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2017-11-18

anond:20171118130734

元気なジジババがかわりに子どもみてくれるか

金持ちシッター家庭教師雇えるならともかく

普通母親仕事バリバリしながら子育てなんてできないよ普通

でも2馬力で働かないと老後の貯金どころか教育費も貯まんない。

両親が結婚してからの姓が、父親旧姓でも母親旧姓でもない

のを最近知った

私の姓はどこから来たのか

こういうのはよくあるのか

anond:20171117231604

あーっと、まず私自身は子供教育費については出してる。実をいうと私自身は足りてないとは思ってない。というか自分の子供の教育費用普通、親が出す。まぁ貧困層は救済されるべきだが、私は対象ではないかな。いまのところは。

ただ「私の子供が社会に出る段階になった時にも良い社会だと良いな」とも思う。

今の所、世帯年収は800万弱、息子と娘がいる。千葉県松戸在住。マンションのローンもない。夫婦共にそんなに高級志向ではないし、楽しく暮らしてる。子供が出来て嫁さんは笑う回数が増えた(怒る回数も増えたが叱るのは仕方がない)夫婦仲も問題がない。私に不満はないし、学資保険にも入っているので、私が死んでも(生涯年収ほどではないが)なんとか母親独りでやってけるんじゃないの?という保険金がでる設計なんでまぁ死んじゃってもいいかな、死にたくないけどまぁ悪くもない、というレベル

あと職場のあれこれについてはブラック企業労働者が減ることで倒産してほしい、と思ってる。働くママが悪いとか働いている人にお願いしないといけないとかではなく、そういう会社は緩やかに消えてほしい。流動性は低いけどね。みんな割と会社から逃げない。

ただ「今みたく、反対する人からお金徴収したり」これは徴収せざるえないんじゃないかな、大体の人は払いたく無いわけだし。

もちろん無政府主義者で野山でサバイバルする生き方も良い。ただ全体的にはインフラ都市機能を使って生きてる人の方が多いし、それを維持するための税金を出さない人は、フリーライダーかよバーカバーカっていいたいなー

