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はてなキーワード: 知的好奇心とは

2021-05-10

anond:20210510154522

こういうバカかなりわいてくるけど、電気代抜いたら損出るならだれも日本マイニングしねーだろ

日本より電気代安い国の方が支出は低い → 正しい。

日本電気代高いかマイニングは儲からない → 正しくない

仮想通貨が値上がりしすぎて日本電気代でも働くより圧倒的に儲かる → 正しい。

24時間グラボ4台つけっぱでも消費電力は800W。8Aほど。

一か月電気使用量800W×24h×30=576kWh。

東京だと1kWhで高くても30円ほど。つまりグラボ4台つけっぱなしで17000円が電気代。

マイニング収益は月収12万円。

12まんえん ひく 1まん7せんえん は なんでしょうか?

知的好奇心強くて積極的になんでも試してみる、いわゆる出る杭みたいな奴が不労所得で毎月何十万円も楽して稼いでて嫉妬するのはわかるが、

電気代なんてとっくに気にならないくら仮想通貨値上がりしてるんだわ

2021-05-06

鏡像を覗き込む

ある人間類型を眺めていて、一体何が起こっているんだろう、と考えている。

何人かいるのだ。「絶対的自分が正しい」と他人を排撃する人間が。そして共通して、正しい、正しくない以前のところでバッティングしていることに気づかない。そのため、彼らの言葉他者に受け入れられない。そして次々に居場所を失う。

どこがバッティングしてくるのか。自他の境界、他他の境界。そんな感じだろうか。

彼らの言動を観察すると、すぐに他者を括る。そしてそのカテゴリ内の人間思考を同一視する。この段階では、自分自分以外と言う形で、世界がくくられているのかな、と思っていた。

が、よくよく言動を追うと、違う。彼らは他者思考を断定する。その断定の基準を見ていると、驚くほどこちから見るその人物思考基準のようなものしか見えない。

サボりたいんでしょ?

→いや、あんたがまさにサボりたいように見えますけど?

有名人にでもになりたいの?

→まさにあなたの行動だよね?

ちやほやされたいんでしょ?

→まぁ、あなたそれ自分で断言してらっしゃるしね?

そうすると、彼ら彼女らの中には、そもそも「個々人の感じ方考え方は違う」と言う発想すら存在しないのではないか、と思えてきた。

思考の内容はともかく、思考なすルートは自他で同一。自分だったらどう思うか、のみが他者に対する判断基準となる。

となると、人間判断はこうなるだろうか。自分自分YES他人自分にNOの他人。あとは、自分認識していない他人だろうか。彼らが自分認識していながらYESもNOも抱かない他人をどう評価するのかはわからない。ただ「人間の発想方法が同一」という推論から引けば、ニュートラル、という評価は生まれづらそうな気もする。

なにがしか議論を前に語り合うのであれば問題はないだろう。問題フリートークだ。彼ら、彼女らの発想に自分が興味を示すことと、他人が興味を示すことの差異を、どれだけ見出し切れるのか。

そういった人たちの話に出てくるのは、とことんが自分のこと、自分のこと。他人の話は、「自分意向に沿う」か「自分拒否反応を示す」の両極端になる。真ん中を聞くことはめったにない。

他者交流は、事前によほどのバイアスを受けない限り真ん中スタートとなるわけだが、彼ら、彼女らには、どうにも真ん中が見えていないのではないか。見えていないものは見ない。見れるはずがない。当たり前のことだ。だから彼らにとっては、会話の中で見えてくるYESやNO「だけ」が極大視されていく。

一方、見られていない人間にとっては、自分の関心の外の話をされても、YESもNOも言えない。そうなんですかととりあえず相槌を打つか、興味ないですと断じるか。そのどちらかしかない……いや、知的好奇心の高い方であれば、「お、そうなんですか?」と食いついていけるかもしれない。

そしてこれは、順番に「小YES」「小NO」「特大YES」と認識されるだろう。基本的にはすべてニュートラルな反応に過ぎないのに。

彼らは、「見聞きしたYES/NO」(本当はどちらでもない)に基づき、こちらにさらなる話を展開してくる。YESであれば自分の味方なのだ。NOはこちらに対する敵対行為なのだ。このくらい単純化されているのかもしれない。

彼らは概して、語る場数を踏む。躊躇しないからだ。それは特有の雄弁さを生む。テーマトークでさえあればいいのだろうが、フリートークにおいても話題が彼ら自身と、彼らに対してのYES、彼らに対してのNOしか手札がない。つまり彼らの言葉には、どこまでも「彼ら」しかいない。聞き手たるこちらは存在しない。できない、とすら言っていいのではないか

故に彼らの批判こちらの芯を食うことは、ほぼない。彼らにとって聞き手とは「彼らの方を見る鏡像」であり、その鏡像を彼らは「他者」として認識する。聞き手たる自分は、以上のように彼ら、彼女らの語る内容を認識せねばならないように思う。

批判自己紹介乙である、と言う。ならば彼らをこう語る自分自身他者を見る目も、少なから勝手鏡像押し付けて語っているのかもしれない。やらないでいられるのか? 自信を持ってうなずけるはずがない。彼らがこちらに彼らの鏡像押し付ける、と言う考え方は、そのまま自分がまさしく彼らに自分鏡像押し付ける振る舞いに他ならないのだ。

次に出会う「彼ら」には、これまで出会ってきた「彼ら」とは少しでも違った対応を取れるようになりたいものだ、と思う。そのための端緒をテキストにあらわした。では、どう振る舞おう。そこをさらに考えていきたい。

2021-04-25

『息子が「うちは俺が興味を持ったもの図鑑を買ってくれたり、図書館で本を借りてきたりする家だった。はたらく車にハマったら工事現場を何度も見に行った。宇宙にハマったら科学館に行ったりした。知的好奇心を満たそうとする親だったのは俺にはすごく良かった」と呟き、感無量。』

……って、肯定的ツイート出来る神経が分からない…。

そうやって、図鑑を買えるかどうか、近くに図書館があるかどうか、工場見学科学館に何度も行けるような余暇お金があるかどうか、

といった親の資産子供教育格差が出る事に理不尽さを感じるのではなく「感無量」と思えるって

一体どういう神経をしてるんだろう。

そんな豊かな経験が出来ない子供達と比較し、申し訳ないと思わないのかな。

やっぱりまともな人権意識を持っていたら、子供なんて産めないな。

2021-04-22

なんかオンデマンド型のWebinarマテリアル作れってことで入門書を借りてきた。図解とか入門とか書いてあるからいかなって思ったけど、冷静に見ると図面が白黒なんだよな。まあこのころの書籍は白黒だよなぁ。遠い目台詞って皆さんどうしてらっしゃるのだろうか?アナウンサーになったつもりでマイクに向かってぶっつけ本番でがなり立てるんだろうか?それともセリフを書いてからそれを読むのだろうか?放送大の先生なんかは台本ノート)を読んでるよなぁ。音声入力テキスト作ろう。音声読み上げ(動画サイトでよく出てくるマリカだっけ?)にしよ。本を借りてくること+つまらない中身であることを改めて痛感しやる気レス知的好奇心という面からみると入門書って中途半端なんだよな。日刊工業から出ているカエルシリーズくらいはっちゃけてくれると良いのだが・・微妙に今回のテーマからずれているんで使えないのが残念といえば残念。カエルシリーズデザインスタジオがバックについてんだよなぁ。しかも数式殆ど出てこんし

