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はてなキーワード: 刑法とは

2018-11-09

anond:20181109130434

基本的人権しかもう法律名前も分からなくなったんだな。おれの基本的人権表現の自由もとうぜん含まれてんだろ?ゴブリンにグールみも足してみてもいいよな。自由バンザイ

勝手にすれば。

あぁ、アホにもう一つ法律を教えてやろう。「刑法第二百三十一条」な。

2018-11-08

anond:20181108201840

刑法法律に則って執行される。法を無視して私刑を行えばそれは悪だ。

同様に、(実際にどうだったかは置いておき)日本政府日本企業問題があったとしても、条約で決めたならそれに従うべきで、逸脱するのは悪だ。

「なぜ子どもが性を売ってはいけないのか」問題

元増田は、そもそも、何歳の子もの、どのような行為対象としているか、がはっきりしていない(いなかった)(注1)。

元増田は、法令根拠問題としているが、「子どもが性を売る行為」といっても、子どもの年齢や行為の内容によって、違法になるかどうかは変わってくる。

そこで、具体的にどのような行為違法とされているのか、また、違法とされる趣旨目的は何か整理したいと思う。

違法性の有無だけをまとめると以下の通りである

売買春は、売春側が成人であっても売春防止法で違法

②18歳未満の者に対する買春は、児ポ法違法

③18歳未満の者に対する「淫行」等は、各都道府県条例違法

④18歳未満の者に「淫行させる行為」は児童福祉法違法

⑤13歳未満の者との「性交等」及び「わいせつ行為」は刑法違法

以下、詳述する。

売買春は、売春側が成人であっても売春防止法で違法

売春防止法3条。

ここでいう「売春」は、対償を受け、又は受ける約束で、不特定多数相手方性交すること(売春防止法2条)。

その定義により、特定の男女間の性交は、たとえ対償を目的としても「売春」ではない(注解特別刑法 第7巻p19)。

売買春違法とされる実質的根拠は、売春が、人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであるためである売春防止法1条)。

②18歳未満の者に対する買春は、児ポ法違法

児ポ法(注2)4条。

児童買春」とは、児童等に対し、対償を供与し、又はその供与約束をして、当該児童に対し、 性交等(注3)をすること。

規制趣旨は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童権利を著しく侵害すること等(児ポ法1条)。

③18歳未満の者に対する「淫行」等は、各都道府県条例違法

規定ぶりは、都道府県による。

福岡県条例の「淫行」につき、青少年の心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいう、とされた(最判昭和60.10.23刑集39.6.413)。

その目的は、一般青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によって精神的な痛手を受け易く、また、その痛手から回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年健全な育成を図るため(上記最判)。

④18歳未満の者に「淫行させる行為」は児童福祉法違法

児童福祉法34条1項6号。

淫行」とは、児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為(最決H28.6.21刑集70.5.369)。

淫行を「させる行為」とは、直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童淫行なすことを助長し、促進する行為

淫行をさせる者が淫行相手方になる場合も含む(最判H10.11.2刑集52.8.505参照)(注4)。

規制趣旨は、児童精神的にも肉体的にも性的に未熟であるため、そのような児童淫行をさせる行為児童の心身に与える有害性が特に大きいことから東京高判H8.10.30判タ940.275)。

⑤13歳未満の者との「性交等」及び「わいせつ行為」は刑法違法

刑法177条後段(強制性交等罪)、176条後段(強制わいせつ罪)。

性交等」は、性交肛門性交、口腔性交

強制性交等罪、強制わいせつ一般の保法益は、個人性的自由、各条後段の罪は、これに加えて、年少者の性的情操の保護を通して青少年健全育成を図るもの(大コンメンタール刑法3巻 p65)。

