はてなキーワード: とはいえとは
ほぼ週一で猫の通院に10時間かけているので、インパクトを持つタイトルであるか否かの感覚も既にかなり曖昧になってきている。
所定労働時間?
月延べ40時間、猫の通院に時間をかけている今は、人生を振り返ってみてもかなり稀有な体験をしている時期だ。
この記録を残そうと思うにあたり、まず、担当獣医師、及び飼い猫(順不同)に敬意を払いたい。
健康だった時期の飼い猫を知っている身としては、通院に時間を費やさなければならない現状に文句たらたらではあるが、獣医療と猫に対しての敬意だけは常に忘れてはならないと感じている。
担当獣医師は、少なくとも飼い猫を診せる日は、おそらく10時間以上勤務しているはずだ。重病を抱え、寿命がそう長くはないであろう犬や猫が集まる医療センターで10時間、ないしはそれ以上の勤務、それによる凄まじき労苦は想像に難くない。
対して飼い猫は、朝から晩までの間、檻に入れられているか、抗がん剤の投与をされている。週に一度とはいえ、人間のエゴイズムによりそんな訳のわからない目に遭わせてしまって、心底申し訳ないとは思っている。
担当獣医師と猫に敬意を持ち、それぞれの境遇にも思いを馳せながら、文章を記すことにする。
猫は現在15歳の老雄猫である。約一年前にがんであることが発覚し、経口薬その他による対処や諸々の検査を経て、約二か月前から血液投与による抗がん剤治療を開始した。
チャーミングな見た目についても少し記しておこう。
毛並みはサビ模様と白い胸毛(および腹毛)、靴下のような白い足先がトレードマークで、なかなか洒落た雰囲気だ。
耳の形は猫らしい三角形ではなく、丸みを帯びていて、常にぴん、と立っている。
猫らしからぬその耳の形状故に、電車の隣席に座った女性からケージを見つめながら「うさぎちゃんですか?」と訊かれたことがある。猫です。
そんな茶目っ気すら感じる飼い猫が、がんにより闘病中だ。なかなか、ままならないものである。
10時間も何するんすか、と改めて思うが、時間割としては以下の通りである。
1) 午前8時~午前9時(1時間):往路(自宅から病院まで)
2) 午前9時~午後13時(4時間):猫を病院に預け、抗がん剤投与前の検査
3) 午後13時~午後16時(3時間):検査結果確認後、抗がん剤投与
4) 午後16時~午後17時(1時間):医師との面談、薬の処方、会計
5) 午後17時~午後18時(1時間):復路(病院から自宅まで)
1)、5)の往復路にかかる時間や、4)に関しては大した話ではない。
2)、3)が曲者だ。
「通院」の大部分を占める7時間をどのように過ごすか。
医療センターは辺鄙な立地にあり、周辺に存在している施設はごく限られたものになる。
飲食店で過ごすのも手だが、せいぜい潰せる時間は2、3時間程度である。
そもそも、猫の検査結果や現在の体調、検査中の猫の姿を思いながら過ごす時間というのは、憂鬱であり、賑やかな飲食店で過ごすには心が落ち着かない。
少し足を延ばせばラブホがあるが、毎週ラブホに行くのも滞在費が嵩んで仕方がない。観光できるような場所も近くには存在しない。
そうなると、行きつく先は自然と定まってくる。
通院時間のメインである7時間を過ごす場所として最終的に落ち着いたのは、インターネットカフェ、通称「鬱箱」である。(これは世間一般における通称ではなく、私が便宜的に名付けたという意味での通称です)
人々が蚕の繭のように小箱に収納されており、その小箱は窓がなく、暗い。曇っていようが晴れていようが、空が見えない。常に暗い。
パソコンの画面には、よすがを求める者に向けた結婚相談所の広告や、行く当てのない者に向けた入寮可能、即金の仕事を勧める広告が忙しなく踊っている。
そんな小箱の中で、猫のことで気を揉みに揉みながら7時間過ごす。
しかしながら、7時間という迫力のある長い時間を過ごすには、やはり鬱箱以外にはなかなか見当がつかない。
7時間のうち2割はパソコンでの作業に充て、1割は食事や病院との連絡に充て、4割は眠り、3割は『あたしンち』(これ以外に鬱を加速させない漫画を知らない)を読む時間に充てる。
不穏な時間の中、暗闇で読んでも鬱が加速しない漫画を知っている人がいたら、ぜひ教えていただきたい。
ここまで散々陰鬱でトホホな文章ばかり記してきたが、救いはある。
猫が元気なのである。
猫は少々痩せてはいるが、闘病中ながら食欲は大変旺盛で、便通も申し分ない。家の中を悠然と徘徊し、腹を天に向けて放り出し、ぐうぐうと眠る元気がある。
先日も通院から帰宅し、屋内に開放した途端に人間の足元に纏わりつき、ニャンニャンと大声で啼いて飯の催促を始めた。もちろん大盛りの猫缶を食わせてやった。処方された薬も忘れずに。
