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はてなキーワード: 大学生とは

2018-07-22

大学生バイトするな,フリーランスに成れ

私は地方大学に通っている。

ここらの最低賃金は800円ほどで、そこらの飲食店はまだしもWeb系の企業すら時給800円学生を雇う。

私も時給800円PHPを書いてきた1人だった。

そんなある夏、東京企業インターンに行けることになった。交通費は全額出たし、初めて時給が1000円を優に越えた。

時給800円PHP書いてるんすよ〜」と冗談交じりに言ったら、真剣な顔で「それはおかしい」と言われた。

今なら分かる。

そもそも常に同じスピードコードを書けないのだから、達成した仕事量でお金が出るべきなのだ

そんなわけで、そのバイト先を辞め、色々やった後フリーランスモドキになった。

ネット上に転がっている案件をやって、報酬を得る。

時間やるだけで、前までの1ヶ月の働き分と同じ額を稼げた。

大学生よ、バイトするな、フリーランスに成れ。

飲食店で皿なんか洗うな、コードを書け。

2018-07-21

anond:20180721211546

人生最高の映画だった、あと3回は見に行く」とか書いてた大学生いたな

2018-07-20

ポンコツ俺が父親になり、クズ野郎になった日

どうでもいいことだが、俺はまさにポンコツ

20代ももう後半に差し掛かっているがニート

母子家庭発達障害勉強もできず高校中退

なんと言っても笑えるのが、顔の表情筋をうまく動かせない病気があるということだ

顔の片側だけが奇妙に動かせないというか、引くつく感じで知らない人から見たらすごく怖い人に見えるだろう

こづかいのために週2ほどのバイトをしていることと、コンビニ以外ではほとんど外に出ない

そんなこんなで、本当にクソみたいな初期ステータスを持って生まれた俺はポンコツ以外の何者でもないだろう

身体は置いといても、本当にポンコツなのはこの性格

何もなしえず、何もやる気がしない。ズルズルと時を過ごし努力すらしない

俺の性格ポンコツゴミクズなのだ

とりあえずそれは頭に入れておいてくれ

とにかく、俺はそんなふうに無為無策に過ごした

ウィスキーが好きなので一日中ウィスキーを飲みながらSwitchゲームをしていた

ある対戦ゲームを遊んでいたとき

やたらプレイの波長が合うプレイヤーが居た

相手もそれを感じ取ったようで、俺達は毎日のように2人で協力プレイをした

そのゲームコミュニケーションが命取りなので、LINE通話しながらしたほうが勝率がいい

そういったゲームには慣れていたので今更人と電話口で話すことには緊張しなかった

彼は20代の前半の大学生で、よく喋る人だった

俺は自身ニートであることを自虐ネタにし、受けをとっていたので笑いは絶えなかった。普通にしかった

やがて彼がこのゲームをやるコミュニティーを作り出した

当然俺もそこに入り、一緒にコミュニティの一員になった

気付けばそのゲーム流行りも過ぎ始めていたが、その頃になって俺たちのコミュニティはかなりの規模になっていた

彼がリーダー、俺が副リーダー。みたいな感じになっていたと思う

現実でやることと言ったらバイトぐらいしかないので、このゲームの副リーダーというのは俺にとったらちょうどいい責任感だった

やめたければやめればいいという感覚が俺のゴミクズ根性によく合っていたのである

そういったコミュニティにつきものなのは恋愛問題だろう。以外にも、糞ニートの俺がそれを起こしたのだった

そのコミュニティにふらりと加入してきた女性がいた

女性メンバーは割と珍しくないが、俺は彼女ツイッターを見て驚愕した

虐待。薬。リスカ自殺未遂男性依存……

こんな世界があるものなのか、と。俺は極力彼女に注意を向け、優しくした

やがて彼女個人的通話するようになった

周りのメンバー達は俺に「ヤれよ」と茶化したが、当然俺とそのつもりだった

これでも女性経験がないわけじゃない。これは千載一遇のチャンスだ。遊んでやろう、そして捨ててやろう

こんなことを思って彼女に近づいた

例えば、俺が今から過去に戻ってもそう思っただろう。何度だって同じことをしただろう。俺はそういう人間なんだ

彼女は俺に心を開いた。クソッタレ父親虐待されている。死にたいけど死ねない。そうか、そうか……

同情した。俺は理解するフリをして彼女に会うことになっま

あとは火を見るより明らかだろう。彼女妊娠し、絶望した。俺に助けを求めた

しかし俺がしたことコミュニティを脱退し、関係者の連絡先をすべて断って消えることだった

勘違いしてほしくないのは、これについては俺も悩んだ。やるべきじゃないと思った。

しかし、俺にそんな責任は取れないんだよ、無理なんだよ。無理

から逃げた

それだけ。オチもクソもない。Twitterをこっそり見たら一番最初リーダーの彼が、彼女を励ましていた。中絶したらしい

それを見て俺は何も思わなかった。コンビニバイトへ行くだけだ

から、とりあえず謝ったほうがいいんだよな?ごめん、美香

ごめん。ごめんな。でも、ムリだよ俺には

1人で背負うのもムリだ。だからこれをここに書いておく

美大生」は美人大学生じゃないぞとあれほど言ったのに

なんで毎回「美大生」の文字を見るたびに「おっ」と思ってしまうんだ俺の馬鹿ッ!