⑥その他

保護者の承諾なく、18歳未満の者を深夜に連れ出したり、18歳未満の者から使用済み下着を購入したりすると、各都道府県条例違反になり得る。

対価を払って、食事をするだけなら、違法ではない。

ブコメ言及されている内容について

責任能力は、この話とは直接関係がないうように思われるし、責任能力の有無と自己決定権の有無も連動しない。

なお、元増田法律の背景・目的問題としていたので、そこから離れた倫理的な話などは、記載対象にしていない。

また、片手間に調べた内容なので、必ずしも正確ではない可能性がある。

注1

タイトルは、「子供が性を売」る行為について。

リンク先の記事ママ活は、「2時間カフェまったり会うので7000円」であり、性的行為があるかは不明会員限定部分に何か書いてあるのかもしれないが。)。

本文に書いてあるのは売買春の話だ。

年齢も当初ははっきりしていなかったが、高校生を想定していると追記された。

注2

児童買春児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童保護等に関する法律

注3

性交もしくは性交類似行為をし、又は、自己性的好奇心「満たす目的で、児童性器等(性器肛門又は乳首)を触り、若しくは児童自己性器「触らせること。

注4

淫行条例との違いは、淫行条例では、自身では何の働きかけもせずに、18歳未満の者の積極的な働きかけに応じるの行為処罰されるのに対し、児童福祉法では処罰されないところ。

anond:20181106132747

2018-11-07

anond:20181107111732

日本基準では刑法175条違反ポルノが溢れてる国に合わせろって言われてもなって言いたくなる

フェミ連中は都合の悪いものは見えないから。

世界中オタク規制の厳しい部分だけ作ったキメラを実現し、その上にお気持ちトッピングってのが理想から

anond:20181107111558

日本基準では刑法175条違反ポルノが溢れてる国に合わせろって言われてもなって言いたくなる

2018-11-06

anond:20181106161215

わいせつ物陳列罪の基本的事項>

構成要件

わいせつ物を頒布or公然と陳列した

わいせつ物』

わいせつ文書・図画・データを含むメディア

罰則|法定刑

懲役2年以下or罰金250万円以下or科料

懲役罰金の併科あり

刑法175条1項

わいせつ』の定義

わいせつの3要件

ア 徒に性欲を刺激・興奮させること

イ 普通人の正常な性的羞恥心を害すること

ウ 善良な性的道義観念に反すること

最高裁昭和26年5月10日;サンデー娯楽事件

わいせつ物陳列罪と似ている犯罪として『児童ポルノ公然陳列罪』があります

2018-11-05

anond:20181105140945

日本猥褻物陳列罪なる犯罪

はあります

刑法175条

わいせつ文章、図画、その他の物を頒布販売、又は公然と「陳列」した者は、2年以下の懲役又は250万以下の罰金若しくは科料に処する。販売目的でこれらを所持した者も同様とする。

2018-11-01

公序良俗って何だよ(法学

SSSS.GRIDMANの二次創作について円谷がガイドラインを示した。

二次創作物の制作頒布に関して

上記「素材の利用について」に則って、制作頒布してください。但し、公序良俗に反するもの他者権利侵害するものなどは禁止します。

で、出ー!公序良俗奴~!

というわけで公序良俗についてお話します。

公序良俗とは「公共の秩序又は善良の風俗」の略である

じゃあ公共の秩序又は善良の風俗って何だよという話だが、それはどこまで言ってもトートロジーしかならない。

では実際問題として「公序良俗に反する」表現とはどのようなものか?

それはもう明白で、「わいせつ物」と見なされるもの公序良俗に反する表現である

何故なら、刑法175条(わいせつ頒布等の罪)の保護法益公序良俗であるとされているから。

逆に言えばそれに満たない表現ちゃん性器修正が掛かっている)は公序良俗に反するものではない。

屁理屈だって? いいんだよ法学なんか屁理屈オンパレードなんだから

2018-10-24

anond:20180619145646

警告   

18:00 専務の計らいで五反田の「ナース女医治療院」に緊急入院。粋なサービスを受ける。領収書の宛先を「株式会社はてな」にしてもらう。



増田法務部の安田です。

上記行為は、他社による弊社への領収書の付け替えであり、

刑法159条1項)私文書偽造行使等の罪 行使目的で、他人印章若しくは署名使用して権利義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人印章若しくは署名使用して権利義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

