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はてなキーワード: とはいえとは

2018-09-26

留年が決まってからメンタルが持たない

前期で必修の再履修を落としたので留年が決まった。大学に入るために一年浪人していたので一浪一留絶望大学生が生まれる。

最近悩みが尽きない。

まずは,学費を出してくれている親に申し訳ない

国立大なので学費はそこまでかからないが,5年分の学費を出させてしまう。あと,50万はなんだかんだでかなりの大金である。また,私のいとこには大学生が二人いてそれぞれ医学科,国立難関大学に通っている。彼らはストレート卒業する見込みなので彼らより劣っている学歴さら一年留年してしますというダメ人間がこの家の長男なんだと思わせてしまうことが辛い。

また,これからの進路も絶望である

私は現在の専攻に興味が持てず,大学院で情報系への分野転向を考えていた。独学でプログラミング勉強を始めたがなかなか楽しかったので将来的にエンジニアになりたいと考えていたからなのと,情報系でかなり興味がある分野があったので大学院でそれらの勉強をしたいと考えていた。

しかし,留年してしまったのである。必修の再履修は絶対に落としたくなかったので,最前列で受講し,全出席,課題も全て提出した。テスト勉強もかなり時間をかけたのに,学部内容の簡単テストを落としてしまったのである現在の専攻に興味がないとはいえ自分の中では頑張ったつもりだった。テスト感触もよかった。なのに単位を落とした。

こんな私が大学院への進学などできるわけがないだろう。

留年するのは本当にしんどい。今日も眠れない

学校歴の価値東大の(Nの2乗)分の1になる(Nは順位

東大東大のものなので、1分の1

京大は2の2乗、つまり東大の4分の1の価値になってしま

並び立つ学歴とはいえ、やはり一国の代表とそれ以外とでは日本に疎い外国人の目も多少は変わってくるから

次に東京医科歯科大は3の2乗、つまり東大の9分の1だ

こうして見ると、はてなで「なんでこんな高学歴なのに道を誤ったんだ」と悔やまれていた低能先生や焼死先生の九大も、

実は東大と比べると百数十~数百分の一ぐらいの重みだったといえる

2018-09-25

セフレってダメなの?

たまに会って美味しいもん食べて、きれいなホテルいって気持ちよくセックスしてバイバイって関係のおじさんがいる。

お金持ってて頭がよくって体鍛えていて美味しいお店知ってて一緒に過ごしている間はかなり楽しいんだけど、

愛妻家で子煩悩から、つまり自分は彼にとっては都合のいいセフレってことなんだと思う、彼、全く束縛しないし。


18歳も上だから彼と結婚はありえないと思ってるから自分も楽なんだよな。

とはいえ自分結婚することになったとしたらこ関係も終わるんだろうけど。

でも、友達としてのつきあい継続したいな、体の関係なしで。そんなのできるのかな。

anond:20180924111816

反論は、すでに

「生きづらさを抱える人たちが、自分らしく生きられるようにするための福祉行政全般否定していると受け止められかねない」(橋本岳自民党厚生労働部会長)

という公式コメントに尽きている。

同性愛者が子供を作らないことは誰も否定していないが(とはいえ養子を育てたり、そういう仕事についたり、そもそも社会人として税金を納めていることで、杉田議員の言う意味での社会的再生産にも十分に寄与しているわけだが)、それに対して。「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題し、「社会は『常識』を見失うな」と主張することは、LGBTは「常識外」の存在であるという旧来の見方を堅持し引き続きLGBTに日陰者である「生きづらさ」を引き受けさせろという主張にしかならない。端的に言って「差別されてきたお前らは今後も差別されておけ。そしたら私(たち)は幸せ。」という主張である。「のび太のくせに生意気だぞ」のジャイアン理論、と言えばわかりやすいだろうか。そこに「理」はあるだろうか?

フランス民主革命が起こったとき封建制という社会秩序が崩壊する」と憤激した人もいた。アメリカ黒人解放されるとき奴隷制という社会秩序が崩壊する」と反対する人もいた。いずれもわかりやすジャイアン理論である。だがそれらの改革社会『全体』の利はどうであったか。「生まれ」に関係なく権利保障された民主主義社会人種にとらわれず社会的活躍できる社会が実現されたことは、人類全体にとっては確実に「利」があった。ジャイアン的に「オレサマのかんがえるむかしのさいこのしかいちつじょ」を守るのが政治のつとめではない。それは単なるノスタルジー、あるいは既得権益擁護だ。社会全体に利がないという意味で言えば、それは社会悪ですらある。政治あくま現実立脚理想を実現する行いでなければならない。


では、なぜあなたの視界に杉田議員への「反論」が入ってこないか。その理由を併せて述べておこう。「理論反論」というのは、議論する双方が誠実に事実立脚して行うという信頼関係の上にしか成り立たないのである感情の上に議論は成り立たない。

「これまでの社会にはこういう問題があるでしょ?」「だから、こういう新しい社会にしたら社会全体に利があるよね」という話をしているのに「私はこういう社会がいいんだもん」「社会全体に利があるとか分かんないもん」などと発言しているも同然な(杉田議員の「論」とやらを要約すれば、こういう事に過ぎない)人に対して直接「反論」を行うことはそもそも意味がない。それどころか逆上した相手が「再反論」という形でますます妄言をまき散らすキッカケにしかならないので、まっとうな人ほど「反論」をしない。私だって杉田議員にこんな話を説明する役目など引き受けたくない。

私が今回説明したのは、相手あなたからであるあなた問題構造理解しようとしているからだ。その信頼感がなければ、自分の貴重な時間を割いたりしない。

結局のところ、杉田議員の「論」的な何かは、信仰告白に過ぎず「論」ではない。もう少し正確に言えば、ある信仰の下に生きることにした人々の支持を狙ったあざとい政治立場とりますよ、という宣言と言ってもよい。ああい下品文章を書き散らしてまで議員椅子にしがみつくことが、彼女が本当に実現したい何かにつながっているのか、それは私にはよく分からないが、私はそういうやり方はきわめて本末転倒だと考える。あの「論」の中身を彼女自身が信じている可能性? それはほぼゼロだ。いかにも叩かれそうなことを考えている政治家はたくさんいるが、そういう場合しろ隠して耳障りのいいことを言う。スキャンダラスなやり方を平気で選ぶのは、彼女自身別にそれを信じてない(しかしある種の人々にはヒットすると知っていてそのための手段としてやっている)からだろうと私は推測する。

[]