anond:20180720163856

何もできないのは大学生も同じ

障害者位置から安心して働ける社会を作るのに協力しない人権無視差別主義者は今すぐ北朝鮮にいけ

我が家がバズっていたので

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/feature/1014

寮生は情報発信が苦手だから、誤解されがちなことや誤解じゃないことについて勝手に書いてくよ

そこまで深く運営に携わってるわけじゃないか勘違いや誤りがあるかもしれないけど、自分理解してる範囲無責任に書いてくよ

匿名掲示板SNSなんかで寮に関わる都市伝説的な話がまことしやかに語られるのは遠巻きに見てる分には愉快だけど

ブコメを見て思い込みベースバッシングされるのはなんか悲しいなーっと思ったので

ボンボン道楽貧乏暮らししてんの

部分的にはyes

明らかに裕福そうな家の人もいるにはいるし、寮に来なくても暮らしていけそうな人で言えば多分結構いるし自分もそう

はいえ素知らぬ顔で一緒に暮らしながら、仲良くなって家庭環境を知ってみると結構壮絶で

授業料免除と寮暮らしアルバイトでどうにか通ってるような人も一人二人とは言えないくらいには知ってるから

あくまで印象だけど、学生全体の平均と比べてみても割合的にはやっぱ低所得層の家の人たちが多いんじゃないかなって

あと、アジアから留学生も多い

中○とか民○みたいな活動家巣窟なの/入寮したらオルグされるの

寮生は多分300人近くいるはずなので、一人一人の政治的信条について断言はできないけど

少なくとも自分が住んでる数年間の観測範囲では、そういう人達が寮内で大手を振って活動したり、運営に首を突っ込んでる姿は見たことない

というか今時、ああいう連中の妄言にまともに付き合う人っているんかな?(大学構内ではやたら元気に活動してるけど)

一方でマイノリティ権利なんかにセンシティブ人達はいたりはするけど、そういう人たちは勝手にやっててるし無理やり勧誘してくるようなことはないので...

入寮してから表には一切姿を見せず研究室と寮の往復しかしない院生なんかもざらにいるので、寮で付き合いを強制されることはそんなに多くないと言えるんじゃないか

上下関係ないって嘘でしょ

これはマジ

はいえそのこと自体強制されるわけでもないし(嘘か誠か昔は強制されてて、『敬語を使うんじゃねえ!』と先輩に殴られたとかいう笑えない話がある)

普通に上下関係を気にする人もいないことはないよ

自分なんかは入寮するまでの人生年功序列制を十分すぎるほど内面化していたし、人見知りなので入ったばっかの頃は同級生にすら敬語だったよ

いざ敬語を使わないのに慣れてみると年齢の感覚曖昧になって、干支ひとまわりくらい離れてるおっさんとも普通に友達になれるようになったし

立場の違いを必要以上に気にすることがなくなってフラットな人付き合いが出来るようになったよ

向き不向きはあると思うけど、自分にとってはこれが一番好きな部分かもしれない

もちろん、寮の外ではちゃん敬語を使っています

汚くて臭いんでしょ

ブコメの人は修正してたけど、多分臭いと思う

長いこと住んで感覚麻痺しててしまっている自分ですら、今のような湿度の高いじめめした季節には廊下の饐えた臭いが鼻につくし

実家に帰ると親類から臭いと言われるので...

汚さに関していえば共有スペースはともかく、個々の住人の部屋に関して言えば綺麗な人はどこのモデルハウスだってくらい綺麗なので千差万別

サブカル個性派気取り野郎の天下なの

写真で見ると不思議イカニモな感じに見えてしまうけど、変な人もいるにはいるが大半は普通大学生なので

当たり前にサブカルに興味ある人もいれば、そうじゃない人も多い

寮にサブカル的な価値見出したり、挙句自分いかに変わっているかアピールし出すのはむしろ訪問者側の人たちに多い印象かな

というのも良くも悪くも、住人にとっては寮はまず第一に家であるし、一緒に暮らす住人に自身の特異性を必要以上にアピールしたって遅かれ早かれ化けの皮がはがれるだけなので...


