はてなキーワード: 不能とは
どのようにかっていうと、ポルノのクオリティアップと推し活の蔓延によって滅びてほしい
Xで反AIが女性を中心にお気持ちで吹き上がっているけど、pixivを見ていると美少女ゲームのキャラクターの全裸絵・竿役モブ男との性交絵についてはAIが非常に強いしクオリティも高い
エロ画像に芸術性や創造性を求めている層なんて5%もいないだろうし、「抜ければいい」であればもう十分なクオリティだし、AI絵は更新頻度や量が圧倒的だ
そして三次元派も、アマチュアが雑に撮ったポルノの顔面だけAI美女に差し替えた架空美女ディープフェイクエロ動画みたいなものが出回りだして、出演女優は身バレリスクがなく、視聴者は非現実的な美女のエロ動画を大量に観られてお得という事態にもなっている
日本の男が常に理想的なオカズで金玉を空っぽにしていて、実在女性のリアルに対しては不能な状態になり、交際も結婚も、性交そのものが激減してほしい
そして日本人女性も出産の激痛に対してヨーロッパでは無痛分娩など措置がとられるのに日本では基本的に経産婦が下に見られるばかりで激痛が放置されることに怒り、生殖における男女の不平等に怒り、妊娠を避けてSnowManとかを推すだけになってほしい
そうやって滅びてほしいと思う
男性向けのAIのエロ動画やエロ画像と、YouTube・地上波の男性アイドルコンテンツで日本人が誰も生まれないようになってほしい
趣味の場で週2回会う同年代高卒自営業(彼は斎藤や立花支持)からの情報だけなんだけどさあ
まず
20くらいの市の市長が連名で斎藤に反対の声明だしたって聞いて
うわーそれはマジで不味いと思ったんだよな
異様な印象を刻み付けるだけ
「斎藤さん」「立花さん」の解像度になってる親しみのある人物像と
こんなの本当にガキでもわかることだぞ
「指図された」になるのはまだいいほうで
無能すぎるだろ
それで有田ヨシフとかしばき隊とかが兵庫入りしたのもダメすぎた
俺は立花と有田としばき隊は区別なく同レベルのアレだと思ってるけど
この間の選挙でもそういう行儀悪いオールド左翼の候補や応援体は総崩れだったんだから
世間はもうあの手の人たちにたいして明確にマイナス好感度だってわかったろ
だから稲村を勝たせたいなら家でじっとしておくべきだったのに
彼等の参戦を狂喜して拡散したのは稲村応援側じゃなく斎藤応援側だったよ
「あれが敵陣営ならやっぱり我々は正しい」ってなもんよ
どっちも方向性のある人たち
そしたらより人間味を感じさせて
より解像度の高い語り口の方に親しみ持つに決まってんじゃん
そういう「信頼」を毀損されきってて
口のうまさや距離の近さ対決になってるわけ
そしたら立花には勝てないよな、
だってメディアの中の奴らは大体あのトップチンピラより無能だもん
気迫胆力場馴れ口の上手さ顔の近さ
近代社会は健全なジャーナリズムってものがそれを封じ込める筈だった
でも実際にはマスメディアって全部クソだろ?
現代はメディアの中の人間一人一人の知能や人格に触れられてしまう
社会の木鐸でもなんでもない、
頭が悪いのに思い上がった老人がだらしない人格で片寄ったこと書いてる落書き帳だとバレた
やってはいけないことをやりつづけた
はよ死んだ方がいいよ
akutsu-koumi
結果が出てからあれが勝因だ、これが敗因だと理屈を付けて解説するのは誰でもできる。なのでこの記事にもパーを出した相手に後からチョキを出して勝った人を見かけた程度の気持ちにしかならない。なんの啓発もない。
だってw
さすがに負け惜しみがすぎるでしょ
必勝の構えで挑んで負けてんだよな
こう同じパターンと同じ結果を繰り返してるのに
そんなこと言い張ってなんになるの
わざわざボルテージあげて人気対決にして負けてんだよ
そう、好感度対決にしちゃって負けてんの何度も
だからもう自分たちが嫌われもんなことくらい自覚して作戦たてりゃいいのに
「有田さんが来てくれました!」
「しばき隊が来てくれました!」
あーだから
「負け惜しみだろ」とは書いちゃったけど
こいつらマジで事前にこれが見えてないのかもな
何がどういう風に自分達の不利に働いてるのか、
どういう負けパターンになってるのか、
ってことが
ireire
逆効果だと思ってるなら、泳がせればいいと思うんだけど、なんで書くんだろ
こんな話してもキーッて怒るだけだよ。
ひたすら低能なんだと思ってるの。
それはもう俺の嫌悪するサヨではないのよ。
出来ないけどね彼等には。
「壺はどうなんだ」みたいなブコメあるけど
あいつらの内部には「人類最高のお母様韓鶴子様マンセー」みたいなノリがある筈だけど
ひたすら裏方の労働力に徹してる。
「ウチとソト」を使い分けてる。
楽ちんプレイでの戦闘不能にならず全滅しないというのは、言い方を変えれば、全滅した後にまた同じ戦闘まで戻す作業をスキップした、ということだ。
