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はてなキーワード: 永遠とは

2018-01-23

有安杏果さんとももクロちゃん、そしてモノノフさんに。

突然の卒業発表から6日間考えて、21日の最後ステージも見て、私が色々考えて考えて、落ち着いた答えがこれでした。

私はあかり卒業からゆっくりももクロちゃんを追いかけてて、なかなか現場に行けないタイプモノノフです。全て、私の個人的意見ですが、お疲れ様とようやく言えたので、書き残したいと思います

卒業発表をしてから21日が終わるまで、誰の言葉を聞いても、私は自分の中で有安杏果卒業に納得がいってなかった。でも21日の翌朝、目が覚めて、そっか。と思いました。

杏果は、自分ももクロじゃない、って

多分どこからか、ずっと、思ってたんじゃないかと思います

ももクロを続ける中で、私たちの知る、私たちの望む「ももクロの杏果」の姿と本当の杏果との間に、開きが出来て来てたんじゃないかなと。もうどうしようもないくらいに。

から21日に言った奇跡の5人はももクロ4人とモノノフだって、その言葉も本当の気持ちなんだろうと思います。あの言葉謙遜でもない気がしてる。エールでもない気がする。純粋にそう思ってたんだろうな。他のメンバーは違う。私だけがももクロを演じてる」んだ、って。多分、いつも。

卒業真意はわからない。半永久にわからない。「普通女の子」の奥にある心の声はわからない。だけど、ももクロももかはここまでです、って終わりたかったんだと思う。それは多分、本当だと思う。無理して続けることは無理だったんだと思う。

本当の有安杏果気持ちは言えなかった。

ももクロの杏果は、普通女の子に戻りたかった。表も裏もなしにしたかった。

から最後に言って欲しかったのは お疲れ様、なのかなって思いました。

杏果がももクロには必要なんだよ、っていう気持ちは緑推しを筆頭にみんな思っていたから あの時に なんでそんなこと言うの?違うよ?って思う人が沢山いたと思います

杏果も、自分がちゃんと必要とされていたことはきっとわかってると思うんです。でも「ももクロ有安杏果」として必要とされていると思っていたんじゃないでしょうか。

杏果が無理して笑ってたとは思わない。嬉しくて笑ったことも面白くて爆笑たことも悔しくて泣いたこともちゃんと有安杏果ももクロの杏果が一緒だったときはちゃんとあったはず。それはきっと嘘じゃない。

私は初めて杏果にあったときに、自分以外の推し色のピアスネイルを褒めてくれたのを覚えいます。なんて優しい子なんだろうとおもいました。それは今でも更新され続ける沢山の業界の人やファンが語る思い出にしっかり刻まれています。残され続けます。その思い出は嘘じゃないって思います

奇跡の8年間。

最後まで最高にかっこよく可愛く儚いのに存在感を出して、ももかももクロを演じ切ってくれたこと、ほんとにお疲れ様といいたい。ありがとう。本当にありがとう。そしてお疲れ様

これから有安杏果人生大事にしてね。

そして、残された4人とモノノフ

今、4人はそこまでなるまでにどうにかできなかったのかという辛さと、どうしたら良かったのかわからない不甲斐なさをめちゃくちゃに感じたと思います。私はあの最後スピーチを聞いて、卒業をつげたあとに本当に5人で話し合うことはなかったんじゃないかなと感じました。ふんどしでは話し合ったって言ってたけど、本当に心をぶつけ合うことはなかったように思います

から、もう二度と繰り返さないように、

ちゃんとちゃんとみんなで話し合ってほしい。前を向くことも大事だけど、足を止めて考える時間を持ってほしい。もちろんお仕事から表向きは前を向いててくれていいけど。そう思います

そしてモノノフの皆さん。

私は今回、ももクロシナリオのあるシンデレラストーリーじゃないって知ることが、杏果が残してくれた大きな置き土産だなと思ってます

ももクロ永遠じゃない。

ももクロ虚構じゃない。

奇跡が起きてるのは本当に奇跡なんだと、

衰退する時がいつか来るかもしれないと、

教えてもらった気がします(ももかがそれを望んだかはまた別の話です)

実は私はこの一件があるまで、少し現場を離れてました。でも、こういったことが起きて、自分が出来る事は応援することだと思った一方、じゃあ応援とは?と考えさせられました。正しくは、きちんとお金を落とすこと、かなと思います。いきなり現実的な話ですが、ももクロ活動部活動ではなくお仕事です。ちゃんとお金を正しく使って、数字を上げてあげることが手っ取り早く貢献できることかと思います。かなこちゃんの言う、他のお仕事をしていても帰ってこれる場所ももクロになれるように、

私はこれから応援し続けたいと思います

おわり。

2018-01-22

自由恋愛」の終わり

昨今の#MeToo運動や世の中の流れ、あるいはLINEおじさんをバカにする傾向を見ていると、「ああ、自由恋愛は終わったんだな」というのをしみじみと思った。「自由恋愛」とは永遠不変の金科玉条ではなく、戦後数十年間の一時的理念しかなかったのだ。単線的な進化史をあえて描くとするならば、「仲介恋愛」(お見合いから自由恋愛」となり、これからは「契約恋愛」となるだろう。

仲介恋愛」の時代に、自分意思よりも仲介者(家族や親類)の意思が優先されるのはどうなんだ、という問題意識から自分意思相手を選ぶ「自由恋愛」へと発展した。しかし、「自由恋愛」がセクハラデートレイプなどのバグを生むことがここ十数年で問題視されるようになった。「俺は気に入られているはずだ」という勘違いから暴走していくセクハラデートレイプは「自由恋愛」における重大な欠陥だ。この欠陥を埋めるには「契約恋愛しかないだろう。どのような形になるかはわからないが、お互いが同意していると明示された状態でないと、デートするのは非常識、という状態だ。例えば、相手が「デート指輪」を受け取らないと、デートに誘うことは非常識、というのもあり得るだろう。

仲介恋愛」は家族間の契約だった。「契約恋愛」は個人間の契約になる。相手自由に選べる。「仲介恋愛」と「自由恋愛」をアウフヘーベンしたものが「契約恋愛」だ。

自由恋愛」とはたった数十年間の理念だったのだ。今までの自分恋愛を振り返り、センチメンタルな気分になった。あの誤解の積み重ねによる感傷は、これからは古いものとして打ち捨てられていくのだ。「この子セックスできるかも」とドキドキし、実際にできたときの昂揚感を味わうことは、もうできない。

