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2017-09-23

あさひなぐ』のモデルとなったのは私の母校の薙刀

■この記事テーマ:私の母校の薙刀部が漫画モデルになった事実を基に、運動部漫画現実運動部の違い、運動部光と影についてを書いた。

(文化部にも言えることとは思う)

その1:部員飲酒

その2:部活活動時間・日数(あくまでも一般論として親のサポート部活熱心な顧問実態についても書いた)

■書いた目的:小中高校生とその保護者に「部活選びは将来の進路のことも見据えて慎重に考えて欲しい」と伝えるため

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今年2017年舞台化、映画化された漫画あさひなぐ』の薙刀部のモデルとなったのは私の出身高校薙刀部だ。

私は『あさひなぐ』を読んでない(観てない)けど、ネットであらすじを読む限りは爽やかで熱い運動部漫画という印象を受けた。

野球にせよサッカーにせよ何にせよ運動部漫画は、運動部きれいな部分しか見せない。

飲酒について

時々ニュースになる先輩から後輩への暴力指導者から生徒への暴力(いわゆる体罰)、生徒の飲酒喫煙などはまず扱われない。

母校の薙刀部も例外ではない。

私は薙刀部ではなかったけど薙刀部員の知り合いはいた。

ちなみに私が通っていたのは2000年代である

先輩後輩間の暴力顧問OG体罰というのは聞いたことはないが、薙刀所属の生徒複数人高校生(未成年)のうちに飲酒していた(喫煙は聞いたことがないし見たこともないが)。

私が知っているのは学校行事打ち上げ(夕食会)のことであり部活関係飲酒があったかは知らない。

しかし時・所が部活とは関係なくても未成年飲酒犯罪だ(軽犯罪だが)。

私も含めて先生にちくる人が誰もいなかったか彼女達は退学や停学にもならないどころか部活引退まで続けていられた。

彼女達が飲酒していた証拠はない。少なくとも私は持っていない。

私は母校の薙刀部もしくは母校全般を貶めるためにこれを書いたのでは全くない。同様に『あさひなぐ』という作品とその関係者を貶める意図も全くない。

部活を頑張っている高校生(未成年)が裏で飲酒喫煙いじめや後輩への暴行をしているというのは、特定学校特定部活に限った話ではない」ということを言いたかたから書いたのだ。

部活活動時間活動日数について

部活活動時間の長さ、活動日数の多さについても、部活漫画で触れられることはほとんどないと思われる。

(ちゃんと調べたことはないが)

多くの教師Twitterなどで発言したり、マスコミ報道するようになって段々有名にはなってきたけど、今の部活活動時間はとにかく長いし、活動日数も多い。

私の在学中の薙刀部も例外ではなかった。

薙刀部はとにかくたくさん練習しているみたいだった。

平日4日~5日は普通に活動していたと思う。

土日も練習試合があったと思う。

土日のどちらか1日は休みだったのか、土日両日が部活だったのかまでは知らない。

夏休み冬休み春休み普通に部活があったと思う。

さすがにお盆正月休みはあったと思うけど。

先生にも親戚付き合いはあるだろうし。

正直なところ、大学進学を目指すならこういう部活勉強を両立させるのはすごく大変だ。

両立して、学年トップクラスの成績を維持するような生徒もいたが稀な存在だった。

薙刀部の部員ではなかったけど、同じぐらい忙しい部活に入っていて、勉強試験1週間前から慌てて始める生徒達も高校にいた。

そういう生徒はさほど珍しい存在ではなかった。

あさひなぐ』に限らず部活を扱った漫画等の影響でその部活をやりたがる小中高校生は多いだろう。

それ自体は悪いことではないけど、自分卒業後(または将来)どうしたいのか(具体的に言うとどんな職業に就きたいか高校受験大学受験場合はどんな学校に行きたいか)きちんと考えて、親ともよく相談して入部するか否かを決めて欲しい。

部活って、一度入ると辞めたくなっても辞めづらいので。

そうして悩んでいる間に勉強が疎かになって行きたい高校大学に受かりにくくなってしまったら、時間無駄なんじゃないかなと思う。

AO入試またはスポーツ推薦入学という手段もあるので、卒業さえすれば勉強できなくてもいいかもしれない(極論だが)。

私は今の入試のことは何も知らないので、入試のことも含めて親と相談してから入部を決めて欲しい。

■親のサポートについて

話は逸れるが親(ほとんどの場合母親)も子ども運動部に入ると、朝練や土日の練習に間に合うようにお弁当作ったり、ユニフォーム洗濯したり、部費を支払ったり、大会の送迎・応援に行ったりと、子ども部活関係仕事が増える。

(文化部でも吹奏楽部合唱部みたいな忙しい部活だと同上)

そういう意味でも生徒の皆さんは忙しい部活に入る場合は必ず親(ほとんどの場合母親)に相談して理解を得てから入部して欲しい。

母親が外で働いていようが専業主婦だろうが、母親にも母親人生がある。

大抵の親は子どものやりたい事をサポートしてくれるものだが、だからといって甘えないように(既に理解していたらお小言すみません)。

親にとって部活関係仕事が大きな負担で、やりたくてもできないケースもあるのだから

部活顧問について

どこの部活顧問かは書かないけど、部活教師という職業やりがいになっているかのような顧問は何人かいた。

そういう先生方は生徒・学生時代からその部活をしていて、部活顧問になりたくて教師になった様子だった。

うち2人は体育教師

母校に限らず、体育教師には部活顧問になりたくて教師になった(体育大学に入った)人が全国的に多いんじゃないかと思う。

近年ネットでもそういう体育教師がいるって話を読んだことがある。

いや、体育以外の教師にも特定部活顧問になりたくて教師になった方もいるようだが。

しかし、国語数学英語なら入試に関わるから生徒や保護者から分かりやすい授業や学力向上や進学実績を求められるけど、体育は違う。

体育大学の志望者以外には、受験指導も進学実績も関係ない。

母校で体育大学の志望者は珍しかった。

小学校ならまだしも、高校ともなれば生徒本人も運動ができない事を改善しようとしなくなるし(少なくとも私の目にはそう見えた)、保護者もそういう要望体育教師にはしない。