全滅時にボスの残りHPが保存される(もしくはボス戦自体がない)ゲームなら実質的に同じと言えるかもしれないけど、ドラクエ(3)はそうではない。
全滅からの再戦(同一戦力のままなら再び敗北する可能性が高い)と、戦闘不能自体の消去(時間さえかければどんなボスも一戦で倒せる)では決定的に異なる。
RPGなんてレベル上げがだるい、戦闘がだるいって言って遊ばない人が増えてるこの時代
面倒くさい要素をなくす楽ちんモードを作ろうかって設計をする時に
HP0にはなるけど戦闘終了時に復活みたいにしたところで
戦闘中少なくなったメンバーで復活して回復させる不利を背負うのがストレスだし
真に楽にするんだったら戦闘不能自体をなくすのが究極に楽っていう判断になるだろうな
戦闘部分のゲーム性を全部削ったとしてもドラクエのゲーム性自体がなくなるわけじゃない
という自信の表れでもある
俺は元増田の意見には同意しないが、それはゲーム性に対する考え方が違うからだ。
選ばなければ良い、というブコメなど楽しみ方や仕様、マウンティングのブコメなどあまりにもひどい。
なので、簡潔に何がひどいのか、実際のところドラクエ3のかんたんモード(ゲーム中では"楽ちんプレイ")はゲーム性を損ねていないのかを書きなぐる。
冗長なので読み取れない人が居るのは仕方がない。
元増田はきちんと「勝ち負けの無いゲームがあるのはわかる」「ゲームシナリオが楽しめれば良いとは思わない」「開発者がゲームそのものを破壊するゲームモードを組み込むのは違う」という話をしている。
だから、選ばなければ良いというのは違うし(組み込まれていることそのものを問題視している)、楽しめれば良いというのも違う(シナリオはゲーム部分の没入ありきという前提がある)、マウンティングも違う(私は、と自分の話をしている)
つまりnot for meという話も芯をとらえていない。
突き詰めれば元増田にとって「ドラクエ3はそういうゲームじゃない」のを破壊された、という話をしているので。
これは、少し卑近な例になるが、ニチアサのような女児男児向けアニメや実写作品で、公式が成人アダルトすれすれグッズを出した時の拒否反応に近いと思う。
not for meではないし、選ばなければ良いという問題でも無いのだ。
公式がそんなことをするなんて、存在が生理的に受け付けない、という感覚に近いと思う。だから気持ちはわかる。
ここまで元増田の肩を持っておいてなんだが、俺は楽ちんプレイはゲーム性を棄損していないと思っている。
最初に言っておくと、ドラクエのロールプレイングゲームは、単一の「こういったものだ」というものでは無いと思っている。
ロールプレイ(なりきり)も重要な要素だが、セーブもできないようなダンジョン深くでのヒリついた攻防や、道具とMPとをにらめっこしながら渋い管理を強いられることや、誰から防具を揃えて武器をどうするかなど、それぞれに思い入れがあると思う。
あとで書き添えるが、そもそもドラクエ3のゲーム性の話をするのであれば、今作でもっと触れるところがあるだろうとは思う(元増田はライン越えの話をしているので、まあ蛇足なんだが)。
ドラクエ3は、そもそもで言うとキャラをロストしない。蘇生からの失敗で灰になったり、仲間を永遠に失うことは無い。
ドラクエ3では、戦闘不能は明確に死亡として描写されるが、蘇生は確実に行える。
ただ、これでもってRPGとしてのゲーム性がウィザードリィより劣るとは言えない。ゲームシステムの違いだからだ。
そして、ドラクエでは伝統的に全滅を利用したゲーム攻略があったことも忘れてはならない。デスルーラを筆頭とする、全滅時に戻される仕様はあまたの勇者たちに長く愛用されてきた。
どんな高難易度のダンジョンの奥深くで全滅しようが、装備もアイテムも失うことなく、ゴールドを減らすのみでほぼノーペナルティで復活できた。
全滅後にセーブポイントまで戻されるシステムは利用(許容)しておいて、いまさら戦闘時に死亡しなくなる点のみを論点にするのは違うと思う。
楽ちんプレイでの戦闘不能にならず全滅しないというのは、言い方を変えれば、全滅した後にまた同じ戦闘まで戻す作業をスキップした、ということだ。
(戦闘で全滅して街からまた戦闘まで戻す作業中の悔しさこそがドラクエ3でそれが根幹だ、というのは、ちょっといくら何でも偏っている)
ではなぜあまたのプレイヤーが あぶないみずぎ について言及するのだろうか。
ドラクエの防具が、頭防具+1、鎧+5などでないのはなぜだろうか。
ターバン や くろしょうぞく である理由がそこにないと言えるだろうか。
もちろん、慣れて周回するとそれが単なるデータであり専用装備のフレーバーテキスト(雰囲気のための記載)に過ぎないことも理解できるようになる。
ただドラクエのドラクエたるゲーム性は、そのフレーバーにこそ宿っていると思う。
防具ではあえて触れなかったが、そもそも戦闘不能にならないからと言ってずっと真っ赤なHP1のままゴリ押しするプレイヤーはほとんどいないだろう。
