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2018-06-22

anond:20180620191142

34歳未婚女性のことをボロクソに言う人が結構居て驚いた。

最近、34歳の女性結婚したので、どうしても他人事とは思えない。

私は29歳の理系研究職で、年収はおよそ600万円。顔は良くも悪くも普通で、背丈は175cmくらいある。

海外出張中の深夜テンションで少し書きなぐりたい。

妻と出会たことは私にとって本当に幸運だったと思うし、妻のことが日々愛しくてたまらない。

少し前までは、「死」というものが怖くてたまらなかったけれど、妻が先日「わたしたち最期は一緒のお墓に入れるんだね」って嬉しそうに言ったとき、目の前がぱっと明るくなったような気がした。

もし何かの手違いで、万一うまく埋葬してもらえなかったとしても、それでも死後の世界ではずっとふたりで一緒に居られるような気がして、すごく魂が救われたような心境だ。

私はこれまで微分方程式積分幾何複素関数行列代数などとばかり向き合った青春を過ごしてきて、恋愛事とは縁遠い世界に居た。

それでも結婚願望はあり、いい人が居れば紹介してほしいと知人 (既婚女性) に頼んでいたところ、紹介してもらえたのが妻だった。

妻は初め、私の正確な年齢を知らなかったらしく (紹介者がはぐらかしていたらしい)、数回目のデートで私が5歳年下だと知り、仰け反って驚いていた。

私は出会ってこのかた妻の年齢を悪く思ったことは一度も無いし、むしろ、妻の言動の端々から感じられる知性や、心の余裕、10年以上のキャリアで積み上げてきた専門職としての価値観などは、歳を重ねることで磨かれてきた魅力なのではないかと思う。

「魅力に劣る34歳女性存在する」は確かにであるが、「任意の34歳女性は魅力に劣る」は明らかにである

34歳であることは、女性が魅力的であることの必要条件でも十分条件でもない。

 

なお、私の妻は下記のような人物である

2018-06-19

きょうもえさんは人の悪口言うのやめたら?

いや悪口は大好きですし怪しい奴を調べて突っ込んでるのは大げさに言えば世直しであって感謝されこそすれ非難されることじゃないんですけどね。

でもそういうのってお金にならないじゃん。

お金に困ってる人が書くべきブログってそういうものじゃないと思うんだよね。

別に互助会ステマクソブログ書けとは言わないけど、もうちょっとお金になるようにブログ書いたら?

宮森はやとなんかおっかけてつっついて、そりゃ悪趣味な喜びはわかるけど、生産性ゼロじゃん。

あの人にお金投げる人たちも騙されてるんじゃなくて悪趣味なだけだから

警鐘を鳴らして詐欺被害を減らす」みたいな意義すらないわけで。

トマト野郎はもうちょっと警鐘鳴らし続けたほうがいいけど)

そういう、意義もなく金も稼げないようなブログって要するに遊びでしょ?

創作活動でもいいけどさ。

お金全然ない人が稼ぐ方向を見ずに創作活動ばっかしてんのはどうかと思うよ。

人を面白がらせてお金も頂けるようなブログチャレンジしないの?

2018-06-09

遊ばれる女の気持ちが分かった瞬間 / UKへ旅立つあなたへ

2018年夏より単身渡英をして活躍する女性アーティストがいます

彼女はしがらみや個人としての魅力を抜きに、一人の芸術家として才能を認められることを目的

単身で渡航創作活動をするそうです。

まり彼女女性としての性的魅力などを一切排除した状態で才能を世界的に評価されたいと考えています

しか彼女が渡英をするための費用は、風俗店およびそこで繋がったパトロンから捻出されたものです。

彼女日本を離れることですべての過去やしがらみを消し去って単身渡英し、純真無垢女性というブランディングをもくろんでいるわけです。

僕と彼女出会い彼女が勤める風俗店でした。

3度ほど通った後、連絡先を書いた紙を渡すと彼女はすぐに連絡をくれました。

そして連絡を取り始めて1週間後くらいから僕たちは関係を持ち始めました。

まだ寒い冬のことです。

初めの頃はお互いに忙しく、夜遅くに集合して食事もせずにわずかな時間をお互いの体を求め合うことに費やしました。

そして次第に会う回数も増え、休みが合えば美術館などにでかけることもありました。

しかしお互いに情が深まるにつれぶつかることもあり、その時が来ました。

メッセンジャー上の口論で私が別れをほのめかすと、

彼女は「自分はもうすぐ日本をでるのでどうせ長くはいられない」と伝えてきました。

彼女は渡英することを自分出会う前から決めていて、それを自分に伝えずに半年の間関係を持ち続けていたのです。

彼女曰くカウントダウンのように会うのは辛かったと。

彼女にとって僕はイギリスに行くまでの都合のいい友達

彼女自分の夢を叶えるまでの自分の性欲を抑えることができませんでした。

言ってしまえば性欲処理のための道具だったのです。

彼女は真のセックス中毒者です。イケば全てを忘れてしま特殊な脳の持ち主です。

私が睡眠薬自殺未遂を起こしてから、「心中可能性が怖くてもう会えない」と言われましたが、

その後も続けて数時間情事のためにホテルまでついてきました。

渡英後の性的快感のためにある部位にある手術も施しています

彼女の情が僕に移った瞬間もいくらかは垣間見えましたが、

本当に彼女にとって自分イギリスでの奔放なセックスライフまでの繋ぎだったのだと痛感しました。

彼女自身の汚れた過去忘却するために渡英するのであれば、

同等に自分にもこの辛い記憶忘却する機会が訪れることを願います

2018-05-13

誰にも伝わらなくていい自分

ROM専アカしか持っていなくて反論する術もないしわかってもらいたい相手もいないけど言われっぱなしは嫌なので。

百合が好きな男性を「百合豚クソオス」と呼び「百合に関わる女性ごと彼らの為のポルノ」と、百合創作を楽しむすべての女性を踏み躙る発言、本当に許せない

百合を楽しむ男性女性異性愛者、同性愛者、すべての人にとってあまりにも失礼

私が百合を読んだり描いたりするのは「百合豚男」に「消費」されるためではない

女性女性との間にある様々な関係性や物語に胸が高鳴り、自分経験に重ね合わせたり、経験のない感情に思いを馳せたりして、その時に感じたことを自由表現したいか

ちなみに「動く肉」という発言について「あの発言は悪くない」と言わないのは、あの発言が悪いと思っている人たちが誤読をしていて、私は発言者がどういう意図でその言葉を使ったのかわかっていて「悪い」と思っていないから(過激誤読を生む言葉のチョイスだとは思うが)

リズと青い鳥試写会写真百合が好きな女性が映っていないというけど、アニメ映画試写会って内容に関わらず声優が好きな声優オタクが集まることもあるんじゃないですか?「リズと青い鳥試写会女性が少なくて男性が多い」は事実だけど「リズと青い鳥試写会女性百合好きは少なくて男性百合好きばかり」は妄想ですよ

あさがおと加瀬さん。マイナビティーンズ女性限定試写会募集をかけているのは、「百合豚」が10女性を「消費」するためではなく、あさがおと加瀬さん。という作品君に届けのような少女漫画風の作品からじゃないですか?

