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2019-02-24

「華麗なる逆転」がついにアニメになったことに感動を覚えている

アニメ逆転裁判Season2がついに最終章に入って、「華麗なる逆転」が始まった。

その感傷を書くけど言っとくけどネタバレからタイトル共感したやつだけ読むといいと思う。

逆転3はもう15年前なのか。発売当時すぐ買って夢中で最後までプレイした。

1から続く因縁とかが、当然後付けもあるんだけどすげーうまく繋がっててとにかく感動したのを覚えている。

クライマックスでこれまでの重要人物(矢張含む)が集結したり、御剣狩魔冥にもしっかり見せ場があったりすごかった。

「完全無欠のシナリオだこれは!」とか思ってたけど、今でも割と思ってる。

それが15年を経てアニメで見られるとか、いい時代になったもんだよ。

アニメはもちろん賛否あるだろうけど(そもそもアニメ向きか微妙だしね)俺は毎週楽しんでる。

Season2の後期OP、初めて聴いた時「はぁ?」ってなって(まあいまでも割となってる)たんだけど、何回も聴いてるうちにやっぱり好きになってくるもんで。

俺がエモいと思うのが、「核心をついて偽り見抜いて 理をWitness now Witness」っていうところ。

歌詞意味は正直雰囲気なんだけど、この一瞬に成歩堂御剣、冥、真宵ちゃんはみちゃん、若千尋さん、そしてゴドーが集結するんだよ。この一瞬にね。

ゴドー立場上敵なんだけど、このOPでは明らかにそうとは描かれてない。成歩堂たちと一緒に指を突き付ける側。

立場上は敵なんだけど「真実を追求する」側として描かれてて、エモい。あとはみちゃんカレー食わせてるとこGJ

アニメ逆転のOPはどれも最初「はぁ?」ってなったんだけど、まあいい味出てると思う。俺はね。

ガンガン攻めようぜ☆」とか今では超好き。映像も相まって「これは裁判アニメではありません」って感じが伝わってくるし。

Season1の後期は王道最初から好きだった。かっこいいよね。あと、EDカオス加減も好き。

Season2前期はやっぱり最初は「はぁ?」ってなったんだけど、イントロ原作BGMが使われてるところがエモかった。

まあそんなこんなで、華麗なる逆転がとうとうアニメ化したのに感動を共有する場所が無くて困ったからここに書いた。

楽しんでる人、あと数回、一緒に楽しもう。

ゴドーが「本当に彼女を救うべきなら成歩堂に一番に相談すべきだった」「彼女を救おうとしたのか、俺自身復讐だったのか、もうわからねぇ」っていうのが最高に好きなんだよ、今から楽しみ。犯行現場プレイヤーは見てないか初見では伝わりづらいんだけど、真宵ちゃんに対しては徹頭徹尾味方なんだよね。いいお義兄さん。

最後になるが、一番好きなのは矢張。

こいつの「言われるヤツの身にも、なってみろってんだよ!コイツ、”やってない”って言ってるじゃねえかよォ!」っていうセリフシリーズ通して一番好きだ。

2019-02-22

姫ちゃんのリボンと懐かしいつれづれ

姫ちゃんのリボン」、最近アニマックス放送が始まって

な な 懐かしい~~~!!!って気持ちで思わず録画して見ている

最後まで見たような見なかったような結末がどうなったか全然覚えてないんだけど

懐かしさのあまり正確に記述しがたいヘンな気持ちになっている

小学校中学年くらいの頃の放送から記憶がおぼろげでも全然不思議ではないな

コミックス最後まで読んだか読まなかったか覚えてない 結末はいったいどうなったのか

それよりアニメ版姫ちゃん(主人公少女)の憧れの先輩役の声優草薙剛だった

OPEDSMAPだ よく覚えてないけどこれはもしかして森くんがまだ所属している頃のSMAPでは

当時中学生だったねーちゃんが友だち数人と森君の追っかけしてたことを同時にありありと思い出す

SMAPファン向けの映画かなにかでなぜだかメンバーがみんなオオカミ族?みたいな設定で

誰かが鶏生きたまま食べて口元から血が垂れてくるみたいなみたいな描写映像を観た記憶ぼんやり思い出す

(何度思い返してみても設定が特殊すぎるのでこれは疑似記憶かもしれない)

