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はてなキーワード: 文体とは

2018-11-12

anond:20181112185444

同一時間帯に特定トピックに対して特徴的な文体で同じツッコミを入れる人が複数いるかといえばいない

anond:20181112185227

そんな些細な文体で本物かどうかを特定しようとかちゃんちゃらおかしいぜ。

お前、ゴジラジラース区別もつかねえだろ?

anond:20181112083520

これって投下場所間違えてね?

内容的にも文体的にも小町っぽいけど、的確にわざわざ増田に投下できるなら自分で調べて解決できるだろう

自然さが鼻につく

anond:20181112075056

明らかに女子であるワタクシの意見をありがたく受け止めろ」的な文体日記とはいえないな

2018-11-11

増田のやべーやつ番付2018年11月

(今回からまりやばくない増田は除外しています

横綱

安倍叩きコピペを連投する増田。出現頻度・攻撃性・連投頻度の三拍子揃った、やべー増田筆頭。Twitterでも多数の垢を使いこなし安倍叩きにいそしむ。増田では通報するとBANされるようになったためか、10月最後に休場中)

追記 11/12に戻ってきたが、いつものように一瞬で削除された。一応言っておくと党派性以前にやべーやつであり、いつものコピペなぜかバズった際にはネトウヨなりすまし扱いするブクマカまで現れている。

増田に何かのリンクを貼ったり何かを紹介したりすると、即座に「ゴミを〇〇するな」とトラバ飛ばしてくる増田安倍botが休場してからは堂々の横綱を張る存在。張るな)

大関

(あまり関係のない話題にやってきては「でもキモくて金のないおっさんは……」と誰から無視されるKKOの悲哀を語る増田。君は己の差別感情直視できるか!?)

(やたらスペースの多いトラバ飛ばし、だいたいすぐに消す増田。内容はいかに団塊老人じみたもので、これだけならまだ愛すべき老害キャラだったのだが、最近過去ネタ執拗な再投稿が目立っており認知症が疑われる)

こちらを参照。ポリコレキズナアイなど特定単語が含まれ増田意味不明トラバを繰り返す人力スパマー個人的には今場所優勝レベルのウザさ)

関脇

パンティー)

同カテゴリー参照。猫が嫌いらしい。出現頻度はさほどでもないが、闇の深さは他の追随を許さない)

  • マスダとマスダの冒険

同カテゴリー参照。ワードサラダじみたSSを垂れ流すも、まるでバズる気配がない。人呼んで増田ヘンリー・ダーガー

小結

  • うんち

(当初は女っぽい増田に対して「うんち」トラバを飛ばす増田がいたが、今ではそれに限らず気に食わない投稿全般に広まってしまった。なおこれに対して「そうだね。うんちだね。💩」と書いて回る増田がいる)

推し作品も全て違うのに、いつも同じ文体・同じネタ・同じ結論クローン軍団。あまりに多いのでこんなパロディまで出た。キャラ格差だの周りのファンが気に食わないだのはもうわかったので、できればよそでやってほしい)

前頭

自称バカイカンの色物学部アトピーブサイク。闇属性版チンフェのようなしつこい自虐自分語りが特徴。でもパパが金持ちなのはうらやましい。インターン辞めたい編から続報がないが、そのうちまた出てくるだろう)

(女増田ありがちな毒親叩きを叩く増田毒親叩き以外のバリエーションもあり、たまにTwitterの女ネタも拾ってくる。これにも「毒親に苦しんでるやつを揶揄する奴は〇〇して死んだらいいのに。」と反応する増田がいる)

過労死運輸業が多いことを指摘して回る増田

十両

(同一人物説があるので一緒に掲載話題が他に移ったため今ではさほど目立たなくなったが、また盛り上がった際には出現するはず)

トラバ飛ばしてすぐ削除すると、元の文章にはそのトラバが残るが、トラバに返信することはできない。前述した大関・スペース増田など、フェミに限らず同様の手法を取る人が割といる)

(気に食わない投稿があると「朝の〇時から起きているんだ」「〇時まで寝ていたんだ」などとわけのわからない因縁をつけてくる増田。当たっているか不明

幕下

(隠す気もない某idによる、その名の通りゲームに関する日記基本的には無害だが、たまに闇が入ることがありちょっと心配になる)

三段目

(その名の通り再投稿ネタを指摘する人。複数人いる模様)

序二段

anond:20181108080226anond:20181111054310anond:20180924193700など。増田には以前から車を叩く増田電車を叩く増田が生息している)

序ノ口

京都ゴミ大学フォロワー。よく彼と同一人物扱いする人がいるが別人で、こちらは親にも恵まれていない。現在は悪い道を歩んでいるらしいが、正直ただイキっているようにしか見えない)

引退

沖縄叩きのコピペを連投していた増田安倍botにちなんで命名された。一時はその安倍botすら凌駕する勢い(およそ30分間連投)を見せたが、BANされてからは再出現していない)

親方



(※前回→anond:20180628203405

2018-11-07

吉野家コピペが受けた理由とは

かつて吉野家コピペが受けた理由とは?

