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2018-02-23

2月お小遣い

スタバ ¥399×8回

昼食 ¥1000×22回

打ちっ放し¥1000×4回

おやつ ¥3000

友人との飲み会1 ¥6000

友人との飲み会2 ¥7000

客との飲み代 ¥4000

友人の出産祝い¥5000

確定申告関係の経費 ¥2000

嫁への花とケーキ ¥5000

子供の遊び代 ¥3000

¥56192

40手前 年収850 子供1人

2018-02-19

anond:20180219213219

「親」を憑依させて自分批判正当化しようとしてるだけだね。

大人が「少ないお小遣いでやりくりしてる子供たちの気持ちを考えろ!」って言ったり

「それ、あの人が聞いたらどう思いますかね?」って関係ない人が言うのと似ている。

気にくわないならはっきり言えよと思う。言えないなら黙ってて欲しいね

2018-02-12

anond:20180211143325

自分は(娘だが)父親に「あしながおじさん」を進められたときはこういう恋愛小説に興味がなく、なんでこんな他人(年上のお姉さん)の手紙をえんえんと覗き見などしなければならんのだとおもった。

今となってはもちろん、ツンデレなおじさん(金髪碧眼の若い男性である執事ジャービス坊ちゃんとかよばれているええとこの子である)がとてもかわいいですねという生ぬるい目で見ることができる。

 

あと濫読家で妹がうるさい家だったので暇つぶしもかねて小学校中学校の900(日本文学世界文学)のあたりはありったけ読んだ。

3冊まで借りられたので、シリーズ化してあればなんでも読んだ。(全集でないのは毛色が違う取り合わせになるので選ぶのが面倒)

ねしょんべん物語落語全集世界創成童話南洋一のルパンシャーロックSF全集トリフィドコバルト文庫氷室冴子星新一も、まあ背表紙が同じ色の版型同一の本が棚に並んでいれば(そしてだれかに先に借りられていなければ)すべて読んだ。

しか他人の「心理」とか「日常」とかを追跡する面白さは大きくなるまでなかなか感じられなかった。夢野久作なんか心の中の話しかしてないけどおもしろいので小学校で読んでたらショックだったかもしれないな。いやそうでもないか

ルナールさんのにんじんオチはそれでいいんかい。でも、ちょっとわかってしまった。2chから流行った毒親文学の走りだね。

小公女ポリアンナアニメチャンネル権を主張する妹たちがいたために見ることはなかったけど、成人してから読むと強烈だな。「よかった探し」というミームをつくったのこいつやで。

赤毛のアンテレビで見れた。今見ると馬車とかやはり宮崎動画だけあって木漏れ日とか子供向けなのにめっちゃがんばってる(そして低予算なのでたぶん子供の時はわかってなかった)

やっぱり古典面白い。生き残る理由がある。

 

そのあとお小遣いが増えて漫画が買えるようになりSF少女漫画コバルト文庫も好きなだけ変えるようになり(少女向けsf漫画の出始め)、ウィングス創刊に立ち会った。ズッコケはたぶん自分高校ごろでそのあと怪盗ゾロリとかでて自分の子世代だとゾロリは全巻必修だったのかな。アンパンマンも地味な扱いだったと思う。今みたいなポケモンみたいなアニメ作画じゃない水彩っぽい絵本がぽつぽつとでてはいた。児童だとバーバパパ、あと長靴下のピッピ、マガーク探偵団(これもなかなか長い)(しか主人公不細工で絵も今いち)

 

結局、大人子供気持ちなんて忘れてしまう。

子供特定の本を選ばないのは「長い文章がいやだ」「ふりがながふっていない」「文庫本は字が小さい」「挿絵が怖そうに感じられた」といった些細な理由だと思う。

その後の進路は理系なので特に役に立ってはいないよーん。

あと文体はここではあえて男性用にしています

 

追記、そういえばクレヨン王国シリーズは妹がたくさん集めていた。自分誰も知らないさなシリーズ出てるだけ読んだくらいだなあ。

2018-02-11

anond:20180211152708

社会的理想とされてるお父さんは家にいないでどんなにストレス抱えても仕事から逃げない。

それ「社会的に」ではなく「(昭和の)お父さん自身」の理想じゃん。

本当は子供の有無に関わらず仕事から逃げたら自分生活できないのに「子供の為に働いてる」と恩を着せたがり、

子供の面倒見るのが面倒臭いから子供の傍にいたがらない、というだけの。

おかあさん版と対称的にしたいなら、もっと現代的な

大黒柱として稼ぎつつイクメンとして家事育児もするから自分の為に使える金や時間なんか無いおとうさん像」

協調する方がそれっぽくなりそう。

そもそも元ネタのおかあさんもパートやってて常に子供の傍にいる訳じゃないし。

(全体的に貧しさを感じるからパートと言っても暇潰しとか自分お小遣い稼ぎの為とかではなく生活費稼ぎの為に嫌々やってるっぽいし

それなら「子供の為に働かなければならない」のはおとうさんと一緒だ)

何故か専業主婦の歌と思われてるけど、そういう事言ってるのは「パートなんか働いているとはみなさない、専業と同じ」とか言う意識高いエリートママなんだろうけど。

2018-02-09

最期は苦しんでいただろうか

2月8日に、わたしと血の繋がっているクソマザコン野郎ママが亡くなったらしい。

もっと嬉しいと思っていた。清々しい気分になると思っていた。なんだかもやもやする。

わたしは、確かにあの女とその息子が大嫌いだった。ときどき血の繋がりがあるのかと思うと、どうしようもなく、死んでしまいたくなる。

まぁ、こうして生きているのだけど。

あのクソババアは、母がわたしを授かった時もわたしが生まれたことにも喜ばなかったらしい。わたしが、女だったことと出産予定日ミカンの収穫の時期だったからだ。迷惑だったらしい。