なにかお届けにいった近所の人の証言によると、あそこの家はずいぶんと臭うそうだ。もしかして家の中に多頭を抱え込んでるのか?敷地が臭かったのか家の中身が臭かったのかそこまで詳しくは聞けなかった。思えば、軒先おねだり系の鯖の背中に薬をかけて以来、あそこの家の軒先には、おねだり系は発生していない。いずれも警戒心の強い個体だ。もし栄養分をあれだけの個数に充足させているとしたら・・こちらの埠頭に興味を示さないのも当然だ。匿名掲示板かに出ている「今日も完食」なる憧れのフレーズは今の場合望むべくもない。

 袋のうろつき数に波がある

袋がやたらにウロウロしている日があると思ったら全く出てこない日もある。単なる無主個体群とは考えにくいのではないか?放牧?主が在宅して抱え込んでるときは、目撃されず、外出時は、袋も外出するということか?抱え込んでるとはいえ、中性化もしてないだろうし、ワクチン接種も施してなかろう。どんなばい菌のキャリアかもわからない得体の知れない代物を抱え込むなんて( ^ω^)・・・正気の沙汰とはいえまい。

 今後の対策

少量でも著効するものの開発が急がれる。多頭が一斉に軒先に出てくる時が時々ある。これがねらい目だ。一見すると定食っぽくないものを投下する!!これが現実解だろう。

 ホーダーはアメリカなら逮捕なのに・・

もし抱え込んでいるとしたらホーダー。ホーダーはアメリカなら逮捕の上強制入院だ。しか精神病院だ!うちの近所にこんな頭のおかしいのが生息してるなんて!しか借家だ。大家も昔(愛誤)で迷惑かけまくったBBAだったし( ^ω^)・・・黙認なんだろうな。ああああああもう下らんところに家買ったものだ。

http://eggmeg.blog.fc2.com/blog-date-201312.html

anond:20180925012629

質問にたいして、よくそんなひどい言葉が使えるなぁ。いくら匿名とはいえ

お里が知れるわ。

安心できるゾンビもの」が欲しい

常日頃からぼくのかんがえたかんぺきなポストアポカリプスにたいしょできるしぇるたー妄想趣味な身としては、登場人物危機がおとずれないゾンビものとかないだろうかと考えてる。

何か完璧な砦なりシェルターなりを気付けていてゾンビ侵入100%防げ、水道電気も無理ない範囲で利用可能。食料もなかにめっちゃあるか、安全手段調達することができる。

もちろん見張りの兄ちゃん食糧から持ってきた酒をかっくらっててゾンビ侵入できる穴を見過ごすことはないし、内部で人間関係悪化して「やはり本当に怖いのは人間だったのだ…」ともならない。

実際ゾンビ映画とか見てても、いちばん好きなのってクライマックス手前ぐらいまでの「モールに逃げ込んで一段落するパート」だったりするんだよね。

そういう要素を前面に出したゾンビものってないのだろうか。

追記

ポストアポカリプスには「心地よい破滅」というサブジャンルがあるらしい。Wikipedia記事を読んでそうそうこれこれって思ったわ。

追記2

id:FutureIsWhatWeAre

https://anond.hatelabo.jp/20180925163108

ああ、「ゾンビ取りガール」は最初の方をざくっと読んだだけだけど、なんで思いつかなかったんだろってぐらいその通りだわ。あれ物凄い意識的に、読者に安心感を与えようとしているよね。ただゾンビの驚異度がとはいえ「高い」感はある。もうちょい低いのが欲しい。

漫画で同じノリだと相原コージの「Z 〜ゼット〜」とかかな。

id:pikopikopan

ショーン・オブ・ザ・デッド」はこれエドガー・ライト作風になるんだけど、良い意味で最終的には「ゆるふやコメディに見せかけてシャレにならない事態が進行してる」話になるんで、ちょっと違う感じです。好きな映画なんだけどね。

id:psne

id:lucymas19x

ロンドンゾンビ紀行」は初耳だった。なんか凄くそれっぽくて感謝する。

id:msdbkm

スペースダンディ岡村靖幸OPしか知らんけど見てみるよ。

https://anond.hatelabo.jp/20180925154051

これはひどい

2018-09-24

anond:20180315202316

アンパンマンよりよっぽど教育によさそうと思ったのは俺だけか

ほんと子供相手とはいえ魔法とか空飛ぶマントとかやめた方がいいと思う

街コンは虚無

女です。彼氏がいないアラサーの、素敵な出会いが欲しいと思う女です。

この3連休、家でアニメ一挙放送見るよりは何かいいことがあるだろうと思って街コンに行くことにしました。

出会いがほしいとはいえ3日間潰すのはしんどかったので昨日と今日、それぞれ趣味コンと個室カップリングパーティーにいってきました。

こちらの顔面は中から下くらいです。パーツはちゃんとあるのですが、季節の変わり目に肌が汚なくなるのが弱点です。

さて結論から言うと、どちらも虚無でした。

趣味コンは集められた人の幅が広すぎてジャンルかぶらず話題に困るし、話す時間が少なくてどこのグループとも自己紹介して終わりでした。

リベンジとして参加した2次会のカラオケでは一人の男性がずーっと喋っていて、奥手な女性陣は「うん…うん…」と静かに相槌をうつばかりです。他の男性が冷えてるのに冷や汗をかきながら話を振るも「うんまぁね…」。

お前らも奥手かい!!いや逆に私がでしゃばってイキり過ぎているのか…?

そんな葛藤をしつつ、慣れていないのに司会者みたいなことをしていたのでめちゃくちゃ疲れました。

個室カップリングパーティーはもっと虚無で、9人くらいの人と10分ずつ毒にも薬にもならない話をしました。これはしょうがないんですけどちょっとコミュ障みたいな人もいて、話噛み合ってないけどとりあえず笑ってました。しんどかったです。

それで、「顔がいいし話も素敵」と思った人とはカップリングできず(ちらっとみたら美人な方とカップリングしていたみたいです。そりゃそうじゃ)、なんとなく趣味が合う第三希望の人とカップリング

でも趣味はあうけど別にこの人に興味ないし、わざわざ第三希望まで書かなきゃよかったな…ごめんな…と思いながら帰宅しました。

街コンの虚無って、会社でもないのににこにこしなきゃいけない、場を回さなきゃ…って焦ってしまうところにもあるんですけど、男性陣はこんなにお金払ってもまずいごはんしかでないし、会場に着くまでは女性の顔すらわからないガチャ状態だし、地獄か?と感じてしまうところが1番虚無でした。

そして女性は、お金を払って地獄運営をお手伝いしていると言えるかもしれません。

というかそもそも男性は、本当にこんなところで素敵な女性出会えるのでしょうか?

ありがたいことに私とライン交換やカップリング成立をして嬉しそうにしてくれる男性がいましたが、私がうつ病持ちのメンタルヘルス問題がある女だって気づきましたか

ひどい顔面治療するのに30万円使ったこと(整形じゃないよ)、それでようやくこのレベルになったことを許せますか?