百合憎しで目が曇り、自由な心で創作活動や百合作品を楽しむ人々を「男様の奴隷」というような言葉で踏み躙るのはやめてもらいたい

つらみ

将来への不安死ぬ事への恐怖、結婚できるかどうかとか、そういったものだけを普通の人は「つらいきもち」として認識しているらしいことにここ数年やっと理解が至った。自分場合はそれとはまた別の正体不明の「つらいきもち」も存在していて、これも含めて一般的な「つらいきもち」だと認識していた。みんなもそうなのかなぁと思っていたけど、違ったっぽい。これじゃ普通の人とは微妙に話が噛み合わない上に誤解されるわけだなぁと。

自分自分で、なんでそんな斜め下の解釈するんだと腹が立つ事がよくあったけど、その「斜め下」の解釈がむしろ一般的であって、自分が運悪く例外的経験をしてきた事で認識が違ってしまっていたらしい。

そしてこれまでは、自分のこの「つらい」の正体を正確に把握できた事がなかった。何故かと言うと、気持ちの原因を思い出すことが精神的に非常に苦痛だったため。

原因というのは家庭環境、養育環境のことで、学生時代にもこれについての問題意識はあった。

ふとした切っ掛けでスーザン・フォワードの「毒になる親」と出会って実際に読もうとしたけど、冒頭の数ページ読むだけで精神的に不安定になってしまい、結局その時はそのまま先には進めなかった。大学卒業後も同じことを4年くらい繰り返していた。

でも一人暮らしを始めて2年経ち、転職をしてという直後から半年間立て続けに起きた出来事対処する一環としての取り組みの結果、最近では「つらい」の比較ちゃんとした輪郭と、具体的な内容と原因が把握できつつある。「毒になる親」も最後まで目を通すことが出来たし、関連する他の書籍にも手を出せている。


自分の「つらいきもち」の正体は自分歴史的経緯から来るものだという事が確信できた。ただ、その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身だという事も段々分かってきた。

一言で表すなら「毒親の影響」ということになるけど、もう少しちゃん表現するなら次みたいになる。(まだちょっと分析甘い)

認識できている範囲の話だけど、これらが自分の「つらい」のキモのように思っている。

毒親」ってワードを使うとすぐケチ付けてくる人間いるから面倒だし、言葉暴力的ストレートから別の表現必要だと思わなくもないけど、それでもこの単語は凄く的確な表現だと思う。

幼い頃から刷り込み自己否定などの「毒」を植え付けて、親と同じ空間におらず暴言を吐かれていない瞬間でも、自主的自己否定を繰り返すよう教育することで、大人になったり独り立ちした頃には苦しみのたうち回り…みたいな。のたうち回るような元気が残ってる人がどれだけいるのかって話だけど。

虐待によるトラウマを除くと、毒親による影響で特に大きなものは親を自分に内在化してしまうことだと思う。これにより何が起こるかというと、自己否定デフォルトとしてしまうことが挙げられる。

この自己否定ポジション的には超自我かにあたるもので、本来なら自己否定なんかじゃなくて規範としてどちらかと言うとポジティブな物として機能しなくちゃいけないんだけど、親が精神的に未成熟だったり自分人生課題に対して答えを出せていないとかで不安定な場合は、「毒」を規範として植え付けられる結果になってしまうのかなと。

それがどのようにして植え付けられるのか、憶測込みだけど文字に起こしてみると案外悲しい感じになった。

思考するだけだとそんなでもなかったけど、文字に表してみるとやっぱりこう、悲しいというか、しょうもないというか、酷くがっかりする。

休日に少しでも長く寝てたり、病欠したり、平日に休暇を取ったりすると

とか頻繁に怒鳴られてたけど、あれは完全に自己紹介だったなと思う。当時はそう思う余裕は無かったなとも改めて気が付いた。

うちの場合問題の中心は父親だったんだけど一方の母親は何をしていたかというと、俺をかばうどころか、フォローするどころか、傍観をするどころか、「あの人がおかしな事をするのはお前のせいだ」と罵ってくるタイプ人間だったので、自分の両親は味方ではないという認識だった。問題のある人間問題のある人間とくっつくんだな、という気持ち

兄弟は妹がいるけど、妹は味方というよりは共通の敵を持つ他勢力みたいな認識だったな…。

去年会って話をした時には、当時俺に対して「哀れだな…」と思っていたらしい。それは俺を庇って同様の被害を被るよりずっと利口だと思うし、去年妹と会話をして結果的問題改善が進んだし、妹が逞しく成長してくれていてむしろとても助かったと思ってる。「こっちに来るんじゃねえぞ、そのままいけ…!」みたいな。ありがとう

少し前まで、どんな些細なことであっても何か考える度に最終的に「死にたい…」という結論に結びついていた。

去年あたりから自分の親は毒親だった」と認識でき始めて、更にここ1,2ヶ月は「毒親」と濁すんじゃなくて、自分経験させられた事を「親から虐待だった」と自分に対して説明することができるようになってきた。

昔と比べてかなり進歩したと思う。昔ならそんな認識は恐ろしくて出来なかった。自分はそんな酷い目には遭っていないと思いたかったんだと思う。

そして少しずつだけど、自分のことを大事にするという概念が掴めてきているような気がする。

自分のことを大事にするといえば、最近また新たに気付いた事があって、これは個人的にはかなり収穫だと思ってる。近いうちに効いてくるはず。

初めの方で書いた「その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身」の事なんだけど、これについての現時点での理解ちょっと整理したいと思う。

大きく2つあって、1つ目は、この記事中で何度か出てきている「自己否定」「毒」という存在の在り方と、これがそもそもどこから来ているかについて。

自己否定が起こるのは自己評価が低いためだと思う。じゃあ、自己評価が低いのはなぜ?という話になってくる。

自分欲求ちゃんと満たしていないためだというのはあるかもしれないけど、自分場合はそれよりも重大で根本的な問題として、延々とされ続けた親の否定的刷り込み存在が強いと思う。

から虐待人格否定を受けることで幼い子供自己認識は「自分は無力な人間ダメ人間」となり、それがそのまま人生脚本となり、無意識にそのように振る舞ってしまいそのような人間になる。

それを精神的に未熟な親が自己有効感を得るエサとして利用(虐待人格否定)し、それにより子供は更に自己無力感に陥り…という、子供にとって悪夢のような悪循環が発生する。このサイクルが「否定的刷り込み」の実態であり、毒親子供に植え付ける「自己否定」や「毒」の正体なのだと思う。

この強い自己否定感、自己無力感は、親が自身無力感精神的な不安定さをカバーするために押し付けられた親自身問題であり、こう認識してしまうともう親に対して「ぶっ転がすぞ」という気持ちでいっぱいになる。

以前は親に対してこんな認識を持つどころか「もう人生だめだ…死にたい…」となっていたのでこの気持ち進歩だと思う。

まり自分に対する自分認識は、無意識に親の自分へのニーズを反映したものであり、自分自分を正しく認識した上で自分に下している判断ではない。

内面化した親のニーズ自分を見ていたのだ!(強調したい部分)

毒親内面化してしまっている」という表現書籍ブログで何度か見かけていて、ただ実際どういう状況になっているのか全然理解できていなかったけど、この考えに至ってようやく合点がいった。であれば、ひたすらに自己否定をしてしまうのも納得がいく。親の抱える問題を解消できない限り自己否定は続くんだと思う。

