上位学部

安倍首相学歴

成蹊小学校成蹊中学校成蹊高等学校を経て、成蹊大学法学部政治学科卒業

1964年から2年間は平沢勝栄東大卒)が家庭教師

南カリフォルニア大学中退

単にエスカレーター方式から受験という選択肢がなかっただけなのかもしれないことと、当時のほうが受験は難しかったであろうことを差し引いても、あんな恵まれ環境下で成蹊って……って思ってしまうんだけど

これは俺が若くてバカから感じるだけの不信感?

どうぶつタワーバトルの作者のブログ読んだ

http://blog.planet12.jp/post/dotaba/

インタビューは全部断った(アプリ作業で忙しいから)

大学中退後ぶらぶらして大学入学

ニコニコ思い入れありドワンゴだけ受けて内定

・でも一人でアプリ作り続けたいのでやめる

・まともにマッチングできる状態へと軌道にのせるのに苦労した

任天堂どうぶつの森リリースのおかげでストア内の検索ヒットふえた

・なんか他にもいろいろ大変だったらしい

2018-02-22

anond:20180222161200

はいはーいここには定期的に迷える大学院生が来るのでお姉さんがいつものようにアドバイスしてあげるね

いい?

ウジウジしてないで黙ってサッサと中退しなさい

そんな生半可な気持ち無駄院生生活続けても何も得られないよ

中退したほうがいいのかなってちょっとでも思ったらそれはもう辞めどき

そのままつまらない大学院で真っ暗な人生送っていいならズルズル続ければいいわ

自分から動いて変われない奴に未来はないからね

ポジティブになりたい

自分は人から評価がいい子だし真面目なのにネガティブ自身を持てばいいしか言われたことがない。

はいい子で真面目だし頑張り屋さんだねなんて褒められてばかりいた。

褒められないこと、失敗しそうなことはやらなくなったか挫折経験とかないしでも成功経験もまあない。

そんで今、大学院中退したいと思うこともあるし就活辞めてフリーターやりてえとか思ったりする。頑張れない、というか始める前に動けなくなってる。

でも周りはそれを許してくれないし自分も今しかないなと思えている部分が少しは残ってる。だから今年はポジティブになれるかわかんないけどとりあえず逃げるのやめようと思った。恵まれてんなって思う。

匿名から、こんなとこに書いた文章なんてって思われても宣言したらやらなきゃいけなくなるから

修士はちゃんと卒業する

就活は悔いのないように取り組む

大雑把だけど、逃げ癖治すよ。

2018-02-20

東大中退

ぶっちゃけ高卒だし、入学するだけなら毎年3000人もいるか卒業してないならすごくもなんともないんだけど

よきにつけあしきにつけ、退学してから何年経ってもこの肩書はついてまわる

得することもあれば損することもあるけど、いずれにせよただの高卒として扱ってもらえることはあまりない

2018-02-19

俺が無職のせいで父親通信制大学入学を諦めた

オープンキャンパスに行ったり資料を取り寄せて楽しそうに見てた姿を思い返すと涙がとまらない。

ちなみに俺は大学中退

もうだめだ。

2018-02-15

anond:20180215222548

はいはーいここには定期的に迷える大学院生が来るのでお姉さんがいつものようにアドバイスしてあげるね

いい?

ウジウジしてないで黙ってサッサと中退しなさい

そんな生半可な気持ち無駄院生生活続けても何も得られないよ

中退したほうがいいのかなってちょっとでも思ったらそれはもう辞めどき

そのままつまらない大学院で真っ暗な人生送っていいならズルズル続ければいいわ

自分から動いて変われない奴に未来はないからね

中退したい

大学院中退したい。

そんなことを考えているこのごろ。元々研究に向いてないのは分かってたんだけど周りの人が院に行くからって理由自分も進めばどうにかなるんじゃないかって思って進んでしまった。浅はかだった。

もうすぐ自分M2になる。研究テーマは確固たるものはないがとりあえず学校に出さなきゃいけないし出したら1年テーマ変えられない。

逃げ癖なのもわかってる。精神的に辛い。これがあと一年続くのか。勉強別に好きなわけじゃなかった、でも周りは期待してくれたから、なんとか最低限でもどうにか喜ばれるように努力してここまで過ごしてきた。

そしたら自分はいことなんて何も無くて勉強も出来なくてとりあえずそこそこの大学院所属はしているというそステータスしか今はない。就活だってやばい

甘えなのもわかってる。ホントのことを言えば卒業したいのだ、でも何故か今頑張れない、頑張り方がわからない。

教授は優しくしてくれる。ヒントとまでは行かないまでも指針は示してくれた。でもそれを僕はやれるのだろうか。やる前から怖い。

2018-02-13

「レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ」の石田くんの現在 Part2

2016年9月自身ブログhttp://yuki-season.hatenablog.com )を停止しHPhttp://www.ishidanohanashi.com 閉鎖)で中退

