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はてなキーワード: 刑法とは

2021-05-14

未成年がR18見て絵師が非公開にした件」に関する個人的お気持ち

 R18イラスト高校生(暫定未成年)が感想を送っちゃって、絵描きさん当人がそれまでのR18作品全部非公開にすることになった、という流れ(当人による説明やそれを見た人たちの反応)をTwitterで見ました。

 絵を描く人のこの自衛行動はまあ当然(必要なこと、仕方のないこと)だと思うのだけれど、それはそれとして、そこに寄せられた反応等を見る限り、まるで件の高校生が悪いことをしたかのような論調散見されるのが気になった。

 なにをもって「未成年が見ちゃいけないもの」としているのか、どういう根拠未成年者の見る権利制限しているのか(保護者ならまだしも)、その主体は誰か、全部曖昧なままなのがどうにもスッキリしない。

 件の高校生に何か言うのであれば、まずその辺を明瞭にした上で、というのが前提では?

 でないと結局「ダメものダメ」「えっちなのはダメ」という頭ごなしの押し付けしかならない気がする。

 端的に言って、絵を描いた人も見た高校生も割を食っている。

 おかしいのは刑法運用松文館裁判とかその辺)であり、そのために現実的対応として自衛必要になるのは仕方がないとして、しかしその責をまるで閲覧する側の道徳的規範に帰するような、この受容のされ方に危ういものを感じる。

結論

人生で一番エロいもん見たい時期の人だけにそれを我慢させるのは酷

2021-05-13

anond:20210513104255

でも略取誘拐って条件は別にされてるけど、罪状としては同じなんだよね。

刑法 第224条(未成年略取及び誘拐

2021-05-08

anond:20210508080140

実行犯刑法違反犯罪者本人じゃん。倫理金もクソもない。選手刑法違反なの?じゃあ批判云々以前に逮捕すべきだよね?

例え話が恣意的すぎてお話にならないんだよな。ママとでも喋っとけ。

anond:20210508001730

>刑法自体犯罪抑止のために最適化されていない。

ここは同意だがもっと重い刑を適用するのは間違っていると思う。

今の刑務所犯罪者養成所みたいなもん。

塀の中隔離するだけではなくて更生を主軸に置いて犯罪者社会奉仕活動推し進めていくべきだと思う。

anond:20210507221018

少年法というか、刑法自体犯罪抑止のために最適化されていない。

最大の刑である死刑ですら刑の状況が秘匿されてるから抑止力が発揮されていない。

これでは凶悪犯罪に走る人間の脳に刺さらない。

懲役刑も、人格改善には繋がっていない。

単に不自由経験させて2度目を抑止する、程度の効果しか無い。

俺としては、

  1. 憲法改正して、バカにも刺さる残虐な刑罰を解禁する
  2. 刑罰に薬物投与や脳の不可逆的手術による人格改変を加える。

 

このどちらか導入しないと事態改善しないと考える。

2021-05-07

anond:20210506230444

2000年より少し前、死ねと書いたら犯罪予告逮捕されるようになった時代から逮捕されたくなくて控える人が増えた

これが2010年の後半ぐらいから、あの時代を知らない人間が増えて、また気楽に描く人が増えて、今だと当たり前にそこらに居ります

数が減らないことから考えて、個人特定しない形で死ねとか書いたところでたぶん刑法犯判定されず逮捕もないんだろうね

2021-05-06

anond:20210506181416

その宇宙人が,母星の統治機構(母星における一部国家でも良い)を代表していれば適用され,単なる一私人に過ぎない場合には適用されないものと考えます

刑法

外患誘致

第八十一条外国と通謀して日本国に対し武力行使させた者は、死刑に処する。

外国とは,日本国以外の国家をいう。領土人民主権といった国家としての実体があれば,日本国ないしその他の国において,国家として承認されていない場合を含む。外国私人私的団体は含まれない。(注釈刑法第2巻7頁)

外国」とは,外国政府のことをいうとするのが通説である注釈(3)23)。(中略)外国個人私的団体は,ここにいう外国に当たらない。外国は,事実上国家として存立していれば足り,必ずしも,我が国や他の国家国際法上の国家として承認をしている必要はない。さらに,主権国家単位とする超国家組織も含むとする見解もある(注釈(3)23)。(条解刑法 第4版 287頁)