2017-11-17

anond:20171117204234

無知故に「若ければ起こらない」と言う誤った認識を広めようとした新聞社に対して

「若くても起こり得る事で高齢出産けが原因じゃないのに

高齢出産けが原因と誤認される報道を行い女性若いうちに出産すべきと押し付けるのは女性差別

と言う論調フェミニスト批判した、ってなら意味が通るかな。

出産母子ともに無事で当たり前・何か事故があったらそれは母親病院のどちらかが悪いのだ、

認識しているバカは数多いからね。

2000年なら大野病院事件以前だし、そういう認識記事を書くバカが多くてもおかしくはない。

と言うか大野病院事件自体が、そういうバカ記事書く新聞記者のせいで起こったようなものだし。

昔はこうだった

「昔はこうだった」

「昔はそんなに甘くなかった」

って母親とか上司がよく言うけどさ、

昔と今では違う環境でしょ。

それであーだこーだ言われて

理不尽に怒られるのはうんざり

苦労話なんていらないから黙っててよ。

恋人っぽい人ができても恋人であるということをはっきりさせてはいけない。

まして結婚などしてはいけない。

のらりくらりとかわしながら、

相手が「私たち恋人だよね」と思える程度に会っておき、

でも、事実婚とは言えない程度にしか一緒に過ごさない。

子供ができたら、住民票を抜いて、海外転出する。

海外日本を行ったり来たりして、日本にいるのを年間180日以下にする。

どの国にも180日以上いないようにする。

どこの国のレジデントでもない。

税金も色々逃れられる。

収入を額面上極力減らす。

名ばかりの会社があるので、必要もの会社の経費にして

航空券代と海外滞在費は出張費

やりたいことは会社事業にしてしまう。

自分報酬はほぼなしにしておく。

自分大学院博士課程にいるので貧乏学生になる。

ベースの一つとなる国の現地に、ビジネスパートナー的人を見つけておく。

現地で何か必要となったらその人を利用する。

子供ができても結婚してはいけない。

結婚しなければ離婚しなくていい。

離婚しなければ、財産分与もない。

離婚協議もないか公正証書も作らないで済む可能性が高い。

結婚しないだけでなく、毎日一緒に暮らしはいけない。

同居しているとは言い難い程度にしておくことが重要

同居していないのであれば、事実婚だとも言い切れない。

はっきりさせようと言う相手の言い分はのらりくらりとかわし、

そもそも付き合ってるのかどうかすらはっきりしないような感じで、

でも離れていかない程度に会ってやる。

でもそのうち相手は離れていく。

そして子供養育費を払えと言ってくる。

でも、日本に住所がない。

差し押さえ根拠となる公正証書もない。

公正証書を作るためには住所が必要

とにかく話し合って書面にしようとなったら、

基本、話し合いには応じない。

それでもうるさくいうのなら、

とにかく収入全然ないんだといいはる。

安すぎる日本養育費算定表を持ち出すと

払うことになってもすごく少ない養育費でおさまる。

相手が愛想をつかして離れて行ったら「捨てられた僕かわいそう」と泣いてみせる。

そうすると、カモが寄ってくる。

カモは心の弱った女を選ぶ。

カモが寄ってきたら、避妊しないで二人目の子供を作る。

心の弱っている状態妊娠出産育児となったら数年は逃げられない

出産までは子供母親住民票は抜かない。

出産一時金がもらえる。

出産海外の安い国で、出産後一時金の請求

できれば認知しないのがベスト

養育費請求されない。

一人目の子供のの母親から養育費請求無視する。

しつこく言ってきたら、二人目の子供にお金がかかるから、一人目の養育費学費も払えない、と言う。

日本にあるマンション(ローン返済中)からテナントが出て行ったので収入がないと言う。

生命保険切り崩して、なんとか生き延びてるんだ、僕かわいそう、と言う。

でも、新しい子供とその母親海外で借りた家に住まわせる。

一人目の子供のの母親から養育費請求無視する。

子供母親は、自分の子供の父親子供を顧みない、というのを受け入れられないので、どんどん心を病んでいく。

いつまでも自分の子供の父親は本当は悪い人じゃない」というかすかな望みを捨てられない。

自分の子供の父親クズだと認めることほど辛いことはない。

そして、子供にそれを気づかせるわけにはいかないから、子供の前では父親を褒める。

父親クズになればなるほど、相手は病んでいく。

心を病んでいくと、裁判を起こそうとかいう気も起きない。

仮に起きても、日本に住所がなくて収入ほとんどない相手と戦うことを考えると、

心を病んでいる人は諦める。

しか養育費なしで一人で子供を育てているため、

弁護士費用なんて考えるだけでも「無理だ」となる。

一人で自分子供を養わなくてはいけないので、

