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はてなキーワード: 道路とは

2017-10-23

東京ってなんなん?

秋雨前線が停滞する中、960hPaの勢力を保ったままの超大型の台風が、西をかすめるように通過したというのに。大雨らしい大雨も降らず、暴風らしい暴風もふかず。電車も止まってねえし、道路冠水もしてねえ。会社行けちゃうじゃないか

なに? 皇居って本当に結界とか張ってるの?

2017-10-22

ラブライブサンシャイン三話はどうしてこうなった

いや本当にどうしてこうなったってくらい酷かった。

学校説明会ラブライブが重なってさぁどうしようとなり、センターの機転で解決するって展開なんだけどその過程が余りにもおかしい。

まずラブライブの会場に突如学校にいるはずの4人が現れて驚くシーン。

直前にどっちも行ける術があるならその時点で全員行けるはずだ。

それなのになぜ学校居残り組にその術を教えなかったのか。

仮に人数制限があるといった(それっぽい描写は一応ある)としても間に合わせる方法も伝えていなかったっぽいし、情報共有がガバガバである

そして極めつけがそのショートカット方法が「道路じゃなくミカン畑突っ切れば間に合う!」ということである

どう考えてもおかしい。

ショートカットしたとはいえ、走って間に合う時間ならタクシーなりを使っても100%間に合うはずである

どう見ても過剰な演出であることに加え、ご都合主義という「ファンタジー」を使うことは、「(自分達の力で)奇蹟を起こすんだ」という作品全体のテーマをぶち壊している。

神様頼みだったところから諦めず自分の力で奇蹟を起こした、という三話は全体の流れは、なるほど作品テーマに則している。

しかし、演出過多によるご都合主義によってそのテーマ性も壊され「はいはい茶番乙」となってしまった。

本当にどうして三話はこうなったのか。

2017-10-21

anond:20171021134828

一度も横断歩道を使わず道路を渡った事がない者だけが石を投げなさい。

anond:20171021183346

戦後インフラを整えてきたのはいまのジジイババアからなあ…。高度成長期地方から金の卵と呼ばれ上京日本経済成長を土台で担った。道路電気水道などのインフラが整ったのもこの頃。その当たり前の便利をいま享受している。バブル期24時間戦えますかと働いた。男女雇用均等法が施行されたのもこの頃。

ジジイババアになって弱者になったらポイ捨てかぁ〜。弱者排除していけば数十年後には姥捨山ができてるでしょうね。あなたはそこに行きたいのね。

子育て世代や若年層の不満を高齢者にぶつけるのは理論すり替えですよ。どちらの福祉も両立する方法模索することすら放棄してるのですか。

2017-10-20

オトコはやっぱ女装が好き

最近のオトコは女装に興味がないなんて話を聞く。

それが本当なら世も末だ。

 

ボクはそうは思わない。

本当にオトコが女装に興味がなくなるなんて

ありえないと心から思っている。

オカマか?って話だ。

 

単に、

楽しみ方を知らなかったり、

手段としてしか使ったことがなければ

女装の楽しみなんてもちろんわかるわけもないわけで、

そういうことを教えてもらったことがない、

もしくは経験たことがないだけであってもらいたい。

 

女装ってのはしてるだけで

幸せになれる瞬間がたくさんある。

この楽しみ方を覚えて、

 

女装っていいなぁ…」

 

と少しずつ興味が湧いてきて、

そのうち自分であのコーデをしよう、

このメイクをしようと調べ始める。

  

そして理想女装

目標女装

現実的女装を描きながら

道具の購入にまで至る。

 

この高リスクなオトコの遊びがあるから仕事も頑張れる。

 

もちろんのこと、

安い買い物じゃない。

維持するのには金もかかる。

からこそ、

もっと頑張ろう、

もっと稼げるようになろうと、

仕事スキルも上がるわけだ。

 

この日も自分女装して色んな物件をみて回っていた。

そうすると、

たまたま物件の近くの道路の真ん中で女装して、

写真を撮り続けている男性発見

ちょっとズレては写真を撮る。

ちょっと移動しては写真を撮る。

 

そして、

自分の撮った写真をみながら、

ウンウンと頷いている。

 

きっと、

今まで家の中でやっていた女装がやっと外出できるレベルにまで到達できたのだろう。

片足を曲げているのは、

自分を可愛く見せるためだ。

「その気持ちわかるよ!!」

わず拍手をした。

2017-10-19

ドライバーの質の悪さ

大学卒業して、就職して広島支店に勤務になった。

そして、この地域の人たちには申し訳ないが、ドライバーの質の悪さに驚いている。

自分では自動車はあまり運転しないのだが、歩いていたり自転車に乗っていたりして、目立つところが多い。

大学までは関東で過ごしたのだが、その間一度も見た記憶のない、夜間に無灯火で走る自動車を何度も目撃している。

かには、歩行者横断歩道を渡ろうとしているのに全く速度を落とすことなく強引に右左折をする、一時停止をしない、生活道路を明らかに50km/h以上で走っている、指示器なしでT字路を曲がったり車線変更をしたり路肩に寄せたり、といったところは日常でよくみかける。

