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はてなキーワード: 感傷とは

2018-12-08

移民受け入れなんて雑でいい

外国人材受け入れ拡大法、よくやった。

安倍の割には上出来だ。

かい穴なんて社会問題になったあとで考えればいい。

とりあえず移民を大量に入れろ。

経済を回しデフレから脱却するんだ。

多少死人や不法滞在者が出たところで経済面ではプラスだ。

治安が多少悪くなるのだって今の時代しょうがない。

外国人だって嫌ならヨソに行くか、自分たちで集まって法律に則ったデモ等すれば良い。

都市部に集中するというなら田舎に拘束するような法にすれば良い。すでにオーストラリアなどがやってる。

とにかく細かいこと気にして感傷的になってる余裕なんて日本にはないんだからガツガツいけ。

2018-12-07

anond:20181207163528

は?自分以外の動物の命がなくなることになんかの感傷を抱くほうがよっぽどサイコパスやろ

2018-12-04

anond:20181204083109

どれもこれも世紀末だなんだといって

破滅的な感傷支配されていたような気がする。

2018-11-29

anond:20181129122314

普段元号とか非合理的から廃止しろうるさいのにこういう時だけそうやって感傷にひたるのほんとアホって感じ

2018-11-26

無性に抱き締められて泣きたくなる

急に寒くなりこの季節は感傷的になる。

夫に「無性にかに抱き締められて泣きたくなる。」と言ったら「いいんじゃないそれくらい。抱き締めてあげるからこっちにおいで。」と言われた。

仕事が忙しそうだったので遠慮したがそんな風に言ってくれる人が居るだけでまだ自分幸せなのかもしれない。

2018-11-23

親父と渋柿の話

毎年この時期になると、親父は普段飲んでいる日本酒と一緒に焼酎を買ってくる。

庭になる柿の実の渋抜きをするためだ。

仕事一筋だった親父だが、昔から柿の渋抜きは一度も欠かしたことがない。

日頃は家族から飲酒咎められるからか、酒だって時には役に立つんだと言わんばかりに、得意になって柿の実を焼酎に浸す。

定年後は更に渋抜きに凝り始め、焼酎の種類や容器の深さを変えて色々な方法を試している。透明な焼酎に沈む鮮やかな柿の実は芸術的ですらある。

子供の頃は甘い柿が食べられるだけで嬉しかったが、今となっては無趣味な親父が何かに夢中になる姿が微笑ましい。

そんな親父が昨年入院した。幸い大きな病気ではなかったが、ちょうど柿の実が赤くなる頃だった。

ベッドでテレビを見る親父が何だか寂しそうで、その年は代わりに柿の実を採って渋抜きをすることにした。

30個ほどの柿の実と焼酎。親父のように上手くできるだろうか。親父は毎年、何を考えて渋抜き作業に勤しんでいたのか。などと感傷に浸りながら、試しに一つかじってみる。しぶ...あ...甘い。

もう一つ試しにかじってみる。甘い。そう、親父が毎年丹精込めて渋抜きをしていた柿の実。実は甘柿だったのだ。

渋柿が混ざっているわけでもない。全部甘柿。すっかり恒例行事だった渋抜きだけに、家族も気が付かなかったらしい。

春先に無事退院した親父。さっき笑顔焼酎を買ってきた。今年も我が家の縁側では、甘柿が一つ一つ焼酎に浸ることだろう。

anond:20181122224546

感傷に浸ってるところ悪いが、平気で子供に酒を飲ます酔っぱらいとか碌な親じゃないね

2018-11-14

楽園追放ってなんで評価高いの?

anond:20181112132849

虚淵ってありふれたものを組み合わせてありふれた脚本しか出来ていないと思うけど。

ありふれてないのは脚本以外の、主にパッケージングの部分じゃないか

楽園追放なんて中盤で明かされる大ネタが「人間並みに進化したAI」を応援しよう!っていうカビが生えたような話。

しかもそれ以上の捻りが何もなくて驚いた!

そして電脳世界ヒロイン口説くAIとくれば攻殻機動隊を思い出すのが当然。

それが結局安っぽい「人間って素敵!」みたいな感傷でまとまるので、20年以上前攻殻よりも古臭い内容。SFと呼ぶには保守的すぎる。

本気で殺し合うわけではないので戦闘燃えない。映像特筆すべき点はなし。

それっぽい台詞世界観を匂わせるだけ。イメージ貧困

全てが他人からの借り物で出来ているような、虚しい作品だった。

せめて面白ければいいけどTVシリーズ中盤の捨てエピソードレベルでしょこの話。

こんな下らないものをなんで褒めるのか理解できない。尻か?ガルパンからの流れか?

