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はてなキーワード: 荷物とは

2020-05-30

引越しした

業者さんに荷物持っていってもらいつつ自分電車移動

駅に向かう道で、このお店もう使わないんだな、と思い

電車に乗ると、この路線ももう乗らないんだなと思い

感傷マックス

それにしても腰が痛い

休みたいが明日は引き渡しの前の掃除に朝から行かないといけないし

荷物分別できず、着たままの服をつめこんだりしてるものを箱から出して洗わないといけないし

感傷にゆっくり浸る間もない

anond:20200530144903

アトピーは不潔だからできるんだぞ

風呂入れ、布団干せ、窓開けろ、空気清浄機起動しろ掃除機かけろ、カビキラーでカビとれ、押入の荷物整理しろ、服を洗え、ファブリーズしろ

anond:20200530134807

日本て傘と自転車だけは何故OKみたいな雰囲気なんだろうな、昔からそれが不思議

そりゃ外に有って取りやすいからだろうが

泥棒とか配達から荷物抜く泥棒なんてめったに聞かん

2020-05-29

ブルーインパルス

いやブルーインパルス好きだけど、

これって有事ネットの人たちがよく揶揄する

被災地への千羽鶴とか感謝の色紙みたいなのと同じノリじゃないの

まぁでもこれは余計な荷物にはならないからセーフか

である

銀行スーパーも密で参った

スーパーで、財布にオツリをしまい終わらないうちにレジが次の人の会計を始めちゃったんで、開きっぱなしの財布を持って両手に大荷物を抱えた状態テーブルが開くのを待って右往左往してしまった

2020-05-27

anond:20200527203227

SUV

子ども含め荷物の上げ下ろしが楽

家族乗せてスピードは出せん

でもいかにもファミリーカーって言うのも何となく

ってところでSUVに落ち着くんだろ

藁をもつかむ、みたいな話か

今日代引きで万札5枚オーバー荷物が届いた。祖母が頼んだ代物で、足の痛みをとる薬とのこと。金額にびっくりしたが、家族には黙っておいてほしいという。

当人は薬と言っていたが、どうやら今回もサプリメントのようだ。

祖母は膝を壊して長い。ほとんど曲げることができず、痛みもあって動けない。今までいろいろな薬やサプリメントを試したり接骨院へ通ったりしており、それでも痛みが引かず苦しんでいる。

接骨院は行くのに病院は嫌いで、ほとんど行ったことがなかったという。それでも最近になって腰も悪くしたから、やっと定期的に通院を始めた。薬をもらっているがなかなか量を増やしてくれないようで、効果がすぐに切れると嘆いている。かといって手術などは当人の中で論外だと。

しかし、5万円オーバーサプリメントかぁ… 量はどのくらいの期間分あるんだろう。箱は60サイズくらい、重さは片手で充分持てる感じ(?)。そんなにたくさんは入ってなさそうだよなぁ。

かといって苦しんでいる当人を前に、実効性のあることを5万円でやれと言われて何ができるんだろうか… わからん

薬局でNSAIDs(イブプロフェンとか)買い占めて、1回の規定量を守って毎日朝夕欠かさず飲むとか、そういう方法のほうがまだマシな気はする。腎臓とか悪くしそうだけど…

うーんどうしたらいいんだ…

私がSUV嫌いな理由

2020年現在世界的に売れている車の形はSUVだ。

スポーツユーティリティビークル運動能力が高くて便利な車ということらしい。四駆とか呼んでる人もいる。

まりに売れるもので、ランボルギーニまでウルスというSUVを出した。

スポーツGTの名門として知られるベントレーSUVを作っているし、美しいスワンウイングドアを持つアストンマーティンまでSUVを出す予定だ。

それらの超名門のスポーツカーメーカーSUVは、もちろんその辺のスポーツカーなんかより速い。

またSUVは実際の体積よりも、遙かに大きく見えるので、堂々として見える。もちろんトランクのないハッチバックスタイルなので、荷物も沢山載せられる。

しかし超名門の2シータースポーツカーと比べると、ドン亀といってもいいほど遅い。またバンほどは荷物も載らないし、ロールスロイスファントム エクステンデッドホイールベースと比べれば、シロナガスクジラの隣に象が並ぶようなもの

我々車好き(SUVきもいるだろうが典型的な車好きを想像してほしい)がSUVが嫌いな理由はそこなのだ

売れているSUVは、何でもできるように見えて、なにもできていないのである

テーマ性というか、イデオロギーというか、そういうものが足りない。

例えば速いSUV代表であろうポルシェカイエンは、決して911ターボには追いつかない。価格帯と年式が同条件なら勝てないことに、左眼を賭けてもいい。

またSUVの名門ランドローバーが出しているレンジローバースポーツは、ミニクーパースポーツ仕様より少しばかり速いだけだ。

様々なことが得意なように見えるSUVとは、スポーツカーよりは遅く、バンよりは積めず、セダンよりは乗り心地に劣るとも言える。

では悪路走破性といえばというと、一部のSUVを除けば、大体のSUVジムニー未満だ。

だとするならば、何がSUVを買わせるのであろうか。ウルスの見た目はアヴェンタドールほどなくはないし、興奮もしない。燃費はあの重さなのだから、低くして体積を小さくすれば同スペック場合もっと良くなるだろう。

それにあんなに空間必要なほど、一般的には荷物があるのだろうか?IKEAキャンプに行く時は重宝するだろうが、そんなに頻繁に行くものか疑問だ。

年2回のスキーのために、毎日スキー靴を履くのはバカげている。

結論、何も褒めるところがないのにこんなに売れている。だからSUVが憎いのである

魅力的な車への予算は削減され、何も褒められない車ばかりが開発されているのだ。

ああ、SUV憎し。滅びよSUV

あとSUV乗りは大体が運転下手。

anond:20200526214230

そんなでかい荷物をもって電車に乗るのが田舎者

抱えてないで網棚に上げろよ。

2020-05-26

コロナ同棲解消!