抵触します。さらに、無関係第三者名義の領収書公的機関名義の領収書の発行を発行者強要し、それを何らかの目的行使した場合、偽造罪に問われます

また、所得税法37条、「必要経費」についても大きな疑義のあるケースで、税務案件です。

速やかなる記事削除を求めます

以上。

2018-10-19

違法駐輪対策って結構難しいのな

公道なら自治体撤去してくれるが、

私有地勝手に止めてるやつは警察も何もしてくれないらしい。

犯罪じゃないんだと。

放置自転車なら最悪処分しちゃえばいいんだが、

毎日通勤だか通学だかで駐輪してるやつは放置扱いもできない。

チェーンロックでもしたろかと思ったが、

それはなんと器物損壊罪刑法マターになるらしい。

なんじゃそりゃ。

勝手に止めてる奴のやったもん勝ちじゃん。

あとこういうこと平気でする奴だから頭がイカレてるパターンも十分あり得るしな、

違法駐輪されるより100倍うざいハメに陥る可能性も十分ある。

なんだろうねー、こういう頭がイかれてる奴の方が得しちゃう世の中。

やんなっちゃったよ俺は。

2018-10-17

anond:20181017105052

だとすれば、刑法犯を認知しない傾向・法制度がこの1年に施行されてないといけないのでは?

単純に景気がよくなって無職が減ったとか、犯罪者予備軍の遊びがパチンコ競馬からガチャシフトしたとか、そういうところじゃないの。

刑法認知件数戦後最小を更新

ちょっと前のソース

全国の警察が昨年1年間に認知(把握)した刑法犯は91万5111件(暫定値)で戦後最少を更新した。戦後初めて100万件を下回った前年より8万1009件(8・1%)減った。

https://www.asahi.com/articles/ASL1K4WK4L1KUTIL018.html

調べてみると次のような研究結果があった。

言うまでもなく,認知件数は,様々なルートから警察に届けられた事件の中から警察犯罪として認知した事件件数を計上したもので ある.事件処理のスクリーニング一定であれば,その数字は発生する犯罪の増減を反映する.反面,スクリーニング等の方法を変える と犯罪発生とは関係なく認知件数は増減する.

~中略~

その後筆者らが法務省において犯罪被害調査企画実施したところ1990年代後半から2000年代前半にかけて暴力犯罪だけでなく各種犯罪被害が増加していないこと,その一方で警察への通報率が上昇していることが確認できた.また,ストーカーDVといった被害相談を含む警察安全相談件数2000年から突然100%近く増加していることも確認できた.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjscrim/38/0/38_KJ00008952449/_pdf

被害届を受理していないか統計犯罪が減っただけじゃないのか?

2018-10-16

強姦罪強制性交罪になったらウリ専は売春にならないのかという疑問

この7月に刑法改正されて、強姦罪強制性交罪になった。

新しい条文はこうだ。


刑法第177条(強制性交等)

十三歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いて性交肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は,強制性交等の罪とし,五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し,性交等をした者も,同様とする。


なぜ、改正されたのか。

これまでの強姦罪では、「姦淫すること」が犯罪行為が成立する要件で、姦淫は「男性器を女性器に挿入する」と明確に定義されていたため、必然的に「加害者男性」「被害者女性」という形にしかならなかったのだという。


これが、新しい「強制性交罪」なら、男→男の強制的なフェラアナルセックスも、同等の犯罪として処罰できるようになったわけだ。


そこでタイトルにあげた疑問なのだが、現状ではウリ専が売春防止法抵触することはない。

売春防止法にいう売春も、かつての強姦罪同様に「男性器を女性器に挿入すること」を要件としているからだ。

から風俗産業において、いわゆる「本番」のあるなしが、違法合法を分かつ大切な分岐点になっている。


そんなわけで、現状のウリ専では、ホームページ上で堂々と「この子アナル可です」などと表示しているわけだが、強姦罪強制性交罪の流れを考えれば、これって問題にならないのだろうか?