気が向いたら増やす

永遠の19歳とか言ってた

大学生とき、十代じゃなくなった事が悲しかったのと、ちょうど永遠の17歳教とかが流行ってたのもあって、「永遠の19歳だ!」とか言っていた

勿論冗談だし、ヲタク友達に対しては完全につまらない声優パクリネタギャグとして言っていたし、

そもそも永遠の◯歳自体そんな珍しい表現でもないし、年齢が話題に出た時くらいしか言ってなかったので、頻繁に言っていた訳でもなかった

心だけはいつまでも19歳とも言っていた気がする。それくらい適当だったって事

でも、あるとき知り合いの男の子が何故か私に対して急にガチギレして、私の普段の態度や行動について長文でお怒り説教メールが送られてきた時、

人格否定は嫌われてるから仕方ないが、この「永遠の19歳」についても言及されていたのが、内容の中で妙に浮いていた

いわく、「永遠の19歳とか頭おかしい」「幼稚で精神性を疑う」「現実を受け入れられなくて哀れ」とかなんとか

私が心から自分の事を永遠の19歳と信じて疑っていない、と思っている様子だった

当時自分も21、22歳位だから、19歳じゃなくなる事で成人したという実感がわかないという部分も確かにあったし、

そもそも冗談だし、てかそんなに言われる程めちゃめちゃ強調反復して言ってないし

そんなマジレスされても「十代の頃の気持ちを忘れずにいたい程度の話だしそもそも冗談なのでそんな事言われても…」ってなったけど

彼は本当に信じてたんだろうか…

の子がその冗談を本気に受け取っている事がその謎説教メールの中で一番恐怖だった

2018-07-19

大学1年生

第一志望に落ち、第二志望に通ってる大学生。あまり頭のよろしくないところ(偏差値50はかろうじてあるが)。自分はどちらかというと陰キャなので、グループに入っていくことすら出来ていない。サークルも行けていない。バイト楽しい死ぬほど楽しい

はっきり言って大学辞めたいのである。本当は脚本家になりたかった。頭の中で自分は裏稼業をしていて、いきなり刺されたりする妄想をしている。世間はそれを厨二病と言い表すかも知れないが、自分はそれを映画にしたいのである

そのために何かしようと、AfterEffect等のソフトの使い方を憶えて、脚本も書きつつある。しかし、今気がついた。自分に一番足りないのは行動力だって。行動力さえあれば、ソフトの使い方を熟知した奴だって連れてこれるんだ。自分はそれに気付くこともなく、この半年のんべんだらりと過ごしたのだ。もうテストが始まる。ほとんどノート持ち込み可だ。多分単位は落とすことないだろう。でも、何かしたかった半年だった。

この何かしたいっていうのが、自分を苦しめているのはわかっている。バイト代をどうでも良いハウツー本技術書に費やして、ドツボにハマりつつある。他の大学生を見てみろ、食堂で大騒ぎして遊戯王してるやつもいるし、ひたすらソシャゲしてるやつもいる。自分だけ志が高いのが悪いのか。いや見下してはいない。自分も頭空っぽにして馬鹿騒ぎしたい。しかし、オタクグループにも陽キャグループにも属せない自分は宙に浮いている。

こんなグタグタした文章読ませて申し訳ない。もう終わる。何年かした後、この文を見て笑えてたらいいなぁ。

ホーリーランド

今読むとあん面白くないな

大学生くらいのときはそこそこ面白かった気がするけど

でも絵は確実に今よりうまい

今はなんか下手になってる

anond:20180719005721

リーマンショック崩壊後に新卒就活を迎えて、苦難に満ちた就活経験した俺達って、一体なんだろう?

後の世代がえり好みをして、えり好みする余裕さえなかった俺達って、何だろう?

本当に理不尽に怒り狂う

不況蔓延して、就活苦痛で、株価慢性的に低迷した俺達の世代

好況で、就活でえり好みして、株価回復した今の大学生って、何なんだろう?

2018-07-18

君っていつも抜けてるよね」

私はよく物忘れをしたり、物を落とすことをしてしまう。ドアや炊飯器のふたやクーラーボックスの蓋をよく閉め忘れる。会計の時に財布を忘れて店を出ようとしてしまう。また、物をうまく結べなかったりする時が多い。他の人と比べてすごく不器用な方だと思う。

その「くせ」がADHDという発達障害に起因するものだと大学生の時病院で診断されてから、ある程度受け入れる一方で、ああやっぱりそうだったんだな、と納得はいくけど「普通の人」ではなかったんだなと悲しい気持ちになった。

仲のいい友人たちもちょっと「抜けてる」人が多い。だから、みんな遅刻もよくするし忘れ物もよくする。でも、誰も怒らない世界から、そこでは気楽に過ごして皆ある程度のことは許されている。

ただ、それは月1だったり月2,3で会う友達からこそ「まあいっか」と許容できているんじゃないかと思う。

それが毎週のように会う恋人だった場合状況が変わってきてしまうのだと思う。

最初恋人は、私がそういった抜けている部分を見るのが許せなくて暴力暴言をたくさん振るってきた。机からコップを落として水をこぼしたら、10回ほどお腹を殴られた。その人の気に入らない「私のくせ」をつい出してしまうと、「お前はどうしていつもそうなんだ」と怒られた。最初は、そういったドジをして謝った時、頭を撫でながら慰めてくれた。でも、一向に直らない私の姿を見てイライラするようになったのか、上記の行動に走るようになってしまった。結局、我慢できなくなってこちから連絡を切って別れた。