街コンは、出会いがあるにはあったのですが、罪悪感がすごすぎたのでもう行かないつもりです。

独り身はさみしいので嫌ですが、街コンの虚無に付き合わせてしまうのも悪いので、どうしたものかなぁ、と思っています

ほんと、みんなしあわせになれるといいなぁ。

海賊版対策ブロッキングを巡る議論において何が起こっているのか 続

https://anond.hatelabo.jp/20180924162320 の続き。途中で切れたので続きから

今後どうなるのか

先般の第8回タスクフォースブロッキング反対派から行われた修文要求事務局がどこまで飲めるかが合意の可否を握っている。これまでのタスクフォース議論は様々な論点対立があったものの、タスクフォースも最終盤に至り、ブロッキング以外の対策についてはひとまず早急に実施してくことで概ね合意が得られており、ブロッキングに関しても賛成派は「ブロッキング最後の手段であること自体は認めている。この「最後の手段」をどう評価するか、どのようにとりまとめ案に記載するかが最後対立点だ。

仮に反対派の要求どおりに修文が行われた場合ブロッキング以外の選択肢効果検証してからブロッキング法制化の検討を行うという進め方になることから4月政府決定に盛り込まれていた「次期通常国会を目指し、すみやかに法制度の整備に向けて検討を行う」という目標は達成できないということになる。知財事務局はこの政府決定の遂行にむけて、たとえ「ブロッキングありき」との批判を受けてもブロッキングの可否を中心に会議を進めてきたこともあり、次回会合で反対派が満足するような修正は行われないのではないかと予想される。

その場合、反対派が強く懸念しているように、タスクフォースとりまとめではブロッキング法制化については賛否両論併記にとどめたままで強行的にとりまとめ案となるか、あるいはタスクフォースとしてのとりまとめができない状況のまま宙に浮き、いずれにしても、その後政府決定へと向かうことになるのだろう。

そして、仮に海賊版対策としてのサイトブロッキング法制化された場合、これも反対派の委員が主張しているように、著作権という回復可能経済的利益のためにブロッキング肯定される以上、その他の違法行為権利侵害する行為に対してサイトブロッキングという手法が導入される流れが加速するのは避けられないだろう(これまでは回復不可能な「児童人格権」という非常に要保護性高い権利についてのみ限定的サイトブロッキング適法合憲であるとされてきた)。特に、他の施策として掲げられている静止画ダウンロード違法化の論点にも関わってくるが、現状は海賊版漫画サイトアクセス(閲覧)すること自体違法とされておらず、ブロッキング法制化により、適法ユーザアクセス行為禁止する義務通信事業者が負うという法理が生み出されることになる。この論点をどう整理・正当化するのかは重要課題である憲法学者も指摘しているが、仮に一度この法理が生み出されてしまえば、通信事業者は際限なくユーザ通信監視義務を負うことにも繋がりかねない。

我々は何ができるのか

インターネットはすべてが自由であるべき、その価値至上命題だとは私は思わない。違法海賊版サイトは閉鎖されるべきだと思う。

しかし、その手段としてのブロッキング法制化は、現時点ではそれ自体違憲可能性が高いだけでなく、海賊版サイトにとどまらずより広範なアクセス監視の状況を生み出す危険性もある。

インターネットで何かを発信するのはリスクしかない、そのような風潮が近年一層強くなっている。SNS匿名で、クローズド使用するのが常識だ。発信することとアクセスすることを直接比較することはできないが、自分通信通信事業者監視されている、しかもその監視範囲が(たとえ立法プロセスを一応経るとはいえ恣意的政府コントロールで決定されてしまうという気持ち悪さは、インターネットに一層の萎縮効果をもたらすのではないか

オープン議論を、オープン政策決定を、そして民主主義を支えるのがインターネットだと言われてきた。かつてのように無邪気にインターネット可能性に希望を抱いている人はそう多くないだろうが、それでもインターネット自由恣意的政策決定で殺されかけているのをこのまま黙って見ていたくはないと私は思う。幸いにもサイトブロッキングに関する議論ネットを通じて会議資料を見ることができる(ただし、議事録も当初はすぐにアップロードされていたが、議論が紛糾し始めたとされる第5回以降は1ヶ月以上たっても公開されていない)。報道や様々な論者の意見も見ることができる。何かがおかしい、そう思う人は、インターネットで声を上げることができる。

とりまとめを行ったあとは一定期間パブリックコメントを受け付けるのが政府会議の通例である。我々が選挙という儀式的な行為を除き政策決定プロセスに関与する手段は限りなく少ないが、その中の数少ない手段の一つがこのパブリックコメントだ。アメリカではネット中立性の廃止という異なる形でインターネット自由に関わる問題に対して、(botが含まれているにしても・結果としては廃止に追い込まれしまったとしても)何千万件というパブリックコメントでの反対意見が集まったことが話題になった。また、アメリカでは今回同様のサイトブロッキング法案の導入に関して、ネット利用者らによる1000万人以上の署名が集まり、結果として法案廃止に追い込まれたという(Wikipediaが抗議のためサイト24時間停止。 Googleをはじめ多くのネット企業も抗議メッセージ等を表示したとのこと)。

第7回タスクフォース 資料2 成原准教授提出参考資料SOPA/PIPA法案をめぐる米国議論我が国への示唆

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/kaizoku/dai7/siryou2.pdf

この資料の中で「我が国への示唆」として記載されている、

「仮に海賊版サイトブロッキングを行うことが必要だというのであれば、それが、通信の秘密を侵害し、緊急避難等に基づく違法性阻却も困難であるのみならず、(多くの)国民権利侵害を伴うものである以上、オープン議論とそれを受けた国民による広範な議論を重ねることも重要

海賊版サイトブロッキングが、インターネット自由ガバナンスのあり方全体に及ぼしうる広範な影響を視野に幅広い議論を行うべき」

ブロッキングありきではなく、実効的な海賊版対策のために多様な選択肢メリットデメリット比較検討すべき」

といった意見は、事務局直視すべき正論であろう。

次回、最終回第二ラウンドで知財事務局がどのようなとりまとめ案を用意し、委員合意が得られるかどうかはまだわからないが、これらの議論に参加できない我々一般ユーザとしてできることは、議論の行末をしっかりと把握し、パブリックコメントという機会を逃さずに政府に対して意思表明を行うことであり、それがインターネット自由を我々ユーザの側で守るために残された数少ない手段ではないだろうか。