自粛間中同棲状態だった

やっと荷物がなくなって家も片付いた

1人で好きな事ができる

好きな時に好きなものを食べる

ごはん三食いらないし

洗濯物増えるし

なんか家汚れるし

コップめちゃ使うし

割り箸溜まるし

空のペットボトル捨てるの超めんどい

YouTubeの音耳障りだし

ワイドショーなんて見たくないし

洗面所いつも水浸しだし

変な匂いするし

醤油使いすぎるし

お菓子食べかけ置きっぱだし


まじで結婚向いてないのが重々わかりました

向こうも気を使ってかわいそうだったな

ごめんなさい

でも無理

コロナがなかったらそのまま結婚して大変な事になってただろうな

からなんでAmazonは同時注文した荷物3つを3日に分けて発送してくるの?

置き配って便利だなぁ

2020-05-24

ベーシックインカムから快適な配給制

https://anond.hatelabo.jp/20200521211842

当初政府はその問題を、不況と同じレベルで考えていたらしい。時代適応できない事業が淘汰され、自殺者が増えても、全体としてはやがてバランスが取れていくだろうと。

エコシステムってやつね。何かが壊れたり死んだりしても、時代に沿った形で自然復元し、バランスが保たれるはず、そう考えたのよ、政府は」

ところがそうはいかなかった。専門家の試算によると、復元不可能なほど、人も事業経済的理由死ぬことがわかった。あるいは海外に身売りする企業が増えるだろうと。実際、その兆しが見え始め、政府支持率も落ち始めた。

焦った政府は、そこで本格的に救済措置検討し始めた。それまでも単発的な給付金や貸付などは行っていたが、それでは間に合わなかった。

「結局いろいろあった後に、有望な事業は国が保護することになったの。うーん、半分国営化みたいな感じ?」

その経緯についてもっと詳しく聞きたかったのだけど、サタさんは「カショウに聞いて」と言って、説明を端折った。

一方、個人に対しては、継続的給付金、つまりベーシックインカム検討され始めた。

「その話が出たとき、もうみんな大盛り上がりだったわよ。そんなのできっこないって言いながら、本心ではみんなワクワクしてた。でもやっぱりね」

そうはいかなかった。財源が足りないのは明白だった。

ベーシックインカムの話が出るずいぶん前に、政府マスクと一時給付金を配ろうとしたの。でも、IT化の遅れのせいで、あちこちトラブルが起きたの」

IT化の遅れ。これはカショウも言っていた。簡単にいうと、それまで政府は、既存産業エコシステムに気を使いすぎて、新しい技術を取り入れることができなかったらしい。あと、かたちを伴わない情報データを軽く見ていたのも、IT化が遅れた理由ひとつだったと。

「そんなときおとなりの国がね、IT専門家――専門家って言っても学者というよりガチコード書くプログラマのほうね――を招き入れて、マスクをみんなに、均等に行きわたらせることに成功したの!」

その様子を見た役人か誰かが、本格的なIT化と、配給制検討することを政府に進言したらしい。そこではじめて、その技術価値に見合う予算が組まれ、実務的なプラン技術の選定が行われた。どういったリーダーエンジニア必要かも、“おとなりの国”を参考にして割り出し、その発案者は政府を説得した。

「そんな案、コロナ以前は絶対通らなかったわ。政府は、それまでの社会の基盤となっている業界を優先せざるを得なかったから。でもそのつながりを断ち切ったのがコロナだったの。コロナが新しい可能性のリミッターを外したの」

古い社会的基盤を維持するために、新しい可能性は活躍の場を奪われていた。そのことをサタさんはリミッターと表現したらしい。サタさんは、配給制バックグラウンドに、労働力不足があったことにも触れた。

「外出や人との接触制限されるじゃない?そしたら、必然的労働力も減るのよ。労働力が減ればつまり……、モノが減るの。外国との行き来もできないから、輸入も難しくなって……」

まり資源は限られている。その資源を過不足なく、国民に行きわたらせるには、現金よりも物資のほうが有効との考えで、配給制が有力となった。

「もうみんなガッカリよ。SNSは荒れまくって。配給制って、戦争の貧しいイメージしかないじゃない?あと、社会主義っぽい感じ?完全に私たち管理されてるような?」

しか政府へのネガティブイメージは、数年後にはまったく真逆のものに上書きされることになった。

「着いたわ、ここよ」

サタさんは大きな建物を指さした。その配給所は、この一帯の集積所も兼ねていて、ここからさらに小さな配給所にも送られるらしい。サタさんたちは、たまたまこの大きな配給所の近くに住んでいた。

「よくここで買い物したのよ昔は。いろんな服屋さんとかレストランが入ってて。懐かしいわ」

今は、積み上げられた荷物以外は人も物も少なく、がらんとしている。

サタさんは並んだ端末のひとつに、自分の小型タブレットをかざした。

指輪型とか時計型とかあるけど、私、指輪時計も苦手なの。だからずっとスマホ型のを使ってるの」

サタさんのタブレットに、荷物の格納場所が示される。その案内に沿って、僕たちは移動する。

「よう!サタちゃん

初老の男がこちらに笑顔を見せる。作業着らしい服装に身を包んでいる。サタさんも満面の笑顔あいさつを返す。

「前言ってたやつ。届いてたよ」

彼はそう言って、僕たちをその場所まで案内した。

配給所では、必ずこういったおじさんを見かける。彼らはたいてい、荷物を下ろすのを手伝ったり整理したりしている。

すでに紹介したとおり、この世界では、生活のための労働というのはほとんどない。たいていはロボットによって自動化されている。

じゃあなぜ、彼らはここにいるのか。

それは、ちょっと説明がむずかしいのだけど、彼らのパッションしか言いようがない。

まり彼らは、ここで作業を手伝うことを喜びとしているのだ。誰かと立ち話をすることを楽しむものもいる。黙々と作業するものもいる。

いずれにせよ、誰かから感謝言葉や、あるいは作業のものを、自分の喜びとしている。

カショウと行った盛り場なども同じで、過去にそういった経験のある年配の男女が、食事飲み物提供を手伝っている。配給所や盛り場に限らず、こういった自主的労働は、あらゆる場所で見られる。

