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はてなキーワード: 芸術とは

2017-09-23

BLゾーニング問題未成年の女オタクと女向けエロ本

昨日か一昨日だったか議会BLゾーニングについて取り上げられたとはてなツイッター話題になっていた。

都合の悪い発言議事録から削除するのはいやだけないが、BLゾーニングの話は今更かよ、と思う。

男向けエロ本は厳しく規制ゾーニングされてきたのに対し、

女向けエロ本であるところのBLに関しては規制ゾーニングは全くなされていない。

俺が小学校の頃は「最遊記」、中学にあがると「テニスの王子様」が女オタクの間でブームになり、それをきっかけにBLに手を出す同級生女子が続出した。

ジャニーズの追っかけをしていた女子も「イケメン漫画」と、ジャニーズからBL鞍替えしていった。

早くて小学校高学年くらいから、女子BLに手を出す。

しかもそれを公言しても今まで何も問題がなかったのが異常だ。

子供が男向けエロ本を買うにはなかなかハードルが高いのに対し、BL子供が平気で買えるのがまず問題

一般書店BL漫画を探すと、大抵少女漫画と同じ棚にある。

小学生中学生女子に手に取りやす環境になっている。というか、その年代に向けて売っているフシがある。

また、BL専門漫画誌もあるが、こちらも一般漫画雑誌と同じ棚に並んでいる。

最近BL誌は付録DVDをつけており、内容はホモビデオサンプル動画である

まりBL漫画ゾーニングしていない故に小学生女児ホモビデオを見ているのである

BL見るような女オタクホモビデオ見るのか、と驚くが

出演男優は女ウケしそうなイケメンなので、イケメンが裸になるなら何でも良いのだろう。

BL世間的には「美少年耽美芸術性のある漫画」などと認知されがちだが

実際はセックス描写のかかせない下品ものである

「女向けエロ本」といっても過言ではない物を、それを好む女オタクたちが「これは芸術であってエロではない」と寝言を言い、世間を欺いてきただけのことである

BLはチンポをリアルに描かない(チンポが真っ白)なのでそこまで厳しくゾーニングする必要もない」という意見もあるが、

男向けエロ漫画もいままでマンコをモロに描いていたが、2013年コアマガジンエロ漫画編集部猥褻物関連で摘発されてから

どの出版社エロ漫画チンコマンコは真っ白になった。それでもエロ本である以上、ゾーニングしている。

また、BLは主に女性が購入するのにエロ本コーナーに置かれては購入しづらいとの意見もあろうが、エロ本である以上エロ本コーナーに置いて未成年が目にしにくい環境にするのは仕方ないことだ。

何も「BL気持ちいから売るな」と言っているのではなく、あくまゾーニングしろと言っているだけだ。

エロ漫画は、幾度となく存続の危機に直面したが自主規制ゾーニングによって今まで生き延びてきた。

BLこの先生きのこるために、自主規制はやむを得ないのだ。

男向けのエロ漫画があるなら女向けのエロ漫画があってもいい。

ただ、それは大人趣味とするべきで、むやみやたらに未成年が見るべきではない。

こういう意見があるとBL愛好者はすぐ反論してしまうが、

たとえ男同士だろうと、セックス描写しかない漫画を堂々と未成年が購入することは問題しかないので、

いい加減、BL業界ゾーニングして現実を見るべきだ。

自分達を守るために。

anond:20170923002732

大森靖子はどうでもいいけど、あるアーティスト音楽歌詞が優れているとか

芸術的であるかそうでないかは人によって考え方、捉え方は様々だろ

どんな音楽に優れた芸術性があるかどうかの国が定めた基準みたいなもんでもあるのか

あるアーティスト音楽がクソだと思うのは自由だが、それは単なる個人の感想しかない

まさかアイドル音楽なんてファックだね的な中2病患者ではないとは思うが

音楽個人的好き嫌い音楽的要素がない、芸術性がないとか言い切ってしまうような人は少なくとも音楽好きではないね

大森靖子かい音楽アイドル

大森靖子感情劇場的な入れ物につめて発散しているだけで、別にすぐれた音楽家でも詩人でも芸術家でもなんでもない。共感型のアングラアイドルSNSで補完するダウナーっぽいエンタメ自己憐憫世界は終わっているがあなたの愛だけはある型。ちゃんと現代向けにアップデートはしている。ファンサ、マメエゴサーチリアクションかわいい自撮り情緒不安定ポスト音楽に命をかけているように自分演出して、自己承認の増加に命をかけている。ターゲットにとても配慮したわかりやすインスタントリサイクルかつエコな病んでる歌詞


音楽真摯に作る人々にとって不幸だったのは、この人にとって自己承認ツールの最たるものたまたま音楽だったこと。きっと小説を書いて新人賞をとれば小説家で、絵を描いて売れれば画家ツイッターブログはどの道必須媒体にこだわりはない。そこに「わたし」がいればいい。この人は音楽を語るけど音楽自体に愛はない。自己愛音楽混同している。レコメンドできるほど掘り下げてもいないし、そもそも音楽素養がない。明確な音楽ポリシーはない。本当にインディペンデントアーティストなら欅坂を歌えない。自分音楽ルーツプライドがないからできること。だから音楽に命をかけているのではなく、自己肯定に命をかけているというのが正しい。


大森靖子音楽魔法じゃない。というか大森靖子の言ってる「音楽」は音楽好きな人たちの考える「音楽」ではなくて単なる「自己世界」だから何にもならない。自己世界なので大森音楽と人格を分離できない。人格自分にとってそぐわなければ同時に音楽もクソとなる。でもそれは違う。人格がクソでも作るものは素晴らしいということは多々ある。どんなに憎んでいる人の音楽でも好きになっていい。どんなに愛している人の音楽でも嫌いと言っていい。そういう軽薄さは芸術において許される。


