「展覧会」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 展覧会とは

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-10-13

勉強会女子】おれもネットで知り合った人に粘着されたことある

ネット上で創作をしている者なんだけど、それを通じて知り合った女の子粘着されたことある

の子創作していて、おれのファンだということでツイッターフォローしてきた。おれも悪い気がしないかフォロー返しした。

そしたらおれのツイートに対してちょくちょくリプライしてくるようになった。

おれは面倒に思ったけど、まぁ、当たり障りのない普通リプライを返していた。

事態おかしくなったのは、おれが六本木美術展に興味があるという登校をしたら、DMで「一緒に行きませんか?」ときたこと。

(面倒くさくなったのでここらへん省く)

要するに展覧会を見た後にプラネタリウムに言ったんだけど、六本木プラネタリウムって知っている人は知っているけど、座席がなくて自由に寝転がれんのね。

そこで2人で寝転がったら彼女が手を握ってきた。どのぐらいかからないけど、次は身体を起こしてキスしてきて、そのまま覆いかぶさってきた。

その状態がしばらく続いて(その間、ずっと沈黙)、彼女が口を開いたと思ったら小声で「彼女ますか?」と聞いていた。

彼女はいたのだけど、どう返していいかからず黙っていた。すると「付き合いませんか?」と言ってくる。

おれが逡巡しているとさら彼女は「好きなんです」と言う。この時点でおれの陰茎はMAX勃起していた。そこでおれはズボンのチャックをあけて「やばい、しゃぶって」と言った。

すると彼女はしゃぶってくれた。すっきりしたおれは特に交際への返事をせず、駅まで彼女を送って分かれた。

別れ際にLINEを交換したんだけど、これがよくなかった。毎日毎日LINEがきた。他愛のない。おれが返事をしないでいると誤送信のふりをして送ってきたりもした。

おれは彼女がいたので、これは苦痛だった。たまに彼女と会ってセックスをすると、「セフレ扱いしている」と怒り出した。これはもう無理だと感じた。

おれが思わせぶりな態度を取ったのが悪かったのかもしれない。でも明確な返事をしない時点で気づいてほしいし、性欲解消に走っている時点で察してほしい。

こういった男女の行違いっていうのは男女かかわらずあるし、粘着するのが男性特有のものではない。性別に原因を求める議論はまったく意味がないと思う。

2018-09-30

展覧会だか何だか見に行って、「これははてなではどうなんだろう?」とか思っちゃうのってヤバくね

依存症だろう

2018-09-25

ニコ生美術を見てみませんか?

みなさん、きれいなものは好きですか?

私は、運動嫌いでも動くことになる趣味を探した結果、美術館巡りにたどり着いて、

関西在住の身として京都国立博物館奈良国立博物館兵庫県立美術館国立新美術館神戸市美術館京都市美術館天保山ミュージアム東洋陶磁美術館堺市ミュシャに、

寺社仏閣の特別拝観などなど手当たり次第に見に行って、結果一日の平均歩数が1万歩を超えることができています

さて、個人的には昨年、京都国立博物館120周年記念で行われた「特別展覧会 国宝」が、展示替えのたびに拝見させていただいたほどよかったのですが、

その開催と、展示替えに合わせて行われたニコ生が同じようによかったのです。

(多くの博物館美術館個人所蔵の品などを集めて行われたためか、視聴期間が会期と同じで、現在期限切れとなっています。)