「昔はみんな、生活のためとか、それが普通からって理由しかたなく働いてる人が多かった。労働苦痛だと思ってる人がほとんどだった。だけど今は、楽しみや自己表現でさえありえるのよね、働くことが。自由から

ちょっとした小遣いももらえるしな」

おじさんが笑顔でそう言った。

おじさんのような有志の労働には、ポイントが付加される仕組みになっている。ポイントは、この世界通貨のようなもので、モノやサービスなど、何とでも交換できる。僕たちは基本的政府の配給とサービスだけで生活ができるので、ポイントはまさに、趣味嗜好品のためのおこづかいと言える。

「昔のポイントカードのなごりね。もうちょっと気の利いた名前なかったのかしら」

ポイントが使われるシーンとしては、誰かのハンドメイド家具アート作品と交換したり、何か作業を頼んだ時に、その謝礼として送ったり。たいていは個人取引で利用される。

おじさんは振り返って棚のひとつを指さした。

「これだ。降ろしてやる」

配給物資だけでなく、個人取引荷物もここに届く。サタさんはうれしそうに小包を受け取った。

「これ、遠くに住む作家さんの作品なの」

おじさんは自走式のカートにすべての配給物資を積んでくれた。3、4日分の食料や生活雑貨なので、そこそこの量がある。

「前回は雑穀を頼みすぎたから、今回は減らしたのよ。その代り、今回はペーパー類がかさむわね」

配給制も、最初の頃はめちゃくちゃだったが、こんなに細かく調整が利くようになるとはな。便利なもんだ」

最初はね、あれが足りないとか、システムトラブルとか、大混乱だったわよね」

機械化が追いつくまでは本当にモノがなかったしな。でもあっという間に、人間労働力の不足を機械が埋めてくれた。それに今は……、ストレスが少ないから、ストレス解消のために無駄に消費することもなくなった。そんな気がするんだよな」

「リミッターもはずれたしね」

「ん?リミッターって?」

サタさんはフフフと笑ってごまかした。

「ほんと!何もかもストレスなくてラクになったわ。昔ほら、オンラインショップサービス定期購入ってあったじゃない?あれを政府が一括でやってくれてるような感じね、今の配給制って」

そう。配給制と言っても、一律で配給されるわけではなく、その家庭の消費傾向が反映されているので、不満を感じることはほとんどない。

各家庭ごとに一定の枠があり、その枠の中でならどんな組み合わせで発注してもかまわない。そしてその消費傾向はコンピュータ記憶され、次回からの配給プランに反映されるので、放っておいてもある程度その家庭の生活傾向に合った物資が届く。

「ただ、昔ほどバリエーションがないのは寂しいわね。昔はね、石鹸ひとつとっても、いろんな企業が、いろんな色や香りのものを売ってたのよ」

「今は需要の大きいものしか作らないからな、政府の一元管理から

技術品質コスト的に洗練されたものしか作らないとも聞きました」

僕も勇気を出して、会話に参加してみた。

「昔あった企業の、すべてのノウハウ技術結集させて作ってるからな。どの製品も、最高のところでコスト品質バランスが取れてる。まあ、どれも無難個性がないと言えばそうなんだが……」

「でもちゃんと、個性的なものもあるんだから。ほら!」

サタさんはさっきの小包を開けて、中から半透明のなにかを取り出した。鼻元に近づけ、においをかぐ。中に鮮やかな花が埋め込まれているのが見えた。明らかに量産された配給品とは違う、“誰かの作品”だった。

わたしこの香りが大好きなの!はい

そう言って、それをひとつおじさんに手渡した。かすかに清々しい香りが漂う。

「いやぁオレはこういうのは……」

「じゃあ奥さんに。ふふふ」

おじさんにお礼を言って、僕たちは配給所を後にした。自走式カートの後を、僕たちはゆっくり歩いた。

「ああいいにおい」

サタさんはその間ずっと、“誰かの作品”を鼻に押し当てていた。

外国人の「署名よろしくねがいします」にやり返した話

京都には結構勧誘とかマルチとか多くて、俺みたいなチーズ牛丼顔はよくカモにされる。イヤホン音楽聞いてても効果なし。両手に荷物持っててもお構いなし。進行通行を「あにょ~スミマセン」と塞いでくる。名刺みたいなのを渡してきて、「少しお話いいですか?」って言ってくる。

京都駅とか、四条らへんは特に多い。大丸とかがある交差点はああいうやつらの激戦区で、あそこ通るたびに外国人に「少しお話いいですか?」って声かけられるし、大学生っぽいやつらもほぼ毎週末に10単位くらいで列をなして「〇〇さんのために募金よろしくねがいします!(よろしくねがいします!)」って大声出してる。まあ後者マルチ違うかもしれんけど…。

結構前、例の交差点信号待ちしてたら外国人に「少しお話いいですか?」って聞かれたので、またかと思いつつ、なぜか「はい」と答えてしまった。

こういうのはなんか恵まれない人達系の話をされたあと、「よろしかったらご署名お願いします。書くだけでいいから。」って言われるのである。「話を聞いた後だから署名拒否するのはなんだか申し訳ない」という心理を用いたテクニックである。ちなみに署名だけで済むはずもなく、たいてい署名したあとには「お気持ちだけでいいので」と募金も促してくる。さらにちなみに、記入欄には電話番号仕事の欄もあったりするのだが、それを空欄にして返そうとすると、「お兄さん仕事は?」とか「書けるとこまででいいから」と再度要求してくる。くっそはらたつ。