BGVのつもりで流したら、あまりにショボくてガン見してしまった。

まどマギ紫色のクオリアの丸パクリで、しかも縮小生産だったことを考えると、映像脚本家の虚淵玄にどれほどの才能があるのかがそもそも疑問だ。

まどマギにしても、2011年にして終盤まで隠した大ネタループものって、やっぱり相当ショボいと当時から思っていたのだが。

しか時間を止めてやることが武器の大量投入というのも発想が貧しすぎやしないだろうか。何より他のキャラより見劣りするのがな。

サンファンも、知力担当側の主人公ラストで戦ってみれば戦闘でも最強クラスで、当初のラスボスを歯牙にも掛けない展開で何それっていう。

他のキャラは駒でしかなくて全然いらなかったって話だし。こういう安直さは真面目に見てきたことを馬鹿にされてるように思えるのだが、みんな気にならないのだろうか。

虚淵脚本の悪役や腹黒い主人公というのも、結局は勧善懲悪の逆をやってるだけの薄っぺらさで、実は話やキャラクターの構造自体は幼稚だと思うのだが。

よく鬱展開と言われるけど、絶望の描き方や道のりも安易すぎて鬱と呼ぶほどのものではない。

主人公が信じてる人やものが、裏切りました。」程度の粗筋をそのまま見せられているようで、心を動かされようがない。

台詞は書けるようだがドラマ構造を作るのが苦手としか思えなくて、中学生が考えた設定を何とかぎこちなく脚本にしてる印象。

プロ脚本家にクリンナップしてもらいたくなる。

ヒットメイカであることは疑いようがないが、TVシリーズ映画における虚淵自身脚本レベルは、決して高いものではないと思う。

アニゴジは主に監督意向による制作事情が取り沙汰されているが、監督が違くても正直大して変わらなかった気がする。

賭けてもいいが巨大機龍だかなんだかが採用されてもただ登場するだけで、展開にうまく絡んだ活躍はしなかったはず。

2018-11-08

anond:20181108151207

君がそれをロック認識してないだけでたまもオーケンおしりかじり虫ロックだよ

なんだったらこ時代のポップやアイドルもなんだかんだロックだよ。

大人数の前で可愛いポーズ取ったり、自分の歌を児童達に歌いながら踊ってもらうのなんてロック極致だよ。

それにクソッタレって言うのもロック。そのクソッタレクソッタレって言うのもロック

俺のロックとお前のロックは全く別ベクトルだけど俺は俺のロックを貫くしお前はお前のロックを貫けよがロックだよ。

からクソみたいな歌詞でもやり遂げればロックだし、かっこいい歌詞でも何も伝わらなければロックじゃないよ。

感傷ピクセルアンパンマンマーチロック

2018-10-29

推してたアイドルの死が未だにショック過ぎる。

でもファンの間では、

感傷的な話ができる空気ではない。

みんな気を遣ってるというか、

そういう空気にしないように頑張ってるような感じだ。

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2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

2018-10-08

夕方電車

電車実家のある街へ久しぶりに帰省した際に、ホームで母校の生徒を見て昔を思い出した。

僕の高校時代は、あまりに早く過ぎ去り、今となっては消えゆくおぼろげな記憶くらいしか残っていない。

それでも、高校時代毎日電車通学をしていた僕にとって、この駅にはあまりにも多くの記憶が残っている。

中学時代、口数の少ない僕の唯一の親友がある女の子を紹介してきた。当時、僕は気恥ずかしくそっけない態度を取りがちだったし、そもそも別なクラスだったから、その女の子と会うのは休み時間廊下や、掃除時間くらいしかなかった。

それでもお互い、そういった初々しいコミュニケーションを心地よく感じていたと思う。

駅の改札前に木でできた粗末なベンチがある。僕と彼女はそこで待ち合わせて数駅先の栄えている街へ初めて遊びに行った。中学2年の夏休みのことだったと思う。

それから何度か遊びに行ったけど、それがデートだったのかそれとも一人の「友人」と遊びに行っていたのかはわからない。ただ、その時撮ったプリクラは未だに捨てることができない。