投薬の効果か否かは定かではないが、本当にがんなのか疑わしいほどの生活ぶりだ。
ともあれ、本猫に今、有り余る元気があるのは何よりなことだ。
猫が生きて十五年を過ぎ、これからもまだ元気でいてくれるなら、通院10時間も苦ではないと思っている。
いや、少ししんどいが。会計の金額を見て、毎回眩暈がするような思いをしているが。頑張りたいと思っている。
朝病院を訪れて、病院から猫を連れて帰る頃には日がとっぷり暮れていようと、鬱箱に7時間籠ろうと、猫が元気ならば、頑張りたい。
猫も、もしまだ人間の寝床に潜り込んでくることが楽しいのならば。申し訳ないが病院へ連れていくことを、どうか許してほしい。
同じく垂れ流してみる。
投票は大体行ってる
テレビはあまり見ない Youtubeもあまり見ない Xは時々見るがROM専
ゴリゴリのはてな村の村民なので、自民嫌い、維新大嫌い、立民も推したいけど推せないムーヴかましすぎ、国民も自民の補完勢力だし、公明はスキャンダルが少なくて政治家の教育がしっかりしているところだけは推せるが軽減税率と創価学会が嫌なので論外、共産はガバナンスがヤベェ、どこにも入れたくねぇ、って感じです。
政治については国民の平均より関心は高い方ですが、政治的な活動に参加したことはありませんし、真剣に考えるだけの一票の重みもないと思うので、選挙は行くものの割と毎回適当に投票してます。
前回は、うちわ会食騒動井戸県政の後継人(自民系?、おじいさん)と斎藤知事(維新系、若い人)で正直どちらも入れたくなかったのですが、迷った末に斎藤知事に投票した気がします。
公益通報潰しを一番問題視した。だから斎藤以外に入れようと思った。
稲村さんのことはよく知らないが、自民でも維新でもない有力な人が立候補してくれるなんて願ってもないことだと思った。清水何で立候補しとんねん。やめろや。
おねだりや、パワハラに関しては事実だとしたら悪いことだとは思うが、正直、同程度のパワハラ野郎なんて組織の上の方に立つ奴なら履いて捨てるほどいるレベルではないのか?と思った。
「自分で調べた結果、齊藤知事に投票した!」と誇らしげに言う知り合いが何人かいた。
斎藤支持者は、ストーリーが魅力的なので「全てはウソだったんです!真実はこうなんです!」と周りに広めるモチベーションがあるが、
稲村支持者は、支持をしていても、それを広めるモチベーションのある人は少なかったのではなかろうか。
私も家族以外誰とも選挙の話をせずに、淡々と投票したのみであった。
プライバシーを暴露されそうになったことを苦にして自殺、というストーリーが正しかったとしても、
それが即「パワハラはなかった」という証拠になるわけではない。
県民局長の自殺原因と、パワハラの有無は別問題として考えるべき。
でもあの音声データは衝撃的だったかも…マスコミがだんまりなところも含めて。
にしても故人って中傷しても罪に問われないのかな?、故人に対しては中傷し放題なんですね。
まさに死人に口なし。どんだけ辛くても死んだらあかんわ。
ありとあらゆるところに自分の顔載せすぎやねん!どんだけ自分の顔好きやねん?ナルシストすぎやろ!!!
兵庫県に住んでる限り、齊藤知事の顔写真からは絶対に逃れられへんようになってもたわ!!
シュッとしてて政治家の中ではやっぱり見てくれはええ方やと思うけどなぁ!!にしてもナルシストすぎるで。
全会一致ってよっぽどじゃないか?
県議会議員なんてたくさんいるのに、
自民も維新も立民も公明も共産も(いるのか知らんけど)全員不信任なんて、あり得る???
何で百条委員会終わってから選挙せーへんかったん??誰か知っとぉ~????
「布切れなんて肌隠せりゃええやろがい!!」で50年突っ走ってきた某生命体、いざ服屋で「選べ」と言われると視界は白濁、脳内ディレイ、ガクブルするしかない。苦痛のプロモーションビデオ上映中。
このままジャージの墓場に埋もれりゃそれはそれでエンディングだが、なーんかクソ嫌だわと急に来たライフクライシス。んで、50歳の指が震えるYouTube検索バー。「50代 メンズ ファッション おしゃれ 勝ち組 コツ」とか打つの、めちゃくちゃ怖くない??
黒ズボンでOKと判明、速攻UNIQLO走った。が、店頭で謎の呪文炸裂。「スキニー? それ死語です。むしろスキニー履いてる奴がダサいです。今は……ワイドです。」
「試着して似合う方にすりゃええやん」
そう言うだろ?それが50年迷子スタイルで来た俺にとって地獄の門なんだよ!自分が何に似合うか分かるなら、俺がYouTube沼に住み着くか?住み着かんよな?
試着はする。結果「YouTuberの推奨アイテムそのまま購入」の呪いに取り憑かれる。でも、でもな、オシャレになってんだよ……不思議だろ……?
