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2019-03-25

anond:20190325101121

いや、「黎明期」の話でしょ?

例え有名作品でも関連サイト精々10個とかしかない、BBSに書き込む人も把握できる人数しかいない時代にいちいち男女で分かれたりしてないよ

PC買うのもネット環境整えるにも金かかったか大人ばかりで、大学生が「若い」と言われるくらいだから

エロ普通に垂れ流されてたな

もうちょい後になって数が増えれば自然住み分け雰囲気になったけど

2019-03-24

ブラックIT企業を辞めました

新卒で入った会社を辞めました。

自分ブログもあるものの、退職日記はてなに書こうと思っていたので、書いてみます

みんな大好き、ブラック企業レポートです。

地元独立系SIer中小企業という表現が、この会社に最適な表現だと思います

売上のほとんどは、地元本社がある大企業が「地元を使う」という方針により案件をくれることで発生しているものでした。

私には「その大企業システム開発をしたいな」という希望があったため、入社しました。

まぁ、ブラック企業だったんですよね。

残業代が出たら1年目で年収1000万を超える」と表現したら、見事に言い表せていると思います

だいたいは日付が変わっていました。入社日はとても優しかったので、23時という早い時間に帰らせて頂くことができました。

番長い日では6時から4時まで働いており、1時間だけ気絶してから出社するという感じです。もちろん残業代は完全ゼロです。

それだけの時間入社したばかりの新人が一体何をしているのか。

そこまで仕事が多いわけがない、お前の仕事が遅い、無能ではないのかと思う人もいるのではないでしょうか。

それがですね、仕事と言えるものは何もしてないんですよ。

仕事、開発をしているならまだマシだったろうなと思いますね。

現実は、新人研修を受けて学んだことに対する「報告書」を延々と書き続ける、ただそれだけです。新人研修の内容は、外部の研修に放り込んだ方が圧倒的に先進的で実践的なスキルが身に付くであろう、非常に退屈なものでした。

文系出身プログラミングのプの字も知らない人向けに、C言語ハローワールドを書こうとかそんな感じの内容が新人研修ですね。

報告書の報告先は、社長です。

毎朝社長相手に報告会をします。

この社長は少しでも気に食わない内容があるとブチギレるため、研修担当社員新人1人につき担当1人)が怒られないことを目的に、徹底的に書き直させ続け、日付が変わります

社長のこういったお言葉によりこういった気付きがありました、本当に有難うございます」と、意味不明なことを書いたりしていました。

とは言えこ社長、その日の気分で言うことが180度変わるし、知識もイマドキのIT大好き大学生以下です。

報告書の内容に正解など存在せず、どんな内容のものでも理不尽にブチギレます。そのために研修担当社員は、見えない正解を目指し、少しでもマシになるよう、延々と書き直しを命じます

私はこの書き直しにゴールが存在しないことを察し、「ずっとスマホ弄って遊ぶ」という抜け道を見つけました。

残業代が出ないのですから仕事ではない、つまりサボりではありません。担当社員限界を感じたら帰宅OKになります。他の同期入社はずっと頑張って書き直していたように思えます(もしかしたら私同様に抜け道を見つけていたかも知れませんが)。

また社長性格も非常に陰湿で、新人のうち1人にネチネチと粘着し、クッソどうでもいいような内容にひたすら突っ込んできます

良く言えば、気に入った人をより成長させようと頑張っているのかも知れません。でも現実はただのパワハラいじめ状態ですね。

これでも孫が生まれたことで温厚になって来たらしく、「昔は怒声とともに灰皿が飛んでいた」という話を、30代40代社員からはよく聞きました。

私はこれ、孫の存在関係なく、時代が変わったことで流石に手は出せなくなっただけなんじゃないかと思っていますケド。あ、私はターゲットになることはありませんでした。

同期のうち、やたらとやる気あるタイプが2人いたので、社長はそっちに気を取られていました。ちなみに社員による社長あだ名は「キムジョンイル」です。

私の1年あとに入った世代だと、胃に穴を開けて吐いて辞めた人がいました。しかも気の毒なことに女性だったと思います

"思う"というのは、新人はほぼ全員3ヶ月以内に過労で辞めるので、穴が開いたのが誰かあまり覚えていないからです。もしかしたら、同時期に辞めた別の男性が穴を開け、女性普通に過労で辞めただけだったかもしれません。確かなことは、入社3ヶ月以内で1人、穴を開けて辞めた人がいることです。

どちらにせよ、この世代(私より1年あと)は、1年経つ前に、1人を残して皆過労で辞めました。

また毎朝始業前に「会社駐車場ポールを下げる」とか「掃除(中も外も)」とかも新入社員仕事でした。もちろんサービス出社です。

中小企業と言えども、地元大企業地元のよしみで仕事をくれるため、売上はそこそこ安定しているようで、小さいながらも自社ビルを建てることができました。

ビル管理会社を入れる規模ではないため、メンテナンス新入社員仕事になったわけですね。4時にポールを上げて6時にポールを下げるその行為に何か意味があるのか、私には理解できませんケド。

私は同期入社がいて、なぜかみんな1年では辞めなかったので、週交代にすることでかなり負担を軽減できてマシでした。

多くの世代では「自分以外みんな辞めた」という状況になるため、サービス出社の頻度が高くて大変そうです。

1人辞めると連鎖反応でドドッと辞めますよね。全員辞めて絶命する世代がいないのはわりと不思議です。

私は毎日出退社時刻を分単位ノートメモし、特に帰社時には親へ「今から帰る」とメールすることでデジタル証拠も残し、辞める時は全部請求するんだと同期と話をしていました。

同期はこれにより私を「ヤバい奴」と認識したらしいのですが、法的・権利的には、私は正しいことをしていると思います

こんな会社をなぜすぐに辞めなかったのか。結局、時間と金ですね。

大学には奨学金を借りて行ったので、すぐに仕事を辞めてしまうと本当にお金に困ってしまうわけです。買いたいものも多かったですし、せめて1年は耐えて少し貯金を作ってからと思っていました。

あと、これだけの時間サービス残業していると、新しく就職活動する時間がないというのもあります。仮に時間があったとしても「もう就活はやりたくない」というのもありました。

一般的によく言われる「3年は続けろ」は、あまり気にしていませんでした。

「すぐ辞めると、すぐ逃げると思われる。3年頑張ることで、逃げる奴ではないと評価される」と言えば、たしかにその通りかもしれません。

でも「さっさと見切りつけて辞めろよ、貴重な時間を3年も捨てるな」というのも、やっぱりその通りです。人によって考え方が変わります面接官がどう思うかなんて、運ですよ。

さてさて。

1年は耐えようと言いつつ、3年以上も勤めました。具体的に何年かはあえて割愛します。

それだけの期間なぜ続けることができたかというと、会社仕事をくれる大企業に「客先常駐」で出向となったのです。

日本中小IT企業あるあるの、合法的人身売買ですね。そろそろ辞めて転職活動するかなと思っていたところで出向を命じられ、その出向していた期間が丸3年です。

その大企業の人はとても優しく、楽しく働くことができました。

また自分で言うのもなんですが、私は有能な人材だと思います。その大企業内でとても重宝してもらえ、少しではあります経営戦略の手伝いなどもさせて頂き、配属部署には、転職して社員にならないかとの声もかけて貰えました。

が、人事部が「取引からの引き抜きはダメ」「どうしてもするなら会社許可を得ること」と言ってしまいました。

一応、ダメ元で社長許可を得ようとしてみましたが、ボーナスが劇的に減らされました。

これにより転職の決心がつき、転職エージェント登録し、転職活動。結果、超大企業転職しました。東証一部上場企業には、その中にも格付けとして、Topix Core30とかLarge70とかの指標があるみたいですが、そのあたりです。相当な規模の会社に入ることができました。

新卒時では、学歴フィルターで落ちていたと思います。そして私の社会人としての経歴は、大企業へ常駐してやっていたことが全てなので、この出向がなければ大企業へ入ることはできなかったでしょう。

そう考えると、出向を命じた前の会社のおかげとも言え、少し感謝もしています

この感謝気持ちがなければ、社名を出していました。

ブラックエピソードに戻りますか。

とは言っても、異常を極めた新人研修を耐えた後は、実業務のプロジェクトに参加し、そこからは極めて普通ブラックIT企業です。

ひたすら設計と開発で、毎日22~23時には帰ることができました(残業代はありません)。

が、頭おかし新人研修を乗り切ってしまったせいで、この時間苦痛と感じなくなっていました。

苦痛と感じなくなったと言っても、これがブラック労働であるという自覚はあったので、労働基準監督署にタレコミを入れました。

その結果、労基の監査が来たのですが、強制力がある監査ではなかったらしく、社長が追い返しました

「労基の監査がありましたが、問題なしという結果になりました」という感じの社内報があり、目玉飛び出るかと思いました。確かに、追い返したか問題ありではないな!

