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はてなキーワード: 勧善懲悪とは

2020-08-13

    2ちゃんねるは、日本列島に住む者で、自宅にパソコンを置いて遊んでいる種々雑多な精神状態を有する女子供が様々な書き込みを大量にするサイトであることは

     公知の事実であってこれを疑う者はおらず仮にそこに瞬間的に「23時にさいたま県警の職員を皆殺しにする」などの文言記載したスレッドを立てたとして、平成23年

    10月当時の社会通念では、この形式および内容の書き込みをみた警察官対応しなければならないような社会になっていたとしても、2ちゃんねるで遊んでいる者は日本語

    や社会を知らないのが一般であり、そのような者が本件書き込みをする動機は、要するにたまたま出た言葉か、落書きに過ぎないのであるから、そのたまたました形式および

    内容の書き込みは瞬間的な落書きであり、威力業務妨害行為でもないしその故意も認められないから、これを検挙し、実刑判決として刑務所で働かせたことは、

    警察などの刑事司法が、2ちゃんねるで遊んでいた日本列島居住者に対して手を出したも同然であり、警察による空前絶後犯罪実施されたものと解するのが相当である

      よって本件に関わった、警察官検察官裁判官刑務官は、原則として、全員、死刑に処するのが相当であるしかし、以下のとおりの情状で、この事件に関わった一部の者に

    対しては、刑を減軽する。

           捜査を行い、被疑者連行し、取り調べをした警察官              拉致監禁で         死 刑

            当該捜査の際に、逮捕令状発布を許可した裁判官                     懲役20年

                 担当した検察官  山田朋美                      何も考えずに強行的に起訴しろくに取り調べも行わなかった

                                                         が、女性であることを考慮し                             懲役15年

                  担当した検察官   土屋大気                    取調室で2ちゃんねるで遊んでいる子供恫喝        無期懲役

                  担当した裁判官    鈴木秀行(平成25年4月14日依願退官)       不合理な実刑判決を書いたが経歴を考慮し      懲役20年

                  控訴棄却した裁判官   金谷暁(松戸簡裁判事を経て依願退官)               同上                    懲役20年

                      黒羽刑務所で働かせた刑務官A                                 死刑

                                         教育訓練工場佐藤                     人の心があったか無罪

                                     10工場刑務官  森脇                           死刑

                                             その仲間のオヤジ刑務官                 死刑

                                                  長谷川                  人に勝手な訓練を実施し、本来ならば死刑だが、昭和勧善懲悪

                                                                         オヤジだったため、   無期懲役だが恩赦

2020-08-01

ゲームオブスローンズを見て以来、露悪作品が受け付けられなくなった

俺は中坊の頃からポルノ小説を読んでいて好きな作家結城彩雨ジャック=ケッチャムでどのジャンルでも徹底的に露悪的なものを求めていた。

悪が跳梁跋扈無垢なるもの破壊されていく様を眺めては歓喜雀躍していた。

ネット小説の『終わらない夏休み』は十回ぐらい読んだ。

好きなジャンルノワールホラー

嫌いなもの恋愛勧善懲悪特にスパロボみたいな絆(笑)の力で鬱フラグが折れるようなやつ。

しかゲームオブスローンズの拷問シーンを見て以来、好物がまったく喉を通らなくなった。

もっと酷いことをやっているのがいくらでもあるのに。

それもまったく落ち度のない人物理不尽な目に合わされているものが大好きだったのに。

かといって今更スパロボ的な価値観を受け入れることはできない。

これから何を消費して生きていけばいいんだ。

2020-07-31

金ロで聲の形やってるね

聲の形西宮と妹がかわいい友達はいい奴ばっかだし黒髪茶髪の女二人もかわいいし一度過ちを犯した人間だって救われるまではなくとも地獄に落ちなくてもいいんだって思えるから好き。俺みたいな弱者に優しい。

でも人によってはいじめられっ子がいじめっ子を好きになるわけないだのいじめっ子を美化してるだの障害者馬鹿にしてるだの言いたくなるらしい。

でもよく考えてほしい。

お前らは西宮じゃないんだから西宮が誰にどんな感情を抱いて誰を好きになるかなんてお前らの思い通りになるわけないだろ。

西宮西宮であっていじめられっ子アイコンでも障害者って生き物でもない。

お前らがいじめてきた奴を一生許さなかろうと未だに引きずってようとそれも事実かもしれないけど、それが100%西宮という他人に当てはまるなんて考えるのはおかしい。

しかに総額200万のいじめは俺も理解できんけどそれを許すかどうかは西宮西宮母が決めることだよね?

あといじめっ子を美化してるとかうるさいけどお前らがそうやって喚いてる以上美化されてないよ。失敗してるのはそうかもしれん。でも作中のいじめっ子主人公だけではないし主人公はいじめられっ子でもあるから安易いじめっ子いじめられっ子で括るのはいかがか?

そもそも悪いことした奴は反省しようと何しようと一生幸せになるなみたいな勧善懲悪主義者吐き気がするほど嫌いなんだけど。俺まで一緒に批判されてる気分になる。

まあそれはそれとして聲の形クソな大人多すぎるとは思う。俺もあの教師西宮父親親類嫌い。

障害者馬鹿にしてるかどうかは障害者本人が馬鹿にされてると考えるかどうかなのではないか? 逆に言えばそういう人がそういう批判をするのは仕方ないと思う。そう感じてしまったなら仕方ないし、そう感じさせた以上そういうレビューも受けて然るべきだし。

結局聾唖の人が我慢ならないと批判するのも、いじめられた経験のある人がが理解できないと批判するのも、商業物として世に出てる以上真っ当だと思うよ。

そしてそれに反駁するのも真っ当だと俺は思うし、どんな批判されてようとこんな反論を書き込んでしまう程度には、俺は聲の形が好き。

2020-07-26

半沢直樹が無理になってしまった

半沢直樹はよくできたドラマだ。原作は読んだことないけど、分かりやす勧善懲悪ストーリーで、視聴者大和田常務を倒したときに興奮しただろう。

今期、新作ドラマが放映されているが、何故だかまっすぐ見れなくなってしまった。

組織内での諍いや派閥争いはどこでもありふれている。それ自体はいいんだけど、こんな内部抗争に忙しい組織が業界トップ一枚岩じゃないにしても、こんなあからさまに法律違反規律違反が横行し、当てつけ、晒し上げが当たり前の組織業界トップ??