心身ともに疲れ果てている。

戦う気力は残っていない。

数ヶ月に一度くらい、やさしいことを言ってやると、

「やっぱり悪い人じゃない、きっとちゃんとしてくれる」と思って、

またしばらく持つ。

たまに子供にあってやると、「会ってくれるだけ、悪い人じゃない」となる。

子供お金使いたくない」というと、

母親子供が悲しい思いをすることを避けようとするので、面会交流時に金をくれる。

「これで、二人で美味しいものでも食べて、楽しんで」って。

その金で二人目の子供とその母親を呼んで焼肉にでもいく。

何か言われたら「収入のない僕かわいそう」「捨てられた僕かわいそう」「お前が僕を追い出したんだ」っていう。

二人目の子供の母親もいずれ離れていく。

でも、一人目で養育費を踏み倒しているのを知っている状態で一緒にいたわけなので、

二人目の母親も強くは言えない。

子供母親達は子供に辛い思いをさせたくないので、子供父親クズだということは言わない。

養育費を払わなくても、子供父親関係を維持しようとして会わせてくれる。

から子供母親には、子供思いの心の弱った女を選ぶべき。

養育費を払わなくても子供に慕われる僕の老後の出来上がり。

うちのクソ親の話

私は父親を一切尊敬出来ず、親しみも感じず、信頼もなく、早く勝手にのたれ死ねと思ってます

私にとって父はもはや反面教師以外の価値を為さない、血の繋がりだけのクソです。

子にそんな風に思われたうちの父親の特徴を列挙したいと思います

世のお父さん方にこうはならないよう活かしてもらえたらと思います

■幼い子供暴力を振るう

私は幼い頃、泣いてたら泣くなと暴力を振るわれました。

鉄製の鈍器で振るわれたこともあり、死を意識たことをずっと覚えてます

子供暴力で泣き止むわけもなく、最終的には家から締め出されたりしました。

こうした暴力から身を呈して救ってくれたのはいつも母親です。

子が大きくなると暴力は止みました。

■思い通りにならないと癇癪を起こす

子供の頃は暴力も含まれました。

今は物に当たり散らしたり、死にたいなどと宣ったりします。

とっとと死んでくれたら良いんですが、宣言して死なれると死なせたみたいになり、引きずってしまうので、子供じみた最低の言い訳ながら、人の良い家族には有効です。

ただし、愛情や信頼や尊敬と言ったものは当然消え失せます

早く心臓発作や脳梗塞でも起こして突然死してくれないかな。

離婚についても離婚したら死ぬと言って母を脅しており、本当下劣です。

昔は私たち子供のために離婚しない道を選んだ母ですが、こんな子供じみた事言い出すとは思わなかったんだと思います

■母(妻)を家政婦かなんかと思っている

子にとって親と言うのは父も母も本来大切な存在です。

我が家では母親が善性の人の見本となり、育ての親として認識されています

そんな母を父はぞんざいにしか扱いません。

掃除洗濯料理と言った家事から自分嗜好品(酒、タバコ)の買い物まで。

更には自分の通院や車の車検やら家の契約関係やら、母を一緒に連れて行って管理を全て投げます

挙句の果てには自分の友人が来た時に居留守を決めて全て母親対応させたこともありました。

もはや意味がわかりません。

子育てや昔飼ったペットの世話ももちろん全て母親任せでした。

お茶を汲む、風呂を沸かすと言った些細なことも、自分タバコを吸って来るからなどと意味不明供述をしながらさせます

母が寝ていても、風邪などで床に伏せていても当たり前のように言います

今では子も母をフォローして回しています

■話が出来ない

父は自分の思ってることが全てです。

会話は一方通行家内の言うことは聞きません。

亭主関白で、自分を凄く見せるためのような、薄っぺらい事しか言いません。

口癖は「いいこと教えてやろうか?」で、クソどうでもいい事しか言いません。

人が風邪を引いてたりすると風邪を引いたのか聞いて来ます心配してるわけじゃなく、二言目は自分調子悪い、もしくは風邪引いたアピールです。

もうこちから声をかける事はなくなりました。

その癖、外の人から言われたことは影響を受けてころっと意見を変えたりします。

時には言われたことが行動に直結して、クソどうでもいいことや、すぐにはどうにもならないことを、すぐどうにかしようと収まりつかなくなり喚いたりします。

しかししばらく経つと忘れたかのように何も言わなくなります

最近では自分母親(祖母)を家に引き取ると言う話が顕著でした。

祖母認知症で足も悪く、バリアフリーでもなんでもない我が家で引き取るのは無理だし、移動したら絶対認知症悪化します。(一度外泊した時、早朝に脱走して一人で家へ帰ろうとされました)

父は自分絶対に面倒見る(100%あり得ません)やら、聞いてくれないなら死ぬなどと宣いましたが、母がどうにかなだめてあれから半年祖母に関して全く何も言わなくなりました。