2021-05-04

anond:20210504222057

命を奪う刑罰をしていいと法律で決まってる人=死刑囚だったら、プライバシー権も当然ないのでは

死刑囚の命を奪うのがOKなら、プライバシーも当然奪っていいし、個人情報を奪うのもOKなのだろう

法律に詳しくない俺が知らないだけで、たぶん刑法死刑確定の患者情報暴露していいと決まってるんだろうな

2021-04-28

anond:20210428010351

どんな元記事なんだろうと思って見に行ったらなんだこれ。

政府オリンピック中止の判断ができない

いや判断とかじゃなくて中止を決める権限IOCにあるわけで。

から著者もIOCケンカを売るって言ってると思いきや、そのあとに「オリンピック開催への執着が政府のあらゆる判断おかしくしている現状」とか言い出して??????

そのあと宣戦布告がどうのこうの、憲法がどうのこうの言い出すけど、いったい何をするつもりなのか。

憲法9条を持ち出すからには軍事行動に類する行動をするってことになるけど、そりゃ国民勝手にやる分にゃ9条違反じゃないけど、普通に各種刑法民法に引っかかる。当たり前。何が言いたいのかわからん

そもそも宣戦布告国家権力相手国に戦争開始を表明することなんだから民間人宣戦布告なんてできるわけない。と思ったら、

デタラメやっていいんじゃないですか。

はぁ・・・

ギョッとさせればいいとか言ってるけど、アホなこと言ってるとアホは相手にする必要がないと思われるだけですぜ。著者が

こんだけ政府デタラメやってるんだから国民デタラメやっていいんじゃないですか。

っていうようにね。IOCは言うでしょう、「日本国民デタラメやってるんだからIOCデタラメやっていいんじゃないですか。」ってね。

2021-04-22

anond:20210422160459

名誉毀損罪刑法230条)は、事実摘示し、公然と、人の社会的評価を低下させた場合に成立」するらしいけど

2021-04-21

なんでお前ら陰キャが真面目に刑法を守って生きてるのか意味がわからない

詐欺レイプ傷害轢き逃げなんて絶対にやらない、ありえない!

って感じで生きてきても世の中の人から全く大事にされずにここまできたわけやん

でも老人死のうがオレオレ詐欺やってるような半グレは世の中から好意的な見られてて友達や女にも囲まれ大事に思われてるわけやん

なんでお前らちゃん法律守っとるん?