当時この枠の女の子向けアニメって必ずジャニーズアイドルタイアップしてたような記憶がある

赤ずきんチャチャ」も確か香取慎吾声優やってて曲もSMAPだったような気がするし「こどものおもちゃ」はTOKIOだったろうか

思えば夕方6時台のアニメ枠は大抵少女誌「りぼん」の掲載作だったけど、

(「なかよし「ちゃお」も次いで多かった気がするが)

私は「りぼん」には縁のない子供で、というかその頃からコミックス派で素敵な表紙の漫画を買うのが好きで

コミック雑誌を定期的に買って読むという習慣に縁がなくアニメで観る以前は上記作品原作を読んだことがなかった

全部中学生以降に少女漫画オタクになってからはじめて読んであれっ面白いじゃんとなったものだった

りぼん」よりは花とゆめコミックスぶ~けコミックスサンデーコミックス等の方に馴染みのある子供だった

絵やお話の傾向もそれぞれの雑誌でかなり違っていて私は花とゆめ系の絵が好きだった 特に星野架名の絵が好きだった

 

なんとなく子供心に「王道」に通ずる要素を好きになれなくて毛嫌いしていたところもあったと今となっては思うけど

アニメになるとなんでだか普通に見ていた アニメになると何かが急にキャッチーになって受け取りやすくなる気がする

そんな感じで全体的に好みじゃないな~と当時思っていた作品でも

こんなに懐かしくてこんなに愛しい気持ちになるのがなんだかふしぎだし面白い

単に懐古や感傷だけじゃなくて色んな作品のそれぞれの魅力が今やっとわかるようになったのかなという気がする

花とゆめ」や「ぶ~け作品りぼんよりは対象年齢が高かったのかあまりアニメにはならなかった印象

少女にとっての「りぼん」は少年にとっての「少年ジャンプ」のような王道立ち位置雑誌だったのだと思うけど

それにしてもたまに岡田あーみんとか彩花みんとか破天荒作家も堂々掲載している結構ヘンな雑誌

でも「ジャンプ」にもうすた京介とか漫☆画太郎かいることを思えば別におかしくはないのか

ちょうど鏡写しのようではないだろうかと最近思う アニメ化される頻度の高さという点に置いても

姫ちゃんのリボン、当時のおぼろげな記憶の中で唯一鮮明に残ってるのが

主人公ライバル?役ともいえる高飛車エキセントリック少女日比野ひかるの事である

茶色くるくる髪にヘアバンドの女の子空気読めない意地悪な女の子だけどかわいくてなんだか好きで

今見てもやっぱりかわいい女の子じゃんってなる 昔っからライバル役の女の子の方をすごく好きになってしま

子どもの頃「らんま」も見ていてシャンプー!なんてかわいいんだろう!!!って思っていた

今でもラブコメに出てくる女の子の造形でいちばんかわいいのはシャンプーだなって思ってる 声も動作も服も全部かわいい

もう何度目だよという再々再々再々再放送くらいのものを見て「らんま」だとうっちゃんかわいいしなびきは昔から大好きだし

とにかく気の強そうな暗い髪色の女の子が好きなんだな~というどうでもいい好みを発見したりするのだが

太刀は前髪も好きじゃないし性格も嫌いだったんだけど今見たら か か かわいいじゃねえかよ~~ってなってしまって

アニメのだいぶ空気読めない性格に難のある(と設定されている)女の子ってなんだかわからない普遍的な魅力があるなと思った

そんな感じで日々野ひかるもやっぱりかわいいなーと思いながら懐かしいアニメを見ている 時々名状しがたく泣きたい気分になる

そして90年代アニメを見ているとファッショントレンドが今の感覚に近いというか

今のファッション90年代トレンドを模しているのかなという感じなのでキャラクターが着ている服が普通にかわいい

過去のもの大人になってから見るとあれこれ楽しいフックがあってというか見る側の自分の方にできていて

懐かしむ以外の楽しみ方が増えたことがなんだかすごく面白い

はー姫ちゃんかわいい 当時リボンを模したグッズとかも発売されてたのかな こういうのリアルタイムで買ってみたかった

 