からしたら本来自身が頑張らない限り親が死ぬまで未達だし、親が死んだ後であっても、内面化した親(のニーズから見て未達なので、子供無限自己否定し続けることになる。

自己否定の原因を正しく特定して認知を変えないと死ぬまで自分否定し続ける。

こんなの「毒」じゃなかったら何だっていうんだ。現代呪いじゃん。洗脳とも呼べるのかもしれない。まぁ「刷り込み」って「洗脳」の呼び方変えたようなもんだし同じようなもんか。

2つ目は、やり場のない感情とその矛先について。

ここひと月ちょっとは、過去に親との間にあった出来事と当時の自分感情を、出来る限り思い出して言葉として書き出すという事をやっていた。

これによって狙っていた事は、自分意思だけでは思い出し切れないトラウマ記憶に近い時系列記憶に迫り、文字に起こして認識することで「過去出来事、終わった事象」として自身に印象付けようとしたのと、あわよくばトラウマを芋づるで掘り当てて、当時の自分解釈現在自分解釈認識を上書きすることでトラウマを軽減、解消する事だった。

精神的な負荷が高いから嫌だったんだけど、EMDR以外では1人で出来るもの現実的っぽそうなのがこれしか無かったので、今の自分であれば精神的に安定している時なら回復にそれほど苦労しないと判断して挑むようにしている。

結果的にはまだ解消に至ってはいないけど、認識できていなかった事を認識することが出来た。

自分自分感情無視していた事に気が付いた。これ文字にすると厨二臭くていやだな。

無視していた感情というのは、具体的にはある期間の横暴を働く親とそれに対抗できない自分に対する強い憤りなんだけど、当時の自分ストレス発散の手段を親に奪われた挙句愛玩動物の延長みたいな扱いを受けていたので、感情を解消したり発散する機会が無い状況だった。

自分意思表現すると「立場を思い知らされる」ので、あまりの怒りと無力感から自分の机に伏してバレないように動物みたいな唸り声を上げたりしていた。趣味生き甲斐も取り上げられ仲間とも断絶されて、ストレスから肌も顔も荒れ放題、耳は切れて黄色ブドウ球菌に侵されてリンパが垂れ、首筋もあかぎれのように切れてしまい、腕の皮も荒れて剥け落ちてという有様で、生きているのがひたすら苦しかった。

病院には行っていたけど、治癒スピードよりもストレスによる身体破壊が早くて当然なかなか治らなかった。鼓動が早くなっていて体温も通常時より高く感じていたので、自律神経失調症にもなっていたなと思う。これまでで一番白髪が多かったのもこの頃。友達からは「お前、なんか覚醒するんじゃねえの」みたいな軽口を言われてちょっと救われた。高2〜3の頃だったと思う。

これを書いていると、今すぐ家を飛び出し実家に乗り込んで、徹底的に仕返しをしてやりたいという衝動自分の中に確認できる。この期間は同じく家庭環境が複雑な友達が支えてくれていたお陰で、問題を起こさず自分も生き延びる事ができた。その友達との連絡は今はもう取れなくなっている。まだ生きていてくれると嬉しい。

この記憶を思い出した事で付随する感情も引きずられて出てきて、この時に気が付いたのがここ数年ほとんど自分の怒りらしい怒りを認識していなかったという事で、なんというか新鮮な気持ちになった。感情が揺れ動くのがなんだか嬉しくて、ちょっとクワクした。

「怒りを感じていなかった」というのが実は大問題だったと思う。

この怒りの矛先は本来親に向けて抵抗するために利用すべきだったものなんだけど、利用できていなくて、そして最近ありありと思い出せたという事は当時のフラストレーションが解消されず残っているという事になると思う。解消できていないのならそれを感じなくなってしまっていたという認識おかしくて、じゃあ認識できなくなっていたそれはどこに向かっていたかというと、これはまだ検証中ではあるんだけどどうやら自分自身に向かってしまっていたっぽい。怒りの矛先が自分に向かうことで、自己否定を一層強化してしまっていたんじゃないかと思う。

しんどいのは親に向かうはずの感情の向き先が自分になってしまっていたため」と考えてみるようにした所、体が以前よりも軽くなり、洗い物が出来ない、風呂に入るのがつらいなどの恐らく精神的な問題が急に改善されだしたのは大変嬉しいんだけど、ネガティブな側面として最近色々な事にすぐイライラするようになってしまって困った……。これは多分……親に向けるべきものが溢れてコントロール出来ていない的なものかな……と思ってる。

でもこれは創作活動転用できるエネルギーだと期待しているので、自己否定改善と併せて、またしょっぱいながら活動を再開していけるんじゃないか自分には期待をしてる。

まり何が言いたいかというと、動けない、簡単な事ができない、しんどいという状態は何かしらのネガティブな強い感情無意識自分に向かうことで強いストレスを生じ、そこから起こる精神的な問題なんじゃないかと思う。と書いたところで気が付いたけど、よく見かけるような文になったし、そんなに発見ではなかったかもしれない。でもこれまでの情報との紐付けができたので、これはこれで知見かもしれない。

最近の取り組みは方向性は間違っていないと思う。例え間違っていても、死ぬまでに目的を達成するためにも引き続き認知の歪みを直す取り組みを続けたい。

「やりたい事をやらないのが苦しい」のは当然だけど、「やりたい事をやるのも同じように苦しい」というのは異常だし、このままじゃ今度こそ気が触れるかもしれないので、出来るだけ早く絶対にこの状況を脱したいです。おしまい

一人暮らしを始めて転職して、そしてまた引っ越した際には保証会社を使ったので住所を自分からは伝えていない。確認可能らしいけど。

ゴミ親父は前々から借金していた事が去年発覚して、その際に出向いて縁を切ってきた。俺のこの先10年間と俺の収入を返済に充てたかったらしい。ぶり転がすぞ。

母親は発覚直後もほとぼりが冷めてからも、問題には触れようとしない他力本願ぶり。あんたは昔から自分にとって都合の悪い事はどんな些細なことからでも逃げるよな。いや、借金父親独断からその点だけは間違っちゃいないけど自分が住んでる土地?家?が担保にされてるのにそれは無いでしょう。

みたいな状態なので、実家はもうどうにでもな~れという気持ち。妹ちゃん脱出がんば。応援してる。

早く人間になりた〜い

2018-05-06

anond:20180505191545

この人のフリーペーパーって書店界隈では結構有名で、自分はこの人のトークショーに行ったりしたこともあったんだけど、どれだけ売上貢献したか?についてはほとんど言及されず。

>フリーペーパーについても頒布コスト書店大学持ちの同人創作活動になってませんか?

聞きたかったけど聞けなかった質問だった。

2018-05-05

ひとつ本屋で起きたこと。」はここ10年で割とよく見てきたはなし

https://nyawaraban2014.amebaownd.com/posts/4135126

自分も数年前に大学内の類似施設で似たような問題に直面して数年解決を試みたけど

自分の実力だけでは解決は難しいなと思ったので、諦めて業種替えした。

最初転職活動年収が100万円近く上がったのには唖然としたけど。

自分が好きになったことにつけ込まれ業界で働くより、自分評価してくれる業界で働いた方が金銭的には

幸せになれると思います

委託元としての大学

業務発注するには業務内容の把握と評価を適切にできる必要があるが、大学側に書店運営

評価できる人材がいることは期待できない。

誰もが(財務課が)納得する「委託費用」に評価の重きが置かれることになりがち。

大学全体として正規職員以外の職位者には歪んだ指定制度の名残か最低賃金(以下)で雇いたい傾向が強い。

非常勤教職員ポスドク委託スタッフ、下手すれば実質労働時間で割ると最低賃金下回るのでは?