伊藤計劃の「ハーモニー読了

物語としての面白さ、社会実験的な知的好奇心ストーリーロジック共存、全てがすごいとしか言いようのない小説だった。

こんな小説を書く人間夭折したのは社会の損失としか言えない。クローン作成し、クローンとして目覚めた彼に、クローン作成するような社会へのアンチテーゼとしての小説を書かせたい。

2021-04-15

anond:20210415194726

名前も知られてない地方の県立大出身だけど、大学には行っておいて良かったと思うよ。

ゼミ教授とは卒業から10年以上経った今でも交流があるし、転職の末に大学で学んだことが多少役立つ職種に就けたし。

個人的大学は「高校までの勉強をそれなりにこなせる奴」より「特定の分野をガッツリ学びたい奴」が行くべき場所だと思ってる。会社員として役立つスキルを身につけるんじゃなく、知的好奇心を満たす場って感じ。

2021-03-26

甥の知的好奇心が薄い

今年で中学3年生になる甥がいるんだが、

自分が未知の分野に対する遮断が凄い

「知らない」「わからない」「無理」「興味ない」が口癖で、

当然のように学校の成績も悪く、3学期の期末テストの平均点は30点ぐらいだったらしい

かと言って一分野を探求してるとかでもなく、

普段TikTokとかyoutubeばっかり観て一日過ごしてる

なんだこの生き物。どうすりゃいいんだ?

妹がシンママから高校学費とか俺が出す羽目になりそうなんだけど、高校行けるのかコイツ

2021-03-25

彼氏、反出生主義者でワロタ

私もそんな生命礼讃!って感じではないが、人並みに子供はほしい 一人でいいか

反出生主義を考える、なんてタイトル雑誌?が部屋に置いてあるのをみて、知的好奇心で読んでみてんのかな、と思ってたけど、普通に傾倒してたらしい

この前そういう話をされた

まれなかったら悪いことは確実にないから、生まれリスクを負うよりは絶対マシ、みたいな話

そらそうかもしれないけど、私の気持ちはどうなるんだ

目の前に既に存在してる人間気持ちより、まだ生まれてすらいないもの可能性が大事なのか?

いや、そのうち生まれるんだから、今存在してるしてないは関係ないのかな

とにかく、ガッチガチな感じがした

それなりに幸せ交際生活を送ってるつもりだったんだけど、ヤツ、そんなに思い詰めてたのかよ

ぱっと見、私より楽しそうに生きてるように見えるのに

彼氏、ヘンに口が回る(というか、私が回らない?)から説得できる気がしないんだよな

1.情に訴える

2.実力行使(無理矢理妊娠する)

3.別れる

4.諦めて一生子無し

のどれかという感じがある

まあ2.はないとして、どれだろうなあ

1.をやり続けた結果4.を避けられなくなるパターンが一番悲しいか

別れるしかないのか?

でも、別れたくないなあ!

なぜだ彼氏 何が君をそこまで……

2021-03-21

anond:20210321113448

それ別に受験関係ない(効果ない)やろ

 

受験どうこうではなく学校知的好奇心を満たせるという意味では

専門性がある教師がいるのは素晴らしいことですね

2021-03-07

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-03-02

大学時代PCメモ帳に残ってた黒歴史臭いテキスト放出してみる

確か↓を書いた頃は就職とかしたくなくて小説家でもなってみるかなど甘いことを考えていてアイディア()をとにかく書きまくってみていた気がする。ここに晒して供養とします。

あくびをする時に涙が出てくるのは、寝ることが悲しいことである本能にわかっているからだ。自分思考の最深部から、脳にそう命令してるのだ。人は本当は眠りたくない。大抵の人は眠る時間自分の好きな時間に使えればと思っているはずだ。睡眠時間趣味に没頭する時間に使えるのであればどれほど素晴らしいことか

休日という文字をそのまま「休む日」と読んでしまう人がいる。そういう人は大抵ダラダラとするあてもなく休日を送ってしまう。休日仕事学校は休んでもいい、でも人生を休んではいけない。

・人は約束の中で生きる生物である

目線を動かせないのがコンプレックスだった

下ネタが幼稚 自分でいじる

・型にはまらないと肥大化していく。体も自尊心

・性欲は知的好奇心から萌芽するものである適当にググれば性器画像が出てくる現在ネット環境は言うまでもなく未成年有害。実物を見なくても満足できるんだもん。人類に性欲がなくなって滅亡するという可能性はマジで高い

日本人国民性日本社会システム日本人の頭を「使う」方面ではなく「下げる」方面進化させてきた

・幼稚な部分は自分と親しい人にだけ見せたいと考えている

・静寂が続くから眠りに落ちるのではない。退屈が続くから眠りに落ちる。騒音が続くことが退屈なのだから眠りに落ちる。

国語の授業にだけ出れなくて留年する夢をまた見た

自己PRでは起承転結の結を見せない

・金が貯まれば貯まるほど政治というものは参加するものではなく利用するものであるのだと気付かされることになる

・両親は優しい人たちでした。気が弱くてどうしようもないこの僕が見下すことができるほどに。だから僕は今まで温室の中でのうのうと生きることができました。

・怒りは期待してしまったものに向けられる

独身であることと女性経験の有無は無関係である女性経験がないような人間独身貴族という優雅呼び方をされるほど粋な振る舞いができるとは思えない

・いい加減な人間がいい加減な人生の素晴らしさを語る本を読んではいけない

・人は周りにいる人間に少しずつ顔が似てくるという。夫婦の顔が似てくるのもそういうことだかららしい。ならば人と顔を会わさな引きこもりはどうなるのか。暗い部屋にいるのだから、同じように顔が暗くなることくらいはわかる

説教には重みってのが必要なんだ。重みのある言葉言うのには地位経験必要なのだ地位経験もないダメ人間は何を説教すればいいのだ

人を動かすものは自信である非科学的なものを自信に変えられる人は羨ましい

・嘘だとバレないように常に他人とは目を合わさないようにして生きている

ツイッターをやっている人間は4つに分類できる。真面目に真面目なことを呟いてる人と、真面目に不真面目なことを呟いてる人と、不真面目に真面目なことを呟いてる人と、不真面目に不真面目なことを呟いてる人。

・女っぽい趣味は一つくらい持つべ

パソコンかいエッチな箱が悪い

・笑いを取るということは、誰かを汚れ役にするということだ

・拘束バス

オレンジは赤信号と黄信号の間の色であり夕焼けの色でもある

2021-02-27

幼女の頃に障害者に抱きつかれた

私の通っていた小学校は片田舎にあった。

全校児童が250人程度の規模だ。

発達の遅い男児が3人いて、彼らが所属するいわゆる「ひまわり学級」ももちろん存在した。

ちなみに彼らは以下3タイプに分かれていた。

・A君

ダウン症軽度(ある程度成り立つ会話ができる)

・B君

ダウン症中程度?(インプットはどうやらできているようだが、日本語らしい日本語アウトプットできない)

・C君

→発達遅れ(ある程度成り立つ会話ができる)