2019-02-17

鬱について

鬱の者です

病気について家族職場の人も本当にわかってくれなくて途方にくれてる

休職して、なんかたくさん薬を飲んでなんとか文章が書けそうなので、一番ひどい時について書いてみる

もともと数年前から軽い鬱で精神科にはかかっていて、たまの休み抗鬱薬やら安定剤仕事を続けてた

ある日突然朝起きられなくなった

スマホアラームか、多くの場合アラームより早く目がさめるけど、とにかく布団に縫い付けられたみたいに動けない

トイレ行きたいとか、喉乾いたお腹すいてきたとかの感覚はある でも動けない

欲求すら脳が拒んでる感じ

午前中はずっとそう

欠勤の連絡だけして気絶するみたいに寝るか、天井のあたりをぼーっと見つめてた

午後になると朝ほど動けなくはないので、とはいえレンジとかケトルを使うのは無理なので、オレオ牛乳とかグラノーラ牛乳みたいな開けるだけ系のものを食べ、また寝る

夜になると風呂に入る/入らないの強烈な葛藤が起きるが、基本的には入れないまま終わる

そこからは大体深夜まで眠れない

将来への不安とか同僚や上司の目とか家族にかけてる心配迷惑がごったになって頭をぐるぐると回り、感傷的になって目的もない涙が滂沱とでてくる

そして泣き疲れて気がついたら気を失っていて、またはじめに戻る

今は薬がキマってきたので朝も起きられるし、レンジも使え、一応必要な時には風呂に入ることもできる

思うに自分がなぜ鬱になったかというと、現実理想の激しいギャップのせいというのが一番大きい気がしている

簡単に言うと、ありたい自分に合わせようとするが、無理なので脳が音をあげたということだ

余談だけどここのところはマジで神の設計ミスだと思うので、できないならできないで心肺停止記憶喪失になるプログラムにしておいてほしかった

今度は出来る範囲で頑張りたいと思う

まずは普通に生活したい

自分はひどい時も対面の受け答えは普通にできたのもあって、周りもそんなに症状がきついと思っていないフシがある(親に電話しても自分でなんとかしろって言われたり)

でもそうじゃない、鬱は病気で、やりたいこともやるべきこともできなくなって本当につらい

同僚には普通に迷惑だと思う ごめん

ただ家族とか大切な人がもし鬱になったら、ただ怠けてるんじゃないってわかってあげてほしい

それだけで随分と気持ちが楽になるだろうから

2019-02-16

Number girl再結成する

というニュースtwitterで見て、しばらくなにかの冗談かと思って固まってしまった。

それから自分がまだ京都大学生だった頃、京大西部講堂や、くるりと一緒に京都磔磔でやったライブを見たことを思い出した。

はじめて朝まで徹夜で飲む、という経験をした帰り道。omoide in my headの「気がつくとそこに17歳の俺がいた」って部分を、空が白んで誰もいない街中を、多分そこそこの声出してフラフラ歩きながら歌って、勝手共感してた自分は、今から思うと、まだ二十歳そこそこの若者だったのだ。向井さんが、omoide in my headを作ったのも、二十歳そこそこの若者だったのだから別に間違ってはいないのだが。

最早CDが聴ける機器を所有してないので、Spotifyomoide in my headを聴いた。

今、30代も半ばになって、朝方に17歳自分の幻影を見るという歌詞共感するというのは、もはや罪悪感を抱いてしまレベルで、素直には言えないのだけども……実はこの曲、17歳の時を思い出してる20歳の時をプレイバックしてる30代の自分、という歌だったんじゃないか?と思うくらい、勝手共感して感傷的になってしまった。

これに少しでも似た感情を抱くのが、人生であと何回かでもあるのだろうか、と思うと……。なにかを好きでいるという経験は、本当に捨てたもんじゃないな。

2019-02-11

最近筋トレしながらアニメ見るのにはまっててさ

たいていのアニメは座ってじっとしているには刺激が少ない気がするし、かといって作業しながらだと作業にも視聴にも集中できなかったんだよね。

仕事から帰ってきてアニメ見る精神的な余裕も時間的な余裕もなかったんだけど、腹筋・スクワット腕立てときどき踏み台昇降をやりながらアニメを見てる。

そしたら、ホント楽しいのよ。20分で1セットとして、調子がいいときは2セットやってみたりして。

もうパブロフの犬状態でさ、果たして筋トレ楽しいのかアニメ視聴が楽しのかわからいくら楽しい。もうウォーキングしても階段登っても楽しいってわけよ。

でさ、自分を観察しながら筋トレしてるとやっぱ女の子露骨可愛い(または、えちい)シーンを見ながらだとパフォーマンスが上がる気がするんだよね。少なくとも筋肉に負荷をかける苦痛は緩和されているきがする。これってすごいことだよな。もうアニメ無しじゃ筋トレできないし、筋トレなしじゃアニメ見れない。