私は文中のクレーム入れてくる教授を「書店に関心があり心身になってくれる良いお客」というよりは

ベテランが積み上げてきた取り組みにフリーライドする組織無意識ブラックカスタマーに思えてくる。

取り組みを評価はしても金は出してくれないもの教授大学運営に強く関わる一員ですから

毎年の委託費を「管理コストは毎年下がっているはず」で委託費用値下げを強行してくるとこも当然ある。

あと、大学事務職の傍流には残念の最先鋭な人たちが集まりがちよね。介護手数料委託費に上乗せしてほしいわ、大学上司氏。

受託企業

大学内の図書販売図書サービス受託する大手書店系や何とか流通センター

契約の獲得にあたり、独自性や高レベルサービスではなく、低価格で何でもやります路線

契約を勝ち取り続けてきた。大学側に価格以外の評価が持ててないことが一因ではある。

契約価格が上昇したのは最低賃金の上昇分と委託価格にかかる消費税増税したときくらい。

それでも利益確保をしようとすると、しわ寄せを現場におしつけがち。

受託企業からみた大学書店運営

書籍販売再販制度があるとは言え、万引きで吹けば飛ぶような利益

コンシュルジュやセレクトショップ形態独自性を出したところで本の価格に上乗せはできない。

必然的に一番高価な維持費である人件費を削減していく傾向は避けられない。

ましてや大学書店生協加入者に1割引きで販売しているので尚更。

維持運営させていくには人を最小人員、最低賃金昇給なしでは事足りず、場合によっては

フルタイムを減らして週20時間以下スタッフ割合を増やし、かつ売り場面積縮小で賃貸料削減も検討する。

教科書・参考図書発注もこれまでの発注履歴からある程度システム化して、業務効率化で乗り切ればよい。

買切りは高リスクなのでできる限り避ける。

あとは現場スタッフでやれるでしょ。

あいつら突っ立って、いらっしゃいませ言って品出しすれば良いんだから、たまには苦労して成長しろ

ちっ、せっかく成長の機会与えてやったら粘りがないから辞めるとか言い出した。

好みで発注しやがって。

せめてリニューアル初期の立ち上げ時にベテランが面倒見てやるのは最低限の義理だろ。とかね。

残念ながらよく聞くはなし。なんか悪い宗教にでもはいっているのかしら。

雇用環境

これまでの日本社会結婚出産正規雇用退職せざるをえなかった女性が非常に多く、一度退職すると

再度の正規雇用はおろか、30代を超えてからフルタイムパートですら見つけるのに苦労する状況があった。

そのため、最低賃金であろうが文化的匂いのする図書販売図書スタッフは大変人気があり、早稲田大学文学部卒や

数十人規模のチームマネジメントをそつなくこなす女性を掃いて捨てるように扱っても応募が絶えない状況が続いてきた。

本を扱う会社文化的であるというより、文化的であることを取り繕える場所って言ったほうが適切な気はする。

ベテラン店員のお役立ち度

ベテラン書店員が高待遇を得るためには店の売上に常に貢献し続けていく必要があるかと思います

長年の経験による発注スキル取材されるレベルの高クオリティフリーペーパーは一体どれだけ

売上に貢献できたか広報活動たりえたか。そして本社大学でその経済価値を共有されていたか

ベテラン店員の「こだわり」が店舗運営上の障害になりうる場合もあります

買切商品を100冊独断発注して1割引きの条件下で販売し「ほとんど売り切れた」として利益でましたか

売れ残ったわずかな冊数で利益つぶしていませんか?

海外文学の棚は売り場面積あたりの売上を従来からどれだけ上げる見込みですか?

フリーペーパーについても頒布コスト書店大学持ちの同人創作活動になってませんか?

文化的評価が高くとも経済的な実績を明示化できないと従業員としての評価には繋がりにくいと思います

書店創作活動継続した利益確保がないと維持できません。

さいごに

今回のような話は「なんとかぜんゆうなんとかどう」で働いていたスタッフから類似した話をよく聞いてきました。

他の大手書店系でもちらほら聞きます。それでも自分が関わっていた頃よりもクソっぷりの純度が上がっていて

開いた口が塞がりませんでした。ベテラン店員の皆様は大学企業のクソさを濃縮して飲まされているようで

胸が締め付けられる思いです。これからのご多幸をお祈りいたします。

こどもがいる自分だけ損してる感ある

アラフォー子ども2人。1人は未就学児。

都内住み。

学生時代から創作活動が好きでジャンルは違うけどいろいろやった。

オリジナル二次創作も。創作活動歴は細く長い。

友人も趣味繋がりが多い。

SNS趣味繋がり。

子どもがいない時はいろんな場所にいって遊んだ

イベントに一緒に出たり、作家さんのワークショップに行ったり、2.5次元舞台を観るために遠征したり。とても楽しかった。

さて、現在

5から6人ほどいた趣味友達はほぼ結婚しておらず子どももいない。

相変わらずやりがいのありそうな仕事をして趣味活動イベントに出たり遠征旅行したり楽しそう。

出会った20代のころはみんないつかは結婚して子どもが出来てママとして子どもと一緒に遊べると思っていた。

いつかはそうなると思っていた。

から30前半で結婚した時も何も考えていなかった。

当然みんなも後に続くと思っていた。

結婚したことで、子どもができた事で、こんなに周りから取り残されるとは思っていなかった。

疎外感しかない。

子どもかわいいし、育児楽しい

友達趣味世界子どもたちがいる生活の代償だったということなのだろうか。

ゴールデンウイークは各地でいろいろなイベントがあるからTL見ながら自宅で羨んでる。

2018-04-14

意識高い新卒しんどい

新卒会社員です。

運良くまあまあ大きくてホワイト会社に入ることができたのだが、同期が意識高くてしんどい

私は就活に向けて真面目にコツコツ頑張ったというわけではない。

大学での制作活動たまたまメディアに取り上げられたりした。それで、「ラッキー!」ってことで、就活ネタにした。すると、思いの外ウケちゃって、うまいこと第一志望群の会社内定が出てしまった。

なので、大規模なセミナー就職説明会に顔を出したり、OBOG訪問などはしていない。就活自体はそれなりにしんどかったが、本当に運が良かったのだと思う。(ここら辺の用語間違えて使ってたらゴメンなさい……)

この間、同期の真面目な男の子に「将来の夢」を聞かれた。

特にやりたいこともない。

今のところの目標は、遅刻せずに出社し、給料を貰って好きな服を買い揃えたいこと。あと、副業創作活動をしているので、それ、頑張りたいなあ。そんで、何年か後に適当結婚できれば最高。

特にないし、好きな仕事は頑張ってあとは副業やりながらクビにならないようにしたいなあ。あまり、媚びへつらって出世とかは考えてないなあ。」と答えた。

すると、相手の顔色が変わり、「それってどうかと思うよ。のらりくらりとやっていきたいってことでしょ。上司に媚びへつらいたくないって言っても、好きなことをするには出世しなきゃならないでしょう。それに副業のことを話すなんてどうかと思う。自分残業続きでも好きな会社から頑張るし。」

と、淡々と怒られた。そんなにダメなの?

