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はてなキーワード: 無気力とは

2018-06-22

結論はありません(「積極的に生きる意味」が何か分からいか意味がほしいとグダグダしているだけ)

きっと検索たらこんな話題ごろごろ転がっていることでしょう

でもこれは問題提起とか解決してほしい問題として投げるのではなく、私の心の中のもやもやを吐き出すため、そして誰にも聞かれることなく消える独り言ではなく、誰かに聞かれる可能性のあるネットの海への投稿として吐き捨てたくて書いているので既出だとかはひとまず置いておきましょう

生きる意味が見いだせない。でも死ぬのは手間がかかるから仕方なく生きている。

生命保険がかかっているので後2年は生きるけれどそれ以降何をモチベーションとして生きるか決めていない。決めていないので現状2年生きるのに最低限必要ラインしか頑張れない。それ以上生きることになったとき苦労したくはないが、生きるかどうかもわからない時間のために努力できるほどできた人間でなかった。

こんな生とは死とはとか考える時間があったらまず何かしら行動したほうが百倍マシというのは頭では分かっています。でも趣味なんです。露出狂みたいなものです。タイトルと冒頭数行で時間無駄にすると確信した方はブラウザバックしたほうが良いです。この記事意味はありません。

就職活動中の大学生です。内定ゼロ文系

有り難いことに悪くはない人生を送らせてもらえたと思います。それでも積極的に生きる意味がわからない、そして積極的に生きる意味が無ければ生きるための努力をしたくないと思っている。しか積極的死ぬのは面倒なので、今のところ消極的に生きている。

これの問題は生きてるだけで迷惑という点です。積極的に生きていないので、生産性が低い。生きるためのタスクがあり、しばしばそれはチームプレイになる。その時私のパフォーマンスは低い。締切ギリギリしか手を付けない、準備期間があってもサボる

他に頑張りたいことがあるなら(他人迷惑をかけるという点でアレかもしれないのですが)まだマシだというのが私の評価です。でも私には頑張りたいことが無い。それなのにしない。私が足を引っ張っている。生きてるだけで赤字です。即刻操業停止すべきです。

他の人にもこれ(消極的に生きているのは無駄から今すぐ操業停止しろさもなくば生きがいを探せ)を適用するわけではありません。多分。してないはず。他人迷惑をかけるのはどうなのと思うし、何とかしたほうが周りとしても助かるよねと思うけど、その人のための解決策は人生の操業停止じゃないです。過激すぎる。

でも私は解決策を探すためにまずは生きる意味を求めるのでそれが見つかるまでは操業停止路線で行きます。私は意外と頑固なようです。

Twitterでよく「生きる意味 ない」「死ぬ 面倒」などで検索するのも趣味の一つなのですが、多分、何で生きているのかなぁと、ライトな感じで思考しているであろう人も見かけます。私もライトに考えてます

手首を切ることはしていません。相談室に電話をかけたこともありません。人生が嫌で嫌でたまらなくて、という方には遠く及ばない、何なら贅沢(「辛い境遇」でも無いのに「大切な命」を捨てようとするなんて)とも言えそうな考えです。

私も本気で富士樹海に行きたいとか言っているわけではなく、生きることに理由を求めてしまう、面倒なバグにこだわってしまってるだけだと思います。周りの人が優しい(/甘い)ので「あなたにとって生きる意味は何ですか」と言う問を酒の席で投げると本気であれ軽い感じであれ返してくださるのですが、そんなものなくても生きるという人がいます社会に対して何かしら功績を残して/貢献をしてからでないと死ねないという人もいます。何であれ、理由がなくても生きれる人たちです。なぜ生きるのかを問うて答えが出なかったとしても生きるために頑張れるのが、私の理想とする人間でした。そういう人間として生きる中で、生きる積極的意味を見つけるのが小中高で夢見た人間でした。無理でした。

私は私の嫌なことが嫌いです。やりたくない。逃げたい。逃げ方として社会的に死ぬだとか、人生操業停止するだとかも選択肢としてあがることでしょう、この先。多分。そうした分岐点でいちいち生きるか死ぬから考えるのはコスパが悪い。時間無駄。そういうのは趣味としてやる方がいい。

ですので、分岐点で生きるに自動的に行けるように、仮でも人生意味を作り、自己暗示し、思い込み、それのために頑張るのが目下の目標です。最低限2年は生きないといけないけれど、その後も生きて、できれば私に投資された分くらいは回収したいから。

権威に流されたい。規律に縛られたい。これを信じれば正解だという唯一の答えがほしい。

小中高までは楽でした。勉強さえして、テスト数字が良ければ、私には価値がある。私には生きている意味がある。と思い込めていた。(実際にはスポーツ芸術等その他の分野で創造するのもすごいことです。更にテストの点を、学校試験レベル中途半端さで追求したところで、それは手段知識を得て、そこから何かを生み出したり発見したり研究したりする)が目的完璧にすり替わってるのでどうなのって感じです。)

現実社会はケースバイケースで、その時時のベストはあっても導き方はそれぞれでしょうし、ベストは誰が決めるのかという話ですし、ベストを求めるよりベターを求めるべきときもありますし、一筋縄じゃ行かない。そして人生テンプレートが無い。(昔はあったかもしれませんが、今の社会で実現可能な「中流階級」(平均値ではなく中央値的な……)のテンプレートってありますか? 何歳で結婚何歳で貯蓄何万みたいな)更に人生テンプレートに私が魅力を感じて、この幻想人生を賭けたいとなるかわからない。

権威に従い人生脳死プレイ人間は今の時代求められてないことは知ってます。もしくはヤバイ案件に関わらせていざとなったら切り捨てられる人員か。組織の一員であっても自分で考え行動する創造力ある人がほしいんでしょうね、すみません

就活という、来年以降自分身分が定まらない今の状況が嫌です。来年以降の身分自分責任選択しないといけないのも嫌です。私の能力性格を何とかして判断して勝手職場配置してほしい。そういう経済圏移住しておけば良かった(そう簡単国籍変えられるかわからないんですが)

私が頑張るべきフィールドとやることを示してもらえれば頑張るので、という気持ち

何とかして生きて、何とかしてどこでもいいか職場さえ決まれば、そこで何とか頑張れそうな気がします。そのために今頑張る理由を何とかつくりだして自分洗脳できれば少なくとも数カ月は生きられるはずです。

そんなことをうだうだと考えながら、保険証裏のドナーの1.に丸をつけました。

人生を閉店するための仕事が面倒なので、無気力に(しかし娯楽は享受し)生きています積極的に生きるために職を見つける、職を見つけるためにやる気を出す方法を見つけるのが今後の人生方針です。せめて生きる後2年は、他人迷惑をかけないように生きることだけは最低限頑張ります。もうすぐ深夜2時。夜ふかしをしない理想大人に私はなることができませんでした。