唯一のデメリットは体動かしてバカになってるので、繊細でシリアスアニメは見れないということだけだね。だけれど、もともと仕事で疲れて難しいストーリーアニメなんて見れたもんじゃいから結局一緒だよね。

さて、最近見て筋トレに合うなと思ったアニメは...



これ筋トレ中に見てると楽しいよっていうアニメがあったら教えてくださいませ。

2019-02-03

映画鑑賞後の感傷に浸っている人間ひとりごと

刀の映画を見に行った。

2回目。

1回目からずっと感じてたけど、あんまり口にすることでも文章にすることでもないかなと思って蓋をしてたけど、どうにもしんどいので吐き出してしまうことにする。

書いてスッキリしたいだけ。

なんだけど、誰かに知ってほしい気持ちもあるらしくて匿名ツールを引っ張り出してきた。

映画を見た人間ぼやきなので映画鑑賞済みであることを想定して書きます

***

ものすごくものすごく、

自分に正直に言うと、

「正しい歴史のために正しく死なねばならない」

と言われた信長のことを、少し羨ましいと思った。

なんて言うか、ぼんやりと、常に死にたいと思っている。

でも自分で死を選択する勇気はない。

まだまだ完結するまで死ねないと思っている作品も多いしオタクとして生きてて今が楽しくないわけでもない。

楽しいと感じている時、発している時、私は確かにその瞬間「楽しい」と心の底から思っている。

なんだけど、それに反するように、死にたいと、心のどこかでずっと感じている。

「生きることで発生する日々の煩わしさ」と、「死ぬ瞬間に生じる種々の煩わしさ」を天秤にかけて、ただ「現状維持」だけを選択しているような感じ。

変わることが面倒くさい。

だけど生きていることも面倒くさい。

私の意思とは関係のないところで死を迎えたい。

なんなら今、「歴史のために」と言う大義名分を掲げてこの命を終わりにしたい。

「正しい歴史のために」

「正しく死なねばならない」

人の生死に正誤などあるのかと感じもするが、私の命が正しい歴史のために摘み取られるのであれば私は喜んでこの命を差し出したい。

そういう意味で、信長を羨ましいと思った。

彼の死には意味があった。

それ以上に、彼はそこで歩みを止めることを許された。

私も許されたい。

「生きる」ことを「辞める」ことを許されたい。

生きた時代が違うから信長のその選択は私が望むそれとは全く別のものなんだけれど。

信長は歩みを止める気なんてなかったと思うんだけど。

それでも、今生きていることが間違いだと言われて、あぁそうなんだ、やっぱり生きてることは間違いだったんだ、って、私は納得できる。

別に誰に何を言われたわけではないけれど。ただの現実逃避だってだけかもしれないけど。

それでも、羨ましいと感じてしまった。

2019-01-13

アニメで多すぎると思うシーン

その回の終わり辺りで、登場キャラ集団歩いてると、

特定の一人(だいたい主人公)が立ち止まり

心の中の独り言で今回の内容について振り返ったり感傷に浸ったり一頻りした後、

ふと気づくと、先に行ってる他のヤツらに

「おーい○○何してんだー!置いてくぞー!」と呼ばれて、歩き出すシーン。

分かってもらえるか?