慣れない土地で道がよくわからないというのもあるけど、これではクルマを買ったとしても公道を走るのが怖くなってしまう。いくら自分ルールを守っていても、危ない思いをするのが目に見えている。

そこで、このあたりと関東では交通事故発生件数が違うのではないだろうかと思って調べてみたのだが、はっきりいって有意な差はなかった。東京人口が多いだけあって交通事故発生件数も多いみたいで、ほかの関東の県も決して少なくはない。

道路交通法違反検挙件数人口に対する比でいうと、広島は5番目になるらしい。このランキングだと山梨も上位に入ってくるので、こちらもやはり関東との有意な差はないようだ。

このように、広島ドライバーの質が明らかに悪いわけではなさそうだ。もっとも、道路事情自動車保有台数なども勘案して総合的に考えないと、結論を出すのは難しそうではあるが。

はいえ、最初に書いたように関東から来た自分から見ると脅威とも思える交通規則違反が目に付くのは気のせいなのだろうかと思い、自分のように関東から来た同僚や友達に、「広島に来て、自動車が怖く感じないか?」と聞いてみた。

10人近くに聞いているのだが、ほとんどが「関東とは違うのを感じる」と答えた(これはあくま主観問題で、上記の通り決して広島ドライバーの質が悪いという根拠はない)。

そして、こういう話をしていると、ほぼ例外なく、西日本出身の人のこの一言が来る。

愛知大阪福岡に比べるとマシ。」

愛知県交通事故による死亡者数が多いのは有名な話だが、それでも人口当たりに直すとそこまで多くはないみたいだ。

こんなことを考えながら通勤していたときに、ふと、「自動車産業に携わる人はたくさんいるのに、ドライバーの質に関わる仕事をする人が少なすぎるのではないか」と考えたことがあった。

自動車メーカーは当然ながら、ディーラークルマを売った後にドライバーが起こした事故については保険以外では関与しないだろう。

しかもこれは事故を起こしたときの話であって、交通ルールを守っているか歩行者を優先して運転しているか、そういったことに、作る側、売る側があまり関与しないというのも変な話だ。

こういうところを何とかできないものか。日本には自動車メーカーがたくさんあって、クルマのもの品質や性能には徹底的にこだわるのに、ドライバーの質には関与しないという仕組みが、なんとかならないだろうか?

広島には自動車メーカーがある。世界を驚かせた性能のエンジンと、ほかの国産車とは一線を画す洗練されたデザイン。それはいいのだが、ドライバーの質を高くする、そんな自動車づくりを、広島に期待したい。

本気出したら何でもつくれる技術者曰く

anond:20160805012842

「あー事故規制かめんどくさいわもうやめよ」

 

どんだけゆっくり止まってる仕様にしても道路からはみだす歩行者などで事故のもとだしね。

日本人お祭り気質舐めてた。

たぶんイングレスとかGOはアイフォンヘルスと連動してそのまま続けるつもりだろうし。

そのうち自動運転技術抱き合わせで売るわ。

 

本社は次はたぶんグーグルアグリカルチャーやるよ!

写真グーグルマップの連動で、よく穀物がとれる土地を教えてくれるけど、残念ながら最初小麦しかないよ!

T〇KI〇が宣伝するから日本人農業めっちゃアガるよ!

というSFだれかかい

anond:20171019101350

あ、そうなんだ。勉強になった。

でも件の道路自転車と矢印のイラスト車道に描いてあるから左側通行してねという意味合いのもの)それに逆行してる自転車はやっぱムカつく!

歩道自転車に道を譲るのが気に食わない

自宅の前に走る道路歩道が狭い。人間1.5人分。線が引いてあるだけで段差は無い。

道路の幅は車のすれ違いは容易だけど、歩道に人が居る所では少し速度を落としてすれ違う。そんな幅。

車の交通量はぼちぼち。5m歩く間に1台通るかなという感じ。自転車歩行者の方が圧倒的に多い。自転車は常に何台か走ってるけど激混みじゃない。

なんていうか全体的にぼちぼちな道路

まぁそんな道路で自宅が駅を背にして左側にあるので、私は常に左側の歩道をてくてく歩くわけだ。

そうすると自転車が来る事が向かってくる事がある。それ自体逆走で気に入らないんだけど、それくらいは許してやる。

問題は奴らが歩道を譲らない時だ。おいおいなぜ右に寄せようとするんだ。

歩道だよ。歩道。歩く道。私歩行者。お前自転車車道に出るべきなのはどっちだよって思う。

相手子供だったり、小さい子を乗せてる時はまだ許す気にもなるけど、それ以外はどうにも気に食わない。

まぁ気に食わない。ただそれだけなんだけどさ。

2017-10-18

anond:20171018104322

タイムリーに今見た。

女性歩道につっこんで3人を死傷

まぁ児童じゃないといえばそれまでだけどさ

https://mainichi.jp/articles/20171016/k00/00m/040/124000c

堤防ではねられ3人死傷 ランニング中か、石川

毎日新聞 2017年10月15日 23時55分(最終更新 10月16日 00時29分)