それで詐欺まがいの犯人を見つけ出すことが、証券マンのすること?

分かってる。これはフィクションなんだ。現実世界ではないんだ。大和田常務をはじめとする敵役リアクションを楽しむドラマなんだ。

それでもやっぱり、半沢直樹を楽しんで見れなくなってしまった。

2020-07-20

社会人になって見る半沢直樹は少し違って見えた

2013年半沢直樹放送されていた当時、私は学生だった。

ドラマを見て特に感銘を受けたり、半沢みたいになりたいと思ったりはしなかったものの、面白い作品だなあと思っていた。

私はその後、銀行とは関係ない業界だが、就職して社会人になった。

昨日から始まった続編を見たら、ドラマの見え方が変わっていた。

劇中の状況と自分仕事の状況とを重ね合わせていた。

少しだけど人物にも感情移入していた。

そしたら、自分って東京03角田なんじゃないかと思った。

もちろんあんな大それたことはしていないが。

半沢直樹の描き方は勧善懲悪と言われるけど、この世を善と悪に分けたら自分は悪の方なんだな、と思った。

身の回り半沢直樹いるかからないけど、自分がその人の物語に出てくるとしたら悪い役なんだ。

からといって半沢になりたいわけでもない。

フィクション作品人間と違って、自分人生は続いていく。

悪役の人生

anond:20200720024334

う〜ん

クズはいっぱい出てくるしラストはなんでコイツが仲間ヅラして一緒にハッピーエンド?と個人的には感じる

勧善懲悪が好きだったり創作物において悪いことしたやつが報いを受けないと納得いかない人には合わないと思う

あとなんかいじめに嫌な思い出とかあるならやめといた方がいいかもね

2020-07-15

アンパンマン宗教の話

最近アンパンマンのマーチ仏教的だとかアンパンマン思想釈迦を表してるだとかよく見かけるようになりました。ちょっと前はアンパンマンキリスト教だ!っていう話も上がったりしてました。

分かります。どっちの意見も分かります

分かるけど・・・うーんって言う気持ちもあります。その、うーんっていう気持ち理由を今回はつらつら書きたいと思ってます

※私は仏教に関してはそんなにあかるくないです。どちらかと言うとキリスト教の方にはあかるいのですが、それもその宗教を実際に信仰している方ほど完璧、という訳ではありません。ですので、そのような方がお読みになった際は「これは違うぞ!」と思うところもあるかなと思いますが、どうかお許しください。

1.やなせたかしさんの宗派の話

ちょっと前に、「やなせたかしクリスチャンだった!」という話があがってました。しかし、色々解析すると仏教徒なのでは?という反論があり、結果クリスチャンでは無いのでは?となっていたような気がします。

しかし、宗教本来タブーな話で誰が何を信じてようとそこには踏み込むべき話題ではないので、自身が明言したり、それ以外の人間に分かるほど「熱心な仏教徒」だったり「熱心なキリスト教徒」だったなら話は別ですが、そういう訳では無いのに「作者は仏教徒だから仏教が関連しているんだ!」とか言うのはステレオタイプかなと思います

わかりやすい熱心な仏教徒の話を上げますと、宮沢賢治とかですかね。彼は熱心な仏教徒でありながら、キリスト教にも興味関心を持っていたそうです。なので、作品にもそれが存分に生かされてる、というのは納得のいく話しです。

対して、やなせたかしさん自身は「私は仏教徒の家系に生まれです」とかは言ってないし、周りの人物も「彼は熱心な仏教徒だった」とは言ってないわけです。キリスト教に関しても一緒です。そりゃ、今と違って家系仏教なら仏教の教えを信じるとか、キリスト教ならキリスト教の教えを信じる家系だった可能性もあるので、そうなるとやなせさん自身作品にも生かされてる可能性はあります自身が信じてきたもの作品無意識的に反映されるものですので、有り得なくはないです。でも、断言ができるものでは無い、ということだけは事実です。

2.アンパンマンができた経緯

アンパンマンやなせたかしさんの正義が込められたヒーローです。

やなせさんは戦時中兵隊として敵国と戦っていました。その時に怪我などよりも、飢えが1番苦しいということが分かったそうです。それがアンパンマンの顔がアンパンである理由でもあります

国に帰ってきた時に、今まで正義だと信じてきた「敵国を倒すこと」が間違いであると、叩きつけられます。その時に、やなせさんは「正義と悪なんて、ある日突然、逆転するんだ」と実感したそうです。

戦後アメリカなどから多くのヒーロー達が輸入されてきました。そのヒーロー達は皆、設定された悪役を倒すだけ、当時日本に多くいたような困ってる人やお腹を空かせてる子供達には目もくれず、ただ悪役を倒すだけだ、でもそれは違うのではないかと感じたそうです。

以上の経験から、やなせさんが正義の味方、ヒーローを作ろうと思った時に悪役を倒すだけではなく、困ってる人やお腹を空かせてる人に手を差し伸べるヒーローを描きたいという思いで、アンパンマンが出来たそうです。やなせさんは「逆転しない正義献身と愛だ。それは難しいことに聞こえるようだけど、簡単に言えば、お腹を空かせてる人にパン差し出すこと」と述べてます。(一字一句覚えているとは言いきれませんが、印象的だったので覚えていた言葉です)

この辺りの「献身と愛」がキリスト教的に引っかかるのかなと思いますキリスト教献身大事にしていますから・・・。

その、やなせさんの考える逆転しない正義体現してるのがアンパンマンだというわけです。

ちなみに初めにできたアンパンマンパンを作り、戦争下でお腹を空かせる人々に敵味方関係なく、空を飛んでパンを届けるふくよかで到底イケメンとは言えないおじさんだったそうです。彼はいものようにパンを届けている時に、砲弾に当たり、命を落とすという最期を迎えます。そのようなおじさんの姿から、土台は一緒ですが、アンパンの顔をしてお腹を空かせてる子供アンパンを与えるヒーローに変わり、今のアンパンマンが出来ました。

3.やなせさんの考える正義の味方について

正義の味方はかっこよくないというのがやなせさんの考えです。だからアンパンマンもどこか情けない感じですよね。顔が濡れたり、歪めば力は出ない。彼自身、顔をよく分け与えてますが、それをやってもやはり弱くなります。それはやなせさんが考える正義を行うものは必ず傷つくというのが体現されてるからだそうです。だからアンパンマンは人を助ける時に弱くなる。マントがちぎれて飛べなくなることもあるし、命を落としたこともあります。(明確な死の描写はないものの、映画では2回ほど死んでいると思いますいのちの星のドーリィという映画では確実に命を落としてます)