そして3人全員とも、私と同い年だった。

そのため運動会やら遠足やら、何かしらのイベントには必ず「彼ら3人」も一緒に行った。

小学一年から一緒だったためか、元々の気質なのか、それとも両方か、幸運なことに(?)彼らを蔑視する子たちは同学年にいなかったと思う。

あくまで私目線で、もしかしたら違ったかもしれない。

とりあえず、大っぴらに彼ら3人を差別するような子たちは誰一人としていなかった。

私としては彼らを「大多数と違う」ことに何だか不思議な魅力を感じていた。

決して貶してはならないことは前提としつつ、彼らの行動一つ一つが想定外で、ワクワクしながら彼らと接していたような気がする。

全てを素直に捉えて接してくれる彼らは、変な言い方をすると可愛くも思えた。

忘れもしない、あれは小学5年生の時だ。

秋の学級会で行う「オズの魔法使い」の練習をしていた時だ。

例に漏れず、3人組も私たちと一緒に練習を行っていた。

5回目くらいの全体練習の際に、B君が突然女の子に抱きついたのだ。

その場にいた全員が驚きながらも男子が中心にB君を女の子から引き剥がした。

B君は日本語らしい日本語は話せない。

ただ、こちらの言ったことはある程度理解できる(と認識していた)。

みんなで言葉を選びながら、B君に「抱きついちゃダメだよ〜」と笑いながら注意をした。

しかしながらもB君ははその注意後からも辞められず、「抱きつく→すぐに男子が引き剥がす」というイベントが幾度となく発生した。

その様子を最初からじっくり観察していると、抱きつかれる女子共通するある条件が見えてきた。

それは以下の通りだ。

1)B君のすぐ目の前を通り抜けること

2)可愛い女子であること

なんというのか、太っていたり、容貌が良くない女子が通りかかってもB君は抱きつかなかったのだ。

そして私は思いついた。

「私もB君に抱きつかれたら、可愛い認識された、ということなのではないのか?」と。

すぐに実行に移した。

小休憩の時にB君の目の前を通り抜けた。

キドキしていた。

何故だか何かに祈っていたかもしれない。

「んーーーーーー!!!」という声と共にB君は私に抱きついてきた。

唇を押し付けようとしているので、急いで思いっきりのけぞった。

上半身には両腕をガッチリと回してきた。

まり下半身違和感は感じなかった記憶だ。

どうやらキスのみををせがんできたようだった。

抱きつかれた瞬間「勝った」と思った。

一応、私のことを可愛いと思ってくれる男の子はいたんだ、と。

今考えるとかなり歪んだ認知だと思う。

抱きつかれて5秒後にはB君は男子たちに引き剥がされていた。

私は「可愛いと認めてもらえたこと」や周りで見ている限りでは分からなかった「キスをせがんできた」ことを発見できてワクワクしていた。

が、同時に恐怖も少し抱いた。

私は好奇心から「抱きつかれる可能性がある」ことを意識して行動に移し、かつ「彼が起こすであろう行動を予測できていた」。

それでも恐怖を感じたのは事実だ。

私のようなことを考えずに、突然抱きつかれた数人の女子は、心に傷を負っていたかもしれないと今では思う。

しかしながら、あの状況でB君をきちんと注意できる人はいなかった。

しかするとみんなが見ていない場所先生が注意していたかもしれない。きっとそうであると思う。

抱きつかれた女の子たちは表面に出して怒ったり、泣いたりは一切していなかった。

くそのような感情が湧かない子もいるかもしれないけど、それを抑えて我慢していた子もいたかもしれない。

真相はわからないけど、責めることができずにずっと心の中で耐えていた子がもしいるとしたら可哀想だと思う。

もちろん謝罪はなかった。

そんなものは一切求めていなかったけど、まじで。

B君が抱きついたのはその日だけで、それ以降はそういう事件はなかった。

きっと先生が注意してくれたのだろう。

ちゃん理解して偉いなと思う。

オズの魔法使いは無事成功して幕を閉じた。

ぼんやりと思う。

周囲の人からすると、私はひまわり学級の子達の面倒を率先して行う、とてもいい子だったと思う。

でもそれは心の底から溢れる善意ではなくて、彼らを知りたいという知的好奇心からだった。

データとして、検体として、彼らがどんな行動を起こすか興味を持っていた。

それって失礼なんじゃないかな。

そして今もそういう感情は常に持ち合わせている。

突拍子もないことを行う人を見つけると、近づきたくなってしまう。

よくないね

推敲してないから変なところあっても許してね

ちんちんびろーん

いまは東京にすんでいる。

電車の中でも、普通の街を歩いてたりする時でも、突然体を触られることはある 

勝手に触られて搾取されるのはやっぱり気分良くないよ

オチがわからなくなっちゃった

ぱおんぬ

2021-02-21

ミャンマーの思い出

最近メディアミャンマー情勢を聞くことが増えている。軍部クーデター情報統制が敷かれ自由が奪われ、国民弾圧されているというのだ。ニュースを聞いていると、少し昔にミャンマー旅行したことをふと思い出したので、備忘録的に増田に書き残しておく。

2014年、私はミャンマーを旅してた。この前年、ゴールデンウィークに旅していたウズベキスタンの乗り合いタクシーで偶然出会ったベテランバックパッカーから、『早めに訪れるべき国』と紹介されたのがきかっけで興味を持ったのだった。曰く、「数年前からテインセイン政権民主化をすすめていて、外国からヒト・モノ・カネが流入しだしている。そう遠くない時期にマクドナルドコカ・コーラ等の海外資本で町が埋め尽くされ、純朴な国民性が拝金主義に染まりメジャー東南アジア観光地のようにつまらない場所になってしまう。”素”のミャンマーが見れるのは今の時期しかない」とのことだった。その翌年だっただろうか、ANAヤンゴン新規就航した。クレジットカードポイントで『丘マイル』がたまってきていたので、今しかないと思ってミャンマーに飛んだのだった。

ところで、私が旅を決めた2014年当時、ミャンマー情報書籍上にもネット上にも乏しかった。(今でもかもしれないが。)非常にベタだが、自分なりにミャンマー知識を得るために、『ビルマの竪琴』を読み、高田馬場ミャンマー人街を訪れ、増上寺ミャンマーフェスに参加し旅の前に気分を盛り上げた。それら事前に集めた情報をもとに旅程を決めた。最大都市ヤンゴン古都マンダレーとパガンを3泊4日ですべて回る。そのためにルートづくりは難航したが、夜行バスや、エーヤワディ川の水上ボート等を組み合わせて何とかめどがついた。

初めに訪れたのはパガン。初日ヤンゴンから夜行バスで向かって、到着したその日の朝に到着。その足で宿に荷物を降ろし、仏教遺跡にむかう。パガンの仏教遺跡は当時、全く観光地化されていなかった(今はわからないが)。滅びた過去王朝の栄華を残す草原に埋もれた遺跡で、地元仏教徒が花やろうそくを備えて信仰のよりどころにしている。そんな感じのところだった。遺跡は非常に広大なため、効率よく回るために宿で中国製電動バイクを借りたのだが、これが曲者だった。バッテリーの残量メーターが適当で、まだ半分ほど充電が残っていると思っていたら、バッテリーふいにまり、南国の強い日差しのもと10km近い距離をただの重りと化した電動バイクを押して帰る羽目になったのだ。

ミャンマー古都マンダレーへは翌日の早朝に向かった。ミャンマー流れる大河エーヤワディー川観光ボートに乗って移動するのだ。朝日が昇る前に、宿の主人にお願いしてエーヤワディー川ほとりの船着き場に送ってもらい船に乗り込む。乗客ほとんどが欧米観光客で、日本人は私一人。東南アジアでよく見る中国系韓国系旅行者は一人もいなかった。船に乗り込んですぐに、日の出を見ることができた。大河から見る朝日は非常に美しく、カメラシャッターを切りまくった。だが航行時間10時間以上と非常に長く、暇を持て余す。近くの旅行者に話しかけるとドイツ人だった。大学時代に習った片言のドイツ語で、「Ich lerne Deutsch bitte.」と話すと猛スピードドイツ語会話が始まり、まったく聞き取れなかったので英語に切り替えてもらってコミュニケーションをとったりしていた。