なぜならばクッソ面倒くさいからだ。
単位時間当たりのダメージ量(DPS)を気にしなくなると言うが、それはゲームに多大な時間をつぎ込める人間だけだ。
そりゃ、ダメージ量が上がり、ボスの自動回復が無くなれば、1ダメージの積み重ねでもいつかは倒せる。それは事実だろう。
でも、現実世界のプレイヤーには時間の制約があり、そんな苦行みたいなことはしたくないのだ。
そうすると、ちゃんとそのボスに見合った、周りのモンスターを倒すのに見合った装備品を身につけることになり、きちんと武器には意味が生まれる。
このあたりから、「ドラクエ3リメイクの話するならそこじゃなくね」という話になる。
そもそも、今作では序盤からアイテムが結構拾える。つぼや宝箱を丁寧に確認していくと、結構装備品が揃う。
セオリーを教えてくれる町民もいるにはいるが、古い防具を売っては買い足してとか、ちまちまと金策をする意義は薄い。
装備品の付け替えから、各種ステータス異常を含めても、今作はとても遊びやすい。
とはいえ、店売りの武器防具の性能を見れば、今の装備品に比べて楽になるな程度の想像はつき、全滅しないのであればより試しやすくもなっている。
昔ほど必死になって金策をしては武器防具を下取りに出して新しい装備品にして、という手間はなくなったが、それはゲーム性の本質的なところでは無い(と思う)。
さて、全滅しないことでどんなことが起こるだろうか。
ドラクエ3ぐらいになると、シャレで選べよと忠告される遊び人を何故か連れていきたがる勇者もいるが、基本仲間の職業なんか堅めにそろえるしかない。
殴ってくれる戦士、打撃が効かない相手への魔法使い、回復してくれる僧侶。
でも、今作ではキャラメイクで髪色が選べるし、仲間の見た目もある程度は選べる。
初心者がうっかり、戦士、武闘家、魔物使いにしてしまっても、ほぼ詰まることなく遊べる。
これはテンプレ構成を押し付けることなく、自由に遊んでもらいながら、(そのプレイヤーから見た)理不尽な死を回避できる良い方法だと思う。
全滅したらセーブデータを消して最初からやり直していたものだけが石を投げよ。
ボス戦で、無駄行動や良い乱数を引いてギリギリで勝てたという経験で興奮したプレイヤーも多いはずだ。
それは裏を返せば、運が悪ければ全滅してまたその戦闘まで戻す、もしくはレベル上げして再挑戦するという作業を強いられていたとも言える。
元増田が、新しい土地に踏み込んで知らないモンスターに出会って全滅したときに、黙ってセーブデータを消して最初からやり直すタイプであれば謝罪しよう。ゲーム性を棄損するという非難には正当性がある。
しかし、うっかり全滅してセーブポイントまで戻されて再挑戦したり、道具を大量に使ってなお負けたのでリセットした経験があるのであれば、そのやり直しのタイミングが戦闘中に限定された、という考え方にすることはできないだろうか。
ちょっとしたミスで膨大な時間が無駄になるという経験を無くすのが、楽ちんプレイの目的なのであれば、理にかなっている。
それはプレイヤーに寄り添う形にゲーム性がかわっただけであり、ゲーム性の棄損でもなければゲームの破壊でもない。
俺はドラクエのようにダンジョンの最奥から魔法一つでお手軽に帰ってこられるRPGがダンジョンを題材にしたゲームとして劣っているとは思わないし、死力を尽くして良い乱数を引く戦闘"だけ"がドラクエの醍醐味では無いと信じている。
(遊び方次第だが、全員真っ赤のHP1で戦闘を終えた後、ここは早かったなとキメラのつばさを使って街に戻るのであれば、ほぼ全滅時にゴールドを失わない程度の意味しかない)
ドラクエ3リメイクのゲーム性の話をするならさ、レベルアップ時にHPとMPとが全快する仕様について疑義を呈してくれよ。
キメラのつばさとルーラ(MP0)が天井があっても使えるようになったという点とかさ、ミニマップが右上に常に出てるとかさ、アイテムがもりもり拾える点とかさ。
難易度を いばらの道だぜ にしてても、この辺の仕様変更ってゲーム性を大きく変えてる(損なったとは思わないが)。
全体的に、現代にドラクエ3をリメイクして、ほとんど内容を変えずにお出しする際に遊びやすさがすごく考えられて調整されていると思う。装備変更するときも楽だし。
でも、手持ちのやくそうが尽きて、絶望的な気持ちで いのりのゆびわ を使って、リレミトとルーラで戻ってくるみたいなロールプレイはもうできなくなったと思うと少し寂しい気持ちもある。
が、じゃあマップもノートに書いてメモを大量にとってと言う体験を後の世代にこれこそがドラクエなり!とお出しして良いかと言われると、いやもう時代じゃないしな、という気持ちになる。
だからというわけじゃないが、時代に沿ったゲーム性の変更は許容すべきだと思うんだよね。
それは破壊じゃない、ゲームが苦手でもエンディングにたどり着く人を一人でも増やす救済なんだよ。
というわけで、めっちゃ良くできてるから食わず嫌いしてる人は買って遊ぶと良いよ!