「この候補者良さそう」と思えば「いやあっちが正義」って出てくるし、誰かに入れたら「お前マジか、ダッセ」って言われるわけだ。どいつもこいつも人の迷いに追い爆弾を投げ込むプロじゃねえかよ。
結局、ワイドもテーパードも両方買ったわ。安いもん、GUだし。履いてみて「どっちか」で歩くよ。誰かに「ダッセwww」って言われたら?……まぁ、次考えるわ。
「服は着られれば何でもいい」と思ってやってきたから、どういう基準で選んでいいのか分かんないから、何も判断することができなくて、服屋で服を選んで買うのが苦痛だったんだよね。
このまま生きてても良いんだけど、なんか嫌だなと思ったんで、50代だけど本読んでYouTube観てメンズ・ファッションの勉強してみたの。
まずは黒いズボンを買えばいいってことが分かったの。
少し前だとピタッとした「スキニー」が良かったらしい。でもスキニーが流行りすぎてダサくなっちゃったから今は違うらしい。
今のトレンドはワイドなんだけど「50代はワイドパンツが似合わないから、無理してトレンドを追わずテーパード(太ももから裾に細くなる)で」っていうYouTuberがいたのね。その人の発信が良かったので「よし、ワイドは避けて、テーパードでいこう」と思ったの。
でも、別のYouTuberが「トレンドを追わないからおじさん化する。おじさんもワイドパンツをはけ」って言うの。「そうなのかな」と思ったのね。
どっちが正解なのか分かんないんだよね。
「試着して自分で良いと思う方を履けばいいだろ」と思うだろうけど、「これが自分には似合うんだ」って判断ができたら50代まで適当な服着てないよ。そこが分かんないからYouTube観てるのに。
だから試着して、本当に似合ってるか分かんなくても判断留保して、YouTuberが勧めるアイテムで良さそうなのそのまま買ってんだよね。(そしてそれでオシャレに確かになってるようだ。)
なのに「そうかテーパードか」と思ってるところに「ワイドだよ」って言われちゃうと、もう何を買っていいか分かんない。
意見が別れるYouTuber同士で議論してもらって、どっちが正解か決めて欲しい。
本当に何も知らない分野だと、何を基準に考えていいのか分かんないよね。
「こっちかな」と思ったら、「あっちだよ」って言う人も出てくるし。
それで迷った末に決めたらさ「何それ、ダッセ」って言われたりしたら嫌になるよ。
加湿器っていろいろあるけれど自分が過熱型加湿器に落ち着いた理由を書いておく
ちなみに象印のポット型加湿器をベースにしているが他のでも特性は同じ
その後は自動モードなので500Wと200Wを繰り返す感じになる
次に水の追加が大変という点
タンクも本体も一体型なので本体を水場に持っていって給水するんだが
中身が熱湯なのでめちゃくちゃ熱い
水をぶち込めば冷めるけれど溢さないように気を使う
他の加湿器はどうしてもフィルター交換が発生するので毎年フィルターを買い替えないとダメだし
いろんなパーツを取り外して洗わないといけないから面倒
昔はシャープの気化式を使っていたけれど月に1000円以上のフィルター代がかかっていたから電気代を差し引いても加熱型の方がコスパが良くなった
次に衛生面が最強であること
気化式は粒子が細かいので雑菌が乗らないらしいが、洗わないとカビだらけになるのでそもそも衛生的に良くない
とはいえ電気代が高いのは間違いないので万人にはお勧めできない
この手の議論は、機会と環境と結果の違いを整理しないから拗れる
すべての人が平等に機会を与えられることを指す
高校&男女論で例えるなら、高校の施設が男向け・女向けともに同等に備わっていること
すべての人が平等な結果を得られることを指す
法律で縛れば大抵は従う
会社の面接を受けられたところで、実際に採用する基準は法律で縛られてはいない
つまり男ばかり採用するのは不可能ではないし、実際に行われいる
などだ
高校&男女論で例えるだけでも
とある弱者男性の年収が200万(結果)だったとして、それは機会が平等ではなかったが故か、環境が平等ではなかったが故か…
それともただ能力がなかっただけか…
機会や環境のせいであれば「先に」救うべきだが、結果が平等でなかっただけなら「先に」救う必要はないだろう
しばしば男性用棍棒として利用される自殺率の差の話になると「男にばかり仕事させるな」と環境の話になるのにね
結果だけで判断するのなら「自殺しやすい環境はそのままに、救命ダイアルだけ増設する」になってしまう
「両方やれ?」そりゃリソースがあればね
それぞれが求めてる内容やそれに対応する見せ方がないだけでは?
デスノートみたいな精緻な論理で頭脳ゲームバトル感覚で悪に対する行き過ぎた正義(この見方や言い方には色々とあるが)などのテーマをみせる作品を求められる場合もあれば
アキラみたいに普通の少年たちのそれぞれの心の葛藤が超能力の出現によって地球規模の危機に肥大化していくようなドラマをくどくどしく説明せずに内容をみせいくような作品はそれぞれ需要があるのでは?
その傾向の違いを中身がないというのは野蛮すぎやしないか?
とはいえスパイダーバースやアーケインを見ると映像はすごいが(好みではない)
進撃の巨人やハンターハンターに比べたら話がおもしろくないなと思ったり
子供は軽く発達がでこぼこなの当然なのでよほど親や教師を困らせるケースじゃないかぎり「障害」(=生活困難)とはいえない
あと子「供」の変換ができないなら「子ども」「こども」でいいやで
複数形なら「お子さん達」でいいやで
https://anond.hatelabo.jp/20241119195533
自分は男で、他言したことはないが、相手を肉便器にするプレイに興味があった
ただ、今まで何度か付き合った中で、そういうプレイはしなかったし、そんな気もなかった
とはいえ、そういうプレイの動画は見ているし、自分もそういうプレイをした方がいいのかなって思う気持ちもあった
でも、この肉便器になって摂食障害になった方の日記を読んで、やっぱりそういう行為は違うんじゃないかって思った
相手のことを大事に思うなら、そういう行為はしないんじゃないかな
最近、職場で「〇〇くん、いつも定時で帰れて羨ましいね」と何度か言われるようになった。
俺は30代の独身男性で、仕事はそれなりにやるけど、特に熱心でもない。ただ、定時で帰れるのは自分なりに効率よくやってるからだと思っていた。
でも、ある日、先輩に言われた一言が気になった。
「〇〇くんって、本当、容量いいよね。〇〇部長が〇〇くんにはあんまり仕事振らないようにしてるって言ってたよ」
その時は「え、そうなんですか?ありがたいです」って軽く流したけど、なんとなくモヤモヤした。俺って仕事ができないと思われてる? それとも上司に気を遣われてる?