         ,, _

       /     ` 、

      /  (_ノL_)  ヽ

      /   ´・  ・`  l    自由恋愛は死んだんだ

     (l     し    l)    いくら呼んでも帰っては来ないんだ

     l    __   l    もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ

       、 _      ィ

     /      ̄   ヽ

     / |         iヽ

    |\|         |/|

    | ||/\/\/\/| |

2018-01-19

anond:20180119003130

否定的コメントがくると思ったけれど、冗談でも社交辞令でも、そうコメントしてくれて、凄く凄く嬉しいよ。本当にありがとう

私は、アラサー(と言っても30代だけど)で未婚。「社会保障のために、仕事を探すよりも結婚しちゃえば?」なんてアドバイスを、発達障害者の50代女性(既婚・自分家族を壊して反省している娘を持つ兼業主婦の母)は言っていた。でも、クビを何度も経験している私は、結婚しても、いつ離婚されてもおかしくない訳だし…。だから、「手に職を」と恐怖感に駆られてしまったんだ。

でも、「動くなら今だぞ!」と言ってくれて、恐怖感からちょっとだけ期待感に変わったよ。

老人ホームに入居している方々も、皆健常者、そうだよね、私も、「永遠障害者」であっても「それなりに社会の一員として動いていた障害者」になれるように、頑張るよ。本当に、ありがとう。くじけそうになったら、またコメントを読むね。本当に、嬉しかったよ。

2018-01-18

処女萌とかはないんだけど、神話とかで永遠の純潔って女神やら女が「何度ヤっても処女に戻る」って設定に違和感がある

肉体的に処女に戻るってこと?

いや、でも元々処女や淑女である事に価値が見出される理由って「子ども父親が明確」であることだよね

「何度ヤっても処女に戻る」って事はつまり、「妊娠しない」、もしくは「妊娠可能であっても、不思議な力で精子子宮から消えて無くなる」ということ?

とりあえず経緯や方法はどうあれ、性交の結果として妊娠しない事を処女に戻ると表現しているのか…?

少なくとも、処女である由縁を肉体に求めるのならそういう事になるよね?

記憶まで消して精神ごと処女に戻すのだろうか?

でも、やった男性からしたらその彼女は既に経験済みの女性であって、いくら精神と肉体を性交前に戻しても、もう自分とやった人間である事は変わりないよね?

それでも処女に戻ってるったら戻ってる!というのならば、他者観測認識ではなく、女性本人の肉体性(また精神性)に処女が宿っているということになるの?

処女価値を見出す理由が「子ども父親が明確である」という他者目線価値付けなのに?

永遠処女という設定自体空想存在から、そういう矛盾無視するって事なんだろうか

いや、それにしたってこれは無視できない矛盾だろ。夢をみるにしたって説得力必要だろ。神話ならなおさら

なんだよ永遠処女って……

https://anond.hatelabo.jp/20180117163500

果てしなく青い、この空の下で…

 田舎町を舞台にした穏やかな心温まるラブストーリー

君が望む永遠

 ゲーム史上にその名を刻むナイスガイ鳴海孝之の漢ぶりに注目

銀色

 特にお薦めは第三章 美人で優しいおねえさんに萌えろ!

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 女子高に赴任した新人教師と生徒が織成す感動のラブストーリー

螺旋回廊

 厨房掲示板で展開されるドタバタギャグコメディ 笑いながら抜ける傑作

スクールデイズ

 伊藤誠鳴海孝之にも劣らぬ漢ぶりも見所だがなにより桂言葉の健気さに圧倒されるゲーム

沙耶の唄

 事故後遺症に苦しむ主人公と友人たちが織り成す青春ラブストーリー

永遠となった留守番

 ロリコン必見!かわいい娘とのお留守番をお楽しみください

ゴアスクリーミング・ショウ

 トラック野郎人形劇を通して主人公ヒロインの恋を成就させる恋物語

サマーデイズ

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天使のいない12月

 雪が織り成す学園青春爽快ハートフル恋愛ADV

狂った果実

 ノーコメント

2018-01-16

ももクロへの違和感というか

今日は久しぶりに感情を動かされました

ももクロ有安杏果卒業の件

私は彼女と同世代アイドルファンで、ミライボウルぐらい?の時に彼女らを知った覚えがある

当時はSKEスマイレージももクロか、みたいな時代だったので私も満遍なく追っていて、ももクロちゃんにも好感を持っていました

よくカラオケで歌ったりリリイベに行ったりという思い出

「Z」になった辺りからファンも増え、露出も増えだして、あれよあれよと言う間にトップアイドルに登り詰めたのに反して、私の中では違和感がどんどん大きくなっていきました

それであんまりいかけなくなっちゃったんです

最初自分でもあんまり理由はわかってなくて、まぁ楽曲の好みなのかなあとか思ってたのですが

歳を重ねるにつれてその違和感は徐々にはっきりしてきて、20代前半になった今、ようやく掴めてきたような気が

アイドルとしてのももクロちゃんたちは、大人になりません

スタッフの手によって、あたかも「昭和ギャグ漫画にでてくる、歳をとらない女の子」のように演出されてきたように見えます

いつでも明るくふざけたトークギャグアニメみたいな面白衣装元気一杯パフォーマンス

彼女たちはそれを笑顔でこなしていました

わかりやすキャラクター化された姿は、見る者に対しても、「彼女たちをそういうキャラとして扱っていいんだ」と思わせます

でも現実メンバーは生身の女性であって、歳を重ね、成熟していきます

いつかその齟齬には限界がきます そんなことは誰が見ても明白です

それは織り込み済みのプロレスなんだよとか、その限界突破しようと頑張ってるももクロちゃんはかっこいいんだよと言われるかもしれませんが

私にとって、それを見続けるのはしんどかった

なんというか、私も同年代の女として、彼女たちがアイドルとして過ごしている期間、「普通女の子」として生活してきました

彼女らと違って何も成し遂げてはいませんが、人生や夢や社会のクソさについて友人と語り合ったり、似合うファッション模索したり、何人かに恋をしたり・されたり、男性目線不条理言動に傷ついたり、反発したり、自分女性性に疑念を持ったり、憎んだり、肯定したり、

この期間は女としての自分に向き合う時間性的主体性を獲得する時間だったなと思います

そしてそんな中で、女としてどういう風に生きていくかとか、何を楽しんでどんな風に生きたいかとか、ちょっと見えてきたように思います

なんかこういう、10代後半〜20代前半の自分にとって一番大切だったステップというか、時間はきっとわりと普遍的ものなのかな

女友達とそういう話をするのも私は大好きです

でもアイドルとしてのももクロって、そういう「女っぽい」部分を徹底して排除しているように見えます

宮台真司か誰かが「AKBから生理匂いがするけどももクロからはしないのが良い」とか言ってた気がしますが(最悪発言すぎる)