結局、父は内弁慶亭主関白な上、計画性がなく、死ぬ勇気もない意気地なしで、ただ弱いものに当たり散らす本当クソのような男なのです。

仕事サボる

父のダメさ加減は大人になって、社会人になってより見えてきて、より落胆しました。

父は仕事を週に2日くらいのペースでサボります

公務員の為せる技です。

前述の風邪引いたアピールとのコンボです。

公務員なので土日はもとより休みですが、合わせて5連休みたいなことが珍しくありません。

もちろん風邪だろうが体調悪かろうが病院は行きませんし、酒はしっかり飲みます

一度だけ、サボってるのを見て呆れているとサボりじゃないと言ってきたことがあります

最近では嘘か本当か知りませんが、うつ病と診断されてるらしく、それを言い訳にして調子の悪さをアピールしてきます

うつ病と診断される前の父と診断された最近の父、我儘加減も何も変化ありません。

ずっと平常運転自己中で我儘で癇癪持ちです。

ちなみに最近ではうつ病から優しく接しろと母に命令したりしてます

母の普通の指摘に「言い方がキツい」と言い、すぐ癇癪起こしてます

■小遣いは月一万円

父の外向けの自分は小遣い少なくてつらいアピール定番ネタです。

この一万円に、昼食代、酒代、タバコ代、ガソリン代、飲み代(飲みは一回一万円)などなどは含まれません、服なども買い物は母にさせる主義なので含まれません。

ソファテレビなどはもちろん家のお金を出させてます

何に使ってるんですかね。

早く保険金にならないかな。

家内のものは俺のもの

から人が買ったものを羨ましがり、勝手に手を出す傾向がありクソ鬱陶しいです。

最近では弟が飼い始めた猫にまで勝手なことをしています

弟が付けた名前や、育成方針ノミへの配慮などを一切無視し、自分名前をつけたり、他の人間がいない時(仕事サボるので一人が多い)に放し飼いにしたりしてます

その癖自分の部屋でノミが見つかると大騒ぎしてバルサンを買って炊けと家内にさせようとします。

正直殺意しか沸かない。

少し前には家の金がないのに勝手風呂改装の話を進めて、当たり前のように子に支払わせました。

300万。

ちなみに礼もなく。子に支払わせた後のセリフは「子の金は借金じゃないから気を使わなくて済む」です。

法務局公務員らしいですが、法の下に訴えていいですか?

正直殺意しか沸かない。

些細なことから大きな事まで、尽きる事ないクソのエピソードですが、掻い摘んで特徴挙げました。

もとい愚痴りました。

正直血が繋がってるのも嫌なくらいだし、最期はロクな死に方も葬いもないと思います

ももういい大人ですが、絶対にこんな親や家庭は嫌ですね。

父は空気が読めないので、家族に一切受け入れられてない家でも好き勝手できて居心地良さそうですが。

とにかく、私は母がいてくれた事で救われました。

父は反面教師にしていい家庭を築きたいと思います

ただし相手はいない。

日田舎へ帰省したときに出た同級生の話。

一人っ子

離婚して実家に戻っている。

・昨年?子供を産んだ。

子供は元夫の子ではないため養育費はもらえない。

事故に遭って発作が出るようになったため仕事に就けない。

実家の両親は定年退職して、父親パートタイム勤務、母親は畑仕事家事をしている。

 

今は親の金生活できてるみたいだけど今後どうやって生きていくのかと考えてしまう。

生活保護という選択肢もあるけど、

あの田舎でその選択肢は躊躇しそうだなと思う。

でもそれ以外に生きていく道ってあるのか。

 

自分上京して結婚もせず少ない給料ギリギリ生活をしているが、

自分の老後を考えるとこの同級生の話を思い出してしまう。

赤ちゃん夜泣きで寝られない母親

母親赤ちゃん夜泣きで夜も寝られなくてストレスがたまっているという話をよく聞くが意味がわからない。やらなくてもいいことをやって勝手ストレスをためているとしか思えない。

犬が鳴くのと同じでいちいち夜泣きに構っていたらキリがないと思う。一晩くらいほっといても死んでしまうわけでもないし、なぜいちいち構うのか。耳栓でもして朝まで寝ればいい。

アメリカなんかでは生まれた直後から部屋をあてがって、夜泣きには構わないのが普通らしい。

2017-11-16

苦しい

27歳で仕事恋愛もうまくいかない。

母親は当たり前に結婚して当たり前に孫を生む私を、

父親大学院卒業して働いている私が当たり前にキャリアを築いていくと思っている。

踏み込んだ話はしないけど、もしかしたら二人は私が当たり前にその二つ、結婚キャリアも、どちらも手に入れるんだと思っている。

笑って平気なふりしながら苦しんで苦しんでやっと生き抜いてきた今なのに、これ以上求めないでよ。

1番の苦しい原因はあなた達なのに。

普通で生んでくれなかったあなた達が、普通の私を求めるの?