心当たりがないわけでもなかった。実は去年、メンタルが限界にきて3か月休職したことがある。それ以降、職場では変に気を使われるようになった気がする。
ただ、ここからが問題だ。その「気の使われ方」が、最近、少しずつ自分の居心地を悪くしている。
例えば、会議で意見を求められることが減ったり、重要そうな案件から外されたり。最初は楽だと思ってたけど、ふと気づくと周りから「軽く見られてる」感覚が積み重なってきた。
先日、歓迎会で新人に「〇〇さんって、ずっとこの部署なんですよね?」と聞かれた。
「そうだよ、まあ長いことやってるけど」って答えたら、なんか「へえー…」って微妙なリアクションをされた。心なしか、少しバカにされてるように感じた。
それ以来、俺は気になって仕方がない。
「俺って、ここでの存在価値あるのかな?」って。
…とはいえ、転職する気力もないし、辞めたら生活できないし。結局、次の日も同じように、定時でさっさと帰る俺がいる。
周りの目なんて気にせずに、このままでいいんだと言い聞かせながら。
(そのうち購入しようかと思ってたがいろいろと内容や評判を見て意欲減退中。配信は楽しませてもらってます。)
最初のPV:https://www.youtube.com/watch?v=oFkbeCsEDrk
これを見ると、完成バージョンがどうしてこうなってるのかいろいろ推測できる。
はじめは、SFC版のドット絵をそのままHD-2Dに起こしたような内容だったんだろう。
しかし、おそらく、これだと、
ということになり
という改編を行い、フルプライスで売っても良い見た目・プレイ時間にしたのだと思われる。
結果として、はじめのPVではSFC準拠の4方向移動(斜めグラ無し)で問題なかったのが、ドット絵そのままでなめらかに移動できるようになったため、
背景とキャラの動きに違和感ができてしまったり、イベントの割りにマップが広すぎたり、と変なところが出てきてしまったのだと思う。
しかしながら、ドラクエ3のリメイクともなれば、「昔やってたけど今はゲームしないサラリーマン」が買ってくれて、しかも彼らは他の最新ゲームなどは知ったこっちゃないので、
多少できが悪くても「ドラクエ3の体験がSwitchでできる」だけでOK。少なくとも100万本くらいは売れる。
となれば、改変によって多少変なところが出てきても、そのまま100万本売れるわけだから、4,500円からフルプライス7,500円くらいにすることで、
単純計算で3000円×100万本=30億円余分に儲かることになる。
説得されて断念したあたり、自分でも課題解決できてないじゃん!! という現実は見えてたんだろうな
誰も幸せにならなかったぽいね。とはいえそのワンイシューも、その時点ではとても大きな課題だったからこそ当たったんだと思うけど
俺もテレビ業界、新聞、週刊誌と渡り歩いてきたマスコミの端くれではないんだけど、だいたいこの通りだわ
マスコミには有能な人が少ないってのは業界人なら肌感覚で分かるもんだよって聞いたことがある
流れ作業的に記事を書いちゃうこともよくあることもあるだろうしマスコミの人間といえどもサラリーマンみたいなもんだから俺には責められん
まだパワハラの方がマシだと住民に評価されたって構図ならよかったのに
負けたら人生の後がなくなるリアル半沢直樹みたいな倫理観の奴が、輩と手を組んで陰謀論で相手を貶めて勝ちを奪ったって形はなんかどうにかならないかと思う
23歳で一人暮らししてる社会人2年目なんだけど、実家に置いてきた15歳の妹がいる。
妹は高1の代。だが中学卒業後に高校へは進学しなかったストレート中卒。
ほぼ毎日部屋に引きこもっていて、ゲーム・動画・インスタ・漫画に浸り、たまに大好きな地雷系のファッションやメイクをしたりしている。
彼女は小6頃から不登校気味で、中2からは完全に学校に行かなくなった。中2から中3にかけての登校日数は驚異の0日。
いじめに遭ったりとかは別になくて、本人曰く『モチベが無かったし担任が変わって迎えに来てもらえなくなったから』行かなくなったらしい。
私も似た感じだったけど無事社会人になれたので割と楽観的に見ていたのだが、
妹を取り巻く環境について考えた結果、もしかしてヤバいでは?と感じ始めた。
まず、うちの妹は、頑張れない・考えることが苦手・めちゃくちゃ繊細な子である。例をあげると、
・不登校中にこれで勉強してみてねと渡されたタブレットには一切触れないまま卒業
・自分が行きたい!と言ってチケットを取ったアイドルのライブのため遠征するのに、家を出る1時間前になっても全く準備が出来ていなかった
・外に出るときはマスク必須。外食は絶対に拒否。知らない人とは話せない。バスや電車などの公共交通機関は絶対NG
どこに行くにも車が必須で、大型商業施設や大学などのある市街地まではバスで2時間。