2人目の人は、暴力は振らなかったけど、私の行動に対して最初から気になっていて、その人本来性格もあって「○○(私の名前)ちゃん、それヤバイよ。絶対直した方がいいから。」と逐一言ってきた。関わる期間も短かったかあんまり覚えてないけど、いきなりLINEで「お前はほんとそういうとこダメだな」と連投してくるのがとてもしんどかった思い出がある。

3人目の人だけは私がどんなドジをしても怒らなかった。その人も私と同じくらいADHD傾向のある人で、すごく寛容な人だった。「こんな私を受け入れてくれるなんてすごい」と思って感動してしまった覚えがある。それが嬉しくて、今までで一番長く付き合った。でも、その人はお金に対してすごく不器用で、段々と私に対してお金をせびるようになってきてしまった。「ああ、結婚したら私が稼いだお金もこの人の散財に使われちゃうのかな」と怖くなって別れてしまった。

今、好きな人はすごく優しくて、ちょっと変わっているけれど大事にしてくれて本当に好きだ。

でも、その人にもついに「そういった抜けてるところがすごく心配で、将来を一緒にやっていけるか不安から直して欲しい」と言われてしまった。

今まで好きになった人の中で一番魅力的で好きだと思えていた人だったから、最初そう言われたことがすごくショックだった。「この人も、1番目の人や2番目の人みたいになっていってしまうんだろうか」と怖くなってしまった。たとえ、そうならなかったとしても大好きな人無意識イライラさせてしまっていた事実がすごく辛かった。

正直、私に対して「直して欲しい」と言ってきた人は結果的に私に対して及んだ行為は酷かったとしても、その人の性格だけの問題ではないと思う。距離感の近い人間がそういった抜けた行動をしているのを何度も見ていると、ついイライラしてしまうのだと思う。そういった感情に左右されて相手非難する行為は「モラルハラスメント」だったとして、その感情を生まれること自体否定してはいけないと思う。

かに今までされてきたことは酷かったことは多いけど、そもそも私の「抜けてるところ」のせいでこうなってしまったと言えるんじゃないか。似たような出来事がここまで重なってくると、もし、私が抜けていなかったらもっと良好な関係が築けたんじゃないか、と思えてくる。

どう捉えるべきなのか正直よくわからないけれど、同じことを繰り返すのは怖いという気持ちでいっぱいになっていて、とにかくADHDに関する本を読んでみたり、発達障害を診てくれる病院にまた行ってみようという気持ちになっている。

引きこもり社会不適合者だったけど結婚すっぞオラ!

まだ立つことすらできなかった幼子の頃、母がうっかりハイハイしていた私に蹴躓いてグラタン落としてから、私の人生を変えてしまった。……と母は言うんだけど正直そんな幼い頃なんて人生変わるもなにもないやろ、と思うんですよ。

熱々のグラタンは運悪く私の顔(額と頬から顎にかけて)と足にかかって、私には一生付き合わざるを得ないやけど痕を負うことになってしまった。母はものすごく自分を責めた。「女の子なのに」「これのせいでこの子の一生に影を落としてしまった」「いじめられたりしたら」「結婚できなかったら」思いつめすぎて私を抱いて風呂場で死のうとしたこともあるらしい。父が必死に止めたので今私は生きている。

本来母はものすごく明るく陽気でいつも父を笑わせてくるような人だったらしいが、グラタン事件以来すっかり心配性で神経質気味になってしまった、と成人した日父と二人で飲んでたら教えてくれた。私から言わせれば母は今も結構陽気で面白い人なので、きっと昔はもっとキレッキレだったのだろう。もしくは、私の前ではそう振舞って父の前ではそういうヒステリックな感じになってしまったのかもしれない。

顔にやけどの跡を残した私には乗り越えなければならない壁がたくさんあった。小学生の時、最初不登校になった。ハリーポッターシリーズ流行って、額のやけど痕をからかわれまくり、耐えきれず登校拒否した。卒業式も出られなかった。母は仕事を辞め、文房具を組み立てる内職の仕事を得て私と一緒に過ごすようになった。それから教科書とちゃれんじのワークを毎日必ず午後にやる、という約束をさせた。お昼ご飯を食べ終わってから、15時のおやつまでが勉強時間だ。おかげで勉強はどうにかなった。

中学の時も、入学して半年不登校になった。クラス男子にやけどをからかわれたのがきっかけで、クラス全員が自分悪口を言っているような気がして登校拒否になった。小学校の時の同級生学校が被らないように引越ししたのに、結局だめだった。中学生になって初めて与えられた自分の部屋に引きこもり、ずっと地域図書館から借りてきた本を読んで過ごした。あとは母に裁縫料理を習った。母は半引きこもりの私に呆れもせず(でも内心はずっと自分を責めていたんだろう)一緒に図書館へ行ったり不器用な私に根気強くあれこれ教えてくれた。

中2の歳になると、「1日家にいるのだから家事を分担しましょう。働かざるもの食うべからず」というメモを私の部屋のドアに貼られた。猿がバナナを食べている絵が添えられていた。しぶしぶ「何したらいい」と聞いたら、ルーレットでその日の担当を決めよう!と言われハァ~?と思った。最初に私が担当した家事担当決めルーレット工作用紙で作ったことだ。