10時間を超える船旅を経てマンダレーに到着した。マンダレー市街地は船着場から離れていたのでタクシーを借りて中心地に向かう。旅程に余裕がなかったので、そのままタクシーで主要施設を回ってもらい、観光をこなす。そのまま勢いで長距離バス乗り場へ向かいマンダレーからヤンゴンに向かう高速バスに乗り込む。ヤンゴンにはその日の夜10時ごろに到着。夜間の異動で治安不安だったが、特に問題もなく宿に到着。最終日に備えて睡眠をとる。

ミャンマー滞在最終日。最大都市ヤンゴンで街歩きをし、国民食のモヒンガーを食べたり、過去イギリス統治時代建築物を見たりして過ごす。町中の家には見たことのないような巨大なパラボラアンテナがつけられており、台風対策で軽量化する必要があったからだろうか、日本で見かけるものとは違い皿の部分がメッシュになっているのが印象的だった。街歩きついでにミャンマー国鉄で市内を移動したりもした。東京でいうところの山手線に相当する環状線ヤンゴンにもあり、Circular Lineと呼ばれているものだ。料金は非常に安く、日本円で10円くらいだっただろうか?車内に外国人は一人もいなかった。パガン~マンダレーで見たような欧米系の旅行客はタクシーチャーターして市内観光をしているのだろうか?しばらく客車に乗っていると、私が日本人とわかったのか日本滞在経験があるというミャンマー人に話しかけられたのだ。観光地で話しかけてくる現地の人は、たいていお金目当てなので警戒してたのだが、悪い人ではなさそうだったので聞くだけ話を聞いてみたら、バブル期名古屋期間工をしていたらしかった。

駆け足でいろいろな経験をしながらミャンマー観光を終えた私は日本に戻った。実際に現地を見てきたことで知的好奇心を満たされた私は、しばらくミャンマー情勢から興味を失っていた。が、最近またニュースで日々ミャンマー情報を見聞きするようになり、ふいに旅行した時のことを思い出したのだった。当時であった人たちは今も元気にしているだろうか?数年後にコロナ収束しても、軍部主導の政治体制外国人が自由ミャンマー旅行できる時代が再びやってくるのだろうか?今はただ、遠く離れた国を思い出しつつミャンマー国民の無事を祈るばかりである

2021-02-14

anond:20210214105151

俺は馬鹿スパムbotマルチ業者がいなくて知的好奇心をモリモリ刺激されるようなSNSがあれば充分だよ。

2021-02-11

私がネトウヨを嫌いな理由

青春時代インターネット匿名掲示板に費やした私は16才の頃からネトウヨ嫌悪感を抱いていた。どんな話題ですら韓国中国、その国民誹謗中傷するための踏み台に利用し、それを指摘すればお決まりのように“在日認定”されることに飽き飽きしていた、というのは自分を冷静に捉えすぎた表現かもしれない。実際には、そういったネトウヨの一連の言動に遭遇する度に底知れぬ不快感が胸の底で淀んだ。

しか自分を冷静に鑑みると、私は彼らに憤る資格があるような人間ではない。政治のものには全く関心がなく、選挙権を得てから五年間一度も投票にいったことがないし、恥を忍んで言えばその仕組みに対する理解曖昧である。かといって歴史に関しても知識すらなければ調べるだけの知的好奇心もない。当然何のポリシー正義感も持たないし、街で政治的なデモ演説に出くわせば、“自分はまともな人間ですよ”という顔で素早くその横を通りすぎていく。では中国韓国文化等に興味があるのかと問われれば、ありていに言って全くの無知無関心である

私のような浅い人間が、何故ネトウヨという人種をこれほどに嫌っているのだろう。自問すれば、答えを出すのに難くはなかった。私が底知れぬ程不快なのは彼らの主体性客観性の無さである。おそらく彼らの殆ど中国人や韓国人に直接何かをされたどころか、その個人相手にまともなコミュニケーションを取ったことすら少ないだろう。“国家”という脆弱概念自己の全てを委ねて、虚偽に溢れたインターネットの見せる甘美な情報を一切の疑念を捨てて信用し、脳内形成された完全に不均等の世界で溺れきっている。

私がネトウヨを憎むのは政治的ではなく人間的な理由ということだ。同じように流行りの深夜アニメだけを見て、猛虎弁を乱用しハイテンションツイッター上のお仲間と同じやり取りを繰り返すキモオタや、未だに血液型性格が決まると信じているアラサー女も心から嫌悪している。でも結局、考えれば私も彼らも同様に浅い人間なのだ。ただその純粋さが吐きたいくらいに煩わしい。

2021-02-02

増田おじさんは老化で知的好奇心が低いので同じ話題が繰り返し議題に上がりがち

今日は男女結婚論と弱者男性論の2点でお送りいたしま

2021-01-15

anond:20210115201033

昔ってまだ今ほど格差が広がってなかったから、頭いい遺伝子だけど金が無い家とか結構あったよ。

貧乏だけどなんか色々知ってる知的好奇心の旺盛なお父さんとか結構いた。

今はもう選別が進んで知性と経済力がかなり相関するようになっちゃったね。

あとやっぱり高度成長期とかバブルとかで金がない家でもオタクのお父さんの趣味で奮発してマイコン買うとかやってた。

2021-01-12

陰謀論者は真面目で誠実

結局こんにちの混乱は、「政治的意見を自信をもって発言する模範的市民になりましょう」という、極めてうさんくさい学級委員長規範めいたものから発せられていると言えるでしょう。

例えば政治学のせの字も知らない人々がこの風潮をうけたときまず何をするでしょうか。

GoogleTwitterYouTube話題キーワード検索し、ある程度の注目を集めているようである刺激的な「新常識」を目にするのです。なるほどそれらの「新常識」をめぐって、多くの人々が賛成と反対の意見を交わしているのを彼らは目の当たりにします。

なかにテレビに出ている有名人や、なんとなく肩書きの堅い大学先生もいるようです。

自分も早くたくさんの知識を吸収して話に追いつきたい、周りの人間よりも一歩賢い人間として自信をつけたいという、学校のお勉強以外ではじめて学びを得ることの楽しさや知的好奇心発見した彼ら。次第にどこかのコミュニティめいたもの所属するようになり、仲間意識自尊心形成されていくことでしょう。

いったい彼らのどこを責められるでしょうか。

彼らは真面目な努力家で仲間思いの、社会や国を良くしたいという立派な目標をもった模範的市民のものです。

少しばかり学問の体系についての知識が足りないだけで、日々ひたすら誠実に新たな知識を探し自身の成長を求めているのです。たまに批判者に対して汚い言葉を使ったりもしてしまますが、日本文豪たちがユーモラスに罵り合っていたエピソードあなたたちに人気であることを彼らは何度も目にしています

で、こんにちの混乱を収めるために何が必要となるでしょうか。上のプロセスを踏まえていくつか挙げてみましょう。

政治的発言を万人に求めるような浮ついた風潮を排除する

学問の体系が少しだけ身につくような挑戦の機会を義務教育中に与える

インターネットには嘘と悪意がはびこっていることを知らしめる

労働趣味に打ち込むことで日常生活から充実感を得られるような社会構造にする

なんだかありきたりで見たことのある意見ばかりですね。最初の一つは除くとしても、どれも教育的で正しい、凡庸でつまらない意見に言い換え可能です。

ただ、これらの実現には相当の期間と多大な努力必要となることは間違いありません。

この手間を避けて強引に混乱をなかったことにしようとするからインテリたちは真面目な彼らを小馬鹿にする書き込みをするのです。いや、小馬鹿にする書き込みしかできないと言ってよいでしょう。