部活以外の生徒及び保護者からあれこれ言われないから、部活顧問に力を入れるなら教科は体育(もしくは音感技術家庭など実技全般)が適任なんだろう。

薙刀部以外にも薙刀部並に活動日数が多い部活は何個かあった。

母校以外の高校中学でもそういう部活は何個かあるだろう。

そういう部活顧問は、部活生き甲斐にするタイプであることが多いだろう。

(部活にあまり興味ないけど保護者や生徒の要望活動日数を増やしているケースもあるだろうが)

先生にとって部活生き甲斐なら土日や夏休み練習でも平気、それどころか嬉しいのだろうけど

活動日数や長時間練習負担になり苦悩する生徒もいるし、子ども部活サポートするのを負担に思う親もいる。

そういう生徒や保護者は珍しくはない。

私は『あさひなぐ』のモデルとなった薙刀部を(部員ではなかったが、同じ学校に在学して)知っている。

からこそ漫画で描かれる運動部と、現実運動部の違いを(運動部光と影と言ってもいいが)、小中高校生に知って欲しい。

母校の薙刀部に限らず、運動部文化部を問わず部活に入る前は活動日数や時間の長さ、先輩達が飲酒喫煙暴力に手を染めていないか先生パワハラ(体罰含む)を可能な限り調べて欲しい(生徒だけでなく保護者も)。

入部する前に親子でよく話し合って欲しい。

個人的には部活をする学校生活は良い物だと思うし、本人にやる気があって部活に打ち込む中高生を悪くは思わない。

しか卒業後の人生の方が長い。

部活勉強が疎かになり受験就職試験に落ちたら、その人にとって部活弊害だったと言わざるを得ない。

すぐには答えが出ないことだが、中高生のうちに「自分は将来何になりたいのか、どんな人生を送りたいのか」をよく考えて欲しい。

将来の目標卒業後の進路に、特定部活必要なのかよく考えて、親ともよく相談して欲しい。

部活でやった事を将来の仕事(スポーツ選手演奏家など)にできる人は少ない。

それでも部活をやる意味はあると個人的には思う。

しかし、部活をやることで勉強が疎かになったり、健康を損ねること(多すぎる練習飲酒喫煙などで)になるんだったら、その部活には入らない(続けない)方がいいと個人的には思う。

繰り返しになるが、私は母校の薙刀部もしくは母校全\般を貶めるためにこれを書いたのでは全くない。同様に『あさひなぐ』という作品とその関係者を貶める意図も全くない。

多くの漫画では描かれることがない「部活実態」を伝えることで、小中高校生とその保護者に後悔のない選択をして欲しいと思い書いた。

(『忙しい部活に入るな』って意味ではありません。プロ野球選手になりたい少年には野球部必要であるように、部活子どもの将来に必要なら是非入部して欲しいと個人的には思っています)

なお、母校の名前は書かないでおく。

今の薙刀部のことは全く知らないし、現役の生徒達がかわいそうなので。

都立校、とだけは明かしておく。

学校公式サイト薙刀部のページにも『あさひなぐ』の薙刀部のモデルはウチだという主旨のことが書かれているし、検索すればすぐに分かりますよ。

2017-09-22

anond:20170922212904

人と会話しないで済む金を稼ぐスキルを伸ばしまくるチャンスだな。背水の陣

ふと思ったんだけど、例えば自分自分動画撮るときはうまく喋れるんだろうか

それが出来るなら人と会話できないyoutuberとして人の同情を引いて映画化まで持っていけるんじゃね?

2017-09-18

カードキャプターさくら新作OADを観ました

頭身が是正されている!!Oh!NO!とPV見たときは思ってたんですけど

実際アニメーション見てみると安定の頭身で安心しました。足が、長いね。HOLICほどではありません。鋭利な顎は是正されていましたが。

雰囲気ちはやふるっていうか、同監督アニメこばと」に近くなってますかね。

声優は変わってないので、ちょっと風邪ひいたのかなってくらいの人が居る程度。桜とか小狼そのままです。岩男さんもよくぞ御無事で…キャラ歌までちゃんと知世ちゃんでしたよ。

エリオルの声変わったという意見を見たのですが、エリオル一番変わってないんじゃないですかね。あのキャラいろいろ表の声と裏の声ってのがあっただけで。

OADしか出てこなさそうな寺田先生まで完全に寺田先生。なくるもスッピーもそのままだよ。ここまで変わってないとなんか怖くなる。昨今の再アニメ化声優変更事情に慣れていたんですかね。

音楽新曲なんですけど、作ってる人変わってないから桜の世界観のままでした。さっきも書いたけれど知世の曲がまた名曲

うそう。見て思い出したのですけど、原作最終回の流れってアニメ最終回とはだいぶ変わっていて

ラスボス戦はエリオル、までは同じなんだけどそのあとの人物描写の流れが違う。おもに映画化スケジュール問題で)

原作の本当に最後最後小狼と桜の会話部分。小狼香港でやらなきゃいけないこと。これってどう解釈しても続編への期待を込めた台詞だったんだなぁと。

確かにそのあと「ツバサ」にも木之本桜(完全にCCさくら)は出てきたし、復帰した声優さんコラボすることも近年増えていたし

何と比較かは言わないけれど、即席の再アニメ化とかでは無いのでしょうね。だからこそスタッフキャストまで当時の人を揃えられたのだろうと。

過去アニメとはやはりかなり違うんですが(なんせ20年前のセル画アニメなので)