そうは言っても彼氏くらいいるだろ的な、つまりそれが欺瞞だってことが言いたいわけじゃなくて、

私が違和感を感じるのはそれを演出するスタッフ側、受け入れるファン側の視点です

まず性的アイコンみたいなもの絶対に見せない、そうなんですよね

過激な言い方になるんですけど、ももクロってAKB乃木坂を筆頭とする、ストレートな疑似恋愛を売りにするようなアイドルカウンターカルチャーである割に、むしろその手のアイドルよりも強く"処女性"みたいなのを求められてることないですか

しかもこれはAKBメンバーに対する純潔の要請とは異なります

AKB場合、「自分だけの性的客体でいて欲しい」、そして「自分以外に性的主体性を発揮しないで欲しい」となるのはわかります

でもこの理屈は、疑似恋愛を主な売りにしていないももクロには当てはまりません

例えば彼女らは水着仕事しません

まあ無理やり脱がされるよりずっといいのは間違いないんですけど

なんだろうなー、

そんな彼女らを応援するファン一定層には「水着が見たくて応援しているわけじゃない」「彼女らを性的消費の対象にしていない」と自負するような傾向があるように見受けられます(観察した範囲では)

でも一方で、メンバースキャンダルが撮られたらものすごい拒否感を示すと思う(妹分であるエビ中スキャンダルの時に驚きました)

疑似恋愛対象にしてたわけじゃない、性的対象として処女性を求めるわけじゃないっていうのになんでだろうと

その中には「ももクロは性の匂いをさせないことがアイデンティティだったのに、それを崩された」という怒りもあるような気がして(さっきの宮台的発想です)

それは「自分が当該アイドル性的客体として扱わない」ことと、「アイドル自身性的主体性肯定しないこと」を混同してるのではないかと思うのです

まあこれはももクロファンに限らず、わりと世に根深蔓延る発想なのかもしれないですが

少女性的に消費しないということと、少女の(女性性を含む)主体としての人格成熟してゆくことを肯定しないことは別の話でしょと

当人は前者をおこなっているつもりで、後者のことをしてる事例が世間には間々有りませんかね?

ももクロ運営がやってることってその最たるものな気がするんですよね

それがウケることを知って、売るために故意にやってるのかもしれませんが

で、なにに違和感を感じたかという話に戻すとですね

世代として生きる自分にとって一番大切で興味がある部分を見せてくれない、それどころか否定されてるところが、魅力的に思えなかったのです

(あ、ちなみに女性としての成熟過程アイドルとして見せることと、表立った恋愛禁止の建前は両立すると思います

なんていうかなぁ、幼く性的主体性を持たない(ように見える)「少女」の姿と、成熟した「女性」の姿はスイッチで切り替わるものではなく

連続性のあるものだと思います

わたしはその過程を美しく尊いと思うし 自分にとっても大切だった

それを否定されるのを見るのは辛い

そして、これは余計なお世話かもですが

そんな大切なことを隠し、時に否定されながら、「少女」像をたくさんの人の前で演じ続けるってしんどくないかなって思うんですよ

私だったら絶対やりたくないなあって

個人的に、同性アイドル推し続ける理由は、その子たちにめちゃくちゃ憧れて、なりたいとすら思うからであって

ももクロはそういう意味で対極にいたんです

でも、ももクロはそういう姿だからこそみんなにパワーを与えてるのだろうし

その役目を真剣果たしてメンバーは本当に頑張っていて、めちゃめちゃすごいんですよ ほんとに

それはわかってるんだけど

まぁわたしがどんどん変わっていく中で

ずっと変わらないパフォーマンスをしているももクロを見ているのがしんどくなったんですよね

この点に目を瞑る限り、ももクロ永遠なんかあり得ないし

それを体感しながら応援するなんて残酷なことできないなあと

おもったんですよね

そしたら有安があんなこというから

勝手にあーと思っちゃった

こんなの全部わたし気持ち問題しかないし

彼女らはそんなこと歯牙にもかけてないのかもですが

とりとめなくなってしまった

ももかにはこれからもずっとずっと楽しい人生送ってほしいです

(疑似恋愛か否かのくだりはちょっと図式的な見方をしすぎてすみません、疑似恋愛してないけどAKBとかも好きです)

2018-01-15

怒り

どうしようもなくムカついたりイラつく事柄があって、それは理由とかはどうでもよくて単純にそう感じてしまうことだから仕方が無い、という側面がありますよね。

感情理由をつける場合解決手段模索する時のみそれが適用されると考えれば、とにかくどうでもいいからムカつく、と簡潔に述べていればその事についてはこじれずに済むと思っています

例えば相手が、それ考えは間違いであり、こちらにもこちらの理があるので正せ、というのであれば、両者共々折れるか戦うかするわけなんですけどそこで戦う事を選んだ場合理由必要になってくるわけです。

あくま平和解決若しくは健全事態収束、双方の納得を考えた場合必要不可欠になるもの理由であって、その内容が不健全であったとしてもどういった経緯で不快感情を感じてしまうのかを道筋立てて説明できなければならないと考えられます

現象には原因が必ずあり、それは感情にもハッキリとあることだと思うのです。

全てを説明する必要はない、相手がわからないのが悪い、と言ったコミュニケーションの隔絶、対話に対する拒絶等は片一方の確定的な「折れ」として扱うことが出来ます

現象によるストレスの発生にプラスしてもう一つのストレスを生むわけですがこれには相手ストレスを与え、行動の抑制を促す効果を期待して行う事が大きく、いわゆる野性的な威嚇とも言い換える事ができると思います

こういった野性的な威嚇はそこいらでよく見かける事ができます。様々な事柄を包括したコンテクスト押し付け等の不透明ルールに基づいた他者排他する行動は非常に労力が少なく、かつ成功したモデルケースが多ければ多いほどこの「野性的な威嚇行動」を選択する機会は増して行くと思います

そういった「野性的な威嚇行動」をより多く取るようになった人がモデルケースの少ない個人的かつ普遍的ではない嫌悪感を抱いた時にも「野性的な威嚇」の選択をとってしまうのではないでしょうか。つまり先程述べた通りの対話の拒絶が起こるわけです。

相手にみてとれる「対話の拒絶」状態は片方の健全事態収束を望む者にとっては、地獄に落とされたような気分の落ち込みを与えます。また、拒絶された側も相手を拒絶する「野性的な威嚇行動」に移るケースが多いと感じます。水掛け論、論点のすり替え相手が折れるまで続く無意味かつ徒労を感じる罵倒応酬、これらは全て威嚇行動です。

先程述べた「威嚇行動」と別の平和解決とは、結果的に全てを無に帰す事を目指す行動です。また労力に見合った結果に終わる事は、現象における規模によって変動していくと考えられます

