はてなキーワード: 音楽とは
序盤からわりとそんなだったと思う
ごく一部のキャラクターらしいのがいるだけで、ほかは流行りに乗っただけでアニメキャラを端に置いてるだけのおもしろくもない配信者
その後、コロナ禍の後半くらいにYouTubeにおすすめとして出てくることが多かったからいくつか見てみた
見るのをやめた頃と比べるとクオリティ高いのが多くなってた
Live2Dのクオリティが上がってるのもそうだし、3Dモデルも有名な人が作ってたり
企業勢では音楽のライブみたいなことをやってるのもいたりして映像のクオリティが高い
今はVがかなり多くその中を競争して数字を稼がないと収入がないわけで配信者もいろいろ模索しても面白いことをやってたりする
幸せになりたいと思ってる割に、これまでの人生を後悔することはあっても昨日一日の過ごし方を反省することは出来ないんですよねぇ!
音楽聴いててなんだか妙に染み渡る時、つい文化祭でギターをかき鳴らす自分の姿を思い浮かべつつ、それとは対照的な過ごし方を思い浮かべて感傷に浸る。
でも考えるべきは在りし日の自分がハレ舞台に立たなかった事じゃなく、昨日ギターを5分だけしか触らなかった事なんですよねぇ!
山田尚子監督作品を面白いと思ったことないが、視聴前に賛否の評を眺めてて、明らかに否の意見より賛の意見のほうが熱量も説得力も強かったので、これならいけるかなと思ったがやっぱり合わなかった。
今作は「言葉に出来ない」ことに向き合った話らしい。実際、セリフが全部無音だったとしても話や気持ちの伝わる作りになっている。そこは素直に良かったと思うし、そういった作品を作るためのスタッフを呼べるような若い監督がアニメ界にいるのは喜ばしいと思う。
もちろん直接的な説明は避けてるのよ。でもこういう場面でこういう会話がされるという事はこういうことを抱えていてみたいな、教科書的に連想できる表現や台詞が多いんだよ。
例えば退学女と祖母の食卓、二人の学校に対する想いのすれ違いが描かれてるが、わかり易く描きすぎ。このシーン無くても、退学した事実、それを伝えてないこと、祖母と仲が悪い訳じゃないことは表現できている。しかも悩みの種類自体が話の根幹に関わらないのだから、省略できるはずだ。家の背景や、台詞になってない言葉で既に理解できることを、会話まで入れて分かりやすく説明しちゃったら、その後の芝居が伝わるのは当前というか、ネタバレされた状態で見てる感じになる。
細かい所だが、捨てられてたソファを見てラッキーとか入れなくていいし、通り過ぎた後に戻るシーンと協会に搬入するシーンを繋げれば充分だ。ライブ後の中庭でバレエ踊るのは名シーンだけど、見えたとか言うな。それは絵で見せろ。
あと日常描写少なすぎな。トツ子が友達とだべってる所は殆どないし、彼女の見える世界や、それをどう音楽に落とすかの思索に終始している。音楽でサクセスする話ならいいけど、そうではないのだろう?もっと何でもない日常を描いて、その中から浮かび上がる感情を見守るコンセプトだと認識していたのだが違うのか?
退学女も言えずに溜め込むタイプなら、もっと音楽とバイト以外での独りで考えるシーンがあったほうがいい。折角綺麗な舞台を作ろうという意気込みがあるのだから、彼女が学校に行くふりをして家からバイト先の移動を撮って、その足取りと世界の綺麗さに悩みが現れるのではないだろうか?