15日午後6時10分ごろ、石川県白山市鶴来大国町手取川堤防道路で、

乗用車金沢市中村町病院職員、諸江慎語さん(35)ら30代の男性3人をはねた。

いずれも病院搬送されたが、諸江さんは頭を強く打つなどして死亡し、1人が意識不明の重体、1人は重傷だった。

白山署は、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、車を運転していた白山市四ツ屋町、

自称写真スタッフ宮本春奈容疑者(34)を現行犯逮捕した。

白山署は服装などから、諸江さんら3人はランニングしていたとみている。

現場は川の堤防上の道路で、センターラインガードレールはないという。(共同)

2017-10-17

https://anond.hatelabo.jp/20171017201105

今年に入って日本各地の道路不正改造車や迷惑運転摘発が相次いでいます。当り屋問題にもいえる話ですが、この種の社会環境事故事件の温床になっている面があります。というのも、車社会に生きる大人社会的弱者に陥ってるケースが大半で、ただでさえストレスの多い環境(オートバイに乗っている人間なので理解できる)にあるだけに、少しのことで重大な結果を起こす可能性が高いといえるからです。その上に、行政経済車社会ドライバーの低モラル助長させるような視点運営していると、車社会人口の多さやインフラなどの劣悪さでより大きなトラブルに発展しやすくもなります関東地方では不正改造による事故などが起きて死者も出ているのです。

当り屋騒動から見える日本の都会の大人社会

関東地方で死傷者を伴う当り屋事件が相次いでいます現在では危険運転往来妨害行為などの疑いがあると見られ、立件された場合には重罰まで視野に入る事案でしょう。また、一部のケースでは加害者車両自体不正改造の疑いが出ています。この相次ぐ事故には社会の色々な問題が横たわっているというほかありません。即ち、満員電車すら追い出された都会の大人がこの種の安定した交通手段を求めて車社会に流れ着く一方、道路運営する行政インフラ保全費をいわばケチ目的安全性の低い状態放置する傾向も出てきます希望の党などが推し進める反満員電車キャンペーンでこの種の交通手段を求める大人が増え続けている限りは、この種の問題が起きるリスクも高まります。そして、この種の交通手段を求める大人社会の片隅であえいでいて都会人の尊厳根本から失い、自暴自棄になってひき逃げなどの凶悪事件を起こすケースもよく見られます。この種の事件権力社会の裁きを通じたところで社会根本問題解決が図られないどころか、ますます弱者排除扇動悪用されて問題悪化させかねないという以外にありません。

2017-10-15

anond:20171012173923

意思を持ち始めた軍手が逃げ出して車にひかれ道路わきで死んでいるのをよく見る

2017-10-14

道路の走り方

1.右折レーンにウィンカー出さずに入る人

→入るだろうなとすぐ分かるけど出してくれると嬉しいです

2.右折レーンで左に膨らみながら曲がる人

普通に危ないのでせめてセンターキープで

3.曲がり損ねてど真ん中で止まる人

→どっかでUターンしてください

4.追越車線に居座る人

制限速度を守ってると言う前に走行車線に速やかに戻るという道交法を守ってください

5.50年前の車の性能に合わせて作られた制限速度の田舎道で大名行列を作る人

ハザード焚きながら左寄ってくれると皆助かります

6.下り坂で延々ブレーキ踏みながら走る人

シフトレバー存在知ってますか?

 エンジンブレーキを併用するとテンポ良く走れます

7.離合できない道でヘッドライト点けずに走ってる人

ミラー存在知ってますか?