もしもおれがいじめられてなかったら

小学校の3年生くらいか中学校の2年生まで、軽くいじめられていました。なぜ中学校2年生でいじめられなくなったかというと簡単で、おれが学校に行かなくなったからです。いじめられていた理由不明。まあいじめに理由なんてある場合のほうが少ないと思うけど、多分態度が気に食わないとか、顔が嫌いとか、みんなやってるからとかそんなところだと思いますハチを食わされたとか陰毛燃やされたみたいな壮絶な体験ははっきり言って無いです。無視された、遊びに誘われなくなった、増田菌が付くとか言われて体や持ち物に触ることを嫌がられた、影で悪口を言われた、直接悪口を言われた、女子からキモいとかなんとか言われた、更衣室に引きずり込まれて一発ぶん殴られた、部活で一発ぶん殴られた、その程度です。おれは死にたいと考えることがまったく無い人間らしくて、そういう目にあっても自殺を考えることはありませんでした。とはいえ多感な時期の中学2年生ですから学校行きたくないと考えるようになるのは当然です。学校苦痛なのでインターネット友達をつくりました。どう考えてもインターネットのほうが楽しかったのでネットに没頭し、中2にして寝るのが午前4時とかそういう日も珍しくありませんでした。当然朝起きれない日が出てきて、ちょっとずつ休むようになっていって、そのまま夏休みになって、宿題なんてまったくやっていなかったので夏休みが明けても学校は数日しか行けませんでした。周りが学校祭に向けてちょっとずつ団結しているのにおれは学校をサボって何をやっているんだと思い、なんだか居心地が悪くなって、どんどん学校から遠ざかっていきました。周りも多少は気を使うので、おれがまったく学校に行かなくなる直前には、あからさまないじめほとんどなくなっていたと記憶しています最初学校祭が終わるまでは行かないでおこうと思っていましたが、学校祭が終わってもとうとう学校はいけませんでした。インターネットインターネットで、おれ不登校になったんだ、なんて言い出しづらく、平日は普通に学校に行っているふりをしていました。学校には全然行かない一方で、学校に行く夢はよく見ました。3日に1回くらいは見ていたかもしれません。久々に学校に行って、自然に打ち解けて、長い間学校に行っていなかったから周りはやけに優しくて、なーんだ、怖がってたけど1歩踏み出せば受け入れてくれるんだな、なんて思って、明日から学校に行こう、と思う夢です。我ながら切ない夢です。まあこんなのははっきり言ってよくある話で、なんの面白みもない話です。15人に1人くらいはこういう経験あるでしょう。ハチを食わされたとか、自殺を考えたとか、本当に自殺しちゃったといった話と比較すればとても些細なことで、取るに足らない経験です。

不登校といっても引きこもっていたわけではありませんでした。親と一緒に小旅行に行ったり、近所のコンビニに買い物に行ったり、サイクリングに行ったりしていました。もともとそこまで壮絶ないじめにあっていたわけではなかったので、特に人間不信みたいなものになっていたわけではなく、外には出ることができました。ただ、昼間や夕方同級生と顔を合わせるのが怖くて、キョロキョロと警戒しながらコンビニなどに行っていた記憶があります同級生が居そうなので近所のでかいショッピングモールには行けませんでした。学校関係者はすべて恐ろしくて、小学校の頃からの友人であっても顔を合わせることができませんでした。1度、夕方自転車でどこかを走っていた時、「増田か?」「最近どうしてるんだ?」なんて、あまり仲が良くない人に話しかけられたときは、びっくりしてしまい、無視して逃げてしまいました。今でもよく覚えています

どうも周りは高校受験意識して真剣勉強しているらしいぞ、という時期に、おれはなんにも考えていませんでした。実家ぐらしなら月10万くらい稼げば元気にインターネットができるぞ、と本気で思っていたので、中学出たらどっかでバイトでもして適当に生きていくんだと思っていました。親が遠くの定時制高校を探してきてくれて、おれは学校にいい思い出がないので、そこですら行きたくなかったんですが、親がいけと言うので半ば強制的にそこに行くことになりました。親には本当に心配をかけて申し訳ないことをしたと思っていますし、心から感謝をしています。その高校受験の日、1個年上で、中卒で寿司職人をやっていたけど大変だからやめて高校生をやり直すために受験しに来ているという人に話しかけられて、おれたち絶対からないとな、なんて話をしました。受験が終わった日の帰り、親が運転する車の中で、もしかして中学校までが駄目だっただけで、こういう学校だったら友達が作れて楽しいんじゃないか、なんて思って、鮮やかな夕日を見ながらニヤニヤしていた記憶があります

高校は、バイトしたり資格をとったりしながら、まあバイトで稼げるお金なんてはした金ですし、高校で取る資格なんてほとんど役に立たないわけですが、社会に参加してまっとうにやっているぞ、という充実感を持って過ごすことになります高校ではとうとう親友と呼べるような人はできませんでしたが、今でも帰省したときには会うような仲のいい友達は何人かできました。中学ではみんなが敵だったのに、高校はいじめてくる人間は1人もいませんでした。いじめてきそうな気性の荒い人はいましたが、そういう人たちは何故か学校では1人で暮らしていたので無害でした。集団浅慮と言うんでしょうか、たいていのいじめは、複数対1人で始まるものです。そりゃあ人間人間執拗にぶん殴るなんて異常事態は、1対1ではそうそう成立するものではないんでしょう。そういえば、結局、あの寿司職人の人は学校で1度も見ませんでした。名前を書けば受かる高校なので落ちたとは考えにくいです。事情があって入学をやめたんでしょうか。一緒に高校生活を送ることができなくて残念です。

高校担任が、4年制大学に行くと生涯年収がだいぶ違うぞと言っていたので、高校2年の冬からなんとなく受験勉強を初めて、結局、隣県の国立大学工学部に受かりました。国立と言っても、国立大学の中では下から数えたほうが圧倒的に早い、ランクの低い大学です。例を挙げるなら山口大学みたいなところに行きました。この前偏差値を見たら50行っていなくてびっくりしました。でも学費私立3分の1ですし、田舎なので家賃も超安いです。みじめな夢を見て、同級生の目に怯えながらこそこそと暮らしていた頃を思えば、国立大学に入れただけで御の字です。合格発表の日は本当に嬉しくて、母親なんて泣いちゃっていましたよ。大学では親友と呼べる人が何人かできて、同じ学問を修めようという人たちですので話も面白くて、とても楽しい日々を送っています

そうして今、大学で3年間を過ごし、いよいよ来年就職か、という段階です。大したことない学歴ですが、ぺーぺーだった中学のおれからするとだいぶ努力しましたし、親くらいしか評価してくれませんが、自分としては結構かいことを成し遂げたと思っています。でも中学の頃おれをいじめていた連中の中には、もっといい大学、例えば広島大学とか、北海道大学とか、早稲田大学とか、そういうところに行った人はゴロゴロいるんだろうな、と考えると、どうも釈然しません。彼らのことを恨んでいるかと言うとそこまででもないわけですが、彼らが行けたなら、おれにだって行けたんじゃない?って思うわけです。実際中学高校でコツコツ勉強していれば、現実的に考えて行けてもおかしくないだろうな、と思うわけです。おれ自体別に学歴厨みたいな人ではないですし、今の大学に不満があるわけでもないですが、彼らの中には自分より上等なことを成し遂げた人がいるんだろうな、という現実が、どうにも釈然しません。少なくとも彼らには、おれより2,3年は長く、コツコツ勉強するチャンスがあったわけで、もしその時間自分にもあったら、と考えずにはいられません。