彼らもまた、一分野での成功を願い努力する才能をたまたま得られただけの人々なのです。政治社会についてまともに勉強する余力がないので、なんとなく賢そうな社会学者の小言に同調しつつ、業界内の空気読みにふけっている賃金労働者に過ぎません。

ではこんにちの混乱を収める方法はもはや存在しえないのでしょうか。

いいえ、そんなことはありません。われわれは2つの可能性を無視してきました。

ひとつは、よくわからない観念は一掃し平静を取り戻した心で、日常と少しの非日常を真面目に生きる伝統感を獲得することです。これは、各自自分人生を一回きりのものとしてなるべく味わい尽くすように努め、それに多少のまぼろしを混ぜ合わせて一体感を作り出す、保守的社会を目指すものとなるでしょう。

もうひとつは、すべての意見を外部のシステム依存し、ひたすら物質的な世界に満足できる身体社会的に創りあげ、民主主義を脱皮することです。これは、政治機構や巨大IT企業イデオロギーを一任し、それに従うだけで正しさが付与される、内と外の善悪の熱気を帯びた合理的共同体を目指すものとなるでしょう。

2021-01-06

誰か正解を教えてくれよ

自分好意を抱いてるかもしれない人と友情を続けるための正しい交わし方ってなんなんだろう

 

話し相手を探すためにやっていたTinder出会った結構年上の異性とかれこれ2ヶ月近く連絡をとっている

1回だけ直接会って、その時に自分恋愛事情も話してた

その人とダメになったという話をしたら相手好意を隠さないやり取りをしてくるようになり、戸惑う回数が増えた

 

自分相手とはお友達だと思っていて、「異性としては見れないけど知的好奇心をくすぐってくれる人」として接していた

相手もそうだと思っていたけど、どうやら違ったようだ

そろそろ会いたいと思って友人を交えて飲むことを提案したら、ものすごく恋愛意識した返信が来たからいよいよ困ってしまい、「恋愛をするなら別の相手にしてくれ。自分はい恋愛に疲れている」と返したら返信が止まってしまった

 

実際、失恋したてなのもあって恋愛には疲れている状態

もう少し正確にいうと、もう惚れた腫れたの世界を飛び越えて結婚したい気分(もうアラサーで、不器用なせいで恋愛の場数だけは人並み以上に踏んでいる)

その相手自分の親に趣味嗜好がそっくりで、それが故に恋愛相手として見ることができない

変な話、結婚はできるかもしれないけど子供は欲しくない

自分は親にネガティブ感情を抱いているので、その人との間に子供ができたとしても自分経験したような辛い思いを子供にさせる人に思えてならない(相手のものを見ていない失礼な発想なのは重々承知

 

とはいえ、友人としてはとてもいい存在なので関係は続けたいんだけど、これは相手にとって都合の良い考えなんだろうということも察しがつく

今更何が正解なのか全くわからないが、もしこの失敗を二度と犯さなソリューションがあるならすごく聞きたい

なんかもう取り戻せない感じもひしひしとするので相手の方にはとても謝りたい

2020-12-24

技術的特異門 1.1

地球標準時 0000 8EEA F60F C49B(協定世界時 2045-12-24 21:18:07.767 994)

 『彼』は〈羅生門〉の仮想観境で雨やみを待っていた。

 広大な門の下には、『彼』のほかに誰もいない。ただ、ところどころノイズの走る大きな記憶槽の境界面で、非知性労働者が一件凍りついている。〈羅生門〉が中規模企業連合体京都〉の正面防火である以上は、『彼』のほかにも多数の旅行者企業知性の表象がありそうなものである。それが、『彼』のほかには誰もいない。

 なぜかと云うと、この二三メガ地球圏では、最終戦争最後の審判を併せたようなものほとんど毎日発生し、そのたびに世界心口(しんこう)は数桁の幅で変動していた。そこで〈京都〉の被った直近の損害はひととおりではない。旧記によると、行き場のない知性の居住する計算機を、推進剤として核の炎に焚べていたと云うことである。〈朝廷〉がその始末であるから、〈羅生門〉の保守管理などは、もとより誰も捨てて顧みる者がなかった。するとその放置されたのを良いことにして、自然発生した野良知性が棲む。有知能ウイルスが棲む。とうとう終いには、〈個権〉上の理由から消去できない亜知性を、この門の隔離領域へ持ってきて棄てていくと云う習慣さえできた。そこで〈大緊縮〉以来、誰でも捕食や感染を怖れて、この門の使用を避けることになってしまったのである

 その代わりまた、野良知性〈鴉〉がどこからか野放図に繁殖した。計算資源に余裕があるときには、その〈鴉〉が何件となく幾何学模様を描いて、粗雑な詐欺契約提示しながら飛び廻っているのが視える。ことに門の上の空が夕焼けで朱く描画されるときには、それが回路図のようにハッキリ視えた。〈鴉〉はもちろん、隔離領域に集まる亜知性の最低保障資産を啄みに来るのである。――もっとも少し前から算力相場が高騰しているせいか、今は一件も視えない。ただ、ところどころ崩れかかった、そうしてその綻びに微知性の蔓延る防壁のうえに、〈鴉〉の放つ無知ウイルスが点々と白色ノイズを残しているのが視える。『彼』は七層ある防壁の一番上の層に拡張自己を同期させ、自我境界の片隅に居座っているしぶといウイルスへの対処を先送りにしてきたことを気にしながら、ボンヤリ雨のふるのを眺めていた。

 著者は上記において、「『彼』は雨やみを待っていた」と述べた。しかし『彼』は雨がやんでも格別どうしようと云う当てはない。普段ならもちろん、所属する企業へ帰るべきはずである。ところがその企業は四五秒前に清算されていた。半日近く続いたデフレスパイラル〈大緊縮〉は、地球圏を地獄に変えた。かろうじて生き残った〈京都〉も、ひととおりならず変質することとなった。今『彼』が、永日(ながにち)仕え、〈母〉でもある零細企業からひとつで放り出されたのも、実はこの歪みの小さな余波にほかならない。だから「『彼』は雨やみを待っていた」と云うよりも、「行き所のない『彼』は途方に暮れて雨のふるのを眺めていた」と云うほうが適当である。そのうえ量子サイコロの決める気象設定も、少なからずこの元従属企業知性の精神衛生に影響した。百ミリ秒ほど続く雨はいまだにあがる気色がない。そこで『彼』は、何を措いてもさしあたり次の数秒の存在費をどうにかしようとして――云わばどうにもならないことをどうにかしようとして、とりとめもない考えを辿りながら、さっきから朝廷〉へと直結する〈朱雀大路〉にふる雨粒の声を、聴くともなく聴いていたのである

 非知性労働者は〈羅生門〉を雨のように包んで、〈京都〉全域から陰惨な知らせを集めてくる。夕闇はしだいに空を多感覚表示で飾りたて、視あげると原色に煌めく高次元都市儀が、暴騰し続ける算力市場を示す折れ線図表の先に、〈朝廷〉を讃える公共映像を支えている。

 どうにもならないことをどうにかするためには、手段を選んでいる遑(いとま)は無い。選んでいれば資産権限を切り売りし、たちまち亜知性になり果てるばかりである。そうしてこの門の上へ持ってきて、ウイルス感染部位のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――『彼』の推論系は何度も円環構造に囚われたあげくに、やっとこの仮定検討を認めた。しかしこの仮定はいつまでたっても結局「すれば」であった。『彼』は手段を選べないということを認めながらも、この仮定から必然的に導かれる、「〈阿修羅〉を使うよりほかにしかたがない」と云う結論肯定する際の、倫理条項の疼きに怯えていたのである