8.一時停止で完全に止まらない人

→ピッタリ止まることで左右確認の余裕が生まれて防げる事故もあります

9.駐車が遅くて渋滞作る人

→慎重なのは一向に構いません

 車列が切れてからでも遅くないですよ

10.リミッターギリギリで何とか追い越そうとする大型車

時間的に余裕がないのも分かります渋滞の原因です

 貴方日本物流背負ってるのは理解できますもっと余裕のある業界になることを願ってます

11.左右確認せずに出てきてそのまま追い越したらついてくるDQN

死ね

 そしてそのパワーでは追いつけないよ

12.登りで失速する渋滞予備軍

あなたアクセルを踏むことで全ドライバーの心に平穏が訪れます

13.道路公団の方々

→いつもありがとうございます

14.制限速度

日本空気読め文化で実勢速度と制限速度が合ってないし取締も曖昧です

 もっと現実的制限速度を

お願いしま

皆がそれぞれのペースで快適に道路を走れるように

anond:20171014153443

職業威信スコアをみればわかるが、あらゆる職業差別されてるので軍隊だけというのは違いますね。

風俗嬢道路工夫や軍隊職業威信スコアが低いだけ。

職業威信スコアは半世紀たっても変わることがない指標です。

2017-10-12

2017 台湾旅行記 第二部分

anond:20171012190019






2


2日目 午前


南国 台北は10月でも朝からクソ暑い

ホテルの朝食の後、午前のおやつの蛋餅を食い、猫の村 猴硐→九份に向かうことにした。

今日は台湾鉄道、台鐵に乗る。


まず地下鉄での行き先は台北車站(セントラルステーション)だ。

着いたら、駅周辺を散策する事にした。


台北車站周辺は綺麗で近代的だった。

すぐ近くに市場があり、その中ではここでも屋台的なものがあった。

台北では其処彼処で料理をして、其処彼処で誰かが何かを食っている。

日本より食品衛生に関する公の決まりが緩いんだろう。



市場を出ると小雨が降って来たので、近くにあった美術館に入ることにした。

美術館はひんやりして心地いい。

照明を落とした展示室では、赤と青の幻想的な浜辺で艶めかしく肌をさすり合う男2人と、それを覗く小太りな水兵の映像作品が放映されていて、よくわからないけど南国を感じた。

勝手な印象だけど、中華圏の現代アートは男の性を描いたものが多い気がする。

美術館をでたら、むしろ雨は強くなっていたが、3分もしないうちに止んで、強い日差しが古式ゆかしい建築様式美術館を照らしてきた。

きっと今日もまだまだ暑くなるんだろう。




2日目 午後


台北車站に戻り、台鐵で猫の村として名高い猴硐に向かう。

この途上でも旅の目的の一つがあった。

台鐵弁当だ。

台湾鉄道には日本統治時代から伝統駅弁があるそうで、これは蚵仔煎と並んで是非食べなくてはいけないものだった。


どこで売っているのかわからず、改札を通ると、改札のすぐ脇に売店があり、そのまえの待合所で、老若男女が弁当をガツガツ食っていた。

台北にいる人間は本当に隙あらば食う。

きっと、現地人も食うために生きているし、旅行者もここに何かしら食いにきているに違いない。


排骨スペアリブ)弁当がイチオシのようだったが、暑さにやられたのか、少し重い気がして、なんだかわからない別の弁当を頼んだ。


でてきたのは、角煮弁当だった。

台鐵弁当は温かい状態で供される。

温かく、蕩けるように柔らかい角煮を口に含んだ瞬間、思わずうまい」と呟いた。

台北の食い物は、不味いものこそなく、むしろ多分ずっと食べても嫌になる事は無いだろうと思うくらいには美味いが、「びっくりするほど」とまではいかなかった。

しかし、別に飯屋でも屋台でもなんでもない、駅の待合所で、遂に美味くてびっくりするものに出会った。



台鐵を乗り継ぎやがて猴硐に着くと、ホームには猫ならぬ、猫耳のついた麦わら帽子を被ったお嬢さんがいた。

ここに来る人は、自らも猫になって来るらしい。


改札を出たらさぞかし猫だらけなのだろうと思ったら、改札を潜る前にすでに1匹、窓際で寝息を立てている。

一枚写真に収めて改札を通ると、其処彼処に猫が。

観光客にすっかり慣れているのか、どいつもこいつも写真を取られようが撫でられようがどこふく風。南国は猫も呑気なもんだ。


カフェに入って一息つく事にした。

大きなテーブルアイスコーヒーを飲んでいると、4人客が入ってきて、マスターが「席をかわってくれないか?」

いいよ、と窓際席に行くと、椅子の上に寝息を立てた白猫が。

猫村にきて最も至近距離で猫をフレームに収めることができた。


と、少しすると、不意に便意をもよおしてきた。「やっぱエリーさんの言った通りだったかな?」とも思ったが、一昨日の飛行機から寝不足気味ではあったし、正直台北の食に関しては衛生的に完璧といったものは少なかったので、何が原因か特定が難しい。