それでも困ってる人を助けるためには身を投げ出す自己犠牲の考えがどこか仏教を感じるところなのかもしれないですね。

アンパンマンは作中にこんなことを言ってました。

「初めて人を助けた時に心が暖かくなって。その時わかったんだ。なんのために生まれてきたのか。何をして生きていくのか。何が僕の幸せなのかってことも」(いのちの星のドーリィ参照)

自身が困ってる人を助けることが自分幸せだと答えています仏教自己犠牲って他者利益を得るためにやるものだけど、自分幸せまで含んでいたかな・・・という疑問を感じたりしてますキリスト教でも自己犠牲は出てきますね。宗教で、割と自己犠牲は取り上げられているので、そこでアンパンマン生き様に引っかかるのかもしれないな〜と感じました。

4.バイキンマンについて

やなせさんはアンパンマンという物語に本当の悪役はいないと言っています。前述の通り、やなせさんは悪役を倒すヒーロー達に疑問を覚えていました。なので、バイキンマンは悪役という物語に出てくる少しの毒として存在はしていますが、どこか抜けてるというか悪役にしては可愛げがあるのが印象的です。

加えて、バイキンマンアンパンマンは2人が一緒にいることでバランスがとれてる状態で、どちらが欠けてもダメだと言っています

からバイキンマンも何故かアンパンマンにとどめを刺す時にさっさと倒せばいいのに毎回隙を作るし、アンパンマンバイキンマンのことをパンひとつで許します。

それでもバイキンマンは「アンパンマンを倒すこと」が目的なので(もちろん、腹が減れば人からパンを奪うし、ドキンちゃんワガママに付き合わされる時もあります)、アンパンマンを倒すためにメカを作ったり、パン工場自体をどこか変なところに移動しようとしたりと工夫を凝らしています。ちなみにアンパンマンの方はどうかと言うと、アンパンマンはみんなのことが大好き(映画勇気の花がひらくときを参照)で、みんなと仲良くしたいので、バイキンマンとも仲良くしたいし、バイキンマンお腹を空かせていたら普通に顔をあげる男です。なんて言うすれ違いでしょうか・・・。

余談ですが、アニメ1話ではアンパンマンは襲ってきたバイキンマンジャムおじさんバタコさんと共に洗剤の入った水の中に突っ込んでいました。下手したらアニメ1話バイキンマン死す!って状態だったのに、バイキンマンは小さくなりながらもしぶとく生き延びて今に至ります。昔の方が彼は容赦ないです。

4.さいごに

長くなりましたが、つらつらと書きました。

別に仏教と結びつけるな!とかキリスト教と結びつけるな!とは言いません。それは1つの考察だとは思います。ただ、「アンパンマン仏教関係がある!」とか「アンパンマンキリスト教に沿っている!」と断言するのには少し違うのでは?という気持ちでした。

この文章は、「やなせさんの正義の考え方とかは彼自身が生きて得た境地で、それがアンパンマンに生かされてるんだな」と思っている1ファン考察です。これが正しいという訳では無いです。なんせ、考察なんてファン想像の域を出ないですので。

なので、あまり真に受けず、なるほどそうなんだ〜と軽く受け取っていただければ幸いです。

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参考文献的なもの(興味がありましたら見てください)

【本】

わたし正義について語るなら』やなせたかし

映画

勇気の花がひらくとき

いのちの星のドーリィ

※これらはやなせさんがご存命の時で、監修を受けていると思いますので参考にあげさせていただきますいのちの星のドーリィは「なんのために生まれて、何をして生きるのか」がテーマ子供向けにしてはかなり壮大です。

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追記

色々とコメントがついてたりしてましたので、読みました。なるほどと思ったりしてます

一つ、信者様という言葉を訂正し「信仰している方」という風にしました。決して揶揄っていた訳ではなかったのですが、揶揄っているように見えてしまったようでしたので、訂正しました。

(以下、コメントから思ったことなど)

アンパンマンアンパンマンという宗教」というのは納得してしまいました。幼児アンパンマンが目に入るとすぐに見つけまからね・・・。

自己犠牲については、仏教にあかるくなかったのもあって色々と漁っている時に、仏教にもそういう考えがあるというのが分かったので、書きました。でも私もあまり印象はなく、どちらかと言うとキリスト教イメージが強いかな、と思ってます

キリストパンの話が元になってるのでは?という話ですが、やなせさん自身が著書で書いていたのですが、アンパン選択した理由が「アンパンは手軽に手にできて、あんこがぎっしり入っていて甘く、食べるとすぐに元気になれる(おそらく、糖分摂取できるという意味でしょう)」ということらしいのですので、キリスト教の話が元になってると断定は出来ないなと思ってます

アメコミ勧善懲悪の話ではないという件については、私自身、その時代のものがどういうものだったのか分からないのですが、やなせさん自身の目には、ああいうようにうつったそうです。(『わたし正義について語るなら』参照)

バイキンマンアンパンマン関係性に関しては、私もアニメの流れは「勧善懲悪の流れだなあ」と感じたりしてます最近アンパンマンバイキンマンが悪役に回らず誰かを図らずも助ける立場に回ったりもしてますが、やはりアンパンマンアンパンチを食らってバイキン城に戻るのが大半だったり、食らう前に退散したりしてます

この話に関しては、深く入り込めるほどまだ、2人の関係性について飲み込みが足りないので、これ以上書けないです。申し訳ないです。

他、コメントありがとうございます

色々な視点を見ることが出来て良かったです。

2020-06-29

anond:20200629003321

昔読んだ小説主人公を騙して自分だけ幸せになった悪役に未だにモヤモヤしてるから無駄勧善懲悪意識が強いのはそうかもしれない

かに大友は悪役でなくてむしろ同情される立場被害者って事だけど…石上荻野が全部悪くて大友は悪くないって意見もよく見るくらいだし

ただやっぱり感情としては大嫌いな女だしその後特に登場する事もなく話が終わるならきっとずっと嫌いなキャラのままで居続けるだろうなと思ってる

anond:20200629001354

勧善懲悪意識が過ぎるんじゃないかね。

大友っていうか、石上とミコ関連は、クソ正義のやつが不遇になっていてそれは当然のことである。そこをむりくりなんとかする……正義なだけでない成長をする……という話だからな。