いとこが生まれときは喜んでいた。男の子だったから。

弟が生まれときも喜んでいた。男の子だったから。

わたし暴力を振るわれたけど、いとこと弟は振るわれなかった。お菓子お小遣いもいとこと弟は貰えたけどわたしはもらえなかった。わたしも孫のはずだったけど、女だから

母も暴力を振るわれてた。風邪ときでも肺炎でも畑仕事をさせられてた。

仕事で得た収入は、全部ババアの金だった。てめぇは何もしないくせに、母にだけやらせておいて、びた一文も母には渡さなかった。

マザコン野郎マザコン野郎で、給料が出てもうちには一切入れなかった。(マザコン野郎農業は手伝わず工場で働いていた)

生活費ももらえないから、母は農業の他に外で働くしかなかった。

母は、完全にあのクソ親子の奴隷だった。

思い出すだけで腹が立つし、頭痛くなってきた。

あのババアを好きになる要素も許す気持ちにも欠片もならないのになんでこんなにもやもやするんだろう。言葉にしたらわかるかと思ったけど腹が立つだけだった。

2018-02-07

310の茶の間はリプを消してアイコン変えろ

便宜上名乗った方が良いと思うので、名乗ります。310のファンです。

これは某俳優のカノバレ炎上に際して、推し名前に傷が付けられまくっていることに憤ったオタク地獄のような恨み言です。

論点はただ一点

●310の茶の間は全員、某俳優へのリプライを消して無断転載アイコンを変えろ

本当にこれだけです

加えて言うなら

●せめて某俳優アイコンに変えてbio欄も某俳優名前を入れてからリプライしてくれ


………………………


茶の間、と言う言葉語源意味に関して論じる気はありませんが、ここでは金も落とさないで声だけでかいクソみたいなファンのことを指しています。そして何故か茶の間程、無断転載俳優アイコンなんだよな、なんでなの?頭悪いの?(口が悪くて失礼、育ちがあんまり良くねーんだわ)

そういった方達に、推し画像無断転載したアイコンを使って無責任発言をされるのは我慢がならないし、これだから310のオタクは…と言われている現状にも気付いて欲しい。「大丈夫」とか「気にしてない」とか「謝らなくていい」とか「応援してる」とか…茶の間であろうと無かろうと、310にお金を使っていようといまいと、推し顔面を貼り付けた状態で他の俳優に向かっていい加減なこと言わないでくれ。

ファン俳優の鏡などと良く言われますが、だからこそ、ファン軽率な行動が推しの評判になることを自覚してくれ、いやほんと、頼むよ。頼むから


茶の間は黙れというようなことを口にすると、乱暴な切り口だと攻撃される風潮が大嫌いです。だって茶の間あくま茶の間で、発言権がないものでしょ。

私にだって月のお小遣いが3000円とか、バイト禁止とか、そういうかわいいキッズの時もあったし、なけなしのお小遣いを貯めて大切に使う人を悪いと言っている訳ではありません。その時できる最大限のお金を使って、消費して、それで得たものって何であれ掛け替えがないよね。

例えば年に1度だけ見に行ける舞台とか、何枚もの限定盤の中から悩みに悩んで一種類だけ買ったCDとか、ね。

めっちゃ嬉しいし、それがファンの初期衝動だと思う。

でも、無料提供されるものや、非合法無料になっているものをだけを享受してそれできちんと消費した気にだけなって声が大きいオタクには我慢ならないんです。 今はSNSネットも発達してるからそういう状態に陥り易いんだよね、わかるわかる。でも本来お金払って、対価として得て、それで初めて消費って成立するからさ。お金時間を使えないけど気持ちとか愛を尊重して欲しいみたいなのは、全部嘘だと思ってる。

私が茶の間で弱いキッズオタクだった頃でさえ、分かってたよ。今自分雀の涙みたいなお金で得ることができてる〇〇くんは、大勢の、〇〇くんにお金を惜しみなく出してくれるお姉さん達に買い支えられてるおかげなんだなって。

俳優アイドル商品だしコンテンツからお金を使わなきゃ存続しないもん。お金ニアリーイコール時間で、お金を稼ぐのにまず時間を使ってて、そのコンテンツを消費するために更に時間を使うんです。

お金時間を使ったオタクと、使ってないオタクが同列な訳がない。

310は人気があるとか言われるけど、実際お金時間を使うオタクがすごい少ない。これ、現場にいて肌で感じることです。

そうじゃなかったらナルスだってsoldしたし、おちゃろく平日こんなに出回ってないでしょ。みんな求めてるの千秋楽だけだよどういうことだよ。

話が脱線しました。


310の茶の間の中にも「いつか茶の間じゃなくなる」と決意してる人はいるだろうし、そういう人に対して、私は「待ってるよそれまでこっちで買い支えとくからね」って思ってます。でも永遠に茶の間するつもりの奴はまじで身の程を知って、肩身を狭くしながら生きて欲しい。

そして、某俳優に「応援してます」「私たちがついてるよ」というようなリプをした310のオタクは、是非これから彼の出演する舞台チケットを少なくとも半分以上買って、お花を出せたら2.5万以上のフラスタを出して、公演に入ったら毎回アンケの目当て欄に彼の名前を書いて、個人ロマを積んであげて欲しい。自分収入自由になる時間ちょっとだけ無理して削って、彼に使ってあげて欲しい。それが、あなた達が言う「応援する」の言葉の重みだと思う。

それができないなら今すぐリプを消して、アイコンを変えてくれ

そして今回のカノバレで身を削られらるような想いで悲しんで、苦しんでいるのはそういうことをしてきたファンの人だって知って欲しい。そういう人達が、彼に裏切られた、もう彼を信じられないと思ってしまうことを糾弾する権利は310のファンにはないのです。茶の間なら、尚更。


ちなみに私は推しの「ここまで来たらもう裏切れない」といった旨の発言を信じてここまで来てますが、だからこそ俳優 310という商品に傷を付けたり泥を塗ったら、それが310自身でも許さないし裏切られたと思うとおもいます