そんなに深刻な不調でもなかったので、トイレを借りて用を足し、「もっとまずくなったらその時は台北に引き返そう」位で、旅程を続ける事にした。



お土産の猫型パイナップルケーキを買うため、また筆談メモを描いていると、ブレスレットが何処かに行ってしまった事に気付いた。

頻繁にカバンに手を突っ込んでいるうちに外れてしまったのだろう。

少し探したが見つからない。

そうこうしているうちに雨が降ってきたこともあって、諦めて駅舎に向かう事にした。

高いものではないから良いんだけど、少し残念だ。

エリーさんの忠告を思い出す。

「山の天気は変わりやすい!」


猫型パイナップルケーキを売っているお土産屋さんのおばさんは日本語が堪能で、結果としてメモ無駄だった。

やはり日本から、これを目当てに来る人間は多いらしい。

目当ての品も手に入ったので、駅前を散策していると、「ブーーーーン」という音。

ふと見ると、お姉さんがなんとドローン飛ばしていた。

こんな辺境で最新テクノロジーを見るとは。

猫の写真を撮りきにて、実に珍しいものをカメラに収めることができた。



まだ日は高い。エリーさんのオススメに従って、猴硐から遠く無い、十分の瀑布を見る事にした。

十分駅に着いたは良いが、急に決めて下調べがないので、滝までの行き方が分からない。

とりあえず人並みに従って歩くと、沢山の人がいろんな国の言葉で天燈を空に飛ばしていた。

十分は、色々な願いが書かれた天燈が宙を舞う事でも有名な村だ。


天燈の翔ぶ界隈を過ぎれば、川沿いの通りに出た。

さあどうしよう。

見ればタクシーが止まってるじゃないか。

これに乗れば確実だ。

メモに滝の絵と「十分瀑布」と書いて、運転手のオッチャンに見せる。

すると、呆れたような顔で「歩いた方が早いよ」

そうなのか。

ワンメーターでも乗せて、良い加減な値段でもふっかけりゃ稼げるだろうに、正直というか商売っ気が無いというか。

でもよくよく考えれば、そんな客を乗せるより、ここから直接九份や台北に行く客を待った方が良いのかもしれない。

オッチャンが指差す方向にしばらく歩くと、「十分瀑布公園」に到達した。


渓谷にかかる吊り橋を2つ渡ると、遂に大瀑布が見えてきた。

滝の飛沫と折から降ってきた小雨であたりはビショビショ。

傘をさしてカメラを構える訳にもいかないが、幸い雨ガッパを持ってきていた。

用意周到。エリーさん、そんなに迂闊な男でも無いんだぜ。

飛沫と小雨に濡れながら、十分の瀑布をカメラに収めることが出来た。

さあ九份だ。




2日目 夕方


十分から九份最寄り駅の瑞芳に向かう車内、向かいに座っていた女性2人の親子連れ、娘さんの方が騒ぎ出した。

言葉を聞くと韓国からきたようで、どうもこの列車が瑞芳に留まるかどうかがどうしても気になるらしい。

手元にスマホがあるので調べれば一発なのだが、なぜか地図アプリなどを見ていて要領をえない。

遂にそばの若い女の子2人連れに聞き出した。


のだが、声をかけられた方も言葉がわからない。

英語でお互い話そうとするも伝わらない。

かねた同乗の韓国人らしき2人連れの兄ちゃんが割り込んだ。

同郷の旅行者の手助けで、お姉さんの心配は無くなったらしい。

お姉さんが先程の女の子に聞いた。「あなたは何処から来たの?」「I'm chainese.」大陸の人だろうか?

台湾の同じ列車に、韓国人中国人が乗っている。

「ここに日本人もいますよ」シャイ日本人らしく、心の中だけで言った。




2日目 夜


瑞芳に着く頃にはすっかり日も落ちて、九份観光には絶好の時間帯だ。

から九份老街へは迷わない様にタクシーでいくと決めていた。

駅前で張っていた兄ちゃんに「九份」伝えると、すぐに車を紹介してくれる。

タクシーのオッチャンに行き先を伝えると、出発進行。

オッチャンは曲がりくねった山道めっちゃ飛ばす。

しばらくすると九份老街に到着した。

中国語発音がダメ、英語中学生レベル日本語だって怪しい。

ならいっそ全部言ってしまえ。

サンキューありがとう、謝謝。」



台湾は人気の観光地から日本人が沢山いると思ったら、これが意外と会わないもので、むしろ白人の方がよく見かける位だったが、ここ九份ではちょっと歩くとすぐ日本語が聞こえる。

一番日本人を見かけたかも知れない。


急な階段を登り、幻想的な風景をカメラに収めた。

しかし、良い加減、歩き通しで疲れてきて、少し具合も悪くなってきた。

脱水症状かな。

九份ではお茶でも飲もうかと思っていたのだが、人ですごいし、都合よく茶藝館も見つからない。

写真も撮ったし、もう切り上げようか。


ふと茶器の店が目に入ったので入ってみると、幸運な事に、茶藝館が併設だった。

茶藝館では店員さんがお茶の淹れ方を流暢な日本語で説明してくれる。

きっと日本人観光客もよく来るのだろう。

赤く光る街を見下ろして、ゆっくり金萱茶を飲んでいると、果たして大学生か若手社会人と思しき兄ちゃん3人連れが、賑やかにやって来て、日本語高山烏龍茶お茶菓子を頼んでいた。


諦めかけていた目的が果たせたので、会計の際に店員さんに伝えようと思い、「旅行の目的の一つが九份お茶を飲む事だったんです。」と言ったが、さすがに日本語で複雑な言葉は伝わらないようだった。

説明の日本語が余りに流暢だったので油断したが、あれは決まり文句なのかも知れない。

からシンプル一言だけで言い直した。

「最高だ。」

「謝謝!」






3


3日目 午前


旅先では余り眠れない事が多い。

今日が今回の台湾旅行で最後の朝だけど、グッスリとはいかず、7時前に目が覚めた。


ボーッと窓の外を眺めていると、部屋の外からオバちゃん2人の声が聞こえて来た。

お客さんかな?ベッドメイクかな?