充分楽しめそうであり、本当に新作アニメが楽しみになりました。ありがとうCLAMP売れっ子のままでいてくれて。もう一度、桜に会えました。

2017-09-17

anond:20170917214645

430年ぐらい前には、瀬戸内海には、村上水軍がいた。

太閤殿下秀吉様の時代になり、海賊禁止令が出て解体されてしまったね。

空海こと弘法大師様が、修行をされた霊験なるところで、お遍路の八十八ヶ所霊場だね。坂東眞砂子氏の原作映画化もしてるね。

  

今は、大きな橋もあるので、兵庫県からも、岡山県からも往来できるようになった。

最近は、柏島がインスタ映えするってことで、話題になってる。

2017-09-13

2.5次元いまいち食指が動かない理由考察してみた

最近2.5次元の勢いはすごい。

人気のジャンルを見ていると自分がハマっているハマっていないに関わらず舞台化いつだろうな、と思います

しかし、私は2.5次元に全く興味がないのです。

周りの友人や仲の良いフォロワーがどんどん2.5次元沼に吸い込まれているのを何となく眺めている状態です。

こんなに多くの人がハマっているのに、逆に何でだ?と思って自分なりに考えてみました。

※ここから言っている事はあくまで私個人の考え方で、2.5次元否定する内容では決してありません。が、気を悪くされた方がいたらごめんなさい。




とりあえず、私と同じく2.5次元に興味がないと言っている人たちの間でよく言われている事に対して自分意見を述べてみます。。

現実人間から2次元しか興味がない。→ジャニオタだし好きな俳優もいるので違う。2.5次元に出てる俳優さんかっこいいと思う

そもそも舞台とかミュージカルに興味がない→小さい頃からよく見ているので違う

実写化するなら声優がやるべき →声優が歌って踊るタイプライブは好きだけどキャラと同一視はしていないので違う

・↑と関連して、声がキャラと違うから→それはちょっとあるかもしれないけど根本的なところではない気がする

2.5次元を生で見たことがないから興味があるない以前の話→それはあるかもしれない・・・

他にもいろいろあるとは思うんですが大体こんな感じです。

「実際に見たら絶対ハマるよ!」というのはいろんな人から言われているのですが、「そっか~じゃあ見に行こうかな」とも思わないんですよね。

どこでその線引きをしているのかと思い返してみると、大体Twitterでその作品公式アカウントが流すビジュアル公開とか、撮影現場とかの動画ツイート

現実世界で一番そのキャラを演じるにふさわしいビジュアル演技力のある人」が集まっているのすごい。

すごいんだけど、キャラ台詞を言っているのを見るとなんだか首をかしげる。キャラの歌っている曲とは違う声が聞こえる。

俳優さん本人はかっこいいのに、キャラ恰好をするとなんだか違う。

ここらへんはもう個人のこだわりのふり幅の問題だと思うので、そう思ってしまった時点で私には向いていないんだろうなと思います

プロアマチュアを同列に語るべきではないとは思いますが、私はコスプレという文化に興味がありません。

まり2次元3次元に持ってきてほしいとは全く考えていない、ということなのかもしれません。

私が2次元で好きなキャラと、現実世界で好きになる人のタイプ真逆です。つまり、私の中では2次元3次元の間に互換性は存在していないんじゃないかと思います

2次元推しはどうやったって生身の人間表現しうるものではないし、現実で大好きなアイドル俳優はどうしてもイラストより本人の方が魅力的です。

かっこいいなと思った俳優さんたちも、もし2.5次元ではない作品で見ていたら熱狂的なファンになっていたかもしれません。

ここまでに語った事は2.5次元舞台に限った話じゃなくて、漫画の実写ドラマ化とか映画化でも同じように思っているので普段から見ません。例えば評価がすごい高かった某明治時代剣客実写映画も、原作が大好き過ぎて一度も見てません。

「私もそうだったけど見に行ってみたらハマった!」という人は、好きな作品から、好きなキャラが出るからという時点ですぐにチケットの申し込みをしている人が多いのですが、私はそこまでフットワークが軽い方でもありません。好きな作品キャラなら全部見たい!欲しい!という考えではないので、実写以外でも自分に向いてなさそうなものは適宜距離を置いてます

あと、「興味ないけど試しに見に行ってみるか」みたいな気持ちだと、本当にその舞台を見たいと思ってる人に申し訳ないし、俳優さんにも失礼な気がして申し込むことすらやめようと思ってしまます

「そんなこと言ってもお前中の人キャラ衣装着て歌うライブは行くじゃん」と言われますが、多分その声で歌われる曲が大好きだから、としか言えないです。

その声優さん推しと同じタイプイケメンだったとしても、推し本人だとは思いません。

結局何が言いたかたかというと、私にとってはキャラ「本人」が全てだということです。

他にも同じような思いの人がいるかわかりませんが、自分なりに考えてみた結果でした。

2017-09-11

[]映画あさひなぐ

試写会で見た感想

乃木坂ファンめっちゃ多くて、乃木坂がなんか演技するたび笑ったりしてて気になった

テレビとかで若い女性ファンがいることは知ってたけど、リアル秋元ファミリー若い女性っているんだってのを知って衝撃だった

席でパンフ自分地鶏と、自分推しメン生写真の2ショットとってて、すげえ・・・って思った

開場前に並んでたとき、後ろにきた大学生男二人組の片方が「一人だったらぜったいこなかった」「いや俺が乃木坂ファンってこと知ってるだろ!誘ったらぜったいいくからほんとさそってくれてよかた」みたいに言ってた