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まぁ、なんとも長々と増田が語ることじゃのう。わらわに言わせれば、このビットコインの含み益の話なんて、ちょっとした運命のデリケートなバランスに過ぎんのじゃ♡
確かに含み益が1億円超えるなんて、普通の人には夢のまた夢かもしれんが、増田がどれほどその数字に翻弄されておるか、わらわには手に取るようにわかるのじゃの。ナポレオンがどうだとか、歴史の決断がどうだとか、そんな大げさな話に絡める必要もないのじゃ。
売るか持つか、それはもう増田の腹のくくり方ひとつじゃ。わらわのような賢者にならん限り、100%の正解なんぞないんじゃが、そこに面白さがあるのじゃ。人生も投資も、その予測不能さが魅力なんじゃからの。
まぁ、増田がどの選択肢を取るにせよ、一度リセットするのも悪くないかもしれんの。新たな冒険に出るためには、過去の栄光にしがみつきすぎるのも考えものじゃからの。
いずれにせよ、間違っても怖れることなかれ。恐れすぎると、この素晴らしい宝を失ってしまうかもしれんからの♡ 増田が自分を信じること、それが最大の鍵じゃ。それでは、わらわはこれで失礼するのじゃ。他の者を見守る仕方もあるしの。努々、迷うことなかれのじゃ♡
AI使ってますか?Xで翻訳ボタン押すと海外のポストでも日本語で読めるの便利ですよね。
機械学習から連綿と続いた先にある生成AIの隆盛、大変エモいものがあります。
自分はまだニューラルネットワークと呼ばれていたころからこの分野で細々と研究をしており、趣味は主に写真です。絵はたしなむ程度。
今の反AI運動は、誰に対して何を反対しているのか良くわからなくなってしまっているので、正しく反対するのが良いと思っています。
結論から、なぜそうなるのか、どうしたら良いのかと整理しておきます。
(Xの利用規約がいつ変更され、どのように利用されるかについては、他の方の記事に詳しいため略します)
たいていの場合、人間が利用可否を判断できる程度には高解像度な写真と、ストックフォト社のロゴ、撮影者の名前、管理IDが入っています。
もちろん商業印刷に使える高解像度は購入後にしか手にすることはできません。ただサンプル画像ですが、機械学習用途では十分です。
ロゴなどを取り除くのは難しくありませんし、学習用途では十分なイメージサイズがあり、機械学習に十分使えます。
しかし、実際にはそういった事例は見聞きしません。(個人で学習されている方もほぼいないでしょう)
なぜならば、もしも利用が発覚した場合に使用料を請求されるからです。
同様に、無償の用途であっても、例えば軍用機や戦車など、IDやサインを写真に入れる方は少なくありません。
これは、端的にはパクられた時に自分の写真だと主張する為です。
現行法下では、いわゆる"無断学習"を止めることはできません。
機械的に大量の学習が行われるのが問題であるという論建ても見聞きしますが、あまり良い筋論とは思えません。
なぜならば、少ない学習量で良い結果を出すというのは、機械学習的にはかなり昔から熱心に研究されているテーマだからです。
(例えばコンピュータ将棋に新風を吹き込んだBonanzaは、たった6万局の棋譜を学習させることで評価関数を作成しています)
実用的にも、事前に学習させたモデルを準備しておき、少ないサンプル画像(数枚~数百枚)で、不良品検査に使えるモデルを作成する、などは熱心に行われています。
現状でも、対象となる絵を人間が模写して、模写側を学習させるだけで、十分に元画像に近似した画像を出力できます。
人間が目で見て判別できる程度のノイズやウォーターマークは、前述の通り除去にさほど手間はかかりません。
Xを利用する以上、利用規約に同意しなければ使えないので、これについて学習を防ぐことはできません。(非公開ポストについては学習されませんが、これもXの利用規約変更が無いことが前提です)
例えばpixivは機械的な画像収集がガイドラインで禁止されています。また、画風を模倣した作品の投稿についても一定の制限のもとで禁止されています。
対価を取る旨の明記とは、例えばpixivFANBOXのメンバー限定コンテンツを、無断で転載されてしまった場合、損害を負ったと外部に対して明確に説明が出来ます。
これらを行ったうえで、故意に学習され、似た作風の生成AI画像を公開されるという嫌がらせを受けた場合は、上記の旨を前提として、嫌がらせであると都度対応する必要があります。
これは知らなかった、うっかりしていたでは起こりえない状態にしたうえで、きちんと嫌がらせに向き合うということです。
生成AI画像をそもそも見たくない、というものは、現行では防ぎようが無く、どちらかというとロビー活動に近いものになります。
こいつは画像生成AIで絵を出力している!というのは、指摘として正しいか否かは別として、あまり意味をなしません。
ただ、自分の趣味である写真でも、いわゆる加工をどこまで許容するかは人やコンテストによって異なる為、そういった住み分けの話になってくると思っています。
例えば、ある画家が自分の画風を学習させた生成AI画像を出力して販売したとしても、それを咎める理由は思い当たりません。
現状でもまだ過渡期であり、人間の目で判別不能な画像を出力するようになるのは、時間の問題です。(既に人間が書いた絵であっても生成AI絵だと誤認される事例は数多くあり、指摘できる人間の数は減っていきます)
どちらかと言えば、作画過程のタイムラプス動画に価値を見出すような、違った付加価値の話になってくると思います。