それからすぐに彼女から告白された。休み時間に、学校廊下でのことだった。

彼女は快活な性格で、告白された時も軽いノリで言ってきた。僕は嬉しかった反面、あまりに気恥ずかしくて同じく軽いノリで断ってしまった。

断りたかったわけではないけれど、咄嗟に口に出てしまった。

告白をしてきた女の子とは、告白の一件があったにも関わらず、それからも以前と変わらず心地よい距離で接していた。

しかし、中学校の卒業を間近にした冬のある日、僕は別の女の子 (ここでは仮にAとしたい) からメール告白された。

まり真剣な文面であったため、僕はその告白を受け入れてしまった。告白自体はとても嬉しかったけど、そこに「好き」という感情があったのかはわからない。

僕が女の子Aと付き合ったことはやがて彼女も知ることになった。その時の表情が未だに脳裏に焼き付いている。

付き合い始めてから告白を断った女の子の顔を思い出すようになった。どこかで傷つけてしまったという後悔があったのかもしれない。それに引きずられるように、付き合い始めた女の子Aとは恋人らしいことはなにもできなかった。そしてある日、あっさりとメールで別れを告げられた。部活帰りの夕方電車、その中での出来事だった。僕の街は山の麓の田舎だったから、夕方になるとすっかり光が少なくなる。辺りには虫の声と電車や車といった機械の音だけが響いていた。

夕方になると気温が下がり、風に寒さを感じ、あたりが薄暗い水色に変わる。その中で一人駅のホームに立っている。ホームライトから出る少ない光だけが僕を照らす。

夕方電車に乗るたびに、二人の女の子のことと、それに紐付いた夕暮れの情景を思い出して感傷的な気持ちになる。

高校時代彼女(ここから出てくる女の子はすべて、告白を断った一番最初女の子となる)とは何度か遊んだ。そしてそのたびに他愛もない会話をし、同じ電車に乗って帰り、「またね」と言って帰った。会話に潜むぎこちなさは会うたびに大きくなっていった。

高校卒業式の日は雨だった。その日の夕方彼女に誘われて遊ぶことになった。お互いの学校近くにあるカフェで談笑をし、それぞれ傘を差して帰路についた。どちらかが言うべき言葉はお互い言えなかった。

そして今は地方大学生をやっている。彼女関東就職した。

中学校、高校と比べて電車に乗ることも、彼女と連絡を取ることもずっと少なくなった。

それでもたまに会っている。

あの時の出来事はまるでタブーのように、お互い話を持ち出そうとしない。

僕の恋は燻っているのか、はたまた消えてしまったのか、自分でもよくわからない。

昔はあれほど通じ合っていた関係だったのに今は彼女気持ちが何もわからなくなってしまった。なにか明確な判断基準があったわけじゃない。それでも昔はお互いがお互いを想っていた。

そしてその恋を終わらせるために、告白をする決心をした。しかし、前日に彼女風邪を引いてしまい会うことができなかった。これが本当に風邪だったのかはわからないけど、それを疑っている自分に嫌気が差す。

次こそは、と思いつつ、その一歩がとてつもなく重い。

時間というものは常に残酷だけど、僕がそれに気づくのにはあまりにも遅すぎた。

あたし、 ウソつきだけど初めて人に好かれたいと思った

あたしも逃げ場失くしたのかもね

2018-10-01

ジオシティーズが無くなってしまうとのこと。

あのささやか手作り感溢れる個人HPが、SNSGoogle一強時代に飲み込まれて行った気がする。

2000年前後は、Yahoo検索をしてもとにかく適切にヒットするHPが少なくて、検索の時に打ち込む言葉ノウハウすら周知されていなかった。(そもそも回線が重たかった)

自分が探していたのは海外アーティスト来日情報アルバム情報なんだけれども、なかなか情報が手に入りにくい、そんな時代だった。

おそらく現地に住んでいる日本人語学に長けた人なんだろうけど、彼ら個人サイトの善意によって、様々な情報を得ることができた。

全然更新されない市井の人HPブックマークに保存して、ぐるぐる、ウロウロと周回していた時代

今は、世界の動向もトレンドも瞬時にネットを駆け巡って伝わる。

便利をあれほど求めていたはずなのに、情報を待ちわびる楽しさともどかしさは、もう無くなってしまった。

懐古厨ってわけじゃないけど、たまには昔を思い出して感傷的な気分になってもいいよね。

2018-09-26

ただの感傷なんだけど

四人家族でずっと布団三枚引いて寝てたんだよ。子供らのことは普通に可愛いなあと思っていて。

しばらく前のことだけど、早朝、夜は明けているけど、まだ奥さん子供も寝ていて。みんなすーすー寝てたんだ。

それを見て、聞いて、あ、これは素晴らしい日々の大事な瞬間なんだ、と気がついて。ただじっと部屋の空気の感じだとか、外から聞こえてくる新聞配達バイクの音とか、やわらかい光の感じだとか、そういうものをぎゅっと、覚えていられるように。

