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はてなキーワード: 大学生とは

2018-01-20

大学生とき月経前症候群と診断された。

婦人科では漢方ピルどちらにするか考えておいてくださいね〜と言われた。大学生だったのでお金のこともあるしと両親に相談した。

母は、とりあえず漢方使ってみてだめだったらピルにとりかえてみればいいんじゃない?と。

父は、ピル?!妊娠できなくなるじゃないか!と言った。まさに開いた口が塞がらなかった。娘が、月の3/4も頭痛めまい吐き気のどれか一つ以上に悩まされて薬を処方してもらおうかというのにそれか、と。むかついたので、婦人科でもらった薬のパンフレットを穏便に手渡したところ、何で俺に渡すの?これ関係ある?と。いやぁほんとびっくり。

婦人科系の病気や症状って、知ってもらうことが本当に難しいんだなと感じた一件

大学生の恋もそろそろ終わり

就職したら離れ離れだね。

離れてたって心はそばに、なんて言えないよ。

そばにいるあなたが好きだから

それも一つの「好き」の要素なんです。

ともかく、遠くにいるあなたを愛せるのか自信がないのね。

そんな表現をすると冷めた感じになってしまうかな。

離れるのが嫌なんだ。

でも、現実的にお互いやりたい仕事があって、それが叶うんだ、仕方がない。

そばにいるあなたが好き。

あなた」が別の人になるんだろう。

職場の人、新しく住む街の人…

だけど、もしかしたら、そばにいないあなたが好き、という「好き」の新要素が生まれるかもしれないね

あと二ヶ月よろしくお願いします。

2018-01-19

anond:20180119123415

なるほどな。聴講生はたしかにいい制度かもしれん、教えてくれてありがとう

今更大学生って大っぴらに言うのも恥ずかしいし、青春する気もないし、たぶん単純に知識欲なんだと思うわ。

語学あたりは独学でなんとなく続けたりしてるけど、実生活実践できなかったり、指針になる検定やテストが無い分野だと理解度とか相対的自分位置が見えにくい気がする。

居ても許される程度のおっさんって受け取ってくれる人がいそう、って知れただけでもよかった。

anond:20180119123024

勉強したいだけなら大学に入ればいい。

ふつう入学してもいいし学校によったら聴講生みたいな、働きながらでも学べる手段はいくらでもある

でも、大学生になりたいとか青春を取り戻す!とかいう心意気なら迷惑から大学に入らず自分勉強しろ

自分語りウザーだけど自分大学時代同級生大学生になりたかったおっさんがいて年の差もあるし話も合わなければ年上だからって横柄な態度もクソだし避けられても空気読めないし、かなりうざがられていたし嫌われていた。2回生か3回生か忘れたけど途中で見かけなくなった。

いずれにせよ同級生はみな年下ということを忘れちゃいかん。絡みにくいと思われる覚悟はしなきゃならん。

仲良くやれる人はいるだろうけどそんな人ばかりではないからね。

なんでオッサン大学生の話では出羽守湧いてこないのかしら?

通学する大学生のオッサンはたしかに浮くだろうけど

奨学金蹴って高卒で働かざるを得なかったおっさんなんだが、今になって学問やりたいときはどうしたらいいんだ。

社会人受け入れてるとことか、ほぼ会社で役に立ちますよ系の学部ばっかじゃないか

医大でもないけど、もっと純粋自分の知りたいことを体系的に学ぶならやっぱ通信程度が無難なの?

anond:20180119121308

留年なんてするわけないじゃん。

こっちはもう一回大学生経験してんだぞ?なんでそこまで人を低く見積もれるのか謎。

当然国試だって落ちる要素なんてないぞ。国立医学部の国試合格率知ってんだろ?