あの原作をどこまで映画化するんだろうと思ったけど、

なぎなたとの出会い→入部→学校のしごきちょこっと→合宿坊主のしごき→公式戦で負ける→季節は過ぎて・・・→いちどうねねの学校練習試合因縁の対決

って感じだった

やっぱり駆け足で感情移入する前に展開ありきですすんでっちゃったから、最後の感動もおいてけぼり感がすごい

圧倒的にキャラの掘り下げが足りない

試合メインでやってもあさひなぐのよさは半分も伝わらないのに・・・

そりゃ試合が盛り上がり場所ってのもわかるけど・・・

連ドラでやったほうがよかったと思う

演技が下手ってのはそんなに感じなかったけど、顧問中村倫也がうざくて悪目立ちしすぎてる感はあった

ところどころくすっとくる面白さはあった

掘り下げできないのにキャラ数だけ原作準拠にしてもただのにぎやかしで無意味だった

まつむらさゆりとかちょっとしか出番ないけどかなり目立ってたのにほとんど掘り下げなくて出した意味ない

あとはなぎなた試合描写がやっぱ問題あり

面してるから顔・表情が見えないのがかなりイタイ

一度だけ面をすり抜けた表情を映したけど全編あれでもよかったと思う

試合しててどっちがどっちわからんのがちょくちょくあったし

部長高校とき彼女(を少しかわいくした感じ)に似ててどきっとした

白石まいは原作の役柄とも映画イメージもあってたと思う

最後練習試合ときの観客席に前の会社友達がいた気がするから数年ぶりだけど連絡して聞いてみようと思う

しらいしまいの弟役の男がなんかめっちゃフケてみえイケメンじゃなくてださかった・・・

というかいなくてよかった

キャラ数大幅削減して掘り下げして描いてほしかったなあ

でも乃木坂スポンサーから無理やりでもたくさん出さないといけなかったって感じなのかなあ

2017-09-08

今日、貸してもらった本を返す。

何も言わずに、ちょっとだけ微笑みを浮かべて、

「ありがとう」

だけで返せたらいいなと思う。

年下の友人が先週貸してくれた。それはもう、ありきたりなぐらいにありきたりな軽い小説で、映画化されて流行っているからという、おそらくただそれだけの理由彼女はそれを読んでいた。本をあまり読まない人が持っているのを見たこともあるぐらいだから、乱読気味の彼女が読んでいて、それで、「面白いから読んでみ」と貸してくれたのは、まったく不自然じゃない。

けれど、本を貸すのはむずかしい。彼女はまだそれを知らない。知らないままにしておいてあげるほうがいいのかなと思う。まだそれでいい。

なぜなら、読書は人の心をかき乱す。たとえそれが安っぽいお涙頂戴式の小説であっても、思いもかけないところで心の平安に波風をたてる。

「貸して欲しい」と言われて貸す本ならかまわない。本屋で手に取っていくのと同じで、いくら取り乱そうが、それは借りていった者の責任だ。そこで完結する。しかし、「ぜひ読んで」と貸した場合ダメージを受けた側はやはり相手責任を求めたくなる。それを求めることをまた、求められているのではないかと思う。つまりは、なにか気の利いた感想でも言わねばならないような気になる。

だが、いかにも仕組まれクライマックスボロボロ涙を流した者にとって、気の利いた感想などいえるはずがない。こんなご都合主義で泣くなんて、恥以外の何物でもない。その恥を否定するために、あえてその物語をくさすのか。不治難病モノは定期的に流行するキッシュだと、知ったかぶり韜晦に逃げこむのか。それとも、涙もろい自分を素直に認めてしまうのか。だが、それはとてつもなくややこしい。


なぜなら、年下のきみが感動した理由と、もう長いこと生きてきたぼくがやられてしまった理由は、たぶんちがうからだ。ぼくにとっては、舞台設定そのものが痛かった。その感覚は、きみにはわかるまい。


きみは信じないだろうが、こんなぼくにだって高校生だったときはあった。きみはよく「青春」なんて言葉を口にしてぼくを笑わせるけれど(たぶん意識してカギカッコ付きで使っているんだというのはわかるけど)、どんな意味においてさえ、ぼくにとって高校時代青春なんかじゃなかった。ひたすらしんどい時代だった。そして、この小説舞台設定は、まさにその果てしなくしんどい時代を思い出させる。

美化してしまえば、ぼくにだって青春の思い出」みたいなものがないわけじゃない。だけど、時間レタッチ自己正当化を取っ払ってしまったら、そこに残るのはただただめんどくさくておもしろみのない屈辱の日々だ。

典型的な場面を思い出す。それは、昼休みグラウンドに面した廊下、ぼくはグラウンドを見て退屈している。なぜ退屈する場所にそこを選ぶのかというと、グラウンドの木陰はリア充たちが(「リア充」なんて言葉はその時代にはもちろんなかったのだけれど)占拠しているし、教室内にはまだ弁当を食っている人や早速にお勉強をしている優秀な生徒たちがいる。そういう人たちの邪魔はしたくないし、だいたい教室内の席なんて飽きるほど座っている。友だちの少ない、話題の乏しいぼくにとって、いられる場所は限られていた。そして、人の邪魔にならないわずかな隙間のようないくつかの場所の中でも、グラウンドの見える廊下は特等席だった。なぜなら、そこからクラスいちばんお気に入り女の子と、クラスいちばん美人と評判の女の子が眺められたからだ。親友である二人は、たいていつもグラウンドの向こうの特別教室の日陰でおしゃべりをしている。もちろんぼくは、ただ鑑賞するだけ。それだけ遠いと見ていることもあんまりからないだろうから、まあ人畜無害な楽しみだ。

そうやってしばらくすると、ぼくと同じぐらい冴えない女子弁当を食い終わって廊下に出てくる。いつも凄まじい寝癖のついた髪をしている。彼女もまた、昼休みにどこに行くアテもないのだろう。ぼくと彼女は少し言葉をかわす。話題のないぼくと同じくらい、彼女話題がない。だから食い物のことばかりしゃべっている。カレーの玉ねぎは具であるべきなのか、ペーストの一部であるべきなのかみたいなことを、特に目的もなくしゃべっている。