俺は外国人の話を聞いてる途中、「なんで『はい』って答えちゃったんだよ俺はよぉ~~~」とずっと後悔していた。そのあとやっぱり「よろしかったらご署名お願いします」と聞くもんで、俺は「いいです」って突き返した。そしたら外国人が「なんで!?」って大声で聞き返してきた。なんか結構な声量で文句を言われてたが、少しびっくりしたので内容は覚えてない。信号が青になったので無視して立ち去った。

俺は後悔した。なんで「はい」って答えたのかもそうだし、なんで文句を言われなきゃならんのかとイライラした。なんで言い返さなかったのか。「お前が怪しいからだよ」って言えばよかったのに。俺がチーズ牛丼から舐められたのだ。

そういうわけで、ここから妄想だけど俺は外国人リベンジすることにした。昨日の話であるコロナが明けた最初の週末だったので意気揚揚と街に繰り出した。「やっぱまだちょっと人少ないな~」とか「マルイ閉店して次何ができるんだろう」とか「ていうかあそこの交差点どっちが北か東かわかんないから目印になる建物立ってくれんかな。ドンキとか」とか考えながら歩いてたら、ついに例の交差点差し掛かった。そしたら案の定外国人に話しかけられた。コロナ明けからしょうがねーな全く。

ちょっとお話いいですか?」

『なんですか?』

「実は外国人留学生支援をやってて~(略)」

『なるほど~』

「ここに署名してくれませんか?」

きた。

『いいですよ。』

俺は名前の欄に「アムウェイ絶対さなマン三世」と書いたあと、他人の書いた署名を次々と二重線で消してやった。

「なにしてるの!やめて!」

ステイアウェイク!(目を覚ませ!)』

俺の喝破にびびった外国人は、来日してまで何をやっているのだろうと己の行動を恥じ、地下鉄にのって祖国へと帰っていった。

気分の晴れた俺は、すき家四条店でチーズ牛丼を食べて帰った。おわり。

anond:20200523192332

当然第一派です。

https://www.irasutoya.com/search?q=%E5%AE%85%E9%85%8D&m=1

これをよく見て想像してみて下さい。

荷物を受け取ってすぐにガチャって鍵かけちゃうのって、荷物を持ってきてくれたこういう人たちに対してどうですか?

なんか冷たくないですか?

テレビ番組制作で働こうか迷っている

今、知り合いのつてでテレビ局制作下請け業務ADやらないかって話があってそれを引き受けるかどうか迷ってる。

大学在学時に精神病んだり多重債務が膨らんだことで卒業してすぐ実家に戻って2年くらいニートしてた。

ニートって言ってもぼちぼち家業の手伝いして、とりあえず利息をなんとかするために日雇い派遣に行って、

グループセラピーに顔出したり、町おこしやってる地元NPOボランティアしたりなんやかんやしてたけどどこにも属してなかったかニートニートだ。

同じ面子毎日顔を合わせていると不安でたまらなくなるから月に二日が限界だった派遣も、2年経つごろには週4~5で3つぐらいの現場をローテーションできるくらいには回復した。

そのころになってようやくとりあえずどこでもいいから腰を据えようと考えられるようになって週3のコンビニバイトと週2のホテル清掃を掛け持ちを始めた。

1年前にコンビニの時給が上がってからは週4にシフトを増やしてもらってそっち一本に専念して今もやってる。もうかれこれ4年になる。

そんな自分にもWebデザイナーになるという夢があった。

当時はやっていたテキストサイトなりに影響を受けてhtml自分で書いてみたのが最初で、

それからお遊びで自分サイトCSSで装飾をしたりCGIプログラムを書いてみたりしてた。それも高校生になるころにはやらなくなったけど。

それでもずっとWeb周りの情報は集めていて、はてな情報収集のためにブックマークを使い始めたのがきっかけだった。

2年のニート間中に、ようやく落ち着いて勉強をできるようになったので、

ドットインストールJavascriptPHPPythonRuby基本的な書き方をさらったのち、ちょくちょく自主制作をやるようになった。

いってもPHPPythonWordPressとC4DのXpressoくらいでしか使ってない。Rubyは一回TwitterBOTとミニゲーム作ったあとなんか好きになれなくて弄らなくなった。