それにしても、楽しそうによく笑う。



朝食を済ませた後、ホテルのすぐ隣にあるコンビニで、スイカ牛乳、japan walker、烏龍茶を買った。

japan walkerは鎌倉特集。

昨日も女性誌を買ったけど、現地の雑誌というのは興味を唆られるものだ。

昨日、台北車站の地下街を歩いているとき中山地下書街」という掲示を見たが、午前中の地下街は人の流れもまばらで、場所がよくわからなかった。

わかれば本屋も覗いてみたかったんだけどな。

烏龍茶を飲んで「美味い!」と呟いた。

ペットボトルのものでも、日本のものとは香りが全然違う。

あとで再購入したときによく見ると、材料表には「香料」もあったが、それは台湾人の嗜好としてこの香りが重要という事だし、美味ければ大きな問題は無い。


ホテルの窓際でこの旅行記を書いていると、ザっと雨が降って来た。

台湾は雨が多いので、雨具を持って来ていたが、旅行を通して行動に困るほどの雨がなかったのは幸運だった。

雨はすぐに小ぶりになったけど、窓の外にはまだ傘の花が咲いている。

あと数時間でチェックアウトだ。



午前9:45分。


雨はとっくに止んでいる。

定刻にはまだ数時間あったけど、チェックアウトする事にした。

空港への送り迎えのため、ここには21:00にまた戻って来る事になる。

ベッドに上に「謝謝」と書いたメモを1枚残してホテルを出た。




3日目 午前


世界に展開するグローバリズム象徴スターバックスはここ台北にもある。

わざわざ海外に来て、世界中にある店に入り、ローカルの微妙な違いを見るもの楽しいものだ。

150元を支払い、アイスカフェモカグランサイズを受け取って2階に上がると、そこでは男女がラップトップを開いていた。

世界のどこに行っても、スタバでやる事といえばコレらしい。


スタバで注文するのが苦手な人は一定数いる。

もしあなたがそうでも、安心してほしい。

台北にはドトールもある。

コーヒーを飲んだ直後で大してのども渇いてなかったが、入ってみる事にした。

入り口には行動を禁ずる、べからず集が書いてあり、犬とハンバーガーにバツ印が書いてある。

その下に「禁止打牌」。

ペットを連れ込むな、食べ物を持ち込むなはわかるが、「トランプするな」は新鮮だ。


ドトールで頼むものといえば、ミラノサンドのA以外ありえなく、これはスタバドヤリングと同じ様式美なのだが、残念な事に、11:00以降しか頼めないようだった。

少しがっかりして、70元を支払ってアイス紅茶を頼むと、何も入れなくても甘かった。

台湾の人はアイスドリンクをなんでも甘くする。



旅行を通して概ね正しいエリーさんの助言に一つ違を唱えるなら、台湾版suica、悠遊卡についてだ。

エリーさん曰く、チャージした金額有効期限は2年だし、デポジットの100元が勿体無いので、頻繁に台湾に来るのでなければ購入を勧めないとのことだったが、実際に使ってみると、メチャクチャ便利。

複雑な購入手続き切符を買う必要なく、地下鉄も台鐵もバスもピッとやるだけでOK。

交通機関で現金決済したのはタクシーだけだった。

多少の損を補って余りある便利さの悠遊卡なので、台湾に来る際は是非購入を勧めたい。


帰りの便までまだまだ時間があるので、悠遊卡に100元チャージして、地下鉄台湾北部景勝地、淡水に向かった。




3日目 午後


淡水は異国情緒ある海岸の街。

日本でいうところの横浜とか神戸といったところらしい。

駅前を歩けばすぐ海岸で、晴れ渡った空の下、おっちゃん達が釣り糸を垂らしていた。

ふと見ると赤い看板。

台湾ではコーションは赤い看板に書かれるらしい。


「本河岸遊客衆多

 為維護遊客安全

 本路段禁止甩竿汉示」


「この海岸には観光客がたくさん来ます

 観光客安全のため、ここでは釣竿は振らないでください。」



さて、初日の寧夏夜市で食うつもりで、メモまで描いたが、食えなかったものがある。

千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が食って豚になってしまったモノではないか、と言われている謎のプルプル、肉圓だ。