それからも何度かそういう朝はあったのだけれど。

数日前から来年中学生になる上の娘が、一人で別の部屋で寝るようになって。奥さんとなんだか寂しいよねとか、下の子と君もそのうち別の部屋で寝るんだよねえ、なんてちょっと話したりして、なんかわかっている気にはなっていたのであるけれども。

あいう朝は、きっともう二度と来ないのであるね、と。ありがとう

2018-09-23

九大の放火事件大学教員無責任

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/450029/

九大でなんともいえない陰惨な放火自殺があった。46歳、元院生非常勤雇止め経済的困窮…多くの大学教員が彼に感情移入して色々なことを語る。いわく「他人事とは思えない」、いわく「自分が彼だったかもしれない」など、など、など。だけど、特にテニュアを持った教員たちが彼にばかり感情移入しているのに違和感が募る。

あんたが彼だったかもしれないだってテニュア持っててそりゃないだろ。あんたは彼じゃなかったんだよ!

業績か、人柄か、助けてくれる周りの人か、はたまた運か。なんであれ、彼にはなかったものあんたにはあったんだ。彼か彼のような人間を蹴落としてポストを得たんだろう?思うように書けず、書いても今ひとつうだつが上がらない。そうこうしているうちに同年代は職に就いて輝いてみえる。同情してくれる人もいるが解決自分で探さなければならない。研究会に出ればキラキラと光る年下がいて、その彼・彼女就職していく。そんな中で自分をみてしまう。顔向けできない。バイトも忙しいし、研究室には夜にそっと行こう。そんな彼の心象や悩みと、テニュアを得たあんのものが一致することはもはやない。

自分もそうだ。危うくキャリアが途切れそうになったことはある。しかし、結局、年上の任期助教がいるのに旧帝の教授だ。科研費に落ちることもない。今後は大学ともども酷い目に遭うだろうが、それは九大の彼とは全く違う類いのものだ。どっちが悲惨かはともかく。

自分が今後立つこともない地平に立っていた彼に感情移入して、甘美な感傷を味わうのも、その裏からそっと染み出てくる安心感を味わうのもまあよい。

だけど、他にやるべきことがあるんじゃないか。我々が彼に接するとしたら、彼の元指導教員であり、なんとなく薄暗いものを感じつつ関与を避けてきた周辺分野の教員であり、相談を受けて同情と困惑の入り混じった反応を返す先輩同業者であり、あるいは研究室不法占拠する輩を追い出す教員や、焼けた肉片を前に後始末に追い回される教員なのである。いや既に2人目の、あるいはもっとおとなしい彼にそうした立場出会っているかもしれない。その時に、ある種の覚悟をもって彼に別の進路を勧め、占拠している研究室から追い出して彼に引導を渡し、巻き込まれかねない他の学生や周囲の人間を守れるのか。それが彼のような人を蹴落としてポストについた人間責任ではないのか。なぜこっちの立場に立って想像しないのか。

しょせん、安全地帯に立ちつつ抑圧される側の夢を見て、世の中のひどさを嘆きたいだけなのか。心優しい誠実な無責任跋扈する自分業界を見たようであった。

2018-09-11

秋の気配を感じるようになってきた

それと共に感傷的にもなり、、

たまたまネットエドシーランのバラード曲

かかって聴いていたら心打たれ

洋楽は余り興味なんてなかったのが、ちょっとまりかけている。

2018-09-06

自分に刺さるコンテンツ」が年々なくなってく原因って?

自分に刺さるコンテンツ」が年々なくなっていく問題

https://anond.hatelabo.jp/20180829224019

増田が元記事消したからこっちも転載する。それはそれとして、やらおんはくたばったらいいと思うよ。

http://yaraon-blog.com/archives/134772

まったくもって同意できずに、色々あるだろ!と思って噛み付くコメントしてたら、元増田の人はいつの間にか書き込みを全部消してしまったので中途半端気持ちになった。

そんな中で、同じ記事言及たこブログを見て少し腑に落ちた。

自分に刺さるコンテンツ」が年々なくなっていく問題 | 私の対処

https://www.orangeitems.com/entry/2018/09/05/070000?amp=1&__twitter_impression=true