これだけでバイトや進学のハードルがグンと上がり、恐らく妹が外に出ない理由もこれがでかい。
そしてこれが一番、うちの親(母子家庭なので母親)が毒親であること。
つい先月も酔って暴れて警察沙汰になり、妹が児相に保護されました(が、当の妹は自分の部屋に帰りたいからと家に帰った)。
母は自身が中卒だからか勉学の重要性は全く認識していなくて、私も学業に関する話をされた記憶は全くない。妹に対してもそんなスタンス。
妹の父親から養育費は貰っているので、妹が欲しがるもの(ゲームやアニメのグッズや漫画や服など)は買い与える。
で、『こんだけ買い与えてやったんだからお前は私の機嫌を損ねるな!!』と定期的にヒステリーを起こす。そんな親です。
妹からも定期的に『お母さん暴れてるんだけど』『お母さんがまた男連れてきた』といったLINEが来る。その都度迎えに行きたいのですが、夜中の片道1時間半…。
私としては、妹にそろそろ現状のヤバさ、このままではそのヤバい母親と共倒れになることに気づいて貰いたいし教育の機会も得て欲しい。
ただ、妹としては、好きなものを買い揃えてもらった部屋でボーッと好きなことだけしている状態が心地よくて、母のヒステリーはたまにある厄災として耐えればよしという認識。
救いたいというと大仰な言い方だけど、絶対に現状のままではよくない未来しか見えないから、妹には変わってほしい。
まぁそういう話を妹ともした結果、『高校はちょっと興味あるかな』って感じだったので通信制高校のオープンキャンパスに連れて行く予定を立てた。
人様の店の机や、場合によっちゃ注文タッチパネルとかを拭くんじゃねえ
汚えだろお前よ、後から店員さんがアルコール消毒するとはいえ、生理的に嫌に決まってるわ
その席もう使えねえよ、お前が口と鼻拭いたって事実が刻まれてんだからよ
あと咳するとき口塞げ、食うときベチャベチャクチャクチャ鳴らすな、振る舞いからして下劣極まりねえぞコラ
ああ、口や鼻拭いたティッシュで机拭くな学園
問題は、現役世代から老人への所得移転は、年金保険であったり健康保険であったり、「保険」であること。
税金で補填されてるとはいえ、掛け金に対するリターンは履行しないといけないんだよな。
これが、年金保険ではなくて、社会保障給付金制度とかだったら削減は簡単なんだが、今日現在までそれぞれ個別に積み立てられた財産を接収するわけにはいかない。
まあ、積んでるよな。
少子化は世界中どこもそうだけど、豊かな老後を保証する制度とセットというのが辛い。
解決策としては、国民年金への新規加入を打ち切って、代わりに社会保障税を強制徴収という形にする。何なら、所得税と一緒に徴収する。
社会保障税を一度も滞納したことがない人だけが、給付金を受けられるという形にすればいい。
いま年金保険料を支払っている人たちが、年金受給者になって、ついにお亡くなりになってしまうまで耐えきれば、財政状況に合わせて自由に年金(に相当する給付金)の額を増減できて、万事解決なのではないだろうか。
「30年に及ぶ不況。そこにコロナで物価高という日本の状況ですね。これによって高齢者の5人に1人が貧困で、一人暮らし女性の4人に1人が貧困、そしてひとり親世帯の2つに1つが貧困」
日本は不況、コロナ、物価高の3重苦で、貧困が広がっているという説明だ。党首討論でも同じセリフを言っていたように思う。
日本に貧困が広がってるってマ?そんな感じはしないけど、そんなに日本やばいの?
食べるものもなくて、道端で暮らしている…貧困というとそんな生活をイメージするが、れいわ新選組の言っている貧困は相対的貧困のことだ。
相対的貧困とは「等価可処分所得の中央値の半分」に満たない人のこと。
ややこしい言葉が並んでいるが、所得の多い人、少ない人をずらーっと並べて、その真ん中が中央値だ。それの半分に満たない人のことを相対的貧困と呼ぶ。
「2021(令和3)年の貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は127万円」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf
まあ、ざっくりいうと手取りが約130万円以下で生活をしている人のことだ。
ん?手取りが130万円以下?
よく学生のアルバイトが103万円の壁を超えないように就業調整をするというが、そんな学生アルバイトと同じくらいしか稼げてない人が実は滅茶苦茶多いの??
最低賃金で全国最安は秋田県の951円だ。手取り130万円稼ぐのに必要な額面はざっくり160万円。
では貧困にならないようにするにはどのくらい働けばいいのか計算してみよう。
たったの211日アルバイトをするだけで貧困から脱出できるということになる。年間休日154日だぜ??