起業宣言した石田くんの現在について昨年12月、以下増田で述べた。

https://anond.hatelabo.jp/20171221132458

その後個人HPを削除するも2016年11月18日石田祐希くんは株式会社クリア設立していた…のだが、

http://c-lear.co.jp

現在こちらも閉鎖されている。

Whois確認すると、[組織種別] 一時凍結ドメイン名 [最終更新] 2018/02/01 02:19:06 (JST) となっている。

以前クリア管理していたHP確認してみると、2017年7月に完全停止していた記事が追加されている。素晴らしい。

ttp://card-master.jp/主婦おすすめクレジットカード解説!/

でもカード説明の「年会費」「限度額」「保険」欄が全部カラだ。詳細情報を伏せておすすめされてもよくわからないぞ石田くん。

http://card-master.jp/law/

そして運営者のプロフィール特定商取引法ページの代表責任者名、連絡先は未だテンプレのままである

今後も彼を応援していきたい。

2018-02-09

映画なのに途中退席しない人が多すぎるのが謎

あーこれは糞だなっていう低レベル映画は15分も観ればわかる。

時間無駄からおれは席を立つのだけれど、ある日、当たっちまった糞映画で、どれくらいの人が去っていくのか見てみたくて興味本位で後ろで三十分ほど立っていたら、ふたりしか席を立たなくて驚いた。

君たち!こんな糞映画をまだ観つづけるのか!二時間だぞ!

いっしょに観に来た友人・家族配慮している?いやいやいや、ご友人・ご家族もおそらく糞だと思ってますって。いっしょに映画館を出てショッピングでも楽しんだほうが断然有意義ですよ。

なぜ彼ら彼女らは糞映画最後まで見れるんだ?糞映画を愛でる文化日本に根づいているのか?

2018-02-08

大学院に行って中退した奴

友人(女)が、大学院に行った。

理由としては

・(面接が上手く行かず)就職先が見つからなくてストレスヤバイ

・何処にも行きたくない

・周囲の女全員(6人しか居ない)が就職決まったのに自分が決まってない…  かららしい。

面接に行った話も、面接練習をしたという話も、勉強人一倍 頑張ってた訳じゃないし

嘘をつくのもヘタクソだったから仕方ないけど。

この意見を聞いて「何甘えた考えしてんだ?この一軒家の実家暮らしが!絶対無理だろ!」と内心思ったもの

とりあえず「もう少し就職先探してみても良いんじゃ無いかな…? …そっか」と返した。

私の就職先を受けることを勧めてみたが「自信ない」と受ける前から何もしなかった。

(皆初心者だし、技術0から始めるのに何諦めてんだコイツって思った)

その後、彼女は結局大学院中退した。

あと”半年頑張れば”というところで、やめてしまった。

「辛かった」その一言だった。それを聞いて私は「やっぱり辞めたか」としか思えなかった。

そんな彼女は、大学院中退したあと実家近くの料理屋さんでアルバイトをしている。

実家からアルバイト先に通っている。

大学院を出たのにアルバイト悲惨だ。

親が公務員らしく、費用は全て出してくれるらしいか

悠々自適に暮らせるのは羨ましいけど、悲惨だ。

anond:20161002141959

ブサイク兄妹の最悪な話

ブサイクな父がブサイクな母と結婚し、当然ブサイク子供が生まれた。兄だ。それで気が済めば良かったのに、なぜかもうひとり子供を作った。私だ。

両親は顔はアレだけど人柄がよく明るいので、親戚や同僚、友人たちとの関係は良好。ただ残念ながら、子供たちにはコミュ力は受け継がれなかった。

兄は大学中退している。理由は詳しく知らないが、人間関係…たぶん恋愛絡みで失敗して行きづらくなったのだと思う。それから基本的に家にいる。たまに派遣で働いている。

から兄妹仲は良い方ではなかったけど、兄の大学中退から、はっきりと兄妹仲は「悪い」に傾いた。四年制の女子大に通う私に「金食い虫」「女の大学寄生虫専業主婦のこと)予備校だろw」なんて絡むようになり、親に諌められても聞く耳を持たなかった。私の就活の時には細かい嫌がらせが始まり、父が激怒してもやめなかったので、私は一時近所の祖母の家に住まわせてもらった。

就職してからはひとり暮らしを始めたので、日常的に兄から受けるストレスがなくなり快適だった。ただ、帰省のたびに会う兄は、ここぞとばかりに攻撃してきた。兄いわく、私が何の苦労もなく生きていられるのは(自分では、しんどいことも多かったと思っているけど…)私が女だから。女だから就職できて、女であるだけで社会に許されているのだと。そして最後はこう締める。「でもお前みたいなブサイクじゃ結婚は無理w」。兄は女は全員、結婚目的にして生きていると本気で信じているので、これを言えば勝利の決め台詞だ。「お前みたいのがババアになったらマジで悲惨だよなw」「生きる価値なしw」。

自分が女なら、という話も何度も聞かされた。パパ活wして男に貢がせて、キャバクラで楽して稼いで適当な男を見つけて結婚、楽なパートでもして生きるんだそうだ。「女なら」と妄想をする時、兄は少なくとも普通以上の容姿の女になっている。そしてキャバクラで稼げるコミュ力を持つ設定だ。兄が女になったら、現実的に考えて私レベルだ。結婚できない、生きる価値なしのブサイク女だったら、という想像を多分あの人はしたことがない。

兄は実家にお客が来るとき、部屋に引きこもって姿を見せないか、ここぞとばかりにバイトを入れる。でも、私の帰省の時期にはリビングを陣取る。帰省の時期を親に確認し、帰らないとわかるとふてくされるらしい。