"悪"側の大友が不遇でないことや、必ずしも悪でないことは、当然のことやで。フィクション上の経験によって、お前も石上と共に成長していくんや。

2020-06-24

anond:20200624221049

最近ツイッターみたいな勧善懲悪振り回してお前は黙ってろみたいなことしか言えないインテリリベラルなんて

マイノリティからしても存在する意味なんなのとは思うけど

2020-06-07

ディズニーもツイステも好きなオタク視点から感想かいろいろ

最近ツイステのお気持ち表明がたくさん流れてくるので俺も俺も〜!という気持ち自分の考えを文章化してみる。

前提として自分ディズニーアニメTDRディズニーヴィランズも手下もツイステも全部好きなディズニー信者なのでかなり偏った視点かつツイステが好きな人・嫌いな人のどちらが良い悪いを判断するものではなく個人の感想です

シナリオの読み込みが甘いとことか知識不足なとことか間違ってるとことかあるかもしれないけど許して!

あと文章も下手だと思うけど大目に見て!

※ツイステ本編のネタバレを含む※

①ツイステと"ヴィランズ"について

自分子供の頃からVHSディズニー映画死ぬほど見て育ってて、ダークでカッコいいヴィランズがめちゃめちゃ好きだった。(今も大好き)そのせいもあるのか今ではどのアニメゲームでも外道クズ悪役ばかり好きになるし、改心して主人公の仲間になる敵にキレ散らかしたりしている。

そんな外道好きの視点から見るにツイステのキャラクターそもそも"ヴィランズ"では無いと思っている。

まずツイステッドワンダーランドという作品ディズニーヴィランズをモチーフにしているものの、作中で「ヴィランズ」という単語が出てくるのは冒頭の学園長セリフチュートリアルサブタイトル「だけ」なのに注目してほしい。

この世界ではディズニー映画で悪役を演じたキャラクターたちが「グレートセブン」と呼ばれ、過去偉人として伝説が残っている。(現在は故人らしい)この「伝説」として残るエピソードは概ね映画の中での行いのことなのだが、明らかに「悪行」の部分を伏せている、もしくは無かったことにしている。

例えばハート女王なら「自分勝手な法律を作って国を支配していた」のが「厳格な法律国民を統制していた」になり、スカーなら「兄を殺しハイエナを利用して玉座を奪い取った上に国を荒廃させた」のが「実力で王の座を手に入れ嫌われ者ハイエナ差別せず共に暮らした」になり、アースラなら「願いと引き換えにアリエルを陥れて海の王国を乗っ取ろうとした」のが「不幸な人魚自分魔法で助けた慈悲深い魔女」になっている。

美しさに嫉妬して白雪姫を殺そうとしたことも、国を乗っ取るために催眠術国王を操っていたことも、甥を殺すためにタイタン族を蘇らせたことも無かったこととされる、故に伝説上の彼ら彼女らは「ヴィランズ」ではなく「グレートセブン」とされているのだ。

これらの歴史改変が見受けられるのを、「ヴィランズ側の解釈から偉人とされているのでは」と考える人もいると思うが私は違うと思う。

仮に「ヴィランズ側の解釈」とするなら本人の悪行も込みで賛美されるべきではないか

ではなぜそうではないのかというと、作中の世界倫理観現実世界と同じだからではないかと思う。

ツイステの世界では人を傷つけることも殺すことも「悪いこと」だし、卑怯手段を取れば糾弾される。善悪判断基準現実世界=プレイヤーと同じ、つまり勧善懲悪ヒーロー側の視点のままなのである

登場キャラクター素行の悪さは目立つもの基本的に善人であるし(性格が最悪な奴はいる)、倫理的に超えてはいけない一線は絶対に超えない。

この"作中のキャラクター基本的に善である"という設定と"ディズニーヴィランズをモチーフにした作品"というコンセプトのズレが一部のユーザーの期待を裏切っているところがあると思う。(当初は自分ヴィランズ要素外見だけじゃねえかと思っていた)

広告では「ディズニーヴィランズがモデルになったゲーム」と銘打っているので、悪逆非道ヴィランファンからすると既存キャラのガワだけ使って一般受けするように作り替えているように見えると思う。

なんかよく分からなくなってきちゃったけど、総合すると「ツイステはヴィランズを元ネタにしているが、作中のキャラクターヴィランではない」ということを主張したい。

というかあの程度のヤンチャ具合で邪悪さのかけらもないのにヴィランズとか言われても納得いかねえ(悪役ガチ勢厄介オタク)

ただ冒頭で「ヴィランズ」という発言をした学園長だけは「悪」を賛美するような独白をしているのと、「グレートセブンは本当は悪人だったが、何者かが意図的に悪行の部分を伏せて善人として言い伝えている」ということを示唆する描写が「主人公の夢」という形で挿入されるので、ツイステの世界にも邪悪ヴィランズは存在している。

個人的には今後のシナリオ展開次第で学園関係者が何か企んでるとか、グレートセブンが実は外道だったことがバラされるとか、そういう展開が来るんじゃないかと期待してる。来るといいな。

②一部のDヲタディズニー神聖視しすぎ問題

昨今のお気持ち表明乱立について

あくまで一部の過激派に限ったこなのだけど(保険)、ディズニーきれいなものとして扱いすぎているところがあると思う。

オタクにすり寄るのをやめてほしいというのは正直その気持ちはとてもよくわかるし、手下の時に散々嫌な思いをしたのも当時しんどかったので分かる。

でもディズニーってもともとそんな素晴らしいものか?と思う部分もある。(ここは自分主観かなり入ってるが)

自分ディズニー映画特にディズニークラシックス」と呼ばれる手描きのアニメ作品を好きなのは、素晴らしいアニメーションと心躍る音楽キャッチーな歌踊りで軽快に進むストーリーとかを総合して好きなんだけど、ディズニー作品の良いところって「アニメ作品」としての完成度が高いだけでシナリオ面はそうでもないと思っている。

名作と謳われる長編映画は軒並み童話ストーリーほぼそのままだし、オリジナルで作った作品結構コケてるのが多い。宝島を元にしたトレジャープラネットも、シャーロックホームズオマージュしたオリビアちゃんの大冒険ライト層の知名度はお察しだし、童話が元じゃないオリジナルストーリー長編映画で人気が出たのはCGアニメに移行してからのものが大多数を占めている。

ミッキードナルドたちの短編映画だってコメディとはいえ爆発オチとか「そうはならんやろ」みたいな展開あるし。

往年のディズニー映画が名作と言われているのはあくまで「アニメーションの技術」の部分で評価されているんであって物語としての評価ではないと思っている。

昔のディズニー映画見て泣くほど感動したり教訓があったり展開が秀逸だったりするか?と疑問を持つし、逆にいえばその誰でも知っているストーリーを借りてすごい映像を作ることがディズニーの強みじゃないのだろうか。

そのアニメーションの技術も当時は競合相手が居なかったからという理由で、技術が発達した現代映像だけを基準にするならディズニーけが飛び抜けてすごい訳ではない気がする。

幼少期に神童と持て囃されていたけど成長するにつれて凡人と気付くみたいな…?