普通じゃない私が普通の道を歩くのはとてもとても難しいことなんだよ。分かってよ。

もうやだ。生きるのいや。

anond:20171116172128

男が女ほどは義実家から干渉を受けにくいのが大きい気がする

幼稚なファザコン女はおっさんワンチャンあるタイプから10くらい離れててもワンチャンあるかもと若い女との結婚脳天気に夢見れるけど

ママみたいな女と結婚したい男から連想される結婚生活

そんな息子を育てた母親の過干渉マザコンで味方にならない夫、家事はこっちに丸投げ、自分のことも自分で出来ない、子供が生まれたら手伝わない所か子供嫉妬等々

年下芸能人相手でも無理的な地獄から

じゃあママ評価を不当に下げてるのって

ママ好きを馬鹿にする女自身ってことじゃねーか

自分母親馬鹿にしてるに他ならないだろ

anond:20171116171126

自分母親のように自分を世話してくれて、夜の相手もしてくれる存在を求めてるということは、偏差値48あればわかる

anond:20170824233717

ブログTwitterなんぞで自己承認を求めてるような母親はたいてい自己中で自分中心だ。

家族子どもの方を見ず、自分を愛してあげることで精一杯。

育児スケープゴートにしているが自分を認めて欲しい、ただのかまってちゃんほとんど。

家族のことより、子どものことより、自分のこと、自分ブログのこと、自分人生のことが最優先。

>えらそうに育児について書いているが、結局自己アピールの一環で書いてるだけ。

50年も生きてきてこんなことしか言えないのか。あんたのほうがよっぽどアレだよ。

例の方は親権捨てたクズだけど、DVから逃げてシングル子供学費、塾代出すためにブログ書いて頑張ってる人が身近にいるから、こういう事を書かれると本当に頭に来る。

あんたも同じくらいクズ

2017-11-15

Boとの出会い

Boは両親の離婚後、弟と母親と一緒に暮らしていた。

Bo母親は、仕事から帰るとすぐに、ゲーム世界に逃げていた。そして、ある日、Bo母親は、ゲームで知り合った人と暮らすと言って、弟だけを連れて出て行ってしまった。

Boは、わたし再婚をして一緒に暮らしている父親のところにやってきた。

こうして、わたしBoは一緒に暮らすことになった。

こう書くと、まるでBo母親がとんでもない親に見える。

でも、実態は、かなり違う。

なぜなら、この頃のBoは、もうとっくに成人した社会人から。。。。。

わたしBoと初めて会ったのは、Bo小学生の時。一緒に暮らし始める10年以上昔のことだ。

Boは、わたしボランティアで手伝っていた子ども英会話教室にきていた。

とてもおとなしくて、おだやかで、優しい子だった。が、なぜか彼の席の隣に座ろうとする子がいなかった。

しばらく観察していると、理由が分かった。すぐ隣に座っている人がいるのに、大きく手を振り回したり、突然、椅子を大きく動かして立ち上がったり、と周囲にぶつかるのだ。

Boと同じ学校から来ている女の子に、学校の様子を聞いてみると、「Boは突然、殴ってくる。にらみつける。だから学校でもいじめられている。」とのことだった。

しばらくするとBo英会話教室に来なくなった。

気になって家に連絡をしてみた。

両親が離婚をして、母親と遠くに引っ越して行ったか教室はやめますとのことだった。

数年後、SNSBo父親を見つけた。Boの近況が気になって、連絡を取ってみた。

月1回程度、面会している。面会のたびに、一緒にゲームをして過ごしている。とてもゲームが上手で、強くて、元気だ、とのことだった。

ああ、じゃあ、英会話教室に来ていた時は、両親の離婚精神的に不安定だったのかな、杞憂だったのかな。

そう思った。

そんなこんなで、Bo父親交際を始めて、Boとも年に数回会うようになった。

会ってみて、すぐに、やっぱり何かがおかしいと感じた。

だけど、当時は遠慮もあって、Bo父親にははっきりと言えなかった。

その後、Boは進学や就職等の節目のたびに、いろいろとつまづき、わたしと夫がサポートをする、というようにかかわり続けた。

Bo高校生になったころには、わたしは、明らかにBoには何かの障害があると確信していた。

だけど、夫はわたし意見に一切耳を傾けなかった。

だけど、一緒に暮らし始めてしばらくして、夫も、Boは何かがおかしいと認めて、ようやく病院に連れていくことができた。

こうして、21歳のBoに、ようやく病名がついた。

ADD+軽度知能障害、俗にいう「発達障害」だ。

私は家族仲がとてもいい。

ほとんど毎日か、2、3日に1回は妹か母親のどちらかとラインをしている。

 

