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2018-06-15

子供嫌いの言い分のやつ

もう元ツイは削除されてるけど同意しかない。子供が騒いでしまうなんてバカでもわかる。そして注意したところで理解できな年齢だったりとか何かしらの疾患がある子供がいることもわかる。

親も人間だし、親である以前に個人としての付き合いとか色々あるだろうから友人とかと話したいだろうけどその間子供は視界に入れなくていいのだろうか。何かしてても注意せず放置でいいのか。見てない隙に子供が何かしらの事故犯罪に巻き込まれてもいいの?と思ってしまう。

そういった人を何人か見たことがある。実際自分がぶつかられたりしたこともあったり、子供がかなり遠くへ向かう姿を見て自分が焦ったりした。こういう体験をすると親に限らず子供も嫌いだなって思う。

電車とかで泣き叫ぶ子供に対してあやしたりとか、声かけたりとかしても泣き止まないという場面にもよく出会う。これは大変そうだな〜と思うくらい。差はなんなのかって言うとやっぱり目に見えて関わってるかどうかってところになると思う。

肩身狭い思いして…とか分かってない!とか色々呟きを見たけどこういうの見て反応できる人の話じゃないの。わかんない人の話なの。別に親子全員ターゲットにして嫌いって話じゃなくて、責任を持たないで子供からしょうがないの!を盾にする親が嫌。

転勤

片道4時間かかるかなり遠方に転勤になりそう。

40すぎて子供がひとりともうすぐ2人目出産予定。

嫁は単身赴任絶対嫌だと言う。

僕も単身赴任は嫌だ。

しかし、親父は実家で半分寝たきり。

母は元気かと思いきや腰痛日常生活辛そう。

行き遅れた妹ひとり。

実家の両親は孫の顔見るのが唯一の生きがいみたいになってて、遠くへ行ったら寂しいだろうなと思う。

すごく田舎実家の事全部妹に押し付けることになりそう。

妹はずっと実家仕事はしてるが家事は親まかせでぬくぬくと過ごして来たけど、いつか現実を突きつけられる時が来ると思う。

仕方ないか

2018-05-21

あの星のように

ターくんへ


お元気ですか?

だいぶ遠くへ行ってしまったけど、私は夜空を見るたびに星の向こうのターくんを想います


そっちで彼女作ってないかな?

仕事は順調かな?

趣味家庭菜園は続いてるかな?


とか。


そっちの日差し野菜を育てるのに良いですね。

次に会えるのは何年後になるかわからないけど、早くその時が来ないかとワクワクしています


ヨナラも言えずに離れ離れになって、私の心も止まったままです。

あの時の電車がもう一本早ければな、、、


運命って残酷ですね。

あの時数分の違いでターくんはそっちに行ってしまったのだから


そんなことを毎朝思います

もうちょっと待っててね、会いに行くから


PS、もう大事会議電車の乗り遅れで遅刻して左遷されないでね

2018-05-13

被害、「そのくらいで」と言わないで

休み職場アラフィフのおばちゃん達とTOKIO山口元メンバー事件話題になったのだが、

山口元メンバー擁護、また被害女子高生非難するような意見圧倒的多数で驚いてしまった。

私はこの春に大学卒業したての新入社員だ。一緒に話した彼女からすればまさに母と娘ほどの年齢差である

単に年齢や立場の近い方に肩入れしてしまいがちなだけ、ジェネレーションギャップ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