兄の大学中退以降、私は何を言われても、兄に反論しなかった。最初は気を使って。今は相手をするのも馬鹿らしくて。と、親なんかにはそういうことにしていたけど、実は違う。見下している妹の帰省を心待ちにしている兄があまりに哀れで可哀想からだ。可哀想は限りなく「可哀想www」に近く、兄が私を見下す以上に私も兄を見下している。

兄のツイッターアカウント監視している。女性芸能人に噛み付くのが趣味だ。マジで気持ち悪いし、お前は世界の誰から必要とされてないってことを言ってやりたくて仕方がないが、それを伝えるには兄は何も持ってなさすぎる。兄はくだらない人間だけど、失うもののない男の発狂は怖い。だって私は結婚するのだ。

婚約者と両親は外で会わせた。兄のことは説明してあって、これからも会わせるつもりはない。親も(母親はしぶしぶ)同意してくれた。次の帰省の時、兄には結婚の報告だけするつもりだ。嘘だと笑い、会ったこともない婚約者バカにし、女はこうやって〜が始まるのが目に見えているけど、そこは本当にどうでもいい。

ブサイクでも結婚できる。両親だってそうだし(婚約者ブサイクではない)。でも兄は無理だ。男をスペックで見ない女でも、中身にも良いところがほぼ0だから、裸足で逃げるだろうと思う。

あ〜〜〜〜ずっと誰にも言えなかったけど兄のことマジで嫌いだな!消えてくれるのが1番いい。私もクソだが兄もクソ。これからネットで女たたき頑張れよな。ライフワークだもんな。バーーーカ

2018-02-06

どうやったら自分は生きていいんだと思えるんだろう

10年前大学中退して引きこもって統合失調症になった

幻覚幻聴はないけど被害的に物事を考えてしま

一度病気になってしまったら完全に治ることはないらしい

兄弟も身内に障害者しか統失いるか結婚もできない

友達付き合いもない

だって精神障害者とわざわざ遊びたい人間なんていない

生きてるだけで税金食らってるのに

病気じゃない人に配慮という名の負担をかけてしまっている

togetterとかで精神障害者発達障害者の人が障害説明してるまとめがあるけれど

やはり迷惑だ、負担だ、しんどいという声が大きい

何で病気になってしまったんだろう

でも死ぬのは怖いと言う気持ちが一端にあるのが自分でも馬鹿らしい

2018-02-05

宗教自分の夢が分からなくなった話

身バレしないよう多少のフェイクを入れています

数年前、25年所属していた某宗教団体から脱退しました。

その団体には私が生まれる前から両親は勿論親戚一同のほとんどが所属していたので、私は生まれた時点でその団体所属することが確定していました。

幼少期から学校とは別に沢山のことを教えられました。

宇宙の持つ莫大な気(チャクラ)、輪廻転生、死後の世界、他の宗教ダメ理由自分の生まれ理由、何故人は不幸になるのか、何故団員を増やさなければならないのか、どうしたら人は幸せになるのか。

端的に言うと、「団体に入って、勉強して、実践していけば幸せになれる」ということを物心ついた頃からずっと教わってきました。

子どもの頃の私は「こうして勉強して、この話を世の中に広めて団員が増えれば、沢山の人が幸せになって、この世から不幸がなくなる」と信じて疑いませんでした。

問題は、私はまだ子どもで非常に人見知りで喋るのが苦手な為、どうしても赤の他人にそのような話を広めて勧誘することが難しいということでした。

小学校1年生の時、学校が同じでよく遊ぶ友達に頑張って話をしましたが、その子から親御さんに話が行き、私の母親電話がかかって来たようでした。「もう二度とそんな話をさせないで」とのことでした。

でも母親は「××ちゃんにはもう話をしないでね。でも【私】ちゃんは良いことをしているんだから大丈夫。こんなこともある」と、慰めてくれました。

私はその後も他の友達に頑張って話をしていきました。友達には理解してもらえませんでしたが、親に報告する度に褒められて嬉しかったのを覚えています

子どもの頃から歌うこととピアノを弾くことが大好きで、よく母親の聞く曲の歌手モノマネをしながら弾き語りをしていました。

ある日、いつものように歌っていると、父親が「【私】ちゃんは歌もピアノも上手いか歌手になれるぞ」と言いました。

ついで母親が「そうよ!団体の話を歌にして広めたら良いわ!」と満面の笑みで言いました。

両親はいつも色んなことを教えてくれて何でも知っていたので、私はそれを名案なんだと思いました。

その日から団体の教えを基に歌を作ることが私のライフワークになりました。

直接的な表現ではなく、入団すると意味が分かるように

死にたい絶望していた時、あなた出会えて私は生まれ変わった」

あなた出会えて幸せ

「こんな奇跡が起きるなんて」

というような恋の歌にしました。

作曲最初こそ楽しかったのですが、中学生の頃、ある日母親に「今の部分、不協和音おかしい」と言われました。

その時は色んなことに挑戦していて、「不協和音効果として敢えて入れたらどうなるか」という実験でした。

でも音楽経験のある母親は私が反論する前に「それは正しくないかもっとこうしなさい」と言いながらピアノを弾きました。

とても綺麗な音でした。

まだ最後まで楽譜を書き終えていない曲でした。

私の中で積み上げてきた母への信頼が崩れ去った瞬間でした。

「何でそんなことがあんたに分かるんだ」

あんたに私の何がわかるんだ」

「これは私の曲なのに」

それまで何でも素直に受け止めていた私に初めて母親に対する反抗心が芽生えました。

それから母親の前ではピアノを弾くことも歌うこともやめました。

市のコンクールに応募した時も、音楽事務所デモテープを送り付けた時も、どんな曲を作っても母親には一切教えませんでした。

それまで感じないように努めていた反動なのか、ありとあらゆる負の感情自分の中でどんどんどんどん育っていきました。

負の感情を抱くことは団体の教えに背く行為で、私はそれを子どもの頃からとにかく重いことと受け止めていました。

そして、団体の教えに背いてしまった自分は本当にダメ人間なんだクズなんだと酷く落ち込みました。

団体創設者懺悔手紙を何枚も何枚も書きました。(事あるごとに創設者手紙を書くことはその団体では当たり前なのです。)