叱られてカッとなって親を刺したとか

大抵高校生とか大学生とか無職ひきこもりとか、親の財力に甘えてぬくぬく育ってそうなタイプ

増田でよく見かける毒親に苦しんでる系の人らはそんな事件にまで発展しないよね

やっぱり人間甘やかされて育つほうがろくな育ち方しない

大学生になってようやく[要出典]の重要さを知った

逃げたくなるのに何かを書くのをやめられない

私は二次創作文章を書いている、しがないオタクだ。

タイトル通り、逃げたくなるのに(何度も逃げているのに)それでも何かを書きたくなるからつらつらと吐き捨てていく。

始めて世に文章を放流したのは中学生の頃だった。「二次創作」という言葉意味もよく分からないまま、某巨大掲示板リレー小説に参加した。好きな作品が題材だからめちゃめちゃ楽しかった。

しかし何回か参加したが、残念ながらどれも完結しなかった。リレー形式は難しい。匿名掲示板だと荒れることもあるからさらに難しい。ほぼ一人で回すようになってしまって、モチベーションが低下して離れてしまたこともあった。

じゃあ最初から一人でなら大丈夫かと思ったのに、一人でも無理だった。

始めて本を出したのは大学生の頃だった。Twitterアカウントを作り、Pixivアカウントを作り、サークル参加をして本を出した。

「素敵な話をありがとうございます」「あなた文章が大好きです」「続きを楽しみにしています」と言ってもらえたのに、参加したイベントいの一番に買いに来てくれる方がいたのに、しばらくして連載していた作品を完結させないままアカウントを削除し活動をやめた。

原因は、人との関わりの中で傷つくことがあったからだ。

先述した通り、多くの人が暖かい言葉をくれた。心無いことを言う人はごく一部だけだった。そのごく一部のために「もう嫌だ」と思ってしまった。比較的仲が良かったはずの人にネット投稿していた話をパクられた挙句その人の話の踏み台にされたが、そんなことをするのはもちろんその人だけだった。

数回オフ会にも参加したのに、何度も顔をあわせて本を読んでくれていた人たちにも何の説明もしないままただ逃げ出してしまった。

もうやめようと思ったくせに、マイナーだけどドハマりした作品出会って、新しいTwitterアカウントでひっそりと楽しんでいる。そして懲りずに文章を書き始めた。さらに本を出したいと考え始めた。

また知っている人に裏切られたら怖いと思うのに、誰かと語り合いたい欲求が強くなってきて、勇気を出して話しかけるかの瀬戸際にいる。もし万が一前のジャンルの人と顔を合わせることになったら、なんと言っていいのかもわからないコミュ障なのに。

マイナージャンルPixivはやっていない、かつ誰とも交流してない状況で本を出してもまず手にすら取ってもらえないと冷静な自分は思うが、本という形で残したいとも願う。

こうして何も考えずつらつらと書くことすら楽しい。考えていることを垂れ流すだけだから気持ちが良い。

完結させられなかったらどうしよう、逃げてしまったらどうしよう。嫌な思いをしたらどうしよう。頭の片隅にこびり付いてるのを見ないフリをしている。浮かぶ話を日々書きため、コツコツと妄想を続けている。

人に見せる気はないが、一次創作も書き出した。今は決して見せる気はないが、そのうち人に見せたくなり、感想が欲しくなり、承認されたくなるだろう。

きっと似たような思いをしているのは私だけじゃないだろうし、皆はどうしているんだろう。

うじうじしてる自覚もあるのでどうか蹴っ飛ばしてください。

追記

反応ありがとうございます。甘えんなってぶっ叩かれると思っていたから素直に嬉しいです。

やっぱりこうしてネットの海に放り投げた文章から(ただのチラ裏でも)背中を押す反応をもらえるというのは何にも変えられない経験だと改めて実感しました。顔も名前も年齢も何もわからない相手暖かい言葉を交わせるって本当にすごいと思う。

やらずに後悔するより、やって後悔しようと思います。もしどこかでお会いしたらよろしくお願いします!

2018-01-18

卒業するからって旅行行く大学生

何の意味あんの?