その道の専門家が、目を輝かせながら担当範囲の魅力を思う存分語ろうとするものの、

時間不足で押され、先輩の圧で揉まれながらねじ込んだ結果大幅に時間が過ぎる、

映像テレビと比べたら荒いけれど、それは実物を見ればいいわけで、現地で貸し出される音声解説はるかに超える深い話、

なつやすみ子供科学相談のようにさらっと、今の研究ではそうなっているんですがと言い出したりするのを聴けるすごい番組だったわけです。

そして今年は、「京のかたな」が開催されます。今週末、9月29日からです。

こちらも今までになかった刀に集中した展覧会で、かなりの国宝重文、作刀が少なく格を定められていないだけの希少で優れたな作品などがたくさん出展されます

特に目玉になりうるのは、京都一有名な長刀でしょうか。

現在は、6月に行われた展示予定の記者発表のニコ生アーカイブで残っていますが、

この時点でもどの時代のだれの作品がなぜ重要で、どのように技術がつながって、どの博物館から集めたのかが語られていて、

すでにわくわくしながら前売り券を二枚準備しています

http://live.nicovideo.jp/watch/lv313659246

【出品刀剣 発表】京都国立博物館 特別展「京のかたな 匠のわざと雅のこころ記者発表会 生中継

当時はまだ固まっていませんでしたが、現在公式ホームページに、展示替えの時期を含めて掲載されています

会期が始まったら解説ニコ生、ぜひお待ちしています

ここまでは前段、京都博物館の皆様ありがとうございますというPRですので、読み飛ばしてもらって結構です。

以下が、現在でも見られるタイムシフトの一覧です。

解説のようなことも書いていますが、全て素人目線、ただの高卒おっさん感想を書いているだけですので、

的外れなことが書かれていた場合突っ込みを頂けるとありがたいです。


http://live.nicovideo.jp/watch/lv296737289

みんなで巡ろう「ミュシャ」展 【niconico×国立新美術館

ミュシャさんのお名前が、日本一有名な錬金術師兄弟の弟にも使われているアルフォンスで、それきっかけで私は見に行きました。

アルフォンス・ミュシャ検索してみてください。絶対に見たことがある絵があるはずです。

多くの方に影響を与えていて、初期はポスター舞台衣装と多くのデザインをされた方で、

北斎漫画が動きを抽象化して書いていたように、草木抽象化してデザインに取り入れていて、

抽象化がうまかったのは、当時のポスター浮世絵複数人により量産される作品だったからかもしれないと思っています

そして、生涯最後の大作「スラブ叙事詩」が世界初チェコ国外に出ると話題になったのが今回のニコ生展覧会ですが、

日本最初に選ばれた理由の1割くらいは、ミュシャ作品世界一の所蔵数が土居君雄さんが寄贈したミュシャ美術館で、

多くの作品を丁寧に保管されてきたことで文化功労章をもらったことも影響していると思います

こちらは500円で入館できるので、JR大阪駅からでも、先日何とか復旧した関西国際空港からでも、関空快速で乗り換えなしで約40分、堺市駅に直結ですので、ぜひお立ち寄りを。

スラブ叙事詩以外の7割くらいは所蔵しているはず。

(スペースが小さいので、展示内容は時期により異なります。季節ごとくらいのペースで展示替えあり。現在挿絵中心の展示ですが、白い象の伝説絶版なのが惜しいほどに美しいんですがkindleで完全収録されているようです。未見)

スラブ叙事詩はヴェレトゥルジュニー宮殿にあるので、プラハ城の聖ヴィート大聖堂ステンドグラスと一緒にチェコに見に行きましょう。写真こちら。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B4%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9

https://www.travel.co.jp/guide/article/17165/

http://live.nicovideo.jp/watch/lv296734542

みんなで巡ろう「海北友松」展 【niconico×京都国立博物館

 

カッコイイ龍が見たいなら、とにかく見てください。

龍が嫌いな男の子はまずいないと思うのですが、

わざと暗くした部屋で闇夜に浮かぶように見せるなど、

どうすれば一番格好よく見せられるのかを追及した展示で、

たらふくかっこいい龍をたくさん見られます

最高傑作の一つは建仁寺にあった本坊大方丈障壁画の雲龍図(京博所蔵)ですが、

同じかそれ以上にと学芸員の方が絶賛している「月下渓流図屏風」が日本に帰ってきたのもすごいこと。

アメリカミズーリ州ネルソンアトキンス美術館所蔵ですので、次に日本でみられるのはいつになるか。

最後最後の展示がこの図屏風で、思わず立ち止まって10分は呆けていました。

そのあともう一度龍を見に行ったんですが。

雲竜図は大きすぎてなかなか展示できないようですが京博所蔵ですので、他の方の龍との比較など、国内の他の企画展で展示される機会があるかもしれませんし、

迫力は万分の一ですが、高精細複製画像Webで見られます実物大の複製でしたら、建仁寺に展示されています

Canonさんはほかにもいくつかこ事業をされていますので、ぜひ一度ご覧下さい。

https://global.canon/ja/tsuzuri/works/08.html

東京は実物見れてないのが多いのと、力尽きたので以下は気が向いたときに。

タイトル検索すれば、プレミアムなら今でもご覧いただけますので。500円でも十分元は取れるはず。

 東京国立博物館 特別展「名作誕生―つながる日本美術」を巡ろう ... 