『リズと青い鳥』もそうだが、肝心の感情芝居とそれが芽生える過程をどんだけ丁寧に扱っても、野暮で説明的な作中作ぶっ込むのは台無しだ。動物動画に赤ちゃん言葉でアフレコ入れるテレビとやってること変わらないぞ。
アニメの恣意的な面白さと、リアルの深みを融合させたいのなら、高畑勲という偉大な先人がいるので、彼を見習って最低限有名なフランス文学(フローベール、プルースト、スタンダール等)とか読んだ方がいいんじゃないか。心理とその層表に現れるものと、取り巻く環境の外圧のせめぎあいは、既に百年以上前の作家がやってるし。
一番キショいのが、この作品を丁寧と絶賛してる奴ら。駄作が作られるのはどうでもいいし、どんどんチャレンジして欲しいけど、見る目ない人が持ち上げてたら今の芥川賞みたいな内輪ノリにしかなんねえだろ。
救いない増田を見て気になったので。
あくまでもn=1の女としての考えだけど、出会うために趣味コミュニティにいる男と、それが好きで趣味コミュニティにいる男は話したら分かるから、本当に好きだったり興味のあることがあるなら、それきっかけのイベント行くなりオンラインで繋がったりするのは全然いいと思う。同じ趣味の人と知り合うのは嬉しい。趣味の話よりも相手の事ばっかり聞いたり、SNSで同じ趣味コミュニティの女ばっかりフォローしてたりしたら警戒する。
例えば音楽が好きで音楽を聴きにと踊りにクラブに行ってたけど、人が気持ちよく踊ってるのに「どこから来たの」「誰と来たの」とか話しかけてくる男は邪魔だったけど、同じように楽しそうに踊ってて自然に「この曲すごくいいねー」と話しかけてくる人は仲間意識を感じるので話せる。
ナンパが絶対悪という話ではない。でもワンナイトを求めていない限りは、興味のあるコミュニティで自然に仲良くなるのがいいとは思う。
出会うために趣味を増やすという考えではなく、何歳でも新しいことに興味を持つのはいいことだと思うし、ちょっとでも気になる事があれば足を踏み入れてみてハマれば自分も楽しいし、結果的に人と出会う可能性も広がると思う。
めーっちゃわかる!!
これ人前で言っちゃうとさ「キレやすいやつ」とか「生きにくそう」とか言われて余計イライラするやつだよね…
ちゃんと人様に迷惑をかけないように歩き方1つ気をつけているあなたは悪い人じゃないし、むしろマナーを守れる素敵な人だから気にしないでね、
生成 AI について、イラストや音楽等はかなり危険だと考えております。クリエイティブな分野は何故素晴らしいのかと言うと、人間が自身で考え、自身の手とスキルで作り上げるから素晴らしいのです。
私たちは作品からクリエイターの気持ち等を考察しながら作品を評価しています。
機械で生成された何の気持ちも篭ってない作品を見せられてパッと見が良いから良いやみたいないい加減な気持ちで評価する事なんてできません。
皆さんは効率がいいから生成 AI を推奨しているのかもしれません。しかしどんなに技術が向上しようと人の手で作られた作品に敵うわけがありません。例えば何の面白みもない、こだわりも無いアニメや音楽で溢れかえる世界になるなら絶望しかありませんね。皆さんは昔見た漫画やアニメを覚えていないんですか?皆さんが感じた感動は人の手でなければ作れません。
生成 AI によって医療の向上などが出来ると言われますが生成イラスト、音楽になんの関係があるのでしょうか?クリエイターに迷惑をかけているのしか見たことがありません。具体的にどんな貢献がされているのでしょうか?意味の無い AI 開発なんて止めるべきです。
他者に生成 AI を使用させるのも悪影響を及ぼしています。X 等で生成 AI を使用している方々を見てみたらわかります。悪意ある発言、自身の利益や名誉の為に他者を侮辱する発言が多くあまりにも人間性がありません。特定のクリエイターの作品を学習し、絵柄データとして配布している方もいます。あんな人達にクリエイター達が苦しんでいるのは見たくありません。
現状 AI を使用している無礼な方々が使えるような状況は良くありません。
クリエイター文化を壊す行為です。クリエイティブはそれが自分の手で(イラストであれば紙とペンと自分の手でもイラストを描けるスキルのある方)作れる人間にのみ委ねるべきです。
便乗34歳童貞増田です。独身男性増田たちがみんなに好き勝手言われているのが羨ましくて投稿。
こういうやつをどう思うか、この先どうなっていくか。みんな好き勝手言ってね。
というのは、半分冗談としても好きになった人を恋をするタイプなので、