それ以降、残業をつけるなという命令が厳しくなったようです。書類上は定時退社がより徹底された感じでしょうか。

他にも、座っている時間が長すぎて重度の慢性前立腺炎になり、金玉まで炎症が広がり、早退して病院へ行き、早退した分給料引かれたりと、地味なクソエソードはあります

毎日ずっとサービス残業してるのに、所定労働時間に足りない分給料を減らすって、お前脳髄液でもお漏らししてんのかと思いましたね。

またブラック企業あるあるの、週休完全二日制です。

祝日があると週休3日になってしまうので、土曜を出社日とし、そこを会社指定有給とするという制度です。法律上従業員自分指定できる有給を5日残せば、それ以外は会社側が指定して使わせることができます

これによって1年頑張って有給を残しても、次の年の土曜への充当で有給を使わせて、5日以下の場合法律対応で増やす、つまり有給が年5日な上に、残しても溜まらない」という感じでした。

2年目の時、頑張って残した有給蒸発していることに気づいて総務部に乗り込んだら「使い切らなかったお前が悪い」という回答を得ました。

世の中のブラック企業ってこれですからね。ブラック企業実態を知らない政府が「有給年5日以上使用義務化!働き方革命!」とか言ってますが、現実これですからね。

あ、一応、勤続年数1年ごとに有給支給日数が1日増えるので、年間有給支給日数が、年間祝日数より5日以上多くなれば、そのオーバー分が溜まるようになります

辞めるかな~と思っていたら前述の出向で3年も社外にいたので、その間のトンデモブラックエピソードはなかったりします。そのため、一気に直近のエピソードに移りたいと思います

この会社には、全社員出席の忘年会があります

2018年末の忘年会では、直前になって社長が「バンドを聞きたい」と言い始めました。忘年会の2週間くらい前だったらしいです。

慌てて社内でギターやらドラムやらを扱える人を探し、忘年会の会場に許可を取ったりと、幹事は非常に大変な思いをしながら準備したそうです。

社内だけでは足りなかったため、外からバンドメンバーの知人にヘルプに来てもらったりしたのですが、忘年会には席がないため、演奏時以外、隅っこでぼ~っと座っている姿を見かけました。しかも、楽器類も全てを自分たちで持っているわけではないので、レンタルのものがあったらしいのですが、会社お金を出しておらず、自腹のようです。扱いが酷すぎますね。

それでもバンドはなかなかいい感じに盛り上がりました。

私は音楽のことはあまりからないのですが、素直に楽しめるバンドだったと思います

選曲も、社長の年齢を考慮した内容でした。

社長もこれには満足でしょう。

社長「うるさい」

忘年会の後、幹事社長に呼び出され、激しく叱られていました。

社長が求めていたものが何だったのかは不明です。

バンド要求し、そのバンドにうるさいとクレームを入れる人間は、相当なレアモノ、希少種だと思います

また年明け、バンドに参加した社員の一部は会社を辞めていました。

まり理不尽さにキレて辞めたのか、社長が辞めさせたのか、もともと辞める予定だったかは分かりません。流石に、辞める予定だったと信じたいです。

私は年明けに「辞めます」と会社に連絡(客先常駐ですから電話で)。

法律では退職日の2週間以上前で、一般論では1ヶ月以上前マナーでしょうか。

私は2月末の退職を年明け連絡ですから、ほぼ2ヶ月ですね。十分にマナーを弁えた連絡でしょう。が、「就業規則では何日前連絡か知ってるのか?」という言葉が向こうから出てきました。

私は入社からこの日のためにずっと労働基準法を調べまくって来ました。退職絡みの労働基準法は全て覚えました。

そのため「就業規則なんて知らないが、法律は2週間前なので、十分に余裕がある連絡です」と言ったところ、「法律なんて知るか、就業規則は~」でした。

こんな反論になっていないセリフを堂々と、しかも怒鳴って出すことができるその知能レベルには辟易しますね。法律は「知らなかった」では通用しない世界なので、ぜひ覚えておいて頂きたいところです。

まぁ、転職先がもう決まっているため、これは辞めるという確定事項に基づく事務手続きです。辞めようと思っている相談ではありません。

知識がなくても、この状態ならば「辞めます」の一点張り突破は誰でも余裕でしょう。



3月ももう終わりが近づき、4月から新しい人生を歩む人がたくさんいます

私のようなブラックIT企業に入ってしまった人は、「3年耐える」と「すぐ辞める」で悩むことになるでしょう。

どちらも同じくらいのメリットデメリットがありますブラック企業に入ってしまった、人生終わりだと絶望することなく、自社の分析をし、どちらが良いか考えましょう。まだ巻き返せます。いえ、うまくやれば、新卒時には考えられなかったルートへ進むことだってできますソースは私。

私のように耐えるのであれば、その耐えている期間で、転職先に売り込む武器となる経験スキルを身につける必要があります

何もせずただ時間が過ぎるのを待つだけでは、人生の貴重な時間ブラック企業養分として捧げるだけです。

何も身についていないまま歳を食ってしまったら、企業新卒を取ります

この企業で耐えても時間のムダだと思ったならば、すぐに辞めましょう。

即辞めて2年目の新卒として活動すれば、リセット可能です。

少子化により人手不足が叫ばれる世の中、新卒と2年目新卒とでは、差はありません。

ちょっと浪人したり留年したりすれば、年齢なんて同じですから

前職をすぐに辞めた理由をうまく説明できれば、むしろ判断力に優れた人材であると思わせることもできるでしょう。

大学生ときにどれだけ友達を作れたか人生難易度が決まる

大学生やってるやつは、社会に出るまでにたくさん友達作っておいたほうがいいぞ。

なぜなら、人生難易度を決めるのは当人の実力でもなんでもないからだ。それは友達の数だ。

おれは中身で勝負するんだって周りに壁を作っているやつがはっきり言って一番危ないからな。

大学生ときはピンと来ないかもしれないが、社会人になってある程度経ってから友達同士のなぁなぁな関係がすごい武器になる。

いろんな会社に散らばった友達コネクションとしてかなり効いてくるんだよ。

仕事をもらうのも頼むのも、他人同士だとシビア審査しだすけど、友達ならここがめちゃくちゃ緩くなる。そして、これはピンチときほど効いてくる。

例えば転職するときでも友達コネを使えばかなり容易になる。「転職考えているんだ」って言ったら「うちにくる?」と言われるし、メッセンジャーのやりとりだけで完結したりする。