いろいろ「刺さる」テキストがある。

これら引用

『とてもよくわかる話です。私が40代だというのもあるんでしょうね。VRも手を出しているもののなかなか刺さるまでは至っておりません。いろんなことに対して、ちょっと手を出しては終わり、ということが続くようになってきました。むしろ手すら出さなくなる傾向です。

私も危機感を感じていて、対処している最中なのでまとめておきます。』

『どうも年齢の進行に基づいて、だんだん要求レベルは高くなり、つまらなくて放り出すまでの時間はより短くなり、それを繰り返すことで新しいコンテンツ絶望して手すら出さなくなるという循環を自分の中に発見しています。』

最近は、対処法というか、反省も兼ねてコンテンツに手を出すときは放り出さないように「面白くなくても一定時間つきあう」ということをやっています。』

この記事最後はこう締められている。

『多分コンテンツは毎年あって、自分が変わっていく問題

ここ最近結論は、新しいコンテンツが変質したのではなく、自分が変質してしまうという問題だということです。そして、変質したことさえわかれば、変質しないように努力することも必要だということも導かれます自分に刺さるようにするためには、忍耐力が必要です。忍耐力が年齢の経過で日々失われていくのではないかという仮説を持っています

2018年現在は、新規コンテンツの量は過去の数倍あるので、もはや全部楽しみ尽くすのは無理です。これだと思って手を出したものは、諦めて数時間、数日、数ヶ月逃げない覚悟が求められていると思います。』




もともとの増田記事や、消されたコメントを見ると、娯楽に対して自然とのめり込みたい、というようなものが多かった気がするけれど、もう読めないしどうでもいい。

自分に刺さるコンテンツ」が年々なくなっているのかもしれない…と思うことは加齢によって、多かれ少なかれ遅かれ早かれ、あるのだと思う。

「もう自分に刺さるコンテンツがないのかもしれない」と思ったときに、どうやって対処するか、それを各々考えるだけな話だと思った。

俺は元増田文章を読んで、無性に腹が立って書き込んでしまったのも、「嘆くだけでなんにもしてない」「その上、最近コンテンツも昔のコンテンツも見てないくせにくさしまくってる」「原因は内外の両面にあるとか言っといて自分のことは棚に上げてる」と思ってムカムカ来てしまったんだと思う。

わざわざ書き込むためにはてな登録しちゃったし、これだって初めて書いた匿名ダイアリーだよ。



自分に刺さるコンテンツが年々なくなってくる問題

無きゃ無い、ハマれないで他人からしたら知ったことじゃないんだけど、リアルタイムでそのハマれないものに刺さってる人はたくさんいるんだよね。

俺も元増田と同じく、youtuberまったくわからないんだけど、これまで会った人で、ヒカキン馬鹿にするとマジで怒る20代若い人が多くてびっくりしたよ。

ところがアラフィフの知り合いで感性若いんだろうな(もしくは暇なんだろうな)って知り合いに、ヒカキン動画ちゃんとしてるっていう人、何人かいるんだよね。年末年始ヒカキンセイキン動画を見て過ごしたって言われたよ。50代の独身男性に。

なんかすごいなぁ、そうなんだ、と思いながらヒカキン動画は見てない。おすすめはされたけど他に興味あることあるし…。


でもこの動画だけはなかなか思うものがあった。

https://youtu.be/k1AHaW3Ir6I

ヒカキン握手会動画

めっちゃ泣いてる若い子とか、好きすぎて近づけない子供とか、なんかリアルタイムで刺さってる人が山程いるんだよね。ヒカキン人気あるんだなぁ。あと動画編集、他と比べると上手いね



元増田感情的に、挑発的にやりあった結果、「オタク評論家になりたいわけではない」「だいたいのジャンルはもうどれくらいの面白さか想像はつく(からやらない)」という言葉を賜った。

感情的なやり取りだし、元増田も消してたから、何か葛藤はあるんだと思うけど。

かにハマれなくて嘆いてるまま、自分以外の何かが悪いって感情だけを高めていったら、なんにでも文句を言う、誰からも嫌われる老害になってしまうんじゃないかな。

ヒカキンにはハマってないし、ヒカキン動画ちゃんと見てないけど、ヒカキン握手会で泣くほど感動してるキッズとその親御さんの姿を見ちゃうと、なかなかdisれない。(その親が自分より若いの、独身だと凹むよね)