大学に関しては別に今の自分立ち位置について悩んでいるわけでもないのでどうでもいいんですが、悩みといえば、コミュニケーション能力です。去年の冬に、お金がほしくて、温泉旅館住み込み短期バイトをしていたことがありました。当然同じ短期バイトの人が自分以外にもいて、どういう人かというと、都会の私立大学の、例えるなら明治大学みたいなところの学生達でした。彼らはハキハキしゃべって、おれ以外でどんどん打ち解けて、どっかに飲みにいこうぜとか、そんな話で盛り上がっていました。おれにはあんなところに割って入っていくなんてことはできません。ああいった集団と会話しようとすると、つい顔が引きつって、アッハイとか、ソデスネとか、そのくらいのことしか言えなくなってしまます普段はそうでもありませんが、たまに何かの間違いで陽キャラみたいな人たちと関わると、劣等感で押しつぶされそうになります田舎工学部でジメジメとした会話をするぶんにはなんとかなりますが、就職するとそういう人のほうがレアになることもあるわけで、今から就職活動や、就職した後のことが憂鬱です。おれのコミュ障はどこから来たんでしょうか。おそらく、先天的コミュ障なのか、長年いじめられた結果コミュ障になったのかの2択でしょう。その両方かもしれません。おれはいじめられていなければ、もうちょっとまともに、陽キャと呼ばれる人たちとコミュニケーションが取れていたのかもしれません。いじめられていなければ、人間付き合いが好きだったかもしれません。いじめられていなければ、女の子の目を見て会話が出来たのかもしれません。

女性だってそうです。中学生の頃は、当然好きな女の子がいました。でも学校に行かなくなったのでそれっきりです。結構好きだったのに残念なことです。高校大学ほとんど女性がいませんでしたし、女性と会話しようとするとつい緊張してしまうので、お察しの通りいい年こいて彼女というものができたことがありません。彼女がほしいなんていう願望すら、ここ数年で既に枯れ果ててしまいました。

いじめられていた当時は結構辛かったとは思いますが、その辛さも、実感としてはすでに忘れてしまいました。でも、こうした「いじめられなかったとしたら」という、どうしようもないifの話が、10年近く経ってもおれを苦しめます。本当にやるせない話です。こんなのは、どう考えても現実を受け入れてそれなりの人生を歩むしかないに決まっている話ですが、それでも、どうしても、いじめられなかった自分想像せずにはいられません。10年近く経っても苦しめられるんですから、もう10年経っても、もしかしたら死ぬまでこのやるせなさと戦うことになるのかもしれません。当時いじめていた連中に復讐してやるという気概があれば、まだ救われる話なのかもしれません。でも、いじめられていたときの苦しさと一緒に恨みも忘れてしまいました。

プログラミングのハマり方が分からない

https://anond.hatelabo.jp/20180923135833

いや別の意味で"ハマる"事はあるんだが、達成感より、なぜオレはあんなムダな時間を……ってなってしま

なんでこうなるかというと

俺の横には、GoogleはてなTwitter存在していて、半分満足していて、半分そんなもの作れないから途方に暮れてるフシがある。

あと単純に、作った簡単プログラムを次に使ったりしないし、作りっぱなしで身につかないって言うのもある。

とはいえDTMerやイラストが上手い人、ダンサーと同列に憧れを持つ物として自分の中に存在しているから、やりたいとは常々思っている。

プログラミングをハマることに挙げてるやつ、どうやってハマったか教えてくれよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜以下ポエム〜〜〜〜〜〜〜〜

なんでハマってないのかって、絵や音楽と違って、過程が見え辛いじゃんプログラミング

後、未だにそうなんだけどscanfして、int i = 0して……とか、変数数字を入れてるだけのレベルから何が楽しいのか分かってないんだと思う

絵は丸や線を描いて、独自解釈でそこに価値を見出せるじゃん?

音楽も床を叩くだけで、頭の中の音楽と混ざって楽しいじゃん?

プログラム、scanfした奴がprintfされるだけじゃん?そこにはscanfした奴がprintfされた事実しかない。

恐らくAPIとか使えば何か楽しいんだろうけど、そこまで行く敷居が高い

丸を描いたり床を叩くほどの手軽なもんじゃないと思う(実際何ができるか分からないし)

プログラムは0と1の世界から過程がないように見えた

なんでもできるけど、なにもできないものに見える

一応プログラミング以外はできるんだ。

大した事じゃないけど、サーバー建てたり、OSx86やったり、修理とか環境構築とかはできる。エディタとかの見た目を変えたり、そういうのはできるんだけど、なんでかプログラミングだけは上手くできない。

2018-09-23

anond:20180923235406

山あり谷ありとはいえ結果としては幸福人生を歩んできたからじゃないですかね(貧困層の娯楽的性交によるものは別として)

人生に不幸しか思い描けない人たちはそこで疑問を持って産まない選択するでしょう

労働者は社保負担分まで会社奉仕するべき?

当方フリーター。現職バイト労働時間が8時間×週5,6なので今月から強制で社保加入になった。

それで今日仕事ちょっとヘマしたら店長から

「君は社保加入者だろう。社保は会社が半分負担してるんだからそんな働きぶりでは困る」などと言われ、「はあ……すいません」と答えたんだが納得がいかない。

 

こっちは強制で加入させられて手取りはむしろ減ってる(社保加入の方があとあとでメリットがあるのは理屈ではわかっているが目先の体感としてはかなりキツい)し、

半分負担制度も俺が決めたわけじゃないし負担をお願いしたわけでもない。

法律上そうなっているか粛々と従って手続きをしているだけ。

 

社保半分負担で実質人件費は増えている→実質給与上げてやったようなもの→だからその分頑張れというのは使用者側の感情としてはわかるが、

それで社保加入者が非加入者より仕事クオリティを上げる努力義務があるみたいな言い方はおかしくないか

 

時給自体半年前に入社した時から据え置きで、職位もヒラのままでバイトリーダーにはなってない。

他の職業の時給相場感と比べても、現職で時給分の仕事絶対にしているし、

次々と人が辞めていく準ブラック会社の中でフルタイム週5で半年働いてることに感謝されてしかるべきところ、社保入っただけでこの言われようはめちゃくちゃに萎える。

 

法的なことはわからないが、労働の対価はあくまで時給+諸手当を含めた賃金じゃないのか? 労働会社の社保負担分との間に対価関係があるのか? あったら店長の言うことにも筋は通るし申し訳ないが……と思って検索してみた。