地獄のような呪いだね、ごめんね。

2018-02-04

anond:20180204222049

それでそれは「パパがお小遣いあんまりくれない上にママがお手伝いさせるから僕ちゃんプンプンなのだ」と何が違うのかね

人生最高に楽しくない

しがない大学生、今すごくしんどい

父親が倒れて介護なしには生きられなくなってもうすぐ1年なんだけど、あれ以来なにもかも変わってしまって、なにもかも失った気分

母親は働きながら父親の世話もしてて、すごくたいへんだろうに、私は下宿してるから大して手伝えもしなくて

せめてもって感じでひと月に一度くらいは帰省して手伝ってるけど、それくらいしかできない

仕送りお小遣いももわずに、すごく安くてすごく質の低い大学寮暮らして、私って健気でしょ? えらいでしょ?」っていう気持ちと、「学費払ってもらっといてよく言うよ、現状嘆いて泣くだけで大したこともしてない、したいこともよくわからないのに大学通わせてもらってるんだからそれくらい当たり前、恥知らず」って気持ちがずっと同居してる

結局どっちもだめな気持ちしかない

自分なんて、って思わないとやってられないというか

自分が一番かわいいから自分擁護したいのと、自分を傷つけるのが気持ちいか自分を責めたいのと、みたいな

なんでこんなところにいるんだろう

こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかったのになあ、って思いながらなんだかんだ1年くらいなーんにもしてこなかった

しんどいなあ

2018-02-02

sideMを好きでいるのがつらい

あんなに好きだった、人生の一番辛かった時期を支えてくれたsideMに心が動かされなくなってきて、早数ヶ月になります

私はサービス開始直後からプロデューサーです。

学生時代音ゲー目当てで行ったゲーセン本家アイドルマスター出会い自分携帯を持てるようになって始めたモバゲーシンデレラガールズ出会いました。(ミリオンライブ765プロ劇場版を見てから初めて存在を知って始めました。)

その頃の私は親からお小遣いを貰っていたので、所謂課金ガチャ」が出来ない状態でした。

一応月に十連分程は貰っていたのですが流石にそれを全てモバコインに変えるのは難しく、また「ガチャは何十連もしないと出ない」といったイメージが事前にありましたので、

シンデレラガールズは無課金で、アーケード版のアイマスは月に一、二度ほどのプレイでとP活動というには微々たるプレイをしておりました。

そんな私が大学アルバイトを始めて、自分お金自由に使えるようになった頃に始まったのが「アイドルマスター SideM」でした。

他の女性向けゲームとは違う、恋愛要素の全くない「アイドルプロデューサー」の関係

そして長年アイドルマスターに触れることで積もっていた「P活動」と「課金」へのフラストレーション

それらが一度に弾けた瞬間でもありました。

(※私が女性向けの恋愛ゲームが苦手なだけでそれ自体否定しているつもりは全く無いです。ご了承下さい。)

それまでとは打って変わって 恐ろしい程にのめり込みました。

ひと月ほどでプレイするソシャゲコロコロ変えていた私が毎日きっちりsideMにはログインするようになりました。

担当ができ、彼のためにガチャを回しました。

アイテムも買い、イベントも走り、バイト代殆どsideMに消えて行きました。

そして担当CDが出た頃、社会人になった私は色々あって体と心を壊しました。

仕事を辞め、社会に疲れてふさぎ込んでいた私に力をくれたのが彼らの歌声でした。

もう一度前を向こうと思いました。

もう一度、担当プロデュースしたいと思いました。

そうしてまた頑張って、就職活動をして。

1stのライブビューイングの日に内定電話が来た時は運命を感じました。

嬉しくて嬉しくて、また給料殆どsideMに使うようになりました。

担当イベントでは上位を取るまで走り、ボックスガチャ担当が出るまで回し、担当のグッズは出たものを全部買いました。ラジオ毎日聞き、少しでもお金を入れたくてチャンネル登録し、担当のために初めてチョクメにも手を出しました。

本家アイドルマスター10年続いているのだから自分10年、いや終わらない限りずっとsideM応援していこうと決意しました。

貯金はないけれど、とても幸せ時間でした。

けれども、2nd、グリツア、アニメときて、少しづつ「合わないな」と思うことが増えてきました。

まず1つが、ユニット毎の曲数、出演の差です。

私が担当していたユニットアニメでも「アイドル」として出て、新曲も増えました。

一方、アニメに出演はしていても「アイドル」ではなく、また2年近く経っても新曲がないユニットもいました。

私は2ndのアニメ化発表の際、これで315プロダクションの皆がアイドルとして歌い、踊っている所が見れると信じていました。

また、これの記念として04以降のアニバCDもまた出るのではと楽しみにしていたので、何の音沙汰も無かった時は小首を傾げました。

私は確かに担当が好きですが、315プロの皆が平等に、アイドルとして輝けるのが一番だと思っていたので、この状況は切なくもありました。

2つ目が、声を担当していただいている声優さんとの解釈の違いです。

ゲーム内での声の実装CD、1st、2ndときて明らかに声の演技が変わっていると感じた方が何人かいました。

そのアイドルの成長として腑に落ちる演技もあれば、そんな声は出さないのではないか?と自分の中での解釈と異なる演技の方もいました。

(この辺りは本当に、人によって感じる所は違うと思いますあくま個人解釈として受け取って下さい。)

3つ目が、周囲の友人との温度の差です。

アニメでトレパク問題が上がった時、私は「画像許可を取っているかもしれないし、詳細がわかるまで一旦は様子を見るべきかなあ」と考えていました。

ですが、友人はトレパクなんてしているわけないと怒り狂い、疑念の目を持った方々に対して鍵垢でRTをしては次々に死ね、殺すと呟いていました。

向こうには見えないと言っても勿論やっていいことではありません。ですが、彼女以外の友人も皆それに苦言を促すことなく、口々にトレパクを否定し、怒りを呟いているのを見て私はただただ恐怖を感じました。

そうした3つの要素が集まって、私にとってsideMは「人生にとってなくてはならないものから人生の一部から切り離すべきか悩むもの」に変わっていきました。

担当のことは今でも大好きですし、勿論315プロアイドルも皆好きです。

ですが、このまま曲数や待遇の差にモヤモヤして、ライブ自分の中での解釈と異なる演技に小首を傾げながらサイリウムを振り、周囲に無理に合わせてでも続けていくのはその内アイドル自体が嫌いになってしまいそうで辛く、

また新アプリアニメで新しいファンが増え、本当に315プロアイドル好きな人ライブチケットを取ることが困難になっている状態で、自分のような宙ぶらりんの人間が席を得るというのも申し訳ない気持ちになります