2021-04-19

"いじめ"は犯罪意識を薄める言葉

いじめという言葉があるせいで、いじめがなくならないのだと思う。

いじめは、脅迫恐喝暴行侮辱強要窃盗器物損壊等などの要素を複数含んでいるため、いじめという言葉を使わずに、

暴行を受けた」や、「窃盗被害にあった」のような適切な言葉を使うべきだと思う。


脅迫された。恐喝された。暴行を受けた。このような場合どうするだろうか。

程度によって変わると思うが、最終的に警察相談に行くと思う。

では、これらの犯罪要素を含む"いじめ"を受けた場合はどうするだろうか。

学校先生相談しようと考えるが、警察相談するという選択肢最初に浮かぶ人はあまりいないと思う。

これは、脅迫恐喝暴行侮辱強要などは犯罪だと認識しているが、"いじめ"は犯罪として認識していないことが大きいと思う。


このような状態になってしまった理由は、大きく2つの理由があると思う。

学校教育機関

加害者未成年

学校教育機関であり、加害者未成年のために、犯罪として罰するより、まずは加害者教育しなけらばならないと世の中に認知されてしまっているのだと思う。

いじめ被害を受けた家族は、警察相談することを考えると思う。

だが、警察相談するとなると、クラスメイトを含む学校全体を巻き込むことになり、今後の子供の人間関係や今後の生活意識し、できないことも多いのではないのかと思う。

なぜ犯罪を受けた被害者が人間関係を気にしないといけないのだろうか。

"いじめ"は犯罪であるにも関わらず、警察通報するのは特殊なことだと認知されているからだと思う。


学校先生立場としても”いじめ対応となると、何をしていいかからないと思うし、先生によって対応が変わってくると思う。

学校先生教育専門家であり、犯罪専門家ではないからだ。

教育専門家である先生に、犯罪対応をさせ、その結果により被害の子供の人生を左右されるから必ず成功しろ。というのはさすがに求めすぎではないかと思う。

学校という特殊な要素を無視したうえで、

学校先生に「窃盗被害にあったのですが、どうしたらいいでしょうか」と相談した場合警察相談してくださいとなるはずだ。

100人中99人くらいはそういうのではないか

加害者教育はどうなるんだ!と思うかもしれない。

だが、日本には矯正教育社会復帰支援を行う専門の施設存在する。少年院だ。

教育の専門=学校

犯罪の専門=警察

矯正の専門=少年院

とそれぞれの専門家がいるので、それぞれ専門に任せたらいい。


何度も言うが、いじめ犯罪である

だが、いじめという言葉オブラートまれているせいで、犯罪という意識が薄まってしまっていると思う。

「こらー、わんちゃんいじめちゃだめでしょー」と親に注意されたことはあると思う。

いじめ加害者の子供が持ついじめへの認識はこのレベルなのである

脅迫恐喝暴行侮辱強要などは刑法として、明確に記載されているが、"いじめ"は記載されていないのである

いじめという言葉犯罪意識を薄める悪い言葉だと思う。

2021-04-06

ごみくそオタクどもが世間良識に刃向かって無惨に犬死するのが見たいのでぜひ刑法175条改正運動が盛り上がってほしい

ごみくそ既得権老害クズオタクの殺し合いを高みの見物したい

はやくして?

ほら?

はやくやりなよ表現の自由闘争

弱者男性の真の敵は保守だぞ

性的尊厳の話に絞って言うと、そもそもわいせつ規制総本山刑法175条わいせつ頒布罪)なわけだよ。さらに、この数十年のわいせつ規制歴史を紐解けば、二次エロへの弾圧青少年保護育成条例の制定運動として行われてきた。そして、言うまでもなく、この手の政治運動保守的な家父長制の価値観と大いに関係がある。

もちろん、一部フェミニストの主張が保守的な内容を含んでいる(弱者男性自身尊厳貶める家父長制の価値観内面化しているのと同様に、女性の側にもそういう面はある。青少年育成条例も、その担い手男性保守政治家だけでなく「子ども健全な成長を願う母親であることも多かった)のも確かなので、それは表現の自由観点から掣肘する必要がある。ただ、基本的には「保守」が弱者男性女性尊厳を奪っている共通の敵であるという点を再認識した方がいいと思うんだけどな。

猥褻物頒布罪の廃止?…いや、冗談ではなくて、そういう事にしかならんのではないかそもそも表現の最大の敵は「保守」なのに近年は忘れられがち)。どういうネタで抜こうと自由。一方で男女平等化は粛々と進める。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700814602038291234/comment/Dryad

別のブクマで「弱者男性尊厳を抑圧してるのはフェミよりも保守だぞ」と書いた者だが、即座に実例が出てきて微妙な顔をしている。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700810613085061794/comment/Dryad

※いちおう書いておくと、僕は実際の女性被写体になっている三次エロ二次エロ区別すべきであり、二次エロ表現の自由範囲内という立場

追記: 三次エロ表現の自由に入らないとは言ってないぞ。ただ、被写体になってる女性が真っ当な取引や正常な判断ができない状況で出演させられている状況もままあるわけでな。実際に、日本児ポ規制が実写のみで漫画アニメCGが入らないのはそういう考え方に基づいている。

追記2: 今や表現規制の主役はフェミリベラルである、と言わんばかりのコメントがいっぱい来ているが、具体的にフェミ主体運動規制法や条例を成立まで持っていった事例の数を数えて教えて欲しい。お前らの好きなファクトチェックだぞ。ちょっと違う話だが、香川ゲーム規制条例を誰が推進していたか覚えてないんだろうか。

anond:20210405201511

2021-03-30

anond:20210330151922

「悪いこと」ってワードインフレしちゃったんだよ

刑法犯の「悪いこと」と、倫理的な「悪いこと」って一緒にすると弊害の方が大きいと思う

ましてやポリコレ的な「悪いこと」は事項によって濃淡あれど、未だ広く受け入れられている倫理的コードにすらなっていない

運動をやるほうからしたら便利なワードだと思うけど、幼児に対して「悪いことしたらおしりペンペンするよ」ってなノリで非難したところで実効性は疑問

ポリコレに反したこと非難するのはいいけど、「悪いこと」をした人とレッテル貼るのは意味がない

俺、そんな悪いことしたか・・・しか思わない

2021-03-23

反「表現の自由戦士」が想定している仮想敵誤謬について

表現の自由戦士が想定している表現の自由戦士というのは、(1)エロ表現については制約を否定し、(2)著作権者お気持ち尊重する、というものである

本来およそエロ表現わいせつ頒布等の罪(刑法175条)に抵触する違法ものであるから(これ自体は正しい。)、仮想表現の自由戦士」は、(1)刑法をも無視する無政府主義的な主張であるが、それにも関わらず、刑法より遥かに弱い(2)著作権者お気持ちには従順なので、矛盾しているように見えるのだ。