フリーランスになって仕事しかったら友達に頼んだら一発だ。友達がいろんな会社にいればいるほど、それがクライアントになる。

かにも優秀な友達がいて、そいつ起業したとする、で○年○月に上場を目指しているんだってなったら、その会社に参加して一財産築くチャンスも降ってくる。

今はSNSの発達でますます友達かどうかで参入障壁を下げる効果がある。とにかく友達を増やしておけ。困ったときに助けてくれるのは顔を見知った友達だ。

VTuberファンとしての窮屈さ

唐突であるが、月ノ美兎というバーチャルアイドルを知っているだろうか。

美兎ちゃんはすごい。すごいのである天才

先日ついにアマガミの実況配信が終了したが、全話通して死ぬほど面白かった。VTuber生放送をする方達の中では正直一番面白いと思う。

唐突ダッチワイフのお店に行った話をしだすし、涼宮ハルヒ圧縮かいワードがいきなり飛んでくるぐらいカオスである

そんな彼女の魅力はなかなか言語化しづらいけど、中でもすごいところはインターネット老人会の皆さまのハートを鷲掴みにする力である

僕を含め、彼女動画を好む人たちはある程度インターネットを熟知しているんじゃないだろうか。

中学校時代おもしろフラッシュ倉庫に夢中になり、それ以降ニコニコ動画を見るようになり、オンラインゲームにハマったり、vipなどで日々くだらないスレを立てたり。

そんな人間が多いように感じる。そして現在大学生なり社会人になり、過去楽しいインターネッツとはおさらしかけている。

そこでその懐かしき記憶を思い出させてくれるのが美兎ちゃんである彼女は僕たちが忘れていたようなことも簡単言語化する。先の涼宮ハルヒ圧縮とか。

このタイプの魅力は彼女コラボしていたARuFaさんや、ダ・ヴィンチ・恐山さんのようなインターネット界のスターたちと同じタイプである(匿名ラジオマジで面白いのでみんな聴こう)。彼らのような面白さに女性VTuberという意外性の要素が加わったのだから、もはや無敵としか思えない。

美兎ちゃんの魅力はここまでとして、それぐらい僕はVTuberが好きだし、もちろん他のVTuberも好きである

ただ最近、窮屈に感じていることがある。それはツイッターを中心とした周囲のファンたちの環境である。美兎ちゃんのような人気VTuberたちには熱狂的なファンがいる。そして彼らはコミュニティ形成し、VTuber界を盛り上げるために尽力している。一方で、自分コミュニティ内で人と絡むのは苦手なタイプである。同じVTuberファン同士なので彼らと相互フォローはするし、ときどきリプライを送りあう程度には社交性はある。しかVTuber界隈はみんな優しい。しかしながらそれ以降の、オフ会のような一線を超えたような繋がりを持つ気にはなれない。そこまでして馴れ合っても時間無駄のように感じてしまう。

けどそのような気持ちがあるはずなのに、ツイッターで、リアルイベントオフ会をしている写真タイムラインに流れてくると、なんだか自分は置いていかれたような気持ちになる。そしてなんだか不安気持ちになる。いっそツイッターをしなければいいじゃんとは思うが、大抵のVTuberは前提としてツイッターを多用するので、結局見てしまう。

この考えは間違っているということは自覚している。コンテンツ主体VTuber本人であり、ファンとの交流ではない。

これは他のコンテンツももちろん当てはまる。音楽アーティスト熱狂的なファンを見てもそう思う。ライブに行くと、最前列のあたりの人たちはみんなすごいのだ。そして「自分は彼らのようにはなれない。熱中できないんだ。」という気持ちに謎の悔しさを覚える。グッズを全部揃えたり、遠征するつもりもない。自分中途半端さに若干ムズムズする。

そういう人間的な弱さを認めた上で、最近は無理に交流することを諦めた。一線から退いた気分であるツイート数は減り、気になったときだけいいねしたり、リプライを送るようになった。生放送を無理して追うことも諦めた。まして時間が被っている複数配信を同時視聴する(複窓)ことなど論外であるアーカイブも倍速で見たりすることが頻繁になった。ニコニコの切り抜き動画にはすごい助けられている。

こんな風にテキトーに見るようにするとかなり気持ちが楽になった。所詮娯楽なのだから暇な時に見ればいい、全てのアーカイブを見て配信を追うことが正義ではない。熱狂的なファンコミュニティでは目立つだけで、大抵はサイレントマジョリティー的なファンばっかなのである熱狂的になれないことを悔やむことはない。

結局のところ、自分にとってはいい感じにバランスをとって界隈と接触することが、好きで尊敬しているVTuberさんたちを安定して応援でき、それが結局自分幸せに繋がっているのである

余談

月ノ美兎ファンとして有名だった杉ノ美兎さんもツイッターから離れていたが、先日ツイートをしていたので安心した。

この春、浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

一回くらい彼女欲しい

こち大学生24歳、金なし、恋愛経験なし、時間はまぁまぁある。

まれてこの方彼女というものが出来たことがない。それ以前に、異性とまともに話した事もない。

元々、コミュ障気味だけど、過去の事もあって異性はよりコミュ障になる。

理系で周りには男ばっかりなので、何もしなくて出来るとか、コミュ障改善するとかいう事はない。


そんな事にかまけてるなら論文の一つでも読めと言う天の声も聞こえて来そうだけど、どうにかできないだろうか。

2019-03-23

海外学生をしている

ランキングなんてなんの信憑性もないとはいえ、一応世界ランクtop100に入ってはい

が、普通にサボりまくってクズ大学生生活を送っている

なんだか未来が見えない。親に申し訳ない気持ちと罪悪感で一層現実逃避に励んでしまうという悪循環

こんなだったら高校卒業してすぐにお水の世界にでも入れば親孝行してあげられたのになと思って後悔したりもするけれど、お酒弱いし胸はないしでそれもたぶん無理だっただろう

どうしよう

2019-03-22

社会不適合限界夢女はオタク彼氏三次)を両立できるのか

はてな投稿

多分私の友人知人の範囲に私の複雑な心境を真剣問題と受け止めてくれる人はいないだろう。(正確に言えばひとりだけいたがそのひとりが今問題人物であるから相談するわけにもいかない)

しかしこの広いネットの海なら共感批判どちらかはさておき真剣問題理解してくれる誰かがいるのではないだろうかと思い投稿してみることにした。

半年ほど前に小学生の頃から10年位1キャラの夢女をし続けてきた大学生(私)(19)に三次(同級生)の彼氏ができた。

優しくて情緒不安定世間から見たら奇妙な言動が多いらしい私に寛容、すぐ疑いがちな私でも不安なく穏やかに過ごせるくらいの愛情をくれて友人も多く優秀で、運動部、異性からアプローチもそこそこ受けてきたらしいどうして私と付き合っているのかよくわからない所謂ハイスペック。私が長年夢女子をしていることもよく知っていて理解を示してくれている。

出会いというか付き合うに至る経緯は彼が私のオタク活動や夢活動に対する愚痴をひたすら聞いてくれていたことだと思う。

私は基本無関心故に温厚にみられがちだが自分の関心のある分野に関しては日に数回単位でキレるタイプの心の狭い面倒くさいオタクだ。

しかし夢女子としてネット上で活動する際には(人によってスタンスは違うだろうが私の場合自分キャラカップリング推してくれる人(所謂固定)を獲得したかたか炎上絶対に避けたかったしスタンスの合わない夢女子にも媚び売りというと大げさかもしれないが♡を送ったりリプを送ったりしていた。(彼は人気が高かったから気を抜くと他担夢女子の彼の固定がわたしでなくなってしまう)

そんな生活をしていると推し推し作品は好きでも正直ネット上での活動は基本楽しくないどころかストレスが溜まる一方だった。しかネット上に吐き出すと万一のことがあった際に面倒であるため私は界隈と無関係かつ文字に残らない状態愚痴が言える場所を求めた。しかしそこでは基本的二次元ガチ恋をすることそのもの理解が得られず愚痴を吐き出しても消化不良になりがちだった。そしてそもそも根が面倒くさい性格をした、推し以外への関心が薄く人間関係を築いてもすぐ壊したくなり、休日は家に引きこもりたい連絡無粋には(一般には理解が得難い)愚痴をひたすら聞いてくれるような友人はいなかった。(

しかし彼はずっと話を聞いてくれるうえにそこに(多分)理解を示してくれていたため界隈で嫌なことがあっても話せば気持ちが落ち着いた。そしてまた何かあると愚痴っていた。(最低)