しかし書いた手紙は必ず両親に添削してもらい、了承を得てからでないと出せないことになっていたので、出さずにそのまま曲にしました。

今でもこの時作った曲を歌うと悔しくて涙が出ます

そんな体験があっても、友達団体勧誘をすることはやめませんでした。

高校生になり、彼氏が出来ました。彼氏も勿論勧誘しました。

幸せになれるって言うけどお前全然幸せそうじゃないじゃん」

と言われました。

ついに言われてしまいました。

薄々気付いてはいました。

両親や親戚の人達の多くは大人になって、大変な思いをしてからその団体出会い入団し、救われました。

しかし、私は生まれた時からその団体所属しているも同然で、大変な思いをしたことが無いのです。

「救われた」という経験が無いのです。

もっとはっきり言ってしまえばそれまで生きてきた中で一度だって幸せだ」と感じたことなんて無いのです。

あなた出会えて幸せ」なんて歌詞を書くのに、そんな体験したことが無いのです。

沢山曲を作ってきたのに、全部親や親戚から聞いた物語で、私の物語なんて一つも無かった。

吟遊詩人を目指してる訳じゃないのに。

私は歌手を目指してるのに。

そもそも何で歌手を目指してるんだっけ?

あぁそっか、お父さんが歌手になれるって褒めてくれて嬉しかたから。

お母さんが団体のことを歌にして世の中に広めたら良いって言うから

私は本当に歌手になりたいの?

そう言えば最近お父さん家に居ないな。

お母さんも不機嫌なこと多いし。

幸せって何だろう…?」

気付いたら私は彼の前でボロボロ泣いていました。

彼は「俺が幸せにしてやるから心配すんな」とか言ってたけど、その一言で一気に冷めて翌週には別れました。

その頃から精神的に不安定になって、学校も行ったり行かなかったりしました。

音楽先生と仲が良かったので、音楽室の隣の準備室へはよく遊びに行ってピアノを弾かせてもらいました。

作曲自分で何も生み出せないって気付いてしまってからは嫌になってしまってやめました。今でも流行りの曲を耳コピして弾き語りする程度。

結局そのまま何となく音楽関連の学科がある大学AO入試で受かったから入ったものの、勉強もせず音楽ばっかりやっていたので、普通勉強が分から中退

その後父親団体を脱退したのがきっかけで、両親は離婚しました。

親権母親が持って、私は母親と二人暮らし

母親と暮らすのが苦痛だったので、2年くらいアルバイト資金を貯めて一人暮らしを始めました。

団体は全国に支部があって、引っ越した際に自分の家から一番近い支部に住所を登録しに行かないといけないのですが、それを母から聞かされておらず知らなかった私は支部ではなく本部から呼び出されてお叱りを受けました。確か懺悔手紙10枚くらい書いて提出してようやく家に帰ることが出来ました。

そもそも何で引っ越したことが団体にバレたのか今考えると不思議なんですが、当時は団体に隠し事をしても気(チャクラ)で何でもお見通しなんだと信じていました。普通に考えて多分母親か親戚が通報したんでしょうね。母親は私の一人暮らしに反対して親戚にも相談していたようなので。

一人暮らしをするようになると、団体運営費として毎月お金を納めねばならず、これが地味にキツかった。支部に5000円、本部に5000円、更に総本部に5000円の合計1万5000円。

納金した日には有難いお話を2〜3時間聞かされる。子供の頃なら熱心に聞いたと思うけど、内容のほとんどが「勧誘して団員増やそう。世界幸せに!」だったので毎回とても眠かったです。

他にも行事とか諸々でお金ガンガンなくなりました。壺とかは買わされていません。

家族割みたいな特典があるらしく、未婚だったので「団員と結婚する」もしくは「恋人勧誘して入団させる」この二択をよくオススメされました。

母親に対して反抗心はありましたが、団体には反抗する気がないというより反抗しても無駄だと思っていたので、お金の余裕が無くなって来た私は「早く結婚して割引してもらわなきゃ」としか考えられず、焦っていました。

特にやりたい事もなかったので、時給の良い配膳の派遣登録して朝・昼・晩と3箇所の現場を回り、移動時間も含めて6:00〜23:30働きっ放しで15連勤等は当たり前。

(多い時は手取り30万、閑散期は9万円程でした)