また、解決とは折り合いを付ける場合にもそう呼びます。つまり現状に変化は無く、両者が状態を飲み込む事で解決とする結果です。これには不完全な箇所が多数あり、根本的な原因の解決が済んでいない状態ではありますが、原因の所在が明らかになっている状態にあります。両者に認識齟齬はあるはずですが、自身改善を促し問題の起きるキーのものを消化する可能性をもたらしてくれます

私が言いたい事は、話す気が無いように取れる一方的かつ単純で攻撃的な発言を見るとクソむかつき倒してしまうし目にすると気分を害するので消え失せてくれダボ共、くたばれ糞袋人間ゴミ世界中の全てありとあらゆる生命ある物質から愛と称される施しをうけること無くすみやかに死を受け入れ、余生を享受する暇もなく地獄無限落下し続けるその様はまるで薄汚い腐った豚の腸、見た者は顔面蒼白になり路端で嘔吐あわや蛙の如く胃ごと吐き出す始末、阿鼻叫喚地獄絵図、百鬼夜行悪鬼羅刹魑魅魍魎、南無三、神様仏様、織田無道様、御心のままにどうか私をお助けくださいませ、永遠に続くかと思われた地獄の果てに待つは地獄、これが無限地獄なのかと気づく頃には自失呆然五里霧中意識は散り散りになり脳のシナプスは煙をたちあげ体は爆発四散雲散霧消あっぱれ、さようなら現世さようなら天国永遠とは苦しみの中に見つけたり、想像を絶する、人智の外から来たような苦しみを味わってほしい。よろしく。

地方の深夜2時のドンキホーテ

anond:20180114104825

深夜のドンキホーテって、都民にはヤンキーしかいないイメージだろうが

地方ドンキホーテは違う。

もちろん地方のほうがヤンキー率は高いので溜り場になっているのだが、

地方の深夜2時のドンキホーテ知的障害者お一人様の来店率が異常。

客には何もしないのだが、店員にやたら迷惑をかけている。

たまに深夜のドンキホーテにフラッと買い物に行くのだが、

そのたび必ず知的障害者お一人様たちが大勢いて迷惑をかけているのを見て

ドンキホーテだけでは働くまい、と思う。

と言いつつ、俺も昔深夜のコンビニバイトしてて、

こちらも深夜2時以降に知的障害者お一人様が多数ご来店される。

女性なのにオヤジ週刊誌エロ記事を大声で朗読して爆笑してる奴、

手伝ってるつもりなのか、コンビニで一番忙しい商品入荷時にご来店してきて、こちらが綺麗に陳列した商品をわざわざ無関係の別のコーナーに雑に押し込む奴、

女性店員しか会話せず急に腕を引っ張っりだす奴、

「こないだね、ディズニーランドに行ったの!30万!」という、何が30万なのかわからないフレーズ毎日連呼するために来店するおばさん、

「ねー今何時ー?ねー、何時ー?今何時ー?ねー?このクリームパン何味ー?ねー、今何時ー?いま何時ー?」と永遠時間以上聞いてくる奴、たくさん来た。

で、タチが悪いのが、こいつらはバラバラにくる。

やっと奴が帰った…とホッとしたのも束の間、すぐさま別の「奴」が来る。

深夜のコンビニ地獄なのだ

養護施設で働いてるんじゃねーんだぞ、俺は。

店長相談しても、「そのままにしておいてくれ」しか言われないのでどうしようもない。

なぜ地方は深夜にこういう他人迷惑かけるレベル知的障害者が一人でよく歩いているのか?

昼間はあまり見かけないタイプだが、深夜から早朝にかけて急増する。

あれだけ丑三つ時はウヨウヨ徘徊してんのに、決まって朝の5時には一斉にいなくなる。

俺の推理としては、おそらく昼間は施設なり保護者なりが監視しているのだろうが、

深夜、それらが寝静まって監視が緩むと脱走してくるんだろう、と思う。

で、朝の5時までには回収されると。

しっかり管理してくれや…

といいつつ、「奴ら」が一日中いる店もある。

家電量販店ゲーセンだ。

この二つでも働いた経験があるんだが、これらに至っては深夜営業ではない。

から夜と、至って普通営業時間なのに

開店から閉店までずっといる。

ゲーセンでは金も持たずゲームする訳でもないのに一日中店内を徘徊され、プレーするわけでもない筐体を陣取られ、

家電量販店では隣にコンビニがあるにも関わらずカップ麺一個だけ買って、あとはずっとゲーム見てるかマッサージチェアで寝るかだけで一日中いるし…

となると、俺の「深夜に監視の目がなくなって脱走」パターンだけでなく、一日中パターンもあるので何とも言えなくなってくる。

謎だ。

それにしても、なぜ俺は店で買い物したり働くと「奴ら」に遭遇することが多いのか…

いざ迷惑かけられないとわからんだろうけど、

こっちが真面目に働いてる最中に遭遇すると、「奴」としか言えなくなるよ。

2018-01-14

オススメ映画教えて

下記が好きな人に合う映画教えて。

アクション
冒険ロードムービー
アニメーション
伝記、ノンフィクション
コメディ
犯罪
ドキュメンタリー
モキュメンタリー
ドラマ
ファミリー
  • Sing
ファンタジー
  • PAN'S LABYRINTH
フィルムノワール
音楽
ミステリー
ロマンス
SF
スポーツ
スリラー
歴史
  • 声をかくす人
戦争紛争スパイ

追記

コメントありがとうございます

追記

抜けてた。

2018-01-13

弱者男性論者は男を弱くて保護必要可哀想存在にしたいのか!

キモカネ男は永遠弱者なのか!失礼な!

anond:20180113034454

誤訳の指摘ありがとうございました。

以下、ご指摘の点について修正検討させていただきます

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

さっそく冒頭で私の訳はダメですね。galanterieをgarantirと完全に読み間違えてます

恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順ですね。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie

agression machisteは痴漢行為と訳すのが良さそうです。

violを指す犯罪crimeは殺人と同じくらいの犯罪なので、そのニュアンスの違いは入れるなら、

強姦殺人と同じくらい重大な犯罪だ。しかししつこかったり不器用だったりするナンパ犯罪ではないし、誘惑のお作法痴漢行為とみなすのも違う。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

ここは訂正どおりにさせていただきます

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

(この下りはかなり皮肉な書き方になっていると思います)

公共利益代表者気取りで

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。<<

実際の所、#metoo引き起こしたのは、報道メディアソーシャルネット上での密告と公開の場での糾弾キャンペーンだ。槍玉にあげられた人々は抗弁の余地も弁明の余地も与えられず、性暴力加害者と同じ俎上に乗せられた。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