だが、「山口くんは辞めなければいけないほどのことをしたのか」「そんな夜中に男の部屋に行く女子高生が悪い」という意見にはすこし異議を唱えたい。

という思いでこの記事を書かせていただく。


突然だが、私は男性から少々危ない目に遭わされた経験が思いつく限りでも三度はある。

高校時代同級生男子からLINEで急に肉体関係を迫られた。

大学時代バイトからの帰り道で、見知らぬ男性に絡まれ、逃げようとしたら腕を掴まれた。

サークル飲み会で、したたかに酔った先輩に襲われかけたこともあった。

これを見た読者の皆様はどう思うだろうか。

「怖い」と言ってくれる声もあるかもしれないが、「なんだ、そんなものか」と思う方のほうがおそらく多いだろう。

「そのくらいで」とは、じつは被害を受けた私自身も少なからず思っているところである

実際、LINEをもらった同級生から実際に襲われたわけではないし、夜道で話しかけてきた男性からもそれ以上は何事もなく逃げ切れたし、

サークルの先輩に襲われかけたときも周りに人がいたため止めてくれた。

何か痛い思いをさせられたり、強姦されたりしたわけではない。「実害」というほどの実害も受けていないのである


だが、「怖かった」「嫌だった」という気持ちに偽りはない。


それらの被害に遭った当時を思い出してみると、その状況を「乗り切る」ということのハードルが著しく低いことに気づく。

平たく言えば「殺されなければ何されてもいいから、生き延びよう」くらいの考えになってしまっている。

まず、相手は理性をなくすほど興奮している。下手な言動で逆上させては何をされるかわからない。

きっぱり断ろう、警察を呼ぼう、といったまっとうな考えはなぜか遥か遠くへ行ってしまっていた。

そのため、なるべく従順な態度をとって被害を抑えよう、これ以上エスカレートしなければいい、と現に受けている被害を受け入れてしまう。

被害から解放された直後は、こちらも急に非日常状態に追いやられて冷静な精神状態とは言い難い。

私の場合は運良くそれ以上の被害を受けずに済んだので(本当に運が良かったと思う)、「これだけで済んでよかった」という安堵感が真っ先にやってくる。

あんなことが本当に自分の身にも降りかかってくるんだなあ、いい勉強になった、なんて能天気に受け流そうとしていた。

それからしばらくは当時のことなんて考えたくもなかった。「これだけ」とは言っても、やはり嫌なことだったからだ。

そして心の傷も癒え、ようやく冷静に状況を分析できるようになった頃に「やっぱりあれっておかしかったんだよね」と気づく。

ここが問題なのだ

「あれだけで済んだから」、怖かった、嫌な思いをした、と声を上げるのがなんとなく憚られてしまうのだ。

いっそ強姦を完遂でもされていれば大手を振って(という言い方もおかしいが)「被害を受けた!」と言えるものであるが、

少なからず怖い、嫌な思いをしたにもかかわらず、「そのくらいで……」とも思う気持ち邪魔をした。

しかも冷静に声を上げられるようになるまでにはずいぶん時間がかかったため、「今更あのときのことを持ち出すのも……」という考えも頭をよぎり、

わざわざ大事にせずに忘れてしまった方がいいんじゃないか、という結論に至った。

これで私は3件ともほとんど誰にも言えず、いわゆる泣き寝入りのままだった。

もちろん警察被害届も出さなかった。出したところで取り合ってくれたかどうかはわからないが。


こんな経験をしているせいか、私はこの事件被害女子高生にどうしても肩入れしたくなる。

いくら夜中でも、呼び出された場所が異性の家でも、実際にその状況に陥って初めからきっぱり断れたとは思えない。

キスをされた、と声を上げるだけでもずいぶん勇気が要ったに違いない。逃げずによく頑張った、と称賛の拍手を送りたい。


どんなに小さな被害でも被害には違いないのだから、「そのくらいで」なんて言わないでほしい。

「そのくらいで」と自分でも思っているからこそ、嫌な思いをしても声を上げられずにいる人がいることに気づいてほしい。

どうか心ある大人の皆さんは、被害の声に対し、もしも些細な被害だと感じても「よく言ってくれたね」と優しい言葉をかけられる人であってほしい。


まとまりのない文章申し訳ないが、性犯罪未遂」の被害を受けた者の一意見として、何かの役に立てれば幸いである。

2018-04-02

あー、

ちゃんボケて介護が大変そう。

いやだなー。親の介護したくない。どこか遠くへ行っちゃおうかな。

2018-03-08

さっちゃんバナナを半分しか食べられない

バナナ1本だったら、0.5本しか食べられない。

バナナ2本だったら、1本しか食べられない。

バナナ10本だったら、5本しか食べられない。

バナナ10000本に対しては、5000本しか食べられない。

バナナ無限にあったとすると、無限の半分の無限しか食べられない。

逆に言うと、バナナが4分の1しかない場合は、さっちゃんは8分の1本しかバナナを食べられない。

n×0.5本分つねに食べることを赦されるにすぎないさっちゃんには何らの随意性もない。

これは原曲歌詞がそう描くとおりである。そのうちに遠くへ行ってしまう。

さっちゃんバナナの本数を規定しえない。

かわいそうだね、さっちゃん

2018-03-02

初めてのますだ。

SNSでもリアルでも、なんとなく言いにくいことだけど、ちょっとかに知ってもらいたいことを書く。

深夜に夫と赤ん坊が寝ている隣で、

時々、ものすごく悲しくなって泣いてしまう。

今、不幸ではないし、むしろ幸せだと思う。

夫は優しくて、子どもをとても可愛がっていて、

仕事休みの日には、私や子どものためにご飯を作ってくれたりするし、

私の実家や親戚にも親切にしてくれる良い人だ。

夫の両親も私に気を遣いながらも、仲良くしてくれる。

本当にいい結婚をしたと思っている。

でも、夜、同じ部屋で並んで寝ているのに、とても孤独に感じることがある。

とりとめのないことなのに、

なんだか切なくて悲しくてやりきれなくなるのだ。

7年前に突然死んだ父のことや、

統合失調症の兄のこと、

今のところ健康だけど日々年を取って弱る母のこと、

父と同じ年に死んだ叔母のこと。

父や叔母には、赤ん坊を抱いてもらいたかった。

生きていたら、きっとかわいがってくれただろう。

二人とも、あっさり死んでしまった。

統合失調症の兄が何を考えているのかよくわからない。

たわいのない会話も出来なくて、

どこか遠くへ行ってしまったような気がする。

そして、昔、一人で住んでいた部屋のことを思い出す。

朝早くから働いて、勉強したり、お酒を飲んだりして、

夜遅く帰宅して、洗濯してお風呂に入って寝る。

毎日くたくただったけど、全部自分のためだった。

質素な部屋だったけれど、

全部全部、私が自分でそろえたものしかなかった。

病気になったり、仕事が辛くなったこともあって、

良いことばかりではなかったけれど、

私は自分の力で生きていた。

だって自分の力で生きているはずなのに、