男→男も売春として、ウリ専も「管理売春」として摘発されるようになるのだろうか?

2018-10-09

法学論文査読がないという話で覚えておいてほしいこと

以下、司法試験受けるどころかまともに法学単位とれなかった法学徒崩れの一見解です。

査読のある分野とない分野がある

まず、法学にもざっくり2つの分野が存在する。現実社会運用されている実定法研究する「実定法学」と、それ以外の法にまつわる研究をする「基礎法学」だ。

このうち、基礎法学には、少なくとも今「○○ 査読」でググった程度の範囲では、論文誌に査読がある。少なくとも法哲学法制史比較法学法社会学あたりで査読論文誌があるのは確実だ。勿論ないものもあるだろうし、そういうものに関しちゃガンガン批判していくのはありだろう。ただ、少なくとも「全ての法学分野で論文査読がない」というのは明らかに間違い。

実定法学にはおそらく査読がない

こちらはおそらく事実。というか、査読というシステム意味があまりないということは考えられる。これは、実定法学というものイメージがついていないと多分理解しにくい。

あくまで俺認識だが、実定法学においては

  1. 「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」
  2. 「それを基にした個別の条文解釈
  3. 「それらが現実個別事例と出くわした際に発生する『どうあがいても解釈のわかれる問題』」

の三段階くらいレイヤー存在する。ひとつ目は誰だろうと覚えてる当たり前の知識だけど、二つ目になると正解がないので絶対に個々人で異なってくるよね、3つめに至っては言うまでもない、みたいな話はおそらくある。

具体例を挙げよう。刑法には「刑罰は何のために存在するのか」という考えにざっくり2つの異なる立場存在する。「ある個人が、悪とされる『行為』を行ったのでそれを罰しよう」という行為価値論と、「社会的に悪い『結果』をもたらしたからそれを罰しよう」という結果無価値論だ。これは刑法における根本的な思想である。それらはどちらが絶対的に正しいとかではなく「どの分野でどの程度どちらの立場を優先するか」というレイヤーで争いがある。

具体的には、「心が壊れた人間による殺人」と「自分赤ちゃんを殺そうとした人間を殺した母親」などだ。前者は刑法39条規定により無罪となるとしよう。なぜなら、心神喪失状態での行為は「自分の行った行為に対する責任」を問うための刑罰を化しても無意味からだ。その人は自分がおこなったことの意味理解していないから、刑罰を科すことに意味がない。ふざけるな、という意見は多数あるだろう。心情的にそれは俺も理解できる。しかし、それでもなお刑罰を科すとするならば、それは「誰かが人を殺したという『結果』が悪いことである。だから、本人が自分行為理解していなくても、社会としてその結果をもたらした人間を罰しなければならない」という立場をとる、ということにならざるをえない。

では、「自分赤ん坊を殺されようとしている母親が、殺そうとしていた人間を殺した」といった場合、その人間に対してどういう立場をとるべきなのか?「人を殺したという結果は社会にとって変わらないのだから赤ん坊が殺された母親であっても刑罰を科すべき」という立場になり得るのか?

この話は、実のところ論理的には適切な例ではない。結果無価値論と行為価値論は違法性阻却の議論で出てくるものであり、前者は心神喪失による有責性の阻却の話で、後者緊急避難追記ブコメで「正当防衛ではないか」とありましたがそのとおりです。ありがとうございます……)による違法性阻却の話でしか出てこないからだ。もっと言えば刑法民法憲法では基礎になる論理が全く異なる。ここで俺が言いたいのは、実定法における「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」は、法解釈において多くの矛盾を生み出す、ということだ。そこには「正解がない」。どの場面でどのような立場をとるか、それは1か0かで決められる問題ではなく、「ある場面ではAの立場肯定し、別の場面ではBの立場肯定する」、そういった解釈違いが、刑法民法刑法何百何千もの事例において発生する。それらに対して、「ある事例でAの立場をとり、別の事例ではBの立場をとる」という判断の組み合わせに、論理的整合性をどのようにつけるか。それを生み出すのが、ざっくりと法学における「学説」と呼ばれるものになる。繰り返すがこれは刑法の例であり、民法憲法では細かな部分は異なるだろう。だが、どの分野でも「学界の多数説」「学界の少数説」「実務における判例」の3つが異なる立場にある、というものが1つや2つくらいあるのは当たり前だ。それが実定法学の実情だ、と思っていいはずだ。