ももともとWebに憧れがあったからかサイト制作Javascriptを使うということは結構長く続けられた。

通ってた大学メディア関係学部イラレフォトショもそれなりに使ってたからそんなつまずくこともなく、ちまちまポートフォリオ制作したサイト溜めてた。

あと関係ないけど図書館Java参考書借りてきて写経したり、XCodeSwiftに挑戦したりしたけどアプリあんま興味なくていつの間にかやらなくなった。

それもサーバー代が払えなくなったりHDDがおしゃかになって全部なくなったんだけどね。ここ最近PCも持ってなかったし。

なんとか最近になって惨めな田舎生活から飛び出すだけのお金が貯まって、定職につくことまでようやく考えられるようになって

ちょっと遅くなったけどだめもとでまた一から頑張ろう、まずはポートフォリオまとめていこう」と思ってた矢先にコロナショックで世の中おかしくなりだした。

自分不安でたまらなくて、コンビニバイトをしていることから小売業求人に応募しつつ、Web制作や、大学時代の経験から映像制作募集に片っ端から応募した。

ADの誘いを受けたのはこの流れで、受けた企業採用担当でない社員の方から別の企業を紹介されてそういう話になった。

履歴書も見たしもう一度会ったらもう内定を出すと言われている。

からさまに怪しいと自分も思う。放送業界ハードさは周知の通りであるしか自分にはトラウマがある。

大学卒業直後に第二新卒での就職を目指して3か月だけ就活をしていた時期がある。

そのときに「テレビ制作やってる部署中途採用してあげるから一か月後に荷物まとめて東京に出てきて」と言われ結局自分はそれを蹴った。

当時はほぼ無収入なのに借金の返済に月6万かける生活不安が大きかったのと、

クライアント代理店から依頼された案件企画から制作までじっくり取り組んでいきたかったので放送業界はやや不本意だったかである

でも今になればあのとき飛び込んでいれば違った未来があっただろうと後悔する気持ちがある。

少なくとも今のようにぼんくらとして馬鹿にされ近所から白眼視されながら惨めに孤独に片田舎生活するようなことはなかったのではないだろうか。

今の自分映画悪人」の妻夫木の役どころや「レズ風俗」の永田カビみたいなもんである

現在はその企業以外に2社映像制作会社(放送関係ではない)の面接選考が進んでいてそれも自分を迷わせる原因だったりする。

最近はてブ話題からいろいろ考えてしまうんだけど、現実逃避するように誰に見せるわけでもないポートフォリオサイト休日に作り続けてる。

こうやってずっとPhotoshopコードの書かれたエディターと格闘していられたらいいのに。

2020-05-22

女性専用車両に感じた違和感

私は男性だ。

所用あり、比較的空いている午前11時頃、電車を利用してみかん箱一つ分くらいの書籍をそのみかん箱くらいのダンボールに詰めて、簡易のキャリー台車に乗せて運ぶことにした。

その路線女性専用車両があることは知っていたが、たまにしか利用しないので時間制限があるものだと誤解していて、通勤時間帯をとっくに過ぎているから乗っていいものだと勘違いしたのである

普段はもちろん気をつけているし、前に一度誤って乗車した時には、気づいて別車両自分で移動している。

だけど、今回は荷物が重いし移動が面倒だと思って、誤って乗車したことに割とすぐ気づいたのだけど、そのまま移動しなかった。

すると、三十代後半から四十代くらいの女性にこう注意された。

「ここは女性専用車両なので男性は乗れません。移動して下さい」

言い方が少々きつく、私はかちんと来た。

女性専用車両なのは知っていますが、荷物が重く移動が面倒だし、三駅先までなので移動しません」

すると、女性さらにこう言った。

「でも決まりなので移動してもらわないと困ります

高圧的な物言いにほんとに切れそうになりながら、こう言い返す。

「そんな決まりはありません。女性専用車両男性が乗ってはいけない法律などありません。これだけ空いていて、しかも私は女性から離れて一人隅に立っているだけなのに、移動する必要があるとは考えられません」

ところがその女性、私に無知さらけ出した。

「あのね、ここは女性専用車両と書いてあるでしょ? 男が乗れないのは当たり前じゃないですか」

ワイドショー程度の知識しかない私でも知っているが、女性専用車両とはそう書いてあるだけで、法的な規制存在しない。「男性乗車を拒むことは出来ない」とは判例にもある。だからこう言い返した。

「当たり前なんて誰が決めたんですか? さっきも言ったように法律にそんな定めはありませんし、調べてもらって結構ですから男性女性専用車に乗れます。なんなら乗務員さんを読んでもらっても結構です」

すると明らかにブチ切れたのか、その女性、車内非常通報ボタンを押しやがった。何を喋っているのかは聞こえなかったが、隣の駅に着くと駅員が乗り込んできた。

私は最初に駅員に移動して貰えないかと依頼されたが、正直頭にきていたので、移動には応じないと返答した。法律も知っていると。

すると隣で聞いていたその女性は、

「移動してくださいよ! 迷惑ですよ?」とほざく。

ふざけるな、一切迷惑行為などしていないし、する気もない。だが、最早この女性相手するつもりはなく、私は駅員に向かって、

「移動しないので、それは法律でも認められていると女性に言っていただけますか?」

と言ったら、駅員も私に同調した。

法律では男性乗車を拒むことは出来ませんので、ご了承いただけますか?」

と言ってもらえた。私は何も間違っていなかったのである

駅員が降りて、電車が動き出してもその女性ブツブツ「信じられない」とか「あり得ない」とか言っていたが、私に言わせればその女性認識おかしいのである

私は別に女性専用車両に反対はしない。ほんとに揉めそうになるようなラッシュ時間帯を狙って乗り込んだり、予告宣言しておいて乗ったりするような、女性専用車両反対の会の行動には一切賛同しない。

ただ、明らかに空いていて、誰の迷惑になるようでもなく、間違えて乗り込んだような場合であって、移動が面倒な場合に、強制的に移動しなければならぬ義務などない。

女性専用車両は、確かに1988年大阪御堂筋線での事件を契機に、女性団体が性暴力被害社会に訴え続けたことで実現にこぎつけたという流れはある。それはそれで尊重すべきだし、痴漢被害が多いからやむを得ないものとして社会的に容認されている以上、私もそれに協力する。

しかし、日本女性専用車両特殊措置だということを知っているだろうか?

イギリスでは何ら犯罪対策にもならないとして成立しなかった。韓国でも確か同様に揉めたはずである(その後は知らないが)。台湾では失敗しているし、実施している国は少ない。

もちろん日本特殊事情無視はできないが、だからと言って女性専用車両必要とする社会が正常であるとは言えない。

上野千鶴子だって「後ろ向きの政策だ」と言っているくらいなのである

そもそも犯罪低減対策にはなっていないのである。むしろ女性専用車両以外なら痴漢をしていい」という不埒な考え方を招いている可能性すらある。

だが、いつのまにか、二十年近く実施し続けられることにより、女性専用車両女性の権利であると誤解している人が多くなっているように思う。

それは違う。あくまでも男性側の任意の協力がなければ成り立たないものしかなく、もし大半の男性が協力しないとなっても女性にそれを拒むことは出来ない。

頭にきたから色々調べて、増田に書いてみた。

ロマンスカーが好きだ

私はロマンスカーが好きだ。

小田急沿線で育った子供の頃の私にとって、ロマンスカー新幹線のような存在で、それが全国を走っていると思っていた。

今では社会人になり、東京に住んでいる。

たまに実家帰省する際、私の地元へは町田ロマンスカーを降りねばならない。そのため、新宿からではそれほど到着時間に差が出ないため、普段急行快速急行で帰ってしまう。

私がロマンスカーに乗るのは、心や体に余裕がないときだ。仕事で疲れが溜まっていたり、重い荷物を抱えていたり、実家の犬の体調が悪くなって急遽帰る時だったり、そんな時だ。