何故だかとても弱くなったような気がしてとても怖くなる。

一生懸命に、賃労働をしていなくとも、私は私、私は生きる価値がある、と言い聞かせる。

それから子どもの頃のうっすらした記憶がよみがえる。

今は取り壊された古い団地に住んでいた頃。

もうどこにもない景色を思い出す。

ある日の夕方、どこからか家に帰る途中の記憶

同じ年頃の子どもたちの声や、どこからともなく漂う夕餉の香り

お家に帰れば、お母さんとお兄ちゃんがいて、

夜になればお父さんが帰ってくる。

優しくて元気だったころのお父さん。

私は何も心配しなくていい。

どれも、優しい記憶ばかりで辛いことも悲しいこともないのに、

とても切なくて寂しくなってきて、

涙が込み上げてくる。

私は、自分人生の折り返し地点を過ぎたのだと思った。

今までしてもらったことを、してあげる側になったのだ。

自分が産んだ赤ん坊のために、

ご飯の支度をしたり、安心して眠れるように、

居心地の良い家を作っていく大人になったのだ。

でも、やっていけるのだろうか。

私は今、私自身を見失いそうになっている。

出産から1年半程度の期間だが、ずっと自分のことを後回しにしていたことで、

自分が何をしたかったのかがわからなくなってきている。

とても疲れていてただ眠りたくてしょうがない。

それでも、少しずつでも自分のことを取り返していく努力をしなくてはならない。

私は私の人生を生きていて、

の子はこの子人生を生きるのだ。

そこまで考えて、ようやく眠らなくては、と思う。

月に1回か2回は、こうした考えに取りつかれてしまう。

とても疲れ切っていて、眠くてたまらないのに、

また夜泣きが始まってしまうかもしれないのに、

深夜、一人で、悲しみとさみしさに浸ってしまう。

私が一人深夜泣いていることを夫は知らないでいる。

それがまた悲しくて淋しい。

けれど、私の悲しみは私だけのもので、おそらく夫にはわからない。

いや、わかろうとはしてくれるだろう。

でも口には出来ない。

こうして匿名ネットに書き込むだけだ。

2018-03-01

お前のことだ

隣でネガティブ発言ずっとしているおっさんが、今日も凄かったのでもう帰る。

一緒に働くと精神的にまいる。

もういやだ。

できれば遠くへ行って欲しい。さもなくば、私が消えてしまおう。

2018-02-20

人として好きなのか恋愛として好きなのか分からない

私はアラサーOL

 

好きな人がいる。

その人は同じくアラサー男性

好き。とっても好き。

でもその「好き」が人としてなのか、恋愛としてなのかが自分ではよく分からない。

 

その人は数年来の友達で、ことあるごとに飲み、相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いたり聞いてもらったり。

いつも複数で飲むだけだったけど、最近はじめて二人で会った。楽しかった。

 

私が彼について思ってること

①また二人で会いたい。

もっと会話をして、その人のことを知りたいし、私のことも知ってもらいたい。

尊敬できる部分があって、年が近いのにすごいな、見習いたい。

④何かあったとき相談に乗ってもらいたい。

⑤私は料理をするのが好きなんだけど、その人にごはんを作ってあげたい。

末永く仲良くしたいから、恋愛関係にならないほうがいいかも、と思ってる。

⑦でも、一番近い存在として、恋人になりたいなとも思う。

⑧彼が仕事遠くへ引っ越ししまうかも?という案件があるんだけど、嫌だ。

⑨でも、彼のスキルアップキャリアアップにつながるのなら応援したい気もする。

⑩彼の好きなタイプ自分とはかけ離れた女性だと知ってちょっとショックだった。

 

どうなんだろう。

私には恋愛として好きなように見える。

恋愛については私は積極的なほうだけど、今回はあまり自分からアクションを起こしていない。

長いこと友達だったから、気が引けてるのかもしれない。

 

人として好きっていうのと恋愛感情ってどうやって区別をつけるものなのかな。

どうやって判断すればいいのかな

2018-02-13

anond:20180213013518

親に育て方間違えたとか大学入らなきゃ良かったなとか言われるけど

そんな親は捨ててしまえ!

から自由に生きたまえ。

増田人生は親のものじゃない、増田自身のものから、遠慮は要らない、自由に羽ばたけ。

まずは、海外旅行とくに春以降のイタリアアメリカ西海岸おすすめする。あと意外とロンドンもいいかもな。

言葉が分からなくて心配ならツアーがいいぞ、楽だ。

 

行き詰ったら旅にでるといい。なるべく遠くへ

2018-02-10

とにかくゆっくり出来る旅2018、腰が重い1、無駄

ゆっくりしようぜ!

ちんたら荷造りして、とろとろ鈍行で遠くへいって、宿着いたらゴロゴロして、上げ膳据え膳でだらだら呑み食いして、ぬる湯に脳髄ふやけるまでゆっくり浸かって、髪乾くまで黙ってひたすら扇風機にあたって、部屋のミニ冷蔵庫開けていつまでもちびちび酒啜りながら夜空眺めて、じっくり温いセックスして、目覚ましかけずにぐっすり寝る、起きても布団の中でゆっくりしてて、熱い朝風呂で目を瞑って目を覚ましてるんだか何なんだか、朝食の納豆いつもより多めにかき混ぜたりする時間だってある、そんで日が高くなったこにゆっくり帰ってこよう、土産駄菓子なんか食べたりしながら

2018-02-02

高校の頃、隣の家の家族のところに女子大生が移り住んできた。正しくは大学院生なんだけど。その夫婦の姪にあたる人で、院生になったのをきっかけに、より学校に近いそこへやってきたとのことだった。当時うちの母とお隣の奥さんは一緒に今でいうホームパーティみたいなものをやるくらいすごく仲がよくて、当然のように俺にも紹介されて挨拶した。高3の春だった。

しばらくして、受験生なのに全く勉強しない俺を不安に思った母親が「塾へ行こう」とパンフレットもって切り出してきた。家では全く勉強しないでゲーム三昧だったけど、学校ではそれなりに真面目に授業を受けていたので成績はまあまあ良くて、だから大学学力に見合った難しすぎないところに行こうと思っていて、塾なんてまったくやる気がしない。ずっと拒否っていたら、またしばらくして母が隣の家の女子大生を連れてきた。「バイト探してるっていうから、この子家庭教師してもらうことにした」ふざけんなと思ったが、もう家に上がっている彼女を追い返すわけにもいかいかと思いしぶしぶ勉強を見てもらうことにした。自分の部屋は汚すぎて入れられなくて、その日はリビング数学課題を見てもらった覚えがある。結局そのまま家庭教師として勉強を見てもらうことになった。

その人はすごく頭がいい上、人をその気にさせるのがすごくうまい人で、調子に乗った俺は家でもきちんと受験勉強をするようになった。成績も少しずつ上がり始めて、当時の志望校では少し目標が低いんじゃない?と担任にも言われるようになった。話も面白くて、週2回の彼女の来訪を心待ちにするようになり、模試でいい評価を取ると即メールした。