 

しかエロ表現愛好家は、刑法によって引かれた制約の線引きは、これを無視して行動している。

しかし実際には、エロ表現愛好家のほとんどは(1)エロ表現について一定の制約を受け入れている。すなわち、現実エロ表現愛好家の多くは、国内流通においてはモザイクや消しを受容し、公道上でいわゆる18禁表現物を陳列することは是としていない。

わいせつ頒布等の罪の解釈からは、モザイクや消しがあろうと18歳未満に販売しなかろうと、いわゆる18禁表現物は性欲を刺激する猥褻物に他ならない。モザイクゾーニングといった自主規制は、本来的には法律によらない制約である

けれども現実には、警察摘発するか否かを恣意的に決めている(行政府による実質的立法であり、法治主義からは許されざる行為である。)。

この間隙こそが、エロ表現愛好家の遊び場である

違法ではあるが現実には責任を問われない範囲で楽しむが故に、その範囲を踏み越えることに対しては人一倍敏感である

したがって、現実法的責任を追及されかねない制約に対しては極めて従順である

 

この、違法ではあるが現実には責任を問われない範囲というのは、二次創作の楽しみ方とも共通している。

刑法においては警察お気持ち法的責任現実化に直結するのと同じく、二次創作においては著作権者お気持ち法的責任現実化に直結する。

結局のところ、エロ表現愛好家は、それが刑法であれ著作権者であれ、法律によらない制約に対して従順なのであるが、それは法律による制約を超えて自由享受するための知恵であり、そこに矛盾はない。

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-21

anond:20210321153150

なまぬるい。

刑法軽犯罪以上の犯罪は全部死刑にすればいい。

そうすれば誰も犯罪をしなくなるし、刑務所もいらなくなる。

2021-03-20

著作権表現の自由関係ないのか?(ウマ娘おまけつき)

anond:20210317235416

これに著作権者の言うことだから聞くべきだと言っているブコメがあって驚いた。

著作権というのは憲法上の権利ではなくて、国が著作権法という法律で認めた権利だ。歴史的にも、憲法表現の自由規定されるようになった18~19世紀前半には著作権保護はろくすっぽされていなかった。そして、著作権国家保護するということは、ある著作物を利用して二次創作をつくる人を国家が抑圧する、という側面をどうしても持たざるを得ない。それが表現の自由に照らして問題ないと思うのはちょっと信じられない。それに著作者二次創作ダメだと言ったらそれでおとなしく諦める、という淡泊姿勢も納得がいかない。私は、(性的表現を含めて)二次創作者は、どうしても二次創作を書きたいから書くんだと思っていた。こんな淡泊姿勢をとる人が多いということは、実は単なる商売ネタに過ぎないのかな。訴訟になると面倒だから、ということならまだ分かるが。

私は著作権著作者人格権が必要ないとはまったく思わない。でも、パロディ事件しかり、ときめきメモリアルメモリカード事件しかり、日本著作権法や判例法理国際的に見ても原著作者保護が極めて強いわけで、それは表現の自由に照らして非常に問題があると思っている。著作権には表現の自由が及ばない、みたいなことを言っている人がいるのは驚きではある。原著作者が権利主張を始めたらいわゆる二次創作物を壊滅させることができる(コミケは単に目こぼしされているだけ)、それを国が著作権法によって認めている、それが問題だと思わないのか。そういう問題意識を持たない人には二度と表現の自由などと口にしてもらいたくない、とすら思う。

~おまけ~

ウマ娘 プリティーダービー』の「お願い」は、

キャラクターならびにモチーフとなる競走馬イメージを著しく損なう表現は行わないようご配慮いただけますと幸いです。

作品には実在する競走馬モチーフとしたキャラクターが登場しており、許諾をいただいて馬名をお借りしている馬主のみなさまを含め、たくさんの方の協力により実現している作品です。