豚野郎」たちを屠殺場に送り込もうとするこの熱狂状態は、女性が自立していくことを手助けするには程遠かった。それどころか実際には、性の自由の敵、宗教的過激主義者、最悪の反動主義者、そして善の本質的概念とそれに伴うヴィクトリア朝的なモラルを掲げ、女性を「別扱い」の存在にし、保護されることを求める大人の顔をした子供と考えるような人々に利益を与えてしまっているのだ。

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

mysogineはどちらの訳にもなると思われます

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

ここはご指摘の通りです

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)「権力」「権威」とそれをアンタッチャブルものにする空気ですので、「人の気分を害する」は避けたいところでした。

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

彼女給与男性平等に支払われるように注意していることができる。しかし、それは確かに犯罪なのだが、地下鉄痴漢に体を触られたからといって生涯消えないトラウマを植え付けられたと感じなくてもよい。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

たいしたことは起こらなかったかのようにさえ考えてもよい

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

女性としての私たちは、権力の乱用を告発することを越え、男性たちとセクシャリティへの憎しみという様相を呈しつつあるこのフェミニズムを、自分たちのものとして受け入れることはできない。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

ここは「ウザがられる自由」が男たちの側にあると解釈するのは無理ではないかと思います

性的提案(これはナンパかもしれませんし既に恋人同士の間で行われるものかもしれません)に対して「ノー」という自由は「ウザがられる自由」が無いと上手くたちゆかないということなので、

誘いを受けた側(これは男性であるとも女性あるとも異性愛者の間のこととも限りませんが)にあると考えるのが自然ではないでしょうか?

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

私たちの中で子供を持つことを選んだ人達のために、私たちの娘たちは十分に教育され、気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生謳歌できるように十分な知識を与えられ、意識的であるように育てられることが適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

女性の体を傷つけるようなアクシデントは必ずしも彼女尊厳を傷つけるものではないし、ときには極めて辛いものであったとしても、彼女を当然の様に永遠犠牲者としてしまうべきではない。

まだまだ検討余地はあるかと思いますが、ご指摘の点については以上のように。

執着と独占欲

「新しい家族が出来ました。元気な男の子です。」

結局それは冗談だったんだけれど、

いつか本当に、そういう日が来る。

その時、自分は何を思うんだろう。


漫画私の少年を読んで、昔の感情が蘇ってくる。

今まで何人も人を好きになってきたけれど、

どの思い出も、今となっては色あせてしまったように思えた。


初体験のあの子を、思い出す。

当時は好きじゃなかった。

相手が好いてくれたことに甘えて、

付き合うこともなく

短い冬を過ごした。


今、あの頃よりも恋愛が上手くなって。

抱いた女性の数も増えた。

連絡一本入れるだけで喜んでくれる人もいる。

彼女もいる。

けど今でも、そうした女性好意に甘えていて

去っていく瞬間が、一番寂しくて。


本当に狡いのはわかってるけど

自分だけを、いつまでも認めて欲しい。

そんなのは自分勝手独占欲だなと、自分で思う。


人の気持ち永遠ではないから。

その瞬間を、大事にしなくちゃいけない。

だけどなぜなんだろう。

今でも、失うことでしか気付けないのは。


素直に祝える大人でありたい。

けどこの執着心は、

どこまで行っても子供のままな気もする。

2018-01-09

死にたいと思うことについてとなくならない生きづらさを捨てたい夜に

死にたいと思うことについて

昨年の春に会社で配られたストレスチェックみたいなシートの項目に「死にたいと思うか?」という設問があった。ひやっとした。「とてもそう思う」とか「そう思う」に丸をつけたら呼び出しを食らうんじゃないかビビって、「わからない」に印をつけた。普通の人は、日常を生きていて死にたいと思うことなんてないのだろうか。ああ、いますぐここから消えてだれにも自分認識されたくない、と思う瞬間が多々ある。それの感情を「死にたい」と呼ぶのなら、私は割としょっちゅうそう思っている。じゃあ私は普通じゃないのだろうか? などと考えているうちに面倒になってきた。死にたいと思うことは悪いのか? もう善も悪もなく、ただそう思うだけなのだ

■ 夜はだいたいネガティブになる

夜更かしが好きなので金曜や土曜の夜は遅くまで起きてしまうのだけど、そうなるとだいたい昔のことを思い出したり、自分が思い悩んでいることを無限に考えてしまったりして、ひとりでうえうえ泣く。もういっそ死んだ方が楽だと思え、どうやって死ぬかについて考える。どれも痛そうで苦しそうで嫌だ。私は痛みに弱い。車に轢かれて手術をしたことがあった。麻酔が切れたあと、突然のあまりの痛みに耐え切れず、成人して数年経った自分の年齢とか体裁とかそんなものを頭によぎらす隙もないまま大声で泣きわめくほどだ。苦しいのは嫌だ。つらいのは嫌だ。いっそあの車に轢かれたとき死ねばよかったのだ。でも入院していたときは、「死にたくない!」とわめいていた。自分という存在がなくなり、意識がふっつりなくなると考えると恐ろしくなったのだ。事故とき頭を激しく打ち付けて、あの頃の記憶の一部が消えているのにもかかわらず。ただ死ねないままでいるのもしんどい。平均的な寿命で考えるとあと50年くらい生きなければいけないことになる。本当にゾッとする。

■ いつから死にたがりなのか

死について考えるようになったのは、人の死に触れる前からだった。5歳くらいからの記憶がいまだにあるけれど、親が下の兄弟ばかり構い、寂しくてへばりつく私を叱るたびに、もう死んでしまった方がいいのではと思うようになった。包丁を取り出して喉元につきつける真似までしたが、当然こわくてできたもんじゃない。でも、もう自分なんていなくてもいいんじゃない?って思うときや、なんらかの苦しみから解放されたいと感じたときにはもう死にたいと思う。それが私だった。

■ どうにか生き延びる方法として

他人は生きる糧にはならない。他人は裏切るからだ。気持ち感情なんて簡単に変わってしまう。そんなものにすがりついたってどうにもならない。親も子も恋人も親戚も友人も関係ない、みんなそうだ。永遠無償の愛などあり得ない。私がすがりつくのは本当にしょうもないことだ。死にたいと思ったとき、「でも」と思いとどまるのは音楽小説漫画のことばかりだ。「でも、新譜が聴けなくなるよ?」とか、「でも、新刊読めなくなるよ?」とか、「でも、二度とライブに行けなくなるよ?」とかそういった類のものである。作者たちは声をそろえて自分の無力さを口にするだろうが、そんなことはないのである。すがれるものはそこにしかない。