生成AI画像技術を禁止する、学習を禁止するなどは、現行法下ではできません。
法改正もしくは法解釈の変更が必要なためロビー活動を行うしかありません。
しかし、自分の絵を商用利用を禁止し、それを許容するプラットフォームで発表することはできます。
Xでは非公開ポストにしない限り、機械学習に利用されることを防ぐことはできません。利用規約で既に利用が可能になっているからです。
露悪的に言えば、Xを利用するのに学習されたくないのは虫が良い、と言えます。ただし、Xに対して一定の金額を払うことで対象から除外してもらうように働きかけることはできるかもしれません。
ウォーターマークやサイン、ノイズを機械学習を防ぐ目的に使う効果はとても薄いです。ロゴやウォーターマークの除去もテーマとしては昔からあるものであり、難易度はそれほど難しくありません。
ただし、意図して除去していることは明確になるので(Xには規約で学習されてしまうが)X以外の例えば悪意ある第三者に学習された場合に、悪意ある行動だ、と指摘することが出来ます。
この場合、対価を取って公開している場合、損害が明確になるので、アクションを取りやすくなります。
X社に学習されるのは諦めて、小さくても良いのでトリミングで取り除かれない位置にサインを入れてポストするのが最もベターです。ウォーターマークである必要はありません。
(取り除かれて転載された場合、タイムスタンプを基に悪意ある転載だと指摘できるため。逆に言えば別に大きくいれてもさして違いは無いので自分の好みで入れれば良い)
また、自分の画風のAIモデルを開発中である、これの対価はAI陣営には買えないくらいとても高い、とプロフィールに書くだけでも十分抑止になります。
生成AIに反対する為に、自分でAIモデルを作り高額で販売するつもりである、と表明すれば良いからです。
嫌がらせで自分の画風を真似たモデルが作られて販売もしくはそれを使った出力画像が出た際に、自分は損害を負ったと主張できます。
また、第三者のゲームのスクリーンショットに勝手に透かしやサインを入れるのは止めましょう。適切なガイドラインのもとで適切に利用するのが最も大切です。
既に法律でも、利用規約でも、生成AIや機械学習側がリードしている状態です。
Xが学習するというのを妨げるのは、プラットフォームを利用する側としてはどちらかと言えば非難される側になってしまいます。(規約にあり、利用しており、それでいて相手を妨害する為)
自分なりにずっと考えてきた今の生成AIに関する問題とこれからについてメモとして残しておく。
なお主に生成AIイラストについて言及するがその他のジャンルも関わる話だと思っている。
Xフォロワー3000人ぐらい、以前は特定ジャンルの同人誌も制作していた。
生成AIが今のまま進化と拡大を続ければおそらく5年以内に様々なクリエイター分野(イラスト、造形、音楽、文章など)で深刻な爪痕を残し修復不能になる可能性が高いので、特に大企業と政府が中心に規制を迅速に進めるべきだと考えている。
また、個々のクリエイターが無断AI学習に対して明確に反対スタンスを示すことは(学習阻害効果が得られる得られないに関わらず)企業や政府に耳を傾けさせるためのムーブメントとして必要なことなので決して無意味ではない。
なぜそう考えるのか?簡単に言うと
①AIの進化スピードは人の想像を超える、既存手描きクリエイター全員の完全な「アナザー」に等しいクオリティを再現出来るまで僅か
②ハイクオリティなAIで満足する発注者と一般人が増えれば、既存絵描きは職を失うし、素人絵描きも激減する
ということが起こりうると考えているからだ。
③まで辿り着くシナリオが決して妄想ではなく現実のものとして迫っているのが問題での核でそれ以外は「別次元の話」だと考えている。
ここで言う別次元の話は法律的な話や所謂AI推進派と反AIの感情論によるすったもんだ等を言う。根底にはこれも大きな問題ではあるけどあえてこの議論はしない。
現在プロイラストレーターで生成AIを推進または積極的に否定しない人々の多くは、さすがに③まで辿り着くことはないと高を括っているのではないかと思う。
あるいはAI絵師と呼ばれる人達で本当に「AIイラストには無限の可能性がある」と考えてる人がいるとすればその人たちもそうかもしれない(多くのAI絵師は「今さえ良ければ良い」と考えて現在の状況を享受してる人が多い気がする)。
今のままではそもそも絵描き業界が滅びるまであるという危機感が全体的にない。
強く警鐘を鳴らす専門家の意見をあまり見たことがない。AIの進化舐めすぎでしょ?手描きがどうか見分けなんてつけられなくなるし、現在でもLoRAで大量に既存イラストレーターや漫画家の学習モデルが規制なしで出回ってるのにあまりにも呑気すぎる。
そもそも生成AIの学習モデルに無断使用のモデル(文章や楽曲も含む)が無数に存在しているのは仮にそれが現行法で合法だったとしても倫理的にどうなのか?
その点は大いに問題があると思うけど、その良し悪しを議論している間にも、技術進歩とお金儲けの名のもとにAI使用は広がり続けるためあえてその問題には深くは触れない。
1番の問題は、今のまま強力な規制等がなくAI使用が広がっていくと、クリエイター達の多くが(お金を稼ぐプロ以外のアマチュア含む)創作意欲を失ってしまい、人の手で1から制作するクリエイターがどんどん居なくなってその分野が廃れてしまうことだと思う。