また、基本的に自立心が強いため、「恋人がほしい」を理由に行動することはない。
(好きな人ができたら、仲良くなろうと頑張るし、告白もしています。)
あと、好きになる人は大体あとで確認すると既婚者か恋人がいる。素敵なことである。
元気な人。活力があり。自立心が強く、自分の意志や考えがあり、それを言語化できる人が良い。
会話ができる。自分の話をお互い喋り合いたい。
問題があったときに、対話で解決しようとしてくれる。暴力は嫌いである。
創作が好きなので、なんらかの創作活動をしていると尊敬できるし深いところで価値観を共有できて嬉しいかも。
子供の頃から理性的であろうという意識が強く、第二次性徴期に現れる異常な性欲を理性で捻じ伏せることに成功してしまった。
どう捻じ伏せたかは面倒なので省略する。男になることの心身不一致に大分長く悩んだ。
結果として、いかがわしい妄想もしないし、自慰行為をしようとすると嫌悪感で嘔吐しそうになるようになった。
(性風俗は精神的には自慰行為と同じか、それ以上に厳しいと考えている。)
じゃあ、他者に対しても潔癖なのか?というと全くそんなことはない。
これは私の意志の格率であって、他者に適用しようとは思わない。どう考えても自分が外れ値なので。
私が好きになる人は素敵な人なので、健全に恋愛をしていて性経験があるのはむしろ当然である。
つまるところ、恐らく生涯、交際経験がない⇒童貞であるの図式が成り立つ。
好きな人と相違相愛になれれば、そんなに幸福なことはないだろうと思う。
多分一人でもそれなりに楽しく生きていけるだろうが、二人だったらもっと楽しいだろうな。
私は自由であるために、自ら選択した規範がある。代表的なのは「嘘をつかない」ことである。
言わなくていことを言わないこと(はぐらかし)はできるが、YES/NOの質問には絶対に嘘をつけない。
自分の伝えたいことは口に出す。他人には明示しないとなにも伝わらないので。
そもそも素直でいたい。かわいいものはかわいいし、好きなものは好きと胸を張って言いたい。
自己愛は明確に強い。自分が愛おしいし、すごくかわいい。面白いところもいっぱいある!
私が腐らず生きていることが、世界を少し幸福にしていると思う!
さて、こういう奴をどう思うか、今後どうなっていくか、思い思いにかいてね。
お前たちのご意見待ってるぜ!
はてな匿名ダイアリーの面白い記事の探し方が全然わからん— クワハリ (@kuwahali) December 6, 2015
バンドのメンバーにスターウォーズは何から見たらいいのか聞いてみたら「4を見てから1~3を見るのがいい。5と6は見なくていい」と言われてますます混乱してきた。あと「基本的にチャンバラを楽しむ映画であり世界観などの設定は理論武装する為に必要なだけ」とも言われた。り、理論武装…??— クワハリ (@kuwahali) December 26, 2015
「最近バンドとか全然聴かなくなっちゃってさ(笑)最近そういう音楽聴くの疲れる(笑)」と今まで28人ぐらいに言われたけど俺はまだしばらく邦ロックを聴き続けるぞ— クワハリ (@kuwahali) November 7, 2015
ありがとうございます。まさかこんな誠実な文章が返ってくるとは思ってなくて、感激してます
激励までいただいて、俺が元増田と証明する手段がなくて口惜しいくらいです。厚く御礼申し上げたいです
書いてくれた案もどれも腑に落ちるもので、女性ならではの視点でなるほどと思えるものでした
おかげさまで解像度を上げられたと思ってます。ありがたく活用させていただきます
いや、メモといいつつシームレスに自分語りをしたかっただけなので、少なくとも増田は読まなくても全く問題ないです
積極的な女性の心情として、当然ながら密なやりとりを求めてることが理解できました
逆に俺がついていけるかは分からないくらいですが、会話の楽しさとトレードオフと考えると当然かなと
まだ一度も、本当に、一度も巡り合ったことはないけれど、もしあえた場合は強く意識します
ここは他からも沢山指摘があったところなので、ぜひサークルも探してみようと思います
なお一つ訂正があって、元文章で日和った書き方をした音楽が実は一番ガチです
漫画サークルも合わせて、音楽サークルも見てみます(即興が苦手でセッション系は避けてましたが、もうそんなこと言ってられないので。。。)
ここは少し文面を割きます
ご拝察の通り、LINEが少なめな人は受け身という考察は同意するところです
過去の友達たちも、うち「相当に仲良くなれた」子もこの特徴を示してました(もっと言うなら俺自身も根はこのタイプです)