■ 抱える生きづらさはなくならない

生きているだけでだいぶしんどい自分価値も見出せないわ、未来希望は見えないわ、日本人メインストリームカテゴライズされることは一生ないわ。どこか端っこで他人事のように世の中を見ることしかできない。ここにいる意味があるのか。自由に生きてきたつもりだったのに、フタを開ければがんじがらめになっている自分がいた。なんだこれは? こんなはずではなかったのに。でもそういう人間が意外とたくさんいる。じゃあこの世が生きやすいと思っている人は普段なにを考えなにを感じているのだろうか。こんな考え方のまま残り50年を生き延びるなんて到底無理だ。どこかでエラーを起こして離脱してしまう気がする。

2018-01-05

anond:20180105123031

言葉永遠の不完全、だから生きている、進化する。

それを肌感覚で感じるには、古文漢文をやるしかないんだ。

古文漢文がなくなったら、30年くらいで極端な日本語右翼左翼がウザくなってくると思うんだよね。

別に100%読解できなくたっていい。現代文全然違うけど、何となく現代文と似ている、そう実感するだけで十分教育価値はある。

多分、コレ読んでいる人が無意識にやってるし、普通人間ならできると思っている当たり前のことの土台に古文漢文がある。

それがなくなる。

テラワロスwが公用語になったら嫌だろ?それは会社公共機関でそういうの使っている奴を叩いていればいいってもんじゃないんだ。


理系で起きたこういうことが、文系でも起きるようになるぞ

https://togetter.com/li/1107013  「現代科学の敗北リスト」が笑えるようで笑えないレベル みなさんも気をつけて


教育が無策だと保守主義が幅を利かせる

昨日と今日が同じなら正しいというのは安直だけどリスクが少ない。

日本語にはコレという型がありそこから絶対に逸脱してはならないという教条主義

近年でいうら抜き言葉否定派。

ら抜きことばは「可能」「敬意」を区別する合理的進化だと認められない人々。

これから先、

外国語学習者の増加による、主語明確化や時制輸入

AI生成文書

音声認識適応日本語

もっと極端な話をすれば顎の骨格の変化が及ぼす音への影響

そういった様々な要因で我々が使う口語まで変化して、それが合理的だと見なされて標準化するかもしれない。

そういうとき「これでいいんだ!」と日本人が受け入れる器の大きさ、それは古文漢文教育にかかっている。

奔放過ぎる言語左翼 ブームは非合理で予測不能

「みんなバラバラでいい、何なら日本語から正式文法正書法なんて概念廃止してしまえ。一人ひとりの言葉は違っても全て公文書的に認める」

なんて主張がまかり通り

とき権力者おかし日本語用法、口癖、なまり

もしくは、絶大な人気を獲得した芸能人のそれや、インターネットスラング

そういうものがなし崩しに認められてしまう。

社会が「過去から現代への日本語進化には、これこれこういう理由があって、この用法あくまで乱れた日本語の域を出ない」と線を引く力。

これも画一的古文漢文教育を行わなければ失われるだろう。

国会答弁では、「昔言ったアレにそういうニュアンスは含まれていない」が繰り返されている

これ以上文法が乱れたら、言った言わない・どういうつもりで言った論争が終わらなくなる。

しまいには(国際進出と縁がないのに)組織意思決定会議外国語を用いた会社が成長する、なんて未来もあり得るぞ。

日本語ポンコツ過ぎて。

2018-01-03

受け継がれる意志

男は孤独だった。恋人も妻もいない。もちろん子供もいない。年老い家族も親戚もいない。男には何もなかった。

そして男は人生において最後の時を迎えようとしていた。

男は命の火が消えかかるにさしあたって、炎を永続的に燃やす燈明のことを思い出していた。

人間の行いも大小あれど灯を消さずにまた誰かが灯し続けていく、そうすることで永遠の命となりそれが生きた証となる、と。

かくて男はネットに溜めていたエロ画像を流した。

そして、男のエロ画像あさりは時を超え受け継がれている……。

明日推しアイドル引退する。

彼女出会ったライブのことは、今もわりと鮮明に覚えている。夏の、そう暑くない日。狭い6畳一間の自室でやることもなくだらだらしていた僕のところに、友人が突然訪ねてきた。車に乗れという。断る理由もなかったので着いていくことにし、車内でどこに行くのかと聞くと、あるアイドルグループライブで、それも年に一度の規模であることを知らされた。正直、存在としてかろうじて知ってはいものの、曲なんてまともに聞いたこともなかったし、メンバーほとんど知らなかった。とりあえず車内で一曲だけ、それもぼんやりと覚えることしかできずに会場に着いてしまった。恐怖。緊張。何一つグッズを身に付けることもなく、ペンライトを一本だけ借りて知らないコールとともに迎えたオープニング。正直、セットリストの曲はほとんど覚えていないし、覚えた曲はわりと序盤で出てしまったし、会場の隅っこで大して盛り上がりもしないし、迷惑な観客だったと思う。そんな中で、僕は、彼女の一途なまでに一生懸命一挙一動に、目を奪われていた。誰ひとり、手を抜いているわけではなかった。その中でも彼女は、群を抜いて一生懸命で、だれにもない輝きを放っていた。帰りの車内で彼女を推すと宣言し、友人との会話もそこそこに、ひとり静かに興奮していた。彼女を、応援したい。その思いが、燃え上がっていた。

それからは、次々とライブに通った。彼女にまつわる情報記事や、ちょっとした映像や、その他もろもろにいたるまで、調べに調べた。遅ればせながらのファンである自分にできることをひとつでも多くしたかった。資格試験に追われながら通った冬の二日間、たった一日の休みで行った夏、フェスの1ステージ、さまざまな地方公演、どこでも彼女一生懸命で、そして仲間思いで、グループの中心で、誰よりも真摯ステージに立っていた。わちゃわちゃした、楽しさのかたまりみたいなステージで、みんなが海に飛び込んで思い思いにはしゃぐ中、彼女は波打ち際で髪を振り乱して跳ねまわり、それでいてみんなが遠くに流されないように、しっかりと見守っていた。

彼女はその特徴からグループの顔としての性格ライブ以外の場面では背負うことが多かった。いろんな場所自由に泳ぎ、また重い責任を自ら引き受けているようでもあった。その姿はどこか、ステージの上の彼女とは違って見えた。どちらがいい、悪い、というものでもなかっただろう。きっと、彼女のできる一生懸命ひとつだったのだろう。そのことには気付かず、僕は違和感のまま、いつしかメディアに登場する彼女を追いかけるのをやめてしまっていた。結局、ステージに立っていない彼女に会うのが怖くて、ほとんど、接触に行こうともしなかった。一度だけ彼女と撮った写真はもうほとんど、見返すことすらない。