やはりあの文体なのだろうか?

敬語で始まったと思ったら、友達に話すような砕けた文体であってアンバランスさを感じる。

・「吉野家行ったんです。吉野家。」

・「で、」

・「よく見たらなんか」

・「とか書いてあるんです。 」

その後文体乱暴になったと思ったら、下記のような文体がまた出てくる。

・「とか言ってるんです。 」

・「そこでまたぶち切れですよ。 」

・「これ。」

・「これ最強。 」

私は当時のネットを知っているわけではないけど、独特の文体が受けたのかなという気はする。

転載増田ありがちなこと

質問サイト

敬語で書かれている

・「…」ではなく「、、、」「。。。」「・・・」等を使っている

最後に読者へ問いかける形で〆ている

5ch系

・俺「~~~~~」等の会話形式

・「(´・ω・`)」「(・∀・)」等の5ch系顔文字を使っている

「w」を使っている

・題材が家庭系のトラブル(一部の転載増田は家庭板/既婚女性板/既婚男性から転載する傾向がある)

共通

文章最初最後唐突な「通報する」「書き込む」等のシステム文、あるいは文字化けがついている(コピペミス)

・なんか文体増田っぽくない

2018-11-04

推し」に想う。

初めてつながりを持ってから、もう何年になるだろうか。

いわゆる「推し」の人たちがいる。

かに推すつもりは特にないけど、自分の中での推し

きっかけは一瞬のことで。

「あ、この人いいな」と思って、その次の瞬間には、手が動いてもうフォローしている。

直接の動機は、投稿の内容だったり、文体だったり、プロフ画像だったり、絵だったり、全体の雰囲気だったりで。

直観がほぼ十割だと思う。

見つけるきっかけは、基本的に偶然で。

たまたまリツイートで流れてきたり、ある人のタイムラインを見ているときに気づいたり。

それから、その人の投稿を多く見ることになる。

いいなと思う投稿だったり、心動かされたり、なにげない日常風景だったり。

それは楽しみであり、癒やしでもある。

オフラインで会うことは、ほとんどない。

リアル自分は口下手だし、言葉を交わすのが億劫のようにも感じる。

会ってみないとわからないこともあるけれど。

推し」の人は異性のケースもあって。

一方、私にはパートナーがいて。

他方、「推し」の人もそうだというケースもあって。

からというわけでもなく、私は既に満ち足りているので、強く熱情を求めることもない。

このまま何年、何十年と、デジタルメディアを通して、互いに老いていく姿を遠巻きに眺めているのも悪くはないかな、という気もしている。

この感情名前を付ける必要はないだろう。

2018-11-03

こればかりは反論たかったので書く

シロクマさん(id:p_shirokuma)の記事

https://blog.tinect.jp/?p=54303

に対する人気ブコメの上から3番目、

“街の萌え絵は増えているが性犯罪は減り続けている。以上。”

というのを読んで、「え〜その割には子供の性被害事件多くないかなぁ」と思ったのでネット&ついでに丁度本屋にいたので政治コーナーの平成29年犯罪白書を読んで調べてみたんですよ。

結果、「性被害の総数はたしかに減っている」(注1)

けれど、「子供被害者は増えている」ことがわかった。

んで、まあシロクマさんの記事の本筋とはズレるんですけど、未成年の性被害児童ポルノだとかいうのは萌えだとかロリエロだとかと語る上ではよく出てくる話なので、junglejungleさんの人気コメントに対してブコメ反論してみたんです。ソース付きで。

内容はこう↓字数制限のせいで文体素っ気ないのは許してほしい。

“人気コメへ。児童への性犯罪は増えてます監禁わいせつ強姦、増加傾向。児童虐待全体ではここ10年で300%強の増加。無視してはいけないと思う。最新の犯罪白書 http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/64/nfm/n64_2_4_6_1_1.html

白書を読んでほしかったので少し強めに書いたのは本当だけど、それに対して書かれた反論ブコメがこれ↓

児童への性犯罪は減っています児童虐待加害者の大半は母親によるものです。無視してはいけないと思う。http://www.moj.go.jp/content/001178520.pdf

煽られたとかはどうでもよくて、児童被害ソースとして総数グラフを出すのがズレてるし、虐待加害者の大半が母親というのも事実と違って、これが故意ミスリードだったら怖いなって思ったんですよ。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/64/nfm/n64_2_4_6_1_1.html

ここの(4-6-1-3表)を見たらわかるように、加害者1071人のうち、785:286父親の方が多いんです。

てか、あ…

これ書いててグラフじっくり見てて初めて気付いたんですけど、後の人が貼ったページの性犯罪総数のグラフ(2-1-1図)、パッと見「めっちゃ減っとるや〜ん」と思ったけど、スタート昭和21年じゃないっすか!めっちゃ昔やん。親も生まれてないわ。

しかもここ数年の偏移をよく見てみるとむしろ件数増えてた。今気付いた。なので上の方に戻って(注1)を足しました。すみません

注1: 性被害、総数の方も減ってなかった。

強制わいせつ(2-1-2図)も増えてるし、平成25年から26年にかけては(2-1-3図)のわいせつ目的誘拐も増えてるし、(2-1-4表)の13歳未満のわいせつ目的誘拐も増えてた。

で、何が言いたいかいうと、なんでこれを書こうかと思ったかというと、性被害に逢う子供が増えている事実を、都合が悪いから揉み消そうとしている人がいるような気がして怖かったんですよ。スター付いてるし。

実在の子供を守るというのはフィクションを楽しむ上での前提じゃなかったのか?