 東京美術館プーシキン美術館展――旅するフランス風景画」を巡ろう 【niconico美術特集】 

国立西洋美術館プラド美術館ベラスケス絵画栄光」を巡ろう 【niconico美術特集

東京国立近代美術館「生誕150年 横山大観」展を研究員たちが自由奔放に語り尽くす生放送niconico美術特集

横山大観 大作「生々流転」日本一長い画巻40.7mノーカット放送 ~東京国立近代美術館「生誕150年 横山大観」展より~【niconico美術特集

京都国立博物館池大雅 天衣無縫の旅の画家」展を巡ろう 【niconico美術特集

東京国立博物館 特別展「仁和寺御室派のみほとけ-天平真言密教の名宝-」を巡ろう

 葛井寺秘仏国宝千手観音菩薩坐像」と対話する24時間放送東京国立博物館 特別展「仁和寺御室派のみほとけ-天平真言密教の名宝-」より~ 

特別展「深海2017~最深研究でせまる“生命”と“地球”~」を巡ろう~解説生放送

niconico×大兵馬俑展】みんなで巡ろう大兵馬俑解説付き

niconico×大兵馬俑展】兵馬俑の顔だけ生中継 

発見があったパブロ・ピカソ海辺母子像』だけど何か質問ある?ポーラ美術館

世界遺産国立西洋美術館を巡ろう! ~無限成長美術館ル・コルビュジエの夢~

謎めくアルチンボルド展を巡ろう!《山口晃×落合陽一 @国立西洋美術館

期限切れ! 京都国立博物館国宝」展を巡ろう DAY① ~日本美術の真髄・国宝が大集結~

実家暮らしカップルってどこでデートしてるの?

付き合って3年経つのでそろそろデートの行き先がマンネリになってきている

お互い実家暮らし20代社会人デートは週1程度で都内で会うことが多い

どこか出かける(水族館展覧会テーマパークなど)、と決めてないときはたいてい喫茶店カラオケネカフェ(完全個室のやつ)になるんだけど、これでどちらかあるいは両方が独り暮らししていたら、気楽に家デートができたのになと思う

二人とも免許持ってないかドライブデートもできず、インドア派なので激しいスポーツもせず

どこかい場所ない?実家出るしかないのかな

2018-09-24

玄人玄人ぶりたい人)ってめんどくせーな

美術鑑賞関連の話ね。

ところで上野の森美術館は良く言えばチャレンジ精神旺盛の,悪く言えば話題先行で中身が伴っていない企画展が多く,当たり外れが大きい。面白そうでも尻込みしそうになるのだが,今回の展示は大変良かった。「怖い絵」展くらいから変わってきたのだろうか,それとも偶然かはわからないが,ここ最近は中身が伴うようになってきた。この感じだと次のフェルメール展も,あまり怖がらずに見に行ってよいのかもしれない。

nix in desertis:科学技術史上の稀覯本の森から引用おもしろ記事だったが、この点引っかかった。

フェルメール展って、上野の森でやる東京展ではフェルメールが9点展示されるのね。現存するフェルメール全35点中の9点、25%超。もちろん彼の作品にも良し悪しはあって、上から9点が来るってわけではない。にしても、フェルメールが9点だ。彼なら3点あれば展覧会が成立する。それが3倍あるのだから、これだけでまったく十分だよね。他の作品がすべてゴミクズであっても構わない。解説が間違いだらけのデタラメ放題だって問題ない。展示の仕方に問題があって、作品の魅力を大幅に損ねていたら拙いが、さすがに歴史ある上野の森がそんなヘマをするはずがないだろう。この人は何を怖がらねばならぬと思っているのか、はなはだ疑問だ。

以前とある人のツイート文句を言ったことがある(ルーヴル美術館展に意味はないのか?)。最後に俺はこう皮肉った。

最後に、本題とはずれるが、ひとつ美術ってなによりも作品ありきだと思う。研究大事だけど、まずはやっぱり作品だ。先に引いたツイートの「良い作品もあったけれど(略)何も残らなくて」との言。いい作品見て何も残らない人が美術作品を見る意味とは。

玄人、もしくは玄人ぶりたい人ってともかく作品を軽視する。いい作品がでていれば、鑑賞者にとっての展覧会の意義はほぼ満たされるのだが、どうやらそういった素人くさい(と彼らが考える)立場に留まっていることが許せないらしい。

繰り返すが、フェルメール展はフェルメールが9点来るだけで十分なのだ。それは、わかりやす素人でも楽しめる展覧会だ。であればこそ、こういう人たちは、なにか一言二言文句を言うケチをつけることによって、自分はこんな展覧会を単純に喜ぶ一般人どもとは違うのだと示したがる。そういうめんどくささが散見される展覧会になるんだろうなと。うざい。でも、それはそれで少し楽しみかもしれない。