そして大きな転機が訪れたのは中2のクリスマス。外の世界を知らない娘のためにと両親がパソコンプレゼントしてくれた。私は当時図書館から借りて読んではまっていたハンターハンターについて調べ、あっという間にオタクへ転落した。ネット上ではたくさん友達ができた。裁縫が得意で好きだ、というとコスプレ衣装を作ってくれないか相談され、母に頼んで一緒に手芸店へ行ったこともあった。私がうまくできず苦戦していると、母は「ボンドでいいじゃん!」「そこはこういう風に裁断して縫い合わせたら?」とあれこれアドバイスしてくれ、一緒にヒソカ衣装を縫ってくれたのはよく覚えている。完成した衣装は今思うとひどいクオリティだったと思うが、ネットを通じて出会った当時大学生彼女はすごく喜んでくれたし、彼女ヒソカはびっくりするほどかっこよかった。彼女とは今もよくLINEで話すしたまに会いにも行く。

母の話ばかりだが、父も不登校の娘に一生懸命付き合ってくれたし、どうにか外に慣れさせたいと旅行にもよく連れ出してくれた。私はただ学校に行くのが嫌で、同級生に会うのが嫌だったので、遠方の旅行は割と行った。

両親が私のことで喧嘩しているのも何度か聞いたことがある。本当に申し訳なくて、一度学校へ復帰しようとしたけれど、通学路で吐いて倒れて、犬の散歩してたおばさんに救急車呼ばれてからは諦めたし、両親も涙ながらに「無理しなくていい」と言ってくれた。それに甘えてた私もダメだけど、でも救われていた。

中学の内申は皆無なので高校私立通信制へ行くことになったが、なかなかに面白い空間だったし当時はまっていたヘタリア意気投合した友人ができ、何とか楽しく通うことができた。それでも初日入学式中に吐いたけど。ただ、高校生にもなると割と精神成熟してわたしのやけどをからかったりヒソヒソ言う人はほとんどいなかった。

また、高校入学に合わせてまた引越しをしたので、同級生に会う心配もなく外を出歩けるようになったのも大きかった。この頃になると化粧も覚え始め、小学生の頃に比べれば薄くなってきたやけど痕をうまく隠したり誤魔化したりするようになってきたというのもある。コスプレデビューしたのもこの頃だ。母は相変わらず一緒にイギリス軍服縫うの手伝ってくれたし、フランス軍服ケープみたいなひらひらしたのも作ってくれた。

大学ものすごく悩んだが(行くか行かないかを)母が「絶対にいけ」と言って譲らないので、興味のあった史学科のある大学へ行った。のちに、私のこの顔では結婚できない可能性もある、女性一人自立して生きていけるようにと思って大学へ行かせたがったらしい。これも父に聞いた。いま思えば、母から受け継いだ家事スキルだったり、ネットPCを一通り使えるスキルというのは、将来私が頼る人がいなくなった時のことを考えてのことだったのだろう。父も母も実家は遠方にあるし、母に至ってはほぼ絶縁状態と聞く。引きこもりでも、社会になじめなくても、一人で生活して社会のことを知る術だけはどうにか叩き込もうとしてたんだろう。

でもお母さん、お父さんよ。

私は一人では生きていかないことになった。

伴侶が見つかったのだから

その人は私の大学サークル遺跡巡り)のOBで、大層優しい上にやけどの跡なんて全く気にしない。この顔だから式も写真もいやだ、という私のわがままを受け止めてくれた上、今やってる仕事にもすごく理解がある。家事はへたくそだけどそんなのは私がやるし教える。あの時の母のように。

そもそも、私にはヘタリア意気投合した高校の友人も、ネットで知り合ったたくさんの友人もいて、もう引きこもりでもなければ社会になじめない孤立した子供ではなくなったのだ。どれも両親のおかげだ。

からもうグラタンことなんか忘れてくれ。コスプレで知り合った友人らがウェディングドレスを作って送ってくれるらしいから式も写真も全部やるよ。最初籍だけ入れて何もしないって言った時、お母さんちょっと悲しげな顔をしたよね。多分顔の痣のせいで……って思ったよね、その通りなんだけどさ。でもこの顔の痕を克服するのが私ができる親孝行なんだろう、って、大切な友人らに気づかせてもらったんだよ。