私29歳(独身)、妹25歳(実家暮らし独身)、母親59歳。

たからみたらいたいのだろうな。

初体験の話

中学3年の夏。受験を控えていたが、両親は毎日喧嘩(後に離婚)ばかり。更に母親と姉もそりが合わず喧嘩ばかり。

私はそんな怒声が飛び散る家の中で受験勉強をしていたが、ストレスは溜まる一方だった。でもグレる勇気も無かったので、

むしゃくしゃとした気持ちを晴らすことも出来なかった。

しかしとうとう我慢限界を超え、

私は受話を取り適当に番号を押した(あの時ウワァァァって叫んだ自分のことはよく覚えている。恥ずかしい)。

電話がかかり「もしもし」と女性が出たので「バーカ!」と叫んで切ろうとしたが、

「そんなことして何の意味があるんだろう」とふと思った瞬間涙がポロポロとこぼれ落ちてエグエグ泣き始めてしまった。

「もしもーし!どなたー!泣いてるのー?」

受話器の向こうで女性の声が聞こえたので、私は洗いざらい今の自分のことを一方的に話した。

「うんうん」と女性は聞いてくれた。

その後結構時間その女性と喋っていたら、

お互いにoasisが好きだということがわかり、しかも住んでいる場所が近いということで会うことになった。

待ち合わせ場所に着いた時、「俺、何してるんだろ」と一人でクスクス笑って、

隣にいたおばあさんが凄いあやしげな顔つきでこちらを見ていたのが懐かしい。

そして待ち合わせ場所に現れたのは、

金髪ショートカットoasisティシャツデニムミニスカートを着た凄い年上の女性(と当時は思っていたが、5歳上で19歳だった)

が現れて声が出る位に驚いた。

で、その後お姉さんの家に行き、最終的にそこで初エッチを済ましてしまった。

現在の嫁さんがその人。お互いもうおじさんとおばさんだ。懐かしいね

2017-11-14

うちの親

うちの親、いわゆる毒親

学校いじめられたりもあって、引きこもったりメンタルクリニック通ったりする中で、カウンセリングにも通ってた。

その中でだんだん、うちの親に苦しめられている自覚が出てきて、カウンセラーさんにぶちまけたかったけど、「親」と言うことが、何か禁忌に触れるようで、先生にさえ言えず、当時は毒親なんて言葉もなかったから、苦しさと罪悪感で一杯だった。

子ども頃、何かで怒られたとき、「バカから遊戯トライアングルなんて任されるんだ」とか、今思うと意味の分からない罵倒に大泣きした。

小学校に上がれば、博物館へ行くのに無理矢理スカートをはけと怒られ、はかないなら博物館へ連れていかないとまで言われた。

どうしても嫌で下にキュロットはいてたけど、それも許されず、その日に撮った写真は全て仏頂面の苦い思い出。

まだある。

高校にあがり、寒くなったら去年のお気に入りダッフルコートを着ればいいかと思ってたある日、帰ってきた途端鬼のような顔で「ダッフルコートなんて子どもコートを着るな!買ってきたこれを着ろ!」と怒られたりもした。

全くもって意味が分からず、戸惑いつつも反抗した。不安になって、翌日友達確認したのを覚えている。

引きこもりときも、「自分のペースでやればいい」と言いながら、唐突に痺れ切らして激しく責め立てられて否定され、その度にどん底に落とされた。

「二十歳なんだから」は誕生日迎えた日からタコ

誕生日迎えた途端、昨日とは別人のように大人になれたら誰も苦労なんてしないのに。当時はそんなことにすら気づけず、ただただ自分でも自分ダメ人間だと否定していた。

そして私には兄がいる。

他の人に指摘されて気づいたけれど、母は考え方が古くて長兄を溺愛し、本人も「母親はみんな冬彦さんを育ててるんだ」とさえ公言した。

私が初めてもらった自転車はお古で、兄は新品だった。

中学生くらいまで、ずっと親と喧嘩になる度に兄をエコヒイキしている、と反抗していた。

そしていつも、私はヒステリーを起こしていた。

病院で働いてるとき感染症病気をもらってしまい、偏見と少ない知識不安に苛まれているときに「私(母)と兄はどうなるんだ!」と責め立てられたこともある。

一番不安なのは私だった。

泣きながら病気について調べ、発症しなければ感染もないことなどをメールで送ったら、三日後にケロッとした顔で「私(母)も兄もそんなの(病気)気にしないし」と言われた事が忘れられない。