銅鐸だのディスっておいてなんですが、おそらく本来の俺のタイプの子はここに紛れています
彼女らとの経験則として、時間をかければ(恋人としてはともかく)仲良くなれます
好意を表すのもゆっくりな人たちで、それは俺のペースにもあっており、これまでずっとそうしてきました
しかし悲しいかな婚活やアプリと非常に相性が悪い。特に短期間に比較検討を強く求められるプレッシャーと食い合わせが悪すぎる
好意が起こるのが遅いと理解できるとしても、それこそ銅鐸でいられるとコミュニケーションになりません。比較検討の際に、3回決戦はすべて接待として記憶されるでしょう
もっと面倒なのが、俺も別にこのタイプ全員が好きというわけではないこと。そんな贅沢なこと言ってられないとはいえ、妥協するには「受け身」属性とはあまりに幅広いです
でも軽くたくさん会いに行きたい属性ではまったくない。。。しかしそんなこと言ってる身分でもない。。。そもそも3回で俺がタイプと見抜けるのか。。。うーーん。。。。
まあ、頑張って、会うことにします
煮え切りませんが、少なくともこの気づきを得られただけでも僥倖でした。ありがとうございます
いうて東大物理卒だって色んな人がいる程度に、某名門音大のヴァイオリンと言ったって色んな人がいて当たり前。
加えて今回はn=5という、n=1に毛が生えた程度の話だ。
しかも「他の音大だって同じようなもんだよ」と言われそうな反面、自分が知る某名門音大卒の誰も彼もが共通する弾き方ということで、そこの学校の校風なのか?と思い、筆を執った次第。
ちなみにこの5人は全員女性、うち2人が自分が過去に習っていた先生である。
ということで前置きはこれくらいにして、某名門音大ヴァイオリン卒の演奏者に共通して感じたこと、それも正直ネガティブに感じたことを挙げてみる。
前提として、ヴァイオリンは元々イタリアの民族楽器だが、ヨーロッパに広まる過程で、ヴィオッティというイタリアの作曲家兼ヴァイオリン奏者が、フランスのトルテという職人に依頼して、弓だけ後付で改良したという経緯がある。
つまり現在のヴァイオリンはイタリア発祥かつ、弓だけフランスで近代化された形で普及していると(だから今でもイタリア製のヴァイオリン本体と、フランス製の弓にプレミアが付く)。
このうち問題になるのが弓。フランスで近代化される前の、元々のヴァイオリンの弓には何かと演奏上の制約が多く、一番のハンデは、腕の筋力で弓を弦に押し付けたが最後、弓が倒れてしまい演奏できないことだ。
結果、ヴァイオリンには以下の奏法があり、奏者はこのどちらかを出発点にしている。
で、これまで会った某名門音大の人らは全員2番目の弾き方。要は抜けのない音を出発点に、弾く音楽に合わせて音を抜こうと工夫する演奏。
それでキレイかつ素敵な音になっていれば、あとはもう好みの問題なんだが、筆者を含む1番目の弾き方をデフォルトにしている人間からすると、「そこでそんなビブラートはかからなくね?」とか、違和感を感じる瞬間がそれなりにあったり。
それから、ロマン派や近現代のやたら難しい曲をめっちゃ上手に弾くのに、古典派の代表的作曲家であり、難易度的にはそこまで難しくないはずのモーツァルトを苦手とする人が多いのも大きな特徴。
しかしながら1番目の弾き方をデフォルトにしている人間は「モーツァルトをまともに弾けない人が、ロマン派以降のメンコンとかブルッフとか弾けるわけないじゃん」
と思っているので、この逆転現象を見るにつけ、「それ、ヴァイオリン弾けたことになるのか??」と疑問に感じることしきり。
基本的に、表現の細やかさと演奏の正確さは比例するのが普通なはず。つまり大味な表現だと音程も外れ気味で発音もあまりきれいじゃなかったりする。
逆に言えば、音程なんて表現が細やかになっていけば勝手に合ってくる。このままじゃ繊細な表現を実現できない!→実現できるくらい音程が正確に合わなきゃ気が済まない!という感じで修正されるから。
その一番素敵な例が、完全独学で名手レベルまでのし上がったギタリストだろう。彼らの表現に、義務感でやらされて正確さを獲得したような音は皆無だ。ハートに突き動かされて精緻を極めた音だけが、そこにある。
表現したいフレーズが完全に線になっていて、その線に然るべき音程の音がはめ込まれている感じ。
「そんなにざっくりな表現で、そこまで音程が合うはずないんだけどな、どうなってんだ??」
なんでそんな、音程だけ全力で合わせたような音で弾くんだろう?というか、なんでそんな演奏で問題ないと思うんだろう??