モチーフとなる競走馬ファンの皆さまや、馬主さまおよび関係者の方々が不快に思われる表現、ならびに競走馬またはキャラクターイメージを著しく損なう表現は行わないようご配慮くださいますようお願いいたします。

というものだった。

https://umamusume.jp/news/detail.php?id=news-0106

これは、そもそも著作権著作者人格から来る要求とは考えられない。競走馬著作物ではないから、著作権著作者人格権の客体ではあり得ない。馬主不快に思われる表現をやめよと要求する権利があるとすれば、おそらくは馬主名誉権などの人格利益保護となるだろうか。競走馬ないしキャラクターイメージを著しく損なう表現をやめよ、と要求する権利があるとすれば、知的財産権というよりは、商品化権ないしパブリシティ権キャラクターイメージ毀損については著作者人格権の問題になり得るが)といったビジネス上の権利問題になるだろう。これを概括して「著作権」による要求と解するのは粗雑に過ぎる。

キャラクターイメージ毀損については、一般的性的表現がすべてそれにあたると簡単に言うことはできないのではないか。たとえばどぎまぎイマジネーション事件※(ときめきメモリアルのもう一つのアレ)の東京地裁は、詩織ちゃんが「優等生的で、清純な、さわやかな印象を与える性格けが、本件ゲームソフト及び関連商品の売上げ及び人気の向上に大きく寄与している」という一方で、被告が「清純な女子高校生性格付けられていた登場人物藤崎詩織と分かる女子高校生男子生徒との性行為を繰り返し行うという、露骨な性描写を内容とする、成人向けのアニメーションビデオに改変、制作した」ということを問題にしているのであって、一般性的表現は許されない、と言っているわけではない。ある改変行為性的表現に限った話ではない!)によってイメージ毀損がなされているかどうかは、そのキャラクターがどんなキャラクターなのかということを考察してみないと始まらない。

モチーフとなる競走馬ファンの皆さまや、馬主さまおよび関係者の方々が不快に思われる表現、ならびに競走馬またはキャラクターイメージを著しく損なう表現」として、性的表現一般がそれにあたるのではないかと考えた人がそれなりにいたことは確かに興味深い。

もっとも、これに関するツイートを見ると、性的表現に限らず何が「不快に思われる表現」なのかはよく考えてみないといけないはずだというものもあって、結構冷静に考えている人がいるのが分かる。

例:https://togetter.com/li/1239211https://togetter.com/li/1673486

ただ、私自身は、これは「「何にエロを感じるのは人それぞれだし、どこからエロくてどこからエロくないか線引きなど出来ない」と噛み付いていた人々が「ウマ娘エロ絵は禁止」の一声で「何がエロだと受け取られ、馬主不愉快にするか」をきちんと自分達で考え始めたの笑う」(https://twitter.com/rtoiuyuiotyuijj/status/1371455240143212545)というのとは正反対事態ではないかと思う。先ほども言った通り、何がキャラクターイメージ毀損するかというのは、そのキャラクターがどんなキャラクターで、どんな描写をしたらイメージ毀損するのかを具体的に考えなければ分からないはずである(そして、そうするべきだ、という人も確かにいた)。むしろ性的表現一般を諦めるという態度をとった人が少なからずいたということは、「何がエロだと受け取られ、馬主不愉快にするか」を考えられないから、一般的性的表現はやめました、ということになったのではないだろうか? まあ、自分の描くものはあまたある性的表現の中でも確実に人を不愉快にさせる類のものからやめました、ということなのかもしれないが。

※どぎまぎイマジネーション事件では、東京地裁詩織ちゃんイメージ毀損によってどのくらいの損害が発生したのかという問題をあまり扱っていない。イメージ毀損という無形損害の賠償はどうしても裁判官裁量、つまりブラックボックスになりがちだとはいえゲームソフトの売り上げの損失(をコナミ証明することは困難だろうが)や、詩織ちゃんを使った事業にどのくらいの問題が生じたのかというような部分で争う余地があったのではないだろうか。それこそ表現の自由観点に照らせば、「被告行為によって受けた原告信用毀損は少なくないと解される」という短い言葉検討を終わらせて良いとは思えない。判決文の短さから察するに、被告法定代理人無能だっただけかもしれないが。