いま日本では面白いバンドとか若くて良い音楽家がたくさん出てきてる。ちゃんと音楽好きで、自分たちで曲作ってるやつらがこういうアイドル音楽否定されるって、マジでアホらしいだろうなと傍から見てても思う。不毛で何にもならない。日本音楽業界ってもっとクソな人間システム問題が山積してるのに。なんか悲しくなる。お笑いとかでもようあるけど、上に噛みついてた底辺出身ちょっと大きくなって、下のやつを叩いているの見ると、怒りというよりは悲しくなる。結局、生活大事なんよな。上から来たストレスを下にぶつけて溜飲を下げて。そういう人が世界を変えるとか美辞麗句並べて。事務所の弱い方はもう何も言えない中で、しれっとSNS再開。そんな暇あったら音楽魔法にするために時間使った方がええんとちゃいますか。音楽アイドルさん。

2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

2017-09-20

anond:20170920135025

芸術支援は素敵だね。

寄付ぐらいならwikiにしたことはあるけど、

こういう取組は面白い

他の人も書いているように「投資」は(金銭的な)「リターン」と一緒に考えるものだと思うので、

投資」と考えるなら回収する仕組みを考えたほうがいいし、

そうでないなら"寄付"とか表記したほうが誤解が生じにくいのではないかと思います

2017-09-18

anond:20170918034231

確かに、言われる通りピカソビートルズ過去オリジナルの上塗りだと思う。

ただ、悲しいがなそれらは時代が進むにつれてオリジナルからコピーへと進化し続けるしかない。

現代技術発達に伴いもうオリジナルがどうとか盗作がどうとかい時代ではない。

過去トリスタン・ツァラが唱えたダダイズムからまれた、デュシャンレディメイドにしても既製品という概念オリジナルと捉え、それを開き直って芸術しか呼んだ。創造概念として独り歩きし始めたのだろう。ましてや写真映画は複製芸術という言葉通りオリジナル芸術作品なんてものは、今の現代はほぼ存在しない。ご存知の通りそれらを皮肉ってアプロプリエーションという表現もある。

オリジナルが正しいという概念を捨て、オリジナル過去の作者の人生観経験普遍的観察を植え付けて概念を形や文章にして創り上げていくことが現代創造である個人的には考える。


コピーすらも創造だと思う、自分も親のコピーもの

2017-09-17

https://anond.hatelabo.jp/20170917221929

なまじリアルに寄り過ぎると性処理商品として落第という。

敢えてウザい言い方すれば、芸術商品狭間みたいなもんだな。

セックスリアルを追求し過ぎれば商品に馴染まないアートみたいになっちまう

アートに行き過ぎると「カネを出して消費する」気が起きなくなるんだな。


から貨幣商品なんてニセモノ程度で丁度良い。

はてなスター稼ぐようなコメントも、所詮貨幣言論よ。

本気の言論なんて人から求められたりなんざしないわけだ。


俺も便乗して思いっきり話をずらさせて貰ったは

右翼であることは致命的

太平洋戦争前に右翼事実に基づいて過信してなかったら戦争に負けなかった。

その結果があれだ

少なくとも開戦以外の選択肢を取れた。要は右翼頭が悪いってことだ。黒いものは黒いし、無理やり白だと思い込もうとしたら失敗するのは当然だ


最近中国テクノロジートップ(ボトムは知らんけど、重要なのはボトムじゃなくてトップだ。大量生産に至るのはトップからだ)は日本より遥かに上を行ってる

無人コンビニとか顔認証ケンタッキーフライドチキンとか個人的には最近市販されてる無線ルーター価格対性能は中国製ベストだった

もうすぐ文化の部分でも遅れをとるだろう。人口10倍ってことは生み出される芸術10倍の競争を勝ち残ったものだ。繰り返すけどボトムは知らんが、大量生産されるのはトップ部分だ


中国トップ部分の技術力が日本よりずっと先を行ってることを考慮した上で取れる戦略があるんじゃないかと思う

短所長所になることがヒントなんじゃないかと思う。人口が1/10なら舵切りが容易かもしれない。いや、そういう意味なら韓国とか台湾の方がもっとうまく立ち回れるんだろうけど...

それが何かは自分にはすぐには思いつかないのが問題

2017-09-16

子供の頃から両親に認めてもらえなかった話。

私の最終学歴専門学校卒で今は看護師をしている。頭は悪かった。一方で弟はよくできていた。そんなもんだから弟と比較されて過ごしていた記憶しかない。

弟は県内一の進学校に通っていた。両親もそこ出身。私だけが例外。亜種。

そもそも小学校の頃から勉強にはつまづいていたし、だから親にはもう諦められていた感もあった。10歳程度で親の期待には答えられないことがわかった。バカに生まれると苦労するのである

まぁ勉強できないからやりたくなくなるわけで、成績もよくない。当然ですがそのほかに身を立てられるようなスキルもなかったので、勉強するしかなかった。今でも「芸術とか運動とか、そういう才能あるの?あるんだったら文句言わないけど、そうじゃないでしょ。なんで勉強すらできないの」と言われたことをよく覚えている。正論なので当然文句は言えない。

なんとか高校普通レベルのとこに入った。友達がいないわけではなかったので学校生活には問題無し。だがやっぱり家庭がネック。中学生の弟と当時の成績を比べられるわで。まぁ自分たちの行かせたくない学校に金払うのもばかばしかったんだと思う。学費などは文句を言われた。色々あって進路を決める時期になった。もはや国立大学には行けそうにない頭の出来だったし、医療福祉関係には中学の頃から興味があったので看護専門学校に行こうと思った。お願いだから専門学校とかはやめてくれと言われたが、なんとか行かせてもらった。そしてバカなりに学校卒業し、県内では結構大きい総合病院への就職が決まった。たぶん名前を言えばすぐわかるくらいって感じの。この頃から両親の態度は激変した。ようやく自分を認めてくれるようになったのだ。いいところに就職したね、と。一時期はどうなるか不安だったけど本当に良かった、と。嬉しかった。ものすごく嬉しかった。