そんなこんなで、彼女を好きだと思うようになるのに時間はかからなかった。よくある話だ、高校生が少し年上の大学生に恋をする。(院生だけど)あまり読んだことないけど少女漫画の設定そのまんまみたいな状況すぎて、いやちょっと勘違いしちゃってるだけだろ、と必死にその気持ちに抗ってみたりしたけれど、もう会ってしまうとそういうの全部どうでもよくなって、少しでも成績上げて喜ばせたいと思ってしまうから秋ぐらいにはもう諦めた。

そしてその人が通っていた難関大学志望校を変えた。両親も担任も、そして彼女も喜んで応援してくれた。一層勉強に身が入り、必死勉強した。


次の春、晴れて俺は彼女の後輩になることができた。学部は違ったが、ものすごく嬉しかったし、ようやく同じ土俵に立てた気がした。当然そんなわけはないんだけど。向こうはその大学内でも屈指の偏差値を誇る理系学部院生で(院生から学部おかしいか)俺は文系比較偏差値が低い方だ。

それでも毎日なんとなく嬉しくて、タイミングがあった時は一緒に登下校したり、学食で一緒に飯食ったりした。夏休みに入る少し手前、初めて二人で出かけた。向こうはどう思っていたかしらないけれど、デートのつもりで誘ったか約束をしてからその日までずっとそわそわし通しだった。親にバレるのが嫌でわざわざ駅で待ち合わせて、彼女が行きたいと言っていた水族館に行って食事をして、お互い家に帰ってからメール告白した。「ちょっと表出て」って喧嘩吹っ掛けられるみたいな返信が返ってきて、それからマンションエントランスで話して、付き合うことになった。


それから彼女卒業するまでは本当に楽しかったし、俺も彼女に見合う大人の男になろうと必死だった。プレゼント背伸びして、百貨店に売ってるようないいアクセサリーを用意したり、デートでもなるべくお金出させたくなくて、少ないバイト代を精一杯はたいて奢ったりした。結局最終的に割り勘くらいになるように向こうに調整されていたけど。喧嘩しても大人ぶって先に折れて謝った。嫌われたくなかったというのもある。

冬が過ぎ、また春がきて、彼女就職して隣の家を出ていった。移り住んだアパートはうちから1時間近くかかるところだった。

学生の頃に比べると、格段に会える日が少なくなってしまい、些細なことでの喧嘩が増えていった。それでも最初の1年くらいは、彼女の家に泊まりに行って手料理を振舞ったり振舞われたり、ちょっと遠くへ旅行へ行ったり、何とかその壁を乗り越えようとがんばった。どうしてもその人を手放したくなかったから。大人な振りをして、ずっと背伸びし続けていた。

それがダメになったのは付き合って1年と少し経った頃、俺が大学2年の冬だった。

箱根に泊まり旅行にいって、旅館で夕食を食べているときだった。もうほとんど覚えていないような些細なことで、ふっと怒りがこみあげて、その勢いのまま机を殴りつけて怒鳴ってしまった。言った瞬間にすぐ我に返った。しまったと思った時には彼女は萎縮しきった顔で「ずっとそうやって我慢させてた?」と問いかけてきた。何も返せなくて、その日はもう会話もなくなって、朝起きたら彼女はいなくなっていて、携帯には「別れよう」というメールがきていた。

本当に大好きで大切な人だったのに、ずっとずっと彼女に見合う「大人な男」になりたくてなりきれなかった。悔しいのと情けないのと喪失感とごちゃごちゃになりながら一人で帰って、それからしばらく大学にもいかず家に引きこもってずっとオンゲをしていた。無心でレベル上げしていてもすぐに彼女のことがちらついた。もうしんどくてたまらなかった。

それでも時間は過ぎて行って、大学の成績通知を見ていい加減家を出なければと思った。単位結構取り落としていた。それからまた大学バイトゲームの繰り返しを毎日毎日やって、気づけば就活生と言われる年になった。

就職フェアみたいなやつに同期と出向き、彼女就職した会社ブースを見つけた。彼女がいないことを確認して(そもそも研究職だからいるわけないんだけど)説明を聞いてそのままエントリーした。運よく選考が進み、そして内定を勝ち得た。

そこで流石に一度我に返った。こんなストーカーじみたことして、どう考えてもおかしいしやばいそもそも入社してもし社内ですれ違ったりしたらなんて声を掛けたらいいんだ。もう一度会いたいとは思うけれど、向こうはもう俺のこと忘れてほかに相手いるかもしれないし、年齢的に結婚している可能性もなくもない。内定はあともう1社あった。期限は迫ってくる。悩みに悩んで俺は彼女に連絡を取ることにした。我ながらどうしてそうなったと今にして思うのだが、その時は考えすぎて頭が完全に煮詰まっていた。

電話番号は幸い変わっていなかった。電話で全部話した。まだ忘れられないこと、まだ好きなこと、それから同じ会社を受けて内定が出たこと、今行こうかどうしようか悩んでいること。付き合っていた頃の俺とは全然違って、本当に情けなかった。いや、付き合っていた頃だって決してちゃんと決まっていなかったかもしれないけど、それでも精一杯ずっと物分かりが良くて包容力があって大人な俺を演じ続けていたから、それはもうキャラ違うレベルだったと思う。彼女は静かに全部聞いた後、「うちはまあまあ大手だし、労働環境も悪くないから来るなとは言わないけれど、もう一社とよく比較して考えて」と言ったあと、「私のことは気にしないで」と言った。

突き放された気がした。それが余計悔しくて、勢いで「わかった。じゃあそっちの会社に行く」と即答した。するといつかみたいに「ちょっと表出て」と言われた。もしかしているのかと思って慌てて家の外に出たが、だれもいない。「どういうこと?」と聞いたら「そのまま駅まで行って、〇〇駅まで来て。私も今家出た」と言って電話を切られた。マジかよ。時間はすでに22時過ぎだった。〇〇駅は彼女の最寄り駅じゃなくて、うちと彼女の家の中間あたりで、付き合っていた頃よく一緒に飯に行ったところだった。こんなに長い30分があっただろうか。走って駅までいって、電車に乗っている間も落ち着かなくて、ずっと立ったままだった。電車から飛び降りて改札を出て、きょろきょろしながら電話しようとしたら、同じく携帯を片手に小走りで改札を抜けようとする彼女と目があった。