少なくとも自分ディズニークラシックスのアニメーションが大好きだしこれからもずっと好きだけど、ディズニーあくまアニメスタジオから始まったことを忘れて昔は良かったのに!って言ってる信者が多くなってきたと思う。

ディズニーアニメを作るのは天才だけど社会倫理精通して配慮している企業でもなければ子供たちの教育期間でも世界思想を代弁する組織でもない。

ただ好きな作品やそれを作っているところが素晴らしいところだと思いたい気持ちも分かるので折り合いつけられるようになると気が楽になると思う。

③ツイステとTDRについて

パークのオタクとツイステのオタクが常にヒリついてることについて、これは手下初年度の惨状を見てきた側からすると過剰防衛になるのも納得してしまう。が、攻撃中傷して良い理由にはならないので駄目。

特にDハロ(ハロウィンにパーク内で仮装ができる期間)はツイステ関係なく毎年荒れるしトラブル炎上学級会は起きるしOLC(TDR運営)の動きには期待できないし今年も開園してDハロ実施されるとしたらメモ帳スクショ注意喚起が回るのが目に見えているから警戒するのも分かる。

それに去年の仮装可能作品一覧の中に「アプリリリース前にもかかわらず」ツイステがあったので(後に修正されて除外された)ので今年やるなら絶対に入るだろうしそれを入れるOLCにもあんまり信用がない。

ただ「パーク内でツイステをみたくないから」という理由はただの個人思想であり公式ルール違反ではないかファン強制することはできないししてはいけない。

同じく痛バやグッズの持ち込みに関しても公式ダメと言わない限り外野文句をつける権利はない。

外野文句を言って良いのは公式ルールで明確に禁止されている事だけなのだ。(開園ダッシュ自撮り棒を伸ばす・小学生以上が仮装期間以外に仮装をする事・乗ってはいけない場所に乗る事等)

自分仮装も痛バも好きじゃないし(ツイステに限らずミッキー等の既存ディズニーキャラでも)、パークで遊んだり楽しむことよりも自分写真を撮ることが目的になっているゲストのことも出来ることなら見たくないけれど、自分自衛するしかないと割り切っているつもり。

ルールを守って迷惑行為さえしなければ誰であってもパークに来ることは妨げられない自由であるべきだ。

ルール違反をしていないなら胸を張って楽しんでほしいし、パークのファンも腹立たしいことがあっても文句を言う前にそれが「公式が決めたルール違反していること」なのか「マナーとされる暗黙の了解に背いていること」なのか一度考えてほしい。

(ただしドンキコスプレ衣装着て制服ディズニーとか言ってる成人オメーはダメだ)

(あとハロウィンは行きたいけど仮装間中には行きたくないので昔みたいに期間区切ってくれOLC)

以上ツイステとディズニーの両方が好きないちオタク感想お気持ち表明おわり!

正直なところツイステリリース前はリリース日時どんどん遅れるわ公開前からグッズ展開しまくるわ露骨ハリポタパクるわで運営に不信感しかなかったけど、本編を自分の目で見ずに批判はしたくなかったのでちゃんと最新話まで読みました。まだメインストリーが半分も公開されてないから現状で判断するのは難しいけど、映画小ネタとかキャラデザ・シナリオ担当枢やなTwitterでのDヲタムーブとかでそこそこ好印象だから今後に期待したい。

2020-05-17

ネタバレ劇場版若おかみは小学生の内容を誤解して怒る人達

かに誰でも一発で理解できるようなシンプル勧善懲悪なんかじゃないと思う。

冒頭部分からちゃん映像を見て、キャラセリフちゃんと聞いてないと誤解するような部分がある。

実況を見るのに夢中になっていたら見落としてしまうような所なのかも知れない。

でもそこを勘違いして作品を語ってほしくない。

語るならせめてその部分は理解してもらうか、そうじゃないならおっこカワイイだけ言って終わらせていて欲しかった。

おっこが何を感じて何を乗り越えたのか、山ちゃん山寺宏一)の演技のどこが凄かったのか、そういうのが分からないならあの場面について何も語って欲しくなかった。

自分は、何者も拒まないような高潔な心の持ち主にはなれなかったからそう思ってしまう。

どこの話だよ?って

ネタバレ回避するために自分気持ちを先に書いたから分かりにくい文章になったのは謝る。

自分が言いたいのは「木瀬文太(キャスト山寺宏一)が起こした交通事故は貰い事故であり、彼は加害者でもあると同時に被害者でもある」ということだ。もっと言えば「木瀬文太に対して怒りや憎しみの感情をぶつけることが正義であるかのような態度を取るのは、この映画の描いたもの貶めるような行為だと理解して欲しい」ということである

冒頭の事故において、木瀬文太本人に落ち度があったかといえば、間違いなくあった。

彼が完璧ハンドリングをしていれば、二次災害死ぬ人は居なかったかも知れないからだ。

同時に、彼が全てを諦めてしまえば、もっと大勢の人が死んでいたかも知れない。

そしてこれが何より重要なのだが、『彼自身の落ち度は彼の運転者としてのモラルに起因するものではない』。不可避の貰い事故被害を最小限に食い止めるに足るだけの神業じみた運転技術を持っていなかったことにある。

これで彼が責められるのは理不尽と言っていい。

だが、ハンドルを握るということはその理不尽を背負うということだ。

そのことを彼は理解していた。

それを理解しているからこそ、今も自分を責め続けている。

彼の口にする「俺なんか」という言葉は、彼があの事故に対して責任を感じている証拠であるし、周りに八つ当たりのような態度を取るのも後ろめたさにより精神がいつも張り詰めていたからだと分かる(それらが観客に伝わるように演じてしま山寺宏一がこれまた凄いんだが)。

では、本人が自分を責めているのなら、彼を許すべきなのか?