そんな現実において、あくまで俺の認識に限って言えば、その「矛盾しない解釈論理体系を構築する」というのは研究をやる上では当たり前のことだ。論文出す以前に、研究ができるかどうかという前提の話。何の話をしているかというと、その能力を持っているかどうかを確認するのが「司法試験」であり、司法試験程度(そう、司法試験「程度」)を合格する能力がないと、法学研究なんてできない、というのが現実なのだ。全体的な解釈整合性をとれているのは当然である司法試験合格すらできない人間研究者になれない。「最低限の研究能力」という点で、院なりなんなりに進んでいる時点で最低限の自然淘汰が発生しているのは実定法学研究では当たり前の前提である。したがって「最低限の論理的整合性が取れてるかどうか」という意味での査読そもそもない……というのが、院生の友人知人を持たない俺の、推測レベルでの解釈だ。そもそも論文を出せる環境にいる時点で、能力保証されているからだ。

そして、そこからさらに「構築した論理体系による学説が『受け入れるに値するものか』」って話にまで踏み込むと、そのための「査読」ってなによという話がある。たとえば、心神喪失状態で何十人と殺した人間無罪にすべきという、法学論理的整合性がとれている説を唱える人がでてきた場合、それを査読する意味とは何か。論理的には正しい解釈体系が、何十人もの法学者によって何十個と出来上がっているなかで、誰の立場をとるか。ここまでくると、正直なところ、査読がどうこうという話ではないのだ。はっきり言えば、「その学説社会が受け入れるかどうか」って話なのだ

この辺りを、法学勉強したことがないひと、いや法学勉強したひとですら勘違いしていることがあるけど、法と社会/法と政治というのは、ものすごく漸近している。法学学説が受け入れ良レルかどうか、というのには少なから社会価値観/社会通念が影響しているし、法は決して固定的なものではなく、社会のなかで変動している。法は社会に内在しているし、社会に対して法は影響力を持つ。

そうした実定法学の特徴が生み出すのは、ある一定レベルを越えると「学説が正しいかどうか」が「その学説が多くの人に受け入れられるかどうか」という問題に近づいていく、ということだ。法学部にいればよくあることだったが、どんなすごい教授でも、講義のうち何か1つくらいは、その人独自の(少数派)学説をとっていることはざらにある。だから、そういった場合に「査読があるかどうか」は問題にはならず、「発表した学説が受け入れられるか/無視されるか」という話が、業績や信用性、実力の評価として組み込まれるんじゃねえかな、とは思う。

まあ、それが客観的指標とは言いがたいのが問題だ、というのは絶対ある。だが、その場合はどのようなかたちであれば「客観的指標」による評価法学が下せるのか、というのも問題になるだろう。

このように、「研究ができる/研究論文を出せる」という環境にいるというスクリーニングの上に、「それが社会的に受け入れられるか」が重要視されるという事後的なスクリーニング、その二つがあるからこそ、実定法学に査読文化がない、というのはおおよそ雑な話としては、言えるのではないかと思っている。

で、これを読んで異論があるガチ法学研究者の人、補足というか訂正頼む。ぶっちゃけ法学でまともに単位とってない俺みたいなアホが補足いれないといけない状況にうんざりしてるんだ。真面目に誰か解説してくれ。

anond:20181009124745

刑法犯以外は人権侵害抵触しないと思ってるアホなの?