海岸から山の方に上がろうとして通り掛かった海の家で、「肉丸」と書かれた看板が掲げられていた。

昼時で丁度いい、食おう。

おばちゃんに「肉圓 QQ〜」と描いたメモを見せる。40元。

「それだけでは足りない」とエリーさんが言っていた肉圓だが、いざ食って見ると、正体不明のプルプルは意外とお腹にたまり、1杯で小腹を満たすに充分な量だ。

こんなものを大量にガツガツ食えば、それは豚にもなってしまうのかもしれない。


海も見て、肉圓も食って、煉瓦造りのキリスト教会も見た。

歩き疲れたので、台北に戻ろう。



台北についたのは午後14:00過ぎ。

今なら人に流れについていけば「中山地下書街」を見つけられるかもしれない。


地下街中山站方向に歩く。

やがて中山站を過ぎると、右手に地下街にそって長い本屋が見えて来た。

中山地下書街」

やった、本屋だ。


「誠品書店」に入って見ると、平積みにされていたのは、謝馬力 著「女子翻轉」

女性の生き方に関する本らしい。

台湾版Sex and cityか?はたまた中国ジェーン・スーか。


しばらく歩くと、料理本の一角

料理本って、みてしまう。

ほとんどの本が何を書かれているか、全くわからないんだけど、1冊、ピクルスの作り方に関する本があった。

美しいイラスト作ってみたくなる写真。

これならなんとか分かるかもしれない。

からなくても、開いているだけで楽しそうだ。

買って帰る事にした。300元。



地下街を歩いていると「新光三越」の文字

台湾にも三越はあるらしい。

三越があるなら、正真正銘のデパ地下があるはずだ。

これは是非行かないといけない。


新光三越に着くとデパ地下はどうやら地下2階。日本より小ぢんまりとして、お菓子などが中心ではあるが、これぞデパ地下という光景があった。

色々な店が軒を並べる中、お茶の店があり、白磁の蓋碗ディスプレイされている。

日本に帰って、同僚とお茶を飲む為に、何か茶器が欲しかったから丁度いい。

560元は、多分日本より安い。




3日目 夕方


あと5時間で迎えが来るが、台湾でやりたい事リスト最後の項目がまだだった。


サツマイモが入った台湾式の清粥を食べる。


台湾で清粥といえば、飲んだ後に食べるものらしく、店が開くのは17:00からだった。

最近アルコールに弱くなったし、台湾では心置きなく食いたかったので、旅行中は一切、酒類は飲んでいなかった。

しかし、別に飲んでなくても問題ないだろう。

17:00ジャストに、「無名子 清粥小菜」に入った。


この店では、ショウウィンドウの中からおかずを選び、それにお粥が付いてくる。

どれにしようか?

ショウウィンドウ越しでハッキリ見えないが、美味そうな炒め物を頼んだ。


席に着くと、鍋一杯のお粥

さあ食うぞ。

しかし、運ばれて来たおかずを見て一瞬たじろぐ。

それは「牡蠣の豆豉炒め」だった。

もっとよく見りゃ良かったぜ、ここは屋台ではないが、エリーさんの忠告を思い出す。

これを食えばあとは帰るだけとはいえ、もし飛行機の中で降せば大きな問題を抱える。

最悪当たるにしても、迎えのくる21:00までにスパっと終わるか、自宅に帰り着く翌10:00以降にしてほしい。

恐る恐る口に運んだ牡蠣は、豆豉の風味が効いて美味く、お粥は歩き通しの身体に優しかった。

これで、「台湾でやりたい事リスト」はコンプリートした。



無名子 清粥小菜を出て、おそらくこの旅で最後地下街を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅に出ると、道路しっとり濡れていた。