それよりは表現も正確さも拙いけど、ヴァイオリンが好きという気持ちが音にはみ出たような、一生懸命弾いている演奏のほうが自分は好きだったり。
実はここまで書いた音大以外にも、弦の名門かつ指揮の名門と言われる音大がある。
そっちの音大では、上で書いた傾向を比較的持たない人が多いと言われる。
しかも草創期に在学していたOBOGが、常設ではないが世界的に評価されている、いわば祝祭オーケストラを結成したこともあるレベル。
そこでコンミスを務め、海外で教授をやっていた女流ヴァイオリニスト(故人)曰く
「〇〇先生(その音大の創設者)に教わったことは、世界中のどこでも通用した」
この言葉は非常に重い。
まあ、自分が今更音大に行く可能性なんて、入るまでの大変さはもちろん卒業した後どうすんの?という問題も踏まえて万に一つもない。
しかし、もし今後音大に入れるチャンスが巡ってきたなら、どうせ入るならそこに入りたいなーと妄想するくらいには興味あったり。
週末のライブのチケットめっちゃ余ってるらしいです。まあ当日発券なんで実際どれくらいかは開場しないとわかんないんですが。
さて本題。箇条書きで行きます。匿名だから主語デカの強い言葉を使うぜ!一般化してるけどだいたい自分のこと。
今の集客って関東1.2万くらいのイメージなんだけど城ホ埋まってるのがよくわからん。デレミリシャニだいたい同じくらいだと思う。
あとぶっちゃけ人気キャラ使い尽くしてライブに出るような新規声付きは10年前後声つかなかったくらいの地力しかないから厳しそう。
なんかホテルが高いとか言ってる人もいたらしい。国民が貧しい。
なんやかんやかつての覇権コンテンツであることは間違いないからファイナル商法すれば西武ドーム埋まるんじゃないですかね。
自分の思う形の納得や満足を誠実に追い求めて、情熱と喜びの実感があればそれは手に入る気がする。悟りなんか開きたくもない。
そこに理屈なんてなくて、それ自体が心のなかで自明に存在する。哲学のタームや遡及的な論理の補強なんて必要ない。
強いて言えば脳みそがそういう形をしてるのかもしれない。それは価値判断の問いを事実の領域にまで移すのかもしれない。
ならば脳みそをちょちょっと操作すれば幸福はいとも簡単に手に入るのではないか。
例えば薬を打てば、苦しい日々の末に自分の音楽がバズって人々の耳に届いた瞬間と同じ幸せが手に入るかもしれない。それも時間をかけず、苦しみもなく。その喜びの大きさは知らんし、そんな事が可能になるのかは分からんけど。
チートを使ったってゲームは面白いだろと思うおれでも、何故かそれに対しては強い抵抗を覚える。
少なくともおれの世界観では、自分の思う幸せを実現している人間は全て人生の勝ち組だ。
仕事終わりにサウナでサッパリする。マンガの連載を勝ち取る。日々仲間と音楽をやる。大金持ちになる。ギャンブルに熱狂する。大事業を成し遂げる。好きな人と結婚する。道端の石を凝視して悦に入る。
個人的な憧れの度合いに差はあれど、そこに妥協なき満足と納得があれば全て美しい生き方だ。
最も強い権限を握るジャッジは各々の頭の中にいる。自己完結的な満足に限らず、他人を必要とする感情が尊いと判断するのもそいつの裁量次第だ。
でもそいつをだまくらかして幸せを脳から直接引き出すのは許しがたい外法に思えてならない。他人がそれを選ぶかどうかは知らんし勝手だけれど、少なくとも自分は嫌だ。
そこだけは正攻法でなければいけない。人からスッた金で買い物はしても、直接万引きしようとは思わないかのように。
色々考えたけれど、結局それはおれが「自然派」だからのような気がした。
おれは自然派を滅茶苦茶バカにしている。ヒュームの法則なんて知らずともその内容くらいは分かるだろ。
自然主義の誤謬的なアレ以外に、「天然」をありがたがるのも。