あれからグラタンどころかホワイトソースまでトラウマになってしまったお母さん。でもお父さんはお母さんのグラタン大好物なんだって。これも成人した時教えてくれたよ。ねえもうそんなに自分のこと責めないで、どうか笑い話にしてしまって欲しい。またお父さんにグラタン作ってあげて欲しい。私はきちんと自立して、自分が興味を持って就きたいとおもった職業に就いて、最高のパートナー出会えて、たくさんの友人に恵まれた。だからもう大丈夫だよ。

anond:20180718132343

この前、大学生ぐらいの女の子うちわパタパタ仰いでたけど良い匂いしたな~。

からうちわ扇子は25までの女性のみ可、その他は厳禁ってことにすればOK

anond:20180718124925

その大学生がフルリモートかは知らんけど、ゼロから研修だとたとえOJT()を前提としたとしてもメンター役の負担がすっごいぞ。適性もあるし。

知っての通りフルリモートだと研修の進捗は基本悪いしな。

隣の席に呼ぶくらいの近距離じゃないとピンポンもメチャ遅くなるし、逆に、リモート環境チャットめっちゃ書き込むのは対応めんどいしウザいだろ。

そういう実績ありのプランがあるならともかく、結構きつそうだぞ…

(二週間様子見てダメそうならさよなら、って話ならそれでいいが)

anond:20180718120618

大学生アルバイトとかも雇ってるからその辺のイメージと同様のところからかな。

一回話をしてみないといろんな意味マッチするかはわからないけど、ちょうど人を探してはいたので。

anond:20180717173436

難病にもかかわらず就業したい学習したいという意欲素晴らしいですね。自分の病状も把握されておりヘルスリテラシーの高さまた文章の筆力も感じます

なかなか継続しての就業が難しいということですが医療福祉系での勤務はいかがでしょうか?皆様のアドバイスにあるように公共職業訓練所を卒業すれば慢性的人手不足なのでチャンスはありそうです。また皆さんヘルスリテラシーをお持ちなので普通職場よりは病状に配慮してくれるのではないでしょうか。

またお金はないが高校卒業はしたいということですが高卒認定試験はいかがでしょうか?意外と簡単らしいですよ。またお金ができれば中卒でも通信制大学入学できるようです。例えば、大学によっては大学入学資格認定コースがありますのでいきなり大学生です。

わたしも数回メンタルをやられたことがありお気持ち少なからずわかる気します。

道は無限にあるようですのでわたしも焦らずに諦めずに歩み続けたいです。

合掌

anond:20180718015124

わかったよ、阪神優勝でいいから、大学生は川にでも飛び込んでおいで。せっかくの夏休みだよー

anond:20180718013753

「意外とエロい声で鳴くんだな」なんて阿部牧郎昭和官能小説家な)みたいなセリフ

大学生が書くかねという思いと、いや、むしろイキった大学生いかにも書きそうだという思いと。

2018-07-17

大学図書館おっさんが行くこと

地域図書館がしょぼすぎて本が全然おいてないので、

近くの私立大学図書館を利用してみようと思うのだが。

なんか30のおっさん大学図書館に行くのがはばかられる。

部外者大学図書館使う人って多いのかな?

大学生的には学生じゃなさそうなおっさんがいたらどうなんだろう

インターネットフェミから足を洗った

痴漢性的嫌がらせに散々遭ってきた人生で、この不快感理由を求めてインターネットフェミの影響を受けてきたけれど、考え方が変わった。現在行われている差別性差別よりも資産差別のほうが強力で、深刻で、本質的だ。資産がない女性資産がある女性よりも性差別を受けやすい。資産がない男性男性であるからといって恩恵を受けてない。そう思うようになったのは会社で私が決裁権者になってからだ。高額商品の見込み客や、決裁権を持つ人間への態度は、とても丁寧なものだ。そして匿名の「女」としては相変わらず帰宅ラッシュ痴漢に遭う。なぜ女全般が軽んじられるかというと、職権の低い、力の弱い人間が多い傾向にあるからだ。

 

女性差別の深刻さには、明らかに地域差がある。肉体労働が主な産業で、男性のほうが明らかに稼げてきた歴史のある地域は、女性蔑視や男性による女性への暴力が多い。生糸など女性でも稼げる…というよりむしろ女性有利な産業があった地域では、DV率が低くかかあ天下の傾向がある。結局、金なのだ生活を支える金、食い扶持なのだ

 

私は私の人事評価をするポスト男性から嫌がらせを受けてきた。しかその男性は女性だけに嫌がらせをするのではなく、職位が下の男性にも似たようなことをしている。私が昇格してから私への侮辱は止んだ。よって、あれは性差別ではなかったことがわかった。ほとんどのハラスメントは男女問題というより「職権乱用」であって、日大監督が職をあっせんするから大学生は逆らえないという問題、職をあっせんしてやると言って薬を盛られて強姦された詩織さんの問題、それらのものと一緒のものであるという認識になった。虐待についても「親権乱用」と考えられる。

 

権限の乱用をどうしたら良いのだろう。アシスタントがついた上に、接待も受けるようになって、「これを浴び続けていたら人間絶対おかしくなる」と感じた。農家長男ハラッサーが多く見られるようだけど、相続において優位=母親から接待を受けて育ってきた歴史があるからだと思う。もてない男ばかりの集団チヤホヤされる紅一点も非常識要求をするようになっていくようだけど、これもワンチャン狙いの接待に育てられているのだと思う。そしていま一番深刻な接待が、雇ってもらうため・待遇改善してもらうため・商品を買ってもらうためといった、お金のため、生殺与奪を握る種類の接待であると思う。女性差別は、高賃金の職に就くことに繋がる高等教育を受ける機会や、決裁権のあるポストに就く機会を性別理由剥奪されていたというものであって、そうした差別が(特に首都圏大手で)じわじわ改善していっている今、差別本質として残るのが資産の偏りを使った、ブラック労働下請けの買い叩き、営業マン侮辱的な行為を強いるような暴力だと思う。男が強いんじゃない、女が強いんじゃない、資産の持ち主が強いんだよ。やりたい放題なんだよ。