でもノレないものはノレない。しょうがないよね。文句disりも好きなようにやればいいんだけどさ。

自分理解できない新しいコンテンツと、それにハマる人をdisるのは老害で間違ってないと思うよ。


人間生きていれば、年々、初体験って減っていくし。嫌いなものは嫌いなままにしておくようになるよね。

自分はこの「老害化」の対処法の一つとして、嫌いな食べ物の克服とか、食べたことのない食べ物積極的に食べたりしてる。

数年前にパクチーが食べられるようになった。パクチー美味いな。アラフィフ突入した今年はホヤが食べられるようになった。ホヤ美味いね

こんなもん一生食える必要なんてないんだけどさ。


新しい発見とか、偏見先入観を無くすとか、良いところを探して見つけるとか。

そういう機会を無理やり増やして脳の老化、感性の老化に抗ってる。っていうか怖い。老害になるのが。

楽しめなくなるのが心底怖い。

適切に幸せ老いたいもんだけどなかなかよくわからん



追記

ツイッターリンクを貼っていただいたので。

老害という発言言葉が強すぎた。申し訳ない。撤回します。

ただ、ツイッターアカウントを流し見した上で言うけど、仕事がきちんとあって、投資みたいな副業にも少し時間を割いて?体調管理にも余念がない。気力もあって自信もある30代。そこそこに楽しめる趣味もある。

30代。同年代友達結婚して話題家族子供人生設計ことなどが増えてくる年代だよな。趣味友達と遊ぶ時間とか、そもそも会う時間すら減る年齢だよな。

そんな状態で刺さるコンテンツ、いる?いい大人だよ?地下アイドル熱狂して何十万、何百万と貢いでるおっさんいるけど、刺さるコンテンツガチで刺さった人ってあんなだよ?ソシャゲに数百万。コンテンツに刺さりまくりだよ!?友達同士と、ツイッターででもなんでも、語りまくりだよ?その状態うらまやしいか?ほんとに?

そんな状態じゃないことに嘆く必要、ある?自分の親御さんとかそんな感じでなにかに刺さってた?30代って世間はい大人だよ?


退屈が娯楽を生むらしいよ。退屈だと楽しいこと探すらしいから。

なんにもない部屋に紙とペンだけ置いて人間監禁したら創作はじめるらしいからね。退屈に耐えられなくなるみたいで。


そこまで時間余ってないでしょ?

ちょっと退屈なくらいなんじゃないの?

嘆いただけとあったけど、本当にただの感傷だよ。共感してほしかったんだろうけど、さんざんいろんなジャンルをあげては、やってない、つまらん、想像がつく、興味ない、オタクと言われて、共感はできないよ。きっちり見ていないくせにって。

キューブリック語りながら、いまさら実写版寄生獣銀魂がってどうこう言いつつコンテンツが刺さらないって、映画きっちり見てる人からしたら、バカにしてる以外のなにものでもないからね。

そこには共感同意もできない。

いい大人になったんだから、刺さるコンテンツが無いとか言ってないでさ。必要ないんだからゆるく卒業したらいいんじゃん。目に入ったそんなに面白くないもの適当に楽しんでさ。刺さるのに当たるまでの時間コストなんかいさら捻出できないから。仕事で成果出すほうが楽しくない?

友達は30超えて自転車ガチ勢になっちゃったけど、自転車中心の遠い世界に行ってしまったよ。


結婚子供、とさんざん他の増田が書いてるけど。

自分に刺さるコンテンツ」が無くなってきた問題コンテンツ不感症になったんならいよいよ、自分以外の他人を喜ばせたり、仕事活躍してお客さん喜ばせたり、そういう時間に入ったってことなんじゃないか

結婚考えられないなら犬でも猫でも飼ったらいいよ。不感症になった心がものすごくウキウキするぞ。もう飼ってるならごめんな。

それでも、この年代からさらに刺さりに行くために貪欲になって鈍っていく感性を磨いて知識を蓄積する人もいるし、クリエイターになる人もいる。大事な人を作って結婚する人もいるだろうし。

俺は仕事絡みでコンテンツもどっぷりだし、仕事相手との話といえばコンテンツの話。新しいコンテンツの良さがわからなくなったら仕事として終わりだから転職か社内で閑職に回される。

立場なんてみんな違うし、共感なんかされなくても構わないよ。想像しても実像なんかわかりっこないんだし、書いたことの本当か嘘もよくわかんないんだから

でも、餓鬼みたいにとにかく刺さるもの楽しいもの趣味に没頭する時間がないと気が狂う、それこそが生きがい、みたいな意味コンテンツに相対してる人もいる。



ちょっと拡散されて、さんざん知らない人から好き勝手言われまくって元増田ものすごくストレスが溜まってるだろうし、それに関してはとても同情するし、マジでまとめサイト死なねえかなって思うけど。野球まとめは好きで見てるからまり厳しく言えない。