それを決める権利があるのはおっこだ。

おっこはとんでもない小学生だ。

自分が書いたようなことを、事故当事者という立場でありながら理解している。

許せないという気持ち自分の中に湧き上がってくる中で、自分が今思っているような気持ちと鏡合わせの「許されない」という気持ち木瀬文太が抱え続けていたことを理解してしまう。

彼が自分と同じ被害者であることを感じるだけの極めて高い共感能力を発揮する。

だが、それはおっこ自身を板挟みにすることになる。

小学生の身で事故で両親を失った悲しみだけでなく、事故で誰かの両親を奪った人の悲しみに対する共感まで背負い、許すか許さざるかの決断までもを迫られる。

この世界にある理不尽に対してどう向き合うかの答えをいまここで出せとばかりに現実が迫ってくる。

ある種の限界状況(カール・ヤスパース)を前にして、おっこの出した答えは「花の湯温泉の若おかみとして全てを受け容れる」ということ。

この選択が『正解』であるとういことは理解できても、それを小学生が選ばされるということ自体があまりにも理不尽であり、そこがこの映画最大の精神的にキツいシーンとも言われていますね。

このシーンに対して「うるせー木瀬文太死ね!」とか「コイツ人を殺しておいてのうのうと塩気が足りねえとかステーキうめーとか信じられねえよ」なんて感想を出して欲しくないんですよ!

こういう人達がどうしてこんなに怒れるのかって結局の所「自分木瀬文太みたいなことは絶対にしない」と思ってるからだと思うんです。

自分が同じ立場になる可能性なんて考えてもいないから、木瀬文太がどういう気持ち暮らしてきたかも考えられないし、彼に対してぶつける怒りなら絶対的に正義だと勘違いできるんでしょう。

ちょっと考えれば分かりますけど、貰い事故食らって半分被害者で半分加害者になるような事象に遭遇する可能性が0%の人生なんてどこにも存在しませんよ。

車の運転なんてしなくても、自分ドミノのパーツに組み込まれ意志とは無関係他人人生破壊する羽目になる可能性なんてどこにも潜んでます

そんな理不尽なことだらけの世の中で、みんながお互いに支え合って許し合っているのって尊くて暖かいなあって映画じゃないですか。

嫌なことがあったらそれっぽい理由をつけて攻撃的になるのは当然だと思います

実際この映画だって最初のお客さんを通して観客にそのことを思い出させて来てますもの

でも、それと対比するように自分気持ちを飲み込むおっこが凄いって感動する映画でしょ。

そのおっこの健気さがあるからこそ、おっこに感情移入して、だからこそそれを傷つける相手が許せないから怒る、そこまでは分かりますよ。

でも怒ってるから相手に対して何言ってもいいみたいなのってどうなんでしょうか。

ましてや滅茶苦茶な屁理屈相手人格否定するなんてアニメキャラクター相手でもやるべきではないでしょう。少なくともこの映画感想としては。

貰い事故であっても木瀬文太が交通事故を起こしたことは許されないことかも知れない。

でも木瀬文太が交通事故を起こした人間から正義の鉄槌でボコボコにしてもいいとか、事故を起こすような奴が幸福に生きようとしてはいけないとか、そういうのは違うでしょ。

ひき逃げした人がインターネットで叩かれているのを見て、交通事故加害者無限大にその人間性を否定していいと勘違いしているんでしょうか……。

こんな言葉を使いたくはないですが「同じ映画を見ていたとはとても思えない」ような感想が沢山あって驚きました。

以上です。

2020-05-15

anond:20200515221343

そうおっしゃるであるならば

多数派一般人絶対正義で少数派の異種族が完全に悪者」という作品

具体例をいくつか挙げて欲しいんじゃ

1970年代宇宙戦艦ヤマト第一作なんてガミラス人は完全に悪者

……かと思いきや、古代捕虜治療に猛反対したり

ガミラス星をぶっ壊しておいて反省するとか

すでに地球人(≒自民族)中心主義への相対化が入ってる

ウルトラシリーズなんて初期から

ジャミラギエロン星獣やノンマルトとか地球人の方が加害者の話をやってた

まあ1970年代までの普通勧善懲悪アニメでは

種族宇宙人(≒異民族外国人マイノリティ)は悪役の方が多そうだが

少なくとも作り手がオタク世代になった1990年代以降の有名作で

多数派一般人絶対正義で少数派の異種族が完全に悪者」という作品

すぐにぽんと出てきますか? それも1本じゃなくて複数

2020-05-14

anond:20200514072125

法治主義には証拠必要だが一切抑えられるものがないからな。

森友や加計意図しての事件から証拠はあるが、飯塚はもう完全な事故ではあったから。

証拠がないが悪事をしている奴がいるかそいつを裁くってのが一昔前の勧善懲悪ものだった。

法治主義として確立されて悪いことはほぼ裁かれるという状態になって来たか勧善懲悪ものも廃れた。

だけどおそらく戦争直後とかは法治ダメになってた。相当理不尽だが証拠がないから訴えられないものが多かったのだろう。

どんどん法治ダメになっていって、理不尽事件も多く増えていけば、また勧善懲悪ものが増えるのかもね。

訂正

証拠になりそうなものはあるが。でもまあ法治が認めんかったら証拠にはならんかもね。

籠池が心変わりしたから籠池一人の罪で終わりそうだが。

2020-05-09

友人が長いこと愚痴ってた嫌いな女がいる

そいつ会社上司結婚し、課長くらいのポジションになったらしい

しか上司はかなり上のおっさん不倫略奪婚したらしい

女は小さな会社で我が物顔に好き勝手振る舞っていたらしく

友人は常々愚痴っていた

自分は友人のその女への愚痴をもう10年以上は聞き続けたと思う

最近、その嫌いな女が会社を辞めたらしい

友人がいうには、肩書きに見合う仕事をしていないどころか勤務状況すら怪しかったとかで

経営層もいいかげん見過ごせなくなり部署異動などを打診していたらしい

女はゴネるもかわしきれず、転職活動してそのまま辞めたそうだ

いやーよかったね(今後この愚痴を聞かずに済む)と友人の話に付き合っていた

しかし、今回は勧善懲悪劇の結論まで見えたからいいけど(10年以上かかったが)