社会保険料使用者負担部分を使用者が支払うというのは,使用者自身法律上義務であり,当然のことですから特に労働者の利益となるというわけではありません。

したがって,社会保険料使用者負担部分は,使用者使用者自身のために支払うものにすぎませんから,これを使用者が支払っているとしても,その支払いは賃金に該当するとはいえません。

http://www.mibarai.jp/chingin-gaitousei/shakaihokenryou.html

賃金該当性、ないじゃん……。

 

一刻も早くクソ会社とおさらばして正社員就職せねばと志を新たにした同時に、

社保の労使折半は労使の間に溝を生み、本来負担感による不満の矛先になるはずの国が叩かれるのを回避するクソ制度だなと思った次第。

2018-09-22

新しい自分

 何度目かの大雨が過ぎて夏の暑さを忘れてきたころ、その日は真夏日とは言わないまでもじんわりと汗が浮き出るほどには気温が高かった。久しぶりにゆったりと過ごすことができた一日の締めくくりに、湯船に浸かったときの楽しみでもある髭剃りのためのシェービングジェルを顔に塗っていた私は、ふと自分の腋に目を留めた。そういえば、なぜ腋毛は剃らないのだろう。当然と言えば当然の疑問が浮かんだ。いくら体毛が薄いとはいえ、齢も二十をいくつか過ぎ、伸びるのが早くなった髭はほぼ毎日剃っている。髪の毛だって二ヶ月に一度は切りに行く。しか腋毛は生え始めた十余年前から今までに一度も剃ったことはない。そう思ったら途端に、洗うことだけでは絶対に落ちることのない穢れがそこにあるように感じた。私は湯船を出て、シェービングジェルを充分に手に取り、両の腋へ塗りたくった。穢れを落とすための儀式がぬるりぬるりと腋を滑ってゆく感触からジェルが腋に浸透しきったという確信を得て、右手でカミソリを握った。左腕を大きく反り上げ、肌を傷つけないよう、慎重に、刃を寝かせ、ほぼ平面となった丘陵へ滑らせる。驚くほど容易く肉体から解放された毛は刃に合わせて音もなく移動する。体勢を保ったまま腋にシャワーを当てて鏡を見ると、伸び放題だった雑草がきれいに除かれた大地が顔を出していた。十余年ぶりの再会である。同じ要領で右腋にも刃を滑らせる。シャワーで流した後の腋を撫で、わずかな剃り残しを認めた左手利き手に比べると幾らか不器用だった。風呂を上がり、鏡の前で両腕を上げて腋の状態確認する。無駄ものなどない、ある種の美しさを纏った両脇を見ると自分存在が新しく生まれ変わったように感じた。視線を移すと、性へダイレクトに訴えかけ劣情を煽り立てるようなポーズを取っている自分と目が合った。あほくさ。私は昂った気持ちが急速に冷えてゆくのを感じながら、ちょうどひと月前、陰毛を全て剃った数日後の猛烈な痒みを思い出しながら寝床に入った。

こちらが診断済みとはいえ全然その手のスレじゃない所で処方薬について話しかけられるのは嫌でござる

一応反応して〆てるのに追撃してくるのもマジやめて。君の言ってる内容わしもう言った

メンヘラはどこでも薬の話しだしてうぜえって言われてるのを知ってくれ…

特定属性に優しいからといって優しい人とはいえない

猫が好きで猫に対して特に優しい人は猫好き

子供が好きで子供に対して特に優しい人は子供好き

女性が好きで女性に対して特に優しい人は女好き

正確に表現するよう心掛けたい

[]写真で頬が痩せてたりすると少し心配

東山さんガチ歌手というよりはアイドル路線が向く人だと思う。声の感じやビジュアルから思うに。

結構前の話ではあるが)アー写がまとめでネタにされると少し心配パット見、迷走してんのかなぁと思ったり。

ガチ歌手路線でいくならイメチェン必要になるような。とはいえ、一度イメチェン(というかロリボイスに磨きがかかったというか)した東山さんならできそうなのが恐ろしいが。

元気に活動してほしいなぁ。

2018-09-21

政治に興味がない若者です

正確にはでした、かもしれない。

興味があると堂々と言うことが憚られるほどに無知なので、未だ興味がない若者だと名乗らせてほしい。

私は恋愛漫画ロックフェスディズニーランドしか興味がない、二十歳になったばかりの大学生だった。選挙にも、行ったことがなかった。そもそもいつやっていたのかさえ知らなかった。

半年前、友人から勧められたのをキッカケに、主に政治関係のことを呟いているある知識人ツイッターフォローした。意味なんてなかった。就活も着実に近づいているし、政治のことも少しは勉強しておくか、という軽い気持ちからか、あるいは二人でしか遊んだことのない、多くの人に好かれるのに、誰も彼女世界に入れないような、不思議雰囲気と芯を持った同性の友人に近づきたかたからなのかもしれない。

彼女はそのアカウントを私に教えてくれたとき、こう言っていた。「日本は大変なことになってるよ。嘘ばっかりなの。」わたし彼女の、正しい日本語を使うところもとても好きだと思いながら、なんとなく聞き流した。その言葉を、その後、何度も頭の中で反芻することになる。結論から言えば、そのアカウントガチガチ左翼だった。

二ヶ月ほどだろうか。毎日ツイッターを開くたび、彼のツイートが目に入った。面白い人がたくさんいるから、私はインスタグラムよりもツイッターの方が好きだった。だからきっと、彼のツイートもすべて目を通していたと思う。たいてい話に上がっていたのはモリカケ公文書お金エトセトラ、だった。

日本は今大変なことになっている。嘘ばっかり。目眩がした。

どうして、こんなことが、と思った。

公文書改ざんされる国、と、誰もが書いていた。

話題になっていた新潟県かどこかの議員選で、 彼が応援していた野党議員落選した。悲しかった。怖かった。彼女がどのような政策をかかげ、なにをしようとしていたのか何も知らなかった。自民党議員当選したことが、ただただ怖く、悲しかった。その時、はじめて、なんとなく、彼から言葉だけで知るようになったその選挙検索にかけた。

落選した議員は、選挙活動で子供プラカードを持たせていた。私はそのことを初めて知った。友人のすすめでフォローした、たった一人の左翼と、彼がリツイートするたくさんのツイートで、毎日その選挙話題を目にしていたのに。