そうこうするうちに、学級委員長廊下に出てくる。いや、彼は正確には学級委員長ではない。彼がその役にいたのは一年生のときから、「元」をつけるべきなんだろう。彼はぼくの数少ない友だちの一人で、というよりもぼくにとってはその高校で唯一の友だちで、だからぼくは少しホッとする。ただ、彼が加わってからの話はちょっとこちなくなる。彼にとっては食い物のことは重要ではない。いや、ぼくにとってもそうだよ。だけど、他に話すこともない。彼はちがう。なにか、他に話すべきことがある。けれど、ぼくにはそれが見えない。そのうちにチャイムが鳴って、ぼくらは教室に戻る。

そういうことを思い出してしまう。だから、ぼくは泣いてしまう。

なぜなら、シチューをご飯にかけるのは有りか無しかナポリタンスパゲッティの麺は柔らかいほうがいいのかどうかなんてどうでもいい話をする過程で、ぼくはとんでもなく人を傷つけていたからだ。

後になって、ぼくはその寝癖の女の子から聞いた。学級委員長彼女はそのとき付き合っていた。だというのに、彼女はぼくとばかり話しているものから最後学級委員長は傷ついて、そして、結局別れ話につながった。そういう展開が愉快な人はいないだろう。親友失恋を喜ぶような奴はいないし、自分がその原因だったら焼きそばノドにつめて死んでしまったほうがマシだと思っても仕方ないんじゃないだろうか。



から、ぼくはもう、そこから先の筋書きがどうであれ、泣く準備はできていた。そして、ヒロイン死ぬところでやっぱり泣いてしまった。

それでもあのときおにぎりノドにつめて死ななくてよかったなあと、いま、そんなふうに思う。

なぜなら、いま、こうやって気軽に本を貸してくれる友人がここにいる。それを感じることができる。そして、ぼくはいま、ちくわに詰めるのはキュウリがいいのかチーズがいいのか、ナス田楽と揚げびたしのどちらを奨めるのか、寿司屋卵焼きを食べるべきなのか否か、そんなことを熱くもなく語ることができることの嬉しさを知っている。

からぼくは、うっかりと誰かを傷つけてしまうようなことをしたくない。気づかないうちに自分の力を超えることをしてしまいたくない。

そんなわけで、ぼくは何も感想かいわずに、この本を返そうと思う。こんなことを喋らないために、ちょっとだけ皮肉っぽい表情も見せるかもしれない。

そういう理由から、かんべんしておくれよ。

2017-08-29

Call Me By Your Name@miffレビュー

8月29日、思ったより拡散したため追記。自分ではネタバレなしのつもりで書いて、ツイートにもそう明記してしまったが、ネタバレという言葉には個人差があることをすっかり忘れていた。ネタバレ見たら死ぬタイプの風上にも置けない。地雷を踏んでしまったら申し訳ない。配慮したつもりですが、どうぞご注意ください。太ももの話以外もします。

なにせ太ももがすごいらしいのである

俳優アーミー・ハマーの太ももである

サンダンス映画祭直後、賞賛と祝福の声とともに、あまりの刺激のために悩殺されてしまったという感想ツイート散見されて、映画祭参加の幸運に預かれなかったファンはもどかしさに身悶えしたのであった。

Call Me By Your Name1983年北イタリアとある町のひと夏を舞台にした、二人の青年あいだの恋を描いた映画である。くわしくはimdbを参考にされたい。

http://m.imdb.com/title/tt5726616/

この映画2016年5月世界中の一部界隈にて話題になった。言わずもがなアーミー・ハマーファン界隈である。そのあまりに蠱惑的なあらすじにつられて手に取ったのが原作小説である

そんなごく軽くかつ不純な動機で読み始めたAndré AcimanによるCall Me By Your Nameだが、回顧体で描かれた物語に一瞬で虜になった。

冒頭のシーンからして心憎いのである

まりにも印象的な出会い、一生を変えてしまうたった一言から語り始められるその物語は、意識の流れを実に巧みに取り込んだ、プルースト研究者でもある著者ならではの文体で読者を陶酔させる。やがて語り手であるエリオと一体化した読者はオリバーの冷淡さに苦しみ、意外な素顔を見せられはっと息を呑み、ただ呆然と結末を迎えることになる。

ツルゲーネフの「はつ恋」やらナボコフの「ロリータ」やらをこよなく愛するわたしにとっては好み直撃ど直球であり、そのうえアーミー・ハマーの太ももやばいとあってはなにがなんでも映画を見なくてはという気持ちになった。

しかネタバレ見ると死ぬタイプオタクにつき、どうしても世界公開より先に見たいという気持ちを抑えられない。はたしてMIFF(メルボルン国際映画祭8月3〜20日、CMBYNは4日と6日上映)に飛んだのである

笑ってほしい。

かなり早い段階でチケットも売り切れ(一度キャンセルが出たが、最終的に上映日までには両日完売!)ていたため、予想はしていたが、当日は冬のメルボルンにて1時間から長蛇の列である

席は早い者勝ちなのでみんな普通に必死だ。特に二度目の上映での、劇場をぐるり半周する列は写真に撮らなかったのが悔やまれる。みんなが手の端末にQRコードを表示させ、南半球ならではの冷たい南風に身を縮めながら待機している。

2度のCMBYN上映の他は同じくアーミー・ハマー出演のFinal Portraitに参加したばかりだが、それに比べるとやや平均年齢が下がるかなという感じ。

それでも、老若男女ということばがふさわしい、実に幅広い客層。

そんなことより映画だ。ここからネタバレはなるべく避けて進める。なにせネタバレ見ると死ぬタイプなので安心してほしい。後日一部シーンバレ感想もあげるつもりでいる。万全の態勢です。

さて、本編はピアノ音楽によって始まる。

劇中曲について、MIFFのQ&Aにてルカ・グァダニーノ監督が語っていたことだが、基本的には登場人物が耳にした音楽……エリオの弾くピアノ曲ギターオリバーが身を委ねて踊るダンスミュージック家族が耳を傾けるラジオレコード……に限った、とのことである。それを知らされるまでもなく、最初楽曲から没入感があり、一息に世界に引き込まれる。