追記

ブックマークより)

解釈論と立法法政策)論は別物だからな。増田の言うことは「日本フェアユースを認めるべき」と前から議論されている。一方現行法サイゲの「お願い」は正当性がありそれは尊重されるべき。

そんなに厳然と区別できるものではないと思う。ある法解釈の結果、いかなる帰結が発生するかという帰結主義的な考慮を法解釈に持ち込むことは裁判所普通にやっているだろう※。著作者人格権については、著作権20条は、著作物の改変について、客観的名誉侵害から保護というよりも、主観的思い入れを強力に保護しているようにも読める規定になっているわけだけれども、著作権現実行使するのが、著作権管理している出版社レコード会社といった大資本であることに鑑みれば、その解釈は非常に大企業に有利な体制を作ることになる。立法によってテクストを変更する前に、解釈可能性が開かれているとき、まず解釈で争うことを諦めるべきではないと思う。

※もちろん、あまり政策的な考慮を重視するべきではないという立場はあり得る。特に刑法場合罪刑法定主義との関係上、処罰をする方向へと政策的な考慮を強力に効かせることには問題がある(古典的な例では、電気財物にあたるかという問題が良く採り上げられる)。ただ、政策的な考慮を一切しないというのは、それはそれで異様な考え方ではないか

なお、一見してみて、Cygamesの「お願い」が一理もないとは思わない。仮におうまさんのことは度外視しても、ファンコミュニティの維持は大事なことだろうし。単に、著作権には表現の自由は譲るという単純素朴な理解をしている人がいることが意外だっただけである

メタボ教授競走馬種牡馬)は法律上『金融商品』なので単純に損害賠償請求される恐れがある」https://youtu.be/o3glYqYwsHs

金融商品とは何のことだろうか。カッコつきで書いてあるということは、金商法上の金融商品有価証券預金債権等、通貨)ではないということかな? キャラクターないし商品イメージブランドイメージ毀損について不法行為による損害賠償請求がされうるというのはその通り。パブリシティ権との関係では馬名の使用について許諾はいらないということになるとしても、後からゲーム中の描写イメージ毀損になっているとケチをつけられると訴訟を抱えて面倒になるから、馬名の使用拒否する場合はその馬名を使わない、というゲーム会社経営判断理解できる。ただ、この金融商品という言葉遣いは唐突に感じる。

憲法上の権利である財産権幸福追求権を著作権著作者人格権という形で具体化しているので著作者権利基本的人権範疇では。おまけは113条11項的なアプローチと思うので著作者人格権の問題なんじゃないかと。

かに、あらゆる法律上の権利は煎じ詰めれば何らかの憲法上の権利に行き着く可能性が高い。ただ、憲法上の権利である表現の自由と、憲法上明示されていない著作権とをフラットに扱って、何も重み付けをせずに天秤に乗せるべきものなのだろうか? あと、おまけでは「お願い」が著作者人格権の問題ではない、ということではなくて、法的な権利性質主体・客体がバラバラな諸要求が一枚のお皿に盛られているので、著作権とひとくくりにするのはまずいということを言っている。

著作権表現の自由問題は多分学問的にもまだそれほど論じられてないので表現の自由戦士の中でもガッツリ法学系の人じゃないと考えるのも難しかろうとは。現状の著作権システム是認するのが不当とは言い切れんが

これは、知らなくてもしょうがいかなという気はする。ただ、こういう論点も考えられるようにしておかないで何が表現の自由かとも思う。実際には、超有名論点にすら関心は持たれていない(性的表現制限する刑法175条がまるで問題にされていないようだし)のでそんなのは無理、ということになるかもしれないが。

そもそも表現の自由戦士」はただのレッテルであって、何でもかんでも表現の自由ゴリ押す人たちのことじゃありません。法律に守られた権利を「お気持ち」でゴリ押そうとする人たちに抵抗しているだけです。

私は「表現の自由戦士」というレッテルは使っていないと思うのだが・・・。「法律に守られた権利」というけれども、ある表現に対する「お気持ち」表明(これもまた表現だ)を差し止め権利表現の自由に含まれているとは解されない(名誉毀損のような場合は別だが)。それとも、「お気持ち」に基づいて出版物差止訴訟を濫発した、みたいな事件があるのかな? せいぜいツイッターでボロクソに言われた程度の話しかないような気がするけれども、それが元増田言葉を借りれば「自由制限」とはまこと大仰な話だ。