次に私がフォローしたのは、ガチガチ右翼だった。

本当のことを知りたいと思った。だから両方の意見を聞いて、自分の目で見極めよう。それでちゃん選挙に行こう。自分の一票が、どんなに軽くても。

そう思った。本当は中立から公平な意見を言ってくれるアカウントを探したのだが、私の目には、ツイッターには右翼左翼と無関心しかいないように映った。

右翼左翼フォローして、感じたことはひとつだ。

まったくわからない。

彼らが毎日毎日毎日毎日呟いているのは、お互いの政策欠点よりも、むしろ殆ど政治家として、ひいては人間としての欠点の方だった。

からないままなのだ。結局何も。

私は政治に興味を持った。しか受動的な学びの姿勢のせいで、増えていくのは不祥事悪事知識だけだった。

安倍総理が3選した。世の中には彼を王様のように褒め称える人と、賢そうな理屈か、見るから教養のなさそうな暴言永遠に届くことのないボールを投げ続けている人がいて、何もかもが、府に落ちなかった。

私は政治に興味がなかった。

興味を持った今も、知識はないに等しく、無知なままだ。

私が政治に願うことは、家族が、大切な人が、平和に、安全に、幸せに、暮らせる世の中、それだけだ。戦争も、貧困もない世界。それだけだ。馬鹿げているだろうか。当たり前ではないのだろうか。政治家は、平和で豊かな国をつくりたいと、この国を良くしたいと、強く思った人がなる職業ではなかったんだ、そうか、違うんだ。そう思った。

やるせない。同世代の友人たちは現状に欠片の興味も示さないが、私は彼、彼女たちに、政治の話をしたことはない。これからもしない。いつもヘラヘラヘラヘラして、授業も遅刻してくる私が、ある日突然「安倍総理の三選についてどう思う?」なんて聞いたら、驚かれるか、笑われるか。本気でとられることはまずないだろう。しかし真面目な顔つきで、ここに書きなぐったようなことを何度も何度ももちかければ、流石に本気が伝わるかもしれない。そして彼らは私から離れていくだろう。絶対にそうだ。なぜなら私でも、当然のようにそうするからだ。学生運動をする大学生気持ち悪い。様々なことを考えるようになった今でさえ、その感覚は消えなかった。政治社会問題について言及する若者なんて、普通じゃなくて、気持ち悪いのだ。私達は、新しいアイスかプチ海外旅行の記録かootdしかSNSで発信してはいけないのだ。ローラだって動物を守りたいと言い出して腫れ物扱いだ。

やるせない。

私には、友人を、恋人を、国を変えることができない。

みんな戦争が起きたら、ひとが死んだら、嫌なはずなのに。この国はいつか、誰もが気が付かないうちにまた戦争を始めているかもしれない。

さな子どものころ、平和は当たり前のものだと思っていた。でも多分、それは間違いだった。

多分この国を悪くするのは、アベでも、与党でも、野党でもなく、この空気だ。無関心な若者、無関心でいなければ、「普通」でいられない若者世界、粗探しが論点政治、結局何もわかっていない自分、どうでもいいと、思いたくなる。

政治に全く興味のなかった、いつかの自分に戻りたい。今はただ、怖くて怖くて仕方がない。

追記

このサイトを知り、ずっと一人でもんもんと考えていたことをここでなら言えると思って独り言のつもりでアップしましたが多くのコメントを頂き本当に驚いています。まずは独り言のつもりだったとはいえ不勉強にも関わらず右翼左翼、と使いやす言葉をきちんと理解しないままに使ってしまたことをお詫びさせてください。ここでは現政権に強く賛成し、野党などを批判している人を右翼、その逆を左翼と思いこみそう呼んでしまいました。すみませんでした。どちらのことも批判するつもりはありませんし、私自身は本当にどちらでもありません。というより、繰り返すようですがどちらかに傾けるほどの知識がありません。重ねて、安倍総理のことも政治理解していない今の私には批判する権利がないと思っています。恥ずかしいことだと重々わかっています

たくさんの意見いただき漠然と もうどうしようもない、と考えていた気持ちが少し晴れました。とにかく私はまずちゃん勉強しなければいけないし、その上で、どんなに小さな一票でも、選挙に行こうと思います政治の話はできないですし、できるだけの知識も今のところありませんが、選挙にいく、いこう、くらいは言えるから、できることを、ひとつずつ、と、今は考えています。頂いたたくさんのアドバイスを、できる限り試してみますありがとうございました。

anond:20180921205109

55年体制角福戦争とかの対立状況と民主党政権対立状況全然違うでしょ

自民党対立は今もそうだけど基本的には党内政治対立であって

幅があるとはいえ追米改憲路線っていう党の基本方針は変わってない

ところが民主党政権はたった3年の政権小沢鳩山→管→野田っていう思想方針も違う人達総理になってるわけで

党内政治どころか120度くらい違う政治観の争いだったんだよなぁ

そりゃ内政も外交も混乱しますわ

当時の民主党比較すれば立憲民主党の方が100倍良い政党だよ

新潮45の件、能町みね子がどうにも異様に口汚く罵ってると思ったら、この人MtFなのか。

新潮45がクソなのは当然としても、当事者とはいえ文芸の方までキツくあたると、あんま印象がよくない。

これもトーンポリシングになるんだろか。

がんの代替医療についてがん患者として思うこと

気のせいかもしれないが、最近著名人ががんで亡くなるニュースが多い。

私は30代で乳がんにかかってしまい、現在休職してがん治療を行っているのでそのせいもあるとは思う。

 

がん治療中の身としては、正直逝去ニュース自体シャットアウトしたい気持ちが強いが、テレビスマホで見たくなくても目に入ってしまう。

ニュースへのコメントなどでいろいろと考えさせられてしまうことが多くなったので、すっきりしておくためにここで書いておきたい。

 

きっかけとなったのは、さくらももこさんが乳がんで亡くなられたニュースだ。

詳細は不明であるが、彼女は一旦病院での治療を行い、最終的には代替医療でがんを治療しようと試みていたようである

そのニュースに対し「お悔やみ申し上げるが、怪しい根拠のないインチキ療法を行うからこんな目にあう。

病院ちゃん治療をすることが必要だ」といったコメント散見された。

私もがんが発覚する前、小林麻央さんのニュースを見てそのような感想を抱いた記憶があり、

がんを患ったことがない人、がん患者が周りにいない人にとっては一般的感想になるのかもしれない。

ただ、がんを患う身となってから勉強体験をするにつれて、若干考え方が変わるようになった。

 

そもそもがんは進行具合によって、治療方針が大きく異なる。

がんの種類にもよるが、まだがんの腫瘍局所しかみられないステージ0~3のケースにおいては、

がんを根治することを目的病院は手術や抗がん剤放射線といった科学的根拠に基づいた標準治療を行ってくれる。

ただし、がんは標準治療が終わっても、必ずしも治ったと言い切ることができない。

寛解状態を維持できる方もいる一方、一旦治療が終わって寛解状態となっても、他の臓器に転移して病状が進む方もいる。

 