味の素フォビアとか。自分の味覚もよく分からず、美味しんぼか何かの受け売りで美食の何たるかを語ってるんだと思ってる。
当人は本当に不快な味に感じていたり痺れを覚えるのかもしれんけど。その感覚を共有する術は不確かな言葉以外に存在しない。おれは思い込みが激しいだけの間抜けだと思ってる。根拠はない。
そんな自分にも自然派めいた所があるかもしれないというのは認めておきたい。理屈に先んじて存在するその感覚を。
もっと言えば、意志や価値や納得なんてものは脳が生み出すただの現象に過ぎない、という考えの時点でちょっと抵抗はある。なにか人間の意志の神秘性を信じていたい気持ちがある。オカルト属性もあった。
まあそっちは別に元々バカにもしてなければ、自分と無縁だとも思ってないけど。何かを信じて幸せになれるならそれは意味のあることだし、そんな事は誰だってやってる。
更に不思議な事に、鬱病とかへの療法として向精神薬を飲むのは外法認定されない。
意志や幸福を神聖視していても、負の感情はそうでないのかもしれない。
幸せのための避け難いコストとしてやむを得ず感じる事はあっても、それ自体は無意味で不快な産業廃棄物と断じているのかもしれない。そこだけは仏陀と意見が一致する。
自分の望みを実現すると喜べるのは苦労の末というスパイスがあるからではなく、それが心から求められたものだからなのだと思う。
細かい事を考えると、「嫌い」の基準そのものはまた別のような気がする。幸福を出力する「好き」と対をなす感覚として、自分の嫌いもに嘘をつきたくはない。
Vtuber 名取さながAI反対派の絵描きオタクに燃やされそうになっている
一例
https://x.com/shint_akatohi/status/1833554700098302062?s=46&t=5SC2ijxK10L6bnY__PUM5A
この曲は実際には人間が作ってる!とか言われてるけどそんなことは実際どうでもよく、音楽のAI使用(だと彼らが判断して)燃やすのは結構珍しい
彼らは基本的に絵にしか興味がなく他の創作を見下しているためお絵描きAI以外にキレることは少ない
YouTubeにはSuno AIで作った曲が溢れているが燃やされるところを見たことがない。
今回は一体どういう了見だ?と一瞬思ったがすぐ察しがついてしまった
名取さながVtuberだからだ。お絵描きオタクと距離の近いところにいるVtuberがAIを許容することは彼らの中では許されないんだ。
浅い、あまりにも浅すぎる。彼らの著作権意識は全部お題目で、実際には自分たちの損得勘定が大きく関わっている。
かっつーが「ゲームのカード落としちゃったァ〜」と数々の曲を無断学習(笑)して作られたAI製の曲をBGMにしても怒らない。なぜなら音楽なんでどうでもいいしかっつーなんて自分らと関係ないから
ただ名取さながAI製の(実際には違うらしいが)曲を歌うことは許さない。なぜなら音楽なんかどうでもいいけど名取さなはオタクの近くにいるはずのVtuberだから
ただしたっくーtvが動画の途中にAI絵を使うのは許さない。なぜなら絵だから
音楽に限らず、嫌いは言わない方がいいぞ
あっちの俺はシンガーソングライターでチャートを賑わせてるってさ
あのとき先輩に音楽の道に誘われたとき、断ったのが失敗だったらしい
そのまま誘われて、才能開花させれば上手くいったっぽい
悔しい
あっちの俺は結婚もしてるらしい
シンガーソングライターになる過程で出会ったファンだって
その子のことを思って書いた歌がヒットチャートランクインするなんて、夢のようじゃん
悔しい
家も建てたって
悔しい
悔しい
悔しいーーーー!!!!!
悔しがってたら、明日一日だけ代わってくれるって!!
やったーーーー!!!!!
新しい発見があるかもよ!