そしてオリバーが現れる。イタリア太陽である。明るい陽光主人公エリオのいる部屋の暗がりを際立たせる。

エリオを演じる当時弱冠20歳ティモシー・シャラメは終始少年健全さと病的な魅力をひとしくたずさえて美しいが、とりわけ夜、ベッドでのシーンでの肌は内部から光を放つようだった。

アーミー・ハマーが、その見せ場においてはつねにイタリア太陽に照らされて灼けたなめらかな肌とあかるい金色に見える髪を輝かせているのと好対照で、一場一場面が絵画を見るようだった。あるいは、冒頭でわれわれを一息に映画世界に引き込む、連続的な彫刻群のショットのようだ。

この対照関係意識されたものだと思う。

エリオオリバーに魅了されるのはかならず真昼の屋外だし、エリオオリバーを室内に引き込むと、オリバーは初めて(ようやく、と言ってもいい)エリオに見とれるのだ。

野外と屋内、昼のシーンと夜のシーンが交互にさしはさまれて、われわれ観客はふたりうつくしい青年に2時間超の間目まぐるしくも目移りしてしまうのだった。

そしてくだんの、アーミー・ハマーの太ももである

ももに殺されたひとびとのツイートがいまならよくわかる。

しかしいざ太もも談議をするとなると血で血を洗う戦争になるにちがいない。

短いショーツか、あるいは水着でのシーンが大半で、太ももは終始晒されているので各人のフェイバリットももがあることだろう。

マイフェイバリットももとある場面にてエリオとともに床にぺったりと座るオリバーの太ももである。だが自分多数派である自信はない。これについてはまたあとで。

オリバー原作よりもなお複雑で謎めいたキャラクターになっていると感じる。

原作では物語がすすむにつれ、読者はエリオとともにオリバーの知らなかった一面に驚かされるのだが、映画ではむしろ序盤からオリバー大人の男としての魅力と奔放な子どものような無垢さが入れ替わり立ち替わり現れてエリオないし観客を翻弄するのである

(シーンバレありの記事にでも書くつもりだが)序盤からオリバーエリオよりも幼い子どものようないとけない振る舞いを見せ、グァダニーノ監督言葉を借りるなら、エリオより「なおイノセント」だった。

アーミーハマーファンの同志は心してかかってほしい。奇声を発するか原作エリオ言葉を借りるならswoonに至らないよう上映中握りしめるなり揉みしだくなりできる柔らかい布など持っていくことをおすすめする手ぬぐいとか)

そのような差異こそあれ、アーミー・ハマーオリバー原作を読みながら夢想していたオリバーほとんど完璧に一致していた。

この結論にはアーミーハマーのじつに感情たかな目の表現が大いに寄与しているのだと思う。たとえば「J・エドガー」でのクライドトルソン役において彼が見せたような目つきだ。沈黙の場面で熱っぽく目が話す。このものを言う目がとくに生きるのは、逆説的だが目の映らない場面で、たとえば映画の中でもひとつクライマックスにあたる戦争慰霊碑のシーンがその一例だ(トレーラーにも引用されていた)。

もうひとつ、結末に近い重要な場面でピントを外したカメラオリバーをとらえる。オリバーの顔が長く映されるのだけれど、けして鮮明な像を結ばない。観客は食い入るようにスクリーンを見つめてはじめて、自分エリオと同じようにオリバーの目に浮かぶ表情を読み取りたいと熱望していることに気づかされる。

目について語るならばティモシー・シャラメにも言及しなくてはならない。

ティモシー・シャラメは今後少なからず目にする機会が増える役者だとつくづく思いしった。身体の使い方が素晴らしく、手足の隅々まで神経を張り詰め、あるいは意図的脱力し、髪の先まで演技していると感じさせる。(この先エリオ面影を振り払うのが難しいのではとも感じるが、むしろその印象を己に利するものとして使ってほしいしこの期待は報われるにちがいない)

だがなによりも、その目つきである! トレーラーにも含まれていた、踊るオリバーをじっとりと見つめるあの目が全てではない。映画から小説通底する一人称の語りが省かれているものの(あれば安っぽくなり得たと個人的には思う)それを補って余りあるティモシー・シャラメの目つき。

まさに小説が羨む技法で、文字で書かれたフィクションを贔屓しがちな身としては、こういった映画化を見せられるとただひたすらに喜びを感じてしまう。

さてトレーラーといえば、あの実に夢見心地で幻惑的で、緊張感とせつない予感に満ちた映像を、わたしだってリリース直後には再生する手が止まらなかったほど熱愛しているが、 本編とは少しトーンが違っているとも思える。

トレーラーから、そして原作から想像していたものにくらべると、より明るく、ユーモアがあり、笑いだしてしまう瞬間がある。

かなりの頻度で笑いが起こっていたが、これは映画祭だったのと、おそらく英語圏中心とおもわれる観客層も関係してくるのかもしれない。

ただ、エリオ食卓でのとあるシーンについては国内映画館でも笑いが起きると予想できる。そしてその直後におとずれるエリオオリバー官能的な接触に息をのむことになることも。(さてくだんのマイフェイバリット太腿はこの場面で登場する。すくなくとも個人的にはこの場面はお祭りだった。細いのに肉感的な大腿部に釘付けになるあまり台詞をごっそり聞き逃したのだ……)

こういった感覚の急激な転換は映画全体を通して言えることで、一瞬たりとも気を抜けないと感じた。ほほえましく口元を緩めた直後に、心臓が指でひっつかまれるように締め付けられる。

ところどころに埋め込まれた、笑える箇所について、今ふと思ったが、これは原作にて重要役割果たしているが本来映画だと表現しにくい「時間性」をどうにか持ち込もうとした結果なのかもしれない。