何年かして弟も就職することになった。弟の就職先はテレビ局だった。進学校から偏差値の高い大学へ行き、テレビ局である。だが、ここで順調にいっていた弟の評価は一気に下がることになる。両親に言わせればテレビ斜陽産業だとかなんとかであんまり面白くなさそうなのである

ちょっと弟にマウント取れたような気もした。性格悪いと言われそうだが、弟にも評価されない悔しさでも味わってもらえればいいな、とか思ったのである

この間、休みに帰ってきた弟に話を聞いた。ちょっとかわいそうだな、くらいの気持ちで話を聞いた。なんかADのような仕事をしているらしい。新人お笑い芸人のこともさん付けで呼んでいるところが業界人の自慢話っぽかったけど、基本的には楽しそうだった。自分面白いことに携わっているという自信があるし、視聴者からのご意見でも高評価を得ているということがなによりも嬉しいらしい。一方、自分はどうかというと楽しく仕事をするとかそういう感覚がなかった。患者さんからありがとうと言われてもなんか信用できなかった。

楽しそうに話す弟に思い切って、両親のことを聞いてみた。弟は親のことは全然気にしていなかったらしい。というか両親のことを気にしたことがないとも言った。そうだった。弟は両親に事細かく言われたことがなかった。そもそも学校の成績も良かったし、進学の度に文句を言われた自分とは大違い。そういう部分で苦労なんかしていない人間だった。

自分勉強に対する苦手意識が大きく残っていたし、今でもそれで勉強不足で恥をかくこともある。就職先でしか褒められなかったことも自分の自信につながらない。たぶん、今の病院をやめてしまうようなことがあれば両親は自分のことを、またボロカスにするに違いない。子供の頃の、自分に戻るだけなのだ。弟は今どこへでもいける。今更何か言われても自信が揺らぐことなんてないんだろう。まぁそんなことに気づいたところでこれからどうしようかと思ってもどうしようもない話なので。

2017-09-14

anond:20170912220109

思考と実行の間
http://anond.hatelabo.jp/20070121230601
邪な考えを抱くこと自体抑制する。これは宗教領域
邪な考えを抱いても実行してはいけない。これは法律領域
邪な考えを表現しても実行はしない。これは芸術領域

https://anond.hatelabo.jp/20070122235927

2017-09-12

今の幸せ

ご飯を食べて

新鮮な空気を吸って

家族の顔を見て

そよ風に触れて

虫や鳥の鳴き声を聞いて

自然の一部だと感じる

素敵な言葉に触れて

素敵な芸術に触れる

ありがとうという感謝が生まれてくる

2017-09-09

人生において生産性だとか淘汰だとか。

中学生の頃、というか、昔から変わったことと言えば外見だけだと思っていて、それでも、周りには中身も変わったなんて言われたりする。

丸くなっただとか、話しやすくなっただとか…。

けれど、自分はそう思ってなんてなくて、これからどこに進むのかわからない、秋の入口。

夜空を見上げると、夏の星座はとっくに姿を消していて、こうやって季節は巡るのかと実感させられていく。

焦りもありつつ、でもどこか変わることを恐れて、踏み出せないままじたばたと足踏みをしている。

私の季節は、まだ夏の中だ。

夜の秋の風は、確かに私を包んでいく。

少し遠くに聞こえる電車の音は季節が変わっても相変わらずで、少しホッとする。あの電車の向かう先は何となく分かっているけれど、私は分からないふりをしている。

ぼうっと、温かなオレンジ色に変えられたデスクライトに照らされる白い壁は時間を忘れさせる雰囲気を持っている。この時間がこのまま続けば、迷うことも悩むことも落ち込むことも、いつまでも立ち止まっていることさえも、罪悪感に苛まれことなんてないのに。

そんな淡い願いを、携帯や録画機の時計表示が消し去っていく。今日ももうこんな時間で、そろそろ大半の人がまた明日のために眠りにつく時間。そんな時間にも関わらず、毎日毎日寝るわけでもなく、私はネットの海を徘徊していく。

別に、こんなこと、心の底から楽しいと思ってやっているわけではない。

真夏に比べて涼しくなった外の空気を開けた窓から吸い込みながら、遠くで聞こえるパトカーサイレンに耳を傾ける。

私がこうやって、なんの生産性もない時間を進めている最中でも、世界では生産的な行動を繰り返す人々で溢れている。この、私がどうしようもない時間を生きている間にも、ああやって仕事をして世界を回す人達がいる。

かつては、私もあちら側の人間だったかのように思う。少なくとも、高校卒業するまでは勉学とアルバイトの両立でまあまあ忙しく、今より人間らしい生活をしていたように思う。

私は、今でも私自身に少しというか、かなり期待をしている。

しかしたら、何かのきっかけがあれば、その過去の私よりも輝けるようになるのではないか…とか。

私はあまり好きなものを作れない。何にもハマれない事が多い。ハマったとしてもまあ、1年、2年くらいですぐに投げ出してしまう。だから何かを好きだと思っても、それは一時の感情にすぎないのだと思う。

でも、そんなことを言うと、私の周りの人は決まって言うことがある。

『でも、絵を描いているじゃない』

…絵なんて、ただ物心付いた頃から知らず知らずに描いていた、ただの習慣に過ぎない。別に暇だったら描くし、やれと言われればやるものだ。

働くことや勉強することと、絵を比べたら、絵のほうが百万倍マシだと私は思っている。

まあ確かに、働くことも勉強することも大切だし、それによって自分視野が広がるなんて、ありきたりだがままあることだ。

からといってそれを進んでやるのかと言われればまたそれは違う。

第一、私は自分が絵が得意だとか思ってもいないし、こうして文章を頭のなかで組み立てるのも人より長けているかと問われればそれはまた違うと思っている。上には上がいるのが世の中だ。