よくも悪くも、変わらない新年だった。正確には、はずだった。グループを、大きな不幸が襲った。僕ですら、受けた衝撃は未だにどこか残っている。ましてや彼女たちなんて、どうしようもなく計り知れない。それでも、ツアー淡々と決まり粛々と予定通り始まった。正直、延期しないかな、とすら思っているなか迎えた初日、完全に楽しむ準備ができていなかったことは、一つの事実だった。自分気持ちというよりは、彼女たちが背負いすぎてしまっているのではないか、そんな不安があった。楽しそうな、今までに見てきた彼女たちしか見たくない。わがままだとはわかっていても、せめてステージの上でだけ、楽しい夢を共有していたかった。明らかに異質で張り詰めた空気の中、幕が開いた。勇壮テーマ曲とともに、彼女たちが登場してくる。胸を張って、堂々と。翳りはどこにもなかった、とはいえ、まだ一息つけただけにすぎない。まるでサーカスの綱渡りを、一番大切な人が、しか命綱なしで渡っているような、祈ることしかできない感覚。次々に歌われる新曲を聴きながら、思いを振り切るようにずっと彼女の表情を、動きを追った。きっと何もないどころか、乗り越えたような顔をしているに違いない、そんな見込みすら、彼女一生懸命さには甘かったのだと思い知らされた。無理やり変えさせられるこの状況、それすら彼女は乗りこなそうとしていた。僕は安心するとともに、彼女たちの幸せを願うことしかできなかった、その無力さを思った。

ツアーは続き、最終日を迎えた。この日が山場になることは、タイトルからも明らかだった。乗り越えるべき壁と、登った先に見える風景。それを確かめるための日々が、確かにここにあった。そしてまた、徐々に彼女の変化が、かたちとなって現れていた。とはいえそれがどういう意味を持つのか、僕にはわからなかった。彼女なりの戦略であり、そう振る舞うのが「正しい」と信じて疑わないようでもあり、その圧倒的な説得力は、信じることしか与えなかった。

夏が来た。一年に一度の、楽しい夏祭りだった。最初に行ったときよりもみんな、歌もダンスも上手になっていたし、楽しくならない理由はなかった。そしてその通り、僕は思いっきり楽しんだ。

余韻の残る翌日、彼女から発表があった。予告されたときはまだまだ、祭りのあとの甘い気分の中にいた。一人の仕事が増えていたし、それに関することなんだろうな、くらいにしか思っていなかった。そんな中発表されたのは、彼女グループ卒業する、ということであった。

大きな衝撃を受けたことは覚えている。ステージの上の彼女はどこか永遠だと思っていたし、彼女はそのぐらいの輝きを放っていた。そのことが、事実でなかったと改めて思い知らされた、その衝撃だった。とはいえ、不思議なことに、悲しみとか怒りとか、そういった行きどころのない感情は湧いてこなかった。彼女はいつでも一生懸命で、いつでも正しい。これまでもそうだったように、これからもそう、という信念が、確かにあった。

それから彼女は、今までの変化を、よりはっきりと押し出してきた。それは、自分が周りを照らすこと、そうして周りのメンバーの魅力に、しっかりと気づいてもらうこと。自分が道を示して、また自分がいなくなったあとの、その道筋を作ること。そのために一生懸命になっている、そう感じられた。今まで以上に、自分が目立てばまたそれが、グループのためになる。そういった覚悟すら引き受けているようだった。

そうして一日一日、彼女卒業までの日々が近づいてきた。悲しさはもちろんある。とはいえ、アイドルファンでもある彼女が、アイドルである自分を楽しんでいる様子は、見ていて微笑ましくなるほど楽しいし、どうしようもなく嬉しい。彼女はきっと、自分グループの、一番のファンでもあった。あってほしい、という夢くらいは抱かせてほしい。

これから最後の幕が上がる。その最後ステージが、どうなるのかは見当もつかない。ハチャメチャで、楽しくて、彼女たちがこれからもずっと幸せでいてくれますように。

2018-01-01

この文の(1人称)には(2人称)の好きなものを入れて欲しい。

(1人称)とはこの文の書き手、つまりは(1人称)のことである

(2人称)にはこの文の読み手はいるはずだ。

はじめよう。

(1人称)と同じ「幸せ」の感覚を持った人間が、(1人称)と出会人間の中にいる確率は極めて小さいのだろう。

そう考えると、冷たく静かな雨の日に、永遠と変わらないかのように思われる信号を待っているときのような気持ちになる。

世の中には決して運命なんてないのだろう。

出会える数の人とのみ出会い

出会うべき場の人としか出会えない。

出会った人たちは皆、勝手幸せになっていった。

好きだったものを好きじゃなくなった。

大人になって、いろいろなことを受け入れられるようになったけれど

好きなものが何なのか、もうわからなくなった。

ちょうど今、家を焼かれて所有物を失っても惜しい気持ちさえない。

幸せになりたかった。

2017-12-30

ボーマにだけ厳しい草薙素子

「バトーとトグサ(※1)は乳首を舐めろ、

イシカワはローション(※2)をといておけ、

サイトーとパズ(※3)は私に入れろ、

ボーマは一人で永遠とオナってろ(※4)」

(※5)

※1

前原作ではレズビアンやなかった? 的なツッコミについてはただのネタなので突っ込まないで欲しい

※2

サイボーグ用の特殊オイルが配合されたローション。

ペペローションとうまいこと書けた冗句は思いつかなかったため、

※3

パズは一度抱いた女を抱かないという設定があるが、そのために素子は義体を変えている。

※4

永遠とは延々との誤字ではなく、本当に永遠にボーマとは何もしたくない素子の意思の表れ。

※5

なお、この文章は「本文より注釈の方が長いやないかい!」が正しいツッコミであり、原作リスペクトでもある。

2017-12-26

anond:20171225132113

小島白河はどちらかと言えば今は抑圧する側だが、先日のbuzz feed の記事や『専業主夫になりたい男たち』を読む限りではそういう自覚がまるでないな。むしろ永遠被害者

若い女がぼんやり専業主婦志向だったり生きる為に働くという意識がなくぼやーっと自己実現の為のお仕事をしたがる原因は教育の不備だと思っている様だが(私が対談を誤読してなければな)、そういった若い女のメンタルが辛い現実からの逃避である可能性には思い至らないのだろう。