海外に5泊とか6泊とかして何十万も使ってよー。

その金貯めて今後に生かそうとは思わんのか。

anond:20180118085058

大学生だ~かわい~💛

おっぱい大きいお姉さん好き?💛

年代の子なんてやめてお姉さんと遊ぼうよ💛

ドナドナドーナ

人売り会社転職した。

もともとチームで現場に入れるという話だったが「いまは新人をセット売りしたいので経歴が嵩増しできるお前はソロ派遣だ」と言われた。死ね

今日営業と共に派遣先(になると思ってた)のB社に行った。

うちの営業はB社の営業に俺を引き渡すと「それじゃ、頑張って」と帰っていった。死ね

B社の営業は俺に「名刺は切らしたってことにしておいて」と言って、C社に俺を連れて行き、C社の営業に俺を引き渡して「それでは後はお願いしますね」と行って帰っていった。

C社の営業は、俺と同じ境遇であろう複数社畜たちを見て言った。

「これからD社さんとそのエンドユーザのE社さんが来ますのでみなさんが携わってた案件説明してください。詳しくはわからないので質問はそちらに。」お前は何のために存在してるんだ。死ね

やってきたD社とE社の人たちは時間外に面接になったせいかとても不機嫌そうに俺達の話を聞いた。辛かった。

頑張ったので一人で焼肉にいった。

カルビハラミとご飯とレモンサワーを食べて飲んだ。

会計をしてるときに隣の席の大学生たちが「一人焼肉うけるw」と笑っていた。

2018-01-17

"疲れたサラリーマン"と"主婦"と"大学生"と"俺"

実は増田って俺を含めたこの4人で構成されているのかもと考えるとすごい怖くなった。

俺以外の投稿は他の3人が順番に投稿していて、常にパソコンに張り付いてんの。

俺がいない間にも"疲れたサラリーマン"と"主婦"がトラバでバトルしていて、"大学生"が鬱な文章を書き続けてる。

怖い。

anond:20180117014825

いいんじゃないか、チェロ。すごいやってるな、というのが伝わって来た。チェロは触ったことないが、駅でチェロケースしょってる大学生かいると、ああかわいいなァと思うわ。

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2018-01-15

専門学校を見下してるのが日本の駄目な所なんじゃねーかな

アカデミックなんてどこにも存在しない大学生より、高専で何かしらの技術を身に着けた奴の方がずっと役に立つのに、なぜか大学生ってだけでチヤホヤしようとするような、とりあえずそれっぽく身分社会作ってみました中身は後から考えますっていうシステムに何故か納得して、俺もいつか上の階層に行くんだと息巻いてしまって結局は上流にいる奴らに搾取されるだけで終わってるのに、穢多非人を虐める事が出来たことに満足してしまうような、人間性低俗さに満ちた社会

学生ジャニオタ

私は今奨学金を借りている。

一人暮らしで、地方大学に通いながらもジャニオタとして現場によく行く。

月に借りているのは3万。アルバイトの稼ぎは5~6万ほど。月に約9万が私が自由に使えるお金だ。

家賃学費は親持ち。贅沢に大学生活を謳歌していると思う。

もともと超地方の超田舎育ちで、ジャニーズが好きだった。そしてジャニーズ応援できる女の子が憧れだった。CDDVDも昔は買ってもらえなかった。ジャニショなんて遠すぎて、コンサートは夢。大人になったら自分お金を稼いでコンサートに行くんだ。ファンクラブに入るんだ。CDDVDを買うんだ。それは大きな目標だった。

東京ものすごく遠くて、家賃も高くて、偏差値も高くて。現実を考えて東京大学を受けることはやめた。でもせめてもと都会なところを選んで進学した。ドームジャニショもある。嬉しかった。越してきた次の日にジャニショ写真を買い込んだ。

ついにアルバイトを始めて、コンサートに行った。DVDも買ったし、ファンクラブにも入った。楽しかった。働けば働いた分だけ、自由お金を使える。勉強してもお手伝いをしても泣いて喚いても行けなかったコンサートチケットがあれば入ることができる。自分の力で稼いだお金で、楽しい時間を買うことができる。

大学生には時間がある。そこそこ体力もある。働けばお金だってある。今が一番無敵のような気がした。社会人になってからなんて分からないし、もっと大人になれば結婚するだろうし。自由になんでもできるのって今が最後なんじゃないか時間は有限だから、やるならきっと今しかない。だから私はできる限りコンサートに行くことに決めた。

ドームがあるといっても所詮地方。向こうから来てくれるなんて年に数回。デビュー組もJr.応援してるがJr.現場は基本東京だ。毎度遠征して現場に向かっている。

最初は行けるだけで満足だった。コンサートのために東京に行ったんだ。コンサートジャニーズを生で見れたんだ。それで満足だったのに、Twitterを見ているともっともっとと欲が出てくる。同じ公演に何回も入ったり、ツアーに合わせていろんなところに遠征したり。また、もどかしくなってきた。行きたい。もっと、見たい。