そんな時、新宿駅のロマンスカー専用のホームに行き、電光掲示板を見る。ホーム中程で400円ほどのキップを買う。それほど乗りなれていないので目的車両位置が分からずにうろうろしてから列車の到着を待ち、やや高貴な空気をまとう空間に足を踏み入れる。自分の席を見つけ、カバンを落ち着かせてから腰を下ろす。

私は神奈川県で育ち、東京出張等のない仕事に就いており、たまの旅行でくらいしか特急というものには乗らないため、やはりこの体験は私にとって新幹線と同等かも知れない。

そして、余裕のない時にのロマンスカーは決まって、余裕たっぷりで私を迎え入れてくれる。各駅や急行にはない包容力で私を包み込み、通勤電車特有ストレスを感じずに400円の贅沢に浸る。

時間にして僅か30~40分の移動が私の心を落ち着かせてくれる。

同じことを東京へ戻る際にもする。上りは夜になることが多いため、酒を一缶携える。もう少し乗っていたいと思ってる間に風景は流れ、新宿についてしまう。それでも、ロマンスカーから降りた夜、翌日から仕事が待つ私の背中を押してくれる。

私にとって、ロマンスカー箱根への旅行客車でも、通勤の飛び道具でもない。電車を愛でる趣味もないし、年に数回、帰省でお世話になる程度だ。それでも気疲れた私を優しく運んでくれる、ロマンスカーが私は好きだ。

2020-05-21

元カレと夢で再会した

もう別れて4年経つ。

彼の事は別れた後半年くらいはちょこちょこ思い出したりしていたけど、だんだんと思い出す回数が減って、この2年くらいはすっかり忘れていた。

そんな彼といきなり夢で再会した。

から覚めた後、ぼけーーーっと思い返してエモい気持ちになったのでここにひっそりと書き残しておく。

彼とは大学で知り合い、社会人2年目の夏くらいまでの2年くらいをパートナーとして過ごした。

出会いは5日間連続で行われる夏期集中講義だった。

午前中の授業が終わり、即荷物をまとめ、駅まで続く坂を下っていたら、突然後ろから「ねえ!」と声がした。

あ、なんか落としたかな?と思って振り返ると、小走りで坂を下ってくる彼がいた。

「ねえ、歩くの早すぎない?」と妙に馴れ馴れしく声をかけられて私はちょっと嫌な気分になった。

「何か落としました?」と質問無視して問いかけると、彼は笑って「いや、そんなんじゃないけど。あなた増田さんでしょ。」と答えた。

全く知らない人だったのでなぜ私の名前を知ってるんだ...?とかなり怪訝な顔をしたら、「俺、前にゼミの合同発表で会った事あるもん」と聞いてもないのに教えてくれた。

彼は私が何か言うよりも先に「明後日、授業終わった後にランチ行こ!」と誘ってきて、私が「え、あ、うん」とか何とか言ったのを確認して、坂を駆け上って行った。

私は坂を下りながら、呆気にとられるとはこの事かーなどと考えていた。

当日、私は知らない人とランチに行くのがめんどくさくて何とかしてバックレようと試みたのだが、あっさり大学構内で捕まってしまい、彼とランチをすることになった。

ほぼ初対面の人とはいえ、同じ大学に通う同学年の人なのでそれなりに共通点があり、ランチは案外盛り上がったような記憶がある。

ランチの後もなんだかんだと飲みに誘われる事が多くなり、気付いたらベロベロに酔っ払ってホテルに入っていた。

もう今となってはその時の行為がどんなだったか全然覚えていないが、お互いベロンベロンに酔っていたので適度な積極性もあり、それなりに満足できるものだった。

翌朝、駅まで歩いている時に手を握られて、付き合おうか的な事を言われた...気がする。もう覚えてない。


付き合いだしてからは本当に楽しかった。当時私は一人暮らしをしていた。彼は実家に住んでいたので、必然的にうちに入り浸ることが多くなり、一緒に買い物して晩御飯を作ったり、夜中に5km先のコンビニまで散歩したり、朝から晩までセックスしたりと楽しい事この上なかった。

私は彼のまっすぐな所や、どんな人も大切に扱う所、悔しい思いをしてもなにくそと強くなれる所が好きだった。

それに、晩御飯を作りながら飲むビールの美味しさや、煙をもくもく浴びながら焼き鳥が焼けるのを待つ時間のワクワク感や、駅の改札まで傘を持ってきてくれた時のキュンとした気持ちを、私が感じるのと同じくらい、幸せだと感じてくれる所が愛おしくてたまらなかった。

私が好きそうなカフェお気に入りバー、彼の両親がプロポーズしたという思い出のレストラン、幼い頃から通ってる汚いラーメン屋高校生の時初めて挫折経験して男泣きした公園東屋。彼が色んな場所でいろんなエピソードを教えてくれるたびに、彼が私を信頼してくれているのが分かって嬉しかった。



付き合って半年が経った頃、私は就職のため地元に戻った。

一人暮らしマンションを引き払って、空港に行くまでの道中、彼が私の手を確かめるようにずっと撫でてて、それが切なくて涙が自然と溢れた。


飛行機に1人で乗り込んだ後すこししたら彼から「右ポッケ。」とLINEが来た。右のポッケには小さく折りたたまれ手紙が入っていて、「遠距離なっちゃうけど大丈夫。離れていてもいつも側にいるのを忘れないで。俺は君のことをずっと応援してるけど、本当に辛くなったら全部投げ捨ててもいいんだからね。」と書いてあった。