そのうちほかの話もするようになって気が付いたら彼氏になっていた。

ただ、あれから半年ほど経っても未だにこのまま付き合っていてもいいのだろうかという思いが拭えない。

正直長い間ずっと夢見た二次の彼は今でも誰よりもかっこいいと思う。尊敬できるところもたくさんある。恋愛感情ほとんどなくなった(と信じたい)が元々推し恋人関係であることが苦手?で恋人というより崇める(しか恋愛感情はある)オタクだったため推し、執着、尊敬…etx諸々の感情は以前ほどでないにしろ界隈でオタクとみなされるには十分すぎるほど残っている。一番彼に熱を上げていた頃ほどほかの誰かに愛情を注げるかはまだわからない。しかし今は全力を注ぐことはできていない。

どちらにも全力を注ぎきれない宙ぶらりんのまま付き合っていてもいいのだろうかと思ってしまう。

そもそも私が一番理解できなかった夢女子は「彼氏旦那、(好きな人)がいる夢女」と「複数夢女」だった。(あと「二次元ならありのまま自分を受け入れてくれる♡」とかいう夢女も理解できないが今回の話とは特に関係ないので割愛

愛(狂気?)を注いでも注いでも無反応(ブラインド商法のグッズで推しを引いたりはするけど)で、フィアンセと言いながらも結局自称であるから常に不安が付きまとって、そもそも会えなくて、話したことがないどころか見たこともないといえばない。そんな不安定な中でもほかに目移りしないで浮気しないでアプローチも断って、一途に推しの夢女をしていたらもしかしたらいつか…って思ったりもしていた。

少なくともその過程で心や脳が蝕まれて可笑しくなって、そのうち幻覚かなにかで会えるんじゃないかくらいには思っていたし、だからいっそ自分自分の脳の働きを正常じゃなくそうみたいなこともちょっとしたりしていた。それに彼がいるのに次元違いとはいえ他がいるというのは彼が二次元存在であることを自分自身が認めてしまことなのではないかとも思っていた。二次元浮気し放題とかいう奴らは大嫌いだった。

からそれをしていた上記の夢女達は私には理解不能だった。

しかし今私はまさにその一番理解できない夢女になった。

そして三次の彼に対してもこんな不良品なうえに中途半端な私と付き合っている時間から早く解放していい人を見つけたほうがいいんじゃないかって思う。

上記のように悩むことはあるとはいえ毎日不安定で泣いたりキレたりしつづけていたころに比べると私の精神状態は断然良い。

付き合う前にいろいろいっていたことや私の顔に出やすから想像するに恐らく彼はある程度上記のことも察しているだろうし(おそらくその上で)

私を逃したら私のような子と付き合うどころか知りあいになることさえできないだろうからいつまでも待っている、みたいなことも言ってくれている。

初めて見た種類の人間らしい。彼に限らずよく言われる。

(確かにいかいかはさておき珍種ではあるよね… いや珍しいだけで特にそれ以外に価値はないけどね?しか恋人に珍しさ要る??)

でも別れたいかと言われると個人的には別れたくない。

そもそもこの良すぎる彼氏に対してもこんなに悶々とする程度には彼氏ができるということに抵抗があったタイプ(僻みでも強がりでもなく恋人がほしいという感情理解できなかった)にも関わらず一緒にいたいと思ったから付き合うという申し出を受け入れたわけだから正直に言えば相当好き。