そもそもフェミどもが単なる絵を「人権侵害」と言ってきたのが今回の発端だが、

どうやらそれも的外れということでよさそうだな

2018-10-08

anond:20181007113322

日本だって外国からみたらクジラ殺し、刑法上の死刑がまだある、痴漢犯罪者野放し、犯罪者輸出の野蛮国。

しか人口過密なとこに災害たてつづけでカネがなくなったせいで

貸したカネ返せというばかりで

他の弱小国への貢献も少なくなってきたのに

まだ国際会議に大きな顔をして参加してるの?となる。

中国はたぶん、一応近代的にくらせている市民割合からすると少数民族割合が相当少ないからだろうな。

からでは少数民族弾圧理解しづらいけど、少数民族共産党にどうしてもなじめない教義を捨てないからだとおもう。

たとえば国内にIS(自称イスラム国)が生まれかけて独立を呼びかけだしたと仮定したら?

日本国家総力あげて必死で潰すだろう。実際オウム真理教には女子供も多数所属していたが完全に潰した。

その手段として中国警察拷問監禁衰弱殺人しているという訴えは悲惨だが、

日本ではリンチ役はマスコミネット愚民まかせなだけともいえる。

言論自由だが失敗したらリンチに合う状態中国市民愚行権とよんでいる。

そんな罠みたいな自由はいりません、子供ピストル渡すようなものじゃないかと。

知る権利制約は今日本も海賊漫画村サイト児童ポルノサイトブロッキングして制約かけてる。

中国は巨大国家が維持に必要なことをやってるだけなんじゃない?

てかよくナチュラルに見下せるな。逆にすげーわ。

ほんと日本のほうが地位あぶないからな。

キズナアイポルノ論争によせて

少し前ラノベ性的な表紙は規制すべきか、という話が盛り上がったが、このキズナアイポルノ論争も同じ線上にある問題だと考えている。

まり性的表現公共の場所に出すことの是非」という論点

他の論点もあるのかもしれないが、本稿ではこの論点についてのみ語らせていただきたい。



まず、その表現性的であるという理由規制されることは正当であろうか?

答えはイエスである

ここで刑法175条や青少年保護育成条例などについて引いておくべきだろうが、ここでは割愛する。

そういった法理とは無関係に、性的表現規制されるべきという想いが先験的に私の中にある。つまりこの場合規制自主規制のことを言っていると思っていただきたい。

中には表現の自由を錦の御旗に、「どのような表現でも規制されるべきではない」という意見の持ち主もいるかもしれないが、

そのような論者も、例えば性行為のものを誰もが見える場所公共交通機関内など)で実行している人間を目の当たりにすれば、

子供への悪影響、女性性的な消費、公共秩序の擾乱などが認められなかったとしても許しはしないだろう。

それは理屈に先行している問題である

性的な営みというのは、日常日中に属する類のものではない。非日常の閨房に属するものなのである

性交は閨房で実行する分には非難されるいわれのないものだが、衆人のなかで行うようなものではない。それは子供が見ている見ていないなどとは無関係にそうだ。

この点については異論もないものと思う。(それとも性交をおおっぴらに見せびらかしてもなんの問題もないという考えの人もいるだろうか?)



さてそれでは、どこからが一線を越えた性的表現で、どこで表現することが公共の場或いは閨房だと考えるべきだろうか?

昭和の「チャタレー事件」では、「チャタレイ夫人の恋人」という小説最高裁わいせつである判断され発禁を受けたが、

今の時代あの程度の内容は公開されている個人SNSなどでいくらでも溢れかえっている、いやもっと過激な内容だって

逆に白昼堂々テレビ女性の裸を晒すことが許容された時代も、深夜番組アダルトビデオの紹介をする番組などもあったが、これはいまや批判さらされてテレビという場からは消えた。

まりどこで線引きされるかは社会通念の問題であり、時代場所によって今までも大きく移り変わってきたし、当然これからも移り変わっていくものだ。

書店の棚というのは公共の場だろうか?そうかもしれないし違うかもしれない。

ライトノベルの表紙の萌えキャラは過剰に性的だろうか?そうかもしれないし違うかもしれない。

女性アイドルは過剰に性的だろういかそうかもしれないし違うかもしれない。




ことほど左様に線引きは曖昧で、その時代その場所人間たちがなんとなく合意していくしかないというのが実情であり、

性的であれば規制しろ!orするな!」「この表現性的だ!or性的じゃない!」と、罵り合うのは全く無益だと思う。

問題なのは、どこで線を引くのかということなのだから



キズナアイは過剰に性的だろうか?