ちなみに2024年9月のアルバイトの有効求人倍率は1.19倍で、仕事がないということでもない。
普通に働けば貧困にならないことがわかった。貧困なのは「働かない」か「働けない」のどちらかということになるだろう。
単身世帯の65歳以上の女性44%、男性30%が貧困だ。65歳未満と比べて圧倒的に貧困率が高い。
それはなぜかと言うと、年金だけで生活しているからだろう。年金の受給額は人によって違うが基礎年金だけだと78万円くらい、パートとかだと厚生年金も若干あって100万円くらい。
高齢者の持ち家率は80%以上だそうから、家賃もかからず、生活費と言えば食費、水道光熱費、医療費だけで、100万円以下でも暮らしてい行けるのだろう。
つまり高齢化社会になればなるほど、日本の貧困化は進んでいく。
貧困率を下げる方法は年金受給額を増やすのが最も手っ取り早い。あるいは所得の中央値を引き下げる(日本全体を不景気にしていく)のも貧困対策に有効だ。
書いていて馬鹿らしくなる。そんなことをしていったい誰が幸せになるのか。
(もし日本の貧困率を押し上げているのが高齢者なら)貧困率対策など不要だ。
確かに2021年の20-64歳までの単身世帯の貧困率は23.9%だ。
ただれいわ新選組の言うように30年の不況でコロナで物価高だから貧困率が悪化しているわけではない。
なぜなら2018年の貧困率は24.5%で、むしろ最近になって貧困率は下がっている。
とはいえ、一人暮らし女性がなぜ24%も貧困なのかはよくわからない。
ひとり親世帯の約46%が貧困だ。これは働けない子供を抱えているからだ。
子どもがいると、就労時間に制約が生じるから十分な所得を得られない。それだけでなく、世帯数が増えるから可処分所得も下がり貧困に近づくことになる。
少しややこしいが、「貧困線とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得(収入から税金・社会 保険料等を除いたいわゆる手取り収入)を世帯人員の平方根で割って調整 した所得)の中央値の半分の額」となっている。
手取り180万円、母親と子供1人の2人暮らしの場合、180万円÷√2=約127万円が可処分所得になる。
まあ要するに子供の数が増えるほど、可処分所得は下がっていき、貧困に近づいていく。
これに関しては確かに貧困と言えるかもしれない。だが必要なのは消費税廃止や季節ごとの給付金か?
それよりも本来子どもを養うはずの父親が養育費を払わないことが問題の本質なのではないか。であれば養育費を国が立て替えて、国が父親に請求をする、などと言った根本原因の解決を図るべきなのではないか。
相対的貧困は貧困における一つの指標ではあるが、実態が見えない。たとえば
・貯金300万くらいあるので、1年だけ無職を楽しみます→貧困
・月8万しか年金もらえないけど、持ち家で食費・水道光熱費しかかからないので、月4万円で楽しく暮らしています→貧困
逆に月7000ドル(約100万円)以上稼いでいるけど、インフレが酷くて、家賃と食費で6000ドル以上かかりますみたいな海外で起きてそうなケースは相対的貧困ではないが、生活はかなり苦しいはずだ。
相対的貧困だけでは、その人の生活実態は見えてこない。ゆえにこの指標をもとに政策を決めるのは難しいと感じた。
れいわ新選組の経済対策といえば消費税廃止だ。消費税をすることで消費を促し経済を活性化させていくという論理なのだが、そんなことをしても日本の貧困率を引き下げることは難しいだろう。
なぜなら高い貧困率の原因はおそらく不況ではないからだ。高齢化社会こそ真の原因ではないか。
ただ消費税廃止は生活コストを引き下げるので、高齢者にとっては生活しやすい社会になるだろう。
というかれいわ新選組の消費税廃止、季節ごとの給付、年金底上げって全部高齢者向けの政策なんじゃ…。若者に人気の政党かと思っていたので、ここが意外でした。
※私自身はれいわ新選組の支持者でもアンチでもないです。山本太郎さんは意見交換会で直接有権者から質問を受けていて、その場で答えていて、普通にすごいと思ってます。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf
これからお目にかける雑文は、データにもエビデンスにも専門知にも基づいたものではない。
むしろ一市井の人間の有限(どころか乏しい)観察と未熟な想念、そして「何か書かなければならない」という衝迫のみを支えとしている。昔風に言えば標題のとおり印象批評だし、現代風に言えば単なるお気持ちである。
それでも、虚言や流言、罵詈雑言が猖獗を極めるクソッタレインターネットへ供する一服の清涼剤たらんという意志を持って草した文であり、そのように読まれることを希う次第である。
以下に続く文章は、主語がデカすぎるだの、事実認識がお粗末だの、構成がなってないだの様々な批判に晒されるであろうことは最初から織り込み済みである。いずれも筆者の能力の至らなさに起因するので「ごめん!」としか言いようがない。
もっとよりよい認識や知見の給源は他にあると思うので、それらに接するのが一番いいと思う。そのような批判を恐れずにあえて書く理由は、まさに標題で仄めかした「民主主義を虚無に捧げてはいけない」という信念を擁護するために自分でできることをしようと思った、ただそれだけである。
この文を書こうと思った直接のきっかけは昨日の兵庫県知事選挙である。
つい1週間ほど前に太平洋の向こう側でトランプが当選し、「MAGAくんさぁ……」という軽侮の念を抱きつつも、どこか他人事の如く受け止めていた自分がいた。
しかし、メディアやネットでパワハラ野郎だの私利私欲を極めたゴミだのサイコパスだのさんざん叩かれた斎藤元彦がメイク・ヒョーゴ・グレート・アゲインした途端、愚かな民衆なる集合は爆弾ゲームよろしく我々にヒョイと手渡されたというわけだ。