あと、研修の一環として、社内でグループを作り企画プレゼンをしあう大会があった。これは、順位も出す。

別の同期に「どんな感じでやった?」

と聞かれ「ビリじゃなきゃいいね、って班の中で言ってて、真ん中くらいだったから良かった」と答えた。

すると、「そういうの真面目にできないのどうかと思う。やっぱりキチンとやるべき。うちは居残りしたし1位だった」

などと言われた。

私にも悪いところがあるのはわかるけど、細かなことが積み重なって、もう、人間関係しんどい小学校に逆戻りしたみたいだ。

悪い事してないし、サボろうとしてるわけじゃないし、いいじゃん。

あと、こういう人って何年たってもこんな感じのままキープできるもんなのかな。

2018-03-29

推しが弟と死んだ犬に似ている

喪った過去憧憬を追い求めているのだと気付いた時、滂沱の涙が流れた。

我が家には常に不和があり、結果的崩壊を迎えてしまったが紛れもなくそれは家族団欒の象徴だったのだ。

私が犬にした事は覚えているのに、弟が犬にしていた事といえば全く思い出せない。岬の宿を借りて犬も泊まった事。そこには父親の姿がまだあった。

今はといえば、父に対して母が嫌悪感情を抱いたままギスギスした関係が続いている。

私は無意識に圧し殺していたのかも知れない。またあの頃に帰りたいという気持ちを。

結婚し家を出た身なので実家には帰れないと思い込んでいる。それがストレスとなって悪夢を見ざるを得なくさせていたのかも知れない。

創作活動では、ずっと成人指定作品ばかり扱って来た。その方が閲覧者は増えた。そのCPは攻が過去、別の人物と深い関係を持っていたのでそちらが公式とばかり思っていた。

でも私は弟と愛犬を重ねられるあのCPの方に夢を抱いてしまった。「ずっと一緒にいて欲しい」と最後まで二人に言わせる事が敵わなかった。それは、他ならぬ私の願いだったに違いない。似たような光景を目にした時、作品昇華する以外方法存在しなかったのだ。だから私の作品根底にある物は死であり別れであるしかしそれを口に出す事は憚られた。読者には作品を通じ何か満たされた気分になって欲しかった。

あれから同じ犬種の犬を飼った。今生きている犬に愛情を注ごう。

二次創作は不調だが、愛する気持ちは失わずにいよう。理想を追い求め過ぎるのもよくないがこれだけ傾倒しているのだから何かしらの意味はあるはずだ。作品を公開する事で、繋がれた縁もあった。多くの作品群が自分勇気づけてくれる。イベントで会話するような深い関係性は期待しなかった。それでも救われているのだから私は感謝を述べるべきだ。

2018-03-22

低気圧と雨と

ぐったりしてしまう。

何もする気力が起きないし、朝も起き上がれなかった。今日祝日でよかった。ずーっと頭がぼーっと痛い。いっそのことガンガン痛ければ病院に行くなり薬を飲むなりしようと思えるし、そうしても許されるんだろうけど、ちょっとぼーっと痛いだけだと、まあいいやってなってしまう。わたし我慢してればいつか終わるし。

この、かなり痛いことなら助けを求めれるけどちょっと針が指先に刺さったぐらいの痛みなら自分が痛ければいいやみたいに思うの、あまり良くないことらしいと最近知った。

もちろん一々小さいことでギャンギャン泣くのは赤ちゃんみたいだから、多少の忍耐は必要なんだろうけど。なんか、もっと他人に頼ってもいいらしい、みたいな。

いや、そうでもないかわたしのはただの甘えかな。

ふと、小学校給食時間を思い出した。もともとクラス内で影がうすいタイプな上、窓際一番後ろという一番目立たない席になった年があった。案の定、今まで以上にわたし空気だった。

確かその時だったと思うが、わたし給食が一皿だけ配膳されなかったことがある。その時も気づいたけど、まあ大して人に言って持ってきてもらうほど食べたいわけでもないし、無いなら無いでいいやと思って何も言わなかった。いただきますを言う前になって、当番の子が一皿余ったけど誰が無い?ってクラスのみんなに聞いて、言おうとしたけどまあいいやってなって言えなかった。結局その給食をもらったのか何も言わないままだったのかは、今となってはあんまり覚えがないことだけど。

あいいやがわたし人生の大半を占めてる気がしてる。

無いなら無いでいいや。あって、わたしにもらえる権利があるならもらう。好きにすればいい。

受動的と言えばまだ聞こえはいいけど、ただ甘ったれなだけなのかな?とは思ってる。

いきなり話は変わるけど、やっぱり創作活動きつい。褒められたいが勝つと創作やりにくくなるし一旦距離置いた方がいいって聞いて、距離置いてたけど書きたいのは書きたい。書きたいんだけど、書いてないぼんやりしてる時間にあまりにも自分に何もなさすぎて虚しくなる。才能も無いのに書いてて、必要がないものを書いてて、ってすごく虚しくなる。

眠ってる時間はいい。何も考えなくてもいい。見る夢が大体すごく奇抜だから夢占いなんかをたまにしてみるんだけど、当たってるような当たらないような。

感情取説が欲しい。取説があっても取説に書いてない感情になったら困るからやっぱり決められたい。ロボットスイッチみたいに「うれしい」「おこる」「かなしい」「たのしい」って付けて。なんだかよく分からない感情に振り回されるのはもう嫌だ。すっきりしたい。無機物が羨ましい。

2018-03-21

オタク向けゲームアプリ企画スタッフ求人オタクが応募してこない

タイトルの通り、応募してくる人がびっくりするほどオタクじゃない。いや、こんな会社に応募して来るぐらいだから少なからオタクなんだろうけれど、言いたいことはそういうことじゃない。

履歴書には「アニメが好きで」「ゲームが好きで」「むかし創作活動をしていて」と色々書いてあるが、「最近読んだ漫画はなんですか?」「最近観たアニメはなんですか?」「プレイしてるゲームはありますか?」「最近聴いたCDありますか?」って訊くと申し合わせたようにモゴモゴしながら「就活で忙しくて」と去年や一昨年放送アニメをかろうじて絞り出して来る。

時間お金ラノベ全振りしてるとか、AT-X再放送観てどハマりしてるとか、去年放送アニメ円盤毎日マラソンしてるタイプかな?って思ったけどそういう情熱想定外に振り切ったオタクとかそういうわけでもなかった。

創作活動をしてたと言っていた人も同人誌を作っていたとかではなく、高校時代漫研漫画描いてたどまり

フタ桁人数の面接して未だに今クールアニメタイトルが出て来ないとかウッソだろお前。まだポプテピピックすら出てこない。弊社は毎週月曜日にはポプテピピック話題で盛り上がるアットホーム職場ですよ!