かなり経ってから上記の言葉は傷ついたと伝えたら「だってそのときは本当にそう思った」と悪びれた様子もなく返事をされて、私の中で何かが壊れた。

いつも頼んでないことを自分でしては「○○してあげたのに」と見返りを求めてきたし、ただコンビニに買い物行くのにさえ「あんたも行くら行くけど」とよっかかってきて気持ち悪かった。

やっと新しいカウンセラーさんと出合い、それでも親との関係が私の考え方にかなり影響しているの気づいてもらうのに、一年以上掛かった。

それでも、20年ぶりにバッサリ短くした髪を、親が真似て同じようにずっと長かった髪を同じ長さに切ったとき嫌悪感は分かってもらえていない。

親とは家庭内別居みたいになって、一切口もきかず、自分生活自分で面倒を見出しから、私はヒステリーを起こさなくなった。

いつも感情に嵐を起こしていたのは、親と関わるからだと気づいた。

あの、スイッチが入ったように訳もなく急に込み上げてくる怒り。

自信のなさからブラック企業ばかり選んでお金貯めるどころではない、ギリギリ生活ばかりしてた。

ようやく、最近まともな仕事に就いたので、ここで踏ん張って家を出ようとしている。

何度も同じことを、わからせようと無駄努力を重ねてしまったのは、長年の憤り、親に対する分かってくれるかも知れないと言う僅かな期待があったと思う。

それが段々、距離を置いたことで不可能だと気づいた。

今はただ冷静に、スルーする力を身に付け、全力で逃げようと思う。

anond:20171114161457

わかるよー。

うちは母親のみがいつも体がカッカと温かくて血色がよく、冷えや肩こりとは無縁の体質(更年期?)。

母の作る食事はいつも妙に冷える料理ばかりで

決して不味いわけではないんだけど、母の手料理が実は苦手だった。

冷え性の父も稀に食事を作るんだけどそっちの方が口に合ってた。熱々の肉うどんとか。

実家にいた頃は慢性的にだるくてやる気のない自分だったけど

家出自分好みの自炊始めてからはすこぶる体調が良くなった。

体質による食べ物の好みの違いってあるよね。

高校体育祭帰宅した話

もう数十年も前の話だが、高校の頃、体育祭騎馬戦があった。当時の自分もやしの体型だったから、あまりそういうガタイがモノを言うみたいな競技が嫌だった。というよりも、正直に言えば、当時はそんな体型だったので同級生からも少しイジられていて、ガリだということにコンプレックスがあったことが一番の理由。だから体育祭騎馬戦が始まる頃にはこっそりと帰宅した。帰ったら母親がいた。

「あら?どうしたの?」

「いや、ちょっとお腹が痛くなって。」

何だかバツが悪くてとっさに嘘をついた。

「ふーん.....そう。」

何かを感じ取ったような間のある返事だった。でもその後、何も聞いてこなかった。母親はその数年後に病気で亡くなってしまったんだけど、もしかしてあの時に自分いじめられているとか変な心配をかけちゃったかな?と回想する時がある。だとしたら申し訳なかったな。母親が亡くなってからもう数十年。久々に会えるとしたら、あの時のことを話そう。

50年ぐらい前の子供のエロ

小学校3年ぐらいだったか学校図書館掃除をしてたときに、6年生の男子なだれ込んできて。

『女のアソコ(股)には3本の紐があって、真ん中の紐を引っ張ると感じるらしい』

と、自慢げに叫んでた。

まだ母親と一緒にお風呂に入ってた僕は紐がどこにあるのかしばらく探してたのを覚えている。

anond:20171114114410

父親わからんけど、母親授乳すると同時に

脳が子供を大切に思うようになると聞いたな

授乳しないと実の母親でも子供の事そこまで思わないんだとか

なので事前に思うのは無理じゃないのかなぁ

小さい頃から自分より小さい子供の面倒みてて慣れてるならともかく。

あと兄弟姉妹の上なのか下なのか、一人っ子なのかでも違うらしいし

anond:20171114105806

VRはもう一部稼働してるらしいし

あとセクサロイドはこないだ?アメリカで発売されたとかどうとか

 

あと10年もしたらレディーファーストなんて言葉を出すと

「は?母親ならともかく、なんで縁もゆかりもない他人優遇せにゃならんのだ」

って言い返される時代がくるのかもね

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