ただ未だに推しを見るとなんだか罪悪感が湧いて複雑な気持ちになったりもするし彼に対しても罪悪感が湧くときはある。

でも長年ずっと大好きだった推しはいつまでも大好き。

から本当は(恋愛感情で)彼氏が好きで、罪悪感なく楽しい気持ち推しに対してオタ活したい。

推しオタクは一生やめたくないしやめられない。ただ見るたびに沸く罪悪感がなくなってほしい。

我儘だとは思うけど、推しを見たときの罪悪感、なくならないかなあ。

推しを見ているのは楽しいけどね、ふとした時に罪悪感が頭をよぎったりするよね。

それに今がしあわせだけど私のキャパは決まっているか推し人生を全振りできないのはすこし淋しいよね。

人生全部賭けて推します!!!みたいな若くて熱のあったオタクだったころが懐かしいくなったりもする。

夢女としてではなく一オタクとしてならまた(以前ほどとはいかなくても)オタクできるんじゃないかなあと思ったりもするし解決したい。

anond:20190322140635

ここって現役の大学生も読んでるんだな

もうとっくにおじさんおばさんしかいないのかと思ってた

一回ヤらせて

そいつは毎回、飲み会の後半あたりになると決まってこう言う。

増田っち、一回目ヤらせてよ。」

彼とは高校時代、2年生の1年間だけ同じクラスだった。

私は所謂スクールカーストでいうと中の下のあたりと自覚していたし、特別男子と仲が良い女子とは言えない方だった。

かといって男が苦手という訳ではないから、話しかけられれば話すし、仲良くなった人とはそれなりに話していた。

彼は割とお調子者で、クラスの中では男子の中心で騒いでいるような、そんなタイプ

正直、高校時代にそんなによく話をした記憶はない。

彼は、私が当時付き合っていた人と仲が良く、イジられやすかった彼氏をめちゃくちゃからかって、私までからかわれていた。

から私はむしろ彼のことが少し苦手だった。



卒業して、お酒が飲めるようになった頃から定期的に飲む仲になった。

きっかけは多分クラス会。

もう記憶曖昧だけれど。

向こうから連絡が来て、私の予定が合えば飲みに行くというのが定番の流れ。

大抵もうひとり、同じクラスにいた男の子も一緒。

飲んで話すのは毎回たわいも無い事で、たいして記憶にも残らないようなことばかり。

もう大人になった私たちは、それぞれに彼女彼氏がいて、貯金がどうだ、家賃がこうだ、残業がああだ、セックスレスがそうだ、この前のデートがどうだの。

そんな話をしてダラダラと過ごす時間が私は結構気に入っている。

ほとんどの話は記憶に残らないけれど、いつか聞いてすこしびっくりしたことがある。

彼は私を、クラスが一緒になる前から知っていたというのだ。

私は目立つ彼のことを認識していたけれど、中の下のグループで静かに学生生活を送っていた私をなぜ彼は知っていたのだろうと思う。

「乳でかくね?ってなってたからね。増田っち何カップなの?D?E?」

彼はそう言って笑っていた。

うるさいよと笑いながら、サイズを伝えた私も私だなと思う

そんな私も去年の春に結婚した。

ちょうど婚約した頃にいつものように飲みに誘われて、結婚することを伝えた。

彼にも大学生の頃から7年くらい付き合っている彼女がいた。

俺もそろそろかな、なんて話をして。

その日以降、1年ほど連絡がなかった。

珍しいな、とおもいながらも、既婚者の女というのはそう簡単に男と飲みに行くものでもないのだろうかと思ったりして。

そろそろ会いたいけれども私から連絡するのもなぁなんて考えていたら、ちょうど彼から連絡がきた。

いつものように飲んで、しょうもない話をして、高校時代恋人の噂話なんかもして。

そして彼も今年の6月入籍するらしい。

なんとなく、もうこの会は開かれなくなるのかなぁと、そんな気がした。

そして二軒目でまたいつものやりとりが始まった。

「じゃあ増田っち、とりあえず一回ヤらせてよ」

始まったよ、バカだなほんとに。と私は笑う

「え、まじでじゃあ、どうやったらヤってくれんの?」

出会うところからやり直しだわ

なんて。

もちろんその気は私には無いし、向こうもきっとただの冗談だろうと思う。

その日もいつもと同じ、タクシーに乗り込むまで定期的にその台詞が飛んでくる。

もうひとりの男友達

「お前、ほんと増田っちのこと好きだな。」

それを聞いて、酔っ払って足元もおぼつかない彼は、優しい顔で言った。

「そう。だいすき。おれね、増田っちのことだいすきなんだよね。」

一度も意識したことなんてなかったのに、深夜3時、タクシーの列に向かいながらそんなことを言われて、初めて一回ヤっといても良かったかも、なんて、思ってしまった。

本当にヤりたいのかどうかもわからないし、ヤりたかったらそのくらいさらっと言うだろうし、好きだよな、と言われて返す言葉なんてそれくらいしか無いのもわかるのに。

過剰なくらい、私と当時の彼氏からかっていたのも

同じクラスになるよりも先に私のことを知っていたことも

クラスから頻繁に飲みに誘ってくれることも

まさか、なんて思ってしまった。

チョロいね

ああ次に飲みに行くときは、きっと1次会で帰ってこよう。

次は無いのかもしれないけれど。

2019-03-20

四流大学生の俺が学歴&教養コンプこじらせた結果

歴史小説を読み漁る

Wikipedia読みまくる

猟奇殺人事件解説サイトを読みまくる

太平洋戦争研究と称して右翼本を買い漁る

多分色々間違ってたんだろうな。

名大の連中と絡んでも露骨に見下されてたし。

あと奴ら一回のミスで頭パー扱いしてくんのな。吉本隆明かい評論家を知らないってわかった途端に「あ〜…」って顔して子供扱いしてきやがった。

さよなら 昔のゲーム仲間

コルムオンラインというMMORPGがあった。

このゲーム2013年サービス終了を迎えるわけなんだけれども、確か正式サービス後も無料だったため金無し高校生だった俺は睡眠時間も削って没頭した。

当然ギルド的なものがあって、最初は確かGM支援してくれるギルドでやってたのち、GMが次のギルドマッチングまでしてくれた。

まぁ、マッチング会みたいなのに人が集まりすぎて自分PCが落ちたんだけど。

でもプレイヤー名がいわゆる「†クラウド†」みたいなもん(記号+ゲームキャラ名+記号)だったから印象に残っている人が多かったみたいで、マッチング会が終わって入った後も3ギルドぐらいから声をかけられた。そのうちに1つのギルド所属することになった。

おっと、話の本題はここからだ。

 

当時のネトゲギルドってのは、FC2ジオシティーズギルドHPをもっているのが普通だった。

ゲーム外でのつながりをそのギルドHPの中にある掲示板でやってたわけだ。今だと、DiscordTwitter簡単にやり取りできるからすげーよな。

まぁその入ったギルドもあった。ジオシティーズで。

ここで、もうどういうことか察してくれると思うが、3/31でジオシティーズが終わるということは、昔のゲーム仲間とのつながりが消えるということである

高校3年間と大学2年まではこのコルムというゲーム馬鹿みたいにプレイした。

しかし、気がつくと、大学生活が忙しくなり、ログイン頻度は減り、社会人になって何年か後にコルムが終了し、昔を懐かしんでジオシティーズHPをみるとまだ掲示板が生き残っていたので、「久しぶり」と書き込んで返信がつくのを待った。

そしてそれから5年ほど立つわけだが、返信はなく、ジオシティーズは終わろうとしている。掲示板ジオシティーズじゃないので生きるだろうが、そのHP以外からリンクされてないだろうからアクセスは困難になるだろう。

 

Twitterやっていないか探ったりしたが、どうも微妙だ。

5年という歳月HNを変えてしまう人も少なくはない。

事実自分は「†クラウド†」みたいなのだったのが「okashi」みたいなHNになっている。どう考えても「†クラウド†」と「okashi」は結びつかない。

微かな期間だけど、HPの終わりを見守ろうと思う。

掲示板の返信を待ちながら。

anond:20190320021857

ブスなことが悪いんじゃなくて高卒コンビニ勤務がやばいと思う。普通大学生だったら絶対関わりたくない。顔もそこそこ頭も性格もいい子なんてごまんといるのに。

童貞バリ島風俗に行って素人童貞になった

自分スペック

20歳大学生(男)

童貞

女性との交際経験なし

人生告白した回数3回、振られた回数3回


典型的非モテ男。

春休みを利用して友達バリ島旅行に行ったときお話です。


バリ島は海のアクティティだけでなく、綺麗なサンセット景色寺院などの観光地もある有名なリゾート地日本人向けバリ島格安で案内してくれている現地人を友人づてに紹介してもらった僕たちは、バリ島旅行順風満帆に楽しんでいた。

海でのシュノーケリングや街の観光も一息ついた3日目の夜、案内人(現地人だけど日本語喋れる)が僕たち一行に誘いかけてきた。

「疲れてるだろうし、ヌルヌルマッサージも紹介できるから興味あるなら俺のよく行くとこに連れてくよ」

ヌ、ヌルヌルマッサージ...?

なんなのだそれは。興味がわかないわけがなかった。

詳しく話を聞くと、日本でいうソープのようなサービスが受けられるお店があるらしい。

僕は後悔したくなかった。



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内人に車で送迎してもらい、お店に到着した。

結局来ることになったのは僕一人だ。友達たちはホテルで僕の背中を見送ってくれた。

夜も深まっていてあたりは薄暗い。異国の地の夜に1人で風俗店に入るのは少し怖かった。

お店に入ると受付のおばちゃんがこのお店のサービスについて説明してくれた。僕はそんなに英語が得意じゃなく緊張していたこともあり、単語を拾って聞き入れるので精一杯だった。

とりあえず『ジギジギ』(バリで「セックス」を表す意の単語らしい)はしっかり聞き取ることができたので『ok, Yes, Yes』と頷いていた。


半分くらいしか理解できなかった説明タイムが終わると女の子を選ぶことになった。

隣の部屋から続々とインドネシア人女性たちが出てくる。人数にして15~20人くらいはいたと思う。

とにかく緊張していて心臓がドキドキしていたし、選ぶ基準もよくわかっていなかったので、一番若そうで明るそうな女の子を選んだ(可愛かった)。


女の子を選び終わると、料金を払い(日本円で90分9000円くらい)僕とその女の子2人で個室へ移動した。部屋は予想していたよりも清潔で少しだけ安心した。

個室に入ると鍵を掛けられて密室状態になった。どうやら個室の中にあるシャワーを浴びてからプレイは開始されるようだ。


女の子から『服を脱いで』と言われたので言われるがままに服を脱いだ。シャワーを浴びるんだろうなと思って文字通り全裸待機してたんだけど、妙にシャワーの準備に時間がかかっていた。どうしたものかと思って様子を伺っていると、シャワーのお湯の出し方がわからずに困っているようだった。

(え?そんなことあるおかしくない??)と思って見ていると、なんだか彼女もひどく緊張している様子だった。すると、彼女はこう言った。


『今回がはじめてなの』


...?えっ...? first time??

一瞬理解が追いつかなかった。僕が思考を重ねているうちに彼女深呼吸をしていた。しかしそれでもシャワーからお湯が出ることはなく、生ぬるいというか少し冷たい水で体を洗い流された。


彼女自身自分で体を洗うとタオルを巻いて出てきた。ベッドにうつ伏せになるように言われたのでうつ伏せになった。すぐにオイル?ローション?を使ったマッサージが始まった。

僕も、ぼったくられないようにと思って一応事前にネットサービスの内容について下調べしてあったので30分マッサージ60分プレイというイメージを持っていた。

マッサージ技術には正直そこまで期待していなかったが、たったの5分で終わってしまった。

うつ伏せの体勢から顔だけ振り返ると、彼女ポーチから何かを取り出していた。

コンドームだ。


仰向けになってと言われて仰向けになった。彼女も体に巻いていたタオルを恥ずかしがりながら外していた。その間にも彼女は何度も深呼吸をしていて本当に緊張している様子が伺えた。僕の拙い英語力で『Are you OK?』と声をかけた。伝わったかからなかったけど、彼女気持ちを切り替えて頑張ってくれているように見えた。


言葉は通じなくても彼女が頑張っているのは伝わってきた。なのに、緊張のせいか僕のイチモツはまだ全然元気じゃなかった。

それでも彼女コンドーム開封して装着しようとしてくるので僕も事をスムーズに運ぶためになんとか股間意識を集中した。

タマを触ってくれたりしたおかげで半勃ちくらいになり、なんとかゴムが装着された。


次に、彼女ゴムを被った僕のイチモツを口でくわえた。とても苦そうだった。実際彼女も苦そうな顔をしていたので心配になった。そうだ、忘れちゃいけないけど彼女は今回がfirst timeお仕事なのだ。僕は彼女に辛い思いとか苦しい思いをできるだけしてほしくないと思った。

そうこう考えているうちに彼女はイチモツから手を離し、僕の上にまたがった。


え?もう?