明日から3rdが始まります幕張には両日、現地で行く予定です。

自分の目でもう一度全部を見て、聞いて、そうして今後どうするか決断しようと思います

長文かつ乱文でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2018-01-31

ケータイ小説主人公みたいなJK

彼女パパ活をしているJKである。つまり売春しているJKであるバイト先のJKリフレ常連客だった「パパ」に水揚げされ、セックスのたびにお小遣いをもらう形で、これまでのべ500万ほど貢いでもらってきた。JKはそのお金を使い、韓国で大規模に成形してきた。なぜ韓国で?と思う人がいるかもしれないが、韓国では外国人から親の承諾なんていらないし、まだ効果もわかっていない「最新の」手術をバンバンやってくれるからだ。そうやって彼女が整形するのは、ひとえにある男のためであるJK大学制までの男をガキっぽいと信じている。だから24歳のその男セックスしている。雪の中で真夜中まで四時間も待たされても、セックスしないならあわないと言われても、JKお酒を飲んでセックスしてタバコを吸うという「大人っぽい体験」ができる彼に夢中だ。彼にぞんざいな扱いをされるのは私が附子からだ。そう思い込んで、JK韓国医者が進めるままに高額な整形をやってきた。

そんなわけだからJK学校に居場所がない。クラスメイト休みがちで出席したと思ったら顔がパンパンに腫れている彼女を遠巻きに見ているし、担任ですら彼女を笑う。家族はすべてを受けいれてくれているが、家庭は自分を満足させてくれる場所ではない。そんな時間があればパパとセックスして金でも稼いだほうがマシである。そう思いパパにあったら、パパは関係の解消を申し出てきた。この間やった大きな整形手術韓国のせいで、顔が不自然に歪んでしまい、もう会いたくないというのだ。JK韓国病院クレームを入れたが、相手にされないまま終わった。今はセフレの男だけが心の拠り所だが、こんな顔では嫌われてしまうと、また、手術の予約をした。全身麻酔で骨を削る大手術で、半数は麻痺やしびれなど機能障害が残る大博打だ。もう治すところが骨しかない。手術は一週間後。今はただ整形が成功した自分を思い描くことで自分を落ち着かせている。

俺もどうしてやることもできないから、せめて手術が成功するよう祈っている。

2018-01-30

ババアに体売った話

石田衣良の娼年読んで、俺も若さだけはあるし行けるんじゃないかってことで、大手出会い系サイト(たぶん1番有名なやつ?)でババアっぽいババア30人に人肌恋しいですって送って実際3人に会ってモニョモニョしてお小遣い貰いました

もちろんみんなやるときゴムつけたよ

1人目 50歳くらい セックスした 強烈だった 1万もらった よく出会い系で男を買うらしい、男を買うのはギャンブルみたいなもんらしい

2人目 30歳くらい 仕事帰りのOL セックスしなかった 本当に体売る人がいるのか見たかったらしい ドトールで話して終わった 会社ロゴが入ったQUOカードくれた

3人目 50歳くらい トロールみたいな見た目してた セックスした 喘ぎ声がかわいい

3万くれてこれからも定期でよろしくってなった 同じくらいの年齢の息子がいるらしい

ババアに体売るだけで万単位で貰えるし、女が風俗やる理由もわかるな、万単位お金もらえるなら見た目やばい人にも耐えられる

大学卒業するまで売春してみよっと

2018-01-27

食べたいものだけを食べたい

1年前まで、同棲してた元彼を養っていた。

元彼は精神的な問題で働けず、貯金もないので、

家賃光熱費はもちろん元彼の携帯代を払って、お小遣いも渡していた。

その時の私の年収が額面で300万にちょっと足りないぐらい。

フルタイムで働いて朝晩のご飯を作っていた。

元彼の母親は、似非科学信者で、経皮毒とか農薬を使った野菜の毒性などの情報一方的に送ってきた。

(うちの息子に変なものを食べさせるなと、監視されてるようで辛かった)

とにかく元彼が飢えないように、栄養がちゃんと取れるようにっていうのをずっと考えてた。

そんな状態が何年か続き、突然私のメンタルが駄目になった。

同棲を解消し、一人暮らしを始め、転職もした。

年収も100万以上あがった。

同棲してた時の習慣で、今も自炊を続けてるんだけど、食費にお金をかけられるのが楽しい

今まではスーパーで5キロ2千円のお米を買ってたのに、今はその場で精米してくれるお米屋さんで2キロ2千円のお米を買ってる。

それ以外にも、卵とかチーズとかハムとか、安くて量が多いものから、高くてもいいから1人で食べきれるぐらいの 量があまり多くないものを買ってる。

農薬とか添加物とか栄養バランス特に気にしない。

材料費のことは考えず、自分が今食べたいものを作る。

自分の作った料理を誰かが喜んでくれるって、すごく幸せだと思うんだけど、しばらくは自分のためにご飯を作ろうと思う。

つのまにか三十路も越えたし、これから誰のことも好きにならず、ずっと1人で生きていくかもしれない。

他人から見たら、寂しい人生って思われるかもしれない。

でも、気兼ねなく自分の食べたいものを買える、食べたいものを作れる環境絶対手放したくない。

2018-01-26

やたらとアフター5の予定が埋まっている人

こういう人をいわゆるリア充というんだろうけど、特にその予定がほとんど飲み会だったりする人は疲れたお小遣いが足りなくなったりしないのかと心配になる。自分はあまりアルコールが好きでないこともあり、飲み会なんて週一回もあれば沢山だ。居酒屋系は何となく食べ物の傾向が似ているので、そんなのばっかり食べてると飽きてくる。

あと、仕事とか義理飲み会がめんどくさいのは当然として、ある程度親しいとか趣味が合う人でもあまり会う頻度が高いと「ここまでしょっちゅう会わなくてもいいんじゃないか」と思うことがある。うちの本社幹部で年がら年中飲んでいるようだけど、いくらお酒が好きでも毎回同じ顔で集まって飲んでそんなに楽しいかと思ってしまう。特に上の方の立場の人はお金を多く出さないといけないことが多いから、お小遣いが少ないと厳しい状況にならないか他人事ながら心配になる。

私には30年以上の付き合いになる友人たちがいて、そのうちの一人が地方から出てくると集まって飲むことになっているんだけど、この数カ月から半年に一回程度のペースがちょうどいいんじゃないかという気がしている。若かりし頃、ほぼ毎日を一緒に過ごした連中ではあるけど、やっぱりそれぞれ違う道を歩いているから、たまに会って話を聞くのは面白くても、しょっちゅう会うと疲れるような気がする。

あと、最近歳が歳なのと、朝方が寒いので、飲み会などで家に帰るのが遅くなると翌朝がやたらと辛い。休みで寝ていられればいいけど、仕事に行かないといけないときもあるし、休みでも寝過ごすと自由時間無駄遣いしたようで損した気分になる。お誘いが少ないのも寂しいんだけど、多すぎるのもめんどくさいといつも思う。

どちらがよりクズ親?