ただ増田はそんなにいうほど「刺さるコンテンツ」が年々なくなることに対して危機感があるわけじゃなくて、ただちょっと退屈で、少し寂しくて、昔みたいに盛り上がって燃えられたら退屈がまぎれるんじゃないかな?くらいの気持ちしかないんじゃないか

増田はそんなに刺さるコンテンツが今の人生にそこまで必要ないけど、無きゃないで少し切ないくらいの気持ちなんじゃないか

自分に刺さるコンテンツが年々なくなる問題」は、それでも「刺さるコンテンツ」を探しに行くのか、それは卒業する時期が来てしまったんだということもあると思う。

巷で大ヒットしてるものアンテナが反応しない、やっても楽しくないなら、もうコンテンツ時間かけるコストなんかよりは犬猫飼ったり結婚するほうがよっぽど効率がいいと思うぞ。

おれは自分以外の生き物と心を通わすのは本当に楽しいし、嬉しい。

追記追記

あと、個人的増田についてどうこうではなくて、年々面白作品がなくなっていく、と言うような人に興味があったので、反応が返ってくるように感情的挑発的な書き方を敢えてしました。

その点に関して、あえて決めつけたり失礼な物言いをして、大変申し訳ありませんでした。

【更に追記

自分に刺さるコンテンツ」がなくなったっていいじゃないか - シロクマの屑籠 https://t.co/i1MVi8OIWt

2018-09-04

anond:20180904143733

私はあのシーンを

「そんなもしもは存在しないし、それを選択したのはおまえやん、なに感傷に浸っとんねん」

と思いながら見ていたな

2018-08-31

[] #61-5「一人暮らしバイト

翌日から、俺はエレベーターを使わないようにした。

10階まで行くのに階段というのは、かなり疲れる。

だが、あんな思いをするのは二度と御免だ。

もしも、またあんなことが起きたとして、あの空間では回避しようがないしな。

ただ、階段を使えば安心かといえばそんなわけもなく、登っている間も言い知れぬ不安が頭をもたげた。

あることないことに対して、あることないことを考える、無意味思考サイクル。

精神衛生上、あまり意味がなかったかもしれない。


…………

何はともあれ、滞りなく10階までたどり着き、自分の部屋に入ることができた。

「ただいまー……」

その安堵感から実家に住んでいた頃のクセが思わず出てしまう。

当然、一人暮らしの今は「おかえり」なんて返ってこない。

「……実家なら返ってくるんだけどな」

今の一人暮らしを寂しいとは思わないが、ふと以前の生活を憂いた。

自分でいうのもナンだが、いやはや感傷的かつ無意味機微である

「……はは、バカか俺は。もしも今ここで『おかえり』だとかが返ってきたら、むしろ怖いだろうに」

自嘲気味にそう呟くが、その後すぐに自分言葉にギクリとした。

バカの上塗り。

昨日の今日に、考えなくてもいいことを考えてしまった。

一度でも考えてしまったら、もうダメだ。

自分気持ち次第なのに、自分では制御ができない。

警戒心を強め、俺は変なモードに入ってしまっていた。

「……エレベーターときは忘れていたが、あの構えを使うべきか」

俺は独特の構えをとる。

上半身右は空手の構え、上半身左は柔道の構え。

下半身右は相撲下半身左は剣道

それをマーシャルアーツによって包み込むことで調和させる。

センセイから教わった、全方位どこから来ても対処できる“モリアミマンゾウの構え”である

客観的に見れば滑稽な姿だが、効果の程は確かだ。

高速移動の超能力者ケンカする羽目になったときに、これで勝負を制したことがある。

その時に観戦していた弟は「テキトーに腕を突き出したら偶然ヒットしただけじゃん」と言っていたが、そういうマグレ当たり込みでこの構えは強いんだ。

必然的にも、偶発的にも強い万能の構えである

強いて問題があるのなら、今の状況は完全に“モリアミマンゾウの構え”の無駄遣いという点だろうか。

結局、部屋の中は俺一人。

“モリアミマンゾウの構え”の反動で、俺は無意味に関節を痛めることになった。

だが、未だ違和感が拭いきれない。

自分の住家のはずなのに、言い知れぬ居心地の悪さが気になって仕方なかった。

実家での、とある出来事を思い出す。

俺が知らない間に、親が自分の部屋をこっそり掃除したことがあった。

モノの位置は一切変わっていないため、帰ってきた俺は気づかないのが普通だ。