2018-07-16

大学生事務に対する所感

大学教員です。大学事務ソエントリーに関して。

・私も学生の頃、大学事務クソと思ってました。

教員になってから思うこといくつか。校務の中で事務的な対応します。

毎日毎日、同じような質問学生が来る。しかもその内容はガイダンス説明し、さらに要領、手引き、資料等に書いてある。しかも冒頭部分に書いてある。

・ろくすっぽ読んでない。

・最悪なのは資料手続きを調べもせずに「分かりません」とくる学生達。

・こっちも対応が塩になる。

・気に入らないのか、逆ギレ

頼むからちゃんガイダンスに来て、私語せずにメモとってきちんと聞け。

また〆切りだけでなく、〆切りの1ヶ月前に、「日程確認」の予定を入れとけ。バイトシフト関係ガイダンス出席できませんが多過ぎ。

大学事務の苦悩も分かる。

毒親ではないと思っているけど、親子関係がつらい

母親しんどい

私は30歳、母親は70歳。そして一人っ子の私は今、母が一人で暮らす実家飛行機距離暮らしている。

前提として、私は実家に帰る気がある。母もそれは認識している。

実家には年に3,4回帰っているし、電話も度々する。

みんなは、合わない実親とのかかわりをどうやっているのか、どうやって気持ちに折り合いをつけているのか、とても気になるので投稿します。長いです。

しんどいこと① 過干渉自分の思い通りにならないと攻撃してくる

つい最近の例としては、婚約者との同棲を決めたことを事後報告したらとても不機嫌になられた。

「事前に何の話もなく自分たちで決めてきたことがとても悲しかった」そうだ。

悲しい、というだけならまだしも、それについてとてもネチネチ言われた。

しまいには「昔から全部自分で決めてしまって人(=母自身)の言うことを絶対に聞かなかった」と言われた。

「いや、そんなことはないでしょう」と反論しても「いいや、あんたは絶対に人の言うことを聞かなかったよ」と強く否定された。

一万歩譲ってそうだったとしても、私の人生一般的な水準からみて成功している部類なので、母がそれを今否定してくる意味が全く分からない。

自分の頑張りをすべて否定された気になり、非常につらいし涙が出てくる。

母の言う通りにしないで一番人生に大きな影響があったのは、大学編入を決めた時だった。

ストレートで入った大学は強く望んだ学校じゃなかったが、母の意見や家庭の金銭的な事情気持ちを押し殺して入学した。

結局精神的にダメになり、せっかくの授業もまともに受けられず、お金時間無駄、そして自分人生にとって良いことがないと判断したので

学費生活費は自費でも極力出すから実家を離れてしまうが別の大学編入させてくれと言った。

その時は非常に険悪な仲になったが、一年休学して勉強して志望校合格したとき母は半泣きで喜んでくれたのですごくうれしかった記憶がある。

周りの人に、「あの子は○○大学に受かった」とうれしそうに吹聴していた。

それなのに、こういう話をさっきのように「人の言うことを聞かない」と否定材料にしているのだとしたら、まともに話し合いをすることはできない人だなと感じて辛くなる。

しんどいこと② 自律心、自立心がない

とにかく、自分自身で何かを成し遂げたりすることが極端にできない。おまけにそれについて、「甘やかされて育ったから」「周りがみんなやってくれたから」と開き直る。

父が死んだとき、死亡手続きや諸々の手続きなど、すべて当時大学生だった私が行った。喪主は母だったが、「挨拶なんてできない」と言われたので私がやったし、火葬スイッチも私が押した。

参列してくれた人たちには少し驚かれたが、「母がこういうこと苦手ですし、私は平気なので」とフォローした。母の兄弟たちは母の性格を知っているので何も言ってこなかった。

父が残した遺産全然ないw)や、借金手続き相続等、必要書類の取り寄せ・行政書士とのやり取りもすべて私が遠方から行った。大学の授業やバイト掛け持ちと並行していて時間的に辛かったが、父の親族とそれで揉めて縁が切れたりしたことが一番精神的にきつかった。

こういう重い出来事以外でも、日常的に新しいことを始めたり改善する気概がまったくない。「習い事に行こうかな」「最近お客さんが減った(母は小さなお店をやっている)」などは十年以上言い続け、それを自分で実行・改善したことはない。

お店の客数については「チラシを配ったら?」「店を綺麗にすれば?」など優しく提案しているのだが、「そんなことやって今のお客さんが来なくなったら困る」「「お客さんが増えすぎても困る」などと言って何もしない。