忙しいかオタク活動できてない。分かるよ、本当に疲れると帰宅して寝て起きて仕事行くぐらいしかできないよね。

でもオタク仕事にしてる人って、忙しいを理由コンテンツ摂取を怠る人には向いてないんだ。

だって、太客のオタクは「今のコンテンツで遊んでる」人間から

コンテンツに金を使ってくれるオタクが今何に夢中かを把握した上で次に何が来そうか、何に興味を持ってくれるかを考えて先回りしなきゃいけないわけで。

健康番組特定食べ物が紹介されたらスーパーがめちゃくちゃ入荷するみたいな、その業界で働く上で当たり前のアンテナの張り方だと思うし、「未経験可」は「過去仕事したことなくてもいいど、経験代替できる知識持って来いよ」の言い換えなんだけど、応募者はそれに気付いていない。

水道水ガブ飲みしながらガチャせとか睡眠時間削ってアニメ実況しろとか、興味もない漫画積ん読しろとか、そういうことは言わない。極論、売れ線が読めるのならオタクじゃなくてもこの仕事はやっていけるだろう。でも大体この仕事をできているのは、息を吸うようにアニメを観たりゲームをしたり漫画を読んだりしてる上で好きなコンテンツの新作をチェックしてるオタクじゃないかと思う。

ただ、漠然と「アニメゲーム漫画が好きだから」という気持ちだけで入社しようと考えないで欲しい。まず弾かれるし、運良く入れても、自分の引き出しの無さが壁になる。

エンターテイメントを作って売るクリエイティブ仕事に就こうと考える前にもう一度、自分オタクか考えて欲しい。

2018-03-18

anond:20180215075122

一生趣味で済ます気ならともかく、創作活動飯食いたいなら企業アピールする意味はあるんじゃね?

ネットで話題になって企業から発注来た例はいくらでもある。

2018-03-17

とあるインターンに参加した

ヲタク文化を支える企業インターンに参加した.

数週間やる内容は,「創作活動を支えるものを生み出すこと」.

最初全然思いつかなかったが,チームのメンバーと絞りに絞って何とかサービスを作った.

でも,会社から評価されなかった.自分たちも磨ききれていなかった自覚があった.

とても悔しかった.もっと良いサービスを作りたい,無念さが私の心を占めた.

そんなインターンから1年が経つ.日頃アイデアを考え,すぐメモする習慣ができたので,いつの間にか数十のアイデアが溜まっている.

就職までの2年間で幾つかのアイデアを具現化し,就活に役立てたい.

2018-03-16

同人活動マイナージャンルオンリーワンCP活動辛っ

二次創作マイナージャンルを歩き続けて三千里、ついに公に発信すらできないような界隈のオンリーワンCPにたどり着いてしまった。

同志がいない。自分が生み出す以外の供給は皆無。イベント孤独。ひとりでひたすら耐える空間原稿孤独自分との対話

想像の5億倍えげつない世界だ。前世で何したんだろう。ほんとごめんなさい。悟りを開きたい。極々たまに頂くことのできる有難い言葉感想差し入れなどを糧になんとか生き永らえている。それだけがいであ自分の居場所だ。

冒頭に辛いと書いたが自分が生み出す作品は最高に萌えるし、この素晴らしい解釈を形にして世の中に送り出すことのできる私は天才か神か形容できない最高の存在である救世主と書いてメシアと読もうか。本という形にした後自らの本を100回以上読み返しては胸をいっぱいにしている。そこには自CP解釈全一同人誌存在しているからだ。

自己完結してるなら幸せじゃねえか乙と思った方はどうかはじめの方に書いた「自分が生み出す以外の供給は皆無」の一文をもう一度読んで私を憐れんで欲しい。憐れな人。憐れで構わない。憐れなのだから。この世界で呼吸をするには、生きるためにはこうするしかなかったのだ。本当に一つの例外もなく私の作品しか存在しない。気の狂った誰かが適当二次創作名前の部分だけ変えてアップしてくれただけでもその作品10年は啜るかもしれないがそのようなことは起こっていないので実際そうなったら私がどのような行動に移るかは誰にもわからない。自分作品しか読んだことがないのだから。こんなことがありえて良いのだろうか。私だけがこの素晴らしいCP二次創作を独り占めして良いのだろうか。可能であるなら早急に人々と分かち合いたいと思っているので頼むから創作活動に打ち込んで欲しいが現実はそう上手くいかない。活動を始めてもう一年が経った。今日もまた現実という壁にただひたすら打ち込むしかないのだ。やはり辛い。そこには自分同人誌しか存在しない。だが私にとっての理想が詰め込まれているし、創作活動楽しいのだ。

2018-03-06

なんだかなあと思ったまま

何に対しても気力がわかない。

今日なんて雨なのも相まってずっと起き上がれなかった。雨だと低気圧や天候が崩れて体調が優れないし、晴れても太陽の光に当たるのがなんだか気力吸い取られる。結局夜が一番生きやすい。そろそろこの生活とおさらばしなければと思うとすごく憂鬱だ。朝がものすごく苦手なのだ

血圧からってのもあるけど、陽の光を浴びることが本当に疲れる。太陽の光浴びるとセロトニンがうんたら〜みたいな話で浴びた方がいいって言ってる人が多いけど、わたしは浴びてる方が疲れる。学生の時の運動会体育祭練習、あったじゃないですか。運動する前に、準備運動して、先生の話聞く時間があるじゃないですか。あの時点で気分はもうダウン気味だったんだよな。燦々と降り注ぐ太陽光を浴びてるとだんだん頭がぼーっとしてきて、何も考えれなくなってく。ここで貧血起こして倒れれるぐらい体が弱ければその方が楽だったのかもだけど、変なところで頑丈だからそういうわけにも行かず。

今日は何にも気力がわかなかった。

量を書いてみたらと言われたからとりあえずメモからでも出そうかと思ったけど、真っ白のメモ用紙に向かうと途端に頭も真っ白になる。じゃあ何かインプットしてみようと思って音楽を聴いたり、色々な作品を読もうとしたけど、音楽は流れてっちゃうだけだし文字は入ってこない。鬱になってから脳みそ情報の出し入れがとろくなったなぁと感じる。情報が入ってくるのは鈍いし、出すのは苦痛。うーん、やっぱりこの状態創作活動はきついのかなあ。創作活動をきついと思ったことがなかったから、いまいち掴めない。いつまでも自分感情いまいち主観できない。

いやそれ、自分客観視できていいんじゃない?って?そうでもない。何に対しても主観がごっそり抜けてる感じが、ふとした瞬間付き纏う。半年ぐらい前に曽祖母が亡くなった時だって、何も感情がわかなかった。非情かなあとは思いつつ。いや、どちらかというと「何の感情もわかなかった自分非情だなあと思ってた」かな。いや、わかんないや、やっぱり。

でも、主観で来なくていい感情だけはやたら打ちのめしに来る。自己嫌悪、鬱、被害妄想エトセトラ、悪い感情

なんだかな。感情勉強中のアンドロイドみたいな表現が似合う気さえする。

思えば一応、本当に一応な一通りの恋愛経験…?はあるつもりでいたけど、どれもなんだか主観感情が抜けていたり、好きという感情があるだけで満足したり、なんだかどれも薄いのだ。男の人も女の子2次元キャラ無機物も本も、何もかもひっくるめて好きなんだけど、好き以上の感情がどうも持てない。

要はだいたいのことに感情が薄い上、極端に他人に興味がないから、色恋の話ができなかったんだ。いや、したいのはその話ではなく。

わたしが書かなくても素敵な作品はいっぱいあるし、なんだかいいやーって。悩むことなんてなかったんだなあ。最初から意味必要もなかったんだなあって。そんなものに全力出しても疲れるだけで何もなかったんだなあって。無気力だ。