こんなことしてたら信頼なんてとても得られないんじゃないか…。

あ、もし私がグラフ見方を間違えてたら指摘してください。顔真っ赤にしてしばらく潜りますので。

てか、ここ10年で児童虐待検挙件数が250から1000になってるのは流石にびっくりした。あと、犯罪白書って、毎年その年の違ったテーマがあるんだね。どうやら平成27年度版が性犯罪特集だったらしい。色々勉強になった。

2018-10-31

anond:20181031110745

なんでアイマスにハマってもねえくせに文体アイマス信者のそれと同じなんだお前は

2018-10-23

「女らしい」

先日Twitterで「女らしい(男らしい)という言葉レッテルだ」という、あるフェミニストの方のツイートを目にした。

私は「女らしさ(男らしさ)」を強要した事も、「女らしくない(男らしくない)」と非難したことも、最近では身に覚えがない。

でも、サプリを飲んだり美容に気を使う自分を「女の子らしい」なんて自画自賛して喜んでいたので、言葉の使い方によっては人が傷つく言葉かもしれないけど、言葉自体は悪くないのでは?なんて勝手に反感を抱いたものの、その方の文体にやや攻撃的なものを感じたので、わざわざ深く聞こうとは思わなかった。

けれど自分にとって深く考えたことのない言葉が、誰かにとって「レッテルである事に引っ掛かりがあり、私は自分が正しい事を証明する為に色々と考えた。

でも考えれば考えるほど、確かに女の子らしくて可愛い」という言葉に「女の子らしい」という装飾語は無くてもいいのかもしれない。

先述したような美容に気を使う男の子が居たら、もしかしたら私は「女みたい」と思うかもしれない。

これは間違った使い方だとは思うけど巨乳の人を「女らしい身体付き」と言う人がいれば、貧乳の人は、私は女らしくないのかな?と気にするかもしれない。

ただ「誰かかが女の子らしい」からと言って、その属性を持たない人物女の子じゃなくなるわけではないと私は思う。

ただ素敵な表現が沢山ある中で、わざわざ「女らしい」「男らしい」という言葉にこだわる必要はないのかもしれない。

私はフェミニストでもアンチフェミニストでもないけど、両者共にどころか今まで出会ってきた全ての人に「それは分かるけど、それは分からない」と思った事がある。この世の中に「全てが正しい人」はいないと思うし、もしそう思う事があればもうそれは宗教信仰の類になってしまっているんじゃないだろうか。だから意見交換大事だと思うけど、パッと見目立つ、声の大きい人達は、たいてい自分意見絶対正しいと思っている節があり、自分意見押し付けあっているように感じる。そういう目立った人達を変えることは難しいかもしれないけど、それを目にする人達がそのそれぞれ上手に情報を取捨選択できたらいいなぁと思った。

anond:20181023025418

この人いつもこの時間帯に無茶な論理議論吹っかけて反論の粗を探して論破してやろうって釣糸垂らしてる人でしょ?

文体論理展開の雰囲気が似てるんだよなぁ

2018-10-17

Twitter推しユーザーとの距離感が難しくなってしまった

 顔も本当の名前も知らない。でも、話していることや文字から伝わる人柄に無意識に惹かれることがある。

 本の作家記事記者のような存在に対して感じる気持ちを、私はあるTwitterユーザーに抱いている。

 まず、私自身のことを述べておく。

 主に二次元作品を好んでいるオタクだ。現場もちょくちょくあり、日々好きなコンテンツのことについて見たり聞いたりして人生を充実させてる、よくいるタイプの奴だ。

 ただ、周りに同じ趣味を持つ人がいない。周りの友人の好きなコンテンツが(次元的に)真逆であることが多く、普段好きなコンテンツについて話すことがあまりないので、Twitterは「自分と好きなものが同じ人の呟きが眺めるもの」として利用していた。

 そんな時に上記のような方、いわゆる「推しユーザー」に出会ってしまった。

 きっかけは、その方が描いたイラストだった。

 自分の好きなキャラを描かれている絵を見かけて「素敵な絵だな」と思い、推しキャラが同じならまた見れるかも、という位の気持ちフォローボタンを押した気がする。

 それからその人のツイートを見てみたら、どえらい面白い!!