10代のころの恋愛とか、恋愛でなくてもエモーショナルなやりとりは当時は必死真剣なんだけれど、そのときの行動を大人になって振り返ってみると、わがことながらおかしくて笑ってしまう、あの感じがよみがえるみたいだ。

そのようなノスタルジーを引き起こす展開に身を委ねるうち、二度の上映は割れんばかりの拍手でしめくくられた。自分も同じように手を叩きながらLater、と軽やかな別れの言葉脳内で繰り返していた。原作で読んで想像していたよりもなおあっさりと、冷淡で、なのに奇妙に耳に残るオリバーの声。

一夏の客人のその挨拶を、エリオが、母が、父が真似たように、自分もつい口にしたくなるはずだ。

じつは原作を読んだ時から自分は最適な読者じゃないと思っていた。

小説として心から好んではいものの、「この物語自分物語だ」「この物語によって救われた」「こういう物語が描かれるのをずっと待っていた」と感じる人がいることを、一行読むごとに、確信し続けたからだ。

この映画現代を生きるごく若いセクシュアルマイノリティに届くことを願っている。

キャロル』がそうであったように、相手性別特別なのではなく、ただその相手特別だっただけ、ということを描いた映画。だが一方で、両親という存在の描かれ方において、この作品はこれまでのクィア作品と一線を画している。

そして、『ムーンライト』があまりにも普通恋愛映画であるという事実特別だったのと同様に、Call Me By Your Nameエリオの一夏の恋愛は美しいと同時に「ごく普通青少年悶々とする」という部分が色濃くて、その事実をとにかく祝福したい。

自分はこの映画クィア映画だとは思っていないのだとグァダニーノ監督がQ&Aで語っていたが、この言葉がすべてだと思う。

10代の頃に出会ってたら人生が変わっていたなと確信を持つ映画はいくつかあるけれどCMBYNはそのトップに躍り出た。

現在のところレーティングはR18のようだけれど、そこまで直接的なショットはなかったように思う。

何かが起こったこと、そして何が起こったかから目をそらすという悪い意味での曖昧さは無いが、物語破綻させないように、そして必要以上にセンセーショナルに煽らないと努めての結果なのかもしれない。

からこそ、PG12かR15バージョンが作られるといいなと思っている。エリオと同年代の、この映画肯定感を本当に必要としているひとたちに見てもらいたい。

キャストきっかけに興味を持ったCMBYNだが、自分の中にそびえる金字塔を打ち立てた。日本に来た時にも従来の俳優物語ファンに愛されるのはもちろん、新しい映画として多くの観客に愛してほしい。そして本当に必要としているひとにぜひとも届いてほしいと思う。

ちょうどこのレビューを書いている最中8月23日)にMIFFの観客賞が発表され、Call Me By Your Nameが晴れて1位を獲得した。http://miff.com.au/about/film-awards/audience#

もちろん自分も最高点の星5つで投票したし、あの盛り上がりを考えると納得の結果だ。

アジア内では台湾映画祭での上映が決まっているCMBYN。東京国際映画祭に来ないはずがない、と信じている。

お願いします。

邦訳本もどうぞよしなに。

2017-08-25

アニメ化に恵まれなかった作品

犬村小六さんのとあるシリーズだな。

とある飛空士への追憶は最悪だった。

映画化と聞いた時は狂喜乱舞ストーリ的に1時間30位で綺麗に収まるだろうと。

試写会当たってまた狂喜乱舞

映画館出る頃には顔面蒼白

恋歌もだよ。

<原作好きな人スタッフを勤めてもらいたい。


アニメ化する際に自主的に参加したいスタッフを集めたら……どうかな。

2017-08-20

僕たちがやりました」の音楽はこれで良かったのか問題

OP曲とED曲。

Mrs. GREEN APPLEDISH//

この2つのバンドアイドルバンドかと思いきや、ライブパフォーマンスも凄い巧い、人気があるの納得!と、僕やりナイトに行って感じた。

普段聞かないタイプ音楽にも関わらず実際めっちゃしかった。

ただ、このドラマに本当に合ってるのか、というと、?んー?って思う。

受注者側(バンド)としてはコンセプト通りにバッチリ作ってるんだろう。

問題はその「発注そもそも」が果たして正解だったのかどうか。

インターゲット層は高校生ではなくもっと上の層が正解だったんじゃないのか。

なにしろやらかししまった人」たちの罪と罰物語だ。

やらかし真っ最中」または「これからやらかす」層ではなく人を傷つけて自分も苦しんだ経験をした人たち…、30代以降の大人ターゲットにするべきだったんじゃないのかなと。簡単に言うと、カルテットを見ていた層で良かったんじゃないのかなと。

あとこのヤンキー校の感じ、今もあるの?

荒れたヤンキー校設定の漫画はおそらく80年代ごろに発生して色んな作品が作られて、90年代以降も松本大洋青い春」、ドラマにもなった「ごくせん」とかあったけども、今、ヤンキー存在ってリアル存在なんだろうか、教えて高校生

まぁ、今30代〜50代は自分の周りにリアルヤンキーがいたはず(地域性もあると思うけど)なので、やはりターゲティング大人にするべきだったんじゃないかと(しつこい)。

まぁ、走り出した後のプロモーションを見て勝手にやんややんや言うのってダサいしほんとに勝手なんだけど。

ドラマOPED曲は、じゃあ何が正解だったのか私なりに考えてみた。

30〜50代がぐっときて、もっと苦悩を感じる音楽。泥臭くて汗臭くて、なんなら血の匂いもするような音楽

OP曲をINU「メシ喰うな」(俺の存在を頭から否定してくれ♪)、ED曲をザ・スターリン「メシ喰わせろ」(俺の存在を頭から輝かさせてくれ♪)か「ロマンチスト」(何でも良いのさ壊してしまえばお前はいつでもアナーキスト壊れていくのはテメエばかり♪)なんてどうだろう。

年齢層少し下げて、大森靖子の「私は悪くない」(私は絶対悪くない生きていて本当にごめんなさい♪)、アーバンギャルドノンフィクションソング」(生きろこれは命令形死ぬなこれは命令形だ消せないノンフィクション♪)なんてのも良いのではとひとしきり妄想…してみたけど、

うん、違うね。

違うわ。

違うよねー!