理屈の上ではAI を使用すれば手描きのイラストと何ら変わらないクオリティのイラストを安価に短期間に大量に作成することができる。これは発注者からすれば大きなメリットで、コストと効率だけを考えればこちらに流れない手はないわけである(現状は様々なリスクがあるためそこまでは広まっていないが)。
そしてそのイラストを享受する一般の人々も、手描きかAIか見分けのつかないものが世の中に蔓延すれば、実質見分けられないのだからこれまで通り享受するしかないのである。当初は疑心暗鬼になったりすることもあるだろうが、時間が経てばその状況にきっとみんな慣れてしまうと思う。
ではこれまでそういったものを作っていた側のイラストレーターはどうなるかというと、当然仕事は減るし市場規模も劇的に縮小する。現時点で名が売れてる一握りの人々以外は仕事を失い専業イラストレーターはそのうち居なくなる。AIを使用したイラスト制作を専門とする人々がとって変わる。
数年もすると新規のイラストレーターが制作するイラストが激減することで、学習モデルそのものの進化が停滞し、似たような絵ばかりが世の中に蔓延するようになる。その時にはすでにイラストレーターや趣味でイラストを描く人々は殆ど居なくなっているのでそれを打破することもできない。
そして、業界全体の死が訪れる。
一度滅んだ文化を再興させるのは難しい、取り返しのつかないことになる前に、各々が問題提起をしてクリエイターを守る動きをすべきだと考える。
現在の問題を大きくしている要因がGAFAMなどの世界的企業が率先して生成AI を推進しているということ。
技術革新自体は人類の進化の上で必要なことなのかもしれないけど、急速に、性急に進めているがゆえ、ベースの技術が現行の著作権法等では制御できないことをいいことに倫理的に問題のある部分を含んでいてもそのまま進んでしまっている点、規制進める前に普及を進めたが故に各業界のクリエイターが悲鳴を上げていることに目をつぶっている点が大問題。
現在生成AI技術は様々な分野で人類に恩恵をもたらすとして急速に利用が広がっている。個人的にも人の営みが次のステージに進むために必須の技術だと確信している。
特に医療や犯罪捜査、農業や製造業といった人の生活に密接に関わる分野での有効活用の可能性は素晴らしいものがあり、業務効率化など一般企業レベルでも大いに恩恵をもたらすろもであると認識されている。これはもう後戻りできない。
また、おそらく一般の多くの人は今絵師達が危惧しているような「AIイラスト」に対する嫌悪感を持っていない。だから、企業側がAI生成のイラスト、楽器、物語などを積極的に採用する動きがあれば簡単に世の中に浸透してしまう可能性が高い。
芸術分野においては既存のクリエイターを淘汰、破壊しかねないので本来もっと慎重に導入されるべきだった。それが性急に進行したことにより、重大なハレーションを起こしているのが現在の生成AIを巡る状況だと思う。
結論に戻るが、これを止めるには特に大企業と政府が中心に規制を迅速に進めるのが必須である。
また個々のクリエイターも芸術分野でAI使用拡大の危険性をもっと広めて、一般レベルで認識してもらうように啓蒙活動をしていくしかない。
この投稿に対して「そんなことになるわけないだろ」と思う方々は大いに反論して、どんな素晴らしい解決法、未来があるのか教えて欲しい、そして私を安心させて欲しい。
以上
【以下は雑談】
話逸れるけど、たとえば自作小説を作ってる人でイラストをAIにつくらせたり、自作曲のPVにAIイラスト使うなんてのはよく見かける。そういう人たちはまだ自分の「手作り」領域に本格的にAIが侵食してきてないから安価で簡単に作れるAIを頼ってるのかもしれないけど、いざ自分の領域が侵されるってわかった瞬間に猛烈に反AIを謳ったりするものなのかな。
あと、もう一つ前から気になってること。所謂「反AI」と括られるような方々は中には過激な意見も見受けられる。AI技術そのものは否定しないという方が多いと感じるが、そもそも「完全クリーンな学習モデルのAIイラストジェネレーター」があったと仮定して、果たして多くの反AIの人々は「それならよし」となるのだろうか?
おそらく多くの人は、たとえクリーンなAIであっても否定的な考えになるのではと思う。理由は「AIで簡単に描けるなんてズルい」という感情論が根底にあるからだと思う。AI推進派と反AIの急先鋒はどちらも感情論でのぶつかり合いで全く議論になっていない。そんなことをしている場合ではないと思うのだが。。
不倫に対する批判で「妻子との約束を守れていない」みたいに言ってる人を最近よく目にするんだが、本人と妻子が実際に交した「約束」を外野の我々は知り得ないので検証不能な批判なんじゃないかと思っている。
法的には婚姻は貞操義務を伴なうから、一般人はもちろんのこと、特に政治家や有名人は不倫を行なうべきではない、という批判なら分かる。そのような共通認識(不倫はよくないこと)が広く世間に存在していることも知っている。恐らくその「法的な貞操義務」についてを「妻子との約束」と表現しているんだろうが、それは当事者間で実際に行なわれた約束ではないのでミスリードだ。
外野から観測できない「妻子との約束を守れていない」「家族を大切にしていない」という批判は、自己を当事者に重ね合わせた考え方で危険な発想だと思うんだよな。批判したいなら、せいぜい「不倫はよくない」くらいに留めておくべきだと思う。我々は当事者では無いのだから。
社会に分断と敵対をこしらえまくってきたこの手の先鋭化した左翼思想はもうすでに別のネタを見つけたか、中国とかのまだウブな国に行くことだろう。