名義をひとつ、増やした。シフト自由な高時給のバイトを増やした。現場に行くうちに知り合いが増えて、コンサートに誘ってもらう機会が増えた。行けるなら行きたい。今しかいから、行く。それから地方遠征もして、よく東京にも行っている。

コンサートのために働いている。信念として学業は怠らないことにしてるので、成績は落としたくないとそれなりに頑張って勉強している。授業を受けて、終電まで働く毎日。まじでめっちゃ働いてる。周りからは常にバイトをしてる人という印象らしい。課題バイト、そしてジャニーズ。余裕がないな、と思う。忙しくするほど、ジャニーズが見たくなる。

月に9万。おかげでジャニオタをすることができている。これは奨学金をもらっているからこそだと思う。奨学金はいつか返さなければいけないと嫌というほど聞かされたし、返せない現実の大変さも聞いた。正直貰いたくはない。しかし、授業の関係アルバイトができない期間がある。収入が安定しないのだ。

奨学金の使い道は自由だと思う。奨学金の分は生活費として使っているし、ジャニーズに使ってるわけではない。でも、奨学金があるからこそ自由に楽しんでいる。

卒業すればすぐ返済が始まる。収入が安定してる職に就かなければ、借金に追われることになると思う。たくさん今楽しんでいることを返済するときに後悔するのだろうか。

女子寮の思い出

大学生の頃、女子寮に住んでいた。

大学の隣にある寮で、かなりオンボロで照明の暗い監獄のような部屋にみんな押し込められるように住んでいた。

基本同じ階には同じ学部友達しか住んでないし、誰も泥棒なんかしないだろうといつも鍵をかけてなかった。

ある夏の深夜、ベッドに寝転んでケータイいじってたら勢いよくドアが開いた。

ドアを開けたのは知らない女の子だ。

彼女は「あれ〜〜〜???〇〇先輩(知らない人)?なんでわたしのベッドで寝てるんですか〜もーーーーー」っと寝ぼけた声で呟いて床に伏せて寝てしまった。

私はきついアルコール臭を纏った体を持ち上げてベッドに転がした。

一連の流れが意味不明すぎて混乱した私は何故かカラムーチョの袋とアイスを抱えて部屋を出てドアの前でもりもり食べた。

食べても何が起こってんのかよく分からなかったのでとりあえず部屋に戻って椅子に座って2時間ぐらい起きるのを待っていた。

スマホゲームをしてると彼女が起きた。

「ここ地下二階だよ貴方どこの子なの」と声をかけたら、

「えっここ私の部屋えっえっ あっ」「ああああああああああ!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュ」と言った具合に大層驚いて私にヘコヘコ詫びてきた。