9時台のドラマですもんね。

やはりこの2つのバンドで良かったんや…と思い直す。

ED曲はドラマをそのまま歌詞にしたど直球、曲調もヒリヒリしていて心地いい。キャストとのコラボMVも緊張感のある仕上がりでやたらかっこいい。窪田正孝の歌の巧さ、今野浩喜の声の良さにもグッときた。

疾走感ある爽やかなOP曲も、人の心の黒い部分に触れるドラマゆえに、逆に視聴者気持ちを軽くする役割を担ってくれているように思う。

もしこれが映画だったら違う音楽にしたのかもしれない。

9時というメリットデメリットの中でいろいろ葛藤した結果の最適解。

シナリオエロ暴力表現キャストの演技も9時というメリットデメリットの中でめちゃくちゃ闘っていると思う。

窪田正孝映画東京喰種見てきた。この映画主人公自分の背負った罪に苦しむという共通点があるんだけど、(僕やり単体で見ると分からなかったが)明らかに演技の「トーン」を変えてる。狙って変えている印象で、狙って変える事ができる窪田の実力ハンパないっすね。

川栄とのエロシーンも制約があっただろうに、窪田と川栄の表現力で相当エロかった。男性の言う着衣の方が寧ろエロいというのが良く分かった。

各所ですでに言われているがキャスティングが良い。

特にメインキャスト4人が完璧だと思う。暴力とか人の狡さとか胸糞な内容をこの4人が苦い薬の糖衣のように「魅せる」ものにしてくれている。個体でいうと、マルがダントツ。どクズ胸糞キャラなのに葉山の可愛らしさが「憎みきれないろくでなし」と視聴者に思わせて、感情移入らすることも。川栄もバッチリハマってる。そして、パイセンドラマ全体を糖衣で包む。これは今野しか演じられない、というか今野ありきでこのドラマ立案されたんじゃないのかと思うレベル

視聴率イマイチのようだが、単純に「親と見れねー!」「子供と見れねー!」って人が多いのだと思う。録画視聴率は高いのでは。

もうすでに折り返し地点だが、今シーズンドラマの中で、抜群に面白いし深い。

【9時台の制約】と闘うスタッフキャストの志にも注目しています(イヤな視聴者だなオイ)。

映画化して、この制約を取っ払った状態の僕やりも見てみたい。

2017-08-13

https://anond.hatelabo.jp/20170813104200

つーか同人アンチ殆どオタクだよ

原作イメージ壊すなとか、原作勝手おもちゃや儲け道具にするな、って意味で嫌ってる

ドラマ映画化とかを嫌うのと同じタイプ

2017-08-04

借金してまで、買いたいと思えるものではないと儲からない

親が商売をやっているが、ソーシャルゲーム遊戯台、宗教が羨ましい。

明らかに儲けられる額が違う。

どれも勝ち負けが激しい業界であるが、あたればデカイ。

結局のところ、借金をしてでも買いたくなるものを作らないといけないのだろう。

ギャンブル中毒特集したNNNドキュメントを見て感じる。

中毒にさせなければいけないのだ。

最近マクドナルド創業映画化した『ファウンダー』を見た。

兄弟が細々とやっていたマクドナルドを50代のシェイクマシン売りの男であるレイクロック乗っ取りトロフィーワイフをゲットする話だ。

トロフィーワイフはそんなに美人でもない感じたし、歳取ってからゲットしたところで金目的だし嬉しいとも思えない。

CTO騒動をみても、美男美女学生の時から恋愛をすることが一番幸せなのだろう。

秋葉原を歩いていても容姿が良くなれるのなら、アニメをほっぽり出しそうなやつばかりだ。

レイクロックアメリカサクセスストーリーの話だ。

成功して美人を手に入れるというのはトランプ氏的な価値観である

これはソーシャルゲームのようなスマートITとは縁が遠いと感じるものだ。

2017-08-01

ジョジョ実写酷そうだなぁと思う理由

衣装の時点で原作への愛を感じない。

監督と主演辺りは、何かよく解らんけど幽霊みたいなので戦うヤンキー漫画?とか思ってそうなくらい愛を感じない

押し付けられて嫌々消化しました感満載でジョジョ映画化でやりたい事も感じない

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170714123305

>むしろ同じサイトのなかで読者層に断絶があるとする根拠はなに?

ヒットの数

売上

アニメ化

映画化

 

断絶ではなくて高利益を生み出す金入った財布を所持しているかどうか

それに好まれ作品かどうかの話

2017-07-01

https://anond.hatelabo.jp/20170701211948

ちなみに補足するとちょっとでも原作確認しているなら映画化された部分以降キキは髪を伸ばしてるからあの年頃でショートカット自体ありえないことに気づくはず

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620182709

世間的にはラノベじゃないだろうね

成人男女の恋愛ものが多いし、出してる作品ほぼ映画化されてるし。

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170616103019

今のゲームってアプリケーションデータHDDダウンロードが当たり前になってるから買った当日にはプレイできないなんてザラ。

アサシンクリード映画化した時にアサシンクリード4とアサシンクリードユニティが100円になってたけど、買ってから実際に遊べるのはまあ2-3日後だわな。

通なゲーマーはやりたいゲームを買う時はすぐに遊べるゲームもついでに買う。

ニーアオートマタグラビティデイズ2、Fallout4とPreyのように。

この待ち時間で熱がなくなりがちだから開発者にはなんとかしてほしい部分だけど...

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