母の妹などには「あんたのお母さんは本当に自分で何かをしようとしないね…」と言われた。昔からそうなんだろうと思う。

しんどいこと③ 平気で矛盾したことを言う、感情的

例えば「早く結婚しろ」「孫見せろ」というのに、私がこれまで恋人婚約者を紹介しても喜んでくれたことが一度もない。

おそらくいざとなると、「実家に帰ってこないかもしれない」という自分にとって辛い想像のほうが母の中で強くなるのだろう。

結婚して孫が見たい」のは私のためではなく全部自分のためなんだろうな、と思う。

これも機嫌が良いと相手のことを聞いてきたりするのに、そうじゃない時はあまり良くないことを言ったりする。

別れた人のことを「だからあの人はダメだって言ったでしょう」と得意げに言ったりもされた。

あと論理的な話し合いはまったくできないので、重要なことを決めるときに母の意見を仰がなくなる(大学のことや同棲ことなど)のは当然のことなのだが、その説明をしても最終的には何故か母が被害者になって終わるので説明はしなくなった。

同棲はまだ早い」と反対されたことがあるのだが、付き合ってどれくらいで早くなくなるのか聞いても答えてもらえなかったし、結婚しろって言われてる30歳の女であることを考えてもまったく早いとは思えない。

ちなみに今の彼氏ではない人と同棲を考えた時に母親の言う通り同棲をやめたことがあるので、①のような「人の話を絶対に聞かない」ことはない(結果的にこれはやめて良かったので感謝してる)。

そんな感じで、とにかく感情否定してくることが多い。

しんどいこと④ 被害者意識が強い

何が一番つらいかって、①②③に被害者意識の強さを乗っけてぶつけてくることだ。

一番顕著な例は、私が県外の大学に通い始めてから父が病気になったので、母は一人自宅で介護してくれていたときのこと。

これについて毎晩のように電話がかかってきて「お前は両親を捨てた」「介護が辛いか離婚したい」「結婚しなければよかった」と愚痴を話す。

介護が辛いものなのは理解しているつもりで、母にそれを任せる形になってしまたことは申し訳なかったが、将来のため進学しているのに「両親を捨てた」と言われたのは本当に驚いたし悲しかった。

いずれ実家に戻るから、とその時から言っていたのに、勉強を頑張っている最中でそんなことを言われるなんて思わなかった。頻繁に実家にも帰っていたのに…。

何で私が加害者になっているのだろう。そして、周囲に反対されても結婚を決めたのは他でもない自分じゃないか

から、「あんたとお父さんは頭が良いから私は何もできないかバカにされている気分になる」とグチグチ言われ、とても辛かった。物心いたこから勉強しろ死ぬほど言ってきたのはあなたじゃないですか。

「じゃあなんで努力しないの?」という疑問が湧くのだが、それができないから②の「自立心がない」人になったんだろう。

あとよくあるパターンは、体調が悪いときに「どうせ死んでもいいか病院には行かない」とアピールしてくることだ。

「こういう体調で一週間くらい寝ていない」「あんたのことを心配して寝ていない」など。とにかく自分がかわいそうらしい。本当に心配から病院に行け、と言っても「私なんてどうせ」としか言わない。

で、話を聞く限り結局病院に行ってることもあるのだが、大抵その報告はない。

総合すると「マジで母とウマが合わない」。

ハッキリ言ってしまうのも心が痛いのだが、母親じゃなければ絶対に付き合いたくないタイプ人間なのだ

他責志向被害者意識が強く、自分の都合のいいように記憶微妙改ざんし、同じテーマでもその時の気分で私に対する接し方や発言が異なる。

何よりも私が苦しんでいるのが、「愛情はとにかくたっぷり注いでもらったし、すごくかわいがられている自覚がある」ということだ。

母にはすごく感謝しているし、とても愛している。だからこそ実家に帰って面倒を見たいと思っているけど、うまくやっていける自信が年々なくなっていく。

母には長生きしてほしいし、孫の顔も見せてあげたいと思うけど、最近はふとした時に「長生きされたらつらいな…」と思ってしま自分がいて、それがめちゃくちゃ辛い。

これが毒親育ちの特徴だと言われたらぐうの音も出ないのだが、母はほんとうに優しくてお茶目で人に好かれるし、よく友人たちからもうらやましがられた。

それだけに、先述したような悩みを友人に打ち明けると「あんたのお母さん、意外なところがあるんだね…」と口をつぐまれることも良くあった。

70歳の人間に今さら人格を直してもらうことなんて不可能で酷なことだと思っているし、文字通り伝えても理解できず直せないことも分かっている。

たぶん、多くの人には「縁を切れ」とか「関りを薄くしろ」と言われるんだと思うけど、母を愛しているだけにそれができないのが苦しくてしょうがないのだ。

私のような葛藤を抱えている人ってたくさんいると思うんだけど、みんなはどうしているんだろう。

泣きながらこの増田を書いていて、私もしかしたら結構限界なのかな?と思っている。

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