ネットだとこれ言う人多いよな。
彼女いたことあるっていうか普通に20代の頃に恋愛結婚したけど、子供の頃は筋金入りの陰キャで(たぶんASDで)カスゴミみたいな扱いをされてたし身体も小さく運動音痴だった上に増田みたいに音楽やる機会なんかにも恵まれず青春みたいなのは全く無かった。陰キャなのは今も同じ。あと身長も今でもかなり低い。
一連の流れを見ていて、俺のキモい自意識がどれくらいキモいのか気になったので投げつけてみる
36歳男
167cm 60kg
顔はすい星のごとく某所を席巻した新生永世名人に似ているらしい。シンプルに恐れ多い
年収850万
社交性レベル(この項目はどう評価すればいいんだ?)は社会人としてはふつう、私人としては彼女がいたことがないくらいに弱者
酒好き、タバコ嫌い
オシャレははっきり言って金ばっかりかかって嫌いだが、婚活に向け髪を切り眉を整え、ワンシーズンごとにユニクロ無印にセットアップをすがるくらいのことはしている
女友達なし。中高大に友達がいたことはあるがとっくに途切れている
男友達は10人くらいと言えばいいのか?ただ学生時代の友達ばかりで増えることはほぼない
年収850万とほかの弱者的要素を足して割ってようやく平均かそれ以下くらいという体感(伏線回収)
逆に言うと850万ぽっちでは無双できるわけでもなく、婚活を通して強く言い寄られるわけでもなく、弱者要素が相当に足を引っ張ってるのを痛感する
楽器やってたので惰性で続けてる
ただアドリブできないので積極的に人前で言うことはない。「なんか弾いて」という言葉ほど素人を殺すものはない
と挙げられるほどの趣味ではないが、低山とはいえ三月にいっぺんくらい登ってるので許してほしい
ロクに運動してないのところから限界に挑む感じが好き。あとひねくれず普通に自然が好き
マジで何でも読んでる
突撃しては死ぬほど疲れて敗退するのを繰り替えてしている。効率が悪いのは大目に見てほしい
→うち3回目デート到達数がのべ3回くらい
→うち3回目デート到達数0回。これは厳しい
→うち3回目デート到達数1回
アプリは死んでるのでそっと介錯しておいてほしいが、ほかで3回目まで行って付き合えなかったのは先に俺がギブアップしたから
ネットのナンパ師のブログを読みふけり、聞き専に回り、(ぎこちなく)褒めそやした甲斐もあり、おそらく女性の最低ラインは超えたのだとは思う。しかし俺が全く楽しくなかった
彼女たちはよく仕事でも会うような、ごく普通のいい子ばかり(歴戦を感じさせるいわゆる婚活戦士たちは、求めるハードルが高いのか切られることのほうが多い)
ただ圧倒的に受け身
元来しゃべらないとこを是とする弱者男性にとって、今後もこの寸胴の銅鐸を叩き続けなければならない運命に絶望するしかなかった
あと付け加えると皆俺に興味なさすぎ。マジで俺のこと聞いてこない
よくて、義務的にちょろっと俺の趣味を聞き、掘り下げあぐねて引っ込めるだけ
男のヒアリング能力はどこへ行ってもダメ出しの嵐というのに、この初歩にすら立ってない歴然とした差はなんだ。ここすら掘り下げやすいようにお膳立てしなきゃいけないのか?
会話に関してはギブかテイクかでいえばだいぶギブ側だった自負があり、すなわち3回戦で自滅する要因でもある
クソ疲れるとしか言いようがない。これで相手を好きになれる男とか存在するのか?