だってまだシャワーを浴びてから15分も経っていないよ。僕は曖昧になりながらその光景をただ眺めていた。


挿入された。何も感じなかった。下手したら自慰の方が良いんじゃないかというレベルだった。そのまま彼女騎乗位で腰を振った。

気のせいか、さっきよりも彼女の表情もほぐれている気がして、そのままキスをした。

彼女一生懸命腰を動かしてくれているんだけど、どうも僕は気持ちよくなかった。このままじゃ中折れしちゃうんじゃ...?と思った途端不安になってきた。

相手は初めての仕事で緊張しているのにその上、客に中折れなんてされたら仕事以前に女性としての自信を失ってしまわないだろうか?


絶対に負けちゃいけない。

そう思って僕は膝を立てて自分から腰を振った。

このときからだんだん気持ちよさが分かるようになってきた。しばらくこのままの体勢で続けた。

彼女も途中から吹っ切れたのかわからないけどめちゃくちゃキスをしてきて舌を絡ませてきた。そのまま向こうの方から強く抱きしめてきて、僕はこれが初めての経験だったか比較できなくてわからないけど、セックスが盛り上がってきている気がした。キスをしながら腰を振り続けているうちにお互いに汗ばんで来て、騎乗位も飽きたので正常位に変えた。

正常位のほうが体を動かしやすく、相手の顔もしっかり見えてよかったし気持ちよかった。

体位を変えてから5分ちょいくらいで僕が果てた。


行為が終わった後は水を飲みながらつたない英語コミュニケーションをした。会話と言えるようなレベルのものはなかったと思う。でも、行為をする前のお互いの緊張した表情は完全に消えていた。キスマークを付けられたり、インドネシア電子タバコのようなものの煙の吸い方を教わったりした。正直行為そのものよりも、このときコミュニケーションタイムのほうが楽しかった気さえする。

最後シャワーを浴びてお別れをした。

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本当に満足の行く風俗初体験だったと思う。唯一後悔したことといえば彼女チップをあげ忘れたことか。

ただセックスして終わり、ではなくその後のコミュニケーションの大切さもわかった気がする。

肉体的な気持ちよさ以上に、行為を通してコミュニケーションを取るのが気持ちが通じ合っている感じがしてとても楽しかった。


まさかバリ島でこんな成長を味わえるとは思わなかった。所詮素人童貞なわけだけど、今は少しだけ自身が持てるような気がします。


ありがとう

anond:20190319153621

1「自分の中に毒を持て」岡本太郎

言ってしまえば自己啓発本なんだけど、迷ったときは困難なほうを選ぶなど強烈な生き方掲示されていて読みながらドキドキして心拍数の上がる本。ただ僕は岡本太郎のようには生きられなかった。

2「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか増田俊也

木村政彦力道山だけでなく柔道を中心とした近代格闘技史がよくまとめられていて、そのへんに興味があるならうってつけ。なぜブラジル寝技中心の柔道が残ったのかとか。連載時から読んでいて、外伝も買ったが、連載時にのっていた弱った動物園の象を治療のために大学に連れてきて、結果治療が失敗しましたので埋葬しときました、と言って食べちゃった話は酷すぎたのかさすがに削除されていた。

3「異国トーキョー漂流記」高野秀行

高野氏はアヘン栽培調査しようと現地の村に1年滞在して、自分アヘン中毒なっちゃうとか、かなりおかし作家なんだけど、東京に住む外国人交流という氏の中でもっと普通テーマで書いたこの本をベストにあげたい。異国で暮らす外国人視点に考えさせられたり、素直に感動させられたりする。移民外国人実習生などの問題もあるなか広く読まれてほしい。

4「LOVE理論水野愛也

賛否両論あるが、普通の人がドラマ純愛みたいな恋愛を真似するとキモいってことをわからせてくれる本。恋愛において後悔先に立たずなので早く読んどいたほうが良い、と大学生の自分に言いたい。

5「肉食の思想ヨーロッパ精神の再発見」鯖田 豊之

食文化史というのに興味があって何冊か読んでいるが、その中でも名著。食文化地域差は結局気候によるのだが、そのへんが極めて論理的説明されている。他にも「人とミルクの一万年」なんかも面白かった。

2019-03-19

何者にもなれない自分

こんな時間SNSはよくないな…

TLを見れば、アメリカ大学留学してバリバリ活躍して日本帰国します!みたいなブログ書いてるスーパーマン自分じゃよくわからないコードの話をバリバリ話すエンジニア若いのにめちゃくちゃ技術ある大学生、等、自分よりも優れた人ばかりに見える。

なんとか、自分も追いつこうと資格勉強始めてみたものの、相変わらず特になんの実力もつかないような仕事に追われてなかなか捗らず。

けれど、外資からTL人たちより給料は高いかもしれない、なんて無意味マウントを一人でとってみたり。

何が幸せで、何になりたいんだろう、自分は。

anond:20190319103357

ひなびた山奥の旅館に二泊ぐらいしておいしいご飯食べたい。

増田を書いた私は、居てもたってもいられなくなり、その次の週に実際山奥の旅館を訪れた。

宿泊客は私と、東北から来たという老夫婦卒業旅行できた男子大学生グループだった。

あなたがこの増田を見つけたとき、私はすでに死んでいるでしょう。

今この増田を読んでいるあなたにお願いがあります

どうか真実を突き止めてください。私に代わって犯人を捕まえてください。

それだけが私の望みです。

APEXにはまって塾に来なくなった君へ

高校なんて行かない。だから塾も行かない。中学2年生の君はそう言って、塾に来なくなった。

塾の先生が困っているみたいのなので、なにかアドバイスのようなものを書いてみようと思う。

そういえば自分塾講師アルバイトをしていたんだ。

親御さんとは話せたけど、本人とは話せていないみたいだから

まあもしもその子が塾に来てくれたらどんな話をするかなと。

とりあえず説教するのはやめておこう。ゲームするな、勉強しろって言ってもどうせ聞かないでしょ。

このままじゃ高校受験が手遅れになるよとか、脅すのもよくないかな。

ネガティブアプローチおすすめしないし、好みじゃない。まあとりあえず本人の話を聞いてみよう。

でもさ、よく話を聞くっていうけどさ、先生が偉そうにさ、ほら話せって言ってもさ、なんか話したくないよね。警察尋問じゃないんだから

それが人の話を聞く態度ですかって逆に言い返したくなるよね。まずさ話せる雰囲気をつくろうよ。

とりあえず腹減ってない?なんか食う?喉乾いてない?なんか飲む?

近所の公園さ、桜咲いたからさ、ちょっと歩こうぜ。

夜桜だけどさ、ちょっと散歩しようぜ。

最近どうよ。塾こねーじゃん。とかいきなり本題に入るのも早いかな。

まだまだ心のシャッター降りてるはず。

最近先生友達から誘われてPUBGを始めたんだよね。

ゲームなんて10年ぶりだよ。最近やってたのはポケモンGOぐらいだよ。

歳とるとゲームやる元気もないのよ、仕事終わって家帰っても。ゲーム動画見てるほうが楽だね。

でPUBGは最初は死にまくり面白くないんだけど、誘ってくれた人がいろいろ教えてくれてさ。

だんだ勝てるようになってさ、初めてドン勝ちできたときは嬉しかったな。

最近バイオハザードゾンビモードとかあってまじでムズイのよ。

あと、橋封鎖して検問してる。あ、おじさん話長いね

APEXも面白いらしいじゃん。

動画見たけど、個別スキルみたいなのがあって戦略的面白そうだよね。

どんな感じなのよ。キャラ何使ってるの?なんでそれ選んだの?