高校進学のタイミングにて

父親「自営の土建屋を継ぐために高専土木科以外許さん」

母親父親の言うとおりにしたら1万円のお小遣いをあげる」

俺は母親だと思った

2018-01-25

みんなの図書館の思い出が散見されるので私も書いてみる。

子供の頃は家に絵本がたくさんあって(と言っても今思えばカラーボックス1つ分くらいか)、繰り返し繰り返し読んだ。

特に好きだったのははらぺこあおむし。今銀座はらぺこあおむしカフェがあるらしいね。行きたい。

それと通っていたピアノ教室にも貸出可の本棚があって、そこからも借りて読んでいた。「眠れないの?ちいくまくん」(だっけな……)という絵本お気に入りで、今も内容をよく覚えている。このピアノ教室には10年以上通ったのだけど、ここでもたくさん本を借りて楽しかった。特に作曲家の生涯を紹介するタイプのやつは左から順番に全部借りたりしていた。

小学校の時ももりもり読んだ。こまっしゃくれた子だったので、何かとよく出てくるゾロリシリーズ、あれはなんとなく興味がなくて、図書館では偉人マンガシリーズ子供向け小説をたくさん読んだ。

同級生の間では「ミッケ」が流行っていて、私も休み時間に借りてきた子の机を囲んで探したものだ。ミッケって今もあるのかな?あとあやとりの本とハムスター研究レポート怪談レストラン流行ってたなあ……。「ブラックジャック」や「君の手がささやいている」「ドカベン」など、マンガちょっとあって、その辺も人気があったような。

私は自分図書カード(借りた本を書いていく表)を2枚にすることが目標だった。確か1枚で100冊くらいかけたはず。なんだかんだ「マンガ古典」とか、マンガをいっぱい読んでいた気がします。

それとは別に、市の図書館自転車で15分くらいの距離にあったので、毎週通うレベルで行って借りていた。中学年の頃は「ふたごの魔法使いシリーズなどフォア文庫シリーズにドはまりしていたのと、学校で借りた「レベル21」をきっかけにさとうまきこさんの小説がすごく好きで片っ端から読んだ。レベル21に関しては多分10回くらい借りて繰り返し読んだ。

学校ではすぐ読んですぐ返せるマンガ系、市の図書館では1週間かけられる小説を借りるという自分ルールがあったような。

司書先生は覚えていないが、元増田みたいなルールはなかった気がする。性を考える~みたいなシリーズもあって、「エッチな本がある」と生徒の間でも話題になってみんなで囲んだりしたけど、「騒がしくしないの~」としか言われなかった。


中学生の頃が一番読書狂いだったかも。1年生の時はキノの旅が好きだったのと、小さくて持ち運びやす文庫に惹かれて図書室にある文庫本、気になったものを順番に借りていった。

それから友達の影響で乙一にはまっていたのもこのころだ。学校図書館と市の図書館をうまく利用して、片っ端から気に入った小説家の本を読んでいった。江國香織も好きな作家のひとりだったな。嶽本野ばらとか、もうその年ごろドンピシャ好きなものも読んだりした。乙一短編集で読書感想文を書いて学年優秀作品に選ばれた思い出がある。

中学校結構ラノベが置いてあった。西尾維新時雨沢恵一しか眼中になかったので他は覚えていないけど、ジャンプコミックスノベライズとかも置いてあった。代わりにマンガほとんどなかった。基本的には新着図書から選んで借りる日々だった。

市の図書館の方では、市内の他館や県立図書館の本を予約して借りられるシステムがあったので、それも駆使して気になる本はとにかく借りた。借りるだけ借りて読まなかった本もあった。小学生だったか中学生だったか中村うさぎ小説を借りて性描写のエグさにびびりながらも「大人な本を読んでいる私!」と悦に浸っていたような。本当に生意気なガキだった。今では「残虐描写の宝庫」と言われるグリム童話初版とか、「本当は怖いグリム童話」とか、そういうのもたくさん読んだし、村上春樹ジャズ評みたいなのも読んだ。

描写残酷描写はこの時にすっかり慣れてしまった、小学校高学年くらいから読んでいたし、特別何も思わなかった。

借りるだけじゃなく、文庫本ならたまに自分で買ったりもしていたけれど、やっぱりお小遣いが限られる中学生高校生にとって本屋はありがたかった。ハードカバーの本なんてなかなか買えなかったもの。それに本屋にない古い本も読める。最新の本も読める。

高校受験ギリギリまでしゃばけシリーズにドはまりして読み続けて、司書先生に「入試大丈夫?」って心配されたけど、「でも新刊でちゃったし」って返したら「そうよね。気になるもんね」と言われた。

こんな感じで本ばかり読んでいたので、家族には「また本ばっかり読んで!」と怒られたりした。大体の家庭って子供が熱心に本読んでたら褒めない??あまりにも私が本を読みすぎるので、一度怒った父親に市の図書館で借りた本を取り上げられて、返却期限過ぎても返してもらえず困ったことがある。


高校生になると市の図書館にはあまり行かなくなった。というのも高校図書館は一度に5冊まで借りられる上、読みたい本が大量にあったからだ。

その頃は桜庭一樹バチスタシリーズが好きだったので、図書館にあるものは全部読んだ。それからその頃話題になった本は、時間が許す限り読んだ。当時所属していた部活の部室が図書館のすぐ上にあって、部活に行く前に図書館を必ず覗いていた。2年生の時などは担任図書館担当だったため、あれこれ本について話した。