団体への納金以外にも家賃光熱費・食費・保険料市民税等で毎月使えるお金は2万くらいでした。

恐ろしいのは「団体への納金さえなければ」という考えに至らなかったことです。

彼氏が出来ては勧誘し、断られれば即座に別れて次の彼氏を作り、また勧誘し、、、その繰り返しでした。

勧誘する為に俺に近付いたのか」

と言われましたが、それは自分感覚とは少し違いました。

「例え死ぬほど好きでも、私は団員とじゃないと結婚できないんだから、先に話して無理ならすぐ別れた方が良い」と本気で思っていました。

そんな時、久々に大学時代音楽仲間の男性からご飯に誘われました。大学時代と言っても彼は5つ年上の大学外部の人間で、当時から既に社会人でした。

彼は朗らかで穏やかで、父親に似ています

彼には異性というより、初めから父性を求めていたように思います

色んな話をしました。

音楽仲間なのに、私は主に仕事愚痴ばかり言ってしまいましたが、彼は終始穏やかに話を聞いてくれました。

とても心が安定した心地良い時間でした。

その後も何度か誘われ、正式結婚を前提にお付き合いすることになりました。

しかし、団体の話を彼にすることがなかなか出来ませんでした。

彼と一緒に過ごすことが本当に楽しくて、初めて恋人と離れたくないと思ったのです。

そして、彼の家に転がり込むような形で同棲スタートしました。

お金問題がなくなって、色々と考える余裕が出て来ました。

彼は本当に私との将来を真剣に考えてくれているのに、私は彼に団体の話をして、勧誘に失敗したら、また彼と別れなきゃいけないんだろうか?…と、不安になる日も増えました。

意を決して彼に団体の話をしました。ただし、あくまでも勧誘ではなく、自分がそういう団体所属しているため、色んな面で出来ないこと(例えば葬式に参列しない、国歌を歌わない等)があるという告白しました。

彼は「【私】さんがどんな宗教に入っていても気にしないよ。俺ももし入りたくなったら入るし。ただその団体のせいで誰かが傷付くなら、全力で止めるけどね」と真剣に答えてくれました。

止められることは無いしもしかしたら入団してくれるかもしれないと思い、ひとまずホッとしました。

同棲生活の中で、彼の物の考え方を更によく知るようになり、自分の中にある団体母親から教わった「常識」が段々とおかしいことに気付き始めました。

まず「団体所属していなければ幸せではない」という価値観

→彼は私が作ったご飯を食べたり、私とハグした時に「幸せだ」と言う。

団体の話を広めなくてはならない」という価値観

上記理由でその必要性を感じない。

「あらゆる宗教的行事は気(チャクラ)的に問題があるため不参加するべき」という価値観

→ただ他の宗教に流れてほしくないだけでは?

最後に、「どんなに生活が苦しくなっても団体に納金するのは団員の義務」という価値観

→これは私が金欠の時にデートに誘われて断ろうとした時、

「俺が人生楽しむために働いて稼いでる金なんだから【私】さんとのデート代は俺が出す」と言われて、ハッとしました。

団体に納金することしか頭に無くて、「人生を楽しむために働く」という発想自体が出来なかったんです。

彼と生活していく上で今まで大事にしてきた考え方が自分発信の考え方じゃなくて、

ただ他から植え付けられたものだったんだと感じて、

アホみたいに思えて、

気付いたら本部で脱退する書面にサインしていました。

最後に受付の女性から「皆さん絶対に後悔して戻って来るんですよ」と言われたけど知らん。

母親や親戚は「いつか目を覚まして戻って来るだろう」と思っているようで、憐れみの目で見てくるので気まずいのですが、特に被害はありません。

父親とは堂々と会えるので楽しいです。

あと、クリスマスパーティーとか初詣とか参加出来るのが嬉しい。

彼とは結婚して、彼の扶養に入る為に今は派遣仕事は辞めて、もう少し体力的に負担の少ないバイトをしています

彼と生活をする中でもう一つ気付いたことがありました。

それは彼が音楽関係仕事をしていて、羨ましいと思う自分がいることです。

今も自分がやりたいことが何なのか分からないんです。

「そういう人は沢山居る」って言われてしまうかもしれないけど、私の場合はただただ「団体のために」って思っていた期間が長くて、若かったのにすごいもったいない考え方をしていたと思います

あい特殊団体の中に居ても、考え方1つでめちゃくちゃ幸せに生きれたんだろうなと思います。現に幸せそうな人は見たことあるし。

ピアノは弾けるけど、自分から何か弾きたいとも思わなくて。

子どもができたら少しは変わるかなとも思ったんですが、自分母親と同じように子ども無意識に何か押し付けしまいそうで怖い。

団体の教えとかなかなか忘れられなくて混乱することもあるけど、宇宙の真理とか私には大き過ぎて毎日のことで手が一杯だからもう真剣に考えられなくて、混乱も浅い段階で落ち着きます

昔は「宇宙の気の乱れで世界が滅びる」とか言われたら毎日怯えていたりもしましたが、今は「(本当でも嘘でも)どっちでもいっか」って思える。

仮に次の瞬間突然死して団体の言う地獄行きになったとしても幸せなんじゃないかな。

何が言いたかったのかと言うと、私みたいに子どもの頃からそういう類の宗教団体(もしくはそれっぽいもの)に所属している人は

幸せならそのまま継続して、

しんどかったら一旦離れてしまった方が良いんじゃないか

と、思うってことです。

身バレも防ぎたくてわざとなんですけど、文体とかバラついてしまってすみません

バレたら団体に殺されるとかは無いと思うんですが、入団者が減るなら殺されるのもアリかなと思います。嫌だけど。

長々と読んで下さってありがとうございました!