その世の中で戦おうなんて考えるほど、私は野蛮な人間ではない。競争社会なんて、生きづらくて息が詰まる。まるで、水の中というか、宇宙空間に何も装備せずに放り出された気分だ。宇宙なんて行ったことあるわけないけど。

普段の私が、何をして過ごしているかなんて結構たかが知れていて、午前中に起床することは最近はほぼないに等しい。気づいたらもう夕方差し掛かる15時っていうパターンが多い。

起床してからPCに向かうか、スマホを覗き込んでいつも通りソーシャルネットの海に飛び込むか、そんなもんだ。

PCを起動させてからは、当たり前のようにここでもネットを開き、アニメを見るか、ある言語勉強する。それか、絵描きソフトを立ち上げる。そして時々、PCメモ帳を立ち上げて物語文字に起こす。

そんなことをしながら過ごしているとあっという間に夜に差し掛かる。

ほとんど外に出ることのない私は、実は夜や夜中、散歩がてら涼しくなった外を歩くことが好きだ。しかし、最近はそんなことをしていない。心配性の人が心配してしまうから

別に心配されることをウザイだとか、面倒だとかは特に思わない。むしろ母親にそんな感情を向けられたことがないに等しい私はそれが心地よかったりもする。

世界中の人が表面上、幸せ暮らしているように思わせていても、その中には必ず陰があると私は思っている。

道行く、笑いあっている家族や友人同士、夫婦カップルでさえも、自分人生全てを相手に伝えることは困難だろうし、自分がこんなことで辛かったことがあるだとか、今こんなことで少し悩んでるんだ、なんて素直に言えるのはきっとごく僅かだから

陰が強ければ強いほど、光はその分、陰からは眩しく見える。

今、私は、世界が、全てが眩しくて、くらくらする

本当はわかっていることだ。内に篭っているばかりではなく、何らかの形で外に出る勇気を持つことだとか、人と心の底から笑い合うだとか…。

普通はみんな、そんなこととうの昔にやっていて、子供の頃になんの違和感もなくやっていて、私はそれに遅れているだけ。

別に恨んだりはしていない。今は。そりゃ昔は誰に対してかもわからない怒りを持つことは多かったと思う。それでもなかなか表立って何かアクションを起こすこともなかったかのように思う。

世の中には、こんな空っぽの私を素敵だと言ってくれる人もいる。その全てがお世辞だと分かっていながらも、私はちゃんと笑顔ありがとうを伝える。このやり取りに一体どんな生産性があるのだろうとか考えながら。

私は生産性というものにこだわりを持ちすぎているようにも思う。それは多分確信だ。思い過ごしなんかじゃない。

消費するだけの人間はいつか必ず淘汰される。この世から淘汰されることを望みながら、なのにその淘汰を恐れているのが紛れもなく私なのだ

私は決して頭がいい方でもないし、かといってスポーツ万能ってわけでも、芸術に特化しているわけでもない。

平凡から外れた単なる落ちこぼれだと思っている。こんなことを言っていても、周りはやっぱり、そんなことないよ、と笑う。私はまたそれに、そうかな。ありがとう。と笑う。また、これに意味があるのかと考えながら。

ふと、頭のなかで文章が浮かんでくる瞬間がある。なんとなくスマホメモ帳に書き留めて、それをどこに発表するでもなく、結局はメモ帳を埋めていくだけのただの文字列と化す。

勿体無い。

そんな言葉が頭の端っこで揺れながら、同じように何にも代わり栄えしない、消費しかしない日々を過ごす。

いっその事、みんな私のことをこの能無しだとか、ゴミだとか、罵ってくれたら楽なんじゃないかとも考える。それでも、実際にそんな場面になったらと思うと、また怖くなってそういった淘汰を恐れる。

結局のところ、私は何になりたいのかわからずに蹲ったまま、また今日を迎える。

何者にもなれない私は、何者かになれている人々を羨むだけなのだ

2017-09-08

非モテラノベネトウヨ

ふと気づいたのだが、ネットで声のデカいこれらのアホはあまりにも思考回路が似通っている。

よってひとまとめにしてひとつの病状で言い表されるべきだ。

実際、層は近いと言うどころじゃなく被っていることだろう。

非・ラ・ネ病者とは

非モテラノベネトウヨ病の一般的な症状は、「客観的に見れば欠点がすぐわかる自分(の好きなもの)を、とにかく現状はまったく変えないままで屁理屈だけで他人に認めさせようとする」ところにある。

明らかにモテる努力放棄しながらモテないのを逆恨み

自分でも萌え燃えくらいの評価しかできないのにラノベ芸術として認めろとか言い出す。

他国批判するとき人権平等性の問題点理解できるのに、日本批判されると「それの何が悪い」「ここは日本だ」で通して恥じもしない。

子供駄々と言えばそれまでだが、匿名インターネットでいい加減に放言できることを差し引いても度が過ぎている。

無責任に唱え続けるうちに、自分でもそれが正しいと無根拠に信じ始めているのだろう。

から、改めて「客観的にわか欠点」を問われると、ただ発狂する。

真正から反論反証ができない。

詭弁じみた言い逃れをする。

まさしく病気である

ラノベ文学になれるか

こういう話を思い立ったのも、ネットの某所で久々に、相も変わらぬ「文学だって昔は低俗だった」論を壊れた機械のように繰り返している非・ラ・ネ病者を見かけたかなのだが、その「低俗だった」小説東大卒インテリがよってたかって批評し、創作し、芸術性を証明たからこその今日文学だというだけの話を何故理解できないのだろう?