だが、その部屋に入った瞬間に異変を感じ取った。

部屋の様相はパっと見ほぼ同じ。

細部の違いが分かるほど、俺の記憶力は高くない。

にも関わらず、自分テリトリーを脅かされたような不快感に襲われた。

後にその不快感の正体を知った時、俺はとても驚いた。

部屋を勝手掃除されたこともそうだが、何より自分にそんな繊細さがあったということに、だ。

今のこの状況、感覚を、あえて例えるならソレに近い。

(#61-6へ続く)

2018-08-27

売店のおばちゃんはもう居ない

今日、駅の売店で「アンタのせいで乗り遅れたじゃないか」とキレてるおっさんがいた。売店で買い物をしているうちに乗る予定の電車が行ってしまった様子だったが内心(そりゃねえだろ)、と思いながら見ていた。

俺くらいの年齢でもその印象は色濃く残っているけど、駅の売店には嘗て「超人パフォーマンスで客を捌き倒すおばちゃん」が当たり前に居た。客が手に持った商品を見ただけで釣銭まで瞬時に計算してるんじゃないかと思えてしまう様な超能力者達が当たり前に箱の中に立っていたのだ。その印象は未だ色褪ることな世間に浸透しているのか、売店のおばちゃん超能力に期待して無茶な買い物を実践する層がある程度いるようなのだ。けれど残念ながらいわゆる売店のおばちゃん絶滅寸前の希少種なのらしい。

近頃は、売店での取扱商品が爆発的に増えた代わりに商品は全てPOS管理されており自動釣銭機のレジによって金銭のやり取りがされている。

金銭授受のスピードが期待しているより遅かったとしても、それはレジパフォーマンスのせいだ。売店のおばちゃんPOS接続できるなら良いのだろうけどね。

ああ言ったレジ結構トラブルが起こるらしく、スーパーでの経験だけど札が飲まれてかなり待たされた事がある。

幾らか前になるけど、ある日おばちゃんパフォーマンス見たさに買い物をした事があったけれど、派手で小奇麗になった売店商品バーコードを辿々しく読み取り始めたのを見た時に一時代が終わったのだなと感傷に浸ったのを思い出した。そして、おばちゃん達の能力と引き換えに売店で買える商品は増えたよねっていうね・・・

まぁ、ここまで殆どいつだか見たコンビニ関連のニュース記事受け売りだけれど、おばちゃんにキレても仕方ねぇじゃんって思ってさ。

少なくとも電車ホームに入ってから精算しようとしてキレるのはゆとり無さ過ぎじゃね?と思いながら自分が乗る電車が来たのでさようなら

2018-07-31

anond:20180731000153

実際に割りに合わないのは、感傷によって結婚制度が「子育てのための制度」として骨抜きにされたら、また別の「子育てのための制度」を用意しなきゃなくなることなんだよね。

感傷のための制度無駄かもしれないけど、何より割に合わないのは現時点で機能している「子育てのための制度」がそれでスポイルされることなんだわ。

2018-07-30

anond:20180730232917

そういうことを考えてしまうあたり、結婚感傷混ぜすぎてるんだが。

anond:20180730232045

制度の歪みというよりは、結婚がその「愛の形」の受け皿にされてしまってることの問題だと思うわ。

制度制度として機能は完結してるんだから、そこに余計な感傷を乗っけてくる奴が戦犯だろ。

anond:20180730230348

から、そういう感傷結婚に求めるのを許さない。異常者は異常者らしく疎外感を抱いて生きていかせればいいじゃん。

2018-07-26

anond:20180726163157

ストレート大学卒業して、就活浪人せずに就職

実家にいる間はお金を入れてと言われ入れていたんだ

大学卒業したもの就職せず1年間遊んでいた弟に対して

「あの子は働いていないか実家に金を入れなくていい」

と言った親だったんだ

しかしたら私が見てないところで弟は何かをしていたのかも知れないが

姉の目には食べたら食べっぱなし

掃除洗濯も全てやる人に任せる

自室はカビだらけ

ご飯は上げ膳据え膳

ていう人間として映っていた



情報が後だしですまんな

甘やかしている弟が実家にいるのだから実家を出た私よりも弟を頼ってほしい

と思って書いた

感傷に浸ってる哀れな女の独り言だよ。勘弁な。

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