そんな彼女明日結婚します。

2018-01-26

anond:20180126020432

休日、本を数冊持って、二三日外で暮らしても足りるぐらいのお金を財布に入れて、電車でどこか遠くへ遠くへ行く。

一応、連絡手段としてスマホは持つけど、基本バッグに入れっぱなし。

から出かけて、夜に帰ってくる。翌日も休みならどこかに一泊してもいい。替えの服も一泊くらいなら下着だけでいいし、荷物も少なくて済む。

そうすると、ずーっと本にしか触れられない貴重な時間が出来上がる。

読むのに疲れたら、車窓がある。遠くへ行けば行くほど、知らない車窓が待っている。

車窓にも飽きたら、適当な駅で降りてもいい。腹ごしらえに近くの定食屋に入ってもいい。座りすぎてお尻が痛くなったら、知らない街並みを歩いてみるのもいい。

とにかく、物理的に日常範囲から遠ざかる。何か違う自分が見えてくる。

本は、そういうときけがえのないものになる。

2018-01-18

ピザが食べたい

さっき昼飯を食べたばかりなので、今はビタイチ食べたくないんだけど、いつか食べたくなる。

単に腹が減っただけなら、ピザよりも先に食いたくなるものがたくさんあって、ピザ選択する機会はまずないけど、それでもいつか食べたくなる。

具体的に言えば、ダイニングバーとかでみんなでワイワイガヤガヤ騒がしく盛り上がっていると、誰かがピザを頼んだりして、本当にそういう時にしか飲まないジャックコークと一緒にピザを食べたい。

いつも行っていたあの店もなくなってしまったし、あのころの仲間も結婚したり、遠くへ行ったり、死んでしまったりでそろうことが

ないのだけど、そして僕自身仕事と家庭と住宅ローンに追われて友達と飲みに行くこともまったくなくなってしまったのだけど。

似たような店に入ってもかつての僕たちのような一党が楽しく、騒いでいて、もう僕の来る場所じゃないと痛感させられるのだけど。

あの時の安っぽいピザがいつか無性に食べたくなるとわかっている。

そして、それがどうしようもない郷愁であることもわかっている。

2017-12-12

消えてしまいたいと時々思う

時たま全部が面倒になって、どこか遠くへ消えてしまいたい、休みたいという気持ちになる。

そこそこの会社に勤めてそこそこのお給料を貰って彼女もいるんだけど、

仕事のことにしても彼女のことにしても、なんか嫌なことがあるとすぐ逃げ出したくなる。

転職したってたぶん同じような気持ちになるだろう。会社を休んでも変わらないだろう。

何をしても満たされない。何かが足りない。何が足りないのかわからないけど。

今そんな気持ち。たまにぶっ倒れて意識不明のまましばらく入院したいって思ってしま自分もいて、

何かがやばいんだろうけど実際に何がやばいのか全くわからない状況だ。

この不安とかモヤモヤを、部分的には相談できる人は何人かいるけど、

全部相談できる人間は誰もいないから、それもそれでつらい。

ストロングゼロが手っ取り早そうだけど、僕は酒が飲めない。

どうしたらいいんだろうか。

2017-12-09

「おまえがストロングゼロを知らなくても、ストロングゼロ

そのとき、コウスケのiPhone7が鳴った。俺も一緒に買いについていったから覚えている。そのときはなぜだか頭の奥では一瞬冷静になってそんなことを考えていた。考えていたというか、自分をどこか観察していたというか。コウスケは画面を見るなり、電話に出ながら部屋の奥へと戻っていった。これは今でもふと思うけれど、俺はそこでそうすべきじゃなかったのかもしれない。けれども俺が選んだ行動は、コウスケの後ろ姿を眺めドアが閉まるのに任せたあと、自宅へ戻ることだった。その日以降コウスケから連絡がくることはなかった、俺もこちからとることはしなかった。気づいた頃にはもう遅かった。正確には、その日から俺はコウスケの姿すら見ていない。大家によると、あの日の翌日には空っぽになっていたそうだ。

***

イズミと会ったのは、高1になってすぐの頃だった。といっても最初はすれ違った程度だけど。初めて話したのは高2になってからだった。タクヤイズミが話してて、俺は偶然通りかかったついでにタクヤに話しかけた。もちろんイズミが気になってたからなんだけど。そしたらイズミが「ねえ、君、イトウくんでしょ」って言ってきた。イズミは初めから適当だった。俺の名前イトウじゃなかった。けれどもそのときは、俺もノリで「おう」と応えた。その日から俺はイトウくんと呼ばれるようになった。イズミが俺の本当の名前を本当は知ってたのか、知らなかったのかは今でも知らない。他称イトウの恋は8月の大爆発と一緒にどこか遠くへ行ってしまった。タクヤが泣いていたのを思い出す。思えばその頃から歯車は狂い始めていたんだろう。あのとき俺がイズミを誘わなければ。

https://anond.hatelabo.jp/20171208141640

2017-12-04

慎重に転職

35歳

給与29万円(額面)

既婚(子なし)

VBAがほんのちょっと使える

マネジメント経験無し


家庭の事情遠くへ引っ越さなければならなくなった。必然的転職となる。

こんな経歴で出きる仕事なんて限られている。

慎重に選ばなければいけないが、そんな悠長なことも言っていられない。

2017-11-30

猫のような男の話

ここ1ヶ月ほど、猫のような男を飼っている。

二つ歳下の、職場部署の違う後輩。

最初は、会えば少し話をするだけのただの先輩後輩関係だったはずだった。同じ出先の仕事を任されたことがきっかけで、ふたりで数回ご飯を食べた。そのまま酔った勢い我が家にあげたのが、思い返せば「先輩と後輩」の道から逸れ始めた原因だったのだろう。あの選択肢が間違いだった。