2018-09-12

みんなすごいなぁ

日常的な行動力がある人多いなって思う。

郊外フェスに行ったり

フットサルしたり

新しくオープンした複合施設に買い物に行ったり

マイナー展覧会に行ったり

実家帰省したり

地元同窓会したり

技術勉強会に参加したり

お世話になった先輩の送迎会したり。


私は数年に一度なら活動できる。

後進国に数月バックパックしたり難関資格とったり自転車四国周遊したりはできる。

でも日常的に活動的になれない。

毎日がなんとなく終わってしまう。

毎日有意義に過ごす人たちが羨ましい。

今日23時。寝る準備をする。今日が終わる。

2018-09-05

anond:20180905002303

俺は「あたか相互助け合いが成立しているかのように主張」なんてしてないぞ。

俺が言っているのは、障害者にとって厳しい世界は健常者にとっても厳しい世界だということが一つ。だから、より障害者にとって優しい世界になれば、俺も生きやすいよねと。話の発端は、展覧会の混雑だった。俺も空いている方がいいんだよ。車椅子人間が見やすいくらいのレベルになって欲しいんだ。

もう一つは、健常者の方が余裕があるんだから、譲れるところは譲ればという点。混み合っているところで、ちょっと場所を空けるくらい大したことじゃないでしょと。

平等だとか同等の立場だとか、そういう話は俺は関心がないな。

でも、例えば車椅子になったら苦労するのは目に見えてるわけで。就職なんて大きな話は置いても、炊事洗濯掃除なんて身の回りのことからちょっとした移動も苦労するし、買い物行けば高いところにあるのは取れないし、野球行っても席は限定されていて気分で選べないしなどなど。美術館行っても低い視点しか持てないのは結構痛いよね。

自身が健常者だし身近にもいないから、どの程度の苦労があるかは知らんが、大変よね。世話になった人が苦労しているから助けると言っても、限度があるわな。だから、助けがなくてもできる、楽しめる部分を増やさないとねと。

2018-09-04

anond:20180904110557

人権問題である。と同時に、さらに言えば、障害者に厳しい世界というのは、健常者にとっても厳しい世界という話でもある。混雑した展覧会は私も辛い。

健常者に何も齎さない癖に権利ばっかり要求する五月蠅い障碍者のいない世界のほうが健常者に優しいよ

対策。人を減らすのなら値段を上げる、時間指定制にする、展示内容をしょぼくすると手はいろいろある。

ただ、博物館側には集客しろというプレッシャーがかかっているという話を聞かないでもない。とすれば、この方向の解決は難しいだろう(時間指定展覧会に行ったことないのだが、どの程度入れるものなのだろう? 

上野の森フェルメール展はぎっしり詰めそうな悪い予感がしないでもないが、はてさて)。

なんで健常者が障碍者のために負担を強いられないといかんの?

しか障碍者って安い料金しか払ってないじゃん。制限を受けて当然だろ。

まずできることは、その場にいる人が、障害者子供や老人などの弱者には譲るという優しい心を持つあたりだろうか。しかし、そういう精神が浸透することこそ、あらゆる対策より困難なのかもしれない。

譲ってもらって当然と思う輩に譲る心などない。人の善意にすがる乞食が偉そうに何をほざく。

お情けが降りてくるのをおとなしく待ってろ

縄文展に行った。あるいは、いま一度スプレーを噴射すべきか。

この前、東博平成館の縄文展に行った。会期末で混み合っていると評判だったから、夜間開館日を選んだんだが、もうこの制度は浸透してしまったらしく、残念ながらひどい混雑。展示品を見るのに一苦労で、広い会場を一巡りしたらクタクタになってしまった。

とはいえ、私は健常者の成人男性だ。空きをみて前に滑り込む機敏さや、後列から人の頭越しに見る背の高さがあるので、比較的苦労は少ないはず。老人や子供の苦労がしのばれる。

しかし、それ以上に大変なのは車椅子の人だろう。座ってるから視点が低いし、人混みの中に分け入っていくのはぶつかって危険なので遠慮してしまう。今回2人見かけた。おそらく殆ど展示を見れていないはずだ。