話を聞くに、彼女は別の学部の1年生。

6階のホール酒盛りしてベロベロに酔って何故か自分の部屋を階ごと間違えて私の部屋に入ってきたらしい。

「〇〇学部か〜 〇〇技師になりたいんだね 今実習とかしてるの?」

はい、こないだカエルを解剖しました!」

「へーこっわ キモくない?」

キモいっすよ」

お酒気をつけなよ〜 またね」

自分の部屋にやってきたのも何かの縁だろうと思ったので、少し雑談をしてから6階の彼女の部屋に送ってやった。

今年には彼女はなんとか技師になってるだろうか、あれ以来1度も姿を見てもないけどふと思い出したのでここに書いておく。

世の中受験シーズンなので

自分の頃のことを思い出した。二次試験で後期まで不合格で(後で前期は不合格Aと知りあーあとなったが)東京まで出て予備校に通うこととなった。

田舎にいてもだめだなと思ったからでこれは間違ってなかったと思う。大手予備校に入ったが、通学1時間ぐらいだったっけな。

予備校の寮には主となってひとがいてやべえなこのままと思った記憶がある。現に何浪もしわたしのあとにも何浪したので予備校に通えばいいというものではない。

予備校に通いだして危険なことが一つ。

可愛い女の子イケメン男の子、それも共通目的 大学合格にめざすこと がある人間が集うのだ。

新鮮な経験である。非常に危険である。疑似大学生活のように思ってしまう。

先に結論を言おう。

つきあったり遊んだりしてた人、ほぼ全員第一志望に不合格であった。

6月ともなると仲の良いグループができる。あほらし。

遊びに行ったりパーティーしたりしてたけど、おまえら受験生でそれも少なくとも一回失敗しとるぞと。

中学生の頃から仲の良い友人と一緒に行ったが、その友人はそっちのグループに行ってしまった。

嫉妬と思われてたみたいだが、勉強しないとやばいぞと伝えたくて色々言ったけどわかってなかったな。

ちなみに彼は第一志望には落ちました。

そのグループの中でも適度な距離をもってたひとはうまくいっている。

だが、地方男子校出身者とか舞い上がるに決まってるじゃないか

ライバルだと思ってたヤツがどんどん堕落していくのは見ていて辛かった。その彼は2浪したところまでしかきいていない。

グループちょっと参加してみたけどどうも馴染めなかった。

リア充への嫉妬なんだろうけど、自分にはもうあとがない・このままではやばいという危機感ばっかりで辛かった。

でもそのおかげだと思う。

浪人一年間は一番勉強したと思う.勉強か近くのまちの散歩と好きなラジオ聴くだけだったとはっきり言える。

そうしないと第一志望に通らないと思う。反論はあるだろうけど。

浪人なんてしても大したことはないと思う.でも脱するのはかんたんではない。

友人たちとは疎遠になったけれども、ここで距離をおいてよかったと思う。

受験生諸君に言いたい。ほんとに勉強だけしとれ。大学でたのしいことできるから。と

あと予備校に板書を写しに行くな。メモにして理解に努めろ。予習して問題を解いていけ。

きれいなノート合格の近道なんてない。読んで理解したつもりでももきっと問題は解けない。

自力で解けて初めて意味を持つ。

得意な科目なんてなくてもいい。苦手な科目をつくるな。

計画なんて建てなくてもいい。ひたすら目の前の問題を解け。

S台の東大実践模試問題の質が違うこともあるしかならずしもいいベンチマークではない.結果は出なくても大丈夫

しろ全国模試のほうが東大に近いと思うほど。標準模試全教科結果をだせればそれでいい。

調子とか相性とか意味のわからない言い訳をするな。それが実力だ。

神頼みするな。それはお前の努力がその程度の行動で変化するなんてことを意味する。

努力したやつはきちんと結果が出るからそれのみ信じろ

素直になって勉強しまくれば結果が出る。

志望の理由なんて崇高なものはいらない。行きたいから行く。それでいい。

ぜひ頑張ってもらいたい。

行きたい大学に行けば好きなことできると思うから騙されたと思って必死勉強してほしい。

くれぐれも友人作って遊びになんて行くなよ。そいつライバルからな。

2018-01-14

1番興奮したセックス

これまでで1番興奮したセックス

大学生の時にバイトしてたコンビニで、シフトペアになった3つ上のフリーター女子とヤッタこと

スタッフルームでお客が居ない時間帯にしゃべってたら互いのH経験の話になって、なんか変な空気・・・

で、キスだけと思ってたのが歯止めが効かなくなって立ちバックでセックスまでいってしまった

興奮した

みんなも1番興奮したセックス暴露してくれ

キモくて金のないオッサンになりそうな23歳の俺の愚痴

高校卒業して、進路担当先生に勧められるまま地元工場就職して働き始めてからもう6年になる。

23歳になった。