今思うとやけにドラマチックだな〜〜とそわそわしちゃうけど、当時はそんなこと1ミリも思わなかった。ただただ一番大事な人が近くにいない状態で新しい生活が始まるのが悲しくて切なかった


その後、飛行機で1時間半の遠距離を1年半くらい続けた。

お互い社会人になったけど、毎日LINEのやりとりは欠かさなかったし、電話ほとんど毎日した。予定が合えばビデオ通話で一緒に発泡酒乾杯して、寝落ちするまで平気で5時間とかやってた。お互い実家だったからできた所業とも言える。

月に1回くらいのペースで会いに行ったり、来てもらったりして、なんだかんだで良い関係を続けていた。



そんなある時、私が浮気を疑われた。しかも割と細部まで知っているようだった。

実際のところ、際どいところまでいったのは事実しかも酔っててあんまり覚えてない。状況から判断すると明らかにクロだけど、私は必死否定した。

彼が私のスマホを盗み見したという所を執拗に責めて、論点をずらしてごまかした。

彼は一応というか一旦は水に流す、と言ってくれた。だけど、この事件から明らかに私たち関係はうまくいかなくなった。

LINEはするけど、どこかよそよそしい。写真つきのLINEほとんど来ない。私と会いたがらないし、愛してるとか好きとか言わなくなった。

私は2週間くらいかけて「あ、これもうダメなやつ」と理解した。

浮気を疑われるような事をしたのは私だし、もう私がどうあがいても関係が修復することは不可能に近いな、と。

それを悟ってからは、LINEするのを辞め、Twitterやインスタもログインすらしなくなった。とにかく目の前の仕事に没頭して、家にいる時間勉強に費やした。

そして、1ヶ月くらい経った時、自分から彼に「会って話したい事があるので時間をください」とLINEを送った。


もちろん、私は彼と別れるつもりだった。浮気まがいの事をした自分をもう一度信頼して欲しいなんておこがましいと思ったから。

久しぶりに会った彼は前に会った彼と同じで、お気に入りカフェ仕事の事とか季節の事とか、当たり障りのない事を話して緊張をほぐした。

私が別れを切り出した時、彼は私の提案に答える代わりに、椅子から立ち上がり、ひざまずいて「結婚してください」と言った。

彼の手には指輪の箱があり、中には一粒ダイヤリングが光っていた。

しばらく状況が飲み込めなくて、10回くらい「え?」って聞き返した。

彼は椅子に座りなおして、封筒を私に渡した。封筒の中には婚姻届が入っていて、彼の書く欄は全て彼の直筆で埋まっていて、捺印もされていた。

別れるつもりでいたのに、まさかプロポーズされるとは。夢にも思っていなかった。

いざプロポーズされてみると、やっぱり嬉しくて、私は「私でよければお嫁さんにしてください」と泣きながら答えた。別れるつもりだったのにね。


でもそう簡単ハッピーになれるはずなかった。

私は彼と連絡を取っていなかった数週間の間になぜか上司に認められてしまい、数ヶ月後から新しいプロジェクトに投入されることになっていた。

これまで1年目の社員にこんなチャンスが来たことはないらしく、部内でも若干どよめきが走ったくらいだった。

そのプロジェクト海外出張も多く、仕事忙殺されることが予想された。

この仕事は私が入社からやりたいと思っていたことそのものだったので、私は二つ返事で快諾した。

いざその仕事が始まってみると、家は帰って寝るだけ。休日は半分仕事で半分勉強しないと追いつかない。

毎日できていたLINE出張やら会議やらでまともにできない。予想はしてたけど、その何倍もハードだった。

もちろん彼にはそのことも伝えて会ったし、彼も理解してくれてはいたけど、だんだん距離が離れて行った。


私がやばい、と思った時にはもう遅かった。

仕事の合間を縫って会いに行っても、無言でドライブ。険悪な空気のままホテルに入って前戯もなしのセックス。もちろん嫌だって泣いて訴えても力で押さえ込まれる。

彼の友達を交えてBBQをしても彼は私を放置して友達と遊びに行く。

存在のもの無視されているのが手に取るように分かって辛かった。

最後は私も耐えられなくなって、弁護士相談して社会的制裁を施して、ぐちゃぐちゃになったまま終了。


.