2019-01-10

老化は悲しい

脳の老化は認知症だけではない

脳の機能の低下、つまり理性(計算したり、集中したり、我慢したりすること)が低下する

特に我慢する機能が低下すると、とても怒りっぽくなる

そうすると人間関係が非常に悪化し、仲の良かった兄弟でも縁を切る事になってしま

今日は父と伯母が縁を切ったという話を聞いて、少し感傷的になっている

2019-01-08

労働

「知らないのか?」Sは言った。

ああ、知らなかった。知らなかったよ。私はショックを受けながらそう答えた。

「ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある?」

「でもさ、じゃあ僕らは何のために」

「何を言ってるんだ。給料をもらったじゃないか。捨てられたクリスマスケーキの分だけ給料が引かれたか? 違うだろ。作った分は報酬を受け取った。それ以上でもそれ以下でもない」

「そうだけどさ」

「君が12月お金に困らずに過ごせたのは捨てられるために作られた商品のおかげだ。なんなら余ったケーキをただでもらって帰ったじゃないか彼女も喜んでたろう?」

かにそうだ。反論余地はない。だけどよくもまあそんなにクール物事を考えることができるものだ。

「次は恵方巻だな?」話題を切り替えてSは言った。

「そうだな、もしかしてこの恵方巻ってやつも」

「ああ、捨てられる。感傷的になるなよ。仕事があるだけありがたく思え」

「わかった。その頃にまた会おう」

 

恵方巻の季節が来て、私を含む臨時労働者が集められた。私もSも常連だ。

しかし、今回Sはいなかった。同じく顔見知りのMもKもいるのに、Sの姿が見当たらない。

派遣管理者に聞いてみた。「あのー、今回Sは」

「S? ああ、あいつのことかな。いやー、今回労働者が余っちゃって。だから捨てたよ」

「え?」

「去年から風当たりが強いだろう。食べ物を粗末にするなとか、販売店のノルマとかさ。今年は縮小なんだ。……Sは老朽が激しくてね。だからクリスマスケーキまででお役御免。ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある? さあ、仕事仕事

私はうわの空のまま恵方巻を作った。

 

足元で「カラン」と乾いた音がした。そこには一本のネジが転がっていた。私は自分の右腕が思い通りに動かないことに気づいた。

私の頭に付けられている警告色のサイレンが明滅し、アラートが鳴り響いた。

「ああ、もう駄目だね」管理者は近付いてきて言った。

商品に混入しなかったことが救いだな。まだ新しいのに……不良品かな。とりあえず君もお役御免のようだね。技術班を呼んでくるからお疲れ様

見遣れば、MもKも捨てられるための恵方巻を無感情で作り続けている。私には待つことしかできない。

感傷的になる必要なんてどこにもない。余ったものが捨てられることは私が一番良く理解している。

2019-01-05

anond:20190105210313

お気に入りに入れられた時のブクマって結構覚えてるんだよな

あいう感じの発言をすることを期待されてるんだろうな楽しみにしてるんだろうなと思うと息(が)苦しくなる

その後方針転換というかあの頃振ってた話題を書かなくなるようになると期待外れだと思ってるんだろうなと思ったりもする


あと感傷に浸ってるとこ一応忠告だけど、お気に入られ数はそれをしてたアカウントが何らかの理由でふつーに消えたときにもふつーに減るぞ

anond:20190105152201

人は完了しなかった物事が気になって仕方がないんやで

から色々な感傷的な理由は後付けで、ゲームをクリヤしたいのと同程度の価値やで

2019-01-04

anond:20190104231631

それは喪失感感傷的になってるだけで、元カレが恋しいわけじゃないんだぜ。

から後悔なんてしなくていい。

2018-12-28

あいのり Asian Journey」に見る非モテ男性の苦境

僕はあいのり世代だ。今田耕司久本雅美加藤雅彦が出ていた頃、毎週リアルタイムで見ていたものだ。

あれがNetflixで再開するらしいので見てみたが、やはりおもしろい。

男女が思いを通じあわせていく過程にキュンとさせられるのもよいが、僕はどちらかと言えば、望みのない告白をして散っていく敗者に自分過去を重ね合わせて涙にむせぶ、という暗い愉しみを見出している。

さて、ここに勇ちゃんという参加者がいる。

はっきり言って、彼は「非モテ枠」だ。

体はやや鍛えているけれど華があるという感じではなく、容姿もっさりという言葉がピッタリだ。早稲田大学卒という高学歴ソニー就職したが、自分らしく働けないという理由で退社。そのきっかけというのが、宴会パンツ一丁で出し物をして怒られた、というもの