文学だけではない。

SFアニメ漫画

かつて低俗とされ今はそれなりの地位を築いたものは全てその初期に「これは読む(見る)価値のあるものだと証明してやる」と意気込んだ先人が、科学考証を緻密にしたり、作画、芝居、ストーリーテリングの隅々にまで拘って、作品の力そのもので世の中に価値を認めさせてきた結果である

ラノベがいつそんな努力をしたのだろうか。

断っておくが自分自身は、90年代ラノベに退屈な既存文学オルタナティブになるパンク文学の萌芽を見たものである

しかしそれらを感じさせた作家も消え、ラノベは当時よりももっと「ライト」な、消費材としての物語を量産し続けている。

何が悪かったのか?

時代が悪かったのか?

失われた20年とやらの、国全体がネトウヨじみた、いじけた空気に包まれている時代に生まれしまたから、ラノベもいじけるしかなかったのか?

世が世なら、昭和漫画アニメのように負けん気の強い先人が「子供向けのラノベでも芸術性のある作品が作れるんだって証明してやる」と心血を込めて、結果子供たちを熱狂させ、延いては大人にも読まれるような作品を書くことになったのか?

はたまた、出版社主導で、何ヶ月に一冊きっちり出版計画を立てて乱発すると言う、あまりに余裕のない制作体勢のなせる業か。

なんにせよ、こんな志のない作品群が先達たちのように芸術的と認められる未来などというものは、万に一つもあり得ない。

ミソジニスト非モテモテること、レイシストのままの日本世界に認められることと同様に。

客観的事実は揺るがない

非・ラ・ネ病者はネット時代の生んだあだ花である

彼らがかような恥知らず言動常態化させてしまった背景には、匿名文化のいい加減な事を言いっぱなしにできる特性が一因としてあることには疑いがない。

さらネットは、大多数の読者が「くだらない」と思っている事実も覆い隠す効果がある。

「くだらない」戯れ言を世界に発信し、ごく少数の生真面目な読者がそれに反論することで、彼らはそれが「議論に値する」意見であるかのように錯覚する。

いくら自分自身でもどう考えても「くだらない」はずの放言でも、そう彼らは錯覚している。

から機能を正常に作動させて、自分自身の言ってることを客観的に見直すことができない。

客観的ものを見れば、横柄な男は嫌われ、低俗小説もどき芸術として相手にされず、人命を軽んじる国が世界から歴史から認められるはずがないのは、「考えれば」などという言葉を使うことすら大げさに感じるほど当たり前に認識できる。

それができないのはまさしく病気であって、これら非モテラノベネトウヨ論者に共通する病状こそ現代日本蔓延った根本の病を顕著に代表するものであると考えられる。

海外テック記事で「同じことを繰り返しながら違う結果を期待するもの狂人と呼ぶなら、それはソニー(の携帯事業)のことだろう」という批評を読んだことがある。

この前半はアインシュタイン言葉とされる名言らしいが(違うらしいが)、ともあれ、これはソニーのみならず現代日本を覆う理不尽空気もっとも正しく表す言葉だろう。

進歩なくして前進することは不可能なことである

いつ、それに本当に気づけるのか。

2017-09-04

anond:20170904095102

完成度関係ない、そこに「音楽家の魂」があれば別の見方芸術など)もできるが、教育だったというならアウトだということ。

芸術の質は問わない。それが芸術であれば、常識から外れることもあっても仕方がないものこそが「芸術」だからだ。

作品として残念であっても、逸脱自体は起こり得るものから芸術をやっていて炎上したくないなら、保険に入っておくか非難を受け止めるかしかなかろう。

[] 往復ビンタ愛情

手のひらと頬を使った音楽表現について曲を書きました。

芸術としての完成度は低かったと思います

https://youtu.be/SJ9t0A4dGhc

anond:20170904165924

2017-08-28

アニメ業界に関する愚痴

私はアニメ業界で働いている1人の技術者です。

この仕事従事している人達はみんな基本的はい人達だし、1つの事に向かって頑張る仲間達なので基本的には好きなのですがそれでも少々もやもやがあるのでここで眠い目をこすりながらこの場を借りて愚痴をこぼします。

言葉を選ばずに言うと、技術者ビジネスの面で非常に子供なため頭が痛いこの頃なのです。

更にそれが結構な人数な為やっかいです。しかも実力のあるアニメーターでもそんな感じの人がいたりするので更に更にやっかいです。

仕事したくないけどお金は欲しい。自分は後輩の育成なんか面倒だからしたくないけど使えない後輩は仕事が増えるから嫌だ。誰でも良いからなんとかしてくんないかなー自分はやりたくないけど。という人が結構ます

ていうか、そんな感じでみんな他力本願で何もしないから今もアニメ業界はこんな感じなわけです。

でもそういう人ほど声がでかくてため息が出てしまます

声がでかいと真っ当だった純粋無垢な後輩達の耳にも入ってこういう思考汚染されていってしまうので更に深いため息が出ちゃいます。負のスパイラルです。幸せ逃げまくり

まらなかった管理能力のあるまともな人たちはこんなやつらと仕事したくねえ!と業界を去ってしまます

ぶっちゃけアニメーター貧乏になってしまう原因の片棒をこういった方々が担いでいると私は思っています

人より可愛い絵が描けるだとか、セルワークができるから自分は人並み以上に金を貰えるべきだと言う方がいるが、人よりできるからなんだという話。

ものに付く金銭的な価値とは質だけではなくどれだけ需要あるかなので、質さえ良ければ金銭価値が高いという訳ではないはずです。

質が良い作品と売れている作品は別物で、どんなに出来のいい絵を描いたところで興味を持ってもらえてお金を出してもらえないならそれは金銭的には無価値なのだけどその事をわかっていないのか、わかっているけど知らないふりがしたいのか、業界内にはそんな方が沢山います