 めちゃくちゃ面白かったのだ。

 自分にはない言語センス自然文体だけど伝えたいことがバリバリ伝わってくるツイート。絵がお上手な方はツイートも達者なのか!?と思ってしまうくらい面白かったのだ。今までフォローしていた方のツイートも好きだったのだが、その方のは何と言えば良いのか…なんかすごくツボにきたのだ。

 それから、その方のツイートが流れてくる度にちょっと嬉しい気持ちになった。

 さらにその方は、親しみやす雰囲気からか、よくTwitter上で他ユーザーさんと会話をしていた。その様子がタイムラインに流れてきたときも、楽しそうな雰囲気を感じて無関係自分暖かい気持ちになっていた。

 漫画みたいな例えをすると、憧れの人の様子を物陰から覗いて見ている気分だった。

 だが、Twitterであるもの流行し始めたことがきっかけで、私の気持ちが揺らいでしまった。

 質問箱やマシュマロといった、匿名メッセージサービスだ。

 なんと、それにメッセージを送ると設置者に匿名メッセージが届くのだ。

 友好的なその方は、是非にと、その箱を設置してくださった。普段話したりしない人からコメントも歓迎している旨もツイートしてくださった。

 最初、私はそのサービスを知って凄く嬉しかった。

 その方がメッセージに回答しているのを見たり、自分から質問やその方のイラストが好きだといったメッセージを送ったりするのが楽しかったし、その方との距離が少し近づいたような気持ちになった。

 今振り返ってみると、ここで少し「あれ?」と思った。

 匿名サービスあくまでもこちら側は匿名で送っている。だから、受け取り側からは、誰が送ってきたのかは基本的に分からない。

 でも、送り主からしたら「自分相手」が成り立っているような気分になってしまうのだ。実際の自分は、実態を持たない霧のようなものなのに。

 そりゃそうだ、だって自分が送った内容がどんなのかは知ってるから。だから自分メッセージとして認識している。

 何回かメッセージを送っていた当時の私は、いつからか眺めているだけで満足出来なくなってしまっていた。

 そして、思ってしまった。

「見ているだけじゃなくて、話をしてみたい」

 と。

 単に一人のユーザーとして関わってみたいだけならまだ良かったのかもしれないが、匿名サービスという段階を経てしまったせいで、勝手こちらは相手に対して親密な立場になっているのではないかという幻想を抱いてしまったのだ。相手からしたら、全然知らない人なのに。

 そのことに気づけていなかった私は、後悔をする出来事を起こしてしまった。

 先述の通り、私が好きなコンテンツ現場(イベント)が定期的に行われているジャンルだ。

 色んな媒体で盛り上がる系のコンテンツにハマったことがないので分からないのだが、ファン内でしばしば(どちらかというと主観的な)暗い話題がされていることもある。

 私は閉鎖的なオタクなので元のツイートが届くことは(運良く今までに)ないのだが、その方には届いてしまっているらしく、その話題について悲しんでいることがよくあった(そういう話に対して肯定的姿勢でないところも良い人だな…と思う)。

 それがたまたま続いてしまった際に、このようなツイートを見た。

「近頃悲しい話ばかりで寂しい。もっと楽しいことを言って欲しい」

 その時に、私は行動を起こしてしまった。本当なら、物陰から覗き見しているような私でなく、その方と親しい方がアプローチしてくださるのを待つべきだったのに。

 匿名サービスを使って、励ましとその方への感謝気持ち文字制限ぴったりになるくらいの分量で送ってしまったのだ。

 普段近くに話す知り合いがいないから、深い事情は分からない。

 でも、私はあなたイラストが好き。

 普段話しているツイートも好き。

 あなたイラストや呟きが私のエネルギーになることも沢山あった。

 こんな感じのことを送った。今思うと重すぎる。あまりに重すぎるラブレターだこれ。しかも我ながら、匿名なのめっちゃたちが悪い。

 これでスルーしてくれたらまだ良かったのだが、その方から返答が返ってきた。

 そこには、そのメッセージが嬉しかったということが書かれていており、まさかの返事に私は舞い上がってしまった。

 思わず追加で送ってしまった。そしてこれが、私の後悔である

「いつか現場でお会い出来たら、感謝気持ちを直接言わせてください」

 送った後に気がついた。

 これは、送ってはいけなかった。

 匿名であることで敷居が下がったから気軽に書いてしまったけれど、これはこのサービスを通して書くことではなかった。

 そんな私の気持ちとは逆に、その方は「こちらこそ是非」といった優しい言葉を返してくれた。誰かも分からない私に対して。

 それが、すごく申し訳なく感じてしまった。

 ここでの後悔は、匿名であるにも関わらずその方へ近づこうとしてしまたことだ。

 せめて、リプライをする勇気を持てていたら、こんな気持ちにならなかったと思う。

 でも、知らない人から急にリプライなんて来たら驚かせてしまうだろうし、やっぱり出来ないというのが心情だ。

 もし今後、本当に現場でお会いする機会があったら、私は「あの時のメッセージの者です」と言えるのだろうか。

 今の私は言えそうにない。

 きっと、話せても「Twitter見てます」くらいしか言えないのだろうな。

 せめて、「あなたイラストツイートが好きです」くらいは言えたら良いな。

 それか、あのメッセージのことだけは、忘れて欲しいと思ってしまっている。

 そんな私は、やっぱり見ているだけの方が良いのかもしれない。

 Twitter推しユーザーとの距離感が難しくなってしまった。

anond:20181017093616

それはどっちかっていうとYoutuberで、バーグ系はもっとライト企画にすると思うし、バーグ系にありがちな文体を取り出したのに企画の方を振られても文意を読み取れてないだけとしか思えないですね。