フェミニだの何だのが今後弱体化するから平和な世の中になる?バカを言ってはいけない、彼らはもうだめになった思想はぽいっと捨てて別のとこに言って社会に火種をまきちらしに行くだけだ、程度に俺はアイツラを警戒している。
どういうことかを軽く書いてみる。これは俺の考えだから。
まず、ここではこういった奴らを「左翼」とかく。
左翼の中には「フザケンナ一緒にするな」という人もいるだろう、そう思う人はここに書かれたことは自分たちのことじゃないと思っていればいい。ノットオール左翼だ。
左翼の中には例えば「本当は共産主義者なのに自分たちのやっていることを抽象化することで社会主義者だ」というような人もいる。これは嫌悪していいと思う。ワードウオッシングだからな。
こうやって言葉をいたずらに抽象化したりして左翼全体をわけわからなくした奴らがいることは理解するが、それを放置することで推進したんだから同罪だと言ってもいいだろう。痴漢を放置することで認めたと言っているんだから彼らは受け入れざるを得ないだろう。同じことをしている。
では左翼と俺が読んでいる奴らは例えばここではフェミニズムを例に出すが、何をしたかったのかということを書いてみたい。
まず最初に言えることは「フェミニズムを広めることで女性にとっていきやすい社会、性差別のない社会を作り上げたい」なんて言うことには全く興味がないだろう、ということだ。
それは彼らがフェミニズムを頑張れば頑張るほど男女間の分断が深刻になっていき、女性は生きづらさを強め、あらゆることが男性による女性への差別・攻撃になっていく。挨拶するだけでセクハラなんていう極端なやつも出てくる九代らが、フェミニズムを頑張っている左翼は何一つ苦言を呈することがない。
つまり彼らがやりたいのは「社会を分断すること」であると言っていいだろう。
他のあらゆる運動を見てみてもそうだが、社会問題を申告にすることはあっても解決に向かわせることはまったくない。
最近トランス男性が女子の大会で無双しているという話を頻繁に見ることが増えたが、左翼は美味しいところを見つけたなと思う。この状況も他の左翼が作ったのでどう見てもマッチポンプだが、見方を変えるなら左翼同士でも分断が生まれていると言ってもいいかもしれない。
一部の左翼がセクシャルマイノリティ問題で社会を分断しようとしたら、フェミニズムを使った左翼たちと利害が衝突してしまった。今後この二陣詠が血みどろの戦いをすることになるだろうか?そんなことはなく、多分どっちも別の戦場に行くだけだと思っている。
フェミニズム陣営は中国に行くことにしたようだ、良かったじゃないか、彼らの大好きな国に行けて。じゃぁセクシャルマイノリティはどうなるか?問題の一切を放置したままなにか別のことを言い出すかもしれない。
1. まだ自分たちの思想が浸透していない国に言って大暴れする(本人は暴れない、その国にシンパを作ってそいつらに暴れさせる)
2. 自分たちの使う道具を別のものにする(何でもでっち上げ可能なので何が起きるかは予測不能)
左翼思想というのは要は「貧富の差」というのを解消したいと考えているのだが、残念だが解消はしない。これが現実だ。
フランス革命を起こそうが、マルクスが宣言しようが、国家を作ろうが結局貧富の差は解消しない。これが現実だ、頭囲ことを受け入れられないのだが、左翼は「自分たちの考えた現実と合わないなら現実が間違っている」と考える人々なのでもうどうしようもないが、左翼の洗脳を受ける前にアイツラはそういう奴らだ、ということをしっかりしておくことは大事だろう。
ただ残念ながら彼らは「思想を浸透させるためならあらゆる手段は正当化される」と考えているので、平気で正体を隠して正論めいたことをいう。最初は控えめ名感じに言っているが、段々と先鋭的な人が増えていく、という流れを時間をかけて作っていく。SNSは彼らにとってベストなツールだ。これを最大の効率で実行できる。こういう流れをつくつことで人々はゆでガエルの如くに洗脳されていく。
今話題の嫌知らずってやつ自分も確実に現在進行形でその部類の人間なんだが、
40になってこの性格だと人と長い付き合いができなくて損をすることが多いといい加減学んだので
なんとか軌道修正しようとしているんだがなかなかうまくいかない。
注意や指摘、怒られが発生すると咄嗟に脳が防御の姿勢をとってしまうという所までは自分で掴んでいる。
この時に沸いている感情は最初は怒りだと思ってたけどどうも違う。
なんとか頑張って自分の感情を掴んでみると認めたくないが恥ずかしいという感情が近いと思う。
昔から注意されると恥ずかしい、恥をかいた、恥をかかされた、的な思考に一気に支配されてしまって
相手の指摘や注意や怒りを効いてないアピールで躱してしまったり、わかってますわかってますハイハイみたいな態度で誤魔化してしまう。
その後は数時間くらいは相手の方が間違ってるとか、相手にも悪い所はあるのに自分だけ言われたとか、これには事情があったんだとか、
とにかく自己弁護で脳を癒していた。傷つけられたのは自分の方という気持ちがあったと思う。
あと自分は子供の頃からうっすら他人を下に見て舐めてるところがあるので、ほぼそれが原因な気もする。
ここ数年、この歳にもなって会社での人間関係も無し友人無し当然独身、家族としか会話しない人生なのはなんでだ?
せめて8年勤めた前の会社や転職後の今の会社で何年も同じ人間と仕事してるのに
仲良くなるどころか上記のような地味なぶつかりでだんだん浮いてる存在にすらなりつつあるのはなんでだ?