1974年モナ・リザ来日した。展示されたのは東博特別5室。このとき事件が起きた。赤い塗料の入ったスプレーモナ・リザ目掛け噴射されたのだ。

このモナ・リザ展は相当な混雑が予想されたため(結果、8週ほどの会期で150万超え)、展覧会前に、車椅子赤ん坊連れの人の観覧自粛文化庁要請した。対応出来ないから来ないでくれという趣旨発言がなされたのだ。それに対する抗議としてのスプレー噴射だった。まあ、そりゃ怒るわな。

その事件きっかけとなったのか否かは知らないが、40年以上たった現在、各地の博物館美術館バリアフリー化が進み、また託児所臨時ながらも設けられるなどして、状況は劇的に改善していると言っていいだろう。

しかし、今回このような状況に遭遇して、まだまだ道半ばだなと思った次第。車椅子の人でもエレベーター完備なので会場に入れるし、会場内は段差がないから回るのに不便はない。障害者に優しいユニバーサルデザイン。でも結局、展示品なんて満足に見れないじゃないか

人権問題である。と同時に、さらに言えば、障害者に厳しい世界というのは、健常者にとっても厳しい世界という話でもある。混雑した展覧会は私も辛い。

なら行かなければいいのではないかと言われるかもしれない。まあ、実際私は、行かなかったり、会期初めの空いている時に行くようにしていて、それほど苦労はない。そもそも一番好きなのはマイナージャンルなので、本命展覧会はあまり混まないし。そんなわけである程度は人ごとながら、しかしこの状況を放置していていいのだろうかと、今回思った。

対策。人を減らすのなら値段を上げる、時間指定制にする、展示内容をしょぼくすると手はいろいろある。ただ、博物館側には集客しろというプレッシャーがかかっているという話を聞かないでもない。とすれば、この方向の解決は難しいだろう(時間指定展覧会に行ったことないのだが、どの程度入れるものなのだろう? 上野の森フェルメール展はぎっしり詰めそうな悪い予感がしないでもないが、はてさて)。

まずできることは、その場にいる人が、障害者子供や老人などの弱者には譲るという優しい心を持つあたりだろうか。しかし、そういう精神が浸透することこそ、あらゆる対策より困難なのかもしれない。

以下、余談。

東博にある法隆寺宝物館という建物、訪館者にすこぶる評判がいい。確かにフォトジェニックな点は魅力である設計谷口吉生

だが、私はこの建物があまり好きではないのだ。いくつかある理由の一つが、障害者対策である

もちろん、対策はされている。入り口の段差にはスロープがあるし、館内にはエレベーターが備えつけられている。しかし、そのスロープは端っこに目立たぬように設置し、エレベーター一見して分からないように隠している。

谷口本人が実際どのように思っていたのかは知らない。ただ私には嫌々対策したようにしか見えないのだ。それが建物からヒシヒシと伝わってきてしまう。評価してる人はそれを感じないのだろうか?

2018-08-22

anond:20180822225638

楽しんだ展覧会意味がないとか言われたら腹立つやん。

俺も新美はいろいろ好みでない部分も多いけど、素人向けの楽しい展覧会をやるから、結局よく行くのよね。まあ単なる催事場だと思えば、もろもろの問題は消え去る気がする。都美館も似たような立場だけど、まだ学術的な面に未練があるようで、素人には理解しにくい展覧会もなくはない。西美は玄人筋評価高いけど面白くないなあという展覧会がちらほら。今のミケ展とか。

ルーヴル美術館展に意味はないのか?

腹の立つ意見を目にしたので。

国立新美術館で開催中の展覧会ルーヴル美術館展 肖像芸術——人は人をどう表現してきたか」。ルーヴル美術館所蔵品の中から肖像芸術テーマ絵画彫刻を集めた展覧会で、来場者数30万人を突破する人気ぶりながらも、玄人筋評価は低い。たとえばこんなツイート

ルーブル展、確かに良い作品もあったけれど、なんというかあんまり何も残らなくてさびしくなってしまった。人はたくさん入っていた。「ルーブル展」という名を冠し、膨大な保険料広告料を支払い、そうしてこの展示をやる意味をどう見出しているのだろうかとかんがえてしまった。

https://twitter.com/milletolio/status/1031883317900009472

30万を超える来場者の多くは楽しみ、喜び、感動したろうに、そんなことには意味がないと、この人は言いたいのだろうか。

本展に限らず、一般美術館展というのは一部で評判がよくない。展覧会には学術的に意味があるべきだ、学術意味のある展覧会こそ評価されるべきだという考え方があるからだ。調査研究の成果を示す、新たな見方提示する、埋もれていたものを発掘する、展覧会というのがそういう場であると。もちろん、私もその考えには同意する。そして、この観点に立つと、いわゆる美術館展というのは、あまり評価できないものになるわけだ。所蔵品のうち、数点から十数点の名品とその他の数合わせ作品を、適当テーマを作って持ってくるだけのものから