そしてそういう人ほど先のことを考えず目先の小遣い欲しさに単価は良いけど作業は重い作品ばかり引き受けていたり、1日の労働時間が人より短かったりするのです。

稼ぐ為に作業効率を良くするとか徒党を組んで強気に単価交渉してみるとかそういうことをする気がない。

アニメというと絵が動くコンテンツなので芸術に属するものと捉えられがちだが、その本質製作委員会が売りたいグッズやDVDなどのコマーシャルビデオである

もちろん監督意図だとかアニメーターのこだわりだとかそういうものが込められているのでバッサリと芸術じゃないとは言わない。しかし、クライアントから発注を受けて部品を納品するというプロセスで動くのでどこかの工場でなんらかのネジを量産する仕事とそう変わらないのだが、その事にも気付いてない方が多くてこれも困る。

オートメーション化された工場で作るネジと全て手作業原画作監作業を一緒にされては困ると思うのだろうが、いくらオートメーション化されていたって規格が違えば手作業でそれを調節しなければならない部分はあるだろうし全てが機械だけで回っている訳ではないはずです。それに絵を描く作業は確かに大変だがこの世で一番大変かと言われたらそうではないし大変な作業は世の中には沢山あります

作画プロ。ネジ作りのプロ。分野は違うけど両方共にプロフェッショナルなわけですが後者はちゃんと会社雇用されていて給与としてお金が貰えているのは何故でしょうか。

私は社会人としての意識の差にあると思います

工場で働くプロ達は毎朝ちゃんと決まった時間に出社してその日のノルマ分をきちんと生産して利益を出しているわけですが、作画プロ達はというと規律を嫌い、適当自分の好きな時間に働いて今日は気分が乗らないからと明日仕事を伸ばしたり、頼まれた以上どころかやり過ぎなくらいクオリティを上げてみて自分の首を締めてみたり、締め切りギリギリにドバッと上がりを出してその後の工程の人が悲鳴をあげたり、挙げ句の果てには締め切り守らずトンズラしたりするのです。(もちろんきちんとしているアニメーターもいます)

会社はこんな感じの人達正社員でなんて雇えないし、アニメーター正社員になったら毎朝早起きさせられて気が乗らなくても仕事させられるからなりたくない。

そしてアニメーターは「アニメーターが稼げないのは業界が悪い!」と言うのです。

他にも参入コストだとか技術者の多さとかリスクの大小だとか要因は色々ありますが大きな問題はこういった身から出た錆的なところだと思います

明確にアニメ仕事従事しないといけない理由がある訳でもないならお金がないのは業界のせいって言ってる人たちはみんなアニメ辞めて真っ当な仕事に就けば早いのに…。はっきり言って絵が描きたいだけなら趣味でも描けるんだし…。と思ってしまうわけです。

とりあえず、今の待遇に不満があるなら自分から改善に向けて行動するということをしてみてもらいたいものです。

2017-08-26

ブラックに騙されないためにできること、ブラックに奪われた尊厳を取り戻そう

ブラック企業クラッシャー上司や、いやらしい人間とかにやり込められて自信を喪失している人たち向け

自身がようやく気が付いた事実をまとめて自信を回復してほしいと切に願う。

① 君たちは日本人上位30%に入るスペックです

大学全入時代などといわれて、大卒でもバカバカネットブラック企業では飛び交ってるだろうが、「卒業率」で見れば30%台です。

これ、ネットブラック企業で飛び交う「馬鹿のF欄」全部合わせた数字になるからね、そんなこというのなら、それ以外の人間は「F欄にすら入れなかった人非人か?」ってなる

ブラック企業や世の汚い大人たちの典型的手法は「自信を喪失させる、すべての行動や考えに自問自答や疑問を芽生えさせる」です。これは心当たりある人は多いと思う。

全ての行動にそれが正しいのかと確認を取らせて、その直後に同じことを聞くなと威圧します、ダブルバインドで行動に自信を委縮させます

正社員の人なら、その時点で転職を、派遣の人なら、その時点で担当に覚書をまとめてハッキリと言って3~4か月で別のところへ行く用意をしましょう。

今は空前の人手不足です、仕事についてる時点で経験者になってるんだから、同じ仕事なんぞ幾らでもあります。寧ろこんなバカなことして他社に映られるなんて将来ねえなと思うくらいでいきましょう。

そもそもそうなったら、職がなくなる、食っていけなくなるとか考えるのも、そう考えさせられてるだけです、東京限定ではありますが、仕事なんてこのアベノミクスの影響か、全くないなんてことはありません、割とすぐに見つかりますし、そんな糞職場で覚えられるスキルなんてたかが知れてます、どこ行ってもまず通用しないものばかりです。サボりながら国家資格勉強して自分本位で考えて行動しましょう。

汚く根回しや手回しで、自分が悪いみたいな雰囲気にされた場合は、思いっきりゴネましょう、次の職場面接で、前の職場ブラックさを100000倍くらい盛って話したってバチが当たりません。(実際私は、面接ときに「前の職場は気の弱い先輩が特殊警棒で滅多打ちにされて血まみれで横たわっているようなブラック企業だった、2年頑張ったがやっぱり異常だと考えて転職しました」と大嘘ぶっこいて通りました)

私は今IT系職種についてますが、もし力及ばずキャリアが終わってしまえば35で放逐されるでしょうが、その時は堂々と生活保護申請して隠遁するつもりです。

そんな風な業界風潮を作った国や社会責任であって、私や貴方たち個人責任ではありません、というか、働いて税金納めてる時点で悪く言われる筋合いなぞ全くありません。

② おどおどしない、気の弱い人はオラつくくらいの気概でいきましょう

ブラック企業に限らず、世の汚い連中というのは、まず強そうだったり、支配するのに面倒な奴等は絶対に攻めません、寧ろヘラヘラへつらってくる方が6割、残りの4割は逃げて距離を取ります