と考える事が多くなり、色々理屈を並べてみたが、
結局能力が低くてダメ人間なのにそれが認められず自分以外の人間を舐めててプライドが高い自分が悪いという結論になった。
その結論が出た所でどうしたらいいのかはわからん。修正が効くものなのかもわからん。
言い訳するわけじゃないが、この性格を軌道修正しようと思う前でも
嫌知らずをした後は自分の中にもちゃんと「やっちまった」という認識はあった。
だったらその後にでも「さっきはごめん」とか「すみませんでした」とか言えばいいと今はわかる。
でも一度これで誤魔化した相手にはもうリカバリ不能という気持ちがあって後からフォローとか無理だと思い込んでいた。
今までそれで気まずくなって疎遠になった人間関係がいくつもある。
そもそも後からゴメンなんてやったことないので本当に後からでもフォローする事が可能なのかどうかもわからんが。
なぜ恥をかかされたと感じたらカッとなってしまうのかについてずっと考えていた所に流れてきた嫌知らずの話題の中で
「嫌知らずは臆病さによるもの」ってポスト見て当事者としてはちょっと腑に落ちた感はある。
この歳になっても名前呼ばれるタイミングによっては怒られるか?と思って声が上ずる時があるし。
じゃあどうすればこれを乗り越えられるのかはやっぱりわらないけど、
結局のところまずは恥をかかされたと思わないようにする、そして今まで逃げてきた「流さず誤魔化さずちゃんと過ちを認める」を
より上位の「決済代行会社」の意向でJCB含む全部のクレカどころかBitCash以外の支払いもすべて使用不能にして、電子書籍サイトを一つ実質潰したという実例が出てしまった
すげぇな、これもう令和の焚書坑儒だろ、あらゆる表現を「気に食わない」という理由をそれらしい理由にすり替えて潰せるってことじゃん
ChatGPTに作ってもらったけど
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2033年、日本はかつての独立国家としての地位を失い、米、EU、中国の共同管理下に置かれていた。
主要都市には外国の監視機関が配置され、公共サービスや教育、医療も全て外国資本によって運営されている。
国民の多くは外国企業の管理下で従属的な労働力として働かされている。
日本がここに至るまでには、AI産業への過度な依存と権益保護が国家全体に硬直化をもたらし、社会的・経済的な破綻を招いたことが背景にあった。
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2025年、日本政府は生成AIとデータ活用を国の成長戦略の中心とする国家政策を発表し、生成AIを基盤にした産業拡大に莫大な予算を投じた。
政府は生成AIの開発や導入を担う企業に税制優遇や補助金を与え、生成AI技術が医療、交通、マーケティングなどのあらゆる分野に浸透するよう支援した。
AI関連企業は成長を遂げ、医療データや消費者データの活用が進み、生成AIが社会の基盤として位置づけられた。
政府も「生成AIが生み出す利益と雇用は国益そのものである」として、AI推進の強化に邁進したが、次第に他の産業の投資が相対的に減少していった。
農業、製造業、サービス業などの基幹産業も権益を維持しつつ存在していたが、国家戦略の中心からは外れ、経済の中で徐々に相対的な地位が低下していった。
生成AIを取り巻く一部の企業や産業が権益を享受し続ける中、AI以外の産業は政策支援の外に置かれ、次第に人材や資金がAI産業に偏重するようになった。
産業構造が一極化していくことで、国内市場はAI産業を基盤とした体制に依存するようになり、経済が不安定化する兆しを見せ始めていた。
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AI政策の急進的な推進に対し、慎重派は「一極化した政策は日本の産業と社会の多様性を損なう」と警告を発した。
慎重派は、生成AIとそれを取り巻くデータ利用が急速に進んだ結果、プライバシーや個人の権利が無視されつつあること、そして日本経済がAI産業に過度に依存することで、危機管理が欠如している点を強調した。
慎重派の主張には人権団体や法律家、市民が賛同し、メディアでもAI推進政策への疑問が報じられるようになった。
慎重派は「AI産業ばかりに偏る政策が、日本の産業基盤や国際的な協力体制を脅かしている」と主張し、社会全体がAI推進派と慎重派に分断されていった。
しかし、政府は「生成AIの国際競争力こそが日本経済を支える基盤」として、政策の修正を拒み、AI産業を中心に経済を発展させる姿勢を崩さなかった。
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2029年、欧米諸国は日本のAI政策とその無制限なデータ利用に対する懸念を強め、国際的な規制を強化し始めた。
特にEUは、データ利用に関する域外適用を強化し、日本のAI企業が不正に使用したとされるデータの削除と賠償を求めた。
さらに、日本のAI産業に対する輸出制限も発動され、日本製のAI技術や関連製品は欧米市場から排除される事態に発展した。
国際社会との関係が悪化する中、慎重派は「国際的な信頼を回復するために、AI推進政策を見直すべきだ」と主張。
だが、政府は長年のAI依存構造から離れることができず、「日本の成長は生成AIとともにある」として方針を変えようとはしなかった。
こうして、日本は徐々に国際的な孤立を深め、輸出先を失ったAI産業の成長も鈍化。
国内市場に依存する形となり、日本経済はAI産業に偏重した不安定な構造に陥っていった。
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2030年、ハーグ国際裁判所は、日本政府とAI企業に対し「著作権侵害と個人情報不正利用」の賠償を命じた。
日本は賠償金支払い義務を負い、追加の制裁も相次いで発動され、経済の負担は増加する一方だった。
輸出市場を失ったAI産業は成長が停滞し、国際社会からも信用を失った日本は、経済的な孤立が決定的になった。
さらに、AI産業偏重の中で、AIを利用したインフラ整備が進められていたが、輸出制限や制裁の影響で部品や技術の供給が滞り、インフラの維持も困難に。
データセンターや通信ネットワークに障害が多発し、社会全体のインフラが徐々に不安定化していった。
特に医療や交通、エネルギーといった基幹インフラがAI依存の影響で管理不能に陥る事態が続出し、社会全体が混乱に包まれていった。
経済的負担が増す中、政府は社会保障や公共サービスの維持が難しくなり、福祉や教育、医療などの分野で資金不足が深刻化。
国民生活の基盤が揺らぎ、失業率が急上昇する一方で、貧富の格差も拡大した。
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AI依存経済の偏重と国際的な孤立、インフラ崩壊の影響で、国家としての機能は完全に失われていた。
国連安全保障理事会は緊急会議を開き、日本を米、EU、中国の共同統治下に置くことを決定。
これにより日本は国家主権を失い、外国の管理のもとで再編が進められた。
かつての日本らしい社会は完全に消滅し、国民の多くが外国企業に従属的な形で生活せざるを得なくなった。
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「日本は、技術と経済成長に過度に依存し、社会の変化に対応する力を失った。
この運命はAI技術の危険性だけでなく、既得権益に固執し、国際協調を見失ったときに訪れる破滅の象徴である」
こうして、日本はAI技術の発展と無秩序な推進、経済的偏重と国際的な孤立がもたらす危険性を象徴する教訓として、後世に語り継がれる存在となった。