ってところからなんでAPEX始めたのか、なんではまってるのか聞いてみよう。

かに夢中になれるって、人生においてそんなにないからね。

で、人がゲームにはまる理由というかモチベーションが何かあるはず。

ひとまずマズロー欲求段階説が思いついたよ。

生理的欲は親の保護があるから満たされているかな。

塾に通わせる事ができるぐらいにはお金あるみたいだし。

食事とか睡眠とか排泄とかできてるか、まずはそこから

あ、うんこ漏らしてない?

次が安全欲求だ。

もしも両親から暴力を受けてるとか、両親が喧嘩してて家の中めちゃくちゃとか

安心して眠れない状況があるなら、ゲーム世界に逃げるのも悪くない。

夜の街を出歩くよりは、ゲーム世界のほうが安全かもしれない。

マンガアニメゲーム現実を忘れさせてくれる素晴らしいモノだ。

現実と戦えって言われるかもだけど、待つとか逃げるっていう戦略全然悪くない。

もしも君がそんな状況なら、君からゲームを取り上げるのは良くない気がする。

君のいる世界絶望的で、ゲーム世界希望であるならば、

今を生きのびるためにゲームをしてもいいと思う。

いつか大人世界の嵐が落ち着くのを待とう。

もしも何かアクションできるなら勇気を出して動こう。

できることがない、もしくは動かないほうがいいと思うなら、ゲームをやってじっと待とう。

受験勉強どころじゃないんだろ。

おじさんも仕事がうまく行っていないとき

家に帰ってから一人でひたすら桃鉄っていうゲームをやっていたよ。

最強クラスコンピューター3人相手100年期間で全物件制覇とかしてたよ。

桃太郎ランド買ったときには大人になったなあと思ったよ。

あ、おじさん話長いね

塾の先生はそれとなく家庭の状況を聞いてみるかなあ。

家のどこで勉強してるのとか。家族の仲とか。

解決できることは手を出せばいいし、

手に負えなければ専門家派遣しよう。

さてお次は社会欲求、愛の欲求かいうやつだ。

から愛されてるかいもしかして毒親っぽい?

成績良くないとクソ扱い?無償の愛ではなく条件付きの愛?

兄弟姉妹はいる?めっちゃ区別されてるなーとか思うところあるかい

って直接聞いても本人知らねーよなあ。で、変えられないよなぁ。

無条件で家族の一員として認められてると感じられないとかなりつらいもんがある。

もつるむ友達がいればまだなんとか踏みとどまれる。

部活はやってる?塾の友達はいる?もしかして孤独

家族の愛が厳しい場合は、この友達関係所属欲求の基盤になる。

たとえそれが不良グループであっても。孤独よりはマシだと思うよね。

いわゆる居場所ってやつだ。

生きていくのに自分の居場所食べ物安全の次に大切ってことだ。

で、この友達グループもうまくいかない場合がある。

みんな苦労すると思うけどスクールカースト的な。

女子グループとか大変そうだよね。

おじさんはあんまり友達付き合いが上手くなくて、孤独を感じることはよくあった。

中学修学旅行の班はクラスであまった3人だったぜ。

自分は一匹狼だと思ってたけど、ただのつまんないやつだったぜ。

けれど家族比較的いい人だったから救われたかな。

親がアウトドアな人で、週末はとにかくどこかに連れて行ってもらった。

夏はキャンプで、冬はスキーみたいな。

学校がつらくても週末があるから頑張れるみたいな。

こどもが学校でつらい思いしてる場合、親御さんは週末にどっか連れて行ってあげたらいいと思うの。

旅行しよう。家から出てどっか行くだけでこどもの幸福度ってすごい上がると思う。

で、所属欲求の話にもどるけど。

家庭が地獄友達もできん、そんな場合は、依存的な恋愛に向かう人もいるよね。

同性の友達いないけど恋人いるかハッピーみたいな。

でも結構危うくて、恋人がいなくなったら世界の終わりみたいになっちゃう。

すんごい束縛するか、ちょっとでもフラれそうになったら次を見つけて切れないようにするとか。

この所属欲求が満たされてて自立した人同士の恋愛はまあ安定してるけど、

満たされていない自立してない人同士の恋愛共依存になるよね。

所属欲求といえば、野球とかサッカー特定のチームの熱狂的なファンもこれに入りそうだよね。

場所の一つだと思う。これは話が長くなりそうだから広げない。

家庭が地獄友達ダメ恋人とかありえない、不良グループとか無理。

アニメマンガ世界しか自分の居場所が無いって、まあよくあるよね。

で、君はそれがゲームだったのかもしれない。

最近オンラインゲームは居場所になりうると思う。

もしかしてチームとかに入っている?いっつも一緒にプレイする廃人がいる?

社会人や大学生と一緒にプレイしている?まったり雑談とかしてる?

君がゲームにはまる要因が、所属欲求でAPEXがそれを満たしているのであれば

それはそれで居場所がみつかってよかったと思う。

現実世界と折り合いをつけながら心の居場所にすればいい。

学校や家庭がつらくても、APEXに帰ればいつもの仲間と最高の体験が待っている。

もしもここで君からゲームを取り上げたら、せっかく居心地のいい居場所がなくなってしまうよね。

それは君の人生においてつらいだろう。

急に家族と連絡取れない状況になったらつらい。こどもに会えないとかつらい。

受験終わるまで友達と話せないとかつらい。しか自分だけとか。

家族恋人友達関係といった居場所食べ物と見の安全の次に必要ものから

ゲーム世界の居場所も同じように尊重してあげるべきだ。

先生どうしましょ。もしその子にとって本当にAPEXしか場所がないのであれば、

ゲーム以外の現実世界に居場所を作ってみるのはどうでしょう

塾は家でも学校でもない第3のスペースだから、こどもにとってのスタバになれないかな。

親でも学校先生でもない数少ない大人に会える場所から

あと、eスポーツ塾っていうの始めちゃうか。

ゲーム依存は、やる時間コントロール出来ないのが問題かと。

家ではゲーム禁止ゲームするのは塾だけって決めるの。

そうすればこどもの場所にもなるし、ゲームできるし、

親はゲーム時間制限できるから安心だし、先生はきっと儲かるし。

権利関係は難しそうだけど、地域サッカーチームみたいに

地域ゲームチームがあってもいいと思うんだよね。

eスポーツJリーグの発展を真似しよう。

さて、君はどうするか。APEXが重要な居場所だというのはよくわかった。

まあでも高校という居場所も悪くないよ。

いやな先生とか気に入らない先輩とかいるかも知れないけど、

まあ少しは楽しいやつに出会えるかもしれない。

高校に行かずにAPEXを自分の居場所とするのも悪くないかもだけど、

場所が一つしか無いというのは実は不安定なんだ。

さっきの恋愛依存みたいな感じでさ。

APEXがチートだらけで過疎ったり、よく遊ぶメンバー卒業しちゃったり。

必死過ぎてもう君についていけないというかもしれない。

場所複数あったほうがいい。

え、家庭環境はいいし、友だちもいるし、恋人もいるし、リア充だけど。

先生何言ってるの?