本物の天才と凡人でしかない私

ここから先に書くのは凡人から見た天才の話であり、天才を妬む凡人の醜い嫉妬けが書き連ねてあるだけなんです。だから気分を悪くする人は見ないでください。

知り合いに本当の天才がいて、本物の天才で、私はそれを見てるだけの凡人でしかなかったという話です。

もう誰にも聞かせることなんてできなくて一生涯胸にしまっていようと思うほどに汚くて醜い嫉妬の話。

ただ、私にとって原点とも言える大切なもので、記事に残したいと思ったから書かせてもらいます

軽くフェイクあり。

文体特に考えずに乱雑なままなので、見にくいとは思います

それでもお付き合いいただければ幸いです。

携帯から書いてるので字下げとか無しのがばがばです。よみづれーな!と思ったら読むのをやめて、他の面白いものを読んでください。

天才を妬み、嫉むだけの凡人の記録です。

大学時代の知り合いに天才がいた。

私も文字を書く人間なのだが、その人間文字を書く人だった。当時所属していたサークル文字を書く人間というのは珍しく、私と彼女意気投合。仲良くなった。

不思議雰囲気少女だった。

人懐っこいような、それでいて人付き合いに慣れていないような女の子だった。私は、彼女が大好きになった。

彼女も私を好きでいてくれているんだと思う。

彼女の口癖は、「私は天才から」というものだった。正直な話、自他共に認める天才というやつだった。

なんというか、世間一般想像する天才、という感じの子で、それ以外は何をしてもドジなところがあったりするのに、文章を書くことにおいて彼女の右に出るものはいなかった。

小説家になりたいとあの子は言っていた。私も小説家になりたくて諦めた人間だったからこそ、彼女のことを応援したいと思っていた。

私という凡人から見る彼女という天才はまさしく神様だった。

神様天使という存在によほど近かったし、私は彼女のことを神格化していたのだと思う。

それが間違いだった。

そもそもの話なのだが、私はあまり両親に歓迎されていない。

世間一般では虐待されているのだと思う。割とそれに気づくのが遅くて、その状況を甘んじて受け入れてはいるのだが。

常日頃から、呼吸するだけで呼吸がうるさいと言われ、醜い、臭いなんていうのは勿論、何をしても「お前には何もできない」「お前がやることは全て無駄だ」「言われたことだけやればいい」と言われ続けてきた。

唯一まともに出来ると自負していたのが小説を書くことだけだったのだ。

私は、両親への憎悪を込めて、幸せになりたい一心で書いていた。

認めてくれない周囲への憎悪や、どうしようもない「絵を描くことが出来ない」というコンプレックス(私は本当に絵を描くのが苦手で、当時二次創作活動していた私にとってそれは酷いコンプレックスになっていた)、そんなものを筆に乗せて私は一心不乱に憎悪文章を書いていた。

そんな私のことを認めてくれたのは天才彼女と、その周囲の文字を読むことが好きな人間だった。

今思えばその時が一番幸せだったのかもしれない。

私はそのコミュニティの中で、尊敬する彼女に認められ、彼女の周囲の人間にも認められ、初めて文章を書くという行為肯定された。

私は確かにそのときしかった。

天才彼女と会話することも、何もかもが楽しくて仕方なかった。

小説の話をすることも好きだったし、前向きに小説家を、もう一度目指してみようと思えたこともあって、色々なことを頑張っていた。

そんなある日、サークル主の交代の時期がやってきました。

ほとんど上下関係はないサークルだったのだが、一応、代表者みたいなのが存在していたので、そういうのの交代の時期だったんです。

サークル活動自体には私は熱心ではありませんでした。なんとなく所属して、なんとなく戯れるのが好きだったし、代表者なんて役回りも似合わないので私は普通に過ごしていました。

それでも、その日、ふと。

共通の知り合いから、天才彼女サークル代表者になるという話を聞いた。

私は、喜んだんです。

彼女はそういうのは苦手だと思うけど、それでも彼女に相応しいと思ったし、そういうことを頑張れる子だと思ってた。

から、そのまま彼女のところに言って。でも、私は私が彼女親友だと思ってたから、別の人から聞いたのがちょっとしかったんです。ちょっとじゃない。すごく悔しかった。すごく悔しかった!