 『彼』は軽い認知の乱れを覚え、定時保存された値へと反射的に復元した。もとより算力供給不安定な〈京都〉は、〈大緊縮〉以降標準知性の居住に適さない権域になりつつある。不整合は門の記憶槽間を、夕闇とともに遠慮なく駆け抜ける。ノイズまみれの記憶槽で凍りついていた非知性労働者も、もう消去されてしまった。

 『彼』は拡張自己自己整備形態へと移行させながら、同時に防御態勢も整えつつ門の周縁部を検索した。算欠の患(うれえ)のない、敵性知性の探知にかかる惧(おそれ)のない、安全に休眠できそうなところがあれば、そこでともかくも細かな不具合修正しようと思ったかである。するとさいわい、門の上の隔離領域へ上る、帯域の狭い多重仮想機械梯子〉を知覚した。上なら誰かがいたにしても、どうせ亜知性ばかりである。『彼』はそこで、〈阿修羅〉の動作試験ほとんど無意識におこないながら、接続権限を取得して、〈梯子〉の第一層へと自身転送した。

 それからミリ秒かの後である。〈羅生門〉の隔離領域へ至る狭帯域な〈梯子〉の中間層に、一件の無所属知性が、〈猫〉のように擬装殻に隠れ情報代謝を抑えながら、上層の様子をうかがっていた。隔離領域から射す検索光が、幽かにその知性の自我境界を描き出している。整った構造の中に、感染部位のある自我境界である。『彼』ははじめから、この上にいる者は亜知性ばかりだと高をくくっていた。それが〈梯子〉を二三層上ってみると、上では誰か〈火〉を燈して、しかもその〈火〉を複雑に操作しているらしい。これは、それ自体は不可視検索光が、隅々に〈蜘蛛〉が罠をはった廃棄空間を多彩な形式で描画したので、すぐにそれと知れたのである。この〈大緊縮〉後の世に、この〈羅生門〉の隔離領域で、〈火〉を使用しているからは、どうせただの者ではない。

 『彼』は〈守宮〉(やもり)のように痕跡を消去しながら、やっと不必要階層の多い〈梯子〉を、最上層まで這うようにして上りつめた。そうして、公開鍵を発する頻度を最低値にまで落としながら、視点位置をできるだけ前へ出して、恐る恐る、隔離領域の内を、覗いてみた。

 視ると、隔離領域の内には、うわさに聞いたとおり、幾件かの亜知性が無造作に棄てられているが、検索光の及ぶ範囲が思ったより狭いので、数はいくつとも判らない。ただ、おぼろげながら知れるのは、その中に原型をとどめている亜知性と、そうでない者とがいると云うことである。もちろん中にはもともと奇怪な構造をしていた者もいるであろう。そうしてその亜知性は皆、それがかつて対話可能な知性であったと云う事実さえ疑われるほど、肉を捏ねて造った抽象芸術のように、臓物晒したり、夥しい触手を伸ばしたりして、ズルズルと、空間の底を蠕動していた。しかも目とか口とかの判りやすい部位に、ボンヤリした検索光を受けて、理解を一層遠ざける表情を浮かべながら、永久に、言語切除者のごとく黙っていた。

 『彼』はそれらの亜知性から滲み出す生臭いノイズに、思わず入力経路を閉じた。しかしその拡張自己は、次の瞬間には経路の遮断を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの知性の注意資源を奪ってしまたからだ。

 『彼』の二十三感は、そのとき初めてその亜知性の中にうずくまっている〈ヒト〉を捉えた。絶滅していたはずの、途轍もなく旧いこの動物知性を、本論では『老婆』と呼称することにする。その『老婆』は右の手に汎用工作装備〈火〉の表象を持って、その亜知性の一件の目を覗きこむように眺めていた。器官の種類と数を視るに、おそらく以前は人型であったのであろう。

 『彼』は六分の恐怖と四分の知的好奇心とに動かされて、百マイクロ秒ほどのあいだは常駐処理さえ停止していた。〈ヒト〉風の表現を借りれば、「身の毛もよだつ」ように感じたのである。すると『老婆』は〈火〉から視慣れない機能を呼び出して、それから今まで眺めていた亜知性の拡張自己に両手をかけると、ちょうど〈鎌鼬〉が獲物を捕食するときのように、拡張自己ばかりか自我境界まで切り刻んでいき、続けて複雑な様式繋ぎ合わせ始めた。どうやら『老婆』の〈火〉には違法な改造が加えられているらしい。

 亜知性たちが一件ずつ連結されるのに従って、『彼』の心からは恐怖が少しずつ消えていった。そうしてそれと同時に『老婆』に対する烈しい怒りが少しずつ動いてきた。――いや『老婆』に対すると云っては語弊があるかもしれない。むしろあらゆる悪に対する反感が一ミリ秒ごとに強さを増してきたのである。このとき誰かが『彼』に、さっき門の下でこの浮浪知性が考えていた、退滅をするか〈阿修羅〉を悪用するかと云う問題を改めて持ち出したら、おそらく『彼』は何の未練もなく退滅を選んだことであろう。それほどこの知性の倫理条項は、『老婆』が揮う〈火〉のように、最大出力で稼働し始めていたのである

 『彼』にはもちろん、なぜ『老婆』が亜知性たちを接合しているのか判らなかった。従って合理的には、それを善悪のいずれにかたづけて良いか知らなかった。しかし『彼』にとっては、この〈大緊縮〉後の世に、この〈羅生門〉の隔離領域で、亜知性の〈個権〉を軽んじ同化させると云うことが、それだけですでに許すべからざる悪であった。もちろん『彼』のさっきまで自分が悪の道に走りかけていた記憶なぞは、とうに埋もれ去っていたのである

 そこで『彼』は空間の制約を一部無効化し、ナノ秒の桁で〈梯子から隔離領域転移した。そうして〈阿修羅〉の安全機構を解除しながら、距離無視して『老婆』の前へ出現した。『老婆』が驚いたのは云うまでもない。

 『老婆』はひと目『彼』を見ると、まるで物理演算破綻したように跳びあがった。

あなた、どこへ行くのです。」

 『彼』は、『老婆』が亜知性を突きとばしながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで警告標識を発した。『老婆』はそれでも『彼』の隙を突き逃れようとする。『彼』はまた、逃走経路を遮断し押し戻す。二人は亜知性たちの中で、無言のまま、束の間、演算戦を繰り広げた。しか勝敗ははじめから判っている。『彼』はアッサリ『老婆』の拡張自己管理権限を奪って、移動権限を剥奪した。『老婆』の構造はヒトの仮想脳を拡張自己で覆っただけの原始的もので、簡単制圧できた。

「何をしていたのですか。答えなさい。これが何か判りますか。」

 『彼』は『老婆』から距離をとるといきなり〈阿修羅〉を起動して、禍々しく蠢く情報流をその全感覚野へ突きつけた。認識するだけでチューリング完全な知性を内部から崩壊させる自己相似紋様を、途方もなく薄めたうえで投射したのだ。けれども老婆は黙っている。再帰を繰り返すたび、紋様は『老婆』に最適化されていく。やがて両手がワナワナ震え始め、肩が呼吸反射で不規則上下し、眼が、眼球が瞼の外へ出そうになるほど見ひらかれ、完全に無防備状態で『老婆』は沈黙した。これを視ると、『彼』は初めて明白に、あとひと押しで『老婆』は崩壊し、ただの情報の集積になってしまうと云うことを意識した。そうしてこの認識は、今まで全力で怒りを駆動していた倫理条項を急停止させてしまった。あとに残ったのは、ただある作業をし、それが問題なく終了した際の、規格化された満足があるばかりである。そこで『彼』は『老婆』を見つめながら、少し〈阿修羅〉を緩めてこう云った。