2018-02-01

精神病にかかりやす家系に生まれしまったのか

精神病遺伝するってあんまり信じてなかったんだけど、こうも揃ってポシャってるのを見ると遺伝子の影響ってあるのかもしれない。

母方の従兄弟と合わせて4人中2人が大学中退して1人は浪人中一時期引きこもりだった。そして残る自分も遂にポシャってしまった。

4人中4人が何かしらの問題抱えてるってどう考えても異常。父方の従兄弟はみな元気に暮らしてるっぽい。

こんな遺伝子なら自分の代で根絶やしにしたほうがいいかもしれない。


あー、書いていて思ったけど遺伝というより家風(?)のせいはありそう。

あんまり自覚ないけど完璧主義なしつけがされてきたのかも。

父方の家族の一人はフリーター実家暮らししつつも楽しそうにしてるのに対して母方の家系就活受験タイミングでポシャってる。

完璧主義の家風のせいかもね。

自分も「大学キッパリやめてフリーターしよ」とはなかなか踏み切れないしそういう所なんだろう

自分たち兄弟に限って言えば他人から見れば小さいことを凄く気にしてしまうって性格はあるな。

これって完璧主義かな。

あと他人評価を気にしすぎるって特徴も思ったけど、みんなそれなりに他人の目気にしてるよな。どこまでいけば気にし過ぎてるに入るのかわからん

2018-01-30

スロウスタート見て

毎回泣いてる。

大学中退職歴なし30歳。

夢は呪いだって海堂さんも言ってた

https://anond.hatelabo.jp/20180130030322

夢追うのやめたけどあきらめきれないシンパシー自分は絵じゃないけど。

いま25歳。小中高と吹奏楽部トランペットやってきた。周りと比べるとうまい方だった。

小学校器楽隊ではじめて楽器を触ったときから音階ができた。

中学では二年で先輩を押しのけてトップに座ってた。

高校は毎年地方大会出るような強豪だったけど一年レギュラー取った。

完全に調子乗ってた。

毎日居残り練してもレギュラー取れない同級生や先輩たちを見てせせら笑って過ごした。

追われる立場のもろさも知らず。

高校二年の冬から三年の夏にかけてスランプに陥った。

今思うと成長期で口が変わってたのもあったし、そのため無理やりアンブッシュア変える訓練を強いられていた(アンブッシュアとは吹く口の形。要するに投球フォーム変えるようなもん)のもあったし、当時心酔していた先輩からペダルトーンっていう練習法(古く最良のトレーニングと言われてきたけど最近研究ではあまりよろしくないとされてるもの※諸説あり。気になる人はググれ)を教えられてたのもあった。

バカにしていた同期はぐんぐん上達し、高校三年の夏、ついにトップの座から陥落した。

それで意気消沈なんてしてられるか。自分はまだまだこんなものじゃない。まだやれる。今は調子悪いだけで、大学行けば、また昔みたいにふける。ダブルハイベーだって出る。と言い聞かせて、現状への不安や迷いは見て見ぬふりして昔から目標だった音大への進学を決めた。

この時点で今思うともう完全に周りも自分も見えてない。強迫観念と執着心だけだったと思う。

ところで、中学生のころから師事していたトランペット師匠がいた。学校とは別に個人レッスンに

通っていたのだ。

中学の時はまだそんなガチガチになっていなかったので、受験の季節に高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。それを師匠相談したら、「続けなよ。そして、僕が講師をしてる音大にもおいで」と言ってくれた。それに胸を打たれて、ちょっと無理して遠く私学の強豪校を選んだ。

そんなこんなで師匠が待つ大学入学したものの、メンタル演奏もコンディションの悪かった。当時おそらく鬱だったためか記憶があまり残っていないが、吹いても吹いてもうまくならない。思った音が出ない。音大つったってもちろん吹いてばかりじゃない。ソルフェージュ和声、副科声楽ドイツ語フランス語。どれも集中できなかった。思い通り吹けない焦りに覆い尽くされて目の前が真っ暗だった。

ほどなくして、音大をやめた。

なんで辞めたの、なんて聞かれても一言じゃ答えられない。

そりゃ食ってけなささも続けんの無理と思った理由の一つではあるかもしれないけど、そんなの承知の上で飛び込んだ世界だし、それが理由とは言い切れない。

スランプで思い通り吹けなかったことかもしれないけど、それこそとしかたないことだし、乗り越えなければならないことだから理由にならない。

しいて言えうなら、あの時はもう精神的に続けられる状況じゃなかったということが理由かもしれない。

まあそういう精神状態に追い込まれた背景としては上記のようなしがらみにさいなまれたこともないとは言えない。

しばらくは楽器見んのもいやだった。長い付き合いだったbachの180MLは箪笥の肥やしどころか忘れ去られた過去遺物だった。

大学中退後、わたし適当デザイン専門に入り、ヘラヘラ学生をし、順当に卒業就職し、4年。

今はwebデザイナーとしてそれなりにやってる。

webデザイナーを選んだのは、グラフィックより求人もあるし給料もよかったから)

(元々オタク時代同人サイトを少しかじってたのでとっつきやすかったのもある)

残業もたいしてないし、自分デザインし構築したサイトが世に出回ってるのは、なかなかやりがいも感じる。

(図らずもデザイン業界在職という点にも元増田シンパシー)