からわざと、「次の代表者って誰になるんだろうね」って聞いて見たんです。ただの出来心だった。彼女が教えてくれると信じ込んでた。

嘘をつくのが、すごく下手な可愛い人は、「えっ!?し、知らない。全然教えられてないから〜!」って答えたんですよ。

そんなことあるわけないんだ。だって、私が聞いた「共通の知り合い」というのは、現在サークル代表者だった人なんだから

私は彼から、「次は天才彼女代表者になる。もう了承も取ったんだよ」という話を聞いたんです。

私の大好きな人が私に嘘をついたとき、感じたのは大きな絶望と圧倒的な失望しかなかった。

そこで気付いた、初めて知ったことがあった。それは、"天才彼女人間しかなかった。下手な嘘をつく、哀れな人間だ"という当たり前の事実だ。

それ以来私は、彼女接触することがなくなりました。本当に現金な話なんだけど、そうする必要を全く感じなくなったからだ。

私にとって天才のあの子が、凡人のあの子になった瞬間だった。

当時私は親から圧力に耐えられなくなっていた。就職の話や卒論別に入りたくもなかった大学押し付けられた学部での勉強に飽き飽きして、両親のいうことは全て「私たちが楽をするために働け」というものだと気付いてしまたからだ。

夜中に両親の寝室に包丁を持って入って、真冬最中眠る両親の枕元で正座して三時間過ごしたとき限界が来てることを知った。

まだ話が出来る父親に全てを正直に話した。その頃の私は完全に精神を病んでおり、外に出れば永遠と私を詰る声が聞こえるなんて状況だった。

大学を休学し、私はしばらくの間、彼女からも何からも離れた。

私にとって彼女天才だったのだ。

だが、その当時の彼女は全く芽が出ていなかった。

天才彼女は、家庭にも恵まれていたように見える。小説を書くことを認められていて、私と違い自信に満ちていた。

きっと、両親にも愛されていたのだと思う。

そんな彼女でも小説家の芽が出なくて、だからこんなに認められていない私が芽が出るわけがないと安堵していた。

大学を休学して1年が経った頃、風の噂で、天才彼女小説家としてデビューしたことを知った。大きな出版社だった。私でも知ってるような場所だ。

そのとき、全てががらがらと音をたてて崩れていく感じを味わったのだ。

まれ彼女は、その才能を十全に発揮し、そして、天才であることを世に知らしめた。

完全に私は折れてしまった。

私は彼女ほど恵まれていてもデビューできない"小説家"というものを、狭き門だと思っていたのだ。だから、何にも祝福されぬ私は通れなくて当然だと。

どこかで夢に向かって愚直に進む彼女を嘲る気持ちもあったのだと思う。

妬み、嫉み、嘲笑。そんな彼女に向けていた感情は全てがぽっきりと折れて、後に残ったのはどうしようもなく渦巻く嫉妬だけだった。

その嫉妬原動力にして、私は何度も物を書いた。

小説ではないものになったが、それでもそれは、世の中で一定評価されたのだと思う。

私は、出版された彼女小説を読むことはなかった。

憎悪に満ちた筆を止めることはなく、嫉妬怨恨の詰まった筆を進め、世界を愚弄して、そしてハッピーエンドを踏みにじることで精一杯になっていた。

そうでもしなければ。

私は、筆を折ってしまうと思った。私の見下した彼女が、天才彼女が、私を否定すると思って読めなかったのだ。

大学は、もうやめてしまっていた。価値がなかったからだ。私にとって、"彼女"という存在を無くした場所は、本当にひたすらに何の意味もなかった。

そんなある日、共通の知り合いから連絡が来た。

彼女の本が出版されてから1,2年経った頃合いだったと思う。

久しぶりに飲まないか、という連絡だった。天才彼女もいるという話で、私は当時の憎悪彼女を殺してしまわないか心配になったが、それよりも彼女がどうなったかが気になって仕方なくて会うことにしたのだ。

当日、待ち合わせ場所で待つ私に彼女が声をかけた。抱きついて来た。久しぶりだと笑った。

彼女は、何も変わっていなかった。

何もかも昔と同じで、ああ、と心の霧が晴れた気分だった。

あの時嘘をついたのは何か理由があったのかもしれない、と思えたのだ。天才であることを世に知らしめた彼女は、それでも変わらずに私という凡才に声をかけて、笑ってくれた。

そんな彼女が愛しかった。

彼女は、少しだけ、記憶にあるよりも疲れた顔をしていた。

から私は彼女が好きになったのだと思い出した。嘘をついたかもしれないが、彼女は、私という凡才を、愛してくれていたのだ。

しかった。そんな彼女が、大好きだった。私を見下さな彼女が好きで好きで仕方なかったのだ。

から私は、あの子の本を読む決意を固めた。読まないと、失礼だと思ったのだ。

天才である彼女が書いたものから、私は読みたかった。本当はずっと読みたかったんだと思って、何件も何件も本屋を駆け回った。しかし、田舎なせいか何件回っても無くて、読みたくて気が狂いそうになったときやっと見つけた。