別れて4年経った今思い出すのは、私の人生で一番好きだった人との幸せな思い出と、一番憎かった人とのぐちゃぐちゃの修羅場

もし人生で一度だけやり直すことができるなら、浮気騒動の前に戻りたい。本当にあれは私が悪かった。あれからお祝いの席以外ではお酒飲んでない。

夢では私と彼は幸せカップルで、一緒の布団にくるまってどっちが裸のまま暖房をつけに行くか小競り合いしてた。

彼が健康でそこそこ幸せに生きていてくれたらそれで十分だけど、この夢ってなんか意味あるのかな。

2020-05-20

既婚者に恋をしてしまって辛い

25歳、男性との交際経験ゼロの女。

学生時代モテないし、そもそも恋愛に興味を持てなかった。

それが去年、社会人になり、職場の先輩のことを好きになってしまった。

きっかけはクールビズ。それまできっちりした服装だったのに、いきなりラフポロシャツ姿を見せられて、ギャップにどきっとしてしまった。

高いところの荷物を取るときに見えたお腹

爽やかなルックスと裏腹に、結構濃い目のギャランドゥーとバッキバキの腹筋。

そして腕の筋肉結構すごかった。

細身と思ってきたら、細マッチョだった。

爽やかで穏やかな単なる先輩に男を感じてしまった。

ももちろんあちらにはその気はなく、飲み会などでも、奥さんの惚気話といか子ども可愛いかを聞かされてる。

好きだけど、希望はないのでなんとか気を紛らわせようと、忘れようと頑張ってきた。

ももダメ。抑えきれない。

最近コロナ自粛のため髪が切れていないらしく、目にかかって鬱陶しいらしく、

いつもは前髪を下ろした自然な感じなのに、今週からは前髪を上げてきっちりとセットするようになった。

それがもう色っぽくて仕方がない。

もう我慢できない、好きすぎる。

もう、好きというか、私のことは好きでなくてもいいので抱いてほしい、

とにかく彼の男性器を見たい、触りたい、入れてほいとかそういう方向になってきた。

恋愛経験がないので、こういう時どうしたらいいのか全くわからない。

自分感情というか性欲を持て余してる。

でも彼が私を抱いてくれる可能性はゼロ

そして私は彼以外に抱かれたいとは思わない。

自慰では処理しきれない。

こういう時はどうすればいいんでしょうか。

2020-05-19

anond:20200519000254

(もちろん国にもよるけど)

慣れない国に入国して、でかい荷物持ってバスに乗ってる時って

しろ緊張感マックスじゃね?

どんだけ旅なれたら安心できるんだろう。

anond:20200518205509

見どころは業務用のカーペット(特注)だからこそできる大胆な柄行と各コーナーの膝下くらいの高さできる荷物カートの傷。

2020-05-18

飛行機から降りたい

飛行機旅行醍醐味、なんといっても降りるところにないですか?

シートベルト着脱サインポーンって音が聞こえるなりみんなカチャカチャベルト外してさ 棚に置いた荷物邪魔になんないように急いで取って、CAの人にありがとうございましたなんて言いながら機を出る

条件はわかんないけど、ときどき空港直結の通路がなくて一回外を経由することがあるじゃん

あのパターンいいんだよなあ 空港特有の強い風を浴びつつ、なんとなく浮き足だった他の客たちと一緒に連結バスに乗り込む 現地の気温と湿度が感じられて着いた感がすごい 空港から結構海が見えたりして気持ちがいい

通路パターンもあれはあれでいい 空調が効いてるとはいえ、やっぱりなんとなく現地の気候が伝わってくる 北に行けば寒いし南に行けば暑い

預けた荷物(俺はツイてないので出てくるのがかなり遅いことが多い)受け取って、nothing to declareのラインちょっとビビりつつ越えて白くて明るい空港ロビーに出たとき解放感よ

まあどうせまたバスなり電車なりを探さないといけないししばらくはまだ自由じゃないんだけど

空港好きなんだよなあ 沖縄とかハワイみたいな南国に行って、南国を感じながら飛行機から降りたい それだけでいい

2020-05-17

びっくりした食べ物

九州田舎から関東に出てきた自分スーパーで見かけてびっくりした食べ物ランキング

1位: 8枚切り食パン

お土産実家に持って帰ろうかと思うくらいびっくりした(親にいらんて言われた)

味は食パンの味だったが薄くて食べやすい。好き。

2位: すあま

たれぱんだ世界じゃん…って思った。小さいころたれぱんだカバン使ってたからうれしかった。

味は素朴な味だった。

3位: はんぺん

九州にないことはないと思うんだけど、実家で出てきたことないか関東きて初めて食べた。

スーパーじゃなくてコンビニだけど、おでんに浮いてるのが発砲スチロールに見えて正気を疑った。

味はあんまり好みじゃない。かまぼこちくわのほうが好き。

追記

たくさんコメントがついていた!わーい!

もう遅いかもですが目についたコメントに返事書いておきます

1位から書く→3位から発表して1位が8枚切り食パンだとしょぼくてがっかりするかなと思った。しょっぱいびっくり体験でごめんなさい。

九州のどこ?→福岡県の北のほうの田んぼばっかりあるところ。あまり田舎ではないかな…。豊かな自然も無いがたいした文化的施設もなく、パチンコ屋はだけはある、みたいな町。

全部九州に売ってる→世間知らずなだけでした…すみません。でも、コンビニおでんはんぺん絶対入ってないよ…ね?おでんは丸天が好き。丸天だけ食べたい。

買い物したことない?→実家では母の買い物について行って荷物持ちくらいしかしてない。料理もしなかった。一人暮らし関東で始めて3年。

ちくわぶ→マジで知らん。名前いたことあるけど、たぶん見ても認識する回路が備わってない。今度探してみる。

醤油は?→関東は辛いと散々忠告されていたので心構えがあった…あと、味音痴なのでよくわからん実家はナカマル醤油っていうのを使ってた。今は料理の味付けはクバラのあごだしてりたれとあごだしつゆばっかり使ってる。料理砂糖は多めに入れます

うどん→これも話に聞いていたので、黒いなーって思ったくらい。黒いのより、丸天うどんが無いほうがショック。

肉まん酢醤油ついてない→関東に来てから肉まん買ったことない。でも、酢醤油ついてなかったら醤油で食べるのか?

サイゼリヤサイゼリヤ天神のど真ん中にしかないと思ってたけど(調べたらほかのところにもあった)関東は歩けばサイゼリヤに当たるのでびっくりする!!母が遊びに来た時連れて行ったら安くておいしいって感動してた!サイゼリヤはすごいぞ!

チート→初めて聞いた!食べたい。

イルカ→びっくりした!食べたい。クジラみたいな味なのかな…。

荷物置き場

都内単身者賃貸って「平日昼間は不在、夜はすぐ寝る」ってのを前提に作られてるから、みんな在宅になったらそら普通に揉めるわな。

2020-05-15

今、ブラが無いので協力して欲しい

私が増田で「乳首」って書くからブクマ家は「乳首」を引用ブクマして欲しい。また別の人がブコメの「乳首」を引用スターして欲しい。そうすると「乳首」が★で隠されるので、宅急便荷物を受け取ることができます

乳首

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