尤も、自分の最初の認識がそもそも間違っていたというのは認めるにやぶさかでない。要は愚かな民衆も、賢明な民衆もどこまでいっても抽象概念で、そのような概念で語れる事柄には限界があるという単純な原則をしばし忘れて物を考えがちというだけのことだ。
このような間違った考えで一喜一憂しているのは筆者だけはないらしい。
選挙結果が出てから、兵庫県知事選は立花某にハックされたということや、あるいはネットで真偽不明の奇々怪々なフェイクニュースを浴びせられて正常な判断ができなくなった結果だとして、SNSと選挙の結びつきを否定的に見ている向きがある。
もちろん、我々はアメリカの大統領選にロシアやイランが介入しようとしたという事例を知っている。ならず者国家の裏工作を挙げるのが極端だとすれば、ケンブリッジ・アナリティカのような倫理観の欠片もない連中がいることも知っているはずだ。
しかし、現段階の情報でもって、兵庫県民は騙されたのだという前提で話を進めるのは問題だろう。それをもってしても社会の底が抜けたとか、もはや民主主義は終わりだという悲観的で短絡的な発想に至りがちということを見ても、この種の作業仮説は民主主義に有益どころか有害であることは明らかだ。そういう人たちがエピストクラシーを実現するのか、リベラルな思考をもった等質的な市民たちによる思想のゲーテッド・コミュニティを作るのかは知らないが、それはきっと非民主主義的な操作で行われるものではないか。筆者はリベラル嫌いだが、それでも自分たちの理念に後ろ足で砂をかけるような彼ら・彼女らは見たくないというのが嘘偽らざる思いだ。
各種報道を見る限りでは、兵庫県民は普通の民主主義国家における市民と同じくらいの能力や感覚を持ち、それなりに各候補者を比較考量した上で投票に臨んだと考える方が現実に近い、と筆者は考えている。
ここでは斎藤や稲村の政策についてどっちがいいとかいうことは考慮の埒外に置くが、少なくとも「何かいじめられててかわいそうだから!」とか「メディアの一辺倒な報道が気持ち悪いから!」だけで110万票も取れるんだとしたら、残念ながら民主主義以外の選択肢の有効性も検討すべき時期が来ているのかもしれない。もちろん、実際のところそうではないのではないか、というのが筆者の見立てだ。
何が斎藤元彦に再び県庁の敷居を跨ぐことを許したのか。それを考えるために補助線を引きたい。もちろん、論理的必然性をもった操作ではない。何故ならこれは印象批評にすぎないので。
少し前に国民民主党の玉木代表の不倫問題が報じられた。不倫の責任の取り方は様々だろうが、代表を続投しこれからも頑張っていくということが比較的多くの人に受け入れられているように思った。
その方策の是非はともあれ、手取りを増やそうというストレートな訴えが若者を中心に多くの支持を広げていて、それに水を差すような報道を苦々しく思っている、あるいはある程度「相対化」可能な事柄だとして脇に追いやってもいいという雰囲気があるように筆者の目には写った。
筆者個人はこの種の思潮には到底賛同できない。不倫するような人間に増やしてもらう手取りなんぞはこちらから願い下げである。議員辞職するまでではないとしても、代表を辞任し一兵卒として政策の実現に邁進するということだって責任の取り方としてありえたのではないかと思っている。
どれだけ政策を懸命に訴えても、政策を進める当事者の「人品」というのは、決しておざなりにしていいものではない、と個人的には思う。実際、自民党の政治資金収支報告書不記載の問題に端を発する「裏金」逆風はそのような考えから生まれたわけだし、与野党伯仲という結果に実を結んだと考えれば、個人的かつ奇異な考えではないとも思う。であれば、妻子ある男性が別の女性に懸想することを問題視しなくていいのだろうか(妻子にとっては経験しなくていい嫌な出来事であるし、相手方の女性が公党の代表者と不倫したことがバレればその社会的地位をも脅かしかねないという帰結を予想できなかったのであれば、政治家どころか責任ある社会人としても御しがたいレベルの不見識なのではないか。)。
とはいえ、上の筆者の考えは少数派に属するものだと思う。不倫は家族や当事者の間で解決されるべきでダメだったら家庭裁判所へどぞ、というような私的な話で、こんなことのために俺たちの手取りが台無しになってたまるか、玉木はきっちり反省してその後頑張れという意見が大勢を占めているのではないか。
そしてこれは、斎藤が公益通報制度を度外視して告発者を袋小路に追い込んだことや、トランプが弄する信じがたい人種差別的・性差別的言動によって当事者が傷つけられることを等閑視するメンタリティと相通ずるものがあるのではないか。
もちろん、そういった非倫理的な行いに諸手を挙げて賛成するダークトライアドガチ勢のような人間ばかりではないだろう。しかし、それはそれとして、というような相対的態度をとらざるを得ないのは、言い換えれば自分たちにとって焦眉の問題が別にあるということにほかならない。
このような相対化を導くに至る根源的な不満の存在それ自体は目新しい指摘でもなんでもない。ラストベルトの労働者も、閉塞感を感じてきた兵庫県民も、手取りが増えない若者のいずれも「古くて新しい問題」であり続けている。目新しいことでもないのに、定期的にこの種の話が出てくるのは、解決が困難なことの証である。そもそも解決可能な話なのか? 全てのステークホルダーに満足を与えられるほどのリソースがあるのか? 自分たちの満足のために誰かにふるわれる不正義もやむなしとする世界で、オメラスから立ち去る勇気を持つ者たちが果たしてどれだけいるのか? 我々はずっとこの問いかけの中に閉じ込められているし、この困難さを抱きしめることが民主主義の要諦なのかもしれない。