ならば次の段階、承認欲求に話を進めよう。

夜遅いので、続きは明日書く。

2019-03-18

医療系ならお金持ちになって最高だろ

たまに増田大学生どもが色々書き込むけど、医者になれば人生安泰だっつーの。

非正規雇用しか働けない俺のような奴と違って

お金がたくさんだろうし家も買えるだろうし、その上社会的立場も手に入るんだから何も心配なんてねーだろ

アホなのか

2019-03-17

女の人生いちばん美しいとき

ニキビお化けのような見た目になったのは16歳のとき

何をやっても、何を買っても、どこで診てもらっても対処療法しかならず、治ったと思ったら数十個単位で再発するの繰り返し。ニキビ治療だけで恐らく100万円近く使っていると思う。

ニキビが出来すぎてニキビ同士の境目がなくなり、顔全体が赤紫色に変色したこともあった。私は女子校に進学したこともあってか、この異常な顔でいじめられることは無かったが、「増田さんは何かの薬を飲んでいて、その副作用で顔がボコボコになっている」と影で言われているのを聞いたことはあった。

大学生になっても私はボコボコの顔で、

周りの女の子アイシャドウリップに夢中になり、髪の毛もボブにしたり巻いたり色々していたが、ニキビですっかり卑屈になっていた私は超ロングヘアで顔の側面を覆い隠し、コンシーラーを顔中に塗りたくることに躍起になった。

どれだけ目元や唇をメイクしても、大量のニキビの方にみんな目がいってしまうだろう。だからやっても意味がない。

あんた顔のパーツは悪くないのに肌がね…」と、よく姉や母に言われた。苦しかった。服はスーパーの2階のワゴンセールのもので、おばさんみたいな服を着ていた。世界で1番ブサイクだと本気で思っていた。

そんな私だが、社会人になってから運良く心の優しい人に恵まれ(彼は全身アトピー持ちなので気持ちが分かるらしい)、一昨年彼と結婚した。私は今33歳になる。

この結婚で私の顔は大きく変わった。実家を出て数ヶ月すると、潮が引くようにニキビが一切出なくなった。調べてみると、ある食物アレルギーに知らない内になっていたらしくそれが原因のようだった。

最初は新しいニキビができないことが信じられなかった。また何かの弾みで大量に復活すると思い込み、薬も塗らずニキビが減っていく顔を不審に思って、皮膚科受診したりした。それから1年以上が経ち、ああ私は本当に「ニキビのない生活」を手に入れたんだと、最近ようやく実感するようになった。

かに今の、ニキビのない生活幸せだ。しかし、女が人生で最も美しいときである16歳から30歳までをあのグロテスクな顔で過ごしてしまたことを思うと、失ったものの大きさに落ち込むときがある。

私はかつてリズリサに憧れた。フリルいっぱいの花柄ワンピースや、ピンクの超ミニスカート、大きなリボンの付いたカチューシャ等、プリプリいかにも女の子らしいファッションブランド。ああいった服も着てみたかったし、もっと奇抜な格好もしてみたかった。

とはいえ、もし今私が着ると若作りになることは目に見えてるし今着たいかというと着る気にはならない。ただ、あの頃肌が綺麗だったら着てみたかった服は沢山、沢山ある。

今日勇気を出して百貨店コスメカウンターに行ってみた。「お客様目が大きいですね」「鼻筋がお綺麗ですね」「お顔が小さいですね」と褒めてもらえて、素直に嬉しかった。

でも、女の人生で1番美しいときは遠に過ぎ去ってしまっているわけで、1番美しいときに、目が大きくて、鼻筋が綺麗で、お顔が小さくありたかった。それを自覚した上でリズリサミニワンピースを着たかった。

ニキビだらけでボコボコの顔でも、精神に鞭打って可愛い格好をしていればこんな後悔はせずに済んだのだろうか。

自分がこんなに美醜に囚われていたなんて知らなかった。

謝辞・ニキビについて書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20190322121335

KKOキモくて金のないおっさんになった俺

まあ題名の通りである

挫折したり、そこから立ち上がってなんだかんだやってるうちにおっさんになってしまった。

補助金とか奨学金とかうまく使って大学生をやってるが、

要は借金が増えてるわけでどうしようもない。

恋愛とかしたい気持ちもまだ残っているのだが、

時間金も無いおっさんの俺ではどうしようもないので

恋愛とかそこら辺をすべて諦めて生活している。

  

キモくて金のないおっさんから女性には必要最低限のことしかしかけない。

俺みたいな人間に話しかけられても迷惑に違いないし。

でも事務的にどうしても必要な時はほんとごめんなさいね

あと、この前スーパーモンゴル人にその食用油を買ったらいいか聞かれてわからなくて困ったとき

どの食用油がいいか教えてくださった女性には感謝感謝です。

  

キモくて金のないおっさんから女性にはできるだけ近づかない。

たまたま帰り道に同じ方向に歩いてる女性がいたら、コンビニかなんかに入ってちょっと時間をずらす。

それと、飲食店では女性の隣にならないように気を付けてる。

行きつけの定食屋女性が滅多にいないか座席に座りやすくて楽。

  

キモくて金のないおっさんから女性のことをできるだけ見ないようにしてる。

帽子が便利で、これを目深に被っておくと、視線が余計なところに行かないからよい。

  

キモくて金のないおっさんから二次元コンテンツで心を慰めてる。

二次元けが心の支え。本物を得られない俺にとっては疑似こそが全て。

二次元コンテンツ規制しようとする流れもあるけど、ほんとそれだけはやめて。

俺みたいなキモくて金のないおっさん過酷恋愛市場にでてきたら、多くの女性にとって迷惑でしょ?

  

数年前は「誰にも忘れ去られて消えたいな」と思いながら毎日過ごしてたけど、この生活に慣れてからは随分と楽になった。寂しさとかそういうのを飼いならすのが得意になったというか。

とはいえ、こんな文章をわざわざ書いているということは、心に蓋をして先送りしてるだけかもしれない。

  

キモくて金のないおっさんになった俺の末路はどうなるのか。

明るい未来がないなりに、それなりに生きていけたらまた何か書くかもしれない。

anond:20190316112313

うちの大学にも夜間があって俺は昼間も夜間も受けたことがある。そして昼間の方に進学し、今は卒業を控えている4年だ。

俺は一浪とき全然勉強しなくてどこにも受からなかったから仕方なく夜間を受けたんだがそれも受からなくて二浪することになった。さすがに二浪ときはそこそこ勉強たか一浪とき夜間で落ちた大学に昼間で入学することができた。

大学に入ってから夜間の同年代の方とも話す機会があったけど全員が昼間に対して引け目とか対抗心とかそういうのを持っているみたいだったよ(全員と言っても俺が話したことのある同年代の夜間主の人は3人だけだが)

日が落ちた大学で俺が帰路を歩いているときに今から授業に向かうと思われる夜間の人達とすれ違うと、一浪ときもし夜間で受かっててそのまま進学したら人生どうなってたんだろうなと考えることがあった。履歴書に夜間と書く必要はないか就職で不利になることはない、昼間の学生と同じ水準の講義を受けることができるから学業面では変わらない、って事実を理性ではいくら理解していてもきっと心の奥にはなにか引っかかるものが残ったんだろうなと思う。

増田最初から夜間部への進学も想定して大学受験に臨んだのなら別だけど、もし俺のように昼間の大学への進学しか考えてなかったのに受験がうまく行かなくて急遽追加募集夜間部を受けたりしたなら余計にちょっと考え込んでしまう瞬間もあるだろうなと思う。というかいろいろ考えた末の日記が元記事なんだろう。

でも事実だけを考えてみると、夜間でも新たな出会いとか充実した経験を得られるチャンスは昼間と全く変わらないだけあるんだと思う。周りから評価も昼間と変わらないと思うし実際自分が夜間の人と出会ったときも夜間の人なんだ~以外の感情はなかった気がする。というかどういう感情だったか思い出せないくらいどうでもいいことだったと思う。

っていうのは綺麗事すぎるか。夜間なんだ…って思われることは多少あるかもしれない。でもそれって自分が楽しければ十分カバーできない?

から昼間主に進学したかったけど夜間主に進学することになった学生デメリット自分の心の奥のちょっとした引っかかりだけなんだと思う。逆に人によってはそれが一番解決することの難しい問題であり、それを解決するには充実した大学生活を送る以外の方法はないんじゃないだろうか。

親に迷惑をかけまくって二浪させてもらって昼間の大学に進学してヘラヘラ過ごしてきた俺に言われるのはムカつくかもしれないけど、四年間耐え忍ぶって発想はすこしもったいないんじゃないかと思った。だってそういう自分心持ち以外には夜間のデメリットってなくない?普通に昼間主に進学するのと同じ志でいればいいと思う(たぶんそれが一番難しいんだけど)

四年間楽しい大学生活だといいね。俺は入学から卒業まで一貫して劣等生で努力もしなかったことをやや後悔してるからぜひ勉強を頑張ってください。昼間も夜間も人生の中でどれだけ充実した四年間を送れるかは自分にかかってるのは同じだよ。

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