そして、実は昨年の夏からトランペットをもう一度握っている。

もうすぐ社会人五年目に突入というのもあり、社会人と呼ばれることにも慣れ、バランス感覚というのがようやく身についてきた気がしたと思ったら、トランペット無性に恋しくなった。

実家から楽器ケースを引っ張り出し、久々に吹くと音色はひどいものだったが、当時の嫌悪感は完全になりを潜めていた。

幸い高校にOBOGによる一般バンド存在したため、数年ぶりに顔を出した。

当時のい比でないほどひどい音にはなってしまったけど、随分と夢からは遠くそれてしまったけど、今は吹くのがとても楽しい

これから先の人生ではもう投げ出さないで、周りと比べたり焦ったり嘆いたりせず気楽に楽しく吹いて、少しでいいか学生の頃より上達して、いい演奏をして、当時の自分への餞になればと思ってる。

はいったものの。

たまに大学時代の友のfacebookツイッターを覗くと、自己研鑽のためドイツ留学した先でのレッスン中の写真、T●Lの鼓笛隊になるべくオーディションを受けた所感、バイトいくつも掛け持ちしながらフリーランスとして講師やエキや小さなハコでコンサートセルフ主催などしながら演奏活動を続けている様子など、あいかわらず音楽に当時と寸分たがわない情熱を傾けている様が見られる。(こういうのも最近になってようやく受け止められるようになった)

今の暮らし不自由もないし、それなりに楽しくやっているが、それでもやはり苦労やコストもなりふり構わず夢を追う彼らを見ると、憧れと羨望と嫉妬で少しだけ胸がざわつき、当時の激情を思い出す。

2018-01-29

anond:20180129182129

なんとかして大学だけは出ることを勧めたい…

できるだけ楽していいか卒業資格だけは取ろう

周りに理解者が居なくてもネットで零したり気晴らしできるから

大学中退した者より

2018-01-27

7年前、当時まだ19歳だった娘が結婚したいと言い出した。

大学に進学したばかりなのに何を言ってるかと最初は真面目に受け止めなかったが

冬休みに入ってすぐに突然相手の男と共にやってきて「娘子さんとの結婚を許してください」ときた。

そうなると叩き帰すわけにもいかず話だけは聞いてみようと思ったが、

仕事は何を?」の最初質問での答えがフリーターだと言う。しかも年齢29歳。

「ご両親は何をしている人なのか」と聞いたら「10年近く実家には帰っていないので知らない」と言う。

いやいや、実家に帰っていなくても親の職業ぐらいわかるだろ。

で、よく聞いてみたら大学中退したことが原因で勘当されたんだそうだ。

中退しただけではなく、勘当までされたのなら他にも何かあったんだろうと思ったが

うそれ以上聞く気もしなくなった。

とにかく娘には大学をきちんと4年で卒業しろ。話を聞くのはそれからだと告げた。

相手の男には「不愉快かも知れんが、娘を持つ親の心情を察してほしい。一応君のことは調べさせてもらう」と言った。

途端にオドオドしだしたので、何かあるなと思った。

速攻興信所の門を叩いた。

すると特に犯罪とかそういった経歴は無いようだったが、大学中退どころか高校中退だった。

しかも年齢は38歳だった。若く見えるにもほどがある。

かに見た目はイケメンだった。若い頃ならジャニーズにも入れそうな、堂本光一似。

正直、娘の男を見る目のなさには軽くショックだった。

娘には高校中退と38歳と言う年齢のみを事実として伝えた。

年齢の嘘が一番ショックが大きいようだったが、逆にそれで目が覚めたと言ってた。

その後はちょっとした男性不信に陥ったらしく(妻談)勉学一筋。

27歳になった娘は今春挙式する。先のことは分からないが、とりあえずは真面目そうな好青年に思える。

やれやれ

2018-01-24

大学卒業できなくなった

卒業論文を提出したら「これでは単位を認められない」と指導教官教授)に言われた。

認められないと必須単位がもらえず、留年または中退となる。

わたし哲学を専攻していたが、学ぶうちに「おもしろいけど意味あるんかなー」みたいな疑問が湧いてきた。

そのうち2年になり3年からゼミ研究テーマも決める必要がでてきた。

わたしは少し考えて一番世の中に役立っていないと思われる研究をしている先生指導教官に選んだ。

特定されそうだが、その先生中世イタリアオペラ美学みたいな、

「それ日本人研究する必要ある?」みたいな誰もが疑問に思うテーマ研究していた。

3年生の間は原著論文にもあたり、まじめにやっていた。

4年生になり、自分卒論テーマを「日本にやってきたオペラ大衆芸能との関連性」とし、

相互に与えた影響などを調べて、そこそこの評価を得た。

あとは推敲校正して出すだけでよい段になり、ふとこんな無意味なことをやってていいのかな

という当初の疑問をもっていたことを思い出した。

そこで、いままでやっていたことは無視をし、

年末年始の間に、「いか日本人イタリア文化研究することに無駄が多いか

というテーマリライトした。

そこで1行目にもどることになる。

話し合っても、認めない教授には、

「ここでわたし卒論を認めないと、2年間のあなた指導が役に立たなかった証明になりますよ」

と言ってやった。無言だった。

2018_01_19

説明しろと叫んだだけで(俺)

襲い掛かって来て首締めた奴(奴)死ね

チンカスみたいな顔しやがって(奴)死ね

何が殺すぞてめえはっきり言えだ(奴)死ね

はっきりって何だよ(俺)