この文では、貧しくあってもせめて人並みの倫理ぐらいは持てよバーカ、とか、人民の悲しいまでの想像力の欠如を嘆かん、という倫理的お説教や慨嘆を述べ立てるつもりは毛ほどもない(そういうリベラルへの嫌悪感を筆者は多くの人と共有するものである。)。政治家に自分たちの方を向いてほしい、助けてほしいというのは当然だし、その願いが届くのが民主主義のいいところではないだろうか。
だが、その時、もしかしたら誰かを犠牲にしているのかもしれないという一抹の不安は感じてほしいなとは思っている。それが望蜀に属する話だとしたら、民主主義の皮を被った椅子取りゲームを続けるべく、我々はいつ鳴りやむか分からない音楽に耳をそばだて、減り続ける椅子を横目に生きていくのだろう。これがいいとは、筆者は決して思えないが。
「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。」
大人になってから『のび太の結婚前夜』を改めて見た時に、「なんて当たり前のことを言ってんだ。よっぽど褒める言葉が見つからない時用の言葉って感じだ。」という冷笑的な感想を持った。しかし、今ならのび太が全くもって稀有な人間であったと痛感せざるを得ない。
立花が言うように元県民局長がどんなに酷いことをしていても(逆にどんなにいいことをしていても)、斎藤の拙速かつ強引な統治手法(このことは必ずしも立証されていないが、その後の百条委に至るまでの対応を見ればそう思わざるを得ない)に問題意識を感じて声を上げたこと、そして斎藤がそれをこれまた拙速かつ強引に対峙し、県政停滞のハードランディングに至ったのとは別の問題である。その対応に関する法的な問題などはこの際措くとしても、百条委で問われた道義的責任を「わからない」と述べた斎藤が、再選で得た民意を盾にこの問題を「相対化」しようとする危険性がないとは決して言えないだろう(当選後、記者団に対して「知事部局として一緒にやっていくのは公務員としての責務」と述べたのは、県職員に対して「俺は民意を得たんだからお前らがついてくるのは当然だよな?」と釘を刺した形とも言えるし、先行きは不透明だ。)。
斎藤に投票した人は、せめてそういう状況が棚上げになったままであることを認識した上で、自分たちの居心地の悪さに素直に向き合ってほしいと思う。(元県民局長が死んだのは別の理由であるという卑劣な矮小化をするのではなく、)たとえ拙速で強引でも斎藤が自分たちにとっていい兵庫県を作ってくれると信じて投票したのだとすれば、その結果誰かが痛い目を見ることになるかもしれず、それはひょっとすると顔見知りかもしれない。その時、その人の不幸を悲しみ、その人の幸せのために何かできるだろうか。そういった考えを頭の片隅に置き続けることが、民主主義のレジリエンスを形作る重要な要素だと筆者は考える。清廉潔白完全無欠な政治家が存在しない世界で、民主主義を選び取った全ての清廉潔白完全無欠でない我々にとって、「それがいちばん人間にとってだいじなこと」ではないだろうか。
日々の生活に汲々として自分の人生にやりきれなさを感じながら 「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむ」というのはそうそうできることではない。とはいえ、できていないなと思うだけでも、「あの時できなかったから次こそは」という思いにつなげられるかもしれない。
この間俺が家で妹と電話してたんだよ
嫁帰ってきて、丁度話が終わってスマホを閉じた
その時に嫁はなにも言わなかったのだが、ずっと気になってしょうが無かったんだと
俺はそんな事ないと思うが
まさに今増田やってるのもスマホだし、YouTubeでカスみたいなゆっくり実況とか流す事も多い
嫁に見せられないかどうかじゃなくて、誰にでも見られたくないものがあるって話じゃんな
疑われんの苦痛だしな
でもそれはシロと証明できない方が悪いんだと
それはそれで良かったのだが、話の流れは忘れたが、しばらく前に托卵の話になった
俺は「托卵を許す男なんているわけが無い、托卵したら殺されて当たり前」くらいの事を言ったと思う
実子生んだ→嫁ラヴ
連れ子連れてきた→連れ子も含めて愛せるか試されはする
托卵でーす→なぜ生きてる価値もないのに呼吸をしてるの?
伴侶への温度感こうだよって話をした
嫁曰く「托卵でも相手の子供なら愛せるハズだし、そこまで恙無く過ごしてたなら水に流すべき」
ということだそうだ
悪事を隠すのが上手かったら露見しても悪事を見過ごすべきなんておかしいだろ?正直に白状したらちょっと減刑はするかもしれんが
もう俺も不安になって仕方なかったから、俺も嫁に子供のDNA鑑定を要求したんだ
嫁は非常に嫌がった、まあわかるよ、疑われるのって苦痛だもんな
でも嫁曰く
だがずっと嫌がる
おかしいよな?
俺が不快感やプライバシーを理由に、スマホのチェックを拒否してたなら、嫁が拒否し続ける理屈も通る
だが俺は最終的に受け入れた
俺のことは信じなかったのに?
今のところ他に、嫁のおかしな点は見当たらない
これだけで疑って当たり前だろ
なんなら身に覚えなくてこんなに抵抗するか?
サンプル取るのはそんなに大変じゃないようなので、子供のサンプルこっそり取って、送った、いまさっき
嫁に黙って送った
ここに書いてて気づいたんだが、病院での取り違えの可能性がゼロとはいえんから、嫁のサンプルも必要だったかもしれんな
まぁさすがに普通に俺の子で、身に覚えとかじゃなくて、DNA鑑定自体に不信感もってて、そこを証拠にされるとかが嫌だったんだろうと思う
いくつかの業者に出したが、結果は来週あたりに出るようだ
子供が母親が必要ということはわかるが、托卵だったら殺さない自信が無い
カッとはしてもそこまではしないような気もするしな
浮気男が仮に居たとしても、無理に探そうとは思ってない
そりゃ倫理的には悪いだろうが、倫理的に悪いやつをいちいち探してきて全員征伐するなんて気は無い
ただ、俺を裏切るのは許せない
俺が独りで思い詰めてるだけで、たぶんなにも無いとは思うが