※以下はこの方に対する直接のリプライではないが、関連する内容ではある。

性的表現(正確には、わいせつobscenityにあたるもの)というのは、日本アメリカ判例法理上、保護されない言論位置づけられている。なぜかというと、表現の自由について司法審査基準を厳しく設定する理由として、民主的過程の維持や人格の発展といった目的が持ち出されるわけだけれども、ということは、逆にいえばそういった価値との関わり合いが薄い表現は、別に手厚く保護しなくて良いということになる。となると、性的表現は「法律に守られた権利」とすら言えないのではないか。私は、それで良いとはまったく考えないけれども、それならそれで現在判例法理を覆す理由付けを考える必要がある。悲しいかな、私は専門家でもないトーシローだし、中々良い案が浮かばない。表現の自由について考えている人は、是非この問題について詳しく調べてみて、知恵を貸して欲しい。なお、定義的衡量(何が「わいせつ」にあたるかという論点で戦う)をいくら頑張っても、いわゆるハード・コア・ポルノにとっては役に立たないということは申し添えておく。

二次創作者やその支持者の大半は「表現の自由」を信奉してるわけでは無いと思ってる。その観点から表現の自由」という言葉を軽々に使うなというのは分かる / エロ即ち不快表現との理解はびっくりするよね

そう、私も性的表現ただちに不快表現にあたると解した人が少なからいたことが驚きだった。こういう短絡を起こしたということは、将来、あらゆる出版社ゲーム会社がこの手の「お願い」を出したら、性的二次創作表現は全部ピタリと止むということになるんじゃないかな・・・。

2021-03-19

2011年時点で女性向けは約4割がポルノ anond:20210319085938 anond:20210329231413 anond:20210330205010

絶対数割合ともに成人向けの作品を発表したのは女性が多い

コミックマーケット35周年調査調査報告|201112コミックマーケット準備会コンテンツ研究チーム |
https://www.comiket.co.jp/info-a/C81/C81Ctlg35AnqReprot.pdf

 

2)頒布物の種類

コミケット頒布する頒布物の特徴は、男 女で大きな違いがある。男性女性頒布 している頒布物について、頒布していると 回答した割合を図 10 に示す。

女性マンガ(70.4%)と小説(31.9%)の割合がとても高く、その 2 つにイラスト(7.1%)を加え た 3 つのジャンルに集中している

男性マンガ(57.7%)、小説(11.8%)ともに女性より割合が低い一方、イラスト(24.2%)、 評論(10.7%)が高くなっている。

また、ゲー ム(動的:4.0%、ノベル:4.2%)、音楽 CD(5.1 %)、 そ の 他 CD/DVD(4.8%) と いったデジタルもの割合も高い。

男性で頒 布している割合が高いイラスト評論、ゲー ム、音楽 CD、その他 CD/DVD の 5 つのジャンルは、回答数においても男性が多数を占め ている。

 

5)成人向け作品の発表割合

成人向け作品を発行したサークル数とその 割合を図 14 に示す。成人向け作品を発行し たサークルは全体の 35.4%である

また、 女性(37.3%)が絶対数割合ともに男性(32.1%)より大きい。

 

 

腐女子は性描写がある作品を扱っていてもカット18禁申告をしないし、なんなら性器描写があっても修正を入れない or 薄い。
一方、男性向けは今年の18禁割合とか遊びがある。

6 カタログ片手に名無しさん 2020/05/16(土) 05:02:41.87 ID:yqwK7BZz

前回スタッフから聞いたが、

未だに女性向けBLからって舐めて掛かって

性器描写修正を入れなくてもいいと思っている女もいたとか。

 

何でスタッフが見本誌をチェックしてくれてるか分かってないなと。

刑法175条で逮捕されちゃうよ。

 

7 カタログ片手に名無しさん 2020/05/16(土) 05:28:09.18 ID:ClHyh4In

女性向けBL()とかチソコがヘソから生えてたり表裏逆だったりするから触手的な何かとして

乗り切ろうとしたんじゃね?