世間では正しくても裁かれないことはいくらでもあり

そういう人達の溜飲を下げるべく

悪者に罰が下ったというTwitter寓話はあふれるのだろうなあ

などと思った

2020-05-07

anond:20200507121350

なんで雑魚正義がないと言えるのか

いやむしろ雑魚に成り下がったものヒーローになろうとしたのではないか

彼らの凡俗で低俗たる日常を守る為に彼等はホームレスを彼等なりの雑魚見立て行為に走ったのではないか

からこそ、真のヒーローは手を下すものではないと理解させなきゃならん。

真のヒーローは耐えて、耐え忍んで、ボロボロになったその手でなお手を繋ぐもののことではないのか。

から、世の中にヒーローはいらないんだ、と。

そんな自己犠牲精神で成り立たせてはならないと。

それが理解できず、わかりやす暴力の先に垣間見勧善懲悪という甘えに

ヒーローを望んだのではないだろうか。

2020-04-26

ホームレス殺害悪者をやっつける勧善懲悪フィクションの影響

ニチ朝とかでやってる悪者暴力でやっつけるやつ、あれの影響では。

2020-04-25

anond:20200425115902

物語上の存在から、そんなもんだ。

法を守って相手を懲らしめるような物語より、もっと単純に、勧善懲悪スカッとしたいのよ。

2020-04-13

anond:20200413231807

女だろうと勧善懲悪暴力を使うのは良くないのでアメリカが正しい。

2020-04-04

[]さの 「君が僕らをXXと呼んだ頃」11巻まで

15年間の記憶をなくした高校一年生の男子主人公

ひどいいじめの痕があるバイト先の友達と話してたら、いきなり殴られる

いじめっ子はおまえだったんだと言われる

次は昔のいじめっ子仲間で主人公傷害被害者が出てくる

自分過去をたどると、殺人集団強姦傷害とひどすぎることをやってたとわかる

記憶喪失なのはひどすぎる自分過去から目をそらすための自己防衛反応だった

記憶喪失の設定も適当だし、手のひらに大穴開けられてるのに普通に手を使えてるのもおかし

2部構成になってて、前半は主人公とかけおちしたレイプ被害者(!?)がいっしょに死のうとするけど、

主人公過去を知ってもなお主人公に生きろというイマ彼女!?!?!?)のせいで生き延びる

後半は10時間が飛んで、主人公家庭内暴力の子供を救ってクズ刑事ぎゃふんと言わせる勧善懲悪もの

だけど、どうやったって主人公過去の悪行がひどすぎるのと、それらに対する相応の報いがないのと、クズすぎる主人公に対して周りのキャラが男も女もみんな甘々すぎるのとで、読んでて胸糞悪くなるだけ

どんなひどいことしてもそれもふくめて受け入れる!って、いいこと言ってるように見えるけど、ひどいことの内容によっちゃ、受け入れる人間サイコパスだなと思った

2020-04-02

俺が夢見た世界コロナによる無差別殺人じゃなくヒーローによる勧善懲悪ストーリーなんだけどな

これじゃ悪人も善人も関係なく殺されるじゃないか

2020-02-16

某所でのハッピーシュガーライフ感想まとめ、および個人的感想

きっとちがうよ

だって私は わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから

それはきっとちがうんだよ ちがったんだよ

それはきっと あいなんかじゃないよォ…

――鍵空とみやき「ハッピーシュガーライフ 第7巻」

某所より気になった感想抽出し、思いついたことを書いていく試み

171 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 13:48:11 ID: f8xlQvMm3b

あさひもしょうこも(てかこの作品のほぼ全員)私が生きるためにあの人に生きてほしいを地でいくキャラだったからあの結末は残念でもないし当然

あさひはこれからのこと考えると可哀想だがしょうこは裏切ったうえに盗撮までして友達の私を信頼してはほんと無理だったから死んでよかったよ

生かしてると絶対警察にチクってたしな

173 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 15:30:33 ID: 6m5ZAUyP0F

友人思いのあつかましさや正義感が仇になってさとうを裏切り殺されたしょうこ

大人の女性からセクハラを受けまくって気が狂いしおからも見捨てられて廃人化した太陽

から変態性に加えさとうを詮索してやり込めようとして失敗し逮捕された先生

さとうに何だかんだ振り回されているバイト

太陽暴力をふるいしおを誘拐しようとして目潰しされた男たち

DVを受けていたとはいえしおを拒絶して全ての元凶になった母親

まだ幼い子を強姦DVをやった末、毒殺された父親

絵のモデルとしてさとうを招きしおに対するさとうの気持ちを察するや自分の望むさとうでなくなることに怒り、手を挙げて殺された部屋の主

さとうと愛の形で対立しつつも結局最後までさとう達に協力して逮捕された叔母さん

必死に妹を思い自分自分母親の元で幸せに生きさせようとしたが、最後にはしおの心を完全に奪われたあさひ

愛の形を証明心中を受け入れるも、結局しおを生きながらえさせて、しおを自分の愛の結晶としてこの世に残すことに成功したさとう

幼児退行や記憶障害は治ったが、さとうの愛に完全に共鳴して強い意志を持って傾倒する狂人となったしお

登場人物で本当の幸せを掴んだのは実はさとうだけかもしれない、しおは客観的に見ると環境が災いして人格を塗り替えられた不幸な子だと思った

182 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 05:10:48 ID: CEiFINjjYU

一見人魚姫みたいで綺麗な終わり方だけど冷静に見ると、さとうがおばさんにされて嫌だった「愛ってこういうものだよ、とても素晴らしいよ」の押し付けを結局しおにも繰り返してるだけっていうのがなんか考えさせられる

表面は綺麗だけど、しおもかつてのさとうみたいに歪んだ愛の価値観に縛り付けられて生きると思うと…

185 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 11:23:57 ID: VrrOXonf2W

>>182

しおはさとうの愛で満たされてるけど

さとうはおばさんの愛を真似ても全然満たされてないし(しおに会う前のさとう描写より)

「同じ価値観押し付け」という言葉で括るのはちょっと違う気がする

190 3543

2018/10/02(火) 09:27:55 ID: PTz4syDQ1u

こういう話は因果応報とは無縁の話だと思ったら、しお以外は因果応報の形になったのが意外。だが単純に法とか、一般的善悪道徳を元にした勧善懲悪因果応報じゃないのがミソだな。

から普通なら報いを受けそうにない立場のしょうこも、勝手な「ごく真っ当な価値観」のままさとうに迫り、信じると言いながら結局目を逸らしてしまたことが、致命的な罪となって、その裏切りの報いとして死んだ。