冗談じゃ無く、手が震えた。

その本を手に取り私は、一気に読み終えた。そして、涙した。

登場人物の瑞々しい感情

豊かな状況描写

独特な心理表現

飽きさせない展開。

そして、ハッピーエンド

本当に、天才所業だった。嘘じゃない。この本を読むために私はこの世に生まれて来たのだと錯覚するほどに良い本だった。彼女に長文の感想をしたため、私は本当に、本当に、幸せな気分になったのだ。

今までの自分の恨みが全て浄化されるような気がした。私は、許されてもいい、と思った。

その小説の中で、天才彼女は、創作をすることの喜びを語っていた。創作をするときに悲しんではいけないと語っていた。

それは胸に響き、今までの怨恨原材料として書いて来た私に、幸せ気持ちで書いていいと許しをくれた気分になった。

早速私は、筆を取って。

そこで、絶望した。

先ほどまで許しだったものは明確な否定として私に牙を剥いたのだ。

私は、怨恨絶望嫉妬と、そんな汚い感情原材料にしてしか物を書けない人間だった。天才彼女のように、幸せで美しく綺麗な気持ちものを描くことなど出来なかった。

汚い感情原材料にして描くという、私に唯一ゆるされたことを、私に無邪気で無垢笑顔を向けた彼女が一番に紙面で否定したのだ。私の大好きだった文章否定したのだ。

ただの思い込みだとわかっている。

彼女はそんな気分で書いたのではないと知っている。それでも私は、それに気づいてしまった。

凡人と天才の間にある圧倒的なものに気付き、狂うほどに嫉妬した。

私にないものを持っている彼女があまりにもどうしようもなく遠い存在であるとそこで初めて認識したのだ。

今でも彼女の本は手元にある。

枕元において、ページがへろへろになるまで読み返した。

どんなになっても読み返した。何度も同じシーンで泣いてしまう。

それでも私は、勝手彼女を許すことが出来なかった。勝手彼女に対して憎悪の念を抱いた。

こんな素晴らしいものを世に生み出した人間を憎むことしかできないのだ。こんなに、素晴らしいのに。

私はその素晴らしさと尊さを正しく理解している。それでも尚、私は許すことが出来ない。

天才彼女を、心底憎悪している。

私という凡人を踏みにじった天才に対して、圧倒的な憎悪を振りかざしている。

私はこれからも、そういった憎悪嫉妬と、そんな汚い感情を持ってハッピーエンドを踏みにじって行くのだろう。それは、天才彼女に私が出来る唯一の復讐なのだ

かにわかるものでも、理解されるものでもないとわかっている。

彼女が悪いわけではないことも理解している。だからこそ、私は彼女に対しては今でもにこにこと、本当に彼女が大好きだと言い続けられる。これは本心だ。本心から私は彼女を愛している。

それでも私は、彼女無意識に踏みにじった私のために復讐を続ける。彼女という天才憎悪し続けるし、嫉妬しない日はないのだろう。

天才彼女ハッピーエンドを、素晴らしく描き続けるのであれば、私はそのハッピーエンドを何度も何度も何度でも踏みにじりたい。

わかりきっているのだ。

天才彼女が、何も思わないことなど知っている。そして、これを残す意味は、どこかで私のこの歪みきった感情に気付いて、認めて、謝ってほしいということなのだということにも。

私は彼女に認められたいだけなのだ

それでも、もし万が一これが彼女の目に入ったとしても、私は知らないふりをし続けるのだと思う。

凡才の私などを天才彼女が視界に入れてはいけないのだから

長々と読んでいただいたが、これらは全て私の妄想だ。私の大学時代に"天才彼女"というもの存在しない。存在しない。

からこそ、私は素面でこれを書けているのだから

よく書けてると思ったら、どこかで笑ってあげてください。一瞬でも本当のことだと思って騙されたのだとしたら、失笑してください。

私という凡人に騙されたのだと、少しだけ腹を抱えて笑ってくれたら幸いです。

私は今でも、憎悪に満ちたペンを握っているけど、きっとそれを架空の誰かのせいにしたくて、これを書いたのだと思います。だから全てフィクションなんです。本当だよ。

2018-10-16

誰の神にもなれなかった話

最近、神が自ジャンル撤退した話をちらほらと見かけた。感想をもらえなかった神を止められない後悔のようなものが綴られていた。ファンとしては悲しかったんだと思うし、去る神の方も辛い思いをしたんだと思う。

そんな記事を読んでいて、きっとその世界に私はいないんだろうなと漠然と感じていた。

私は元々一次創作で話を書く人間だった。

時おり好きになった作品二次創作を書いて、同じ作品好きな人Twitterで繋がってフォロワーを増やすということが多かった。増やすといっても一桁単位の話で、私の作品ブックマークも一番にしてくれたのはフォロワーのことが多かった。自分が書いたものを喜んでくれたり、楽しみにしてると言ってもらえたり、投稿ツイートいいねがつくだけでも嬉しかった。