その先生とは別に図書司書先生がいた。しょっちゅう図書館に行くので顔を覚えられていて、ある時すでに借りられていた本の予約をしたいと申し出るとすごくフランクに接してくれた。ついでにこの本の続編が最近出たけど入れる予定はあるか、と尋ねたところ「生徒からリクエストって言えば大体買えるのよ!欲しいものはじゃんじゃん言って!入れるから!」と言われた。そうなんだ!と思ってそれからは読みたい本があるたび司書先生の所へ行った。「先生~あのシリーズ読みたいの~」「オッケー。入ったら担任先生に伝えとくね」こんな感じ。

それとちはやふるが全巻置いてあって、受験勉強の合間に読んだ。千早かるたへの情熱を見ては勇気づけられた。調べもの図書館に行くことはなかったけれど、娯楽のための読書としては本当に高校図書館は最高だった。


大学図書館では、研究のための書籍資料を探すために足繁く通った。ただ、小説など娯楽のための読書生協で買うことの方が多かった。アルバイトを始めて、ハードカバーも買えるようになったからだ。

大学図書館はこれまでの図書館と違った魅力があった。研究のための、その分野の専門書がたくさんあった。それこそアルバイトで稼いだお小遣いでは揃えきれない大型本や古い専門書は本当に楽しかった。


これを書こうと思ったきっかけは、まあ繋がないけどとある図書司書さんのエントリで。

自分図書館体験を振り返ると、本当に恵まれていたな、と思う。親に読みすぎと言われた以外、読みたい本を読めないという思いをしたことがない。もちろん図書館に置いていなくて……ということはあったけれど、大体の場合、他館から取り寄せするとか購入してもらうとか、そういう手段でどうにか手元に呼び寄せた。好きなものを好きなだけたくさん読めた。

そう思うと今の図書館とか教育現場ってどうにも窮屈なのかもしれないな、と思う。

親友小学校教諭になってすごく苦労しているけれど、学校図書館も同じように大変なんだな、と思った。中学生の頃に図書館にあった本を見るに、恐らく同年代だと思う。高校図書司書先生のおかげで図書司書に憧れた時期もあったので、憧れを貫いてその職に就かれたことは本当に尊敬するし、その上で様々なギャップ人間関係軋轢で悩まれていること、とても共感する。(私も司書ではないけれど、憧れの職についたものギャップに耐えかねて数か月で辞めてしまったので……)

ただその司書という職が、子供たちに読書体験の楽しさを伝えてくれること、その後死ぬまで残る財産を築き上げる手助けをしてくれること、身に染みて感じているので、どうか身体を壊さないように、がんばってほしいな、と思います。とても無責任応援申し訳ないのだけれども。

2018-01-24

勝手図書室の思い出を綴る。

https://anond.hatelabo.jp/20180124221748 を読んで現場は大変なんだなと同時にそういうものを書き込んでくださった増田さんに感謝している。

大変そうだけれど、無理しすぎず、ほどほどのところで過ごして欲しい。


それだけじゃ何なので、掲題通りである

一時期入り浸っていたことがあるので記憶のある限り書いてみる。

小学校は何回か転校していたため、正直各学校の独特の匂いとやけにじめっとした、あるいはやたら日当たりの良い図書室の壁に添って作られた本棚を思い出す。図書カードの置かれたあのカウンターだとか。おとなしそうな図書委員だとか。似たような雰囲気だなあと思っていた。

低学年の頃は授業時間に行く以外では寄り付かず、気が向けば学級文庫か自宅にある本を読んでいた。

その頃好きだったのは大判で、フルカラー写真が多く載っていたこごましたもの特集されていた本だった。

ただ眺めているのが楽しかった。シリーズで何冊かあったが、色で分類されていたと思う。漢字で書かれていたテキストの部分も気が向けば適当に読んでいた。

不遜な子どもだったので、およそ感想文の類を提出したことがなかった。課題図書もふーんと眺め一度だけ気になったものを借りたか買ったかした程度だった。

自宅では主にオカルトに凝っていた時期だったと思う。魔女とか怪談とかそういうものを読み漁っていた。


中学時代。できて20年未満の学校に進学した。

なんとなく耳をすませばを思って、半年かけて図書室の本を全部読んでみた。伝統ある学校に比べたら冊数はそれほどでもないと思う。普通教室3部屋程度。読んでみたが読んだはずの本でもおぼえていない本が結構ある。

きっとその頃は読み切ることが目標だったのだろう。それでもいまだにその頃出会った作家で読み続けていたり、何冊も装丁違いで購入した本があることはひとつの宝物だと思っている。

あとすべり止めで受けた私立高校入試で読んだことのある作品が題材だったのも愉快だった。

そこから高校までで多いときは一晩に文庫8冊。一番かかったのが篠田節子氏のハルモニアで2日だったと思う。

なんとなーく早く読めるようになったりもした。あの数年間は登下校時にも本を手放さなかった。

勉強あんまりしなかったけれど、勉強せずに中学2年で漢字検定2級が受かる程度には知識も増えた。

当時は図書カードがあったので、誰がどの本を借りたのか分かるのも面白かった。天沢聖司にも月島雫にも出会えなかったけれど。

ここ数年で文庫化された書籍も当時はハードカバーで、月に10前後は購入されていた。それを片っ端から読みつつ、すでにあった蔵書も読んでいた。

多感なお年頃なので、性描写のあるもの出会うと成人指定境界ってどこやねんと思ったりしながら読んだ。(し、本屋に行けば女性向けのBL小説は性描写があっても普通に買えた。謎だ。凝り性なものでそちらもだいぶ読んだがこちらは卒業たかもしれない)(コバルト文庫でも結構あると思う)(基準が謎だ)

野中柊氏のダリアとか、ドキドキしながら読んだ。今思えばかわいいものだ。

後宮小説なども読んで良いのかなと思いながら読んだ。


地元公立高校で初めて、司書さんという存在を校内に認識した。いつも白衣をまとった女性で、図書館以外にもいるんだなと思った。その学校では希望があればCDなども購入していた。