以上

2018-06-18

anond:20180618205831

事件を起こす無敵な人は社会に期待してるんですよ。

社会に期待していない無敵な人は無視されてるんです。

ホームレス孤独死する人など、社会に期待していない無気力な無敵な人でしょう。

この人たちをどうにかするほうが先なんですが、事件を起こすタイプばかりが目立ってしまう。

報道される過労死問題と同じなんですね。

2018-06-16

4年毎に寿命を延長する人生について

どういう訳かわたしサッカーW杯が好きだ

4年毎の6月中旬になると「あぁ4年間も生きてきたんだなぁ」と思う

前回大会からの4年間は本当に色々あって、メンタル脆弱性を抱えているわたしのことだからそれこそ幾度か死んでもおかしくなかった

具体例は書かないけど仕事家庭恋愛趣味金銭すべての観点人生絶望していた(独身です)

しかし、少なくとも今大会間中においては心置きなくW杯を観れる環境が整っている

それだけで十分だし、きっともう4年生きることができる

特にW杯を見るための」努力をしてきた訳ではないし、今大会間中環境わたし個人努力だけで成立しているものではないことは確実なので、

きっと神が4年に一度ご褒美をくれているか無意識下でこのための努力をしているのだろう

4年に一度神がご褒美をくれる生活というのは中々快適で、たしかに他の3年間はゴミ過ぎて死んだ方がマシではあるのだけど、

それでも4年に一度「生きててよかった」と思える人生は悪くない

推しの出場が早かったお陰でさっそく風邪肩こり頭痛煙草吸い過ぎによる咳と痰、ストレスによる苛立ちと無気力感、その他色々人生を阻害する不快感が治り良いことしかない

しか推し永久アスリートではないし、なんならアスリートとしての推しの旬は短いのだ

無慈悲に聞こえるかもしれないが、4年後を見据えた新たな推し開拓も推進しないといけない

もし4年後も生きていたいから今からW杯を観て推しを作ろうという人がいた場合、4年後も出場できそうな国から選ぶことを推奨したい

ドイツブラジルならおおよそ間違いはないのでオススメ

個人的にはベルギー推したい。やや博打だがそれが良い

スポーツの楽しみ方を間違えてる感は認める

でも許してほしい、4年も生きてきたのだ

わたし死ぬときはきっと4の倍数の年齢なのだろう

2018-06-15

"違法マイニングで16人摘発"の衝撃…逮捕者もすでに3人「めちゃくちゃすぎる」「日本終わった」 - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/ift.tt/2MnkHTT

 

何となく思ったが、この「いきなりヒステリック気味に強権を発動する神経過敏さ」は日本特有のものを感じる

専門家意見を聞いたのかは分からないが、もう少し公に意見を求めてから穏便にやるべきだったのではないか

 

個人的にはカドカワのように法人などが生存権が侵されようとしている非常事態には、強権発動はある程度は仕方が無いか、とは思うが

もっとカドカワ場合は、一時凌ぎに過ぎないだろうし、その間に根本的な問題解決に至らなければ、Amazonのような黒船が出現した場合一網打尽にされるとは思うが)

 

心理的な要因を考えると、日本が冒されている病気というのは医原病が大きいのかも知れない

血圧平均値を超えていたら薬を投入するとしても、人間は生きているので、毎日血圧上下する

100人血圧を測って、平均よりわずかに血圧の高い50人に薬を投入していたら、それが原因で病気が引き起こされる可能性の方が高くなる

 

医者が手を入れすぎてかえって病気になる」のが医原病だが、「一般市民裁量を持たせず、現場専門家でも無い官僚などが思いのままに隅から隅までコントロールしようとして失敗する」のが一つのパターンであると思うが

 

過保護子育て的に見えるし、セルフコントロール感の無い子供無気力になるのも当然だと思う

この現象企業でも家庭でも見られるような印象もある

しかも、子供が生涯を終えるまで手取り足取りやるならそれも一つの責任の取り方なのかも知れないが、「自分の手に負えなくなったらいきなり放り出す」のが現実だと思う

それならば最初から最後は自立するのが前提という形で付き合った方がお互いのためだと思うが

2018-06-12

anond:20180612194623

公立底辺校でも無気力系ばっかでいじめどころか他の生徒とまともにかかわらなくてもまったく浮かないような場所

卒業資格だけ取れるのが一番なんだろうけど

そういう学校をうまく見定めて見つけるのが難しいんだよな

2018-06-05

anond:20180605081936

マシな気がする~っつって例に挙げた奴等を馬鹿にしくさってるのが透けて見えてるぞ

行動起こすのがだせえと思ってるから何も出来ない無気力人間になってんだお前

2018-05-30

おれはマスダァン ガキ大将

ただしくは中年、小心者、借金苦、下痢無気力コミュ障大将

2018-05-27

日本無気力意識低い人が頻発するワケ

日本の悪しき人々と言えば悪名高きゆとり系だが、ゆとり系が乞食思想が多くて民度が低いのには歴史的因果がある。2000年代にはゆとり教育が盛んだったことがヤバイ系な人間を増やし、社会から批判を集めた。ハングリー精神と程遠い恵まれているような階層民度の知れた風景は、その延長線上にあるのだ

2018-05-23

anond:20180523022649

背伸びって精神健康に相当悪いんだけど、日本世間背伸びしろってうるさいよね。

苦手な事を苦手と認めちゃいかん。

得意だと自分に言い聞かせて行動しなさい。

得意な人間がとる行動を真似て行動しなさい。

ってね。

 

バカじゃん。

苦手な事を苦手と認めなきゃ一生苦手なままじゃんね。

苦手と認めるから改善出来る訳でしょ。

 

そもそも自分の実力より上の人の真似なんか出来る訳ねーじゃん。

例えば、カラオケ自分より歌下手で音痴な人の真似は出来るけど、自分より歌上手い人の真似なんか出来ないでしょ?

歌上手いつもりになって歌ってる姿なんて超恥ずかしいだろ。

オナニー見られたのと同じ位恥ずかしいよね。

そんな恥ずかしい事を晒してたら欝になっちゃうのは当たり前。

 

日本世間って、出来るだけ多くの国民鬱病にしようとしてるとしか思えないよね。

鬱病の奴ってロボトミー手術された奴と同じで無気力、無関心で政府コントロールやすいからだろうな。

日本世間国民に「背伸びしろ」って暗示をかけて精神ロボトミー手術を施して、コントロールやす無気力人形に改造してる訳だ。

 

http://aoyagi246.blog55.fc2.com/blog-entry-629.html

2018-05-21

夫婦レイプ

こっちは性欲なんか1ミクロンもなくて、性的なことを一切したくないんだけど、断るといじけたりイラついたり暴言はいたり物に当たったり無気力になったり離婚をちらつかせたりされたりするのが嫌だから仕方なく応じている。

当然濡れも少なくて長くなると痛くなるから早く終われと思いながら耐えている。

性的なこと以外は大きな問題がないし離婚されると困るので、レイプされ続けるしかない人生

2018-05-20

anond:20180520204456

なぜ日本人自殺したがるのか?