あいのりでも、彼はいじられ役を買って出る。絶対他人攻撃せず、自分ネタに笑いをとる。

時間に遅れてきた好きな女性自分が注意する流れになっても、文句を言わず黙ってやり通す。自らが損を被っても他人に尽くすタイプだ。

そして、告白。彼は、いかにも非モテが好きそうなおとなしめの女性、ゆうちゃんに恋をした。

ちゃんとゆうちゃんは、こちから見ていてもリラクシングな、感じのいい二人であった。

しかし、彼女には他に気になっている男性メンバーがいたのだ。それを知った勇ちゃんは悲しい自分の想いを秘めつつ、恋の相談にさえ乗った。

彼はこのままでは男として見てもらえないと奮起し、告白へと向かうのだった。

結果は、No。とても大切な友人だけど一緒には帰ることができない、という答え。

僕は、性格から告白への流れまで、まさに自分もこういうタイプだな、と頷きながら見ていた。

特に、傍から見ていて成功しないのは分かりきっているのに、自分も勇ちゃんのような告白を繰り返してきたことにやりきれなさを感じた。

ちゃんがいなくなった後、想いを寄せる男性と共に過ごすゆうちゃん笑顔が辛い。

それが、勇ちゃんに向ける笑顔とは全くの別物だからだ。僕が、人生で何度も見てきた、残酷笑顔だ。

僕も高学歴中の上程度の収入、会話も楽しい方だと思うが、今までついぞ女性相手にされたことはなかった。

どこかで、女性に選ばれる男とそうでない男に明確な線引があるのでは、とさえ思えてくる。

近頃ネット界隈では、告白確認、と言われている。それによれば、仲良くなり、何回かデートをして、気持ちが通じ合っているという確信のもと、通常の告白は行われる。

まり告白するまでに結果は決まっており、そして非モテ告白はこの過程をすっ飛ばしている、という言説だ。

もっとキツい表現としては、最近話題になった以下のようなものがある。

ぬいぐるみペニスショック】女性恋愛感情なしに仲の良かった男性から突然告白をされると、まるでぬいぐるみから唐突ペニスが生えてきたような気持ちになる

https://togetter.com/li/1290520

それでは、勇ちゃんはどうすればOKをもらえたんだろうか。ぬいぐるみにならないためには?正直言って、最初から望みはなかったんだと思う。

進化心理学研究者ナンパ師の共著"What women want"によれば、女性第一印象である程度、交際する相手として優れた男性性質無意識的に見破ってしまうのだという。

初対面でぬいぐるみか、人間の男かは決まってしまうのだ。男から見ても、なんか男性ホルモンがしっかり出てそうなモテるブサイクと、そうでないブサイクの違いは分かる。

そう、だから、一発逆転や奇跡を狙った告白なんてやるべきじゃなかったんだ。自分を男として意識してくれる女性が現れるまで、ひたすら待つか、あいのりなんか止めて多くの出会いを求めるべきだったんだ。

冷静に考えればそうだ。でもしかし、仕方ないじゃんとも思う。非モテからこそ、ちょっとでも優しくしてくれる、可能性があると思わせてくれる女性にのめり込むんだ。そして、ぞんざいであってもモテるような男より、優しく、他人バカにしないように生きているからこそ、それでも自分を大切なものとして選んでくれる人がいないことが悲しく、涙が出てくる。

こんなふうに、あいのりを見ている時間は、僕にとって非生産的感傷に浸る時間なのである。そして、クリスマスイブの今、こんな日記を書いている。どうにもならないことをつらつらと書いてしまったが、結局、初対面で「コイツは圏外」と思われないような外見に整えつつ、色々な女性と合うしかないんだろう。腐らずやっていこう。

次回では、恋愛経験のないゆうちゃんがこれまた過程をすっ飛ばし告白に走るが、僕は勇ちゃん告白よりは成功率が高いと踏んでいる。男性ほとんどの女性性的興味を持つが、女性は多くの男性に対し性的興味を抱くことはないという。ゆうちゃん告白相手が「あいのりから納得いくまで相手を探す」という意思でなければ、直感的に選ばれる可能性はあるだろう。

P.S. とか書いていたら、本当に告白成功していた。おめでとう。でも、うーむ…。

2018-12-25

年賀状を書く話

増田幼少のみぎりであるとある小説の一説に感銘を受けた。

その話は、架空日本少年内戦を戦い切る話である。彼は内戦最後のしかし最早する必要のない攻囲戦でずっと闘ってきた信頼できるオトナを、終戦後なおアテのないゲリラに身を投じた親友を、そして戦傷が成長とともに悪化し片足の自由を喪う。戦傷者への恩給でデラシネ暮らしを送る彼は、それでも内戦となった県内に居場所を見つけた戦友(彼も大人ではある)の一人と年賀状のやり取りだけは欠かさない。なるほどそういうものか、と増田少年は思ったが、その時はそのような者はいなかった。義理も友もそれほど抱えていなかったのである