わたしが書かなくても誰か他の人が素敵なのを書いてる。メンヘラ定型文じゃないけど、わたしがいなくても世界歯車は回ってく的なあれで。

そもそも悩むことに意味なんてなかったのか。そっかそうだね。

そんな感じで創作に諦めが出て愚痴ることも嘆くこともなくなったので、今日日記を書くまで時間かかりました。本当は感情が薄いのところをもう少し書こうかとも思ったけど長すぎるしただの身の上話だからつまんねーなと思って割愛

つまんねー話しか書けないね。知ってる。

2018-03-05

諦めはついたようなつかないような

結局、創作活動はやめることにした。

わたし文字を書く才能もなければ、絵なんて以ての外才能がなかったんだ。それを埋める努力も足りなかったんだ。努力はしてきた。してきたけど、穴の空いたバケツに水を入れ続けても決して満タンにはならないように、してどうにかなるものではなかったんだ。

絵は描けなかった。絵が描けないなら他のところに才能が割り振られて文章なら書けると思ってた。そこにもなかった。かと言って特別機械に強いわけでもなく、人力や自作動画ゆっくり実況とかもできなかった。音楽センスセンスの前に知識もなくてダメだ。2次創作にこだわるからだと思って創作小説イラストを書いてもダメだった。何をしても向かなかったんだ。わたし技能芸術は振られてなかったみたいだ。

褒めてもらえる、見てもらえるという報酬が無いと頑張れないのは違うらしい。自分が「これだ!」と思えるものを作れればいいらしい。それで認めてもらえれば嬉しいけど、そうでもなかったみたい。いやそれでも認められるまで頑張るんだ!とか。それができるってことも一種才能だよ、わたしには無かった。才能才能ってうるせえなあって?あんまり才能のせいにしたくもないけど、だってじゃあなんでこんなに書けないんだ、こんなになにもできないんだ。

見苦しい自己嫌悪嫉妬しかできない。オタクリア友がみんな絵を描く人だから、もともと文章の人ってだけで居心地悪かったのに、ここ最近自分の僻みだけで自分で居心地悪くしてる。そんなこと思ってないはずなのに、絵描けないわたしだけ疎外感あるように思えてしまう。被害妄想だと分かってるけど。

でもアイディアだけはまだなんとか出てくれる。昨日はあれほど聞くのも嫌だった音楽、色々聞いていたら「あ、この曲推しカプっぽい」とか、そういうことは思えるようになった。数年前はもっと色々なものから刺激受けれてたけど、どうもセンサーが鈍ったみたい。言葉でもらわないとセンサーが反応しなくなった。センサーの反応までは枯れなかったようだ。けど、それが逆につらくもある。この発想を誰かに伝えたいという感情はあるのに、それを伝える手段を一切失ったというかそもそも持ってないのだ。

あ、この曲推しカプっぽい!なんちゃって白背景マンガですけどどうぞ!も140字SSですけどどうぞ!もできない。ましてやパロディ動画化なんてできない。

そうやって否定するからできないんだ〜とかなんとか言われそうだけど、もうこの自分の何も出来なさにはもう自分で飽き飽きしたんだ。

かに褒めて欲しい。たくさんの人に見てもらえれば、それはとても嬉しいことだけど。一人でもいいから好きって言って欲しい。なんか泣けてきた。

2018-03-01

特定の人が気になって創作活動が楽しめなくなった

つらい!めっちゃつらい!何かにつけて比較してしまうし、最初は楽しんでいた二次創作もそのために好きなキャラを利用してるみたいですごく自分が嫌だ!!どうしたらいいかそれもわかんない!相手が悪い人じゃない分だけ自分が醜く見えるから余計につらい!どうやったらそんな風に生きられるのか教えてほしい!!

長々と文章を書いたのだけど今は載せる勇気が無かったのでとりあえずこれだけ。そのうち載せるかもしれない。

大好きだったはずの感想を送ることに疲れた話。

同人活動の話。

と、いっても私は同人誌は出してない。

創作活動もしてない。

もっぱらロム専。

なんにも生産はしない、人様の作品を消費だけするタイプ人間

でも素敵な作品を読むと、その感想を書いた人にいつも伝えたくなった。

実際伝えてた。

私は感想を送るのが大好きだった!

漫画イラスト小説も、自分が伝えたいと思ったことは創作してくれた人にいつも伝えた。

ご覧の通り創作をしていないので日本語は下手くそ

それでも下手くそなりに一生懸命感想を送った。感想を送る際は何処でそれを見たか、何が良かったか、何処に一番心動かされたか。図々しい時はキャラクターの心情を推測してみたり、続きを想像しては続編を楽しみにしてると素直に言ってみたりもした。

こんな感じで書けばいつも3000文字くらいの感想になる。

長いと10000文字を越したりする。

気持ち悪いなって我ながら思う。けど書いちゃったし。

誤字はないか読み手が気分を害するようなことを書いてないか確認して、ドキドキして送信する。

あ、そう!一番好きなのは手紙!これこそ一方的イベントで渡して逃げれば良いだけ!!

名前だけ添えてアドレスも書かない。

読んでるかなんて知らない。

捨てられても良い。

感想のお返事はいらない。こっちが素敵な作品に触れて勝手にそれについて書いて。自己満足

それに対し相手に見返りを求めることはしない。してはいけないことだと思ってた。

どういう作品を作るかは書き手自由。書くのをやめるのも書き手自由

でも返信不要とは必ず書いてるけど、時々お返事をくれる人はいた。

拙いながらも私の書いた感想を読んでくれて嬉しい嬉しいって。そう言われるとやっぱりこっちも嬉しくなった。

わざわざ返事をくれて、支離滅裂感想にとても喜んでくれた。

私が伝えたかたことをきちんと汲んでくれたり続編に意欲的なってくれた人もいた。

友人に「感想を書くのも創作をしてることになるよ」なんて、言われて正直うかれていた。

たまに感想を送ってブロックされることもある。感想なんていらないって言われたこともある。感想送るのが好きすぎて身内から辟易されたりもする。

ブロックされた時は失礼なことを言ったかな?って感想読み返したり、次の人にはそうならないようにしようと気を付けた。感想いらないって人は見かけたら直接の感想我慢した。

あとで言われたらそれ以降は控えた。

感想です!と送っているのでメールを読むのも好きにしたら良いし、手紙も捨ててくれて構わなかった。さっきも書いた通り自己満足だし、書きたくて書いてるだけで、誰にも強要されたことはなかった。

人に感想を送ることも強要したことはない。感想送るのが良いことって風潮も実はあんまりきじゃない。

自分義務的に送ってるように思われたくないから。ただ!好き!ってことを伝えたいだけ!!それだけ!!!