てか自己実現の為に働くって小島白河世代がやってた事そのまんまじゃないか。上の世代がそうじゃない働きざまを見せれていないという事ではないだろうか。

バリキャリもすっかり老害だな。

2017-12-25

ネットリンチはこわい

■■■■■のことなんですけど

彼女対応に悪い点はあったと思いますけど、認証マークがあろうがなかろうが人間100点を維持するのって難しいわけですよ。

特に個人の主張を永遠とやってる人は、確実にどこか矛盾があるわけですね。でもそこが人間らしいというか個性にもなってくるわけで。

その人間個性の部分を叩きまくるのは、そりゃ当然批判したい人間としてはそこを突く話で、例えば1人対1人でもそこを突くというのはあるわけです。

ネットリンチになると、1対多(しかも多は定量的ではない)訳ですね。しかも多は痛いところを確実に刺してくる。

自分の弱点を不特定多数に刺される側の人間になったことのない人は分からないんでしょうが、ここで防衛機制みたいな物が生まれてくる訳です。

最も一番始めに出てくるのが「なんとかなるさ」なんですけど、これが次の段階「自己正当化防衛機制)」に繋がってくる訳ですね。

防衛機制人間誰しもが持つものです。熱いやかんを触った時に脳にパルスが送られることですぐに手を離すことが出来るあれもそうです。

よく、炎上対策として「黙る」というのが挙げられてますけど、この自己正当化による支離滅裂な主張や発言を防ぐためにあるんですね。

から、もし自身炎上した身になって何かを言いたくなってきたら、自己正当化が始まりますんで、そこで発言や主張をしないように気をつけましょう。

まあ、今の日本インターネットでは半匿名実名による主張や発言メリットがありません。

自身地位を高めるためにはそういう主張や発言をしていく必要性はあるっちゃあるんですが、今回の事例の様に、

100点で無い所を匿名意見していれば、どんなに邪悪人間でも真人間みたいな扱いを平気で受けられるんですね。

■■■■■を批判していた中にもし■■の人が居て、その人が■■に居る役員的なポジションの人だったら真っ先にお前が言うなとなっていたでしょう。

でも匿名ならそんなことは無いわけですから匿名というのは楽でありながら危険なわけですね。

から匿名の中で楽しくやっていきましょう。メリークリスマス

2017-12-24

生活に余裕が無さすぎるって話

27歳、都内SEです。

余裕を持って生活できる展望がまったく見えてきません。

アドバイスしてほしい。

状況を正直に書くと大体こんな感じ

給与220k
住居90
食費25
携帯5
書籍勉強10
衣類8
交遊費(恋人はいない)15
身嗜みとか生活用品7
奨学金30
家族仕送り20
貯金10

もうこれだけでカツカツで、

彼女を見つけることもできないし、いい服買ってカッコつける事もできない。

保険も入れないし、況してや車なんて妄想する気すら起きない。

春に転職して給与上がったはずなのに金なさ過ぎて生きる気なくしそう。

今年もボッチクリスマス辛すぎ、一人で呑んでてもう悲しすぎる。

サービス作って儲ける妄想はするけど、道のり長すぎて、

収益実現できた頃には結局いい歳になってるんだろうなと思う。

フリーになるのも夢はあるが今のスキルレベルだとリスク高すぎる。

自由に使えるお金もっと欲しいし、

恋人と楽しくデートして、豊かにしてあげたい。

しか永遠とも思えるくらいにお金に余裕がない。

日々自己研鑽には励んでるつもりだけど、明るいもの全然見えてこない。

心の持ちようの問題だとか言う人もいるけど

物的な安心感いつまでも確保することが出来ないのが辛い。

このままおじさんになってある程度お金に余裕ができたとしても、

結婚子供のこと考慮に入れれば・・・

もうめちゃくちゃだ。考えたくもない。

一体どうすればこの貧しさ、不安を解消できるんですか?

■ 追記

フィードバック有難う御座います

支出を切り詰める余地が多分にあるのは分かっているのですが、

収入が増えていく展望があまりにも見えて来ず、その点に辛さを感じてどうしようもないのです。

これはきっと、世の中の大半の人が同じように感じておられる事だとは思うのですが、

いざアラサー差し掛かってみて、ここまでなのかという・・・

コンテンツが終わった二次元キャラって死んだも同然じゃね?

アニオタ三次元バカにしてるけど、

持続性で見たら二次元ほど短命な存在無いよな?

 

永遠の愛を誓った存在が、第三者である運営の都合で容赦なく切り捨てられるって

どういう気分なの?

<なんで「セクハラ叩き」がこんなに荒れるの?>

<「セクハラダメ」っていうのは、みんなが当たり前に持っている共通認識だよね。>

<そのセクハラを叩いて、ぶっ潰そうとする動きに対して、なんでそんなに荒れるんだろう。>

<「セクハラダメ」という圧倒的正義の声に対して疑問符をつけてくるなんて、この人たちバカなんじゃないの?>

と、「#Metoo叩き」を叩き返している人たちが思ってるとしたら、この戦いは永遠の負の連鎖で何も生み出さないんじゃないかと思う。

世の中はセクハラパワハラをされる弱い人、セクハラパワハラをする強い人という単純な二分の構図ではない。

セクハラパワハラと言っても様々なレイヤーがある。

大人子供に対して、上司が部下に対して、金持ちがビンボー人に対して、人気者がブサイクに対して…

そして、弱い人は常に、絶対に、永遠に弱い立場というわけではないし、強い人も常に、絶対に、永遠に強い立場というわけではない。

子供大人になるし、ブサイクだって金持ちになることもあるし、人気者がビンボー人になるかもしれないし、上司会社をクビになるかもしれない。

現実ヒーロー映画のようにいかず、絶対正義絶対の悪がいて、オチで必ず正義が勝つような、そんな分かりやすい話ではない。いつだって強者弱者に、弱者強者にひっくり返る可能性がある。

「#Metoo叩き」は、今や社会がこんなに複雑になっているということに、大多数の人が気付いているにも関わらず、「正義が悪を駆逐する」という映画みたいなストーリーを、ハリウッドセレブや、アルファブロガーといった半虚構世界で生きる有名人が、現実世界押し付けてくることに対しての違和感が噴出した結果ではないのか。

そんなに単純なことで物事解決するなら、俺は今こんなに不幸なわけがない。と、感じている人が多かったということだろう。

現実世界いじめ上司からパワハラを受けている人にとっては、自分体験SNS拡散させて「いいね!」や「リツイート」をたくさんもらうことよりも、身近な誰かに聞いてもらって、現実世界解決する方法なりアドバイスを教えてもらった方がよっぽど為になる。場合によっては、その人が味方になってくれて一緒に動いてくれるかもしれない。

#Metooの元々のムーブメント意味は、そういうことでは?

被害に遭ったことを誰にも言えない人に対して、「身近な誰かに助けを求めよう」というメッセージを伝える方が、本人にとって明らかに有益だろう。

社会活動や、ムーブメントを、十把一絡げに何でもかんでも「いいこと」にして、賛同しない人を「悪だ」と決めつけるのは、あまりにも雑すぎではないか

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