増田も相応に年を取り、数人賀状のやり取りだけをする者がいる。取り立てて書くこともない。今年は呑もう的なことを書いていた時期もあったがそれもまた白々しかろう。白状すれば、添える一言も数人分は使いまわされるのである。どうせ彼らが答えを突き合わせることはないのだ。

今年もプリンターから賀状が吐き出されると、あの一節を思い出す。そして、それにとにかく一言を書く義務感と若干の感傷を奮い立たせる。

とっくに小説の掉尾に於ける主人公の歳は追い抜いた。成程、老いるとはそういうものである

2018-12-23

anond:20181223204612

感傷に浸る精神的余裕があるときに泣くですね

東京大空襲当日、泣いてたのは子供だけだったそうです

2018-12-08

移民受け入れなんて雑でいい

外国人材受け入れ拡大法、よくやった。

安倍の割には上出来だ。

かい穴なんて社会問題になったあとで考えればいい。

とりあえず移民を大量に入れろ。

経済を回しデフレから脱却するんだ。

多少死人や不法滞在者が出たところで経済面ではプラスだ。

治安が多少悪くなるのだって今の時代しょうがない。

外国人だって嫌ならヨソに行くか、自分たちで集まって法律に則ったデモ等すれば良い。

都市部に集中するというなら田舎に拘束するような法にすれば良い。すでにオーストラリアなどがやってる。

とにかく細かいこと気にして感傷的になってる余裕なんて日本にはないんだからガツガツいけ。

2018-12-04

anond:20181204083109

どれもこれも世紀末だなんだといって

破滅的な感傷支配されていたような気がする。

2018-11-29

anond:20181129122314

普段元号とか非合理的から廃止しろうるさいのにこういう時だけそうやって感傷にひたるのほんとアホって感じ

2018-11-26

無性に抱き締められて泣きたくなる

急に寒くなりこの季節は感傷的になる。

夫に「無性にかに抱き締められて泣きたくなる。」と言ったら「いいんじゃないそれくらい。抱き締めてあげるからこっちにおいで。」と言われた。

仕事が忙しそうだったので遠慮したがそんな風に言ってくれる人が居るだけでまだ自分幸せなのかもしれない。

2018-11-23

親父と渋柿の話

毎年この時期になると、親父は普段飲んでいる日本酒と一緒に焼酎を買ってくる。

庭になる柿の実の渋抜きをするためだ。

仕事一筋だった親父だが、昔から柿の渋抜きは一度も欠かしたことがない。

日頃は家族から飲酒咎められるからか、酒だって時には役に立つんだと言わんばかりに、得意になって柿の実を焼酎に浸す。

定年後は更に渋抜きに凝り始め、焼酎の種類や容器の深さを変えて色々な方法を試している。透明な焼酎に沈む鮮やかな柿の実は芸術的ですらある。

子供の頃は甘い柿が食べられるだけで嬉しかったが、今となっては無趣味な親父が何かに夢中になる姿が微笑ましい。

そんな親父が昨年入院した。幸い大きな病気ではなかったが、ちょうど柿の実が赤くなる頃だった。

ベッドでテレビを見る親父が何だか寂しそうで、その年は代わりに柿の実を採って渋抜きをすることにした。

30個ほどの柿の実と焼酎。親父のように上手くできるだろうか。親父は毎年、何を考えて渋抜き作業に勤しんでいたのか。などと感傷に浸りながら、試しに一つかじってみる。しぶ...あ...甘い。

もう一つ試しにかじってみる。甘い。そう、親父が毎年丹精込めて渋抜きをしていた柿の実。実は甘柿だったのだ。

渋柿が混ざっているわけでもない。全部甘柿。すっかり恒例行事だった渋抜きだけに、家族も気が付かなかったらしい。

春先に無事退院した親父。さっき笑顔焼酎を買ってきた。今年も我が家の縁側では、甘柿が一つ一つ焼酎に浸ることだろう。

anond:20181122224546

感傷に浸ってるところ悪いが、平気で子供に酒を飲ます酔っぱらいとか碌な親じゃないね

2018-11-14

楽園追放ってなんで評価高いの?

anond:20181112132849

虚淵ってありふれたものを組み合わせてありふれた脚本しか出来ていないと思うけど。

ありふれてないのは脚本以外の、主にパッケージングの部分じゃないか

楽園追放なんて中盤で明かされる大ネタが「人間並みに進化したAI」を応援しよう!っていうカビが生えたような話。

しかもそれ以上の捻りが何もなくて驚いた!