アングラっぽい写真集や当時走りだったライトノベルを一式入れてくれたりもした。(その後、メディアミックスされた各作品初版本が揃っていたため、数年後盗難にあったそうだ。嘆かわしいと同時に初版本に価値を見出す感覚がまだあるのだなと感じた)

同時に、遠野物語をはじめとする民俗学やら薔薇の名前やらを借りまくっていた。

学業に励む生徒にとっては、赤本がずらりと並んだ赤本専門の小部屋があるのも魅力だったかもしれない。

その頃は読んだなあというほどは読んでいないと個人的には思っている。

ただ、気になっていた本たちをするする入れてくださった司書さんには当時も今も感謝している。

森博嗣氏のシリーズもいくついれてもらっただろうか。講談社ノベルスがやたら充実していた。

お小遣いでは追いきれない本たちをあの時期に読めたことには感謝しかない。


うってかわって大学ではまあひどいものだった。

専門課程書籍もあまりない。

ちらほらある小説もだいぶ前で時が止まっている。

大型書籍比較的充実していたが、借りるには重いので閲覧のみとなる。

専門書も同じく時が止まっていた。

半地下で静かで独特の雰囲気が好きだったけれど、およそ学業のための空間ではなかった。

卒業後も利用できるということだったが、生憎地域図書館の方が便利であった。



今につながる本の思い出。

急接近したり、離れたりしつつも、どんな格好であれ図書室・図書館存在してくれればいいなと思う。

読む子は何をしても読むし、読まない子は読まない。

ひどいようだがそんなもんだよなと思う。

あるときブログ家族から勧められた本が という記事を見て、自分の家ではない習慣だなと思った。

家の中にある本は読みたいだけ読んだ。隔離されているような本も気になればこっそり読んだ。

教育機関にあったら驚かれるかもという本もリクエストして入れてもらえれば読んだ。

面白かった本を教えてと訊かれたら100冊くらい列挙できた(今はどうだろう?)

それだってきっかけは耳をすませばだ。(個人的気質はあるにせよ)

こういう本が読んでみたいなと思って書いたこともある。

作文はからきしだけど、幸か不幸かある程度蓄積があるので大学教員には高評価だったりもした。

もうちょっと器用だったら桜庭一樹氏のようにアウトプットにも使えたかもしれないが、そこに愛が足りなかった。

ルールのあるなか、大変苦しんでらっしゃる元増田さん越しに、学生時代、本を介してお世話になった司書さん司書教諭先生方には感謝を伝えたい。

制限あるなか、出会いをくださってありがとう

思えば、落ち込んで図書室にこもっていたような日もあったと思う。

期限通り返せなくてお手間を取らせたこともある。申し訳なかった。

それでも、「これです」とは挙げられないけれど、人生を形作る何かを図書から得たと思っている。

あの少しだけほこりっぽく、冬はむっと暖房が入った空間を懐かしく思う。

anond:20180119200212

おばちゃまの時代は小中学校図書館があまり充実してなくて、公立図書館も家から遠かったわ。だから読みたい本は親におねだりしたり、お小遣いで買ったものよ。むしろまれていたのかもしれないわ。意味不明な決まりでがちがちの学校図書館なんかに触れずに済んで。ひみつシリーズなんか、当時出てたを全部持っていたし、中学生になっても愛読していたわ。

2018-01-23

親友女の子が好きだった女

から数えて、もうすぐで10年になるとは思う。

当時中学生だった私は、親友である女の子が好きだった。

たぶん、確実に初恋だった

恋愛なのか依存なのか憧憬なのかは分からないし、正直どちらでもいいとは思うが親友がとかく好きだった。

一緒に帰りたい思いだけで、自分の家とは真逆である親友の家まで送ったし、お小遣い制でもないしさして裕福でもない家庭であるのに、たまに祖母からもらうお小遣いをやりくりして、親友誕生日にあの子が好きそうなテディベアを送ったりもした。6000円くらいだった。

親友が他の友人と話すのも嫌だったし、一時期女子中学生らしくグループがごたついたとき親友が私のそばから離れることが嫌すぎて何度か家で吐いた。

自分が男だったら親友告白していただろうし、親友が男だったとしても私は告白していた。

親友とずっと一緒にいたかったし、親友の子供も欲しかった。

思い返しても、恋愛なのか依存なのかよくわからない。

ただ、あの時の私は本当に親友を好きだった。

親友と私が出会ったのは10歳の頃。

転校生としてやって来た親友は、はじめクラスの中でもパリピ寄りの女に囲まれていたのだが、生来そこまで明るくもない親友は結局、クラスでもオタク側であった私と何人かの男女のいるグループで落ち着いた。

彼女は要領の悪い性格で、あまり頭も良くはなかった。

運動もさして得意ではなく、同じく運動ができない私と二人で逆上がりできない組として先生に面倒を見られていたりもした。

勉強のほうは、私は少しばかり得意だったのもあって親友割合計算を教えたり、並列と直列の問題を教えたりとなにかと面倒を見たりしていた。

運動勉強も苦手な親友だが、絵は格段に上手かった。私もちょっとは得意かもと思っていたのだが、親友の絵を見たときにあっさりと打ちのめされた。そして一気に彼女に興味を持ったのを覚えている。

思い返そうとしても、思い返すだけのエピソードなんてなかった。

自転車で山まで走り回ったり、海に行ったり、桜を見たり、祭りに行って花火を見たりした。

中学生のころに目覚めた恋愛感情は、いつしか友人として親友の隣に居られたらいいに変わる。高校生となって親友と別の進路を選び、私は県内大学へ、親友は県外の絵を学ぶ専門学校へ行くことになってからは、あの子が健やかに幸せに生きててくれたらいいと思っていた。

こんな話を思い出したのも、今日で私が彼氏と付き合ってから三ヶ月が経ったからだ。

親友のことを思っていたのもあり、元からメンヘラなのもあり、顔も性格もブスな私は思春期に【同性を好きになってしまった】ことから段々とメンヘラが加速していった。

女神行為をして承認欲求を満たしたり、セックスまでは結局できなかったが出会い系で知らないおじさんに処女を捨てようとしたこともある。おっさんと付き合ってテレフォンセックスして、突然LINEで送られてきたおっさんちんこにびっくりしたりもした。