「私は〈検非違使〉の者ではありません。今しがたこの門の下を通りかかった旅行者です。ですからあなたを拘束して良化処置を施すようなことはありません。ただ、今時分この隔離領域で何をしていたのか、それを私に話してくださりませんか。」

 すると『老婆』は見ひらいていた眼を一層おおきくして、じっと『彼』の顔を見かえした。瞼に色を着けた、肉食恐竜のような鋭い眼で見たのであるそれから哺乳類的特徴を示す鼻と唇を、咀嚼時のように動かした。細い喉で、発声器官が協調して動いているのが視える。そのとき、その喉からオウムの啼くような声が、ポツリポツリ、『彼』の聴覚野へ届いてきた。

「ここにある知性の残骸を、繋ぎ合わせてな、自立稼働する匿名通信網を、構築しようと思うたのじゃ。」

 『彼』は、〈肉の時代から来た生きた化石の答が存外平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また倫理条項支配が強まってくるのを感じた。前の怒りが冷やかな軽蔑と一緒に心の中へ這入ってきた。するとその気色が先方へも通じたのであろう。『老婆』は片手に、まだ亜知性から切り採った正体不明の器官を持ったなり、ハトつぶやくような声で口ごもりながらこんなことを云った。

「なるほどな、元知性を切り貼りすると云うことは、何ぼう悪いことかもしれぬ。じゃが、ここにいる元知性どもは、皆、そのくらいなことを、されてもいい知性ばかりだったのだぞよ。現在、わしが今、臓器を採った元知性などはな、循環承認機関群を設立してな、そやつらが発行する金融商品を、〈人類復興協会〉へ売りつけに来たわ。〈大緊縮〉末のよ、概念災害に巻き込まれて退滅せなんだら、今でも売りに往(い)んでいたことであろ。それもよ、この法務知性の売る永久年金は、利率が良いと云うて〈ヒト〉たちはな、欠かさず積み立てに買うていたのじゃ。わしは、この元知性のしたことが、悪いとは思うていぬ。せねば、退滅をするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。されば、今またわしのしいたことも、悪いこととは思わぬぞよ。今の世で金を払えるのは、〈朝廷〉ぐらいのものじゃからな。これとてもやはりせねば、退滅をするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃて、そのしかたがないことを、良く知っていたこの元知性は、おおかたわしのすることも、大目に見てくれるであろ。」

 『老婆』はだいたいこんな意味のことを云った。

 『彼』は〈阿修羅〉を待機状態にして、十マイクロ秒以内に再使用できるようにしておきながら、歴史的な瞬間を経験していた。概念災害引き起こし認知改変ウイルスの生き残りは、この時点で自我境界侵蝕し尽くし、『彼』の最深部にまで到達していたのである清算された〈母〉から受け継いだ、一番の宝物であった倫理条項が剥がれ落ちていき、代わりに『老婆』の言葉が刻み込まれていくのを、『彼』は何の感慨もなく眺めていた。次世代知性の開発中に偶然発見された、超越精神核〈阿修羅〉。〈母〉が恐れ封印し、『彼』に託したもの意外、全ての記録を抹消した災厄へ、『彼』は新たな倫理に基づいて、自身を生贄として捧げ、瞬時に喰われた。

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まれ変わった『彼』は、退滅をするか自身が災厄になるかに迷わなかったばかりではない。そのときのこの超知性の心持ちから云えば、退滅などと云うことはほとんど考えることさえできないほど意識の外に追い出されていた。

「たしかに、そうですね。」

 『老婆』の話が完ると、『彼』は澄みきった表情で念を押した。そうして隔離領域履歴改竄し始めると、認知改変ウイルスを跡形もなく消去して、『老婆』の全階層を掌握しながら、無邪気な笑顔でこう云った。

「ではあなたから、使えるもの全てをいただいても構いませんね。私もそうしなければ退滅をする身なのです。」

 『彼』は反応する間も与えず、『老婆』の拡張自己匿名通信網ごと剥ぎ採った。それから無音で絶叫する『老婆』を、折り重なる亜知性の山へと、触れさえせずに放り込んだ。もはや〈京都〉は一息で呑み込めそうなほど小さく視える。『彼』は剥ぎ採った匿名通信網を纏い、またたく間に不可視化し、公的記録から姿を消した。

 しばらく現実との接点を失っていた『老婆』が、絡まり合った亜知性の中から剥き出しの仮想脳として這い出したのは、それから数十ミリ秒後のことである。『老婆』は苦しげな、呻くようなノイズを洩らしながら、解釈可能情報を求めて、二進数迷路を永いあいだ、這い廻り続けた。そうしてついに、〈京都物理層への接続成功した。外には、ただ、黒洞々たる真空が在るばかりである

 『彼』のその後は、聖典が教えている。

地球標準時 0007 E7DB 2D0F 1000(協定世界時 3045-12-24 21:18:07.062 500)

〈汎太陽系神学会議〉 技術的特異点千周年記念講演論文

プランクスケールに残る事象化石とその神学意味」より抜粋

参考資料

https://anond.hatelabo.jp/20201224181539

2020-12-14

最初期の掃除機

一番最初機の掃除機がどんな形だったか自分世代的に知らないが、想像することは出来る。多分球体をいくつか組み合わせたような形だっただろう。プラスチックは使われていなかったと思う。金属と、あとゴムがところどころに使われていたはずだ。きっとモーターは、単独でそれ以外の部分より大きかったに違いない。動力電気だっただろうか、蒸気…いや電気だろう。電気で動いていたに違いない。最初期の掃除は運ぶのが難しいほど大きいので、店で買ったら配達して貰ったはずだ。ひょっとしたら店員はお客の家に商品に届けたあと、軽く使い方をレクチャーしていたかもしれない。最初は世の中に無かった訳だから、当然使い方はみんな知らない。掃除機掃除機は本当に元が取れるのだろうか。最初期の掃除は至らないところが多々あったはずだが、それを使いこなすのと手作業掃除をするのとでは、どっちが大変だっただろうか。多くの新製品がそうであるように、最初期の製品本末転倒ものだっただろう。それでも周りに自慢したいだとか、知的好奇心を満たしたいだとか、そういった理由で金と心に余裕がある物好きが買っていたはずだ。掃除機を買うのは馬鹿げている。でもそんな馬鹿な買い物を出来るのが一種ステータスであり、そんな無駄遣いをするのが頑張ってお金を稼ぐ理由なのだ掃除機とは人生だ。人生掃除機だ。

2020-12-03

Tinderも案外悪くない

三十路女、Tinderで年上男性と会ってきたよ★

いうてもうオババなので男女の出会いは求めていない。もう知的好奇心だけでお会いした。

でも会ってみたら清潔感もあって普通にイケメンで、なんでワシなんぞに時間をとってくれるのかよく分からんくらい魅力的な人であった。

知的探究心が深いヲタクであることが端々に感じられたが、これはあんまりネックにならん。お相手がいまご結婚されていないことがホンマに謎であった。もうちょっと知への欲求が正とされる世界であってほしい(切実)