そして電脳世界ヒロイン口説くAIとくれば攻殻機動隊を思い出すのが当然。

それが結局安っぽい「人間って素敵!」みたいな感傷でまとまるので、20年以上前攻殻よりも古臭い内容。SFと呼ぶには保守的すぎる。

本気で殺し合うわけではないので戦闘燃えない。映像特筆すべき点はなし。

それっぽい台詞世界観を匂わせるだけ。イメージ貧困

全てが他人からの借り物で出来ているような、虚しい作品だった。

せめて面白ければいいけどTVシリーズ中盤の捨てエピソードレベルでしょこの話。

こんな下らないものをなんで褒めるのか理解できない。尻か?ガルパンからの流れか?

BGVのつもりで流したら、あまりにショボくてガン見してしまった。

まどマギ紫色のクオリアの丸パクリで、しかも縮小生産だったことを考えると、映像脚本家の虚淵玄にどれほどの才能があるのかがそもそも疑問だ。

まどマギにしても、2011年にして終盤まで隠した大ネタループものって、やっぱり相当ショボいと当時から思っていたのだが。

しか時間を止めてやることが武器の大量投入というのも発想が貧しすぎやしないだろうか。何より他のキャラより見劣りするのがな。

サンファンも、知力担当側の主人公ラストで戦ってみれば戦闘でも最強クラスで、当初のラスボスを歯牙にも掛けない展開で何それっていう。

他のキャラは駒でしかなくて全然いらなかったって話だし。こういう安直さは真面目に見てきたことを馬鹿にされてるように思えるのだが、みんな気にならないのだろうか。

虚淵脚本の悪役や腹黒い主人公というのも、結局は勧善懲悪の逆をやってるだけの薄っぺらさで、実は話やキャラクターの構造自体は幼稚だと思うのだが。

よく鬱展開と言われるけど、絶望の描き方や道のりも安易すぎて鬱と呼ぶほどのものではない。

主人公が信じてる人やものが、裏切りました。」程度の粗筋をそのまま見せられているようで、心を動かされようがない。

台詞は書けるようだがドラマ構造を作るのが苦手としか思えなくて、中学生が考えた設定を何とかぎこちなく脚本にしてる印象。

プロ脚本家にクリンナップしてもらいたくなる。

ヒットメイカであることは疑いようがないが、TVシリーズ映画における虚淵自身脚本レベルは、決して高いものではないと思う。

アニゴジは主に監督意向による制作事情が取り沙汰されているが、監督が違くても正直大して変わらなかった気がする。

賭けてもいいが巨大機龍だかなんだかが採用されてもただ登場するだけで、展開にうまく絡んだ活躍はしなかったはず。

2018-11-08

anond:20181108151207

君がそれをロック認識してないだけでたまもオーケンおしりかじり虫ロックだよ

なんだったらこ時代のポップやアイドルもなんだかんだロックだよ。

大人数の前で可愛いポーズ取ったり、自分の歌を児童達に歌いながら踊ってもらうのなんてロック極致だよ。

それにクソッタレって言うのもロック。そのクソッタレクソッタレって言うのもロック

俺のロックとお前のロックは全く別ベクトルだけど俺は俺のロックを貫くしお前はお前のロックを貫けよがロックだよ。

からクソみたいな歌詞でもやり遂げればロックだし、かっこいい歌詞でも何も伝わらなければロックじゃないよ。

感傷ピクセルアンパンマンマーチロック

2018-10-29

推してたアイドルの死が未だにショック過ぎる。

でもファンの間では、

感傷的な話ができる空気ではない。

みんな気を遣ってるというか、

そういう空気にしないように頑張ってるような感じだ。

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2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

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