私は、親族や親せきが警察官だとか外交官だとかいった、公務員一家で生まれ育ったため、何か少しでも幻滅されるようなことをすれば、家の名前や周りに迷惑がかかるのではないかと考えて、実際ブラックではそこらへんを延々つつかれました。親が民間なんて全く知らない、純粋培養人達なので、理解もされずにいたことはありましたが、ちょっと待って考えてみましょう。

何で自分たち別に犯罪を犯しているわけでも、社会迷惑をかけてるわけでも、かける気もないのにそれほど委縮しなければいけないのでしょうか?悪いのはマトモな人間社会保障お荷物に蹴落とす汚い連中や、日本経済に致命的な損害を与えるブラック企業の方が、法律的にも同義的にもよっぽど悪いのではないでしょうか?

はい、実際その通りでした。気が弱い人はオラつくくらいでちょうどいいです、ホラ吹いて柔道2段とでも剣道3段とでも言っておきましょう。

シークレットブーツシューズを履いて180cmくらいに見せたりするだけで、相手の態度がガラっと変わります、そういうところから始めましょう。別にイチャモンつけて殴りかかってくるわけがありませんが、舐められたらつけ込んでくるのだから、威嚇する形で考えましょう。モテるためではなく馬鹿避けと考えれば、恥ずかしくともなんともありません。

③ 自分スキル・考え・行動・信念に自信を持とう

これが一番重要です、世の汚い連中やブラック企業は、まずこれを混乱させたり喪失させようとしてきます

仕事という時点で、大したスキルなんて求められません、そもそも、頑張ればだれでもできるのが仕事です、その個人しかできないレベルの物は技能とか芸術と呼びます

実際、研修と称して、ダブルバインドを多用したり、糞みたいなことを延々させ続け、いざ仕事が始まれ研修なんてタダの憂さ晴らしだったじゃねえか!っていうレベルのものばかりです。そういう自体に慣らせるためなどと抜かすようなところは、とっとと金払いながらそんな有難迷惑なことをしてくれた感謝の念を込めてもっといいところに転職して差し上げましょう。

あなたの考えは正しいです、行動も正しいです、それはあなたが何十年も生きて来て得た答えであって、他人がとやかく言う資格は誰にもありません。

他人がそれを言うのなら「じゃあお前の言う通りにして上手くいかなかったら1億円でも払ってくれるのか?責任も取らん癖に偉そうなことを抜かすな」と言いましょう。

ただし、これはそういう糞みたいな連中に大してであって、家族や巡り合った良い職場や友人には、敬意と慈しみをもって接しましょう。

自分のやっていることに対しての失敗は、真摯反省したりしましょう。

それ以外の連中なんてゴミとでも考えておくくらいの方が、気が楽です。

この社会においての勝利は「あなたが思い描く人生をすべてかなえること」であって、他人や、ましてやアカ他人強要した価値観をかなえることではありません。

自信を持ちましょう、ブラックに考えを混乱させられて「結局明日隕石が落ちて滅んだら何も意味ね―じゃん」、みたいな考えに近くなって委縮するのが一番危険です、何かしら行動すれば結果と経験が得られます

人に迷惑をかけたくないというのなら、それこそあなた今立派に働いて税金納めてるんだから一切迷惑なんてかけておりません、立派な納税者日本国民の鏡です。

ゴチャゴチャ倫理だの道徳だので詭弁を弄するクズ共には、そうハッキリといって、自分人生を取り戻しましょう。

2017-08-23

萌えオタク表現規制芸術性を潰す!」

でも萌えオタクが好むのって、一般人には見分けつかない顔のキャラばっかりだよね?

劇画デフォルメディズニーライク、少女漫画リアリズム

昔は絵柄も多様性に満ちてたのに、

今や老いも若きも萌え系の絵柄一本化で統一されちゃってるよね?

 

どれも判を押したようなストーリー日常系シャッフルしても変わらなそうな題材ばかり

まどマギ流行ったら雨後の筍のように魔法少女者が流行るし

アイマスの後はラブライブしかも憎きリア充向け洋ドラからパクリ多いw)とどれも大差ないじゃん

 

彼らの言う芸術性って、こんな独創性無い業界を指すんか?

 

独裁国家権利無視が当たり前の昔にも

素晴らしい芸術家沢山おったやん?

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822020248

少年誌」だからって何やってもいいわけじゃないだろ

ジャンプみたいに市場を独占してるもの

多様性を打ち出す他の媒体の取り分も奪う訳だから

amazonの横暴みたいなもんだ 独占企業には責任が伴う

アメコミ映画は女、LGBTヒーローも出現してる

 

そもそも少年と言う教育必要な層に

女にとって不都合思想を覚え込ませることに何の反論もないのもちゃんちゃらおかしい話

まさかと思うが、コンテンツに影響力が無いとでも?