それから私は今のジャンルにハマった。ジャンル自体が始まったばかりで、pixiv小説タグには作品ひとつかふたつぐらいしかなかった。私はジャンルに勢いよく沼ってしまっていて、その勢いのままほぼ週に一回ペースで小説を上げた。pixiv以外の投稿サイトでも多いときには1日に3本、2000字未満の短い話を書くこともあった。数打てば当たるというもので、同じジャンル活動を始めた人たちの目にも止まってTwitterで動かし始めていたジャンル用の別垢にもフォロワーが増えた。主は絵を描く人たちで、その人たちが絵を投稿すれば三桁のブクマいいねはあった。

私はと言えば好き勝手に書きつつもよいときは二桁の反応をもらうことがあった。Twitterでも作品に関する反応をもらえて、嬉しかった。

けれどふとpixiv小説タグを見返した時、自分作品しかないことが唐突に怖くなった。自分タグ荒らしているんじゃないかと恐ろしくなって、自分作品の多くを非公開にした。その直後にジャンルアニメ化されたこともあったのだろうけど、小説タグ自分以外の作品が多く投稿された。その事を嬉しく思って、たくさん小説を読み漁った。

どの作品も魅力的で、文章も濃厚で、自分ではできない表現を易々としていた。

それと同時に自分作品のつまらなさを見せつけられたような気がした。実際、自分が非公開にしたあとに投稿された作品のほうがブクマ数を稼いでいた。ジャンルに人が多くないからと2桁つけばいいと思っていたブクマを、あとから投稿された作品は三桁もらっているのを見た。なんなら自分pixivに上げたあとの作品のほうが反応があることなんてざらだった。

けれど自ジャンルで話を書くことは好きだったし、私が書いた拙いものでも好きだと言ってくれるフォロワーはいた。フォロワーTwitterで出した小ネタを話にして、その人に喜んでもらうというのが多かった。

しかしそんなことばかり続けていると、私が考えたものはつまらないんだろうなという考えに陥ったし、自分で話を考える力が失われてしまった。自分で考えた話はどれも似たような内容になっていて、読み直して頭を抱えた。

ジャンルではじめてオンリーが行われた時、私は人生ではじめて同人誌を作ってはじめてサークル参加をした。はじめてのオンリーということもあって開始直後にどのスペースも完売していて、少部数で持っていった私の本も全部売り切れた。すごく嬉しいと思ったし、そのあと感想をいただくこともあった。

しかし、再びあったオンリーでは新刊も既刊も、半分も売れなかった。具体的な数字を出せば、30部持っていってのその結果だ。

評価されないことも本が売れないことも、結果としては自分の実力不足問題だ。結局私の書くものは内容もワンパターンで、文体個性がないつまらないもの腐向けを書くにしても事を為してる描写が下手くそで、自カプの話は大体オチもつけず終わらせている。

そんなのをこじらせて、最終的にはジャンルのせいだと思い込むようになっていた。この頃はジャンル公式イベントに対する不信感やイベント現場でもオタク問題行動が目についていて、余計にジャンルに対して批判的な視線を向けてしまっていた。ジャンルを知らない友人やフォロワー運営への不満とオタク愚痴を語るのが日課になり、腐向けに作った垢も不満と愚痴自分文章への嫌悪に溢れていた。

本当は私は私が書いたものが好きだった。文章は単純でも展開がワンパターンでも致してるシーンがつまらなくても、自分が書いてて楽しいものを書けて幸せだった。でも私は誰かの神にもなれなかったし、他人の目を気にしすぎて、自分自身の神にもなれなかった。

私はジャンルが大好きだった。売り込み方は下手だったけれど、関係者の熱意は間違いなくあった。ストーリーキャラクターも魅力的で、今まで好きにならないタイプキャラ推しになった。はじめて現場に行くきっかけになったこコンテンツが好きだった。

今はせめて自分自身の神に戻るために、私は自分の好きだったものちゃんと向き合おうと思う。

私が好きな私の文章を、私が好きであれるように。

私が好きだと思ったものを、好きだと思い続けられるように。

2018-10-14

anond:20181014182327

それまさしく「とってつけたような逆張り」だし、その自覚があるからおまえもわざわざ予防線張ってんじゃねえの?

って煽ろうかと思ったけどやっぱやめるわあれ逆張りにすらなってねえ

あんなのは「そんな優しさは偽善だ」っていう、現代日本に溢れかえってる根拠のない信仰の亜種にすぎないわ

ついでにそれで「言ってやった感」を演出してる蒙昧も度し難いわ

まあ俺はあの文体がクソ嫌いで読んでると鳥肌が立ってくるほどだからいくらかのバイアスが掛かってることは否定せんよ

anond:20181014162906

継続的にやっていたら、いやがらせとみなされるだろう。

文体から言っても、同一人物だし。

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