少しずつじわじわと既成事実を積み上げて、敢えて表現するとしたら「都合のいい男」と「都合のいい女」の関係になった。余計な言葉は何もなくて、彼は私が呼べばうちに来たし、呼ばなくても来た。彼の住む古びた木造アパートは今時期凍えるほど寒くて、「ここの部屋は人がいるし鉄筋コンクリートだし暖かい」などとのたまいながら、私のアパートの部屋で私のジャージを着込んで、私の買ってきた缶ビールを片手に私の用意した夕飯を食べ、気が向いたら時々私を抱き、そして我が家で寝て我が家から職場へ向かった。

私は私で頼られたり拠り所にされたり尽くしたりすることはやぶさかではなかったし、私自身しばらく男女の関係というものがご無沙汰だったこともあり、名前がついていなかったとしても、この関係性は嫌いではなかった。時にはでろでろに甘やかしてくれたし、時には頼りになって、案外この関係を楽しんでいる自分がいた。それは分かっていた。

私にはタイムリミットがあった。

この年末で今の職場ーーー彼と同じ職場からの異動が決まっていた。それは彼が我が家に居着き始めたころとほぼ同時に確定していた話で、もちろん彼もそれを(社内公示よりもずっと先に)知っていたし、異動と同時に私がこのアパートを引き払って、遠くへ引っ越すことも把握していた。

まり、この関係はあと1ヶ月もしないうちに決着をつけなければいけないという、暗黙の終着点が設置されている上でのスタートだった。もちろんお互いそれを理解した上でこの関係性を良しとしていたし、正直に告白すると、私はそのことを出来るだけ考えないようにしていた。それを口に出してしまうと、猫のような彼はきっと我が家に出入りしなくなると思っていたからだ。

彼は、首輪のついた猫だった。

あくまでも、その首輪は私のものではない。

彼はどこまでも自分時間リズムで生きていたし、私よりもずっと「自分」を持っている人間だった。自分に自信がなく、周りに流されて他人の目を気にして生きていた私は、彼の生き方や考え方そのもの目から鱗だったし、自分真逆人生を歩んでいるような彼は、泥のように見窄らしく「自分」のない私には、あまりにも眩しかった。

でも「自分」がありすぎる彼に付き合うのは私にとって時々大変だったし、そこそこ気も使いつつ、柄にもなく彼に合わせるために多少の背伸びもした。

でもそれすら楽しいと思っていた。浮かれていたのだろう、たぶん。でも長く付き合ったらお互い疲弊するのだろうな、とは薄々感じてはいたが、見て見ぬ振りをした。

昨晩、またも酔った勢いで、つるっと口を滑らせた。

きっかけは些細なすれ違いだった。何かをしたとかしないとか、そんな程度のことだったと思う。

それでも私は口にしてしまったのだ。

私は君の何なの、と。

その瞬間、彼の時が止まったし、それを見た私も口にしたことをひどく後悔した。

それはこの1ヶ月避け続けていた言葉だった。名前のない関係名前をつけろと言ってしまったのだから

彼は言葉を選びつつ静かに言った。

「いつかはそう言われる日が来ると思っていた」

そこから先の空気は最悪だった。深夜1時。翌日彼は仕事で、お互い静かに背を向けて、お互い静かに寝た。昼間ははしゃぎながら遠出をして、おいしいご飯を食べていたのに、数時間後はお通夜だった。

今朝、彼は休みで早くから起きなかった私の耳元で、「ごめん」と謝罪言葉を小さく口にして家を出て行った。荷物をまとめて出ていくかと思ったら、なぜかすべて置いて行った。

昨晩の結論は、まだ出ていない。

先程、彼からの連絡が来ていた。

きっと今晩も彼は我が家の門を叩くし、私は冷えたビールと夕ご飯を用意して彼のことを出迎えるのだろう。それでもパンドラの箱に手をかけてしまたことは間違いない。昨晩のことは常に心に引っかかっていていたとしても、それでも必死に見て見ぬ振りをして、お互いこの中途半端関係に甘えて束の間の夢を見るのだ。

私が異動してこのアパートを去るまで、あと1ヶ月弱。

あの猫の首輪は、きっと私のものにはならない。

2017-10-26

[]10月25日

ホテル徒歩圏内出張だと

終電も始発も関係なく朝の4時からこの時間までというような仕事になるから電車って偉大だな

電車ってすげえな

地元に帰ったら電車感謝しよう

サンキュー近鉄

マジ感謝近鉄

なんなら乗り鉄になろう

電車乗って遠くへ行こう

津田美波の遠く遠くって曲あるじゃ無いですか

あれを歌いながら電車乗って

あれ?

この歌歌うとまた東京に行っちゃいそうな気がするね

はーあ、言っとくけどさ、目覚まし時計も昔の恋人も一切非はないのだから、物に当たるなよな

種田梨沙さんおめでとう!

あれ、種田梨沙さんがキスティーで、伊福部崇さんにキックしたんだっけ?