 

漫画芸術学校でそういう教育しろ

学校は学びの場、親がそういう教育しろ

「親は忙しい、娯楽でそういう教育しろ

 

責任転嫁し合ってるだけだな もはや

2017-08-21

ジャニーズライブってサイリウム禁止なんだな

ケミカルライトペンライトダメなんだと。

ツアーのやつやジャニーズ公式から発売されているペンライトならOKだって

それは自分とこで売りたいからで商売気質だなぁと思ってたんだが

ジャニーズペンライト、実際見てみたら光量が普通サイリウムの半分ぐらいなの。

デザイン自体は売れてるグループになるとめちゃくちゃ凝ってる。

もはやペンライトじゃなく光ってるオモチャみたいな。物によっては色も変化する。

ただその値段がね。1000円以下から高くても1700円以下と聞いてびっくりした。

どう見てもサイリウムより金かかった作りなのに女アイドルペンライトは4000円ぐらいするぞと…。これは数が売れるからできる技でしょうね。

それでこんだけ光ってたらいいや。と思ってたんだけど、ジャニーズが他社ペンライトNGにする理由があったんだ。

実際ライブに行って初めて気づいたよ。ドームだったんだけど。

そこに市販サイリウムもったやつが居たんだよね。自分の席からめちゃくちゃ遠いところに。

ライブ開始から、もうそいつが目立つ目立つ。時間が経つとどんどんイラッとくる。

あいにく自分の席がステージより結構離れていたんだが、会場中が見渡せる状態だとそいつマジでむかついてくる。

こんなにきれいなペンライトの海の中に、なんつーもんをもってきてんだ!と。

まり観客のペンライト演出の一部だったんだ。

そんなわけで初のジャニーズライブ、凄すぎてカルチャーショックを受けて帰ってきた。

舞台とかコンサートとか、特殊もの結構見てたつもりだったんだけどジャニーズライブ全然違う。金のかかり方も半端なければ一瞬だって飽きさせない工夫だらけで、見たことのない舞台装置がどんどん動いて、メンバーカメラ位置完璧に把握してるのか、大画面のおかげでドームなのに目があった気分になる。トラブルが起きても即対処するプロ芸は若い女の子グループでは味わえない爽快感があった。総合芸術だったわあれ。教えてもらったが、メンバー演出担当するからグループごとに色があって面白いんだと。ライブブルーレイを買いあさりそうだよ全く。怖い。

なんかもうずーっとぽやぽやしてるが、あの日サイリウム持ってきてたやつ、注意事項も出てたのにわざわざ持ち込んでるんだよな。まじで、そういう自己主張いらねぇから!と思い出すたびに怒りがこみ上げるのであった。

いや、芸術生計を立てるのが低確率っていう前提が情報の不完全なんじゃない?

絵で食ってるひとと仲良くなって具体的にどうしたら飯が食えるようになったとか売れる曲書けるのか直接聞いて、なんならそのひとにツテを紹介してもらえば、これだけで前提としてるよりずっと確率は高くなるし、石を投げて当てるようなものじゃなくて石を積み上げるようなものになる

絵で食えないなら別の媒体に変えるとかだって戦略としてはありだしそんなひと沢山いる

もちろんそういったやり方も確率的ではあるけど、前提としてるものほど博打的ではない

運の要素を厚かましさとかで体力とか要領の良さの問題に置き換えることはできるはず

その面の皮も体力も要領も備わってないし生まれつき心が弱すぎたりしたら運の問題になるかもしれない

芸術じゃなくてもビジネスであっても起業前に実在成功例とアンチパターンを大量に頭の中に叩き込めば運の要素を引き下げることができる

もちろんそれを全くせずに運よく成功した人間もいるだろうけど、そういった例だけを見て全部運次第っていうのはおかし

2017-08-20

「性欲がない世界」を読み違える人たちへ

https://togetter.com/li/1141490

コイツ何を言ってるんだYO!と思ってブコメを開いたら、全然違う角度から反論されてて、更にみんな何を言ってるんだYO!と思った。

ミソジニーだ何だと言って反論してる人たちは、この話を次のように読んだんだろう。

「男の性欲が無ければいいのに…」と女が思うことがあるかも知れないが、それは間違っている(経済が回らないから)。

確かにそうとも読めるが、あくまで作者は「性欲がない世界」を戯画化しているつもりらしいので、これは男とか女とか一方の性欲についての話ではない。だからこの読み方は間違っている。(こう読めてしまうから拙いという批判は十分に成り立つ)

改めて言うが、恐らくこの漫画が目指したのは「性欲がない世界」。だからこれは「性欲一般がなかったら(例えば)経済が成り立たない」という話だ。(恐らく)

人間が色んな活動をする上では、意識していようがいまいが、実は性欲が大きな役割果たしている、という考え方がある。人には生まれながら性欲があるが、性欲を性欲として満たすことができないときはその欲求が抑圧され、別の形の欲求として様々な活動原動力になる。勉強とかスポーツとか芸術とか……ていうか人間活動殆ど全部それじゃね??という考え方だ。((もちろん、性欲という言葉普通考えられてる現象には幅があり過ぎるので、よくよく考えると、ちゃんと定義しないといけないけど、まあいいだろ))

これは、恋愛と性欲を結びつけることにすら抵抗を感じる人には、全く受け入れられない考え方だろう。だから、そのように性欲をナイーブに扱いたい人たちは冒頭のように「誤読」してしまったのだろう。

とにかく、この漫画を描いた人はこうした考え方をもとに描いているようだ。しかし、だからといってこの漫画問題がないわけではない。だって、みんな性欲ドリブンなのが前提なのであれば、経済がどうこうどころか、性欲なしには殆ど人間活動を想定できないから。

まあ、たぶん男の性欲が高級バーやブランドやその他諸々を支えているというのは性欲がない世界のある種の比喩として書いたんだろう。だが、比喩としても不適切だし、比喩比喩として伝わらないのも不適切だったといえよう。

結論。誰に何を噛み砕いて伝えようとしているのかが不明なまま噛み砕くと、結局何だかよくわからない唾液まみれのものが出来上がる。

2017-08-19

https://anond.hatelabo.jp/20170819231432

体重別・階級別みたいには考えないんだろうな。

あえて言うと、潜水や柔軟性・芸術点は、女子の方が高いだろうな。

美術館にも花火にも感動を示さな

それは現代病ではない。花より団子という言葉がそれを物語っている。

日本人にとって芸術素養とは、美しさを感じる心ではなく、その分野における慣例を知ることにすぎない。

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