しかし、それでも私は、こういった美術館展が好きで足を運ぶし、開催してくれる関係者の人たちには感謝に堪えない。というのも、こういった展覧会では、少なくとも1つは、心に残るようなお気に入りの名品があるから。1点出会いがあれば、入館料なんて安いもんだと、私は思ってる。

ヨーロッパに行けば、そんな出会いゴロゴロしてるぞって言うかもしれない。まあ、その通りだろうね。美術館展を批判している人を見ると、たいてい何度も海外に行っている人だ。でも、世の中気軽に海外に行ける人ばかりではない。私もその一人。そういう人間にしてみれば、少ないながらも名作を日本に持ってきてくれるのはありがたい話なんだよ。国立西洋美術館をはじめ、日本にも西洋美術コレクションはあるし、それなりにがんばっているとは思うけど、ルーヴル美術館展その他の美術館展を腐せるほど、充実したものではない。

以上が、ルーヴル美術館展をやる意味の1つ。日本にいい作品を持ってきて、日本在住の人にいい作品との出会い提供する。子供若者貧乏人。時間がない人だっているし、病気などで海外は難しい人もいる。十分意味あることでしょ。

もう1つ挙げると、これルーヴル美術館に多額のお金が入るわけだよね。そのお金ルーヴル美術館運営資金に充てられる。つまり文化財保護や修復、施設の維持、スタッフ給料研究費などに用いられるわけだ。これって意味のあることじゃないの?

国内外美術館展覧会に足繁く通っていると、内容が薄いながら素人受けする展覧会に苛立つということもあるのかもしれない。でもそれって単にnot for youなだけなんだよね。見下して腐すという行為は醜い。

最後に、本題とはずれるが、ひとつ美術ってなによりも作品ありきだと思う。研究大事だけど、まずはやっぱり作品だ。先に引いたツイートの「良い作品もあったけれど(略)何も残らなくて」との言。いい作品見て何も残らない人が美術作品を見る意味とは。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.huffingtonpost.jp/2018/08/21/ryucheru-instagram_a_23506368/

りゅうちぇるにのっかって海外のためにもタトゥー解禁を、って言ってるブクマカは本当に馬鹿じゃないのかなって思う。

りゅうちぇるは「俺は温泉にもプールにも行かないよ」って現行のコードに甘んじてのっかる方向を選択して、そのうえで

「だから批判すんなボケ」なのに

※この点はりゅうちぇるが圧倒的に説得力がある。明文化されたルールのあるところには立ち入らないといってる人間デメリットを甘受してる人間を叩く神経がナゾ

りゅうちぇる叩いてるブクマカは一度呼吸を止めてみたらいいとおもうぞ。

あと、りゅうちぇるの親父が背中展覧会してるのと、りゅうちぇる個人あん関係なくねえ?

そこでりゅうちぇる叩くのは筋悪だと思う

りゅうちぇるに乗っかって「タトゥー排除は悪い文化」と決め付けてなし崩しにルールを曲げようとしてるブクマカ醜悪

何でもかんでものっかるんじゃねーよ。

りゅうちぇる温泉プールに入ろうと強行突破しようとして果たせず、インスタで暴れた時にのっかってこい。

2018-07-14

イグ・ノーベル賞って名誉なの?不名誉なの?

俺はてっきりダーウィン賞のような位置付けの賞だと思っていた。

受賞したが最後学会では後ろ指さされ、研究費は打ち切られ、仲間には嘲笑され、

研究者としての人生が終わるような賞。 違うの?

 