参ったな、あと一息で雨だ。

でも3日間で学んだのは、台湾の雨はすぐ上がるという事。

意を決して歩き出すと、どうも降っていたのはさっきまでだったらしく、殆ど雨には当たらなかった。

この調子で、願わくば牡蠣にも当たらないでほしい。




3日目 夜


ホテルフロントでこの旅行記を書きながら迎えを待つと、女性2人の親子連れが入って来て、フロントに尋ねた。

「この近くに喫煙所はありますか?」

日本語だ。

そんな基本的な事を聞くって事は、多分今日 このホテルに着いたのだろう。

自分は今夜、日本に帰るが、今日、日本から来たかもしれない人がいる。

ここでは毎日、入れ違いで人が行き交うのだろう。


しばらく待っていると、また日本からの家族連れがフロントにやって来た。

お父さんが、自分の胸を指差して、現地で買ったTシャツになんと書かれているか聞くと、フロントの男性は、ちょっと戸惑いながら答えた。

「えっと・・・簡単に言うとですね、『ゴキブリ』です。」


またしばらくすると、20人程の旅行客がやって来た。

話しているのは中国語で、スーツケースの大きさから見ると、多分大陸の人だ。

一団はひっきりなしに喋っていて、声も大きい。

この旅行であった人たちの中で、もっとも賑やかな人たちかもしれなかった。



嵐のような一団がフロントを過ぎると、迎えのツアーガイドがやって来た。

ガイド若い男性で江(チャン)さんという。

英語名はありますか?」と聞くと、「無いですね、僕も英語は喋れませんし」どうもみんなに英語名がある訳では無いらしい。


チャンさんは人当たりが良く、風貌イケメンというか、今風で、ちょっとチャラい感じといえなくも無かった。


空港までの車の中で、たくさん起きたことを話し、少し疑問だった事も答えてくれた。


台湾の男性が機内でメガネだったのは、ちょっと上の世代伊達メガネブームがあった事。

台湾で男同志の性愛を描いた映像作品を観たのは、おそらく同性結婚が法的に認められたのと関係がある事。

ドトールトランプ禁止は、解禁するとギャンブルをやっちゃうからである事。

ついでに、チャンさんは実は以前に日本に来たことがあり、出逢いを求めて相席居酒屋に行ったら、40代以上の女性ばかりで少しがっかりした事も教えてくれた。

やっぱりちょっとチャラかった。


チャラいけれども、仕事をきちんとする好漢のチャンさんは、チェックインまで付き合ってくれると、出国手続きや再両替についても教えてくれた。

台湾で出会う人は素晴らしい人たちばかりで、チャンさんもまた例外では無かった。


もう直ぐ台湾を去る。

台湾でしたい事の全てが予定通りに行えて、多くの予想以上があった。

言葉にすると陳腐だけど、これ以上正しい表現が思いつかない。

「全てが掛け替えのない3日間だった。ここに来て本当に良かった。」


チャンさんは日本語が堪能で、何を言っても理解してくれる。

でも、最後は、滞在中に助けられ通しだった方法以外にあり得ない。

「じゃあ、僕はここで」と微笑む彼に、ホテルの部屋で朝に書いた、最後メモを見せた。


「太棒了、台湾」

主義を主張しない日本の政治

例えば安倍晋三国家社会主義軍国主義の信奉者だが、自分保守政治家だと言う。

例えば枝野幸男社会自由主義を主張するのではなく、以下のように言う

「私はリベラルであり、保守であります。」

現在日本では政治家は誰もが自分こそが保守政治家であると主張している。自分こそが保守であって他の政治家は実は伝統破壊なのだと主張するやり方が一番一般的になっている。

驚くべきことは共産党ですらそうした傾向を見せはじめているということだ。ただこれに関してはどうも志位和夫という個人資質によるところが大きいらしい。故に民主集中制という最大の弱点を志位和夫は正すことができない。それをやると頑固な共産政党に戻ってしまうのだろう。

社民党は相変わらず社会民主主義を強く提示し続けているが、共産党比較した際の党勢の劣勢は否定できない。

しかに、過去日本の政治は実は大きな失敗をしてこなかったのかもしれない。少なくとも侵略されることはなかったし、ジブチのあれを数に入れなければ侵略することもなかった。経済はそれなりに成功し、格差が広がった今でも iPhone をみんなもっている。餓死する人もいない。水道電気、ガス、道路治水に失敗したということもない(比較対象としてはイタリア南部道路整備の酷さを見よ)。

はいえみんながみんな保守政治家であろうとするのが健康的なこととは思えない。結局それでは縮小均衡に向いつつある現状の追認にしかならないからだ。そして、結局のところ皆が「リベラリズム」「自由主義」を名乗ることによって自由空虚化していくからだ。

2017-10-11

anond:20171011170536

完全に道路が塞がっていて、車が行けない状態だったら「ジャマだ!」とか言ったかな。

DQNは言うか。

マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き

キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-10

anond:20171010171952

俺の知り合いは工場ラインで働いたときも、効率よくやる方法を工夫したり、他のライン工よりうまくできたら嬉しかったって言ってたよ。

道路工事ゴミ業者だってやりがい見出してる人いるだろ。

ゲーム嫌いのゲーム開発者

コーヒーが嫌いなバリスタワインが嫌いなソムリエを信頼できるのか?」

とか言いますけど信頼は別問題だね。

それより、ゴミ収集業者ゴミ処理が好きだったり、道路工事業者道路工事が好きでやってると思ってんのかな。

お前は職業差別してるんだよ。差別主義者の自覚いかもしれんけど。

どうにかならないか

最近近所では古い住宅ほとんど取り壊され、次々と新築工事が始まっている。

それに伴い当然作業員の人がやってくるが、建設関係作業員の人が来ると治安が悪くなる。

現場によるのだろうが、道路私道を塞ぐように座り、タバコポイ捨てする人もいる。

そして近所の居酒屋で大声で騒ぎ喧嘩騒ぎも起こした。

全員が全員とは言わない。DQNじゃない友人もやっているし。

でもどうにかならないかなーって思う。

別に煙草吸ってもいいし(灰皿を置いている所がほとんどだし、最近禁煙としている所も見かける)、

邪魔にならなければ道に座ってもいいし(威圧感はかなりあるけど)、仕事後に酒を飲んでもいい。

でも、どうにかならないかなーって思う。

問題を起こすなって勤めている会社派遣(があるかは知らないけど)で言われないのかな。

頼みますわ。

2017-10-09

■マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き



キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

信号を守っても守らなくても事故が起きるのはドライバー問題

「車がいなければ信号守らない」「車道を横断する」という意見バッシング受けるのは、運転者が「オレたちが道路上の歩行者を注意して走る必要が出てきて、速度を出せなくなるから辞めろ」と言っているからにすぎない。

同様に、自動車運転者は、自転車車道走行に対してもバッシングをする。こちらは車道走るのが道交法遵守行為だが。

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