(正直ここは毎回神経をすり減らしてるところなので、キモいと言われようと全くかまわない)
ただまあこれは、俺の業の鏡写しでもあると思う
何様ってことは承知で、まず俺が順当に進められるスペックの裏返しなのが一つ
そのうえで己の努力を無意識に相手に投影してしまっているのが最悪で、婚活を長引かせている要因でもあるんだろう。盛大なブーメランだ
はっきり言ってよく分からない。この要求の仕方が一番の地雷らしいが
これに尽きる。細分化すると
こんな感じになると思う。顔だ体重だと実際のところあるとは感じているんだが、
まず前述の項目にを満たす女性が世の中に存在しないんじゃないかってくらいいないので、苦しくない程度に合うことを優先しプライオリティを下げている
俺もコレ。これまでの子とはまず話してて楽しくないので、なにがどうなると伴侶ができて人生バラ色になるのか想像がつかない
いや、当然全部バラ色に染め上げてもらうことは求めてないんだけど、どうなると、こう、お互い前を向けるくらいプラスになるのか分からない
あまりにもまったく想像がつかないので、要求項目がクリアにならないジレンマ
あとは恥ずかしいんだけど、この歳で童貞なことが相当にコンプレックス
特に結婚相談所での活動を続けた場合、俺は一生のセックスを相手に捧げることになる。自分で言っててクソみたいだがこれでハードルが上がってるところがある
じゃあなんとかこの呪縛を解消しようとしても、もちろんアプリで適当にヤリ捨てられるスペックは当然ない(アプリ女性はモテ男じゃないと許さない傾向かなりあると思う)
また風俗で捨てるのは恋愛行為ではないので、俺の中で心理的に捨てたことに多分ならない。愛される経験がしたい
やっぱ書いててキモいなーコレ。むしろ中途半端に進められがちなのがよくねーんだろな
耳コピするとき、基本的にはまずベース音を聴き取って、ベース音がルートのコードがギターで弾かれてることが多いから、そこからギターパートを聴き取ったりするわけだけど、
肝心のベースが低周波帯なので、そもそも人間誰しも聴き取りづらいわけだけど、でも、ベースがないと物足りなく感じるし、
ドラムはリズムを、ベースはリズムと音をキープする大事な役割だから、ないと困るわけで…
というか、演奏が上手いか下手かをジャッジするために音楽聴いてるわけなんてないわけで、そんなこと気にせずカッコイイか、気持ちいいか、だけでいいと思うんだよね
上手いなぁって思うのは、あー、ここでこのコード持ってくるか、とか、ここでこう転調するのか、とか、聴いてるときに分かるときもあるし、
自分レベルだと耳コピしていて気が付くことの方が多いし、当たり前だけど、超絶奏法みたいなのは凄いと思うし、
自分の耳コピレベルでまったく追いつかないときとかにも凄いなぁとコナミ感あるし…
でも、前にYouTubeだったかで、超絶奏法でキーぐらいは合ってたかもしれないけど、コードトーンから外れすぎてるというか、単に音がまったく外れた演奏で、
超高速なスウィープやピッキングが無駄になってて、コメントでも叩かれてたんだけど、速弾きができるからといって、これではまったく無駄なわけで、
同じく曲聞いてても、頑張ったらたまにベースやドラム聞こえるぐらいで、面倒なので頑張るのやめた
ギターのリフとか特徴的なイントロのメインの音とあとボーカルというかメロディしか残らんのが基本だけど
小さいライブバーとかでジャズのセッションとか聞いたら流石に聞こえやすいし、演奏してるの見えるからこの音がこのリズムで鳴ってるが結びついて理解しやすいし、ソロパートも多いし(他が控えめになる)
で、次からでかいライブでもそこまで頑張らなくてもベースカッコいいなとか、目立たないギターとかいいなとか思ったりすることも増えて、
年取って耳が悪くなってまたもとに戻った
生まれつきか経験上か、文字情報>映像>聴覚 で、耳からの情報はめちゃくちゃ意識しないと留まらない
簡単な曲とかだと聴いて覚えて歌えるけど、リズムも音程も微妙な時は、楽譜というか図にしないと覚えにくい
んで、音楽好きな人と語るのが多かった時と、一番聴ける時期が重なってたんだけど(偶然というか、必然というか)
結局、そういう風に音楽語る人の好きさと自分の好きさが違うなーって思って諦めた
これも生まれつきの好みもあるんだろうけど、深入りしなかったから、知識や読解力が伸びなかったとかもありそう
あと年齢
今の20代、30代なんて、美味しいものとかコース料理とか食べたことない奴いくらでもおるで。
俺がいる会社の20代、30代前半ぐらいの同世代とか、会社行事で1人1万円ぐらいのコースとか連れていかれた時に、「今日の飯、ちょっと緊張したわ」「こういうところ連れてきてくれる所だけはこの会社いいわ」と言ってるで。
俺も実際そうやし。
そもそも、20代とか、飯とか服とか音楽とかライブとか海外旅行とか車とかに金をかけるより俺もゲームに全振りしてるわ。
でも別にもう終わったとか思ってないで。
ただ、周りの友達と似た経験したいならこれからやったらええやん。