そうえばさ、未だにライトニングスカーレットに何があったのかイマイチ把握できていないから誰かわかりやすく教えてほしいな

ソウルキッチンっていう映画が好きなんだけどNetflixにあるね

お家帰ったら見るんだー

木曜と金曜日の残り2日なので張り切りマンだぜー

2017-10-12

まさか友達とすれ違った増田酢魔たっが地レスト千田もとか様(回文

千田とかちゃんって

ありそうな名前よねと調べてみたけど、

誰も出てこなかったので大丈夫よね。

おぎやはぎさんの「有名人じゃない名前を言うゲーム」で

言ってもいいレヴェルね。

そんな千田ちゃんと

バッタリ街ですれ違ったみたいなのよね。

私の目の前通っていって、

しかしたら千田ちゃん?って思ったけど

もう5~6年も会ってないか

似た人がいるもんだなぁ~

武田鉄矢

思えば遠くへ来たもんだばりに思ったんだけど、

声は掛けなかったのね。

そしたら、

しばらくして

フェイスブックメッセージ

「さっきすれ違ったでしょ!久しぶり」って

来ててちょっと笑っちゃったわ。

やっぱその時声かければよかったけど

まさか千田ちゃんとはね。

今度ばったり出会ったら

ランチ一緒にしてみようかしらね

うふふ。


今日朝ご飯

ひょっとして炭水化物って

そんなに摂取しなくてもいいんじゃない?と思う今日この頃

実際はどうなのかしら?

そんな低炭水化物摂取を目指してみようと思って食べる

ゆで玉子よ。

最近それにハマってるわ。

しばらく様子と見てみるとしましょう。

痩せたらいいわね。

デトックスウォーター

グリーン緑茶ウォーラーも季節柄終わりかなと思った矢先

また暑くなってきたので、

ちょっとまだ継続ね。

この時期の寒暖の差は油断大敵よっ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-10-06

anond:20171006145105

何も反応が無いってことは、どこか遠くへ旅立ってもう帰ってこないかもしれない…

貴重な新人を!!貴様!!

2017-09-14

評判イマイチアニメ映画観たらピンポイント直撃を食らい時が飛んだ

子供の頃、大好きな女の子がいたんだ。

俺はあの子のことが、本当に、本当に大好きだった。

でもあの頃はそれの正体がよくわからなくて、なんて言ったらいいのかもよくわからなくて、結局、俺は最後まであの子自分気持ちを伝えることができなかった。

中学1年の夏休み、あの子は家庭の事情で突然住んでいた街から引っ越していくことになって、終業式の日に教室で見た姿があの子についての最後の思い出になった。


あれからずいぶん時間が経って大人になり、人生の大きな選択みたいなこともいくつかあったけれど、事あるごとに「もしも」「あの時ああしていたら」というようなことを考えることがあると、真っ先にあの中学1年の終業式の日のことを思い出すんだよね。

あの時、あの子に「好きだ」と言えていたらって、その頃の中学1年生によくありがちっぽい、そんなささやか出来事を考えてしまうんだよ。

別に、もしそのもしもが叶っていたとしても、きっと何も変わらないんだとは思う。あの子は何も変わらずあと何日かしたら遠くへ引っ越していくし、そのあと何ができたわけでもないんだろう。でもあの時、俺はあまりに幼くて、かっこ悪くて、無力だったよ。

の子小学校の真ん中くらいの時に転校してきて、それからずっと同じクラスだったんだ。

まり女の子友達がいなかったけれど、あの子とはその時からとても気が合ってよく一緒に遊んだ。俺の小さな世界にいる数少ない女の子だった。

きりっとした綺麗な顔立ちで、ちょっと気が強くてお姉さん肌の明るい女の子だった。実際、同級生だったけどほぼ1年誕生日が早かったあの子はいつも少しだけオトナで、俺はよく背伸びをしていた気がする。それこそ13歳のとき奥菜恵みたいな誰から見ても完全無欠な美少女、というわけではなかったとは思うんだけど、間違いなく、俺にとっては世界で一番の女の子だったんだよね。

そうこうしているうちに中学生になったんだけど、入学式に行って最初確認したのは、あの子がどこのクラスにいるのかだったのを覚えている。

の子は俺と同じクラスだった。その頃地域マンモス校だった中学校で1学年9クラスもあるのに、同じところに一緒に名前が載っていて、嬉しかったのもあるけど、なんだかとても安心してしまったのも覚えている。ああ、これから不安もあるけど、きっと、2年生になっても、3年生になってもまた一緒のクラスになるんだ、なんてなんとなくぼんやりと思ってた。

1学期の間、あの子とは隣同士の席になった。なんだろう、子供だった俺はその状況に満足して、当然のように思って、そしてそれ以上何かをするということは無かった。学校に行って、好きな漫画アニメの話なんかを話して、ずっとこの席にいられたらいいななんて思ってた。

俺があの子のことが好きなことは、おそらくクラス中にバレていた。同じ小学校から来た友達もいたし、何より俺がずっと隣の席を見ていたからだ。

でも、そんな日は長く続かなかったんだよね。

あと一週間で夏休みだ、となった7月の半ば、俺はあの子の様子がなんとなくおかしいことに気づいて、とんでもなく不安気持ちになっていた。

急に態度が冷たくなった、とかそういうことは一切なくて、その逆のことが起こっていた。終業式の数日前からいつになくいろんなことを話しかけてきた。初めて会ったころのことや、小学校林間学校ときのことを話した。何か、とても嫌な予感がした。

終業式の前の日の放課後に家に帰ろうとしていると、掃除当番だったあの子が後ろから

掃除、一緒に手伝ってよ!」

と言い、俺のシャツの裾をギュッと掴んで引っ張った。

一瞬時間が止まった気がしたよね。あの感触を、今でもありありと鮮明に覚えている。

絵に書いたようなお約束少年だった俺は、たぶん嫌だよヘヘーン、みたいなことを言って、あの子から逃げた。

クラスの他の女子からなんかヒューヒューと茶化された。廊下に出ると、心臓バクバクしていた。

俺は教室の前の廊下で前の入り口と後ろの入り口の間を5往復くらいウロウロして、やっぱり教室に戻れなくて逃げるように帰った。

そんな日々はその次の日に、映画みたいな出来事もなく、あっけなく終わった。

終業式のホームルーム担任先生はあの子を黒板の前に呼び出して、突然ですがご家庭の都合で転校することになりました、と紹介した。

本人の希望があって、今までお知らせしていませんでした。


なんとなく薄々様子がおかしいことに感づいていたから、動揺はしなかった、フリを全力でした。

の子のことを見ることができなくて、礼が終わった瞬間隣の教室にやっぱり逃げるように入った。特に用事は無かったのにね。頭が真っ白だった。

隣の教室でぐだぐだしていると、小学校とき一緒のクラスだったちょっとおませなお節介焼きの女子がやってきて、俺を見るなりあんた何やってんの、あの子にちゃんと自分気持ち伝えて来たんでしょうね?ちゃんと告白してこいよ、後悔するぞとかなんとか言いやがった。12歳の世界において、女子男子よりもだいぶオトナだと思い知らされたね。