■大真面目なトンデモ研究てんこ盛り  世界初イグ・ノーベル賞公式展覧会が開催

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1807/13/news047.html

↑もし良い賞なら、この記事タイトル

トンデモ研究」じゃなくて「面白い研究」とか「ユニーク研究」という表現になると思うんだよね。

やっぱり恥ずかしい賞だと思っている人、それなりにいるんじゃないかなあ

2018-06-13

居心地の悪い晩だわ

中々寝付けなくて、リラックスする音楽聴いて見たりするんだけどダメ

イヤホン外してまぶたを閉じると、今日の失敗を思い出す

今日のが終わったら昨日の、一昨日の、六年前の秋の失敗

クソみたいな展覧会が瞼の裏で年中開催中って嫌になるよね

扇風機タイマーで止まる、付け直す

2018-03-16

anond:20180316000039

私男だけどゾーニングまでは普通に納得できるんだよ。

別に公の場や公共放送広告無駄性的女性蔑視的なものを垂れ流す必要はないと思ってる。

別にこれぐらいの表現・・・」と思うこともゼロではない時代の流れだし別に良い。

もう九割以上の人間が数秒でネットアクセスできる状況になってるんだから

不特定多数の目に触れる場であえて過激表現開陳して耳目を集める必要なんてないのよ。

スマホ持ってれば10秒あればドギツイ無修正ポルノも見れるし、IS首切り映像だって見れる。

全然ジャンルが違うけど、ゴア描写てんこ盛りの仮面ライダーアマゾンズとか上手くやってるよね。

これからはああ言う風に「見たい奴だけが見る」ってゾーニングを徹底すれば良いと思う。

から今回の件で言えば、展覧会の開催中止まではまあ良しとするわ。

ただ危険な流れになってきてるな、と思うのはこの増田の指摘の通り

弱者である女たちが作って消費するBLは尊ぶべき高尚なもので、

性的搾取である男性が作って消費する百合唾棄すべき俗悪なもの!」って論調が出始めてることだな。

「うるさい!弱者である自分たち差別は良い差別強者悪辣差別と違う!」ってのは流石に詭弁が過ぎる。

そういうところから無くしていかないと真の意味での平等は訪れんと思うぞ。

マジョリティ属性を持つ奴らには問答無用で投石していい、ってなったらマジョリティ内に新しい被害者が生まれるだけ。

これって平等でなく構図が180度反転して強者弱者スコーンと入れ替わっただけになっちゃうよね?

ましてやBLなんて「ゲイ性的搾取してる」という謗りを免れんジャンルの筆頭だと思うぞ。

はあちゅう童貞叩きと無反省のせいでめちゃくちゃ反感買ったのもう忘れたか

自分・身内の行動にはクソ甘い、自浄作用がない、って側面が露見してるのに

それを正そうとすらせずに開きなおるのはそれだけで説得力が大幅に減退する。

ウヨパヨの両端を見てれば分かるでしょ。発言と行動が伴わない口だけ野郎のクソ野郎だらけだ。

そこを律していかないと、やがて大地震のような揺り戻しが来て、また冬の時代に逆戻りだぞ。

2018-03-12

もも展だか百合展だかの物販半数が女という話

もも展だか百合展だかの物販において、若い女を肯定的に描いたこ展覧会写真集購入者の半数が女性だったという話の引用できるソースが見てみたい。

よく女の敵は女というが、痴漢被害者に咎がないように太もも展の描くまなざし共感する(男)女にも咎はないわけで、つまり単に若さへの嫉妬燃える何かの敵である迷惑な(男)女がいるだけということが可視化されるよな。

地元コラボ炎上するのも大抵女性絵師が参加した時だけピンポイントで狙われるんだよな。男がいくらロリエロを描いてもコラボ文脈問題になることはほとんどないのに。まあそれは力におもねって堕落していると説明できるが。

2018-03-04

anond:20180304110820

腐女子ジャンルが目立つ場所展覧会して問題になったら、腐女子が一番怒るだろうとは思う。良くも悪くも

https://anond.hatelabo.jp/20180303232654

ここ最近まで仕事マルイと関わっていたんだけど、

マルイブランディングを二路線に向けていて

都会的でファッショナブル/高級路線なモディと

サブカルに優しいデパートマルイを完全に分けている。

渋谷マルイ(モディではない)では少しオシャレなオタク女子向けの服、安いコスメ100均的な雑貨をそろえてオタク女子向けのイベントを揃えて開催している。

渋谷マルイ大通りに面しているがかなり精力的にオタクコンテンツの大型広告をだしたりしていて、109-MEN(こちらもエヴァゴジラアメコミなどサブカル系コラボが多い)→渋谷マルイTOWER RECORDSカルチャー系の大型ビルが並ぶ通りが完成した。

元々通りを挟んで向かいの旧マルイティ渋谷(現渋谷モディ)と客を食い合っていた旧マルイJAM渋谷(現渋谷マルイ)はこの戦略が功を奏し、順調な売上になっている。

よって渋谷マルイはそこそこサブカル/オタクに優しいビル認知されていたし、常設のイベントスペースでは何かしらのオタクイベントが開催されているのが普通だ。

ふともも展を渋谷マルイで開催した時に成功した(と仮定する)のは、それを否定してしまうと同じ女性であるオタク女子側にデメリットが生じてしまうからかもしれない。

ところで池袋マルイオタク女子聖地池袋にあるにも関わらず駅の反対側、しかもかなり遠方にあるためずっと集客に苦労してきた。

しか駅ビルとして競合のルミネだけでなく西武/東武という百貨店のくせに高級でない百貨店があるせいでデパートマルイまで足を伸ばしてくれる客が本当にいない。大型店舗なのに十年くらいずっと成績が悪い。