苦手な事を苦手と認めちゃいかん。

得意だと自分に言い聞かせて行動しなさい。

得意な人間がとる行動を真似て行動しなさい。

ってね。

 

バカじゃん。

苦手な事を苦手と認めなきゃ一生苦手なままじゃんね。

苦手と認めるから改善出来る訳でしょ。

 

そもそも自分の実力より上の人の真似なんか出来る訳ねーじゃん。

例えば、カラオケ自分より歌下手で音痴な人の真似は出来るけど、自分より歌上手い人の真似なんか出来ないでしょ?

歌上手いつもりになって歌ってる姿なんて超恥ずかしいだろ。

オナニー見られたのと同じ位恥ずかしいよね。

そんな恥ずかしい事を晒してたら欝になっちゃうのは当たり前。

 

日本世間って、出来るだけ多くの国民鬱病にしようとしてるとしか思えないよね。

鬱病の奴ってロボトミー手術された奴と同じで無気力、無関心で政府コントロールやすいからだろうな。

日本世間国民に「背伸びしろ」って暗示をかけて精神ロボトミー手術を施して、コントロールやす無気力人形に改造してる訳だ。

2018-05-16

学歴ほど信用できる指標を俺は知らない

学歴を決めるのは主に次の要素だ

1 生まれつきの知能

2 育った環境

3 脳に良い健康生活

4 目的意識

5 継続的努力

6 既存価値観への迎合

7 長期的な人生設計

8 気力の充実

9 運(無意識レベルの要領)の良し悪し

こういった要素を併せ持っている人間企業が欲しがるのは当然だろう。

しろこういった要素が欠落した人間と一緒に働くのは苦痛とすら言えるだろう。

地頭が悪く・育ちの悪さが滲み出ていて・非効率的で・行き当たりばったり・仕事を投げ出しやすく・自分価値観ばかり押し付けたがり・目先の事しか考えていなくて・無気力で・とかく要領が悪い、そんな人間と一緒に働きたいだろうか?

それでも、愛嬌があるとか、話しかやすいとか、いつも機嫌がいいだとか、そういった一面を持っているのならまだいい。

だがそれすらもなく、「なんで学歴が低いだけで差別される!ふざけんな!俺は凄いんだぞ!俺に言わせりゃ学歴なんてのはな~~」と喚き散らすような人間は、友人にするなら面白いかも知れないが、一緒に働く相手としては『苦痛』の一言で終わる確率が高すぎやしないだろうか?

2018-05-12

だるい無気力とき、みんなどうしてるの?

もう無理ってのがずっと続いてるんだけど、どうすればいいの?

運動瞑想睡眠野菜350g

2018-05-09

定期的に生活が荒れる。ゴミは捨てずにそこらへんに置きっぱなし、掃除はせず、みるみるゴミ屋敷になる。ゴキブリにも慣れる。久しぶりに部屋を掃除して、多少、きっちりした生活を取り戻した。

きっちりした生活を取り戻すと、次の日のために米を研ぐようになる。多少の未来を見据えた生活になる。しかし米を研ぎながら、希望もない生活が続いてくことにぞっとするというか、うんざりというか。楽しくない。小さな幸せ幸せ昇華できる感受性もない。

恋人がいればましかもと思う。あくまでまし。もしそばにいてくれても前向きになれない無気力幸せじゃない自分はい続けるし、そういう自分との時間を共有させることになる。見せたくないし、もし見せてそれを受け入れてくれても自分はそれで救われるわけじゃないし、その救われないどこにも行けない状況を、好きな人を巻き込むなんて。。。そういうこと考えると、とてもじゃないけれど、恋人作って付き合っていく自信は持てない。

ずっとそう思ってきたけれど、好きな人にそういう自分のこと聞いてもらうのはありなのかなって。

人生の答えって何だろうか

これまでの人生苦痛が多く、ほとんど無意味人生だった。

淡々人生を歩んできて、楽しいと思った時期なんてそこまで無かった。

そんな日々も残りあと少しなので、簡単にだけど振り返って吐き出したい。


幼少期は両親の喧嘩が絶えず、割れる瓶と鈍く低い音、そして奇声といつも冷や冷やとしていた記憶しか無い。

もちろんその喧嘩によるとばっちりを受けたこともある。

親の友人からはいつも大人しいと言われていたが、あのような状況が続いてわいわいと騒げるわけがない。

更に親が喧嘩した後、薄かった壁に大きめの穴が空いていたのが恐怖を感じた。

幼いにも関わらず、この時から親を反面教師にして生きていこうと決意していた。

しかし、この頃から人の目を伺うという性格根付いてしまった。

ずっと無気力がちだったのもこのせいなのかもしれない。


その後、小学校入学して新しい環境になるが、学校が唯一の癒やしだった。

勉強ほとんど出来なかったが、家と比べて遥かに休息出来ているという感覚はあった。

友人も何人かでき、よく休憩時間放課後でも楽しい時間を過ごしていた。

とは言え、当時の記憶なんてもうほとんど覚えていないが、暖かく晴れた日の柔らかな風とカーテンの揺らぎが、子供ながらに不思議と癒やしを感じていたのはよく覚えている。

けれど安らかな一時というのは時間が経つのが早い。

学校が終わったら癒やしも何もない家へ帰るのは本当に億劫で、わざと遠回りして家に帰ることはしょっちゅうだった。

ただ、両親が居ない時の家は心を休めることが出来た。


そして中学になってから両親は離婚したが、母親相手に強く依存するタイプだったようで、依存対象が無くなったせいなのか更にメンタルがやられ、この時からロクに家事をやらなくなった。

母親が何もやらないので、仕方なく自炊やらを覚えたのはこの辺りだった。

肝心の学生生活については、育ちの悪い連中に影響された奴が多く、一気に不良となった子が増えたのにうんざりしていた。

小学の時は良い友人だったのに、突然万引きやらタバコをやり始めた人が何人もいた。

ただの格好つけで根は良い奴だと思っていたが、弱い者イジメに加担する輩も結構いて、私は心底呆れていた。

小学の時の癒やしとは程遠かった。


数年経ってそのような生活も終わり、高校へと進学した。

この時、知っていた小中の人達とはほとんど別れて全く別の環境になった。

全く賢い学校ではなく、むしろバカ学校と言える高校だったが、当時の担任面白いお兄さんで、学生のようなノリをしながら生徒と同じような目線勉強を教えようと頑張ってくれた。

担任ギター経験者であり、時々息抜きとしてみんなに弾き語りしてくれた時もあった。

小中とロクに勉強してなかったので日々勉強するのはそこそこ辛かったが、先生一生懸命教えてくれたこともあり、賢いとは言えるレベルで無いにせよ、ある程度の教養は身につけられたと思う。

でも、ある日からその担任は別の高校へと向かうことになった。

その高校はここよりも遥かに賢く、誰が聞いてもとても良い場所だった。バカ学校なんて所にいるより、遥かに待遇も良いだろう。

また、当時担任の奥さんは妊娠していたようで、それを含め生徒らは祝福した。


そしてお世話になった担任は去り、別の教師が新しい担任になった。

しかしこの教師曲者で、突然怒り出したと思ったら平気で授業を放棄するわ、意味分からん自慢話ばかりで授業が進まないわで非常に厄介な人で、ひどく困惑した。

他の教師からも疎まれているようで、教員会議でもワンマンぶりを発揮し、大声で意味分からん持論を発して他の教師を困らせていたようだ。

何故そんな教師がクビにならないのか非常に疑問を感じていた。

担任変更が高校最後の年だったので被害はそこまでだったが、二度と関わりたくない相手だった。

前の担任が別の学校へ行った時、その教師はアイツは逃げたと言っていたが、そりゃこんな所なんて逃げるだろうと誰もが思っていた。

ちなみにこの頃、母親は別の男を見つけ、更に家事放棄するようになっていた。

まあ、この時大体の事は自分で出来るようになったので、大した影響は無かった。


そして時が移り、大学入学を迎えた。

正直なところ、高校入学当初は大学になんて行けると思っておらず、高卒就職だろうなと考えていた。当時の最初担任のおかげだろう。

ただ自分学力では良い大学には行けなかったが、割と綺麗でお洒落大学に入れたので良かったと思っていた。

はいえ、折角大学に入ったのにそこまで勉強をせず、サークルにも入らず、自堕落生活を送っていた。

また、以前から一人で過ごすことも多かったので、積極的に友人を作ろうともしなかった。

居ても一人や二人程度だ。

大学では一応授業はちゃんと出ているつもりだったが、大抵途中で居眠りしていた。落とした単位が少なかったのは幸いだろう。

それよりも静かな図書館でひたすら眠ったり、よく晴れた日に大学のベンチでご飯を食べながら日向ぼっこしていた事が、小学生の時の癒やしを何となく思い出させた。

大学がこれまでの人生で最も安らかだった時期だと思う。


アルバイトを始めたのはこの頃。

高校バイトしている人は多かったが、学校自体禁止していたので積極的に参加は出来なかった。

バイトコンビニで働いていたが、時給の割にやることが多すぎて大変だった。

仕事自体は大変なだけで辞めるほどでは無かったが、その店のオーナーと息子があまりにも横柄で更に仕事をしなかったため、衝突が多くなり、半年もせずに辞めた。

まりイライラする職場だったので、最低限の事だけを行って何の言葉も残さず退職した。

仕事よりも人間関係の離職理由が多いとはよく聞いていたが、なるほどなと理解した。

正直この時点でもうバイトはしたくないと考えていたが、そんなこと言っている場合じゃなかったので、次は家の近くにあった小売の仕事に転換した。

また同じ事になったら嫌だと思ったが、予想とは異なり、その店の従業員はみんな良い人ばかりだった。

以前のとの差に驚き、最初からここで働いていれば良かったなと後悔した。

ここは大学卒業するまでずっと働いていた。

当時の方々には非常にお世話になったと感謝している。


ちなみに女性を初めてまともに好きになったのは大学に入ってからだった。

出会い大学の通学途中、学校へ向かう電車が一緒だった。

当初はお互い気付いていなかったが、ゼミが一緒だったこともあり、行きや帰りの駅で何度か姿を見かける事に気付いた。

の子は小柄で物静かな女性で、物腰や動作がどことなく品がある女性だった。

最初はそこまで何も思わなかったはずなのだが、気付けば気になる存在となっていた。ただ、姿を見かけてもどうすれば良いのか分からず、会話することが出来なかった。

向こうもこちらの存在には気付いていたようで、お互い気にはなっているがその先が踏み込めない状態だった。

大学ではその女性の友人間でこの話が広がり、私がその子の近くにいればその子の友人らはよく騒いでいた。

偶然隣り合うくらいに近くにいた時、彼女の顔が凄く赤くなり、若干挙動が慌てていたのもよく覚えている。

また、大学構内で彼女を近くで見かけた際、こちらに気付いていない彼女は私の事について嬉々としてその子の友人と話していたことがあり、それで私は色々と察した。


本来ならすぐにでも仲良くなるべきだったが、酷い事に年単位で何もすることが出来なかった。腰抜けにも程がある。

流石の自分もこのままでは駄目だと思い、授業中や通学途中にもどうにかするべきだとずっと考えていた。

結局良い方法が思い浮かばず、結局は素直にそのまま接触することにした。

夕方大学の帰りの電車で話しかけた時、彼女はとても驚いていたが、その目はどことなく輝いていた気がする。

ただ、こちらはあまり必死過ぎたせいか、話した内容も聞いた内容も全く覚えていない。


それから問題なく彼女と仲良くなれたと思うだろうが、残念ながらそうはならなかった。

この後に私は友人に呼び出され、何かと思えばその友人は彼女の事が好きなんだという事を話していた。

以前から何となくぼんやりとは察していたが、やはり言われれば印象は大きく変わる。

しか彼女好意を抱いている友人は一人だけではなかった。これには流石に困惑してしまった。

これからどうすれば良いかも分からず、完全に混乱してしまった私は、最終的に彼女無視するという馬鹿げた行動に至る。

これが良い行動でなかったことは言うまでもなく、理由を知らない彼女は私にからかわれたと思ったのか、徐々に避け始めた。間違いなく嫌いになったのだろう。

友人も以前から私と彼女との間を少し察していたため、どんどんとギクシャクした関係になってしまった。

それ以降、この友人とも連絡を取ることは一度も無かった。

これらが影響で大学へ行くのも面倒になってしまい、楽しくもなくなった。

そしてこの件は私を含め誰も得をすることなく、何も解決することもなく、呆気なく大学生活は終わりを迎えた。


これまでの学生生活は長いようにも短いようにも見えたが、その中で何か大きな事を成し遂げることは一切無かった。

10年以上もの時間が与えられたのにも限らず、ただ時間無駄に過ごしただけ。

それを思うだけで自分の中の自信が無くなっていくようだった。

せめて何か形に残るような事をやっておくべきだったな。


大学卒業後、私は在学中ギリギリ内定を貰った職場で働くことになる。

この職場実家と離れるために一人暮らしをしていたが、今まで以上に億劫な日々を過ごし続けていた。

学生時代とは違った、空気の全く異なる職場で何も考えることなく働き続けた。

仕事特にやりがいがあるわけでもなく、また休みの日に何かをすることもなく、ただただ無為時間が過ぎているだけだった。

同僚や上長もそんな私の空気を察したのか、ほとんど関わろうともしなかった。

話しても挨拶のみや一言や二言程度で、会話が広く発展することもない。

このような状態が続いても精神面に良い訳がなく、更に朝昼晩の交代制の仕事だったため、生活リズムも徐々に狂い、心身共に壊れていった。

まりに酷い時は心療内科に通うこともあったが、その医者は話を聞いてくれずただ薬を出すだけだったので、諦めて薬も飲まずに自分で何とかしようと考えた。

そうやって何日も何日も耐えてきたが、ある日の朝、全く起き上がれなくなった。

動こうと考えても身体は言うことを聞かず、天井を見上げていることしか出来なかった。

日経ち、その職場退職した。


辞めたあとは仕事から解放感か、体調は一時的に軽くなった。

しかし、その後もまともな生活を送っていなかったため、暴飲暴食や昼夜逆転生活で体調は日が経つごとに悪化していくだけだった。

部屋はゴミだらけで文字通り足の踏み場もない状態風呂すらロクに入らなかった。

でも途中で生活資金が尽きそうになり、仕方なく正社員での募集を探してみるものの、何度も何度も断られた。

挙句の果てにアルバイトですら断られる時もあった。

そんな生活が何年も続いた。

もう起きることすらしんどくなり、お腹が空いても飯も食べず1日中寝ている日もあった。

もはや生きているとは言えず、死んでないだけの抜け殻状態だった。

時々母親からは安否の連絡が来たが、適当に返して放置していた。


そんな鬱々とした生活のある日、久々に入った短期での仕事中に体調が一気に悪くなって倒れた。

酷い吐き気めまいがあったのを覚えているが、倒れてから記憶はなく、後で知ったのだが救急車で運ばれたらしい。

そんな体験をしたのは生まれて初めてだった。


目覚めた時、妙に病室のベッドが心地良かったのを覚えている。

今までは床で寝ていて掃除もされていない酷い部屋で生活していたからだろうけど。

その日会った看護師によると、私は数日間意識が無かったようで、ずっと眠っていたらしい。

ただあの時のベッドの心地良さが続くならば、ずっと眠っていたい。そう思った。


それからしばらくして、母親が部屋に入ってきた。

泣いていた。

私はそれを見ても全く何も感じる事はなかった。むしろ、早く一人にして欲しいと思うくらいだった。

しかし、すぐに帰らないので仕方なく相手をしていたが、その時はいつもと比べて妙に母親が優しいと思った。

その理由はあとになって分かった。


日経って病院での生活も多少慣れてきた頃、担当医者に呼ばれた。

話によると、私は余命が半年と少しほどしか無いらしい。

肝臓に酷いダメージがあり、もう治療をしようにも手の施しようがないそうだ。

できるだけ安静にしていれば余命は伸びるかもしれないが、それを怠ると今後の苦痛が大きくなるとか。

今までの経緯を話したところ、今回は重度のストレスと暴飲暴食が原因だと先生結論付けた。

から身体は弱い方だったが、それがここになって一気に来たものだと思った。


余命宣告された時にはあまりに突然だったため、一瞬驚いたが、同時に安堵した。

過去自殺を考えたことは何度もあったが、実行に移し切れずその度に憂鬱になっていた。

でも、もう無理に頑張る必要は無いんだなと、張っていた気が抜け、少し救われた気分になった。

はいえ、現在の状況は何もかも全て自分の行いで招いた結果ではあるが。


それからしばらくして一時退院、主に自宅での安静を命じられて実家に戻る事となったが、家に居ても特にしたいと思うことがない。

食事にしても身体を壊してからは何も食べられず、内容も淡白ものばかりになってしまい、当然美味しくもない。

幼い頃は家にいるとテレビゲームをよくしていたが、今となってはやる気力さえ全く起きない。

無理やりやろうとしても10分もせず飽きてしまう。

気分転換にどこか出かけるにしても身体負担が大きいので遠出は出来ず、そもそも金が無いか旅行なんて出来ない。

テレビを見ているかスマホパソコンネットでも見るか、それとも何か食べているか、眠たくもないのにただ寝ているか

結局は入院前の生活とさほど変わりなかった。


残りの人生何をやろう、と思っても前々から考えていなければすぐには思いつかないものだった。

仕方ないので、晴れた日にはとりあえず近所にある大きめの公園へ行き、ベンチに座りながら遠くを眺めていた。

園内では子供達がいつもはしゃいでおり、その姿を見ているだけでも元気が貰えるように思えた。

時には夫婦と幼い子が仲睦まじく歩く姿もあり、それを遠くで羨ましく見ている時もあった。

ネットサーフィンをしている時に時々フェイスブックを見るが、当時の友人や知人は徐々に結婚してきており、既に子供が生まれているのが何人もいる。

そして彼らが時々掲載する写真動画を見ると、微笑ましいと思うと同時に気が落ち込む。

自分も、もう少しまともに生きていればこうなっていたのだろうか。


そこでふと、大学の例の女性を思い出した。今は一体何をしているのだろうかと。

もう卒業してから何年も経っており、当時はよく注目されやすい人だったから、とっくに結婚もしているだろうとは思っていた。

でも最期に少しでも連絡が出来たらと間抜けな期待を抱き、数少ない友人に連絡が出来るかどうかお願いをしてみた。すぐに了承してくれた。

そしてしばらくして、思っていたよりも早く結果が返ってきた。

友人によると彼女はまだ結婚していないらしい。でも向こうは連絡がしたくないそうだ。

それだけ聞けたら十分だと思い、その他のことは何も聞いていない。まあ当然だろう。仲良くもなかった男から突然連絡が来ても迷惑なだけだ。

時間も経ちすぎているし、向こうにしても過去の事であり、もしくはどうでもいい事だと考えているだろう。

当時の事も謝りたいとも思っていたが、思い出したくもない過去を今更掘り返しても意味がないと考えざるを得ない。

もうすぐ終わる身としては開き直るしかなかった。


こうしてまたいつもの日常に戻り、何か特別にやらなければいけない事も無く、残り少ない日々を消耗している。

まだ時間がある人ならば、これから頑張ればいつか良い日がやってくると信じて先へ進めるかもしれない。

私のようにもう時間が無い者ならば、これからどうすればいいのか、未だに分からない。

今の私では新しい思い出を作ることは出来ず、過去を思い返すだけしか残されていない。

病院ではそんな私を哀れんで慰めてくれる人もいるが、私は言葉を表向きは受け入れるが、裏では全く何も思わない捻くれた人間であり、素直に受け取れない自分に嫌気が差す。

こんな状態でまともに気持ちの整理も出来ず、向き合えないまま死んでいくと考えると、どんどん悲しくなってくる。


ちなみにこの余命については親以外誰も知らない

言った所で今後会った時の対応に困るし、友人に話そうと思っても言葉が詰まって何も話せなかった。

顔色が悪いと言われても、ただ愛想笑いしながら、いつものように話すことしか出来なかった。

でも、例え自分が何も言わずにこの世を去ったとしても、数年も経ってしまえば、昔あんな奴いたな程度の存在で徐々に忘れ去られていくのだろう。

他人自分が思っているよりそこまで何も考えていないし、期待しても単なる思い過ごしになる。それは今までの経験上、全て事実だった。

それ以前に難しいことを考えるのはもう疲れた

病気悪化しているのか、体調の波がどんどん激しくなってきているため、こうやっていられるのもあと少しだろう。


今までの人生を軽く書こうと思い、これまでを思い出しながら突貫で文章を綴ってきたが、作成中には当時のそれぞれの場面を思い出し、その度に涙が止まらなくなった。

あの頃に戻れたら、もう少し自分に行動力があれば、または別の場所で生まれていたら、何度も何回も様々な事を考えどそれは無駄な事だと察して嫌になった。

まれ変われるならとも考えた事もあるが、そもそも宗教なんて信じていないのに、そんな事を考えるのはおかしい話ではある。

でも死んだ先に何があるのか、それとも何も無いのか、それは今の私でもとても気になっている。


20年以上生きてきた中、他人にも自分にも今後のためになるような何かを与えたことはなかった。

そして生み出すこともなかった。

ほとんど何もしなかった私のこの人生意味はあったんだろうか。

私には答えが何も浮かばなかった。

人生についての意義を考えるのは人間くらいだと言われるが、少しでも生きていて良かったと、そう思えるような意味のある何かが欲しかった。


こんな駄文をここまで読んでくれて本当にありがとう

2018-04-26

30代無職無気力引きこもりは今後どうしたらいいのか

30代無職母親と二人暮らし。未婚。恋人いない。

現状に不満を持っているわけではなかったが、こうして書いてみるとけっこうみじめな人っぽい。

一応収入はあるが、胸を張れるような額ではない。しょせん無職ちょっと頑張りました程度。

就職を考えることもあるが、持病もあるし、なかなか前向きになれない。こういう考えって言い訳なんだろうなと思って自分がっかりする。でも実際、役に立てると思えない。

年代仕事子育てに奮闘している人を見ると、つい比べてしまう。ああ自分って本当にダメだなと思う。

とにかくやる気がない。無気力状態が続いている。仕方なく目の前の仕事を片付けて、死ぬまでなげぇな~、今はまだ親も深刻な状態ではないけど介護必要になったらどうしような~、お金~、親戚もいないしな~、親が死んだあと片付けや手続きえらいことになりそうだな~、てか自分ちゃんと生きてられるんかな~などと考え鬱々している。

「親より先に死なない」以外に生きる目的がない。昔はわりと多趣味だったのだが、最近はいろんなことに興味を持てなくなった。やりたいと思えないし、無理矢理やっても根気が続かない。とにかくやる気が出ない。

せめて収入が増えればもうちょっとモチベーションも上がるんじゃないかとは思うが、なかなかうまくいかない。自分能力のなさを思い知らされる。努力不足であることは否めないが。

元気があれば何でもできるって言うけど、元気がない人はどうしたらいいのかね。どうにもならないのかね。30代なんかまだまだ挽回可能だって人には言えるけど、やる気がない人はどうしようもないでしょう。

どうしようもない。

まあ何とかやっていくしかないんだろうな。

運動瞑想睡眠野菜350g、あと規則正しい生活大事なんじゃないかとは思う。思うだけで実行できないのは甘えなんだろうか。甘えなんだろうな。

2018-04-25

もうさ「みんな頑張ってるんだから」っていうのやめようぜ

頑張れる人にはわからないと思うんだけど、世の中にはどうやっても頑張れない人間存在するんだわ。だけどな、無気力で自堕落なわけじゃないんだよ。いつも不安と隣り合わせだし後ろには死が控えてんの。でもな、それを忘れようとか見ないことにしようとか、できないのよ。それと対峙ちゃうのよ。それでボコボコに殴られて挫折するんだよ。で、諦観を抱いてしまうわけだ。だから頑張れない人っていうのは途中で諦めてしまうことが多いわな。だって失敗と挫折経験トラウマになってるんだもの。頑張れる人はそこをピョイっと乗り越えられちゃうわけ。それは失敗よりも努力成功を掴んできたから。だからね、頑張れる人は恵まれてるのよ。自分に自信があるのよ。だから踏ん張れる。頑張れない人は踏ん張れない。フラッシュバックするトラウマが蝕むんだよ。結果として諦めちゃうんだよな。だからさ、頑張れる人は「みんな頑張ってるんだから」なんてセリフ捨てちまえ。頑張れない人をバカにするんじゃなくて話を聞いてやってほしいんだよ。それは辛くムカつくかもしれないけどさ。頼みますよ。

2018-04-24

あのとき死ねなくてよかった

小学校卒業して入った先は、神奈川田舎にある公立中。援助交際を行う女子先生ともめて暴力走る男子、学期ごとにターゲットを変えてクラスみんなでいじめ合う。教師教師部活の生徒に体罰を行う……。

メチャクチャに荒れてるそんな中学で、自分も虐めのターゲットになった。無視、陰口、暴力暴力エトセトラエトセトラ

不登校になれるものならなりたかったが、周囲に理解してもらえず、わたし暴力を振るわれるために毎日登校していた。学校を休むと親に叱られ、登校すればボコボコにされ、「死にたい」以外の感情を失うのにそう時間はかからなかった。

その後わたし自殺未遂を起こした。失敗して生き残りました。

そうして虚無を耐え抜き、学校をぽつぽつ休みつつもわたしはなんとか卒業した。卒業式では涙も出なかった。

そうしてまともな高校に滑り込んだものの、勉強する気が起きず偏差値は30を切り、先輩の名前も覚えないうちに部活をやめた。

中学時代いじめ抜かれたおかげでわたし精神はずたずた。無気力で、何もする気が起きなかったし、自分に何かできるとも思えなかった。

もういじめられるまいと周囲に適応しようと必死で、目線のすべてにびくつき、笑い声は自分嘲笑うように思えた。

いじめから逃げ切ってなお、わたし精神はぐらつき続けていた。

そんなとき熊本で大きな地震が起こった。そこで、被災した男の子が、よくある『季節外れの転校生』として隣の席にやってきた。

これがマンガなら不思議物語が始まるのだが、彼はごく普通高校生で、わたしによく話しかけて、よく笑っていた。

彼はドイツ人ハーフで、あだ名は『進撃の巨人からとってエレン。彼は復興に携わる仕事を目指していた。

 「――という訳で、この人は二回の戦争かいくぐり、生き残ったんですね。しかし周囲の人間や職を失い、差別に遭った――これは不幸でしょうか、幸福でしょうか。考えてみましょう」

英語の授業。教師の問いかけに、エレンわたしを見やった。

 「あまり辛い夜は、いっそ殺してくれたほうがまし、とか思いそうなもんだけど」

プリントを2つ折りにしながら、エレンはくすくす笑った。

 「それはよっぽど病んだ時だけだね」

瞳には真剣な色があった。

 「生きることに不幸なんてないよ」

エレンはよく笑う。

エレンクラスに馴染んで、しばらくした時のことだった。

 「揺れてる」

教室がざわめく中、エレンはまっさきに机の下に逃げ込んだ。わたしもそれに合わせて机の脚を掴み、体を縮めた。

この地方地震は少ない。揺れが収まってから一気にクラスメートが這い出てきて、ニヤニヤ笑いながら談笑する。揺れたね、感じなかったよ、なんて。いつもはひょうきん者の男子が怒鳴った。

 「放送がある!静かにしろ!」

 「携帯の電源は付けておいて。窓は開けたほうがいい」

神妙な顔つきでエレンが立ち上がる。学級委員長カーテンと窓を開くと、冷たく焦げ付いた匂いが吹き込んで来た。

やがて待機の放送流れると、エレンは立ったり座り込んだりを繰り返して落ち着かないようだった。

熊本地震の恐怖が癒えない中、避難先での地震。怖くて当たり前だ。

 「今日の小テスト範囲どこだっけ?」

エレンは気を紛らわすように、いつものようにわたしに話しかけてくる。教科書を持つ手が、ぶるぶる震えているのに気付いた。

 「……平気?」

 「大丈夫

 ――そんなに手を震わせて、何が大丈夫なもんか。わたしはその言葉を飲み込んだ。

傍にいたいと感じつつも、彼が経験した地震の凄絶さはわたしにはわからない。PTSDに苛まれエレンに、何と声をかければいいのかも。

エレンは真っ青な顔で自分右手を見やり、大きな目に涙をいっぱい溜めた。そして彼はそのまま、保健室に行ってしまった。

 しばらくして帰ってきたエレンは顔色が悪かった。早退するらしい。鞄の支度をしながら、神妙な表情で切り出す。

 「これ、余震かもしれない」

 「もっと大きな地震が来るってこと?」

 「うん。もし本震が来るなら、明日明後日

 鞄を取り去って消える背中を、わたし呆然と眺めていた。また明日、と言うこともできないまま。

空っぽになった隣の席を見ながら、わたしは何も言えなかった自分について考えていた。

わたしは生きる苦しみをエレンほどに知らず、生き残る美しさを知らない。

復興の進む故郷を懐かしむ彼が、生き残ることに不幸などないと言い切る彼が、手を震わせながらも変わらずに笑う彼が、人としていとおしくて、器と視野が小さな自分が汚くて、ひどく切なかった

エレンは死を前にしながらも必死で立ち直ろうとして、故郷復興のために尽力している。それなのに、いじめっ子たちから既に逃げ切った自分無気力のまま怠惰な日々を過ごしている。比べるようなことではないにしろ、情けなく思えた。

「このままではいけない」

モヤモヤが心に爪痕を残した。

高校3年生に昇級してエレンとは別のクラスになり、目線を交わすこともなくなった。

そしてわたしは、その年の夏にアメリカ短期留学する。

アメリカといえば、前年、トランプ大統領就任した国だ。人種差別的な主張を繰り返す彼が選ばれた土地。正直、有色人種として差別されるのではないかという恐怖もあった。

けれどアメリカは思いのほか楽しい場所だった。(まだ『お客さん』扱いだったか差別を受けなかったのだろうが)

アメリカにも慣れたわたしは、ホストブラザーショッピングモールに買い物に行った。そのおもちゃコーナーで、彼は短く呻いて足を止める。

「うわっ、ヘイトスピーチ……」

彼が手に取ったのは、真っ赤なパッケージカードゲーム黒人奴隷使役して儲けよう!みたいな内容。

ホストブラザーはかなり憤慨していたので、わたしは「自分差別されるのではないか」と懸念していたことを話してみた。すると彼は笑って、

「そんなこと絶対にしないよ、人間として間違ってる!肌の色や性別に、人間本質関係ない!」

彼は留学生ホストファミリーとして受け入れるくらいだから、あまり差別的な考えを持っていなかったんだろう。

肌の色と性別が同じ人達からグシャグシャいじめられていたけれど、海を超えた先でこんな人に出会たことが嬉しかった。

ホストブラザーとの別れの日はただただ悲しかった。頬を伝う涙を感じながら、やっと人間の心を取り戻してきたような気がした。

あれから1年。

いまだに私は人間不信が抜けきらず、人と上手にかかわることができない。過去の苦い思い出が脳内を駆け巡って鬱状態に陥ることもある。けれど、たくさんの人の温かさに触れてきた。

復興に尽くすエレン差別ダメだ、とはっきり口にしたホストブラザー

びくつく私を「あーしがあんたのこと馬鹿にすると思ってんの?そんなことするわけないじゃん」って笑い飛ばしギャルちゃん

成績を上げようと奮闘するわたしに、つきっきりで勉強を教えてくれた教員志望の男の子

誕生日に登校して、黒板に「〇〇、お誕生日おめでとう!」って書かれてて、みんなから祝ってもらったときには泣いてしまった。学校はもう地獄ではないと。

人間は人との関わりで傷つくことも高めあえることもある」、本当にそう思う。

今、わたし社会問題解決する仕事につくため勉学に励んでいる。

歪んだわたしを助けてくれたみんなのように、傷ついて「死にたい」って追い詰められている誰かを助けられるような人になりたい。

あのとき死ねなくてほんとうによかった。

2018-04-22

なんでそんなに無気力なの?

なんでそんな無気力なっちゃったの?て言われたんだけど、なんでなのかね?

美味いもの食べたいとかちょっと散歩するかとか思ったりはするんだけど、趣味に打ち込んだり勉強をする気が起きない。

能動的なことをやる気がない。

何もする気がないから一日中動画アニメ観たり、音楽聴いたり、漫画小説を読んだりしてる。

2時間くらいそうしていると飽きて来る。でも他に何かをする気が起きないから仕方なくそれらをやり続ける。

無気力だ。無無無無無。

anond:20180421141945

横道それるけど、夜の池袋ってなんか別の意味で怖いよな

街灯少ないし、無気力にユラーっと立ってる人がいっぱいいて

幽霊が出そうというか、街自体幽霊都市みたい

2018-04-19

無気力に襲われている。虚無。あれもしたくない、これもしたくないと考え始めタスクから目を背け言い訳を並べては自分の首を絞めている。ドMなのかわからない。漠然とつらい。これをしなくてはならない、となるとそもそも私はこれが好きなのか?やる意味は?と問い始めるのでたちが悪い。この文章のように、理屈と御託を並べては空を切ってばかりいる。

就活卒論といった現実に向き合わなくてはいけない。周りの人間シビアなのかそれともその割には元気なのかわからない。リクスーを着た人間は見たくないし、就活の話は聞きたくないし、面接からゼミ発表かわってくれとかクソったれだ。なんでお前の人生で私が犠牲になるんだよ。いまだひねくれ、自分が納得するとこしか受けたくない(と言ってもまためんどくさがって自問自答するのだが)、何社も受けるなんて嫌だ、どうして発狂したトードーのようにスーツを着ねばならぬのだと思いつつも漠然と家で虚空を眺める日々を過ごしている。体重も増え、バイト先も少しずつ環境が変わり、ああ私なんぞ何もできない……と厭世から自責の念まで敷衍させてスマホをいじることが増えた。ぎりぎりまで何もしたくない。ぎりぎりまで現実から逃げていたい。仕事疲れた父母の喧嘩、稼ぎが悪い会社からこうなるのよと言った愚痴を聞くたび底なし沼に浸かっているような感覚になる。

生きづらい。そして自分を認められない。自分修正できない。計画へのこだわりが強く、少しでもダメになると即投げたくなる。0か100かしかない極端さ。AD等の診断を受ければ楽になれるのかもしれない。

2018-04-18

労働基準法さえ守っとればこの惨状は無かったのにな…

カネ持ってないし暇もないかサビ残させてまで作ったものを誰も買わない

外国に売ろうにも無気力奴隷が作ったものは粗悪品すぎて国内しか通用しない

目先の小金を惜しんだ末にこのザマだ

2018-04-17

anond:20171209190158

ブコメみてて思ったんだがこの人らまだ40代とかなのになんでこんな無気力で厭世的なの? 病気とかならまだわかるんだが。

いうても40代でそれなりに健康ネット見て文書けるんやろ? 

しょうもない未来しか見えないような今の非正規若者が40になってもここまでにはならんような気がする

2018-04-15

映画娼年」の感想 ネタバレ

石田衣良原作映画娼年」を観た。

衝撃的な体験だったのでここに記す。ネタバレしまくります

自分原作小説存在は知っていたが、読んだことはなかった。ただただ「松坂桃李エロい姿をデカスクリーンで観たい」という下心だけでこの映画を観に行った。

観賞後、頭に浮かんだただひとつ感想が「人生いちばん濃密で官能的な119分間だったなぁ」というもの

まず冒頭からセックスシーンからだった。さすがにびっくりした。生娘ばりにひゃっ…⁉︎となった。馬鹿デカスクリーンに映し出される、松坂桃李の引き締まった綺麗な尻。生涯忘れることはないだろう。

スクリーンの中の松坂桃李無気力をそのまま体現したような青年だった。そのへんの行きずりの女であろう相手とのセックスの後もだるそうで、本当にこんな生気がない男が娼夫になるんか…???原作未読の自分は甚だ疑問であった。

その後も死ぬほどセックスのシーンがあるのだが、松坂桃李、いや、森中領は娼夫としてセックスを通し、日々を過ごしていくうちに冒頭の無気力そうな姿から生き生きとした青年に成長していく様は本当に感動した。松坂桃李演技力に感服してしまった。最初猫背で少し引きずるような歩き方をしていたのに、最後のシーンでは胸を張って堂々と歩く森中領を観て、松坂桃李ってマジで天才だなと…。観賞後に改めてポスターを見ると、松坂桃李が森中領にしか見えなくて困る。

この映画には先ほども書いたとおり、死ぬほどセックスシーンがある。多分10前後はあった。でも、どのセックス最初から最後まで丁寧に描かれていたからどれも心に残っている。本当に綺麗なAVを観ている気分になった。

いわゆるベッドシーン、ラブシーンがある映画最初から最後まで描かれていないものが多い。しかしこの映画前戯からまり絶頂に達した(なんかこの言い方キモいけど良い感じの表現が見つからなかった)後のまどろみまでしっかりと、それでいて繊細かつ丁寧に描かれていて、監督のこの映画にかける熱をひしひしと感じた。カメラワーク素人にも分かるくらい凝っていたし、一番最後セックスシーンである領と咲良行為も、舞台で培ってきた表現なのかな?そんな感じのシーンだった(語彙力)

自分は領の一番最初のお客さんであるヒロミとのセックスシーンがお気に入り

我慢するのってすごくむずかしい。私、領くんと今すぐしたいな」という台詞からセックス。本当に最高だった。

賛否両論あるそうだが、自分松坂桃李の喘ぎ声?というか行為中の声もべつに良いと思う。リアリティがあるし。でも高速手マンはみてて痛かった。自分がされてるわけじゃないのに膣がヒリヒリしそうだった。

とにかく領とヒロミさんの獣のようなセックスは本当に素晴らしかったし、松坂桃李ヒロミさん役の女優さんどちらも凄いなぁと思った。演技であれだけ本能をむき出しにしたみたいなセックス表現できるなんて、俳優さんって凄い。

雑感しかないけど感想終わりです。

観賞後、映画館を出た足で本屋に向かい原作小説を買い、翌日には続編の「逝年」、その翌々日には完結編の「爽年」を買い、再入荷を待って映画パンフレットを買った程度にはこの「娼年」にドハマリしている。舞台を観れなかったことを私は一生悔やむであろう。

会社辞めたくてウズウズしてきた

やりたいことができた。

実現するには、勉強時間お金もかかる。

興味ない今の仕事に気力も時間も食い尽くされる前にさっさと会社辞めるべきだと思う。

しかお金問題になる。お金くらい気にせず次に進むべきか。

そもそもうまくいくのか、見通しが甘いかもしれない。が、毎日無気力だったのにやりたいことが見えてくるだけでワクワクがすごい。楽しい

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