何処が良かった、この表情が好きだった、この言葉はずっと胸に残ると思う、この部分で泣いてしまった、この距離に胸を打たれた。そんなことを書きたいだけいつも書いてた。

そして感想を書くために素敵な作品を何度も何度も読み返す時間がとてもとても好きだった。楽しかった。

そんな時に現れたツイッター匿名ツール

あれが私は大好きだった。

むかし拍手と言うのがあって、それはもう感想送りたがりの私は好きな書き手さんの作品更新されるたびにぱちぱちしてはコメントを送ってた。

そんな感じでたくさん言葉を投げた。

ツイッターでは気軽に感想を欲しいと呟く人が多かったので幸いどんな感想拒否されることもなかった。

イラスト可愛いです。その色合いがとても好きです。何日前の妄想ツイートとても萌えました。

そんなことを色んな人に毎日暇な時に送ってた。

けど、やっぱり感想欲しい感想欲しいってツイートが多く見られる。あれ?送ったのになって思う。また送る。

前読んだ漫画のあの部分が好きです。あのセリフが本当に印象的で。

伝えたいことなんて山ほどあった。

過去作の感想も送ってしまえと最初は楽しく送ってた。もしかしたら以前書いたようなことを繰り返し書いていたかもしれない。でもそこ好きだし。どうせ匿名だし。

それでも毎日毎日感想欲しいってツイートを見かける。

また、送る。足りないのかな?また送る。

だんだん感想を送る場所を見付ける為に作品を読んでる気になってきた。おかしい。義務的感想を送るのは嫌いなはずだったのに。

でも、どうすれば素敵な作品を生み出して下さる書き手さんの飢餓感のようなものを満たしてあげることが出来るのか分からなかった。いや、満たすなんて烏滸がましいけど。でも、私の送った感想はまるでなかったことのように扱われてる気がした。

書き手の方たちは毎日必ず匿名コメントでいくつか感想を貰ってるのに、私も送っているのに。感想欲しい感想欲しい。そうみんな言っている。

私、感想送ったよ?私の感想読んでくれた???

感想を読む読まないは自由だと思っていたのに急に不安になってきた。

何をどうすれば良いのかも分からなくなってきた。

取り敢えず送る、ひたすら送る。

返事が更新されてる。返事なんて求めていなかったはずなのにそれを見て安心する。でも感想が欲しいと言われ、また必死に送る。

そんな風に送り続けているといつしか感想を送る楽しみもわからなくなってきた。

匿名ツール、気軽さ。それによって自分感情まで消費していくような気がした。

そして今までなんの見返りも求めていないと言いながらいつしか感想を送って相手を喜ばして悦にいる自分性格の悪さにも気付かされてしまった。

こんな奴が今だれになんの言葉を送ったって駄目だと思う。

もうなんだか言葉が上手く見つからなくて、ふと自分感想を送ることに疲れているのだと気付いた。

そうだ、もう、感想送るのはやめよう。

こんな奴から感想きっとだれも嬉しくないに決まってる。

感想を書こうと楽しみに積み上げた本を見ながら思った。

次のイベントに参加されるか調べて手紙を書こうと思っていた本たち。どれも素敵な本ばかりだ。

一生懸命感想を書く為に言葉を探すことが好きだった。その私の一生懸命にはなんの価値もないことに、気付いてしまった。

どうせ自己満足行為だった。

別に私がそれをやめたところで。

2018-02-20

数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた話

私は二十数年ほど前に腐の道に足を踏み入れたオタクである

書店あくま一般的大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ

わず手に取り、同人誌というもの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。


当初は晴海に足を運び、会場が変わってからビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリー

コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。


その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生選択等も重なり、自身創作してイベントに参加することが

自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。


当時はTwitterpixivもなかった。



ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。

恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。




とあるジャンル同人世界に戻ってきたら面倒なことになっていた


2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンル創作活動をしてみたくなった。

そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。


慣れ合い、擦り寄り慣習


情報発信手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、

あちこちでムダな慣れ合いや擦り寄りが日常的に発生していた。


創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令

 こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている

・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り

 その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった

・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!

 当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜

 本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに

・付き合い上、特に欲しくない本を買わなければいけない雰囲気

 正直な話、あなたツイート面白くてフォローしているけれどあなた創作物が欲しいわけではない、という相手もいる


こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったもの

それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。

そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。

どちらかが正しいということではないと思うので。


ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり

BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが

あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。



どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、

かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や

そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。

彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手ディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが

彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。



■別のジャンルで数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた


さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。


久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンル出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、

同じジャンル好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTいいねを頂いて

楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。


慣れ合い、擦り寄り慣習

以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想ですものだった。


私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。

その間に何が起きていたかを察するに、


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮

2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気

3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


下記に簡単解説するとこうなる。


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮


私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこち古参に「私など新参ですから」と

謙遜して回らなければいけない雰囲気蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。

全体的なジャンル雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、

創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。

そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。


気味が悪い。


2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気


ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CP活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。

一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCP活動したい人が多い。

彼女らが何をしているかというと、


・その「偉い」人をまずフォローし、

・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、

・「偉い」人が何かツイートする度にRTして空リプで崇め奉る


という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。


気味が悪い。


3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


1および2から、「偉い」彼女創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という

何だかよく分からないものと化していた。


気味が悪い。


私自身、ハマったCPは前述の一番人気CPだった。

だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。

知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。

知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と

いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。


ただ、推しCP推しCPである以上、どうしてもTLにRTいいねさらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気蔓延する。

そこで私は彼女アカウントIDペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。

それでもイベントが近づけば彼女新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを

繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。



これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、

見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も

心の底ではどう思っているかからないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。



そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端創作を続けている。

たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。

心優しい人からイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、

偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。

先生とやらは自己顕示欲自己評価承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて

適当キャラクターセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。


昨今、同人誌価格設定創作活動における人間関係に疲れる等の記事拡散されているのをよく目にする。

私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。

ヲタクエンジニアになりたい

わい情報学部就活生.ヲタク文化を支えているIT企業就職したいと強く思っている.お硬い企業で死んだ目でキーボードタカタするよりも,興味のある分野でキーボードタカタしたい.

ちなみにわいはWebフロントバックエンドばかりやってる.だからとりあえずWeb系かなって考えてる.

国内ヲタク企業は幾つかある.以下は順不同で適当に挙げたものである

pixiv
言わずもがな最近は絵の他にもグッズ販売即売会での決済手段提供など,幅広い創作活動に手を広げている.インターンにも参加したけど,良いところしか見つけられなかった.ここはマジで入りたい.
ドワンゴ
ニコニコ動画運営元.動画を中心に,ここも色々とやってはいる.が,最近は色々あって有料会員が激減したね...たつきを返して...
とらのあな
Twitter広告でよく目にする,「ヲタクエンジニア募集」.エンジニアはあまり居ないらしいが,だからこそ色々できそうで面白そう.

2018-02-18

anond:20180218002729

創作活動におけるセックスとは何だろうか?

ーーー

顧客「こんな感じで作ってねー」

製作者「かしこまりました!」

顧客「うーん、思ってたのと違うねー」

製作者「作り直します!」

顧客「頑張ってねー、あーセックス気持ちいいなー」

2018-02-11

こんなに娯楽が発達してるのにスポーツに没頭できる奴ヤベェよな

勉強とか仕事とか創作活動ならまだ分かるよ。

それで人の役に立ったり出来るしお金が入ったり自分が生きた証を残したり出来る。

でもスポーツってプロまで行かないと何も残らないじゃん。

筋肉は残るけど、その代償として健康寿命が引き換えになるっていう本末転倒が起きるじゃん。

よっぽど天才でやりこまない限りはほとんど楽しいしか残らないじゃん。

でも楽しいだけでいいならもっと普通に娯楽を消費したほうがずっと効率がいい。

それなのにスポーツにひたすら没頭出来る連中凄いよ。

頭イカれてるよ。

完全に。

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