まともな恋愛遍歴が一切ないまま20歳を越えて、なぜか、今の彼氏出会って、惚れられた形で付き合った。彼氏上記のことをすべて知っている。それでも好きだと言ってくれる。なんでこんなクソ女を好いてくれるかは全く分からない。

たった三ヶ月、されど三ヶ月。

ちゃんと顔を知っていて、会ったことがあって、まともな職に就いていて、向精神薬を飲んでもいなくて、未成年セックスしたりしようとしたこともない人と、こんなメンヘラが付き合えたのは本当にすごいなあと思う。

この時期が一番いろいろあるんだよ、などと言われたりもしたが付き合う前に、お互いの弱い部分や私の過去なんかも話してあったために、今はまだ大きな壁なんかにぶち当たったりはしていない。

それどころか付き合いだした当初、好きとか分からなかったのに今じゃ同じだけの熱量彼氏に対して思っているのだから、恋ってすごいなあとも。

親友よ。私の一番大好きで、大切だった親友

私はあの時、あなたが一番好きだった。

上から目線で最低な女だけど、何もできない君がかわいくて大好きだった。勉強運動もできないのに、心を動かすような素敵な絵を描くあなたが大好きだった。

いまはもう、遠く離れていて会うこともできない親友。私はあなた幸せであることを、今だって願ってます。ごめんね、勝手に願われても面倒だよね。大丈夫だよ、一生君には言わないから。

私はずっと、彼氏のことを好きでいながらも心のなかに親友の影が残っていた。この問題、分かんないよと並べた机の向かいで聞いてくる親友がずっといた。

けど、ここで話せてようやく親友の幻影にお別れできそうである

今までありがとう、これからは本当に友達として仲良くしてほしい。

それから結婚おめでとう。

私の大切な親友へ。

2018-01-22

小町嫁が家(エジプト)を出ていった

先週これを書いた増田ファラオです。

嫁が小町ユーザーだった(俺はエジプト

https://anond.hatelabo.jp/20180117102941

一言で言うと終わった。

先週の木曜日に夜帰ったら、家に嫁がいなかった。

手紙もない。電話も出ない。嫁の実家にかけてもいないと言われる。

そのうち帰ってくるだろうと週末をやり過ごしてみても、帰ってきていない。

いよいよ本格的にやばいかもと思って、改めてさっき例の小町のトピを見てみたら、嫁がこんなレスを付けていた。

皆様、温かい叱咤激励ありがとうございます

ただ主人がこのトピを見てしまった事が明らかとなり、気持ちの整理がつけれずにいます

しばらく実家に戻って改めて結婚生活、及び結婚について考え直したいと思っています

実家にいる。

電話を取り次いで貰えなかっただけみたいだ。

増田ファラオ、完全にもうやれる事がなくなった。詰んだ

最後最後にできる事といったら、この場を借りて謝る事くらいだ。

嫁が見てくれると信じて。

頼む。見てくれ。

スフィンクスは諦めるし、ツタンカーメン倉庫しまう。いや、捨てる。

ボードゲーム死ぬまでにピラミッドを一緒にまたやろう。

お小遣い制にする。勝手に買い物するのもやめる。

俺には君というクレオパトラいるから。

から戻ってきて欲しい。

お願いだ。一生のお願いだ。

死ぬまで一緒にいたいんだ。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

2018-01-17

小遣い制はダメですよ。お金を渡す形が良い

anond:20180117102941

嫁さん観点で「お金を渡される」は「お金が増える」

お小遣いを渡す」は「お金が減る」です。


あなたが稼ぐなら、お金を渡す形にしないとダメです(もちろん多く渡した方がいいです)お小遣い制なんて国は世界的にみても少ないですよ。

嫁が小町ユーザーだった(俺はエジプト

さっき趣味小町ウォッチングをしていたら嫁が書いたと思われるトピを発見してしまった

嫁が小町ユーザーだったなんてあまりにショックだし、相談内容もショックだし、なんか回答者にボロクソ言われてるし…

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2018/0109/833209.htm

どうしたらいいでしょう。ちなみに嫁は好きです。スフィンクスもっと好きです。


追記(2018/1/17 16:55)

さっきはてブ見たらホッテントリに入っててビビった。

そして後悔した。もう一度言う、後悔した。

増田投稿したときは頭が真っ白であれだったが、

嫁が増田を見る可能性なんて考えてもみなかった。

家に帰るのが猛烈に恐ろしくなってきた。今夜カイロに飛ぼうかな。

以下、レスを少しだけ。

お小遣い制にしましょう ちなみに自分旦那年収は二千万です

年収お高くてよござんしたね。

年収いくらだろうが、欲しいものは欲しい。だから買う。

ただ離婚絶対嫌だからお小遣い制の導入は仕方ないかもしれない。

せめて庭では無くエジプト部屋を作ってその中で済む範囲で楽しまれてはどうでしょうか……。

貴方趣味謳歌できてハッピー。奥さんは趣味に合わないものを目にしなくてハッピー

それじゃ済まないならやっぱり相談必要だと思うよ。この先をお互い気持ちよく過ごすならそれは必要時間だよ。

その発想はなかった。

でもスフィンクス書斎に置いたらもう座る場所なくなっちゃうんだよ。この際スフィンクスの上に乗ろうかな。

ちゃんと二人の間で相談できる時間を作ってますか?

奥さんの悩みをあなたが聞いてあげないから別の場所で吐き出してしまうんです

二人の間の決め事をパピルスに記して冷蔵庫に貼るなどすると良いですよ

我が家ヒエラティックにしようと思う

自分のヤバさに気が付いていないヤバさを感じるw

え?何がヤバいの?

ツタンカーメンの置物ってどんなの?すごい気になる

これな

https://inzak.jp/event/egypt-interior

テンションあがるだろ普通

増田に書いてる時点で小町嫁とお似合いじゃねーか。

ありがとう。これから夫婦仲良くやっていこうと思う。

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