新宿マルイは目の前に伊勢丹があるが客層が違うお陰で儲かっている。なんで新宿マルイをモディって名前にしないのかは不明

池袋マルイは割と必死で様々なイベントを行っているが、一貫性が薄くうまくいってない。

こうした各店舗状態を鑑みて、今回の太ももの件

しかしたら渋谷や、新宿にもう一件あるオタク女子向けのマルイ(ここはシネコンとくっついていて上映中のアニメーション映画とがっつりコラボする戦略/ロリータなど濃いめのオタク女子向けアパレルも取り扱う)であれば、多少のクレームに屈しなかったのではないかな、と思った。中止決定をお知らせするのは広報だが、イベント実施可否自体の決定権は各店の店長になる。

勿論2016年渋谷問題なく開催できたのは、モンスターが見つからなかったせいもあるかと思うが。

とにかく良かれと思って企画したイベントを潰されるのはイベント主催場所提供側も本当につらいし、写真展覧会には何の落ち度もないとはっきりわかるので更につらい。結果的クレームに屈してしまったのもつらい。

小売に関わる者としてこの事例は深く胸に刻み、自分の客は誰なのかを逐一自分に問い質して仕事をしていこうと思った。

anond:20180303232654

見た感じセーラー服ブルマスク水の太腿をフェチっぽく撮ったロリ性癖ポルノに足突っ込んでる感じの写真だしデパート展覧会向けではない感じがした

あいうとこは女性客メインだしポスターなどで不快になる人も多かったのでは

画廊とかでサブカル向けにやればいい

2018-03-03

ゾーニングが何か分からなくなってきた

マルイ池袋の太もも展。

えーと、入場料を取る展覧会というのは一般的ゾーニングできている状態とは言わないのか?

マルイでやるからいけないのか?でも渋谷マルイではやったらしいじゃん。池袋って渋谷と比べてそんなハイソな街だったかなぁ。

ちょっと特殊で人によっては引かれるようなマイナージャンル愛好家としては何かもう恐ろしい世の中になったなと思うよ。ちょうど別の観光スポットで愛好するジャンルコラボ企画展をやってるんだけど、同じ理屈ボコボコに殴られそうだ。私のジャンル性的要素を見つけようと思えば簡単に見つかるぐらいのやつだしな。

昔は人に自分ジャンル布教をしてたけど、人目につけばつくほどつっつかれる状況を見ると布教なんてするもんじゃねーなって思えてきた。

【追記】

以前にmyジャンル池袋で何かやるってなった時には、「治安大丈夫かしら」なんて心配するファン層もちらほらいたんで、今回の「池袋マルイ)という場所文脈を考えろ」という炎上の仕方はびっくらこいたんですよね。池袋ってそんな街だったかと。

池袋よりさらハイソな街が、myジャンル普段拠点となっていますが、うちは大丈夫なのか…?と心配した次第です。

ももよりは歴史があるジャンルから許されてるのかな?はたまた見つかってないから許されているのかな?あるいは女性ジャンルからセーフなのかな?

多分後者2つなんでしょうな。

【追記2】

何故「池袋マルイで太もも展がいけないのか」を解説するブコメがたくさんあるが、myジャンルもことごとくアウトになるの本当にキツい。

うちも特殊性癖に分類されそうなものだが、基本的に全年齢でも見られるし、外に向かって宣伝もしてる。ポスターが並んでるの見ると「大丈夫かな…キモイって思われないかな」ってドキドキするよ。女性向けジャンルで、女性にとって都合のいい男性性搾取的な要素がある世界観だけど、本拠地の街には当然男性存在してるし、宣伝が目に入ることもあるだろう。もう本当に恐ろしい。

2018-02-04

これから確実に出てくる現代アート

表題: 「姫に手を差し伸べる勇敢な王子

展示物の代わりに紙: 「この作品思想上の問題があると判断され撤去されました」

こんな感じで「撤去されました」をアピールする作品が出てくると思う

あるいは、すべてが予め撤去された展覧会とか

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん