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はてなキーワード: 文学とは

2018-12-15

中卒だけど『1週間に100個』何かを覚える習慣をつけようと思ってる

会話の中で知らなかったら恥かくような英単語とか歴史上の出来事みたいな基礎的な常識でも、

自分が全く興味のない分野の例えば野球とかサッカー代表的なチーム名・選手名でも、

名作文学の作者とあらすじや難読地名マイナー花の名前みたいな知ってたら「おっ」って思われそうな教養でも、

なんでもいいから1週間に100個暗記して、俺ももう割といい年だけど今更ながら馬鹿で恥をかかない人間になりたいなって思ってる

から覚えるのがコスパええかな、高学歴増田人達教えてくれ

2018-12-14

じゃあ東大生として指定する必然性なかったろ。アホなのか。

コレ読んでてガチ東大生可哀想になったわ。

小説リアリティ問題が指摘されているが、小説家の人はひとつ身体しかなく、その業界世界空気すべてを知り、作り上げるのは難しい。文学小説は、自分の状況に合わせて、想像力を働かせて読むもの。もし私の出身大学舞台小説になったら、『この詳細部分が違う』と読むのではなく、想像力を使って自分事として小説を読む。この小説リアリティを感じながら読むには、挫折という要素が必要だという話だけど、これは挫折した東大生と、主体性のない女の子恋愛小説ではないので、『挫折』という要素はいらなかったと思う」

東大生挫折を知らない非人間的なとこがあるからだって文脈を作っておいて、クズにもほどがある。

ペンキをぶっかけといて、これはおかしいって声をあげたら黙ってろよと。

他の読者にならともかく、当事者たちに自分事にしろぉ!とかいい加減にしろ

この本を見かけたら買って店先でライターで燃やすわ。

クソにもほどがあるだろ。

お前らのための道徳教科書として読めということ。ドキュメンタリでは無いから現実との差異を分析しても無意味。分析すべきは自己の内心。モテ無い挫折した経験が他者を性的搾取する権利に成り得るかどうかとか。 - yoko-hiromのコメント / はてなブックマーク

まさに、この本を読んで東大生への偏見を強化させている人のありがたいお言葉ですw

『彼女は頭が悪いから』ブックトークに参加して見えた「東大」という記号の根深さ|はままり|note

2018-12-12

anond:20181212181116

意味が分からないだけじゃ足りん

意味が分からないのに心に来る何かがあってこそ、文学

2018-12-11

増田から面白い文章機械抽出するには

どの材料をどう組み合わせたら良い?

ブクマ

タグ

ブクマコメント

ブクマカー

ブクマかーについたスターの数

トラバ

今考えているのはコメントからネガポジ判定など。

ちなみに増田文学100選は単純にランキングで並べて AND タグから「%文学%」で抽出しました。

増田文学という言葉流行りだしたのはおそらく2016年以降で、2015年以前のものはあまり抽出できなかったぽいです

ブクマ数50−500あたりの、良質な増田文学抽出してみたいです

anond:20181211114629

しかし「実際は全く考えもしていない事だがイキる為に書いている」って感じはしない

多少の誇張は含まれているとしても、完全なる嘘ではないんじゃないか

こういう増田って定期的に出るけど、良くて依存症予備軍くらいなんじゃないかと思う

ストロングゼロ文学とか言ってはしゃいでたイキリ大学生の中にはガチアルコール依存症やその予備軍もいただろうな、

ってのと同程度の意味

2018-12-09

anond:20181209181133

なんだ。ASDの方ですか。

「何も書かれていないのと同じ」の「何も書かれていない」の定義は「空集合」ということじゃないんですよ。

ASDの方に文学表現ちょっと難しいかもしれませんが、「何も書かれていないのと同じ」という表現は「無意味なことが書かれている」という定義で使われることもあるんですよ。

いや、ASDの方にとって難しすぎたらすいません。

まれつきの不平等について

はじめて書く

きっかけはこの記事https://anond.hatelabo.jp/20181130212224

大企業派遣として働く女性正社員の持つ文化資本などに対する劣等感を綴ったもの

僕はどちらかと言ったら大企業正社員になるレールを歩いてきた人間で今某有名私大生だがまもなく就活を迎える。

文化資本の不平等について、それに恵まれている人間がどれだけ考えているか僕にはわからない。僕が人よりそれに気がかかるのは、高卒の両親を持ち、母の教育熱心の為無理して中学から私立へ入れてもらったからだと思う。金が限界で妹はずっと公立である東京貧乏地域から私立中学へ行くとやはり全てが違って、その時僕は世の中には色んな人種がいて、自分のいる環境はその一つに過ぎないと知った。

例の記事を読んで、筆者は海外旅行観劇趣味であるような人種劣等感を抱いているらしいが、自分劣等感からそういう人種自分を育てた。それが出来たのは首都圏に住み、自由学校に通い、なおかつネットのある時代からこそだろう。クラシックが大好きだし我ながら美術文学の造詣も深いと思うが、自分出自を考えると鹿鳴館猿真似のようでたまに可笑しくなる。

無理して私立に入ったから常にそのコミュニティの中では経済的に最下層にいたと思う。教養はその劣等感と共に育んだもので、今でも親が教授医者だったり(なんと多いことか)すると、「お前の今の地位は全くお前の能力努力とは関係無いんだぞ」と内心劣等感丸出し。そのくせ僕は自分だってまれている方の人間だと知っているのだ。知っているだけマシだと思う。

こういう考えを延長すると、全ては生まれ環境。つまり運。努力出来るかさえも運。ある種の決定論になる。これだと何するにも気力が湧かない。僕は今この状態に近い。

成功」した者はそれが自分努力能力所為だと思いたいし、「失敗」した者はそれが自分がどうしようと覆せなかったものだと思いたい。両者は分かり合えるのか。

僕含め、社会の上流にいる者、生まれ環境に恵まれていた者は、それだけである種の原罪を背負っていると思う。この原罪自覚すべきだと思う。慎重でなければ単なる上から目線の、オリエンタリズムに陥る危険はあるけれど。

まれた人は、もうこんなことはとっくに考えていて、自分なりの答えを出して生きているのかもしれないと考えることもある。

しか自分の中で折り合いをつけるだけでなく、恵まれ人間は、そうでない人間との断絶についてもっと考えるべきなのではないか

以上が記事を読んで思ったことです。長くなったけれど。

2018-12-04

はてなにいたら駄目になる

はてな的コレクトネスはいろいろある。

自民党不支持エスタブリッシュメント嫌疑ハラスメント根絶、嫌煙飲み会嫌い

言っていることはすべて正しいように思えるけれど正しいからこそダメだ。正しさは人を頑なにする。自由を忘れる。

ハラスメント無視してでも人に踏み入る勇気も、タバコの煙に文学を見たあのころ記憶も、現実矛盾文学的に拾おうとする態度もなにもかも正しさで掬おうとすると不和を抱えることになる。自己がいなくなる。

すべてがはてな虚構はてな考える人間像に設定されていく。偽化する。

駄目だ。思想形成媒体としては5流もいいところだ。というかネットによる自己のマジョライズ根本的にダメだ。絶対に目指すべきところではない。

居酒屋タバコ吸ってるおっさんと笑ってるほうがまだ思想的に価値がある。はてなは駄目だ。

2018-11-29

何を言ったかよりも、誰が言ったか重要

なんだな、と思った。

今日見た隊長記事中年男性の心情の吐露として非常に興味深かったのだが、ブコメではお前が言うな系のコメントであふれてたし、童貞は美しいなんてはあちゅうが言ったらぼっこぼこだったのに、ニャート氏がいうとなんて優しい人なんだと褒められていた(ついでにいうと告ハラは滅しろというはてな民がニャート氏の告ハラには なんて優しい人なんだっていってた)

いやいや、これは今に始まったことではなく昔からホリエモンもそう、小泉旋風もそう。結局テキストをどう読み解くかに任意性があるせいなんだろうな。

どんなテクストであっても真理性・慈しみが含まれている。その一方、欺瞞傲慢偏見もまた含まれている。自分好意的に読みたければ、そのように読むし、悪意や反発を持って読みたければそのように読む。どのように読むかはテクストの内容はもちろん、テクストが誰によってもたらされたものなのかであったり、自分党派性によるところが大きいのだろう。

はてブコメントなんてたった100文字Twitterは 120 文字なので、なおさら 自分の読みたいように読めてしまうのだろう。逆に言えばどう読んだかは自分がどう読みたいのかをある程度浮き彫りにしてくれる。

はてブコメントはその点面白いよ。「女性は抑圧されているんだ!」みたいなコメントを付けているアカウントブックマーク一覧をみるとそんなコメントばっかりしてるし、「KKOいじめるな。KKO はかわいそうなんだ」みたいなコメントを付けているアカウントブックマーク一覧を見るとそんなコメントばっかりしている。

文系理系対立煽りを思いついた。

文系的なバックグラウンドの人は、古典文学歴史的資料・各種思想など、総体としては価値があるけど 部分を見ると時代背景的だったり社会的な制約で明らかに間違った言明が含まれているテクスト相手にする。そしてそこから価値をすくいとる、という作業をする。なので、不完全・不明瞭なテクストの読み方が上手いんじゃないかなあと思う。一方、理系的な学問ではそういう作業基本的不要だよね。

テクストをどう読むかという現象に対して、文理の違いがどのように表れるかは不明だけどそういう観点では文系的なメンタルモデルを持っておくことは重要なのかなあと思う。どうも理系的な人間は「文章は明晰で一意に意味付けされるべき」みたいな固定観念に縛られている気がする。自分もそうだけど。

ブコメで「(記事が)何言っているのか意味不明」みたいな知能指数が低いコメントをするのは、本当に知能が低いのか、上記のような すくい上げて読むという習慣を持たない人の発想なのかなあとも思った。

2018-11-28

理由は主に法律

ネット図書館って何でないの?

話が逆。図書館が紙書籍著作権処理なしに貸与/複写できる方が例外的措置

図書館存在が許されているのは当たり前の話では全くない。「図書館&本」というのは

特殊存在なのに、それを普通のこととして「他の分野に広められないか」と考えるのは

前提のはき違えなのだ

図書館著作権処理抜きに、購入するだけで貸与/複写可能なのは著作権法に

図書館に関する貸与権複写権の例外規定が定められているから。

時事報道写真教科書収録文学等の無許諾使用規定などと同じく、あくま著作権法上に

文化して「著作者権利制限する荒業」をやることで成立しているのが図書館なのだ

例外の荒業だから図書館内で」「貸与権複写権に限り」と適用範囲限定されている

わけで、荒業の適用範囲拡張しよう、というのは「他の分野に広めれられないの?」

という単純な話では全くない。

例えば、ネット経由電子書籍貸出は著作権法では公衆送信権規定になるから例外規定対象外

図書館館内で、備え付け端末にて電子書籍閲覧」なら例外規定範疇と思われるが、

通信を利用する「ネット図書館」では例外規定が無い以上、普通著作権処理が必要

なってくるのだ。

ネット貸出し」をやってる図書館も稀にあるが、それは電子書籍の各著作権者/社と

再貸与の個別契約を結んで著作権処理をした上でやっているのであって、電子書籍全般

これをやろうとしたら、各自治体の図書館予算十倍でも済まないだろう。

ネット図書館」は「図書館という法的特別措置範囲」をはみ出てしまう以上、

青空文庫著作権切れ作品しか扱っていないのと同じ理由にぶち当たってしまうのだ。

かに電子書籍教育上欠かせないインフラだ」という認識に立てば、

電子書籍図書館では紙書籍と同じ扱いとできるよう法改正せよ」と国会要求するのは

社会教育法精神に鑑みても、それ自体は決しておかしな主張ではない。

但しその法改正というのは、図書館法、学校図書館法、国立国会図書館法、といった各特別法

その施行令改定だけでも非常に大がかりな話になり、更に根拠法本丸として著作権法が

あるわけだ。

著作権法で「図書館電子書籍」実現のために改正必要な部分は、図書館がらみの31条だけでなく、

公衆送信権規定自体や、「所有でなくレンタル」という電子書籍性格なんかも絡んでくるので

かなり広範。こうなると図書館/電子書籍出版関係者だけでなく、様々な利害関係者が絡むうえ、

公益の考量も非常に複雑になる。つまり誰もが今や問題があることは認めているのに、

利害が絡み過ぎて身動きが取れなくなっている「著作権法をめぐる戦線」に正面から突撃

必要になってくるわけで、「ネット図書館」は強力な推進者がいないととてもできない

ハードルの高い話なのだ

anond:20181127022702

2018-11-26

村上春樹とかそのフォロワー名前忘れたけどクラウド・アトラスの人とか)は割とラノベ親和性高いっていうかほぼラノベ

ノーベル文学賞受賞者も最近ラノベ化してる

バルガスリョサとかカズオ・イシグロとか名前忘れたけど中国のあの人とかなんてほぼラノベでしょ

逆に言えばラノベ読めれば文学も読める

2018-11-24

anond:20181124195004

増田はてな

医療系、経済系、政治系、文学系、このへんは全部だめだか

身の回りのことを書くのはうまいのだけど、

いかんせん知識が少ないから、ちょっとでも生活と離れると駄目になる

デマの加担者にならないように気をつけろよ

履修

秋2018

College Writing

新入生必須レポートの書き方みたいなクラス

話をしたり作品分析をしたりは嫌いじゃないんだけどレポートを書くのが死ぬほどしんどい

好きな映画について書き始めたけど見直しすぎてこの映画嫌いになりそう

教授ユーゴスラビア出身の人なのでアクセントが聞いてて気持ちいい

Intro to Philosophy

哲学(入門)

ソクラテスベースデカルトとかミルとか読んだり論法練習したり

哲学という学問に対するふわっふわしたイメージ払拭された

曖昧なことについて考えるのは好きだけど2-3年かけてみっちり勉強したいほどではないと思ったので専攻候補から除外

Intro to Art History

石器時代から始まる一番古い時代世界美術史

洞窟壁画とかから始まってピラミッドとかギリシャ彫刻とか仏像かについて学んでる 

美術は好きだけど興味があるのは絵画から建築彫刻ばっかりのこのクラスあんまり面白く感じなかった

でも「アートって何だろうな」みたいなのがちょっと分かってきた気がする

・Multilingualism

アメリカの多言語環境についてのクラス

この国で使われてる言語、他の言語から受けた影響、方言文化グループ等について学んでる

正直クソ面白くて入学前には視野にも入ってなかった言語学に興味が湧いてきてる

あと教授が採点ゆるゆる天使

・Applied Calculus to the Social Sciences

微積分?のクラス 応用問題としてリアルシチュエーション文章題とか出てくる

死ぬほどつまらないし教授何言ってっか分かんないしリタイヤしてしまった

申し訳ないしもうちょっとしっかりしたかった

冬2019(予定)

・Drawing 1

副専攻として美術やりたいし最近絵書いてなさすぎて画力心配から基本的なとこから始める

春2019(予定)

Intro to Sociology (社会学

Intro to Cultural Anthropology(民俗学

Intro to Linguistics(言語学)

・Writing about Performance(レポートの書き方、演劇ダンスが題材)

Color Theory(色彩理論)かPainting 1(油絵)のどっちか

他に取ろうと思ってる必修(一般教養?)

理科天文学解剖学

理科2:心理学(入門)か心理学の「アメとムチ」ってクラス

理科応用:Data and Society (データ社会)

数学(再挑戦):Excelコンピューターサイエンスの入門

文学翻訳で読む日本文学

そろそろ一般教養を取り尽くしてしまうので専攻を決めないとまずいところだが分からん

法学とか医学とか暗記だらけのエリートルートは無理だしエンジニアリングとかコンピューターサイエンスとかのそこそこ高給安定ルートも興味が持てない 

2018-11-21

ネットだけで賢くなったと勘違いするな

ネットで○○って言ってるのみたから〜とか、ネットで調べたら○○だったから〜って言って博識ぶった若者が多すぎると思う。

そもそもネット情報を無根拠に信じている人が多い。その認識はだいたい間違いだぞ。wikiでみた情報知識勘違いしてはいけないよ。なぜならあくまwikiは有志が書いただけの情報主観が混じっている可能性があるからだよ。

なのでwikiを利用しながらのオススメ知識習得方法としては、wikiに書かれている内容を仮説として同じ事柄について書いてある文献を読んでみること。これも1冊とかではなくて、できれば複数出版社の文献を読むこと。そうすると自分なりの知識道筋というものが見えてくる。忙しいから無理だという人は最短の手段としては、ネットにあるその文献のレビューを読むことかな。でも学術論文なんかはなかなかそれ自体を読まないことにはどうしようもないから、知識を得るのは時間がかかると割り切ったほうがいいかもしれないね

もう一つ伝えたいのはネットに書かれている人間感情価値観が全てと思わないこと。

なぜかというと人間は全ての気持ち言語化できるわけではないから。世界には言語化されていないけと存在し、そして埋没していく他人感情がたくさんある。はてブブログで書かれていることはまぁ一つの考え方として捉えておけばいい。はてブで極論を言う人とでも、直接対面で話す場がもしあったら他の意見も聞けると思うしね。

人間の心はネットに全て遺しておけるほど単純ではないのだと頭の片隅に入れておくだけでもいい。たとえばこれを読んでいるあなたは、あなたの心のうちにある感情を全て把握し、掌握して、言語化できていますか?

多分自分自身でも気づいていない感情があります。かの夏目漱石太宰治のような文豪ですら「こいつ何言ってんだ」という時があるからね。ショーペンハウアーなんかに至っては難解すぎて笑える時があるけど、彼等の生い立ちなんかを追ってみると「あ、あれってこういう感情だったのかも」と気づくときがある。なので個人的には文学に触れることは人の気持ちに触れることと同義で、ネットだけでは知れない人の気持ちがあると知ることができると思っているんだ。

でも確かにパソコンの使い方や辞書がわりにネットを使ったほうがいいこともあるよね。実務的な情報取得に関してはネットが最強かもしれないね。ただ増田的には最近の人がネットだけみて全てを知った気になっている気がして、もっと物事時間をかけて検証することと実体験を重ねることに価値を感じてほしいと思っているんだ。

実務や合理性けが世の中の全てではないと思うんだ。

そういう意味では現代資本主義が極まりすぎているのかもしれないね増田資本主義社会でいいのだろうかと疑っている一人だよ。

そしてこの増田意見も「本当にそうだろうか?」と疑ってほしい。何事も疑ってから信じていけばいいと思うから。だからネットだけで賢くなったと勘違いするなよ。

2018-11-19

平成文学

バブル期の余韻も終わり長い停滞の時代経験した市民が一発逆転を夢見て異世界転生もの流行した

センター試験に出るよ

anond:20181119114945

文学って科学の対極みたいなもんなのに、信じてんの?

 

お疲れ様ですは目上の人に使う言葉

 

ご苦労様ですは目下に使う言葉

 

陛下、大変ご苦労様でした。」(ビジネスマン陛下、大変お疲れ様でしたw)

山下さんから学んだことは沢山ありました、今まで社を支えていただき本当にご苦労様でした。」(ビジネスマン:今まで支えていただきお疲れ様でしたw)

「ご指導・ご鞭撻いただきありがとうございました。ご苦労様でした。」(ビジネスマン:ご指導お疲れ様でしたw)

 

ご苦労様の出自だが元々は家来が主君を労う言葉として使われていた古い言葉である

それに対してお疲れ様です、というの言葉芸能界テレビ発のペーペー歴史浅い言葉であることは多く語られることはない

 

ビジネスマナー浸食され続ける言葉文化がそんなに好きか

何を信じて生きてますか?

宗教→金のことばかりで嘘くさい

政治→嘘つきの塊

お金→消費しないといけない圧力を感じる

社会資本主義かつ民主主義多数派勝ち組しか救わない

文明ものによる。科学文学個人的ちょっと信じてる

他人→人によるけどその人無しでは生きられないとしたくない

自分→信じたいけど一番疑わしい

あなたは何を信じて生きてますか?

追記

自分の中では信じていきるは信仰や信奉とはちょっと違うかも。資本主義を好まないからといって共産主義を望むというわけでもないし、あくま自分価値観の礎となるものしかない。なのでこれまで信じていなかったものを今後信じる可能性もある。有か無かというわけではない。できればトラバにあるように何事も信じていられたら望ましい。

2018-11-18

インターネット正義が怖い

常に社会に怒りを感じているタイプの人がいる。

もっと楽しいことに時間使えばいいのにとも思うけど、それはその人の自由なのでまあ自由にやってもらえばいい。

問題は、ちょっと失敗したり不謹慎だったりするだけの特定個人に対し、正義を盾にTwitterはてブで責め立てたり個人情報を暴こうとしたり職場学校電話をしようとしたりする連中だ。

彼らは、自分の行いがコンビニミスをした外国人店員を怒鳴りつける老人と同じだということに気づいているだろうか。

別に、彼らが100%間違ってるというつもりはない。大抵の場合、そのとき責め立てられる個人には非がある。軽犯罪を犯していたり、ポリコレ抵触していたり、あるいはそれらの直前だったりする。

ただし、このとき考えないといけないのは「ミスをしたコンビニ外国人店員炎上した彼や彼女のしたことはどの程度の悪なのか」「それに対し、与えられるべき罰や責めの重さはどの程度なのか」「自分は彼らを責めるべきなのか」だ。

また、様々な宗教文学偉人の教えを引くまでもなく、一切の悪や失敗を行わずに生きている人間はいないし、その罪には軽重がある。それは、今正義の側に立っている人々だって、私だって同じだ。

正義は世の中を良くする行いであり、同時に娯楽だ。正義を主張することは気持ちいいものなのだ。我々は、正義を娯楽として使っていないか自分自身に対して批判であるべきではないだろうか。

全ての悪や失敗が許されない世界、品行方正な人間しかいない世界ディストピアしかない。私には正義肥大化、悪の許容度の低下が進んでいるように見える。そして、それが恐ろしい。

何が言いたいかというと、もう少しやんちゃ迷惑ルール違反に寛容になろうよ、あるいは適度なところでやめようよ、って話です。

2018-11-17

百田尚樹の本に参考文献がないとかそういう話

はじめに書いておくと、『日本国紀』がデタラメの塊なのはかれの書くノンフィクションデタラメだらけなのを見ていれば容易に予想がつくことで、『日本国紀』がデタラメだというそ結論に異議を申し立てるつもりは毛頭ない。あんデタラメ本をわざわざ読み込んで批判されている識者の方々には心から敬意を表する。

だけど、ちょっと待ってほしい。参考文献がないという話だ。いや、参考文献が大事なのはわかる。研究書に参考文献がないのは論外だ。そして『日本国紀』にも参考文献が書かれていないということで、こんなん歴史書としてありえないとかさんざん言われている。『日本国紀』がクソなのはよくわかるのだが、参考文献リストがないからクソとか言われてしまうと非常に困惑する。

なぜなら、現に「参考文献が書かれてないけど、良い一般向けの歴史入門書」というもの存在しているからだ。

ぶっちゃけて言うと岩波新書で出た入門書の類である中公新書講談社現代新書最近「もう選書でやれよ」と言いたくなるくらいに参考文献リストを充実させており最近だと本文中での典拠明示もバッチリやっていたりするが、岩波新書は参考文献を載せていない一般向けの歴史の本というもの継続的現在に至るまで出し続けており、その内容がデタラメというならともかく出版から時間が経っても良質な入門書として評価され得るようなものだったりする。

百田批判したいあまりに「参考文献がないなんてありえない!」と言われると、過去岩波新書出版され私を現在研究分野に導いてくれた良書の数々が肩身の狭い思いをするので、もうちょっとこうなんというか、手心というか……。

参考文献は、当たり前だけどあった方がいいに決まっている。仮に知り合いが「これから一般書を書くんだけど、編集さんから参考文献は削ってって言われちゃった。どう思う?」って言い出したら「いや編集とバトルしてでも参考文献載せろよ」って言うだろう。だがもう出ちゃった本に対しては「良い本だけど、参考文献があればもっと良かった」としか言いようがなく、百田の本を叩きたいあまりに参考文献リストがないなんてありえないとか無価値だとかそんな言い方をされると、気持ちはわかるんですがそれはちょっと賛同できないっすね……とボソボソ呟くことしかできなくなってしまう感があり、あれだ、みんなもっと色んな本読もう……

本論とは違うが、ちょっとだけ言いたいこと。

参考文献は必要だが、「巻末参考文献リスト」はなくてもよい。あった方が便利なのは確かだが、本文中に典拠が明示されていれば、紙幅を気にして削ってしまってもよい。文系場合、参考文献を示すのに色々な表記方法が有り得るが(MLA styleとか)、脚注書誌情報を記すやり方もあり(具体的にはシカゴスタイル見てもらった方が早いかhttps://www.chicagomanualofstyle.org/tools_citationguide/citation-guide-1.html )、この方式場合参考文献リストは「あれば便利」という位置づけに過ぎず「必須」ではない。いやもちろんあった方が便利ですよあった方が。でも脚注だけでも「典拠を示す」という最低限の役割を果たし得る以上、紙幅が足りないねじゃあどこ削るとなったときに真っ先に参考文献リストを削るだろうなと思う。別にこれは日本語圏のみのルールではなく、英文査読誌でも脚注典拠を示させるスタイル場合は参考文献リストをつけない場合が多いんじゃないかな(author-date方式場合は当たり前だけど参考文献リスト絶対必要です)。たとえばこの雑誌https://www.tandfonline.com/action/authorSubmission?show=instructions&journalCode=fnep20脚注スタイルなので参考文献リストつけません。甚だしい場合書籍からも参考文献リストを抜くことがある。いやほんと参考文献リストをつけてほしいのだが、しかし出典表記義務はきちんと果たしているので、問題は単に「チェックしづらい」というだけだ。なのでめんどくせーと思いながらも注を丹念に辿って出典チェックをしたものです。ちなみに日本で出た一般書の話ではなくハーバード大学出版から出た英書の話なので誤解なきように。出典注とfurther readingはついてるけど引用文献リストはついてない、というのも見るな(MazowerのDark Continentとか)。

「巻末に参考文献リストを置いていない」ことと「いっさいの出典表示をしていない」は文系においてはまるっきり別の事柄であり、「参考文献がないのは駄目」という言説が後者意味で言われているならいいのだが前者の意味で言われているのならそれは明白に間違いなので勉強し直してほしい。いやだって文系研究書を乱読していれば絶対に「注で参考文献を表示しているけど、巻末に文献リストはない」本に一定数行き当たるでしょ……?(あー、社会学文化人類学のばっかり読んでたらそういう本には当たらないかも。文学とか歴史学とかだと稀によくあるんだよなー)

あと、新書とかエンタメ路線に振った本とかで注がないのは許せるのだが、ほぼ研究書並の分厚い本を書いておいて注を省くのは本当にやめてほしい自分の専門からは遠いから名指ししておくと最近出たやつだと『アイルランド革命1913-23』とか『ドイツ植民地研究』とかですね。新書とかは学識の折り詰めやエッセンスのようなものなので厳密な出典注を省いても別にいいというか対象読者が違うし……感もあるのだが、この厚みでこの内容で出典注ないのは勿体ないし価値を下げてしまっている。いやもちろん両方ともきちんと緻密な参考文献リストをつけてくれているのである程度は出典の見当がついたりするのだが、このボリューム、この内容で注なしは流石に……これなら、注をつけて文献リストを省いた方が100倍マシだと思う。だってどこを参照してるかわかんないじゃん……いちおう言っておくと英語圏でもこういう「なんで! この厚みで! この内容で! ちゃんと注をつけないの!」という本は存在するので日本文系ガラパゴスだとかそういう話を始めないようにね。でも注を省いてこのお値段なら注をつけたらいったいおいくら万円になっちゃうの……? というのも一方で思ったりするので難しいところなんだよな。ただでさえ日本語でも英語でも学術書は高いのにねえ……

[] フロリダプロジェクト

女の子が健気で元気で良かった。

放火したり、母親売春したりと、やばい展開になるんじゃないかと思ったら、実際母親売春警察児童相談所がやってきた。

残された女の子はどうなるの?管理人のおじさんが引き取るの?と思ったら、ディズニーワールド?に友達と入って終わった。

え?これで終わり?と思った。

こういう突然の終わりって文学っぽいですね。

ライムスターの誰かの解説によると、最後ディズニーに行くシーンは現実で、それまでのモーテル暮らしファンタジーなのだと。それは、カメラ映像ディズニーのシーンだけ現実的すぎることから裏付けられる。

女の子にとってはモーテル暮らしが忘れられない思い出になるけど、これから現実が始まるのね。その現実が良いものになるか厳しいものになるかは分からないけど。そう思うと切ない。

近くにあるディズニーワールドではなくて、母親管理人友達と過ごしたあんモーテル暮らしが実はファンタジックものだ、というのは面白い趣向ですね。でも、そういう少年時代が素晴らしいというのも分かる気がする。

2018-11-15

anond:20181115120908

出身学部はどうあれ、

理系のなかでエンジニアだけ優遇政府に入れようとする理由は?

 

逆に外務省アラビア語専攻だけおいとけみたいな話になったら

たっぷり余ってる英米文学専攻がブーブーいうにきまってるだろ。

もちろんアメリカ外交とかが回らなくなるし全く現実的ではないよな。

 

夢物語が好きなやつ多いな最近は。

あ、もしかして揚げ足とられたとおもっちゃったのかププー

京都大学について

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/kyoiku-suishin-gakusei-shien/kosei/news/2018/181109_1.html

川添 信介(かわぞえ しんすけ、1955年 - )は、日本哲学者京都大学文学研究科教授

佐賀県まれ佐賀県立唐津東高等学校、京都大学文学部を経て、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授を経て1996年より京大助教授教授西洋哲学史)。2003年西欧13世紀中葉における哲学の諸概念」で京都大学博士 (文学)。西洋中世哲学史が専門。

西洋哲学専攻で京大を出てるのに、この程度の声明文で自らの正当性世間に伝わると考えたのならもはや救いがたい。学生側の主張が何かを一切説明しないこの、外部の人間には意味不明な「説明」とやらから唯一分かることは、「話し合いを求めた学生に一切話し合いで応じていないこの人と京都大学姿勢」だけだ。

学生に殴られたなら遠慮無く通報すればよい。そんなもの自治とは関係ない。だが、これはどう見てもそういうレベル問題ではない。たかだか学生とき口先三寸で論破できない哲学教授に、最高学府看板を背負わせてはいけない。

2018-11-14

仕事がつらい、助けて

20代後半事務職正社員(女)

つらいところをあげる

上司臨時職員さんを大声でしか

臨時職員さんに仕事を振るとあからさまに嫌な顔をされる。扉を大きな音で閉められる

・同期に私の部署クレームをつけられる、私は関係ない問題について。

どうすればいいんだろう。

下手に転職して今より給料が下がったり、もっとブラック会社にあたったら。

文学とか言語関係する学部出身からこれといった専門スキルもないし。事務職しか思いつかない。

対人スキルが低くていいように使われてしま性格もつらい。

anond:20181114130747

単なる個人の好みをそういう後付けの理屈に仕立て上げようとするから文学って言われるんだよね

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