はっきり途中退場で食い扶持失ったわ(俺)

暴力受けたせいだわ(俺)

暴力クソダサい(俺)

暴力時間無駄(俺)

ケツの穴出せよ(奴向け)

掘ってやるから(俺)

おまえら

はてなーねらー、ツイカス、なんでもいいけどネットにいるおまえら

どうせ小さい頃は神童と呼ばれていたタイプだろ

で、中高あたりから没落して、親、先生同級生職場上司、ありとあらゆる周りの人間から抑圧され虐げられ隅っこの方で小さくなって

そして今、自分コミュ力がないか底辺だ、自分恋人がいないか底辺だ、自分MARCHから底辺だ、自分年収500万円以下だから底辺だ、とか思ってるんだろうけど

おまえらの「(リアルでは)聞き分けがいい」「外面がいい」「話が通じる」、このスキル持ってることはマジで誇っていい

おまえら上を見すぎなんだよ

この点に関しては、あんまピンと来ないだろうけどおまえらめっっちゃくちゃ上澄みだぞ。かなり上位層の人間だ。特殊能力持ちだ


ある店が以前やっていた無料サービスをやめたとか、ある場所では受けられた親切がこちらでは受けられなかったとか、ある場所特定の条件を満たす人が出入り禁止されたとかあるだろう

例えばゲーセンプリクラに男は入っちゃ駄目とか飲食店子連れお断りにしたとかそういう奴

そんな話を聞いた時、おまえらはどう思う?

おまえらおまえらの周りにいる奴も常識のある人たちばかりで、大人しくまっとうにお行儀よく生きてて、想像力が豊かで弱者に寄り添う気持ちを持っているからこそ

「もし自分友達が同じことをされたら」なんて想像して、「私の子どもはおとなしくできるのに一方的に追い出すなんて酷い!」「子ども可哀想!」「仕事子育ても真面目に頑張ってて疲れ果てているお母さんを追い出すなんて酷い!」と憤るだろう

その時に真の底辺層存在は頭の中にない

鼻水垂らしたブッサイクなガキが奇声を上げながら走り回って他の客に思いっきりぶつかって服を破って汚してついでに皿を数枚割って謝りもしなかったとか

ボク子どもからわかんなーいって面して子どもウェイトレスさんのスカートをめくりまくったとか

主婦コーヒー一杯で数人たむろして店中に響くめちゃくちゃでかい声で夫の悪口言ってついでにタッパーにおかずを詰めて持ち帰ったとか

自称イクメンパパが「うちの子ニンジンが食べられないか料理からニンジンを全て抜いて出せ!」って長時間ゴネまくって他の客への対応が滞ったとか

そんなことが毎日続いてそんな手段に出たのかも、なんてのは1ミリ想像しない


世の中には平気で人の物を壊したり盗んだり、他人暴力を振るったり怒鳴ったり目の前で睨みつけたりわざと聞こえるように嘲笑したり、ごく普通文章を読んでとんでもない曲解をして大暴れするような奴が思ったより大勢いる

お上品なおまえら観測範囲はいないだけで実際はかなりいる

そういう犯罪者犯罪者予備軍から、まともに働いている人たちやおまえらを守るために頑張っている人たちがいるんだ

おまえらみたいにお行儀のいい奴ばかりじゃないんだ。おまえらに合わせてルールを作ったら世の中はとんでもないことになってしまうんだ。勘弁してくれ


大学進学率はだいたい50%。もう半分は高卒大学行った奴でも中退する奴もいれば卒業したけど就職できない奴もいる。大学って行っても国立大学東京の有名私大合格した奴なんて50%の中の一握り、ほとんどは全国的知名度皆無の大学へ行く

東大出たって犯罪やって捕まる奴もいる

大学合格できたおまえら、スゲーぞ。大学に行けなかった、行けなかったおまえらでもこうしてはてな見て書き込みできる環境と思ってることをタイピングなりフリック入力なりで書き起こせる脳みそがあるだけでかなりスゲーぞ。犯罪もやってない、こうしてネット平和書き込みできてる。選ばれし者だ


俺の業種はよくおまえら批判される。そらもう叩かれる。死ねかめちゃくちゃ言われる

おまえらみたいなのを保護するために危険から遠ざけようと頑張ってるのにまーー叩かれる

こんなDQNがいた、こんな大バカがいた、って体験談は「そんな珍獣が世の中にいるわけがいか嘘松!」って一蹴される

いるんだけどな。うじゃうじゃうじゃうじゃ

なんか書いててむなしくなってきた。疲れた……寝るわ……

2018-01-21

僕が小学校テストで満点を取った時、母さんはほめてくれた。

医者弁護士か、立派な人になると自慢していた。

でも中学ときからだんだんと授業がむつかしくなって

どんどん分からなくなっていった。

僕がテスト赤点を取る頃には、

母さんの興味は中学でも満点を取ることのできる妹に移っていた。

本当はいつも僕を庇ってくれた父さんと同じ理髪師になりたかったけど

高校はとても難しくて、中退してしまった。

結局、おじさんの友人がやっているパン屋就職した。

母さんは僕に話しかけることはもうずっとなかった。

この前、妹は国立大学に進学が決まっているらしい。

お母さんは「立派に育ってくれて自慢の娘だわ」と言っていた。

僕はりっぱになることができなかった。

どこでしっぱいしたのだろう?うさぎの足をなくした時かな。

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