世の中に楽な仕事はそんなには無いのは知っているが、零細企業工場で働くというのは、まぁ、それなりにキツい。

体力勝負だし若い社員が少ないせいで、年配の上司にこき使われる様にして毎日働いている。

若いんだから、という理由でキツい仕事こちらに回ってくる事も多い。

そんなこんなで仕事を終え、家に帰って両親や弟と夕食を食べる。

大学生の弟が今度彼女デートしてくると両親に話していて、青春してんなぁと俺は嬉しくなった反面、こう思う。

んー、なんか俺このままで大丈夫なのかなぁ、って。

インターネットでここ最近所謂キモカネ」という単語を見かける様になった。

キモくてカネのないオッサン

キモいせいで性的な魅力も無ければ、経済力もなく、もう若くない人の事。

三重苦だ。

しかしこういった概念に人を当てはめて、抽象化して判断するのは良くない事かもしれないし、こういう事は個人問題、という意見もある。

だけれど俺は自分自身に対して将来自分がそういった所謂キモくてカネの無いオッサン」という存在になってしまうのではないかという危惧感を抱いている。

うちの会社工場は男ばかりだ。

これは肉体労働系の仕事から仕方がない事で、そしてコレは全く個人意見でその上ちょっと極論的でもあるから一般論としては見ないでもらいたいのだけれど、男というのは視野の狭い生き物だ。

話題に上がるのは大体風俗ギャンブルの話ばかりこれに辟易している毎日なのだがこれに加えて、肉体労働系の仕事ではまず自分の見た目に対して物凄く無頓着になる。

まずヒゲを剃らなくなる。ヒゲを剃るために早起きしなくてはいけないぐらいなら伸ばして週一で剃るぐらいが丁度良い。

そして次に顔を洗わなくなる。

うちの工場粉塵が舞うので人によってはマスクを着用して作業するが、そうすると顔を晒す事が飯を食う時と昼の休憩中ぐらいしかないので、誰も見ないなら良いだろうと、俺のような自堕落人間は考えてしまうのだ。

そうすると、キモくてカネのないオッサンの「キモい」という条件が完成する。

不潔にしてる奴はキモいのだ。

コレに関して言えば殆ど反論余地は無いだろう。

そして次の問題はカネだ。

カネは大事だ、命の次に大事ものだ。

これが尽きれば即ちオマンマ・エンプティで即餓死である

カネを自らの欲しいものと交換して得られる幸福感というのは、得てして他人から自分への愛によって得られる幸福感の代替と成りうるので、これを欠かしてはいけない。

うちの会社は金払いが悪い。

俺達は金に飢えたマネードッグスなので金払いさえ良けりゃどれだけこき使われようとも納得出来るのだが、うちの会社社長というのは安く労働力をこき使おうとしやがる上変な所で見栄っ張りなのだ

社長が「ウチの会社一部上場したぞう」とドヤ顔で言ってきた時は、これで俺たちの給料も上がる!とまだ若い同期や先輩達と喜んだものだったが、社長がしたのはまず自分のダサイ型落ちのスポーツカーを真っ白の高級ベンツと取っ替えた事だけである

彼は日本法治国家である事に感謝すべきだ。

もし日本が法に縛られていない無法地帯の荒涼たる大地であったならば「白は血が映えるから良い色だよね!!」と叫んで、マチェテを振りかざす気の触れた俺と対峙する事になったであろうから

それはともかくとして、こういうことがあるのを踏まえた上、6年間も働いているのに未だ昇給しない事も考えると「全く金のない」という事にはならないだろうが、「同年代中年男性と比べて」金のないオッサン、という事にこのままではなりそうである

そして最後の条件、「おっさんである

老いからは誰も逃れられない。

全ての人間が生まれ落ちた瞬間に、死に向かって歩き出す。

やがて訪れるその瞬間まで人々は悲しみを味わい喜びを噛みしめるのだ。

その様子はまるで狂乱の渦に巻き込まれていくパレードの様で、誰ひとりとしてその宴の列を抜け出す事は出来ないししてはならないのだ。

俺もいつか年老いおっさんになる。

だがなっていたいのは、自らをキモくて金のない中年だと自称して悲しみに暮れるおっさんではない。

俺はモテなくてもいいし、特別金持ちでなくても良いから(ポップコーンドリンクを買って映画館映画が見れて、楽しみにしていた新作ゲームを躊躇なしに買えるぐらいには金が欲しいけれども)ユーモラスなおっさんでありたいのだ。

自己肯定感、これが一番大事なんじゃないだろうか。

支離滅裂怪文書の様になってしまったけれども、自己肯定感さえ持っていればキモカネおっさんから抜け出せると信じていたい。

例えそうじゃなくても、常に成りたい自分想像して努力が出来ていければ良いと思う。

自分で言うのも何だが、まだ若いのだから今の内から色んなことに目を向けて頑張っていければ良いと思う……。

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