その時俺が口走った言葉を思い出すと我ながらひどすぎて死にたくなるんだけども、確かこんなことを言った。はぁ!?ばっかじゃねーの!?やめろよ、そんなんじゃねーよ。

って、漫画かよ。今でも死にたくなってくるよ。

でも、それもそうかとなんとか思い返して、人影もまばらになってきた自分教室エイヤーと戻った。

この日が最後だったあの子は、まだ教室にいた。

が、それとあと2人くらい、普段まり話したことのない女子が何やら残念だねと話していた。

そこで俺は黒板の前にバン、と立って、ちょっといか今日は俺と一緒に帰ろうぜ!

と言い放つ妄想をあとから何度もしたのだけれど、現実の俺はそんなことはなくて、2人の女子に怯んでまた廊下に出てしまい、やっぱり前のドアと後ろのドアの間をウロウロウロウロとしていた。

そうしていると、友達が通りかかって、何やってんの帰ろうぜ、と言った。

お、おう、そうだねみたいなことを言って、学校を出た。

それが、あの子を見た最後だったよ。


帰る途中、意味もなく遠回りをした。また、とんでもなく受動的なバッタリに一縷の望みを掛けていた気がするけど、すぐに忘れようともしていた。

その友達が、ああそういやあの子転校するんだろ?と言ってきた。ああ、そうみたいだね。と答えたら、ふーん、と返ってきた。そいつになぜか無性に腹が立った。彼は別に何も悪いことしてないんだけども。

歩きながら、無理やり色々なことを考えて納得しようとした。そうだよ、そんなどうせあと何日かでいなくなるのに、今更何か変なこと言ったって迷惑だ。俺の自分勝手だ。そうだ、どうにもならないんだから、何も言わないのが正しいのだ。だから、これでいいんだ。とかなんとか。

映画を観ていたら、アタマがあの頃に飛んでいた。

何もできなかった。あまり子供で、勇気が無くて、情けなくて、後悔とも無念ともなんとも言えなくて、ほろ苦いというか、苦かった。

あの時こうしていれば、って何度も何度も繰り返して、何パターンものルート妄想した、そんな10代の時間だったよ。

大したことじゃないってことはわかってるんだよ。誰にだってあることで、よくあることで、ちっぽけなことだよ。

でも、12歳の心の風景っていうのはとても、とても不安定ものなんだよね。オトナでも子供でも無くて、気持ちだけそこにあるけれど、どうしていいのかわからないんだよね。イマドキの中学生はまた違うんだろうなっていう気もするのだけれど、少なくともあの頃の12歳はそんな感じだった、きっと。

別にとんでもない大事件なんか起きなかった。宇宙人も、未来人も、超能力者も出てこないし、況してや隕石が落ちてくるようなことなんてないし。

でも、12歳の世界にとって、好きな女の子に「好きだ」って言えるかどうかっていうのは、時に隕石が落ちてくるよりも大きな問題だったりすることもあるんだな。

あの頃の、あの「純度100%の『好き』のカタマリ」って一体なんなんだろうな。

なぜそうなのかという理由も問わず、えろい下心もなく、ただただ純粋な何かだった。あの頃のあれと同じ気持ちって、一生戻ってくることは無いんだろうな。

そんなことを考えていた。


インターネットの普及した現代のせいだ。俺はムクムクと出来心が湧き上がって、ついFacebookを立ち上げて、検索窓にあの子名前入力してしまった。

便利な社会残酷だ。もの10秒だった。この長い長い時間は何だったんだっていうくらいあっという間に、あの子がそこに存在しているのが見つかった。

どこからどう見ても、間違えるはずもなく俺が知っているあの子の顔がそこにあった。

あの時の歳の何倍もの時間が経って相応の歳の女性になってはいたけれど、変わらずちょっと気が強そうな美人だった。

その写真を見て、今まで薄々感じながら自分に気づかないフリをしていたことにやっぱり気づいてしまった。

俺はどうやらその後の人生において、好みのタイプだとか、好きな芸能人だとか、そういった気持ち基準が、すべてあの子になっていて、いつも面影を追いかけていた。


の子は、独身だった。

からだっていうことはない。

そんなことをしていたらハッと我に返って、今度はとても自分気持ち悪くなって、そっとその画面を閉じ、Facebook検索履歴を消した。

子供の頃、初めてあの子の家に遊びに行った時に一緒にコースを作って遊んだエキサイトバイクのプイーンというBターボの音と、出してもらった麦茶の味と、あの日グイッと引っ張られたシャツの裾の感覚がぐるぐると回って、それからゆっくりと消えていった気がした。

もう、検索することはきっと二度と無いだろう。


そんなこんなで挙動不審になりながら「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を3日連続で観に行こうとしていたら、今年中学1年生の息子が、あーあれ俺も観たいんだ、一緒に行くわとかなんとか言ってついてきた。

映画を観終わったら、息子が

「何だよ、めっちゃいい映画じゃんか。何で評判イマイチなんだよ。俺すげー好きだよこれ。」

と言った。


オッケー、わかったよ。

君がそういうなら、俺はもう、それでいいよ。

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