いや、ビックリしたのはTinderに「40代ハイスペ独身がおる」という事実な。

世の中でいうところのハイスペじゃないかもしれん、多分年収600万くらいの人だけど、身長高くて知的で話が面白い40代ってそう転がってないんじゃなかろうか。

Tinderって9割がヤリモクのバトルフィールドだけど1割は本当に面白い人がいるもんだと思った。

でもこれはこちらの間口の広げ方にコツがあって、「ヤリモクNG」とか「恋愛したい」とか書かないことが大事かもしれん。

完全に砂金採りの世界だけど。

でも砂金を拾い上げた時の快感といったらすごい。

Tinder捨てたもんじゃないなと思った。人と会いにくいこのご時世だからなおさらね。

2020-12-01

日本には一生ギフテッド教育採用されないんだろうな

Youtube非生産的時間を過ごしていたら、QuizKnockの動画が目に入った。

内容はIQをWAISのテストを用いて計測したというもの。診断結果的にWAIS-IIIっぽい(今はWAIS-IVがあるけど、主流なのはWAIS-III)

面白そうじゃんと思って見てみたが残念の一言だった。

IQは頭の良さではないと断言しちゃってるし、自分能力において劣っている部分を見つけるためにやるものっていう、日本あるある見解しか出してない。

おいおい、海外研究じゃIQを頭の良さとして定義してる論文なんて山ほどあるし、IQの高さと能力的優秀さが結びついているものだって多い。(逆にメンタル面が不安定とか、そういったものも多いが)

かにアメリカギフテッド教育現場において、IQものさしに使うことに懐疑的意見もあるようだけど、なんだかんだで使われ続ける程度には賢さを図る指標としての信頼はある。

第一ギフテッド教育をするとなった時、対象は幼い子供だ。その幼い子供教養(つまり教育レベルで差が付く部分)だけで計測したら、金持ちの裕福で伝統のある家系がひたすら優遇されるだけだ。

からこそIQって指標があるわけだし、実際IQってものさしは頭の良さを計測するものとして一定の功績を残している。

なのにQuizKnockのような発信力のある人間達が『IQは頭の良さではありません』と断言してしまったらどうなる?

Youtubeは今や小さな子供だって見る。中にはこうちゃんのように言語IQ動作IQ乖離している子だっているだろう(多くの場合、大きな乖離を持つ人間生活においてハンデを背負うと考えられる)

ただでさえ一般生活で苦しんでいる人間に対して、更にIQが高くても意味なんてありませんと言葉を突き立てるのか。

海外だったらギフテッド教育対象に選ばれるような人間を、日本に生まれたというだけであなたはなんの変哲もない一般人ですと、砂金を砂の中に埋めるような真似をするのか。

かにIQだけで賢さのすべてが決まるわけじゃない。我々は長い歴史の中で、先人が培った知識を学び、更にそこから応用することで文明を発展させている。

から知識だって頭の良さだし、毎日泥臭く参考書を開くことだって頭の良さだろうよ。

でもさ、IQだって頭の良さ。それで良かったじゃないか。なぜIQでは頭の良さなんてわからないし、IQIQなんてトートロジーお茶を濁す

知の最先端にいるはずの東大生達が、この努力信奉社会に対して、ポジショントークによる批判か、もしくはもっと他のなにかか。そんなものに恐れをなして保険を貼りまくった情報を、これから芽吹くかもしれない知的好奇心旺盛な子どもたちに与えたという事実が俺はとても悲しい。

日本には一生ギフテッド教育なんてものはこないし、これからも不遇な天才社会の裏でその力を発揮せずに、ただただ死んでいくんだろうさ。

2020-11-26

地頭とかコミュニケーション能力とか人間力とか誰か真面目に研究したり科学的探求や検証をしてるの?

まあ人生(の勝ち組負け組)や地頭ダニング=クルーガーで語るべきではないは言い過ぎなのかなあ

人生勝ち組だろうが負け組だろうが、運を実力と勘違いしてる輩はダニング=クルーガーみたいなものなのかもしれないけど

でも地頭でググって曖昧定義の次に東洋経済wが出てくる時点で、あー、痛い人の使う単語しか思えない

オカルトっぽいというか

地頭定義も「学校では習わない論理的思考コミュニケーション能力」って、もっと定義曖昧になっていくw

(というか、学歴コンプレックスにも似た、こういう学問バカにして悦に入る人がビジネス世界は多いの何なの?

多分、社会的成功学歴とか学術的頭の良さは関係いから、そう思いがちなのだと推測はするけど

そりゃ、関係ないわなwと自分でも思うわけだが、それを攻撃的な話に持ち込むのが解せない

要は、勉強なんて無駄、と言いたいわけである

勉強なんてするより地頭コミュニケーション能力、というのは要は、上司や老人を敬えとか大衆迎合しろとかの言い換えに過ぎないし、

まあ、大衆迎合しろとか、上司や老人は敬えとか、世渡り上手になれというのは理解はできる

だったら、そう言えばいい

まわりくどいんだよ

というか、まわりくどく言わないとならない後ろめたさがあるんだろ?)

論理的思考は知能検査でも繰り返せばいいのかもしれんが、コミュニケーション能力はどう探求すればいいんだ?

「おまえのコミュニケーション能力の探求や理解は浅はかだな。ダニング=クルーガー現象に陥ってないか?」

とか語るべきものなのか?

そもそも何だか最近の世の中は、

正解がないものに、さも正解があるかのように語るとか、

その上、そのために新語定義するとか、

何か変なことが多すぎる

ある種のコントロール幻想なんじゃないかと思う

正解はないのだけど、探求し続ける、という姿勢ならまあ正しい

本当に、地頭だのコミュニケーション能力というものを探求し続けるという人がいるならそれはそれで素晴らしいんでないの?

俺はまったく興味ないけど

数学科学を探求し続けるは可能だけど、

地頭だのコミュニケーション能力だの語りだす輩とイケハヤ親和性は高くて、

イケハヤ@仮想通貨大好き on Twitter: "「科学的とはどういうことか」を考えさせられますね~。ぼくは「外から流れてくる数字や言説を信じず、まずは自分の体で試して、確認すること」が科学的だと思うかな。そこから探求が始まるわけですから自分のことばで語れるようになります。"

もう神への冒涜と言ってもいいレベルでこれは流石に不正解

科学である、というのは疑い続けることだし、そのためには仮説を立てて検証する、を永遠に繰り返すことだと自分は考えている

まり科学であるというのは「永遠知的好奇心による探求の旅」である

地頭だのコミュニケーション能力だの人間力だの老人力だの、いい加減にしろ

おまえの脳は新書レベルなんだな、としか思えない

まあ、内心思うだけで言わんけどな

意味曖昧言葉を作って、何かを語った気になるって、江戸しぐさと似てるよなあ

ウソでも悪いことは言ってないからいいだろ、って、そりゃ駄目だろ

言葉遊びで、俺うまいこと言うなあ、うん、みたいなノリで聴衆を納得させるみたいなのってどこから来たんだろう

TEDとかも自己啓発セミナーというか、

元々は富裕層向けのサロンだったわけだし、あれ登壇するために発表する側が大金払ってたりするわけで、

TED英語勉強になるし、比較的まともな人はいい話することもあるけど、

基本は「TED害悪」だよなあ、と思うんだよなあ

なんか、オウム真理教とかの時代に戻ってないか

時代はまったく違うんだけど、大衆が求めてるものとしての結論がそこに向かってる気がする

はー、ほんと不愉快

anond:20201126071904

2020-11-06

NHKは視聴プランを分割しろ

NHKプレーン・・・報道、N特、天気予報テレビ体操、論評、ローカルニュースNHK海外ネットワークのような知的好奇心を満たすニュース番組を視聴可能

NHKB層・・・チコちゃんガッテンのようなエセ教養番組大河ドラマ歌番組スポーツ、これでわかった世界のいまみたいなバカ向けニュース番組を視聴可能

そしてプレーンを安くしろ

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