個人的には、現在巷間に於いて許容されている程度の他の表現性的な度合いを過剰に逸脱しているとは思えず、

キズナアイ性的だという理由排斥することに正当性があるとは考えられない。

言えることは、この程度だと思う。

2018-10-05

anond:20181005132213

強要罪(きょうようざい)とは、刑法規定された個人的法益に対する犯罪

権利行使妨害し、義務なきことを強制することで成立する。

保護法益は、意思自由。「刑法 第二編 罪 第三十二章 脅迫の罪」に、脅迫罪とともに規定されている。

anond:20181005132717

強要罪(きょうようざい)とは、刑法規定された個人的法益に対する犯罪

権利行使妨害し、義務なきことを強制することで成立する。保護法益は、意思自由

刑法 第二編 罪 第三十二章 脅迫の罪」に、脅迫罪とともに規定されている。

2018-10-04

anond:20181004143708

親孝行に関しては必ずしも普遍的ではなかった

江戸時代、孝行した奇特者は表彰されていたか

幕藩権力としては望ましいイデオロギーではあるもの

強制するものではなかった


日本国憲法下でも刑法に「尊属殺人」が通常の殺人より重罪だったこともある

しかし「法の下の平等」に反するということで違憲とされたのはようやく60年代の終わり


まり親孝行義務であるという法的根拠は、戦後も残ったのだ

間引きや姥捨てをやらねば生きていけない時代もあったし、普遍的価値などと大上段に構えるのはどうかな?

2018-09-29

anond:20180929221113

同性婚は遅れた日本国も認めるべきだけど、Pは日本国刑法違反するから認めるべきでないって主張してる議員革新系)もいるぞ

2018-09-27

一部の人不快に思う表現規制可能

一部の人不快に思う・嫌悪する表現について、規制することが許されるか、みたいな話について書く。(注1)

結論を先に書くと、「表現自由等を侵害しない限り、国等は、特定表現に対する規制可能である現実には、どの表現規制するかは、民主主義のもとで多数決的にきまるだろう。」ということになる。

以下、詳述する。

ざっくりいえば、国(注2)は、人権侵害(注3)しない限り、いかなる立法をもすることができ、どのような立法をするかは立法府の裁量に委ねられている。

例えば、名誉毀損侮辱が、刑法犯罪とされているのは、表現自由の制約に当たるが、表現自由侵害には当たらないため、このような立法が許されている。

また、局部無修正わいせつ物についても同様である。(注4)

これらは現にある法律だが、これから立法する場合でも、立法府には、表現自由侵害にならないのであれば、基本的には、どのような立法をしても良いという裁量がある。

もっとも、全面的販売制限年齢制限などについては、現状以上に規制しようとすると、人権侵害になるケースが多いといえそうである。また、単に不快というだけでは規制するのは難しいだろう。)

その裁量の中で、どの表現について規制するか選ぶのは立法府の自由だ。

そうなってくると、今後、もし表現規制が強化されるとしたら、民主主義ゆえに、規制対象になるのは、多くの人が不快に思う表現になるだろう。

ごく少数の人しか不快に思わない表現は、その対象にならない、ということになりそうである。(注5)

注1:

なお、話がややこしくなるので、国や都道府県実施する公的規制についてだけ言及する。以下、規制という言葉上記公的規制意味で使う。

注2:

都道府県でもほぼ同じだが、面倒なので、以下、国の話だけする。

注3:

ここでいう侵害とは、人権が制約されており、その制約が正当化できない場合をいう。

注4:

ここら辺は、そもそも表現ではない、とか、わいせつ物の規制人権侵害だ、という議論もあるが、面倒なので深入りしない。

注5:

厳密にいうと、平等権問題もある。

anond:20180927113650

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