単に犯罪たからだけじゃなく、自分価値観を押しつけ続けて相手を碌に見なかったり、何より愛に真摯じゃないキャラは報いを受けた訳だ。

しおに関しては、さとうと限りなく噛み合っていたが、共犯者の面もあるし、最後に庇ったさとうの愛が本当の愛なのかしおへの裏切りなのか、あの結末が救いなのか呪いなのかわからんはいい感じだと思う。

206 ななしのよっしん

2018/10/15(月) 17:02:35 ID: MYkV3cCihu

さとうはあらん限りの意志の力によって、

しおにある意味死ぬまで一緒にいて愛し合うことを実現した

ある意味、恋の夢である愛する人ひとつになる」を実現してしまった

人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで、

内面には複数の「分人」がいるわけで、その一つとしてミニさとうがしおの人格インストールされた

だが本当に恋の夢が実現されたとしてそれは本当にいいものなのか?と思わされる

意志の強烈な輝きと同時に、それがもたらす災厄も描かれてる

強い意志というのは、結局高確率目的を果たす魔力はあるけど、被害も生むことを示してる

個人的にも、意志によって目的は果たせたけど、意識してなかったものを失った経験はいくつかしてるので、

キャラ怪物ばかりだが内容は真実だと思う

214   

2018/11/14(水) 00:15:54 ID: DvW+BJx4zX

この作品、ほぼ同時期に映像化(向こうは実写化だけど)された監禁モノ作品と決定的に違う所がある

社会的言い訳を一切してない。

これこれこういう可哀想な目にあったか容認すべき・同情すべき、という風な作品トーンにしてない。あの純真そうなしおちゃんも含め、出てくるキャラが(一部以外)殆ど全員自分エゴの為だけに動いてる。

そういう意味ではアウトレイジ等のバイオレンスモノに近い作品なのかも


さて、感想

わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから」という叫びで自らと登場人物すべての罪を糾弾たこ言葉

では、いったい何が愛だったのか、どうすれば愛だったのか、愛は何故減るのだろうか(ニヒリズム)


「お互いの事を思いあい助け合い、真に理解しあう」が、「プロレスは本気で戦っている」と同様のお約束であることは肯ずるところだろう

富めるときも貧しきも、病める時も健やかなる時も、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います

本作でも繰り返し述べられる誓いの言葉だが、やはり難しい

貧すれば鈍する、衣食足りて礼節を知る

満たされない人間愛について理想を掲げ、存在しないものを追い求める様は悲喜劇である

「お前が掲げる愛、そんなものはない」のである

残念ながら、愛というのは幻想入りしている


では何が存在するのか、現実日常に耐えられるだけの実在性を担保できるのか

逆説的だが、まさにそれこそが愛、つまり個々人の中にしか存在しない幻想だと思われる

相手は分かってくれくれるかも知れない」「自分を救ってくれる誰かがいるかもしれない、そんな時が来るかもしれない」「これこそが愛の本質なのかもしれない」という期待、幻想思い込み

それに従って相手志向し、期待し、求め、望み――そして、拒絶され、断罪され、絶望する

その果てに関係性を何度でも再構築し、自分自身の幻想・信念ですら変えていく

自分に合わせて現実を変えるのではなく、圧倒的な実在性(=他者性)のある「現実世界」に打ちのめされ、変わらされていく

他者論という観点から見れば、「誰にも否定されない絶対的な真理」を作り出すことは不可能である。一方で「他者」は、単に真理への到達を妨害する忌むべき存在というわけではなく、「私」を自己完結孤独から救い出す、「無限可能性」でもある。いかなる哲学科学数学を作り出しても、必ずその外部から「違う」と叫び叩き潰してくる、理解不能で残酷な「他者」が現れる。「他者」が現れるからこそ、自己自己完結して停滞することなく、無限に問いかけ続けることができる。

――エマニュエル・レヴィナス(Wikipedia)

 然し、真理といふもの実在しない。即ち真理は、常にたゞ探されるものです。人は永遠に真理を探すが、真理は永遠に実在しない。探されることによつて実在するけれども、実在することによつて実在することのない代物です。真理が地上に実在し、真理が地上に行はれる時には、人間はすでに人間ではないですよ。人間人間の形をした豚ですよ。真理が人間にエサをやり、人間はそれを食べる単なる豚です。

(中略)

 もとより、私は、こはれる。私は、たゞ、探してゐるだけ。汝、なぜ、探すか。探さずにゐられるほど、偉くないからだよ。面倒くさいと云つて飯も食はずに永眠するほど偉くないです。

 私は探す。そして、ともかく、つくるのだ。自分の精いつぱいの物を。然し、必ず、こはれるものを。然し、私だけは、私の力ではこはし得ないギリ/\の物を。それより外に仕方がない。

――坂口安吾「余は弁明ス」



人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで」

という言葉正鵠を射ているように、人間はそれ単体で存在し得ない

人のすむところ。世の中。世間。人が生きている人と人の関係世界。またそうした人間社会の中で脆くはかないさまを概念的に表すことば。

――人間(Wikipedia)

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

――夏目漱石草枕


人が期待を以って作り上げる物、それが幻想である

永遠に求めるが手にし得ないものを、その霊台方寸のカメラにおいて捉える故に、他者必要とし、そしてそれに打ち倒される

揺るがない物理存在としての肉体がその繰り返しを支え、人を生き長らえさせている

それ故に何度でも人間は変わり、裏切られ、それでも生きていく

今日、愛の不在を叫んだ神戸しおも、その10年後には同じ気持ちいるかは分からない

「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」は、決して絶望言葉ではないのだ

BPDの症状が年齢経過で落ち着いてくるということと似ており、時はすべてを均してくれる

凡人に身をやつすことは、救いでもあるのだ

2020-02-02

anond:20200202132057

なろうでもザマァ系はNG

あれのマジで何がいいの?

日本勧善懲悪モノは変なところだけ現実に即していて

上級国民上級国民を成敗するみたいなの多いけど

そろそろ庶民がやる勧善懲悪モノあってもいい

同じレイヤー同士で足の引っ張り合いを見るのは創作でも不愉快

2020-01-29

anond:20200129135315

正義のもの自体

なりを潜めてるからかなあ。

勧善懲悪が成り立たなくて。

悪が蔓延ってるから

個人として、強く生き抜け

みたいな漫画が多かったね。

平成年間は。

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