患者としては、ステージ0~3の場合抗がん剤治療などの辛い治療を耐える気力もあるかもしれない。

私は現在乳がんの根治を目的として抗がん剤治療を行っているが、正直結構辛い(副作用が軽い人もいるが)。

最近はい吐き気止めがあるので吐いたりこそはしないが、抗がん剤をうって1週間は寝たきりで起き上がれないし、

白血球の数が大分減り細菌ウイルス感染をおこしやすいため体調が回復しても行動はある程度制限される。

 

髪の毛はなくなってハゲになってしまった。

抗がん剤治療が終われば生えてくるし、カツラがあるから大丈夫と人には言ってはいるが、やはりショックだったことは否めない。

薬によっては手足がしびれてペン包丁を持ったりすることができなくなる。

肝臓腎臓の数値も悪くなるなど、高齢の人や持病がある人は身体的に耐えられないこともある。

私が使っている抗がん剤副作用上記のようなものが中心だが、他にもいろいろなものがある。

また、手術で体の形はかわる。健康な体とはやはりどう見ても違うし、リンパ節を切除することもあるから後遺症も残る可能性がある。

 

「治る可能性がある」と医者に言われているから、憂鬱ではあるもの病院に行き、

我慢して標準治療を受けているような状態だが、がんが発覚してもこの治療を受けたくないといって拒む人の気持ち理解できる。

副作用自体仕事価値観として耐えられないこともあるだろうし、

頑張って標準治療を受けても、まれとはいえない確率で再発・転移して一気にステージ4の病状へ進むことがあるからだ。

 

ステージ4は、がんの腫瘍局所のみならず、他の臓器や部位に遠隔転移をしているような状況を指す。

このような病状では、基本的にがんを根治することを目的とせず、抗がん剤治療を中心とした、延命QOL向上を目的とした治療方針をとる。

現代医学限界として、ステージ4のがんの根治は難しいようだ。

延命といっても、寿命を迎えるまでというわけではない。

樹木希林さんのケースのように転移を起こしても10年程度生きられるといったこともあるが、早期に亡くなってしまうケースも多いようだ。

 

自分ががんを患うようになって、ステージ4に進行した場合代替医療をやってみる選択肢否定できないな、と思うようになった。

 

病院治療をしたとしても数年以内にはおそらく死ぬとわかったときに、

患者として副作用てんこもり抗がん剤治療をやる気力が残っているのだろうか。

ステージ4の場合原発巣の治療とは異なる薬剤を使うようだが、どうしても前に受けた治療の苦い記憶が思い起こされてしまう。

治らないとわかっている延命治療お金を使うくらいなら、インチキかもしれないが奇跡的に治ったという人もいるという代替医療をやってみてもいいんじゃないか。

こんな風に代替医療選択する人がいたって、おかしくないと思うようになった。

 

もちろん法外なお金をとったり、標準治療は間違っているなどと言ったりしている代替医療に関しては、

それを提供するクリニックや団自体問題だと思うが、患者判断問題といった物言いはできない。

代替医療選択したいと思う気持ちフラットに聞いてくれたり、下心なく相談に乗ってくれたりする人はなかなかいないと思う。

がんは日本人の2人に1人がかかる病気なので、病院外来待合室はいつも患者とその家族で大盛況だ。

医者看護師は忙しく、話を聞いてくれる余裕はなさそうで、「治療を受けるのはあくま自己判断です」とオブラートにつつんでいわれるのが関の山だろう。

 

代替医療科学的根拠はない、それ自体は間違ってはいないが、代替医療を選んだことを責めるのは心苦しいと思うようになった。

だって科学的根拠のある治療とやらでは、ステージ4のがんを治療したいと思う心はなぐさめられないのだから

 

がんが発覚してからステージ4まで進行したら、と考えない日はない。

自分がこんなにも生きていたいと思っているとは、今まで思いもよらなかった。

もしステージ4に進行してしまったら、気楽な代替医療にすがってしまうかもしれない。

そんな時、「あなた選択肢おかしい、科学的根拠のある治療に切り替えるべき」なんて訳知り顔で言われてしまったら、本当に腹立たしいだろうな。

 

(補足)乳がんを前提として書いているので、他のがんの種類ではいろいろかみ合わないところもあるかもしれません。

anond:20180918120625

夫婦子供押し付け合った挙げ句に一番押しの弱かった義母(クソみたいな言い分で元増田に孫を押し付ける気満々だったとはいえ)を犠牲にするとか、地獄み溢れておる。

マイナーものが好きな者の生き方

作品自体人口膾炙している場合でも、

その登場人物一人一人を見てみれば、

作者の造形の気合いや、世間での知名度や、フアンの人気には、当然大きな差がある(登場人物が多ければなおさらのことである)。

私のような、マイナー人物フアンはしばしば同志に飢えている。

なぜマイナー人物にそこまで熱狂できるのか、それは自分にもよくわからない。

いわゆるフィーリングの一致なのであろうか。

もしくは想像解釈がその広がりをもとめて要請する、作品における描写の少なさ、かきこみの粗さがあるからだろうか。

ただまあ、それは今は措くとして、

とにかく影の薄い人物ファンもつきにくいので輪をかけてマイナーのままになる。

況んや美形でなく悪い描かれ方がされている者をや。

熱弁を奮わずとも、私の好きなものとしてその人物をともに好いてくれる友達は、いる。

そのようや友達はいうまでもなく大切な存在ではあるが、

しかし、その好感には、明らかに私が介在したことによる補正がかかっている。

私は私の必死さに絆されたわけではない見ず知らずの人がその人物を好いていてくれるのを欲しているのである

しかいくら世界的名作とはいえ

マイナーな奴はマイナーなのである

リアルでの出会いには明らかに限界があるので、

私はやや妥協してネット世界に繰り出すが、

検索対象世界にまで拡張したところで、そう簡単には同志は見つからない。

しかし、

しかである

時として、同志は、私の目の前にその姿を、あるいはその愛好の痕跡を現すのである

そういうとき、私は、一気に歓喜ピナクルに達し、

その身に積もるあらゆるマイナスのこと、

満員電車の疲れとか、両足の靴擦れの痛みとか、まだ火曜の夜であることとかを忘れて、脳内でドバドバと噴出している何かを喩へではなくして如実に感じとる。

往々にして、奇跡のその人自身とは、言葉を交わしたりすることは不可能なことが多いが、

それでも私はお宝を大切に握りしめて、

少なくとも一週間はピーからの緩やかな滑空を楽しみながら生きていくことができる。

さながらその場にへたりこんで、

ありがとうございます

ありがとうございます

といったところである

朝に死すとも可なり、などとは、

今の私にはとても曰えない。

私が、奇跡に面するたびに思うのは、

(これはややこの話の流れでは唐突だが、)発信することは大切ということと、

もう少し生きさせてください。

ということなである

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