 

8 カタログ片手に名無しさん 2020/05/16(土) 10:35:11.08 ID:eH8CT7fo

書店販売棚のせいもあって

成人BLエロ本じゃないって思い込んでる女は多いからな

まあ今の準備会日本代表する大規模イベント地位に拘ってるから

社会や国、自治体からの目ってのは非常に気にしてるから

社会喧嘩売ってビッグサイト追い出されてスポンサー企業も離れて

アングライベントで再出発なんてことはしたくは無いだろうし

終息宣言が近くなるまで開催計画しませんって方向になるんだろうが

 

54 カタログ片手に名無しさん 2020/05/17(日) 14:09:02.16 ID:+5+7exS4

手元にコミックマーケット98のサークルチケットというゴミがあるけど、もう二度と開催しなくていい。

当選サークルだけ全額返金しないという罰金みたいなことを言ってるしドワンゴにカネ払ってエアコミケとか言う前に当選サークルだけに何か謝罪するのが常識だろう。

 

参加者として今まで黙っていたがこのイベントはほぼポルノ商品しか誰も買わない。

ポルノ商品コスプレ商業ブースしか来場者が興味がない。

それも既存アニメ漫画ポルノに改造したような物だけしか売れない。

サークル参加者として二度と開催しなくていいというのが意見

 

>「コミックマーケットお客様はいない」だ。サークルも来場者も企業出展スタッフも、全員参加者であり、この『場』を自ら維持する意思を持つ仲間である

 

 

悲報コミケ同人誌18禁比率 1位プリコネ2位グラブル

1 風吹けば名無し 2019/08/09(金) 17:59:23.25 1 ID:ELkS1HVmM

出展サークルから算出

 

70% プリンセスコネクト

69% グランブルーファンタジー

61% プリキュア

58% 戦姫絶唱シンフォギア

56% アズールレーン

49% ドールズフロントライン

47% アイドルマスターシャイニーカラー

45% Fate/GrandOrder

44% 五等分の花嫁

42% ガールズ&パンツァー

36% 艦隊これくしょん

35.3% アイドルマスターシンデレラガールズ

34.7% アイドルマスターミリオンライブ!

33% ご注文はうさぎですか?

29% ゾンビランドサガ

28% ガンダム

22% 東方Project

21% バンドリ!ガールズバンドパーティ!

19% ラブライブ!

17% ウマ娘プリティーダービー

8% けものフレンズ

 

2021-03-18

統計的事実への言及自体差別じゃない

もちろん文脈には注意が必要だけど。

一般的に読めない名前をつける親は頭が良くない可能性が高いです。よって、読めない名前の子供は遺伝により頭が悪い可能性が高いです」は差別でない

一般的に読めない名前をつける親は頭が良くないです。よって、読めない名前の子供は遺伝により頭が悪いです。ワタナベマホトも頭が悪いんでしょう」は差別

言いたいのは、差別反対のために統計的事実否定するのはよろしくないということ。

ひょっとすると、本当に、名前の可読性と知能は相関するかもしれない。女性の方が運転が下手かもしれない。年寄りの方が発想力が乏しいかもしれない。差別反対のために統計的事実否定すると、仮にこうした「偏見」に統計的エビデンスが示されとき議論に蓋をするしか無くなってしまう。実際、社会には、ジェンダーや年齢によるバイアスは無数に事実として存在する。

大事なのは事実(かもしれないこと)を否定するのではなく、統計的事実を、無闇に個人に当てはめないこと。読めない名前からこいつはアホに違いない、この女性もどうせ運転が下手に違いない、等という決めつけだけが差別だ。

ひろゆき発言は、刑法違反という事実によって、ワタナベマホトを頭が悪い判断した上で、また統計的事実サポートする実例が見つかったと言っているだけだ。決して、名前が読めないからこいつは頭が悪いに違いない、という順番の推論ではない。

前者は統計的事実についての考察差別ではない。後者なら属性から個人能力等を決めつけているので、差別だ。

統計的事実について考察することは、アンコンシャスバイアスに気づく上で、むしろ必要不可欠なプロセスだ。こうした言論すら許されないのは、社会に「見えない」差別を残すだけだ。

anond:20210318141513

自分反社ではないが、相手自分反社だと思わせようとする」行為を行った場合

実際に反社であった場合と同等の罪が成立する可能性があります

第1条 団体若は多衆の威力を示し、団体若は多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示し若は数人共同して刑法明治40年法律第45号)第208条(暴行罪)、第222条(脅迫罪)又は第261条(器物損壊罪)の罪を犯したる者は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処す

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